【4月から】水戸黄門44部目【41部開始】

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277名乗る程の者ではござらん
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 水戸黄門として知られる水戸藩の二代藩主徳川光圀は江戸で生まれ育った。
 光圀が若かりし日のことである。あるとき、知り合いの武士と連れ立って外出し、帰りはとっぷり日が暮れてしまった。
 歩き疲れ、浅草あたりの堂でひと休みしているとき、連れの武士が言った。
「この堂の床下に非人どもが寝ているようです。引っ張り出して、刀の試し斬りをしてはいかがですか」
「つまらないことを言うものではない。罪もない者を斬ることなどできぬ。それに、非人のなかにも手ごわい者がいるかもしれぬ。どんな反撃を受けるかもしれぬではないか。第一、どうやって床下から引っ張り出すのか。無用なことじゃ」
「臆したのでございますかな」
 連れの武士が笑った。
 そこまで言われては、若い光圀はあとには引けない。
「では、やむを得ませぬな」

 光圀は床下にもぐりこむと、四つんばいになって暗闇の中を進み、手さぐりで非人をつかまえようとした。
 床下には四、五人の非人が寝ていが、すでにふたりの話は聞こえていた。みな奥へ奥へと逃げる。
「あたしらも命は惜しいのです。お武家さま、無慈悲なことはやめてください」
「みどもも無慈悲な振る舞いとは思うが、仕方がないのじゃ。前世の因縁と思ってあきらめてくれ」
 そう言いながら、光圀はひとりの非人をつかまえ、外に引っ張り出した。

 腰の刀を抜いて非人を斬り殺したあと、光圀はしみじみと連れの武士に言った。
「さてさて、むごいことをしてしまいました。あなたが、そんなお人とは知らずにこれまで付き合ってきたことが悔やまれます。今後は、もう、お目にかかりますまい」
 それまで親しく付き合ってきた武士と、その日を境に光圀は絶交した。


(筆者曰く)
 井上玄桐著『玄桐筆記』に拠った。