【ありがとう】京ぽんの思い出【サヨウナラ】

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561白ロムさん
全国の兄弟達へ。私は、製造番号226751154。
2004年の初春に、京セラの鹿児島川内工場で生まれた最初の量産タイプです。
みんな、あの日のことを覚えているかい?
初めて目を覚ましたあのクリーンルームのことを。
白衣の検査担当さんは、僕らのことを1台1台、にこにこしながら大切に検査してくれたよね。
ときどき、お父さんやお母さんも研究所から来てくれて、満足げな顔で僕らをなでてくれた。
後輩に聞いた話だと、最初の僕らが出荷されたトラックを、工場の人達は総出で見送ってくれたそうだよ。
そして何よりも、僕らのご主人となった皆様に、大きな歓声を持って迎えていただいたあの日のことは、
きっと僕は、この意識が途切れる瞬間まで忘れないと思う。
長旅を終えた僕は、真っ暗な箱の中で、高まる期待と緊張ではち切れそうになりながら、新しいご主人様との対面を待っていたんだ。
そして、ついにその時がやってきた。まばゆいばかりの光と共に。

僕がご主人様に初めて出会ったのは、ある病院のベンチだった。ご主人様は、若い男性でね。
最初に見たご主人様は、目を真っ赤にして泣いてたんだよ。その時、理由はわからなかった。
ご主人様は、マニュアルを見ることもなく、箱から出した僕を、しばらくなでまわしていたよ。
くすぐったかったけど、悲しくも優しい感じだった。
しばらくしてから、メールを書き始めたんだ。宛先のないメールを。
途中まで書いては保存し、また別の宛先のないメールを書き始めては保存し、その繰り返しだった。
そして、ご主人様がその宛先の無いメールを書くときはいつも、泣いていることに気が付いた。
しばらくして、僕はなぜご主人様が泣いているのかがわかったんだ。
ご主人様は、大切な弟さんを、病気で亡くされたということを。
その弟さんも、僕らの兄弟に逢うことを切望しながら、その願いは実際には叶えられることがなかったそうだよ。
僕らが産まれ日に、間に合わなかったそうだ。
来る日も来る日も、ご主人様は後悔の念に満ちた悲しいメールを書き綴っておられた。その悲しみは、僕の中だけに今も大切にしまってある。
これは、僕とご主人様だけのだいじなだいじな絆なんだ。

そんなご主人様のメールにも、最近ようやく楽しげなものが増えてきた。
どうやら彼女さんが出来たようで、そのかたとのメールにはときどき、弟さんの話も昔話として出てくるようになった。
悲しみから解放されたんだね。これでいいと思う。僕はとても嬉しい気持ちになった。
ご主人様と彼女さんとのメールから、どうやらお揃いで僕の更なる後輩たちに乗り換えることになったようだ。
僕の役目もここまで。後輩達がくれば、僕は充電してもらうこともなくなるだろう。
そしていつかそのまま、僕の鼓動が消え、ご主人様との記憶も、絆も、この宛先の無いたくさんの保護メールも、すべて僕の中から消えてしまう現実は必ずやってくる。
でも、それでいい。ご主人様は、僕を使って悲しい過去を振り切り、新しく希望に満ちた未来へと歩み出すことができたから。
少し寂しいけれど、僕は今とても満足している。
なぜなら、僕はこれから、ご主人様の大切な弟さんのところへ行くという新しい使命ができたんだ。

p.s.
今日、ご主人様が新しいメールを書いた。
また宛先は無かったけど、なんと僕自身に宛てたメールだった。
内容は書かない。僕とご主人様だけの大切なものだから。
でももし僕が、自分の意志でご主人様にメールを書けるなら、一言だけ書くことが出来たなら。

「僕を選んでくれて、本当にありがとう」

これだけを伝えたい。
それから、叶うなら、僕を産み、ご主人様の元へ送り出してくれた京セラのお父さんお母さんたちにも。

「僕を産んでくれて、本当にありがとう」

全国の兄弟達、僕らの時代はもうすぐ終わる。
でも、決して消えないものも残る。
僕らと、数多くのご主人様たちとのたくさんの出会いと、楽しい思い出と絆。
なにより、ぼくらの後輩達への新しい架け橋になれたこと。
みんな、短い時間だったけど、僕らは十分に役目を果たしたよね。
最後に、全国のご主人様たちへ。

「僕らの後輩たちを、よろしくお願いします。どうか可愛がってやってください。」