おまえら本は本屋で買えよバカやろう

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>>1さん、しばらくの間、このスレをお借りします。

以下長文ですがよろしければ読んで下さい。
56119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:35:00 ID:???

マジカル☆スパイ

 ある森に、一羽の、黄色いカナリアがいました。このカナリアは、パパとママとはぐれて、広い森のなかに、ひとりぼっちで住んでいました。
 そして、ある夕方、カナリアが、ハリエニシダの中で泣いているところを、王女が見つけたのでした。
王女は、小さいすすり泣きの声、それから、悲しげに鼻を鳴らす音を聞きつけて、足を止めました。
 「おや、かわいそうなカナリアさんがいるわ。」と、王女は言いました。
 王女は、ポシェットを石の上におきました。そして、黄色い花の咲いているハリエニシダをかきわけて、その奥にいたカナリアを、じっと見ました。
カナリアの目は、薄暗がりの中で、金色に光り、鼻をひくひくさせていて、しっぽの先のほうだけが黄色くて、その他の部分は汚れていました。
 「まあ、カナリアちゃん、なぜママのいる、お家へ帰らないの?」
王女は、優しく訊きました。
 「ママとはぐれちゃったんだ。」と、カナリアは、とても悲しそうに言いましたが、その時、大きな涙のつぶが、ふたつ、カナリアの鼻をつたって、
ぽたりと、地面に落ちました。
 王女は、カナリアがかわいそうで、どうしていいか、解らなくなりました。
57119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:36:00 ID:???

王女は、自分の楽しいお城のことを考えました。
 「この可愛らしいカナリアと一緒にいられれば・・」と、王女はつぶやきました。
 「お城に連れて帰ることもできないじゃないけど―でも、カナリアって事になると!
小鳥って事になると!お父様が、なんと言うかしらねえ。」
 カナリアは、金色の目で、王女をじっと見ました。
 「お腹、すいちゃった。」とカナリアは言いました。
 「あなた、素敵な歌を歌える?」王女は訊きました。
 カナリアは、こっくりしました。
 「じゃ、あなたのこと、試してみることにするわ。一緒においで。」
 こういって、王女は、ポシェットをとりあげて、歩き出しました。
 カナリアは、羽で涙を拭き、王女のあとから、飛んでついていきました。
 小さなカナリアが、丘の上の木々に囲まれた、王女のお城に住むことになったのは、こういう理由からでした。
 王女は、古い、立派なお城に住んでいました。玄関のドアの上からは、シダが覆いかぶさり、玄関の柱には、ツタがはっていて、風格のあるたたずまいです。
あまり遠くないところに、小川が流れ、野菜畑もありました。その畑で、農民は、薬草や、野菜や、大豆や、ライ麦を作っていました。
 王女とカナリアが、お城のそばまでくると、玄関のドアが、ぱっと開いて、女王が現れました。
 「やっと帰ってきたわね。」と言って、女王は、ポシェットを王女の手から取りました。
それから、カナリアをじろじろ見ながら、「あなたの後ろにいる、その小さい小鳥は、何かしら?」
 「わたしの見つけた森で迷子になったカナリア。」と王女は言いました。
58119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:37:00 ID:???
 「ハリエニシダの中にいたの。わたし、この子を守ってあげたいんです。」
王女は、きっぱり言いました。
 「そりゃ、あなたのする事だから、間違いはないけど・・」と、女王は、考え込みながら言いました。
 「しかし、野生の動物がどんなものかは、あなたも知っているでしょう。」
 「この子は、別なのよ。」
と言って、王女は、女王のほうへ、(この子はこんなに可哀想な思いをしているじゃないの)と言うように首を振りました。
 「この子は、素敵なカナリアなのよ。この子の羽の形を見れば、わかるわよ。」
 「そりゃ、あなたのする事だから、間違いはないけど・・」と、女王は繰り返して言いました。
 「しかし、それにしても汚いわね。」
 「この子は、私がきちんと洗ってあげるわよ。水に溶けるわけじゃあるまいし。」と、王女は言いました。
それから、王女は、この不思議なカナリアを、じっと見ている、自分の侍女たちに言いました。
 「ほら、このカナリアが、あなたたちの新しいパートナーよ。」
59119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:38:00 ID:???

 そして、家の中に入ると、カナリアを侍女たちのそばに連れていきました。
 「さぁ、ナンシーとクララ、このカナリアちゃんの座る場所を作っておやり。これから、一緒に住むんです。
この子の名前はね、マジカル・モモ、『モモちゃん』って呼んであげてね。」
ナンシーは、目をまばたきさせた後、優しく微笑みました。
一方、クララは彼の愛らしさに嫉妬するかのように、顔をしかめました。
けれども、侍女たちは、ソファの上へ、カナリアの座る場所を作ってやりました。
すると、疲れ果てたカナリアは、ナンシーとクララの間へ、倒れ込んでしまいました。
つんと、鼻をつくようなハリエニシダの匂いがしました。侍女たちは、それがいやでした。
 王女は、ライ麦パンとスープを、テーブルの上に乗せてやりました。
二人の侍女は、がつがつ、それを食べました。
モモは、ゆっくりとごちそうを食べていました。
 「こんなにたくさん食べきれないよ。」
 「食べきれなければ、残してもいいわよ。」王女は、そう言って、食べ終わるまでそばで見守っていました。
60119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:38:59 ID:???

 「今日は、お風呂の日よ。」と、王女が言いました。
 モモはうれしそうに羽をばたつかせました。久しぶりに水を浴びることができるからです。
 王女が、バスルームに案内して、湯船にお湯を入れ、それを泡立てました。
まず、ナンシーが、湯船につかり、その後、大きなバスタオルで体を拭きました。
それから、クララのお風呂も、手早く、済みました。
 最後に、汚れたモモを洗う番になりました。王女が、彼をお湯に入れました。
それから、石けんを付け、彼の羽の汚れが落ちるまで、ごしごし、こすりました。
 「僕、こんなにきれいになって、嬉しい。」
 細くてきれいな王女の手で、体中をもみくちゃにされながらも、洗ってもらえた事に、彼は嬉しくなって泣き出しました。
 そこへ、彼女が、シャワーのお湯をいっぱい、頭の上から浴びせかけましたので、モモは驚いて、飛び跳ねました。
 「熱いっ!」
申し訳なさげに、王女が言いました。
 「あらっ、温度調節が間違っていたわ。驚かせてごめんなさいね。」
モモは、答えました。
 「ううん、大丈夫。」
王女は、きれいになったモモを見て言いました。
 「さあ、これで、きれいになったわ。」
 モモはバスタオルを取り、それを王女の手に渡しました。
彼女は、モモを暖炉の前に連れて行き、体を拭いてやりました。
彼の体をこすりながら、王女は楽しい歌を歌いました。
61119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:40:00 ID:???

 ♪腕につかまって 歩くのが夢だった
  私は いつでも あなただけのプリンセスよ
  このまま 手を取り おとぎの国へ連れてって

岡田有希子「リトルプリンセス」より

 女王はシンセサイザーを弾き、ナンシーはエレキを、クララはベースをそれぞれ弾きました。
それが、とても面白かったので、モモは歌詞を覚えて、

 ♪私は いつでも あなただけのプリンセスよ
  このまま 手を取り おとぎの国へ連れてって

と、歌いました。
 王女は、ラベンダー水を含ませたタオルでモモの体を拭いてやり、その後、またブラシでよくこすってやりましたので、
彼の毛並みは黄色く、金色に輝きました。
 「もうこれで、だれも、野生のカナリアと解らないわ。」と、王女は言いました。
 「邪悪なカルト宗教のスパイは、鉄砲をもってあなたを追いかけないし、そこの教団が野に放っている野犬がストーキングする事もないわ。
すっかり、匂いを変えてあげたんですもの。もう敵の事は、心配する事はないのよ。」
62119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:40:59 ID:???
 それから、王女が、もう一つ、ベッドの用意をしましたので、ナンシーとクララとモモは、寝室へ駆け込みました。
ここは、お城の上階にある部屋で、大きな窓があり、バルコニーがついていました。
 モモは飛び回ったり、ベッドの上を転がっていたり、窓から月をのぞいたりしました。
 「お月様、僕の友達だよ。僕、お月様を知ってるんだ。」
と、言って、彼は月のほうへ手を振ってみせました。
 「お月様と友達ですって。ハハハッ・・あの子バカじゃないの。」
と、クララは、ナンシーに小さい声で言いました。
 王女がやってきて、モモをくるんでやりながら言いました。
 「ゆっくり眠ってね、モモちゃん。これから、私たちが、あなたの面倒を見てあげるからね。」
彼は、王女に優しくうなづきました。
63119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:42:59 ID:???

 その夜、三人が寝てしまってから、女王は、針箱の引き出しから、丈夫な布を取り出して、
モモのために、おしゃれで丈夫なかばんを作ってやりました。
 「このかばんを持ったなら、あの子、きっと素晴らしい仕事をしてくれる。」
と言って、女王は、かばんにボタンを付け、ポケットにお守りのニンニクを入れてやりました。
 「でも、少し甘やかしすぎかしら。」かばんを縫いながら、女王が言いました。
 王女は、寝室のほうを見ました。すると、モモは、窓をすりぬけて、外に出ようとしているところでした。
 「おや、モモちゃん、何しているとこ?」王女は言って、彼のしっぽを捕まえました。
 「ちょっとお月様に、歌を歌ってやろうと思ったんだ。」と、モモは言いました。

 ♪あなたの星座は AQUARIUS
  めざして今 TWINKLE GIRL
  となりの三日月に乗って
  スロープ ほら 舞い上がる

岡田有希子「眠れぬ夜のAQUARIUS」より (アルバム「ヴィーナス誕生」に収録)

 「いい子だから、早く眠って。いつまでも起きていると、明日元気が出なくなるわよ。」王女は言いました。
 モモは、キラキラした目でウィンクして、ベッドに戻ると、おとなしく寝てしまいました。
64119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:43:59 ID:???

 次の日、モモは、早く目を覚ましました。
そして、ふんわりした羽枕を眺めたり、侍女たちの寝ているベッドを、じっと見たりしました。
それから、やんちゃな子供のように、ベッドから飛び起き、ナンシーとクララの足をくすぐりました。

 ♪Pop Up Love Feeling わかってきたの
  夢がとびだす ドキ・ドキ・サイン
  Pop Up Love Feeling 浮気なボーイ・フレンド
  濡れたからだで 誘惑してね

岡田有希子「ポップ・アップ・リセエンヌ」(アルバム「FAIRY」に収録)

と、モモは歌いました。
65119-230-49-3.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:44:59 ID:???

 三人は、一緒に部屋の外に飛び出し、踊っている太陽にキスし、それから、洗面台で顔を洗った後、タオルで拭きました。
それから、畑にある薬草を摘み取ってきました。薬草は、人間の薬になるのです。
 「さぁ、早くおいで!」と女王が呼びました。
 「黒パンと、クリームと、森の蜂の巣から採った蜂蜜の朝ごはんですよ。」
 さて、朝ごはんの席に着く前に、女王は、前の晩に作ったかばんを出してきました。
そして、モモは左の羽に掛けひもを通しました。ナンシーとクララは、じっとそれを見ていました。
 モモは、かばんを撫でた後、ボタンを開けて右の羽を突っ込みました。でも、何も言いませんでした。
 「気に入らないの?」女王はがっかりして、訊きました。
モモは、気に入ったというように、うなづいて、それから、「ありがとう!」と言いました。
 「この子は、シャイなのね。」と、女王はつぶやきました。
66119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:51:59 ID:???

 さて、朝ごはんにかかると、モモはおいしそうに食べ、「もっと無いの?」と訊きました。
 「どうぞって言うの。」女王が言いました。
 「じゃ、どうぞ。もっとうんとたくさん。」とモモは言いました。
 王女が、朝ごはんを食べに、森の散歩から帰ってきました。
王女には、女王に話したい事があったのですが、侍女たちが外へ仕事に行ってしまうまで、その事を話し出しませんでした。
 「最近、この森に大きなブルドーザーを入れて自然を破壊し、修行施設を建てている邪悪なカルト宗教があるの。
その宗教の名前は、『オードリーの証人』とかいうらしいけど、夕べも、『カスガ尊師』と森の地主がトラブルを起こしていたわ。」
 「森の住人をいじめて、自然を破壊する悪い宗教というわけね。」と、女王が言いました。
 「モモちゃんを捕まえにくるかもしれないわ。」と、王女が話を続けました。
 王女は、お城の見張り塔に駆け上り、遠くを見渡しました。
そこでは、ブルドーザーが木々をなぎ倒し、地面は不自然に削られ、岩は、ダイナマイトで爆破されていました。
 「ご先祖様が、何千年と掛けて作ってきた自然をメチャメチャにするなんて、許せないわ!」
王女は、憤慨しました。
67119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:53:00 ID:???

 午後になって、王様が出張で訪れていた日本から帰ってきました。
 「お帰りなさい、お父様。」と言って、王女は、重いスーツケースを王様の手から取りました。
それから、モモを見て、「おまえの後ろにいる、その小鳥は新しいペットかね?」
 「ペットではありませんの。森の中で迷子になっていた勇敢なカナリアですわ。」
と、王女は言いました。
 「ハリエニシダの中にいたんです。私、この子を守ってあげたいんです。」
 王女は、王様に頼み込みました。
 「別に、可愛がってやるのは一向にかまわないけど、きちんと責任を持って可愛がってやれよ。」
と、王様は、きっぱり言いました。

 その夜、王女が、件のカルト宗教の話を王様にしました。
その話を聞いた王様は烈火の如く怒り、どんな手を使ってでも侵略者を壊滅に追い込むことを決断しました。
 王様は、モモを呼んでこう言いました。
 「君、悪の宗教のアジトに行って偵察できるかね?」
 「偵察って、何です? 僕にスパイ行為をしてこいという事ですか?」
 「そうだよ。」
 王様は、こともなげに答えました。
 モモは好奇心が強かったので、うなづいて、偵察の任務を引き受ける事を承諾しました。
 「モモ!気をつけるんだよ!『オードリー』は、危険でいっぱいだからね。」
と、王様は真面目な顔で言いました。
 モモは、余裕の微笑みを浮かべました。
 「僕、本当は危険が大好き。何だかうれしいな。」
 そして、モモは、ぴょんぴょん、飛んでいってしまいました。
68119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:55:00 ID:???

 こうして、モモは、王国の一員になりました。
王女やナンシーやクララと一緒に、楽しく遊び、侍女たちは、モモをとても勇敢で頭のいいきょうだいだと思いました。
侍女たちは、どたばた歩くのに、モモは影のように音も無く、ふんわりと羽根が舞うように歩く事ができます。
侍女たちは、石垣をぐるっと回っていくのに、モモは、ひらり、それを飛び越えてしまいます。
三人は、どこへでも、一緒に行きました。
けれども、先頭に立つのは、モモでした。
 侍女たちは、ばちゃばちゃ、川を渡ります。けれども、モモは空を飛び、くちばしで魚を捕ることができました。
しばらく歩くと、海につきました。
 夏と呼ぶには遅すぎる季節でしたが、三人は海水浴をしました。
モモは、イルカと話をします。そして、歌を歌いました。

♪半袖シャツじゃちょっぴり 肌寒い季節 ひと気ない砂浜には 忘れられたパラソル
 楽しい夏がこのまま 続けばいいのに キャンパスに戻る時が 目の前に近づいてる
 あなたとバスに揺られ どこまでも行きたい 居眠りのふりして肩にもたれる私を
 優しく微笑み浮かべ 見つめるあなたが好きよ 想い出ひとつふえたら ふたりの夏休みにさよなら

岡田有希子「さよなら・夏休み」(アルバム「シンデレラ」に収録)
69119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:55:59 ID:???

けれども、侍女たちはイルカの頭を触りました。
 「しっ、しっ! あっちへ行け!」と言って、イルカは、侍女たちを尾びれで追い払い、海に沈んでいきました。
 「わたしは、人間の友達ではない。」
 「どうしてあんなことするんだろ。」モモは、不思議な心境になりました。

二人の侍女は、しょんぼりして、急いで浜辺に戻ってきました。
 「あたしたち、イルカに何も悪い事なんかしていないのに・・」
 「イルカって動物は、本当は海の神様なんだけど、姿を変えているんだよ。それに、イルカは元々優しい動物なので、
友達になると歌を歌ってくれるんだよ。」と、モモが言いました。
 「あたしたち、イルカと友達になりたい。」と言って、侍女たちはため息をつき、滑るように泳いでいくイルカを見送りました。
 海水浴からの帰り、ナンシーはがっかりしてうつむきながら歩き、クララはふてくされた顔で、
「イルカのくせに生意気よ!」などとつぶやきながら歩きました。
モモだけは、元気いっぱいで、はしゃぎながら飛び回っていました。
70119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:56:59 ID:???

 その晩、ベッドに入ってから、モモは、楽しかった海水浴の事を考えました。
どうしたら、体力を消耗せずに長い距離を泳げるか・・などと。また、あのイルカに再会できたらいいな・・と。
そうしているうちに、モモは眠ってしまいました。
 王女が、音を立てないように寝室のドアを開け、モモに、
「大広間に来て。」と、囁きました。
こうして、二人は、そおっと廊下を通り抜け、大広間に向かいました。
 王女とモモが、足音を忍ばせて、廊下を抜け、大広間のほうへ行きますと、王様の姿が見えました。
 「こんな夜中に、何です?」と、モモが言いました。
 「君が、こんな時間にもかかわらず、顔を見せてくれて嬉しいぞ。どうか『オードリー』の偵察任務を成功させてくれ。」
と、王様が言いました。
 「どうか、成功させてみせます。」と、モモは答えました。
 「これから話す作戦内容は、トップシークレットなので、誰にも口外しないように。」と、王様が言いました。
王様の話す作戦内容を聞いて、少し不安になり、体がガタガタ震えました。
けれども、勇気をふるって、その恐ろしいカルト教団を倒すことを誓いました。
 「他に何か必要なものがあったら教えてくれ。物によっては輸入の手続きをしなければならないからな。」
王様は、モモに訊ねました。
 「えっと、今思いつく物は、トランジスタラジオ、ビタミン剤、目薬・・・かな。」
それを聞いた王様は、笑いをこらえきれずに、爆笑してしまいました。
「まぁ、突然呼びつけたりしたから、寝ぼけているのかもしれないが。それはともかく、適宜必要な物があれば教えてくれよ。」
王様は、そう言って、モモと誓いの握手をしました。
71119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:57:59 ID:???

 九月の晴れた少しばかり肌寒い日でした。モモの腕時計は十四時を指していました。
彼は教団の信者を避けるように羽をすくめながら、『オードリーの証人』のスチール製のドアを素早く通り抜けました。
 玄関ホールはカビとぼろぼろになった段ボール箱の匂いがしました。
突き当たりの壁には、屋内に展示するには大きすぎるカラーの肖像画が掛けてあります。
描かれているのは、横幅が一メートル以上もあろうかという巨大な顔だけ。
三十五歳くらいの男の顔で、豊かな黒い口ひげをたくわえ、いかついが整った目鼻立ちをしています。
モモは階段のある方向へ向かいました。
階段の踊り場には、巨大な教祖の顔のポスターが見つめていました。
こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるような、薄気味悪いポスターでした。
ポスターの下には『カスガ尊師と一緒に、汚れた世界を救済しよう』というキャプションがついていました。
 修行部屋に入ると、教祖の朗々とした歌がスピーカから流れていました。

 ♪尊師、尊師、尊師、尊師、尊師 カスガ尊師
  尊師、尊師、尊師、尊師、尊師 カスガ尊師
  
  過去の尊師、現代の尊師、未来の尊師、尊師、尊師

  尊師、尊師、尊師、尊師、尊師 カスガ尊師

 モモの背後では、相変わらずスピーカから教祖の洗脳ソングが流れていました。
72119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 18:59:00 ID:???

 しかし、それよりも問題なのは、施設内のあちこちに高感度マイクと暗視対応の監視カメラが設置されている事でした。
羽音を立てるくらいは可能だとしても、モモがそれ以上の音を立てると、どんな音でもマイクが拾ってしまいます。
さらに、監視カメラの視界内に留まっている限り、音だけでなく、彼の行動も捕捉されてしまうのでした。
もちろん、いつ見られているのか、いないのかを知る術はありません。
どれほどの頻度で、またいかなる方式を使って監視しているのかを考えても、所詮あてずっぽうでしかありませんでした。
教団内の誰もが始終監視されているということすらあり得ない話ではないでしょう。
しかしいずれにせよ、教祖はいつでも好きな時に監視システムに接続できるのでした。
彼の立てる物音は全て集音され、暗闇の中にいるのでもない限り、行動の一つ一つにいたるまで監視されていると想定して偵察しなければなりませんでした。

 真夜中のことでした。モモの忍び込んでいる修行施設では、信者が仕切られた小部屋に閉じこもり、大きなモニターに向かい合っていました。
『S弁護士殺害計画』と題された洗脳ビデオの準備でした。
彼が見たのは、若い女性でした。名前は知りませんでしたが、出版部門でワーク(註:教団用語で仕事の意味)をしていることは知っていました。
想像するに―彼は何度か彼女が手にスパナを握って輪転印刷機を修理しているのを見かけていた―
彼女は輪転印刷機の運転操作に関わる仕事に従事しているのでしょう。
目鼻立ちのくっきりした娘で、年の頃は三十歳くらい。豊かなロングヘアーは黒く、東洋的な美しい顔立ちで、運動選手さながらの機敏な身のこなし。
『反スパイキャンペーン』の象徴である細いピンクの飾り帯が作業着の上に幾重にも巻かれています。
形のいいヒップを際立たせる締め具合でした。
73119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:00:00 ID:???

 実のところを言うと、モモは初めて見かけた時から彼女を怪しいと思っていました。
理由は分かっていました。彼女がいかにもという感じで身の回りに堪えている雰囲気―何事も完璧でなければ気が済まない―
のせいでした。
彼は、ほとんどの女性を、特に若くて美しい女性を見る時は、少し距離をおいて見ることにしていました。
誰よりも頑固に教団を信奉し、教祖の説法を鵜呑みにして、スパイの真似事をやっては非正統派を嗅ぎ付けるのは、いつだって女性、
なかでも若い女なのです。
しかし、特にこの娘はたいていの女性よりずっと危険だ、と彼は強く感じていました。
以前、教団の庭で目が合った時、彼女は横目でこちらの内奥(ないおう)まで貫き通すように睨みつけ、心がしばし、恐怖感で溢れました。
教団の最高幹部かもしれないという考えさえ脳裏をよぎりました。
そんなことはまずありえないでしょうけれども、それでも奇妙な不安感は拭えず、彼女が近くに来ると、不安に恐怖と敵意さえ感じるのでした。

 もう一人、彼女と同じように小部屋に閉じこもり、洗脳ビデオを見ていたワカバヤシと言う男がいました。
【最高幹部】の一員で、何かとても重要な雲の上のポストを占めていて、モモにはその職務がどんなものであるのかほとんど見当もつかないのでした。
最高幹部の象徴であるエメラルドグリーンのクルタ(修行服)を着て、モニターの前で叫ぶように歌っていました。
74119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:00:59 ID:???

 ♪一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
  一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
  一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
  悪業を数える 悪業を数える
  一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
  一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
  一つ一つ裁くぞ
  嘘をついてもわかるぞ

  わたしはやってない 潔白だ
  わたしはやってない 潔白だ

オウム真理教(現Aleph)テーマソング「エンマの数え歌」より引用
75119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:02:00 ID:???

ワカバヤシは大柄で逞しい体をしており、首は太く、顔には半ば俗世間を見下したような残忍な表情が浮かんでいました。
その恐ろしげな風体にもかかわらず、彼の仕草にはある種の魅力がありました。
鼻の上で始終眼鏡の位置を直すという癖がありましたが、この癖は妙に相手に好感を抱かせるものでした。
 しかしいずれにせよ、もし何とか彼と二人きりになれたら、腹を割って話をしてもいいという気にさせる雰囲気の持ち主でした。
モモはこうした推測の正しさを確かめようとしましたが、実際問題として、彼には確かめようがありませんでした。
 次の瞬間、油の切れた巨大な機械の発するようなおぞましく耳障りな音が集団修行場の奥の大型スピーカから飛び出してきました。
歯が浮き、首の後ろで羽が逆立つような不快感を催させる音。『尊師マーチ』が始まりました。
 いつものように【尊師】カスガ尊師の顔が大型スクリーンに現われました。

 ♪尊師 尊師 尊師尊師尊師 カスガ尊師
  尊師 尊師 尊師尊師尊師 カスガ尊師

  オードリーの尊師 世界の尊師 地球の尊師
  尊師 尊師

  光を放ち 今立ち上がる 若きエースに帰依しよう
  僕らのオードリーを守るために 尊師の力が必要だ
  尊師 尊師 カスガ尊師

『尊師の説法』のプログラムはその日によって違いましたが、カスガ教祖が登場しない日はありませんでした。
76119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:03:00 ID:???

 カスガの姿が消えていました。ある朝のこと、彼は道場に現われませんでした。
口の悪い数人の信者が彼の雲隠れについてあれこれ言いましたが、翌日になると誰も彼の事を話題にしなくなりました。
数日後にモモは戸籍局の入口にある掲示板を見ました。
掲示の一つは印刷された最高幹部の名簿で、教祖であるカスガも当然メンバーの一人でした。
最高幹部のリストは前とほとんど変わらないように見えました―マジックで塗りつぶされた印もない―
けれども、一人分だけ短くなっていました。それで十分だったのです。
カスガは存在しなくなった。いや、最初から存在していなかったことになっているのです。

 凍り付くような寒さが続きました。迷宮のような施設では、空調の効いた教祖とその家族の部屋と最高幹部の部屋では一定の温度が保たれていますが、
サマナ(出家信者の呼称)の部屋は、足が凍傷になるほど冷たく、おぞましい悪臭を放っていました。
 
 選挙出馬の準備がすっかり佳境に入り、どの省のサマナも超過ワーク体制に入っていました。
街宣活動、集会、演説会、講演、教祖の顔に似せたかぶり物をかぶって街を練り歩く活動、選挙活動のテレビ番組制作など、
準備しなくてはならないことが山ほどありました。
他にも、観客席の組み立て、教祖を模した人形の制作、スローガンの案出、テーマソングの創作、デマの流布、写真の捏造などです。
出版部門に所属するカオリの所属する班は機関誌の印刷業務から外れて、目下、王国をネガティブキャンペーンする内容を書いた
シリーズものの小冊子を作るのに大わらわでした。
 以前に比べて、警察の事情聴取が頻繁に行われるようになり、ときおり、教祖を逮捕しに来るなどという突飛な噂が飛び交う事さえありました。
 選挙出馬のテーマソングとなるはずの新曲(タイトルは『オードリー、魔を祓う春日の歌』)はすでに完成していて、
のべつまくなしに大型スピーカから流れていました。
77119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:04:00 ID:???
シンセサイザーで打ち込んだだけの安っぽいリズムで、とても楽曲と呼べるような代物ではなくて、
シンセサイザーがひたすらピコピコ鳴るだけのものでした。
行進する足音に合わせて数十人の信者がその曲を歌うと、恐ろしいほどでした。
78119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:06:00 ID:???

『オードリー、魔を祓う春日の歌』

オードリー 春日 春日 春日 オードリー 春日 春日 春日

じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
春日純 春日純 春日純 春日純
光を放ち 一人立ち向かう
救済者の要石 それが純

じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
春日純 春日純 春日純 春日純
苦悩を背負い 一人指し示す
救済者の道しるべ それが純
79119-230-50-133.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:07:00 ID:???
じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 じゅじゅじゅ じゅじゅじゅじゅ純 純 純 純
春日純 春日純 春日純 春日純
至福の泉を ただ一人悟る
救済者の救済者 それが純

オードリー 春日 春日 春日 オードリー 春日 春日 春日 オードリー 春日 春日 春日
オードリー 春日・・・ (F.O.)
80119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:15:30 ID:???

 庶民たちはその曲を気に入って、真夜中の繁華街では、まだ人気のあるプリンセスプリンセスの「Diamonds」とこの新曲が競い合うのでした。
 信者によって組織されたワーク部隊が選挙出馬に備えて、街の準備をするのであります。
横断幕を縫い、ポスターを貼り、駅前にのぼりを立てて、宣伝カーでテーマソングを流しながら宣伝し、
しまいには、対立する候補者のポスターをスプレーで塗りつぶしたたり、逃げ足の速い信者がはがした後、引き裂いて燃やしてしまうなどの違法行為も行われました。

 ついに、選挙の結果を発表する日がきました。しかし、結果は見るも無惨な惨敗でした。
選挙で惨敗した事に対して、春日教祖は少しも反省しませんでした。
幹部が度が過ぎる宣伝活動とか選挙での違法行為とか前年の弁護士失踪事件で疑惑をかけられている件とかについて話し始め、
教祖を諌めると、彼はきっぱり反論し、
 「そうした事実は全くない。全部マスコミのでっちあげだ!これは、国家権力の陰謀だ!!」と言ったのでした。
幹部がそうした意見に固執して話を止めないと、教祖はふて寝してしまい、幹部を困惑させました。
 ある意味では、オードリーの世界観の押しつけは、皮肉にもそれを理解できない人々の場合に最も成功していると言えました。
なぜなら、現実に何が起こっているのかに気づくほど、社会の出来事に強い関心を持ってもいないからです。
理解力を欠いていることによって、かれらは正気でいられるのです。
かれらはただひたすら教祖の価値観を鵜呑みにするだけで、自分で物事を検証したり考えたりする訓練をほとんど受けていないのですから。
81119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:17:00 ID:???

 教団が総力を結集して出馬した選挙に惨敗してから、三年以上の月日が過ぎました。

 モモは、自分がどこにいるのか分かりませんでした。おそらく監禁用の独房のなかにいるのでしょう。
しかし、確かめる術はありませんでした。
 彼のいるのは、天井が高く窓の無い監房のような所で、壁は無機質なコンクリートでできていました。
天井には冷たい蛍光灯の光が溢れていて、低く唸るような教祖の歌がひっきりなしに聞こえました。
独房には必要最低限の設備しか無く、木製の棚があるのみでした。
それが切れているのは網でできたドアの所と、プラスチック製のおまるが据え付けられているドアの反対側だけです。
洗脳用モニターはそれぞれの壁に一つ、計四台が設置されています。
 モモは下腹部に鈍い痛みがありました。それは独房に放り込まれてから、ずっと続いていました。
それと同時に空腹でもありました。モモはこうつぶやきました。
 「最後に食べてから一日以上は経っているのかもしれない、いや二日間かもしれない。
スパイとして逮捕されたのが朝だったのか夜だったのか、今もって分からないし、恐らく今後も知ることはないだろう。」
食事は一度も与えられていませんでした。
 彼は両方の羽を腹の上で組み合わせたまま、狭い独房でできるだけ身動きしないで座っていました。すでに静かに座ることを学んでいました。
勝手に動くと、独房に備え付けられたスピーカから怒声が飛んでくるからです。
 「モモ!」スピーカから看守の声が聞こえてきました。
 「スパイ九七九号、マジカル・モモ! 監房では独り言をつぶやくな!」
 彼は再び両方の羽を腹の上で組み合わせ、不動の姿勢で座りました。
82119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:18:00 ID:???

 しかし、食べ物への渇望がどんどん募ってきます。
たとえ一切れのニンニクであっても口に入れたかったのです。
かばんのポケットにお守りのニンニクが入っていることを思い出しました。
しかし、逮捕された時にニンニクの匂いがしたため、彼は下腹部を殴られ、お守りのニンニクを取り上げられそうになったことも思い出しました。
 「何だそのニンニクは!」
 モモを取り調べた幹部が一喝しました。
彼は怯えながら答えました。
 「これは食べ物なんかではありません。お守りです。」
幹部は彼に猜疑心をもって切り返しました。
 「馬鹿者、ニンニクというのは食べる物に決まっているだろうが。」
幹部はこう続けて言いました。
 「それとも、何かい? おまえの国ではニンニクをお守りにする習慣があるとでも言うのか?」
彼は恐怖のあまり声も出なくなって、「そうだ」と言わんばかりにうなづきました。
幹部は説教臭い口調で、最後にこう言いました。
 「尊師はニンニクが大嫌いなんだよ。ニンニクは悪魔の食べ物だ。あんな物は人間が食べる物じゃない。」
 結局、食べたいという気持ちが恐怖に勝ったのです。
彼はポケットに羽を滑り込ませてニンニクを一切れ食べました。
83119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:19:00 ID:???

 モモは独房に入れられた瞬間から、暗闇も昼の光も見ていないのでした。
その上、スタンガンのような物を頭に当てられ、記憶も途切れ途切れになっていました。
 下腹部に最初の殴打を受けたのが悪夢の始まりでした。
後になって悟ったのですが、あのとき起きたことは単なる予備手順、スパイならほぼ例外無く受けなければならないありきたりの取り調べでした。
教団へのスパイ行為、破壊工作をはじめ、誰しも当然のこととして自白しなければならない犯罪項目はいくつもあるのです。
自白した場合は紋切り型の手続きですが、拷問された場合は生半可なものではありません。
何度打擲(ちょうちゃく)されたのか、それがどのくらい続いたのか、彼には記憶がありませんでした。
いつもワインレッドのクルタに身を包んだ男が五、六人、一斉に襲ってくるのでした。
拳骨だったり、電話帳の束だったり、あるいは特殊警棒だったり、ブーツの踵だったりと様々でした。
しまいには、拳が振り上げられたのを見ただけで、でっちあげであろうがなかろうが罪を犯しましたとすんなり自白してしまえという気になるのです。
そうかと思うと、初めに何も自白などするものかと決意することもあります。
そんな時は、拷問による激しい痛みの合間に仕方なく吐いてしまう言葉以外は一切口にしないのです。
ところがまた、弱気になってやむを得ず妥協しようと思うこともあり、自分自身に
 「自白してしまおう、だが、まだだ。痛みが耐えられなくなるまで頑張らなくては。あと三回蹴られたら、あと二回蹴られたら、
その時にはお望み通りの事を教えてやろう。」と言い聞かせるのでした。
84119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:20:00 ID:???

 現実の殴打は次第に少なくなり、恐喝の意味が大きくなりました。
彼の答えが満足のいかないものであったときには、いつでも殴打が待っているぞという恐怖として作用したのです。
取り調べをするのもワインレッドのクルタ姿のごろつき幹部からエメラルドグリーンのクルタ姿のインテリ幹部に変わっていきました。
この新しい幹部はモモに軽い苦痛を与え続けるようにしてはいましたが、苦痛に主眼を置いているわけではありませんでした。

 教団幹部の中にはまだ完全に洗脳されていなくて、心の優しい人も少数ではありますがいました。
四十歳ぐらいでしょうか、背が高く、豊かな巻き髪の女性が現われました。
 「ごめんなさいね。こんな所に閉じ込めちゃって。」と女性幹部は言いました。
 「あなたをこんな所に閉じ込めるつもりはなかったんだけど、あの下司連中どもが暴走してしまったの。
まったく、社会や世間の常識ってもんを知らない奴らだわ。」と彼女は続けました。
 「もう大丈夫よ。」女性幹部はそう言うと、目を閉じてモモの背中をさすり、もう一度彼を見ました。
そしてすぐに気に入ったようでした。器用な手で彼を抱き上げ、自分の方に引き寄せました。
 「名前は何ていうの?」女性幹部が言いました。
 「マジカル・モモ、モモって呼んで。」モモが言いました。
 「えっ、モモちゃんかしら?」女性幹部が言いました。
 「おかしなものね、あたしの以前飼っていたカナリアもモモっていう名前なの。こりゃひょっとして・・」と女性幹部が感傷的になって付け足しました。
 「あたし、あなたの母さんかもしれないわよ!」
 モモは思いました―本当に母さんかもしれない―
85119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:21:00 ID:???

 女性幹部は彼に、温かいスープにパン、コーヒー(一般の信者は飲む事を禁止されている)をご馳走しました。
食事が終わってから彼の毛並みを整え、それから白衣に着替えて脈を測り、反射神経や脚気を調べ、目蓋をめくり、
骨折箇所を探すために身体中を触診しました。
最後に、精神安定剤の注射を打とうとした時、
 「ぼ、僕を殺さないよね・・・」と怯えるように彼は言いました。
 「大丈夫よ。これは精神安定剤だからね。あたし、こう見えても以前看護婦をやっていたのよ。」
と言って彼を眠らせるために注射を打ちました。

 こうしてモモは、女性幹部が教祖を説得した事もあってか、教団施設での監禁から解放されました。
半年ぶりにお城へ帰ることができたのです。

 お城に帰ったモモは、日記を兼ねたレポートを書き始めました。
86119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:22:00 ID:???

 1994年4月4日

 信者向けの教団が制作したテレビ番組。全てカスガ教祖の洗脳番組。とても面白いのが一つ。
世界がハルマゲドンで滅亡する。信者がひどく喜んだのは、とてつもなく太った大男がヘリコプターから降りてきて、
『トゥース』と宗教の儀式をするショット。
最初は核戦争で破滅した世界を見て、教祖が憤慨する姿。
次の場面では米軍のヘリコプターが彼をマシンガンで攻撃するシーン。
彼の身体じゅうに穴があき、周囲の土がピンクに染まる。
そしてその穴からマグマが注入され、彼の怒りが爆発する。
マグマはミサイルのように空に放たれ、米軍のヘリコプターを撃破する。
信者はその撃破するシーンを見て拍手喝采。
それから子どもを満載した救命ボートとその頭上を旋回するヘリコプターのショット。
中国人とおぼしき中年の婦人が舳先に座り、三歳くらいの男の子を抱いている。
男の子は恐怖のあまり泣き叫び、婦人の胸元に顔を埋めている。彼女の体に巣穴を掘って隠れようといわんばかりに。
婦人は自分も恐怖のために顔面蒼白になりながら、男の子を抱え、なだめている。
その間、自分の腕で銃弾が防げると思い込んでいるのか、できるだけ男の子を庇おうとする。
するとヘリコプターがかれら目がけてミサイルを発射、恐ろしい爆風、ボートは木っ端微塵。
その後に天使になった子供が天に昇っていく素晴らしいシーン。
こんなシーンがこれでもかこれでもかと続く―
87119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:23:00 ID:???

 モモは久しぶりにペンを使って字を書きました。
しかし、しばらく字を書いていなかったせいで手が痙攣してしまい、書くのを止めました。
王様に報告するためとはいえ、どうしてこんなつまらぬ文章を書く気になったのか自分でもわかりませんでした。
しかし奇妙なことに、そうやって書き連ねているうちに、教団に消された記憶を、ほとんど書き留めることができそうなほど鮮明に浮かび上がってきました。
これで記憶を取り戻せることにようやく気づいて、今日から日記風のレポートを始めようと心に決めました。


以上で第一部を終わります。
88119-230-52-253.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 19:26:00 ID:oYLAe6wb

この物語を書くにあたって参考にした本

「こぎつねルーファスのぼうけん」

アリソン・アトリー 作
石井桃子 訳

岩波書店 1979年発行


「一九八四年[新訳版]」

ジョージ・オーウェル 作
高橋和久 訳

早川書房 2009年発行


>>1さん、貴重なスペースをありがとうございました。
89180-144-80-8.eonet.ne.jp:2010/05/13(木) 21:05:00 ID:KmgFbjtn

>>80の修正です。

誤:しまいには、対立する候補者のポスターをスプレーで塗りつぶしたたり、逃げ足の速い信者がはがした後、
引き裂いて燃やしてしまうなどの違法行為も行われました。


正:しまいには、対立する候補者のポスターをスプレーで塗りつぶしたり、逃げ足の速い信者がはがした後、
引き裂いて燃やしてしまうなどの違法行為も行われました。