547 :
船虫Jr ◆.Tg2yBtH66 :
日本国内でも、所属を決める二つの制度がある。
・現住所(住民票)
・本籍地(戸籍)
前者は、たとえ、その地が嫌いでも取得することが義務づけられてるもので、
それ故に、帰属意識や望郷意識との関わりは少ない。
逆に、後者は帰属意識や望郷意識との関わりが強い(要するに故郷)。
参政権は、
・現住所(住民票):東京
・本籍地(戸籍):新潟
の場合、東京になるわけだが、これはB既約や民主主義から言って適切。
外国人の場合はどうかというと、外国人は外国人登録いう形で住民票を取得している。
しかし、故郷の印となってる国籍は外国のまま。
・現住所(住民票):東京
・出身地(国籍):韓国
例えば、こういう場合には、東京にならない(民主主義に反する)。
ついでに言えば、終戦直後に生じたのは、
国籍が日本である日本人でも、
・現住所(住民票):東京
・本籍地(戸籍):朝鮮
である者(つまり在日)は、参政権を認めないという事態。
ゴチャゴチャ言う判例はあるにはあるが、
これを正当化するのは無理だと思うが?
548 :
船虫Jr ◆.Tg2yBtH66 :2005/07/28(木) 19:42:17 ID:SwYRui1A
参政権に限らず、現状のいかなる制度においても、戸籍を理由に何かを決めるというのは、
出身地差別に繋がるからほとんど無い。故に、戸籍というもの自体が形骸化している。
二重国籍を認めつつ在日に無理矢理日本国籍を付与すれば、国籍制度のまま民主主義に従うことはできるが、
それは「国籍の住民票化」を生じされる。日本国籍ってのは、その本来の意味を失う。
また、国籍とは別に主権者(国民)を定める制度を作れば、国籍は戸籍のように形骸化するが、
戸籍で何かの自己満足を得ている者がいるように、
帰属意識や望郷意識との関わりに関する自己満足制度としては生き残る。
いずれにせよ、ウヨウヨな国民思想は民主主義によって公式制度の場から駆除される。
これが極東板のバカウヨどもを刺激するわけだな。
そのようなウヨウヨ思想をもって、「国籍を持ち得る実質」と言ってるのなら、
日本の場合、そちらの方が破棄されるべきものだということになる。