ジョッキーバトルロワイヤル

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2名無しさん@お馬で人生アウト
「エビちゃん……起きろよ、エビちゃん」
聞き覚えのある声が、蛯名の耳に届いた。
「……ヨシトミさん」
自分はいつの間に眠っていたのだろう。
蛯名が検量室の床の上で目覚めた時、外の景色は夜に変わっていた。
そして蛯名の傍らには、同僚の柴田善が、今にも泣きそうな顔で蛯名を見つめていた。
ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。
秤と荷物が撤去された室内には、騎手十数名の姿があった。
皆、眠りから覚めたばかりらしく、蛯名と同様に周囲を見回している。
一体、何が起きたのだろう?何故俺達は、ここに居るのだろう?
誰もが困惑と不安を隠しきれずにいた。
「なあ、エビちゃん……何が、どうなってんだ?」
柴田は、目に涙を溜めて不安を訴えた。
蛯名は「大丈夫だ」と言いかがったが、出来なかった。
自分自身、現状が怖くてたまらなかった。
そう、嫌な予感がする。
何度も噂で聞いた、『あれ』の状況によく似ている……
3名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:14 ID:???
突然、施錠されていた検量室の扉が、開いた。
そして、銃を携えた兵隊の様な連中が十数人、入って来る。
兵士達は確定順位を書くホワイトボードの前に整列すると、銃を騎手達に向け、構えた。
いつでも発砲できる体勢だ。
まさか……
コツ、コツ、と、兵士達とは違う、軽い足音が聞こえた。
教室に入って来たその足音の主は……尾形調教師だ。
尾形は台に上に立つと、いつもと変わらぬ嫌味な笑顔で、話し始めた。
「ようこそ諸君。まさかこれだけの人間が集るとは、このワシも予想出来なかったがな」
相変わらずの高慢ちきな口調だ。
しかし、今日は普段にも増して、自信に満ちているようだ……蛯名にはそう映った。
4名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:14 ID:???
そして尾形は、室内をぐるりと見回すと、衝撃的な一言を言い放った。
「今日はこれより、諸君に殺し合いをしてもらう!」
室内の全ての空気が止まった。
「諸君は、『プログラム』に選ばれたのだよ」
蛯名の悪い予感が、的中した。
柴田は、ギュッと蛯名の腕を掴んで、震えていた。
誰かが、うっ、とうめいた。


【残り18人】
5名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:15 ID:???
『プログラム』
それは、魔の計画。
近年、技術の進歩はクローンを生み出せるまでに至っていた。
クローン技術によって往年の名馬とまったく同じクローンホースを秘密裏に誕生させ、
(もちろんそれを一般に悟られないようにDNA鑑定などは偽装工作を行う)
育成しレースに出す、そして世界の競馬を日本競馬界が席巻する。
……そして一環として考案されたのが、この計画だった。
最強馬に見合う「全てにおける強さ」を持った騎手だけを選抜する。
数年前から、この計画は関係者の間で噂されていた。
しかし、実行される確立はゼロに等しいと言われていただけに、騎手達はすぐには信じられなかった。
6名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:16 ID:???
お、ちょっと面白いかも。
続けてくれ。
7名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:16 ID:???
「おい、冗談じゃねぇぞ」
張りのない、群馬訛りの声が響いた。
騎手界一の権力の持ち主、岡部幸雄だ。
「俺のために最強馬を用意するというならともかく、俺に戦えだと?正気なんか?」
岡部は嘲笑を込めて異議を唱えた。
そもそも、このプログラムの指揮権が尾形調教師にある事に、理解が出来なかった。
普通なら、政府や農林水産庁の担当者が赴いて、ここで説明するだろう。
ここに居る兵士達も、おそらくテレビ局の用意したエキストラの面々。
驚かせておいて、実は「ドッキリでした!」とでも言うのだろう……そう思っていた。
しかし、現実は残酷だった。
「そうか……岡部くん、君はまだ、信じられない様子だな。では、信じられる物を用意しよう」
尾形は表情を変えずにそう言うと、指をパチン、と鳴らした。
8名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:17 ID:???
部屋の扉が開き、藤澤調教師と森調教師が『何か』を載せたベッドを運んできた。
ビニールシートの下の『何か』からは、少し生臭い匂いがした。
「見せてやれ」と尾形が言うと、藤澤がそのシートを外した。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、岡部と蛯名が絶叫した。
「ま、ま、マサトーーーー!!」
「……的場さあああんっ!!」
9名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:17 ID:???
二人の叫びが、一瞬にして全員の悲鳴へと変わる。
そこに有ったのは、柴田人師、的場師の『なれの果て』だった。
まるで操り人形を投げ捨てたかの様に関節は捻じ曲がり、
頭蓋骨は陥没し、両目も潰されていた。
「マサトー!マサトー!!」
岡部は泣き叫びながら、戦友の亡骸に近付こうとする。
しかし次の瞬間、兵士達が一斉に岡部に向け、銃を構えた。
それに気付いた北村が、慌てて岡部を羽交い絞めにして、引き止める。
「岡部さん、駄目です!今行ったら、岡部も殺されちゃうよ!」
「でも、マサトが!まさ……と……が……」
岡部はその場にヘナヘナと座り込むと、声をあげて泣いた。
泣くことしか、出来なかった。
そしてその光景は、騎手達に現実を認識させるのに、充分だった。
10名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:19 ID:???
騎手を育成するのになぜ柴田と的場を?
11名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:19 ID:???

尾形が説明を続ける。
「このふたりは、私達同様調教師という立場だった。
 本プログラムの推進のために、計画への協力をお願いしたんだが、断られてね。
 その結果が、これだ。素直に協力すれば良いものを……」
死臭が室内を満たしてゆく。
それはまさしく、絶望の臭いでもあった。
12名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:20 ID:???
尾形は胸元から政府印の押された封書を取り出すと、その中の文書を事務的に読み始めた。
いわゆる『宣誓文書』だ。
「……本プログラムは、日本国政府の完全管理下のもと、競馬界の運営者代行である
 日本調教師組合、日本馬主組合によって執り行われるものとする旨を、ここに通達する……」
宣誓文書など、誰も聞いてはいなかった。
ただ、殺戮の海に放り込まれた事実を受け止める事しか、出来なかった。
自分達を庇ってくれた(であろう)1000勝ジョッキーでもあった二人の調教師が、
あっけなく殺された。
こんな理不尽な殺人さえ、許されるのだという。
いや、理不尽な殺人劇は、これから始まるのだ。自分達の手によって……
どうする?どうすればいい?ここから逃げ出す方法は無いのか?
誰もが、戦うことなく生き延びる方法を自問自答していた。
13名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:21 ID:???
と、その時、尾形が宣誓文書を読むのをピタリと止めた。
「……どうやら、ワシの話を聞いてくれない者が、いるようだな」
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全員が、肩をビクッ、と震わせた。
今ここで彼に逆らうことは、死を意味している。
……まさか、聞いていないのを悟られたのでは?
騎手達は、恐る恐る尾形の視線の先を辿った。
14名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:21 ID:???
尾形が見ていた先……そこには、四位と藤田の姿があった。
四位はまだ睡眠薬が効いているらしく、眠ったままだった。
それを藤田が必死になって起こそうとしている。
「……起きろ、起きろよ。寝てる場合じゃないんだってば……」
藤田は、尾形を刺激しないように、小声で呼び掛けながら四位の肩を揺すっていた。
その呼びかけに応じたのか、四位がようやく目を覚ます。
「そーだね……あら?みなさん。おはよう。どこ、ここ?」
まだ現状を把握していない彼の一言が、部屋中に響き渡った。
誰かの呟く声がした。
「……だめだっ!」
次の瞬間、尾形は小さなリモコンの様な物を取り出すと、四位に向けてそれを「ピッ」と鳴らした。
15名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:22 ID:???
ピピピピ、ピピピピ……
何処からともなく、アラーム警告音が聴こえる。
「うるせーな、誰か、時計とめろよ? 今日は全休日だろ……」
まだ寝ぼけているのか、四位は緊迫した現状に気付いていなかった。
「なに言ってんのだ、四位!今はそれどころじゃ……四位?」
藤田は、異変に気付いた。
警告音の発信元が、異常に近いのだ。
しかもそれは、四位の体内――頭の中から聴こえている。
「まさか……尾形先生!四位に何をしたのだ!?」
藤田の追及に、尾形は落ち着いた調子で答える。
「四位くんに限った事ではない。君達には、眠っている間に、『装置』を埋め込ませてもらった。
 なあに、最新技術を駆使したマイクロサイズの物だ。特許は竹園さんがもっている。
違和感は感じないだろう?
16名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:22 ID:???
それから、これには位置特定の為の発信機と、自爆装置がセットされている。
 指定の制限時間をオーバーしたり、プログラムの進行を著しく妨害した場合には……」
「場合、には……」
藤田は、唾をゴクリと呑んだ。まさか……まさか、そんなことって……
そして、一番聴きたくない言葉が、尾形の口から発せられた。
「爆発する」
17名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:23 ID:???
ピピピピピピピピ……
警告音の間隔が短くなってゆく。
悪魔のカウントダウンに、静かだった教室が再びざわつき始めた。
しかし、当の四位本人は、まだこの危機的状況に気付いていなかった。
「みんな、起きてるじゃんかよ……早く時計は止めろよ!」
藤田はパニック寸前だった。
親友の命が、あと数秒で消えてしまうかもしれない。
しかし、自分にはそれを止める術が無い。
「四位……四位……」
藤田は、とっさに四位の両手を強く握った。
涙がこぼれ落ちて、止まらない。
その涙が、四位の頬へと落ちて行く。
「ずっと……ずっと、友達だぞ……」
まだ通常の判断力が戻っていない四位には、何故藤田が泣いているのか、解らなかった。
しかし、「友達だよ」という言葉だけは、はっきりと聞こえた。
「そーだね、もちろんだよ、俺と田原さんと藤田さんで世界を獲るんだ……」
四位は、いつものように微笑んだ。
18名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:24 ID:???

その直後――


ぱんっ、という音とともに、四位の側頭部が弾けた。
藤田の顔が返り血を浴び、真っ赤に染まる。
瞬間、部屋中が再び悲鳴に包まれた。
人の命が奪われた瞬間を目撃した以上、それは二人の調教師の時とは比較にならない状況だった。
「オメーら!静かにしねーか!」
尾形の忠告も、もはや届かない。
ある者は泣き叫び、ある者は気を失い、ある者は何度も嘔吐を繰り返した。
そんな混沌とした中、藤田はゆかりの手を握ったまま、動かなかった。
いや、動けなかった。
呆然としたまま握っている四位の手には、まだ、温もりが残っていた。
「あったかいよ、四位……」


【残り17人】
19名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:25 ID:???
「威嚇射撃!」
尾形の号令が飛んだ。
それに合わせて、兵士達が一斉に床へ向けてマシンガンを発射する。
ただならぬ轟音とともに、床面のコンクリートが削られ、破片が宙に舞う。
圧倒的な『実弾』の恐怖。
その威力の前に、泣き叫んでいた騎手達の動きが一瞬にして止まった。
そして、数秒間の掃射が終わる直前――
床に跳ね返された弾の一発が、横山典の左膝をかすめた。
「痛っ!」
横山は傷口を押さえ、その場にうずくまった。
「――ノリちゃん!!」
その様子を見た蛯名は、慌てて横山のもとへと駆け寄る。
「大丈夫か!?ノリちゃん!」
蛯名はそう言うと、ポケットからハンカチを取り出し、それを横山の膝へと巻き付けた。
「大丈夫。かすり傷だから……ありがとう」
横山典は苦痛に顔を歪めながらも、蛯名に礼を言った。
20名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:26 ID:???
確かに、弾は膝をかすめただけだった。
あと数ミリずれていたら、確実に骨を砕き、歩く事さえ出来なかっただろう。
しかし、弾を受けた際の痺れと出血は、普段の『かすり傷』とは比較にならないものだった。
教室が『一応の』平静を取り戻した所で、再び尾形が話し始める。
「まったく、諸君らは……これ以上、ワシの手で参加者を減らしたくないのでね。
 しかしまぁ、驚くのも無理はあるまい。 」

この時、蛯名は状況を整理し、理解するのに必死だった。
自分は『プログラム』に選ばれた。
間違いなく、『あの馬』をめぐる戦いだ。
ここにいる騎手達と、命を賭けて。
競馬界で見慣れた人や、競馬学校時代の友人……
今、隣で震えている柴田とも、戦うかもしれない。
そんな、そんなこと……わからない、どうすりゃいい……
冷静な判断をする為に、現状を整理するつもりだった。
しかし、考えれば考える程、気持ちは混乱してゆく。
誰か、助けて……
21名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:26 ID:???
だが、そんな蛯名の願いを無視するように、尾形の宣誓が響き渡った。
「ではこれより、プログラムを開始する!
 制限時間は三日間。東京競馬場全域が戦闘エリアとなる。
 勿論、一般人の立ち入りは禁止している。
 全ての馬主にも既に連絡済だ。後悔の無い様、思う存分やりたまえ!」


【午前1時 プログラム開始 残り17人】
22名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:27 ID:???
出発は、最初のひとりがくじ引きで選出され、それ以降はランダムだった。
森が用意した箱の中に尾形が手を入れ、1枚の紙を引く。
「それでは、最初に出発する者の名前を発表する……安藤勝くん」
全員の視線が、彼に集中する。
参加者中唯一、中央以外からの参加者だ。
「は、はいッ!」
自前の勝負服に身を包んだアンカツは、上ずった声で返事をし、立ち上がった。
そして、顔を強張らせながら部屋の出口へと進む。
その彼の右手には、愛用の鞭がが握られていた。
尾形がその姿を横目で見ながら、参加者にプログラムの説明を行う。
「私物の持参は自由だが、くれぐれも『お荷物』にならないよう、注意したまえ。
 それから、出口で支給するデイパックには、武器がランダムで入っている。
 有効に活用し、円滑にプログラムを進めて貰いたい。以上だ」
アンカツは出口でデイパックを受け取ると、部屋内へ向き直り、深々と一礼をした。
そして、一目散に外へと駆けて行く。
次の生徒の騎手は2分後だ。
23名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:27 ID:???
皆一様に怖がっていたが、中には「やる気」になっている子がいるかもしれない。
特にアンカツの場合、参加者は皆、よく知らない者ばかりだ。
心を許せる人間が居ないことが、彼の不安感を更に増大させていた。
早くここから離れなければ……
その言葉だけが、アンカツの心を支配していた。
教室では、2番目に出発する騎手の名が呼ばれた。
「それでは、……江田照くん」
江田は「はいっ」と返事をして立ち上がったものの、一歩が踏み出せない。
「江田くん、早くしたまえ」
尾形は冷徹に、出発を促す。
「はい……」
江田は覚悟を決めると、夜の闇へと走り去って行った。
24名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:28 ID:???
出発の点呼は続く。
次いで、藤田の名が呼ばれた。
しかし、藤田は何の反応も示さない。
あの時からずっと、四位の手を握ったままだ。
「藤田くん、早くしたまえ。
 このままだと、プログラムの進行を阻害するものとして、君を排除することになる」
尾形から最後通告が発せられた。
それに反応するように、ようやく藤田が動き出す。
藤田の手から、四位の手が離れた。
「四位……じゃあ、行って来る。待っててくれ……」
藤田は俯いたまま、返り血を拭う事もせず、ゆっくりと立ち上がる。
そして、教室の出口ではなく、尾形の居る教壇へと向かった。
数秒後――
パシッ、
藤田の鞭がが、尾形の頭を捉えた。
25名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:29 ID:???
兵士達が一斉に藤田に向け銃を構えるが、尾形がそれを制止する。
尾形は叩かれた頭を押さえつつ、じっと藤田を見た。
藤田の瞳は、さっきまでの無気力さが消え、怒りに満ちていた。
「絶対に……絶対に、許さないからな!」
藤田はそう言い放つと、足早に出口へと向かう。
意外なことに、尾形は藤田を咎める事もせず、ただじっと藤田の様子を見ていた。
出口へ向かう途中、再びシートが被せられた二人の調教師の死体の前で、藤田は足を止める。
この二人は俺達、現役ジョッキーをかばってくれた、それでこんな目にあった。
田原さん、アンタは、アンタはかばってくれなかったのかよ・・・・。
「・・・畜生め」
藤田はそう呟くと、デイパック受け取って教室を去って行った。
26名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:29 ID:???
その後の出発は順調だった。
順調といっても、”藤田に比べたら”というレベルではあったが。
目眩を起こして倒れていたミキオは、歩くことがやっとだった。
北村も、力無く教室を後にする。
その横山典も、左足を微妙に気にしながら、出発して行った。
一人、また一人と、教室から参加者が消えて行く。
そして、蛯名の番がやって来た。
勿論、行きたくなんかない。
しかし、この場で抵抗しても無駄なのは判っている。
(行くしか、ない……)
名前を呼ばれ、立ち上がろうとする蛯名。
と、その蛯名の右腕を、ヨシトミが掴んだ。
「エビちゃん……大丈夫だよな。みんな、人を殺したりなんか、しないよな……」
柴田善の顔は蒼ざめ、恐怖と不安に震えている。
「勿論……大丈夫だ」
蛯名は優しく語り掛けた。
怖がりで本番に弱い柴田善の心を、少しでも落ち着かせなければ……
27名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:31 ID:???
「みんな大丈夫だ。そんな簡単に、人を殺すことなんて――」
蛯名がそう言い始めた瞬間だった。

パンッ、パンッ、パンッ、
乾いた銃声が、外から聞こえてきた。
残っていた全員が、ビクッ、と肩を震わせる。
誰もが信じられなかった。
(まさか、本当に「やる気」になっている奴がいる!?)
「嫌だ……こんなの、嫌だあああっ!!」
柴田善は耳を塞ぎ、激しく首を横に振る。
蛯名の言葉に、わずかでも希望を持とうとした矢先の銃声。
容赦ない現実が、ヨシトミの希望を一瞬にして打ち砕いていった。
「……入り口で待ってるから!」
蛯名はそう言い残すと、デイパックを受け取り、部屋を出た。
恐怖に震える柴田善を、このまま放っておくことなど出来ない。
だからといって、迂闊に外で待ち合わせるのは危険だ。
さっきの銃声は、地下馬道入り口の辺りから聞こえてきた。
28名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:31 ID:???
標的にされる可能性が高すぎる。
次に出発するのは、柴田善。
あそこで待っていれば、安全かつ迅速に柴田善と合流出来る筈。
ヘルメットだけ取りに行って、裏口から出よう……
蛯名はそう考えた。
しかし、それが悲劇の始まりだとは、この時、蛯名は知る由も無かった。
29名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:32 ID:???
入り口に、人の気配は感じられなかった。
地下馬道までの十数メートルの間にも、動くものは見当たらない。
蛯名は慎重に周囲を警戒しつつ、荷物置き場へ向かった。
まずヨシトミのヘルメットを回収し、次いで自分のを回収する為に。
だが、自分のヘルメットに手を伸ばした時、蛯名はふと思った。
そうだ。
何故わざわざ、ヘルメットを取りにここへ来たのだろう。
今は非常時だ。
悠長に勝負服を替え、騎乗装備を調えて殺し合いをする人なんて、居やしない。
一刻を争うというのに、どうして、こんなことを……
30名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:33 ID:???
危機感の欠如
それは、参加者の誰もが同じだった。
火事や地震と違い、殺し合いという状況に備えている人間などいない。
しかも、今まで出発した参加者には、主催者である尾形たち以外への殺意は、感じられなかった。
誰も人を殺すなんて、出来やしない。
とりあえず外へ出れば、何とかなるだろう。そう思っていた。
だが、そんな淡い期待は、さっきの銃声によって打ち消された。
信じたくは無いが、既に殺し合いは始まっている。
とにかく、ここまで来てしまった以上、早くヘルメットを取って戻ろう――
防具になるかも知れない。
蛯名は心の中でそう呟くと、ロッカーから自分のヘルメットを取り出した。
その時だった。
カチッ、という金属音とともに、何かが引っ掛かる感触が伝わって来る。
このロッカーの構造上、引っ掛かる物があるとは思えない。
嫌な予感がした。
31名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:33 ID:???
暗がりの中、蛯名はロッカーの中を覗き込む。
そこには、ガムテープで固定された丸い物体が、一つ。
そして靴には針金が巻かれ、その先には
ピンを思わせる金属部品が結び付けられていた。
――手榴弾だ!
しかも、ヘルメットを取り出したことにより、ピンは外れている。
仕掛けた人物を詮索する時間など無い。
蛯名は全速力で、その場から立ち去るべく走り出した。
だが、運命は脱出を簡単に許してはくれない。
走り出した彼の眼前に、突然、人影が現れた。
32名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:34 ID:???
肩がぶつかった。
足がもつれ、蛯名は廊下へと倒れ込む。
バッグと靴が、勢い良く床を転がって行った。
……誰だ!?
蛯名はロッカーの方向へと振り返る。
そこには、虚ろな目をした若い男が、ぼんやりと立ち尽くしていた。
「渡辺・・・・・。」
沖調教師の秘蔵っ子として、またへタレとして栗東では有名な騎手だ。
しかし、今の渡辺には、普段の明るさは微塵も感じられない。
当然だ。
今は殺人ゲームの真っ只中なのだから。
……だが、それ以上に、今の渡辺は様子がおかしい。
渡辺は腹部を手で押さえている。
そしてその手は、赤黒い血液に濡れていた。
33名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:34 ID:???
「えびなサン……撃たれちゃったヨ。どうしよう……」
渡辺は、声を絞り出すようにして、語り掛ける。
その声は震え、息も荒い。
どんな素人が見ても、致命傷を負っている事は明白だった。
(どうしよう、って……)
蛯名は答えられなかった。答えられる筈もなかった。
手榴弾を発見し、そして傷付いた渡辺と遭遇するまで、ほんの数秒間。
突然すぎる恐怖と衝撃の連続に、蛯名の思考回路はパニックに陥っていた。
「……逃げろっっ!!」
蛯名は咄嗟に叫んだ。
そう、手榴弾のピンを引いてしまっている。
もう時間が無いのだ。
一刻も早く、ここから離れなければ――
そう思い、蛯名は体を起こそうとした。
その瞬間だった。
34名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:35 ID:wrUC7ezQ
都合によりage
35名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:36 ID:???
なぜ上げる?
36名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:36 ID:wrUC7ezQ
大音響とともに、渡辺の背後のロッカーが吹き飛んだ。
強力な爆風とともに、埃や破片が彼らに降り注ぐ。
そして、その中でもひときわ大きな金属片が、渡辺の後頭部に突き刺さった。
「ぐっ」と、渡辺は小さなうめき声をあげる。
それが、彼の最期の言葉だった。
倒れ込み、動かなくなった渡辺の体が、みるみる血だまりに沈んでゆく。
蛯名は震えながら、その血だまりが広がってゆくのをじっと見つめていた。
そうする事しか、出来なかった。


【残り16人】
37名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:36 ID:wrUC7ezQ
(俺の……せい?)
(俺が、不用意にヘルメットを取りに来たから?)
(俺が、手榴弾のピンを抜いてしまったから?)
(だから……渡辺は死んでしまったの?)

蛯名の心の中に、自責の念が渦を巻く。
あの爆発以前に、既に渡辺は致命傷を受けていた。
自分が何もしなくても、彼は助からなかっただろう。
しかし、直接の死因は、あの爆発にある。
防ぐ事が可能だった筈の、あの爆発。
人を殺した
人を殺した
人を殺した
同じ言葉が、何度も何度も蛯名の頭を駆け巡る。
「違う!あれは……あれは……」
蛯名は頭を抱えて、泣き叫んだ。
気が変になりそうだった。
38名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:37 ID:wrUC7ezQ
>>35
したに逝って書き難くなった
39名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:38 ID:???
「エビちゃん、しっかりしろ!」
その時、ヨシトミの声がした。
ハッとして、顔を上げる蛯名。
いつしか、蛯名の傍らには柴田善が寄り添っていた。
「……」
「エビちゃん……落ち着こうよ。事故だったんだろ?
 渡辺には悪いけど……運が、悪かったとしか……」
そう、確かに渡辺は運が悪かった。
本来なら、今回集められた騎手は腕のいいヤツばかりの筈。
腕でいえば渡辺が選ばれるハズがない。
明らかな名簿の作成ミスだ。
と、ここで蛯名は今の状況に気付いた。
自分は今、ヨシトミに慰めてもらっている。
検量室の時とは、全く逆の立場になっているのだ。 (そうか……俺、強がっていただけなんだ……)
必要以上に張りつめていたものが、段々と緩くなってゆくのを感じた。
緊迫した状況に変わりは無いが、蛯名は少しずつ、冷静さを取り戻してゆく。
40名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:38 ID:???
「……ありがとう」
蛯名はヘルメットを柴田善に渡すと、自分もそれをつけ、バッグを拾い上げた。
あと30分弱で、ここは立入禁止エリアになってしまう。
早くここから立ち去らなければ……
しかし、ここでまた新たな訪問者がやって来た。
「いったい何の騒ぎだよ、これは……」
41名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:39 ID:???
そこに現れたのは、武豊だった。
豊は何故か、ゴーグルとヘルメットをかぶり勝負服を着ていた。
「お前……どうしたんだ?その格好」
蛯名は目を丸くした。
確かに、私物の持参は自由というルールだ。
しかし、教室を出た時の豊は、バッグ以外の物は持っていなかった。
「ああ、これ?ちょっとへ取りに寄って、着てきたんだ」

豊は苦笑する。
「どうせなら、最後は正装で死にたいからな……」
最後は――
とてつもなく、重い言葉だった。
42名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:40 ID:???
豊に戦う意思が無いのは明白だが、この言葉は、彼が生き残る事を放棄するとも取れるものだった。
「豊……お前はは、生き残りたくないのか?『あの馬』に乗りたいとは、思わないのか?」
蛯名が問いただす。
しかし、豊の回答は実にあっさりしていた。
「まぁ、これに参加してる以上、気持ちが無い訳じゃない。
 でも、人殺しをしてまで、俺は馬に乗りたいとは思わない。後味悪いからな。それだけだ。
 生き残れたらラッキー、ってところかな。」
「なあ、豊俺達と一緒に行動しよう」
蛯名は言った。
「それがいい」
柴田善も続けた。
「それもいいかもな」
豊はそう言うと、渡辺の亡骸に近付き、その体からバッグを引き剥がした。
43名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:40 ID:???
そして豊は、ポケットから拳銃を出し、構えた。
「むやみに人を信じたら、負けだよ」

それは一瞬の出来事だった。
数発の銃弾が、柴田善の体を貫いてゆく。
柴田善は、痛みを感じるより早く、着弾の衝撃によって床へと倒れこんだ。
「――!!」
蛯名は信じられなかった。
少なくとも、話していた時の豊の雰囲気からは、この状況は予測出来なかった。
だが、これは現実だ。
現に柴田善は、豊の放った銃弾を受け、血にまみれている。
44名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:41 ID:???
次いで豊は、蛯名にも銃口を向けた。
手を伸ばせば届く程の至近距離だ。
外すことは有り得ない。
蛯名は咄嗟に、自分のバッグを豊の手めがけて振り回した。
豊の手からグロックが弾かれ、床を転がってゆく。
その隙に、蛯名は倒れた柴田善の手を引いて、物陰へと隠れた。
「しっかり!しっかりしろ!」
蛯名は、苦痛に喘ぐ豊に呼び掛けながら、バッグの中の武器を探す。
豊は銃を拾い、再び攻撃して来る筈だ。
時間稼ぎで構わない。彼を足止め出来る武器を……蛯名は祈った。
豊は廊下の端まで転がった銃を拾い上げると、蛯名たちが隠れた物陰へと歩を進ませる。
そして銃撃が始まった。
45名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:42 ID:???

スチール製のロッカーが、激しい金属音を打ち鳴らす。
蛯名は銃撃の恐怖に震えながら、手にした武器を天井へと掲げた。

パンッ!パンッ!パンッ!

自分の物とは違う銃声に、豊は素早く身を隠した。
4列ほどのロッカーを挟んで、双方が対峙する。
豊が蛯名の出方を警戒している一方、蛯名の心は更に不安を増していた。
どうにか豊を牽制する事は出来たが、それとて一時的なもの。
どうすれば……どうすればいい?
蛯名の手中にあるパーティー用のクラッカーは、ほんの少しだけ、熱かった。
46名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:43 ID:???
「豊!どうして!?どうして撃った?
 人を殺したくないって言ったじゃないか!」
蛯名は豊に呼び掛ける。
時間稼ぎをしたいという思惑もあった。
だが、豊の行動に、どうしても納得がいかなかった。
理由を聞きたかった。
「死にたくないから、やっただけだ。……ナベを殺したんだろ!?
 あいつを殺したおまえらを、信用できるわけがないだろう!」
豊は強い調子で言い返した。
誤解している。
「違う!渡辺をを撃ったのは俺達じゃない!
 それに、あの爆発も偶然……偶然だったのだ。信じてくれ!」
だが、豊は蛯名の弁明に耳を貸す事はしなかった。
「言い訳なんか聞きたくないね。理由はそれで充分……」
47名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:44 ID:???
豊が動き出した。
一歩ずつ、足音が近付いて来る。
蛯名は、急いで柴田善のバッグを探り始めた。
もうクラッカーでは誤魔化せない。
今度こそ、武器らしい物が入っていますように……蛯名は祈った。
だが、祈りは届かなかった。
蛯名が手にした武器――それは透明プラスチックで成型された水鉄砲だった。
勝負にならない。
段々と豊の足音が近付くなか、蛯名は今度こそ死を覚悟した。
『あの馬』に跨る事も無く、ここで豊に殺される。
嫌だ。嫌だけど……
蛯名は生き残る事を諦めかけてゆく。
しかしその時、意外な声が玄関に響き渡った。
「おまえら!ここでの戦闘は速やかに停止しろ!」
48名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:44 ID:???
いつしか、この場所は尾形と兵士達によって包囲されていた。
「まったく、困った奴らだ……ここには大会本部が設置されている。
 これ以上戦闘を続けた場合、プログラムの進行を著しく妨害したものとして……」
そして尾形は、『あの』リモコンをポケットから取り出し、掲げる。
思わぬ水入りだった。
豊は悔しそうに唇を噛む。
そして蛯名は、ほっと胸を撫で下ろした。
とりあえず、差し迫っていた危機は回避出来た。
しかし、決してプログラムから解放されたわけではない。
撃たれた柴田善の状況も、予断を許さない。
――と、ここで蛯名は柴田善の異変に気付いた。
さっきまでの苦しそうな息遣いが聴こえない。
何事も無く、静かに眠っている様に見える。
いや、もう寝息さえ立てていなかった。
49名無しさん@お馬で人生アウト:2001/08/21(火) 01:45 ID:???
「……おい?」
嫌な予感がした。
蛯名は慌てて柴田善の手を掴み、脈を測ろうとする。
……もう、鼓動を感じることは出来なかった。
(うそ……嘘でだろ)
蛯名の胸に、悔しさと怒りがこみ上げてくる。
「こんな、こんなことって…………こんなのおかしい!理不尽だ!」
蛯名の嗚咽が玄関中に響き、やがて廊下や階段へと伝わって行く。
その音を聴きながら、豊は荷物を抱え、裏口へと歩き始めた。