「二 申立人は、逮捕直後から右事実を全面的に認め、公判においてもこの自白を維持して、
第一審において死刑の宣告を受けた。申立人は、この第一審判決を不服として控訴し、
控訴審において、死刑制度の違憲性、心神耗弱、量刑不当等の主張に加え、放火の犯意に
ついても争ったが、第一審判決挙示の証拠により十分これを認めることができるとして、
その主張は排斥され、上告も棄却されて、第一審判決が確定した。
三 本件再審請求においても、申立人が強盗殺人、同未遂の犯行に及んだことには争いがなく、
本件再審請求は、前記各犯罪事実のうち、現住建造物放火の点のみを否定し、火災の真の原因は
事務室内で燃焼中の石油ストーブ(以下「本件ストーブ」という。)が直立したままの状態で異常燃焼した
ことによるものであるとして、この点について申立人を無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見したと
主張するものである。右放火の罪は、確定判決において強盗殺人、同未遂の罪と一個の行為で三個の
罪名に触れる観念的競合の関係にあるものとして処断されたものであるところ、このように確定判決に
おいて科刑上一罪と認定されたうちの一部の罪について無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見した
場合は、その罪が最も重い罪ではないときであっても、主文において無罪の言渡しをすべき場合に
準じて、刑訴法四三五条六号の再審事由に当たると解するのが相当である。
四 原決定は、確定判決が放火の方法に関し燃焼中の本件ストーブを足蹴にして横転させたと
認定したことについて、原審における検証調書等によれば、本件ストーブを蹴り付けて横転させようと
しても、ストーブは重心が低く設計されているため床面を前方に滑るだけで容易に転倒させることが
できず、また、所論引用の新たな証拠であるe作成の『東芝KV202石油ストーブ実験結果のまとめ』と
題する書面及び原原審における証人eの尋問調書等によれば、本件ストーブを横転させると裏蓋が
開いて給油タンクがストーブ本体から外れてしまい、本件ストーブの発見時のように給油タンクが
納まったままの状態で横転させることはできないことから、確定判決の右認定には合理的な疑いを
生じたとしている。その上で、原決定は、放火の方法について更に検討を加え、申立人及びaの
各自白を含む関係証拠、とりわけ確定判決を言い渡した裁判所に提出されていた福岡県警察
技術吏員f作成の鑑定書、再審請求後に検察官から提出された同技術吏員g作成の鑑定書二通等
によれば、申立人が本件ストーブをその前面下部の扉部分が床面に接するように設置して
火を放ったことを認定することができるとし、申立人が本件ストーブを故意に転倒させ、その火を
机等に燃え移らせて放火の犯行に及んだことに変わりがないから、無罪を言い渡すべき場合に
当たらないと判示し、本件再審請求を棄却している。」
「五 記録に徴すれば、原決定の右判断は、結論において正当として是認することができる。
すなわち、申立人の自白のほか、共犯者aの供述、本件ストーブや防護網の発見状況、
現場の焼燬状況等を総合すれば、原決定のように本件ストーブを前傾した状態に設置したとまで
認定すべきか否かはともかくとしても、申立人及びaが、事務室内にあった燃焼中の本件ストーブを
防護網を取り外して移動させ、その火力を利用して室内の机等に燃え移らせるようにして火を放ち、
その場から逃走したことは、動かし難いところであるから、申立人に現住建造物放火罪が成立する
ことは明らかである。
所論は、確定判決の判示した放火の具体的方法が実行可能であることについて合理的な疑いを
生ずるに至ったのであるから、再審事由に該当すると主張している。しかし、放火の方法のような
犯行の態様に関し、詳しく認定判示されたところの一部について新たな証拠等により事実誤認の
あることが判明したとしても、そのことにより更に進んで罪となるべき事実の存在そのものに
合理的な疑いを生じさせるに至らない限り、刑訴法四三五条六号の再審事由に該当するということは
できないと解される。本件においては、確定判決が詳しく認定判示した放火の方法の一部に誤認が
あるとしても、そのことにより申立人の現住建造物放火の犯行について合理的な疑いを生じさせる
ものでないことは明らかであるから、所論は採用することができない。」
「六 前記f作成の鑑定書は、確定判決を言い渡した裁判所の審理中に提出されたが、確定判決には
その標目が示されなかった証拠であり、また、原審における検証調書及び前記g作成の鑑定書は、
本件再審請求の後に初めて得られた証拠である。所論は、確定判決に標目が挙示されなかった
証拠や再審請求後に提出された証拠を考慮して再審請求を棄却することは許されないと主張する。
しかし、刑訴法四三五条六号の再審事由の存否を判断するに際しては、e作成の前記書面等の新証拠と
その立証命題に関連する他の全証拠とを総合的に評価し、新証拠が確定判決における事実認定について
合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠(最高裁昭和四六年(し)第六七号
同五〇年五月二〇日第一小法廷決定・刑集二九巻五号一七七頁、最高裁昭和四九年(し)第一一八号
同五一年一〇月一二日第一小法廷决定・刑集三〇巻九号一六七三頁、最高裁平成五年(し)第四〇号
同九年一月二八日第三小法廷決定・刑集五一巻一号一頁参照)であるか否かを判断すべきであり、
その総合的評価をするに当たっては、再審請求時に添付された新証拠及び確定判決が挙示した
証拠のほか、たとい確定判決が挙示しなかったとしても、その審理中に提出されていた証拠、更には
再審請求後の審理において新たに得られた他の証拠をもその検討の対象にすることができるものと
解するのが相当である。原決定は、これと同旨の見解の下に、刑訴法四三五条六号の再審事由の
存否について判断したものであるから、正当である。」
「七 以上のとおり、所論引用の新証拠のほか、再審請求以降において新たに得られた証拠を含む
他の全証拠を総合的に評価しても、申立人が放火の犯行に及んだことに合理的な疑いが生じていない
ことは明らかであるから、所論引用の新証拠が刑訴法四三五条六号にいう証拠の明白性を欠くとして
本件再審請求を棄却すべきものとした原決定の判断は、正当であり、是認することができる。
よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。」