【カーレース映画】グラン・プリpart2【最高傑作】

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54無名画座@リバイバル上映中
ゆっくりと振り向いたラウダの顔にはやはり表情らしき何も浮かんではいない。当然彼は言葉を待っているのだが俺の喉からは何も出てこない。
たぶん呼吸も忘れた頭の中は完全に真っ白で、竦んでるはずの自分の身体がやってる無礼な振る舞いを制御できない。今考えれば現実感を喪失していたのだな。
いつ出したのか全く覚えていないノートとペンが躊躇いがちに彼に差し出されるのすら、他人がやってるのを眺めてるように思えた。
頭部と同じく伸縮性を殆ど失っているように見える彼の手がノートとステットラーのボールペンを俺の手から受け取り、B5の紙面一杯に雑誌で見覚えのある
サインを素早く書き終える。ノートとペンを返しながら彼が これでいいんだな? という風に俺の顔を見た。深く頭を下げて感謝が伝わったろうか。
その時になってようやく「thanks to your tolerance」くらい言えただろうか。言えたと信じたいが彼に聞こえたかどうかは判らない。
気付けば彼は再び自分の荷物を探しに歩き始め、遠ざかっていくラウダの後姿を俺はずっと見つめていた。同じノートの次のページにはその後、
近寄り難い雰囲気のラウダとは対照的に、大勢のファンに囲まれながら笑顔で現れたジェームス・ハントのサインもあるが彼の記憶は殆どない。
その日の午後の講義が次第に俺を日常に引き戻し、無礼な小僧はどうやったらこの話を弟に信じさせる事ができるかを考え始めていた。