必殺シリーズを語り続けよう!1

このエントリーをはてなブックマークに追加
400ミステリ板住人 ◆0FE6khB7i2
「新必殺仕置人」第21話「質草無用」に関する考察
駄目だな殺ヲタ、またしてもこの言葉で論考を始めなければならないのが
非常に残念である(w
「おねこは松の父親殺害を目撃しており、仇討ちのために松の家へやって来た。
従って、おねこ姉弟が松の前に現れたのは偶然ではない」
これが本話に関する殺ヲタの解釈であるが、アホな専属コテを筆頭に殺ヲタは
なぜか、いまだにこの解釈の根拠を示していない。(これだけでも十分に駄目なのだが)
では、まず上記のように解した場合の疑問点・矛盾点を列挙しておこう。

1 おねこ姉弟は直接に松の家にやって来たわけではなく、おねこが松の前に現れる前
  に既に長屋ではおねこの盗みが問題になっていたこと。
  松を父殺しの犯人と知っていたならば、ダイレクトに松の前に現れてよいはずである。

2 松がおねこ姉弟の父を仕置するシーンに、おねこの目撃を示唆するシーンが皆無で
  あること。これは目撃者はいないと見るのが素直な解釈である。
  (フィルム使い回しという実務は別として)
401ミステリ板住人 ◆0FE6khB7i2 :2005/09/04(日) 14:59:08 ID:56U/+VQt
3 おねこ姉弟が、松の前に現れたのが皮肉な偶然と解さないと、下記サイトでも
  引用されている鉄や松の台詞が生きてこない。
  
  松が仕置した相手の子供を面倒みることになった事について、
  鉄「厠の跳ねっ返りみたいなもの」
* 厠の跳ねっ返りは意図したものではない。偶然によるものなのが普通だが、
蓋然性はあるということ。
  

おねこ姉弟への対処について
  松「追い出しゃ俺の負け」
* 姉弟を追い出せば「仕置人」としての自分の生き方を否定することになる。
ゆえに、宿命として受けて立つという意思表示である。
   これは姉弟と暮らすことになったのが、皮肉な偶然であったらばこそ生きて来る
   台詞である。
http://members.jcom.home.ne.jp/n-bellty/text-shioki21.html
このサイトの論考に関して、
>偶然のぐの字も書かれていませんけど。
というアホそのものなレスがあったが、明記するまでもなく、松とおねこ姉弟の出会いが
偶然であるという論調で書かれているのは、読めば歴然としているのである。
402ミステリ板住人 ◆0FE6khB7i2 :2005/09/04(日) 15:00:18 ID:56U/+VQt
4 おねこは松に心を閉ざしているように見えながら、日々の飯は食べさせてもらって
  いる。そして弟も同様にさせているが、いかに少女とはいえ、松の父殺しを知って
  いるとすると、心理的説明に無理が生じる。
  復讐目的であれば、絶食し松を心理的に苦しめたり、松の援助を断固拒否し、弟にも
  同様にさせ、復讐の機会を狙うというのが普通である。
  おねこのダンマリは、大人社会(おねこから見れば松もこの一員である)に
  対する不信感ゆえであろう。

5 物語冒頭で、松の焼き魚をくわえて恨めしそうに松を見上げるおねこ、終盤部分の
  正八による「おねこは松の父殺しを見ていたのではないか」という指摘等、
  松とおねこ姉弟の出会いは偶然ではないのではないかと思わせる演出はされているが、
  これは、全体を見れば演出上のミスディレクションだとわかる。
  そもそも、松が父殺しと知りながら最後におねこが心を開くシーンがあるとすれば、
  不自然かつ唐突に過ぎる。
  松は、(自身のみが)仕置した相手の子供と知りながら面倒をみることにより、
  自己の宿命に打ち克ったのである。