[勝手な理屈で自然壊す人間]
国分市 ○○ ○○(自宅療養中 17歳)
「昆虫の採集は自然守るため」(二十二日付)を読み、久しぶりに怒りを
感じた。「自然を知り、守りたいから虫を採集する」というが、虫の立場
から見ると「自然を守るためにおれたちを採集するのはやめてくれ」とか
「じゃあ自然を守るために我々虫は、人間を採集してもいいんだな」という
意見になると思います。
本当に自然を守りたいなら人間を絶滅させればいい。僕たちを含めた人間達
は川や海を汚し、森林を伐採し、罪のない豚や牛、鳥、魚を殺してそれを
「人間が生きるためには多少の犠牲は仕方ない」という勝手な理由で食べ、
「研究のために虫の標本を作る」といった残忍な行為をしている。
虫が川や海を汚したなんて聞いたことあるか。豚や牛が森林を伐採したなんて
聞いたことがあるか。自然を知るために、自然を守るためにといって、
自分を正当化するのはもうやめてください。自然はすべての生き物に
優しいのだから。
「参政権の論議なぜ国籍優先」 無職 金竜沢 (静岡市 72歳)
外国人の参政権の問題について、永住外国人である私は当初、高い関心を持ったが、
今はすっかり冷めている。その論理や思考の基盤があまりにも低い次元だからだ。
論議を見ていると、国益とか国家主権とかが専ら拝外主義の意味でとらえられ、
「国籍」が不当に拡大解釈されている。ナショナリズムの一面で論議されているのである。
日本国籍を持たないものに参政権を与えるのは、憲法違反だとする論まで飛び出している。
国籍優先主義は、今日のインターナショナリズムの世界潮流の中ではほとんど説得力はないだろう。
そもそも外国人の参政権の問題は、永住外国人の社会的境遇が民主国家の原理と
齟齬するものであり、不正義を思わせることから発している。その外国人の人権を
救済するための論議なのに、日本国籍を取得させることに問題をすりかえようとしている。
これでは外国人の民族性を抹殺して同化することでしかない。
現実には外国籍であっても、日本国民と同じく日本国の法に従っており、
国家の負担を引き受けているのである。法の下にある全ての人が国家の恩恵に
あずかるということこそ、最も重い国家原理ではないか。
2001年二月十三日「『日韓』のためすべきことが」
洋画家 朴 己?(字無し) (茨城県50歳)
七日の「サッカーW杯の国内での表記は『日韓』の順に」という投稿
を見ました。そこには『戦争責任を絡ませていると、私たちは誇りを
持って生きていくことはできないし、物言える時は来ない」
とありました。私も誇りを持って「日韓」と呼ぶことには賛成です。
しかし、そのためには、やり残したことがないでしょうか。
日本は戦後処理の問題を新世紀になっても引きずり、戦後世代にとって
悩みの種になっています。新しい世代のみなさん、誇りを持ち、物言え
るようになって下さい。そして国際貢献もし、国連の常任理事国にも
なって下さい。
そのためにはまず、先人たちが責任放棄してきた、戦争被害者達の魂
を救済するのが義務だと思います。また、独りよがりの歴史観を持たず、
アジアと共通した歴史認識を持つべきだと思います。
これらを解決しないと、いつになっても堂々巡りになるのではないで
しょうか。早く肩の荷をおろし、自身と誇りある日本になって下さい。
そしてアジア、いや世界に尊敬される日本になって下さい。
アジア史へ正しい理解を 小澤 守 無職 (名古屋市 67歳)
「日本の若い人たちの監視は焼肉とかキムチの話ばかりで、朝鮮の歴史や日本とのかかわりはほとんど知らず興味も示さないのに驚いた」と、来日八年という韓国女性が指摘した。「2・11思想・信条・教育の自由を守る県民のつどい」でのことだ。
集会では、中塚明・奈良女子大名誉教授の「歴史の中の日本と朝鮮」の公演があった。その質疑での発言である。なるほど、日本は大陸侵略に際し、中国・朝鮮をべっ視する思想を吹き込む教育を進めながら戦争・支配を強行した。
だから、両国の歴史や文化の日本への影響については、国民は何も知らされず無知に近い状況におかれた。
そして今、これまでの教科書を「自虐的・反日的」だとして皇国史観に立つ「新しい歴史教科書をつくる会」が活発な動きを展開し、「新しい教科書」の売り込みに急である。
森首相の「天皇中心の神の国」発言や、目指す教育改革もそれに沿うものだろう。
中塚氏は「歴史の事実を正しく伝えることが重要なのに朝鮮の歴史は日本の国民的理解に広げられていない」と強調された。新世紀はアジアの一員としての主体的生き方が求められるのではないか。
国際戦犯法廷報道への感想 橋本博 大学教員(東京都世田谷区 60歳)
日本が自らの戦争責任に対しどのような態度をとるかは、国際的に注目されている問題である。
昨年十二月、NGOによって開かれた日本軍の従軍慰安婦制度を裁く「女性国際戦犯法廷」では、
最終日に裁判長役を 務めた旧ユーゴ国際戦犯法廷の前所長が
「天皇裕仁は人道に 対する罪において有罪と認定する。日本政府が国家責任を負うと判定する」と結論を述べた。
海外メディアも「法廷」に ついて報道したが国内マスコミは、朝日以外は概して冷たかったようだ。
私は「法廷」のホームページで各地の被害女性の証言集を読み、世界はこれまでと違ってリアルに見えてくる思いがした。
女性達は、どのような国内状況で言うに言われぬ被害を受けたかを証言し、戦時下での性暴力がきちんと処罰されないために、
別の戦地でもまたそれが繰り返されるという 「国境を越えた不処罰の循環」を断ち切るよう訴えている。
NHK教育テレビは、一月二十九日から四日連続で「戦争をどう裁くか」を放送した。
しかし、「法廷」を取り上げた二日目の内容は、「法廷」の下した結論などのポイントを伝えず、
私には、肝心の日本への切り込み方が浅いものであると感じられた。
マスコミには、天皇の責任問題も含めて、タブ ーをつくらず、勇気を持って報道する姿勢を保ってほしいと思う。
大本営の跡でアリランの歌 青木優 高校生(東京都福生市 17歳)
私は在日韓国人三世です。日本に生まれ、日本で育ち、女子高生として生活しています。
韓国語もろくに話せず、親が帰化したため、国籍も今は日本国籍になっています。
しかし私は、三歳から韓国舞踊をやっており、踊りをやっている時が唯一、
私は韓国人なんだ、韓国人でいいんだと思う瞬間です。
韓国の歴史もろくに知らない私が、もっとも韓国の歴史を知りたいと思ったのは去年のことでした。
私の韓国舞踊の金先生が、強制連行されて多くの朝鮮人が犠牲になった
長野県の松代大本営工事の追悼の集会に行くと聞き、一緒に行きました。
韓国人が強制労働させられた場所に実際に入りました。中は薄暗くて冷たく、
私の心の中の何かを奮い立たせるものがありました。
延長が十`もあるという当時のままの壕を私たちは歩き続けました。
一人はぐれて薄暗い中を歩きながら、私はいつの間にか、朝鮮の民謡アリランを歌っていました。
涙を流して歌い続けました。この涙は何なのか、なぜ私は泣いているのか、自分でも分かりませんでした。
民族の心なのでしょうか、自分の中 の何かが、そうさせたのだと思います。
私たちには、歴史を知る義務があると思うし、私は事実を知りたいのです。
在日一世の祖母を持つ私だからこそ言えることもきっとあるのだと思います。
歴史への視野求める中学生 加藤明 無職 (岐阜県瑞浪市 67歳)
中学校では今、総合学習の時間に戦争と平和を学ぶ「平和学習」を実施する所が増えてきた。
戦時中に当地であった朝鮮人や中国人の強制労働を研究している私のところへも、
その実態を生徒に教えて欲しいという申し出がある。
私は先ごろ以来が会ったとき、中学生(二年生)が戦争や平和にどのような意識をもっているのかについてアンケートをお願いした。
彼らの関心は教科書に書かれていない事実を知り歴史に対する視野を広めたいことにあることが分かった。
「何を知りたいか」の問いには、「日本の加害の事実」、「原爆より日本が隠している中国や朝鮮に関する史実」を求める声が多くあった。
私は、自分が知っている戦時中の教育や空襲をはじめ、強制労働による地下壕の状況を、資料や写真を使って説明したが、彼らがメモを取りながら熱心に聞く姿に感心した。
彼らは五月には広島を訪れ、原爆の語り部から被爆の話を聞くという。
今回、この行事に当たって現行の教科書を読み直したが、平和を志向し「前事不忘・後事之師」を目指す歴史教育がもっともふさわしいと思った。
歴史覆い隠し誇り持てるか
高校生 鈴木玲美(愛知県豊田市 18歳)
「新しい歴史教科書をつくる会」が現行の教科書を自虐的
だと批判し、日本が過去に行ってきた戦争行為を正当化しよ
うとしていることは納得できません。
私は、将来は歴史の分野にかかわっていきたいと考えてい
ます。高校では世界史を選択肢、日清戦争や日本による朝鮮
併合をはじめ、人間がこれまで行ってきた戦争などの実態を浅
いながらも学習してきたつもりです。そして、少なくとも確実に
言えることは「つくる会」が正当化している太平洋戦争などは、
正真正銘の侵略戦争だということです。
それは、あくまでも私が試用した教科書の考え方、表現の影
響だと言われるかもしれませんが、戦争というものはどんな理
由があろうとも正当化できないものではないでしょうか。日本
は第二次世界大戦が終わって武力を放棄し平和を実現しよう
としたのではないでしょうか。
南京大虐殺は嘘だ、従軍慰安婦の記述を削除せよ----こう
いう事こそ歴史のわい曲だと思います。「若い世代に日本人
である誇りを持ってほしい、今の教科書ではそれは困難だ」と
の説明は、本当にそうでしょうか。歴史をあるがままに、例え
それが自虐的でも認める事が必要だと思います。歴史の事
実を覆い隠してまで、誇りを持ってほしいのか、もう一度考え
て頂きたいと思います。
大人を見つめるコスプレの私
中学生 〇田〇子 (東京都板橋区 15歳)
私は一年ほど前から、好きなバンドの派手な衣装を作って楽しむ
「コスプレ」をしていて、今ではたくさんの友達がいます。
親はいろいろ協力してくれ、学校の友達も少しづつだけど理解して
くれるようになりました。しかし、電車に乗れば指を差して笑われ、
ジロジロと見られます。
友達は、コンサートの帰りの電車で「死ね」「お前らみたいのが
いるから世の中がだめになるんだ」などと言われ続けました。
驚いたことに、こういうことを言うのは、四十代から五十代の大人が
多いのです。
私は、大人というのは人を思いやることができる心に余裕のある
存在だと思っていました。それなのに、ごく一部とはいえ、人に
向かって平気で「死ね」と言える大人がいるのです。こんな人たちに
自分の子供をきちんと育てられるのでしょうか。
コスプレという「異文化」を理解しようとしない大人に、
外国人差別や文化の違いによる差別を非難する資格があるのでしょうか。
相手を思いやれない大人が、いじめやセクハラについて意見する権利が
あるのでしょうか。
いま一度、自分の行動を振り返って欲しいと思います。
わい曲し美化国益にならぬ
僧職 願海 常典(大阪府泉大津市 41歳)
本誌の報道などで「新しい歴史教科書をつくる会」主導で編集された中学歴史教科書
が検定に合格する可能性があることを知り、あぜんとした。
このグループのここ数年の活動は、歴史の真実を学ぶことを「自虐的と叫び、南京大虐
殺などの記述を教科書から削除するよう求めて、戦争を美化しようとする。こうした大人た
ちが編集した教科書が出版されるのではと思うと背筋が寒くなる思いがする。
外国への侵略や残虐行為も史実は史実である。そうした事をわい曲したり、美化したり
することが、これから日本を支える若者にどんな影響を与えることになるのか。歴史の中
の過ちをもしっかり学ぶ事で、命の大切さや倫理観が身につくのである。 過去を知らずし
て若者がアジアの人々と本当に交わっていけるのか。歴史をゆがめナショナリズムをあ
おることがどういう結果を生んできたか、私たちは歴史から学んできたはずだ。アジアの
人々の心を傷つけ、近隣諸国との間に不審とトラブルを生みつづける事が果たして国益
なのか、と私は問いたい。
文部省はこれまで、家永三郎氏に対してのように、歴史の「負の遺産」を正確に記述す
る事にさまざまな“圧力”をかけてきた。今回、最終的にどのような結論を出すのだろうか。
危ぐする方向に向かうような気がしてならない。
子どもの立場 なぜ見ないの
中学生 瀬古 小桃
(千葉県印旛市 14歳)
首相官邸のホームページで先日、教育改革国民会議分科会の委員たちの意見をま
とめた「子どもへの方策」を見た。子どもに対して「甘えるな」「他人に迷惑をか
けるな」「生かされて生きることを自覚せよ」などとある。
今、世の中には学校に行きたくてもさまざまな理由を抱えて行けない子がたくさ
んいる。これではまるで、「そうした者が悪い」といっているようだ。
ほかにも「遠足でバスを使わせない、お寺で三〜五時間座らせるなどの『我慢の
教育』をする」「ほかの子どもの学習する権利を妨げる子どもを排除する権限と義
務を学校に付与する」などとあった。何かが違うような気がする。子どもの立場で一
緒に考えていくことが今必要なのではないだろうか。これは、子どもの人権を無視
した言葉のようにもみえる。
私たちが希望するのは、行動の自由に目を向けてほしいということだ。一方的に
抑えつけるのではなく、もっと大人と子どもが一緒に話し合える場をつくってほしい。
卒業式の校長 感銘部会一言
主婦 中谷 優子(愛知県豊川市 49歳)
埼玉県の高校の卒業式で、茶髪を理由に社会的制裁を受けて名前を呼ばれなかった
という記事を読んで、悲しみと憤りが込み上げてきました。どうして髪の色や皮膚の色、
服装などの外見で人を判断しようとするのでしょう? どうしてみんな一緒でなければい
けないのでしょう?
異端を認めず排除する考えは、いじめや差別を生みます。個性を育て、人権や思いや
りをはぐくみ、いじめをなくそう、と取り組まなければならないのが教育なのではないで
しょうか。
同じ日、ボランティアをしている中学校の卒業式に出席しました。式に直前に、校長先
生が「金髪の子がいますが、驚かれないように。金髪の子も本校の生徒です」とおっしゃ
いました。どんな生徒もあるがまま受け止める、懐の深さが教育にはもっとも大切な事で
はないでしょうか。 社会にも、学校にもいろんな人がいてもいいんだよという伸びやかさ
があれば、人が人として育ってゆくきがします。髪の毛だけで名前を呼ばれなかった生徒
の卒業式と、金髪でも違和感なく出席できた卒業式。黒いスプレーで取り繕う姿勢だけが
教育とはとても思えませんが……。
タリバーンの孤立いつまで
契約研究員 山川玲子 (東京都新宿区46歳)
アフガニスタンの大部分を掌握しているタリバーンが、
バーミヤンの大仏を破壊したという。私はショックで声もない。
人類はかけがえのない文化遺産を失った。タリバーンもいつか
このことを後悔するだろうと思う。
しかし、我々にも反省すべき点がないわけではない。イスラム
原理主義を忌み嫌うばかりで、彼らが台頭してきた社会的背景を
理解しようとしなかった。西洋化の中で拡大する貧富の差に反発し、
イスラムの原点に戻ろうとする彼らの訴えは貧困層を
中心に一定の支持を得ている。
アフガニスタンは、ソ連の侵攻とそれに続く内戦で国内は疲弊し、
国際的な経済制裁が続く中で、孤立感を深めている。彼らが
イスラムの教えに頑強なまでに固執し、教条化していくのも、
理由のないことではない。世界は、特に先進国は彼らとの対話の
糸口を作るように努力すべきであった。日本はこの分野で大いに
貢献できるはずだ。国連の常任理事国入りに執心したりするよりも
日本には日本にしか出来ない役割を果たしてはどうか。
日本は過去の野経済発展のノウハウを積極的に生かし、
孤立しがちな国々と交流し、国際社会に迎え入れる。これこそが
日本ができる最高の国際貢献であろう。
広島の母校で学んだ「加害」
主婦 永井敦子 (千葉県柏市 27歳)
卒業式で、君が代を歌わずに着席したままの教師に校長が「辞表を」と迫った
広島の高校は私の母校です。
私がその高校で学んだことは、被爆地である広島は被害者であり、加害者でも
あったということです。広島市には大本営が置かれたことがあり、隣の呉市には
軍港があり、軍人や物資をアジアの戦地へ送り出していました。また、日の丸や
君が代は人々を戦争に駆り立てる道具として使われました。そのため、広島が
被爆都市として平和を訴えても、アジアの人々には軍都でしかなく、日の丸は侵略
の象徴でしかない。だからこそ、広島が加害者であることを踏まえた上で、
平和都市として世界に向けて戦争の愚かさを訴え続けるのだと。
私は、それを教えてくれた先生に感銘を受けました。こうした授業を受けた後輩の
中には、同様に感じた生徒がいたのではないでしょうか。もし、それを教えてくれた教師が、
法制化されたからと卒業式で君が代を歌っている姿を見たら、失望するでしょう。
今回の教師の態度は、生徒にとって本来の教師の姿を示したのではないかと思います。
戦争を知らない世代がこれから増えます。日本からだけでなく、アジアの国々から
見た歴史も教える方が、正しい歴史がわかるのではないでしょうか。
「歴史教育には圧力かけるな」
主婦 森崎久美子(愛知県知立市 30歳)
最近、教科書検定と歴史教育が問題になっていますが昔のことを思い出し、筆をとりました。
私は小、中学生時代を広島市で過ごしました。広島では原爆に関する平和教育が盛んでしたので、
当時の私は日本国民は戦争の被害者であるという意識をもっていました。しかし、他県へ引っ越し、
日本の歴史全般に深く興味を持つようになったころから、それまでの自分の意識に疑問を抱くように
なりました。それに伴い、戦時中の日本軍の行動について知りたいと思うようになったのですが、
教科書を読んでもほんの数行、簡単に書いてあるだけでした。
高三の時の日本史の先生は年配の方で、教科書に載っていない話をたくさんして下さいました。
この先生なら戦時中の日本軍について話を聞かせて下さるだろう、と期待しました。
ところが、先生は教科書の記述を早口で読んで「このころの日本軍の行為については皆も知っている
だろう。すまんが先生の口からは詳しいことは教えてやれない。かんべんしてくれ」とおっしゃった
のです。期待が大きかった分、信頼を裏切られた気がして、大変ショックでした。
しかし、しばらくして冷静に考えてみると、先生が生徒に教えてやれないと謝るのは教育現場として
異常ではないかと考えるようになりました。
正しい歴史を教科書に記載し、先生が何の圧力も感じることなく真実を生徒に伝えられる教育現場
になっていくことを願ってやみません。
「子らの世代に民族の壁なく」
高校非常勤講師 李 富士子(東京都中野区 50歳)
三女の都立高校の卒業式が先日あった。晴れた日で、暖かかった。
その学校は、自主自立を重んじるという教育方針の一つの表れとして標準服がない。
私たちは在日韓国人で、本名で生きている。当日は何を来たら自分らしいか考えていた娘が、
教室でそんな話をしたら、友人に「あなたは、あれでしょう」と言われて心が決まった。
娘は、ピンクの民族衣装のチマチョゴリを着て式に出た。ところが何と、日本の友人の一人が、
きれいだからと言う理由でチマチョゴリを着ていたのだ。娘もその友人も、すてきだった。
周りの父母が口々に誉めてくれた。同級生も「天女みたい」と声をかけてくれたと
娘から聞き、うれしかった。
私は保護者席に座っていた。娘に用事があり教室に行くと、クラスメートと一緒に写真を
撮ったりしていた。そんな光景を見ながら、胸に熱いものが込み上げてきた。
子供達の世界には、民族の枠なんかない。教科書の記述やワールドカップの呼称などきになる
ことがあるが、子供達は、他者を受け入れ尊重していることを実感した。
子供達が大人になる頃、社会はもっと心豊かになっているだろうと、明るい気持ちになった。
被害国と共に歴史教科書を
無職 古賀元(水戸市 72歳)
歴史の編さんは、日本書記の昔から政治と密接にかかわってきたが、
特に近代以降の日本史は、隣国とのかかわりにおいて、何らかの
政治観を抜きでは記述出来ない。
私たちの祖父の歴史的行動を、世界的に定まった評価で
記述することは決して自虐ではなく、それは近隣国との平和共存を
国是とする私たちにとっては忘れてはならない自省だ。
過去の負の歴史に肯定的な面を求めてあえて強調しようとする
「つくる会」の考え方は時代錯誤と言うほかない。
そして、そのような歴史観を子らに伝えようとする動きに、
かつて被害を受けた隣国が不快感を示すのは当然の権利と
言えよう。
十年近く前、韓国などと共に共通の歴史書を編さんしようと
いう動きがあった。それは結局、日の目を見なかったが、
お手本となった欧州共通歴史教科書は、英独仏など
十二カ国の強力で一九九二年に完成している。
私たちも、近代日本史だけは近隣国と合意出来る
国定(国民定)教科書を子らに伝えていけないものだろうか。
それこそが私たちの祖父が残した負の遺産の清算であり、
近隣国への謝罪であろう。
卒業式守った生徒たちの涙
自然食品販売 平郡由紀子 (千葉県浦安市 50歳)
私の子供が通う高校でも卒業式がありました。
国家・国旗の実施をめぐって、生徒と校長先生の話し合いが 七回もありました。
その結果、国歌は正式の前に希望者が斉唱し、国旗は式場外に掲揚となりました。
いつも通り、壇上には美術部の絵が飾られ、のびのびとした校風だからこそ、
と思わせる卒業生の素晴らしいメッセージが続きました。生徒が輝いている式でした。
国家・国旗については、県教委の強い指導の中で、校長が式から外す決断をすることになったのは、
実行委員会の生徒たちの努力が大きかったと思います。
「校風を守りたい」というのが生徒たちの願いでした。
しかし、式直前に大人の一人として恥ずかしく感じる残念な 光景がありました。
開始十五分ほど前、右翼団体の街宣車からボリュームいっぱいの君が代が聞こえてきたのです。
式を準備していた実行委員会の生徒の一人が号泣していました。
また、式前の国家斉唱は、希望する生徒は体育館へ、と放送することになっていたのに、
実際に流れた放送では 「希望する」の言葉は削られ、実行委の生徒たちは涙を流していました。
子供たちからの重い問いかけに直面させられた卒業式でした。
私はもう二度と、あのような生徒たちの涙は見たくはなりません。
「記念日作って日韓は仲良く」
小学生 田中 明日美(千葉県市川市 12歳)
私のクラスでは、日本と韓国の関係をずっと調べてきました。そして昔、日本人は韓国人に
とてもひどいことをしていたというので、今でも、日本人をきらう人がいることを知りました。
このままではいけないと思い、クラスの男の子が「平和記念日」というものを提案しました。
日にちは「四月十日」です。よい日という意味です。「一〇」の「〇」にも手と手を結び
輪になろうという意味があります。
「平和記念日」には、日本と韓国が仲良くなるために文化を学びます。みんなで考えました。
交通料を無料にして、おたがいの国に一週間ぐらいホームステイをします。それぞれの国へ
修学旅行で行き、文化などを知ります。
もうひとつ、学校ですぐ出来ることは給食です。おたがいの国の特産物を使った料理を出すのです。
韓国の特産物のメニューを考えました。キムチチャーハン、チヂミ、たまごスープです。
先生や他の学年にも喜んで食べてもらいました。
「平和記念日」を実現するのはとても難しいと思います。でも、韓国の人たちと日本の人たちが
仲良くなれるように、私はいつも「平和記念日」ができるといいなと思っています。
願いを届けず迎えた卒業式
高校生 松永知恵(東京都板橋区 16歳)
私は昨春、公立中学校を卒業しました。
公民の授業で「思想の自由」を学んだ私は、日の丸・君が代の強制は おかしいなと感じました。
卒業式の2週間前、校長先生に「君が代を歌いたい人には歌う権利、
歌いたくない人には歌わない権利があると全校生徒の前で言って下さい」
という主旨の手紙を書きました。出す前に友達に相談すると、
一人から、「あんたは権利、権利ばかり言って、わざわざ何がしたいのかわからない」
と言われ、とてもショックを受けました。
私がしようとしていることは、せっかくの自分の卒業式に波風を立てるだけなのかと悩みました。
結局、手紙は出さないまま卒業式を迎えました。おかしいと思ったのに声をあげなかった
自分への後悔は、今も続いています。 国旗・国歌法の下、自由であるはずの人の心の権利が侵害されているのが現状です。
歌いたい人と歌いたくない人、どちらも等しく認める卒業式を、政府も私たちもつくっていくべきだと
思います。
「日の丸掲げて処分された私」
無職 宮崎更一(北海道帯広市 75歳)
一九四六年春、私は新潟県内の田舎町にある国民学校の教授だった。
朝出勤すると、まず張り出された進駐軍指令に見たというハンコを押した。
御真影奉安庫に礼をすることはなくなった。
進駐軍の米兵の乗った車が校門に見えたときは全職員がおののいた。
そのころ私は、すさんだ教室を何とか整えようと情熱を燃やした。
宮城の方向を示す札ははずしたものの、何もない正面が寂しいので
小さな日の丸を掲げてみた。深い考えはなかったのだが、それはすぐ上席の目に留まった。撤去を命じられた私は、ぐずぐずしていた。
ある日突然、私は校長室に呼ばれ辞任を迫られた。
しばらくたって、 結局私は辞めさせられた。
ああ、あの日の丸がたたったなと気が付いたが遅かった。
その後、北海道に渡り、仕事を転々とした。
二年ほどたって、 子供可愛さにひかれ中学教員になった。
独習でオルガンを覚え、音楽の教師になった。
君が代の「八代に……」の辺りの和音が気に入ったが、国歌の ご都合主義や欺まんが判明するにつれ、反発と自己嫌悪に陥った。
今は日の丸を掲揚して、君が代を歌わない教師が処分を覚悟しなければ ならない時代だ。
五十余年で、私の時とは逆の時代になった。
「国境を越えて平和像づくり」
高校生 松沢幸子(東京都渋谷区 16歳)
私は今、高校生の仲間達と一緒に「世界の子どもの平和像」をつくる活動をしています。
平和像づくりは今、大詰めです。募金も八百七十万円ほど集まり、目標の一千万円まであと一歩です。
除幕式は五月五日です。 広島、長崎に投下された原爆の開発の拠点となった米国ニューメキシコ州の
子ども達が取り組んだ平和像づくりがきっかけです。
被爆し、急性白血病で亡くなった広島の少女が千羽鶴に幸せを託した話に、米国の子ども達が心を動かされたのです。
「世界中に子どもの平和像を建てるのが私たちの夢」という呼びかけを、今度は日本の子ども達が受け止めました。
私は「東京高校生平和のつどい」のメンバーですが、戦争のない世界を目指した高校生の平和討論会などの活動を続けながら、
平和像の完成を支援 しています。「あと一歩のつどい」が先日開かれましたが、私は舞台で、沖縄戦での「ひめゆり部隊」の
悲劇を演じました。高校生など二百人以上が集まり、盛り上がりました。
広島から米国へ、そしてまた日本へと、国境を超えた平和像づくりに胸がドキドキしています。
「日韓の若者に育つ柔軟な目」
会社員 安井啓子(川崎市 40歳)
「子らの世代に民族の壁なく」を先日の声欄で読みました。
ピンクの チマチョゴリで思い出しました。
私も二十代のころ、知人の持っている夏用のチマチョゴリを着せていただいたことがあるのです。
ドキドキしました。
まず、足袋の先が日本の物と違って割れていないことが新鮮な発見でした。
着物と違って、乙女心をくすぐるような豊かなすその広がり、自分で言うのもなんですが、それはそれは美しかったです。
投書されたお母さま、お子さまがハレの日に、チマチョゴリをお召しになってよかったですね。
文面から、お母さまの前向きなお気持ちが伝わってきました。
日本の若者は最近評判が悪く、学力低下、素行悪化など、およそ若者から予測される未来は暗たんたるものです。
しかし、日本が変わってきた良い点の一つが、最近の若者の偏見の無さではないでしょうか。
「美しいものは美しい。良いものは良い」と、素直に感じられる柔軟さや、フェアなものの考え方は、評価に値するのではないでしょうか。
このことは、日韓両国の若者双方に言えることです。
そこに明るい未来があると信じています。
個人で勝手に知事選で応援
元代議士秘書 清水英 (千葉県八千代市 65歳)
長く政治にかかわってきた私の生涯の中で、今度の千葉県知事選挙ほどうれしいものはありません。
長野、栃木、千葉と続いた流れを大切にしたいと思います。
だれからも、どこからも指示があったわけではありません。
候補者の人物像、人柄などは見聞きしていましたから、直接話して確かめる必要もありません。
選挙事務書から選挙用のはがきをもらい、候補者への支援を訴える文章を書き添えて事務所にたくさん届けました。
後は、たった一人で勝手に走りまわって頼んで回りました。こうした選挙は初めてでした。
だから、候補者がどのような選挙活動をしたのか、報道以外は知りません。
しかし、支援活動をしながら気付いたのは、私のように個人で勝手に活動している人たちにもあちこちで出会ったことです。
子育てなどで社会問題にぶつかった若い母親たちの姿も目立ちました。
政治に対する怒り、無党派層のおん念といったようなものでしょうか。
熱い息遣いに、うねりのようなものを感じました。
保守王国と言われ続けてきた千葉で、夜明けを迎えるチャンスを手中にすることができたことを喜んでいます。
新知事は、県民を主役に据えた県政をめざしてじっくりと取り組んでほしいと思います。
国籍も民族もあるがままに 大学非常勤講師 朴 久玲(横浜市 33歳)
在日韓国人三世の私は、小学六年の時、転校を機に通名の「福田」から「朴」に変えた。
大学で在日について話した時、ある女の子が言った。
「差別、差別って言うけど、あなたを見ても、日本人と同じで勧告人だとわからないし、
私は全くの日本人と思って接してます」
それこそが差別。韓国人という存在を否定している。どうして韓国人の私が日本人と
思われなきゃいけないのか。日本人と思われて、なぜ安どしなければならないのか。
朝鮮半島の話題になると、やけに気を使う人もいる。なぜ隣に座っている人間が違う人種や
異なった民族だと言う当たり前のことが、あるがままに受け止められないのか。
二十歳の時、ピアノ留学でモスクワへ行き、8年過ごした。それまでは、コリアに行けば
ハングルを知らず、日本では外国人、板ばさみのサンドイッチだった。
それが突然オープン再度になった気分。自分の名をいう時、初めて力む必要がなくなった。
「私はハムよ」。おしいれば人はそれを取るし、まずければ無視される。
一個の人間としての価値観、個性、才能、実力、知識。それだけで人間関係が回っていった。
帰国して母校で教え4年になるが、こだわりなく本名を使っている。
国籍と民族が違っていて、当たり前の社会・・・島国日本には無理かな。
強まる管理に教員を辞めた 無職 蓮沼敏雄(埼玉県春日部市 45歳)
3月末で教員を中途退職しました。学校現場から民主主義が奪われ、
管理統制が急速に強まっていることへの自分なりの最終的な意思表示です。
東京では3年前に学校管理運営規則が変えられ、職員会議は「校長の補助機関」
とされ、職員会議での言論の自由も奪われました。
国旗・国歌法にはきょぅ製事項が無いのに、私の職場だった東京都国立市内の小学校では
昨年の卒業式の際、強制に反対するピースリボンをつけたことで私を含め13人が処分されました。
今年の卒業式前には国旗・国歌の授業が強制され、卒業式の国歌斉唱の際に教職員の起立が強制されただけでなく、
「児童が起立するように十分に指導する事は職務。起立しない児童が多い場合には指導責任を問われるし、
市教育委に報告する」という内容の指示が校長から出されました。
私は人権・平和・民主主義が最も重要だと考え、子どもたちに伝えてきましたが、
日の丸・君が代の肯定は、その子供たちを裏切ることになります。
私が私であり続けるために、大好きな子供たちを別れざるを得ないと思いました。
番組の内容は何故変わった
パート事務 小林芳美(岡山県津山市 51歳)
デジタル放送よりテレビが大きく変わろうとしているが、時代を超えてNHKが変えてはいけないものがある。
それは、真実を国民に伝えることと、憲法にある「表現の自由」はいかなる権力にも屈しないという姿勢だ。
教育テレビのETV特集「問われる戦時性暴力」(1月30日)が、放送直前に大幅に改変されていた事を知った。
この番組は、昨年末、東京で行われた日本軍慰安婦制度の責任者処罰を求めての民間法廷「女性国際戦犯法廷」を取り上げたものだった。
報道によると、放送内容が事前に漏れ、右翼団体など外部から圧力もあったという。
製作会社の内部告発では、NHKの上層部が直前に内容を変えさせたという。
慰安婦の存在とそのすさまじい人権侵害は、近年、各国の勇気ある被害者と加害者が語り始めた事で、この歴史的事実は動かせないものとなっている。
だが、この番組の「民間法廷」の意味や評価、貴重な加害者の証言は大幅に削られ間の抜けた番組となった。
私達はそんな番組を見るために、受信料を払っているのではない。
真実の歴史は交流を通じて 診療所長 高橋貴美子(札幌市 46歳)
あなたが小学校へ入学したこの春に「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書が検定に合格しました。
あなたが母さんのおなかにいた7年前、父さんと母さんはカンボジアで、どうしたら貧しい人たちの
ための医療活動を続けられるか村の人と考えていました。
前年にはカンボジアで総選挙があり、日本からNGOなどの人たちが大勢来ていました。
私たちはアジアへの戦争責任を果たすために結成された日本キリスト教海外医療協力会から派遣され、
多くの人たちが募金などで、私たちを支えてくれました。
「つくる会」の人たちが「日本はアジアを侵略していない」と言っても無駄です。
今ではたくさんの日本人がNGOなどに参加して、貧しいけれど笑顔が素晴らしい
アジアの人々から、日本がかかわった苦しみと涙の歴史を直接学んでいるのですから。
政治家や学者たちが自国中心主義の教科書を作ったところで、父さんや母さんのように
アジアの人たちと触れ合う人々がどんどん増えている限り、大丈夫です。
母さんの仕事は、一人の命を大切にする事なので、たくさんの命を奪う戦争にこの国が
向かっていかないように努力している事を、いつかあなたにもわかって欲しいと思っています。
米中軍機接触危機に対話を
行政書士 二ノ宮俊明(北九州市 68歳)
南シナ海の上空で、米軍の電子偵察機EP3と中国軍のF8ジェット戦闘機が接触した。
表面では対話ムードが進んでいるようでも、水面下ではし烈な情報活動が進んでいる。
米国の偵察機が中国沿岸で危険をはらんだ情報収集をしていることは、今回の事故が物語っている。
当然のことながら、侵犯の恐れのある行為に、中国がスクランブルをかけてくることは常識だ。
他国の領空改付近にスパイ活動の目的で航空機や船舶を派遣するのは、挑発行為そのものである。
米国が大国としてのごう慢を捨て、平和裏に事を進めようと思うなら、中国にその非をわびて、機体の返還と乗員の開放を求めるべきだろう。
解決に時間が経過すれば、海南島から戦渦の口火となりかねない事を肝に銘ずるべきだ。
歴史教科書で解けた「なぜ」
主婦 全 美英(神戸市 29歳)
私がべきんの「中国人民抗日戦争記念館」に勤めていたとき、大勢の日本
人に中日戦争の歴史を説明する機会が数多くありました。
その時、一番不思議に思ったのは、日本がかって中国で犯した「南京大虐殺」
や「従軍慰安婦問題」、「強制連行」などの歴史を説明すると、多くの日本人、
特に若者たちはびっくりし、不信感を表すような複雑なめで「本当ですか?」
と聞かれるのです。
その都度、私は心の中で「なぜ?歴史で習ってないの」という疑問でいっぱい
でした。その疑問が日本に来て4年目に入った今、「新しい歴史教科書をつくる会」
の歴史教科書が検定を合格したことで、やっと解けたのです。
朝鮮人の血が流れ、中国籍を持つ私は、自国中心で、誤った歴史を美化する愚かさ、
そして、「つくる会」関係者の、非常識さにいても立ってもいられない心境です。
歴史には揺るぎない証拠がたくさんあります。現在も南京大虐殺で被害を受けた生存者、
強制連行された被害者、そして、中国、韓国などアジア各国には従軍慰安婦たちが
おられます。
国際化がどんどん進む今の社会で、特に、こんな大きな間違いを、将来、日本の柱
となる天真らんまんな子どもたちに教えるのは「不幸を招く種」になるのは
間違いありません。
親切な人々に「弁明」を悩む
会社員 野村 明生(名古屋市 54歳)
年末年始の休みに、夫婦で韓国各地をバス良好しました。片言のハングル
もしゃべることができない私達でしたが、至るところで親切な人たちと出会いま
した。
扶余という町での事。バスターミナルで、年配の人に公州行きの便を身ぶり
手ぶりで尋ねていたら、大勢の人が寄ってきて、私達の日本頃理解してくれよ
うとしました。その内の一人が目的のバス乗り場まで案内してくれました。
大田の街中や国宝「大蔵経」の海印寺でも、道案内してくれる人がいました。
最後の釜山から福岡への船中では、大学で日本語を学んでいる女子大生と友
達になりました。彼女からは福岡での2週間がとても楽しく日本が好きになった、
と記した手紙をもらいました。
食堂や喫茶店、街中のあちこちで「アンニョンハセヨ」の優しい言葉をもらい、
私は韓国がいっそう好きになりました。
今、日本では新しい歴史教科書を巡って、韓国との間で混乱と緊張を招く恐
れが出ています。私は、次の韓国訪問のとき、何らかの弁明やお詫びの言葉
を準備しなければならないのかと悩んでいます。隣国の人々の心の痛みを欠
落させた自己中心的な視点の「新しい歴史教科書をつくる会」の解散を望みます。
日本の教科書市民も関心事
日本語教師 清水 有(中国 64歳)
草野真男氏が当地の洪蘇省常州市に寄贈された本を読みたいと思い、常州市図書館を訪ねました。40平方メートル以上の広さがある1室が氏の寄贈本の為に用意されていました。
5800冊の蔵書は、福沢諭吉や夏目漱石の全集などがあり、自然科学系統がやや弱いと感じられる以外は、奥深く、優れた構成になっていると見受けました。
そこで見つけた『中国の旅』(本多勝一著)など3冊を貸してもらえるか尋ねたら、係りの人は日本語を話され、快く貸し出して下さいました。
嬉しい気持ちにさせられたのもつかの間、「ところで、教科書問題をどう思われますか」と、突然問いかけられました。確かに、当地の新聞にも繰り返し掲載されている問題でしたが、それ程身近に考えていなかった私はどぎまぎしました。
「歴史の事実はゆがめられない。真実に基づいてこそ真の友好が生み出されるでしょう」と答えるのがやっとでした。
日本では今、自民党の総裁選、新しい内閣の誕生で大騒ぎでしょう。しかし、「政治には一刻の空白も許されない」とよくいわれます。本当にそのように行われているのでしょうか。中国や韓国が問いつづけている教科書問題に、どのような解答がなされているのでしょうか。
過ちを反省し次代の教訓に
予備校生 洪 喜順(兵庫県尼崎市 18歳)
「新しい歴史教科書をつくる会」の主導で変種された教科書が検定に合格したほか、従軍慰安婦の記述が削除された教科書もあると知ったとき、祖母の姿が脳裏をよぎりました。
84歳になる祖母は、16歳のとき、働きながら勉強が出来るという製麻工場の募集を知り、日本にやってきた在日朝鮮人一世です。しかし、祖母はそこで勉強はおろか、十分な食事にもありつけず、1日12時間以上も働かされたそうです。
祖母は「助けてくれた日本人もたくさんいた。でも、あのときに受けた苦しみは忘れられない」と、私によく話してくれました。植民地時代の苦しみは、私の祖母だけでなく、多くの人たちの胸に今なお、消し去る事の出来ない傷として刻み込まれています。
傷ついた人がいることは事実であり、偽る事の出来ない「歴史」なのです。新しい時代を迎えた今、この歴史を覆い隠すのではなく、過去を直視し、過ちを反省すべきではないでしょうか。そして、その教訓を次世代へ伝えるために教科書があるのではないでしょうか。
過去に学んで 語り部の集い
無職 親里 千津子(69歳)
私は13歳で沖縄の地上戦に巻き込まれました。憲法記念日が近づくと、平和憲法の大切さを力いっぱい
呼びかけたくなります。
過去の過ちを隠し、平和構築の努力を怠ってきた日本は、再び堂々と武器を持てる憲法に変える方向へと
なびいていきそうな現状です。小泉新首相の改憲発言に大きな不安を感じます。
母と祖父を失い、多くのアジアの方々の命を奪ったあの戦争を経験した私が、黙っていては行けないと、
沖縄へ修学旅行に行く前の高校生らに平和への思いを訴えつづけています。これは生ある限り続けなけれ
ばならない私の使命だと思っています。
歴史を振り返る時、教育の大切さを思い知らされます。再び、命を粗末にする教育がなされようとしてい
るのかと、深く憂えています。「日の丸・君が代」など、すでに教育現場に押し付けの重圧が見られます。
為政者の方たち、尊い教訓を残した歴史にもう一度学び、間違いのない舵取りをお願いします。
「遺骨放置して改憲は先走り」 建築士 濱出 進 (三重県伊勢市 54歳)
小泉純一郎新首相にご質問申し上げます。
自民党総裁就任後の記者会見で、靖国神社への公式参拝に意欲を示されましたが、
無名戦没者の千鳥ヶ淵墓苑にはお参りされるのでしょうか。いまだに埋もれている沖
縄の戦没者や硫黄島の洞くつ、南方の島々に忘れられたままの遺骨に、どのように敬
意と感謝を表されるのでしょうか。
野中広務・元幹事長が「役職など暇を頂いたら、南方の遺骨収集に参加したい」と
述べていることは、党の要職者が太平洋戦争の戦没者の遺骨収集が終わっていないこ
とを認めているからではないでしょうか。
私は、地上戦に巻き込まれた沖縄の人たちの遺骨に出会う度に、日本の軍隊は国民
に犠牲を払うことを強要しただけで、一番大事な責務である国民を守る使命を果たし
ていなかったと、感じます。
「いざという場合には命を捨てる自衛隊にだれもが敬意を持つような憲法を持った
方がよい」とも述べられました。太平洋戦争での責務を残したままでは理解を得にく
いのではないでしょうか。
いざという場合、命を捨てるのはあなたではなく、無名の自衛官であり国民です。
私たちの仲間に、沖縄のジャングルで黙々と集骨する元自衛官の姿があります。自衛
官を真に国民から認められる存在にしようとするのであれば、いまだに戦場に放置さ
れ、忘れられた人たちに対する責任を明確にして頂きたいと思います。
「外国で感じる日本への不安」 医師 佐藤由里子 34歳
スイスに住み2年になります。
先日、ルツェルンという近郊の街の劇場にオペラを見に行きました。
感想やゲスツブックの中に日本語で書かれたページがありました。
中心に大きな字で「寒」と書かれ、回りに「スイスなんにもねー!なんじゃこの国は死ね!」
「スイスのチョコレートは犬の乳で作られたものと聞きました」などとありました。
同行したスイス人の友達が「なんて書いてあるの」と尋ねてきましたが、私は訳せませんでした。
そして、今日のヘラルド・シリビューン紙の1面に小泉首相が日本には本当の軍隊が必要だと公言したとの
ニュースが載りました。
ゲストブックに書いたのは字体や表現から若い人でしょう。
私はこのことに病んだ日本の若者の姿を感じました。
国際感覚を身につける以前に、人というものへの思いやり(共感する力、想像力)が
根本的に育っていないと思うのです。
本来、良い土壌と十分な水と日光があれば伸び伸びと育っていく子供たちに、
今の日本は子供がすくすく育っていくには、あまりな冷酷、過酷、無機質だと思われて悲しくなります。
そして、その国の新首相が軍隊を持とうと言う。
外国にいると日本はとても「危ない国」に見えます。
「看過できない改憲への動き」 無職 上野 利生 (三重県 65歳)
施行されて55年目になるのを機会に、日本国憲法をじっくり読んでみた。国民主権
と天皇制との整合性をどう見るかを除き、制定当時の新生日本の息吹が感じられ、平
和と民主主義の規定はますます新鮮な光を放っているように思った。
理念を述べた前文に「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることがないよう
に」のほか、平和という文字が4ヵ所もある。平和への希求がいかに強いかを物語っ
ている。2千万人ものアジアの人々と310万人の国民を犠牲にしたという事実が、
その背景にあるからだ。
ところが、国会はこのところ、憲法に抵触するような法律の制定を強行してきた。
ガイドライン関連法や通信傍受法(盗聴法)、国歌・国旗法などがそれだ。また、改
憲の布石として憲法調査会も設置された。
先般、仙台市で開かれた調査会の地方公聴会では、過半数の陳述者が不戦の憲法9
条を評価し、護憲を表明した。にもかかわらず、自民党総裁選に出た4人はそろって
改憲を唱え、首相になった小泉純一郎氏は「自衛隊が軍隊でないというのはおかしい。
改正すべきだ」と発言している。
国のトップが憲法擁護義務に違反し、改憲を叫んでいる。このような、民意からか
け離れた国会、政府の状況は看過できない。
憲法を安易にいじる危険性
会社員 伊藤 浩睦(名古屋市 44歳)
憲法を変えようという議論をよく耳にします。小泉首相も首相公選制に
限定して変えようといっていますが、一般庶民にも会見を望む危険な心
理が潜んでいる事を、まず考えるべきではないだろうか。
私が中学・高校生の頃、戦中派の教師からよく「今の生徒は自由をは
き違え、権利を振り回す。昔だったら憲兵に半殺しの目にあわされてい
た」「戦争に負けて世の中がさかさまになったから、お前らは大きな顔を
しておられるのだ」などと言われた。
こうした人たちには、社会全体のことより、目の前の自分より目下のも
のが自由に意見を述べたり、権利を口にしたりする事を好まない感情が
ある。目上の者に口答えするな、の一言で片づけ、暴行を加えても批判
されない社会が懐かしいのだ。だから憲法を変えて昔に戻そうとする。そ
うした感情が、改憲しようとする心理の底にあるのではないか。
うかつに憲法をいじろうとすれば、心の底にあるそうした感情が必ず出
てきて、自由や権利を奪う方向に進む危険がある。小泉首相をはじめ、
安易に改憲を口にする人にはこのことが解っていないように思われてな
らない。
「日本が負けて良かったと母」
主婦 鶴丸 折枝(横浜市 53歳)
「負けて本当に良かった」。私が小学生の時に聞いた母の言葉である。
昭和30年代になっても復員者の会話は、最後は戦争の話だった。
その夜も知人と酒を飲みながら父の軍隊時代の話が始まった。
殴られてばかりで良いことなどなかったはずなのに、父は興奮してしゃべり続けた。
「こうすれば負けなかった」の話になった。
その途端、黙っていた母が言った。「日本が負けて本当に良かった」
「あのまま日本が勝っていたら、軍隊が威張ってどうしようもなかった。
ああ、負けて良かった。負けて良かった」
負けて良かったの言葉が一晩中続くのではと恐ろしくなったのか、
お客はあわてて帰って行った。その間、「負けなかったら軍隊にいじめられていた」
と思った私も、母をまねて「負けて良かった」と、何度も部屋の隅でつぶやいていた。
母は昭和58年、言いたいことを山ほど抱えたまま58歳で死んでしまった。
そして今、負けて良くなったはずの日本に、再び軍事国家に戻ろうとする
動きがある。「昔は良かった」と過去を語ろうとする人がいる。
しかし「日本の昔」は、母に「負けて良かった」と叫ばせた、理不尽だらけで、
救いようがない暗闇だったのだ。
主婦 鶴丸 折枝
(シンガポール 53歳)
「IT革命」で景気回復と騒いでいたのが突然、「デフレだ、大変だ」と
変わり、このままでは景気が下向くと叫ばれ出した。デフレの定義も
あっという間に変えられた。国際的な基準に合わせるといって、
「2年以上の継続的な物価下落」だからと、デフレにされてしまったが、
これまでの定義は何だったのか。
しかし、株価急落を利用した「恐慌」の脅しで、日本中が瞬時に
デフレ一色に染まった。この挙国一致ぶりが怖い。小渕内閣の時も、
景気回復のためと「何でもあり」の無責任政策を許した。
痛みを伴う構造改革の断行が強調されているが、実行されれば、
痛みは弱い部分に集中する。銀行、大企業や自民党は痛くもかゆくもない。
これが問題なのである。免罪のお墨付きをもらって銀行幹部は
これからは一層やりたい放題だ。
収益拡大のための雇用と賃金の削減を企業に促す自民党の政策が、
社会不安による需要不足を生み、今日の経済の停滞をもたらした。
今回のデフレ宣言は、その政策の失敗を自民党が自ら認めたのに
等しいのに、デフレと騒ぎ立てて罪を逃れようとしている。
責任も取らず、再び弱い労働者を犠牲にして党の存命を図ろうと
している「常習犯自民党」を許してはならない。
改憲を打ち出す民主党は 自民党と変わらない
神奈川県横浜市 鶴丸折枝
憲法改正を言い出す前に民主党にはやるべきことが無限にある。
鳩山由紀夫代表の軽率な憲法改正論に
多くの民主党議員が反対している。これは当たり前のことである。
選挙民は自民や連立政権を信頼していないのと同じくらい
民主党も信頼していない。経済は政権が変わったくらいでは
回復のしようがないほど傷みきっている。「あまりのひどさに
対抗勢力があとを引き継ぐのをためらってしまうほど
荒廃させること」が政権維持の究極の極意である。
選挙民は民主党がこんな状況を解決できると思っていない。
他に大きな野党がないから民主党に投票しているだけである。
そのこともわきまえず憲法改正を言い出す青臭さには閉口する。
が、別に最初から期待はしていないので失望もしない。
しかし民主党が憲法改正を主張するなら選挙民にとっては
なんのメリットもない党になるだけである。政策にも
期待がもてず、憲法も改正するなら自民党と変わらない。
もっと悪いことはそんな民主党に投票することは改憲に
賛成したことになってしまう。
「みんなが憲法を改正したがっている」と一部の勢力が
資金にまかせて喧伝している。これを利用して
「国民の大多数が」と一部のマスコミがふりまいている。
しかし、現実は大違いである。一般の人々は知らないか、
無関心なだけなのである。まさか、自分たちが、大規模な
軍事行動の推進者や立案者にされているとは
夢にも思っていないだろう。
選挙民は、「憲法9条を守るために戦う野党」を熱望している。
自民党の取り巻きたちの違憲性も徹底追及すべき
神奈川県横浜市 鶴丸折枝
主婦(52歳)
5月26日、多くの記者を前に、森喜朗首相はくどくどと
自己弁護に終始し、時間と電波を浪費した。神仏の崇高さや
自然の清らかさとは程遠い醜悪な自己保身の権化でしかない。
「神の国」発言を撤回しないことが、違憲状態の継続を
意味することもわかっていない。憲法を守る気持ちなど
さらさらない。子どもじゃあるまいし、
「そんなつもりじゃなかった」でことがすむと考えている
幼稚さにも驚く。
これですむと同調している町村信孝元文相にも、未来はない。
さらに権力呆けした野中広務・亀井静香両氏は
「言葉尻を捕えて攻撃」とか、「こんなことに関わっていないで、
もっと重要政策を」と、開き直っている。
現憲法など歯牙にもかけていない彼らにとって
「主権在民」などは、「言葉尻」や「こんなこと」の類なのである。
撤回もせず憲法を侵し続けているバカな首相を擁護し、
「主権侵害は政争に値しない」と言ってはばからぬ取り巻きたちの
違憲性も徹底的に追及する必要がある。
主権問題をないがしろにして、いくら失業問題や老人問題を
論議しても世の中はよくならない。
身長順に並ぶ
当然ですか?
小学校教員 矢部 智江子(宮城県38歳)
私の学校の運動会では数年前まで、児童は大きい順に並んで行進していました。
見栄えを考えてのことです。大きい順に行進すると、小さい子は大きい子の
歩幅に、後ろからちょちょこ走って、ついていっていました。
それで、小さい順にしたのですが、それでも問題がなくなっていない
ことに最近気づきました。
身長順に並ばされることが順列付けになった、子供たちに、無意識の
うちに一定の価値観を形成させているのではないかと思うのです。
とくに男の子に強いようです。反対に女の子の方はあまり大きくない方が
いいという価値観を持つようです。
この意識が植え付けられて、一番小さい子は「ちび」とばかにされたり
します。大きい女の子は小さく見られたいと、背を丸めて歩きます。
これらの原因のすべてが学校での背の順にあるとは言えないかも
しれませんが、日本人の価値観を左右する一因になっている気が
するのです。
もし、体重の順に並べられたとしたら、だれもが怒りだすでしょう。
身長もそれと変わらないはずなのに、と私は思います。
皆さんは、どう思われますか。
「他人任せでは日本変わらぬ」 主婦 白川道代 46歳
五月一日はメーデーだと思っていたのに、いつから4月になったのでしょう。
遊びが優先で、連休の初日にしたとか。
イギリスやドイツでは、メーデーに大きなデモがあり、各々の主張を込めて大勢の人が参加しています。
しかし、日本の メーデーは形ばかりで、骨を抜かれた私達は意見の表明どころか、
それを持つことさえ、どこかにおいて来てしまったようです。
今回の小泉内閣の支持率が高いと、新聞、テレビがこぞって報道しています。
あまりの一致ぶりに、まるで情報操作されているかのような気すらします。
現在の報道の在り方が心配です。Aが善い事をしたとなると、どこも必要以上に褒め、
Bが悪いとなると、とことん追い詰める。どこを見ても皆同じ調子で、
特にテレビの取り上げ方は使う言葉さえも同じ様に放送しているのが、気になって仕方ありません。
小泉内閣が誕生した事で、日本が変わるような錯覚こそが恐ろしいのです。
本当に日本を変えることが出来るのは、人任せではなく、
私達市民の熱い思いだと信じてます。
「首相公選なら天皇制論議を」
医師 宮本 洋(茨城県 45歳)
小泉新首相は、憲法改正による首相公選制の実現を訴えている。
我が国では、立憲君主制に近い形がとられながら、天皇が元首としては
規定されていない。そのうえ首相公選となると、首相は直接国民から
信任され、議会の信任を要件としない政府が出来上がる。
議院内閣制というより大統領制に近くなり、首相の元首性が
強まってくる。かくして憲法は、9条以上の矛盾を抱えることになると思う。
整合性を求めるなら、やはり象徴天皇制の問題に取り組まなければ
ならない。天皇制には憲法上、様々な矛盾がある。
例えば、憲法では政教分離がうたわれているが、天皇家は神道色が
極めて強い。また、皇室の人々には基本的人権のうち、職業選択の自由や
選挙権などがないのだ。
この際、国家機関としての天皇制は廃して、任意団体あるいは
宗教団体として組織し直してはどうか。天皇は、古来「司祭」的意味合いが
強く、ローマ法王に立場が似ているという説もある。見方を変えれば、
天皇制の「民営化」でもある。その上で、大統領制を導入すればよい。
改憲をタブー視することはないが、天皇制もまた、タブー視しては
ならないと思う。
「東京の休日」させたかった
会社社長 志村 淳(山梨県大月市 56歳)
金総書記の長男・正男氏とみられる人物の「お忍び旅行」は失敗に
終わりました。思わずヘプバーンの「ローマの休日」と重ね合わせて
しまいました。
もし私が正男氏だったなら、まず渋谷界隈のカリスマ美容室へ飛び込み、
今流行の(?)小泉首相のモップヘアにウキウキ。ソフトクリームを
食べながら浅草に行き、自由な幸せに願をかける。時がたつのも
夢のうち。最後の日には家族みんなでディズニーランドへ。
数々の思い出写真を、誰かがそっと手渡してくれるに違いない。
貴重な日本の思い出が心に刻まれ、いつかミサイルのいらない豊かな
国になりたいと、次代、次々代の北朝鮮を担う親子2人はきっと
思うだろう。そしてそれは、全て日本政府の計らいで、極秘だった_。
もしこのような形で機密費が使われるなら、いくら使っても
領収書は要らないと、国民は納得するでしょう。小泉首相、田中外相、
政治家の皆さん、思いやりで人の心を動かしてください。
隣国の人の心までも。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
Λ_Λ | 君さぁ こんなスレッド立てるから |
( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて |
/つつ | いないんだからさっさと回線切って首吊れ |
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(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
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(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
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