なりたとっぷろおどの鬱と上手につきあっていく日記

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810サクラバクシンオー@再会(前編)
すえたメンソールの臭いが馬房に満ちている。『彼女』は僕に向かって言った。
「あんたって、淡白ねぇ〜」
化粧気が濃い娼婦の雰囲気をまとった牝馬が、タバコをすっていた。僕は、そこから逃げ出すように出て行った。
どうしても駄目なのだ。抱いている牝馬の顔を見るたびに「ふーちゃん」の顔とダブってくる。その牝馬が僕を求めるたび、「ふーちゃん」とのギャップに苦しむ。
「ふーちゃん」はこんな求め方をしない。そう僕に言い聞かせても、喘いでいる牝馬の顔を見るたびに「ふーちゃん」とかぶってきた。僕が「ふーちゃん」を汚している気になって鬱になる。
僕は、種付けで牝馬のような快楽を感じることが出来ない。早く終わって欲しい。そう思いながら牝馬を抱いている。こんな僕を見て「ふーちゃん」はどうおもうのだろう。
「お疲れ様です。バクシンオー先輩」
疲れ果てた姿で隣の馬房から出てきたのはフジキセキだった。彼はロクに準備もせずに種牡馬入りしたうえに、毎日4頭近く相手にしなければならない。彼も戸惑っていたのですぐに友人になれた。
「先輩、明日のノーザンテーストさんの『種付け講座』って出席しなければいけないんですかねぇ」
これは、マックイーンさんに聞いた話だけど、処女馬というのは扱いが大変だという。下手すれば事故が起こるかもしれないのだ。
社台ではノーザンテーストさんが実技を見せてくれるのだが、問題は、他の種馬もそれを見るというのだ。マジックミラーで内からは見えないというが、
正直、女の子のほうにしてみれば、自分がsexされているところを見られるのは悲しすぎないか。たとえ、女の子が見られているのがわかってなくても、それはとても悲しいのではないか。
「ウチの親父なんて、処女馬なんて強引に犯してしまえばいいんだなんていってますけどね、正直わかりませんよ。僕なんて恋すら出来ずに種馬入りですから」
キセキ君が苦笑する。彼は恋すらできないまま、このサイクルに飲み込まれたのだ。彼が会うのは「女」だ。『少女』ではない。
僕はキセキ君に同情した。素晴らしい恋をかなえた僕は幸せなんだ。恋も種馬生活も手に入れた僕は周りから見れば『幸福』なんだ。
でも、僕の幸福ってなんだろう…。

キセキ君と並んで歩いているときに馬運車が止まっているのを見た。
811サクラバクシンオー@再会(後編):02/02/13 05:27 ID:GpAkMqNb
馬運車の傍に女の子が立っていた。ウェディングドレス姿でヴェールをかぶっていたから顔がよく見えない。牧場の人に色々言われて頷いていた。初々しい。多分歳は僕と変わらないか、僕より下だろう。トニービンさんと話していた。「お父様、はじめまして、私…」
ふーちゃん?
僕は、トニーさんの話が終わるのを願って、厩舎の傍で隠れている。トニーさんが終わったから出て行こうとしたら、別の馬と話してしまった。ベガだ。
女の子の話は長かった、ベガの話の途中から、ライブハウスやアローム、クリスマスローズとか、同期の牝馬とおしゃべりしていた。
ようやく、ふーちゃんに声をかけられる。この時を僕はずっと待っていたのだ。――ふーちゃんだよね。
「えっ? バクシンオーさん…」
ふーちゃんの声には元気がなかった。僕と目を合わそうともしない…。しょうがないからフジキセキを紹介する。
「えっ! 君がフジキセキ君! はじめまして、あの角田さんから君の話は聞いてるの。残念だったね…」
ふーちゃんはとたんに元気になった。角田さんの話で盛り上がる、というよりふーちゃんだけが盛り上がる。フジキセキは生返事しか返さない。
「ごめんね、辛いこと思い出させて」。「いえ、仕方ないことです。むしろ、僕の方がオーナー、角田さん、渡辺先生に辛い思いをさせたんです」
正直、面白くない。なんで、フジキセキばかり…。僕の方は話したいこといっぱいあるのに…。
でも、どうしてここにいるんだろう。本当に僕と結婚!? 緊張してるのかなぁ。――ふーちゃん? どうしてここにいるの?
その言葉を聞いた瞬間、ふーちゃんの表情が変わった。目には涙を浮かべて、「ごめんなさい!!」と、ウエディングドレスのまま走り去っていく。
どうしたんだろう。ふーちゃん…。その時、後ろから声が響く。
「あの娘の婿は、ワシじゃよ」。
ノーザンテースト祖父様の言葉を僕は理解できなかった。