73 :
続きだ:
「マサト……俺は、俺は……」
スタンド入り口前のベンチで、岡部は震えていた。
その震える手には、拳銃が握られている。
岡部は出発した直後、検量室近くに身を隠していた。
立入禁止エリアになるギリギリの時間まで、柴田政人の近くに居たかったのだ。
一人、また一人と、参加者が地下馬道を過ぎて行く。
この場に留まっていられる時間が、どんどん少なくなって行く。
岡部は怖かった。
関係者施設より先の世界に出ることが、たまらなく怖かった。
(殺される。誰かに会ったら、殺される。
だから守らんと。この銃で、自分を守らんと……)
支給された銃を握って、岡部はこの言葉を何度も何度も繰り返す。
74 :
ID晒して逝くぞ続編:2001/08/22(水) 02:57 ID:R5XQxLyc
その時だった。
「岡部さーん、岡部さんでしょ・・・・・?」
かけられた言葉に、岡部は素早く反応する。
(見つかった!?)
岡部は声のした方向へと向き直り、銃を構えると、引き金に力を込めた。
そこで初めて、声の主が渡辺である事を知る。
しかし、渡辺は岡部に危害を加える素振りを見せなかった。
(――撃っちゃダメだ!)
岡部は瞬時にそう思った。だが、引き金を引く指の動きは止まらなかった。
そして……
75 :
1:2001/08/22(水) 02:57 ID:R5XQxLyc
岡部は校門を飛び出したあと、無我夢中で場内を走り回り、この場所へと辿り着いた。
だが、どんなに走り回って気持ちを紛らわせても、
渡辺に発砲した時の映像が、頭の中で何度も何度もリフレインする。
「母ちゃん……俺、人を殺しちゃっまたよ……どうしよう……」
もはや岡部は、俯くことしか出来なくなっていた。
と、その時――
誰かがやって来て、岡部に声を掛けた。
「大丈夫……ですか?」
76 :
1:2001/08/22(水) 03:01 ID:N.qvBMO.
声を掛けたのは、松永幹だった。
「柴田さんの事は、お気の毒ですけど……元気、出しましょう」
ミキオはそう言うと、岡部の隣に腰を降ろした。
「……」
岡部は銃を構えなかった。構えられなかった。
渡辺の二の舞いは避けたかったし、
優しく接してくれる人に、銃は向けられなかった。
岡部はそっと、銃をバッグにしまい込んだ。
ミキオは自分のうなじのあたりを撫でながら、岡部に話し掛ける。
「ひとつ、聞いていいですか?
岡部さんは『あの馬』について知っておられるのですか……」
77 :
1:2001/08/22(水) 03:01 ID:???
岡部はゆっくりと、頷いた。
「……ああ、少しなら、知っている。
今回造られるクローンホースはSSだ、しかし……」
「しかし?」
岡部は少し怒ったような顔をした。
「しかし、本来なら俺が乗ることが決定していたはずだ。
藤澤厩舎に入厩して……」
78 :
1:2001/08/22(水) 03:02 ID:???
「そうですか。でも……」
ミキオは岡部の方を向くと、つぶやいた。
「それは、からかわれただけだと思います」
(――なに?)
意外な返答に岡部は驚いた。
そしてミキオは、岡部と目を合わせる事無く、淡々と話し続ける。
「藤澤先生が、馬主さんと話しているのを、聞いたことがあります。
”あの爺さん、本当に痴呆症だなぁ”って、笑いながら話していましたよ」
あまりに痛烈なミキオの言葉に、岡部は言葉を失った。
(なんだと……コイツ、何を言ってるのだ?嘘つけ!?)
79 :
1:2001/08/22(水) 03:04 ID:???
「岡部さんは、みんなから”アイドルジョッキー”
って言って貰った事、ありますか?あるわけないですよね」
ミキオは続けた。
「ボクが勝つとお客さんは喜ぶんです“ヤッターミッキー”って
ボクが負けるとお客さんは慰めてくれるんです“惜しかったねミッキー”って……」
淡々と語るミキオの姿に、岡部は絶望した。
慰めてくれると思っていたのに、どうして……
しかし、ミキオの辛辣な言葉は止まらない。
「あなたは、お客が呼べる騎手として見られていないんです。
このプログラムに勝ち残る意味なんて、無いんですよ……」
決定的な一言だった。
80 :
1:2001/08/22(水) 03:04 ID:???
「なんでだ……なんで、そんなこと言うんだ!?」
岡部は泣きながら訴えた。
だが、岡部はそれを軽く受け流す。
「事実だからです。それにボク、言いましたよね?
ボクが勝つとお客が喜んでくれるって。だから……」
ミキオは岡部の目をじっと見て、静かに微笑んだ。
口元が、すぅっ、と上にあがる。
「ボク、決めたんです。生き残るって……」
その瞬間、岡部は言い知れぬ恐怖感を覚えた。
体中の血の気が、一瞬にして引いて行くのを感じる。
「う……うやああああっ!!」
岡部の絶叫が、夜の競馬場に響く。
81 :
1:2001/08/22(水) 03:05 ID:???
ザシュッ!
ミキオが隠し持っていたサバイバルナイフが、岡部の喉元を掻き切った。
血飛沫を上げながら、、岡部の体が地面へと崩れ落ちて行く。
ミキオはナイフから滴り落ちる血を見つめながら、呟いた。
「もうずっと、政人さんと一緒なんですから……寂しくなんかないですよ」
【残り14人】
82 :
1:2001/08/22(水) 03:05 ID:???
朝霧の中、熊沢は歩いていた。
誰かを殺すか、誰かに殺されるか……
嫌な選択肢しか残されていない現状を、忘れたかった。
熊沢は出来る限り、プログラムの事を忘れようと懸命だった。
しかしパドックを過ぎ日本庭園に入った時、熊沢は現実に引き戻される。
濃い霧の先に、誰かが立っている……
熊沢は走るのを止め、警戒しつつ、霧中の人物に声を掛けた。
「誰だ?そこに居るのは……返事をしろ」
そして数秒後、聞き慣れた声で返事が帰って来る。
「おれだよ 熊ちゃん」
武豊の声だ。
豊の声に安心した熊沢は、警戒を解き、豊に近付いて行く。
「無事だったんだ、武さん……怪我してない?大丈夫?」
「まあね。一応、生き延びてるよ」
普段通りの明るい声で、豊は答えた。
(良かった……元気そうだ)
熊沢は、豊と再会出来る喜びを噛み締めていた。
たった数時間しか離れていないのに、数週間振りに会うような感覚。
緊張していた心を、ようやく落ち着ける事が出来る……そう思っていた。
だが、豊にあと2〜3メートルまで近付いたその時、熊沢は自分の目を疑った。
霧の中から現れた豊は、熊沢に銃口を向けている。
「あはは、悪く思わないでね、熊ちゃん」
そうつぶやく豊の表情は、冷静だった。
「――どういうつもりだよ!?武さん……」
熊沢は動揺を隠し切れない。
しかし、豊はあくまで冷静に、言葉を続ける。
「動かないでくれよ……弾が外れるからさ」
「本気……なのか?」
熊沢は信じられなかった。
豊が自分に銃を向けるなんて、嘘だ。こんなの嘘だ……
しかし、豊は銃を下ろさない。
「本気よ。友達だからこそ、俺はオマエを撃つ……」
「どういう事だよ、それは――」
と、熊沢が言いかけた所で、何処からとも無く大音量でファンファーレが流れて来た。
東日本地域でのGTのテーマだ。
そしてそれに続いて、尾形のあの嫌味な声が聴こえて来る。
「おはよう諸君!朝6時になった。それではこれより、
第1レースが確定したので発表しよう。よく聞いておくように」
それは、6時間毎に流される定例放送だった。
二人は動きを止めたまま、その放送に聞き入る。
「これまでに脱落したのは、四位くんこれは開始前の死だから競走中止だな
それと渡辺くん。柴田善くん。そして、岡部くん……以上4名だ。
意外とペースが早い。3日もしないうちに終了するかもしれないな。
一番人気(早く死ぬと思われていた順番)の渡辺君が来た時には、鉄板かと思ったが
2着に柴田善君、3着に岡部君が入って人連、ワイドとも万馬券だぞ
それでは諸君、頑張ってくれたまえ。また6時間後に会おう」
尾形が、フェードアウトしてゆく。
そして熊沢は、その放送内容に愕然とした。
「もう……もう4人も死んだっていうのか!?
それあいつら俺達で賭をしてやがる!」
「そうさ。そして、ヨシトミさんを殺したのは、俺……」
豊のその言葉が、熊沢の心に更に傷を刻む。
「う、嘘だろ?……」
「本当だよ。もう殺し合いは避けられない。オマエもいつ、
誰に殺されるかわからない。……オマエが他の誰かに殺されるのは、嫌なのさ。
だから、友人として、俺にはオマエを殺す義務がある……」
豊の言葉に同意出来る筈はなかった。
しかし、銃口は自分に向けられている。
このまま死ぬのは嫌だ……熊沢はそう思った。
熊沢はフッ、と溜め息をつくと、挑戦的な目つきで豊を見て、言った。
「……で、俺の都合はお構いなし、ってわけ?」
86 :
名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/22(水) 03:12 ID:N.qvBMO.
「そりゃあ天下の武豊が殺してくれるなら、少しはドラマチックかもしれない。
でもね……俺だって、死にたくないんだ。それに……」
熊沢はそう言うと、背中のバッグから日本刀を抜いた。
「どうせなら、正々堂々と勝負しようじゃないか。
いきなり銃を構えて現れるなんて、ずるい……」
熊沢の目に、迷いは無かった。
(ただ黙って殺されるくらいなら、俺は闘う事を選ぶ。
たとえ相手が、豊であろうとも……後悔はしない!)
豊は、そんな望の姿を見て、微笑んだ。
「……勇ましい答えね。オーケー、じゃ、始めようか」
熊沢は汗ばむ両手を気にしながら、刀を構え直す。
「やるからには、全力を尽くすからな……」
「もちろんさ。Are you ready――GO!」
パンッ、パンッ、パンッ。
87 :
1:2001/08/22(水) 03:13 ID:N.qvBMO.
「やっぱり、無茶だったかな……」
木陰で、熊沢がつぶやいた。
戦闘開始の合図とともに、並木道の方向へとダッシュした。
銃が相手では、日本刀といえど勝ち目は無い。
しかし、この濃霧を味方に付ければ、まだ勝算はある。
豊の放つ銃弾を辛うじて避けながら、熊沢は街路樹の陰で機会を窺っていた。
霧の中から、豊の影が近付いて来る。
こちらから打って出るには、弾切れの瞬間を待つしかない。
危険な賭けだ。
だが、それしか手段は思い浮かばない。
熊沢は意を決して、木陰から飛び出した。
「さあ、当ててみな!」
豊が少しぼやけて見える位置で、熊沢は叫んだ。
多少距離があるとはいっても、充分射程距離内だ。
豊は熊沢に向け、数発連射する。
しかし、霧で視界が悪いのに加え、熊沢はあっという間に別の木陰へと移動してしまう。
「熊ちゃん!正々堂々と闘うんだろ?
コソコソ隠れて鬼ごっこだなんて、男らしくないなぁ」
少し不機嫌そうな口調で、豊が呼び掛ける。
しかし、熊沢は動じない。
「正面で一騎打ちをする事が、全てじゃないさ。
俺は障害にも乗るんでね、
武器の性能差を考えた上での、ベストな戦法だと思うけど……」
熊沢はそう言うと、豊との距離を確認しつつ、もう一度、木陰から飛び出した。
(そろそろ弾が切れてもいい頃だ。チャンスは逃すな!)
自分にそう言い聞かせ、熊沢は数本先の並木へとダッシュする。
しかし、回避出来ると思っていた弾の一発が、熊沢の左肩を捉えた。
「くっ!!」
どうにか木陰には辿り着いたものの、かつて経験した事の無い痛みが、全身を襲う。
左手が流血で染まり、握力がみるみる落ちて行く。
熊沢は肩口をタオルでギュッと縛り、一応の止血を施した。
しかし、血は止まりそうに無い。
「そろそろ……勝負時だな……」
豊の足音が近付いて来る。
もはや、弾切れを待っている余裕など無い。
ほんの一瞬でいい。豊の動きを封じる事さえ出来れば……思考を巡らせる。
そして、熊沢は背中のバッグを下ろした。
陰からそっと顔を出し、豊との距離を見る。
「(――届く!)」
熊沢は心の中でそう叫ぶと、バッグを豊の真正面へ向けて投げつけた。
豊の目線に、突然、バッグが飛び込んで来る。
反射的に銃を構え、豊はそのバッグに銃弾を撃ち込んでゆく。
空中でバッグが二度、三度と踊った。
そして、踊り疲れたバッグが引力に引かれ始めたその瞬間――
バッグが作った死角から、熊沢が一気に飛び込んで来る。
バッグに気を取られていた豊は、予想外の進撃に反応出来ない。
熊沢は低位置から懐に入り込むと、刃を180度返し、渾身の力を込めてそれを拳銃に叩き込んだ。
「とぉりゃあああああっ!!!」
ガキィィィン!!
金属音と共に、豊の拳銃が宙を舞い、繁みの中へと落ちて行く。
激痛に近い手の痺れに、豊は思わず顔を歪めた。
(2度も……2度も銃を弾かれた……)
そんな自戒の言葉が、豊の脳裏をかすめる。
だが、状況はそんな反省の時間も与えてはくれない。
熊沢は間髪を入れず、豊に斬りかかって来る。
豊は辛うじて、熊沢の斬撃を避け続けた。
しかし超速の刃は、豊の頬や勝負服を、何度も薄く切り裂いてゆく。
そして、路上の小石が豊の足元をすくった。
(嘘だろょ!?ここで、The ENDなの?……)
自分の体が宙を舞った瞬間、豊は自分の周囲がスローモーションになってゆくのを感じた。
そして、尻餅をついて倒れた豊の顔面に、鋭い切っ先が突き付けられる。
熊沢は、真剣な眼差しで呟いた。
「さあ、これで終わりだよ」
熊沢の勝ちは明白だった。
だが、熊沢はなかなかとどめを刺そうとしない。
「どうして……どうして殺さない?」
豊が尋ねる。
「どうしてかな……覚悟を決めた筈なのに、まだ、怖いのかもな……」
さっきまで冷徹だった熊沢の顔に、苦笑いが漏れる。
「……熊ちゃん、ひとつ聞いていいか?」
「何?」
「あの時、どうして逆刃で銃を叩いた?右手ごと切り落としたほうが、簡単なのに……」
豊は不満だった。
全力で闘うと言われながら、手を抜かれた……それが納得出来なかった。
「ああ、あれか……武さんの今後を考えたら、腕は切れないよ――」
豊は、熊沢の言葉が理解出来ない。
(なんだと?もうすぐ死ぬ人間に、どうして今後の心配なんてするのだ……)
「――だって、天国へ行っても、馬に乗っていたいだろ?だから……
腕がなくちゃ天下の武豊でも馬は追えないからね」
熊沢のその言葉が、豊の胸を締め付ける。
「熊ちゃん……おまえ馬鹿だ。大馬鹿……」
豊の頬を、涙が伝う。
「そんな……余計な心配しなければ……殺られなかったのに!!」
豊は左手で刀を払いのけると、右手でポケットから何かを取り出し、熊沢に押し当てた。
途端、熊沢の全身に凄まじい衝撃が走る。
刀が手から離れ、立っていられない程の脱力感が、全身を襲う。
「そうか、電気、か……」
意識が朦朧とする中、熊沢は豊の右手に握られた武器を見た。
それは、本来渡辺に支給された筈のスタンガンだった。
豊はもう一度、熊沢に電撃を仕掛ける。
熊沢は意識を失った。
そして再び気付いた時、熊沢の眼前には、刀の切っ先と、それを構える豊の姿があった。 「形勢逆転だね、熊ちゃん……」
「ああ、そうみたいだな……」
「……バイバイ……」
そして豊は、刀を握る手に力を込めた。
渡辺の時には感じなかった嫌な感覚が、掌に伝わって来る。
そして路上に拡がる血溜まりを見ながら、ニヤリと笑った。
【残り13人】