889 :
865:04/07/18 01:01 ID:PBa39q+p
携帯登録のをパソで使えたけど、ミニメ送るのはミニメコース入らなきゃだめみたい。何度もゴメンサイ
久々に新しい物件ゲット。これから花火あるし、じっくり逝きたいと思いまつ。
でも、久しぶりにしてぇな、セックル‥
嵐の自虐的妄想AAコピペをお楽しみください。
こういう香具師も駅に存在するっていうことで眺めてやってください。
,.r'r-―-ミ r―-、ヽ、 \ ヽ \
//r'"⌒ヽ,.r' ヽ、 \、ヽ ヽ ヽヽ、\
//r'´ /⌒ ,.、ヽ、 ヽ \ヽ ヽ丶 ヽ ヽ
// / ,r'/ rヽ _ヽヽヽ ヽ 丶ヽ i 、 、 ',
,'/ / 〃 //`゙ " ヽヾ、i i i i i ll l i i ',
li / 〃〃 // ', i l l! l! l!l l i! l l|! ! i
!il //〃 i,' ', i l i! l| li li li !li! l |
! l l !i l!i li __ i l l l! li !! il li! li|| !
l | l!|l lil !「,. ヽ l i l i! l ! li il l| |l !
l | | lii |! i|ヾ.ノ l ! ', i li l! l!l l| il l
|!|i!L!|i l! ||`>-、..__ !ト l l| | l! l!|レ、 |
ハ{ rヾil! l|-―t;ァ‐ミ` 、 l|i ト、 l lil/- N
ヽ(ヾ ',|!``'' '''"´ l | ', | ', li /,'ァ ノ
\ヘNl | l| ! /イ/!,.イノ/
\', _ '、, l レ' / // 腕がなくとも海賊は務まるもんだぜ?
`ー-、._ヽ, >‐、ー‐_-___-_--;‐='' /´
‐'⌒`ー、 r燃y'´ `¨ニニニ´ /!
`ヽ--' iヽ、 /:. :トヾ'ヽ、
_,| ヾ、!.!.! -'´ ,、ヘ.l::::::::::`''ー-、._
,r;Zリ :. :. :. : ,、ヘ`、ヽl::::::::::::::::::::::::::::`''ー-、._
,..-'´/´ヾ ,..<ヽヽヽヽ!:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::``'ヽ.、
,.-‐'´::::::////`ヽ ,..へ ヽ ヽヽヽヽl::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`ヽ、
/ \
/ / _ .........._ `ヽ、
|/ / ,...:::'´::::::::::::::::`ヽ \
. /〃 . / / ̄ ̄``"~`''ヽ、_V⌒'、 ヽ
. //l: .:: ,イ / `ヽ、::| `,
l/ |:: :::| /=|/、___,. / |
| l::::::::l!: / __``''く ぃ、_ 、___/ /
'、::::::|!: l ィ(歹ヾ ` `ヾ==>==-‐' /
\爪| ─- ,ィテ=;、\ /|
/ _/ 、ヾニゾ_,ヽ、___ / ! いや務まらないって
,' 「 `''‐- "ー=ニ"´ ̄ ./ /
!. ヽ `''z_____,/ /
. ', 、- /_ ヾ !:: /
i }>‐-、 _ノ.:´ノ /:_/
l 、 ̄ヽ、ヽ 'ー‐_゙,./'"
| `` `´ ,.、__//
l! , イ::::::: /
,.-/゙`丶、___,,,... --‐‐'''''"´ ,イ:: l: /
,.-、__,. -‐'" :|';';';';';';';';';';';';'\_ __,.‐';';|::: N
'´ / l';';';';';';';';';';';';';';'/`´ヽ;';';';';'ト、 |
ちなみに
世界史Aの目標
「近現代史を中心とする世界の歴史を,我が国の歴史と関連付けながら理解させ,
人類の課題を多角的に考察させることによって,歴史的思考力を培い,
国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う。 」
世界史Bの目標
「世界の歴史の大きな枠組みと流れを,我が国の歴史と関連付けながら理解させ,
文化の多様性と現代世界の特質を広い視野から考察させることによって,歴史的思考力を培い,
国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う。」
日本史Aの目標
「近現代史を中心とする我が国の歴史の展開を,世界史的視野に立ち我が国を取り巻く
国際環境などと関連付けて考察させることによって,歴史的思考力を培い,
国民としての自覚と国際社会に主体的に生きる日本人としての資質を養う。」
日本史Bの目標
「我が国の歴史の展開を,世界史的視野に立って総合的に考察させ,
我が国の文化と伝統の特色についての認識を深めさせることによって,歴史的思考力を培い,
国民としての自覚と国際社会に主体的に生きる日本人としての資質を養う。」
学校の歴史教育はあくまでも指導要領に沿って行われるものだからね
このスレの人たちがやってる歴史学とはちと違う
社会に出た時に教養として役立つという点の方が重視されるわけだね
ちょっち説明不足だったな。
ヴィシーはイギリス以外の国には承認されていたのよ。
198 名前:世界@名無史さん :04/07/15 06:50
>>194 おいらは別の視点で回答するよ。
そいつを不思議に思うこと自体を疑って見るのもありだよ。
何故、愛国心を持ったフランス人=反ドイツではなかったのか。
現在の日本の歴史教育では、正義の連合国対悪の枢軸国と言うレッテルを貼りがちだけど、
当時の人間の視点から見れば、ただの帝国主義国同士の戦争に過ぎなかった。
ドイツ軍の作戦に敗れたフランスは、一部の例外を除いて(ドゴールなど)、ドイツに降伏しただけと考えていたんだよ。
また、ドイツもフランスを領土にしようと言う意図などなく、降伏した新しいフランス政権と手を結んで、イギリスと講和しようと考えていた。
だから、当時のフランス人の中には、ドイツ将校などと友好的に付き合う人間もいたんだよ。(シャネルなどが有名)
ただ、連合軍がフランスを”解放”したあとは悲惨な目にあった人間も少なくなかったんだけどね。
結局イギリスに渡って、抵抗運動を呼びかけたドゴールが、戦後英雄になったんだけど、戦争中は不審を唱える人間も少なくなかった。
アメリカのルーズベルトなんかは、選挙に選ばれたわけでも無い人間を国の代表と言えるのかと、非常に不信感をあらわにしている。
でも、戦後連合国が勝利してからは、都合の悪い事は全て報道や教育方針によって忘れられてしまった。
ドイツなんかでは、ナチスそのものを議論することを、法律で禁止しているくらいだからね・・・。
負け組よ、おまえらの仲間が暴走してるぞ。
自分らでどうにかしたらどうだ?
知らないうちに銀行貯金が何者かに引き出されていたり、身に覚えのない
巨額の借金の支払を請求されるなど、最近の日本は恐ろしいことばかり
だ。犯罪に、かなり高いIT技術が使われている場合も多く、単なる個人や
犯罪組織のしわざと言うよりも、ソ連のKGBなど元スパイ機関の人々とやく
ざなどが結びついたのではないだろうか?
ソ連やユーゴのように国家が崩壊すると、多くの国家公務員の仕事が無く
なってしまう。特に冷戦が終了してしまったので、スパイ機関の重要性が
非常に低下した。当然、元スパイの失業者が大量に出たはずだ。
ソ連のような鎖国体制だったところは、KGBのような外国の情報を集めてい
た組織に働いていた人々は、言わば、江戸時代の長崎でオランダ人と付き合っ
ていた人々のようなもので、外国に関する知識や外国人とつきあった経験があ
るので、新しい時代でも貿易などを手がけるなど、ビジネスを始めたりすること
も、また、外国とのビジネスをする企業への転職も可能だろう。
しかし、国内の反体制分子の監視・盗聴などをやっていた人々は、仕事もなくなり
、世の中の目も厳しいはずだから、起業家になっても顧客が見つからない可能性が
高い。となると、どうしても犯罪に荷担するようになりやすい。日本のように、豊
かで人々の警戒心が極端に低く、犯罪に対する罰則も緩やかな国には、元スパイか
ら転職した犯罪者が出稼ぎに来ていそうだ。
首謀者の磯部浅一なんか、革命が終わったら次の敵は自分達の内側にいるから
次の段階ではそいつらを処置する、とはっきり明言してるって。
564 :世界@名無史さん :04/05/20 21:27
>北一輝だって参考程度
大間違い。
「切る」かどうかの基準が『改造法案』で、
磯部は『改造法案』を不可とするものを「処置する」としてんだよ。
それに北は趣意書作りに手を貸し、決起後も何度も電話で
直接指示を出してんだから黒幕扱いされて当然。
「参考程度」どころか、磯部ら首脳部は目的を「日本改造法案大綱を
一点一角修正する事無く完全にこれを実現する事」とし、
同じく指導者の一人の栗原は「日本国家の政治的機構の全面的破壊並びにその立て直し」をするにあたり
改造法案こそがその「革命の教典」とみなす。
・「私がもし開戦の決定に対して「ベトー」(拒否権)をしたとしよう。
国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない。
それは良いとしても、結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦もできかねる始末となり、日本は滅びることになったであろうと思う。」(記者会見で)
(天皇自身、権限として開戦決定を拒否できることをはっきりと自覚している)
「陛下は内閣から奏上する場合、ご同意の節は『そう』とはっきり
ご返事なさるが、ご同意できないときは黙っていらっしゃる。差しあげた
書類に対しては、ご同意でない折はしばらくお手元にお留めおきになることもある」
(岡田啓介回顧録)
「陛下の御政務には・・陛下にご覧にいれる、認可を受ける書類がたくさん
あるんです。・・このご允裁も、納得のいかないものには『可』とお押しに
ならないで、ご自分の別の引き出しにいれておしまいになる」
(山澄貞次郎・海軍侍従武官経験者の証言『昭和史の天皇24』)
「立前として天皇は国務大臣の輔弼によって国政をなさるのではあるが、
時には強い御意見を述べられることもある。・・天皇が御納得されない場合は、
概ねの場合問題はそのままサスペンドされて決定が延ばされるか
内閣の方が考え直すのを例とした」
そもそも宇宙絶対の神に在します皇祖天照大神より天津日嗣の御位を
承けさせ給う天皇陛下は、また宇宙絶対の神に在しますこと今更申すまでもなく、
而して天照大神より君民一体たることの御諭を承け継ぎたる私共臣民は、
天皇の大御業が絶対なることを信仰し奉りつつ各自が与えられたその職分を通して
遂行すべき使命もまた絶対であることを信ずるものであります。この信念に立脚して
億兆一心総力を発揮いたしますとき、その結果は宇宙を貫く絶対力となって顕われ、
よく天壌無窮の皇運を扶翼し奉り、戦に臨んでは完全に勝利を獲得して、
皇国の前途を悠久磐石の安きに導き得るものと確信いたします。
即ち大詔のまにまに軍も、官も、民も一切を天皇陛下に捧げ奉って大和一致し、
各々その本分使命の上に絶対力を発揮するとき、茲に人類最高の道義は確立せられ、
戦勝に必要なる物量も神助と相俟って自ら獲得せられ、敵を挫く雄渾果敢なる作戦も
自然にその力を増し、斯くして初めて大東亜戦争の勝利把握も期待し得るので
ありまして、これを私は必勝信念の本体であると確信いたし、国民諸君に対し
この信念の把捉を強力に提唱いたすものであります。
(昭和十九年八月八日大詔奉戴日小磯国昭内閣総理大臣ラジオ演説より)
北宋の末期、女真族の侵入で飢饉に陥った人々は官民問わず人肉を食べ始めた。
范温は義軍を組織して戦ったものの破れ、舟で臨安に逃れた。彼に付き従う兵士達は
人肉の乾し肉を携帯していた。彼らはそれを両脚羊(二本足の羊)と隠語で呼び、
そのうちで若い女の肉は「不羨羊」(羊より美味い)、子供の肉は「和骨爛」
(煮れば骨まで食べられる)と呼ばれた。
北宋時代、孝明皇后の異母弟の王継勲は素行不良のため官職を追われていた。
鬱々と日々を過ごすうち、使用人の肉を切り取って食べるのが楽しみとなった。
やがて彼は官職に復帰はしたものの正確はますます歪み、少年少女を買い取っては
奴隷にし、わずかな過失を言い立てては殺して煮て食べた。
太宗皇帝の即位後に民の訴えで悪事が露見し、本人も数百人の少年少女を殺して
食べたことを認めたために洛陽で斬首刑となった。
南宋の嘉定年間、広西の知事である林千之は手足が萎える病になった。
医者の診たてでは、少年少女の肉を食べれば良いとのこと。
林は各地に部下を派遣し、少年少女を捕らえて乾し肉を作り、少年の肉は
「地鶏」、少女の肉は「地鴨」と呼んで食用にした。
告発により林は罷免されたが死刑にはならず、海南島に流罪になった。
中国北宋王朝末期の「靖康の変」の際、長江以北の地方は大飢饉に見舞われ、
一斗の米が数万銭もしたが、人肉は豚肉よりも安く、若い男の死体が一万五千銭で
買えたという。
「宋史」「明史」など中華書局の本は
日本の大学の図書館や台湾・中国と取引の書店でしか手に出来ません。
大学でなら・・・ですので、決して「薄く」ない知識です。
さらに
明の太祖は一般の日本人は勉強しません。
一般書店にも棚に載ってない専門レベルです。
大手書店の専門書コーナーに有るか無いかの代物です。
>あげくに間違いも山盛り。
間違いを直す能力を身に付けてから言って下さい。
自分で治す能力も身に付けてから。
正解を知ってカキコできれば間違いか否か判明します。
正しいものを間違いと言うのは無知も甚だしい。
>どうやら漢文もまともに読めないみたいだし。
漢文の読み下しは簡単ではないです。
レ点や一二点や上中下点を既に打ってある参考書を読むのは誰でも出来ます。
しかし正史25巻ないしソレ前後の歴史書などで
真読の漢文は、読み下しの点がもともと付いていません。
仏教の大蔵経も読みの点は基本的にないのです。
簡単のようですが読み下しのできる仏教の坊さんは偉いのです。
これを自分で読み下しの点を打って読むのは、並でないのは判らないのでしょうか?
で。
先生なり。先輩なりに。私の読み下し能力の評定をしてもらいたい。
題材はレス770の「明史」の原文からの和訳(意訳)で。
あまりに的外れでダメなら正解を出して頂きたい。
>倭・・・築金海,固城・・・
倭は・・・金海(キムヘ)と固城に[倭城]を築くなり。
>十月,董一元遣将四面攻城・・・忽営中火薬崩・・・兵遂大潰,奔還晋州。
十月に、董一元という将軍を遣わし、[倭]城を四方より攻めたるなり。・・・
たちまちにして[倭軍の]火薬により[明・朝鮮の陣]営の中[壁]が崩れたり。・・・
[明・朝鮮の]兵は[倭軍の攻撃に耐えかね]遂に大いについえたり。
[明・朝鮮の兵は]奔走して[朝鮮の]晋州[城]に[逃げ]かえりたり。
>帝聞,命斬二遊撃以徇,一元等各帯罪立功。
[明の萬暦皇]帝が[この戦況]を聞きたり。
[明の皇帝が]命ず。斬[刑]を。二遊撃たる一元,徇たち、をもって
おのおの、の罪を立[証]する功[績なからんがゆえに]。
>『明史』巻三百二十 外国一 朝鮮 八二九八頁 −抜粋−
嵐はアニヲタなんだね(クスクス
ラピュタとか出しちゃってさ。キモいキモいw
つーかこんなのが女に相手にされるはずがない!
しかし反面教師のいい見本だな。
こいつがメールしたあとに白馬の王子様として登場できれば
好感度間違いないだろうw
ちなみに
関羽様が関帝様崇敬として中国全土に広まったのは
門閥貴族(有力氏族)が黄巣の乱(塩密造商人のシンジケート)や以後の
貴族・名門の虐殺による時代的な背景によった。
関帝の斬刑で亡くなった近辺の玉泉寺のある湖北は
摩カ止観という弟子記述の書の師匠の中国天台宗第三祖チギの系統の座禅地域で
禅宗僧は
武人の守り神・カンフー(功夫[少林寺拳法など])の伽藍神として敬い
中国全土に広めた事と思う。
中国全土に本格的に崇拝されるようになったのは
明の時代の三国志演義の任侠の流布と
清王朝の時に中国統一の霊験があったと御上の宣伝で
民国時代まで小さい祠から大きな霊廟まで中国各地に出来たのだが。
それは
山西省の岩塩の塩密売シンジケートが
山西省生まれの関羽の信奉者だったからだという。
密売だから商売の神様で
塩の含有量の高い塩密売だったから庶民には密売人の方がありがたく
御上によって売買禁止ではあったが
反抗して匿い、官兵に対し武力反抗もした。
それで守り本尊としての武人としての関帝の信仰もあった。
また、その生活は黒社会の一分野ともいえた。
が、この官吏有資格者を製造するために科挙制を樹立したのである。
すなわち年々中央政府が全国から希望者を集めて試験を行ない、
種種の科目に及第した者に、
秀才・明経・進士などの肩書をあたえて有資格者と定め、
必要に応じて各地の官吏に任用するのである。
中国では官吏登用のことを選挙というが、
試験には種種の科目があるので、
科目による選挙、それを略して科挙という言葉が唐代になって成立した。
その後、宋代に入ってから科目は進士の一科だけに絞られたが、
依然として科挙という言葉を使って清朝の末年に及んでいる。
このように科挙なるものは、
がんらいは天子が貴族と戦うための武器として案出されたものであったが、
その任務はおおよそ次の唐代三百年ほどの間にほぼ果たされたと見てよい。
次の宋代になるともはや世上には天子に刃向かうほど強力な貴族はいなくなり、
科挙の全盛時代に入る。
天子は自分が思うまま自由にこき使える官吏を、
科挙によって十分に補給することができたのである。
宋一代、科挙出身の政治家が自由に手腕を揮うことができ、
中国史上はじめて見られる文治派の政治が完成されたのであった。
内容わからないでコピペしてんだろうな。
馬鹿にされたくない一心でこんなに必死になっちゃって(ぷぷぷ
908 :
なまえを挿れて。:04/07/18 01:10 ID:6XywtB6J
>>889 PCでミニメ送りたい相手を探してピックアップしてから携帯で送ったらどうだろうか。
面倒だけどパケ代の節約にはなる。
これが貴方がたの言う科挙の創始なのでしょう。
わたしは科挙の前身の制度と見ている。
なぜなら節度使に国を潰された実験制度だ終わったから。
しかし北宋はモンゴルに攻められたって南宋まで科挙制度は維持している。
それどころかモンゴル人によって100年ほどさえぎられたが
明も異民族の満洲王朝の清ですら、漢人には科挙官僚の採用方式として
継承されてきた。
清朝末期に日清戦争で日本に負けると
朝廷が科挙試験の一時停止や中止をするも反対運動が起こり、
戊戌の政変や義和団の乱が起こるまで実質的な廃止もされず
継承されてきたの。
清王朝(満洲王朝)は一種の軍事政権で、
警察機構や軍事兵制が
清独特の八旗制度(満洲・蒙古)と漢人八旗と漢人緑営の合作。
しかし役人登用は科挙試験を継続させてきて
中国人と
満洲・蒙古人・西蔵人・ウイグル人の釣り合いを取ってきた王朝。
義和団の乱に参加の八カ国連合軍が
中国国内の漢人と満人ほかの均衡を破壊した。
「宋史」「明史」など中華書局の本は
日本の大学の図書館や台湾・中国と取引の書店でしか手に出来ません。
大学でなら・・・ですので、決して「薄く」ない知識です。
さらに
明の太祖は一般の日本人は勉強しません。
一般書店にも棚に載ってない専門レベルです。
大手書店の専門書コーナーに有るか無いかの代物です。
>あげくに間違いも山盛り。
間違いを直す能力を身に付けてから言って下さい。
自分で治す能力も身に付けてから。
正解を知ってカキコできれば間違いか否か判明します。
正しいものを間違いと言うのは無知も甚だしい。
>どうやら漢文もまともに読めないみたいだし。
漢文の読み下しは簡単ではないです。
レ点や一二点や上中下点を既に打ってある参考書を読むのは誰でも出来ます。
しかし正史25巻ないしソレ前後の歴史書などで
真読の漢文は、読み下しの点がもともと付いていません。
仏教の大蔵経も読みの点は基本的にないのです。
簡単のようですが読み下しのできる仏教の坊さんは偉いのです。
これを自分で読み下しの点を打って読むのは、並でないのは判らないのでしょうか?
唐の2代目・太宗・李世民を助けた拳法家13僧侶の洛陽・崇山少林寺は
宋の時代から南宗禅の影響を受けて
元の時代(1225年ごろ)には
洛陽の寺々の儀式・様式が曹洞宗系統が多くなり多数派になっていきます。
一方で山西(五台山寺院)や熱河(承徳寺院)などの北方の仏教は
モンゴル族の影響でラマ教化・チベット密教化していきます。
宋の時代に浙江の天台山に留学した岡山出身の栄西禅師は
唐の時代に天台山に留学した日本天台宗の伝教大師・最澄と違い
同じ天台山が宗派が変わって臨済宗の系統の南宗禅が主流となっていました。
それゆえ
栄西の留学で持ち帰った仏教は、宗派名的には天台宗なのに内容が臨済宗となり
日本に天台宗とは別の禅宗を開く事になったのです。
臨済宗開祖の栄西が
達磨以来の中国禅宗を
南宗禅に分派した禅宗6祖・慧能の出身である広東・曹渓山の影響で
6祖の弟子達で臨済宗系・曹洞宗系の修行に
広東風の点心・喫茶養生・豆腐・味噌・醤油・僧侶でも武術・・・といった
宗教生活や宗教儀式を日本に持ち込む事となりました。
中国北方と南中国との生活感覚の隔絶は
その中華の周辺異民族のその後の歴史などにも影響し
北の朝鮮と南の日本の生活方式の隔絶を生む事になるわけです。
科挙は
儒家による天本思想(中華思想)・朱子学を教育の根本に
孔子の教えである四書五経の約57万語を暗記し
その約57万語から詩・論策という科目で
科目の詩の対句韻踏みの4・6ベンレイ体や
あるいは論策・裁判の判例の例文書きを
起承転結の八股文という小論文方式で回答する試験です。
地方の試験場(貢院)から朝廷・礼部の試験場や殿試という皇帝面前の試験まで
6段階ありました。
試験合格者を挙人(士大夫・郷紳)と言い、皇帝面前の試験合格は超エリートです。
科挙合格者は南人が多く、福建・浙江・江西が最も多く
試験合格者数が官吏に採用されるとは別に5百人〜5千人と他地方を圧倒し
山東・河南などは酷い時には一桁人員合格で最も少ない地方です。
河北の燕雲16州は遼国(契丹)に獲られ 漠北を金が遼に取って代って
さらに淮河以北の華北は金国(女直・女真・満洲)に獲られます。
まあ、いわゆる特権階級を「貴族」とみなすなら、士大夫階級もそうと言えるかも。
中国学的には、違うものとして扱ってるのにも理由があるんだけどね。
貴族というのは、六朝の頃から続いている、広大な土地を持った連中のこと。
これらは巨大な人的組織を持ち、歴代の王朝において、枢要な地位を占めてきた。
もちろん、世襲。山東などに大氏族が多かったらしい。唐代において、官僚制
が整い、隋の科挙制度を継承しても、まだまだ貴族制力は根強かった。ある意味、
時の皇室よりも名門で、唐の李氏は、最高クラスの名族とは婚姻を結べなかった
そうな。
これらの貴族の多くは、安史の乱で消耗し、唐末の黄巣の乱で決定的な打撃を蒙った
と言われている。とどめは後梁の朱全忠で、貴族出身とされる人間を片端から殺した。
世に言う「白馬の禍」ってやつです。
のちに後唐が建ったとき、名族の子孫を集めようとしたが、全然集まらなかったらしい。
そんだけ根こそぎやられたと言うことなんだろうね。ちなみに、多くの貴族が南方の
前・後蜀や、南唐に移り住み、後世に文化を伝達する役割を果たした。南唐などは
文献が比較的残っているので、当時の状況がある程度わかるそうです。
これに比し、士大夫というのは世襲貴族ではない。土地持ちではあっただろうけれども、
かつての貴族のように過半の地を手中に収めるほどの存在ではなかったようで、私兵
を養っているわけでもなかった。彼らは古典の教養を持ち、詩文に通じるかどうかこそ
が判断基準であり、それさえあれば、貴賤や出自はさして問題とはされなかったところが
前代の貴族とは異なっている。
入ってきてますよねえ。
だいたいやり方がワンパターンだから、時期もたいがい察しがつきます。
いやがらせする理由と同じ、黙らせるため。いやがらせするのは、嫉妬が入っているせいもあるようです。
あと相手に抗議されて逆ギレするとか(これかなり多いですよ)。でも一番大きい目的は、自分たちの犯
罪が、気付いている相手によって世間にバラされるのを防ぐこと。運と勢いで業界に入った人もたくさん
いて、その地位を保つためだったら、彼らは本当に何だってやる。盗聴も「何だってやる」の一つ。
黙らせるための方法は、「相手の主張を無意味化する」なんかがあります。ここで書いておけばここでは
やらないかもしれない(って書いてもこの書き込み流れた頃にやるだろうなあ…)ので、今までのケース
を参考に書いておきますね。
・盗聴される相手を「ネタを盗まれる程度の人間ではない」と故意に低くみなす。
・電波(あるいは妄想)と周り(あるいは本人)に思い込ませようとする。
・しつこく「そんな犯罪まがい(犯罪と書かないのがミソ)のことをやって何に
なる」と言いつづける。(説明してもわざと理解しない)
・同じようなケースをステレオタイプに書いてみて、そんなことは珍しくないとい
うことにする。(この場合具体例がない)
・たいしたことじゃない、気にするな、とか、もうどうしようもないことだ、と、
諦めるようにといってみる。
・徹底的に相手の論拠を崩す。(これはちょっと学がないとできない)
盗聴されている初期の頃、これをやられると、「確かに盗まれている、でももしかしたら自分
の方がおかしいのかもしれない」と、かなり迷ってノイローゼ状態になります。初期の人は気を
つけましょう。
募役法は、政府が農民に課していた労役の一つである租税の輸送の仕事を廃止し、
代わりに租税の輸送の仕事にあたる人間を国で雇うための税金を集める法律。
租税の輸送の仕事はマジで負担がキツかったので、これも農民を保護する政策です。
均輸法は政府が直接商業活動を行うことによって、
商人の儲けを減らして、政府の取り分にしてしまう政策。
保甲法と保馬法は、辺境の農民に軍事訓練や軍馬の飼育を義務付け、
民兵を育成して軍事費を減らそうという政策です。
最初の3つの政策は、貧民層を中産階級に育成する政策ですが、
貧民層を安い賃金で使って儲けている金持ちには優しくない政策です。
均輸法は商業活動そのものに優しくない政策です。
最後の二つは辺境の農民には優しくなくて、国の懐には優しい政策です。
しかし、青苗法と募役法で農民の所得を増やそうとしているので、
この二つが成功して農民の所得が増えれば、
十分新しい負担に耐えられるという計算があったのでしょう。
現実論で考えるなら、財政難に対処するには、
納税者を育成して税収を増やし、国家歳出を削減して、
国家財政を健全化させようという新法の方が有効な施策です。
私は40過ぎて独身です。本当に辛い毎日を送っています。
つい先日も、こんな事がありました。
ある日、弟夫婦の14歳になる長女の下着類が一切合切盗まれるという事件が起きたのです。
あろうことか真っ先に疑われたのは私でした。40歳過ぎて独身だというだけで血の繋がった
実の弟からこの私が真っ先に疑われたのです。肉親なのに。ずっと一緒に育った兄弟なのに。
ただただ40過ぎて独身だというだけで実の兄である私が疑われたのです。とても悲しいことです。
やりきれない気分です。
確かに盗んだのは私でした。 しかし、ここに至ってはそんなことは瑣末な事です。論点が ずれています。
私が訴えたい事は“私が犯人だと決まってないうちに” 既に“私を疑っていた”という事実なんです。
つまり40歳で独身だと いう事は常に『気持ち悪い事をしでかすに違いない』という
目で見られて いる、という現実なのです。これではまさに冤罪の温床です。
我々40過ぎ 独身中年は常にそういった謂れ無き迫害に晒されながら毎日ビクビクして
生きて行かなければならないのでしょうか?結局私が犯人だということが ばれ、
弟は「もう、来ないでくれな」と悲しそうに言い
ました。ですが 私はそんな弟を許す事はできません。私が犯人だとばれる前から私を疑っていた、
という事実は消えないからです。
少々下品な話で悪いんだけど、昔中国の貴人が女にフルーツだけ食べさせて
その小便を飲むっていうのがあったでしょ?
それで俺興味あったんで、彼女で実験してみた。
とりあえずフルーツはドラゴンフルーツでやってみた。なんでかって言われてもわかんないけど、
なんとなく中国っぽかったから。
一日目は彼女も文句言わず、イチジクみたいでおいしいと食べてたけど、二日目にはさっそく
食べたくないと言い始めた。塩をかけてもいいかと聞くので、塩をかけてあげたらまた食べ始めた。
三日目の朝、ドラゴンフルーツにあきあきしたみたいで塩をかけてもあんまりたべたくなさそうだった。
仕方ないので昼すぎ、彼女の小便を採取。
結果は小便なのに、ちゃんとフルーツの香りがしますた!ためしに飲んでみたけど、
…まずい。期待に反して甘くなかった。汗みたいな味ですた…。
フルーツの香りはものすごく強かったけど、ただの濃い脂汗の域は出ませんでした。
フルーツの種類と食べる期間が短かったのかもしれないので、いずれ再挑戦します。
よかったらどなたか助言ください。山野さんとか詳しいノウハウ知りませんか?
黒人新聞「マネー・トークス・ニューズ」は「記者は生まれてこのかた、
韓国人ほど冷酷で 愚劣で無分別で、しかも侮辱的で傲慢な人間に会った
ことはない」とまで書き、同じく 黒人新聞の「ザ・ロサンゼルス・センチ
ネル」は韓国人の貪欲さ、社会的貢献ゼロ、 黒人蔑視を手厳し
く批判。また黒人学生を対象に行ったある世論調査では、「韓国人は最も
距離を置いた人種」との結果が出ている。
一見したところ日本人だか、韓国人だか見分けがつくと思えないのに、
黒人社会では はっきりと日本人と韓国人を区別し、対応を変えていたと
いう黒人側の証言もある。
かつてカーター政権下で厚生教育長官の特別補佐官を努め、また米国
進出の韓国企業を 顧客に法律事務を担当した経験もあるM・カルフーン
博士(現在日本で日本社会について 研究中)は、「日本人と韓国人はま
ったく似て非なる人種。韓国人は妥協するとか、相手の 意見を聞こうと
かしない点で日本人とは大違いだった」と指摘している。
『THIS IS 読売』(1992年8月号)
「コリアンはなぜ嫌われたのか ロス暴動と核疑惑の狭間」
高浜 賛(読売新聞調査研究本部主任研究員)
515 名前:世界@名無史さん 投稿日:04/07/15 11:18
私は日本史に対する興味が希薄なためか一人称単数を表す言葉で何を選択するかについて
そんなに目くじら立てることまでのことかと思っちゃいますね。そんなことを言っていたら
すべてその当時の言葉遣いで書かなければ嘘になってしまうし、それをすんなりと理解でき
る人はかなり限られてしまう。
一人称単数を表す言葉が基本的には一つの言語を邦訳するときに、学者であれ作家であれ
何かを選択せざるを得ず(一人称単数は使わないという選択肢もあり)、受け手(読者)に
よってその印象は千差万別でしょうよ。
たとえば、私の場合、アウグストゥスやティベリウスに「朕」という言葉を使わせるのは
かなり抵抗感を覚えますね。「朕」という言葉に違和感のない人もいるでしょうし、私は
その考えを否定するつもりもない。
君だの僕だのを会話に頻用するようになったのは、明治初年の書生くらいからでしょう。
江戸時代には漢文では普通に使われていましたが、飽くまでも文章の上だけのことです。
幕末には諸藩の志士の間で書簡の遣り取りが頻繁でしたが、彼等も書状には僕がどうの
君がどうのと書いていますので、無学な作家や脚本家がセリフに使っているのは違和感を
覚えます。村上元三も「新撰組」という小説で近藤に僕や君を使わせ、彼の進歩性の表れ
としているなど噴飯ものです。
ついでながら時代物によく「おぬし」という第二人称が出てきますが、少なくとも武士が
初対面の相手に使うべき言葉ではありません
この部分がとんでもない捏造(あなたのいうところの「資料操作」)をされて
いた記憶がないので塩婆のと内乱記の和訳、そして原文を読み返してみました。
>「カエサルから寝返った自分に対し、いっそう篤い信頼を寄せてもらおうと」
これは史実というよりもカエサルの解釈ですよね。
>加えて私の記憶では、内乱記での説明にはほとんど触れられてなかった
この部分については書くべきことは書いてあるように私には読めますがね、
かなり話を膨らませている感は拭えませんが。クリスチャン・マイヤーの
「カエサルへの憎悪」という解釈を否定するようなものにもなっていませんし。
>極端なことを言えば、沖田総司が「僕」と言ってる話は全て「資料操作」。
この場合「資料操作」というのは言いすぎですね。
時代による言葉遣いの違いが許されないのであれば、言語による違いも
ニュアンスを表すことを出来ず翻訳することすら許されなくなると思いますが。
あなたの論で行けば、あなたの大好きなカエサルの著作も訳本を読んでい
ては「資料操作」されたものを読んでいることになりますよ。
実在の可能性はほとんどありませんね。「巴」というのは本名でしょうが、
(表記は長門本や四部合戦状本では「鞆絵」)、「山吹」と並んで義仲が連
れて来ていた「便女」(召使女)の一人であったともいう。
『平家物語』の本によっては「美女」とも書かれていますが、「便女」とした
流布本などでもその後に「容貌まことにすぐれたり」とあるので、美貌が
目立つ人物という事は共通しています。が、勿論実在とは関係ありません。
『源平盛衰記』では義仲の妾という事になっており、いずれにせよ正式な
妻では無かったようです。
とにかくはっきりしない人物で、後に和田義盛の妻となり朝比奈三郎を
生み、義盛父子の死後九十余歳で亡くなったというのも多分に伝説的な
ものですね。
『吾妻鏡』にも出て来ませんし、実在したかどうかは分かりません。
当時の女性名に詳しい訳ではありませんが、巴も静も所詮妾です。本名
でもおかしくは無いでしょうし、元々史書に出す程の存在でもない。
それと、女性がたまに戦闘に参加する事は戦国期までありました。
ただ鎌倉時代になると惣領が一族郎党を率いて戦う惣領制が軍制の基
本となり、戦場に女性達が出る機会は狭められたようです。
是非ソースが知りたいもんだが、それとは別に“掲載する”だけで討論の場、と言えるかどうか。
高島俊夫が書いてたが、中国が人民解放軍を百万人削減すると発表した時、
朝日は例の如く「平和への意思の表明」とかマンセー論説を発表したので
うんざりして「兵員削減は浮いた分の費用で装備の機械化・近代化を進めること、
つまりもっと精強な軍隊を作ることが目的」が本当で、
ついでに朝日の「中国では医療費はすべて無料である」と誤まった記事を平然と掲載してるのを
「一部の人を除いては有料、一般庶民の収入に較べると相当高額」と
訂正する文面を送り、ついでに「朝日が中国のことになると、何も調べもせず、また知らないことでも
良い方に解するは理解できない」という意味のことを書いたそうだ。
そしたら朝日側はその訂正の根拠となる事実の部分を大幅削り、単に文句つけてる文面だけが
強調された形になる形に仕上げて残して紙面に発表したとか。
すると数日後に北京特派員の「ご存知ないようだが、人民解放軍の兵員削減は、財政負担の軽減と
軍の近代化を図る目的もあるのです」とする反論をいけしゃあしゃあと載せて
ヒステリックなおじさんが無知をたしなめられる、みたいに公衆の面前で恥をかかされるやり方をされたと。
高島は後にマスコミに発表する媒体を手に入れたからこの悪質なやり方を公表できたわけだが、
他にマスコミに対抗する手段を持たない一般人は泣き寝入り。
つまりわざともっともな部分、理解できる部分を全部削除してキチガイ右翼の主張
みたいに仕立て上げてその穴だらけの論を他の投書に叩かせる、みたいにやるわけだ。
結果「異なる意見も十分に反映させています」といかにも良心的な新聞です、アピールもできて一石二鳥になる。
朝日叩きは私の子供の頃から有りました。渡辺昇一・谷沢永一と
いった俗な文化人が懸命に朝日を叩いておりました。その過程で
朝日新聞が中国へご注進をやっていることが明らかになったり
したわけです。その前にわたしがあげた両山本・宮崎は、
叩くというよりも朝日を諭すような感じで諄々と批判をしておられました。
こどものころこの手の本は随分読み漁りましたよ。
概して言えば、今のように品の無い批判ではなかったなあ。
渡辺谷沢は少し喧嘩腰ではありましたが。
だから、井沢だの小林ナントカだのが朝日批判を始めた時も
「この連中、渡辺・谷沢の批判から全く進歩していない。しかも、
まるで我々が朝日に抵抗した初めての日本人だ!というような
大言壮語を行っている。勉強が足らないなあ」
と呆れかえったことを覚えて居ます。所詮劣化コピーに過ぎないんですね。
ネットで見られる朝日批判は、井沢小林の劣化コピーだからもういい加減
見飽きたものばかりです。30年前の論説をまるで新説のように
崇め奉るというのも、変な話。
924 :
なまえを挿れて。:04/07/18 01:47 ID:6XywtB6J
もてない童貞ってのは人を狂わせる。
こんなに苦しんで笑えるw
エキがある限りおまえみたいなアホを作ってくれるわけだ。
珍獣見世物小屋と化してきたなこのスレもw
是非ソースが知りたいもんだが、それとは別に“掲載する”だけで討論の場、と言えるかどうか。
高島俊夫が書いてたが、中国が人民解放軍を百万人削減すると発表した時、
朝日は例の如く「平和への意思の表明」とかマンセー論説を発表したので
うんざりして「兵員削減は浮いた分の費用で装備の機械化・近代化を進めること、
つまりもっと精強な軍隊を作ることが目的」が本当で、
ついでに朝日の「中国では医療費はすべて無料である」と誤まった記事を平然と掲載してるのを
「一部の人を除いては有料、一般庶民の収入に較べると相当高額」と
訂正する文面を送り、ついでに「朝日が中国のことになると、何も調べもせず、また知らないことでも
良い方に解するは理解できない」という意味のことを書いたそうだ。
そしたら朝日側はその訂正の根拠となる事実の部分を大幅削り、単に文句つけてる文面だけが
強調された形になる形に仕上げて残して紙面に発表したとか。
すると数日後に北京特派員の「ご存知ないようだが、人民解放軍の兵員削減は、財政負担の軽減と
軍の近代化を図る目的もあるのです」とする反論をいけしゃあしゃあと載せて
ヒステリックなおじさんが無知をたしなめられる、みたいに公衆の面前で恥をかかされるやり方をされたと。
高島は後にマスコミに発表する媒体を手に入れたからこの悪質なやり方を公表できたわけだが、
他にマスコミに対抗する手段を持たない一般人は泣き寝入り。
つまりわざともっともな部分、理解できる部分を全部削除してキチガイ右翼の主張
みたいに仕立て上げてその穴だらけの論を他の投書に叩かせる、みたいにやるわけだ。
結果「異なる意見も十分に反映させています」といかにも良心的な新聞です、アピールもできて一石二鳥になる。
イスラムの存在って日本における在日朝鮮人や中国人の存在と
同じようなもんだろ。ドイツやフランスなど富裕国各地に不法滞在して
自分たちだけで固まってイスラム社会を作り上げ自分たちの文化や
価値観を押し付けたり押し通そうとする。フランスのマフラー問題
にしてもそうだし、自分の妻が病院に行って男の医師に聴診器とかで
触られたことに対し、夫以外の男が妻に触るのが御法度なイスラムの
教えを理由に、夫が包丁で医師を刺すという事件も日常茶飯事らしい。
逆に社会がそういったイスラムの考えを受け入れないと今度は
人種差別だ、宗教差別だと言って騒ぎ出す。
更に、彼らは基本的に移民や不法滞在なので当然貧困層が多い。
従って犯罪に走るものが後を絶たず社会問題になっている。
そしてそれについて言及すると、犯罪を犯すのは一部のイスラムであり
全てのイスラムを犯罪者扱いするのは不当な差別である
とお決まりのセリフをのたまう。
更に言うと彼らは刑務所でも宗教上豚は食えない、豚を原料にした
調味料を使った食事もダメなどとほざき、彼らだけ特別メニュー
を作ってもらっている。そしてそのコストを負担するのは全て
その国の国民。
イスラム教徒、それはどうしようもない人間のくずの集団。
「危険だと分かってるのに自己責任で行ったバカだ」とは、後から言える事だ。
人質が出た「あと」だから言える事だ。
当初「日本人が標的にされるなんてなんかおかしい」という意見があったが
その通り!日本人が拉致されることなんて、想像できるはずはなかった。
政府は「イラクはもう戦場ではない。アメリカが制圧した」という
嘘 を 公 表 し て い た。
本当はまだ戦場だと分かっていながら、そう言わなかった。
戦場ではない、と言った以上民間人の渡航を禁止できなかった。その責任。
さらに、今回の解決に関して政府は結局なにもしなかった。
イスラム聖職者協会がうまいこと運んでくれたから尻馬にのっただけ。
あの3人は親イラク的な思想がある。「イラクを攻撃したアメリカへの疑問」が。
世論が、人質への同情に動けば、国内に親イラク感情が芽生えかねない。
そしてアメリカのイラク侵略戦争への批判が強まるのは、政府にとってまずい。
以上の事から政府はあの3人をスケープゴートにしようとした。
いつもなら、マスコミは政治家のどんな小さな「失言」にもかまびすしい。
「人質になったのは自己責任だ」というのは、人命救助に反する言葉で、
通常ならもっと他党の政治家に攻撃されていたはずだ。
そうならないのは、国会全体が、「イラクは戦場ではない」と言ってしまっていた事への責任、
また結局何も出来なかった事への責任から、国民の目をそらさせたいからだ。
染まりやすい民衆がそれにのっかって、人質批判をしていい気にっている。
ひどい目にあった人に「厳しい事」を言うのは、訳知りになったみたいで気持ちがいいのだ。
イスラムに恩義でもあるのか?ムスリムに世話になってるとか?ぷぷ
キミの主観はまるで一貫性を欠いてるな。
>イスラムさえなければ世界はこんなに豊か(貧乏)だった、っていうような話をしてくれよ。
そもそもこのスレ自体がナンセンスだがな。
>イスラームの学問がルネッサンスの土台として機能したっていう事実があるわけ。
イスラムとて、いきなり発展した訳であるまい。古代の異教文明からの土台があってこそ。
ルネッサンスをイスラムのおかげだと強調するのは異様に感じるな。
>それは擁護とか言われる類の論理ではないよ。君の倒錯した思い込み。
倒錯したイスラム擁護は世界史板でよく見られるよ。
中国やロシアのイスラム弾圧はスルーしてるから。
>やっぱり夢の資源を追い求めるわけですか?
科学者なら当然研究はしてるだろう。まだまだ先の事だろうが。
ただ、未来永劫エネルギーは石油と思うのは如何なものか?
>もっと豊かな美術史記録を得られたのはたしかですけど。
>偶像の破壊でほり下げられる発想はこんなもんです。
美術的価値ばかりではありません。考古学・歴史的史料ともなりうるモノが失われました。
ま、キリスト教もかつては散々やったが、未だに偶像
>イスラムが成熟させた学問分野が多いっていう事実があるわけで。
>当時のヨーロッパが理解できなかった過去の遺産を、 イスラムは継承し、育てたわけ。
同時に破壊したものも多かったな。古代オリエント文明の過去の遺産など。
>イスラムがなかったら?、っていう設問なら、
>断絶した学問も多かったであろう、っていう解答になるだろうな。
>ルネッサンスは遅れ、暗黒時代が続くのだ。
これぞ、ネット上の空論ではないか。
ヨーロッパはともかく、他の地域がどう発展したか想像はつかない。
これによって世界史はどう変わったか、など。
>で、そういう歴史的事実をまるっきり見てないのがあなた。
歴史上の空論にふけっているのがあなたですなw
「もし」は歴史に禁句だし、このスレタイ自体がナンセンスだが。
>イスラム擁護とか、わけのわからん主観でみんなを楽しませてる。
擁護などしてない、強調しなくともいいよ。正体などとっくに知れてるから。
>理解できましたか?
理解できてないのは、貴方ですな。印象的史観ですか。
『栃木県の公立高校で生徒が混浴』
栃木県立共和第一高校で、2年生の課外実習の山歩きの一環として露天風呂での教師、生徒の混浴が実施された。
女子生徒の心境を考慮して混浴の露天風呂(貸し切り)への参加は希望者のみとなっていたが、実際には数名を除いてほとんど全員が混浴に参加した。
参加した生徒達には、橘健次君(17)「すごくいい思い出になった」、岬陽子さん(17)「最初は恥ずかしかったけど、ふだんできないような話もできてよかった」等、好評だった。
高橋校長(51)の話では、今後も継続して行う予定だが、一部から倫理上の批判もあり混浴は取り止めにする可能性もあるという(写真は記念撮影の1コマ)。
ttp://news17.2ch.net/test/read.cgi/news7/1088807486/l50
荒らしが着てる間は着々と空爆して女をゲットしてるモノ
荒らしてるおかげで今も童貞のモノ
私が思ってるのは、宗教の整合性の差。
宗教というフレームは中世においてはコミュニティ内の秩序を保ち、対外的な脅威を
団結して退ける際に重要な役割を果たした。
しかし、秩序と団結のために、アプリオリに思考に「型」をはめてしまうフレーム
でもある。特に一神教は。
キリスト教もイスラム教もそうした一神教の大成功例だが、整合性の差異が大きな差を生んだ。
キリスト教は開祖が聖典を作ることなく、対立する後継者グループが別途まとめた対立する
内容を記した文献をただ集めただけの文章集が聖典とされたため、いたるところに矛盾が多い。
たとえばローマ法王の権威についても、マタイ伝にその根拠を求められるとしているが、
正教はヨハネ伝の記述を持ってそれを否定している。
また、パウロが律法を放棄したために、生活を律するルールを聖典に求められない宗教となって
しまった。(パウログループの風俗が一時非常に乱れたとする研究もある)
この結果、コミュニティの秩序を維持し団結するたには聖典に根拠を求めない(られない)
方法に頼る頻度が非常に多い宗教になってしまった。
生活に必要な事柄の悩みですら、聖典宗教としての破綻を招きかねない累卵の危うきにある
宗教なのだ。
一方イスラム教は、あの時代で考えればあまりに完璧だった。
開祖が聖典を自ら書き、しかも、自分は最後の預言者でこれ以降最後の審判まで預言者はない、
という天才的なルールを決めてしまった。おまけにその聖典は、形而上的な概念ではなく、
生活を律する律法が基本となっている。
福音書のような物語ではなく、神が直接預言者に、「人はどう生きるべきか(生活するべきか)」
を説いているのだからこれほど親切な宗教はない。
生活の事細かなことまで書かれているため、人々は聖典(とその演繹的解釈)だけですべてを
判断できる整合性の中に気持ちよく納まることができる。
生活に必要な事柄での悩みが、聖典宗教としての整合性を破綻させることがない(少ない)。
こうした聖典宗教としての整合性の破綻の有無が、宗教の枠を超えた思考を構築するための
きっかけの有無につながるのだと私は考える。
宗教の枠の中での思考の展開であれば、両者に大差はない。
しかし、宗教の枠を超えた思考を構築するためには、宗教の整合性が堅いほど、人々がその
ほころびを見つける機会は失われる。宗教の整合性がもろいほど人々はそれを超える思考の
必要性に気づく。
法としての機能を考えればいい。
イスラム教はニアリーイコールでイスラム法であり、教え自体が法であるのに対し、キリスト教
は法としてはなはだ不完全だ。(聖典には、「右の頬を叩かれたら左の頬を差出せ」「剣をとる
ものは滅びる」とある!これでは社会は成立しない)
そのため、キリスト教は教会が聖典の権威ではなく教会の権威で法を作る必要に迫られ、聖典に
根拠を持たぬがゆえに比較的容易に破綻した。
聖典に根拠を持つ法を模索する試みは聖職者から離れ、ホッブズが生まれ、ロックが生まれ、
ヴォルテールが生まれた。
ここに、最終的には政教分離を果たし、近代国家を作るにいたるキリスト教圏と、いまだに
イスラム法と決別できず、大半が全時代的な独裁国家のままとなったイスラム教圏の差が生まれた
のではないか?
うわー、まとまってねー、でも、考えているのはこんなこと。
同じことは、科学&科学技術にも当てはまる。そのダブルコンボがキリスト教圏とイスラム教圏
の差を生んでしまったと、私は考えている。
イスラムの存在って日本における在日朝鮮人や中国人の存在と同じようなもんだろ。
ドイツやフランスなど富裕国各地に不法滞在して自分たちだけで固まってイスラム
社会を作り上げ自分たちの文化や価値観を押し付けたり押し通そうとする。フランス
のマフラー問題にしてもそうだし、自分の妻が病院に行って男の医師に聴診器とかで
触られたことに対し、夫以外の男が妻に触るのが御法度なイスラムの
教えを理由に、夫が包丁で医師を刺すという事件も日常茶飯事らしい。
逆に社会がそういったイスラムの考えを受け入れないと今度は人種差別だ、
宗教差別だと言って騒ぎ出す。更に、彼らは基本的に移民や不法滞在
なので当然貧困層が多い。従って犯罪に走るものが後を絶たず社会問題
になっている。そしてそれについて言及すると、犯罪を犯すのは一部の
イスラムであり全てのイスラムを犯罪者扱いするのは不当な差別である
とお決まりのセリフをのたまう。更に言うと彼らは刑務所でも宗教上豚
は食えない、豚を原料にした調味料を使った食事もダメなどとほざき、
彼らだけ特別メニューを作ってもらっている。そしてそのコストを負担
するのは全てその国の国民。イスラム教徒、それはどうしようもない
人間のくずの集団。
25 名前:世界@名無史さん 投稿日:03/02/24 03:06
でも天皇陛下という時には直立不動で言わないといけなかったり、
神武・綏靖・安寧とか言ったら殴られて、神武天皇・綏靖天皇・
安寧天皇・・と言えと言われたりしたのは、今の北チョンの将軍様に
対する異様な態度と共通のものを感じるよ。
天皇に対して尊敬を払うのはいいけど度が過ぎてた。
百戦不敗の鋼鉄の霊将とか抗日運動を生まれる前からやってた
(ロシアの手先でない本物の金日成はすでに爺)とかは、
仲哀天皇が死んで二年経って生まれた仲哀の子供が生まれる前
から天皇だった(胎中天皇という、応神天皇のこと)などと
やってた戦前の日本と同じ臭いがするよ。
世界情勢や時代背景などは違うのは当たり前だが・・・あと
戦前でもチョンのほうが天皇マンセーだったのは、今のウヨが
殆んどチョンなのと同じ。
>国家総動員法施工後は国家統制が極度に高まったが、挙国一致体制を
取ったのは、イギリス、アメリカも同じこと。
アメリカもイギリスもフランス(ビシー政権除く)も戦時中において、
挙国一致体制を敷いたのは当然だがどの時期をとっても、
政党人が行政府の首班から外されて「超然内閣」になったり(日中戦争以前に日本はそうだったが)、
それ以前の問題ですべての政党が解散して議会政党が存在しなくなったり(大政翼賛会は違うわな)
行政府や国家元首に対する委任立法法案が通過したりもしていない(全面委任のドイツと部分委任の日本の違いはある)。
これらの諸国と日本との戦時中を比較するなら
最後まで民主主義体制を維持した国々と
憲法を改正しないまま政治慣行として獲得した議会制民主主義を
放棄してしまった国との差異は明白。
あえて比較するなら現在の北朝鮮の方が
同じ非民主主義体制の下で個人崇拝に基づくカルト国家としての
共通性が大戦が進行するにつれて目立ってくる。
もちろん同じ独裁体制でも個人独裁と集団独裁、
共産主義と広義のファシズム体制との違いはある。
暴力性が主として内に向くか、外に向くかの
ベクトルも異なっている。