損得で思ったんだが、小刻みくんが俺に粘着すると誰が得するのだろう。
もちろん俺は気分が悪くなるが、論争で負けたのならともかく、俺は負けているとは思ってないから
別段気にしない(まあ、客観的な論争の勝ち負けと主観的なそれは食い違う可能性があるので、
別に猫は勝ってないよ、と思う人は、あくまで猫がそう思いこんでいるだけとでも思ってくれ)。
擁護法賛成反対云々で言えば、小刻みが書き込めば書き込むほどギャラリーの同情は俺に集まるだろうし
(もちろん、何があっても反対派という人もいるだろうし、そんな人は小刻みの書き込みに拍手喝采するのだろうが)
そもそも、小刻みみたいな人間がいるから、擁護法は必要なんだよねえ、とも思わないでもない。
たかが擁護法推進派の俺に向けられる罵倒がこうなのだから、実際擁護法で守られるべき対象に小刻みによって向けられる悪意が
どの程度のものかと言えば、まあ、結構恐ろしいだろう、というのは想像に難くない。
実際のところ、こんな人間に粘着されてもなお、つまり俺の立場に立ってなお「これは表現の自由であって正当なんだ」
と言い切れる人間はあまりいないだろう、と思う。その意味では俺は一応相手してあげているわけで表現の自由に寛容な方だw
まあ、そんなわけで感情の問題抜きで考えれば小刻みによる俺の罵倒で一方的に損するのは小刻みなわけだが、
これはどういう事なのか。この問題は以下のように考えれば簡単である。
つまり小刻み=猫なのである。
猫は、擁護法を推進する際に、無意識的に、表現の自由を乱用する存在が現実にいれば
その主張は強固になると考えた。こういうやつがいるから擁護法が必要なんだ、という話になるから。
しかし一方で猫は結構まともな人間なので、自分以外の人間にあまり迷惑を掛けたくなかった。
そのため主な罵倒範囲は猫とその擁護者に向けられる。
しかし、同時に、IDを隠さないといけないとも無意識的に考えていた。
家のパソコンは常時接続なので、ID固定だからな。
というわけで、猫は外に出るたびに、ネカフェやら何やらで書き込みをしていた。
IDがころころ変わるのもそのためである。同時に書き込む必要があるときは携帯使えばいいしな。
また一時期猫は書き込みをしていなかったがそのとき小刻みがほとんど発生していなかったことも客観的な証拠となる。
つまり、小刻みは俺の弱い心が生み出してしまった幻影なのだ。
ごめん、みんな、小刻みなんて本当は存在しなかったのだよ。