592 :
名前なカッター(ノ∀`):
叔父が入院した。
所謂、不治の病だ。
叔父は、子供と妻に先立たれ、一人で松本に暮らしていた。
俺は日曜日の朝横浜の自宅を出て、叔父の入院している松本の病院に向かった。
叔父は俺が来ることなど当然知るはずもなく、俺の顔を見て、びっくりしたような、うれしいような、不思議な表情をした。
家族のない叔父だが、友達には恵まれている。
友達は毎日叔父の家に寄って、ポストの中のものを持ってきてくれている。
そして叔父は、封筒を開けようと苦労していた。
俺はカバンの中に入っていたヴィクトリノックスのスーベニールを渡した。
おお、こりゃあいいや、といって叔父は喜んだ。ハサミが無くて難儀していたそうだ。
はい、ありがと、といって叔父は俺にスーベニールを返した。
そんなこんなで時間が過ぎ、翌日も仕事の俺は横浜に帰らなければならない時刻が近づいていた。
俺のキーホルダーにはミニチャンプライトがついていた。これならハサミもついているし、夜トイレに起きるときにも便利だろう。
そう思って、キーホルダーから取り外したミニチャンプを叔父に渡した。
叔父は目を丸くして、へえ、こんなにいろいろついているのかぁ、と関心していた。
ボールペンまでついてるんだぁ、と驚いていた。
こんないいものもらって、いいのか?
叔父は、子供のような顔をして笑った。
俺は帰る前に病院の近所のスーパーへ行き、叔父の好物の麦茶を買ってきた。
これを渡して、俺は横浜へ帰る。
そのとき叔父が、申し訳なさそうにミニチャンプを俺に渡し、言った。
これ、いろいろあって難しすぎるわ。さっきのやつのほうがいいなぁ。
急な連絡で土産も持たずに叔父のところへ行った俺は、結局スーベニールwを渡して横浜に帰ってきた。
生きている叔父の顔を見ることは、もうできないかもしれない。