女子格闘技総合スレッド Part8

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出会いは麻布の美容室だった。
一昨年の5月の終わり、彼女はそこで懐かしい人と顔を合わせた。その男の人は女性を連れてきていて紹介される。
数日後に試合を控えていた“格闘ジャンヌ・ダルク”渡邊久江だった。
「いま、トレーナーをやっているんだ」
その男の人…「Red Devil KIS’S 」の前身、「チームリミット」の代表を務めていた松本孝弘は、そう言った。
松本と石山絵里は、かつて役者を目指していた頃に同じプロダクションに所属していた。
長い間、会ってはいなかったが互いによく顔は憶えていた。
(トレーナーって?)
石山は、格闘技に対する知識は皆無で、その言葉の意味を美味く理解することができなかった。渡邊のことも知らなかった。
「この子、6月1日に試合をするんだよ。よかったら観に来ない?」
松本に誘われて、じゃあ観に行ってみようかな、と思った石山は、『SMACK GIRL』の会場、ディファ有明に足を運んだ。
初めて目にする世界だった。
会場の中央に設置され、照明の当てられたリングの上で、女子が戦っている。そんな世界があること自体、石山は知らなかった。
セミファイナル、テーマソングに乗って渡邊久江がリングに上がる。対戦相手は「Eika」という名の選手だった。
総合格闘技の試合であってもタイプ的に渡邊はキックボクサー。
激しいパンチとキックでアッサリと勝利を収めた。寝業の攻防はよく理解できなかった。
しかし、打撃は解りやすい。かつて、アクション女優に憧れていた彼女は、その渡邊の戦う姿を見て素直に「格好いい」と思った。


それから3ヵ月…石山は、チーム・リミットの練習を見にいくことにした。
格好いい…そう感じた渡邊久江がトレーニングしているところを見たい。ミーハー的な興味だった。ところが松本が思わぬことを言った。
「せっかくだから、ジャージを持っておいでよ」
場所は練馬区の石神井体育館。着くと早々にジャージに着替えさせられた。こんな格好をするのも久しぶりだ、
そんなことを思っていると松本の声が聞こえる。
「ちょっと、じゃれておいで」
そう言われて寝業の形で渡邊と組み合う。
何も解らずに転がっていた。でも痛い思いをしないように、技術も知らぬままに必死にディフェンスしていた。
この2年前の夏の日を境に彼女は格闘技の世界に足を踏み入れることになった。
小学生の卒業アルバムには「アイドル歌手になりたい」と書いた。テレビの画面の中に見るアイドルに憧れた。
ステージの上でヒラヒラの付いた衣装を着て笑顔で歌っている。
スポットライトと声援を浴びて弾んでいる奇麗な女性…私も、彼女たちのように輝きたいと思った。
 ある時、舞台『アニー』を追ったキュメント番組を観た。
辛い稽古にも耐え抜き、多くの観衆の前で格好良く演じている女の子たち…幼な心が動かされた。
「アニーに入りたい、アニーに入りたい」
 泣きながら親に抱きついて、そう言い続けたこともあった。
 高校を卒業すると、芸能関係の事務所を探した。
でも、どうやって探せばよいのかも解らない。時間はかかった。
初めて事務所に所属したのは20歳の時だった。女優になりたいと思った。
「演技レッスン、台本読み…いろいろと経験する中で、演技って面白いなって思えたんです。
その役になりきって映像を通して多くの人に伝えられたらいいなと思いました。
でも、いくつか事務所も移って、長い間所属していましたが大した活動はできなかったんです。
エキストラ的に映画のワンシーンに出演できた程度でした」
96その3:04/07/22 22:49 ID:l1SDAsmb
そう話す彼女は、偶然にも格闘技と出会うことになった。
ジャージを持って初めて石神井体育館を訪れて以来、石山は格闘技の世界に、ドンドン引っ張られていく。
ともに練習している渡邊には次々と試合が決まっていく。そのたびにチームとともに会場に足を運ぶ。
最初は、自分がリングに上がって戦うことなど考えもしなかった。でも時々、リングサイドで渡邊の試合を観ながら思った。
(私も、いつかリングに上がれるのかな?)
そんな気持ちは時の流れの中で急激に変化していく。
(自分も、このスポットライトが当たっている場所に上がりたい。試合をしたい)
激しく、そう思うようになった。
ほとんど毎日、休むことなく、練習に汗を流した。
「私はスポーツを、それまでは一切やっていなかったんです。自分がスポーツを出来るとも思っていませんでした」
石山は、そう言う。
練習を始めた頃、彼女は、反復横跳びや、ジャンプすら、まともに出来なかったらしい。
格闘技のトレーニングとなれば、顔面を殴られることだって当然ある。顔を殴られることに抵抗もあっただろう。
「最初は、あったと思います。でも、やっているうちに無くなっていました。
そのことよりも、教えられた通りパンチが出せる、
蹴りを出せる…『よし、いいぞ』と言われることの方が嬉しかった。楽しかった。
でも、できないと悔しくて。痛さや恐さは、気にならなくなっていました」
デビュー戦は昨年の5月、北沢タウンホールでの『GALS』の第1回大会。
麻布の美容室で松本、渡邊と出会ってから僅か1年足らずのことだった。
「試合の前夜は眠れたんです。それほど緊張もせずに過ごせたと思います。
でもリングに上がってゴングが鳴るのを聴いた瞬間に頭の中は飛んでいました。
セコンドの声もまったく耳に入ってこないんです。恥ずかしい試合だったと思います(笑)。
攻められている時に(セコンドから)何か言われているのは解るんですけど、もうパニック状態なんです。
本当なら、まだ蹴れるはずなのに、スタミナが続かない…緊張していたんだと思います」
対戦相手は金子和美だった。2ラウンド判定で石山は敗れた。
97その4:04/07/22 22:52 ID:l1SDAsmb
「試合が終わった後は、負けたら悔しいし、勝ったら嬉しいんです。
でも興奮状態だから、その時には試合内容なんて、ほとんど覚えていない。
ただ負けた時は、応援してくれた人や支えてくれた人たちに対して『ゴメンナサイ』という気持ちで一杯になるだけなんです。
本当に悔しさを噛み締めるのは、ビデオテープで自分の動きを見た時なんですよ」
試合が終われば、その後にメンバーたちと一緒にビデオテープを観て振り返る。その時に石山は思う。
(何故、あの時に練習でやっていた動きができなかったんだろう。どうして、あれができないのか)と。
冷静になって自分の試合を見ている分、悔しさは確固たるものになる。
この一年足らずの間に石山は、総合、キックボクシング、ボクシングの試合を合わせて5戦こなした。
負け越してはいるが、どれも必死に戦った。しかし彼女は、その結果以上の充実感を得ている。
練習に参加し始めた頃には、当時の体型から「打撃よりも寝業の練習をした方がいいんじゃないか」と周囲から言われた。
でもそれは嫌だった。
石山のイメージの中では寝業よりも打撃の方が圧倒的に格好よかったからだ。
だから「打撃をやりたい」と駄々をこねるように言い続け、実際にそうしてきた。
それでも格闘技を続ければ、戦うことの奥深さを知っていく。
最近では寝業の面白さもよく理解できるようになったと言う。
格闘技を始めた…そう話した直後は両親も心配していた。
でも、いつしか応援してくれるようになった。
会場に足を運んでくれたこともある。
いまは、練習中心の生活の中で、実家の居酒屋も手伝っている。振り返って彼女は言う。
「私には、ずっと熱くなれるものがなかった気がします。
98原文・近藤隆夫:04/07/22 23:14 ID:l1SDAsmb
「私には、ずっと熱くなれるものがなかった気がします。
女優を目指して事務所に所属して、でももう無理かなと思っていた時に格闘技に出合えました。
こんなに夢中になれるとは最初は思いもしなかった。悔しかったり、嬉しかったり…熱くなれるんです。
もっと早く出合えればよかったとも思いますよ」
彼女は現在27歳。心底から熱くなれるというリングでの戦いを何時まで戦い続けるつもりなのだろうか。
「年齢は考えてないですね。結婚して子供を産んだとしても、
その子供を担ぎながら、やっているような気がします。何時まで…まったく想像がつきません」
笑顔で、そう話す彼女は、
3月20日、大森のゴールドジムサウス東京ANNEXで開かれる『スマックガール』で吉田正子と対戦することが決まっている。

結果とその後の戦績
×石山絵里1R 3'20" 腕ひしぎ十字固め○吉田正子
4.4ボクシング
×藤井 巳幸 判定(0−3)○石山 絵理
4.18クロス・セクション
○石山絵理1R 4'50" KO (3ダウン:スタンドパンチ連打)×野口若菜
5.16スマックガール
○石山絵理1R 2'18" ネックロック×バッカス羽鳥
6.19スマックガール
×松本裕美 判定(0−3) ○石山絵理
7.18ボクシング
○菊地 奈々子 判定(3−0)×石山 絵理

石山絵里(いしやま・えり)プロフィール
1976年8月2日、神奈川県相模原市出身。
2002年5月、『Gals』でデビュー。翌6月には女子ボクシングのリングに上がり、
8月に『SMACK GIRL』に参戦…宇佐美ノリコをTKO…初勝利を収めた。
軽やかなステップからの打撃が得意。
趣味は映画鑑賞、漫画を読むことに加えて最近ではディズニー・キャラクターの「スティッチ」収集に凝っているとか。
血液型A。
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