アメリカ映画がクソになった時期を387抜きで特定

このエントリーをはてなブックマークに追加
936 (ニューシネマについて 1)
ヌーヴェルバーグに話が及ぶ以上、それと同時期に起こったアメリカン・
ニューシネマの話はしなきゃいけないだろう。
一緒に語られる事が多いからね。

「作家主義運動」があくまで監督の個性にこだわってた関係から商業娯楽映画
を否定しなかった(ヒッチやフリッツ・ラングを持ち上げてたよね)のとは
対照的に、ニューシネマの方は、商業娯楽映画のフォーマットを解体する事が
主眼になった。

具体的に言えば、ハッピーエンド"至上"を捨てる、3幕物の物語編成を捨てる、
悪人が魅力的だったり最後に生き延びたりしてはいけない、というタブーを
無視する、現実世界に存在するセックスやドラッグや様々な差別を無視しない、
とかそういう事。

健全娯楽、子供から大人までを対象にお上品にやってきたハリウッド商業映画に
対するアンチテーゼとしてニューシネマは登場してきた訳ね。

登場の背景がそういうものだから、ニューシネマの時期ってのは凄く短い。
「イージーライダー」が全米配給されて、アンチテーゼが主流になった途端に
自家中毒を起こしちゃったのだ。

残ったのは、ムーブメントに乗って機会を与えられた新しいタイプの監督達と、
これまでのタブーを取っ払われて、扱うジャンルやスタイルの幅が大幅に広がった
ハリウッドの映画製作システムって訳。