オグリキャップ最強!!!Part3

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657名無しさん@お馬で人生アウト
1990年(午年)5月。当時近くに住んでいたこともあって、府中開催は欠かさず通いつめ
てた。前年秋、1頭の芦毛馬の激走が世間の話題になり、競馬場に似つかわしくない連中
がやたらと増えた頃だ。ダービーはまだ先だというのに、その日のパドックには異様な雰
囲気が立ち込めていた。そう、前年競馬界どころか世間の話題をさらったあの馬が、いよ
いよ復帰するのだ。メインレースに出走する馬が1頭、また1頭と地下馬道からパドックに
入ってくる。8頭目が出てきたところで、次の馬までほんの少し間があいた。その一瞬、
それまで期待と興奮で一種殺気だっていた観衆がほんの一瞬だが静まりかえった。まるで
その場にいる全員が同時に生唾を飲み込んだような、そんな感じ。そこへ、2人引きの芦
毛馬がチャカチャカっと落ち着かない足取りで暗闇の中から光の中へ姿を表した。
「…ウォ〜ッ!!!!」
まるでロック・コンサートのような歓声がパドック全体を包む。「オグリーっ!」「待っ
てたぞーっ!」パドックでの周回が終わるまで拍手と歓声は止むことがなかった。全ての
視線が、引っ張りきれない気合で首を上げ下げする芦毛馬に注がれていた。一人だけ黄色
帽を被った長身の若手騎手が跨ると、歓声は一層大きくなり、ザワザワとした熱気は、レ
ースが終わっても帰り道、バスの中あるいは電車の中で、消えることはなかった。同じ場
所で、数週間後に行われたダービーで、記念すべき「ナ・カ・ノ・コール」が自然発生的
に湧き起こった現場にも立ち会ったが、あの熱気は、間違いなくこの日のパドックから続
いていたものだ(ちなみに、「中野コール」は優勝したアイネスフウジンのウィニングラ
ン時、メインスタンド右端から自然発生的に起こったものが、徐々にスタンド全体に広が
ったものだが、当時あの場にいた者の少なくとも半分はコールに参加せず、「何恥ずかし
いことやってんだ?」という冷ややかな目も多数あったことは、歴史の証人として書き添
えておきたい)。
658名無しさん@お馬で人生アウト:03/06/11 00:18 ID:qNQ3mL1B
>>657続き)
同年12月。暮も押し迫ったある日、新装なった中山競馬場のこの年最後の開催に、17万人
余りが詰め掛けていた。友人と示し合わせて早朝から並んだかいあって、ゴール板前最前
列の場所を取ることができた。横を見ると全員馬のぬいぐるみを持った若い女の子数人が
同じように場所取りに成功していた。留守にするとすぐになくなりそうなので、レースご
と順番に馬券を買いに行ったが昼過ぎにはもう買えなくなった。いったんスタンド前を離
れたら最後、メインレースまでは二度と戻れなくなることは明白なくらい、スタンド前は
人、人、人でごった返していたからだ。朝から、いや、月曜からずっと続いていたのだろ
うザワザワと落ち着かない雰囲気は、5月のそれとは違い不安と寂寥感とが入り混じった
もので、メインレースが近づくにつれ胃がキリキリと締め付けられるような、そんな感じ
がしていた。「4番人気」…あの場にいた人で、その馬の勝利を「予想」(希望や懇願で
なく)出来た人はどれくらいいるのだろうか。友人も、自分も、単勝は買っていたものの、
連勝は別の馬から買った。本馬場入場、輪乗り、いよいよゲートイン。「無事に走り終え
てこい。そしたら拍手でお前の勇姿を称えてやるよ」勝ち負けは別にして、誰もがそう思
っていたと思う。そして…レースが終わった。芦毛馬が目の前のゴール板前を走りすぎる
瞬間は、背筋が凍るような感じがして、震えた。
「オ・グ・リ!! オ・グ・リ!! オ・グ・リ!!」
659名無しさん@お馬で人生アウト:03/06/11 00:19 ID:qNQ3mL1B
>>658続き)
まだ向こう正面を流し終え、ようやくウィニングランのためにスタンド前へと向きを変え
たばかりというのに、ゴール前の大歓声が、地響きのような轟音に変わる。「信じられな
いものを見た!」という驚きが興奮に変わり、全員がまだスタンドから遠い場所にいる芦
毛馬に届けとばかりに、声を張り上げ、腕を振り上げていた。本当に中山競馬場全体が揺
れているかのような、大歓声だった。横を見ると、朝から一度も馬券を買いに行った形跡
のない彼女たちが全員ぬいぐるみを胸に泣きじゃくっている。今振り返ると、異様な光景
だが、紛れもなく私もその中の一人だったのだ。2、3日後の新聞で、この日の売上が記
録的な伸び率を示して過去最高だったことを知った。経済のバブルは直前に弾けていたが、
皆損得は度外視して芦毛馬に「夢」を賭け、芦毛馬はそれを実現して見せたのだった。

 ルドルフの時代から競馬を見ているが、この年、この時が私にとって今まででもっとも
幸せな瞬間だった。以来今日まで何度となく競馬場に足を運び続けている。桁外れの3冠
馬や、古馬中長距離完全制覇の怪物など、あの芦毛馬と同等かそれ以上の強さを持った馬
を数多くこの目で見てきた。が、今でもあの熱気は私にとって「特別」であり続けている。
「いつか、もう一度あの熱気を肌で感じてみたい」…馬券を当てて「儲ける」、TVでレ
ースを「鑑賞」する、それだけではもの足りないのだ。なぜなら、一度体験してしまった
からだ。