三谷幸喜のありふれた生活157 -僕の「近藤勇」は、この人だ-
いよいよ来年の大河ドラマの執筆に、本格的に取り掛かる。
主役の近藤勇を演じるのは、香取慎吾。僕としても念願の大河だし、絶対にいいものを作りたい。
自分の最も信頼する俳優さんに、近藤役を演じて貰えるのは、まさに夢のような話だ。
とは言っても、世間の反応は賛否両論。幾つかの週刊誌に載った「新選組!」関係の記事もほとんどが、
批判的な内容。僕がホンを書くということからして既に不安視していた新選組マニアの皆さんは、
このキャスティングを聞いて、さらに不安を募らせたみたいだ。
これまでの近藤勇像と香取さんが結びつかないのは確かだ。「親分肌」「寡黙」「厳格」といった
彼のパブリックイメージは、アイドル香取慎吾には全くないもの。しかし近藤勇が本当にそうだったのかというと、
これがどうも怪しい。もちろんそれも一面ではあったが、調べていくと、僕らの知らない近藤像が次々と見つかる。
一番驚いたのが、彼は十代で近藤家に養子に入ったのだが、義母とうまくいかず、いじめに遭って、
深く悩んでいたという衝撃情報。そこにはあの強面の近藤勇のイメージはどこにもない。あるのは、
極めてナイーブな「勇青年」の姿。ほら、香取さんとダブってきたでしょ。そんな純情青年が京都に上がって、
新選組を結成、やがては「鬼局長」と呼ばれるようになる。香取慎吾で見てみたいじゃないですか。
あとは、近藤勇はかなり口が大きかったみたい。よく拳骨を口に入れて自慢していたそうです。
香取さんも口が大きく、CDを二十枚一度に頬張れるのが、彼の自慢。
ほらほら、どんどん近藤勇と香取慎吾が重なっていく。
話題性だけで作家を選び、視聴率稼ぎだけのために、人気アイドルを起用する。
そう思う人も世の中には結構いるようである。
僕としては、夢だった大河を書かせてもらえるので、何をいわれようがどうってことないが、香取さんに関しては、
ここではっきり訂正しておきたい。僕は今、近藤勇を演じきれるのは彼以外にいないと思う。
NHKのプロデューサーさんたちも、同じ気持ちだろう。テレビの人は話題性だけではキャスティングはしない。
「よおし、香取慎吾が来れば、若い人は皆観るはず。これで視聴率も頂きだい!」みたいな、
絵に描いたようなプロデューサーは、手ぬぐいで頬かむりをした泥棒と同じで、イメージだけの存在、実際にはいない。
だんだん分かって来たが、歴史ファンの中で、新選組びいきは全体の約半分といったところ。あとの半分は、
アンチ新選組で、彼らを単なるテロリスト集団としてしか見ていない。そして擁護派の皆さんにとっても、
今回のキャスティングはやはり抵抗があるらしい。僕らの周囲は敵ばっかり。
今は、確かに風当たりもつよいけど、来年の暮れの頃には、近藤勇といえば、香取慎吾しか思い浮かばなくなっているはず。
その日を目指して、頑張りましょう、香取さん。
『朝日新聞』/2003年5月14日夕刊12面/朝日新聞社