アメリカ映画がクソになった時期を387抜きで特定

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897無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 10:58:17 ID:UEUgo7mT
>>892
>まず世界中の監督wって一体誰に聞いたの?
「2002年に世界中の映画監督が選んだ〜」を読んでも判らなければ
その資料が何なのか説明されても判らないと思うよ。
あんたの知識は「そこまで」ってことだ。

>仮に本当だとしてあんたが糞つまんねー映画を作ると思ってる連中も含まれんだよw
そうだとしても、糞つまんねー映画すら作れない>>849のオナニー読んでるよりマシ。

>平均値を採ることに意味なんてない
平均値を採ることに意味があるなんて誰も書いていない。
849のリストを題材にして、本人が常識だと信じ込んでいる「趣味嗜好」と
他者の考えには大きな差異があるもんだ。と言いたいだけだ。
898無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 12:13:14 ID:IR4UhWcC
>896
そっちのスレはもう、387をいじり倒すスレ、になってるみたいよ
ここではスルーね
899無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 13:27:31 ID:fD9I1ZA/
>>896
荒らしはスルーの姿勢なので、
そういった煽り行為、かきまわしも控えるよう、
よろしくお願いいたします。
900無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 16:11:27 ID:QFvs/e74
ニコラス・レイとかサミュエル・フラーとか一体どこが良いの??
こういうの絶賛してる奴って単に「俺って映画観る目あるでしょ?凄いでしょ?」
ってアピールしたいだけじゃねえの? こんな監督よりウィリアム・ワイラーやキング・ヴィダーの方が
遥かに格が上だと思うが。
901名無し募集中。。。:2006/10/30(月) 16:26:59 ID:O3NTgSJt
>>900
おいおい、ニコレス・レイ好きな人にキング・ヴィダー嫌いな人はいないよ
勝手に俗物陣営に放り込まないでくれw
902無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 16:27:42 ID:UEUgo7mT
ワイラー>フラー>レイ>ヴィダーな俺にとっては、

キング・ヴィダーを絶賛してる奴って単に「俺って映画観る目あるでしょ?凄いでしょ?」
ってアピールしたいだけじゃねえの?

と思えるんだがな。
903名無し募集中。。。:2006/10/30(月) 16:32:06 ID:O3NTgSJt
おまいら少しは映画史を勉強しろよ
ブロックブロッキング禁止によってスタジオシステムが崩壊してしまったわけよ
映画会社のそれまでの儲けのシステムを独占禁止の名の下に
お上にツブサれてしまったたことが一番の原因だろ?

赤狩りよりもこっちのダメージのほうが大きい
904名無し募集中。。。:2006/10/30(月) 16:35:53 ID:O3NTgSJt
イマドキ年に100本以上新作映画を見るやつってアホだろ
何のガマン大会実施中だよ
905無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 16:45:10 ID:IR4UhWcC
何か作家主義=作家のランクづけのような雰囲気になってませんか?
 同じ映画監督でも作品毎に出来不出来はあるもの、監督個人に入れあげる
心はわかるが、かみ合う訳がない。作家主義という観点で語るならそういう
意味でいい作品が多いか少ないかという話ではないでしょうか。
 簡単に言って今アメリカに映画作家といえるような人って、
スピルバーグ、イーストウッド、バーホーベン、。。。
同時に
ローランド・エメリッヒ やマイケル・ベイは作家と言えるのかという事でもある
906名無し募集中。。。:2006/10/30(月) 16:58:33 ID:O3NTgSJt
おれは上品な人間なので「これが好き」とは言っても「これが最悪」などと
吐き捨てるように言ってみせるようなことはしない。
そんなネクラな怨念をためこんだ人間を軽蔑してる

ワイラーも好きだしニコレス・レイも好きだ
フレッド・ジンネマンも好きだしヒッチコックも好きだ

恥ずかしながら一番好きな映画は「陽のあたる場所」だ
907無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 17:33:58 ID:KmN5EHZJ
そう言えばサム・ライミは「ギフト」でやれば出来るじゃん?
こっちの方向性なら大歓迎だよ…と思わせといて蜘蛛男だもんな。
「サイナラ〜」って手ぇ振ってあげたくなった。
908無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 19:18:05 ID:JIF/NgWM
>>900
インパクトのある画面を好む人間はレイやフラーを好む
要は映像派だな
対して脚本を重視するような人間はワイラーやワイルダーを好む

自分は映画の核はあくまで映像にあると思うので
ワイラーよりはレイやフラーを評価する
909無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 19:25:26 ID:JIF/NgWM
それと>>894でレイやフラーを挙げたのはあくまでハリウッド的な
娯楽重視の作風とは異質とであるということの一例
ハリウッド映画は意外と偏ってるようで幅が広いということを
言いたかった

ちなみに自分はフラーは好きだが陰惨すぎるレイはあまり好みではない
910無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 19:39:31 ID:JIF/NgWM
>>897
>849のリストを題材にして、本人が常識だと信じ込んでいる「趣味嗜好」と
>他者の考えには大きな差異があるもんだ。と言いたいだけだ。

>>849はあくまでも映像表現の進展に貢献し映画の可能性を広げたかどうかという
基準に則って選出している
サイレント時代の作家をあえて多く含めているということの意味を考えてくれ

対して>>871の選出に統一された基準があるのかね?
911名無し募集中。。。:2006/10/30(月) 20:27:32 ID:O3NTgSJt
>>903
訂正
ブロックブロッキング → ブロックブッキング
   誤                正
912無名画座@リバイバル上映中:2006/10/30(月) 21:34:54 ID:IR4UhWcC
作家主義は作家のランクづけではないのを前提に穏やかに話を進めると、過去には
何か大監督がいて、単純な娯楽映画も作ったが、良心的な名作もあった
今はどうかな? という感覚があるという事じゃあなかろうか。

例えば今ハリウッドで名監督、大家って誰になるのだろう?
そういうのが日本人から見て見当たらない、ほとんどの監督が単にプロデューサー
に金をもらって言われた線で行くだけという様に見られているのでは。
どうでしょうね、そこに監督のテーマ意識、自分の趣味を通す意識、
そういうものがあるだろうか?
913無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 00:18:01 ID:BhLIVIoZ
誰も書いてないみたいだから書くが、
  クソになったのはDVDのせいじゃないの?
最近のアメリカ映画は映画館での興行だけでは十分儲からないからすぐにDVD
だして儲ける、最初からDVDで見ることを気にして作ってる、
そのせいでクソになったんじゃないの?
なんつうか、物語的展開より特撮とか細部に拘る
必ずどんでん返しが1回あって、というお決まりパターンとか、じゃねえ?
9146:2006/10/31(火) 00:19:17 ID:4tY3PMVE
やっと読んだ。
とりあえずお約束から。

>706
>724
>758
>759
>761
>770
>775
>776
>823
>830
>838
>855
>858
>869

却下。
個人的な思い入れを一般基準にしちゃいけない。

おなじ理由で>714-717も却下だな。
そこに上がってるのは「個人的な思い入れ」の集大成でしかない。
9156:2006/10/31(火) 00:21:28 ID:4tY3PMVE
あと、聞かれた事にだけ答えておいて今の議論に追いつこう。

>687
>629を読め。

>701
もうDVDも出てるけど、ミュンヘン見て来たよ。
作品板のミュンヘンスレでも色々書いて来た。

> 散々、スピルバーグは反体制でないと言い続けてきたが、
> さすがに訂正するんじゃないの?

いや、反体制とは思わなかったな。
アメリカの911以降の保守傾向をやんわりと批判してる感じはしたけど。

反体制でなければ全部「体制派」って訳でもなくってさ、
体制がどう思ってるかに関係なく思った所を言う事も有る訳で。
「ミュンヘン」ではそれをやってたと思う。


後は無いよね?

9166:2006/10/31(火) 00:22:40 ID:4tY3PMVE
>819
> 制作側は低価格でも数をこなせれば儲かることに気づいた。
> これにより映画は買える商品になった。

>913
> なんつうか、物語的展開より特撮とか細部に拘る
> 必ずどんでん返しが1回あって、というお決まりパターンとか、じゃねえ?

これ、逆じゃないかい?
その後、インディのシリーズはどんどん予算が上がって行った。
それ以外の映画でも、ビデオ販売を視野に入れる様な
ファミリーピクチャーは、大予算化の方向に走ってる。

「レイダース」のビデオ発売以降は、
ジョエル・シルバーやジェリー・ブラッカイマーみたいな
「大予算で派手な娯楽を提供する」プロデューサーが
ハリウッドを仕切る事が多かった訳だ。

つまり、ビデオを視野に入れた製作体制は、
「マーケットの拡大」→「もっと予算をかけられる」
の方向に走ったのではないかと。

で、そういう方向性が質の劣化に影響したかって話だけど。

これは好悪両方の作用があったと思うんだよね。
ビデオで繰り返し売るという事は、
"ながら視聴に耐えられるだけの派手派手しい画面"と、
"繰り返しの鑑賞に耐えられるだけの内容の充実"の、
両方が必要とされる様になった、と思うのだ。

それは確かに「映画の内容」に影響を与える変化だったけど、
それがすぐさま質の低下に結びつくかというと、
おおいに疑問があると思うよ。
9176:2006/10/31(火) 00:24:32 ID:4tY3PMVE
>820
「ライトスタッフ」の件は、実際のビデオリリースに
おいても、"大衆はやっぱり見向きもしなかった"事実が
あるから、余り参考にはならないと思う。
(>829のフォローもあるけど、あれはやっぱり好事家の映画だよ。)

ことに、「ライトスタッフ」と同じ3時間30分のランニング
タイムを持つ「王の帰還」が大ヒットした挙げ句に
オスカー総攫えしてっちゃった今となっては。

そんな「王の帰還」にも全長4時間のDC版が存在する訳だがw
もうここまで来ちゃうと、映画とビデオの楽しみ方の
方向性がはっきりと変わって来た、という結論の方が、
すっきりする様に思う。
9186:2006/10/31(火) 00:28:07 ID:4tY3PMVE
>822
>●名監督がいなくなった。

そんな事は無いと思うな。
ワイルダーやワイラーにしても、傑作もあれば駄作もある訳で。
打率を考えると、現代の「名監督」とそう変わらない。

>●名原作を映画化しつくした。

こっちはあるね。もはや古典は映画化され尽くしてて、
今作り直しても今度は時代とのギャップが大きすぎる。
ハリウッドも今や必死に「未開拓の原作」を探して
走り回ってる現状だ。

けれど幸いな事に、映画はオリジナルな物語を撮る事も
できるメディアだという事と、
やっぱり現代にも「名原作」は作られ続けている、という事から、
こちらも決定的な理由にはなり得ないと思う。

例えば「ファイト・クラブ」は20世紀末でしか書けない
小説であり、映画化できない映画な訳でさ。

>912
> 例えば今ハリウッドで名監督、大家って誰になるのだろう?

俺は当然の様にスピルバーグの名を挙げるけど、そう書くと
結構反発も有る。
他にもイーストウッドとかスコセッシとか色々いるんじゃない?

昔のハリウッドは大作指向の大監督と、熟練の職業監督が
群雄割拠で映画を作ってて、それをみんな「名監督」で括ってた。
その状況は今も変わらないと思う。
9196:2006/10/31(火) 00:31:12 ID:4tY3PMVE
>851
新技術ができるとそれをもてはやした映画ばかりになる、
というのはある意味正しい。
けれどハリウッドの凄みというのは、もてはやす時期を
過ぎると、きちんとそれを使いこなしてしまう所にあるのね。
カラーやトーキーや大画面がそうだった。

そして、今やデジタル技術も、完璧にハリウッドは
マスターしてしまったと思うよ。

もうこけ脅しのCGエフェクトに頼った映画なんて全然無い。
サマーシーズンの娯楽映画を思い返してみると、
「凄いエフェクト」以外の売れ筋をきちんと用意して来てる。
そして、デジタル技術そのものは「普通の映画」にとけ込んでる。

「ブラック・ダリア」で完璧に再現された1940年代LAを見て、
「こけおどしのCGだ」なんて言う人いないでしょ?

>864
> そして今の映画は機材の技術は発達したのかもしれませんが
> どう撮るかということに恐ろしいほどに無頓着なので
> 画面の貧しい凡庸な映画ばかりになりました

これは単純に見識不足だと思う。
「どう撮るか」をしっかり考え抜いて作られた映画って、
昔も今もごく一部なんだよ。
大半の映画はその時の技術的制約の枠内で、その時の都合に
絵を併せて作られてる。

その割合を比べてみれば、昔も今も大して変わりないのさ。
920無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 00:34:54 ID:ESQR60+x
>>913
最近じゃ本編より特典映像のメイキングの方がおもしろいなんてのもザラだもんね。
くーだらないお子ちゃま映画ほどメイキングがおもしろかったりするし。
921無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 00:41:11 ID:KnmHxWp0
800番代末からのも書いたのは6でしょ。
次スレは立てなくていいからね。
6のことだから、放っておくと平気で自分で「アメリカ映画がクソになった時期を6抜きで特定」スレを立てそうだ。
9226:2006/10/31(火) 00:42:50 ID:4tY3PMVE
>875

「この餅は喰える」と言い聞かせながら石ころに
齧りついてないかい?

出来ないものは出来ないと割り切る事も世の中必要だ。
「餅を買いに行く」っていう選択肢もある訳だからさ。

「アメリカ映画がクソになった」という間違った前提の
枠内で話を続ける以上、食べられる餅にはありつけないよ。
923無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 01:37:07 ID:AdumSZgm
>>919
>これは単純に見識不足だと思う。
>「どう撮るか」をしっかり考え抜いて作られた映画って、
>昔も今もごく一部なんだよ。

昔は今よりはるかに多い数の作品が作られてたから
割合で言えばそうかもしれんがいかんせん質の高い作品数が少なすぎ

クローズ・アップ過多で台詞での説明に頼った映画が多すぎ
必然性のあるクローズアップでなく構図や背景や装置などの手抜きを隠すための
手法として便宜的に用いてるんだから救いようがない

カッティングを細かくして観客に画面に集中させる時間を少なくさせるのも
同じ理由

画面から読み取れる情報が少ないんだから映画が面白くなるわけがない
924無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 02:18:42 ID:BhLIVIoZ
>>913
まともな人間は誰もレスしてないから書くが、DVDが映画に起こしている事は
かつてTVが登場した時と同じではなかろうか。
かつてはTVに対抗するため、3D、70mm、ワイドスコープとかやったし
大作指向になった、やがてTVとの共存も可能になったし、そういう方向
でも来てる。DVDも見直して見栄えがするとか、おまけつけるとか、やたら
違うバージョン作るとか作品そのもの出来とずれてきたんじゃなかろうか?
 それは必ずしもDVDに必要ではないが今はそうなっている。
 その辺難しいんでないかい
9256:2006/10/31(火) 07:54:48 ID:FOZosADb
> 昔は今よりはるかに多い数の作品が作られてたから
> 割合で言えばそうかもしれんがいかんせん質の高い作品数が少なすぎ

これも実は、錯覚の為せる技だったりする。
数十年単位の「昔」と、数年単位の「今」を比較してしまってる
だけなんだよね。

例えば2006年と1956年、2006年と1936年という風に
年単位で「傑作」を並べてみるといい。
大差ない事に気付くから。

クローズアップに関しては、例えばディートリッヒ=スタンバーグの
一連の映画なんかを見てみるといい。
ジョン・ウエィンが喋る時、カメラは常にどこにいるかとかね。
「必然性」にもいろいろあるんだって事が判ると思う。

台詞の説明に頼り過ぎって点ではトーキー初期からあった
批判だしね。
ワイルダーですら「失われた週末」じゃ説明台詞の大洪水だ。

カッティングの細かさは逆にコンティニュイティの重要性を
際立たせて、一時のマイケル・ベイみたいな
「画面で何が起きてるんだかさっぱりわからない」映像なんて
今じゃ探すのも難しい。

それはトーキー時代の「レビュー映画」からの脱却や、
色彩設計の年を追っての充実、大スクリーンで効果的な構図を
発見する過程と同様、技術に表現力が追いついて行く過程の
ひとつだったって事なんだと思うよ。

要するに、アップに頼って引の弱い映画、台詞に頼って
絵の力を軽視する映画っていうのは、今も昔もあるってこと。
時代のひとつの過程ではあるけれど、
それは必ず盛り返しを含んだ「過程」なんだよね。
926無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 08:08:07 ID:AdumSZgm
>>925
>「必然性」にもいろいろあるんだって
 
>カッティングの細かさは逆にコンティニュイティの重要性を
>際立たせて〜今じゃ探すのも難しい

あんたの想定する例を具体的に挙げといてくれ
今ちょっと時間ないから夜にでも
9276:2006/10/31(火) 08:16:02 ID:FOZosADb
>926

「クローズアップの必然性の例」に関しては、
上に挙げたディートリッヒ主演、スタンバーグ監督の映画を
どれでもいいから見て欲しい。
まあ白黒時代の「ハリウッドビューティだけが売り物の映画」
ならなんでもいいんだけどね。

女優を奇麗に撮る事が至上命題になるってのは、
要するに「派手なCGで客を釣る」の1940年代バージョンなんだよね。

細かいカッティングの進化ってことでは、デパルマの
「ブラック・ダリア」が参考になると思う。
相当細かく割ってるし、例によって無駄な長回しも
多用してるけど、そこに「情報の垂れ流し」は一切
見つからない。

あとは「ユナイテッド93」だな。
こちらは「観客の許容限度を超えた情報量で圧倒する」タイプ。
ポール・グリーングラスという監督は、そうした情報の洪水の
中から、本当に観客に見てもらいたいものをきちんと見せる
技術には特に長けていると思う。
928無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 12:47:02 ID:0aFPKl0A
>>921
内容がいじめでも嫌味でも
かまう行為が荒らしには栄養になるのですよ。
深呼吸する時間とスルーする余裕をもちましょう。
929無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 13:11:52 ID:0aFPKl0A
>>912
バカで有名なエメリッヒも
ゴジラとかパトリオットは時折アイロニー入ってるし
デイアフタートゥモローではご熱心に環境保護を訴え
優秀じゃないけど立派に作家なわけですよ。

マトリックスの兄弟も『Vフォーヴェンデッタ』なんて
誰も手をつけないような危険思想の原作を
自分のネームバリューを利用して
映画プロデュースするような
りっぱな作家精神がありますなあ。

99年前後なんてそんな映画ばかりだったし。

近年「娯楽」という仕立てがあまりに立派なので
作家性が見えずらいのかも。

>>924
「変化」ではあるが「劣化」と言い切れるかって問題ですよ。
劣化してる部分も有るけど、またそこから何かが芽吹いてるのかもしれない。
930レイナカニシ:2006/10/31(火) 13:22:55 ID:QBeo8LMv
>>925
「見てみるといい」じゃなくて
おまえがちゃんと説明しろよ、バカwwwwwwww

詳しそうなイキフンだけかましてんじゃねえよ
931無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 13:42:20 ID:ESQR60+x
Dr.スランプに出てくるやつ??<イキフン
932無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 13:42:56 ID:rKvMF6hw
昔は本気で読んで首を傾げたが、時間が経って冷静になって読むと
失笑しか出てこない陳腐な文章ってあるよな。
933無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 13:49:42 ID:5cuWXKMc
6ってすげえなあ
こんなに嘲笑の的にされても平気なんだもんなあ

ひょっとしてドM?
934無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 13:57:12 ID:BhLIVIoZ
いやただの暇なアフォさ、他で追い出されたからきたんだろ(いかんスルーが原則だった)
9356:2006/10/31(火) 19:36:40 ID:fEMDXs/z
>934
他所でやってる時にここ思い出して戻って来たのさ。
あぶなくずっと忘れてるとこだった。いや本当に申し訳ない。

>930

あんまりレベルの低いの相手したくないからさ。
あの二人の名前出してピンと来る人なら、会話も続くでしょ。
936レイナカニシ:2006/10/31(火) 20:56:50 ID:QBeo8LMv
>>935
言ってることが大雑把すぎるwwwwwwwww
なんか一生懸命キレモン気取りで言ってるが
すべてにおいて漠然とした雲をつかむような印象批評だ
937無名画座@リバイバル上映中:2006/10/31(火) 23:56:50 ID:BhLIVIoZ
同意
938無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 01:09:01 ID:A2499SM6
>>925
>「必然性」にもいろいろあるんだって事が判ると思う。

自分はそもそも必然性のあるクローズアップまで否定したつもりはないんだが
で、あんたの言う必然性とは何を想定してるか問いただしたら
>>927ディーリッヒ、スタンバーグの映画を観ろときたw

スタンバーグの映画は「ディートリッヒをいかに美しく撮るか」ということを
至上命題としてそのために
ライティングとカメラアングルに異常に気を使っていたという印象がある
そのためだけのプロットでありセットであったりするわけだ

で、美しく撮るのに綺麗な顔をクローズアップするだけでは芸がない
美しさというのは顔だけでなく佇まい、仕草を含めて総合的に決まるわけだ
自分としては上海特急の「ディートリッヒが列車の通路でタバコを吸う姿」や間諜X21で

「サーベルを鏡に最期の化粧をする姿」の方がクローズアップよりはるかに印象が強い
だからあんたがそれの作品でクローズアップがどのように効果的に使われてるか
を説明してくれないとあんたの言うクローズアップの必然性はわからんのだよ

939無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 01:27:28 ID:A2499SM6
>>925
>台詞の説明に頼り過ぎって点ではトーキー初期からあった
>批判だしね。
>ワイルダーですら「失われた週末」じゃ説明台詞の大洪水だ。

映像重視派の自分としてはワイルダーはあくまでも「脚本家」であって「映像作家」
ではないと思ってるのでそのこと自体にさほど驚きはない

>カッティングの細かさは逆にコンティニュイティの重要性を
>際立たせて、一時のマイケル・ベイみたいな
>「画面で何が起きてるんだかさっぱりわからない」映像なんて
>今じゃ探すのも難しい

映画が絵画や写真といった他の視覚芸術と異なるのは人物や物が画面の中を
動くという運動にあるわけだ
ゆえに「活動写真」と呼ばれたりもする

カッティングはそのような前後のショットを作為的につなぐことで映像のリズム感を産み出し
映画における運動を活性化させるという役割を果たす
これが前後で何の関連性もないショットをつなぐとそれではリズムを産み出すどころか
運動そのものが死んでしまうわけだ

いくらカッティングを細かくしてシーンの切り替えを早くしてもそれは同じ
マイケル・ベイを始めとするハリウッドの商業主義特化の糞どもは
何の脈絡もないショットを目にもとまらない速さでつなぐことと派手な音響を結びつけ緊迫感を産み出してる
振りをしてるだけであって実際には画面は死んでいるのだよ
こういう現象は探すのが難しいどころか今も氾濫している

940無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 01:46:15 ID:R/mYK65U
これって自作自演なんでしょ?
読む気も起きないけど
941無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 01:48:31 ID:A2499SM6
>>927
>技術に表現力が追いついて行く過程の
>ひとつだったって事なんだと思うよ。

カッティングの巧拙は前述のように画面作りの姿勢の問題であって技術の革新とは
何の関係もない

>時代のひとつの過程ではあるけれど、
>それは必ず盛り返しを含んだ「過程」なんだよね

これも同様
あくまで姿勢の問題であって時代やら過程やらとは何の関係もない話

>女優を奇麗に撮る事が至上命題になるってのは、
>要するに「派手なCGで客を釣る」の1940年代バージョンなんだよね。

女優は生身、CGは無機質、CG以上に女優はどう撮るかによって映像の出来が
全然異なってくるのであって繊細な配慮が必要
とはいえCGも使い方次第。画面作りにおける必然性があるなら使えばいいだけのこと

>細かいカッティングの進化ってことでは、デパルマの
>「ブラック・ダリア」が参考になると思う。

だからそもそもカッティングに進化も糞もないんだってw
まぁ最近の映画の中でも画面作りの比較的マシな「ブラック・ダリア」を
持ち出してくるあたりは全くの映像オンチというわけでもなさそうだが

それとあんたのいう「情報の垂れ流し」って何?

>あとは「ユナイテッド93」だな。

これは未見
けど
>こちらは「観客の許容限度を超えた情報量で圧倒する」タイプ。
>〜そうした情報の洪水の
>中から、本当に観客に見てもらいたいものをきちんと見せる
>技術には特に長けていると思う。

許容限度を超えた情報量で圧倒しつつ観客の見るべき情報を与えるってどういうこと?
何を言ってるのかさっぱりわからん
942無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 01:58:57 ID:A2499SM6
>>925
あと言い忘れてたけど

>例えば2006年と1956年、2006年と1936年という風に
>年単位で「傑作」を並べてみるといい。
>大差ない事に気付くから。

年単位の傑作数で比べることに意味はない
ここ十年くらい30年代から〜50年代の黄金期、60年代後半から70年代くらい
までのニューシネマ時代に産み出された傑作群に匹敵する作品がほとんど
産まれてないことのほうがはるかに深刻

後世に残すべき傑作群の層が明らかに薄くなってることが問題なわけ
943無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 03:32:18 ID:QoRr/03l
そろそろコテハンでも付けてください。
944無名画座@リバイバル上映中:2006/11/01(水) 03:39:37 ID:QoRr/03l
>>940
貴方のやってる事こそ自作自演でしょ。
9456:2006/11/01(水) 07:50:36 ID:+5cqnw0h
>938

スタンバーグと「クローズアップ」の件に関しては、
君の指摘が正解。スタンバーグはただディートリッヒを
奇麗に撮る為にだけクローズアップを多用した。
それが彼にとっての「必然性」だった訳だ。

・・・・で、それってさ、映画の質的向上の役にたってるかい?
ただ女優を大写しにしたいだけの「便宜的」な選択じゃない?
>923が指摘してたみたいなさ。

俺はそこを確認したかったのね。
今も昔もクローズアップの使い方なんてそう変わらない。
アップの使い方が上手い映画と下手な映画が同じ比率であるだけで。
映画が用いる技法すべてに言える事だけどね。

スタンバーグの映画はその端的な例証になってる訳だ。
退屈なピンナップの為に映画技法が奉仕している例証なのさ。
9466
>939

こちらも同様。台詞に進行を頼った映画は昔から存在する。
それが確認できればそれでいいんだ。
まるで1970年代になって突然「役者が解説者」な映画が
量産され始めたみたいな錯覚が消せればね。

> マイケル・ベイを始めとするハリウッドの商業主義特化の糞どもは
> 何の脈絡もないショットを目にもとまらない速さでつなぐことと
> 派手な音響を結>びつけ緊迫感を産み出してる
> 振りをしてるだけであって実際には画面は死んでいるのだよ
> こういう現象は探すのが難しいどころか今も氾濫している

という事なんで、その具体的な例示を示して欲しい。
示してもらって俺がどうするかというと、

・例示がその通りなら反例を提示する。

 それだけで「いい映画もある。悪い映画もある。」という、
 ごく当たり前の結論が戻ってくる。

・例示がその通りでなかったら、シークェンスの分析に入る。

 その場面のカッティングがどういう狙いの元に行われ、
 どういう効果を挙げてるかを仔細に解説し、
 それが「効果的だった」事を検証する訳だ。

単に言いっ放しなだけじゃなく、きちんと例示を示す事。
でなきゃこう言われてお終いだ。

「マイケル・ベイの映画しか見ないからそんな結論になるんだよ」

ってねw