俺の手元に一本のナイフがある。高価なカスタムのような美しさもないし、流行の
タクティカルナイフのような機能美があるわけでもない。剣鉈をアレンジしたような
野暮ったいデザイン。鈍く光るブレードには細かな傷が無数にある。この傷一つ一つは
あの阪神大震災の時に刻み込まれたものだ。倒壊したアパートに突入する時、そのアパート
から生き埋めになった男性を救助した時、全焼したマンションの熱でゆがんだドアをこじ開
ける時、夜の闇に恐怖し長い夜を過ごしたとき、確実に機能し恐怖に打ち勝つ助けになった
のが、なんの変哲もない一本のナイフだった。あれから幾つものナイフを買ったけれど、
この一本だけは手放せない。