昭和44年9月10日 名古屋高等裁判所刑事第一部 判決(確定判決による死刑の理由)
「本件犯行は、被告人が妻A子と恋愛結婚し、同女との間に、二人の子供まで儲けておきながら、
妻A子の信頼を裏切って、しかも夫に死別して間もない判示B子と情交関係を結び、不倫な
いわゆる三角関係を続けるなどして、家庭不和の原因を自ら招来したものであるにかかわらず、
右の三角関係の善後措置方に窮するに及び、右のA子、B子の両名にとどまらず、多数の
罪なき人々までも犠牲にすることを十分認識しながら、敢行したものであって、その犯行の動機は、
全く人倫に背き、憫諒すべき点がなく、また被告人は、その犯行をなすに際し、いわゆる完全犯罪を
企図して、事前に、予め証拠の隠滅方法に関し、種々思いをめぐらしたうえ、周到な用意と計画の下に
本件犯行を敢行しており、しかもその犯行の態様は、年一回開催されるに過ぎない前記「三奈の会」
会員による懇親会の機会を捉え、同懇親会の席上、これを出席した多数の予て面識のある
婦女子に対し、猛毒性を有する農薬入りのぶどう酒を飲ませて、同婦女子の殺害を企てたという
極めて兇暴残虐なものであったこと、被告人の該犯行により、一瞬のうちに、妻A子、B子の
両名を含め五名の婦女子の尊い生命が奪われ、一二名の婦女子がそれぞれ重軽傷を負い、
とくに、その生命を奪われた被害者本人はもちろん、その遺家族に対しても、取り返しのつかない
不幸と苦痛を与えるに至ったこと、しかるに被告人は、本件に関し、司直の取調べを受けた当初、
本件を、妻A子の犯行であったかの如き言を弄して、自己の責任を、既に本件所為により殺害された
妻A子に転嫁しようとしたばかりでなく、当審における事実取調べの結果に徴すれば、被告人は、
本件が原審に係属中の昭和三九年八月ごろ三重刑務所拘置監において、当時同拘置監に
被告人同様未決囚として在監中のCに対し、本件に関する罪証隠滅のため、内容虚偽のいわゆる
偽せ手紙の作成方を依頼するなどして、本件の罪責を免れようと工作した事跡を窺知するに足り、
その心情の卑劣さを看過し難いのに加え、被告人には今なお本件につき、反省悔悟の情が毫も
認められないこと、更には、本件が、前記の如き本件各被害者もしくはその遺家族に与えた痛恨は
もちろん、一般社会に及ぼした影響等を考慮すれば、被告人の本件犯行による罪責は、まさに
極刑に値するといわなければならない。そして、本件記録に現れた被告人の年令、経歴、境遇
その他一切の事情を斟酌考量してみても、被告人に対し、本件につき、特に情状を酌量すべき
特段の事情のごときは、これを見出し得ない。よって、被告人に対しては、本件につき、前記の
刑法第一九九条の所定刑中死刑を選択して、被告人を死刑に処する」