94 :
健常者達の正論:
1981年の○外牡馬輸入頭数9頭
1982年の○外牡馬輸入頭数6頭
1983年の○外牡馬輸入頭数7頭
2002年の○外牡馬輸入頭数210頭
2003年の○外牡馬輸入頭数164頭
2004年の○外牡馬輸入頭数189頭
外国産馬の出走緩和案が出たのは90年代以降、持込馬が開放されたのもルドルフ以降
JCが国際レースになったのは92年から
混合競走が増えても外国産も持込馬も殆どいないんじゃ意味がない
因みに輸入繁殖牝馬数はTTGマルゼンの頃は今と変わらない水準だが
ルドルフの頃は雀の涙ほどしか輸入されていない
馬伝染性子宮炎が確認されたのは1977年だから、それより前から
輸入数は減ってるので直接的要因じゃないと思うよ。
昭和50年代に生産過剰が問題になったことがあってそれで生産調整が
行なわれて槍玉に挙がったのが輸入繁殖馬だった。
しかしそれが日本の馬産のレベル低下に繋がってしまった。
昭和50年代の輸入繁殖牝馬の減少は生産過剰による内国産馬の価格の低迷が原因。
参 - 農林水産委員会 - 15号 昭和53年05月12日 農林省畜産局長 杉山克己
・軽種馬が、生産過剰というようなことから価格が低迷
・52年度は生産調整を実施することとした
・約千頭の繁殖雌馬の淘汰が、これは生産農家の御協力がありまして実施しを得た
・そういう生産調整というようなことを指導いたしたり
・輸入馬についての出走制限、輸入規制というような形で国産馬の保護を行う