お久しぶりです。
いつぞやは予想以上の反響に驚いてしまった特撮スタッフです。
「トクサツ」というと怪獣さんがいて格好いい宇宙船が飛んでいて
いくら現場が汚くて地味でも「お子様の夢をクリエイト」という
何となくファンタジックな響きがあったりするものだけど
全ての人がずっとその世界で仕事しているわけではない。
特撮といっても「映像業界」の一部であるわけで
その「映像業界」はAVからセカチューまで限りなく広いのです。
なので、本日は夢もチボーも無い世界をご紹介しましょう。
題して「Vシネスタッフの生活」。
出版騒動を片目に暇を見てコツコツ書き貯めていたら
アホみたいに長くなってしまった。
なので「長文ウゼー」の方はサクッと読み飛ばして下さいまし。
Vシネスタッフの生活。
今更ながら説明しておくと、VシネというのはVシネマの略。
低予算映画の更に下を行く予算で撮られた「映画のようなもの」だ。
基本的に映画館で上映される事は無く、完成と同時にレンタルビデオ屋の店頭に並べられ
大して話題にもならず、やがて新しい作品に押されて棚から消えていく。
律儀にフィルムで撮影されることもあるが、最初からビデオで撮られる事も。
「極道」「お色気(要はエロ)」「アクション」「バイオレンス」という要素が強い。
意外に熱心なファンがいたりして有り難いことだと思う。
Vシネスタッフの朝は切ない。短い期間で撮影しなくてはならないので
朝も早から強行軍だ。集合予定が「7:05/蒲田駅前集合」だったりしてダブルで切ない。
何がダブルか説明すると、まず時間。早いのはまぁ良いとして05分がくせ者。
「何でそんな中途半端な時間に?」と言うと、朝飯の問題があるのだ。
7:00集合で優雅に朝飯を食べて来れる人間は少ない。なので、映画やドラマの世界では
「7時以前に集合の場合は制作部が朝飯を支給」とかいう通例があったりするのだが
それを過ぎると自前になる。「何もそんな露骨な事をしなくても‥‥」とは思うのだが
下手すりゃ安い中古マンションの値段以下の金額で一本撮り上げなくてはならない側からすると
スタッフに二個づつのおにぎりを支給するのさえ、削れるなら削りたいものなのだ。
「だったら気持ち良く、せめて7:30にしようよぉ」という気はする。
ま、これは非常に極端な例だが、一応実話。
さて、二つ目の切ないポイント。それは集合場所だ。
通常の撮影の場合、ロケに出発する時の集合場所は限られている。
撮影所出発以外の場合は「渋谷パンテオン裏」「新宿スバルビル前」
「成城ミスド裏」「調布北口」などが有名どころだ。
その辺で朝の通勤時間帯にキャリヤー付きのマイクロバス等が停車しているのを
見た事がある人もいるだろう。あれがロケに出発する車両である確率は高い。
(関連スレ:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/traf/1109853796/)
ある程度決まった場所に集合する事によって、迷子になったりして集合できない
スタッフを減らそうという、長い年月をかけて作られた習慣なのだろう。
普通はここで集合し、ロケバスの中で朝飯を食べたり軽く仮眠したりするのだ。
遠い地方に出発する場合はちょっとした遠足気分だったりする。
しかし、何が悲しうて蒲田集合。
要するにこの場合、蒲田駅の近くに第一現場があるわけだ。
迷子にならずに集合時間に間に合ってヤレヤレと思う間もなく現場に到着。
出勤のために駅に向かう人々を横目に、ドタバタと慌ただしい一日が始まる。
まぁ、繰り返しになるが、珍しい事では無いとは言えこれも極端な例だ。
大体の場合は上に挙げたポピュラーな集合場所に集まり
比較的予算のある映画などに参加している最新モデルのロケバスを眺めながら
二世代くらい前のガタピシのロケバスに乗り込む事になる。
ガタピシのロケバスを降りると、今度はガタピシの機材が待っている。
ここでVシネの各パートへの予算配分を説明せねばなるまい。
基本的に映画やドラマ同様、各パートへの予算配分は決まっているのだが
根本的に違うと思われる点は「スタッフのギャラ枠が別に用意されていない」
という点だ。「あったりめえだろ」と思う向きもあるかも知れないが
比較的余裕のある現場で育った自分にはちょっとしたカルチャーショックである。
要するに機材に持っていかれる金を減らさないと、自分たちの取り分が減る訳だ。
なので、Vシネの仕事が決まると技師はもちろん助手も何とか機材や消耗品などの
金を浮かそうと涙ぐましい努力をする。
「故障直して返すからさぁ、いま余ってる機材ない?」と
顔の効く機材レンタル屋にゴロニャンしたり、CMなどの裕福な現場から
消耗品を盗‥‥いや、ちゃんと使用済みのものを断ってですよ、一応。
融通してもらったり、撮影所をウロついて解体中のセットから
何とか使えるものを発掘してきたりする。
そんな風にして集められた機材なので何かとトラブルは多い。
「本番!ヨーイ‥‥」「カメラ回りませーん!(泣」「カットカット!(怒」
なんて事は有り得ない話ではない。カメラは比較的丁寧に扱われてきているので
トラブルの原因になりやすい電源ケーブルなどを自前で持ち込んだりすれば
滅多な事は起きたりしないが、ガテンな照明部さんに酷使されている照明機材は
見るからにボロボロだったりする。なけなしの制作費から豪勢にエキストラを
用意した夜間撮影でいざ本番!という時に、整備不良の発電機が火を噴き
辺りは真っ暗。泣き出しそうな表情で代わりの発電機を探そうと
レンタル会社に電話をかけまくる照明部さんを気の毒な思いで眺めた事も。
「バレメシ」「シャチューメシ」「タンシュクメシ」「メシオシ」。
あまり聞き慣れない言葉だと思う。
すべて撮影中の唯一の楽しみ、食事に関する言葉なんですがね。
一刻を争うVシネの撮影は時間が命。なので第一現場を午前中に終わらせ
第二現場にロケバスで移動する際、バスに乗り込むときに弁当が渡される。
これが車中メシ。要するに時間のロスである移動中に飯を食わせる事によって、
更に昼飯の時間で撮影時間をロスする事を避けようとするわけだ。
大の大人が狭いマイクロバスの中で肩を寄せ合いながら飯をかき込む姿は
端から見てかなりもの悲しい。もとから不味い飯ではあるとは言っても
味わっている暇なんてあるわけない。早いとこ食い終わって仮眠をとりたいし
第一にロケバスがいつ次の現場に到着してしまうか判らない。
次の現場に到着してしまえば最後、すぐに機材の搬入が始まってしまうのだ。
第一現場の撮影が伸び伸びになっていても、最初から車中メシは予定のうちなので
現場の撤収が終わるまで飯にはありつけない。これが所謂「メシ押し」だ。
一日中同じ現場で移動が無かったとしても、飯休みを一時間取れるとは限らない。
スケジュールが押してくれば、飯休みを削るしか方法が無いからだ。
これが「短縮メシ」。休み時間はスケジュールの押し具合によって
40分、30分と短くなり、とうとう最後には「" 食ったら開始 "でお願いします!」
となる。そんな開始時間、聞いたことねーよ。
普通だったら「「" 13:15開始 "でお願いします!」とかなのに。
そんな訳で食の遅い人間はかなり損をする。
「スタッフの飯の質でね、作品の質は左右されるんだよ!」とインタビューで
力説していた巨匠クラスのカメラマンがいたが、まんざら眉唾でもないと
思ってしまう今日この頃。皆様、いかがお過ごしでしょうか。
とある大手芸能プロダクションの仕事に参加した際に
「朝:海苔さえ巻いていない中身が全部梅干しのおにぎり」
「昼:ざる蕎麦(しかも伸び伸び)のみ」というメニューで重労働を強いられ
「こいつら、俺たちを駆け出しのお笑い芸人と間違えてないか?」と
仕事に対する熱意をすっかり失い、有志と結託してプロダクション名義で
特上寿司をスタッフの人数分注文した事のあるVシネスタッフです。
Vシネの弁当の中身はどうなの?という疑問は当然出てくるとは思いますが。
率直に言うと昔ほど酷い事は無くなりましたね。一週間ずっと海苔弁なんて事は
さすがに無くなりました。「飯無し、周囲に食う場所なし、のためスタッフ各自
自腹で弁当持参」なんて泣ける話も最近は聞かなくなった。
もうそんな事は無いとは言い切れないけど。良い傾向だとは思います。
とは言っても二週間ずっとホカ弁というのは何となくやり切れない。
料亭で豪華な料理を食べるヤクザの親分のシーンを撮り終えた後だったり
弁当を食う場所が「ウナギづくし・¥2300から」というのぼりの立った
大型レストランの駐車場だったりしたら尚更です。
ハリウッドのスタッフ組合の規則には「冷たいランチを出したらペナルティーで
オーバーギャランティーが発生する」なんてあるけど、あいにくここは日本。
しかも低予算のVシネの現場。メシ押しで三時間も放置された弁当は
すっかり冷え冷えになって「ほかほか弁当」の文字も有名無実になっている。
そうなると「俺らバレて自腹で食うから」と現場を抜け出して付近の食堂に
勝手に食べに行ってしまうスタッフが後を絶たなくなる。これがバレめし。
基本的に映画やドラマの昼飯はホーム・グラウンドである撮影所内や
スタジオでの撮影の時はバレ飯で、ロケの場合は弁当支給と相場が決まっている。
一種のロケ手当みたいなものですな。勝手知らぬロケ先で変な食堂に入ってしまい
スタッフが再集合に遅れてしまう事を防ぐと言う意味もあるかも知れない。
バレめしの場合は自腹が基本なんだけど、削れるものは何でも削りたいという
Vシネの現場ではロケの昼食も「昼食はバレ飯でお願いしま〜す!」
なんて事もあったりして恐ろしい。酷い時は山奥の一軒しか無い食堂の前で
「バレめし」になった事もある。バレめしって言ったって一軒しかないのに
どーやってバレるんねん。行く先は全員一緒だろうが。
懐具合に余裕がある人にとっては不味いロケ弁を押し付けられるよりも
有り難い事ではあるが、駆け出しで稼ぎの無い助手さん達にはちょっと酷な話だ。
何にしても業界の通例を破って、こっちの懐具合を当てにされているようで
不愉快な事ではある。こんな場合、強面の照明部さんなどが制作部に直談判して
バレめし代を支給させる事もある。良心的な、というより普通の制作部は
こういう場合はちゃんと最初からバレ飯代を支給しますけどね。
中には例外もあるって事で。
飯も食いました。撮影もスケジュールを何とか一日分を消化しました。
で、これで電車がある時間なら交通の便の良い場所にロケバスをつけて
「お疲れさまでした。明日もよろしくお願いします」となるのだが
もともと過密スケジュールのVシネの場合は、一日が終わる時にはすでに
終電も逃してしまっている場合がある。
通常の撮影ならここで「タク券を切りますので集合してください」となるが
あいにくここはV(ry。1000円もしない弁当に金を惜しむ制作部が
素直に一人一枚のタクシー券を寄越すわけがない。
まぁ、「同方面同士で相乗り」というのは通常の撮影でも普通に行われているが
あいにく(ryの場合は「タクシーとは定員ぎりぎりまで押し込むもの」となって
どう考えても無理のある相乗りを強要されたりする。ある程度人数の多い方面へ
相乗り出来たらラッキーなのだが、離れた場所同士の相乗りは悲惨だ。
あちこちへ寄り道したあげく、最後の人がタクシーを降りるのは
乗車後1時間半だったりして喜ぶのはタクシーの運ちゃんだけ。
要領の良いスタッフは、制作さんが「あーでもない、こーでもない」と
無理な相乗りを段取っている間に、機材車やロケバスのドライバーと交渉し
自宅の近くまで送ってもらう約束を取り付けていたりする。
まぁ、タクシーを使わせてくれるだけでも、この場合はマシなのかも知れない。
かつて何の罪も無いロケバスのドライバーに「スタッフ全員を自宅まで送れ」
と言い残し消えてしまった制作部もいた。20人近い人々を言われるがままに
送る事になったロケバスのドライバーこそいい迷惑である。
もちろん送られるスタッフにとっても災難であるのだが。
送ってもらう側は自分の番まで寝ていれば良いのでまだマシかも知れないが
最後の一人まで送り終わる頃には夜が白み始めている。
車両部の会社には大体「集合時間の少なくとも30分前には集合場所に到着すべし」
に準じた社則があって、ドライバーはそれを守るのに必死になる。
ドライバーが遅刻すればドライバー自身の手取りに影響するし
下手すれば首さえ危ない。車両会社にとっても「遅刻でスケジュールに影響した」
となればペナルティーを取られたり、料金を値切られたりするので深刻なのだ。
そんな訳で、他のスタッフよりも稼働開始時間が早くなる彼らは
自宅に戻るよりも車両の中で一夜を過ごす事を選んだりする。
以前に二週間の間ずっと風呂にも入れず、ロケバスの中で生活していた
ドライバーがいた。集合場所というのは大体の場合繁華街のド真ん中なので
夜通し車を停めているわけにもいかず、彼らはその近くの静かな場所に路駐して
ひっそりと一夜を過ごす。代々木公園などの周囲に深夜静かに停まっている
キャリヤー付きのマイクロバスを見かけたら、どうか心の中で
「お疲れさま」と労ってあげてほしい。
ちなみに送りに関しては個人的にこれよりも最悪な体験がある。
それは「制作送り」。
要するにプロダクションの人がワンボックスでスタッフを家を回るのである。
本当なら疲れている身なので、寝たまま送ってもらえるのなら何でも良いのだが
自分以上に疲れている人間の運転に、中央車線を超えて対向車に突っ込まれる
恐怖におののく状況では寝るどころの騒ぎではない。却って疲れてしまう。
この時は次の送りからは素直に帰宅を諦め、自腹でホテルに泊まった。
結局は赤字に近い結果になってしまったが、死ぬよりはマシなんである。
その他、たまたま同方向だった主演俳優のハイヤーに同乗させられた事も。
こりゃ、いくら何でも主演俳優に失礼であろう。同乗させられる身も辛い。
機材撤収まで待たせられた俳優は明らかに迷惑顔。当たり前だよな。
おまけに降りるのはこちらが先。気を使って仕方のない一時間であった。
ちなみに「撮休(さつきゅう)」と呼ばれる休日の前日はもっと荒技が使われる。
要するに完徹で撮影を行い、電車が走り始める時間にスタッフを解散させるのだ。
この日だけは最初からスケジュールがテンコ盛りになっていて、予定表から
「お前ら絶対に自腹で帰らせるぞ」という思惑がプンプン臭ってくる。
「あと30分で始発が出ますから」と新宿東口に捨てられて寒空に凍えるのも
もっと押した時間に終わって、休日に浮かれる人達の中で疲労した身を
我が家へ運ぶのも、非常に惨めな気持ちになってしまうものなのだ。
せっかくの休日に家に帰って寝て起きたらもう夕方。撮休もクソもありゃしない。
さて、都内や近郊をウロウロしているVシネ撮影隊もたまには地方ロケに行く。
しかし「泊まりあり?リッチじゃん」などと思ってはいけない。
何しろ相手はVシネなのである。
どんな宿泊形態になるか、それは撮影予算がどのくらいあるかによって決まる。
CMの撮影なら、ホテルでスタッフめいめいに個室が与えられる場合が多い。
相部屋になるのは「ホテルの部屋数が少ないので」という場合がほとんど。
映画やドラマになると相部屋が多い。これは普通なので誰も文句は言わない。
ただし、長丁場の地方ロケ先での撮休前などの時に制作部さんが気を利かせて
一日だけ個室を割り当ててくれる事も。「今日だけでもごゆっくり」という訳だ。
さて、Vシネ。これはもう、ちゃんとした宿泊施設を予約して貰えるだけでも
感謝しなくてはならない。疲れ切って宿泊場所に到着。Vシネらしからぬ
シャレた雰囲気の建物の中に案内されて「あれ?今日はビジネスホテルなのか?」
と、ちょっと嬉しがっていたら制作さんが「荷物を置いたらロビーに集合で〜す。
あと10分で銭湯行きの便を出しま〜す」なんて言うので「なんでホテルで銭湯?」
と不審に思いつつ部屋に入ったら、ベッドは無くソファーが壁際に並んでいるだけ。
そして何故かステージがあって、モニタースタンドの上にマイクが二つ‥‥。
ここってカラオケ店じゃん!しかも倒産したとこ!
「よくこんな場所見つけたなぁ」と感心してしまい、怒るのも忘れてしまった。
「横になれれば宿泊場所」とでも思っているんですかね。
他にも「廃校の剣道場」「倒産した工場の講堂に柔道の畳を敷いて雑魚寝」
「取り壊し直前のアパートに一週間」「潰れた病院の病棟に寝泊まり」
「経営不振で経営者が夜逃げした温泉宿」なんて所に泊まった事もあり
これではまるで「流浪する不法占拠者の群れ(車両つき)」である。
でもね、こんな扱いを受けても別に良いんですよ。
どうせ撮影期間は二週間。それを過ぎれば普通の生活に戻れるわけだし。
人気シリーズに捕まってしまったら拘束期間も長くなってしまったりするけど
そこそこ人気があるシリーズだと、それなりに予算があるので
死ぬほど予算の無い映画の仕事よりは遥かにマシだったりする。
さて撮影も無事終わり、機材の返却もつつがなく終了。
しかし安心するのはまだ早い。
誰でも働いた以上、当然ギャラは欲しいものであるが、これが振り込まれるまでは
安心してはならないのだ。大手の制作会社ならそれほど気を揉む必要はないけれど
あまり聞いた事の無い制作会社相手だと、月末の振込日まで気を抜く事は出来ない。
「何かと難癖を付けられてギャラを値切られた」
「振込が無いので電話をかけたら制作会社が夜逃げしていた」
という話は驚くほど珍しい話じゃないのだ。一般の映画でも起こり得る事だし。
噂話ではなく、当事者から聞いた話で印象深いものとしては
「ギャラが払われないのでスタッフ一同でプロデューサー宅を襲撃。
車庫に停まっているベンツを売らせて山分け」
「ギャラの払いを撮影終了後に渋ったので、撮影部が現像所を夜討ち。
未現像のフィルムを拉致すると美術助手に持たせて実家に雲隠れさせ
それと引き換えにギャラを払わせた」なんて強引な話まであって
ここまで来るとどちらが悪役か判らない(w
かく言う自分も、ギャラの催促をした翌日にプロデューサーが家族を置いて蒸発し
仕事の合間に素人探偵の真似事をしなくてはならなかった事がある。
つてを求めて業界内や知人関係を歩き回ったのであるが、行く先々で聞く話は
「機材を貸したらレンタル料を払わないどころか機材を質屋に入れられた」
「タレント10人のギャラを踏み倒され、おまけにその映像を無断で二次使用された」
「ウチと共同制作したVシネを編集しなおして他の作品として出版。
出版だけは差し止めたものの、差し止めの費用で赤字になってしまった」
などなど聞くだけで暗くなってしまうものばかり。
結局、その追跡劇の終幕は家賃3万のボロアパートの一室に大家さんに案内され
「あの天井の梁からロープを垂らして深夜に‥‥」という後味の悪い結果に終わった。
某大手テレビ局の元・大物プロデューサーだった人なんですがね。
人の肩書きなんて当てにならないものですよ、ホントに。
最終的に自分のギャラはン10万の香典になっちまったばかりでなく
その上で追跡に助力してくれたご遺族にリアル香典をお渡しするハメになった。
おまけに行く先々で自分が逆に愚痴の聞き役にされてしまうし(w
「ワシも死んだら、こんだけ香典包んで貰える大物になりたいのぅ〜〜」というのは
そのギャラ未払いの作品に出て来たサンピン役の台詞なんだけど
アタクシが払った香典は、少なくともその香典より多かったです、ハイ(w
だのに 何故 歯を食いしばり 君は往くのか そんなにしてまで
さて。暗い話が続いてしまって「じゃあ何でそんな仕事を受けちゃうの?」
という突っ込みが皆さんの頭の中に渦巻いている事と思いますが。
先に言ってしまうと、こんな悪い話が一度に襲ってくる現場って無いんですよ。
いや、一部にはあるのかな(w 「そんな現場じゃ人間関係もギスギスするんでは?」
という疑問もよく聞くんですが、実際にはそういう事は無い。
酷い現場ならそういう現場なりにスタッフ同士が「被害者友の会」のような意識で
結びついてしまうので、意外に現場そのものは和やかだったりします。
「なんでVシネのような安い仕事を受けるのか?」という答えはやっぱ金ですね。
映画やドラマの仕事は一本終わると次の作品が入るまで間があったりするんだけど
その間を埋めるためにVシネやCM、それから応援スタッフの仕事を受けるわけ。
CMの仕事は確かに金は稼げるけど振り込みが二ヶ月後だったりします。
それと比べると仕事が終わった月の月末にまとまったギャラが振り込まれるVシネは
それなりに魅力なんですね。
それから普通の映画と比べると仕事量そのものは少なくて楽。
もともと予算が無いので複雑な機材や、沢山の助手を仕切る必要が無い。
劇中に登場するシチュエーションも似たり寄ったりなので、台本を読んで
「このシーンはどうすれば良いんだろう?」なんて悩まなくて済む。
時間が無くて台本を読んでいなくても、何とか対応出来るのが楽な点かな(w
あと、最初からクォリティーを厳密に要求されていないので
普通の撮影ではビビって出来ないような技術的な冒険が出来るメリットがあります。
「成功するか失敗するかわからないけど‥‥やっちゃえ!」という事が
比較的気軽に出来る。失敗したって大丈夫。最新のビデオの技術に頼れば良い(w
いい加減ですいませんね。失敗で得た知識は立派に大作に還元してますから。
あと「リハビリ」のためにVシネの仕事を受けるケースもありますね。
「待ち時間の多い作品で身体がなまったのに次の作品は複雑な大作だ。
スピードが要求される現場に身体が付いて行けるかちょっと心配」とか
逆に「毎日テンションの高い大作で疲れた。次の作品の前にちょっと楽な仕事がしたい」
という理由でVシネを引き受ける人もいるようです。
あと時々いるのが「あのドタバタがたまらん」という人。
昔、邦画黄金期に黒澤明の作品などの一流スタッフだったのに
後年は低予算ポルノ映画の仕事に身を投じた人がいたそうですが
何となくこういう人の気持ちも判らんではない。
普通の映画などの撮影でも非常識な現場ってあるものですが
この場合は「常識はわきまえているけど、そうも言ってられないので」という
ニュアンスがまだ残っていたりします。が、最初から非常識な現場を当たり前と
思って育って来た人間が仕切っている事が多いVシネの現場というのは
何かと「マジかよ!?」と思ってしまう出来事が多い。
現場ではムカ付いてしまう出来事でも、昔話になってしまえば笑い話になる。
そういう出来事を楽しみにしている人も多かったりします。
さて、最後にそんな笑える非常識な出来事をいくつか。
エロが売りのVシネだが、主演女優の濡れ場を撮る場所を借りる金がない。
仕方ないのでプロデューサーが自分の夫婦の寝室を提供。無事に撮り終えたのは良いが
プロデューサーの奥さんが激怒。そりゃそうだ。自分のベッドに他の女の匂いや
汗やその他もろもろが染み込んだら「洗えば良いだろ」で済む問題じゃない。
「作品のためだから仕方ないだろ」と「だからって何してもいいわけ?」
という意見が対立。そのために離婚寸前の夫婦の危機に陥ったそうだ。
結局、そのベッドは次の週の廃品回収に出される事になって一件落着。
濡れ場の撮影場所ってけっこう苦労するみたいですね。ちゃんと一軒家を借りて
撮影していたら、近所の奥さんが「うちの息子は来年受験なのに窓に張り付いて
受験勉強がはかどらない。即刻中止してください!」と怒鳴り込んで来たり
普通のホテルで「普通の撮影ですから」と嘘ついて撮影していたら
近所の通報で支配人が乗り込んで来たり。ラブホテルで撮影するのが簡単だけど
機材を取りに車に戻ったりして、部屋のオートロックに閉め出されるスタッフが
続出したり。何にしても部屋の面積の半分をベッドが占めているラブホの部屋に
機材や大勢のスタッフがひしめいている光景は何度見ても異様なもんです。
廊下の撮影中に一般のお客さんが通りかかって気まずい思いをさせたり。
何げにホテルのライターを持ち帰ったら奥さんと喧嘩になったやつもいたな(w
エロ絡みのホラーものの作品での話。
主人公の女友達に悪の帝王か何かが乗り移ってしまう、という設定だったんだけど
その乗り移りのシーンが深夜の廃車置き場で撮影された。
原色をふんだんに使った照明で異様さを強調。魔法陣の中に横たわる女優は
「お約束」で何故か全裸だったりする。
・乗り移られた女の子、上半身を起こして「くわっ」と目を見開く
簡単なシーンなのですぐ終わりかと思っていたらこれが甘かった。
普通なら女の子がスッと上体を起こせるように、背中の下に跳ね板やジャッキ等を
用意したりするんだけど、生憎そんな予算は無い。そんな訳でフレームの外から
助監督(←役得)が彼女の足を押さえていて、彼女が自力で起き上がらなくてはならない。
「用意、スタート!」でカメラが回り「はい、起きた!」と監督がキューをかける。
が。女の子は目を閉じて横たわったまま、全裸でプルプル震えているだけ。
「起きた!」と再度キューがかかるが、目を閉じたままプルプル。
カットをかけた監督が「どうしたんだ?」と尋ねると女の子は情けない声で
「起きれませぇぇん‥‥」と言った。
「起きれないじゃないだろ!腹に力を入れれば起きれるだろうが!」と
監督の声はすでにキレる寸前だ。
その女の子、明るくて良い子だったんだけど少しスタッフ受けが悪かった。
「悪の手先になって主人公を色仕掛けで陥落させようとする」だけの役回りなのに
おそらく彼女にとっては一世一代の大仕事だったんだろう。
撮影当初から舞い上がり気味で、ちょっと行き過ぎた「女優気取り」が不評であった。
その日の昼間は主人公の男優との濡れ場の撮影だったんだけど
その男優が彼女にはお気に入りだったらしく「演技」と呼ぶにはかけ離れた
熱演をスタッフの前で披露して「いい気なもんだ」と陰口を叩かれたばかり。
その彼女が腹筋を使って起き上がるという簡単な事が出来ない。
終電の時間は刻々と迫る。何度かNGを出した後に監督がついにキレた。
「何だ、テメーわ!ヤる事ヤったクセに腹筋ひとつも出来ねーのかぁぁぁ!!」
いや、言いたい事は判らんでもないけど、その言い回しが可笑しく何人かが吹き出した。
しかし実際は笑い事ではない。「悪魔に乗り移られた」事を表現するような
他の手段を用意する時間もないし、もちろん彼女にもそんな演技力はない。
さらに悪い事に彼女のメイク待ちの間に「他の女友達」役の二人が
本番一発目で腹筋を使って起き上がり、OKを出して帰ってしまっているのでる。
目を見開くところは彼女のアップで撮るとしても、全裸で起き上がる女を
何としても撮らないと、このシチュエーション自体が成り立たない。
ショゲている彼女を早々に帰して、23時を超えた深夜に
「脱ぎオッケーで、腹筋が出来るモデル探し」が始まってしまった。
脱いでも大丈夫なモデルを探すのに一番手っ取り早い方法は
何と言ってもAVに出演している女の子が所属する事務所に電話をかける事だ。
撮影がストップした現場で「どうなる事やら」と技術スタッフが意地悪く見守る中
助監督や制作部が携帯電話片手に、片っ端からAVモデルが在籍している
プロダクションに電話をかけまくるのだが、その電話が端から聞いていて面白い。
何しろ通常のAV出演依頼では絶対にあり得ない依頼内容だ。
依頼された方も何が何だか判っていない状況が推測される電話口での応対が
スタッフの忍び笑いを誘って仕方ない。
「えー、わたくし○○企画の××と申しますが。いまVシネマの撮影中でして
これから連絡取れるモデルを探しているんですが‥‥ええ、要脱ぎです。
全裸。それでですね‥‥え?無しです。絡み無し。フェラも要りません。
え?3人ほど?髪が肩まで伸びてる娘は?いる、いますね?
その娘、腹筋出来ます?いえ、腹筋です。フ・ッ・キ・ン。腹筋ですよ。
体育の授業でやったでしょ?あの腹筋。出来ます?腹筋。わからない?
問い合わせて頂けますでしょうか?」
夜中に「□□ちゃん、腹筋出来る?」と唐突に電話で聞かれる羽目になった
女の子も何の事やら判らなかったと思うが、何はともあれ三時間後にタクシーで
現場に現れた代役の女の子は、スタッフ一同から感謝のこもった手厚い世話を受け
一発で腹筋を決めると暖かい拍手を浴びて再びハイヤーで帰って行った。
AVの世界でもそんなに売れ線じゃない子らしかったけど、監督もかなり感謝してたのか
後に他の作品で大きめの役に起用してあげたのだそうだ。
何にしても彼女にとってあれほど手厚い扱いを受けた事は一生に一度の事だろう。
さて、Vシネの華はやはり極道もの、と言う事になるけど。
・物語の序盤で主人公の属する組長が白昼に路上でヒットマンに銃殺される
というゲップが出るほどありきたりなシーン。
映画板で評判の悪い戸田奈津子の字幕風に意味もなく書いてしまうと
(関連スレ→
http://tv6.2ch.net/test/read.cgi/movie/1111072822/)
「このファック野郎!おっ死ね!」
「おったまげだ!拳銃を?」
PAN! PAN! PAN!
「組長!大丈夫で?」
「こりゃコトだ。○○会と戦争かもだぜ」というような一連のシーンだ。
それはともかく。
「路上で」となると普通は警察に行って道路使用許可を得なくてはならない。
弾着込みの派手な撮影をするとなれば尚更である。が、そんな許可が得られる訳がない。
役者、ガン・エフェクトのスタッフその他のスケジュールの都合で
どうしても休日に撮影しなくてはならなかったのだ。人通りの多い休日は
繁華街での撮影は警察からも地元からも敬遠されてしまう。
と、なると盗み撮りしかない。最小限のスタッフで一般人に紛れ込んで撮影し
警察に見つかる前に逃げ出す訳だ。しかし、撮るのは↑のような派手なシーン。
「どうせやるなら」と監督がスケベ心を出したのが事の始まり。
家族連れで賑わう商店街のド真ん中で無許可の撮影が強行された。
こりゃ、コトだ。
現場から離れた場所で組長役の役者に弾着を仕込む作業が始まった。
無線受信機につなげられた少量の火薬の上に血糊が入ったコンドームを被せ
ヒットマンの発砲に合わせて効果係が無線で火薬を炸裂させるのである。
役者の衣装にはカッターで目立たないように切り込みが入れられ
その下に仕込まれた火薬が破裂すると、コンドームの中に入った血糊が
切れ目を破って服の穴から吹き出すわけだ。組長暗殺は物語のキッカケに過ぎないので
組長役の役者は無名の人。ベテランではあるけど一発勝負に緊張を隠せない。
さて、人気の無い場所で入念なリハーサルを終えると少数精鋭のスタッフで
穏やかな日差しが降り注ぐ休日の商店街に撮影を悟られぬように乗り込む。
監督、助監督一名、カメラマン、撮影助手、録音技師、制作部一名に効果係。
これに組長、その子分三名、ヒットマンの計12名。カメラはコートに隠して運ぶ。
組長と子分が何の罪もない普通の喫茶店に入り、コーヒーを飲む。
その間にヒットマンが物陰に潜み、その間にカメラとマイクを準備。
準備が済むと監督が中の役者に携帯で電話をかけ、準備が整ったところで
助監督が表で手を振るとカメラが回り始め本番がスタートする。
間違っても普通の撮影のように「本番いきま〜す!」なんて大声は出せない。
すべて身振りと目配せで進行させるわけだ。そのため指示を受けないと
動けないような経験不足のスタッフは連れて行けない。
やがて準備が整い、助監督が手を大きく振るとカメラが回り始る。
本番のスタートだ。
「カラン、カラン」と喫茶店のドアに付けられたカウベルが鳴り
親分一行が出てくる。緊張していても流石にベテランだ。子分たちを引き連れて
和やかな表情で出てくる親分は、まるでさっきまで競馬の話でもしてたかのよう。
そこへ隣の雑居ビルの階段から拳銃を持ったヒットマンが
「おどりゃ〜〜あ!!こんクソが、死ねやぁ〜〜〜!!」と叫びながら駈け出る。
それに合わせてカメラが手持ちで芝居場に駆け寄る。
パン!パン!パン!効果係のスイッチのタイミングもバッチリだ!
親分の胸に三つの穴が空き、血しぶきが飛び散る!「少々大げさ過ぎないか?」と
思ってしまう程だったが、親分は自分で2mほどふっ飛んでゴミ回収用の
ポリバケツの中に倒れ込んだ。それを一瞥して脱兎のごとく逃げ出すヒットマン。
子分はとっさの出来事に呆然として追いかける事も忘れている。
完璧!リハーサル通り、いや、それ以上だ!
何が凄いって、組長の後ろを歩いていた何も知らない主婦が買い物かごを落として
悲鳴を上げている!隣を歩いていた中年男はとっさに洋品店のワゴンの後ろに伏せ
恋人連れの男はカノジョにしがみつかれて、バランスを崩して転んでしまった。
どんなエキストラを仕込んでも、こんなリアルな表情は出せまい。
あとは組長に駆け寄る子分の芝居と、駈け出てくるヒットマンのカットインを撮って
そそくさと退散。てーか、誰か驚いている人に説明くらいしてあげなさいよ。
一発成功に安堵しながらも、やってるこっちは罪の意識に胸がチクチク痛む。
と、リアルな通行人の表情を撮る事が出来た撮影隊に「さらにリアルな事態」が
刻一刻と近づきつつあった‥‥。
日本の警察がここまで優秀だとは思わなかった。
発砲シーンを撮って間もなく、四方八方からパトカーのサイレンの音が
聞こえて来たのである。「これじゃ音が録れないな」と録音技師も最初は
他人事のように呟いていたが、周囲から近づいてくるサイレン音は
まっすぐここを目指している。「厄介な事になったぞ」と思う間もなく
四方の路地から三角に目を吊り上がらせたお巡りさんが大挙して
飛び出して来て、グルリと撮影隊を取り囲んだのである。
「責任者は!?」とすぐに事態を飲み込んで尋ねるお巡りさんのドスの効かせ方は
組長顔負けの迫力。いまいち事情を飲み込んでいない若いお巡りさんが
慌てて血まみれの組長に「大丈夫ですか?」と駆け寄るが、当の組長さんは
青い顔で直立不動。緊張の面持ちで「ダ、ダ、大丈夫ですっ」。
何しろ相手は「警察官A」ではなく、本物の拳銃を持った公務員である。
その気合いに押されて観念したのか、物陰に潜んでいたプロデューサーが自首。
うなだれてパトカーに押し込まれ、連行されて行った。どんな処分を受けたのか
ちょっと聞いてなかったのが残念。あの後で聞いておけば良かったと悔やまれる。
さて。「撮影責任者連行!」という最悪の事態に見舞われた撮影隊であるが。
やっべーと思いつつも撮影を中止するわけには行かない。「ボクたち、ただの被雇用者ですから」
と知らんぷりをしつつ、その騒ぎの最中に目配せだけで残りのカットと
次のシーンを撮り終えてしまったのだ。こういう時に少数精鋭が物を言う。
こっそりと現場を抜け出した助監督が、次のシーンで初登場の主人公を
事情を説明した上で現場に呼んで来る。録音技師は人差し指を口に当て
「声は出すな」と目配せする。要するに口パクだけで演技させ、声は後から入れるわけだ。
シーン4。現場検証をする警官達、それを取り巻く野次馬を遠くから見ていた主人公。
振り返って憤怒の表情で叫ぶ。
「●●会の奴ら、許さへんでぇーーーーーーーー!!!!」
そしてジャーン!とタイトル。
その作品では「大人の事情」があって、台本に「警官達」と書いてあっても
ロケバスに警官役のエキストラなど乗っていなかった。何しろ衣装代だけでも金が出る。
しかし、頼んでもいないのに本物の警官隊(特盛り)がいるのだ。これを利用しない手はない。
「憤怒の表情」で口をパクパクさせているだけの主人公は間抜けではあったが
後ろの警官達は非常にリアルで迫真のカットが撮れた。本物なので当たり前なんだけど。
もちろん、完成作品のテロップに「協力:警察庁」なんて出る訳はない。
ま、「犠牲者1名」の撮影ではあったが、監督は満足げだった。
「これで○○さん(プロデューサー)の魂も浮かばれるだろ」
いえ、死んでませんから。
さて、ここでトドメの駄目押しを一発。
その日のスケジュールはそこで終了だったのでロケバスは最寄りの駅へ向かう。
日の沈まぬうちに撮影が終わってラッキー!!
何となく浮き浮きしたロケバスの中に一人だけショゲてる人がいた。
穴の空いた衣装を着て、血まみれのままの組長さんである。
「衣装は自前って聞いてたけど、弾着仕込むなんて聞いてなかったんだよね‥‥」
ひっでー。
さて、あまりにも長くなりすぎたので最後のネタ。
ちょっと古めのナントカ会館。そこにどこから見ても堅気でない紋付き袴の男達が集まった。
襲名式シーンの撮影当日の話である。「Vシネでこんなにエキストラが集まるのかぁ」と
驚いていた自分って本当にウブだったと思います。集まったのは実は本物。
よく見ると小指の無い方も何人か‥‥(アワワ。
通りすがりの警官隊さえ使ってしまうVシネ。どーやってこんな人達を?
聞いたところによると、一応これは「キャンペーン」の範疇なのだそうだ。
その筋の人達はヤクザ映画が大好き。組長役などで「あの人」とかが出るなら
喜んで馳せ参じるのである。こっちから見りゃ「往年の大スター」であったりするけど
彼らにとっては「憧れのアニキ」なのだ。
で、そういう「往年の大スター」が出るという事をチラつかせて協力要請
↓
「アニキ」と会えたクミチョーさん達、大満足
↓
どこから見ても本物のエキストラをタダで使えて、撮影隊大満足
↓
「クミチョーが出ている」というわけで組の若い衆がこぞって完成ビデオを買う
↓
ヤクザ屋さんもVシネ製作会社もウマー(゚д゚)
世の中ってうまく出来てるぅ。
てーか、ヤクザ屋さんからシノギを集めるたぁ、大したもんだ。
さて、襲名式の撮影が厳かに始まった。
厳粛な雰囲気の中、何も演技指導をせずとも儀式の段取りが滞りなく進んでいく。
そりゃ当たり前だ。こっちよりあっちの方が詳しいんだから。
困ったのは隣の大広間から流れて来る、若い二人の門出を祝う祝詞と雅楽。
折しも隣では神前結婚式の真っ最中だったのだ。あちらも厳かではあるが
雰囲気が合わないことこの上ない。「エキストラ」の皆さんの表情もだんだん苦いものになってゆく。
そりゃねぇ、彼らにとってこれは「撮影のための襲名式の真似事」じゃない。
「憧れのアニキの晴れの襲名式」そのものなのである。
どこぞの馬の骨(彼らにとって)に邪魔されて愉快なわけはない。
場慣れしている録音技師や俳優達は「あとでアフレコだな」と諦めている様子だが
「エキストラ」さん達の「何とかしろよ」という無言の圧力を受けている監督は
たまったものではない。なにしろ自分がカットをかけると同時にクミチョーさん達が
一斉に隣の大広間の方を向いて「チッ」ろ舌打ちをするんである。
最初の内は苦し紛れに「どう?音、大丈夫だよね?」と録音技師に
助け船を求めたりしていたが、物理法則というものに「大人の事情」の入る余地はない。
「いやぁ、コレはどうしようも無いねぇ」とミキサーを操作する録音技師は
正直に答えるのみ。最初のうちは祝詞が途切れるのを待ってスタートをかけてたが
ついに「エキストラ」さん達のプレッシャーもあってかブチ切れて大声で怒鳴った。
「おいッ!誰か隣の声、止めて来いッ!」
「何て大人げない」と思ったアナタ、ちょっと待ちなさい。
「監督なんてね、誰でも懸命になちゃうと基地外みたいになっちゃうんだよ」
という言葉を残したのは黒澤明だったけど、実際そんなものなのですよ。
「映像の詩人」と呼ばれ、テレビではにこやかに喋っているあの人が
ロケの最中に地元の人から苦情を受けて、地元のギャラリーの見守る前で
「何で○○(現場の地名)の人間は揃いも揃って馬鹿なんだよ!?
尾瀬の人だったらそんな事言わないぞ!」と大声で怒鳴った事もあるし
(あああ、名前伏せても誰だかバレる)ギネスブックに載った最長寿シリーズを
撮ったあの監督だってテンパると何を言い出すか判らない。
「ここは太陽が出るまで回さないよ」と言い張ってたくせに
芝居の調子が良いと見ると「本番いくよ!本番!」と急に言い出す。
で、「太陽がまだ出てませんけど‥‥」と言われると、泣き出しそうな顔で
「僕がね!本番って言ったら!本番なんだよ!!!!(キーーーーーー」と地団駄踏んで怒鳴った。
‥‥子供かよ、アンタ。
『タイタニック』を撮ったキャメロンも、撮影現場でスタッフを怒鳴る時は
2ちゃねらー顔負けの口汚さだそうだし、「新幹線が邪魔だから止めろ」
「風が強すぎる、誰か止めろ」「もっと湖に波が欲しい、スタッフ総出で波起こせ」
‥‥一度「こうだ」と決めたと決めた監督という人種の要求に際限はない。
そんな無茶な要求に答える方法。それは「やってみせる」以外に無い。
出来なくても良いのです。「目の前で(一応)実行してあげる」以外に
彼らを納得させる手段はない。赤ん坊が何か欲しがったら、それが食べ物じゃなくても
とりあえず口に入れさせて納得させるしかないのと同じですかね。
ま、テンパった時に無茶苦茶な事を言わない監督って、あまりいないような気がする。
さて、この場合は「隣の結婚式を中止させて来い」ですが。
そんな無茶な命令をされた制作部は一体どう対処すれば良いか?
「一般世間の常識」を楯に監督に「我慢して下さい」と言うのが正しいのか?
いや。ここはグッとこらえて「ハイ!行ってきます!」と走るのが正しい。
隣の大広間に行くか行かないかは別問題。つーか、行く必要なんかない。
無茶を言ってる監督だって一応社会人なんだから、本気で結婚式を止められるとは思ってない。
とりあえず現場から走り出るのが肝心。いーの、いーの。タバコの一本も吸って戻ってきて
「お願いしてきました」と言えば、結婚式が続行されていようが皆が納得して終わるんだから。
心配りが効く制作さんだったら、隣を訪ねて「撮影でご迷惑おかけする事もあるかも知れませんが」
とか逆に挨拶までしてくるかも知れない。「非日常を再現する撮影というカオスな仕事」と
「一般世間」との間を取り持つ制作部という人達の仕事ってこういうものだと思う。
大変ですよね。
この時も言われた若い制作さんは間髪入れずに撮影現場から走り出た。
ここまでは良かったのだが、不幸な事に走り出た彼は「無茶が罷り通るVシネの現場」
の経験しかなく、一般的な現場の事(というか常識)を何も知らない制作さんだったのだ。
「あ〜あ。またテンパって無茶言っちゃって(w」と可笑しく目配せしあってた我々スタッフ。
常識では「この件に関しては一件落着」なので、何も気にすること無く撮影を続けていたのだが‥‥
‥‥あれ?あれれ?隣の雅楽が止まったぞ?祝詞もやんじゃった。
皆が不思議そうに顔を見合わせているところに、先ほどの彼が息せき切って帰ってきた。
「止めて来ました!」‥‥マジかよ。
一番「マジかよ」という表情をしていたのが、無茶を言い出した当人だというのが可笑しかった。
まさか本当に止まるとは思ってなかったんでしょうね。しかし自分が怒るわけにはいかない。
何にしても、あの時の若い二人が今も息災に夫婦生活を営んでいる事を祈るのみです。
しかし、何をどうお願いして祝詞を止めたのかは永遠の謎。
さて、そんな思いをして撮り上げたVシネですが。
さぞ思い入れがあるかと言うとそうでもない。ルーティンワークみたいな物ですからね。
題名さえ憶えていない作品の方が多いかも。この辺は誰でも事情は同じらしく
他のスタッフと久しぶりに再会した時に、ご一緒した作品が映画とかなら
「セカチューの時はお世話になりましたぁ」とかいう挨拶になるのだが
Vシネの場合にはお互いに作品名を忘れていたりするので
「○○(制作会社名)のヤクザもののやつ、誰々が出てて××にロケに行った作品」
「ああー、△△さんがブチ切れて助監を殴ったやつね?」
「そーそー。その作品」
「いや、久しぶりですねぇ」
と長ったらしい事この上無い(w。 長年この業界にいると、参加したVシネの数も多くなるし
題名も内容も似たり寄ったりなのであまり憶えていない事が多い。
完成作品を観る機会があれば憶えてたりするけど、多くの場合は編集素材を
制作会社に納入した時点でアウト・オブ・眼中。編集に立ち会っても
細かい修正をさせては貰えないしね。映画のように試写会があるわけでもないし
完成ビデオを送ってくれない会社も多いし、自分の参加したVシネを
レンタルビデオ屋の店頭で見かける事も少ない。かと言って身銭を切って
取り寄せるほどの物ではないのは、参加した自分が一番良く知っている(w
話題にもならず、スタッフからも忘れられ、レンタルビデオ屋の棚の上で
埃を被る運命のVシネたち。それでもVシネは今日も明日も量産され続ける。
がんがれ、Vシネ撮影隊。
明朝は7時10分に西小山駅前集合でお願いします。