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日本経済新聞 2007年8月27日 企業1面12版:
<インサイド> アップル、来月100万台へ 〜使い手本位でiPhone旋風〜
【シリコンバレー=村山恵一】米アップルが米国で携帯電話「iPhone」を発売して二ヶ月。9月末までに
100万台を売る勢いで、携帯音楽プレーヤー「iPod」投入時を上回る好スタートを切った。来年には欧州
などを含め1000万台を販売、世界シェア1%近くを目指す計画で、NECなどを超える携帯電話機メーカー
に浮上する。日本メーカーを尻目にアップルがユニークな製品を次々と生み出す背景には顧客の使い
勝手を最優先させる商品開発戦略がある。
−−技術至上の日本に教訓−−
信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題に米株式市場が揺れる中、アップルの
先週末の株価は7月初めに比べ約12%も上昇した。株式市場の評価の背景にはiPhoneへの強い期待
がある。
7月下旬に発表した4ー6月期決算ではiPhoneの販売日数は2日間しかなかったが、売上台数は27万
台にも上った。「購入者の90%が満足しているとの調査も出ている」。ピーター・オッペンハイマー最高
財務責任者(CFO)は声を弾ませた。
携帯音楽プレーヤーや携帯電話機と言った小型エレクトロニクス機器は本来、日本メーカーが最も
得意としてきた分野。その「おはこ」でアップルに主役を奪わのはなぜなのか。最大の理由は商品開発
の発想の違いにある。
「自分の携帯に満足している人はほとんどいない。商機はある」。2004年の半ば頃、社内で携帯開発を
指示したスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)がこだわったのが使い手本位の商品開発だ。
◆AT&Tに注文◆
まずやり玉に挙げたのは電話をかけたり電子メールを書くのに使うキーボード。デザインにこだわる
ジョブズ氏には端末表面の半分近くを占領するキーは醜い存在以外の何ものでもない。iPhoneでは液晶
画面を広くとり、指でなぞるタッチパネル操作を採用することが早々に固まった。
携帯電話では通信会社の主導権が強く、どんな機能を備えるかも通信会社次第の要素が強い。iPodの
ヒットで強気のアップルはそんな「業界の常識」も覆した。
ジョブズ氏が米最大の携帯事業者シンギュラー・ワイヤレス(当時、後にAT&Tと統合)のスタン・シグマン
CEOとニューヨークで会い、提携を持ちかけたのは05年初め頃。翌年春には合意に至るが、主導権は
アップルが握り続けた。今年1月のiPhone発表の前に現物を見ていたAT&T幹部はわずか3人だったとされる。
米国でのiPhoneの独占販売を認める代わり、AT&Tには様々な注文もつけた。例えば、留守番電話機能
の「ビジュアル・ボイスメール」。従来の携帯なら重要度に関わらず録音順に再生するしかないが、iPhone
ではまず録音者のリストを画面に表示し、順不同で聞けるようにサービス機能の整備を求めた。購入者が
AT&Tの店舗に出向かなくても済むよう、自宅のパソコンで通信契約する仕組みも認めさせた。
◆特許の申請200件◆
半導体や液晶などの自前技術を生かすため、使い手に何の利点があるのかわかりにくい独りよがりの
製品を造ることも多い日本メーカー。iPhoneはそんな技術至上に陥りがちな自前主義とも無縁だ。アップル
がiPhoneで申請した特許は200件にも及ぶが、実際の技術の多くは他社からの「借り物」でそろえた。
韓国サムスン電子、独インフォニオンテクノロジーズ……。iPhoneを分解すると他社から買った半導体など
が続々と姿を現す。顧客が何を求めるかを考え、それを実現させるために世界中の部品会社の力を借りる
発想は「(部品から最終製品まで手がける)垂直統合が強さの源泉」(ソニーの中鉢良治社長)と考える
日本勢の対極にある。
日本製エレクトロニクス機器の名声を世界にとどろかせたソニーの「ウォークマン」誕生から30年近く。
日本勢がかつての輝きを取り戻すためにアップルから学ぶべき少なくない。
(本日朝刊より転載、修正)