上訴の分岐点

このエントリーをはてなブックマークに追加
8法の下の名無し
 (B)実質的不服説
当事者が控訴審で求める判決内容と第一審判決の内容とを比較して、後者が前者を上回る場合に控訴
の利益を肯定する見解である。控訴審で新たに要求する部分について相手方の審級の利益が害されや
すいといった問題点があり、現在では支持者はほとんどいない。

 (C)新実質的不服説
上訴以外の方法では得ることのできない利益が存在する場合(上訴以外の方法では回避することので
きない不利益が存在する場合)に上訴の利益を認める見解である。例:(c1)第一審で敗訴の当事
者は、第一審判決が確定するとその既判力により不利益を受け、それから逃れるためには上訴によら
なければならないから、上訴の利益がある;(c2)黙示の一部請求を全部認容された原告は、第一
審判決が確定すると残部請求を遮断されるから、追加請求のための上訴ができる。他方、明示の一部
請求を全部認容された原告は、残部について、別訴で追加請求することができるから(判例の立場)
、請求拡張の為に控訴を提起する利益を有しない。(c3)その他、形式的不服説が例外的に上訴の
利益を肯定するa2,a3の場合についても、上記の原則に従い、上訴の利益を肯定する。

 (D)自己責任説(新実質的不服+自己責任説あるいは折衷説)
上訴の利益の判断にあたっては、新実質的不服説の意味での不服概念を基礎にすべきであるが、当事
者の原審における行動についての自己責任も考慮すべきであるとして、裁判所が当事者の申立てに拘
束される場合には、当事者は自ら求めた裁判による不利益を甘受すべきであり、原則として、その不
利益は上訴の適法性を根拠づけないとする説([栗田*1985a]76頁以下)。自己責任の視点から、黙
示の一部請求の全部認容判決を得た原告について上訴の利益を肯定されるのは、第一審の口頭弁論終
結後に初めて残部の存在に気づいた場合に限定されるべきであるとする([栗田 *1985a]67頁以下
)。他方、身分関係訴訟については、身分関係の重要性は自己責任の原則を上回るとして、例えば、
離婚請求を認容された原告が請求放棄のためにする控訴も許されるとする。

比較検討
新実質的不服説は、形式的不服説が例外的に控訴の利益を認めた場合(前記(a1) (a2)(
a3)の場合)も、原則の適用事例に取り込むことができることを特色とし、両説の結論上の差異は
少ない。しかし、形式的不服説あるいは自己責任説は、処分権主義を前提にして、自ら求めた判決に
不服を申し立てることは原則として許されないという形で、当事者の自己責任を重視するものである
。したがって、これらの説にあっては、求めた判決が与えられた場合に上訴の利益を肯定するために
は、それを正当化する理由付けが常に必要とされる(自己責任説は、その点を意識的に強調する)。
他方、新実質的不服説は、その理由付けを要求しない。この点でなお違いがあり、控訴の利益が肯定
される範囲は、形式的不服説あるいは自己責任説の方が、新実質的不服説よりも狭いというべきであ
る。

控訴の利益の生ずる事項
控訴の利益は、判決の効力の生ずる事項についてのみ生ずる。原則として主文中の判断に限られ
る。理由中の判断は当事者が判決を求めた事項ではなく、また、既判力が生じないので、この部分に
ついての不満は控訴の利益を基礎づけない。但し、相殺の抗弁についての判断は既判力を有するので
(114条2 項)、控訴の利益を基礎づける。例えば、原告からの金銭支払請求に対し、第一次的に債
権の発生を争い、第二次的に債権の発生が肯定されるのであれば反対債権で相殺すると被告が主張し
た場合に、債権の発生と反対債権による相殺を認めて請求を棄却する第一審判決に対して、被告は相
殺によらない請求棄却判決を求めて控訴する利益を有する[5]。

控訴権の放棄(284条)
第一審判決の言渡後であれば、各当事者は自己の控訴権を放棄できる。控訴権放棄は、裁判所に
対してその旨を申述することによりなす(規則173条1項)[16]。控訴提起後に控訴権を放棄する場合
には、控訴取下げとともにする(規則173条2項)。第一審判決言渡前に、将来生ずる控訴権を予め放
棄することは許されない。その判決により自己の受ける不利益を正確に判断できず、危険だからであ
る[7]。