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(G‘_>‘) ◆PeroPerorM :
2012/12/20(木) 00:17:02.69 0 | れすれす?れす???? |
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リ⌒ヮ⌒リ__,.-‐''" ̄ ̄ ̄ ̄`゙'''‐-、 (^皿^*)< どりちん!どりちんどりちん!
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前すれ
神7のストーリーを作ろうの会part6
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/jr2/1347456442/
スレ立て乙! ありがとう! こんなことってあるんだね
スレ立て乙です! 神7バンザイ
まだ6埋まってないよね? 勘違い?
I thank you God for most this Amazing Day 「…」 沈黙。 室内に谺するのは食器が擦れ合うか弱い金属音のみ。支配するのは重苦しい雰囲気ただ一つ。それに押し潰されそうになりながら、味の分からない食材を自動的に口に放り込んだ。 食べるのをやめると一気にこの鉛のような空気にぺしゃんこにされそうで谷村はひたすらに口をうごかした。 食卓には谷村と姉、母の三人がいる。父親は忙しいのでいつも深夜に帰宅するから家族4人が揃うことは少ない。 谷村は神7やJrの中では無口だが家の中ではそうでもない。普通に姉とも母親とも話をするし、家の中は唯一の安らげる空間であった。 だがしかし、今だけは鬼ヤクザに怒鳴られてもいい、中村に絶対零度を浴びせられてもいい、栗田に強烈ボディタッチをされてアホ扱いされてもいいからここから脱出したかった。 原因は自分にある。それは分かりきっている。その証拠に姉は府に落ちない表情で黙々とスプーンを動かしている。申し訳なかった。 「龍一」 母の低い声が沈黙を破る。谷村と姉は同時に方を震わせた。 「な…なに…?」 ポークビーンズをすすりながら問うと、母親は溜息をついた後、厳然と言い放つ。 「三学期はこんなことでは許しませんからね」 「はい…」 俯きながら、そう答えるしかなかった。 「ジャニーズの活動が大変なのは分かります。普通の子達ではできない経験をしているのだから。だけど、それと勉強がおろそかになるのは別です。 毎日毎日遅くまで絵を描いている暇があったら勉強なさい。そうでなくてもジャニーズの活動に時間が取られる分、他の子より遅れを取りがちなんですからね」 「ごもっともです…」 谷村が縮こまっていると、姉が助け船を出してくれた。 「龍一、別にお姉ちゃんに気を遣うことないのよ。あなたがジャニーズの活動が負担だっていうならお姉ちゃんは別に…」 谷村にJrオーディションを薦めたのは姉である。だから今少し負い目を感じているのだろう。だがそれは母親の厳しい一言で一蹴されてしまう。 「勉強がだめになったからジャニーズを辞める、というのは逃げているのと一緒でしょう。本当に続けたいのか、学業に専念するのかは龍一が決めることです。あなたが口出しすることじゃありません」 「はい…」 姉は力なく答えてエビフライにナイフを通した。 普段は温厚な母親も、さすがに先日返ってきた谷村の期末テストの成績表を見て目眩を起こし、あわや救急車で運ばれかけた。 期末テストの結果は悲惨なものだった。 もちろん、さぼっていたわけではない。自分なりに努力はしたつもりである。だが生半可な努力では周りについていくことはできない。 普通の学校ならばおそらく成績上位をキープできているのであろうが、谷村の通う学校ではそうはいかない。皆、質・量共に桁違いの勉強量をこなすしどんどん先へ行ってしまう。 ジャニーズワールドが連日入っていたこと、またそのレッスンや番組収録、撮影などで目も回るようなスケジュールだったことで勉強時間を確保することができず、過去最悪の結果を叩きだした。 下から数えた方が早く、同級生達とテスト結果の話題になると頭が痛いふりをしてトイレに駆け込みたくなるほどに惨め極まりない思いをした。
「あなたも明日で14歳なんだから、ちゃんと自分のことは自分で決めなさい。明日はお父さんも早く帰ってきてお祝いをしてくれるからきちんと考えておきなさいね」 最後は少し穏やかな口調になったが、谷村は気分がどん底にまで下がっていくのを抑えることができなかった。 深夜、おしおきのデッサンがひとくぎりつき、谷村は喉が渇いたのでキッチンに降りて行く。灯りが漏れていて話し声も聞こえるからちょうど父親が帰宅した頃だろう。成績のこともあるし、なんとなく顔を合わせ辛いと引き返そうとして両親の会話が耳に入ってきた。 「…成績のこともそうだけど、あの子自身の精神状態の方が不安で。今年に入ってから鼻でスパゲティを食べようとしたり火遊びをしたりわけの分からないことを喚き散らして白い壁の病院に二度も入院したでしょう? ジャニーズのお友達と旅行に行っては満身創痍で帰ってくるし…。狂ったように絵を描いてるのも何かの逃避かしら」 母親の不安げな声が耳をつつく。谷村は溜息をついた。 「小さい頃からお受験のために無理をさせすぎたのかな。龍一自身はやればできる子だしジャニーズでもがんばってると思うんだが…。確かに勉強勉強と言いすぎて人とのコミュニケーションの取り方が難しくなってしまってるかもしれないな。 うちの会社にもいるんだが、事務的なことはできるのに営業や人との関わりになると急にだめになる新入社員が増えているんだ。龍一にはもっと堂々として自信をもってほしいんだけどな」 「ジャニーズも、ちゃんとした芸能人としてデビューできるのもごくわずかだしどういう世界なのか知らないけどそれが本当にあの子にとって幸せなのかどうか分からないわ…。 だったら今のうちからきちんと勉強をして土台を作った方がいいんじゃないかしら?来年は特に三年生になって高等部への進学も決まる大事な時期だし…」 「まあ確かに龍一には華やかな芸能界、というのは向いていないのかもしれないな。龍一はいい意味でも悪い意味でもあんまり欲がないし…。 だがいずれ辞めるにしても本人の意識に「ダメだった」と残ってしまうのは良くない。お受験の時も言われただろう?『例え不合格でも子ども自身に「ダメだった」という思いを抱かせてはいけない』って。 そのフォローを間違うと一生残る傷を幼い子どもにつけてしまうってな。学校の成績が下がったから、ではなくて自分自身の未来を見据えてそこからは離れるという選択肢にもっていかないと」 「そうねえ…」 耳が痛かった。 学校の成績もダメ、ジュニアの活動ももう三年目なのに一向に振り間違いも移動間違いもなくならずおしおきの毎日。自分より年下の子が、後輩がどんどん実力をつけている。そんな中で焦りを感じている余裕すらない。 何一つ、満足にできやしない。誰にも認められない。 自分はエリートだ、という自信は今ではもう虚勢にすらなっているような気がする。そう思うことでようやく自分を保っていられるような…。 「龍一?」 ふいに、後ろから声をかけられる。振り向くと姉が怪訝な表情で立っていた。キッチンにいる両親に見つかりそうになったのと、それを絶対に悟られたくなくて谷村は踵を返して自分の部屋に戻った。 迎えた12月21日、14歳の誕生日。学校は終業式で午前中のみ。今日はジャニーズワールドの公演は入っていないが雑誌の撮影が入っていた。昼食もそこそこに撮影スタジオへ谷村は向かう。 Hodie Christus natus est hodie Salvator apparuit Hodie in terra canunt angeli laetantur Archangeli Hodie exsultant justi dicentes Gloria in excelsis Deo.Alleluia! 街はクリスマスムード一色で、どこかしらから聖歌のような歌が聞こえてくる。透明感のある清楚な歌声は天使の祝福のようで癒される。自身の誕生日とクリスマスが密接しているのと、毎年この時期は冬休みにもはいることもあり谷村はクリスマスシーズンが好きだった。 だが、今年はそういった浮かれた気分とはほど遠い。谷村は今日が誕生日であると共に冬至であることも思い出す。一年で最も日照時間の短い日。太陽に忌み嫌われた日。どんよりとして暗い自分に哀しいくらいあつらえたようである。
誕生日だからって何が好転するわけでもない。学校でも誰もその話題になることなく過ぎて行ったしもちろん12時ジャストにお祝いメールが届くなんてこともない。今朝は逃げるようにして登校したから家族からもまだ祝いの言葉はかけてもらっていなかった。 当然、撮影現場についても誰も今日が谷村の誕生日だということには気付いてもおらず、楽屋ではいつものようにいつもの風景が広がるばかりである。 「あっなたっか〜らメリクリスマ〜ス、わったしっか〜ら〜」岸くんは大声でクリスマスソングを歌っている 「岸くん素敵な歌声…」高橋はうっとりしながらヘッドスピンをしている 「やっぱサンタコス動画は王道中の王道だろ!キリスト万歳!」神宮寺はサンタ動画を見つけて上機嫌だ 「チキンは骨付きの方がうめーよな!ケーキは苺もいいけどブッシュドノエルも捨てがたいな!」倉本は楽屋をパーティー会場のようにしているが全部自分で食べている。 「うん…このシャンパンはまあまあいけるな…」羽生田は楽屋にシャンパンを持ちこんで飲み比べをしている 「栗ちゃん…今年は大きなクリスマスツリーの下で愛を誓うんだよぉ…」中村はうっとりしながら東京ウォーカーのクリスマスカップルスポットを読んでいる 「れいあサンタコスしてくれよー!サンタコス―!!」栗田は興奮しきりだ。 …まあこの連中がよもや自分の誕生日を覚えているなどと期待するほど馬鹿ではないつもりだ、と谷村は思う。ましてや祝おうなんてなるはずがない。今日は撮影だからおしおきをくらうこともボディタッチが炸裂することもないだろう。それで十分だ、と谷村は思っていたが… 「今日の企画はですね、クリスマスケーキ作りと谷本君のバースデーケーキ作りを兼ねて、その様子を撮影しますから、こちらの衣装に着替えて下さいね」 スタッフが今日の撮影についての説明をそうしたが、谷村は我が耳を疑った。 「お…俺の…?」 「そう。まあ発売は年明けになるけどね。お料理企画が読者からの要望にも多くて。谷本くん、丁度この日が誕生日なんでしょ?プロフィール間違ってないよね?」 誰も覚えていない谷村の誕生日はしかし「プロフィール」という奇跡の伝言によって雑誌企画に通っていた。神7達も今更気付いたようだ。 「谷藤、誕生日なの?いくつだっけ?」岸くんが高橋に訊ねる 「16歳くらいかな?12月生まれだったとは意外だね」高橋は同い年のはずなのに年すら覚えていないようだ 「おいおいじゃあ後日神宮寺特選エロ動画をプレゼントしてやるか」神宮寺はスマホを起動させ、動画の選別にかかる 「たにー16歳にゃ見えねーよな。26歳くらいだと思ってた」倉本の年齢の概念はいい加減だった 「そうか、谷上野にも誕生日というものが存在したんだな。きのこから生まれてきたわけではなかったのだな」羽生田は何気に失礼な発言をぼそっと呟いた。 「14歳になったんだったらぁもう振り間違いしちゃダメだからねぇ」年齢を覚えてはいてくれたものの中村から辛辣な言葉が飛び出す 「ギャハハハハ!おめー見た目老けすぎだろ!」栗田は大笑いだ。 「それじゃ皆さんスタンバイお願いしまーす!」 衣装に着替えてケーキ作りが始まった。岸くんと倉本がつまみ食いをしてどんどん用意された食材が減っていき、高橋が殺人的な味付けをし、羽生田と神宮寺が適当に盛り付け、中村と栗田がいちゃいちゃしながら仕上げをする。 そうしてできあがったケーキはおよそ当初の完成イメージ図からはかけ離れた物体になっていたがこれはこれで面白いということで採用されてしまった。ケーキなのに何故かキムチが乗っている。 「じゃあね、一人ずつ谷本くんに食べさせてあげてくださーい。それ撮りまーす」 カメラマンの声に、高橋と栗田が顔をひきつらせた。高橋は岸くんが、栗田は中村が「谷村に食べさせる」のが我慢ならないのだ。 だがしかしこれは撮影。いつものはにうだ観光や楽屋劇場ではない。スタッフが一度決めた事に反論は許されない、そこがJrの悲哀である。決められたことには絶対に従わないといけないのは暗黙の掟なのだ。 高橋と栗田は歯を食いしばりながら忍耐力をフル稼働させた。
谷村はというと、突然に降りかかった事態に付いて行くのがやっとである。 「はぁい。谷村ぁ。あ〜ん」 後ろで栗田が凄まじい殺気を放っている。だがしかし持ち前のプロ根性で中村がにっこり天使スマイルでケーキを口元に近付けてくる。いつもは天地がひっくり返ってもこんなことはしない。それこそ不思議な玉による不思議な作用でもない限り… だがこれは現実。不思議な玉も封印されたままだしましてや夢でもない。だからこそ尚更谷村は軽い混乱状態である。 「谷本くん、表情ちょっと硬いかな〜。もうちょっと自然に笑って。スマイルスマイル!」 だがしかしひきつった笑顔しか出てこない。元々笑顔を作るのは苦手なのだ。 「谷村ぁちゃんとやんなきゃぁ。がんばってぇ」 ぶりっこスマイルで優しい口調だが中村の眼の奥は妖しい光を放っている。『さっさと終わらせなきゃおしおきだよぉ』という副音声が聞こえてくるようだ。 天使のスマイルとドS女王様絶対零度のWパンチで谷村は体のとある部分が熱膨張し始めた。このままでは衣装の上からでも分かってしまう。それを悟られるのだけはなんとしても避けたい。その一心で撮影をこなした。 「はい、お疲れ様です!終了で〜す!」 ケーキはくそまずかったがご丁寧にスタッフが箱に入れて残った分を谷村に手渡してくれた。それを持ちながら楽屋に戻る途中… 「あ、谷村くん」 別のスタジオルームで撮影をしていたグループは先に撮影が終わったらしく、帰り支度を済ませたメンバーが通りかかる。 その中の一人、チュウガクイチネンジャー松田元太が谷村を見つけて声をかけてきた。間違われず呼ばれたのに逆に自分のことだと気付くのに一瞬時間がかかってしまった。 「お誕生日おめでとうございます。今日会えたら渡そうと思ってて…」 松田は綺麗に包装された包みを谷村に渡した。それを戸惑いながら受け取ると、松田は礼儀正しく頭を下げて帰って行った。 「…」 谷村の人生の中で、年下に誕生日プレゼントをもらうというのは初めての経験である。名前も間違わず、誕生日をきちんと覚えていてくれる後輩がこの世に存在するなどと、考えたこともなかった。 不思議な感慨と共に谷村が楽屋に戻ると、もうみんないなかったが鞄の周りに何やら幾つかの袋やお菓子が置かれている。 「あ…」 谷村は、一つ一つ手に取ってそれを確かめた。 『メリークリスマスイブ×4 きしゆうたより』そう書かれたメモと共に小さなスノードームが置かれていた。 『誕生日おめでとう 高橋颯』メモの貼られた袋にはメロンパンが入っていた 『たにーにやる』しみチョコの袋にマジックでそう書かれていた。倉本だろう 『後で神宮寺特選エロ動画のURL送信するからとりあえず下記のアドレスまでお前のアドレス送れ!!至急!!』メモには神宮寺のアドレスらしきものが書かれている 『忘れていたわけではないぞ。これとて休憩中にスタジオ近くの店で買ってきたわけではない byはにうだ』上品なクリスマスカードにそう書かれていて、その下にはコンビニスイーツがぎっしり詰まった袋が置かれていた。 そういえば、休憩中に皆の姿がなかったことを谷村は思い出す。もっとも、いつもだいたい谷村は一人でいるから気付いたのは休憩ももう終わる頃だが… まさか、これを買いに…?谷村がそうして想像をめぐらせながら楽屋を出るといきなり酒ヤケ声が響いた。 「おっせーよおめー!!何やってんだおめー!!」 振り返ると、栗田と中村が立っていた。
「え?」 谷村が狐につままれたような表情でいると、中村が前方を指差す。 「さっさと行くよぉ。いつまでも残ってたら怒られるしぃ」 三人で駅まで歩く。一緒に返ることなどほとんどないのだが、一体何がどうなってこうなったのだろう…?今日の撮影でのあれやこれやでおしおきとボディタッチか…?谷村が半ば怯えていると中村と栗田は屋台に歩み寄って行く。 「カスタード味の白たいやき3つ下さぁい」 中村が注文をし、栗田はその側の自販機で飲み物を買っている。谷村は事態についていけず、ぼーっと突っ立っていることしかできない。そうして立ちつくしていると左右からそれぞれたいやきと缶コーヒーが差し出される。 「え…?あの…」 おろおろとしていると、中村と栗田の二人は同時に「早く持って」とせかした。谷村は反射的にたいやきと缶コーヒーを手に取った。 「これは…?」 「いいからあったかいうちに食べなよぉ。冷めたらおいしさ半減なんだからぁ。あ、栗ちゃん、はい、あ〜ん」中村は谷村にそう言った後栗田に持っていたたいやきを食べさせる。 「おごりなんだからありがたく食えよ。そして飲めよ。まあおめーがコーヒー好きかどうか知んねーけどな、ギャハハハハハハ!あ、れいあこれ、れいあのロイヤルミルクティーね」栗田は中村にミルクティーの缶を渡す。 「…ど…どうも…」 中村と栗田がおごってくれた…? 誕生日だからか…?覚えていたのか、今日の撮影で知ったのかは分からなかった。 谷村はたいやきを口にする。ほどよい甘さが広がる。そして缶コーヒーはブラックで目眩がする苦さだったが何故か悪くはなかった。食べながら三人で歩いていると、中村が夜空を指差した。 「あぁ、見て見てぇあの星綺麗だねぇ」 「おーほんとだ!流れ星とか見つかんねーかな。願いごとすっと叶うんだろ?」栗田が笑う。 中村は、栗田の言葉にふふっと笑みを漏らした後で、その星々を真剣な眼差しで見据えながらこう言った。 「あのお星様に誓うよぉ…今度は僕らも絶対にCMに出ようねぇ」 中村の眼には、静かな炎が燃えていた。 谷村は思い出す。JJLのCM出演に自分が選ばれなかったことを知った時の中村の悔しそうな顔を。そしてその横でまた、栗田も何かしら思うところがある顔で何も言わずずっと側にいたことを。 「あったりめーだろれいあ!俺達は二人でベ○クラシックのCMいただきだ!谷村おめーは松の木役で出してやってもいーぞギャハハハハハ!」 自分はどうだろう…いつの間にか、そうした時に「悔しい」と思う気持ちも抱かなくなってしまったように思う。どうせ俺は選ばれない。なんとなくそれが染み付いてしまっている。学校の成績だってそうだ。 その意識の違いに気が付くと、谷村は自分の中に小さな焦りが生じるのを自覚した。 悔しいって思わないと、伸びて行かない。向上心がないのは、努力しないことよりも愚かしい。どこかで聞いた言葉が掠めて行く。 谷村がそんな葛藤を抱えていると、中村が星を指差しながら 「なんだっけぇあの星ぃ。理科で習った気がすんだけどぉ」 「オリオン…」谷村は、その星座の名を呟く。冬の大三角、オリオン座が夜空に瞬いている。 「あそっかぁオリオン座だぁ」中村が手を叩く 美しい一等星が暗い夜空を彩っている。特徴的な3つの星は斜めに揃って輝いていた。 まるで、並んで歩く今の自分達3人のように… そんなことをぼんやりと思っていると、いつの間にか駅に着いていた。中村と栗田と別れた後、谷村は帰り道ずっとその星を見ていた。そうして帰宅するともう家族全員揃っていて食卓にはご馳走と、蝋燭を立てたケーキが乗っていた。
「14歳おめでとう、龍一」 家族4人で食卓を囲む。実に久しぶりであるし、昨日の重苦しい雰囲気をまだ少し引き摺ってはいたものの、父親は谷村に包みを渡した。そこには参考書や電子辞書などいかにも父親らしい誕生日プレゼントが入っていた。 「来年はいよいよ中学三年生だからな。今まで以上に両立が難しくなるぞ」 「うん。分かってる…」 答えながら、ローストチキンに口をつける。姉が少し心配そうな目を向けて来て、取り繕うように谷村の肩を叩いた。 「今回はちょっと忙しかったからよね。お姉ちゃんも勉強教えてあげるから次がんばりなさい」 「あなたは龍一のことより自分のことをきちんとなさい。他人の心配ができるほど余裕はないでしょ」 母親の厳しい一言に姉は肩をすくめた。そして一瞬の沈黙の後、父親がグラスを置き、真っ直ぐに息子を見据えて話し始める。 「龍一、道というのは一つじゃない。ジャニーズをやるのも、勉強に専念するのも、他のことを始めるのも皆正しい道のうちの一つだ。お前がやりたいと思ったことをやればいい。 だけど、どれかが中途半端になってしまうなら何かを諦めなくちゃいけない。今回の成績は残念だったが十分次で挽回はできる」 「うん…」 父親が何を言わんとしているのか、谷村にはすぐに理解ができた。 すぐに挽回できるほど、簡単なものではないこと。勉強時間の確保ができる保証はどこにもないこと。 年末年始もコンサートやレッスンはぎっしり詰まっている。失敗をすればおしおきをくらう。今までより勉強時間が増えることはないだろうし、どうがんばったところでトップクラスになるのはほぼ不可能だ。 何かを成し遂げるには、何かを犠牲にしなくてはならない。この場合、勉強に専念するにはジュニアの活動は捨てるべき…そう示唆しているように思えた。 少なくとも両親はこのままジュニアを続けて成績が下がり続けるよりは学業一本でいく方を望んでいる。きっとそれが最良の選択である、ということは谷村にも分かっていた。 だが… 「俺はジュニア辞めない」 父親の目からそれを逸らさず、はっきりと谷村は断言した。 「成績が下がったのは言い訳しようがないけど、それでもジュニアは辞めたくない。辞めたら、この先何をやっても上手くいかないだろうし、それに…」 それに、もう少し神7でいたい。 今はまだきちんと名前を呼んでもらえないし、何かと存在を忘れられがちだし、おしおきやボディタッチも食らうし後輩にも追い越され気味でいいとこなんて一つもないけど、それでもいつか認めてもらえる日が来るまでは逃げたくなかった。 岸くんよりダンスが上手くなって、高橋より凄い特技を身につけて、神宮寺よりエロく…じゃなくてアピールができて、 倉本よりふてぶてしくなって、羽生田よりエリートになって、そして中村におしおきとはまた違ったイジられ方をされるようになって、栗田を逆にアホ扱いをするくらいになるんだ。 そう、不憫2が輝く星になるまでは絶対に逃げない。 「そうか」 父親は頷く。 「なら反対はしない。今以上に自覚を持って努力しなさい」
理解してくれた。 シンプルな言葉ではあるが、背中を押してくれている気がして谷村は嬉しかった。テストでいい点を取って褒められた時よりも、小学校受験に合格した時よりも、もしかしたら嬉しかったかもしれない。 「はい」 「龍一、お姉ちゃんも応援するからね、今度のコンサート友達と観に行くから」 「龍一、でも辛い時やしんどい時はちゃんとお母さん達に言うのよ、もう白い壁の病院には入ってほしくないから…」 母親と姉も頷き、認めてくれた。和やかな雰囲気が戻り、家族の会話が弾み始める。そしてケーキに蝋燭を灯すと谷村は思い出す。 「そうだ、今日撮影でお祝いをしてもらったんだ。その時にジュニアの仲間が作ってくれたケーキ持って帰ってきたんだよ」 谷村が意気揚々とケーキの箱を開け、その中身を晒すと家族三人とも怪訝な表情になる。箱の中のケーキは電車に揺られたり無造作に扱ったせいで一層謎の物体になっていたからだ。 ケーキは元の大きさのおよそ半分程度で、半分全てを谷村が仲間から撮影で食べさせてもらった、と話すと父親は神妙な面持ちで何度も頷いた。 「そうか…大変なんだな…ジャニーズの活動というのは…お前は偉いな」父親は涙ぐむ 「龍一、後でお腹の薬飲んどきなさい」母親は薬箱の方へ歩いていく 「龍一…」姉は何故か憐れむような眼差しを向ける。 団欒の時を経て谷村が部屋で勉強に励んでいると、ふと空気の入れ替えをしたくなって窓を開ける。心地の良い冷気が頬を撫で、通り過ぎて行った。 窓の外を見上げると、まだ美しい星々は変わらぬ輝きを放っていた。谷村はその冬の大三角、オリオンに誓いをたてる。 「まずは明日の収録をノーミスで終える。小さなことからコツコツと!」 星の瞬きは、「がんばって」と谷村に優しいエールを送ってくれているようだった。なんだかやれそうな気がする。14歳の誕生日がもっとも素晴らしい日であったように、これからの自分はきっと変わっていける。そんな確信すら抱いた。 だが谷村のささやかながらも健気な誓いは果てしない銀河の星雲の間で迷子になってしまったかのようで、そう簡単に叶えられることはなかった。 「うが…ぐぎ…!!」 翌朝、激しい腹痛と谷村は格闘する羽目になる。 原因はやはりあのケーキしか考えられなかった。そうして谷村は地獄の苦しみを抱えながら収録に挑んだのだが神7の誰ひとりとしてその異変には気付いてくれなかったという… We beheld once again the Stars おめでとう、不憫2 END
スレを立ててくれた人ありがとう これで神7全員バースデーストーリーを書き上げることができ、年を越せます。 少し早いけど2013年が彼らにとって飛躍の年になりますように
乙ですううう 割と真面目に感動した 谷村これからも頑張れよ
作者さん乙です たにむおめでとう! なんか泣けたよ… なんだかんだ愛されてるね…
作者さん乙!
本当これは泣ける…
リアルなだけに余計泣ける…
感動をありがとう!
なんだかんだちゃんとお祝いする神7可愛い!
げんげんには何をもらったんだい?よかったね…羨ましい!
谷茶浜おめでとう!
今日くらいは…んんんんんんたにちゃはまああああああああああああ
>>4 まだスレ埋まってなかったけど容量オーバーで書き込めなくなっちゃったんだって
もっとネタ要素万歳ので来るかと思ったから 泣いちゃったぜ!チクショー
17 :
ユーは名無しネ :2012/12/23(日) 00:29:12.90 I
しかし筑波の終業式は誕生日の前日が本当なのだった… さすが谷茶浜
学校名出すのイクナイ
舞台裏で祝ってもらえると思いきや休演日で学校は休みとか… なんていうかもはやある意味持ってるとしかwwwww 物語のなかの一番日照時間が短い冬至が誕生日ってのがじわじわくるわ… 誕生日にまでこのキャラが暗示されてるなんてさすがです谷茶浜 JJLでの「生まれる前からこの結果は決まっていた」ってのもあながち間違いではなかったのか…
お正月のセクゾコンでたにむいるといいなあ!
学校も舞台もないってことはゆっくりと家族にこの物語のように祝ってもらえたってことかな たにーにとっては最良じゃなかろうか
22 :
ユーは名無しネ :2012/12/24(月) 00:38:43.08 0
『君が気付くことのない目覚まし時計』 「岸くーん!起きてー!」 僕と岸くんの家は隣同士。小さい頃からいつもいっしょ。寝起きの悪い岸くんを毎日起こしに行くのが僕の日課だった。 冬はなかなか起きようとしない。 「うるさいなぁ―…」 「岸くん!起きて!もう8時だよ!」布団をはぎとる。 「うっ!さみー!まだ8時だろぉ…えぇぇぇぇ!やっばい!」 あわてて身支度をすませた、寝ぐせだらけの岸くんと一緒に登校する。これが僕の幸せの時間だった。 だけど、そんな時間は長く続かない。 ある日おつかいを頼まれ外に出ると、岸くんも玄関に出ていた。 「あれ?どっかいくの?」 「あぁ、うん、ちょっと!」 そう言って岸くんは駆け出していった。 おつかいの帰り道。 (明日はイヴかぁ…プレゼントよろこんでくれるかな?去年は…) 毎年恒例となっているプレゼント交換のことを思い出しながら家のそばまで行くと、そこには岸くん。と、かわいい女の子。
23 :
ユーは名無しネ :2012/12/24(月) 00:40:06.57 0
リリリリリリリリリリリリリリリ 「んっ…うるさっ」 リリリリrカチッ 「起きた?岸くん」 「…颯?」 まだ完全に開いていない目で僕を見た。 「メリークリスマス、岸くん」そう言って岸くんに渡したのは目覚まし時計。 「おぉ―!ありがとう!めっちゃ早く起きれたじゃん俺!あっこれ!」 すぐそばにあった可愛らしくラッピングされた袋を、 「メリークリスマス、颯」あの笑顔で渡されたから気持ちが揺らぐ。でも、もう決めたんだ。 「あのね、岸くん。僕もうここにはこない。」 「へ?」 「だってほら、さっき起きれたでしょ」岸くんが持っている小さな目覚まし時計を指さす。 「それに毎朝僕と登校してたら彼女さんにも悪いしさ」 「…」 「それ音響くからちゃんと止めてね。あと昨日はごめん。話してる途中に家の中入っちゃって。」 よいしょと椅子から立ち上がり、岸くんの学習机のそばに戻す。(よくここで勉強教えてもらったけ…あ、まずい)視界がぼやける。 「じゃあね岸君」声が震えた。 「颯!待ってて!」 遮るようにして部屋を出て行った。(あ、また勝手に出ていっちゃった…) 自分の部屋に戻り、泣いた。 あれから一年。今年のイヴは休日だとみんな騒いでいる。岸くんたちはまだ続いているらしい。 あの日から全く話さなくなったけど(僕が避け続けたんだけど)岸くんが幸せなら僕は、 「!」 隣の家からまた聞こえてくるあの音。あれでちゃんと起きられると思っていた僕は間違っていた。でもそれでもいい。 僕は今日も君の幸せを祈る。 『君が気付くことのない目ざまし時計』の音を聞きながら。 「メリークリスマス、岸くん」
24 :
ユーは名無しネ :2012/12/24(月) 00:41:10.60 0
「きし、くん?」 「おう!颯!」 なんでもないように手を振ってくる。僕が固まっていると、 「俺彼女できたんだ!」満面の笑顔。僕の大好きなあの、笑顔。 「いや―いきなり呼び出されちゃってさー」(岸くん、彼女顔真っ赤だよ) 「俺もびっくりしてさー」(もういいよ、岸くん) 「そんでー「もういいよ!!」 自分で出した声なのに、自分自身びっくりしている。 「もういいよ…岸くん。バイバイ。」 無理やり作った笑顔でそう言って足早に家の中に入った。階段を駆け上がり、ベッドへ倒れこむ。 「べらべら喋りすぎだよ、岸くん」近所のおばさんがチラチラ見ていた。 「岸くん家のお隣の宮本さん、すごい顔してたよ…」宮本さんは昨日振られたばかりだ。 「もう知らないんだから…回覧板飛ばされても、無視されても知らないんだからぁ…」 布団に染みがしみこんでいく。 好き。好きです岸くん。 でもこれ以上傍にいると、止められなくなりそうで… でも、いいチャンスなのかもしれない。岸くんから離れるための… 24日。クリスマスイヴ。決心した。
25 :
ユーは名無しネ :2012/12/24(月) 00:43:34.71 0
投稿する順まちがえました。ごめんなさい。
26 :
ユーは名無しネ :2012/12/24(月) 23:35:30.84 0
岸颯幼馴染なんだぁ。。 岸君 カノジョ・・ 泣く子がいっぱいだなぁ。。 でも 幸せならイイヨ!! メリクリ話 ありがとう!! 神7のみんな メリ−クリスマス!!
神7楽屋劇場 番外編 「我らTravis Japan 世界中の全ての人にMerry Christmas!!」 街にはイルミネーション、楽しげなクリスマスソング、寄りそうカップル、プレゼントを買いに行く親子連れ… 今年も定番の風景を拝みつつトラヴィス・ジャパンの面々はそれぞれ足早にコンサートホールへと向かう。浮かれ気分とは正反対の厳しい舞台が待っていた。クリスマスだなんて浮かれてんじゃねえ!と振付師が副音声を放っている。 せめて気分だけでも…と楽屋でメンバー同士でクリスマスパーティーを、と持ちかけたのは(自称)リーダーの吉澤閑也だった。公演も無事終わり、緊張も解けてホっと一息楽屋に戻ったのだが… 「ちょ、顕嵐、見てくれ!新作モノマネ「ミロのヴィーナス」!!」宮近はギリシャ彫刻になりきっている。 「あーうん。似てる似てるーあっはっはー」生返事で顕嵐はライトノベルの続きを読み始めた。 「ジュワ!ジュワ!」梶山はもう着替えを済ましてウルトラマン衣装に身を包み何やらなりきっている。 「スキヨ!スキヨ!スキヨ!ウッフン!」スナック菓子片手に海人はアニメソングを熱唱中だ。 「おいお前ら、今日はなんの日だ?」 吉澤は好き勝手に過ごすメンバーに問いかける。一瞬の沈黙の後、彼らは興味なさげに答えた。 「なんの日って…クリスマス?寒波が来てるみたいだから雪降るかもね」下半分をメモ帳に使えそうな小説を顕嵐は熱心に読み続ける。 「きっと君はこ〜な〜い〜一人きりのクリスマスイ〜ブ」宮近は定番ソングを歌いだした。 「ワイルド梶山は宗教にはこだわらないぜ!」梶山はスペシウム光線を海人に打つ真似をする 「とりあえずチキン食べようよ」海人がむしゃむしゃと食べながら言う。何故か楽屋にはケ○タッキーのパーティーバーレルが運ばれていた。 「まったくお前らと来たら…少しはリーダーである俺の言葉に耳を傾けたらどうなんだ…ぶつぶつ…ああこのお風呂れあた…中村可愛いなぁ」 ぶつくさ言いながらチキン片手に吉澤はMyo○oを読み始める。 「クリスマスって言ってもね〜俺らは舞台やってそれでおしまいだしね〜。サンタでも来てくれれば盛り上がるんだけど」 宮近がポテトを口に何本もはさみながら呟いた。それを見て顕嵐がコーラを吹く。 「ワイルドな俺はサンタには苦い思い出があるぜ…漢字の練習帳という目を疑うようなプレゼントがトラウマだぜ…」ヘーゼルショコラを手でつまんで梶山は一口でいった 「ぴったりのプレゼントだと思うよー。あ、すみませーんピザの注文お願いしまーす」海人は早々と追加注文に勤しんでいる。 「サンタか…俺もサンタを信じたかった…。だが俺の家は兄弟が多いがために物心つく前からそういった幻想は兄弟達にぶち壊しにされたっけな…ああ、このポ○ロのれあた…中村も可愛いなぁ…」 吉澤が顔をにやけさせつつ愚痴っていると楽屋のドアがふいに開く。5人が目をやるとそこには赤い帽子に赤い服、白いおひげのクリスマスのスーパーヒーローが…
「メリークリスマス!岸サンタでーっす!」 そう、サンタクロース…の格好をした岸くんがつけ髭をして元気いっぱいに楽屋を訪れた。が… 「あ、あれ?皆さん、なんか冷めてません?もっとこう…パーティーしましょうよ!」 はっきり言って岸サンタはサムかった。トラヴィス達が冷たい視線を送っていると岸サンタはみるみるうちに汗だくになる。 「同じ17歳ながら同情するわ」吉澤は皮肉な笑いを浮かべた 「岸くんそれいつ頃から考えてたの…?」宮近が憐みの眼を向ける 「その衣装着てる時の姿を想像すると…」顕嵐はいたたまれなくなる 「んー…その袋にはお菓子かなんか入ってるの?」海人が岸サンタの持っている袋を指差す 「いや…これは衣装用で何も…」 「つまらん…とりあえずワイルドな一発芸でもして次行ってくれ」 梶山が促すと岸くんはしゃちほこクリスマスバージョンを披露したが大してウケず、吉澤に普段の苦労を愚痴り始めた。そしてまた楽屋のドアが開く。 「メリークリスマス!颯サンタです!今日も世界の平和のために回り続けます!地球三周くらいは行けます!」 「…」 岸くんと似たような展開だったが高橋はトラヴィス達の冷めた反応にも全く臆することなく問答無用で回った。回って回って回って… 「ぅおえぇ…!!!」 ここへ来る前に神7でクリスマスパーティでもしてしこたま食べていたのか、高橋は自分の回転に酔って吐きだした。楽屋内は一時騒然となりトラヴィス達は後始末に追われる。間の悪いことに大量のピザが届いてしまった。 「岸くんサンタに介抱されるなんて…」 颯サンタが幸せの悦に浸っているとまたドアが開く。 「チョリーッス!クリスマスなのに野郎ばっかで寂しいクリスマス過ごしてるお前らに神宮寺サンタが素敵なクリスマスプレゼントを届けに来たぜ!」 チャラチャラしたサンタが入ってきて袋の中から中学生でも買えそうな微妙なエロ系雑誌が配られた。そして得意げにスマホを動かし、 「これどうよ!!サンタコスもの!!やっぱよー、定番って飽きがこねーよなあ!!」 吉澤は少し可哀想になった。兄弟の多い彼は中学生の頃にはもう兄達のおさがりで充実した思春期ライフを送っていたのだから。一人っ子って大変なんだな…としみじみ思う。 せめてもの情けにこの中村(嶺)にちょっと似た女の子のグラビアでも有り難くもらっておくふりをしておいた。 一方、宮近はノリノリである。梶山も興味を示しやや盛り上がったものの二次元寄りの顕嵐と海人の反応はイマイチだった。 楽屋内がゲ○の臭いから次はイカ臭くなり始めるとまた別のサンタが入ってくる。
「みずきお前のためにかおるサンタがやってきたぞ!!さあ今宵の聖夜は俺とお前のロマンティックリスマスだぜ!!」 張りきってやってきたかおるサンタは楽屋を間違えたことに早々と気付き、去ろうとした。だが放置されていたピザの山をみるとどっかりと腰を据え始める。 「食ってるとこ悪いけど井上さっきロクネンジャー達と帰って行ったよ」 顕嵐は親切心で教えてあげたのだがショックをうけ八つ当たりを始めたかおるサンタに読んでいたライトノベルにピザソースをかけられ涙ぐむ。 「あーなんか…おすもう…じゃなくって倉本くんが食べてるの見たら食欲復活してきちゃった。よーし負けないぞ」 海人はかおるサンタと大食い合戦を始める。ピザの山がどんどん片付けられて行った。追加も次々にやってくる。 吉澤と梶山と宮近が見ているだけで胸やけをおこしかけているとまたドアがノックされる。 「メリークリスマス、あむサンタだ。鼻は高いがトナカイではなくサンタとして登場だよ。おや、なんだこの部屋は…やけにイカ臭いな…」 鼻をひくつかせ、あむサンタはあつかましくチキンとピザを食べ始めた。 「ふむ…これがケン○ッキーのチキンか…まあ悪くはないな…。七面鳥のほうがクセがなくて好きなんだが…おや、シャンパンはないのか?ケーキはこれだけか?」 質が…と愚痴り始め、何やら携帯電話で注文を始める。程なくして豪華なクリスマスオードブルやケーキが届くとまたサンタがやってきた。 「メリークリスマッス(セクサマ風)れあサンタだよぉ」 中村がサンタコスで現れた。それまで黙々と食べていた吉澤と顕嵐は色めき始める。 「れあた…中村サンタ!可愛いなぁ…ああでも欲を言うなら下はスカートでズボンは穿かずニーハイにしてくれたら言うことなしだ…」吉澤は涎をこらえている 「れいあ君…よく似合ってるよ…!まるで綾○レイのようだ…!いや、れいあ君はアスカかな…『アンタばかぁ?』って言われたい…」顕嵐は大きな目を輝かせ、紳士的口調でオタク気質を全開フルスロットルだ。 「とりあえず記念撮影を…」 二人がれあサンタと2ショット写メを撮ろうとするとまた乱暴に楽屋のドアが開く。
「れいあお待たせ!トナカイの衣装ややこしくて時間くっちまったぜ!!」 トナカイの着ぐるみに身を包んだ栗田トナカイが酒ヤケ声を張らせながら入ってくる。そして2ショット写メを撮ろうとする吉澤と顕嵐を蹴散らした。 「れあサンタは俺のだし!だーからやだったんだよ!れいあにサンタコスで登場させるの!こういう虫が寄ってくるから!!」 「でも栗ちゃん僕もう着ぐるみはてんとう虫で十分だよぉ。栗サンタも見たかったけどぉ」 「れいあ後で個人的に見せてやるから我慢しろよ。今夜はサンタプレイだぜ…」 「栗ちゃん…」 中村と栗田がいちゃいちゃし始めたその頃、楽屋の外では一人の男が待機していた。 「落ち着け…落ち着くんだ谷村龍一…お前は変わるんだ。そう、この格好で『メリクリ!!谷サンタが街にやってきたよ!!』と明るさ全開で行けばもう冬至男とはおさらばだ…そうだ…俺は変われるんだ…」 谷村は「人」という字を三回、掌に書きそれを飲みこむ。 よし、大丈夫だ。これで緊張は飛んで行く。クリスマスと共に谷村龍一は生まれ変わる。皆の笑いの中心にいる明るい男になるんだ。イエス・キリストよ今宵の聖夜に奇跡を、アーメン… 十字を切って谷村は勢い良く楽屋のドアを開いた。 「メリク…」 リ、と言う前に谷村の目の前は真っ暗になった。と同時に顔中に何やら甘ったるいべちゃべちゃしたものが… 「ぶぇ!!」 息ができなくて、思いっきり吹くとそれがパイであることがようやく理解できた。しかし次々に飛んでくる。 楽屋の中はシャンパンでほろ酔いのトラヴィス・ジャパンと神7の面々でパイの投げ合いが繰り広げられていた。誰も谷サンタにリアクションをしてくれない。 そうしているうちに衣装も何もかもパイまみれになり谷村は再び暗黒に落ちて行った。やっぱり人は簡単には変われないのである。奇跡はまだおあずけだ。 そうしてクリスマスにどんちゃん騒ぎで楽屋の中をパイまみれにしてトラヴィス代表で吉澤が、神7代表で岸くんが二人して大目玉を喰らったのだった。 END
作者さん乙! メリークリスマス♪ 神7もトラビスもクリスマスに相変わらずなwww クリスマスでも生まれ変われない安定の谷茶浜www あらんがヲタ丸出しなのと(自称)リーダーのしずやがwww きっとあのあとあらんはエヴァヲタのほうの中村と綾波レイやアスカについて盛り上がったことだろう… みんなにメリークリスマス♪
作者さん乙です 神7クリスマスお祝いできてるかなぁ 神7対トラビスは安定の面白さw
れあサンタ…ゴクリ
34 :
ユーは名無しネ :2012/12/29(土) 00:01:02.42 O
んんんんんんトラ7んんんんんん
Daemon Irrepit Callidus(悪魔は忍び寄る) 「はいお疲れ様でした〜」 スタッフの号令と共に撮影が終了する。軽食を済ませてロケバスにばたばたとみんな乗り込んでゆく。陽が傾きかけてオレンジ色の光が白いバスを染めていた。 「さっむぅ〜」 スタジオの外に出ると、寒風が身を突きさすように吹き抜ける。中村はPコートを着込みながら身を縮みこませた。 車内は暖房がよく効いていて、コートを脱いで網棚に置く。岸くん、高橋、神宮寺、羽生田も乗り込みそれぞれ寛ぎ始める。そしてマネージャーが乗り込むと点呼を始めた。 「岩橋は?」 マネージャーが皆に訊く。が、顔を見合わせて誰もが首を横に振った。 「さっきまで一緒にスタジオから出てきたと思うんすけど」 神宮寺が答えると、微かに岩橋の声が響く。彼は息を乱しながらバスに慌てた様子で乗り込んできた。 「すいません…忘れ物をして…」 「おいおいしっかりしろよ。あやうく忘れて発車するところだったぞ」 「すみません…すみません…」 マネージャーに頭を下げながら、緩慢な動きで岩橋は席につく。皆がやれやれと肩をすくめた。 「ねえ中村、こないだね、オルタナティブロック系で凄くいい曲見つけたよ。アイポッドに入れたから聞いてみて」 岩橋がそう話しかけながら鞄を探っている。だが彼は「あれ?」と言いながら一生懸命に中身を出す。 「おっかしいな…確かに入れたのに…」 「どっか違うポケットに入ってるんじゃないのぉ?」 「そんなはずは…でもおかしいな…」 「ていうかぁ…鞄の中身ぐっちゃぐちゃぁ。それじゃあすぐ出てきやしないよぉちゃんと整理しなよぉ」 一緒に整理してやると、鞄の底からアイポッドが出てきた。が、肝心のイヤホンがない。 「あ、さっき撮影の休憩中に神宮寺にイヤホン借りた時に外したまんま置きっぱなしにしてきちゃった…」 岩橋は眉を下げて困り顔をする。中村は溜息をついた。 「もぉ…しっかりしなよぉ。高校生でしょぉ」 「だって…」 この頼りなさが岩橋のいいところでもありそうでないところでもある。仕方なくアイポッドは諦めてしばらくはバスの中でみんなでわいわいと雑談をしたり、携帯電話を見たりして過ごしたが徐々に皆眠気に襲われて静かになり始める。 中村も、うとうと…とまどろみに身を任せた。
「…?」 ふいに、異変を感じて中村は目を覚ます。といってもそれははっきりとした覚醒ではなく、夢と現実をふらふらと行き来する心もとない目ざめではあったが… 窓の外はもう完全に陽が落ちて真っ暗だった。車内の照明も抑え気味で薄暗い。静かだからみんな眠っていることは明らかだ。 「…?」 すぐ側に誰かが密着している。息遣いが耳元で聞こえた。 だんだん意識がはっきりしてくると、腰のあたりをなにかが這っているのが分かる。くすぐったくて思わず身をよじった。だが腰を這っているものは下へ伸びて行く。 「なぁに?だれぇ…?」 少し苛ついた声で問いかけると、薄闇にその顔が浮かびあがる。一気に意識は現実へと引き戻された。 「岩橋…?」 すぐ側に岩橋の顔があった。だが中村が驚いたのはそれではなく、彼の表情である。 そこにはいつもの少し頼りなくてささいなことにおどおどして、つまらないことにも笑ってしまうツボの浅い、人の良さそうな岩橋はいなかった。 狂気じみた瞳がそこにあった。中村はそれにぎょっとしたのである。 「静かに」 囁き声が耳を撫でる。何故静かにしなくてはならないのだろう…中村は不思議に思うと同時に自分の腰付近に当てられた岩橋の手を掴む 「くすぐったいからやめてよぉ。ていうか寝てんだから邪魔しないでぇ」 「じゃあ寝てていいよ」 そう囁くと岩橋は手の動きを加速させた。手が腰から尻にまわってくる。 「ちょっとぉやめてぇ」 撫で方がいやらしい。普段の岩橋は多少ボディタッチは多めだがこんなにタチは悪くない。まるで別人だ。 「駄目だって。声出したら気付かれるよ。皆寝てるけど運転手さんは起きてるし」 まるで何か獲物を狙う獣のような…飢えと渇きと貪欲さがその眼には溢れている。何かが乗り移ったかのようで、これは本当に岩橋なのだろうかと中村は疑った。 「中村は、本当に可愛いよね」 岩橋は囁く。手の動きはいよいよ卑猥さを増してきた。 「肌もこんなに綺麗で、声も可愛くて、いい匂いがする。これでみんなを誑かしてるの?」 「何言って…あ」 手が、衣服の中に侵入した。敏感な部分を刺激され。思わず声が出てしまって中村は焦った。
「ちょっといい加減にしてよぉ…怒るよぉ」 「怒ったところも可愛いんだよね」 くすくす笑って、まるでからかうように言った後岩橋は今度は足をからめだし中村を拘束し始める。 野球をやっていたのはだてではない。体格はそんなに変わらないのに腕力はずっと岩橋の方が上だ。抵抗してみたが、がっちり固められてしまっていて身動きがとれない。 「やめて…」 「やめないよ」 「やだ…」 「僕を栗田か岸くんだと思えばいいじゃないか。それなら抵抗なく感じれるんじゃない?」 意地の悪い口調で囁くと岩橋は手の動きを早めてきた。否が応にも体が反応してしまう。 だけどここは車内だ。大きな声を出して他のメンバーやマネージャーが起きてしまったり、運転手に聞こえてしまったら恥ずかしくい。だから必死に中村は声を殺した。 「…く…う…」 「我慢するのって体に悪いよ。思い切って声出したら?」 岩橋はくすくす笑っている。中村は呪詛をこめてこう呟いた。 「…この…悪魔ぁ…」 それが聞きたかった、とでも言うかのように岩橋は満足げに鼻を鳴らし、 「悪魔が天使を穢す…これって凄く背徳的だと思わない?」 それから程なくして中村は岩橋によって絶頂に導かれた。 「あのう…なんでそんなに冷たいの…?」 中村の背中にそう声をかけたがしかし彼は振り向きもせず早足で歩いていく。岩橋は必死になりながらそれを追った。 「知らなぁい。自分の胸に手を当てて聞いてみればぁ?」 言われた通り、胸に手を当ててみた。だが思い当たるふしがない。 どうも昨日の撮影から中村の態度が急に刺々しくなった。何か怒っているようだがわけがわからない。だが中村が不機嫌オーラを発しているからなのか、誰も岩橋にフォローにまわってくれる気配がなかった。腫れものを避けるようにして皆去ってゆく。 「僕が何をしたっていうんだ…いじめだ…これはいじめだよ…」 悲しい過去がフラッシュバックする。悲劇に浸ろうとするとしかし、中村の絶対零度が降り注いだ。 「あんなことしといて被害者ぶるのぉ…?ほんっと悪魔だよねぇ…デーモン岩橋ってこれから呼ばせてもらうよぉ」 あんなこと…?あんなことってなんだろう…岩橋は首を捻ったが中村は頬を膨らませて腕を組んだ。 「岩橋はぁ暗くなると人、変わりすぎぃ」 そう言われて初めて岩橋は気付く。そうだ、暗くなると自分でもよく分からないうちにやらかしてしまってることが過去にも何度かある。 どうもその時の記憶はうすぼんやりとしているのだが…
だがそれならちゃんと理由がある。岩橋は焦りながら中村に言った。 「どうもその…暗くなるとね、ちょっと普段と違った自分になってしまうというか…。僕は小さいころから小心者で、悪ふざけとかそういった類のことがどうしてもできなかったんだ。 そうしているうちにヒーローものの番組を見ても少年漫画を見ても主人公より悪役に心惹かれてしまうようになって…。 一度でいいから罪悪感も何もかも彼方にやって思いっきり非人道的行為に手を染めてみたいなんて思ったりしちゃったりして。 毎晩暗くなった部屋の布団の中で自分が悪役になりきる妄想で眠りについてたもんだから…ちょっと時々それが現実に出てしまうと言うかなんというか…。可哀想な心の闇なんだ。理解してもらえるだろうか?」 悲しい性質である。非人道的行為に手を染めてみたいという好奇心を脳内だけで満たす幼少期、少年期…そんな哀れな小羊を誰が責められようか。いや、できない(反語)。きっと中村も分かってくれる。 具体的にどんなことをしちゃったのかちょっぴり興味はあるけれど今はこの絶対零度女王様の気を少しでも鎮める方が先だ。 「中村…分かってくれるよね」 恐る恐る問いかけると、中村は振り返った。その表情はもういつものふんわりやわらかれあたんに戻っている…ように思えた。 その中村は穏やかな口調で答えた。 「うん。分かるよぉその気持ちぃ」 「ああ…ありがとう…やっぱり君は天使…」 中村はにっこり笑った。天使のれあたんスマイル。そう、ドS女王様は谷村相手にだけでいい。 年下だけどしっかり者の中村は、ちょっと頼りないこんな岩橋玄樹を「もぉ〜」と笑いながらつっこんでくれる、そんな存在でいてほしい。持つべきものは仲間。そう、友達なのだ。 岩橋が感涙に浸っていると、中村は次にこう言った。 「でも、それとこれとは別ぅ」 その眼は絶対零度のドSそのもので、無条件降伏以外の選択肢はなかった。 岩橋はそれから一週間胃薬漬けの毎日を送った。 END
作者さん乙! デーモン岩橋ktkr!www れあたんでいい思いしたツケに腹痛に悩まされるんですねわかります いつもの作者さん… この展開はお酒飲んだね…?www
40 :
ユーは名無しネ :2012/12/30(日) 22:02:06.17 O
忘年会シーズンだからねぇ んんん天使と悪魔のお戯れ萌えええええええええ
作者さん乙ですぅぅぅ! ナイスな感じの展開で、新たな岩橋くんの一面が…!
久々の岩橋登場と思いきやとんでもない性癖が明らかにw M誌のれあたんのチクリネタをここまで展開させるとは…!乙です
年の瀬にまたとんでもない爆弾が投下されたなw この二人いけるでえ
作者さん今年も面白い作品楽しみにしてるのでよろしくお願いします!
神7も作者さんたちもスレのみんなもあけましておめでとう! 今年も神7を愛でながら作品を楽しんでいこう!
2013年もそれゆけ!神7 A HAPPY NEW YEAR&WELCOME TO NEW COMER!! 2013年、年が明けてからも神7達は舞台にリハにカウントダウンコンサート観覧に大忙しである。そんなほんの少しの合間をぬって久々のはにうだ観光だ。実に二カ月ぶり。覚えている人ももう少ないだろう。 冬と言えばやはり温泉。しかしどこの宿も予約でいっぱいになるこの時期、ほうぼう探してやっと見つけたのがまさに秘境ともいえる場所に立つ温泉宿である。 最寄り駅である無人駅からさらに車で一時間半、まさに仙人の暮らすような里にそれはあった。 迎えのマイクロバスに揺られること数十分、早くも異常をきたした男が一人… 「…お腹がいたい…」 涙目、そして震える声でその男は呟いた。だが盛り上がってしまっている神7達は誰ひとりとして聞いていない。 「おーんせん!おーんせん!」岸くんは腕を振ってランランである 「岸くんと温泉…裸の付き合い…」高橋は夢いっぱいである 「露天風呂は混浴だよな!な!」神宮寺は期待に胸を躍らせる 「温泉まんじゅう売ってねえかなー」倉本はおせちの残りを弁当につめてむしゃむしゃやっている。 「おせちもご馳走も少し飽きたしな…たまには旅館で簡素な食事もいいだろう…」羽生田は何故かモデルガンの手入れをしている 「栗ちゃん背中流してあげるねぇ」中村は幸せそうに栗田に寄り添っている 「れいあ今度こそ浴衣着てくれよな!新年一発目は浴衣プレイだぜギャハハハハハ!」栗田はバカ笑いを放っている 「2013年は不憫2から脱却…ああでもこれじゃあ…」谷村は初詣で引いた「大凶」のおみくじを見て溜息をつく 「誰か…誰か運転手さんに次のPAに停まってくれるよう頼んで…」 痛む腹部を押さえつつその男…岩橋玄樹は消え入りそうな声で訴えた。だがその声は掻き消されてしまう。 神7入りして久しい彼はしかしはにうだ観光初参加である。野球が得意な16歳。持病は腹痛。正露丸をもってきたものの水を忘れて大失敗である。そうこうしている間にもしくしくと腹痛は進行してゆく。 このままでは悲惨なことになる。腹痛から連想されるもの、そう、それは… いや、それだけは駄目だ。僕はアイドルだ。そんなこと死んでもできない。ファンの子に幻滅されたくない。 必死な岩橋は誰なら聞いてくれるか一人ずつ眼で追いながら分析した。
岸くん…は駄目だ完全にノリノリになってるし第一自分の座っている位置から遠い 高橋…も駄目だ。「岸くんと温泉」というシチュエーションに完全に舞い上がっていて人の話を聞いてくれない。 神宮寺…も駄目だ。「腹痛プレイか!やっぱスカ○ロ最高!!」とか言って動画検索を始めてしまう 倉本…も駄目だ。食べてる最中の彼は何も耳に入らないし邪魔をすれば噛みついてくる。 羽生田…も駄目だ。モデルガンをいじる眼が殺人鬼みたいになっている。最悪それで撃たれてしまうかもしれない。 中村…も駄目だ。栗田といちゃいちゃして話に耳を傾けてくれない。 栗田…も駄目だ。同じく中村といちゃいちゃしている時には何を話しかけても「ギャハハハハ!」で返ってくる。 かくなる上は…もうこいつしかいない。頼りないが、溺れる者は藁をもなんとやらだ。岩橋は谷村に狙いを定めた。ちょうど隣に座っている。 「谷室、谷室…ちょっと運転手さんのところまで行って「次のPAで停車して下さい」って頼んでくれないかな…」 「谷村だけど」 「一文字違いぐらい大目に見てくれ…。頼む…しくしく痛むんだ。辛いんだ…」 「高速道路じゃないから…PAなんてないと思う。どうしても我慢できないなら停まってもらってどっかそのへんで…」 「アイドルにそのへんでやれっていうのか!?ああ、これはいじめか!そうか!そうなんだな!」 なんという屈辱。2つも年下の子からもこんな仕打ちを受けるのか僕は…岩橋は悲観にくれた後、怒りを谷村にぶつける。おっとり控えめな彼も何故か谷村には強く出ることができた。 「誰もそんなこと…そんなに大きな声出るんなら自分で言ってくれば…」 「ブーメランの時のことを根にもってるんだな?勝てなかったのは僕のせいだと…」 「だから誰も根にもってないってば…ああもう新年早々…これもやっぱり大凶を引いたからだ。そうだ、このバスは地獄行きの超特急だ。 温泉で溺れたり、やまんばに襲われたり、井戸に落ちて忘れて返られたりするんだろうなきっと…」 ネガティブと腹痛の低次元な言い合いをよそにバスは山奥へと走って行く。そうして一時間半、ようやく目的地へと神7達は辿り着いた。
温泉宿は古びてはいるものの一通りの施設が揃っていて、客も少ないからほぼ貸切状態だった。 「温泉といえば卓球!!『子どもの家』で鍛えた腕を今こそ見せる時が来た!」岸くんは早速卓球台を見つけてはりきって挑んだ。 「岸には負けないよぉ」中村はぶりっこモードを解除した 岸くんと中村がガチリンピックの再戦をしている横では高橋VS神宮寺の闘いが繰り広げられていた。 「神宮寺くん…僕が勝ったらWゆうたは封印してもらう…!」高橋は松岡修造モードに入った 「ちょこざいな!岸くんはどうでもいいが年下に負けるわけにはいかん!」神宮寺はエロモードを封印した そしてその隣の台は羽生田と栗田が対戦していた。 「アホに負けるわけにはいかないな。エリートとしてのプライドがある」羽生田はグリップを強く握りしめた。 「ギャハハハ!俺がおめーに負けるわけねーし!特にからみねーけど!!」栗田は余裕で受けている 「あー、みずき?何やってんの?お前もくれば良かったのに。何!?ロクネンジャーでもちつき大会だと!!なんで俺を誘わねーんだよ!!未来の夫なのに!!」 倉本は井上と電話をして喧嘩をしていた。その横では… 「卓球部だなんて卑怯な…僕は野球部だからこんな小さな球打てないよ…お腹痛い…」岩橋はまたお腹を押さえている 「…まあ一回戦で負けましたけどねガチリンピックも…」谷村はネガティブモードから抜け出せない わちゃわちゃしながら卓球大会を繰り広げた後、ロビーで休憩をしていると老人会の一行のような団体がやってくる。神7達を見ると孫を可愛がるようにフレンドリーに接して来てくれた。 「おじいさんの若いころにそっくりじゃのう…この法令線」岸くんはおばあさんに法令線を撫でられる 「ほう…それわしにもできるかの。ちょっと教えてくれんか?」高橋はヘッドスピンを披露すると杖をついたおじいさんがやる気になり始めて困惑する 「熟女モノ…いや、これは老婆モノか…新ジャンル、いけるかな…」神宮寺は新境地を開こうとしている 「饅頭ありがとばーちゃん。そんでさーみずきってばひでーんだよ俺は未来の夫なのに」倉本は饅頭食べ食べおばあちゃん相手に愚痴を聞いてもらっている。 「はにうだあむです。は・に・う・だ・あ・むです。」 「はえ?あにゅうどえむ?」 「ですから僕はドMではありません。ドMはそこの暗い男です」羽生田は何度言っても名前を聞きとってもらえない 「うちのひいおばあちゃん90歳超えててぇ。でもまだ元気なんですぅはい毎年遊びに行っててぇ」中村はほうじ茶片手に盛り上がっている 「ギャハハハハハ!じいちゃん入れ歯飛び出してんぞ!おもしれーギャハハハハ!」栗田は老人に大ウケだ 「…はい。そうなんです。何言ってもしらけるし名前も覚えてもらえないし勝負事には勝てないし…もう人生どうしていいか…」谷村は老人相手に悩み相談を始めた 「お腹が痛くて…。はい?あ、漢方薬ですか。有り難く頂戴いたします…」岩橋は老人から手渡された漢方薬を服用した お年寄りと盛り上がり、温泉を楽しみ、その夜は美しい星空を眺めながら神7達は温泉旅行を満喫する。 お年寄り達は神7をいたく気に入った様子で宴会場でも色々と親切にしてくれた。親切で親切で…そしていつしかおかしな展開に向かって行った。
「岸くんとやら、あんたもう17歳ですってねぇ…来年には18歳。あらあらいけないわあ…18になったらもうお嫁さんをもらわないとねぇ…うちの孫なんかどうかしら?」 岸くんは何故かお見合いを薦められる。 「いや…俺はまだ結婚とか…ちなみにお孫さん美人ですか?」 満更でもない岸くんに高橋は悲鳴をあげて断固阻止を始めた。 「き…岸くん!駄目だよけけけけけ結婚なんか!駄目ですよおばあさん!岸くんはですね、異常に汗っかきなんです!洗ってない犬みたいな臭いがするんです!だからまだ結婚なんか駄目ですうわあああああああああああ」 高橋は高速ヘッドスピンを始めた。岸くんが慌てて止めても回転は止まらない。 そしてこちらでは… 「神宮寺くんええ男じゃの〜私がもう70年若ければの〜」 神宮寺は老婆に逆ナンされていた。オレンジジュースで乾杯しながら神宮寺は葛藤する 「ううむ…俺の童貞をここで捧げるべきか…いやしかしこんな妥協は…だけどもう「永遠の童貞、渚のチェリーボ−イ神宮寺」なんていう不名誉なリングネーム捨ててえし同級生に先越されたくないし…」 「神宮寺くんは年上は嫌いかの〜」 老婆は迫ってくる。80過ぎとは思えないくらい力強く手を握ってくる。その皺に隠れた眼がぎらついていた。 「いえ年上は大好きっす。ただその限度というものが…いやでも俺はなんでもいける男…」 神宮寺が70歳の年の差を妥協すべきかどうか悩んでいる横では倉本が説得されていた。 「そんなはしたない嫁は捨てなされ!夫をおいて他の男ともちつき大会などとけしからん!君にはもっとふさわしい嫁がいるはずだ。 何、わしの知り合いの娘さんがちょうど婿を探しとる。ちゃんこ屋を経営しとるからぴったりじゃ!」 「でもよーみずきより可愛い嫁ってそうなかなかいねーぞじいちゃん。ちゃんこ屋は魅力だけどよ…っておい何電話してんだよ!俺はまだOK出してねえぞ!」 倉本の訴えを無視しておじいさんはどこぞのちゃんこ屋にお見合い斡旋を始めた。 「そうじゃ。ぷにぷにしておるから店のいい看板ボーイにもなるぞ。まだ年は12歳だがの。何ほんの6年待てばいいんじゃ」 「やめろってば!俺はみずき一筋なんだから!」 倉本の隣では羽生田が老婆に囲まれていた。 「うちの娘もらってくれんかのう…えりーとなんじゃろ?」 「いや、エリートとこれは全然別問題ですよ。それに僕は15歳だからまだ結婚できませんし」 「死んだおじいさんに似とる…わしと第二の人生をやりなおさんかえ?どえむ君?」 「あむです。第二も何も僕はまだ一回目の人生ですから」 「うちの家メロン畑経営しとるんじゃが婿に来んか?」 「メロン…いやいや迷ってなんかいないぞ。メロンは好きですがそんなので人生棒に振りたくありません。…ちなみにメロンの種類は?」 羽生田がメロンにぐらついている一方で中村がちょいワル老人に口説かれていた。
「可愛いのう…肌もこんなにすべすべじゃ…可愛いのう…」 「はぁい毎日寝る前には化粧水塗ってぇお肌のために早寝してますからぁ」 「どうじゃ?わしの愛人にならんか?可愛がってやるぞ…」 「ごめんなさいおじさぁん。僕には栗ちゃんっていう恋人がいますからぁ…」 「何を言う、恋人がいてもかまわん。わしにも他に15人の愛人がいる。まだまだ若いもんには負けん」 その栗田はというと何故か正座させられお説教を喰らっていた。 「いかん!いかんぞ!男同士の結婚など許されるはずなかろうが!親が嘆くぞ!孝行したい時に親はなし!ちゃんと勉強して女性の恋人をもらって子孫を残すんじゃ!」 「でもよーれいあより可愛い女とかいねーし俺達愛し合ってっしー」 「黙れ小僧!!貴様はまだわかっとらんのだ!!種の繁栄に背く恋愛など神が許すはずもない!良し分かった。わしが貴様のその根性を一から叩き直してやる! ついでにわしの娘も紹介してやる!明日から我が家の入り婿として迎え入れてやるからありがたく思え」 「え、ちょ…ちょっとまてよおっさん!」 「おっさんではない!お義父さんと呼べ!」 「わっけわかんねー!俺の父ちゃんそんな年とってねえしー!」 栗田がわけの分からない入り婿騒動に巻き込まれかけていると谷村は怪しげな占星術によって人生の軌道修正をされようとしていた。 「このままじゃとあーたの人生は碌な事がなく不憫一直線じゃ。そうならないためには今すぐ頭を丸めて出家するんじゃ。この世の俗物とは断絶し、煩悩を捨てるのがただ一つの道と出ておる」 「え…しゅ、出家って…?」 「ふうむ…あーた特殊な性癖もっとるじゃろ。ドMでおしおき好き…そしておでんが嫌いでポルトガルで溺れたことがある」 「な、何故それを…!」谷村はピタリと当ててくる老婆に戦慄した 「改名するといいかもしれん…そうじゃな…「タニー・ムラノビッチ・リューイチルノフ」とかはどうじゃ?こう、エキゾチックな顔立ちをしておるし似合うぞよ…」 「ムラノビッチ…」 谷村はだんだんマインドコントロールされてくる。そしてその横では… 「助けて…お腹が痛い…尋常じゃなく痛い…」 岩橋がかつてない腹痛に悶え苦しんでいた。原因はあの漢方薬としか思えない。大好物のたこの刺身すら食べられずその痛みに喘いだ。 「おや?どうしたんかえ?お腹が痛いのか?それなら良く効く漢方薬があるでの」 「勘弁して下さい…僕はアイドルなんです…野球大好き元気な玄樹スマイル岩橋玄樹がキャッチフレーズになる予定… それがこのままでは年中腹痛、あなたに胃腸炎で減気の岩橋玄樹だなんてそんなこっぱずかしいキャッチフレーズは嫌です。だからそこの正露丸取ってくだ…さ…」 「はいはい今漢方薬投与してあげますでよー」
宴会場は騒然とした。 岸くんが高橋のヘッドスピンを止めようとしたが最早本人にも止めることができず御膳を次々と破壊してまわり神宮寺は葛藤に頭がショートしてしまい狂ったようにハニーライダーを熱唱し始め倉本はちゃんこ屋入りが嫌で四股を踏んで抗議した。 羽生田はモデルガンをぶっぱなし中村は栗田の婿入りの話を聞いてプッツンからのドSモードからの地球破壊爆弾発動に入った。 栗田は中村を口説こうとしたおじいさんに襲いかかり谷村はマインドコントロールでロシア人になりきっていた。その中で岩橋は腹痛を紛らわすために、こんなこともあろうかと持ってきた野球グッズで宴会場で1000本ノックを始めてしまった。 宴会場および旅館の設備を滅茶苦茶にした神7はしこたま怒られた。 そして夜が明ける… 「ほえ?兄ちゃん達どっから来たんじゃ?可愛いのー孫みたいじゃ」 「ほんにほんに。初めましてよろしゅうね〜」 「…」 老人会ご一行は昨日の記憶が全くないようだった。だがまた同じことを繰り返されてはたまらないと神7達は宴会場の補修と後片付けを済ませると早々に旅館を発つ。そして帰りのバスでは… 「あーでも惜しかったな。美人だったらいい縁談だったんだけどなー」岸くんが腕を組んで惜しんでいるのを高橋がわなわなと震えながら見る。 「き…岸くん、駄目だよお見合いは…恋愛結婚じゃなきゃ…あと4年待って…」 「やっぱヤっときゃ良かったな…くそ…今年こそ脱・童貞!!」神宮寺は拳を突き上げる 「あーもしもしみずき?俺はお前への愛を貫き通したかんな!俺の分のおもちあるんだろうな!何!?ないってどういうことだよ!お前俺の嫁としての自覚を今年こそはちゃんと持ってもらうからな!」倉本は井上と電話でまた喧嘩を始めた 「弾を無駄にしてしまった…補給しなきゃ…」羽生田はモデルガンを手入れし息を吹きかける 「栗ちゃんはぁ誰にも渡さないからぁ」中村は栗田の腕にぎゅっとしがみつく 「れいあは俺のもんだしー。あ、れいあ地球破壊爆弾ちゃんと格納の手配した?」栗田は中村の髪を撫でる 「ムラノビッチ…俺はロシア人…ズドラースチェ…」谷村は何故かロシア語を呟きだす 「長嶋監督…僕を腹痛からお救い下さい…」岩橋は長嶋監督のサイン入りバット(レプリカ)を握りしめながら腹痛に耐えている こうして新たな仲間を迎え2013年一発目のはにうだ観光が終わろうとしていた。大忙しの彼らは今年もその合間を縫って様々な旅を繰り広げて行くだろう。願わくばその旅が誰ひとり欠けることなく無事に終えることができるよう… END
いつもの作者さーん!乙! 今年初のはにうだ観光ありがとう! 今年もよろしく! ネガティブと腹痛のやりとりいいねwww ムラノビッチwww 年明け早々神7はぶっ飛んどりますなぁwww いろいろあるだろうけど、誰ひとり欠けず夢を叶えて欲しい…! 応援頑張るぞ!
53 :
ユーは名無しネ :2013/01/02(水) 22:07:00.10 I
作者さん乙! 今年も神7をよろしく!
作者さん乙!あけましておめでとう! 相変わらずのわちゃわちゃ神7と颯きゅんの岸くん愛にほっとしたw 岸くんの舞台に、神7はこれからどうなるのかわからないが… 今年も神7とここのスレの人にとって良い年になりますように!
谷村と栗ちゃんいないけど新春コン神7がんばってたお!
56 :
ユーは名無しネ :2013/01/05(土) 22:12:11.02 I
ついにやりよったじんたん 【セクゾ5日】神宮寺が岩橋に抱きついてキス攻撃。岩橋うわっ!ってなるけど神宮寺構わずキスしまくる。その後岩橋後ろに転んで神宮寺爆笑。らぶらぶすぎ!
その頃颯きゅんはれあたんをお姫様抱っこ。今回神7色んな意味で凄すぎ
神7のみんなコンサートお疲れさまです。谷村栗ちゃんがいないのは残念だったけど色々いいもの見れてインスピレーションが沸いてきたお!
岩橋が仲間入りする話読みたかったから嬉しい! 今年も楽しみにしてるよ作者さん
全然関係なくてすまないけど 谷村の次スレ誰か立ててくれ 規制されてて立てられなかったんだ
>>60 試しにやったら立てられたよ!
かなりふざけた
>>1 になっちゃったがまぁそこは谷茶浜ということで
神7楽屋劇場 「超神合体カミセブン!!」 楽屋で休憩中、中村と高橋はメロンパンをかじる。中村はロイヤルミルクティーを、高橋は梅こぶ茶をそれぞれすすっている。 「今日も寒いねぇ…毎日お蒲団から出るの嫌になるよぉ…」 「だよねえ…寒いとヘッドスピンの回転もいまいちだし…」 「寒さと回転なんか関係あんのぉ?」 「なんとなくね。ペンギンも寒いと動きが鈍るっぽくない?」 「ペンギンは南極でも生きてられるんだからぁ寒さには強いはずだよぉ」 「あ、そっかあ。そうだよねえ」 和やかな楽屋である。和気藹藹と共通の話題で盛り上がったり格闘ゲームをしたりとひとしきりきゃっきゃと過ごした後にふいに鬱期が訪れる。 「栗ちゃんは今度のセクゾンコン出なくてJWだし、遠征寂しいよぉ…」 「岸くんもこれが終わったら舞台稽古に行っちゃうし…寂しいなぁ…」 「最近別々になること多いしぃ…なんか不安だよぉ」 「離れてる間に岸くんにいい人ができちゃったらって考えると夜もヘッドスピンできなくて…」 大きな溜息をつき切ない想いを吐きだすとまた二人はメロンパンを口にする。ほどよい甘さとビスケット生地の食感がその胸の重みを少し軽くしてくれるかのようだった。 だがしかしそこはわりとポジティブな二人である。楽屋にあるテレビを見始めると元の明るさが戻ってきた。 「あ、手越くんだあかっこいいぃ」 「塚田くんのアクロバット凄いなあ」 先輩のコンサートDVDを見るとテンションが上がってくる。おりしももうすぐセクシーゾーンの新春コンサートを控えている頃である。 「ねぇ高橋ぃ…今度のコンサートはぁセクシーゾーンのメンバーそれぞれでソロコーナーあるんだよねぇ」 「らしいね。前歯…じゃなくて健人君とクチ…じゃなくて風磨君はソロ曲があるし野菜どろ…勝利君も作詩した曲があるしカピ…松島達もそれぞれ見せ場があったよね」 「いいよねぇ見せ場があるってさぁ。僕らもぉ一応コーナーは持たせてもらえるけどぉソロなんてないしぃ」 「僕も今回はあんまりヘッドスピンを披露する場がないからなあ…ダンスで個性出していかないと」 「個性かぁ…」
中村は悩む。広いステージで個性を出すのは難しい。スケボーは得意だがさすがに舞台には持ちだせない。何かこう…人目を引くような特技がなくては埋もれてしまう。折角の舞台なのだからちゃんとアピールをしたい、そう思ったのだ。 一方で高橋も同じ思いであった。ヘッドスピンという武器があるが今回それが活かせる場面は少なかった。アリーナ型の舞台ではなかなか存在感を出すのは難しい。ましてバックダンサーという身分なら尚更だ。 「何かないかなぁ…僕達が存在感放てるものぉ…」 「だねえ…あ、そうだ!」 高橋は手を叩いた。 「なぁに高橋ぃ?なんか思いついたのぉ?」 「うん!ステージが広いからさ、アクロバットとかはどう?フリーになる曲とかもあるし…こうバック転とか側転とか…」 一番分かりやすいアピールだし効果大である。とかく派手なパフォーマンスは観客の印象に残る。 「アクロバットってぇ…高橋はいいけどぉ僕は高橋に支えてもらってバック転するのがやっとだよぉ。ずっとローラの物真似するのも限界あるしぃ」 「二人で合体技とかどう?ほら、ハワイで生みだした二人リンボーダンスみたいなあれとか!」 「あぁそういやそんなことしたねぇ…合体技かぁなんかヒーローものみたいでかっこいいかもぉ」 中村は乗り始めた。そして高橋は考える。アクロバットが決して得意でない中村とやる技は一体どういうものがいいか…危険が少なくてインパクトの強いもの…二人の個性が出せるもの… 「う〜ん…」 唸りながら腕を組んでると中村が「梅こぶ茶のおかわりいるぅ?」とかいがいしく訊いてくる。 中村といえばれあたん、れあたんといえば可愛い、可愛いといえばお姫様…お姫様…中村の名前の由来は某宇宙戦争物語の映画に出てくるお姫様だったっけ… 「そうだ!!」 高橋は指を鳴らした。本日一番の鳴りである。パチン!という破裂音が脳内のスイッチをオンにし、起動させた。 「こうやって…ここをこうして…」 「わぁすごぉい高橋ぃ…これ僕ラクチンだよぉしかも面白いしぃ」 「でしょ?これだと二人の個性も出てるし…舞台でフリーの時とかやってみようよ」 「うん。よぉしもう一回練習だよぉ」 目から鱗の合体技を身に付けた二人は張り切って練習に勤しむ。そして最終調整に励んでいると… 「れいあー!!ジャニワのリハ終わったぜ!!疲れたから俺のこと慰めてー!!とりあえずちゅーしてくれ!!」 「あー疲れたー!!腹減ったー!!高橋お菓子ちょーだい!!」 ジャニーズワールドのリハーサルを終えた栗田と毎度お馴染みお腹をすかせた岸くんが同時に楽屋にやってくる。そこで二人が見たものは…
「あ、栗ちゃん」 「き、岸くん…」 栗田と岸くんは目が点になった。 「れいあ…」 「中村…高橋…何やってんの?」 そこには中村をお姫様抱っこした高橋と、高橋の首にしっかりと手を回している中村がいた。今にもこのままウェディングチャペルへ直行するかのような…二人は我が目を失った。 お姫様抱っこ…そう、それは1月5日の某横浜で作者も目ん玉が飛び出した光景である。 「今夜限りのB・I・Shadow復活!!」に某横浜がその日一番の盛り上がりを見せ、沸き立つ中で全く反対方向にいた高橋と中村を双眼鏡で追っていた時にまさにそれは飛び込んできた。 中村と高橋の合体技…それは高橋が中村をお姫様抱っこし、さらにはそのままの体勢でくるくると高橋の体を軸にして中村を高橋が回している…そしてまたお姫様抱っこに戻りフィニッシュという奇想天外な合わせ技だ。 能書きはともかくそんな技を身に付けた二人だったがこの時の栗田と岸くんには仲睦まじいカップルのようにしか見えなかった。一瞬で栗田の脳天は沸点に達する。 「高橋てめえ…俺のれいあに…てめえだけは大丈夫だと安心しきっていた俺がアホだった…」 ゴゴゴゴゴ…とお約束の轟音が地を揺るがす。栗田の体からはしゅ〜しゅ〜と白い蒸気が立ち昇ってきた。 「…」 高橋は中村を抱っこしたまま白目を剥いた。 今日、ここで僕の人生は終わる…岸くんに看取られながら… どうせなら…どうせなら死ぬ前に一度でいいから「スキすぎて」のセリフ部分を全部岸くんに言ってもらって僕を指差しながら「側にいるよ」「お前しか愛さねえ」「一生ついてこい」「今夜は返さねえぞ」「俺はお前のもんだ」ってやってほしかった… 高橋が意識を遠くに飛ばしているとひょいっと中村が降りた。 「栗ちゃんお疲れさまぁ待ってたんだよぉ」 中村がすかさず栗田に抱きついてほっぺにちゅーをするとしかし栗田の燃え盛るマグマのような嫉妬は一瞬で鎮火された。高橋は一命を取り留める。まさに九死に一生だ。
「れいあ何いまの〜?俺心臓止まりそうになったしー」 「んー。今度のコンサートでぇちょっと密かにやってみようと思ってねぇ。どうだったぁ?」 「お姫様抱っこなら俺でもできるし!」 栗田はそう宣言して中村を抱きあげようとしたがなかなか上手くいかない。中村が少し恥ずかしそうに 「栗ちゃん…恥ずかしいけど僕栗ちゃんより重いからぁ…痩せなきゃいけないのかなぁ…」 「れいあそんなことねーし!俺がガリガリすぎるだけだし!よし俺今日から毎晩唐揚げとポテチと生クリーム大福5個食って体重増やすし!待ってろよ来週には50Kg超えてっし!!そしたら軽々れいあのこと持ちあげっかんな!」 「栗ちゃん…体重の問題じゃなくて腕力の問題だけど待ってるよぉ」 中村と栗田は安定のいちゃいちゃを取り戻す。そして高橋はメロンパンを岸くんに差し出そうとしたが生憎中村と二人で食べてしまった。ああ、岸くんがお腹がすいているのに…と高橋が自分の不甲斐なさに涙していると、 「これでいーや。ちょうだいね高橋!」 岸くんはひょいっとそれを手に取ってかじり始めた。 「き、岸くん、それは…」 それは高橋の食べかけのメロンパンだった。意地汚…空腹の岸くんはもうそれが食べかけであるとかはどうでも良く、とりあえずは何かを口に入れたかったのだ。だが… 「こ…ここここれってもしやもしやの間接キッス…?あああ岸くんそんなそんな僕心の準備が…ああもう岸くん僕の心のセキュリティを壊してんじゃねーよっっぽいの中の中の…」 有頂天に達した高橋はそれから楽屋でずっと回り続けた。岸くんはその間戻ってきたメンバーというメンバーにお菓子をたかって非難を浴び、最終的に岩橋に「僕にはこれしかあげられるものがなくて…」と胃薬をもらったという。 END
作者さんおっつおつ!! それみたかったのにみられなかったんだよおおおおああああああ! あとで話題になってて知ったんだよおおおおああああああ! だが、ここで裏話みられて得した気分だありがとう! 2013年もれあくりジャスティス揺るぎないっすな…可愛い! 心のセキュリティを何度壊されても岸くんに夢中な颯くんは2013年もピュアで可愛い! 岩橋はすっかり胃薬キャラが定着してめでたしめでたしwww >「スキすぎて」のセリフ部分を全部岸くんに言ってもらって僕を指差しながら「側にいるよ」「お前しか愛さねえ」「一生ついてこい」「今夜は返さねえぞ」「俺はお前のもんだ」ってやってほしかった… これさ、颯くんがこんなにも岸くん大好きアピールしてるからいつか周りに「岸ぃやってあげなよぉ」とかなんとか言われリアルでもやらされそうwww ていうか、激しくみたいwww
プロポーズ? 「結婚しよ」「うん!」 即答する高橋に岸くんはおののく。えええええ!? 岸くんが何を言っても怒らない高橋。 どれだけ引くような言葉を投げかけてみても、肯定される。 じゃあ、と思ってがしっと両肩をつかんで言ってみた結果が、これだ。 「じょ、冗談だからあははははは!」 なんとかその場を切り抜けたけど、岸くんの汗のかきようといったらそれはもうひどいものだった。 ぼーっとしながら荷物をまとめて、次の撮影に向かう。 「でさー、…ゆうたん!オレの話聞いてる?」 「う、うん。で、なんだっけ?」 「だーかーらー、やっぱりウェディングドレスプレイすげえんだよ!新妻だぜ新妻!」神宮寺がスマホを握り締めて力説する。 「あ、ああ」岸くんはとりあえず相づちを打った。 それからというもの、誰かとくだらない話をしていても、高橋がやたら視界に入ってくる。 シンメだからかかわる機会も多く、当然といえば当然なのだが、その頻度が尋常じゃない。 (またヘッドスピンしてる。あ、羽生田とじゃれあってる。メロンパン食べて幸せそうだな・・・) そんな日々が続いた。
今日も楽屋は賑やかを通り越してとんでもなくうるさい。 そんな中、岸くんは呆けたような顔をして座っていた。 「きしぃー、あっちにピザ届いてたよぉ」中村がまたわかりやすい嘘をつく。 「なんかあんまし食欲なくて」 岸くんが答えると、中村は一瞬目を丸くしたが、すぐに腑に落ちたような顔をした。 「颯でしょ?」 岸くんは明らかに挙動不審になった。汗をダラダラ流している。 「や、そういうわけじゃないんだけど、なんかやたら目につくというか、」 「ようやく自覚したんだねぇ。口に出したからには、責任とりなよぉ」 責任ってなんだ!?俺にどうしろって言うんだ!? ・・・ふががががががっ、と響いた音にびっくりして、岸くんは跳ね起きた。 「あ、起きた」「どんだけ寝てんだよ」 みんなの顔、かお、顔。周りを囲まれている。 「なんかやたら寝言言ってたよ。なんだ、とか、どうしろ、とか」 そう言われてもまったく覚えていない。夢の内容も、すっかり頭から抜けている。 「そろそろ行かないとまた怒られるよ」 ぞろぞろと去っていくみんなの背中を見て、あわてて走り出す岸くんであった。 END
大阪では「岸くんのことが大好きな高橋颯でーす!」って言って唇に「夏からブレねーな!」って突っ込まれてたけどねw れあたんも「スケボーが得意なので今度のコンサートではぜひやらせてください」みたいなこと言ってた JUMPコンではさりげなーくスケボーやってたりしたけどいつか大技を見せてほしい
作者さん乙ー! 岸くん夢の中でプロポーズですかいwww いきなりプロポーズ、どのくらいやっても自分大好きな颯くんを試すようなことばかりきく岸くんならいつか空気読まずにイタズラ心でやりかねんwww
71 :
ユーは名無しネ :2013/01/13(日) 12:44:36.80 O
新春コンJr.紹介はネタの宝庫だったのに横浜公演ではほとんど削りやがって糞運営が
神7楽屋劇場 「Don’t Stop Sexy Boyz!」 今日もレッスンを頑張った。エリートたるもの常に努力を忘れない。これがエリートたる所以…故に何かをがんばったというからではなく普段からの心構えとしてある中での終了後のブレイクタイム…所謂コンビニスイーツを食す時間を持つとしよう。 そう頭の中で誰にでもなく説明をしながら羽生田は楽屋のドアを開けた。 「…何をやってるんだ神宮寺?…まあ愚問だったな…」 楽屋の中にはパン一になった神宮寺がいた。これからオ○ニーに勤しむつもりだろうが自分が楽屋に戻ってきたからには自重してもらおう。疲れて戻ってきて他人のオ○ニーを見せつけられるなんてまっぴらごめんだ。 「悪いが神宮寺。場所を移してやってくれないか?僕はこれからエクレアを食べるんでね」 鞄の袋からエクレアを出そうとすると予想外の返事が返ってくる。 「フッ…この俺をもう年中無休のオ○ニーエンペラー扱いはよせ…」 「…悪いものでも食ったのか?」 パン一で鏡の前で仁王立ちしてこのセリフ…ノロウィルスかインフルエンザでも脳に回ったか…?と羽生田がわりと真面目に心配をしていると半裸のエロエンペラーはドヤ顔で言い放った。 「見ろこのセクシーな裸体…なんせ俺はセクシーボーイズのエースだからな…童貞だからってこの溢れ出るフェロモンは抑えきれるもんじゃねえぞ…」 セクシーボーイズ…確かにユニット名はそうであるのだろうが、今の神宮寺からはセクシーよりもなんだか痛々しさが溢れている。羽生田は鼻を鳴らした。だが神宮寺は真剣な表情だ。 「最近俺達脱ぎ仕事が増えてるからな。いくらセクシーボーイズとはいえこの年から肉体美を惜しみなく披露させられちゃな…ポージングにも気を遣わないといけねえと思って今研究中だ」 「確かにここ最近シャワーで濡らされたり旅館の大浴場でタオル一枚になったりプロフィールでパン一にさせられたりしているが…一体誰の趣味なんだ…まったく…」 「だろ?だがな、生まれてきたからにはもう俺らの軌跡残すしかねーんだよ。ファンは皆この4人に…特にこの俺にセクシーさを求めてんだ。だからその要望に応えなくちゃいけないなと思ってな。このポーズどうだ?」 神宮寺はM字開脚のまねごとを始めた。羽生田はひとしきり爆笑した後、暇潰しに乗ることにした。 「セクシーさなら僕の方が勝っている…見よこのモデル体型を」 羽生田はパン一になった。鏡の前には痩せこけた少年二人が映っている。
「正直セクシーボーイズのセクシー担当はこの僕だと自負している。倉本は幼児体型から脱却できていないし中村は女だ。そして神宮寺、哀しいかな童貞の君ではセクシーさは出やしない」 「んだとコラ!てめーこそ童貞だろうがよ!それともいつどこで失ったっつうんだ?言ってみ?今晩のオカ…じゃなくて聞いてやっから!」 「(お口の)童貞は不本意ながらに失ってしまったから思い出したくはない…。だが見よ、このセクシーポージング!」 羽生田は鏡の前でとりあえず「だっちゅーの」をしてみた。ハワイでやったような悪ふざけポーズとの連続技だ。 「いやいや俺の方がよ、この腰の回転とか…!」 「回転は写真では映んないだろう。もっとこう…限界ギリギリのポーズが…」 羽生田と神宮寺が傍目には酔狂極まりない遊戯に興じていると、腹部を押さえた岩橋が楽屋に戻ってくる。そして目の前でパン一で悩ましいポーズを繰り広げる二人の年下メンバーに飲みかけていた胃薬を落としかけた。 「神宮寺とはにうだ…何をしてるの…?」 「おー岩橋ちょうどいいところに!どうよ?セクシーエンペラー神宮寺のこの悩殺ポーズ!」 「ちょこざいな。岩橋、僕と神宮寺のどちらがよりセクシーボーイであるかそのフラジールボイスで答えるがいい!」 羽生田と神宮寺はドヤ顔でポーズを決めている。岩橋は一瞬、目が点になりかけたがしかし真面目に考え始めた。 「僕は前歯…じゃなくて健人くんのような大人の男にこそセクシーさを感じるのだけど…いや決してゲイ的な意味ではないよ。これは憧れ…そう、憧れなんだよ…。 ドキドキなんかしていないし一度でいいから抱かれてみたいとかも思わないし頭の病気としか思えないポエムに胸きゅんなんてしてないし密かに写メってなんか…ああまた言わなくてもいいことを言ってしまった…これは誘導尋問を装ったいじめか…そうか…そうなんだな…?」 勝手に心配して勝手に被害妄想に浸って岩橋はお腹をおさえながら崩れ落ちる。業を煮やした神宮寺が岩橋に襲いかかった。 「ああもうお前は煮えきらねーないっつもいっつも!よし分かった!お前もセクシーポーズの研究に加われ!」 「ちょっと…やめてくれ…僕にはそんな酔狂な趣味はない…ていうかお腹が痛いからせめて胃薬を飲ませ…」 「岩橋、君も神7入りしたなら覚悟を決めることだな。自分だけ常識人みたいな面はよしてもらおう」 羽生田と神宮寺にパン一にされた岩橋は涙ぐみながら呪詛を吐く。
「なんてことだ…こんな…こんな性的いじめ…なんたる屈辱…。こんなことならバットとグローブを手放さずボールを追ってれば良かった…。僕は楽屋で年下メンバーにパン一にされるためにジャニーズになったんじゃないんだ…」 エロエンペラーと悪ふざけBABYと腹痛が三人でパン一で戯れていると今度は倉本が戻ってくる。彼は売店で買ってきた大量のコロッケをかじりながら半裸で戯れる中高生を心底馬鹿にした眼つきで見ながら溜息をついた。 「相変わらずガキだなー。お前ら今年は少しくらい大人になれよ?ハッ」 と鼻で笑い、がふがふとコロッケを頬張り始めた。 「…」「…」「…」 コロッケを口いっぱいふくみながら漫画を読んで笑っては食べカスを床にこぼす倉本にはセクシーのセの字もなかった。まさに色気より食い気。 その食欲の権化に思い切り下に見られ、中高生のプライドは雨の日のぬかるみに飛び込んだ運動靴でぐりぐりと踏みつけられたみたいにズタズタにされた。 「くそ…やっぱかくなる上は脱・童貞しかねえ!おいはにうだと岩橋!どっちでもいいからヤらせろ!この際もう誰でもいい!3Pでもいいぞ!!」 「さーて…来週のサザエさん…じゃなくて鴨せいろの美味い店でも調べるか…鮑の天ぷらも久々に食べたいな…」 「小学生にまで馬鹿にされるなんて…これはいじめだ、いじめに違いない…胃薬が見当たらない…今日は厄日だ…」 そうして楽屋の中はコロッケの臭いと誰かれかまわず性欲の捌け口にしようとするエロエンペラーの雄叫びと我関せずでぐるなび検索をするエリートの呟きと被害妄想の塊と化す腹痛持ちの喘ぎで満たされたという… END
頼むから神7で超絶濃厚なエッロエロ小説を書いてくれ! ここじゃまずかったら外部のどっかのサイトでもいいから!
作者さん乙ー!
最近の彼らは確かに脱がされまくりですなぁ
れあたんは骨格はかろうじて男子だが肉付きと美肌が完全に女子ですなぁ
エロエンペラーと悪ふざけBABYと腹痛www
改めてみるとキャラ立ちハンパないwww
フラジールボイスにハマったwww
確かにwww
しかし岩橋は神宮寺の3P要求はいじめと思わないのかwww
くらもっちゃんがあまりに美味しそうに食べるからコロッケ食べたくなってきた
>>75 気が向いたら作者さんが投下するさ
それまでは過去ログ探すよろし
エッロエロ…ゴクリ…
78 :
ユーは名無しネ :2013/01/19(土) 10:34:36.45 O
神宮寺のM字開脚見てえwwwww
今日はセクゾン握手会!神7いるかな?
80 :
ユーは名無しネ :2013/01/20(日) 14:29:57.31 0
握手会神岩嶺羽だけだったね
れあたんと握手でけた。一生もんの思い出や
こんな時期だしまた岸くんの恋人(になりたい)が読みたいな 作者さんいなくなっちゃったかな
規制厳しくなってみんな投稿できなくなったのかな 規制が憎い…
規制で出先のWi-Fiからしか書き込めないから タイムリーにお礼が言えないのが心苦しいが いつも見てます、良作ありがとう
握手会もあったし春ツアーも決定したし、某誌のランキングで神7メンバーが5人もランクインしたし2013年も神7の勢い止まんないな!
ホント規制がにくいな 神7のますますの活躍に期待!
2012年13月6日 長丁場の舞台もあと数週間で千秋楽を迎えようとしている1月初旬。 谷村は舞台の中休みを楽屋で過ごしていた。 自分が楽屋にいると人口密度がものすごく低くなるのは果たして気のせいだろうか…? 今日もみんな先輩や後輩の楽屋に遊びに行ってしまったのか、谷村の個人楽屋状態だった。 さすがに疲れていたので、その大ざっぱさと打たれ強さにひそかに憧れている汗だく…じゃなくて岸くんのように ごろんと大の字に長椅子に寝っ転がってみた。 他人に起こしてもらうほど図々しくないので自分でスマホをタイマー設定にしてから谷村は目を閉じた。 「………う〜〜ん……」 どれくらい経った頃だろうか、お腹のあたりに違和感を覚えて谷村は目を覚ました。 「うわっ!!な、ななな何!!???」 目の前に栗田のドUPの顔があり、谷村の眠気は一気に吹き飛んだ。 「…んだよ、起きねーでずっと寝てろよ、アホ」 栗田は上体を起こし、谷村に乗っかったままスマホをいじって何か確認している。 「何…?」状況がつかめない谷村は目をこすりながら聞いた。 「れいあに頼まれててよー。てめーの寝顔の画像が欲しいんだと」 「中村に?なんで…」 「さぁ、イタズラとか何かあった時に脅す用じゃね」 あいかわらず怖いな…と谷村は中村の小悪魔風な微笑を思い浮かべた。 用は済んだはずなのに、栗田は谷村の上から動こうとしない。 いい加減降りてくれよ重いし、と言いたいところだけど残念ながらあんまり重くなかった。 「たにむらー」と栗田はいつもより低い声で言った。どうでもいいけどひらがな表記だとしまむらみたいだ。 「なあ、れいあのものまねして」 「は?できないってそんなの」 「うっせーな、いいからやれや!まずやってみる姿勢ってもんが大事だろーが!!」胸のあたりをパシパシと叩かれる。 上半身を起こすと変な体勢になるので、谷村は横になったまま栗田のムチャぶりに答えた。もちろん例のぶりっこポーズ付きで。 「…なかむられいあでーす…」 「……ふふ、似てねー」うつむいた栗田の肩が小さく揺れる。 ふふ?ふふ、って何そのアンニュイな笑い声?いつものぎゃはは笑いはどうした??谷村の背筋に悪寒が走る。 「あのさ、なんか変だよ。…中村と逢えないから?」 「べっつにー、ドントなんとかセクシーボーイズで頑張ってんだろ。つーか森本慎太郎withスノープリンセス合唱団並みになげーつーの」 それはユニ名じゃなくて曲名、と谷村はツッコミたくなる。自分のいたユニ名も間違えてるし…
栗田はこれから2回目の本番を控えてるとは思えないほど気だるい様子だった。 今回わりと厳しいラインにぶち込まれてるからプレッシャーや疲労で元気がないんだろうか。 でも、事務所歴が長いだけあって、こういうイレギュラーな事態には慣れているはずだ。 というか谷村が思わず心配になるほどテンションの低い栗田というのがそもそもありえない。おかしい。変だ。何故だ。 栗田は谷村のへそのあたりをポチポチ押しはじめた。 「ふ…ふへへ、…くすぐったいって。あは…」身体をひねらせて谷村はちょっと笑ってしまう。 「…アホじゃね。つーかきめえし。……ふふ」 だからその笑い声はやめてくれ、と谷村は思う。別人みたいで落ち着かなくなる。 こういう時に限って楽屋には誰も来なかった。 何を考えているのか栗田は谷村のシャツのボタンを1つずつ外している。その表情は前髪に覆われていてよく見えない。 まさか、中村に逢えないからって、俺を身代わりにする気じゃないだろうな…谷村の二の腕にサーッと鳥肌が立つ。 いやいや、いくらなんでもそんな誰得な絡みをするほど飢えているわけないだろう。 それに、逢えないといっても大して長く離れるわけでもない。 俺なんて凜と同じ舞台に立っているはずなのになぜか全然逢えないんだぞ… ここで谷村は考える。押さえつけられてるわけでもないし、身長や体重、腕力ではゴボウ体型の栗田に勝っている(はず)なのに なぜ自分はされるがままで抵抗しないのか。 哀しいかな、腕力とかそういう問題ではなく、谷村は栗田(と中村)には逆らえないのだった。 自分が入所したばかりの頃、あの2人はすでにユニットにいたというのもあるし、一応向こうが年上だし、前世でなにかあったのかもしれない。 ぐるぐると頭の中で考えながらも、栗田の手を払いのけたりできないのは…神7の中でも長いつき合いのほうだけど、あんな表情は初めて見た。 寝起きで呆けてた頭に真っ先に飛び込んできた、不安そうな、助けを求めるような、あの目。
「ここだけ見てっとれいあみてーだなー……真っ白」 シャツをはだけさせて露わになった谷村の鎖骨をなぞりながら栗田はぼーっとした調子で呟く。 そして顔を近づけてくる。谷村は反射的に目を閉じた。 「…中村にバレたら、血祭りになるよ」 「なにがぁ?」栗田は谷村の首筋に顔をうずめながら言った。 「あいつだって、岸とか岩橋とか岸とか阿部とか颯とか岸とか、色々やってんじゃん…」 なんでそこにヘッドスピンの名前が含まれるのかな…と谷村は不思議に思う。 その首筋を栗田が唇や舌で刺激しはじめた。温かいフワフワな羽毛で擽られているような、ベルベットのような舌触りで むずがゆいけど何だかゾクゾクと快感が襲ってくる。 こういうの中村にもしてるのか…きっと彼を愛撫する時はこの10倍も…って何考えてんだ俺は。 「……っ、…」 谷村は気持ちよさに声を上げそうになったけれど、唇を噛みしめて我慢した。 自分のシンメがとち狂った状態になっているのを他人に知られたくないし、誰かに見つかって妙な噂になり中村の耳に届くことを 恐れたからだった。おそらく傷つくだろうし、多分その噂を知ったら真っ先にぶっ殺されるのは自分だろうなという確信めいた予感がした。 栗田はいったん身体を離し、今度は谷村の鎖骨や胸元を攻めてくる。 なんでこんなところが気持ちいいんだろう……教科書には絶対載ってない… 声を出せない代わりに谷村は栗田の細い肩を指が食い込むぐらい強くつかんで何とか耐えた。 お互い息づかいが荒くなり、谷村は何だか泣きそうになってきた。 そこで、栗田が大きなため息をついて身体を起こした。突然我に返ったのかもしれない。 「…い…、いってえー……!!!」 谷村はこれまでの努力も虚しく思わず叫んでしまった。 栗田が首筋に噛みついてきたからである。ガブッと音がしそうなくらい、強く。 「なんかさー、お前って、優しくしてやろうとかいう気になんねーんだよなー」 「だ、だからって、噛むことないだろ…」谷村は首筋をさすりながら反論する。 その時、扉のほうからガタッ、と物音がした。それから、走り去るような微かな足音…谷村と栗田は思わず顔を見合わせた。 誰かに見られた?肝心の中村はコンサートの最終日で新横浜にいるはずだが…
「さてと、ちび達のとこでも行って遊んでくっか!」 何事もなかったように栗田は谷村から離れて軽く伸びをしていた。 なんだよこの切り替えの早さは…。さっきの余韻で下半身に熱が集まっている谷村は呆れるしかなかった。 楽屋から出て行く栗田に谷村は思わず声をかけた。 「…栗田!!」 「なーんだよ。でけー声出して」 「…次の回も、頑張ろうな」 「あたりめーだろ、ばーか!!ギャハハハ!!!」 無事に夜公演を終えて帰宅し、鏡で確認すると首筋には栗田の歯型がくっきりと残されていた。まるで野良犬に噛まれたようだ。 「…あ、凜からメール来てる。久しぶりだな」谷村の口元が自然とゆるむ。 『今日、谷村くんと栗田くんが騎乗…乗っかってるのを見てから、舞台やって帰宅するまでの記憶がありません。 べつにきみのことを流されやすいドM淫乱クズ野郎とか思ってないし、今年は13月まであるらしいので 実はまだ年は明けてないのかもしれません。それではさようなら』 妙に改まった口調なのが逆に怖い。 「てか谷村くんって…?さようならって…?違う!!!誤解なんだ凜んんんんn!!!」 そうだ、凜の言うとおり13月だから栗田もあんなミステリアスなテンションになって謎の行動に出たに違いない。 なにしろ宇宙の暦だから何が起こってもおかしくない。これもすべて13月のせい… 谷村は無理矢理自分を納得させ、布団をかぶって寝た。 その夜は中村に散弾銃(たぶん羽生田の私物)で銃殺される夢を見てしまい、あー初夢じゃなくてよかった、と心底胸をなでおろす谷村だった。 終わり
91 :
ユーは名無しネ :2013/01/25(金) 23:39:48.12 0
俺得でしたありがとうございます ちょっと涙出そうになったよ栗ちゃんんんんんんん・・・!! 最後は安定の不憫www
谷栗いぃぃ!なんだかんだ心配したり頼っちゃってるのがたまんないよー!!! 作者さんありがとうございます!
栗谷大好きだからたまらん…作者さんも谷村虐めるの好きだね? JJLもなかなか美味しかったみたいだしこれは来るか
これは…素晴らしい 誰得なんてことは全くないな 乙です
95 :
ユーは名無しネ :2013/01/28(月) 22:42:09.56 I
栗田辞める説でてて激しく動揺中。栗田いなくなったられあくりも栗谷もどうなるんだ.........
栗田は辞めないよ。辞めたりするもんか
ゲレンデが溶けるほど神7!〜Dancing Snow!!〜 前篇 冬真っ盛り。一面の銀世界を求めて神7達はスキーゲレンデにやって来た。都内でも大寒波襲来で雪が積もったりもしていたがそれでも辺り一面の雪景色に都会っ子達は沸き立つ。バスに揺られること三時間、一行はふかふかの雪の上に降り立った。 「今日から雪男、岸優太だ!」岸くんは早速処女雪をサクサク歩いていく 「あ、岸くんそっちは崖だよウフフ…」高橋は恋人気分で岸くんを追いかける 「雪女動画…スノウプレイ…雪山は浪漫がいっぱいだぜ!」神宮寺のスマホをいじる指が高速になってゆく 「シロップ持ってくりゃ良かったぜちきしょー」倉本は雪を早速口に入れている 「雪って意外と汚いよくらもっちゃん」今回一緒に付いてきた井上は倉本をたしなめる 「ゲレンデも久しぶりだな…。蔵王や北海道で良く滑ったものだが…」羽生田はインスタント豚汁をすする 「栗ちゃんスノボ教えてあげるねぇ」中村は新調したウェアに身を包み微笑んでいる 「れいあ頼んだよー。俺バランス取るの下手だから手取り足取りな!」栗田は中村の肩を抱いている 「遭難しませんように…」谷村は近くにあった笠地蔵に手を合わせ祈っている 「ガスの元栓を閉めて来たかどうか心配だ…お腹が…」岩橋はいらん心配をしてまた腹痛を自ら招いている 総勢10名でやってきた神7一行だがロッジは羽生田一族の所有物故に規格外の大きさで十分収容可能であった。マントルピースが高級感を醸している。 遊びたい盛りの10人は身支度もそこそこにゲレンデに飛び出す。人は少なくはないものの広々としたゲレンデで天気も良く絶好のスキー・スノボ日和である。まずは定番の雪合戦だ。 「ちょ…ずりーぞ岸くんと岩橋!元野球部じゃねーかよ!」 ガチのコントロールと球速で雪玉を投げる二人に神宮寺は吠える。岸くんの横では高橋がせっせと機械的に雪玉を制作していた。一秒間に20個は作っているんじゃないかと思えるほどの驚異的な製造力である。 「確かにこれはフェアではない…ならばこっちもそれなりに対処させてもらおう」 羽生田はモデルガンを改造した雪玉発射マシーンを出して応戦した。超強力マシーンの前に岸くんも岩橋も成す術なく逃げ回るが高橋が岸くんの盾になり続けた。だが岩橋がそれを見て拗ねる。 「岸くんだけ守るなんて…これはいじめだ…」 「フフフ…この破壊力…フフ…フフフ…さすがハリウッド仕込みだ…」 羽生田が妖しい世界に突入している向こう側では栗田と中村がいちゃいちゃしながら雪玉を作っている。 「栗ちゃん楽しいねえ…わぷ!」 きゃぴきゃぴ楽しんでいた中村の顔に雪玉が当たる。それを投げたのは… 「あ…す、すいません…手元が狂って…」 谷村だった。よりによってなんちゅう相手にぶつけてしまったんだ…顔面蒼白を通りこして死相が浮かび始める。そして中村は絶対零度を放出した。 「谷村ぁ…誰の顔に投げてんのぉ…」 「ああああああすみませんごめんなさいほんとです!わざとじゃないんです!俺はあっちの井上くんを狙って…あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」 谷村が己の脚力の限界を越してまで逃亡に徹したがスノボに乗った中村にいとも簡単に追いつかれおしおき雪山バージョンをくらった。そして栗田は小学生相手に本気で雪玉を投げ倉本から非難を喰らう。 「てめー中三が小六に本気になっていいと思ってんのかよ!俺はともかくみずきが可哀想だろ!」 「うっせー!てめーも男なら井上のこと守ってみやがれ!俺がれいあを守るようにな!ギャハハハハハ!」 「ぐぬ…この脳みそ三歳児が…!」 当の井上はというと、小学生の自分が中高生の中でまともに闘っても勝ち目はないと早い段階で割り切り一人で雪だるま制作に勤しんでいた。上手く作れたので写メって橋本やその他ロクネンジャー達に送信していたところである。
雪合戦は結局勝敗が曖昧になり、昼食後は中村によるスノボ教室である。基本の乗り方を教えてもらった後は自主練習に各々励んでいた。皆一生懸命練習に勤しんでいたが… 「ちょ、中村!こけそう!支えて支えて!」 「え、あ、ちょっとぉ岸ぃ」 バランスを崩しかけた岸くんが側にいた中村に抱きついた途端栗田はお約束どおり反射的にキレた。 「てんめえ!れいあに抱きついてんじゃねえええええええ!!!今すぐ離れやがれ!」 栗田はボードに乗ったまま驚異の脚力で飛び膝蹴りを岸くんに喰らわす。このポッキーのような足のどこにそんな力があったのか…皆は我が目を疑ったほどである。そして… 「あ…ああああああああああああ止まらないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」 岸くんはなんとボードに乗ったまま斜面を猛スピードで下り始め、あっという間に姿が見えなくなった。 「あああああああああ岸くんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!!!!!!!!」 それを見た高橋が血相を変えてボードで追った。たった今まで「僕は回転は得意だけど滑るのはちょっと…」とモタついていたのが嘘のように思えるほどの弾丸スピードだ。もう姿が見えなくなった。 「…」 全員唖然とする。だが、渇いた笑いで気を紛らわせ始めた。 「ま、まー岸くんには高橋がついてっから大丈夫だろ!それより雪女いねーかなー」神宮寺は雪女探索に興味津々だ 「崖に落ちてなきゃいいけどな…」羽生田はゴーグルを外しながら目を細める 「腹へったー。ロッジに戻ろうぜみずき!」倉本は井上の肩に手を回す 「そうだねくらもっちゃん。お腹すいたね」井上も同意を示し、二人で一足先にロッジへと向かって行った。 「…僕悪くないよねぇ?」中村は苦笑いである 「れいあは悪くねーよ岸がれいあに抱きつくからだし!」栗田はうんうんと頷いている 「ご愁傷様岸浜くん…」谷村は手を合わせた 「良かった…抱きついたのが僕じゃなくて…」岩橋は安堵でいっぱいだ。 しばらくスノボを楽しんでいたがだんだんと天気が悪くなり始める。一行は一旦ロッジに戻るがそこには先に戻ったはずの井上と倉本の姿はなく岸くんと高橋もいつまで待ってもなかなか帰ってこなかった。
「いたた…ごめん、岸くん…」 痛む足をさすりながら高橋は呟く。岸くんは笑いながら「気にすんなよ」と言ってくれた。 「にしてもさ、天気悪くなってきたな急に…」 窓の外を岸くんは見る。さっきまで晴れていた空が一面の鉛色で風も出始めた。窓がガタガタと揺れている。 岸くんを追って高橋は無我霧中でスノボを走らせ、木に激突してのびているところを当の岸くんに助けられた。岸くんは暴走したスノボでこの無人の避難小屋に辿り着いたらしく、そこで高橋を発見したのだ。 「ここってどのへんなんだろ…早く戻らないと皆が心配する…けど…」 高橋は右足がひどく痛むことに気付く。恐らく捻挫か痛めたか…立ちあがろうとするとズキズキと痛んだ。 「無理すんな高橋。ここは避難小屋だし定期的に見周りにも来てくれるみたいだから焦る必要なんかないよ」 岸くんは優しくそう言ってくれた。こんな状況なのに高橋の胸はもう高鳴りっぱなしだ。こんなに頼りになるかっこいい人が他にいるだろうか。自問いしてみる。いや、いない。 世界で一番かっこいい男子は岸優太をおいて他にいない。これは宇宙の定説であり万物の総意だ。 高橋がそんな幻想に浸っていると悲鳴が突如として轟いた。 「ぎゃあああああああああああ!!!!」 岸くんが悲鳴をあげて飛び上がる。高橋は反射的にびくっとした。 「…あー、なんだゴミか。びっくりした。ゴキブリかと思った。あーびっくりした。あーもー…」 「…」 例えゴミをゴキブリと見間違えて思いっきりびびったとしても岸くんはかっこいい、岸くんは… 高橋が必死に修正をかけていると窓の揺れが激しくなる。外をみやると吹雪が舞っていた。 「うわ…本格的に吹雪いてきた…」 岸くんの呟きに呼応するかのように、風と雪の荒々しい雄叫びはより一層強さを増した。
「なーみずき、ロッジってこんな遠かったっけ?」 歩けど歩けどロッジに着かず、倉本は井上に訊ねた。 「え、知らないよ。くらもっちゃんが知ってると思ってたから俺付いて行っただけだし…」 「え、まじかよ。俺はみずきが知ってると思ったんだぞ」 そんな会話を交わしていると何やら小屋のようなものが見える。疲れたのもあり倉本と井上はその中に入って休むことにした。 中は簡素なものである。古びたストーブと埃の被ったソファ。それに本棚に汚い本が雑然と詰められている。照明は切れかけで薄暗い。 「ねーくらもっちゃん、ロッジってどっちの方向かな」 「知らねえよ。来た道戻ればあいつらと会えるだろうから連れて帰ってもらおうぜ。足跡付いてるから戻ることはできんだろ」 倉本が論理的にそう言ってソファに腰掛けると窓枠がガタガタと震えだす。その音に視線を合わせると窓の外に雪が舞っているのが見えた。降りこんできたようである。 「ねーくらもっちゃん、雪が降っちゃったら足跡消えちゃうんじゃあ…」 井上がそんな懸念を抱き、そうなると困るので出ようとするとしかしすぐに二人は引き返すことになる。吹雪がひどく1メートル先の視界もきかなくなってきた。 「やべえなこれ…どーするよみずき?」 「どーするも何も…助け待つしかないんじゃん?」 現代っ子二人は割と気丈である。騒ぎ立てる体力も残っていないこともあったがどうにもならないものはどうにもならない。それよりもお腹がすいた、それだけである。 しかしながら不謹慎にも倉本はなんとなくこの状況が楽しくなり始める。雪山で遭難…愛するみずきと二人きり…生死の境をさまよい救助された二人には愛という名の絆が固く硬く結ばれていた…そんなシチュエーションにわくわくした。少女漫画の読みすぎかもしれない。 「みずき…死ぬ時は一緒だぜ…」 甘く呟きながら肩を抱き寄せてみる。井上はきょとん、としていたが倉本はそれでも満足だ。 「みずき、My□joの3月号は見たか?見たよな?」 「へ?3月号?早くない?」 「早くない。ちゃんと見ただろうな、あれはお前をイメージしたんだぞ…」 そう、あの「キス顔」は何を隠そうこのみずきのため…最初に企画を知らされた時は「は?小学生に何やらすんじゃボケ」と鼻白んだもんだがみずきをイメージするとあら簡単、自然なキス顔の出来上がりだ。それを実践する時が来た。 「みずき…」 目を閉じ、顔を近づける。俺達はもう12歳だし早いってことはないだろう。れあくりなんてあいつら15歳なのにやってることは18禁だしこれぐらいは… 「ちょっとくらもっちゃん寝るんならソファに横になりなよ。もたれかかってこないでよ」 井上がよける。倉本はまだまだ子どもな井上を愛しくおもいつつも歯がゆさが抑えられない。 「お前この状況だったらちゅーぐらいするだろうがよ!せっかくこの俺がムード満点に盛り上げたのに…いい加減ちょっとは大人になれよ!」 「何言ってんのか分かんないよくらもっちゃん!そんなことよりお腹すいたよ俺!お昼ご飯だってくらもっちゃんが俺のコロッケ取ったじゃん!」 「いーじゃねーかよそれくらい!お前俺の嫁としての自覚をそろそろ持ったらどうなんだよ!」 小学生らしい言い合いをしている間にもどんどん吹雪は激しさを増してくる。そしてストーブの灯油が切れてしまった。
「なんか天気悪くなりそうじゃない?…山の天気は変わりやすいっていうし岸くんと高橋大丈夫かな…」 岩橋がお得意の心配を始めた。確かに晴れていた空はもうどんよりと全て灰色に覆われていた。 「かおる達も先に戻ったはずなのにまだ帰ってこないよぉ。あの子達どこ行っちゃったのぉ?」 中村は小学生二人が心配になる。話し合った結果、これ以上天気が悪くなる前に探しに行こうという結論に達した。 スノボが得意な中村と、スキーの経験がある谷村が岸くんと高橋の捜索に、声の大きい栗田と神宮寺は井上と倉本を捜索に、何かあった際の連絡のため羽生田と岩橋はロッジに残ることになった。 「スキーが得意だなんて誰も言っていない…俺は親がスキーのインストラクターの資格があるって話しただけなのに…」 谷村はすでに嫌な予感に支配されつつあった。前を行く中村はスノボですいすい滑って行く。それをスキーで追う。見失ったら遭難一直線だ。だから谷村は必死になって中村を見失わないように付いて行く。 だいたいの方角の検討をつけてみたものの、広いゲレンデには人もまばらで、天気が悪くなってきたせいか更に減り始める。谷村もだんだんわが身の方が心配になってきた。 「いなぁい…。どこ行っちゃったのぉ岸と高橋ぃ…。崖に落ちたりしてないとは思うけどぉ…」 中村がそんなことを呟くと、突然横殴りの風が吹いた。と同時に雪が空から乱射される。 「ちょっとこのままじゃ俺らもやばい…早く戻ろうよ…」 谷村が提案したがあっという間にそれが困難であることを悟らせるのに十分な吹雪が襲う。たまらず、途中にあった避難小屋に中村と谷村はかけこんだ。 「もう…最悪ぅ…こんなとこに谷村と閉じ込められるなんてぇ…」 それはこっちのセリフだと言い返したかったが谷村にはそんなことは銀河が消滅しても言えない。 だが… 「ストーブ効き過ぎぃ…あっつぅ…」 中にあったストーブは調節が難しく、また小屋が狭いのもありガンガンに効いている。中村はウェアを脱ぎ始めた。 「…」 違う。違うぞ。俺はなんにも考えていない。ぶ厚いウェアを脱いでそこから白い項が見えたことで血液の循環が早くなんかなっていない。火照ってほんのりサクラ色になった白い頬に欲情なぞ決して… 「なぁに?谷村ぁ?」 怪訝な中村の眼がすぐ近くにあることを彼の声で気付かされる。無意識に近づいていた。 「いえ何も…」 首を左右に振ったがしかし中村の訝しげな表情はその濃さを増し、冷たい声でこう放たれた。 「変なことしたらおしおきじゃ済まさないからねぇ…」 「め、滅相もないそんな…」 そんなことできるわけがない。しようとも思わない。したいとは…ほんのちょっぴり…いやいや思ってない。栗田に八つ裂きにされるくらいなら中村にギタギタにしてもらった方がドMとしては本望…違う、だからドMじゃない。俺は至って普通、至って普通、至って… 谷村が甘く危険な思考に落ちに落ちている間にも吹雪はその勢いを増してゆく。そしてふっと全ての電気系統が動きを止めた。 「えぇ…?停電…?」 中村が恨めしそうに消えた電球を睨んでいた。
「おーい倉本―!!メシの時間だぞー!!」 「井上お菓子やっから早く帰ってこいよギャハハハハハハ!」 神宮寺と栗田は叫びながら井上と倉本を呼んだが応答はない。二人ともすぐに任務を放棄し始める。 「おい俺は早く雪女動画特選してえんだよ。こんなことやってる場合じゃねえ」 神宮寺はスマホを覗きながらぼやく。 「俺だってれいあとイチャイチャしてーし!てか谷村と一緒にして大丈夫かよ今更心配になってきた」 「おい、お前俺を置いて中村探しに行くんじゃないぞ。大丈夫だ谷氷が中村に手ぇ出せるわけがねえ。あいつ脳髄の奥まで中村に服従してっから中村が一言『やめろ』っていやあ金縛りだよ」 「だといいけどよー。なんか寒さひどくなってきてね?また暗くなってきたし」 栗田の呟きに神宮寺は天を仰いだ。空が重くまるで落ちてきそうだ。そして落ちてきたのは凄い勢いの雪である。 「うわ!こんなん人探してるどころじゃねえ!俺らが遭難しちまう!」 「早く戻ろうぜ…っておい神宮寺、ロッジはどっちだ!?」 「分かんね!こんな視界きかねーんじゃどうしようもねーよ!」 二人は闇雲に走りまわる。そこで避難小屋をようやく見つけ命からがら逃げ込んだ。 「…あー死ぬかと思った…くっそこれじゃこの雪やむまでロッジに戻れねー。スマホも圏外だし」 神宮寺は恨めしそうにスマホ画面を見る。栗田は電気ストーブに火をつけた。 「おいこれじゃあ他の奴らもどうしてるか分かんねーし!れいあ大丈夫かなー…」 「考えてもしゃーねーだろ。とにかく雪がやむまで暇潰ししてよーぜ。ほれ、どうだこの女優中村にちょっと似てね?」 神宮寺は密かに取っておいた中村似の女優が喘ぐ動画を栗田に見せた。栗田の眼が色めき始める。 「おお…こっからのアングルちょっと似てんなおい…おお…」 アホとエロが状況も忘れてエロ動画視聴に耽っているとふっと室内が薄暗くなりストーブの火が消えた。「え?おい…停電かよ。まあスマホはまだ電池フルだから心配ねーぞ…へっきし!」 神宮寺はくしゃみをする。栗田も寒さに顔をしかめた。 「おいこの小屋すきま風凄くね?ボロいし電気使えねーとちょっとやべーんじゃね?」 吹雪の荒れ狂う中で暖房が切れた。いくら脳みそ三歳児と脳内エロだらけの彼らでも考えずともこれが危機的状況だということぐらいは分かる。二人は冷や汗をたらした。 「おい…どーすんだこれ…海に花嫁として捧げられかけた時以来の神栗コンビのピンチだぞ…」
窓の外では吹雪が凄まじい勢いで舞っている。景色がほぼ真っ白になっていた。 「みんな大丈夫かな…これじゃ捜索どころじゃ…」 岩橋は眉根を寄せて窓の外を見る。心配でまた胃がチクチクとし出した。 「確かにこれじゃあ人を探すどころじゃないな…。けどこのゲレンデには避難小屋が点在してるし定期的に見周りもある。これだけの吹雪だ、やみ次第避難小屋の一斉見周りはあるから大丈夫だと思うが…」 羽生田はホットレモンをすすりながら答えた。だが岩橋の心配癖は谷村のネガティブといい勝負である。彼は呟く。 「岸くんと高橋は暴走スノボで崖から落ちたかもしれないし中村と谷剥は遠くまで探しに行ってるだろうから遭難してるかも…。神宮寺と栗田は脳みそが足りないから危険な所に入って危ない目に遭ってるかもしれないし井上と倉本はまだ小さいから迷子になってしまったのかも…。 ああ、もう8人には会えないのか…?これは大自然のいじめだ…」 「考えすぎだ。岩橋、君そんなに心配症じゃあ将来ハゲるぞ」 何気なくこぼした言葉に岩橋は今度はお得意の被害者意識を発動させた。 「ハゲ…?アイドルにハゲだなんてそんな残酷なことがよく言えるね…?ああ、これはいじめだな、言葉の暴力…年下にこんな目に遭わされるなんて…」 岩橋は目に涙を溜め出した。毎度のことながら面倒くさい。羽生田はいやいや、と首を振った。 「僕が言いたいのは心配してもなるようにしかならないということだ。誰も君がハゲだなんて言ってない。もう少し気を大きく持った方がいいと言ってるんだ」 慰めるような口調で宥めすかすと岩橋はようやくその面倒くさい被害妄想を落ち着かせだした。やれやれと羽生田が肩をすくめていると突然室内がふっと薄暗くなった。 「なんだ…?停電…?」 この吹雪だ。送電線に異常が生じたのかもしれない。暖房も止まってしまい室内はだんだん冷え込み始める。 「停電だなんて…ああ…心配だ…」 岩橋はまた心配を始めた。そしてだんだん様子がおかしくなり始める。普段からボディタッチの多い彼だがなんだか必要以上にくっついてくる。 「おい…ちょっと離れてくれ…なんだってそんなにくっつくんだ」 「いいじゃないか…不安なんだし…誰かとくっついていた方が安心できるだろう…?」 なんか目がおかしい。そういえば、と羽生田は思い出す。いつかのレッスンの日に中村がぷんぷんしていたからどうしたと問い質すと岩橋にバスの中でセクハラをされたという。 その時に「岩橋はぁ暗くなると人が変わるぅ。まるでデーモンだよぉ」と言っていたような…。そして天気が悪いのと夕方が近づいているから薄暗くなり始めた。おまけに停電。岩橋のデーモンスイッチが入ってしまった…のだろうか。
「おい落ち着け岩橋…そうだ、ホットレモンを飲もう。そうしたら少しは落ち着くだろう…って何をしているんだ!」 岩橋は羽生田の太ももを撫で始めた。この手つき、確かにこいつはセクハラオヤジ級にタチが悪い。 「ホットレモンよりはにうだのハチミツが飲みたい…」 甘い声と潤んだ瞳でそう訴えかけてくるが羽生田は寒気がした。これで喜ぶのは神7の中では神宮寺ぐらいだ。こんなことなら栗田と一緒に捜索に行けば良かった。羽生田は選択肢を誤ったことを後悔した。 「僕はプーさんじゃない!ハチミツなど持っていない!だから離れろ!そんなことしてる場合か!」 「あんなこといいな…できたらいいな…」 「ドラえもん乙!…じゃなくて断る!ノー・サンキューだ!いいかよく聞け!墓場まで持って行くつもりだったがこの際仕方がない。実は僕はお口の童貞をすでに失っている!それも神7のメンバーによって不本意に奪われた。 だからこれ以上望まない喪失は断固として防がなくてはならないんだ。某誌の「キス顔」は僕にとっては拷問だった。あの時の映像がフラッシュバックするからな!」 しかしながら羽生田の切なる告白も訴えも今の岩橋には届かないようだった。しかもこう見えて岩橋は元・野球部で意外に腕力が強い。羽生田の力ではやや劣っているようである。襲いかかられたらもしかしたらもしかしてしまうかもしれない。 羽生田がそんな懸念を抱いていると、岩橋は羽生田の両腕をがしっと掴んだ。 「はにうだ…感じるままにYou&Iしてみないか…?」 事態は一刻を争う。もはや躊躇などしていられない。可及的速やかにこの状況を打破し己の貞操を守らなくては。 羽生田は持てる力をフルに稼働した。 つづく
ゲレンデが溶けるほど神7!〜Dancing Snow!!〜 後篇 吹雪はやむどころか一層ひどくなり始める。小屋の中のストーブは燃料が切れかけで、心もとない暖かさだけを弱弱しく放っていた。冷え込み始め、高橋はジャケットをぎゅっと掴んだ。 もしもこのまま天候が回復しなかったら…ここで岸くんと二人きりで夜を明かすのか… その可能性が脳裏を掠めた途端、高橋は体温が急上昇する。寒いのに熱い。そして心臓がおかしな脈の打ち方を始めた。 (そ…そそそそそそんなそんなそんな…まだ心の準備が…!!) 高橋が勝手な妄想に浸りかけると次に信じられない言葉が耳をつんざいた。 「高橋、もっとこっち来いよ」 幻聴ではなくそれは確かに岸くんの声だった。高橋は、顎が外れてしまうかと本気で危惧した。 それほどまでに予想外の、驚天動地の、寝耳に水どころか熱湯級に脳天を揺るがすセリフが岸くんの口から発せられた。なんという急展開。岸颯ジャスティスが今ここに実を結ぼうとしているのか?こんな形で?いやいやどんな形でも僕は大歓迎… 思い起こせば約一年半前、シンメを組んで以来毎日夢に見続けた岸くんとのアバンチュール…例えそれが一夜の過ちだったとしてもそれを生きる糧にこの先何があっても生きていける。そう、何があっても… 「高橋?」 岸くんの顔が目の前にあった。ああもう何も考えることなどできない。神様ありがとう。この世に生れてこれたことを感謝します… 「高橋寒いならもっとこっちきてストーブにあたりなよ。そんな窓際じゃ冷えるよ。このストーブ効きが悪いからさ」 「え?」 岸くんは高橋をストーブの側までひっぱってくれた。 「あ、ストーブ…そうか…そうだよね…」 寒いからストーブの側に来いってことか…とようやく高橋は理解した。ちょっぴり切なさがかけめぐる。 「お前足痛めてんだからちゃんとぬくもっとかないと。まだ痛む?」 岸くんは高橋の足の心配をしてくれていた。こんな状況でありながら他人の心配をするなんて…高橋は目頭が熱くなる。 こんなにかっこいい岸くんのことをなんでみんなはナイアガラだの法令線が日に日に深くなるだのセクゾン新春コン大阪公演でフザけた関西弁で会場凍りつかせた様はさながら「音モーゼ」のようだっただの言うんだろう…こんなにかっこ良くて優しいのに… 「だ、大丈夫だよこれくらい…岸くんだって寒いでしょ?」 「うん。寒くなってきた。俺ももうちょっとあたらせてもらおうかな…」 岸くんは両腕を組み、肩をちぢこませながらストーブに…高橋に近づいてくる。その距離はほとんどなく、隣り合い、寄りそうようにして二人でストーブにあたった。それだけでもう高橋は幸せの向こう側へ突入である。 「な、高橋」 「え…な、何?」 意識しすぎて、呂律がうまく回らない。誤解されないように自然に振る舞わなければ…ああでも誤解じゃなくって確かに自分は岸くんを意識しまくってるけどけどけど… 「スノボも楽しいけどさ、今度は皆で健康ランド行かない?俺ね、いいとこ知ってんだよねー」 「あ、うん。いいね。健康ランド。ご迷惑かからないようにしないと…」 こういう当たり障りのない話題の方がまだ意識せずにすむ。高橋はうきうきと岸くんとしゃべりまくった。 「俺は舞台稽古があるからさ、旅行は皆とスケジュール合わせにくいけど、健康ランドなら日帰りでも行けそうじゃん?」 「あ…」 そうだ。忘れていたわけではないが、改めてこうして聞かされるとそれは重くのしかかってくる。
岸くんは舞台の出演が決まった。長丁場の舞台で稽古も厳しい。それだけ実力を買われている、ということだが普段のレッスンはともかく活動は別になることが多いだろう。今はまだそれがピンと来ないが始まってしまったら否が応にも… 高橋が胸に思いものを抱えていると、岸くんはまるでそれを察知していて、それで元気づけようかとするかのように殊更明るい声を出した。 「東京ウォーカーとか埼玉ウォーカーでさ、日帰りで行けるオススメスポット調べといてよ!釣り堀とか遊園地とか…。単なる買い物でもいいしみんなでワイワイやりたいよ。それが一番のストレス発散になりそうだしなー」 「うん…」 岸くんが気を遣って明るく振る舞ってくれてるのだから、せめて自分も今はそうするべきだ。それは分かってるのにどうしても高橋は自然な笑顔を見せることができない。岸くんにそれが伝わってしまうのが怖くて俯いてしまった。 だけど… 「また二人でどっか行こうな。今度は俺展望台から墜落しないよう気をつけるから!あ、念のため救助グッスは持ってきてね」 岸くんの言葉は高橋にとって魔法のような作用がある。たった一言で、この先の不安も今のこの重苦しい気分も綺麗さっぱりと吹き飛んでしまう。抗いがたい強制力…絶大な効能がその声には含まれている。 『また二人で』 これだけで、何があっても乗りきれる気がした。高橋は顔を上げた。そしてたった今までどうやってもできなかった自然な笑顔はいとも簡単に作ることができた。 「うん!絶対だよ!き、岸くん忘れっぽいからロッジに戻ったら早速携帯のスケジュールに入れないと…は、早く吹雪がやむといいのにね!」 やんでほしいような、やんでほしくないような…複雑に絡み合う高橋の純情片想い少年の願いはとある一つの方向へと向かっていた。非日常的な状況が特殊な回転の高橋の頭をより奇異な発想へと導いた。 (い…いいいいいいつも待ってるだけじゃ駄目だ…!じ、自分から行動を起こさなきゃ…!!!) 今ならきっと…どさくさ紛れに岸くんに多少大胆なことをしても吹雪の仕業でごまかすことができるかも…そんな危険思考に高橋は堕ちていった。 「き…岸くん…!」 「何?」 岸くんはその大きな瞳をぱちくりとさせながら高橋を見つめた。ブラウンの美しい球体に自分が映っている。それを自覚するとパン、と何かが自分の中で弾ける。 「岸くん…!」 高橋は岸くんの顔に自分のそれを近づける。こんな不意打ちは卑怯だと分かっていても、もう止められない。例えこれで嫌われたとしても後悔はない。前進あるのみ…! 「高橋?」 岸くんの初めてを、僕がもらう!!そう頭の中で宣言し、高橋はアクセルを踏んだ。心臓はもう飛び出してしまいそうに爆音を奏でている。 しかし高橋の一世一代の勇気はものの見事に絶妙なタイミングで打ち砕かれた。 あっけない幕引きであった。岸くんの唇まであとほんの数センチというところまで迫ったところで大きなドアの開閉音が轟いた。反射的に振り向くとそこには重装備の大人が2〜3人立っていてすごい剣幕でトランシーバーに向かって叫んでいた。 「こちらA−1地点、少年2名発見!!捜索願の出ている8人のうちの2人かと思われます!至急保護し送還します!!」 捜索隊が来て二人をロッジまで送り届けてくれたのである。その救助用車両の中で隊員が「あと6人…一時間以内に見つけないと…」とぶつぶつ言い合っていた。
「あっつい…。ねえ谷村これ調節してぇ…サウナみたいになってきたよぉ…」 ストーブの火がごうごうと燃えている。停電なのに効き続けるということは電気エネルギー源ではないということだ。石油かガスか…しかしなんだかわけのわからないパネル類で谷村には全然分からない。 「もう…なんか僕いっつも谷村とこんなことになってないぃ…?なんでぇ…?作者が谷れあ気に入ってんのぉ?えらい迷惑だよぉ…れあくりジャスティスだってばぁ…」 中村は愚痴をこぼしている。彼はTシャツにジャージ姿になって胸元をはためかせている。のぼせたように白い肌をピンクに染めながら… 「谷村暑くないのぉ?よく脱がずにいれるねぇ…てか汗ダラダラだけどぉ?」 汗は違う意味で流れている。そしてこのぶ厚いウェアを脱ぐことができなくなっている。それはつまり体のある一部分があらぬ状態になっているからでそれを悟られたらこの猛吹雪のホワイトアウトの中に放り出されかねないのでなんとしても知られるわけにはいかないのである。 「見てるだけで暑くなるからぁ…脱いでよそれぇ」 「ぬ…脱いで…」 そのキーワードで記憶の引き出しが無理矢理こじ開けられ、フラッシュバックする。そう、それは中村が、栗田と岩橋の口移し画像で激怒しヤケクソになった時谷村に迫ってきた時のセリフだ。『たにむらぁ…ぬいでぇ…いまからぼくと×××するよぉ…』 「!!!!!!!!!」 しまった。できるだけ思い出さないようにしてたのに…。思い出したらどんな状況でもMAX状態になってしまうから封印していたのに俺のバカバカバカバカ栗田級のアホアホアホアホアホ… 「ああもうあっつい…やだぁ…」 中村はぐったりともたれかかってくる。いよいよもってピンチだ。危険だ。なんか手が見えない糸で引っ張られてる。それは超強力な糸で逆らうことなど到底不可能… 「だ…だったら窓開けたら…」 「駄目だよぉそんなの…。雪が降り込んでくるじゃん…寒いよりは暑い方がまだましだよぉ…もぉ…」 だからいちいちそうやって色っぽい声を出すな。俺がどんだけ歯ァ食いしばって耐えてんのか分かっててやってんのか?これは新手のドSプレイか何かか?あ、それはそれでいいかも… 「違う!良くなんかない!俺はドMじゃないいいいいいいいい」 「何言ってんのぉ谷村ぁ?あ、暑さでボーっとしてきたんでしょぉ。だから脱ぎなって言ってんのにぃ。脱ぎ方分かんないの?しょうがないなぁ手伝ってあげるからぁ」 やめてええええええええそんなことされたらもう破滅へ一直線んんんんんんんんんんんんんれあたんんんんんんんんんって違うううううううううあああああああああああああいいいいいいいいいい こんなことなら潔く一人で遭難していた方がまだ安らかな死が迎えられたかもしれないのではないだろうか。 凍死する寸前はむしろ暑くなるというけどそんなもん凍死した人間にしか分かんねーだろうし凍死した人間が「いやー死ぬ前はむしろ暑くってー参った参った」なんて語れるわけがない。 死人に口なし。死者は語らない。だからそんなこと誰にも分かんない。分かんないけどアホに八つ裂きにされて東京湾の魚の餌になるよりはまし。 俺が死んだら誰か泣いてくれるかな?両親と姉ぐらいは涙してくれるかな。学校の友達やJrの仲間はどうだろう…せっかく松田くんという慕ってくれる後輩や悩みを分かち合える高橋凛という仲間ができたのにこんな形で命を失うなんて… どうせなら栗田に八つ裂きにされる前にもうやりたいことやって死んだ方が… 谷村の頭の線は切れた。 「えっ…ちょっとなぁに谷村ぁ…どうしたのぉ…?」 怪訝な中村の声を遠くに聞く。もうどうにでもなれ。どうせ死ぬなら… 「やだちょっと重いぃ…何?気分でも悪いのぉ?ちょっとぉ大丈夫ぅ?」 中村に覆いかぶさる。彼はまだ谷村が何をしようとしているのか気付いてはいない。もうこの態勢なら抵抗は不可能…
そうしてめくるめく官能の世界…と思いきや突然にそれは引き裂かれた。ドアが乱暴に開く音。流れ込んでくる寒気。誰かが叫んでいる「少年二名D−3地点にて発見!すぐにロッジに連れて帰ります!」… 「…」 駆けこんできたのは救助隊員だった。谷村と中村はあれよあれよという間に救助車両に乗せられる。 「あのぉ…他の子達はぁ?」 中村がそれとなく救助隊員に訊ねると無線が入る。 「えー、こちらF−4地点、こちらの避難小屋にも少年二名がいると思われます。小屋の無線にて応答がありました。」 「え、それって栗ちゃんかなあ。あのぉどんな子ですかぁ?」 救助隊員が二名の特徴を訊ねるとこう返ってきた。 「えー…二人とも…寒さと飢えのせいか、少し頭がイっているようです…チンパンジー二匹かと思われましたがどうやら日本語っぽいものは話しています…」 「栗田と神宮寺だ…」 谷村の呟きに中村は救助隊員におねだりを始めた。 「それ僕の恋人とお友達ですぅ。心配だからぁ今すぐそこに寄ってくださぁい」 鼻の下を伸ばした若い救助隊員が車を飛ばすと確かにその非難小屋に栗田と神宮寺はいた。しかしそこで超巨大ブリザードが吹き荒れるなどとはこの時の谷村には想像もできなかったのである。 「ちょ、おい、やべーって!どーするよこれ!外は吹雪、中は停電、大ピンチだぞ!」 「さみい…頭がボーっとしてきた…」 栗田と神宮寺はガタガタと震える。「井上も倉本もどうせそのへんにいるだろ」と軽く踏んで軽装で来たのが仇になった。歯の根が合わない。 「俺は嫌だぞ…童貞のまま死ぬなんて…」 「おいそれこないだのパターンと一緒じゃねーかよ。死ぬ前に一度でいいから、この際お前でもいいからやらせろとか言うんだろ!断固拒否だし!俺はれいあ以外とはヤらねーし!れいあに「今度疑わしい行為したら僕も何するか分かんないよぉ?」って釘さされてんだからな!」 「知るかそんなん!あーくそ、でもお前じゃ欲情しねー…。せめて女装でもしてればまだ…くっそ、女装グッズねーかな…」 神宮寺は小屋の中の棚やロッカーを漁り始めた。 「女装なんかしねーし!俺が女装するのはれいあのためだけだし!…にしてもさみーよ!あーれいあとぬくめ合いてええええええ!!」 寒さに震え、体を上下に激しくジャンプさせながら少しでもそれを紛らわそうと栗田は努めた。 「あー!!」 突然、神宮寺が叫んだ。何かと思ってそっちへ視線を合わせると彼は大きな寝袋を発見していた。 「おいこれ使えんじゃね?いつまでここにいるのか分かんねえけどこれにくるまりゃあ少しは寒さもマシに…」 「なるほどな!よし入んぞ!」 栗田と神宮寺は寝袋に入ろうとした。だが窮屈で二人入るのはかなり厳しい。 「どーするよ…一個しかねーぞこれ…」 「もうちょっとで二人入れんのによー…あとちょっとなのになー。これ一人用だけど大人用っぽいし俺ら二人ともガリガリ体型だから無理すりゃ二人入れるかと思ったんだけどよ…」 チンパンジー二匹は考える。寝袋はぶ厚いからこれにくるまっていればまあ凍死することもないだろう。だがあと少しというところでチャックが閉まらない。あと少しなのに… 「かくなる上は…脱ぐか」 神宮寺が呟く。
「はえ?なんて?」 「服脱ぎゃあちょっとは体積小さくなるだろうがよ。それによ、ひと肌の方があったまりやすいっていうし…脱いだ服を隙間に詰め込めばそれで体温も逃げにくい…俺天才じゃね?」 「なるほど神宮寺、おめ―意外と賢いな…そしたら入るか…?」 試してみる価値はある。何はなくとも生き伸びなくてはならない。栗田と神宮寺は着ている服を脱いで行く。パン一になったところで何やら機械音が響いた。 「?」 ザザ…ザザザ…というノイズと共にどこからかおっさんの声が降り注いでくる。 「こちら…救助本部…そこに誰かいますか…救助が必要なら…応答…」 栗田と神宮寺は顔を見合わせた。そして二人同時に叫ぶ 「おい助けてくれ!!俺は童貞のまま死にたくない!!せめて一発…いや450発ぐらいはやんないと死ねねーんだよ!!まだまだこの世には素晴らしいエロ動画が溢れかえってっし!それ全部見るまでは死ねねーから早く!!」 「おっさん早くれいあのとこに俺連れてってくれよ!!雪山でスノウプレイするって約束してそれ励みにして俺ジャニーズワールドがんばったんだからな! 『やだぁ栗ちゃん冷たぁい』って言わせてあんなことやこんなことしてそりゃもうすげーことやりまくってやるつもりで来たんだからな!!だから早くしてくれよ!!」 しばしの沈黙の後、機械的な返事が返ってきた。 「えー…至急そちらに向かいます…気を確かに…」 助かった…安堵と歓喜でアホとエロはパン一で抱き合って喜んだ。そして言葉通りすぐに救助は来た。 「栗ちゃん!大丈夫ぅ!?」 真っ先に駆けこんできたのは何故か中村だった。だが彼はパン一で抱き合う栗田と神宮寺を見て凍りつく。 「ちょ…れいあ、違うぞこれは…」 「おい中村誤解だぞ!死ぬ前に誰でもいいからヤっておきたいとは思えども今こうやって生き延びるために二人で寝袋に入ってあったまろうとしてただけだ…おいその絶対零度やめろよ!!シャレんなんねーくらいこえーぞお前のその眼!まるで雪女…」 栗田と神宮寺の訴えはしかし今の中村には届くはずもない。中村の乙女モードは一時的に封印されてしまった。地獄の重低音が鳴り響き、その後ろで谷村は恐怖のあまり白目を剥いていた。 「てめえ神宮寺…俺の栗ちゃんに何しようとしてんだコラ…それと栗ちゃん、もう二度と不安にさせるようなことはしないってこないだ言ったよな…?」 そして凍てつく波動が放たれた。
ストーブが効かなくなると徐々に小屋の中は冷え始める。外は物凄い吹雪でマイナス何度の世界だ。こんな貧相な小屋では断熱素材も使われていないから冷気を防ぐにも限界があった。 「ティッシュ足りないかも…」 鼻炎もちの井上は普段から沢山ティッシュを持ち歩くようにしてはいるものの、それも底を尽きかける。そして空腹と寒さが小さな体を徐々に蝕んでいた。 体育座りでちぢこまっていると肩に何かがかけられる。顔を上げるとジャケットを脱いだ倉本がいた。井上の肩にかかったのは倉本のジャケットだ。 「くらもっちゃん?」 「さみーんだったらそれ着とけ。俺は大丈夫だ。肉の衣があるからな!」 そう強がって笑う倉本は震えている。井上は苦笑した。 「無理しない方がいいよくらもっちゃん。俺は大丈夫だよまだ。それよりティッシュ持ってない?」 倉本はポケットを探り始めた。そして「あ」という呟きと共に掌に小さな袋が乗せられる。それはチョコレート菓子だった。 「バスん中で食べ残したやつだ…」 そして倉本はそれを井上に差し出した。 「みずき、これやる」 「え!?」 倉本がお菓子をくれるのは一年に数回あるかないかの超常現象である。さっきだって昼食のコロッケを取られたところなのだ。一体どういう風の吹き回し…風は外で荒れ狂っているからそのせい…?井上が頭の中をそうぐるぐると回転させていると倉本は井上の手にそれを握らせた。 「チョコレートは非常食になるからな。何かあったらお前だけでも生き延びろ!」 真面目な顔だった。だがそれが余計に可笑しくて井上は吹いた。 普段は自分勝手で我儘で食欲の権化で人の食べ物も平気で掻っ攫ってくるキングオブ食いしん坊なのにこういう時に人が変わったように優しくなる倉本を、井上はなんだか微笑ましく思う。 「な…何がおかしーんだよ」 「まだ何時間も経ってないのに大げさだよくらもっちゃん」 「大げさじゃねーよ。このまま助け来なかったり寒さと飢えで弱ったらえらいことだろうがよ。だからお前のことは俺が命をかけて…」 「大丈夫だよ、多分…。はにうだ君が言ってたけどこういう非難小屋は吹雪の後に救助隊が見周りをするから中にさえいれば大丈夫だって言ってたしどっか無線のようなものもあってそれで連絡取れるとも言ってたから」 真面目な井上はもしもの時の対策やSOSの方法もちゃんと聞いていた。倉本は力が抜けて行く。大人ぶろうとしたのに井上の方がよっぽど冷静で大人だった。なんだかちょっと悔しい。 「でもこれは有り難くもらっとくね。お腹すいたし」 そう言って井上はチョコレート菓子をぽきっと二本に割った。そして半分を倉本に返してくる。 「半分でいいや」 二人で肩を寄せ合ってチョコレートを食べる。それは倉本にとってこの上ない至福の時間だった。 少女漫画のようにはいかないけど、こうして着々と愛を育んでいる…気がする。それよりここを出る前にちゅーぐらいは済ませておきたいな、なんてことを考え始めるとドアが激しくノックされた後にバン!と開いた。 大人が2〜3人かけこんできて井上と倉本を見るなり大声でトランシーバーにこう叫んだ。 「最後の二名を発見しました!任務完了です!!」
「あむ…悪い子だね…出ておいで。優しくしてあげるから…」 扉の向こうでねっとりした声で岩橋が囁く。羽生田は室内のバリケードを強化した。 「うるさい!いつから「あむ」呼びになった!僕はそんなものを許可していないぞ!いいからおとなしくみんなの帰りを待て!」 「おてんばだなあ…もう…」 そう言ったかと思うとメキメキ、と何かが裂ける音が耳をつんざく。 まさか… 「こんなバリケード、意味ないよ。デーモンの前ではね…」 なんと岩橋は超人的な腕力で次々バリケードを破壊してくる。そこには「ちょっぴり泣き虫で人見知りでおっとり控えめスウィート男子代表岩橋玄樹」の面影は微塵もなかった。獲物を狙う悪魔そのもの。 にたりと嗤った笑顔はこの世のものとは思えないくらいに恐ろしい。トマトプッツンもしくはジェラシーMAX時の中村といい勝負だ。 「待て!岩橋!待つんだジョー!話せば分かる!君のタイプはこの僕ではなく前歯先輩のようなキラキラ脳内お花畑王子様だろう! 僕は王子には程遠いぞ!日夜モデルガンを枕元においてはハリウッドガンアクションの妄想で気持ち良く眠りにつくガンオタだ!ちゃんちゃらおかしいだろ!だから他を当たってくれ!」 しかし岩橋は聞いていない。次々にバリケードを破壊し、けたたましい笑い声を上げる。そして羽生田の前にその身をあらわした。 「さあ観念おし…僕が天国に連れて行ってあげるよ…」 さようなら幼かった頃の僕… 無理矢理大人にされた次の日は、もうあの頃のように笑えなかった。無邪気な仲間達の笑顔が眩しくて目をそらした日、少年から大人への階段を昇らされて僕は一人渇いた笑いで返す… 子どもじゃないことがこんなに辛いなんて思いもしなかった。大人になることがこんなに切ないなんて… あの日の僕はもう、写真の中にしかいない。そして、思い出の中にしか… 前歯先輩ばりの厨二ポエムが意識の向こうで響き始めた時、閃光が瞬いた。 「…?」 羽生田が意識を戻すと、あかあかとした電灯の下に岩橋が眉根を寄せて首を傾げていた。 「あれ…僕は一体…」 停電は復旧した。そしてガヤガヤと玄関から騒がしい声が響いてくる。 玄関に出ると神7メンバー達が救助隊員に連れられて返ってきた。隊員は敬礼しながら晴れやかな表情でこう叫ぶ。 「羽生田様!!8名全員無事を確認し救助いたしました!!」 「おお…!神よ…!」 羽生田は雄叫びをあげた。僕は助かった。九死に一生を得た。純潔を守った。 いきさつはこうだ。デーモン化した岩橋に襲いかかられた羽生田はまず彼を鈍器で殴り倒すと救助隊に電話をした。 羽生田一族のありとあらゆる財力と圧力をかけて一時間以内に8人全員を連れ戻せと半ば懇願、半ば脅迫しながらの要請をする。そして次に電気系統の復旧を急がせるとともに予備電源を手配した。 いずれにせよこの薄暗さがどうにかならないと岩橋はゾンビの如く蘇って何度でも襲ってくる。まずは灯りを確保しなくてはならない。そして仲間が戻ってくれば総がかりでデーモン化した岩橋を取り押さえることができるだろう。 そして手配を全てやり終えると危惧したとおり岩橋は復活して再び羽生田を襲い始めた、というところである。だがこうして間一髪で助かった。羽生田は安堵で崩れ落ちた。
「あー助かった!あったかいコーヒー飲みたい!」岸くんは呑気に伸びをしている 「岸くん…また二人きりで…ごにょごにょ」高橋は夢見がちな表情だ 「…雪女…雪女…」神宮寺はパン一で中村を恐怖の眼差しで見ている。 「みずき腹減ったなー!」倉本は食品庫を漁りだした。 「それよりティッシュティッシュ」井上は鼻をおさえながらティッシュケースにかけていく 「栗ちゃん…僕の半径1M以内から離れちゃダメだからねぇ…」中村は張り付いたような表情で栗田を睨んだ 「れいあ誤解だってば…ちゃんと聞いてよ…」何故か栗田もパン一だ 「暑い…寒い…暑い…寒い…」谷村はうわごとを言っている 「僕は何をしてたんだろう…それにしても後頭部がズキズキ痛む…」岩橋は後頭部をさする なにはともあれ、無事10人揃ってその夜は寄せ鍋で盛り上がる。色々あって疲れた神7達はどんちゃん騒ぎもそこそこに就寝準備にとりかかった。 「岸くん今夜は俺とエロ動画堪能しながら青春のミルク飛ばすぜ!」 神宮寺の何気ない誘いに血相を変えたのは高橋だ。 「じ、神宮寺くんなんか熱ない?早く寝た方がいいんじゃないかな!岸くんも疲れてるだろうし。ね、岸くん?」 「え?あ、うん。あーでもちょっとだけなら…新作ある?神宮寺」 しかし岸くんはちょっと傾いている。その横ではれあくり夫婦が夜の営みについて議論を繰り広げていた。 「だーかーらーあれは生き伸びるための苦肉の策だったんだって!なんもやましいことないって!だから今晩は夜通しスノプリ…じゃなくてスノウプレイやらしてよれいあ!」 「なんでパン一で抱き合う必要があるのぉ?しかも神宮寺となんて僕絶対許せないぃ。やましいことなかったとしてもいい気持ちしないもん」 「分かった俺が悪かったよれいあー。だからスノウプレイ!な!」 栗田が中村の肩を抱くと「もぉ〜…」と中村は満更でもない。その二人のいちゃいちゃをちょっとうらやましそうに横目で見ながら岩橋が部屋の隅で拗ねていた。 「どうして僕だけ一人で寝ろなんてことになるんだ…。しかも外から鍵をかけるだなんてこれはいじめだ…はぶりだ…人生って辛い…胃薬持ってくるの忘れた…」 その一方で谷村が羽生田にモデルガンを手渡されている。 「いいか谷氷柱。デーモンが襲ってきたらこれで迎え撃て。今日は夜通し寝ずにこれで僕を守るんだ。お礼はバケツいっぱいのプリンでいいな?」 「何を言ってるのか分からないんですけど…」 谷村は疑問符でいっぱいだ。だが年上から頼られるなんてこの人生の中で一生に一度あるかないかだ。ちょっぴりはりきっちゃおうかな…などと思ってみる。 そして井上と倉本はもうおねむの時間だった。井上は疲れて夢もみていないが倉本は井上との念願のファーストキッスを夢の中で果たした。 外はもう吹雪はやんでしんしんと雪が降るばかり。穢れを知らぬ処女雪のようなその純白の一ページを神7達はまためくっていったのであった… END
いつぞやは岸颯の雪山遭難読みたいって書いて、結局自分で書くはめになったけど、ここにきていつもの作者さんの雪山遭難読めるとは…感謝感激… 岸くんの恋人(になりたい)読みたいって言ってくれる人がいたから久しぶりに書いてみたよー。久しぶり過ぎて変な感じになってたらごめんね。
岸くんの恋人(になりたい) 「鬼はー外、颯はー内」 岸くんが颯に向かって一粒づつ豆を投げる。 「はいっ!はいっ!この一球は絶対無二の一球なり!」 岸くんお手製の鬼のお面を付けた颯がままごと用のフライパンで右に左に打ち返す。 「(あ〜あ、テニスっぽいことしたから颯造さん入っちゃってるよ)颯〜、だから豆まきってこういう遊びじゃないんだってば〜。ねえ、もう止めよう?」 「人もテニスも豆まきもラブから始まる!まだまだ〜」 (はぁ…仕方ないなあ) 30分後 「もはやこれまで…」パタリ 「わっ!颯、大丈夫?これ飲んで!」 岸くんに手渡されたポカリスエットをコクコク飲む颯。 「ふぅ〜〜〜〜〜」 「もう、無理すんなって。心配するだろ」 「うん。ごめんね、岸くん」 「無事ならいいけど…あ、ちょっと待って!そのカッコで写メ撮らせて!」 「…」 「ついに明日だね」 「うん」 「頑張ってるね」 「えー?」 「頑張ってる人にはね、頑張れ!じゃなくて、頑張ってるね!って声掛けるって修造さんが言ってた」 「また修造さんか。でも嬉しいよ。……ごめんな、今回は留守番ばっかで。いつもとは勝手が違うし、俺自分の事でいっぱいいっぱいで余裕なくてさ…」 「オレ、観に行くから!はにうだに連れてって貰うから!それまでいい子でお留守番してる!」 「ふう…」 初日。楽屋。 光「やべー、今そこで小さい少年見ちゃったよ!」 屋「え、それ普通ですよね?」 光「違うんだって!小さいおっさん見たって話聞いたことあるだろ?それの少年バージョンなんだって!」 屋「またまた〜。何かの見間違いでしょw」 光「ほんとに見たんだってば〜」 (あいつ…帰ったら説教だな) おかげでちょっぴり緊張が解けた岸くんでした。
やっぱり作者さんは谷れあが好きなんだなwwwww 岸くんの恋人になりたい久々にありがとう かわいいいいいいい
作者さん乙 岩橋のキャラがwww感じるままにyou&Iやめてw お兄さんたちの大混乱をよそにひっそり助け合うくらみず可愛いな! 小さい少年はこれからかなりの頻度で目撃されそうw
作者さんありがとうー! 感じるままにYou&Iヤバいねwすごい残るw あむあむと岩橋ってちょっと新しい扉開いちゃった気分
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ユーは名無しネ :2013/02/02(土) 00:58:37.77 O
岸颯の節分www
うおーっ!作品たくさん! 13月の作者さんもいつもの作者さんも岸くんの恋人(になりたい)の作者さんもおつおつおつ! 栗谷やら谷れあやら、谷茶浜はれあくりに翻弄されりんりんに罵られ安定の不憫乙ですな ゲレンデでも岸颯は甘酸っぱいですな…可愛い 感じるままにYou&Iwwwww フラジールボイスでの脳内再生余裕すぎなぜだwwwww あむあむよかったね 着ボイス発信したらいいさ くらみずきゃわいいいいい チンパンジー二匹はドル誌で寝袋ショットだしたまえ 小さな颯くんと面倒みる岸くんは相変わらず可愛いな! 二人のやりとり癒されるうううう
120 :
ユーは名無しネ :2013/02/02(土) 14:32:09.41 0
作者さん毎回素晴らしい作品乙です 神栗コンビなにげに好きだわーもっと見たい そして岩橋の感じるままにYou&Iに完全にやられたwww 岩橋と栗田が意外と仲いいみたいだからその辺の絡みも是非!
岸くんの恋人(になりたい)読みたいって言ったの自分だ! 作者さんありがとうううううう いつも通り岸颯にほっこりしたよ!本当にいつ岸くんの舞台観に行くか楽しみだな
122 :
ユーは名無しネ :2013/02/04(月) 19:56:00.92 0
栗ちゃんってやめちゃったの…?
栗田スレで訊けよ
124 :
ユーは名無しネ :2013/02/04(月) 22:41:42.54 0
ごめんなさい。
谷れあ萌える 羽生田は岩橋の膝枕で寝るくらいだから案外良い組み合わせなのかもしれない
岩橋に食われて目覚めてしまったあむあむ
あむあむまさかの岩橋満更でもない説浮上 セクボ結成以来オフショでやたら颯くんをガン見してたが、あれは颯くんと離れて接点減って淋しかったんだね… そして淋しさを埋めてくれたのが岩橋…か?
神7楽屋劇場 番外編「4人の刺客」 楽屋。ここは楽屋13。ここに控えるよう命ぜられたことに若干落ち着かないものを感じている少年が一人… 「…」 荷物を降ろし、部屋を見渡す。誰もいない。しんとした静寂が妙にからみつきまとわりついて非常にうっとおしい。慣れないこの静けさに溜息で対抗しながらその少年…宮近は椅子に座った。 そもそも、「13」という数字からして若干不吉だ。西洋では忌み嫌われる数字。そういや今日は金曜日じゃなかったか…?カレンダーを探しかけてやめる。意味のないことである。 いつもなら…トラヴィス・ジャパンの楽屋ならこんなことはない。顕嵐がライトノベルの読書感想を述べてくれるし梶山が無意味に筋トレしてはワイルドワイルドほざいてるし吉澤と腕相撲したり海人とお菓子を貪ったり…。 忘れかけた頃に同じトラヴィス・ジャパン年上組が一緒にいたりしてそりゃもう賑やかだ。 だが今はどうだ。俺一人しかいない。 楽屋の外にはきちんとここにいるべきメンバーの名前が記されていた。しかしそれはトラヴィス・ジャパンではない。 「俺はどうなってしまうんだ…」 そんな無意味な呟きをしたところでキイ…とドアが遠慮がちに開く。 来た。 固唾を飲みながら宮近が待つと、扉の隙間から猜疑心いっぱいの視線が覗いた。 「…」 その人物はキョドりながら入ってくる。口がモゴモゴと動いたから何か挨拶をしたのかもしれない、が、聞きとれなかった。 「よ、よう。ごきげんよう?」 相手が緊張しているからか、宮近もなんだか緊張してしまう。もっと普通に入ってきてくれたらきさくに話しかけることもできるのにこう警戒されてはやりにくい。 「…ごき…よう…」 ひきつった笑顔と掠れた声でそいつは答えた。円らな瞳は濁っていて視線の先が読めない。 「…」 宮近は気が遠くなる。いかにフレンドリーな俺でも今のこの慣れない状況と超人見知りをされてはそれが発揮できない。顕嵐助けて…もう七五三掛くんでも誰でもいいから助けてくらさい… 宮近に対し人見知りを発しているその少年の名は林一平13歳。姓も名もどこにでもいそうだが全て左右対称という非常に稀有な名前の持ち主である。
宮近は彼のことはほとんど知らない。ただマイケル・ジャクソンのダンスが得意だということ以外は。 だが今回彼とシンメを組むことになった。だから少しでも打ち解けなくては。俺は年上だ。だからリードしてあげるべき… 「なあ…」 話しかけようとしてまたドアが開く。入ってきたのはチュウガクイチネンジャー松田である。 「どうもおはようございます」 礼儀正しく入ってきて彼はてきぱきと身支度を整え始める。無駄のない動きだった。 「おはよーっす元さん!今日も大人びてるね!このこの!」 ちょっと調子が戻ってきた。二人きりで気まずい思いをするより三人の方が何かと気楽だ。松田とは面識があるしいつもの調子でノリノリになれる。宮近は己を解放した。 「宮近くん…」 松田は真剣な表情で何かを問いかけてくる。ひどく神妙な面持ちだった。知らず、宮近はまた緊張する。 そしてそのまま真面目な表情で松田は言った。 「ローラの物真似は、片っぽと両方、どっちが可愛いだろうか?」 おちょくっているわけではない…ようである。しかし一瞬宮近は目が点になった。 「さあ…どっちでもいいんじゃね?てか元さんってそんなキャラだったっけ?唇先輩も言ってたけど普段おっさんじみてるのに舞台ではかわいこちゃんになっちゃうって。なんで?」 「いや…」 松田はアンニュイな視線を床に向ける。そしてぼそっとこう呟いた。 「…あの人はぶりっこキャラの方が好きなのかなと思って…こう、二面性のある…」 「あの人?」 松田はそれには答えず溜息を浅くついた。ローラの物真似が得意でぶりっこで二面性があるといえば神7のあの子だがそれが一体なんだというのだろう。 しかし考えている間に松田は独りの世界に入ってしまった。また楽屋には静寂が訪れる。ちらりと林を見やると彼はこの一連のやりとりをずっと見ていたのか視線が合ってびくつかれた。そしてさっと逸らされる。 「…」 かくなる上はもう、あいつに頼るしかない。そうだ、同い年だし同じ名前だし入所日も近い。あいつなら明るくこの場を盛り上げてくれるはず。ちょっとたまに言語中枢がおかしくなる時もあるけどそれはご愛嬌…。 宮近が待望していると数分後そいつはやってきた。かちゃりとドアが開く。ようやく解放の時だ。待ってたぞ待ってたぞこんちくしょうめ…!
「おっせーよ松倉!お前どんだけ俺を待たせ…」 「おえぇ…おえぇ…」 宮近の歓迎を、そいつは嗚咽で返した。なんか顔が異様に青ざめていて眼は死んだ魚のようになっていた。気のせいか顔のホクロまで元気がない。 「松倉?どうした…?」 宮近は入ってきた最後のメンバー…松倉海斗にそう問いかけた。いつもにこにこ弾ける笑顔のベビーフェイス松倉はしかしもう虫の息だった。一体彼に何が… 「酔った…おえ…おえぇ…」 松倉は楽屋に倒れ込んだ。「水…水…」と手招きをしている。宮近は持っていたペットボトルを思わず差し出した。 「バスなんかこの世からなくなればいいのに…気持ち悪いよ辛いよもうやだようーんうーんついでに激辛ラーメンも消えてしまえ…」 どうやらここへ来るまでの交通機関で乗り物酔いをしたらしい。松倉は乗り物にすこぶる弱い。初めてのJJLロケで張り切って挑んだらなんとバスの中でのトークから始まり地獄を見た。そしてサダコ3Dでとどめをさされその日はひどくうなされたという。 「バスなんか…バスなんか…おえぇ…おえぇぇぇぇぇ」 バスへの呪詛をえんえん呟き、松倉は幼稚園児のように地団太を踏む。同じ15歳とは到底思えない。 「大変だな三半規管が弱いと」 呑気に呟きながら松田はローラのポージングについて研究している。 「マイケル…力を与えて…」 林はマイケル・ジャクソンの遺影に合掌し始めた。 「さんはんきかんって何…?なんでもいいから気持ち悪いのなんとかして…誰か揺れないバス開発してよドラえもーん…」 グロッキー全開で松倉は床でジタバタし始めた。もう幼児にしか見えない。 宮近は気が遠くなった。顕嵐…もう「ラノベとかついてけねー」なんて言わないから俺を助けて。梶山…ウルトラマングッズ買ってやるから俺を救って…吉澤…スラ○ダンク全巻貸してやるから俺を慰めて。うみんちゅ…寿司バイキングおごってやるから俺を和ませて…。 宮近はトラヴィス・ジャパンの面々の顔を思い浮かべながら必死に祈る。派遣社員は辛い。 この面々と共にこれからどうなるのだろう…前途多難を極めたこの状況に、暗澹たる思いを抱えながらリハを迎えたのだった。 END
いつもの作者さん乙! 宮近…派遣社員乙! 神7周辺はみんな濃いなあwww 林くん出番少ないのにやたらインパクトあるしwww 幼児にしか見えない松倉可愛いよ松倉 げんげんはやっぱり谷茶浜のことを…健気だね可愛いね …JJLのローラポーズも谷茶浜のためだったのか…!
作者さんは本人たちの発言を取り入れて各キャラを表現するのが本当に上手いね セクゾ新年コンはJr.紹介コ-ナ-も最後の一人一人の挨拶も可愛かったなー
133 :
ユーは名無しネ :2013/02/11(月) 23:07:41.85 O
「隣に君が不在」 俺から君への愛は相変わらず一方通行気味だけど。 今度二人で踊るときが来たら、隣にいる君はどんな顔で踊るんだろ? 「最近ふぅ大人っぽくなったよねぇ。」 楽屋の鏡越しに可愛らしい少年が微笑みかけてくる。 ふんわり笑顔が可愛い彼は神7メンバーであり俺の恋愛カウンセラーだ。(白衣が似合うっぽい?) 「・・どういうところが大人っぽくなった?」 「んー・・踊ってる時の表情とかぁ。休憩中たまに見せる顔とか。」 「・・休憩中、俺どんな顔してる?」 みんなとワイワイやってる時、ふと見たらね、すごく切なそうな顔をしてる。颯のそういう顔を見たら、胸がキューって苦しくなるの。と、れいあ君は言った。 その声がいつも以上に優しい声だったから、俺の胸もキューってなった。 レッスン中、エレベーターの中、ホテルで同室になったとき。いっつも彼を目で追っていた。 でも、目が合うと視線を外すのも俺で。 神宮寺みたいに普通に話したいけど。・・普通じゃ嫌だ。でも彼は近くにいない。 「また切なそうな顔してるぅ」 気がつくと、れいあ君の顔が目の前にあった。柔らかな指先が頬に触れてくる。 「こんど岸に会ったら、その顔で見つめてみなよ。・・・僕がこんな気持ちになるんだから、岸は」 『あー!腹へったあ』 『このグラビアやばくね?』ドアの向こうから賑やかな声が聴こえてくると、れいあ君は反射的に指をひっこめた。 「岸くんが、なに?」 問いかけたけど、れいあ君はふんわり笑って何も答えてくれなかった。
れいあ君が言いかけた言葉が気になったけど、結局あれから聞けないまま。その日を終えた。 帰り道は寒くって鼻の奥がツンとした。 「会いたいなぁ」 ねぇ岸くん。俺、いっつも元気だけど、今は元気じゃないよ。 岸くんの名前が載った舞台のフライヤー。絶対飾ろうって思ってたのに、君の名前を見たら、胸がギュウってなるんだ。 気がつくと俺は泣いていた。涙が地面に落ちて行くのを見たら、岸くんの汗みたいだなって思ってまた涙が出た。俺はそこからしばらく動けなかった。 そろそろ帰らなきゃ・・。時間を確認するためにスマートフォンを取り出した瞬間、メールが届いた。 岸くんからだった。 『こちらは毎日クタクタになるけど、勉強になることばかりです。よく先輩達にご飯連れてってもらってる。今日の舞台が終わってコンビニに行ったらさ、メロンパン見て颯の顔が浮かんだ。颯は元気にしてる?』 岸くんの事を考えて泣いて、笑って、毎日俺は岸くんでいっぱいだ。ダッシュして家まで帰ったら岸くんに電話しよう。 『俺がいっつも元気なのは大好きな岸くんが隣にいるからだよ』 END
聖Valentinusに乾杯!〜神7のスウィート・ヴァレンタイン〜 都内某所のレッスンスタジオ。今日もJrが振付師の鞭と鞭に汗をかく。レッスン終了後は解放感に包まれた少年達がぞろぞろと帰路についていた。 その中で、レッスンが終わってもまだそこに居残っているメンバーがいた。とはいえレッスンスタジオではなく別室の共同キッチンである。 「さぁ今からもうひと仕事だねぇ」 張り切って腕まくりをしながら材料を袋から取り出すのは中村だ。その横でせっせとそれに倣っているのは高橋である。 「材料これで全部かな?あ、中村くんレシピ本ありがとう」 「いいよぉ。妹のこっそり持ってきちゃったぁ。上の妹からまぁた文句言われちゃうけど仕方ないよねぇ」 中村はにこにこ呟きながらチョコレート菓子のレシピ本を広げた。 「栗ちゃんはぁパンが好きだからぁチョコレートパンなんかどうかなぁ?」 「あ、いいね。僕もこないだ友達とメロンパンを作ったよ。岸くんはチョコならなんでも喜んでくれそうだけど…やっぱこう…女の子からもらったっぽく見せるように可愛いのがいいかなぁ…」 「そうだねぇ…」 中村と高橋は乙女夢心地に浸る。その後ろで咳払いの音が響く。 「なんで俺がつきあわされなきゃなんねーの?俺はもらう方なんだよ!」 ぶーたれてるのは倉本だ。彼はレッスン後はカロリーを消費しきっているので今すぐエネルギー補給に努めたくて仕方がない。空腹でイライラしている。 「みずきが俺の為に作るんなら分かるけどなんで俺が作んなきゃなんねーんだよおかしーじゃん!こういうのは嫁の役目じゃん!」 「かおるぅ…」 中村は憐れみの眼を向けた。そして倉本の肩をぽん、と叩き 「常識的に考えてぇ…井上がかおるにチョコなんかあげると思うぅ?」 「ぐ…!」 これは痛いところを突かれてしまった。確かに俺とみずきは結ばれる運命とはいえまだその途中。まだまだ嫁の自覚が育たない井上が自分にバレンタインチョコをくれる可能性は限りなくゼロに近い。 倉本が言葉を失っていると、高橋ががしっと肩を組む。 「倉本、お互いこのバレンタインで一歩前進だよ!今年中には純情片想い連盟は解散で純情両想い連盟になるんだ!諦めるな!」 松岡修造の物真似を交えて高橋がエールを送ってくる。なんだかよく分からないが倉本はだんだんとその気になった。 「よっしやってやるぜ!今年といわず小学生のうちに片想い連盟は卒業だ!なんたって俺は倉本郁だからな!不可能はない!」 「その調子だよぉかおるぅ」 中村はガッツポーズをする。そうして三人和気藹藹とバレンタインチョコ作りに励んだ。
神7乙女チームがチョコ作りに励んでいる頃、岸くん、神宮寺、栗田の三人はコンビニで肉まんを買い食いしながら帰っていた。 「明日はバレンタインだなぁ…」 岸くんがしみじみ呟くと神宮寺と栗田の高笑いが響く。 「今年はトラック何台分になるか楽しみだぜ!そしてチョコプレイといえば男のロマンが詰まってる!やっぱ俺は全身コーティング派だな!」 「れいあが今頃俺のために心こめて作ってくれてっし!チョコプレイいいなー!れいあの全身舐め舐めしてえー!!」 道行く人達が怪訝な視線を投げ付けて行く。岸くんはこの二人と帰ったことを若干後悔していた。離れて歩いた方がいいかもしれない。 「いいよなあ栗田お前は確実にもらえるあてが一つあるんだからなあ…」 岸くんはうらやましそうに栗田を見やる。 「一度でいいからさあ…女の子に告白されながら手渡されてみたいよなぁ…」 岸くんが夢物語を呟くと神宮寺と栗田は顔を見合わせた。そして二人で耳打ちし合う。 「おい神宮寺、岸ってばまだ高橋が自分にラブラブ一直線なことに気付いてないのか?ホームラン級のアホだな」 「言うな栗田。岸くんの脳みそには恋愛アンテナが生まれつき備わってないんだ。高橋もあんな調子だし今世紀中にこの二人がどうにかなるなんて周りがどんだけお膳立てしてやっても無理だ」 純情片想いを貫く高橋、そして恋愛クルクルパーの岸くん…これは前途多難を極める。それならば誰かがどうにかしてやれば…と思わなくもないが神宮寺と栗田は基本自己中心的な性格である。他人を気に駆けている余裕などない。 「まー岸くんに先越されるのだけはなんとしてでも阻止したいから俺は今年のバレンタインには童貞捨てなきゃな!よっしレッツ動画検索!!」 「まー岸がどうなろうと俺の知ったこっちゃねー。おい神宮寺参考にしたいからチョコプレイ検索しろよ!れいあ似の女優とかいねーの!?」 またしても大声で通行人がひきつる会話をアホとエロが繰り広げているが岸くんは女の子にバレンタインチョコをもらう妄想でそれどころではなかった。 そして三人して電車を乗り過ごし気がつけば成田空港国際線ターミナルまで行っていたのだった。
神7アホアホチームが成田に向かっていることにも気付かず周りの乗客ドン引きの会話を繰り広げている少し前には(自称)神7常識人チームが帰路についていた。 「…もう明日はバレンタインか」 通り過ぎる店がバレンタイン商戦最後の追い込みを展開しているのを横目に羽生田が呟く。美味しそうなチョコレート製品が誘惑の甘い罠をしかけている。 「おお、美味そうだ…」 羽生田は手に取り吟味し始める。その姿を憐憫の眼差しで見ながら岩橋が声をかける。 「はにうだ…バレンタイン前日に男がチョコを手に取り眺めるものほど惨めな姿はないよ…『あいつきっと自分で買ってそれをもらったーとかいうんだぜ』なんて心ないいじめのターゲットになりかねない…」 しかし羽生田は聞いていなかった。ショーケースに張り付いてなんかぶつぶつ呟いている。それを目を細めて見つつ谷村もなんとなくチョコレートを手にとってみる。 「…バレンタインチョコか…今年も母さんと姉さんから二つ…まあ二つもらえれば惨めなんてことはないか…フフ…」 最近では自我修復のフィンガーセラピーに頼る前にこうして自分を慰める術を覚え始めた。寝る前にクソまずいスペアミントのハーブティーを飲んでいるおかげかもしれない。 「友チョコというものもあるみたいだけど…男同士ではちょっと恥ずかしいね。ああ、でも前歯先輩なら王子様スマイルでもらってくれるかなあ」 岩橋もなんだかその気になってきた。乙女チームがチョコレート作りをするためにスタジオに残っていたが入れてもらえば良かったかも…と思い始める。 「友チョコ…金田くんがもしかしたら…いやいやそんな甘い考えは捨てろ谷村龍一。さ、ハーブティー飲まなきゃ…」 谷村はなんかぼそぼそ言っている。そして羽生田はゴ○ィバにしようかモロ○フにしようか真剣に迷って閉店間際まで粘り続けた。 「やったあ!できた!き、岸くん受け取ってくれるかなあ…」 「完成だよぉ。栗ちゃん待っててねぇ」 「倉本郁にかかればチョコレートの一つや二つわけねえぜ…」 高橋、中村、倉本はそれぞれチョコレートを作り終えた。果てしない充足感が三人を包み、恋愛トークにも花が咲くというものだ。 「岸くんどうやったら受け取ってくれるかなあ…今更だけど自信がないよ…もし受け取ってくれなかったら…」 「なぁに言ってんのぉ高橋ぃ。こんなに気持ちこめたんだからぁいくらメガトン級に鈍い岸でも気付いてくれるってぇ大丈夫大丈夫自信持ってぇ」 中村がぽんぽんと高橋の肩を叩く。 「みずきの奴嬉し泣きすんじゃねーかな。2月14日が婚約記念日ってのも悪くないな」 倉本にしては珍しくつまみ食いの一つもせずせっせとチョコレートを作っていた。ラッピングは多少不細工になったがそれも愛嬌だ。 「岸くん…あの深い法令線がよりくっきりの笑顔で『サンキューお腹すいてたんだ』とか言われたら僕はもう…そんで犬みたくガツガツと汚く食べてくれたらヘッドスピンのせいでてっぺんハゲになっても幸せ…」 高橋はチョコレートの箱を抱き締める。その想いの強さが箱にも伝わりくしゃっとひしゃげるが気付かない。 「栗ちゃん…色々あったけど二人の愛は永遠だよぉ…れあくりジャスティスだよぉ…例え作者が谷れあ気に入ってても断固阻止だよぉ僕は栗ちゃんだけのものぉ」 中村はチョコレートの入った箱を両手の掌の上に置きながらうっとりとそれを眺める。 「みずき…くらみずジャスティスになる日は近いぞ…俺らは清純派でいこうな…」 チョコの箱を翳しながら倉本は誓いをたてる。 きゃっきゃと話を弾ませながら三人は余ったチョコレートを適当にまとめにかかる。それぞれ本命チョコを作り終えて達成感いっぱいの彼らはけっこういい加減に片付けた。そして恋人たちのスウィートデーが訪れる…。
迎えた2月14日。いつものスタジオでいつものレッスン。鬼ヤクザの怒号に耐え抜いた後は楽屋パラダイスである。バレンタインデーとはいえ男だらけの世界にそんな浮かれトンチキなムードは漂わない…と思いきや乙女チームを擁する神7の楽屋は活気に満ちている。 「栗ちゃぁん、これ僕からだよぉ」 「まじかよれいあー!!まあ期待してたけどな!ギャハハハハハ俺世界一幸せ者なんじゃね?かーちゃん生んでくれてありがとーな父ちゃんしこんでくれてありがとーな俺にそっくりの二人のねーちゃんよく分かんねーけどありがとーなって感じだぜー!!いえー!!」 中村からチョコレートを渡された栗田は有頂天に達している。神宮寺はその悔しさとうらやましさを昨日発見したチョコプレイ動画で紛らわす。羽生田はアームチェアーでヴィ○メールのロイヤル・ショコラとホットチョコレートを優雅に食し一人別世界を作っていた。 「よーし俺もここらで決めるぜ!」 そう張り切って倉本は井上を楽屋に呼んだが何故かロクネンジャー全員が付いてきた。 「みずきこれは俺からだ!この俺がお前のために作ったんだぞ!これで俺達はもう結ばれるしかないよな!」 「え、チョコレート?ありがとーくらもっちゃん。食べていい?」 「おおよ!俺の愛を感じながら食べるがいい!」 井上が箱をあげるとなかなか個性的な形のチョコレートが詰まっていた。だが空腹の井上はチョコレートならなんでもありがたくいただける。一つ手に取ろうとすると… 「あ、いーな井上。俺にもくれよ!」 同じく腹をすかした橋本がひょいっとつまみ食いをする。その後から羽場、林、そして金田が手を伸ばしてきた。そしてあれよあれよという間になくなってゆく。 「てめーら俺はみずきの為に作ったんだぞ!てめーらの胃袋を満たすためじゃねえ!俺とみずきの愛の器を満たす為のものなんだぞおおおおおおおおお」 倉本がロクネンジャーに襲いかかるとすかさず橋本が応戦した。 「うっせー腹減ってんだから井上のものはみんなのもの、みんなのものはみんなのものなんだよ!これはロクネンジャーの就業規則なんだから神7は黙ってろ!」 「ジャイアン乙!おめーらまとめて生チョコにしてやんぞコラああああああ!!!!!!!」 小学生の小競り合いにおろおろしながら宥めに入ったのは高校生、岩橋である。
「まあまあ皆…仲良くしようよ、同じ小学六年生だろう?うちの妹も六年生なんだけどね。だから仲良く…」 「うるせー!!てめーは正露丸チョコでも食ってろこの年中腹痛野郎!!」 小学生の遠慮のない憎まれ口に繊細な岩橋のガラスのハートに亀裂が走る。 「なんという口のきき方…小学生にまでこんな言葉の暴力…ああ…これはいじめだ…」 またじとじとと被害者モードに入る岩橋に、中村からチョコをもらって上機嫌の栗田が慰めに入る。 「元気出せや岩橋!れいあと高橋と倉本が余ったチョコで作ったバラエティチョコがこんなにあっから皆で食おーぜ!ギャハハハハハ!!」 「ああ…栗ちゃん…君はいい子だ…」 救われたのも束の間、中村の絶対零度が栗田の後ろから降り注ぐ。ほとんど聞きとることのできない囁き声で彼はこう言った。 「栗ちゃんって呼んでいいのは僕だけだよぉ…岩橋ぃ僕ぅ某誌の口移しの件まだ許してないからねぇ…」 「ああ…すみません調子こきました…って僕は君より年上だってこと忘れてやしないかい、中村…?」 楽屋が騒がしくなる一方で一人の少年が気を失いそうになるほどの緊張状態に耐えながら廊下で待機していた。 「あああああうううううききききき緊張するううううううう…」 高橋は極度の緊張状態で震えが止まらず、一人震度7の世界を作っていた。 岸くんが舞台関係の打ち合わせに時間がかかってまだ楽屋に戻って来ないのと、皆がいる前では恥ずかしすぎるから二人きりの時にこっそり渡したくてこうして楽屋前の廊下でその帰りを待っているのだがなかなか岸くんは現れない。 「…高橋何やってんの?それ新手のブレイクダンス?」 通りがかったトラヴィス・ジャパンの面々が怪訝な顔で通り過ぎて行く。宮近が試しに高橋に触れてみると振動が伝わり同じように震えた。 「こういうのなんて言うんだっけ。共振現象?」 顕嵐が梶山に問いかけるが脳みそまでワイルドな梶山には分からない。 「工事現場のあれみたいだね〜」 海人がちくわを咥えながら呑気に呟く。吉澤は、「ははーん…」と鋭く察したようである。高橋の持つひしゃげた箱を指差しながら、 「皆察してやれ…高橋は…」 言いかけて、吉澤は吹っ飛ばされた。とはいえそれは岸くんが登場して緊張がMAX状態に達した高橋が回り始めたからである。他のメンバーは巻き込まれぬよう一目散に去った。 「あれ?高橋?なんでこんなとこで回ってんの?吉澤巻き込まれてるけど…」 岸くんの声に高橋はぴたっとヘッドスピンを止めた。吉澤はすでに虫の息だった。 「き…っきききききききききしきしきしきしきしきし…」 呂律が上手く回らない。汗は岸くんのように…じゃなくて滝のように流れてくる…震えて舌を噛みそうだ。極限状態の緊張の中、高橋はそのひしゃげたチョコレートの箱を岸くんの前に差し出した。 「何これ?」 岸くんはきょとん、としながらその歪にゆがんだ箱を開ける。そして歓声をあげた。 「おー!!チョコレートだ!!何なにこれどうしたの高橋!?」 「き…きききききききききしくんに…」 白目を剥きながらマナーモードで答える高橋の返事に岸くんはまた嬉しそうに声をあげる。 「俺に?え、誰から?高橋が受け取ってくれたの?へえ〜俺にね〜」 岸くんは箱の中のチョコレートをガッとつかんで次々に口に入れていく。そしてガツガツと犬のように頬張る。 「うっま〜!!最高だね!!」 極上の笑顔で岸くんはあっという間に完食した。その輝きに高橋は魅入られてしまって岸くんの誤解を解くことはできなかった。だがそれでも満足だ。岸くんが自分が作ったチョコレートを「うまい」と言って食べてくれたのだから…
高橋が幸せとほんのちょっぴりのもどかしさに包まれている頃、谷村はようやくトイレから出てきた。昨晩に飲んだハーブティーのハーブが古かったらしく今日は朝から岩橋ばりにお腹がいたい。彼の気持ちが少しばかり分かりかけて足をひきずりながら楽屋に戻ろうとすると… 「なーなートラなんとかジャパンの楽屋にもチョコレートあるかなー!もらいに行こうぜー!!」 「えー。なさそうじゃん?あそこは海坊主…じゃなかった海んちゅって奴が全部食ってそうだしー」 なんだか騒がしい声とともに曲がり角で谷村は誰かとぶつかった。とはいえ相手は小柄なので吹っ飛んでしまったが。そしてぶつかった相手は… 「か、金田くん…」 掠れた声で谷村はその名を呟く。それまできゃっきゃとはしゃいでいた金田の顔は恐怖に歪んだ。 「う…宇宙人…!」 金田は硬直した。実に久しぶりのこの展開。そしてこの設定を覚えている者が何人いるだろうか。 金田は色々あって谷村を地球侵略に来た宇宙人だと思い込んでいる。そして何故かターゲットを自分に定めていると。数々の恐怖体験がフラッシュバックし、気が遠くなりかける。 「おい金田しっかりしろ!何か餌を蒔いて宇宙人の気を他に逸らすんだ!」 ロクネンジャーの仲間達がそう助言した。金田は半ばパニックになりながら持っていた包みを谷村に投げ付けた。谷村が呆然としていると彼らは叫びながら逃げて行く。 「…」 何がなんだかわけが分からない谷村はとりあえずその小さな包みを開けた。 「これは…」 中には手作りとおぼしきチョコレートが入っていた。これはもしや…まさかの… 「と、友チョコ…!!」 目の前が虹色に輝く。金田くんから友チョコ…これは谷村龍一14年と2カ月の人生史で5本の指に入る快挙ではなかろうか… 谷村が感動に包まれながら楽屋に戻るとそこではみんながチョコレートを囲んでわいわいやっていた。更に信じられないことに中村が笑顔で寄ってきて… 「谷村ぁ。これ僕が作ったんだよぉ食べるぅ?」 中村が…?手作りチョコを俺に…!? 人は信じられない現実を目の前にするとただひたすら固まる。谷村はそれを今体験している。大口を開けて硬直している谷村の口の中に中村はチョコレートを放り込んで行った。 遠のく意識の向こうで何故か岩橋が何か言いたげにうずくまっていたがもうそんなことはどうでも…
「ぐはあ!!!」 口中に広がる甘さ…と思いきや鼻の奥に激痛が走る。眼には涙。口が痛い。鼻が痛い。痛い痛い痛いすげえ痛いめっちゃ痛いごっつう痛いでら痛いバリクソ痛い…。 谷村が口内に広がる非常事態に悶絶していると栗田のアホ笑いが響く。 「ギャハハハハハハ!どうよ谷村、れいあ特製のわさび入りチョコは!」 「谷群…すまない…僕も唐辛子チョコを食べさせられてろくにしゃべることができず君を救うことができなかった…決して自分だけがこんな目に遭うのは癪だから黙っていたわけではないんだ…お腹がいたい…」 岩橋は涙目でうずくまっている。そして… 「よーしみんな俺にチョコを塗れー!!」 神宮寺がパン一になって叫んでいた。彼はブランデー入りのチョコですっかりできあがってしまったようだ。羽生田がやれやれと肩をすくめながら家からもってきたチョコフォンデュマシーンでチョコを溶かし始める。 どんちゃん騒ぎの楽屋の中で夢見心地の岸くんがデレながら高橋にこう問いかけていた。 「なあ高橋、俺にチョコくれた女の子ってどんな子だった?可愛かった?」 「え?あ、ああ、うん…。可愛いといえなくもないっぽいかな…。身長は168センチくらいでわりとガタイも良くて腹筋割れてそうで…。顔にホクロがあって髪は直毛っぽくてショートで…。岸くんのこと大好きそうで…」 「まじでー?あーもう会いたかったなあ。女の子からチョコもらえるなんて…生きてて良かった…」 結局高橋は本当のことは言いだせず岸くんは勘違いしたままだった。少しほろ苦いビターチョコをかじりながら高橋は来年こそは本命チョコを堂々と岸くんに渡せるようになる、と誓いをたてたのだった。 END
うわああああい! 隣に君が不在の作者さんも、いつもの作者さんも乙!乙! れあたんもキュンキュンするくらい魅力的な恋する颯くん… ふたりともきゃわああああ! 甘酸っぱいですなぁ 神7のわちゃわちゃバレンタインwww チーム分けが絶妙すなwww 颯くん甘酸っぱいよ颯くん… 来年は本命チョコ渡せるといいね
隣に君が〜せつないなあ やっぱ岸颯がいいよー バレンタインも神7楽しそうで何より あむあむ何気に塗ってあげる気なのかw
144 :
ユーは名無しネ :2013/02/21(木) 13:53:31.56 O
名作期待あげ
145 :
ユーは名無しネ :2013/02/21(木) 22:44:38.71 0
最近倉もっさんがじんたんになついてて可愛いな 倉もっさん→食物、倉もっさん→井上君もいいがじんもっさんも希望
くらもっさんの口から出た「れいあくんとはにうだがキャッキャッしてる」発言が衝撃過ぎてもう
147 :
ユーは名無しネ :2013/02/22(金) 22:27:33.33 0
最近のくらもっさんは可愛すぎてこまる
こないだのJJLパジャマパーティーでれあたんと神宮寺が怪しすぎた。意外だった…
これ面白そう。誰か書いて 192:名無しさん 02/19(火) 11:27 18歳になりバツ1の年上女性と結婚した岸優太。しかし彼女は新婚旅行先で事故死。残された優太の元になんと彼女の子ども8人が待っていた。 母親似の美貌で優太を誘惑する長男、嶺亜。お調子者で学校で問題児の二男・恵(ちなみにもちろん兄に対して超ブラコン)、性に興味アリアリで日夜右手の恋人とお戯れの三男・勇太(おんなじ名前)、勉強はできるが自分勝手な四男・挙武、 唯一自分に普通に懐いてくれるが言動がキテレツな5男・颯、暗くてじめじめしていてまるで掴めない六男・龍一、食べることしか頭にない生意気な末っ子、郁… いきなり8人の父親になった優太は悪戦苦闘しながらも家族としての絆を彼らと築いていくハートフルコメディ。 (Win/MSIE)
150 :
ユーは名無しネ :2013/02/25(月) 12:32:51.24 O
面白そうなので書いてみる 連載リレー小説 岸家の人々 「俺はこれからどうすればいいんだ…」 絶望にひしがれる少年が一人、大きな民家の前で立ち尽くしていた。 彼の名は岸優太、18歳。晴れて4月から社会人、そしてこの夏この若さで所帯を持つことになった。 所謂電撃結婚である。相手の女性とは知り合って3カ月のスピード婚だ。天涯孤独の身である岸くんは温かい家庭を持つのが小さい頃からの夢だったのだ。できるだけ早く結婚して子どもを沢山作りたい。そう思っていた。 「私たちずっと死ぬまで一緒よ、優太」 そう囁いた彼女の笑顔が閉じた瞼の裏に鮮やかに描き出される。 だが、彼女の笑顔を見ることはもう叶わなくなった。 入籍をして、その足で岸くんは妻となった女性と新婚旅行に行った。海外なんて贅沢は出来ず、だが二人の大好きな沖縄の海に出かけた。その帰りのことである。 彼女の乗ったタクシーが事故を起こし、そのまま彼女は帰らぬ人となった。 まだ現実が受け入れられない岸くんは二人のスイートホームになるはずのこの家の前にやってきたのだ。二人でローンを払おうと購入した郊外の一軒家…家族がたくさん欲しいからと6つも部屋のある大邸宅だ。 これからここに一人で住むのだろうか…妻もいないのに?そんな残酷なことってあるだろうか…岸くんはフラフラと玄関の前に立った。 明るい笑い声とばたばたと走る音が聞こえる…分かっている、これは哀しみが聞かせた幻聴だ。ここで明るい家庭を築くはずの自分達が今妄想となって脳裏をかけめぐっている。ドアを開ければそう、美しい妻が「おかえりなさい」と岸くんに向かって微笑む。 岸くんはフラフラとドアノブに手を伸ばす。そしてそれを引く。待っているのは現実だ。誰もいない、暗い部屋…
151 :
ユーは名無しネ :2013/02/25(月) 12:34:27.03 O
「…え…?」 岸くんは今度は幻を見ている。玄関には人が立っている。こちらを振り返り、驚いたような顔をするその人は… 「れ…嶺奈…!?」 目の前に、死んだはずの妻、嶺奈がいた。長かった髪がばっさり切られ、ショートカットを少し外ハネ気味にアレンジし、スウェットの上下というラフな格好に身を包んでいる。 驚くべきはその溢れんばかりの若さだ。嶺奈は姉さん女房で岸くんより年上だ。だが目の前の彼女はまるで高校生時代に戻ったかのように若くてピチピチしている。白い肌が眩しい。 だがそんな細かいことはどうでも良かった。愛する妻が帰ってきた。そうだ、俺は悪夢を見ていただけだ。本当は嶺奈は生きていて、ここで俺の帰りを待っていたんだ…。 「れなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」 岸くんは理性も何もかも吹っ飛ばして愛する妻・嶺奈に飛びついた。 「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!変態いいいいいいいいいいいいい!!!」 抱きついた途端、嶺奈は絶叫し、岸くんは思いっきり突き飛ばされた。何がなんだか訳が分からない。だがその悲鳴を聞きつけ、あれよあれよという間に家中から人が現れて岸くんをよってたかって押さえつけた。
152 :
ユーは名無しネ :2013/02/25(月) 12:35:48.43 O
「こいつどうする?警察に突き出す?」 広いリビングで岸くんは後ろ手を縛られ、正座をさせられている。そして岸くんを囲んでいるのは妻であるはずの嶺奈と6人の少年達である。 「れいあに痴漢とか死刑にしてもあきたんねー!!軒下に埋めちまおうぜ!」 酒ヤケのようなガスガス声の少年が怒りの形相で叫ぶ 「住居侵入に強姦未遂か…情状酌量の余地はないな」 ヘッドライトのような眼をした少年が呆れ気味に呟いた。 「おいおい強姦とかやらしくね?たまんねーなおい」 チャラそうな少年が涎を拭いている。 「どーでもいーけど腹へったよー。誰かメシ作ってー」 肉づきのよい目のくりくりした少年がお腹をおさえている。 岸くんは頭の中が真っ白だ。と同時に生命の危険も感じている。一体ぜんたい彼らは何者だ。人の家にずかずかとあがりこんで勝手に生活している…と、そこで岸くんは気付く。 「そうだ!俺はこの家の持ち主なんだから君らがおかしいんじゃないか!なんで俺が縛られなくちゃならないんだあああああ!!!」 涙ながらに訴えるとそのうちの一人が首を捻り、岸くんの顔をじろじろと見つめて呟いた。 「ねえ…この人…ママの遺品のアルバムに一緒に写ってる人にそっくりなんだけど…」 「あ?アルバムってどれだよ」 豹柄のパーカーを着込んだ、チャラそうな少年が尋ねる。言い出した少年はぱたぱたとどこかに走って行ったかと思うとすぐにもどってきたポケットアルバムのようなものを皆に見せた。 「…ほんとだ…同一人物っぽい…てことは…」 皆が一斉に岸くんを見る。皆一様に信じられない、という表情をしていた。 そして、妻・嶺奈であるはずのその子がこう言った。 「この人が、僕達の新しいパパぁ…?」 「パパ?」 岸くんは目が点になった。
153 :
ユーは名無しネ :2013/02/25(月) 12:37:18.35 O
縄はほどかれたが、リビングには異様なムードが漂っていた。 「おいおいおいおい、ママの奴こんな若い男くわえこんでたのかよ。ったくあのばばあしょーがねーなー。この人俺らとそう年変わんないんじゃね?」 チャラ男が頭を掻きながら零す。その横で、ヘッドライトが岸くんに問う。 「年はいくつ?」 「え?…18だけど…」 岸くんが答えると、ぽっちゃりが高い声で驚く。 「18歳って兄ちゃん達と2つしか違わねーじゃん!2歳違いのパパとか超うけんだけど!!」 「ママ、自分の半分以下の年の彼氏を作ってたのか…」 気がつかなかったがリビングの隅にどよ〜んと暗いオーラを放っている少年がいて、そいつがぼそっと呟いた。 「は、半分以下…?ママ…?パパ…?」 岸くんは涙目になる。もうわけわかんない。俺は一体何に巻き込まれたの…? 「嶺奈、これってどういうこと…?」 岸くんは嶺奈に問いかける。が、嶺奈と信じていたその子は困惑した様子で岸くんを見つめる。そして言いにくそうに答えた。 「あのぉ…嶺奈っていうのはぁ…僕達のママでぇ…僕は長男の嶺亜ですぅ。この子達みぃんな兄弟なのぉ」 「んが…」 岸くんは顎が外れそうになる。 「ママがお前になんて言って結婚したか知んないけどよー。俺らは新しいパパができるからここで暮せって言われてやってきただけだし!!おめーみてーなパパだなんて夢にも思わなかったけどなーぎゃははははは!」 酒ヤケはバカ笑いをする。 考えてみれば岸くんは妻・嶺奈についてはほとんど知らない。何せ出会って三か月のスピード婚だ。お互いのことはこれからゆっくり知ればいい、そう思っていたからあまり根掘り葉掘り聞かなかったのもある。 ただ岸くんより年上でバツ一だということだけ聞いていた。それでも嶺奈は美人だったからせいぜい5〜6歳くらい年上ぐらいにしか思っていなかったが… 「ママも36で死ぬなんてな…。ろくでもないママだったけどいざいなくなると寂しいな…」 チャラ男が涙ぐむ。見かけと違って涙もろい一面があるのかもしれない。 「こうなってしまった以上は仕方がない。この人に養ってもらおう。なんだか頼りないけど戸籍上僕達のパパになっていることだし」 ヘッドライトが言うと皆「しょーがねーなー」といった感じで頷き合う。岸くんが事態についていけないでいると、嶺奈そっくりの息子は岸くんの手を握って上目遣いに見つめた。 「よろしくねぇ、パパぁ」
154 :
ユーは名無しネ :2013/02/25(月) 12:38:52.63 O
「僕が長男の嶺亜でぇす。高校一年生、主に家事全般やってまぁす」 嶺奈に生きうつしの嶺亜はまるで女子高生のように可愛いこぶってそう自己紹介した。見れば見るほど似ている。いや、若い分だけ嶺奈より… 「てめーれいあのことやらしい目で見るんじゃねえ!!俺は二男の恵だ!!ごはんよりパンが好きだから覚えとけ!!あとれいあには近づくな!!」 「ちなみに僕たちは4つ子でぇす」 4人並んだその続きでチャラ男がチャラい自己紹介をする。 「俺は三男の勇太だ!俺に触ったらニンシンするぜ!なーんちゃって!!」 「僕は四男だが正直こいつらより下に見られるのは納得いかない。名前は挙武だ。好物はメロンだから覚えておくように」 ヘッドライトが気どった挨拶をすると威勢よく手を上げて真面目そうな少年が声高に叫んだ。 「五男、颯です!パパよろしくお願いします!!お近づきの印に回ります!!」 そして颯は逆さまになって回り始めた。なんていう技かは知らないがなんか凄い。岸くんは無意識に拍手をした。 「…六男の龍一です…中学三年生、颯とは双子です…」 相変わらずみんなの輪の中ではなく一人リビングの端にいて聞きとるのが困難な小声で龍一は呟く。美形なのに暗すぎる。岸くんは若干引いた。 そして最後に肉付きのいいコロコロした少年が立ちあがった。 「俺は末っ子の郁だ!!中学一年生、食べ盛りだからよろしくな!!」 7人の息子達は揃いも揃ってひとクセもふたクセもある連中だらけだった。岸くんは目眩がした。 齢18にして7人の父親になった岸くんの運命やいかに… つづく
作者さん乙ー! 大家族になってもいつも通りのブレない神7さすがっすwww こないだのパジャマパーティの姿でみんな脳内再生された
156 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/02/26(火) 22:01:43.74 O
第二話 岸くんはスタバにいる。キャラメルフラペチーノを飲みながら頬杖をついてぼうっとしていると待ち合わせの相手が駆けこんできた。 「ごめん、遅くなって…」 「いや、こっちこそ急に呼びだしてごめん」 岸くんが頭を下げると待ち合わせの相手…高校時代の同級生である岩橋玄樹は自分も注文をしに行った。彼はカフェモカを注文した。 「奥さんのこと、本当に残念だったよね…。僕で力になれることがあったらなんでも言って」 「ありがと…あのさ、早速なんだけどちょっと相談があって…」 岸くんは最後の一滴をすすった。 「相談?」 岩橋は優雅にカフェモカの入ったカップに口をつける。 「俺、子どもが7人もできちゃった…」 岩橋はカフォモカを盛大に吹いた。店内の客やら店員やらが何事かと視線をぶつけてくる。岸くんはとりあえず岩橋の吹いたカフェモカを拭いた。 「ちょっと…急に変な冗談言うのやめてよ。恥ずかしい…。ああでも良かった。そんな冗談言えるくらい元気を取り戻してくれて…」 むせながら、岩橋は笑う。だが冗談でもハッタリでもない。岸くんはいきさつを説明した。 「本当の話…?前に奥さんの写真を見せてもらったけど、とてもそんな7人も子どものいるような女性には見えなかったけど…そうか…そうなんだ…」 「どうしたらいいの俺…?子どもは皆クセ者揃いだし一体ぜんたいどうやって生きていくべきなの…?」 涙目で教えを請うと岩橋はお腹を押さえ出した。 「いたた…。僕にはどうしてあげることもできないけど…でも岸くんのことは応援してるから。僕がいじめから立ち直って大学受験できたのは君のおかげだし、僕でできることがあったらなんでも言って…。とりあえずこれ。持ってたら安心するから。お守り代わりだよ」 岩橋は正露丸の容器を岸くんにくれた。相談する相手を間違ったかな、と岸くんは人選の失敗を後悔した。 「…ありがと」 岩橋はお腹を押さえて大学に向かっていった。岸くんも会社へ向かう。新婚旅行やなんやでもう一週間も休んでしまってるからなんだか行き辛いが働かなくては7人も養って行けない。重い足に鞭打って岸くんは出勤した。
157 :
ユーは名無しネ :2013/02/26(火) 22:02:56.04 O
午後7時。岸くんが仕事を終えて帰宅するとキッチンにはエプロンをつけた嶺亜がカレーを作っていた。 「あ、パパぁお帰りなさぁい」 振り向いたその笑顔が亡き妻に瓜二つで超絶可愛い。しかも若さがプラスされていて岸くんは思わず状況も忘れて顔を緩ませた。だが次の瞬間尻を蹴りあげられる。 「れいあのことやらしい目で見てんじゃねえ!この変態ジジイ!」 恵が汚物を見るような眼で岸くんを見て吐き捨てた。そのやりとりを見て勇太が笑いながらからかってくる。 「パパ気をつけろよ。恵は嶺亜限定の超ブラコンだからな。やらしいことしたりしたら庭の枇杷の木の下に埋められんぞー」 二階からばたばたと足音が聞こえる。と同時にバン!とリビングのドアが開いた。 「腹減ったー!!今日カレーかよ!やっほーい!!」 末っ子の郁が飛び込んでくる。その後から颯と挙武が姿を現す。 「挙武くん俺の服また勝手に着たでしょ!あれ気に入ってたのに」 颯は4つ子の兄のことを全て「くん」付けする。その挙武は参考書を見ながらしれっと軽くあしらった。 「誰が着ようがかまわないじゃないか。それにあの服、颯にはもう小さくなってると思うから僕が着てやったんだ。弟の分際で兄の身長を越すなんて生意気な」 「パパ、なんとか言って下さい!」 颯は岸くんに対し好意的に接してくる。兄弟の中では一番素直な部分を持っている…と岸くんは思う。 「もうごちゃごちゃ言ってないで食べるよぉ。郁ぅおかわりは二回までだからねぇ」 嶺亜がカレーを盛って夕飯が始まった。男8人の食事はまさに戦場…かと思われたが一人足りない。 「ちょっと龍一ぃ、ちゃんと食卓で食べなよぉ」 嶺亜がリビングの隅を見ながらたしなめる。そこでようやく岸くんは龍一がリビングの隅にいたことに気付いた。あまりにも存在感がなさすぎて気付かなかった。 「俺はここで食べる方が落ち着くんだ…」 ぼそっと龍一は呟いてカレーを口にし、「ニンジンは嫌いなのに…」と愚痴をこぼす。それを嶺亜に「嫌ならなんにも食べなくていいけどぉ」と睨まれると涙目でニンジンを口に入れた。 「あ、そうだ、パパ」 颯が何かを思い出したように岸くんに問いかけた。 「明日から二学期が始まるけど、伸ばし伸ばしになってた三者面談に来てほしいんです。僕と龍一の」 「さ、三者面談…?」 三者面談なんか、岸くんはついこないだまでしてもらう側だったのだ。もっとも岸くんには両親がいなかったからお世話になっていた家の人にしてもらったのだが…。 「ママはいつもすっぽかして来てくれなかったから…パパには来てほしいんです」 颯の切実に懇願する目を岸くんは逸らすことができなかった。 そして翌日、岸くんは中学校に出向くことになった。
158 :
ユーは名無しネ :2013/02/26(火) 22:05:00.14 O
「お父さん…ですか…?」 颯と龍一の担任教諭が教室に現れた岸くんを怪訝な眼で見ながら訊いた。岸くんは複雑な気持ちで頷く。 「はい…一応…戸籍上…」 「失礼ですが、おいくつで…?」 「18です…」 担任教諭は深く同情するような視線を向けた。岸くんは帰りたくなった。 「颯くんの方は…今のところ志望校は問題ないと思います。このまま成績を落とすことなく入試まで迎えられれば…。で、龍一くんの方なんですが…」 教諭はちらりと龍一を見やった。彼は視線を床に落としている。 「成績の方はですね、学年トップクラスでほぼ申し分ないんですけど、ちょっと控えめすぎるところがあって…。二学期は体育祭に音楽祭に文化祭と行事がめじろおしですから、クラスメイトの中に上手く溶けこんでいけるようにして学校生活を楽しんでもらいたいなと…」 家の中でも馴染んでいない龍一が、学校でクラスメイトの中で馴染めるはずがない。岸くんは思った。 帰り道、三人で歩きながら違和感を今更ながらに感じる。高一の四つ子よりこの中三の双子の方が見た目が大人っぽい。岸くんは年齢のわりに童顔だから傍目には岸くんが一番年下に見える。背も一番低いし、これで父親とか無理がありすぎだろ…。 家に帰ると龍一は自分の部屋の閉じこもって勉強を始めてしまった。今一つ掴めない子である。 「パパ、今日はありがとうございます。来てくれて嬉しかったです」 颯は素直でかわいい奴だな…と岸くんがほっこりしてるとばたばたと勇太が帰宅してくる。
159 :
ユーは名無しネ :2013/02/26(火) 22:06:03.18 O
「たっだいまー!お、ちょうどいーや、パパ!可愛い息子のお願い聞いて!」 勇太は猫撫で声でころがりこんできた。こいつもチャラいけどまあ可愛げあるよな…と岸くんは思う。 「お願いって何?」 「パパ18歳なんだろ!?俺の為にツタヤでAV借りて来て!!ジャンルはなんでもいいから!俺なんでもいけっから!」 勇太が大声で言うもんだから隣の部屋にいた嶺亜にもそれが聞こえたようで軽蔑するような眼差しを勇太に向けながら、 「勇太そんな汚らわしいものこの家で見るのやめてよねぇ。パパだめだからねそんなの借りてきたらもうパパと僕の洗濯もの一緒に洗わないからぁ」 まるで思春期の娘みたいなことを言いながら嶺亜は勇太と口げんかを始めた。そこに恵と挙武が加わり広い家も一気にやかましくなる。 「郁!お前が風呂に入った後湯の量が半分以下に減っているのはなんでだ!いつもいつもいい加減にしろ!」 挙武が郁に説教を始める。彼は岸くんなんかよりよっぽど父親よろしく口うるさい。 「いーじゃんよまた入れれば!」 「うちの家計はそんなに楽じゃないんだ!僕は学校ではセレブキャラで通ってるが現実問題として水道代一つにも気を遣わなければならない。だからお前は今度から最後に入れ」 「次風呂誰が入るー?」 なんだかんだでこのうるささもそんなに悪いもんではないのではないか…岸くんはそんなことを思い始める。思い描いていたものとは大分違うがこれも賑やかな家庭には違いない。 もし、嶺奈が生きていたら… きっともっと明るい家庭だったんだろうな、と岸くんは思った。そう考えるとなんとなくセンチメンタルな気分になり、岸くんは仏壇の亡き妻の遺影に手を合わせてから風呂に入った。
160 :
ユーは名無しネ :2013/02/26(火) 22:08:30.07 O
岸家の風呂は大きめに設計してある。岸くんが温泉好きだったのと「毎日二人で入ろうね」と妻と一緒に広さを決めたからである。それももう叶わなくなってしまったが… 郁が半分以下にした湯を誰かが足していてくれたのか広い浴槽にはいっぱいに熱いお湯が張られていた。疲れも何もかも吹き飛ぶ瞬間、岸くんは気分良く湯に浸かり、さあシャンプーをしようとしたその時である。 カラカラカラ…とバスルームの戸が滑る音が背後でする。なんだ?と思って振り返って岸くんは叫びそうになった。 「パパぁ背中流してあげるぅ」 なんと嶺亜が侵入してきた。腰にタオルはまいているが上半身素っ裸で…ってこれは男だからそうするのは不思議でもなんでもないが岸くんは心臓が跳ねそうになった。 「れ…」 落ち着け落ち着け岸優太。この子は嶺奈じゃない。息子だ。男だ。だから父親として自然に普通に振る舞うのが当たり前だ。そう、郁が入ってきたのと同じような感じで… 「パパ意外と脱いだら細いんだねぇ」 嶺亜は岸くんの背中を優しく撫でるように洗い始める。そのソフトな手つきがなんだか逆に艶めかしい。行ったことはないがソー○ランドってこんななのかな… (違う!雑念は捨てろ岸優太!後ろにいるのは郁、後ろにいるのは郁…) 岸くんは自己催眠術をかけた。目を瞑り、イメージを郁に合わせてみる。するとあーら不思議、芽生えかけた劣情はいい感じに停滞する。よし、いける。いけるぞ。
161 :
ユーは名無しネ :2013/02/26(火) 22:10:32.61 O
「パパごめんねぇ。こないだは変態なんて言って付き飛ばしちゃってぇ」 「はは…いや…俺の方こそ早とちりしちゃってごめん…そうだよな、嶺奈が生きてるわけないもんな…。どうかしてたよ俺…」 「ううん、そんなにママのこと好きだったんだねぇ、パパぁ」 「あ、うん…」 好きだったなんてもんじゃない。もうぶりばりに好みのどストライクだったのだ。 岸くんの一目惚れからの猛アタックからの結婚までこぎつけるのに一生涯分の努力をしたんじゃないかってぐらいだ。それがゴールインした途端にこんなことになるなんて… 「僕ねぇ、ママにそっくりって良く言われるんだよぉ」 耳元でそう囁いたかと思うと嶺亜はぴったりと体をくっつけてきた。肌と肌が直接密着する。滑らかなその感触と体温に岸くんはもう全身の血液が沸騰しそうになる。理性の糸がもう千切れる寸前だ。 「あ…あう…」 「ママがいなくなって寂しいでしょぉ、パパぁ」 吐息が耳に当たると何かがぷつん、と弾け飛んだ。 もう駄目。もう無理。我慢できません。だって嶺奈と嶺亜は性別こそ違えど瓜二つなんだもん。 俺悪くないよね?向こうもその気なんだしもういいよね?嶺奈、ごめんなさいごめんなさい。俺地獄に落ちるかも… 「れ…!!」 岸くんが理性をぶっ飛ばし、嶺亜に抱きつこうとしたたその時である。 「俺も風呂入るぞいいよなれいあー!背中流しっこしようぜ!!」 真っ裸の恵が大声で叫びながら入ってきた。そして岸くんと嶺亜を見て凍りつく。 岸家にその直後ビッグバンが起こったのは言うまでもない。岸くんは翌日が土曜日で本当に良かったと心底思う。そうでなくては恵による家庭内暴力でとてもではないが出勤などできない状態だったからだ。 やっぱり、普通の家庭で普通の子どもの普通のパパになりたい…全身の痛みに耐えながら、岸くんは天国の妻に祈りを捧げたのだった つづく
作者さん乙! これは続編が楽しみな話だ
作者さん乙! なぜか懐かしい感じがするwww みんな可愛いところに安定の不憫ワンツートップwww 颯くんには懐いてもらえてよかったね岸くん これから懐いてる以上の愛を注がれるとも知らずに…www
164 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/02/28(木) 20:40:52.65 O
第三話 「勇太ぁ、今日晩ご飯はどうするのぉ?あ、恵ちゃんもぉ」 「俺はいらね。7時までだし、多分向こうで賄いもらうから」 「俺もー。帰んの8時ぐらいになると思うー」 岸くんが全身の痛みに耐えて朝起きてリビングに行くと丁度二男・恵と三男・勇太が出かけるところだった。土曜日だしどこか遊びにでも行くのだろうか…と思ったが前日の夜ボコボコにされたこともあり岸くんは黙って通り過ぎようとした。が、見つかってしまった。 「おい変態エロ親父!俺の留守中にれいあに変なことしたら今度こそ庭の枇杷の木の下に埋めっからな!」 恵が暴言を投げかけてくる。 岸くんは昨晩、バスルームで長男・嶺亜に誘惑されていともあっさり負けてしまい襲いかかろうとしたところを恵に見つかってボコボコにされた。兄弟の中で一番体重が軽いひょろひょろ体型なくせに凄まじい戦闘能力で岸くんは太刀打ちできなかったのである。 「挙武!颯!龍一!俺のいない間ちゃんとれいあのこと守れよ!いいな!」 恵に言われてやれやれと挙武が姿を現す。 「嶺亜は長男なんだから自分のことぐらい自分で守るだろう。僕は勉強で忙しいんだ。そんなくだらんことに意識を費やしてる暇はない」 「おめーは当てになんねーからな!おい颯!どこ行ったあいつ!」 「颯は後輩の陸上の大会の応援に行ったよ…」 相変わらず曇天の夕方のような暗さ全開で龍一がぼそっと答えた。 「ちっ。んじゃしょーがねー。頼んねーけど龍一、お前がちゃんとれいあ守るんだぞ!いいな!」 「なんで俺が…」 「うっせー!兄貴の言うこと聞けねーのかよ!おめーでもいねーよりマシだ!いいな、頼んだぞ!」 恵は龍一の尻に一発蹴りを入れて出て行った。
165 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:42:17.85 O
「じゃ、俺も行ってくるわ」 勇太がやれやれといった様子で出て行った。二人を見送ると嶺亜はにっこりと岸くんに向き直る。 「恵ちゃんはぁちょっとやきもちやきだからぁ気にしないでねぇ、パパぁ」 「は、はあ…」 「心配しなくても恵と勇太は夜まで帰って来ない。だけど昨日みたいなビッグバンを起こされると迷惑だから謹んでくれよ、パパ」 挙武が皮肉っぽく言ってくる。 「あの二人どっか遊びに行ったの?」 まあ高校生なら休みの日は友達と遊びに行くかな、と思ったがそうではなかった。 「恵ちゃんと勇太はぁ、この家の労働係なのぉ。二人ともバイトぉ」 「バイト?」 「そう。恵は近所の肉屋で、勇太はファミレスでバイトだ。まあ土日だけだがな」 成程、そういうこともあるか…と岸くんは感心する。それぞれ役割分担があるのだな、と。 ん?じゃあこいつは… 「おっとパパ、言いたいことは分かるぞ。嶺亜は家事、恵と勇太はバイト、じゃあ挙武お前は何を分担しているんだと言いたいんだな?」 「ま、まあ…」 「僕はこの家の出世頭担当だ。進学校に通い、エリートコースを歩んで一番の稼ぎ頭になって将来兄弟に何かあった時に助けることを約束して勉学に励ませてもらっている。そういうことだから勉強をしなければならないので静かにしてくれよ」 挙武は誇らしげにそう言って二階に上がっていった。 遅い朝食を岸くんが食べているとそれまでゲームで遊んでいた郁がやってくる。 「あ、いーなージャムサンド!俺にも一口ちょうだい、パパだろ!」 「え、俺の朝メシこれしかないんだけど。ていうかお前はもう食べたんだろ、郁」 「いーだろちょっとぐらいー!」 郁がだだをこねていると洗濯ものを干しながら嶺亜がたしなめた。 「ダメだよぉ郁ぅ。朝ごはんちゃんと食べたでしょぉ。龍一の分まで取って食べたんだからぁ。パパのまで取っちゃダメぇ」 弟に朝ご飯を強奪された情けない六男はまたリビングの隅で参考書を呼んでいる。まるで太陽の光を避けるように…。 「さ、買い物行かなきゃ。郁ぅ付いてきてぇ。荷物持ってねぇ」 「えー!!じゃあお菓子買ってくれよ」 「もうしょうがないなぁ」 嶺亜と郁は近所のスーパーに買い物に出かけた。リビングには岸くんと龍一だけが残る。
166 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:43:25.24 O
「…」 「…」 皆クセ者揃いだがその中でも龍一は特に掴みどころがなくて打ちとけにくい。食事は食卓ではなくリビングの隅でとるし皆の輪の中に入らず一人で作業をしている。こんなんで友達とかいるのだろうか… 岸くんは思う。一応父親になったのだから少しは気にかけてやらないと…。学校の先生にも言われていたし、ちょっとでも明るい性格になれるよう父親として導いてやらなくては。 「龍一、あのさ」 話かけると龍一はびくっと肩を震わせた。 「い、いい天気だからどっか出かけたら?」 「…どっかって、どこに?」 「ゲーセンとか買い物とか…受験生だからってあんまり勉強ばっかしてると体にも心にも良くないよ。ほら、颯なんかは後輩の応援に出かけたし、お前も…」 「俺、一人で電車乗ったことないから…。街にも出たことないし」 これはなかなかの強者だ。中学三年生にもなって一人で電車に乗れないなんて…。 「彼女とかいないの?龍一お前けっこうな美形なんだからさ、女の子から人気あるんじゃない?」 「…女子には話しかけても無視されるんだ。こないだだってノートを隣同士で交換するのに無視されて…」 こんな美形でそんな扱いを受けるなんてなかなかあることではない。どんだけ負のオーラを背負ってるんだこの息子は…と岸くんは背中が冷たくなった。 「じゃあさ、友達は?友達誘ってどっか遊びに行ったら?一人ぐらいいるだろ?友達」 ここで「俺には友達なんていない」と返ってきたらもう打つ手なしである。岸くんが固唾を飲んでその答えを待つと、龍一はぼそっと呟いた。 「一人だけ…いるけど…」 岸くんは涙が出そうになる。こんな暗い奴と友達になってくれるいい子がいるとはまだまだ世の中捨てたもんじゃない。 「じゃあその子と一緒に出かけなよ!ほら、少しだけど小遣いあげるから。あ、みんなには内緒ね」 岸くんから千円札を受け取ると、龍一は立ち上がって電話をかけに行った。 ちょっとは父親らしいこともできたかな…と岸くんが自己満足に浸っていると事件は起きた。
167 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:44:45.49 O
「ちょっと龍一どこ行ったのぉ?ご飯冷めちゃうよぉ」 午後7時を過ぎても龍一は帰って来ない。バイトでいない恵と勇太以外の兄弟は首を捻る。 「龍一が外に出るなんて何かあったのか?」挙武がハンバーグをもぐもぐしながら言う。 「案外家ん中できのこになってんのかもよ。おーい龍一兄ちゃーん!早く来ないと俺が食っちゃうぞー!!」郁は龍一の分のハンバーグに手をつけようとして嶺亜に手をひっぱたかれた。 「参考書買いに行くのも僕に頼むぐらい出不精なのに…」颯もご飯に砂糖をまぶしながら首を捻る。 岸くんは焦る。まさか夕飯になっても帰ってこないなんて想定外だ。街に出たことがないなんて言うからてっきり夕方までには帰ってくると思ってたのに… そうこうしているうちに8時を過ぎ、バイトを終えた恵と勇太が帰宅した。だが龍一は依然として帰って来ない。 「携帯にかけた方がいいかな…」 岸くんが言うと、嶺亜が首を横に振る。 「中学生組は携帯持たせてないのぉ」 そういえば、龍一はリビングの固定電話で電話をかけていた…ような気がする。 「おいおいおいあの人見知りの引き籠りが外出するなんてそれだけで大事件じゃねーかよ。川にでも落ちてんじゃねーの?」 「やめてよ勇太ぁ。もうほんとしょうのない子ぉ。帰ってきたらおしおきだから龍一ぃ」 「あいつアホだから道に迷ってんじゃね?」 恵のお土産のコロッケを頬張りながら、郁は岸くんに問いかけてくる。 「俺らが買い物から帰ってきた時には龍一兄ちゃんいなかったけどパパどこ行くか聞いてねーの?」 問われて、岸くんは正直に話した。
168 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:46:21.19 O
「たった千円で何ができるわけじゃなし、どこで道草食ってんだろうな」 挙武が参考書片手に呟く。兄弟の反応はまちまちだった。 「いいんじゃね?あいつ外に出なさすぎだからたまには羽目外すのも」勇太が雑誌のグラビアを見ながら言う 「でもぉ中学生なんだしぃいくらなんでも遅すぎだよぉ。不良になっちゃうよぉ」嶺亜が洗い物をしながらぼやく 「あいつに限って不良とかねーよ!ぎゃはははははは!」 「同感―。そんな度胸ねーよ龍一兄ちゃんにはー」 郁と恵は二人でゲームで対戦しながら呑気に笑った。だが岸くんは心配になってくる。羽目をはずしてるならいいが、何か事件や事故に巻き込まれてたら…それに… 「龍一は友達と遊びに行ってるはずなんだ。向こうの親も心配してるんじゃ…」 そう、相手の親にも心配をかけているだろう。そうなると、我が家だけの問題では済まない。 「龍一の友達って分かる?颯?」 岸くんに問われて、颯はすぐに答えた。一人しかいない、と 「同じクラスの高橋凛っていう子とだけ仲いいけど…。ちょっと電話かけてみる」 颯は電話をかけ始める。ややあって、こう返ってきた。 「とっくに帰ってきてるって…。龍一と一緒に夕方ぐらいまで五駅先の大きなショッピングモールで遊んでたけど龍一はもうちょっと見て回りたいからって先に凛が帰ったらしいんだけど…」 「この時間じゃもうショッピングモールの店も閉まってんじゃね?」 恵が呟いた瞬間、家の電話がなった。反射的に岸くんが取る。 「はい…え!?はい…はい…分かりました。すぐ行きます!」 「パパぁ。誰から?龍一のことぉ?」 「龍一が交番に保護されてるって…。※※町の…」 電話は警察からだった。何故か龍一はショッピングモールから大分離れた町の交番に保護されている。訳が分からないが、とにかく岸くんはそこに向かうことにした。
169 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:47:16.03 O
「この子のお兄ちゃん?弟?親は?」 交番に着くと警察官は岸くんを龍一の兄か弟と思いこんでいて説得するのに手間がかかった。二人して警察官に謝ると交番を後にする。 「なんだってこんなとこに…ショッピングモールにいたんじゃなかったの?」 龍一に問うと、彼は目をふせて消え入りそうな声で呟いた。 「帰りの電車賃がなくなって…歩いて帰ろうとしたら道が分からなくなって…」 「だったら友達に借りたら良かったじゃないか。それとも別れた後に使ってなくなったの?」 龍一は黙る。岸くんが浅い溜息をついて先に進もうとした時… 「凛が帰りの電車賃が足りないって困ってたから…」 岸くんはそこで理解した。 「まさか…貸したら自分がなくなるの分かってて友達に貸したの?」 「誘ったのは俺だから…。歩いてでも帰れると思って…」 「龍一…」 掴みどころがなくて、暗くて、じめじめした奴だと思ってたけど、龍一は優しい心を持っていることを岸くんはこの時初めて知った。それに気付くとこの根暗っぷりもなんだか可愛く思えてくる。 岸くんは自分より身長の高い息子の頭を撫でた。 「そっか。お前いい奴だな。きっとその友達も龍一に感謝してるよ。無事で何より何より。さ、早く帰って飯食おう。腹減っただろ?郁が食べないように嶺亜がちゃんと隠してあるから」 肩を抱いて親子仲良く帰宅…するつもりだったが家の前まで来て龍一は急に足を止めた。 「どした?龍一?」 「…兄ちゃん達に怒られるのが怖い…」 龍一の顔はひきつっている。彼は続けた。 「恵兄ちゃんは「迷惑かけてんじゃねーよ!」って蹴り飛ばしてくるだろうし、勇太兄ちゃんは「罰として明日コンビニでビニ本買って来い!」って無茶ぶりするだろうし挙武兄ちゃんは嫌味で責めてくるだろうし、 それに…一番怖いのが嶺亜兄ちゃんなんだ…」 「嶺亜が?なんで?あんなに可愛いのに」 「パパは知らないだろうけど…嶺亜兄ちゃんはママそっくりで怒ると手がつけられないしおしおきが超怖い…だから家に入りたくない…」 龍一は震えている。どうやら相当怖がっているようである。とすればやはりここは父親の出番だ。 「分かった龍一。俺が一緒に謝ってやる。元はと言えばお前をたきつけたのは俺だしな。ちゃんと守ってやるから安心しろ!」 「え…?」 龍一は顔を上げた。 「そのかわり、一つだけ約束してくれるか?」 「約束…?」 龍一は首を捻る。岸くんは頷いた。 「飯はちゃんと食卓でみんなと一緒に食べること。いいな?」 「…はい」 そして岸くんは兄弟達に龍一の擁護をしてまわった。そのかいあってか龍一は恵に「てめ夜遊びしてんじゃねーよ!」と一発蹴りを喰らっただけですんだ。もちろん岸くんもとばっちりで一発喰らった。
170 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:49:06.35 O
「…クセ者揃いだけどまあみんななんだかんだでいい子だな。嶺奈の子だもんな。俺もがんばるよ」 眠る前、岸くんは今日の出来事の報告を妻の遺影に向かってしゃべる。小さな写真立てだが彼女の美しさがそこに凝縮されている。岸くんの一番お気に入りの一枚を仏壇に飾っている。 「おやすみ、嶺奈…」 写真立てを手に取り、妻の遺影にキスをしようとすると、ドアが開く。 「パパぁ一緒に寝よぉ」 入ってきたのは嶺亜だった。テンピュール枕を抱いて薄いピンクのパジャマに身を包んでいる。まるで愛する妻が天国から降りて来て岸くんを慰めに来てくれたかのようである。 岸くんが鼻の下を伸ばしかけていると嶺亜は岸くんから写真立てをそっと取ると母の遺影にこう言った。 「パパのことはぁ僕が責任もってお世話するからねぇママぁ。安心して成仏してねぇ」 そしてその写真立てをパタンと伏せると嶺亜は岸くんに迫ってきた。 「パパぁ。寝よぉ」 くそっ…可愛い… だが岸くんは前回風呂場で誘惑に負けた時のことを思い出し自分を戒める。そうだ。嶺亜に手を出そうとすればまた恵が現れて俺をボコボコにするというお約束が待っている。枇杷の木の肥しになるのはごめんだ。 「れ、嶺亜…ほら、また恵がやきもち妬くから…」 「大丈夫ぅ恵ちゃんもう寝ちゃったしぃ。あの子一度寝たら地球が滅亡しても起きないからぁ」 「そ、そうなの…?」 だったら、ちょっとぐらいいいかな〜…なんて思っちゃったりもする。 「僕はぁ長男だからぁしっかりしなきゃいけないってがんばってるけどぉ…ほんとは甘えたいんだよぉ」 うるうると上目遣いで嶺亜は岸くんに抱きつく。ああ、その瞳、嶺奈もよくしてたっけ…。それをされると俺は無条件降伏なんだよなあ…。岸くんは無意識に嶺亜を抱き締めていた。 「パパぁ」 これは決してやましくもいやらしくもない行為だ。龍一の頭を撫でてやったように嶺亜の全身を撫でてやるだけ…。そう、親子のスキンシップだ。 甘えたい我が子を存分に甘やかしてあげる親心…これも父親としての役目だ。岸くんは自己正当化に成功する。 「れ…」 岸くんが下半身を全開フルスロットルにし、さあいざ、という段階で嶺亜は急に岸くんの口を押さえた。 「ちょっと待ってぇパパぁ」 「へ?」
171 :
ユーは名無しネ :2013/02/28(木) 20:50:43.16 O
岸くんがきょとん、としていると嶺亜はつかつかとクロゼットに歩んで行き、それを乱暴に開けた。 「勇太何してんのぉこんなとこでぇ」 嶺亜は低い声を出す。 クロゼットの中にはティッシュケースを持ち、下半身マッパの勇太が潜んでいた。しかし勇太は悪びれるでもなく恥じるでもなく半ば逆ギレ気味に嶺亜を促した。 「俺のことはおかまいなく。さっさと続き始めろよ。さあ!」 「さあ!じゃないでしょぉ覗かれながらとかそんな趣味ないからぁさっさと出て行ってよぉこの変態自慰野郎!!」 嶺亜はテンピュールで勇太をばしばし叩き始めた。 「そんな趣味もこんな趣味もあるかよ。義理のパパに誘惑しかけて迫ってんのは変態とは言わねーのかよ!!おめーはほんとママそっくりだな!」 「うるさい黙れぇ!!」 嶺亜と勇太は激しい口喧嘩を始めた。そして各部屋から苦情が殺到する。 「うるさいぞこっちは睡眠時間を惜しんで勉強してるんだ!喧嘩なら外でやれ!!」挙武が血走った眼でかけこんでくる 「嶺亜くん、勇太くん、大人気ないよ。パパが困ってるじゃん」颯が間に入ろうとしたが勇太にティッシュケースを投げ付けられた。彼は依然、下半身を露出したままである。 「子どもの睡眠時間奪う気かよー」郁が目を擦りながら文句を言う 「嶺亜兄ちゃん、勇太兄ちゃん、大声で喧嘩はやめてくれ…恵兄ちゃんが起きる…」龍一はおろおろしている。 そして一度寝たら地球が滅亡しても起きないはずの恵が嶺亜の大声を聞きつけて起きてきた。岸くんは嫌な予感が全身を走る。 「うっせーな!一体なんだってんだよ!れいあどうしたんだよ。何怒ってんだよ!勇太はなんでチンチン出してんだよ!」 「だってぇ勇太がそこのクロゼットから僕とパパが一緒に寝るの覗き見しようとしたんだもん!」 「俺にかまわず続けりゃいいのにこいつが今更恥らってんだよありえねー!パパもやる気マンマンになってんんのによー!!」 「れいあにやる気マンマン…だと…?」 ああ、結局こういう展開なのね…。岸くんは最早言い訳をする気もなく抵抗もせず覚悟を決めた。 19の誕生日を迎えるまで俺は生きていられるだろうか… 岸くんはその夜、亡き妻のいる天国へと続く三途の川に片足をつっこむことになった。 つづく
久しぶりに毎日のような更新ペースで嬉しいな 岩橋もハブられてるのかと思いきやちゃんと出番あったし毎回楽しみにしてる
たびたび更新ありがとう作者さん! 谷茶浜、りんりんとお友達でよかったね…! 心温まる話! だがしかしまたも誘惑され不憫1の本領発揮wwwww
作者さん乙!ドラマのひとつ屋根の下みたいで面白い 恵の家庭内暴力わろたw ビッグダディ岸くんガンバレー部!
175 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/02(土) 01:08:13.72 O
第四話 岸くんはマクドナルドにいる。マックシェイクをすすっていると待ち合わせの相手が息せき切って到着する。 「ごめん、待った?」 「いや。ごめんな忙しいのに。今日もサークル?」 岸くんが問うと、待ち合わせの相手…岩橋玄樹は座りながらエッグマックマフィンをかじる。 「うん。まだあんまり打ち解けられてないけど、大好きな野球ができるから楽しいよ」 「そっか。うらやましいな…」 岸くんが呟くと、岩橋は岸くんを見据えながら心配そうに眉根を寄せた。 「なんか…痣とか多くなってない?会う度に傷跡が増えていってるような…」 「そのことなんだけどね…」 毎晩、嶺亜に誘惑される→理性が飛んで襲おうとする→恵に見つかってフルボッコの連続だということを話すと岩橋は深い同情を示した。 「ボコボコにされる度に誘惑に負けまい、負けまいと強く心に誓うんだけどね、もうね、長男が亡くなった妻に生きうつしな上に若くて可愛くて…自分の意志とは無関係に理性がパーン!ってなっちゃうんだよね。それから二男による殴る蹴るの暴行が毎度のパターンで…」 「家庭内でそんな暴力いじめが…?岸くん、僕で力になれることがあったら…」 「ありがと…正露丸はいらないから」 予め言っておくと岩橋は首を横に振り、 「なんなら太田胃酸もあるけど…」 やっぱりこいつに相談したところで胃薬を押しつけられるだけだな、と岸くんは学習した。 そして溜息をかかえながら出勤する。岸くんの働く会社は社員7名の超極小企業だがこれはこれで安定しているし上司やパートのおばちゃんは皆優しい。妻を亡くした岸くんを皆心配して色々と気にかけてくれる。 「岸くん、これね、こないだ家族で伊勢に行ってきた時のお土産。良かったら食べてよ」 茂木係長が赤福餅を大量にくれる。 「え、いいんすかこんなにいっぱい」 「いいのいいの。亡くなった奥さんの子どもが7人もいるんだろ?少しは腹のたしになるかもしんないしね。どう?子ども達とは?」 「まあ…ぼちぼちです」 長男からは毎晩誘惑、二男からは暴行、三男と五男と末っ子はまあいいとして四男は自分勝手、六男は最近ようやく少しずつ会話が増えてきた。トータルするとマイナスのような気もするが… 「まあね〜。僕なんかもね〜娘が中学に上がったぐらいかな〜あんま口きいてくんなくなったのも…」 そんな会話を交わしていると岸くんは電話番の事務員に呼ばれた。 「N工業高校の先生からですって。なんか息子さんのことで話があるみたいで」 電話を受け取り、話を聞き終わると岸くんは早退の届け出をしなくてはならなくなった。
176 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:09:21.27 O
会社を早退してかけつけた先は恵の通う工業高校だった。当たり前だが男子生徒ばかりで機械音があちこちで響いている。あまりお上品でなさそうな生徒たちが職員室に向かう岸くんをジロジロと見ていた。 「あなたが…恵くんのお父さん…ですか?」 この反応にはもう慣れつつあった。かいつまんで説明し、納得してもらうと岸くんは生徒指導室のようなところに通される。そこに不貞腐れた顔の恵がいた。 「ええとですね、お父さんに来てもらったのはですね、恵くんの学校生活の態度と成績についてなんですが…」 話を要約するとこうだった。 恵は一学期、ほぼ全ての教科で赤点を叩きだした。授業中は居眠りをしているか周りの生徒としゃべっているか携帯ゲームをしているかのどれかで度々他クラスや他学年の生徒と喧嘩をして指導もされている。所謂「問題児」であることを遠回しに告げられた。 「兄弟も多く、お母さんが亡くなったことで本人が落ち着かないのは分かります。こちらとしても配慮はしていくつもりですが、勉強に対する意欲が向上するよう家庭でも援助していただければと思いまして…。 バイトも家庭環境を考慮して特別に許可をしていますが、学業や学校生活に支障が出るようであれば許可もできなくなりますので…」 岸くんはただはいはいと頷くことしかできなかった。当の恵は全く気にする様子も反省もみせず鼻をほじっている。 話が終わって指導室を出ると岸くんはまた蹴りを入れられた。 「てめーが毎晩れいあにいかがわしいことしようとすっからイライラすんだよ!てめーのせいだかんな!」 「いや、だってあれは嶺亜の方から…」 「うるっせ!とにかくれいあに変なことしたらタダじゃおかねえからな!肝に銘じとけ!エロオヤジ!」 こりゃダメだ。俺なんかの言うことをこいつが聞くわけがない。早々に匙を投げた岸くんは解決策を考えた。そしてその結果… 「恵ちゃん、二学期はがんばろうよぉ。僕も勇太も挙武も交代で勉強教えるしぃ。高校はみんなちゃんと出ようねって約束したじゃん」 「わーったよ。留年して颯や龍一と同じ教室で勉強ってのも嫌だしな」 嶺亜の言うことなら素直に聞くだろうという岸くんの勘は当たった。そして授業態度も少しずつ改善されかけた頃のことである。 「わりい。なんかさ、肉屋のバイトが一人辞めちゃって、代わりみつかる間だけでいいから平日も入ってくれって頼まれちった」 恵と勇太は土日限定でバイトをしている。その恵のバイトが平日にも何日か入ることになり、彼は学校を終えてその足でバイトに行き、夜8時過ぎに帰宅することが何日かできた。
177 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:10:45.42 O
岸くんがいつものように退勤時間に帰り支度をしていると嶺亜からメールが来ていた。『明日のお弁当に入れるお肉が足りなくなっちゃったから恵ちゃんのいるお肉屋さんで買ってきて』とある。岸くんは家の近所の商店街の肉屋に寄った。 「いらっしゃ…なんだてめーか。なんだよ?」 岸くんが来たのを見て恵は目を細めた。 「嶺亜がお弁当に入れる肉が足りないって言ってたから買いに来ただけだよ。えっと、これ200gぐらいあれば足りるかな?」 「お、なになに恵ちゃんの知り合い?同級生?」 店の奥にいた禿げ頭にねじり鉢巻きをしたおっさんが恵に問いかけた。 「こないだ話したエロオヤジっす。俺の大事な兄貴に猥褻行為未遂を繰り返すどーしよーもねー奴」 ずいぶんな紹介を恵がすると鉢巻きオヤジは豪快に笑った。 「なるほどあんたが18歳の父親かー!ほんとに若いねー!恵ちゃんとそう違わないのに父親業っつーのも大変だねー!」 「はあ…」 岸くんがなんとも返事のしように困っていると鉢巻きオヤジは恵の頭にぽん、と手を置いて 「恵ちゃんにはねえ、ずいぶん助けてもらってんだよ。今恵ちゃんに辞められたらうちの店潰れちまわあ。この子が店に立つ土日は恵ちゃん目当てのおばちゃんやお姉ちゃんの客が多くてさ。 気ぃつくし素直で可愛い奴だしほんと俺もこんな息子なら何人いてもいいなってね。家が明るくなるからね」 「やめてくれよおっちゃんこいつの前でそういうこと言うの!」 「お?恵ちゃん照れてんの?かーわいい奴だなおめーは。んじゃこれ俺からのサービス。みんなで食いな!」 鉢巻きオヤジはメンチカツを大量にくれた。恵はバイト帰りにいつもコロッケやメンチカツ、それに肉をもらって帰ってくるがそれは全部店主の好意だ。可愛がられていることが分かる。 家に帰ればああだけど、外面もいいし色んな意味で裏表のない竹を割ったような性格だから周りに好かれるんだろうな…と岸くんは思った。嶺亜とのことがなければ案外一番に自分に懐いてくれたかもしれない。
178 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:12:01.33 O
その日も土曜日で、恵と勇太はバイトでいなかった。龍一も少し外に出ることが増えて自分で参考書を買いに行き、留守にしていた。挙武は相変わらず自室にこもって勉強をしており、嶺亜は今度の体育祭で中学生組の着るジャージにゼッケンを縫い付けていた。 そして岸くんは颯と郁とゲームで遊んでいた時である。 電話が鳴った。 「はいはぁい。今出ますぅ」 嶺亜が電話に出る。にこにこと穏やかな彼の顔がさっと青ざめた。 「恵ちゃんが…?」 嶺亜から電話の内容を聞いて岸くんが駆け付けると、そこには顔に青痣を作って不貞腐れた表情の恵がいた。 「高校生同士の小競り合いのようですが…相手も怪我をしていまして、学校の方にも連絡をさせてもらいました」 警察官は淡々とそう岸くんに報告した。 恵はまだバイト中のはずの時間だが何故か商店街の外れで暴力沙汰を起こし、補導された。その知らせを受けたのである。 「なんで…?」 岸くんはそう呟くことしかできない。あんなに可愛がってもらってるオヤジさんがいるのにバイトを投げて、どうして暴力沙汰なんか…。それに、これ以上何かあれば学校側はバイトは許可できないと言っていた。 成績のこともあるが、何より信頼してくれている人を裏切ってしまうような行為に何故及んだか岸くんには疑問でならない。 「てめーにゃ関係ねえ」 恵はそっぽを向いてそう呟いた。そこで岸くんは何かが頭の中で切れた。 「関係ないことあるか!!嶺亜も心配してるし、みんな心配してる!!オヤジさんはお前がいなきゃ店やってけないって昨日言ってたしなんで恩を仇で返すようなことしたんだ!!お前のやったことはみんなに対する裏切りだぞ!!」 岸くんがありったけの声でそう叫ぶと、恵は唇の端をぎゅっと結んだ。その眼には悔悟が現れていたが彼はこう返す。 「うるせー!!しょーがねーだろ!!」 「何がしょーがねーんだよ!!言ってみろよ!!」 取っ組み合いになるところを警察官が止めに入る。ひとしきり説教を喰らった後、恵は家に帰される。岸くんも一緒に帰ったが途中一言も口を聞かなかった。
179 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:13:27.62 O
「恵ちゃん!?大丈夫!?」 心配した嶺亜が駆け付けてくるが恵は「大丈夫」とだけ言って二階に上がって行った。 リビングはお通夜のようになっていた。 「なんてことしたんだ恵…アホだけどああいうタイプのアホとは違うと思ってたのに…」挙武が沈痛な面持ちで呟く 「恵くん、退学になっちゃうのかな…」颯が心配しておろおろとしている 「もう肉もらえねえの…?」郁は肉の心配をしていた。 「恵ちゃんが、そんな…。いくらなんでも理由なくそんなことしないと思うけどぉ…。パパ、恵ちゃん何か言ってたぁ?」 嶺亜の問いに、岸くんは首を振った。 「俺になんか話すわけないよ。聞いたところで理解もしてあげられないと思うし…。俺にはあいつが何を考えてるのかもうさっぱり分からないよ」 兄弟達に勉強をかわるがわる教えてもらって、可愛がってくれるバイト先の店主にも懐いている。だからこそいい方向に向かって行くと思っていたのに… 交番であんな言い方をしてしまったが岸くんにはやはり恵がなんの考えもなしに暴力沙汰を起こすとは考えにくかった。だからといって自分に心を開いてくれていない恵がそれを素直に話すとも思えない。 どうしたらいいんだろう…こんな時、どうしてあげれば… 岸くんがそのもどかしさと闘っていると、勇太と龍一が帰ってきた。時計を見ると7時だった。龍一にしては遅いが勇太にしては早い。訳を聞くと勇太が龍一を小突きながら 「こいつうちの店に来て家までどうやって帰ったらいいか分かんないとか言うんだよ。で、2時間早くあがらせてもらった。ったくいい迷惑だぜ中三にもなってまた迷子沙汰とかよー」 勇太のバイト先のファミレスは一駅離れたところにある。本屋に参考書を買いに行った龍一がなんでそんなとこに行ったのだろう…訊ねると、龍一はそれに答える前にきょろきょろとリビングの中を見渡した。 「恵兄ちゃんは…?」 その問いに、みんなが溜息で返す。岸くんは答えた。 「バイトをすっぽかして暴力沙汰起こして補導されたんだ。さっき戻ってきたけど部屋に籠ってる」 勇太が「マジかよ!あいつ何やってんだ!?」と声をあげたかと思うと龍一が首をふるふると横に振った。 「違うんだ…」 その言葉に、皆首を傾げた。 「違うってなんだ、龍一?何か知ってるのか?」 挙武が問うと、龍一は声を震わせて答えた。 「参考書買いに行った時、商店街で高校生にからまれてカツアゲされそうになって…。そしたら恵兄ちゃんが『俺の弟に何してんだよ!』って助けてくれようとして… いいから逃げろって言われて無我夢中で逃げたら気がついたら知らない町にいて迷って…それで勇太兄ちゃんのバイト先のファミレスが見えたから…」 「え…?」 それは全く予想だにしない事実だった。 カツアゲされそうになった龍一を見かけて、恵は助けに行った。そこで殴り合いになったところを補導されたのだという。バイトをさぼったわけでも、わけなく喧嘩をしたわけじゃなかった。 弟を、助けようとしたのだ。 「そうだったのぉ…恵ちゃん、龍一を助けようとしてぇ…」 「じゃあ恵の奴、なんでそれを言わなかったんだ…?」 岸くんは疑問に思ったがとにかく皆で恵に謝らなくてはいけない。彼の部屋を訪ねたがもぬけの殻だった。 「恵ちゃん、どこ行っちゃったのぉ…?」
180 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:14:53.73 O
まさか失踪…?皆が恵の名を叫びながら探し回ったが見つからない、岸くんは焦る。 (どこ行ったんだ恵…あいつ…) 恵が行きそうなところになど心当たりがない。だが岸くんは考える。 一人になりたい時、落ち込んでいる時、そんな時人はどこに行こうとするか…。 岸くんは導き出された答えをもとに、そこへ上がった。この家を設計した時、将来的に子どもが思春期や反抗期を迎えて誰とも話したくない時の逃げ場を作っておいたのだ。そう、天井裏だ。 読みは当たった。天井裏に昇る梯子が降りていた。どうやらここを発見したのは兄弟の中では恵だけのようである。きっと、越してきてすぐ家中探検してまわったのだろう。 「恵」 薄暗い天井裏で、恵は一人うずくまっていた。岸くんが呼びかけるとびくっと肩を震わせる。 「なんでここが…」 恵は言ったが岸くんは胸を張って答えた。 「この家は俺と嶺奈が設計したんだから、俺の知らない場所なんてないよ。ちなみに枇杷の木を植えようって言ったのは嶺奈」 「…」 恵は背中を向けた。岸くんはその背中に向かって声をかける。 「ごめんな恵、理由もちゃんと聞かず怒鳴っちゃって。龍一を助けようとしてくれたんだってな」 「…別におめーに謝られてもしょーがねーし。喧嘩して警察沙汰になっちゃったことは事実だし、俺退学になるかもしんねーから怒鳴られてもしゃーねーよ」 「なんで何も言わなかったんだ?ちゃんと理由を聞いてれば、あんな言い方せずにすんだのに」 「…俺はアホだから、なんも考えねーで龍一にからんだ奴につっかかって行っちゃってあんなことんなって…。もっと良く考えて行動してたらあんな騒ぎにもならずに龍一のこと助けられたかもしんねーだろ。 それ考えたら自分のアホさ加減に腹立ってきて…。だから責められてもなんも言えねーよ」 「いや、お前のこと信じてやれなかったのは父親失格だよ。…ごめん」 「おめーのこと父親だなんて思ったことなんてねーよ。おめーだって俺のこと息子だなんて思えねーだろ。それでいーし」 「良くないよ」 岸くんが断言すると、恵は驚いてこちらを振り向く。 「嶺奈から託された大事な息子達だから。だから良くない。…信じてやれなかったお詫びと、俺が父親としてできることをせめてさせてくれるか?」 「おめーが、できること…?」 岸くんは頷いた。 「明日学校に行って先生に土下座して退学とバイト禁止だけはなんとしても阻止する。肉屋の店主さんにも謝って恵のバイトも続けられるようにするから。だから許してくれ」 「…」 恵は黙る。何かを考えているようだった。だけど彼の表情はどこか、安心したような、素直な子どものような穏やかさを取り戻していた。少なくとも岸くんはそう解釈した。 そして恵は答えた。 「まあ…おめーがどうしてもそうしたいっつーんなら、させてやってもいーけどよ…」
181 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:15:49.27 O
翌日、岸くんは午前半休をもらって恵の学校に出向いた。土下座覚悟で行ったのだが意外にも厳重注意だけで済んだ。どうやら警察が、恵が巻き込まれたという形で報告してくれたらしい。ただ、昨日の今日なので多少厳しいことは言われたが…。 そして肉屋の店主は岸くんが出向くと恵の心配をしてくれていたらしく、 「恵ちゃんがさあ、血相変えて『俺の弟が不良にからまれてる』って言ってさあ、だったら行ってやれ、助けてやれってけしかけちゃったからもしものことがあったら岸くんパパに顔向けできねえなって心配だったんだよ。 あの後恵ちゃん戻ってこなかったし、恵ちゃんの携帯にかけても出ないし、ほんと心配で心配で…」 岸くんは安心した。どうやら一件落着のようである。ほっとしながら出勤し、仕事を終えて帰宅すると全員がもう食卓に座っていて岸くんの帰りを待ってくれていた。 「んじゃとりあえず恵の退学回避にかんぱーい!」 勇太が音頭を取って、その日は颯と郁も手伝ってご馳走を作った。颯が自信作だという砂糖おにぎりは誰も食べなかったが… そして一日の疲れを癒そうと、岸くんが風呂に入って湯に浸かっていた時、バスルームのドアが開く音がした。 ま、まさかまた嶺亜…?と岸くんがちょっぴり期待と恐怖に慄きながら振り返ると、入ってきたのは嶺亜ではなかった。 「恵…?」 恵がタオル片手に無言で入ってきた。そして遠慮なくじゃぼんと浸かる。湯が岸くんの顔に跳ねた。 「…」 「…」 しばらく無言で入っているうち、のぼせそうになる。しかしなんとなくあがりにくくて、岸くんが汗が滝のように流れ始めた。 「おい」 頭がぼーっとしかけたところで恵が口を開いた。 「いつまで浸かってるつもりだよ、さっさとあがれよ。風呂ん中がお湯じゃなくてパパおめーの汗で満たされちまうだろ」 「あ、悪い…」 岸くんがようやくあがるきっかけができてほっとしながら立ち上がると気付いた。 今… 「パパって…」 「いーからさっさとあがれ!背中ぐらい流してやっからよ。言っとくけど俺はれいあみたいに優しく洗わねーかんな!」 岸くんを椅子に座らせると恵は凄い力で岸くんの背中をタオルで擦ってきた。皮膚が裂けそうだ。 「いて、もうちょっと優しく…」 「きめーんだよその言い方!誰かに聞かれたら変に思われるじゃねーかよ。俺には変な趣味ねえからよ!」 恵は外面が良くて素直なくせに、どうやら岸くんにはあまり素直になれないようである。だが、だからこそ家族として認め始めてくれたのかな…?という気もしてきた。 「まーよ、パパおめーに迷惑かけたのは悪かったって思ってるよ。だから今日だけはれいあに添い寝ぐらいは許してやるよ。今日だけな!」 「え…まじで…?」 「添い寝だけだぞ!触ったり匂い嗅いだり横でオナるのはNGだかんな!いいな!」
182 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 01:17:12.75 O
そして恵の言葉どおり岸くんの寝室には嶺亜がスタンバイしていた。 「恵ちゃんのお許しが出たからぁ一緒に寝ようねぇパパぁ」 早くも添い寝だけでは我慢できそうにない先走りの予感がする。だが岸くんは必死に自分を戒める。 「ゆ、勇太がどっかに潜んでんじゃないかな…」 「大丈夫ぅ。勇太にはちゃんと餌蒔いてきたからぁ。今頃自分の部屋で徹夜でオ○ニーだよぉ」 「餌…?」 「龍一に参考書買うついでにコンビニでビニ本買ってくるように言ったのぉ。あの子見た目老けてるから多分レジも余裕で通るからぁ。こないだ迷惑かけたんだからこれぐらいしなさいって言ったのぉ。そのビニ本勇太にこないだの仲直りの印にって与えてきたぁ」 「龍一に…?」 中学生の龍一がビニ本を…?もしやそれで高校生にからまれたんじゃ…岸くんはなんとなく思った。不憫な奴だ…。 「だから勇太はいないよぉ、パパぁ」 嶺亜はベッドに潜りこむ。岸くんの部屋のベッドは元々妻と一緒に寝るためにダブルベッドだったが嶺亜はぴったりくっついてきた。体温がほんのり伝わってくる。 岸くんは早くも降参しそうになるが必死に自分に言い聞かせた。せっかく恵から得ようとしてる信頼をここで失うわけにはいかない。男と男の約束を破るわけには… 「ねぇ、パパぁ」 甘い声を出して、嶺亜は岸くんの首の後ろに手を回してきた。もう岸くんは我慢汗をかいている。 「な、何…?」 「ママとはぁ…どんな風に…してたのぉ」 意識が遠のく。どんな風にも何もあんなことやこんなことを… 「ママにしてたみたいに僕にもしてくれるぅ?」 はい喜んで…じゃなくてそんなことをしたら最後、ビッグバンどころではなく地球滅亡クラスの破壊エネルギーが発生してしまう…だけどなんか自分の意志とはもう無関係に体が動いてしまう。 ああ、もうダメ…我ながら根性なさすぎ… だってこんないい匂いがするしなんか男なのに触り心地いいし何より可愛いんだもん…ほんのり香るシャンプーの匂いが麻薬のような作用を起こして俺の心のセキュリティ壊して神経をマヒさせるんだそうなんだ…
てす
184 :
ユーは名無しネ :2013/03/02(土) 12:21:40.40 O
「れ…!!」 岸くんの理性は簡単に崩壊してしまった。 「あ…パパぁ」 何もかも忘れて嶺亜に覆いかぶさろうとしたその時である。 「パパごめんなさい、ちょっとお願いがあるんです!!もうみんな寝ちゃってるし勇太くんはお取り込み中で誰も相手にしてくんないからパパしか頼れる人が…」 勢い良くドアが開いたかと思うと、ジャージ姿の颯がかけこんできた。そしてベッドで戯れの寸前である岸くんと嶺亜を見て顔を真っ赤にした。 「ご…ごごごごごごごごごめんなさいパパ、嶺亜くん、そんなことになってるなんて想像だにしなかったから…うわあああああああああああああああああああ」 動揺した颯は体をマナーモードのように震わせたかと思うと岸くんの部屋で逆さになって回り始めた。颯の得意技らしいのだが… 「もう颯…。これねえ、颯が動揺したり不安定になったりした時癖でやっちゃうのぉ。えんえん回り続けるからぁ…多分一晩中やってるよぉ」 嶺亜が呆れ気味に呟いた。 その晩、恵からの暴行はなかったが岸くんは颯が回り続ける横で嶺亜に添い寝というなんともシュールな夜を過ごしたのであった。 つづく
ああああああまたしても心温まる話をありがとう作者さん! 栗ちゃんいいお兄ちゃんだね…お肉屋さん似合うよそりゃ店主も可愛がるよ! 颯くんんんんんんん! パパにお願いって何だったんだい!?
谷栗ほわぁぁぁぁ!!
作者さんありがとう。毎日楽しみです!どんな状況でもぶれない末っ子がツボです。・・颯くんのお願いが気になる!
188 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/04(月) 00:29:39.40 O
第五話 岸くんはケンタッキーにいる。ショコラパルフェをちびちび食べていると待ち合わせの相手が来た。彼はクリスピーチキンとコーラフロートを注文して岸くんのいる席にやってくる。 「ごめんね、待った?」 「いや…。今日はなんの講義あるの?」 待ち合わせの相手…岩橋玄樹は大学の英文学部に通う高校時代の同級生である。野球が好きで将来はアメリカに行きたいちょっと気弱な腹痛持ちで胃腸薬を常備している。 「そうだ、岸くん、あのさ今度の土曜日とか暇かな?大学の野球サークルの練習試合があって…。僕も二軍ながらに試合に出ることになって良かったら観に来てくれる?」 「え、そうなの?すごいじゃん。行く行く。野球観戦なんか久しぶりだな〜」 岸くんも中学時代は野球部だった。丸刈りで汗だくで走ったあの頃が思い出される。 「ちょっと球場が遠いんだけど…岸くんが観に来てくれるならがんばれそうだよ。じゃあ約束だよ」 岩橋は笑顔だった。彼は中学時代いじめにあって不登校気味で、なんとか高校に進学したもののそこでもなかなか馴染めず孤立していた。 二年生になって岸くんが同じクラスになって話しかけてみたらいい奴で、不思議と馬が合った。最初は人見知りでなかなか目を見て話してくれなかったが卒業する頃には明るくなって自信も取り戻して大学受験も成功した。 岸くんも就職祝いにネクタイをもらったり、亡き妻に片想いをしていた頃色々と相談に乗ってもらったことがあり、大切な友人である。 「おう。じゃあがんばれよ。期待してるから。ホームラン頼むよ!」 「うん…がんばるよ。晴れるといいな…」 二人で窓の外を見上げると、秋の青空が広がっていた。 「パパおかえりなさぁい。今日はオムライスだよぉ」 相変わらず可愛さを撒き散らしながら長男・嶺亜が岸くんの帰りを出迎えてくれる。父親も悪いもんじゃないな…と鼻の下を伸ばしかけていると恵がとび蹴りで出迎えてくる。 「てめこないだれいあに覆いかぶさってたって颯に聞いたぞ!!何しようとしてたんだこのセクハラ変態ジジイ!」 「ち、違う、あれは…」 しどろもどろで言い訳を始めると郁と颯がばたばたと駆け抜けて行く。 「腹減ったー!!いっただきまーす!!」 「いただきます!」 食べ盛りの中学生二人はあっという間にたいらげる。もっとも郁の場合は年齢は関係ないようである。隣の龍一のにも手を伸ばそうとしていた。その龍一は好き嫌いが多いからいつも嶺亜に怒られ、郁に食べてもらうというパターンを繰り返している。 「嶺亜、今度の日曜日は一日中模擬試験があるから弁当を作ってくれないか」 オムライスをもぐもぐやりながら挙武が言う。 「分かったぁ」 「おい恵、これ見てみ?ほら、すんげー巨乳!爆乳だな!」 「おお、すっげー!!」 勇太と恵は雑誌のグラビアを見ながら沸き立っている。賑やかな食卓で、颯が岸くんに言った。
189 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:31:05.05 O
「パパ、今度の土曜日は空いてる?」 「土曜日?あ、えっと高校ん時の同級生の野球の試合観に行くんだ。一緒に行く?」 何気なく誘うとしかし颯は少し残念そうな目をした。 「そっか…友達の野球の試合…」 「ん?どうしたの?」 「土曜日、颯達は体育祭だろう?」 挙武が問いかける。郁と龍一は頷いた。そして颯は沈んだ声で呟く。 「中学最後の体育祭だから…パパに来てほしくて…。ママは結局一回も来てくれなかったから…」 「颯はねぇ陸上部だから体育祭ではスターなんだよねぇ」 嶺亜が自慢げに岸くんに説明した。 「去年颯のクラスはそれまで最下位だったんだけどぉ最後のリレーで一位になって総合で二位にまでなったんだよねぇ。リレーのアンカーが颯で3人抜きして一位になったんだよかっこ良かったねぇ。ちなみに僕は応援団でチアリーダーやったんだよぉ」 嶺亜のチアリーダー…さぞかし可愛いんだろうな…と岸くんは涎をこぼしかける。 「おめー中学生にもなって親に来てほしいとか言ってんじゃねーよ!しかもこんなパパってネタにしか思われねーだろギャハハハハハハハハ!」 「そうそ。フツーは「来んな!」だよなー。でも俺ら7人もいたし小学生の時だってママが来なくても全然平気だったじゃん」 恵と勇太が茶化す。だが颯の表情は冴えない。 「パパが予定があるなら仕方ないよね。パパにだって付き合いがあるし、俺が我儘言うわけには…」 颯は溜息をつく。一人どよ〜んと暗くなり、龍一より暗黒に染まっていた。 岸くんは罪悪感に似たものが芽生え始める。颯は兄弟の中で一番健全な形で自分に懐いてくれている可愛い息子だ。その息子の期待に応えないでどうして父親と胸を張って言えようか。これはやはりなんとかするべきでは… 「分かった颯。友達の試合途中まで見て体育祭行くよ。後半にも出番あるんだろ?」 颯の顔が輝いた。 「うん!えっと…後半は綱引きと走り幅跳びとリレーと…最後の組体操!」 「ちなみに俺は100M走とハリケーンと応援合戦に出るぜ!」 郁がデザートのみかんをまるごと口に放り込みながら言った。 「そっか。龍一は何に出るの?」 岸くんが尋ねると龍一はぼそっと下を向いて答えた。 「…借り物競走…」 全員が爆笑する。あまりにも龍一らしい競技にみんな腹を抱えた。龍一は顔をひきつらせて親指と人差し指を交互にくっつけて交差させる。嫌なことがあった時に逃避の術として身に付けた癖らしい。 「龍一と郁も颯と一緒に朝走ったらぁ?」 「え、颯朝走ってんの?」 岸くんはいつもギリギリまで寝てる(のびてる)から気がつかなかった。 「うん。部活引退したけどなまらないように。高校行っても陸上やりたいし、それに体育祭のリレーは今年短距離得意な奴がたくさんエントリーしてるから負けたくないんだ」 「颯のこういうところはまあ見習うべきだな皆」 挙武が食後のコーヒーをすすりながら言った。なるほどなあ…と岸くんは感心した。目標に向かってストイックにがんばる自慢の息子…きっと嶺奈も颯のことは誇りに思っていたに違いない、岸くんはそう思いながら土曜日が晴天になるようにてるてる坊主を作った。
190 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:32:32.98 O
岸くんのてるてる坊主が効いたのかどうかは分からないが、土曜日は雲一つない快晴になった。三人の中学生達は嶺亜がゼッケンを縫ってくれたジャージで登校する。 岸くんも岩橋の試合のある球場に向かった。電車で一時間半、試合は10時からだから12時前に中学校に向かえば後半の競技には間に合うだろう。 「来てくれてありがとう岸くん、僕の出番はね、5回裏からになったんだ。ちょっと待たせちゃうけど…」 「そうなんだ。悪いんだけどさ、息子の体育祭も観に行く約束してるから、途中で帰ることになるんだけど…」 「分かった。来てくれただけで心強いよ。僕もがんばるから」 岩橋はそう言ってメンバーのところへ駆けて行った。無意識にお腹を押さえているから緊張しているのだろう。 颯はがんばってるかな…郁はもう腹減らしてるんじゃないだろうか…龍一はちょっとはクラスメイトと打ち解けて行事を楽しんでるかな…。そんなことを思いながら観戦していると、ようやく5回が回ってくる。と同時に頬に冷たいものが当たった。 「あれ?」 見上げると、さっきまで雲一つなかった青空に途切れ途切れに厚い雲が覆っている。それを認識すると同時に叩きつけるような雨が降り注いだ。 「うわ!」 たまらず岸くんは屋根のある場所へ非難した。他の観客も同様で試合は一時中断された。 (やばいな…体育祭中止になってんじゃないだろうか…) 心配になり、先に応援に行ってる嶺亜と挙武に電話をかける。 「こっちは相変わらずの快晴で予定通り進んでる。今昼休み中で一緒に弁当を食べてるけどパパ、早く来てくれないと午後の競技に間に合わないぞ。颯が一番気合いの入れてるリレーは見てもらいたいって言ってたからできるだけ早く来てくれ」 挙武にそう言われ、岸くんはこのまま試合が再開されなければ岩橋に謝って中学校に向かおうと決意する。しかしそう思った頃天気は回復し始める。ゲリラ豪雨だったようだ。 グラウンドが整備され、ようやく試合が再開された頃にはもう12時を回っていた。そろそろ出なくては間に合わない。岩橋がマウンドに出て1回投げ切ったのを見届けてから岸くんはダッシュで球場を後にした。 (今から電車にのって全速力で向かえば多分間に合うはず…!間に合ってくれ…!) 祈るような気持ちで岸くんが電車に乗り込むと、それまで快調に進んでいた電車が急に徐行を始め、遂には停まってしまった。車内アナウンスが流れる。 「乗客の皆様にお知らせします、ただ今※※駅〜○○駅間の踏切に障害が発生しまして、点検と復旧作業のため電車を一時停止しております。お急ぎの皆さまには大変ご迷惑をおかけしますが、今暫くお待ち下さい」 「うそ…」 予想外のアクシデントに岸くんは涙目になる。 岸くんが中学校に到着したのは午後2時半だった。だがまだ体育祭は終了していない。丁度龍一の借り物競走の最中でありメモを持ちながら右往左往する龍一が見えた。 「あ、パパぁ」 嶺亜が手を振った。横に挙武もいる。勉強漬けの彼にしては珍しく観に来ていたのである。 「遅かったじゃないかパパ。何してたんだ?」 「ごめん。電車が止まって…颯のリレーはもう終わっちゃったよね?結局最後の組体操ぐらいしか観てやれないな…」 岸くんが残念な思いと共に呟くと嶺亜と挙武は気まずそうに顔を合わせた。 「それが…」
191 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:33:51.93 O
最後の組体操に颯はいなかった。 嶺亜と挙武の説明によると、颯はリレーのアンカーでそれまでチームは二位だった。颯にバトンが渡り、残り数十メートルのところで一位のチームの走者を捉え、追い越そうとしたのだ。 晴天で競技も後半だったこともありグラウンドの砂が渇いて滑りやすくなっていた。颯が抜かそうとした時…どちらも必死だったから決して故意ではない。故意ではないが一位のチームの走者が追い越されまいと必死にポジションをキープしようとした結果… 最後のカーブで、颯は転倒した。 すぐに起き上がって走りきったもののチームは4位になった。これが総合順位にそう影響しなかったものの、膝を擦り向いた颯は保健室に運ばれ、そのまま戻ってこなかった。 「怪我自体は大したことなさそうだったけど…颯の顔を見たら声がかけづらくて…。あんなにがんばってたのに…」 挙武は心配そうに呟いた。ドライな奴かと思っていたがこうして観に来ていることもあり、意外に弟思いなのかもしれない。 体育祭終了後、中学生組の帰宅を心配しながら待つと、颯は岸くんに苦笑いを向けた。 「パパごめんなさい。我儘言って来てくれたのにこんなことになって…」 「いや、そんなの全然いいんだよ。それより颯、怪我大丈夫か?」 「大丈夫。こんなの全然大したことないし。走って帰って来たくらいだから」 「ごめんな、もっと早く着けてたら…」 岸くんが謝ると、颯は首を振って笑う。 「ううん、むしろ遅れてくれて良かった。あんなかっこ悪いところパパに見られたら折角来てもらったのに申し訳ないから。ほんと、俺って肝心な時についてないから」 少し自嘲気味に颯は言った。案外気持ちの切り替えが早いのかもしれない。岸くんが励ましの言葉を考えていると、颯は「疲れちゃった」と言って自分の部屋で睡眠を取る、と言って二階に上がって行った。 「良かった…もっと落ち込んでると思ったけど…」 少し安堵しながら岸くんが呟くとしかし嶺亜を挙武は複雑そうな表情をした。 「颯はねぇ…皆の前であんまり弱音吐かないのぉ。多分、すごく悔しいはずだよぉ」 「あいつは本当に落ち込んだ時、逆にカラ元気を装うとするんだ。今がまさにそれだ」 二人の兄は颯の今の気持ちが分かっているようだった。岸くんはそれを聞いて、何か声をかけなければ…と二階に向かおうとして挙武に止められた。 「今の颯には励ましの言葉は逆効果だよパパ。一人で泣かせてやった方がいい。あいつは人前で絶対泣かないんだ。僕が覚えている限りであいつが泣いたのを見たのはママが死んだ時だけだ」 「…」 岸くんは階段の下で二階を見上げた。颯が一人、自分の部屋で悔し泣きをしているかと思うと胸が痛む。こんな時にただ放っておくしかできないなんて…
192 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:35:35.10 O
夕飯の時間になっても颯は降りてこなかった。嶺亜がドアの前で一度声をかけたけど返答がなかったから本当に寝ているのかもしれない。同室の龍一も気を遣ってリビングで勉強をしていた。 恵と勇太がバイトを終えて帰宅し、体育祭でのことを挙武から聞くと二人とも苦い表情をした。 「うわっちゃあ〜。あいつたまにこういうついてないとこあるよな…。真面目なだけに落ち込みようもすげーからな」 「夏の総体ん時もあと一歩で全国に届かなくてすんげー悔しいはずなのに笑って無理してよー。さすがの俺も茶化したり冗談で慰めるのは無理だったわ」 兄達の呟きを末っ子の郁は不思議そうに聞く。 「とりあえず飯食えばいいのに。腹減ってたらますます落ち込んじゃうじゃん」 「バーカ、おめーと違ってんな単純にできてねーんだよ颯は」 恵に小突かれて郁は反抗した 「キングオブ単細胞の恵兄ちゃんには言われたくねーよ!」 「んだとこのガキ!てめ生意気なんだよ!」 恵と郁が低次元な言い合いからの取っ組み合いをしていると颯がリビングに姿を現す。 「ごめん嶺亜くん、さっき起きたから…ご飯まだある?」 颯の眼は腫れていた。泣いていたことは一目瞭然だったが兄弟たちはそれに気づかぬ振りをしていつものように振る舞った。颯は食べ終わるとまた自分の部屋に上がっていく。その後ろ姿がなんだかひどく小さく見えて、岸くんは思わず声をかけた。 「颯、明日どっか行こうか。天気も良さそうだし海釣り公園とかさ」 「ありがとうパパ。でも、受験生だし勉強もしなくっちゃ…」 力ない笑顔を見せて颯は階段を昇って行く。岸くんはやりきれない思いがかけめぐる。 「颯はさ、なんであんなに無理するのかなあ…」 呟くと、それまで参考書を呼んでいた挙武がそれをパタンと閉じて岸くんに向き直った。 「あいつは小さい頃からそうなんだ。僕ら兄弟には物心つく前からもうママしかいなかったんだ。僕は優等生だったけど体が弱くてね。 四つ子の兄も龍一も学校ではけっこう先生の手を焼かす存在でママはそれにかかりっきりになってたし末っ子の郁が甘えただったから自分がこれ以上ママを煩わせるわけにいかないって思ってたんだろうな。だからああして辛い時にも自分だけで処理する癖がついたんだ」 「そんなの…辛いだろ。誰にも曝け出せないなんて…」 「曝け出さないんじゃない。あれが颯なりの表現なんだ。みんな分かってる。颯が辛いことは」 「そっか…」 納得しかけているとしかし挙武は言った。 「ママから『新しいパパができる』と聞いて、みんなびっくりしたし恵や勇太は怒ったけどあいつだけは喜んでた。どんなパパなのかってずっとその妄想を僕は聞かされてたよ…勉強したいのに。 だからあいつはもしかしたらママに言えなくてもパパには言えるかもって期待してたのかもしれないって今になって僕は思うんだ」 岸くんは思い返してみる。この家に初めて来た日、痴漢に間違われて警察に突き出されそうになるところを岸くんがこの家の主で嶺奈の夫であることに一番に気付いたのは颯だ。 会った次の日から自分に懐いてくれて、三者面談に行って感謝もしてくれて、体育祭も観に来てほしいとせがんでくれた。 岸くんが7人の父親になったことを最初に受け入れてくれたのは、多分颯だ。きっとそれまで出せなかった感情を岸くんには出してくれた。 だとしたら、自分にできることは… 岸くんは颯の部屋のドアを開けた。 「パパ…?」 颯は驚いた顔をしていた。慌てて袖で顔を拭ったから泣いていたのかもしれない。 「颯、ちょっと外行こう」 「え?外って…こんな時間なのに?」 「いいからいいから。早く。足のけがは擦り傷だけだよね?痛めてないよね?」 「え、う、うん…」
193 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:37:45.27 O
岸くんは近くの児童公園に颯を連れてきた。当たり前だが午後9時を過ぎているので誰も遊んでいない。 「颯がどんだけ足早いか俺知らないからさ、ちょっと俺と勝負して」 「勝負…?」 「手加減は一切なしでな。俺だって中学時代野球部だし、年上ってか父親としての意地があるから全力で走るからな!」 公園のグラウンドを一周、岸くんはインコース、颯はアウトコースでガチンコ勝負をした。岸くんとて足には多少自信がある。中学時代の野球部で鍛えたし、高校時代は新聞配達のバイトや朝寝坊で遅刻スレスレなことがしょっちゅうだったからそれなりに毎日走っていた。 だが勝負はものの数秒で決まってしまった。颯はすぐにアウトコースから岸くんを抜かし、そのままぶっちぎった。中学生とはいえやはり本家の陸上部の脚力にはかなうはずもない。 息を弾ませて、座りこみながら岸くんは颯の足をぽん、と叩いた。 「凄いじゃん颯、まさかこんな早いなんて思わなかった…」 颯は息を整えながら、岸くんの隣に座った。 「こんなに早いのに…グラウンドがもっと整ってたらこけやしなかったのに、悔しいよな…」 岸くんは颯の頭に手を置いた。 「俺も悔しいよ。電車が止まらなければちゃんと見てやれたのに。こけた時一緒に悔しがってやれたのに…」 「…パパ、俺…」 言いかけて、颯の言葉が止まった。 横を見やると、颯の目から次々と涙が零れおちていた。 「悔しかったんだ…!最後の体育祭だし、絶対優勝したかったし、俺がこけなかったらクラスは一位になれてたかもしんないのに…なんであんなとこでこけちゃうんだろうって…。 カーブじゃないところで抜かそうとすれば良かったのかもしれないとか…後悔ばっかりが…」 「うん…」 岸くんは黙って聞いた。 「いっぱい走り込みもして、ベストコンディションだったし、絶対いけるって思ったのに…!あんなにがんばったのに…!」 それから颯の言葉は途切れ、彼は声をあげて泣いた。どれくらいの間そうしていたかは分からないが岸くんはその間ずっと颯の肩を抱いて彼の感情の吐露を受け留めた。 「やなことがあった時とか、悔しい時とか、もっと颯は出していいんだよ。俺なんかみっともないくらい泣いちゃうことばっかだし…。俺に言いにくい時は四つ子や龍一、それに郁もいるから。我慢することなんてなんにもないよ、颯」 岸くんが帰り道、そう言うと颯は頷いた。そして涙を拭うと 「パパ、俺高校でも陸上部に入る。だからまた明日から走りこみ始めるよ。受験勉強も頑張る。だからお願いがあるんだ…」 「ん?何?」 「試合があったら観に来てよ、パパ」 颯は笑っていた。岸くんは頷く。 「分かった。約束する」 岸くんは颯と指きりをした。そして家に戻ると相変わらず騒がしくて、でも皆はどこかほっとしたような顔をしていた。
194 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 00:40:35.66 O
「颯はさ、真面目なのがいいとこだけど、真面目すぎるところがちょっと短所だよな。だけどあいつが素直でいい奴なのは嶺奈譲りかなあ…」 岸くんは妻の遺影に話しかける。一人で7人もの子どもを育てた彼女の苦労が少しだけ岸くんにも分かってきた。つきあってる頃の彼女はそんなそ素振りは一切見せなかったが… 岸くんが一日の終わりの習慣を終え、さあ寝ようという時、ドアが開く。パジャマ姿の嶺亜がドアの隙間から顔を出した。今日は水玉模様だ。 「嶺亜…えっと…」 岸くんはまたしても心臓が早鐘を打つ。さあ来た、嶺亜の魅惑の誘惑タイムだ。目下のところ全戦全敗の岸くんには今日こそ理性が飛んでやっちゃうかもしれない恐怖との闘い。ああ、でももうすでに血液の温度が上昇気味… 「パパぁ、あのねぇ…」 天使の微笑みを湛えながら嶺亜は岸くんに歩み寄ってくる。早くも白旗を上げたい気分だ。 嶺亜は岸くんに抱きつくとほっぺにキスをした。柔らかい唇の感触が頬に伝うと理性は弾け飛ぶ。これまでの最速であった。本日も敗北決定。もう抑えきれない衝動が岸くんの全身を包んだ。 「れ…!」 岸くんが嶺亜をベッドに押し倒そうとすると、嶺亜はするりと岸くんの腕からすり抜けて行った。 「…嶺亜?」 「パパごめんなさぁい。今日だけは颯に譲ることにしたぁ」 「へ?」 嶺亜はそう言って部屋を出て行く。それと入れ替わるようにして颯が枕を抱えてもじもじと入ってきた。 「パ…パパ、ごめんなさい、折角の嶺亜くんとの時間を…しかもこんな子どもみたいなお願い事とか恥ずかしいんだけど…でも…」 「颯…?」 「今日は俺と一緒に寝てほしいんだ…」 颯の顔は真っ赤だった。それが妙におかしくて、可愛くて、岸くんは吹きだした。 「あ、パパ、なんで笑うんだよ…」 「ごめん、なんかおかしくて…。俺より体格がいいのにやっぱ子どもなんだなって…」 「そうだよ、俺はパパの息子だもん、子どもだよ。そんな当たり前のことでなんで笑うの?」 颯は不思議そうな顔をする。それがまたおかしくて岸くんは声を出して笑い転げた。 「ごめんごめん、さ、寝よっか。明日はどこ行こうかなあ。晴れそうだもんなあ」 「パパ、俺行きたいところがあるんだ。こないだクラスの子が行ってきたって聞いて行きたくなって…」 岸くんは颯と二時間近くベッドの中で話をし、心地のいい眠りについた。それはこの家に来て初めての安眠だったかもしれない… つづく
作者さああああああああん乙乙乙! 颯くんいい子だね…パパとの絆深まっててよかったね… 岸くんもいいパパしてるじゃないか!みんないいお兄ちゃんじゃないか! だがしかしれあたんとやたらいい感じじゃないか岸くんけしからん!
196 :
ユーは名無しネ :2013/03/04(月) 17:23:40.09 0
規制かかっててかきこみできなかった・・・ 作者さんいつも素敵な作品をありがとう! みんないいお兄ちゃんで胸が熱い
神7は意外と家族モノ合いますなあ 颯くんけなげやーホロリとなった しかし四つ子と双子だったのか…嶺奈さんすげえw
198 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/05(火) 22:53:14.04 O
第六話 岸くんはデパ地下に買い物に来ていた。嶺亜に誘われて、荷物持ち兼デートのようなものを楽しんでいる。 「パパぁ、これおいしそぉ。買って帰ろぉ」 嶺亜はきゃっきゃとはしゃぎながら岸くんの腕をひっぱる。まるで嶺奈が生きていた頃のデートのようだ。岸くんは顔が緩みっぱなしである。 昨晩、郁が「明日はステーキが食べたい」とだだをこねたが挙武に一蹴され、「お前はカロリー取り過ぎだから肉ではなく魚を食え」とたしなめられていた。なので手巻き寿司にしようという結論に達しこうしてデパ地下にやって来たのである。 「パパお腹すいたぁ。何か食べよぉ」 デパ地下を出ると嶺亜が甘えてくる。岸くんには二つ返事以外の選択肢はない。サブウェイに入ろうとしたところでばったりと知人に会った。 「岸くん?」 「あ…岩橋!」 岩橋が野球の道具を抱えてサブウェイから出てきた。サークルの帰りに昼食をここで済ませたらしい。 「パパの友達ぃ?」 嶺亜が岸くんに訊ねると岩橋は「あ」と思いだしたように手を叩いた。 「そうか、どこかで見たような気がしたと思ったら…亡くなった奥さんの…」 「そう。この子は長男の嶺亜」 岸くんは嶺亜を岩橋に紹介した後、嶺亜にも岩橋を紹介した。 「高校の時の同級生で、岩橋玄樹くんだよ。色々相談にも乗ってもらってて…親友なんだ」 「かっこいいぃ…優しそぉ」 嶺亜が見つめると、岩橋は照れたように視線を逸らした。顔が赤くなりかけている。それを察知すると岸くんは無意識に嶺亜の前に踊り出て岩橋に先を促した。 「サークルご苦労さん。また試合観に行くから。んじゃまたね」 「あ…うん。じゃあまた」 岩橋は手を振って駅へと向かって行った。その背中を見つめながら嶺亜は岸くんに言った。 「パパの友達かっこいいねぇ。あの人彼女とかいるのぉ?」 「え?なんで?…興味あるの?」 岸くんは少し焦りにも似た感情がかけめぐる。嶺亜は岩橋を気に入ったのだろうか。確かに岩橋は顔もいいし優しいから本人がその気になればすぐに彼女ができるだろう。今のところまだ本人にその気はないようだが… こういうのなんていうんだろう…嫉妬?いや違う?娘に彼氏なんか作ってほしくない父親の心境かな…そうなのかな… 岸くんが己に芽生えた感情を整理しようとしていると嶺亜が袖を引っ張った。 「ううん、ちょっとかっこいいなぁって思っただけぇ。パパ早く食べよぉ」 それから岸くんは嶺亜とサブウェイでターキーブレストを食べて帰った。
199 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 22:54:35.43 O
今日の夕飯はデパ地下で買った刺身で手巻き寿司だ。岸くんも休みの日は少し家事を手伝っている。刺身包丁で丁寧に切り落とす作業に集中している。 「パパ上手ぅ」 嶺亜の顔が至近距離にくると、途端に集中が切れて手元が狂い、指先が切れる。 「いてっ!」 「あ、パパ大丈夫ぅ」 岸くんの指先を嶺亜が舐める。岸くんの心臓は跳躍した。 だがその甘美な喜びに浸ることは許されなかった。リビングからごみ箱が飛んできて岸くんの後頭部に当たる。 「デレデレしてんじゃねー!!エロオヤジ!!」 恵が投げ付けたのだった。丁度リビングにやってきた挙武がやれやれと肩をすくめる。 「毎度毎度懲りないなパパ。学習能力というものがないんだな」 皮肉屋の四男はしかしテストが近いからか少し不安定である。 「挙武はぁテストが近いとイライラして凄い物音に敏感になるから気をつけてねぇ」 嶺亜が教えてくれたがそもそも7人兄弟で静かな環境を望むのは無理があるだろう…と思う。 「前の家の時は大変だった。3DKに8人住まいだ。塾が自習教室を解放してくれなかったら僕は気が狂っていただろうな。そういう意味で一人部屋をこさえてくれたパパには感謝してるよ」 手巻き寿司をもぐもぐやりながら挙武が呟く。それはそれは…と岸くんが同情していると勇太が自慢げに言う。 「こいつに塾行かすために俺と恵が新聞配達のバイトして援助したんだぜ!自分も受験生であるにもかかわらず!なんつー弟思いの兄貴だ!そう思うだろパパ!」 「へえ…」 美しき兄弟愛に岸くんが感心していると挙武が溜息をつく。 「そこまでしてもらったのに僕は第一志望を落ちた。だから大学受験だけはなんとしても失敗するわけにはいかないんだ」 「でもよー、挙武おめーの高校は私立でトップクラスなんだろ。俺らに比べりゃマシマシ!」 恵が納豆巻きをかじりながら挙武の肩を叩く。そりゃあ恵、お前に比べれば誰でも…と岸くんは思ったが口に出すのはよした。 「私立なんて本来行く予定じゃなかった。たまたま入試の成績が良くて特進クラスに入れたから入学金が免除になったのと奨学金制度のある学校だったから行けたんであってそうでなければ僕は中卒で働くところだった」 挙武は自嘲気味に呟く。そして食べ終わるとすぐに自室に戻って行った。 「大丈夫かよあいつ、あんな根つめて。また体調崩さなきゃいいけどな」 勇太が郁といくらを取り合いしながら呟いた。颯も心配そうに頷く 「挙武くんはああ見えて体があんまり丈夫じゃないんだ。季節の変わり目とか冬とかよく体調崩すし。高校の入試だってインフルエンザに罹らなきゃ合格してたよね」 「あいつはちっちゃい頃もよくカゼだのなんだの罹ったり入院したりしてたからなー。それで本読んで勉強する習慣がついたらしいけどよー!俺なんかカゼほとんどひいたことないぜ!ぎゃははははは!」 「それはアホだからだな…」 岸くんは今度は声に出してしまった。頭の中で思うだけのはずなのに油断して口にしてしまった。 当然の如く岸くんは恵から蹴りを喰らった。
200 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 22:55:45.56 O
「あ、これパパの高校の時の写真だぁ。可愛い〜パパぁ」 嶺亜は岸くんの部屋のベッドで寝転がりながらアルバムを見ている。無防備なその姿に岸くんは落ち着かない。 「あ、これ今日会った人だぁ。えっとぉ玄樹くんだっけぇ」 嶺亜は岸くんと岩橋の写った写真を指差した。修学旅行の時の写真である。興味津々で見ている。 「玄樹くんも働いてるのぉ?」 なんで「玄樹くん」呼びなんだろう…と岸くんは疑問に思ったがそれを押し殺して答える。 「いや、岩橋は大学生だよ。この近くで独り暮らししてるんだ」 「ふぅ〜ん、そうなんだぁ…じゃあ一度この家に招待してご飯とか食べて行ってもらおっかぁ。ねぇパパぁ?」 「え、な、なんで…?」 なんでそんなに岩橋に積極的になるんだろう。岸くんは精神不安定からの涙目になる。もしかしてもしかして嶺亜は岩橋のこと… 「パパどうしたのぉ?あ、もしかしてぇパパやきもち妬いてんのぉ?」 嶺亜がにっこりしながらにじり寄ってくる。岸くんはしどろもどろで言い訳しようと試みた。 「い、いや、それはやっぱり父親としてその…心配っていうかそのえっと…」 「心配しなくてもぉ僕が一番好きなのはパパだよぉ」 うる瞳の上目遣いの威力の凄まじいこと凄まじいこと。岸くんは気がつけばベッドに嶺亜を押し倒していた。我ながら無意識すぎて怖い。我に返って焦ったが嶺亜はすっかりその気になってしまった。 「パパ最近積極的ぃ…今日こそ邪魔されずにぃ最後まで行けるかなぁ…」 「あああああ違う違う!!恵が来る!!枇杷の木の下に埋められる!!ごめんなさいいいいいいいい」 声を出すことで自己を保とうと岸くんは全身に汗をかきながら努めたがドアがバン!と乱暴に開く。ああお約束の恵ご登場からの家庭内暴力地獄が… と思ったらいつまでたってもとび蹴りが飛んで来ない。岸くんは目を開けた。 「…あれ?挙武…?」 そこには血走った目をヘッドライトのようにぎょろつかせた鬼のような形相の挙武がいた。 「ど、どうした…?」 挙武は大きく息を吸い込んだ。そして… 「人が必死こいて勉強しているというのに可愛い息子とニャンニャンお戯れとはいい御身分だなパパ!!!頼むから雑音を押さえて静かにしてくれないか!!!?こちとら一瞬でも気を抜けば成績ガタ落ちな進学校にいるもんでね!!家族の理解と協力が必要なんだよ!!!!!」 「は…はい…ごめんなさい…以後気をつけます…」 凄まじい剣幕に岸くんはたじろいた。あまりの恐ろしさにちびりそうになる。挙武が去った後、嶺亜がしゅんとしながら 「ごめんなさいパパぁ。この部屋挙武の部屋から一番遠いしぃ…大丈夫かと思ったんだけどぉ…なんかいつにも増して挙武の神経ピリピリしてるみたい…」 岸くん達だけでなくリビングでゲームをして盛りあがっていた恵と勇太と郁も挙武から叱責を喰らい、挙武の隣の部屋の颯と龍一は忍び足で、ドアを閉める際も音をたてずに完全無音生活を余儀なくされていた。 「…多分、一学期の成績があんま良くなかったんだよあいつ…。中学と違って周りは皆頭いい奴ばっかだからな…予備校も家庭教師もつけないで独学で勉強してるから限界があるのかもしれん…」 勇太が小声で囁いた。 「挙武くん、大学受験は指定校推薦で決めたいって言ってた…。高校受験の時体調崩して不合格になってるから確実な方法を選んでるって…でもそれには一年生からの成績が大きく関わってくるから大事なんだって…」 「とにかく、あいつのテスト期間が終わるまでの辛抱だ…」 皆溜息をつきながら挙武のテスト期間終了をひたすら待った。そしてその前日…
201 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 22:56:52.95 O
「挙武くん駄目だって!そんな状態で学校に行くなんて無理だよ!」 颯が廊下で這いつくばっている挙武を抱き起そうとする。が、手を払われた。 「触るな…うつってもいいのか…?僕のことは心配するな…」 「挙武どうしたんだ!?」 岸くんが駆け寄ると挙武は脂汗を浮かせながら答える。 「なんでもない…ちょっと…腹が痛いのと下痢と嘔吐が夜通し続いただけだ…おかげで勉強が…」 「なんだって!?」 挙武のおでこを触るとひどく熱かった。これはただごとではない。岸くんは会社に連絡して遅刻願いを出し、挙武を近所の内科に無理矢理連れて行った。 「胃腸カゼの一種ですね。この時期流行りですから…。睡眠時間が減ると免疫力も低下しますから、薬を飲んで安静にしてよく寝てください。家族の方にもうつる危険があるので十分注意を」 挙武はその日学校を休むことになった。薬を飲ませ、寝付いたのを確かめて岸くんは出勤したが帰宅してみると龍一も学校で嘔吐して早退したらしく、二人分のお粥を嶺亜は作っていた。 明日からは挙武の学校ではテスト期間になる。だがしかしこんな状態でまともに受けられるとは思えない。が、少しでも体調を回復させたら挽回はできるかもしれない。岸くんが薬を持って挙武の部屋を訪れると… 「挙武何やってんだ!寝てなくちゃダメじゃないか!」 挙武はお腹を押さえながら机に向かって勉強をしていた。顔色は真っ青で額に汗が浮いている。 「うるさいな…大声はこたえるから静かに頼む…もう今日しかないんだ…頼むから邪魔しないでくれ…」 途切れ途切れに挙武はそう声を絞り出していた。 「こんな状態でやったって頭に入るわけがない。それより少しでも治して挑んだ方が…」 「そんな余裕はない…一分一秒でも机に向かわなきゃ…不安で…うっ!」 挙武はばたばたと洗面所までかけこむと嘔吐した。回復どころか悪化している。まさか、岸くんが出勤した後も勉強してたんじゃ… 「おい挙武!何やってんだお前寝てなきゃダメだろ!」 勇太が血相を変えて駆け付ける。その後ろで恵も同じようにたしなめた。 「おい風邪甘くみんなよ!つーか皆にうつるから安静にしとけ!」 皆にかかえられて挙武はベッドに寝せられた。だが体調は悪化の一途をたどる。挙武は立てなくなり、テスト当日、欠席することになった。 岸くんが心配して追試が設けられるかどうか学校に訊ねたところ、追試はあるが例え満点を取っても赤点は免れるだけであってやはりトータル的に二学期の成績に影響してしまうとのことだった。 挙武の体調は三日経ってようやく回復の兆しを見せた。だが肉体的なものより精神的な状態が深刻化し始める。抜け殻のようになった挙武は部屋に引き籠って出て来なくなった。
202 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 22:58:45.72 O
「挙武、いいか?入るぞ」 岸くんがノックして挙武の部屋に入ると彼はベッドに横たわっていた。岸くんを一瞥だけして目を伏せる。 「そんな落ち込むなよ、まだ一年だし、全然挽回できるし、指定校推薦がダメでも一般入試があるし大学なんていっぱいあるんだから選択肢は色々あるから…って俺は大学受験してないからあんまり偉そうなこと言えないけどさ」 挙武は返事をしない。死んだような眼をしてただ溜息だけを漏らしていた。 「あんな体調なのに勉強しようとしたくらいの根性の持ち主なんだから大学受験は大丈夫だと思うよ。だから…」 「もういい」 挙武は岸くんの言葉を遮った。 「もういいよ、パパ。心配かけてすまない。これから僕もバイトをする。幸いにも奨学金は留年でもしない限り三年間保証されているからせめて赤点だけは取らないようにはするよ。高校はちゃんと卒業する」 挙武は起き上がった。そして下唇を噛むとこう呟いた。 「もうこれ以上、兄弟達に負担を強いるわけにはいかない」 「そんな…負担だなんて誰も思ってないだろ。恵と勇太はむしろバイトを楽しんでるし、嶺亜だって家事は楽しいって…」 「颯が…」 挙武は拳を震わせた。 「颯が昨日、僕の部屋に来てこう言ったんだ。『俺が新聞配達のバイトをするから、そのお金で挙武君予備校に行きなよ。そしたら自分でやるより成績上がるから』って…。 あいつは受験生なんだぞ?この上颯にまで負担をかけて、その結果また受験に失敗したら僕はもうこの家のお荷物以外の何ものでもない。そんなことできるわけがない…」 「挙武、それは違うよ…お荷物だなんて誰も…」 「違わないよ。龍一は同じような環境で僕よりも成績がいいし、あいつは僕みたいに受験に失敗なんてしないだろうから、僕はこれからあいつを支えればいい。その方がよっぽど気が楽だ。逃げだと思われるかもしれないけど、僕はもう自分に自信が持てない」 「挙武…」 岸くんは次の言葉が出てこない。自信を失った息子をどうしたら立ち直らせることができるのか、考えるけれど分からない。挙武の抱える痛みは岸くんには本当の意味で理解してあげられないだろう。何を言っても空虚な励ましになるだけだ。 時間だけが薬になるのだろうか…だけどこのままだと挙武はもう… そんなことを思い、胸を痛めていると後ろから声が響いた。
203 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 23:00:05.71 O
「おいおいおい、さっきから黙って聞いてりゃよ…」 岸くんは後ろを振り返る。そこには勇太と恵、そして嶺亜がいた。 勇太は一歩近づいて部屋の中に入った。 「おい挙武、俺達がお前のこといつお荷物だなんて言った?あ?誰もお前に絶対受験合格しろよなんて強いてないだろうがよ!お前が受かろうが落ちようが俺達には今すぐに影響ねーしよ」 「そーだぞおめー!俺がバイトすんのはその金でゲームとか漫画買ったりできるからだし!中学ん時はゲームしてたらおめーがうるせーうるせー文句言うから塾行ってもらえりゃその間誰にも文句言われずゲームできっからだよ!自分のためにバイトしてんだよ俺は!」 恵がまくしたてる。嶺亜もそれに続いた。 「あのねぇ…挙武がいないと家計簿の計算とか郁のカロリー計算とかどこで何が安く売ってるか把握してくれる人がいなくて僕の負担倍増なのぉ。それに挙武までバイトしちゃったらいざという時人手が足りなくなるじゃん。 颯は部活行ってたり走りこみ行ってていないことが多いしぃ郁は遊びに行ってるしぃ龍一だけじゃ頼りないのぉ」 「そーだぞおめー!!俺の留守中にエロオヤジがれいあに手ぇ出そうとするのを阻止するっつー重大な役目がおめーにはあんだよ!龍一なんか当てになんねーよ。あいつ、なんかしんねえけどエロオヤジの言うことちゃんと聞くようになってっし!」 「とにかく挙武、お前は今のままでいいんだよ!人にはな、適材適所ってもんがあんだよ。俺らが今更大学受験に向けて勉強しろってのが無理なようにお前に今更バイトしろってのが無理な話だよ。 いーから何も考えず勉強しとけ。お前はちょっと偉そうに『家事労働ご苦労』っつって上から目線で労ってるぐらいがちょーどいいんだよ」 三人が一気にまくしたてると、挙武はぽかんと口を開けた。岸くんもそれに続いた。 「そうだよ挙武。それにお前は俺より父親らしいじゃないか…。郁は俺よりお前の言うことを良く聞くし、光熱費の概算とかお前がいなきゃうちはとっくに破産してる。綺麗好きで色んなところに気がつくし、この家の大黒柱だよ、お前は」 挙武の顔がくしゃっと歪んだかと思うと彼はがばっと蒲団を被った。 「おい、挙武…」 岸くんが声をかけると蒲団の中から震えた声が聞こえてくる。 「うるさいなもう…ひと眠りしたら勉強を再開するから速やかに出て行け…言っとくけどこの追試の結果が悪かったら赤点に限りなく近づくから僕は死に物狂いでやるからな…物音一つ立てるんじゃないぞ…」 そして鼻をすする音が聞こえてきた。その小さな音で岸くんはもう挙武が立ち直りかけていることを確信しする。それは三人も同じようで安心したような顔をしてひきあげた。
204 :
ユーは名無しネ :2013/03/05(火) 23:01:56.58 O
「…挙武は神経質だし自分勝手で上から目線なところがあるけど本当は繊細な奴なんだな。兄弟思いだし皆があいつのこと頼りにしてるのが分かるよ。最初の印象はちょっと鼻持ちならない奴だと思ったけどね。嶺奈ももしかしたら挙武には頭があがらなかったんじゃない?」 岸くんは美しい妻の遺影に手を合わせる。息子達は皆タイプが全然違っていてそれぞれ抱える悩みや感じ方が違う。亡き妻は息子達とどう接していたのだろう…なんとなくそんなことを思った。。 岸くんがしんみりしているとドアがノックされる。嶺亜かと思ったらそうではない、挙武だった。 挙武は腕を組んで岸くんの手に持つ嶺奈の遺影をじっと見た。 「この度は迷惑をかけたね、パパ」 挙武は言った。 「愛する妻に先立たれて、赤の他人が7人も息子として家に転がり込んで来て毎度お騒がせしてしまって心中察する。僕ならとても耐えられるとは思えない」 「いや、そんな…そりゃまあ最初はびっくりしたけど…嶺奈の大事な息子達だし」 「パパはママのことを愛していたんだな」 確信しきった口調で挙武は問う。岸くんは頷く。 「そうか。ならこれはせめてもの僕のお詫びの印だ。今夜はママを思い出しながら悦しむといい」 良く分からないことを言いながら挙武は部屋の外に視線をやり、指を鳴らした。 「嶺亜、入れ」 「はぁい」 ごきげんな声で部屋に飛び込んで来た嶺亜を見て岸くんは腰を抜かした。 「ママの遺品の中にまぎれていたんだ。とうに30を過ぎているのに何の為に取っておいたのかは知らないがな。嶺亜も一度着てみたいと言ったし丁度いいだろう」 嶺亜はセーラー服に身を包んでいた。岸くんは感激と感動で全身から汁が出そうになる。 妻は年上だったし岸くんも高校を卒業した後だったから制服デートというものが叶わずに過ぎて行ったことが学生時代の心残りだった。 一度妻に付き合っている頃着てみてほしいとお願いしようとしたことがあったがコスプレを強いて嫌われたら元も子もないから岸くんは自重したのだった。それがこんな形で実現するなんて… 「あああ挙武…なんて親孝行な息子なんだお前は…素晴らしい…ファンタスティック…!!!」 岸くんは昂ぶるあまりガタガタと震えた。 「それじゃあパパ、嶺亜、グッドナイト」 「おやすみ挙武ぅ」 颯爽と挙武が去って行くと嶺亜はにっこりと岸くんに微笑んだ。ハイ理性崩壊。だんだん耐性がなくなっていくような気がするよ嶺奈… 「パパぁ、好きにしてぇ」 もちろんです。もうそれはそれはめくるめく官能の世界に誘いましょう。あんなことやこんなことを思う存分… 「れ…!」 岸くんが獣のように嶺亜に襲いかかろうとしたその時… 「嶺亜兄ちゃん腹減った!夜食作ってよ俺も明日からテストで徹夜で勉強するから!」 郁が遠慮なしに飛び込んできた。義理の父が女装した兄に襲いかかるというこの異常事態にも彼は颯と違って眉ひとつ動かさず至って普段どおりに食いものをせがむ。あまりにもしつこいため嶺亜が折れてキッチンへと降りて行った。今夜もおあずけのようである。 岸くんは涙目で不貞腐れながら眠りについたのだった。せめて夢の中だけでも…と思ったがその日の夢は恵に枇杷の木の下に埋められて身動きがとれないという悪夢だった。 つづく
岸くんがれあたんを好きにできる日は来るのか… この一人一人ピックアップする感じ初期みたいで懐かしいな 感想書きたくても規制で書けない人多そうで悔しいね
規制大変すぎる やっと書き込めた… 作者さん乙です! 昔懐かしい雰囲気ですごく面白い
兄弟がれあたんを夜のお供に差し出してくるのが面白すぎるw そのときの岸くんのデレデレした顔をリアルで見てみたい…
やっと規制終わったよおおおお 最初からずっと見てました 乙です
ハートフルな物語ありがとう 嶺亜と結ばれる日がくるといいね岸くん
玄樹くんとれあたんも気になるよぉぉぉ
今月号の雑誌で同じようなネタが出ててビックリ ご飯も作ってくれて長女扱いなれあたん(オプションCAコスチュ-ム)ドンピシャすぎてわろた
212 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/08(金) 00:21:48.13 O
第7話 岸くんはロッテリアにいる。ふるポテをちびちびやっていると待ち合わせの相手が来る。毎度おなじみ親友の岩橋玄樹だ。彼はチョコバーガーを試したいと注文しに行った。 岩橋は独り暮らしのため朝食をいつも外食で済ませる。岸くんも独身時代(といっても三カ月しかなかったが)の名残でそれに付き合っているのだ。 「岸くんは凄いよね。ついこないだまで一緒に高校生やってたのに就職、結婚、子育てって…僕より大分先に行っちゃったって気がする。僕はまだ恋人もできないのに…」 岩橋は溜息をつきながら呟く。 「作ればいいのに。岩橋、顔可愛いし、優しいし、野球やってるし大学の女の子からもモテるでしょ?」 「僕はまだ女の子とは目も合わせられなくて…こんなんじゃいつ出来るのやら…」 岩橋がどんどん暗くなりかけていると岸くんの電話がなる。嶺亜からだった。 「もしもし?え?そうだっけ?…あ、ほんとだ、やばい!どうしよう…!え?ああうん駅前のロッテリアにいる。え、いいの?ありがとう嶺亜!」 「どうしたの?」 「財布をリビングに置きっぱなしにしちゃってて…今日締め切りの払い込みがあるし帰りに買い物も頼まれてるから…今から持ってきてくれるって」 10分後、嶺亜がロッテリアに到着した。彼は岩橋を見てにっこり笑って会釈した。 「はいパパぁ。忘れちゃダメだよぉ」 「あ。ありがと。ごめんね嶺亜」 財布を受け取ると、嶺亜が岩橋に向き直る。そしてよそいきの声で、 「良かったらぁ今度うちにご飯食べに来ませんかぁ?」 「え…いいの?」 岩橋は目を見開いた。 「どうぞどうぞぉ。騒がしい家ですけどぉ。ちなみに何が好きですかぁ?」 「え、ちょ、ちょっとちょっと嶺亜…」 岸くんが間に入ると嶺亜は時計を見た。 「あ、もう電車乗らなきゃぁ。じゃあパパとメニューと日時決めて下さいねぇ。待ってますぅ」 とだけ言って登校して行った。ふと岸くんが岩橋を見やると彼はほうっと溜息をついてこう呟いた。 「ほんとに可愛いね、息子さん…。嶺亜くん、だっけ」 「ダメ!岩橋ダメだよ!嶺亜は息子で男なんだから!絶対ダメだから!」 岸くんが汗をかきながらそうまくしたてると岩橋はきょとん、とした後笑った。 「なんか…本当に父親みたいだよね、岸くん…。娘に手を出させまいとするお父さんみたい…」
213 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:22:59.59 O
岸くんは中学校に向かっている。郁の三者面談が入ったのだ。幸いにも勤務を終えてからでギリギリ間に合う時間に設けられたから早退や有給を取らずに済んだ。郁が担任の先生に言ってくれたようである。 「あらまあ…本当に若いお父さんですね…。私の息子より若い…おいくつ?」 郁の担任の中高年の女性教諭は目を丸くした。岸くんが年齢を告げるとさらに驚いたようである。 「郁くんは7人兄弟と窺ってますけど…あらそう…大変ですわねえ…偉いわあ…」 「先生、そんなことより早く面談始めて。俺お腹すいちゃったよー」 郁がフランクに担任にそう言った。彼女は笑って 「ええと…郁くんはですね、たくさん兄弟がいるだけあって明るくてクラスでもリーダーシップをよく取ってくれています。友達も多いし、班活動なんかも熱心にやってくれて。成績の方も今のところ平均あたりをキープできていますから、より上を目指して…」 郁に関しては全くと言ってよいほどいいことばかりを担任は伝えてくれた。家では末っ子だがその分外ではしっかり者になるようだ。ちょっと食欲がすぎるが子どもらしい可愛い奴である。岸くんは先生に挨拶をすると郁と一緒に帰宅した。 「ただいま…どうしたみんな?」 リビングのドアを開けると恵と勇太が何やら慌てた様子だった。その後ろで挙武と龍一も顔を強張らせていた。だが入って来たのが岸くんと郁だということを確認すると安堵の溜息を洩らす。 「びっくりさせんなよーパパ!!颯と嶺亜がもう買い物から戻って来たのかと思ったじゃねーかよ!!」 「何?どしたの勇太?」 訊ねると勇太は誇らしげにとあるものを岸くんの目の前に突き出して来た。 「おま…これ…!」 それはアダルトDVDだった。16歳の勇太が何故こんなものを… 「友達の兄ちゃんが借りたものを又貸しさせてもらったんだ!今から嶺亜が帰ってくるまで皆で観賞会しようとしてたんだよ!おっとこうしちゃいらんねえ、早くしねえと買い物から戻って来ちまう」 勇太は急いでDVDの再生ボタンを押した。艶めかしい喘ぎ声がリビング内に谺する。 恵と勇太はかぶりつきで見ている。挙武と龍一は表面上は参考書を読んでいる振りをしているがチラチラと横目で見ていた。そして岸くんも実にこういうのは久しぶりなのと内容が好みに合っていたから着替えもせず観賞会に参加した。 男5人が下半身を熱くしている横でしかし中学一年生の郁はぶーぶー文句を言う。 「なーそれまた後にしてくれよー。ドラゴンボールの再放送始まっちまう」 「アホかお前!嶺亜がいたら見れねえんだよ!あいつ女子だからこういうの見てるとぎゃーぎゃー騒ぐから」 「誰が女子なのぉ?」 冷たい声がして一堂は後ろを振り返る。そこには居心地悪そうに眼を泳がせてスーパーの袋を両手に抱える颯と、その隣にまるで汚物を見るような眼をした嶺亜が腕を組んで立っていた。 いつもうるさい岸家の夕ご飯はしかしこの時ばかりは張り詰めた空気に支配されていた。その中でただ一人、いつもと変わらぬ食欲を全開にした郁だけがひたすら食べ続けてる。 「あれ?何?みんな今日食欲ねーなー。しゃーねー俺が全部食ってやるよ」 郁は次々に皆の皿のおかずに手をつけていく。 「つーかよ、何そんな怒ることがあんだよ。これは思春期男子として当然のたしなみだろうがよ!お前がおかしいんだよ嶺亜、パパもそう思うだろ?」 勇太は岸くんに投げてくる。だが岸くんは同意することも否定することも許されない。 「パパまで一緒になって…僕ショックぅ…」 汚いものでも見るかのような嶺亜の視線に岸くんのハートはズタボロだった。娘に軽蔑される父親ってこんな気持ちなのかな…と泣きそうになる。
214 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:24:16.36 O
「だからドラゴンボールにしろって言ったのに」 郁がチキン南蛮をもぐもぐやりながら兄達をからかう。 「おめーは色気より食い気だかんなー…」 恵がぼそっと呟く。彼も嶺亜に軽蔑の眼差しを投げつけられて元気がない。 「郁、食い過ぎだ。色気より食い気もいいがまた体重が増加するぞ。そのへんにしとけ」 挙武が郁の箸を止めようとする。だが郁はつっぱねた。 「いーだろ誰も食わねえんだから。せっかく作ったのに勿体ないじゃん」 「お前はそろそろ色気というものを身に付けた方がいいな。巨大化したら女の子にもてなくなるぞ」 「女の子なんか興味ねーもん。あんなキーキーうるさい生き物。そんなことより今日の飯だね!」 郁のこういう子どもらしいところは岸くんも可愛いと思う。体こそ大きめだが中身はまだ小学生みたいなものなんだなと。 そう思っていた矢先…一週間後に変化が訪れた。 「どうしたのぉ、郁ぅ。残ってるよぉ?」 朝ご飯を郁が珍しく残している。いつも皿まで食べる勢いなのにおかしい。もしや体調でも崩したのだろうか…と岸くんや嶺亜が心配していると郁は首を横に振って言った。 「腹いっぱいだしこれでいい。あと弁当もこれから半分にして」 「えぇ…?どうしたのぉ…?病気ぃ?」 嶺亜は郁のおでこを触るが、郁は見た目にもぴんぴんしている。そのまま「大丈夫」と言って家を出て行った。 「おかしいな…」 「おかしいよねぇ…」 その日の朝ご飯だけでなく郁は夕飯もいつもの三分の一しか食べなかった。しかも彼は必ずといっていいほど夕飯の前後にお菓子を食べるのだがそれもなかった。 「郁どうしたんだろ…何か重大な疾患の前触れじゃ…」颯が心配をする 「いつも俺のおかず奪ってくるのに…」龍一も唖然としている その謎は意外な形で解けた。とある日曜日、いつも散らかし放題で挙武に怒られている郁がリビングに掃除機をかけていた。 「郁…熱でもあるのか?」 岸くんが恐る恐る訊ねると、郁は掃除機を立てながらこう答える。 「今から学校の友達とかクラスの子が来るから静かにしててくれよ!あ、嶺亜兄ちゃんお菓子とかお茶とかある?」 それから一時間後、岸家にガヤガヤと数人の男女の中学生がやってきた。どうやら班活動で掲示物を作るらしく賑やかに数時間ほど作業をして盛り上がって帰って行った。こういうのも懐かしいな…と岸くんが感慨に耽っているとドアチャイムが鳴る。 「はい?」 玄関のドアを開けると女の子が一人たっていた。小柄でショートカット、意志の強そうなぱっちりした瞳の可愛らしい子だ。 「すみません、さっきお邪魔してたんですけど、携帯を忘れて…」 「あ…瑞稀!ど、どうしたんだよ…!?」 郁が慌てた様子でばたばたと階段を降りてくる。瑞稀と呼ばれた女の子は忘れ物の携帯を受け取るとおじぎをして玄関を出ようとする。 「あ、ま、待てよ!送ってくよ!」 郁は瑞稀に申し出た。 「え…でもすぐそこだし…」 「もう暗いし独りなんだから危ないだろ。送ってくってば」 岸くんはピンと来る。これは父親の勘か男の勘か…リビングに戻ってそれとなく颯と嶺亜に言ってみると彼らも気付いたらしくのってきた。
215 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:25:43.14 O
「僕も思ったぁ。お茶とお菓子出してあげた時に見たけど郁やたらとその子に親切にしてたもん。目がぱっちりしてかっわいいコだったよねぇ」 「その子知ってるよ。先週転校してきて凄い可愛い子だって噂になってた。井上瑞稀っていう子」 「郁にも春が訪れたんだねぇ…だから少しでもかっこ良くなろうとダイエット始めたんだぁ」 「そっか…食ってばっかだと思ったらそんな変化が…。郁はまだまだ子どもだと思ってたけど…そっかぁ」 岸くんが呟くと、嶺亜と颯は二人で顔を見合わせた後、笑った。 「パパ、なんか…その言い方すっごい老けてるぅ。ほんとのパパみたいぃ」 「ほんと。18歳なのになんだか40代ぐらいみたいだったよ今の」 「え…ちょっと、そんな老けてる?まだまだ高校生でも通用すると思ってんだけど…てか卒業して一年も経ってないし…」 岸くんが慌てて鏡を見に行くと、また嶺亜と颯は笑った。 「郁、これが一週間のカロリー制御の献立メニューだ。栄養価を崩さずカロリーを抑えるようできてある。これを実施すれば計算によると一カ月で3Kg落とすことは可能だ。嶺亜、手間をかけるが別に作ってやってくれ」 「分かったぁ任せてぇ」 「郁、俺と一緒に朝の走りこみやるよ!痩せるだけじゃなく筋肉もつけないと魅力的な体にならないし」 「よっし俺が私服コーディネートしてやんよ!アクセも幾つか持っといた方がいいな。あと女の子の落とし方テクニックを伝授してやる」 挙武が郁のカロリー計算と献立を考え嶺亜がそれを作る、颯が走りこみで肉体改造、そして勇太がおシャレについて郁の初恋成就の後押しに張り切っていた。 「この俺みたく生まれつき小顔で八頭身足長スリム体型だったら良かったのにな郁〜ギャハハハハハハ!」 「俺なんか顔良くってもちっともモテないけどね…」 恵と龍一はさほど関心を持たず傍観体制である。 郁は兄達の支援を受けてストイックに頑張っていた。ある日の夜中、岸くんが目を覚まして水を飲もうとリビングに降りると冷蔵庫の前で悶えている郁に出くわす。 「か、郁…どうした?てか電気ぐらいつけろよ。びっくりするじゃん」 「くそ…食わねえぞ…!」 まさか毎晩こうして葛藤しているのでは…?まるで減量中のボクサーだ…と岸くんが思っていると郁は誘惑に打ち勝ったのか深呼吸をすると岸くんに訊ねた。 「パパはさー、どうやってママと結婚にまでこぎつけたの?」 「え?どうやってって…」 岸くんは思い出す。ほんの半年前の出来事なのにひどく遠い昔のように思えた。初めて出会って一目惚れをして告白をして付き合って… 「そりゃもう俺には嶺奈しか見えなかったからなんでもやったよ。まず名前覚えてもらうことから始めて、食事に誘ってその帰りに告白して…」 「もしママがさ…パパのことフったら、パパどうしてた?諦めてた?」 岸くんは考えるまでもなかった。 「絶対諦めなかったよ。だってもう俺には嶺奈しか見えなかったからさ…。フられてもフられてもアタックしてたと思う」 「ふ〜ん。案外一途なんだな、パパ。嶺亜兄ちゃんにあんなにデレデレしてるし勇太兄ちゃんと同じぐらいエロいから女好きなのかと思った。…嶺亜兄ちゃんは男だけど」 ちょっぴり失礼なことを言って郁は水だけを飲んで自分の部屋に返って行った。
216 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:27:12.45 O
日曜日、郁は勇太に服装をコーディネートしてもらって緊張した面持ちで出かけて行った。 「グループデートみたいなんだけどねぇ。その中に瑞稀ちゃんもいるんだってぇ。しかも今日が瑞稀ちゃんの誕生日みたいで、プレゼント渡して告白するって言ってたよぉ」 嶺亜が両手を組みながらキラキラした目で言った。 「上手くいくといいね郁。まあ郁って意外と同学年の中じゃ大人っぽいしクラスでも人気あるっぽいから大丈夫だと思うけど」 颯は塩コーヒーを飲みながら言う。それまで余裕で雑誌グラビアを見ながらトーストをかじっていた勇太が「あー!!」と大声を上げた。挙武が耳を押さえながら顔をしかめる。 「なんだうるさいな…どうした勇太?」 「おい、俺は超重大なことに気付いた…」 「何?なんだよ勇太」 恵が尋ねると勇太は顔面蒼白になってこう呟く。 「…あいつに彼女ができたら、この中で一番乗りじゃねーかよ…」 その事実に、兄達は愕然とした。今更気付いたのか嶺亜以外の四つ子が頭を抱え始めた。 「なんてこった…この僕としたことがそんなことに気付かなかったとは…これはゆゆしき事態だ…兄としてのプライドが…」挙武は悶えている 「てことはよー!郁に『恵兄ちゃんも早くいない歴年齢卒業しろよ。彼女っていいぜー』とかって上から目線で言われるのかよ!耐えらんねーそんなの!」恵が大声で喚く 「彼女だけじゃなく童貞卒業まで先越されたらもう生きていけねー!!こうしちゃいらんねえ!あいつが帰ってくる前に俺も彼女作らなきゃ!てなわけでバイト行ってくる!!客の中に超美少女がいるかもしんねえしな!」勇太はトーストを咥えたまま出て行った。 「彼女ってそんなにいいもんなのかなあ…どう思う?龍一」颯がコーンスープを飲みながら龍一に訊ねる 「さあ…無視しない女の子ならいいんじゃないかな…」龍一は悲しいことを思い出してまた指が動く。 兄たちが大騒ぎをする中で双子はちぐはぐな会話を続けていた。 午後6時半。そろそろ夕飯もできあがるという頃、郁が帰宅した。 「あ、おかえり。かお…」 岸くんが声をかけようとするとそれが目に付く。郁が今朝、瑞稀にプレゼントをすると言って持って行った包みが何故か彼の手にあった。 「郁ぅ?」 嶺亜が料理の手を止めて声をかけようとすると、郁の大きな目からぽろぽろと涙が零れおちる。 「郁…ダメだったのか…?」 岸くんが問いかけると郁は子どものようにわんわん泣いた。ひとしきり泣きじゃくった後、まるでヤケ食いでもするかのように夕飯の肉じゃがを自動的な作業で胃袋に入れる。 「最後、帰る時にプレゼント渡して「俺と付き合って」って言ったら…瑞稀、なんにも言わずに逃げるようにして帰っちゃったんだ…俺のことなんか眼中になかったんだ…」 泣くのと食べるのを同時に郁はこなした。失恋のショックで食べ物をうけつけない…というほど郁の体質は都合よくできていなかったようである。
217 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:28:34.94 O
「まあ…郁、お前はまだ中一だからこれからいくらでもいい女の子は現れる。決してこれは弟に先を越されなくてホッとしてるわけではないぞ。僕とて残念でならない」 挙武は本音と励ましがごっちゃになりながら味噌汁をすする。 「でもさ、ダメならダメでなんか言ってほしかったよね。そんな感じの子には見えなかったけど…」 颯が呟くと龍一もうんうんと頷く。 「郁、辛い時はさ、こう親指と人指し指を…」 「龍一は黙ってなさぁい」 嶺亜に一喝されて龍一は涙目でポテトサラダを口にした。 「郁、元気出せよ。そだ、給料日も過ぎたし今度皆で焼き肉食いに行こうか」 岸くんが郁の肩を叩きながら励ますと郁は「焼き肉」という単語に目を輝かせ、頷いたがそれでも力なくこう呟いた。 「瑞稀より可愛い女の子なんてこの先現れるのかな…あんな子めったにいないし…」 その気持ちは岸くんも良く分かる。亡き妻に片想いをしていたわずかな期間、彼女に他に男がいたとして諦められるなんて到底不可能だと確信していた。あんなに可愛い女性にはもう出会えないと信じ切っていたからだ。 皮肉にも同じくらい可愛い男に出会ってしまったが… 次の日、岸くんは郁と約束したため良さそうな焼き肉屋がないか職場の近くの飲食店街を散策して目星をつけてから電車に乗り込んだ。 (郁はなんだかんだ一番精神的支柱が太くてしっかりしてるよなあ…失恋なんてあの年に俺がしてたらきっと一カ月は飯も食えなかっただろうし) そんなことをぼんやり考えながら電車を降りると、前を歩いていた子が何かを落とした。定期入れだ。 「あ、落としたよ」 それを拾って声をかけるとそれは見覚えのある子だった。 「あ…もしかして、郁の同級生の…」 瑞稀だった。彼女も岸くんを思い出したらしく「あ」と目を見開いた。 「すみません、ありがとうございます」 礼儀正しく岸くんから定期入れを受け取って端稀はぺこりとおじぎをする。 「ううん。塾か何か?」 「いえ…お母さんの病院に…」 「お母さん、入院してるの?大変だね…定期券まで持ってるってことは…長いの?」 端稀は頷いた。そして彼女は申し訳なさそうに岸くんにこう言った。 「あの…郁に昨日はごめんなさいって伝えて下さい…。今日学校で避けてしまったし、なんて言っていいのか良く分からなくて…」 岸くんはなんとなく思う。これは勘だ。確証はないけど、瑞稀は郁のことが嫌いで逃げたわけではなさそうだった。だからここで「うん、分かった」と首を縦に振ることができなかった。 「瑞稀ちゃんが思ってることをそのまま郁に言ってやってよ。俺の口からよりきっと郁は聞きたいと思うから。これは郁の父親としてのお願いだよ」 「…」 瑞稀はうつむいて暫く考えた後、頷いた。
218 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:29:56.93 O
「パパおせーな。フーゾクにでも寄り道してんじゃね?」 勇太が冗談めかして嶺亜に睨まれていると丁度岸くんがリビングに姿を現す。もう全員揃っていて夕飯も出来上がっていた。 「パパ遅すぎ!!俺もう腹ぺこで死にそうなんだからな!」 郁が文句を言うと、岸くんは手招きする。郁は不思議そうな顔で招かれるまま玄関に出た。 「瑞稀…!?」 玄関には瑞稀が立っていた。大きな目で郁を見据えている。 郁の声を聞いて兄弟は全員リビングのドアの隙間から二人のやりとりを固唾を飲んで覗き見した。 「昨日と…今日はごめんなさい、郁…」 「いや…いいよそんな別に。そりゃ気まずいよな。いきなり好きだとか言われたらさ…。でもさ、気にすんなよ、俺…」 「私…」 郁の言葉を遮って瑞稀は言った。 「転校してきたばっかで不安だったけど、郁が色々話しかけたり教えたりしてくれて嬉しかった。だから郁が嫌いなんじゃない。でも…」 「でも?」 「お父さんが単身赴任になって、お母さんが入院して、小さな弟の世話もしなくちゃいけなくて…いっぱいいっぱいで、でも勉強はさぼりたくないし、将来の夢もあるし… 今は男の子のこと考えてる余裕がなくて、それで昨日なんて答えていいか分からなくて逃げちゃったの。絶対、郁にも嫌われたと思って…そしたら学校でもどうしていいか分からなくて避けちゃって…ごめんなさい」 「瑞稀…」 「今は男の子のこと考えられないけどこの先お母さんが退院して、お父さんも帰ってきて…行きたい高校に合格したら自分に余裕ができて好きな子ができるかもしれない。だから郁…」 そこで瑞稀は言葉を詰まらせる。だが… 「分かった」 郁が明るい声で言うと、瑞稀の伏せがちな顔ははっと上を向いた。 「俺のこと嫌いじゃないって分かっただけで十分だ。それに、高校合格したら俺のこと好きになるかもしれないってことだよな!?俺まだ希望持ってていいんだよな!」 「郁…。私、自分でも良く分からないよ。郁は他の男の子と違って話しやすいし、たくさん食べるとことか笑ってるとことか見るとなんか面白いなって思うし…」 瑞稀は少し混乱しているようだった。この年頃にありがちな不安定な心の揺れのようなものかもしれない。 「それってそれってもう実は俺のこと好きなんじゃね?瑞稀自分で気付いてないだけじゃね?」 郁が期待に満ちた声を出すと瑞稀は顔を赤らめて少しきつい口調になる。 「からかうのやめてよ!自分でも良く分からないって言ってるじゃん」 「分かったよ。ごめん。あ、ちょっと待って」 郁はばたばたと二階に上がったかと思うとすぐに戻って来た。手には包みが握られている。 「これは受け取ってくれよな。折角買ったんだからさ。オルゴールなんてうちに置いてても無駄だし。うちはうるさいからこんな綺麗な音出してもすぐ掻き消されちゃうからさ」 郁がずいっと包みを突きだすと、瑞稀はそれを受け取った。 「うん。ありがとう…」
219 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 00:31:04.22 O
「郁は末っ子なのに一番器が大きい言うかなんと言うか…。なんか俺も見習わなくちゃって気になってきたよ、嶺奈…」 眠る前の一時、亡き妻の遺影に向かって岸くんは語りかける。もしも自分が彼女に失恋していたら、あんな風に気丈ではいられなかっただろう。考えて改めて片想い時代の自分を懐かしく思った。 初恋がそのまま成就した自分は幸せなのだと。例え、ゴールインした途端にその人を亡くしたとしても… 岸くんがしんみりしていると、キイ…とドアが開く。 「パパお疲れ様ぁ」 今日は牛さんの着ぐるみパジャマで嶺亜がご登場だ。さあ勝負だ岸優太。これに負けたら妻を裏切ることになる。今宵こそは誘惑をすっぱり断ち切る。断固たる決意で岸くんは挑んだ。 「郁良かったよねぇ。まだ希望があるもんねぇ。僕の勘だけど、多分あの二人は上手くいきそうな気がするよぉ」 嶺亜は岸くんにぴったりとくっついてくる。牛さんパジャマから体温と感触が伝わるともうくらくらとしてきた。 「パパの初恋の相手は誰ぇ?ママ?」 嶺亜は指を岸くんのそれに絡めて頬を肩に寄せる。岸くんは変な声が出そうになる。 「う、うん…俺の初恋は嶺奈だよ…」 「そうなんだぁ…でも、もうママはいないしぃ…僕でもいい…?」 抱きつかれると、もう理性は蜘蛛の糸のように細くなって崖っぷちだ。 だけどいかん。これはいかん。愛する妻の息子に誘惑されてその先に突っ走ってしまうなどと父親としても、男としてもいかん。耐えろ岸優太。お前は道を踏み外すわけにはいかない。でないと死んだ時、天国の妻に顔向けができなくなる…! 「あ、れ、嶺亜の初恋はいつ?どんな子?」 取り繕うための苦し紛れの一言が、意外な反応を呼び起こした。 嶺亜の表情が一瞬、強張った。 「れ、嶺亜…?」 嶺亜は岸くんを睨んだ。見せたことのない冷たい目。今さっきまで岸くんに甘えていた彼とは全くの別人かのようで岸くんはたじろいた。そして、次の瞬間… 「!!!」 岸くんは嶺亜に唇を塞がれた。 「僕の初恋の人はぁパパだよぉ」 元の嶺亜に戻ってにっこり笑うと彼はそう言って寝室を出て行った。岸くんはただ呆然と立ち尽くした。 つづく
220 :
ユーは名無しネ :2013/03/08(金) 04:14:52.99 0
広瀬隆 講演会 汚染食品について
2013年2月24日
http:/ ■/www.youtube.com/watch?v=32JUQXOilU8
広瀬隆講演会 「原発と放射能ホントの話」 第2弾 前半 [NIBC]
http:/ ■/www.youtube.com/watch?v=U9NUX3rljZE
いつも読んでますありがとう 末っ子のためにあれこれ協力する(しない)兄たち可愛い! 郁と瑞稀の恋は純粋でなんかまぶしいw 最後気になる〜嶺亜の初恋はジャスティスの?…あれっすか
作者さんいつもありがとう! 勉強頑張り自分を追い込むあむあむ健気だね… 偉そうな口きくけど根は優しいあむあむ可愛いよあむあむ くらみずき可愛いなぁ ピュアで癒される… と思ってたられあたんチュー! うわぁうわぁ! 本当にパパなのかな? それとも、 本当の初恋は…なのかな?
れあたんの初恋の相手が気になるな
初めて続きが気になる終わり方ですな
225 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/10(日) 13:57:00.19 O
第八話 その1 岸くんはロイヤルホストにいる。いつもの平日の出勤前の朝ではなく休日のお昼時で店内は混んでいた。先に注文しておいたロイヤルオムライスが運ばれてきたと同時に待ち合わせの相手、岩橋が到着する。彼はポロネーゼを注文した。 「ごめんねいつも待たせて。相談って何?」 岩橋は走って来てくれたのか汗ばんでいて、おしぼりでそれを拭いた。彼の分のお冷がテーブルに置かれたのでそれに口をつける。 「岩橋、俺、息子と…嶺亜とキスをしてしまった…」 岩橋はお冷を岸くんの顔面に思いっきり吹いた。周りの客の視線が集中する。 「ごほ…な…なんて、今…?」 岩橋はむせている、岸くんはおしぼりで顔面を拭きながら 「嶺亜にキスされちゃった…今まで決定的なことはなにもせずに寸止めで済んでたのに…これじゃあ天国の妻に顔向けができない…」 「そ、それで、岸くんはどうしたの…?まさかそのまま…」 「違う!その先は、嶺亜が部屋を出て行ったからせずに済んだけど、もし出て行かなかったら俺は…ああもう自分で自分が信じられない…」 「こ、これはどういうことになるのかな…近親相姦?同性愛?性的虐待?不倫?」 「脅かすなよおおおおおおおおおおおもう嶺亜とまともに顔合わせられなくて…恵にバレたら庭の枇杷の木の下に微塵切りにして埋められるし怖くて怖くて…」 「お、落ち着いて。岸くん、落ち着いて。とにかく食べよう。食べれば何かが変わるかもしれない」 岩橋の良く分からない励ましを受けて岸くんはロイヤルオムライスに口をつけた。ふわっと柔らかい卵の感触…そう、嶺亜の唇もこんな風に… 「岸くん…大丈夫…?生憎僕は頭の薬は持ち合わせていないんだけど…」 岩橋の若干引いた顔で、岸くんは自分がオムライスに唇を突きだしていることに気付いた。
226 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 13:58:16.19 O
「んだよー!折角バイト休んだってのにふざけんな!もうてめーは誘わねえからな!」 家に戻ると勇太が携帯電話で怒鳴りながら会話していた。友達と買い物に行く約束をしていたがドタキャンされたらしい。 「ったくよー。彼女できると付き合い悪くなるよなー。せっかくよさげなアクセサリーショップ見つけたのに」 「アクセサリーか…そういや最近買い物行ってないな…」 「お、パパなんだよ?じゃあ俺と行っちゃう?親子水いらずってことで!」 岸くんは成り行きで勇太と二人で買い物に行くことになった。家にいてまた嶺亜と二人きりになると今度は自分がどうしてしまうか分からないから丁度良かった。 「パパよー。嶺亜となんかあった?」 家を出てすぐに勇太がそう問いかけてくる。こいつはエスパーか何かか?動揺のあまり岸くんは転倒した。岸くんが答える前にその反応で勇太は察したらしく浅い溜息をついた。 「とうとうしちゃったか…。でもまああんま気にすんなよ。嶺亜は特殊な奴だし別にパパが悪いわけじゃねえからさ」 勇太は至って淡白な反応だった。良く考えなくても義理の父が四つ子の兄とキスをしたんだからもうちょっと騒がれるかと思ったのだが… 「でもよ、あんま嶺亜のことは刺激すんなよな。パパも犯罪者になりたくなかったらな」 「え、ど、どういう意味…?」 「そのまんまの意味だよ。誘惑されて汗だく寸止めになってるうちは平和が保たれてんだからいつもの慣習として受けとめろよ。別にパパだって嫌じゃねえだろ?」 「それは…そうだけど…」 「だったらそれでいいじゃねえか。変にぎくしゃくするより、キスなんて英国じゃ挨拶代りなんだぜはっはーぐらいに笑い話にすりゃいいじゃねえか。まあ恵は怒るだろうからあんまおおっぴらにするのもどうかと思うけどな」 勇太にそう言われて、少し気が軽くなる。確かにあまり考えすぎると余計におかしな方向に行き出すかもしれないからいつもどおりに振る舞ってるのが一番なんだろう。岸くんは気を取り直し、勇太と買い物を楽しんだ。 「おいパパこれ良くね?安くね?このテのブランドにしちゃ」 「お、ほんとだお買い得だな。こっちもいいな。あーでも素材がちょっとな…こっちもいいけど値段が…」 勇太とは趣味が合うのか買い物は楽しかった。年も近いし、出会いがこうでなければ案外親友になっていたかもしれない。時間も忘れて買い物を楽しんでいると、女子高生に勇太が声をかけられる。
227 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 13:59:23.51 O
「あれー勇太、何してんのこんなとこでー。友達?」 女子高生は岸くんをじろじろ見ながら問うた。勇太がちっちと指を振る。 「違うよキミタチ、これは俺の新しいパパだ。当年とって18歳。ピッチピチの社会人一年生だぞ」 女子高生たちは爆笑した。 「まじうけんだけどー!!なんだよパパってー!少年エンコーでもしてるわけ?勇太〜!!」 「N高の最強童貞プレイボーイが援交パパって…やだもう腹筋崩壊するー!!」 「まじ!?勇太そっち系?やっだーこういうのなんつーの?ビーエル?アハハハハハ!」 「おい童貞は余計だ。お前ら笑いすぎだぞ。通行人が冷やかな目で見てる」 勇太がたしなめる。岸くんは女子高生のノリにただただ唖然とするばかりである。去年まで自分も高校生だったとはいえ男子校だったからこういう世界にはお目にかかったことがない。 その後も勇太は街で色んな女の子に声をかけられていた。高校の同級生、先輩、後輩、バイト先の知り合い…プレイボーイというのもあながち嘘でもなさそうだが一緒に生活していると分かる。勇太は目下のところ恋人募集中だ。 人一倍性に関心が強くて日夜オ○ニーだのビニ本AV鑑賞だのに浸っているくせに彼女を作らないのは何故だろう…岸くんが不思議に思い訊ねると、 「そりゃやっぱこの俺の童貞は神聖だからよ!超美女に捧げることに決まってんのよ!まあ近いうち卒業するけどもし赤ちゃんできちゃったらパパ未成年のおじいちゃんになるってことだな。ギネスに載れるかもしれねーぞ」 勇太は顔もいいしノリも明るいしいざという時には頼りになるいい奴だからきっと女の子が群がってくるんだろうな…と岸くんはうらやましく思いながらもそんな息子をちょっぴり自慢に思う。 二人でお揃いのブレスレットを買って帰宅するともう夕飯の時間だった。恵は相変わらずバイトで不在である。 「あれぇ?そのブレスレットってパパと勇太お揃いぃ?」 嶺亜がシチューを盛りつけながら訊いてくる。そうだと答えると頬を膨らませた。 「ずるぅい勇太だけぇ。僕もパパとお揃いのほしいよぉ」 いつもの嶺亜だ…岸くんはほっとする。と同時にいつもの自分を取り戻すことができた。 「じゃあ今度買いに行こう。嶺亜はネックレスとか似合うんじゃないかな」 「パパ、俺も!」 颯が踊り出る。じゃあ颯は…と兄弟それぞれに話していると勇太の携帯電話が鳴り、彼は通話しながら部屋を出て行った。
228 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 14:00:27.15 O
岸くんは風呂が好きだ。熱いお湯に浸かっていると疲れが溶けていく。その感覚が好きだ。今日もゆっくりと体をほぐしてあげよう…とバスルームのドアを開けるとすでに先客がいた。物音一つ立てていないし気配がなかったから気付かなかった。 「龍一、入ってたのか…気配ぐらい放ってくれよ。もう脱いじゃったし一緒に入らせてもらっていい?」 岸家のお風呂は広いので二人ぐらいなら余裕で入れる。それに龍一相手だと当たり前だが欲情はしない。 龍一は静かに頷いた。 「どう?学校の方は?中間テストさすがだな。学年で5番だなんて俺単教科でも取ったことないよ」 「…一学期の期末は3番だったんだ…だから下がったんだよ…。英語なんか8番も落とした…」 「そんな暗くなんなって。恵に比べたら月とすっぽんじゃん。お前はもうちょっと自信持った方がいいよ」 「うん…」 岸くんは体を洗いながら龍一とコミュニケーションを取る。暗かった六男も暗いなりに少しは話してくれるようになった。 その龍一は頭にタオルをのっけながらいつものぼそぼそ声をさらに小さくして岸くんにこう言った。 「パパ…あのさ…ちょっと話しにくいんだけど…」 「何?なんなの?よく聞こえない」 「俺さっき勉強してて夕ご飯遅れて行ったんだけどその時、廊下で勇太兄ちゃんが電話してるのが聞こえて来て、その内容が…」
229 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 14:04:19.60 O
「うっそぉ龍一にかつがれたんじゃないのぉパパぁ…でも龍一ってそういう冗談一番出来ない子だけどぉ…」 風呂からあがってコーヒー牛乳を飲みながら龍一から聞いた勇太の電話の内容を岸くんは一人で処理できなくて嶺亜と挙武、そして恵に相談した。勇太は今風呂に入っているから今しかない、と思ったのだ。 「本当だとしたらちょっと聞き捨てならない内容だが…勇太は中学の時も女子から絶大な人気を誇っていたからな…」 挙武が腕を組む。 「でもよー!!『セイリ来ないってまじかよ!!安全日だから大丈夫ってお前言ってたじゃん!もしできてたらどうするつもりだよ!責任取れねえぞ!』なんてもうほぼ99%孕ませてんじゃん!! あいつ職業童貞だったのかよ!!まじ自分だけ先に卒業するとかふざけんな!!」 恵の遠慮のない大声に皆で慌てて口を塞いだ。 「さらに『おろすにしてもタダじゃおろせねえだろ!!金どうすんだよ!!』って言ってたって…」 岸くんは風呂からあがったばかりなのにもう発汗している。18歳のおじいちゃんが現実味を帯びてきた。このペースだと36歳でひいおじいちゃんになるのだろうか… 「いや…落ち着け皆。勇太だぞ?あいつの性欲は発情期の猫もしくは馬並みだからゴムもつけずやっちゃうなんてことは大いにありうるにしても運悪くできちゃうなんてことは…すまん、動揺して自分でも何を言っているのかよく分からない…」 「挙武落ち着いてぇ。勇太一晩中オ○ニーできるぐらい回復力凄まじいからたった一回だけならまだしも多分一回で満足できなくて5,6回やった中でいい加減できちゃったのかもよぉ…あぁ僕も自分で何言ってるか分かんないよぉ」 「れいあ落ちつけよ!!勇太の野郎エロ動画の見すぎだからすんげープレイ相手の子に要求したあげくの「あ、ごめん出しちゃった。てへぺろ」ってかる〜く笑ってごまかしてその結果こんなことになっちゃったとかあるあるすぎてなんも言えねえよ!! って俺も自分で何言ってるかわけわかんねー!!」 「だから恵、お前は声が大きすぎるって…!」 岸くんがもう一度恵の口を塞ごうとすると脱衣所のドアの開閉音が聞こえた。全員で平静を装うとするが嶺亜はマジックリンで皿洗いを始め、挙武は参考書を逆さに読み、恵はテレビをつけフランス語講座を見始めた。 そして岸くんはコーヒー牛乳を持つ手が震えてだばだばこぼしていた。
230 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 14:05:37.34 O
「どうかしたの?お前ら?」 勇太が髪を拭きながら怪訝な表情を向けたが皆カラ笑いでごまかす。 「変なの。あ、そうだ。悪いんだけど俺さ、今月ちょっと金いるからバイト平日も入ることにしたわ。てなわけで入る日は夕飯いらねえから、嶺亜」 「え…な、なんでお金がいるのぉ…?なんか必要なのぉ…?何かの賠償金…?」 嶺亜は動揺しながらカビキラーで机を拭き始めた。 「や、ちょっとな…。あと2〜3万いるんだよ。そんな余計な金うちにゃねーだろ?」 「お…おいおい勇太お前は本当に物欲の塊だな…ブレスレット買った後なんだからちょっと節約を…」 挙武は参考書を凄い勢いでめくりながら震える声で言う 「別に物買うんじゃねーんだよ」 「きゅ、急にってオイご利用は計画的にって明るい家族計画…じゃなかったアイ○ルも言ってんじゃねーかよ笑わせんなぎゃはは…は…」 恵はチャンネルを次々に変える。リモコンを持つ手が震えていた。 「ま、とにかく増えるからな。んじゃよろしく」 勇太はそう言ってさっさと自室に上がって行った。四人はいよいよオタオタと部屋中を歩き始めた。 「おい、物じゃなかったら何に金使うっつーんだよ!!使い道を正直に話させた方が良くね!?」 「でもぉ…決定的なこと聞くの怖いよぉ」 「金を工面するってことは…おろさせるってことか…なんて非人道的な…」 「お、俺、おじいちゃんになるのかな…敬老の日とかにお祝いされんの…?」 悶々としながらも誰ひとり真実の扉を開ける勇気はなく日にちは過ぎて行く。そして、岸くんが勤務を終えての帰り道… 「そうだ…龍一にもたまには何か買ってやらないとな…テストがんばったんだし。プリンでも買って帰ろう。あ、でも龍一にだけだと颯が拗ねるからメロンパンも買って帰ろうかな」 岸くんはおいしいと評判の洋菓子店に寄って龍一の好きなプリンを買って出た。さあ次はアンデルセンに寄ってメロンパンを…と、そこでとんでもない光景に出くわす。 「勇太…?」 洋菓子店の斜め向かいの建物から勇太が女の子と一緒に出てくるのが見えた。険しい顔で何か言っている。女の子は泣いているようで顔をふるふると左右に振っていた。その建物は…
231 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 14:06:31.68 O
「さ…産婦人科…」 岸くんはどうやって家に戻ったのか覚えていない。めちゃくちゃに走ったからプリンは攪拌されていて凄まじい状態になっていた。龍一が残念そうにその残骸を見つめる。 「なんだよパパ、いつにも増して汗だくだぞー!!なんかとんでもねえもん見た後みたいになってんぞ!!」 郁がソーセージ片手に笑う。颯が心配そうに岸くんの顔を覗きこんだ。 「パパ?どうかした?なんか顔面蒼白なんだけど」 岸くんが口をパクパクさせていると勇太を除く四つ子は察知したのか岸くんの部屋に集合した。 「そんなぁ…産婦人科とかぁ…間違っても高校生カップルがデートするようなとこじゃないよぉ…」嶺亜は両手で口を押さえる 「堕胎か…シャレにならん、16にして水子を背負うのか勇太は…」挙武はわなわなと震えている 「分かんねえぞおめー!相手は泣きながらイヤイヤってしてたんだろ!産む気かもしんねーぞ!そしたら俺ら高校生で伯父さんになんのかよ!!」恵が相変わらずの大声で叫ぶ。 「相手の子、ちらっと見たけど可愛い子だった…勇太好みの…いつやったんだろう…」岸くんは涙目になる 四人がまだ現実を受け入れられていないと、腹をすかした郁が早く夕飯にしろと暴れ出したので全員食卓に向かうが勇太がまだ帰宅していなかった。彼が帰宅したのは9時過ぎである。 「おかえり勇太…おいどうした?」 岸くんが声をかけるとしかし、勇太は何やら不機嫌な様子でどかどかと足音をたてて夕飯も食べずに自分の部屋に行ってしまった。 「これはいよいよ…いよいよやばいかもしれん…」
232 :
ユーは名無しネ :2013/03/10(日) 14:08:10.86 O
リビングでは緊急家族会議が設けられた。だがしかし内容が内容だけに中学生組は外して岸くん・嶺亜・恵・挙武の四人で食卓を囲んで小声で進行してゆく。 「おそらく…勇太は「堕ろせ」と言ったが相手の子がそれを受け入れない…こういったところだろうか…」 挙武は震える手を組んでいる。 「逆かもよぉ…勇太は産んでほしいけど相手の子がそれを拒否してるとかぁ…」嶺亜は口元に手を当てている 「どうすんだよ…やっべーぞ…まじやっべー…この家に赤ちゃん来んのかよ…こんにちは赤ちゃん… 」恵の額から汗が一筋伝う 「どどどどどどうしよう…父親として相手の親御さんにどうお詫びするべき…?」岸くんには親としての責任がのしかかってきた そして結論は… 「とにかく勇太に何もかも正直に話させるしかないな。事件の全貌をこと細かく…まずは馴初めから…」 その2につづく
うわあああああああああ作者さん乙うわあああああああああ 勇太どうなる!? れあたんのチューの謎はまだ解けない!? 気になる展開満載!! 龍一と颯のためにおみやげ買う岸くん優しいなぁ
ああああん続き気になるよおお 作者さん乙です
続いちゃったようわああああああ 楽しみにしてます
このスレのこと最初馬鹿にしてたけど最近神7にハマってから読んだらめちゃくちゃ面白くて楽しかったw 作者さん頑張ってくださいね
237 :
ユーは名無しネ :2013/03/11(月) 11:38:24.35 0
作者さん乙!! れあたんマジックリンww くりたんにフランス語ww じんたんは何をしでかしたんだああああああ!!! 続きまってるお
238 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/12(火) 00:12:37.55 O
第八話 その2 「勇太、ちょっといい?」 岸くんが代表して事情聴取を試み、勇太の部屋をノックした。彼は音楽を聞きながら漫画雑誌を読んでいる。 「何?」 「えっとさ…あの…」 岸くんは早くも言葉に詰まる。できるだけ自然に、遠回しに探るにはどうしたらいいか…その考えがまとまらないまま来てしまったからだ。 「さ、最近何か変わったことある…?彼女が出来たとか…?」 「ハア?そんなん出来たらパパと一緒に買い物とか行かねーよ。まあ俺がその気になりゃあすぐ両手にひとかかえ出来るけどな!」 いつもの勇太だ…。彼は誘導尋問にはひっかからないのだろうか…岸くんは切り口を変えた。 「いやー親子の時間ってさ…やっぱ大切だよ。こないだのお前との買い物楽しかったし…お前も親になったらこの気持ち分かるんじゃないかなー…」 「親ねー。パパみたくある日突然7人のパパになるとかそうそうねーことだからな。そういう意味じゃパパって奇跡の人なんじゃね?」 勇太は笑う。どうも上手くいかない。岸くんはもう遠回しな言い方をやめて単刀直入に訊くことにした。 「勇太…お前、俺達に隠してることとか…ない?」 岸くんは真剣な顔で訊ねた。頼むから勇太、話してくれ…一人で抱え込まないでくれ…祈るような気持ちだった。 だが勇太は怪訝な表情になっただけで 「あ?隠しごと?んなもんねーよ。いつでもどこでも誰にでもオープンなのが俺のチャームポイントだろ。オ○ニーの回数だって包み隠さず言えるぜ。昨日は…」 「分かった…もういい…」 岸くんはすごすごと勇太の部屋を後にした。そして任務失敗を嶺亜達に報告すると、 「これは…もう現場を押さえるしかないな…」 挙武がそう呟き、その作戦が夜通し練られた。
239 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:14:11.02 O
次の日、岸くんは会社を早退して嶺亜・恵・挙武と勇太の高校の正門前に集合する。嶺亜と勇太は同じ高校に通っているから嶺亜からHR終了の知らせを受けて待機した。 「来た…!」 今日は勇太はバイトは入れていない。だが「用がある」とかで帰宅時間は未定だと言っていたからもしかしたらもしかするのかもしれないと思い決行に至ったのである。 勇太の後ろを4人で尾行するというのはかなり目立つ気もしたが勇太は気付く様子もなくすいすい進んで行く。高校の近くの繁華街に入ると携帯で通話を始めた。そしてすぐに電話をしまうとファストフード店へと入って行く。 「こっからは4人一緒だと目立つ。パパ頼む」 岸くんが挙武から変装グッズを受け取り、勇太の後ろの席に座って聞き耳をたてた。 勇太は女の子と待ち合わせをしていた。どこかの女子高の制服をきた可愛い女の子である。だが女の子は終始うつむいて鼻をすすっている。お世辞にもいい雰囲気とは言えなかった。 「泣いててもしゃーねーだろ」 勇太が冷たい声で言い放った。岸くんはぎょっとする。 「病院で検査の結果も出たし、俺もちゃんと聞いた。こうなった以上腹くくるしかねーんじゃねーのか」 「だって…だって…」 女の子は泣いている。だが勇太の態度はびっくりするくらい冷静だった。 「俺はもうなんも言わねえ。最後はお前が決めろよ」 「…お客さん…大丈夫ですか…?」 岸くんは店員に声をかけられる。ジュースの入ったプラスチック容器を強く握るあまり中身がそこいらじゅう蒔き散らかっていた。
240 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:15:23.65 O
気付けば岸くんは恵に呼ばれていた。 「おいパパおめー何やってんだよ!!勇太とっくに出て行っちまったぞ。挙武と嶺亜が尾行してるから早く行くぜ!ジュースびちゃびちゃじゃねーかよ何やってんだ」 「あああ…勇太が…勇太が…」 岸くんは白目を剥き、恵に引き摺られるようにして嶺亜と挙武の待っている場所まで行った。 「あ、パパぁ何やってたのぉちょっと大変だよぉ」 嶺亜が指を差す方向には勇太と女の子がいて、女の子は少し錯乱しているのか嫌だ嫌だと激しく首を横に振って何やら喚いている。勇太も少し苛ついた様子でその肩を揺すっていた。 「どうなってるんだあれは…。勇太のあの様子じゃお世辞にも責任取って育てるって感じじゃないぞ…」 挙武が呟く。すると勇太は女の子の腕を引っ張り無理矢理どこかに連れていこうとしているようだった。 「きっと産婦人科だよぉ…おろさせようとしてるのかもぉ…」 嶺亜が口を押さえてそう呟いた瞬間勇太の大声が響いた。 「いい加減にしろよ!!いい迷惑だぜ!!じゃあ勝手にしろよ俺知らねえからな!!」 岸くんは無意識に勇太の前に飛び出していた。勇太が驚いた顔で岸くんを見る。 「パパ…?なんでこんなとこに…?」 岸くんの後ろから後に続く嶺亜・恵・挙武の姿を見て勇太は更に驚く。だが岸くんは頭に血が昇ってしまってその説明より先に勇太の胸倉を掴んでありったけの声で怒鳴った。 「勇太見損なったぞお前!!お前は普段チャラいけど根は真面目で頼りになるいい奴だと思ってたのに…。女の子を孕ましといて迷惑だの勝手にしろだの良くそんなことが言えるな!!彼女の気持ちも考えてやれ!! ひ、人様の娘に嫁入り前になんてことを…!!」 嶺亜と挙武、そして恵も続いた。
241 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:16:56.00 O
「そうだよ勇太ぁ、女の子はねぇ…デリケートなんだよぉ心も体もぉ…産むにしろ産まないにしろ辛い思いさせちゃうのに、そんな言い方ってないよぉ!!」 「そーだぞおめー!!自分ばっか童貞卒業しやがって…!!パパより若いパパになりやがって許せねー!!もうおめーとはAV鑑賞一緒にしてやんねーからな!!」 「勇太…お前はなんて非人道的な畜生だ…命ってのはそんな簡単に作っていいものでも殺していいものでもない。お前にはがっかりだ…」 4人の魂の叫びが街中に谺する。一瞬の静寂。勇太は目を見開き、そして… 「あぁ?」 と素っ頓狂な声をあげた。と同時に勇太と女の子の元に見知らぬ男子高校生が訪れる。 「わりーな待たせて…って勇太お前何やってんの?誰?この人ら」 男子高校生は訝しげに岸くん達を見やったかと思うと次に女の子に向き直る。 「勇太から話聞いた。全部お前の嘘だったんだってな。なんでこんなことしたんだよ?」 「だって…だって…別れたくなかったから…ずっとあたしだけのこと考えててほしかったから…」 女の子は泣きだす。男子高校生は冷めた様子で淡々と彼女に話をしていた。 「へ…?何これ?これってどういうこと?」 岸くんは先程の怒りもどこへやら、全く状況が分からず目が点になる。残りの三人も同様である。 「俺が訊きてーよパパ。お前ら一体何を勘違いしてやってきたんだよ」 勇太は呆れ顔で岸くん達を見据えた。
242 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:18:34.39 O
真実は勇太の口から帰り道に語られた。 勇太は同級生の恋愛話のもつれにまきこまれた。元々は勇太のバイト先で一緒に働いていた女の子を友達に紹介したのがきっかけだ。 彼らはつきあい始めたはいいが女の子の独占欲と束縛が凄まじく男の方が冷め気味で、別れ話がもつれにもつれた。男の気持ちを繋ぎとめておきたいあまりに女の子は「赤ちゃんができた」と男に嘘をついた。 思いあたるふしがあった男は勇太に相談する。彼女に安全日だからと言われてゴムもつけずにしてしまったらしい。彼女を紹介したのは勇太だが避妊云々は本人達の問題なので「(紹介した)責任とれねえぞ」と勇太は電話で答えた。 しかし女の子の言動を怪しんだ勇太は診察料を肩代わりし、彼女を産婦人科に連れて行って本当に妊娠しているかどうか検査をしてもらった。妊娠検査薬も使った。結果はシロだった。女の子の狂言だったことが証明される。 女の子は、彼氏には言わないでほしいと勇太に懇願したが勇太はそれを聞きいれることはできなかった。後は本人達に話し合わせようとしたところ彼女が拒否して現在に至る。 「金がいるってのはその診察料の肩代わりと…?」 「あ?ちょっと先月ケータイでエロ動画見すぎたんだよ。俺パケット定額入ってねーからな。神サイト教えてもらったのがいけなかったんだよなー請求額3万超えてて焦った焦った」 「なーんだ。カラクリが解ければなんてことない話だな。アハハ…」 岸くんは安堵で力が抜けていく。 「ほんとだよねぇ。あー良かったぁ。早く帰ってご飯作らなきゃあ」 「んなこったろうと思ったぜギャハハハハハハ!」 「まあ僕は勇太を信じていたけどな…さ、帰って勉強するか。時間を無駄にした」 嶺亜・恵・挙武も心底ホっとしながら笑い合う。だが… 「冗談じゃねえぞお前ら…」 勇太は拗ねた。
243 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:19:57.18 O
「悪かった。ほんとーに悪かった。この通り、許してくれ勇太…!」 岸くんは手を合わせて拝み倒す。勇太は不貞腐れながらソファに深く身を沈めた。 「どーせ俺はチャラ男ですから。普段の行いがいい加減だからこーやって信頼されないんだよなーハイハイどーもすみませんでしたーこれから少しはマジメに生きますよーだ」 掌をひらひらさせて勇太は自暴自棄気味である。挙武がまあまあと宥めに入る。 「お前が誤解されるのなんて今に始まったことじゃないだろう。まあ今回のことは僕らが勘違いをしてしまって悪かった。今度僕のなけなしの小遣いで水着写真集でも買ってきてやるから許せ」 「んな拗ねんなよ勇太!そうだ、パパがよ、おめーのためにツタヤでオールジャンルAV借りてくれっからそれ見て一晩中AV大会やろうぜ!俺付き合ってやるから!いいよな嶺亜?」 「んー今回ばかりは仕方ないよねぇ。勇太が怒るのも当然だよねぇ反省するぅ。お詫びにぃ…僕とパパで実演してあげるから好きなシチュエーション言ってぇ勇太ぁ」 嶺亜がとんでもないことを口にした。勇太は身を乗り出し岸くんもなんだか良く分からない期待が全身を包む。 「まじかよ嶺亜!よっしゃんじゃあな…」 「え、嶺亜、ほ、ほんとにやる気なの?」 嶺亜は顔を赤らめて照れている。岸くんは生唾を飲んだ。だがその直後に実現不可能であることを思い知らされる。恵が大魔神のような恐ろしい形相でこう呟いた。 「まあ実演後パパおめーは枇杷の木の下に埋まってっけどな…」 高校生組と岸くんのやりとりをリビングの隅で中学生組は若干の疎外感を感じながら横目に見ていた。 「ずるいよ…勇太くん達ばっかりパパと遊んで…龍一だって納得いかないよね?」 颯が同意を求めると龍一は指を動かしながら戦々恐々としていた。 「今下手につっこむと全ての元凶が俺の立ち聞きだってことに気付かれるからそっとしとこう…頼むから颯、回るなよ…」 「あ、もしもしピザーラさん?マルゲリータとイタリアンバジルとモントレー二つずつとナゲットミックスとフレンチフライ、それとシーザーサラダお願いします。場所は…」 嶺亜がいつまでたっても夕飯の支度をしてくれないので、郁は諦めてピザのデリバリーを手配していた。
244 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:21:08.73 O
「今回ばかりは俺も反省したよ。まだまだ俺も父親として修行不足ってか何があっても信じてやらなきゃな。にしても勇太って色んな友達から頼られてるし考えてやってんだな。さすが嶺奈の息子だよ」 妻の遺影に本日の反省を報告するとお約束の嶺亜の誘惑タイムがやってくる。今日は薄いグリーンのふわふわパジャマだ。本当、何を着ても可愛いなあちきしょう… 「パパお疲れ様ぁ。良かったよねぇ勇太が本当に女の子孕ましてなくてぇ。ホっとしたよぉ」 「うん。勇太の奴結局明日ツタヤでAV5本レンタルで機嫌直してくれて良かったよ」 苦笑いしながら言うと、嶺亜は蠱惑的な瞳で見つめてくる。ああもう誘惑に打ち勝てる気がしない。心拍数がえらいことになっている。 「パパぁこないだはごめんねぇ。いきなりキスだけして出て行っちゃってぇ」 「いや…だ、大丈夫…」 「僕、パパの子どもがほしいなぁ」 ああ、それってどういう意味?そういう意味?こういう意味?赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんだよってお話を聞かせてほしいってことなの…?そうじゃなくて… 岸くんは目眩がする。このままだと、また俺は俺でなくなる… 「あ、赤ちゃんは女の子じゃないと産めないよ嶺亜…嶺亜は男の子であって女の子じゃないんだからさ…」 「…」 嶺亜は悲しそうな目をした。岸くんはハっとする。 「れ、嶺亜…?」 ああ…俺、なんかこないだから動揺するあまり失言っぽいの連発しちゃってない?我慢汗とは別の冷たい汗が伝う。
245 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 00:22:14.15 O
「ひどい…パパ…」 嶺亜は顔を覆った。岸くんはまた動揺メーターが振り切る。 「あ…ああああ…ごめん嶺亜、俺はそんなつもりじゃ…ごめんなさいごめんなさい泣かないで泣かないで泣かないでえええええええええええええええええええええええ」 「な〜んちゃってぇ」 嶺亜は顔を見せるとにっこり笑っていた。からかわれちゃったようである。岸くんは安心しかけた。しかけた途端に… 「そうだよ。僕は男の子だもん」 断言するように言い放つと嶺亜は次々に着ているパジャマから下着から脱ぎ捨て、そして… 「あ…あ…嶺亜…」 生まれたままの姿になると嶺亜は言った。 「パパも…僕のこと、気持ち悪いって思う…?」 嶺亜は確かに男である。だがその姿は凄絶に美しかった。 不安げな嶺亜の瞳に、岸くんはただ首を横に振ることしかできなかった。そのままの姿で嶺亜が抱きついてくると、岸くんの意識は曖昧になる。ただ、完全に理性は飛んでいることだけはいやにはっきりと記憶に残っていた。 つづく
あわわわ…えらいこっちゃ… 作者さん乙です
作者さん乙ー! なーんだ勇太いいやつじゃないかめでたしめでたし! …と思ってたら! うわあああああああああああああああああああ れあたんんんんんんんんんんんんんんんんん
248 :
ユーは名無しネ :2013/03/12(火) 04:35:22.85 O
パパも、って!? 続きが気になるよぉぉぉ!
順番的に次はいよいよれあたんか 謎が解けるのか否か…そして先に進めるのか…ゴクリ
作者さん乙です きしくんついにやっちまうの…? れあたんの過去気になるよ
251 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/14(木) 00:31:34.13 O
第9話 岸くんは目覚める。目覚ましの世話にならずに起きるのは実に久々だ。枕元にある時計を薄眼で見るとまだ7時前。目覚ましは7時に合わせてあるからそのセットを解除しようとして… 「あれ…」 起き上がり、自分が何も身につけていないことに気付く。と同時に隣ですやすやと寝息をたてている天使のような寝顔がぼんやりと視界に映る。そうすると一気にまどろみは消去された。 「俺は…!!」 なんてことを…岸くんは愕然とした。 妻の遺影の前で、息子と…最後まで…? 岸くんは気を失いそうになる。白目を剥きかけて泡を吹いていると、嶺亜が「ん〜」ともぞもぞ動きながら起き上がる。そして伸びをして 「おはよぉ…パパぁ…」 まだ寝ぼけまなこだったが緩慢な動きで衣服を身に纏うと嶺亜は時計を見て焦る。 「わ、もう7時だよぉ…お弁当と朝ご飯作らなきゃぁ…」 至って通常営業の嶺亜とは正反対に、岸くんはもうブリキ人形のような動きで出勤した。出勤前の岩橋との待ち合わせもすでに彼が付いていて、ロッテリアでドリップコーヒーを優雅にすすっていた。 「岸くんの方が遅いなんて珍しいね。大抵僕が遅刻するのに…ってどうしたの?なんかカラクリ人形みたいになってるけど」 岸くんはいつの間にかネギミソバーガーを注文していてそれがトレーに乗っていた。 「岩橋…どうしよう、俺…」 「ちょっと待って、コーヒー飲み切るから。またとんでもないこと言って僕に噴水芸をさせようとしているね…?」 岩橋は慌ててコーヒーを飲んだ。口の中が空っぽになるとさあ来い、と岸くんを促した。 「俺、嶺亜と最後までしてしまったかもしれない…」 岩橋は椅子から落ちた。
252 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:33:21.49 O
「とにかく…気を確かに。落ち着くんだ岸くん。僕も相談に乗るから仕事が終わったら連絡して。今日僕はサークルもないし講義も4時までだからいつでも行けるよ」 岩橋がそう言ってくれて少しだけ自分を取り戻すことができ、なんとかその日の業務を岸くんはこなした。そして帰りに岩橋と落ち合う。 「丁度いいや、今日うちで夕飯食べて行って。今からうちに連絡するから…」 岸くんが岩橋を家に連れて行くと嶺亜以外の兄弟は初対面なので珍しそうに彼をじろじろと見る。 「パパおめーの友達、なんか具合悪そうだぞ。大丈夫かよギャハハハハハ!」恵がからかう 「パパの友達ってことは18歳か!んじゃ俺のためにAV借りてくれるリストに入れとくぜ!」勇太がメモる 「ふうむ…パパの友達にしては常識がありそうだな…意外だな」挙武は腕を組んで上から目線だ 「どうもこんにちは!パパのお友達!俺は颯です。F・Uと書いてフウ!」颯はお近づきの印に回り始めた 「…」龍一は人見知りをしてリビングの隅に移動した 「手土産は?お、ケーキじゃん気がきくう〜!!」郁は食べ物で釣られた。 「たくさん食べて下さいねぇ。あとでケーキ切りますぅ」嶺亜はぶりっこをして岩橋を出迎えた。 「なんか…想像以上に賑やかだね…さすが岸くんの家族…」 岩橋は圧倒されている。彼も龍一に勝るとも劣らぬ人見知りだからただただ雰囲気に飲まれていたが嶺亜が何かと親切に岩橋に世話を焼き始めた。隣を陣取り、かいがいしくご飯をよそったり飲み物を注いだり… 岸くんがそれを気にし始めると、恵も同じように思ったのかストレートに不満をぶつけた。 「れいあなんかそいつに親切すぎね?おいあんまくっつくなよお前」 「あ、ご、ごめんなさい…」 岩橋はおどおどしながら嶺亜から離れようとする。が、嶺亜は全く意に介さず 「恵ちゃんはぁちょっとやきもちやきだから気にしないで下さぁい。おかわりしますぅ?」 と相変わらずのべたべた具合である。悩みを相談するつもりが変な方向に動き出してしまった。 「よし岩橋!今から俺達の友好の証に今日はAV上映会やるぞ!ティッシュは沢山あるから遠慮すんなよ!お前SMとか好きそうだな。しかもMの方。そうだろ?」 勇太がまるで10年前からの親友かのようなノリで岩橋を巻きこもうとしたが彼は目を泳がせ始める。 「え、き、岸くんこれはどう返事をすればいいの…?えーぶい?えすえむ?僕は英文学部のくせにこんなことも分からないのか…お腹が…」 真面目な岩橋は勇太のエロジョークについていけないようで戸惑っている。こういうノリは岩橋には無理なのだ。だがその反応がウケている。 「おもしれーなおめー!!今夜泊まってけよ!!部屋ならいっぱいあっからよー!」 恵にばしばしと背中を叩かれ、岩橋はあわあわしながら頷く。そうしてお泊りが決定した。
253 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:34:24.31 O
「なんかごめんな…こんなことになって。断ってくれても全然良かったのに」 岩橋は岸くんの部屋に泊まることになった。彼はううん、と首を振る。 「いや…なんか賑やかで楽しいよ。いつも独りだからこういうのもいいなって…。息子さん達、皆いい子ばっかりだね。なんか僕に似て人見知りしてた子以外は明るくって元気いっぱいで常に笑いが絶えないっていうか…理想の家族だなって」 「なんかそんな風に言われるとこそばいよ。俺だって去年までこんな環境になるなんて思いもしなかったけど…今はいいなってちょっと思えるようになったんだ。…なったんだけどね…」 ベッドを見て、昨晩自分が及んだであろう行為を想像するともう罪悪感やら羞恥心やらで消えてしまいたくなる。嶺亜はいつもと変わらない様子だったし気にしているのは専ら自分だけのような気もするが、気にするなという方が無理だ。 「ほんとにそっくりだ…生きうつしだね…」 仏壇の遺影を眺めながら、岩橋が呟いた。 「だろ?もうね、クローン人間かってくらい似てるんだよ。上目遣いとかうる目とかぶりっことか…親子だから当たり前っちゃあ当たり前だけど…」 岸くんが頭を抱えるとコンコン、とドアがノックされる。嶺亜がバスタオルを持って現れた。 「お風呂入れたから入って下さぁい。これどうぞぉ。案内しますぅ」 きゃっきゃと嶺亜は岩橋の腕を引いてバスルームへと導いて行った。嶺亜のあの様子、もしや…もしや岸くんが以前されたように「背中流しますぅ」とか言って浴室に侵入する気じゃ… 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」 程なくして岩橋の絶叫が轟いた。岸くんはマッハでバスルームに向かった。 「嶺亜ダメええええええええ!!!婿入り前の息子がそんなはしたないこと、今すぐ出なさいいいいいいいいい!!!」 岸くんがバン!とバスルームのドアを壊す勢いで開けると、腰を抜かした岩橋と、湯船に浸かって若干怯えている龍一がいた。 「あれ…?」
254 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:35:34.58 O
「き、岸くん…誰もいないと思ったらそこにきのこみたいなのが…かと思ったら人間で…」 龍一の気配断ちはもはや名人芸である。彼はこうして入浴していても気付かれず侵入されることが多いのか慣れている様子でぼそっと呟いた。 「俺が入ってるのに気付かないで嶺亜兄ちゃんがどうぞって言って…」 「そ…そっか良かった…あー良かった。岩橋、龍一と一緒に入ってやってくれる?似たもの同士会話も弾…まないかもしれないけど」 ほっと胸を撫でおろしながらリビングに岸くんは向かった。そこでは恵と勇太のAVセレクション会議が繰り広げられている。岩橋はリビングに行かせない方がいいな、と思っていると颯が声をかけてくる。 「パパ、この問題分かんないんだけど教えて。挙武くんは自分の勉強にかかりっきりで教えてくれないんだ。龍一は風呂に入ってるし嶺亜くんは家事で忙しいしあの二人はちょっと当てにならないっぽいし」 「ん、分かった。つっても俺もそんなに頭良くないんだけどな…数学かー…苦手だったな…」 必死に記憶と闘いながら中三の数学の問題に悪戦苦闘しているといつの間にかけっこうな時間が過ぎていた。とっくに岩橋はお風呂からあがってるだろうから放ったらかしにしてしまい岸くんは申し訳なさを抱えて自室に戻った。 「あれ…?」 岩橋は岸くんの部屋にいなかった。リビングで颯の勉強を教えていたからそこにも来ていない。一体どこに… と思っていると話し声がとある部屋から漏れている。嶺亜の部屋だ。 「嶺亜?」 ドアを開けると岸くんは目ん玉が飛び出そうになった。 「い…いわ…いわ…」 岩橋が嶺亜をベッドに押し倒していた。
255 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:36:44.49 O
岩橋は極度の人見知りで小心者である。女の子はおろか同年代の男にもなかなか目を見て話すことができない彼がよもやこんな大胆極まりない行動に出るなんて岸くんは夢にも思わない。 まさか…まさか岩橋は職業喪男で実はもの凄いプレイボーイなんじゃ…という錯覚にすら陥った。 「ち、違うよ岸くん…ゴキブリのおもちゃに驚いてしまって…やましいことなんてちっとも…」 岩橋が慌てて否定する。彼の言う通り部屋のカーペットの上にカサカサ動くゴキブリのおもちゃが蠢いていた。 「ごめんなさぁい。玄樹くんならひっかかってくれると思ってぇ」 嶺亜はころころ笑う。イタズラが成功して満足なようだった。だが岸くんは嶺亜の両肩をつかんで説教をする。 「嶺亜、あのね…いくら俺の友達でも、優しそうでも、良く知りもしない人をいきなり部屋に入れるのはどうかと思うんだ。 その…男はいきなりその気になったりするからそういうことは慎まないと、何かあったらどうするんだよ!そ、それに岩橋は女の子に免疫がなくて純情なんだから…あ、あんまり誤解されるような言動は…」 岸くんは途中から自分が何を言っているのかよく分からなくなる。 「僕は男の子だもん」 嶺亜は頬を膨らませた。あ、また怒らせちゃった…?岸くんはもうオタオタとしながら岩橋を自分の部屋に連れて帰った。 「ごめんね岸くん、なんか僕のせいで…」 「いや…岩橋は悪くないよ。俺が勝手に騒いじゃって…みっともない。ごめんなホント」 岸くんは溜息をつく。ここんとこいいとこなしだ。少々へこんでいると、岩橋が嶺奈の遺影を見つめながら呟いた。 「岸くんの気持ちちょっと分かるよ。なんか、嶺亜くんって一緒にいるとちょっと自分が自分じゃなくなるような感じにさせるよね。不思議な子だよね。男の子なのに、そうじゃない感じ…」 「い、岩橋、気を確かに持って。駄目だからね、嶺亜の魔力に負けちゃ…絶対駄目だよ?」 「それって…父親として言ってるの?それとも男として?」 岩橋の問いに、岸くんは虚を衝かれる。
256 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:37:55.24 O
「え…?」 「いくら似ていても、全く別の人間だっていうのが岸くんの中に迷いを植え付けてるのかもね」 岩橋は頼りない声で言った。 「全く同じ人間なんてこの世にいないんだし、奥さんのことあれだけ好きだったんなら尚更その違いが分かるでしょ?分かるからこそ混乱するのかもしれないけど…」 「それは…」 そうかもしれない。初めて会った時はその姿形が妻と寸分違わないことに驚いたりもしたが、一緒に暮らすようになって、中身は全く違うということに岸くんは気付いていた。もちろん、性別もだ。 「「妻に似ているから」「息子だから」じゃなくて、一人の人間として嶺亜くんのことを見たら、多分岸くんの中で迷いや戸惑いみたいなものがいい感じに収まっていくんじゃないかな。…なんて、僕には人に偉そうに言えるだけの人生経験はないけど…」 岸くんが抱えていた靄を、岩橋のその言葉は光へと導いてくれる気がした。今まで自分が目を逸らしていたもの…そこに向き合えるような、そんな救いをもたらす。 「ありがと、岩橋。やっぱ俺はお前と友達で良かった」 岸くんがそう言うと、岩橋は照れて赤くなる。こういう反応が女性の母性本能をくすぐるのだろうが生憎岸くんは男である。「なーに照れてんだよ」と茶化すと彼はまた照れて笑った。 「なんか…ここ数カ月に色々ありすぎて自分の感覚がマヒしてる感じ…。岩橋、俺、なんか変わったって思う?」 灯りを消し、二人でベッドに横たわりながら会話をする。そういえば朝のファストフード店での待ち合わせ以外でゆっくり会話をすることがなくなっちゃってたな…と思う。 「う〜ん、変わったと言えば変わったし、変わってないと言えば変わってないし…」 「何それ。一体どっち?」 岸くんは苦笑いをする。岩橋は押し黙った。
257 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:39:12.42 O
「…岩橋?」 岸くんが問いかけると、岩橋は答える代わりに岸くんのお尻のあたりに手を当ててきた。 「おい岩橋…あ!」 岸くんは思い出した。久しぶりすぎてすっかり忘れていた。 「岸くん…僕が岸くんを変わらせてあげるよ…」 ウィスパーボイスで囁いて、岩橋は小悪魔な笑みを浮かべる。普段の気弱な彼とは対極にあるその眼に記憶が呼び起こされる。岸くんは慌てて離れようとした。が、しっかり捕まえられてしまう。 「い、岩橋、落ち着け!今電気をつける!忘れてたああああああああああああああああああああ」 岩橋は、暗くなると人格が変わる特異体質の持ち主であることを岸くんは忘れていた。彼といる時は決して暗闇を作ってはならない。その掟がすっかり頭から抜け落ちていた。 「奥さんのことは、僕が忘れさせてあげるからね…」 小悪魔から悪魔そのものに進化し、岩橋はにたりと笑う。 高校の修学旅行の時、知らずに電気を消して皆が寝付いた後デーモン化した岩橋が暴れて大変だったのを岸くんは思い出す。 タチが悪いことに本人にその間の記憶が一切なく、「デーモン岩橋」と影で恐れられているのを本人はまたいじめだと思い込んで岸くんは慰めるのに骨が折れた。 「ちょっと待て!とりあえず灯りをつけましょぼんぼりに!あああ!くそ、もうちょいで手が届くのにいいいいいいいいいいいいい」 岸くんはもう必死で部屋の灯りのリモコンを手探りする。その間も岩橋は物凄い力で岸くんの衣服を脱がせてこようとする。早くしないと妻の遺影の前で男に犯されてしまう。こんなことならもう開き直って嶺亜とやりまくってりゃ良かった… ある意味では抱えていた悩みや迷いもぶっ飛んでしまった… 「岸くん…僕と天国に行こう…」 「うわああああああああやめろおおおおおお離せ!!離してこん畜生!!!お前の母ちゃんデベソ!!ゆーたろーゆーたろー先生にゆーたーろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」 錯乱状態で岸くんが雄叫びを上げると奇跡が起きた。
258 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 00:40:48.99 O
部屋の灯りがパッとついた。途端に岩橋の力が抜けるのが分かる。 ああ良かった…助かった…もしかしたら天国の嶺奈が助けてくれたのか?安堵し、岸くんが顔を上げると… 「パパと玄樹くん…何してるのぉ?僕ショックぅ…」 ショックを隠しきれない嶺亜の顔がそこにあった。彼の手は部屋の電灯スイッチにある。その横には兄弟全員が怪訝な表情で立っていた。 「おいおいパパおめー正真正銘の変態エロオヤジだったのかよ…れいあだけじゃなくて俺自分の貞操の心配もしなきゃなんねーのか?」恵が顔をひきつらせた 「両刀使いってヤツかよパパ…。まあいいや、これも新境地だと思って見届けてやるからさっさと続きやれよ!」勇太はゴクリと唾を飲んだ 「ママは男を見る目がないからな…気付かずにあの世に行けただけ幸せなんだろうか」挙武は腕を組む 「パパごめんなさい!なんか騒がしいから何かあったのかと思って…ああああああああ」颯は回り始める 「だから俺の入浴中に入って来たのか…」龍一は愕然とし、身震いをする。 「なんだよ下らねー。そんなことより夜食夜食」郁は早々に引き揚げた。 「岸くん…これは一体…なんでみんな僕らをそんな、キッカイなものでも見るような眼で見ているんだ…?これはなんのいじめだい…?」 岩橋は泣きそうになっている。でも岸くんも泣きそうだった。 「違う皆…最初から全部説明させてくれ…いいからパパの言うことをよく聞くんだよ…」 その日岸家は家中の灯りをつけて就寝することになったという。 つづく
作者さん乙乙!どうなることかと思ったら意外と平和な雰囲気w パパとれあたんが上手くいくといいなあと思っている自分がいるー
260 :
ユーは名無しネ :2013/03/14(木) 01:33:58.56 O
コーヒー飲んでウェルカム!ないわしたん可愛いぃぃ!と思ったらデーモンキターwww 作者さん乙です!いつもありがとうございます
作者さん乙ー! 岸くんも不憫オチ乙ー!www デーモンいい仕事しますなぁ 毎度踏み込んでは謝る颯くん可愛いよ
栗田に襲われる懐かしの展開思い出したw 作者さんもう一年以上続けてるのすごいね
岩橋はいったい何物なんだw 岸くんって襲われる立場になっても全然色気ないのはなぜ…
1日20回くらいこのスレのこと考えてるわ 作者さんの新作に会いたくて会いたくて震えるw
それなんて西野カナwww 自分も同じくだよー! 神7もここの作者さんも読者さんもみんな一年中愛してるよー!
266 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/16(土) 13:01:10.30 O
第十話 その1 岸くんはミスタードーナッツにいる。ポン・デ・黒糖とフレンチクルーラーを交互に食していると待ち合わせの相手、岩橋が10分遅れで到着する。彼はチョコリングとエンゼルフレンチを注文した。 「ごめんね、毎度遅れて…」 「ん、いや。お、エンゼルフレンチもおいしそうだなー」 もぐもぐ食べながらうらやましそうに見ると岩橋は急に話題を変えた。 「岸くん、僕ね…バイトを始めることにしたんだ」 「え!?そうなの?凄いじゃん。ちょっと前まで僕には絶対無理だとか言ってたのに」 「うん…。大学の紹介で、小学生に英語の家庭教師をすることになったんだよ。人見知りだけど子どもは嫌いじゃないし、もし合わなかったら辞めることもできるからって…。 いつまでも親の仕送りにばかり頼ってもいられないし少しずつ人見知りも直していかないと就職もできないからね」 岩橋の前向きな姿勢は岸くんも見習いたい。仕事に子育てにやらなきゃいけないことはけっこう押し寄せてくるから弱音など吐いてはいられないのかもしれない。 「俺もがんばらないとな。息子たちにもしめしがつかないし」 岸くんは食べ終わると岩橋に手を振って出勤した。まずは仕事だ。一人前にはまだ遠いが少なくともミスはせずにこなさなければ… 気を引き締めたかいあって仕事は順調に進む。時計を見ると5時を回っていた。この調子なら今日は6時には出ることができる。 今日の夕飯はなんだろう…嶺亜が笑顔で「おかえりなさぁいパパ、今日のメニューは…」と言ってくれるのを想像するとにやついてしまう。いかんいかん…最後まで気を引き締めなくては… 「岸くん、電話。中学の先生から」 事務員に呼ばれて岸くんは電話に出た。そこで一気に冷水を浴びせられる 「龍一が…ですか…?」
267 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:02:17.41 O
大急ぎで帰宅するとリビングには兄弟全員がいた。龍一が悲痛な表情でソファに座っている。口元に痣を作っているのが見えた。 「龍一、お前…」 岸くんが龍一に駆け寄ろうとすると颯がその前に踊り出る。 「パパ、龍一を怒らないで!龍一は嶺亜くんのためにケンカしたんだから」 「嶺亜の?」 岸くんが意外なその内容に嶺亜の顔を見るとしかし嶺亜は険しい表情だった。 岸くんは龍一の担任の先生から龍一が学校で喧嘩して殴り合いになったと聞いた。相手の親にも連絡が行っている。喧嘩の内容までは知らされなかった。 「龍一おめー甘いぞ!殴るだけじゃなくて再起不能にしてやりゃ良かったんだよ!!俺ならそうするね!!」 恵が興奮気味にまくしたてる。岸くんは龍一に説明を求めた。 「嶺亜兄ちゃんのこと…馬鹿にされて…腹が立ってキレてしまって殴ったんだ…。そしたら相手もやり返してきて…」 「嶺亜を?」 「パパはしんねーだろうけど…」 勇太が補足した。 「俺ら四つ子は中学じゃけっこう有名人だったんだ。四つ子も珍しいし、俺らみんないい意味でも悪い意味でも目立ってたから。当然下級生に知られててもおかしくねえし、今朝嶺亜が龍一に忘れ物届けに行ったからそん時にでも見られたんだろうな」 「その子、おとなしい子や下級生のことよくからかったり乱暴な口のきき方して皆がちょっと恐れてるグループの子なんだ。龍一が悪いわけじゃないよ!」 颯は必死に龍一をかばっていた。理由が分かれば岸くんも龍一を責める気にはなれなかった。 「中学生はまだまだ未熟だしな…心ないことでからかわれたりすることもあるだろう。何も黙って耐える必要はないし龍一はそれぐらいで丁度いい。別にパパだって怒りゃしないだろう?」 挙武の問いかけに岸くんは頷く。 「そりゃまあ…。怪我させたりしたら大変だけど、そんなこと龍一も分かってるだろうし…。だよな、龍一?」 龍一は力なく頷く。 「まあ、颯もいるんだし今度そいつが何か言ってきたら二人で迎え撃てばいい。颯、頼んだぞ」挙武は颯の肩を叩く。 「大丈夫だよ。ケンカしてる時、ほとんどの子が龍一の味方だったしみんなも助けてくれるから。龍一、気にしちゃ駄目だよ」 兄弟達に励まされて、一件落着かのように思われた。だが…
268 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:03:50.79 O
「龍一、余計なことしないでぇ」 嶺亜の冷たい声が響く。室内の空気は一気に緊張状態になった。 「僕なんかのことでそんな問題起こして、受験生なのに内申にも響いちゃうでしょぉ?折角成績いいのに学校生活態度に問題アリなんて書かれちゃ行きたい学校行けなくなっちゃうよぉ。それに、パパにも迷惑かかるじゃん」 「嶺亜…?」 岸くんが声をかけようとするとしかし勇太が反論した。 「お前そういう言い方ねーじゃねーかよ。龍一はお前が馬鹿にされて許せなかったから殴ったんだぞ。へらへら笑って見てろとでも言うのかよ。おとなしい龍一が殴りかかるくらい腹立ったってことだろ。その気持ちそんな風に言うとかどうかと思うぞ」 「どうせ『女みたいで気持ち悪い』とかって言われたんでしょぉ?そんなの大昔から何百回も言われてるから今更僕気にしないしぃ。笑って流してくれた方がいいよぉ」 「嶺亜、お前は慣れてるかもしれないけど龍一にはそんな耐性はないだろ。お前だってそう言われてずっと傷ついてきてよく泣いてたじゃないか。僕らがいつもフォローしてきたし、龍一だって…」 「だからそれが余計なお世話だって言ってるの!」 嶺亜とは思えな大声が響く。龍一は完全に委縮してしまって「ごめんなさい…」と震える声でうつむいた。勇太と挙武は嶺亜の態度をたしなめようとする。が、両者は譲らない。 龍一の気持ちは分かるし、岸くんが彼の立場なら同じことをしたであろう確信もある。しかし一方で嶺亜が自分が原因で弟が問題を起こしてしまうことに対する苛立ちも分かる。岸くんはどっちにどうフォローしていいか分からず混乱した。 「れいあ、落ち着けよ。龍一は反省してるしもうやんねーよ。龍一、そうだろ?」 恵が先程の興奮を収めて冷静な口調で言った。龍一は頷く。 「龍一の気持ちだってれいあには分かってんだろ?だったらそれでいーだろ。この話はおしまい。飯食おうぜ」 恵が嶺亜の頭を撫でると、嶺亜の表情は穏やかになっていく。 「…分かったぁ」 岸くんがほっとしながら食卓を見るとすでに郁がハヤシライスを食べ終わって食品庫のお菓子を漁っていた。兄弟会議には元々加わってなかったようである。末っ子のブレない食欲に岸くんは呆れるやら感心するやらであった。
269 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:04:57.69 O
入浴を済ませた兄弟達はそれぞれゲームをしたり勉強をしたりして過ごしていた。岸くんも入浴が終わり、コーヒー牛乳を飲みにリビングに行くと丁度龍一が冷蔵庫からプリンを出していた。少し元気がなさそうで岸くんは彼の背中をばしっと叩いた。 「龍一、ドンマイドンマイ。いやーでも俺逆に安心した。龍一って何されても言われてもやりかえせない子だと思ってたから…意外と男らしいところもあるんだな」 「でも、嶺亜兄ちゃんにはやっぱり迷惑だったかも…」 それまでゲームをしていた恵が「んなことねーよ」とコントローラーを握ったまま会話に入ってくる。 「れいあはな、おめーにそうされて嬉しい半面、心苦しいんだよ。だから意地んなっちゃってあんな風に言っちゃっただけだ」 恵には嶺亜の気持ちが良くわかっているようだった。さすが「嶺亜限定ブラコン」なだけはある。嶺亜も恵に対しては全権の信頼を置いているように見える。その恵は珍しく真面目な表情で言った。 「れいあはよ、見ての通り男なのにめちゃくちゃ可愛いから小さい頃からクソガキがからかったりちょっかいかけたりしてきてそのたんびに俺らはそいつらボッコボコにしてママが相手の親に怒鳴りこまれてた。 けどママはへらへらしてたからな。でも逆にれいあにはそれが気楽だったんだと思うぜ」 「嶺奈が…」 「パパよー、れいあがママにそっくりで驚いてるかもしんねーけど、全然違うぜ?ママはだらしなかったけどれいあは几帳面で家事もできるし」 「そうそ。嶺亜くんはいっつもママに怒ってたよね。『ママだらしなぁい』って。それが親子っていうより姉妹…兄弟みたいだったよね」 颯もコントローラーを置いて昔を語り始める。 「性格は違うけどよ、趣味が完璧に一致してんだよな」 勇太はグラビアを見ながらソファに寝そべっている。そこでぼそっと呟いた。 「服とか身につけるものとか好きな食べ物とか…とにかく嶺亜とママは何か選択したらいつも一緒だった。嶺亜もママもお互い「真似しないでぇ」っつってよく衝突してたっけな」 岸くんの知らない嶺奈と嶺亜の関係が次々に語られる。岸くんはそれを興味深く聞いた。 「…てなわけでいくらママに似てるからってれいあにおかしな真似しやがったらタダじゃおかねえからな。庭の枇杷の木の肥しになりたくなかったら自重しやがれよパパ?」 久しぶりにすごまれたのと、木の肥しにされかねない真似をすでにしてしまってるかもしれない恐怖から岸くんは発汗しながらあたふたと答えた。 「わ…分かってるよ。そんなこと。いくら超絶可愛くても嶺亜は男だし、女の子じゃないんだからそそそそんな手を出すとかいかがわしい行為をするわけには…俺にも親としての責任はあるし金輪際もう二度と…」 何故か、目の前に迫っていた恵の顔色がさっと変わった。その見開かれた目には「ヤバイ」とでも言いたげな、悔悟と緊張が宿っている。岸くんは不思議に思った。が、恵の視線は岸くんでなくその後ろに注がれているようで、思わず振り返った。 嶺亜が立っていた。彼は何も言わず、冷蔵庫から水を出すとさっさと出て行ってしまった。 「やべ…」 恵の顔面は蒼白になる。勇太と颯も顔を見合わせて苦い顔をしていた。 ばたばたと恵はリビングを出て行く。岸くんにはなんのことかさっぱり分からない。そこへ挙武がリビングにやってきた。 「恵が血相変えて嶺亜の部屋に入って行ったけど…何があったんだ?」
270 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:07:24.54 O
「岸くん?なんか元気ないね。全然アイスクリームに口をつけてないじゃない。溶けちゃってるよ」 翌日、岸くんはいつもの慣習で朝、岩橋とサーティーワンで軽いブレックファストをするはずだったのだが頼んだバニラアイスは一口食べただけであとは溶けてクリーム状になってしまっていた。 「どうかしたの?」 「嶺亜が、昨日、俺の部屋に来なかったんだ…」 「え?」 「毎日来てたのに、昨日は来なかった…なんでかな?やっぱやっちゃったのかな俺…?下手だったのかな…それで嫌われたの?」 「お、落ち着いて、岸くん…。岸くんはその…やっぱり来てほしいの?嶺亜くんの態度はどんな感じ?」 「…今朝はいつもと変わりなかったように思えるけど…なんとなくよそよそしいような、元気がないような、目が合わないような…だからこそ余計に分からなくて…」 岸くんは溜息しか出ない。何か、俺は失態を犯してしまったのだろうか…考えるけど分からない。分からないが嶺亜の態度そのものには大きな変化がないから本人に問い質しようもない。 「分かんないならさ、兄弟達に聞いてみたら?あの子達はずっと生まれた時から一緒だし、岸くんに分からないことも何か知ってるかもしれないし…元気出して」 「うん…ありがとう」 岸くんは出社時間になったのでふらふらと会社に向かった。だが仕事は全然手につかなかった。 帰宅すると、嶺亜は変わった様子はなくキッチンに立って盛りつけをしていた。全員集まって賑やかな食事が始まる。 「それでね、そのメロンパンを友達も一緒に食べたんだけど、これがまた美味しくて…」 「来週、実力テストがあるからその期間は皆サイレントモードでお願いする」 「龍一お前もそろそろビニ本デビューしとくか?ん?」 「ビニールでできてる本か何か…?面白いの…?」 それぞれ思い思いの話題で盛り上がりを見せていたが恵は少しいつもよりおとなしめで「ギャハハハハハ!!」が聞こえてこない。なんとなくそこに気付いた時、郁がエビフライを口いっぱいに頬張りながら皆に言った。 「明日さー、学校の友達来るからリビング空けててくれよ」 「お。瑞稀ちゃんも来んのか?」 勇太がからかうと郁は首を横に振る 「今回は男子ばっかだよ。ゲームすっからさ、頼んだよ」 これが大きな波紋を呼ぶことになるとはこの時岸くんは思いもしなかった。岸くんがエビフライにソースをかけようとすると郁が嶺亜に言った。 「嶺亜兄ちゃんさー、友達来た時とかもうお菓子とかお茶とか持って来なくていいよ。部屋に行ってて」 「…なんでぇ?」 「だって恥ずかしいもん。こないだ一緒に買い物行った時に会った友達が嶺亜兄ちゃんのこと女みたいだって言っててさー。じゃあ皆で見に行こうぜって友達が面白がっちゃって」 郁は全く邪気のない口調だった。だが… 「お兄ちゃんのことが恥ずかしいって言うのぉ…?」 嶺亜の顔は強張っていて、箸を持つ手はわずかに震えていた。それだけで皆もうただならぬ雰囲気を察知して郁に向き直る。 「郁、謝りなよ。そんな言い方したら嶺亜くんが…」颯は味噌汁をこぼしかける 「そうだ郁。お前昨日の龍一の騒動を知らないのか?タイミングが悪いにも程があるぞ」挙武はエビの尻尾を飲みこんでしまった。 さすがの郁も、嶺亜の表情を見てやばいと感じたのか、動揺を見せた。
271 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:09:45.00 O
「だ、だって…。からかわれるのやだし、嶺亜兄ちゃんのこと面白おかしく言われるのもやだから…」 嶺亜は箸をテーブルに叩きつけた。 「分かったぁ…じゃあもう二度と部屋から出ないよぉ…」 低い声でそう呟くと嶺亜はそのまま凄い勢いでリビングを出て行った。岸くんが慌てて嶺亜を追おうとしたが郁の泣き声が轟く。 「恵、やめろ!!」 恵が郁を殴り倒していた。挙武と勇太がそれを止めに入るが恵はもがきながら郁に怒鳴りつける。 「てめふざけんじゃねえぞ!!昨日の今日でれいあ、すっげーナーバスになってんだからな!!ちったぁ考えろ!!」 「落ち着け恵!!郁にそんなこと言ったって…。郁に悪気はないし、タイミングが悪かっただけだ。郁を責めるより嶺亜の側に行ってやれ!」 挙武が叫ぶ。だが恵は完全に我を失って泣き叫ぶ郁になおも襲いかかろうとする。勇太と二人がかりで必死に止められてもそれを蹴散らしそうで、颯と龍一も慌てて加勢する。 「パパ、嶺亜のとこに行ってやってくれ!」 勇太に言われて、岸くんはようやく体が動いた。嶺亜の部屋のドアをノックしながら叫ぶ。 「嶺亜、嶺亜、いい?入…」 「入ってこないでぇ!!」 ドアのすぐ向こうで嶺亜が絶叫するのが岸くんの耳をつんざいた。 「絶対入ってこないで!!どっか行って!!放っといてぇ!!」 「嶺亜、郁は悪気があったわけじゃないよ。まだ子どもだし、本気で嶺亜のこと見られたくないって思ってるわけじゃないよ。だから機嫌直して」 岸くんはなんとか嶺亜を落ち着かせようとした。だが嶺亜のすすり泣きが聞こえると岸くんは反射的にドアを開けた。 「嶺亜…?」 嶺亜は座りこんでいた。 「なんでぇ…?」 肩を震わせ、まるで独り言のように嶺亜は言った。 「なんで僕は、普通の男の子に生まれてこなかったのぉ…?」 嶺亜の目から涙がとめどもなく流れ堕ちる。岸くんは胸が締め付けられる。 「どうして僕はこんななのぉ…?どうやったら普通の男の子になれるのぉ…?僕だって…好きで…こんなになったわけじゃ…ないのに…」 「嶺亜落ち着いて。そんな…普通じゃないなんて誰も思わないよ。嶺亜は可愛いし、それに…」 「嘘」 岸くんの言葉を遮って、嶺亜はまくしたてる。 「パパだって思ってるじゃない!!僕はママとは違うって。いくら似てても男だからって…!だからあの日も…!!」 岸くんは一瞬、嶺亜の言っている意味が分からなかった。が、すぐに思い至る。「あの日」というのは嶺亜が岸くんの前で生まれたままの姿になったあの… 「嶺亜、俺は…」 「パパは僕に何もしなかった…。それが答えってことでしょぉ…?」 岸くんは言葉を失う。あの日、自分は嶺亜に何もしなかった。「それが答え」と嶺亜は今言ったが、そんな答えなど岸くんの中にはなかった。何故なら岸くんは自分でもまだ良く分からないからだ。 いや、分からないというよりは… 階下からばたばたと足音が響くと嶺亜は岸くんを突き飛ばして再びドアを閉めた。そして兄弟達が何を言っても出て来なかった。
272 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:11:34.60 O
郁を落ち着かせて風呂に入れると、リビングに郁と嶺亜以外の全員で家族会議を開いた。 「普段の嶺亜だったら…『ひっどぉい。もう郁のお弁当作ったげないからぁ』って頬を膨らませる程度で済んでたんだろうけどな。タイミングが悪かったな」 勇太が溜息をつく。 「普段温厚なだけに一度キレると手がつけられないんだ、嶺亜は…。しばらくそういうこともなかったんだがな…」 挙武は腕を組んだ。そして龍一は膝を抱えていつも以上に暗くなっていた。 「俺が余計なことして問題起こしたから…それさえなければ…」 「龍一、おめーのだって大した問題じゃねえよ。俺がいらん事言ってパパにあんなこと言わせちまって、嶺亜がそれ聞いちゃったから、それで嶺亜すっげーナーバスになってたんだ。そんで郁のあれだ。引き鉄がそれとはいえ…俺のせいだ」 恵が声を沈ませて言う。岸くんははっとする。 「俺の言ったことで、嶺亜があんな風になったのか、恵…」 恵は首を横に振る。 「パパおめーのせいじゃねえ。俺があんなこと言わなけりゃパパはそれに返すこともなかっただろうし。パパのせいじゃねえよ。気にすんな」 「気にするよ」 岸くんは声を震わす。 「俺は、嶺亜が…傷つくことを言っちゃったんだろ。嶺亜もさっき言ってた…ママとは違う、いくら似てても男だ…それが嶺亜をあんなに不安定にしちゃったの?」 岸くんは、兄弟達に問う。分からないことだらけなら、兄弟達に教えてもらうべきだという岩橋の言葉を今思い出す。疑問を次々に口にした。 「前に嶺亜に…『初恋はいつ?どんな子?』って訊いたら嶺亜はすごい怖い顔をした…。あれも嶺亜にとっては言われたくなかったことなんだよね?教えてくれないか…?」 四つ子がはっとした表情になる。挙武が目を見開きながら岸くんに訊ねた。 「パパ、嶺亜の初恋について訊いてしまったのか…?嶺亜はどういう反応を示した?」 「顔が強張って、怖い目で俺を睨んで…で、次に…そ、その、俺にキスしてそれで…」 恵の反応が怖かったが彼はまだ冷静さを保っていた。 「それで済んだのか…。やっぱり嶺亜はパパのこと…」 挙武の呟きに、勇太が頷きながら岸くんにこう語り始めた。 「あいつの初恋の相手は、ママの恋人だよ」 「え…?」 予想だにしない答えが帰ってきて、岸くんは呆然とする。
273 :
ユーは名無しネ :2013/03/16(土) 13:13:37.13 O
「ママは美人でモテたからな。未亡人でも男はわんさか寄ってきたし、ママもまだまだ若かったから恋人ぐらい作るだろうよ。小四の時だったっけな…ママが初めて恋人をうちに連れてきた。 俺らはテキトーに接してたけど嶺亜はすげえそいつに懐いてた。イケメンで優しかったし傍目にもそいつのこと好きだってのは俺ら全員分かってた。ママが好きになったんなら嶺亜も好きになって当然だ。それくらいママと嶺亜はシンクロしてんだよ。 あの二人に比べれば本当の双子の颯と龍一ですら全く双子っぽくないくらいな。 そいつも嶺亜がママそっくりでしかも自分に懐いてるから嶺亜のこと可愛がってたんだよ。だけど…」 続きは挙武がした。 「バレンタインの時だったか…嶺亜がそいつにチョコレートを渡した。当然笑顔で受け取ってくれるかと思ったらそうじゃなかったんだ。 『嶺亜、お前は男の子なんだからこんなことするな。お前は嶺奈とは違う、似てるけど女の子じゃないんだ。男が男にこんなことするのは気持ち悪いことだ』って…。 言ってることは間違いじゃないし、その人も嶺亜のことを思って言ったんだと思う。でもそれは嶺亜にとって一番残酷な言葉だったんだ」 「れいあが泣いて、そいつのこと俺らが三人がかりでボコボコにしたから、結局ママはそいつと別れることになったらしいけど…ママはそれから自分の恋人を俺らに会わすことはなくなった」 「ママと嶺亜は喧嘩ばっかしてたけど…ママは自分のせいで嶺亜を辛い目に遭わせてしまったことすっげー気にしてたな。それから嶺亜に初恋の話はタブーなんだよ」 勇太はそこで言葉を切る。 「でも、パパがそのタブー犯したにもかかわらず、その程度で済んでるのはやっぱ嶺亜にとってパパは特別なんかもしんねえな。そうでなかったらパパそん時チンチン噛みちぎられてるかもしんねえから。それくらい嶺亜にとってはトラウマなんだよ」 岸くんは背中が冷たくなっていく。トラウマに触れただけでなく、そのセリフは… 恵が頭を抱えて声を絞り出す 「パパの口からまたそいつと同じような言葉が出ちまったから…れいあはすげえショックだったんだ。昨日、俺が慰めたけど結局泣きながら寝ちまった…。朝普通な感じに戻ってたから大丈夫かと思ったんだけどよ…。俺があんなこと言わなきゃ…」 「パパすまない。こんなことになるなら話しておけば良かった。まさかこんなにアクシデントが重なり合うなんて…」 挙武が申し訳なさそうに岸くんに言ったが、岸くんはもう消えてしまいたかった。自分が許せなくて、情けなくて…。取り繕うために言った言葉がそんなにも嶺亜を傷つけていたなんて、思いもしなかった。 いてもたってもいられなくて、岸くんは再び嶺亜の部屋のドアをノックする。だが返事はない。ドアノブを回すとそれはあっさり開いた。 「嶺亜…?」 嶺亜はそこにいなかった。 その2につづく
作者さん本当に乙です みんな思いやりがあって優しい子達なのに 少しずつずれた歯車が…あぁ、れあたんどこいったの 続き楽しみにしてる
ああ…れあたん…作者さん乙乙乙です その2が楽しみすぎて楽しみすぎて震える
うわあああああれあたんんん 作者さん乙!続き楽しみすぎて眠れないよおおおおおお
ええええええれあたんどこいっちゃったのおおおお?? 楽しみに待ってます 今回も乙です素晴らしい
ぎゃあああれいあどこおおおおう 泣いたよううううう
この傷つきやすいれあたんにリアルれあたんの良い意味での強かさを分けてあげたい… れあたんどうか幸せになってほしいよおおおおお 作者さん乙です!!
280 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/17(日) 14:10:11.38 O
第十話 その2 ねぇ、けいちゃん、ぼくねぇおおきくなったら「まま」になりたいんだぁ え、「まま」っておんなのこしかなれないんじゃね?れいあはおとこのこじゃん そうだけどぉ…ほいくえんのせんせいががんばったらゆめはかなうよっていってたよぉ そっか んじゃなれるよ だってれいあはかわいいからな じゃあおれはせいぎのみかたになる ふふっ ありがとぉけいちゃん じゃあおままごとでれんしゅうしよぉ どこをどう歩いたのか、気付いた時にはあまり知らないところにいた。歩いていける距離だから大して離れてはいないことだけは分かったが周りの景色は見覚えのないところである。もう陽も暮れて大分経っているから人はまばらだ。 衝動的に家を出てしまったものの、当てがあるわけではない。携帯電話も何も持たずに出てしまったから友達にも連絡が取れない。ふらふらと彷徨うことしかできなかった。 歩きながら嶺亜は思い出す。思い出せる範囲で昔のことから順に…。 幼い頃は四つ子の他の三人が戦隊ヒーローごっこに夢中になる横で一人だけおままごとやお絵描きをして楽しんでいた。三人は優しいから時々嶺亜のおままごとに付き合ってくれた。配役はいつも決まっていた。 「嶺亜、ママの役ぅ」「んじゃ俺はパパな!ギャハハハハ」「じゃあ俺は団地妻を狙うセールスマンの役やってやんよ」「僕はエリートの慶応ボーイの役でもやるか」 双子の弟がままごとができるようになってからは兄の権限でそれに付き合わすことができて楽しかった。颯をパパ役、龍一をペットの犬役にして楽しんでいた。 嶺亜には父親の記憶はなく、他の皆も同様である。離婚か死別かも母は語らなかったし、郁が生まれるまでその存在はあったらしいがどうやら忙しい人であまり触れあえなかったらしい。写真を見たが恵が一番父親に顔が似ていた。 成長していくにつれ、自分が所謂「普通の男の子」ではないことに気付いたが、嶺亜には三人の四つ子の弟がいて彼らがいつでも守ってくれたから深く悩まず過ごすことができた。そう、小学四年生までは…。 四年生の時、初めて人を好きになった。それは母親の恋人だった。 母・嶺奈は早くに夫を亡くしたことと、元々男性への依存が強いこと、そして美しい容姿をしていることから恋人の存在は常にあった。何人か入れ替わりはあったようだが嶺亜が会ったのはその時の恋人だけだ。多分、母は結婚も考えていたんだと思う。 初めて会った時から大好きになり、一緒にいたくて、自分を見てほしくてなんでもした。その恋人も嶺亜のことを可愛がってくれた。 だけどやっぱりそれが実ることはなかった。「お前は男の子なんだから。女の子とは違う」この言葉が今でも思い出すたびに胸をえぐる。 心と体の微妙なズレは、中学に入学した頃からもっと顕著になる。声変わりが中学三年生で始まった時、自分の声を聞きたくなくてずっとしゃべらずにいたら恵達が心配して色々励ましてくれたのが救いだった。 心ないことを言われてからかわれたり、笑われたりすることは何度もあったがその度に恵達が守ってくれたし、兄弟であることは友達のそれと違ってずっと永遠に続く。だからこれでいい、大丈夫、と嶺亜は思うようにしていた。
281 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:11:46.09 O
嶺亜の失恋をきっかけに、自分の恋人を一切会わせたり見せたりすることがなくなった母が「新しいパパができるよぉ」と言いだしたのはつい数か月前のことだ。それまで「再婚は、あんた達がみんな独り立ちしてからにするねぇ」と言っていたのに… 恵と勇太は怒った。それは赤の他人と一緒に暮らすことへの反発というよりはやはり嶺亜のことを心配したからだと思う。挙武もそうだったが彼は「一人部屋ができるよぉ」という母の言葉に丸めこまれていた。 颯は無邪気に「どんなパパ?」と目を輝かせていたし、龍一は人見知りだから他人と一緒に暮らすことに抵抗はあったようだが彼には反論するだけのパワーはない。郁は「飯食わせてくれるんなら誰でもいい」と呑気だった。 嶺亜も反対した。今まで家事もろくにせず、三者面談も保護者会も運動会の応援にも来ず、一人気ままに自分勝手に遊んでいたのに今更結婚ってどういうことだと詰め寄った。当然、口喧嘩になり 「新しいパパのこと、僕が誘惑したらどうするぅ?ママより若いんだからぁ、絶対僕の方がいいって思うよねぇ。そしたら泥沼だよぉ。また僕が傷ついておしまいじゃん」 「そうなったらその時だよぉ。それでもあたしは後悔しないよぉ。…それに」 母は確信しきった口調で言った。 「優太は、絶対嶺亜のこと傷つけたりしないよぉ。…例え傷つけてしまうことがあってもそれ以上のものをくれる。会ってみれば分かるよぉ。嶺亜とあたしは好みが完全に一致してるもんねぇ。嫌だけどぉ」 初めて嶺亜は口喧嘩で母に負けた。それ以上言い返す言葉が出なかったのだ。 そして母が亡くなり、岸くんが新居に来た。それは想像以上に若いパパで、およそパパとは言えない年齢だったが嶺亜には母の言った意味がその時理解できたのである。だから躊躇いなく自分を出すことができた。 受け入れられなくてもいい。ずっと側にいたい。 愛する女性に瓜二つの男に迫られて、岸くんが混乱しているのは分かる。それでも抑えられなかった。 だが強い気持ちはしかし、拒絶された時の絶望が常に付き纏う。また同じようなことになったら今度は… 「嶺亜…くん…?」 ふいに、名前を呼ばれて嶺亜の意識は現実に引き戻される。そこには知った顔があった。相手は何故こんなところに嶺亜がいるのか、疑問でいっぱいの表情だった。 「あ…」 その名前を呼ぼうとすると、頬に冷たいものが当たる。 見上げると、黒い空から涙のような雨が次々に降り注いだ。
282 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:13:08.11 O
嶺亜がどことも知らない街を彷徨っている頃、岸家は大騒ぎだった。 「れいあがいないってどういうことだよパパ!さっきドアバタンってしめてそこに閉じこもってたじゃねーかよ!一体どこに行くっつーんだよ!」 「分かんない…クローゼットの中とか、屋根裏とか全部見て回ったけどどこにもいないんだ」 背筋が冷たくなる。だがどんどん心拍数だけは上がる。岸くんは、自分の手が震えていることを自覚した。 「靴がない…」 玄関で、龍一が呟いたのが聞こえた。確かに嶺亜がいつも履いている靴がなかった。 「携帯だ!携帯鳴らしてみろ!」 勇太が叫ぶと颯がリビングの電話機をつかって嶺亜の携帯電話にかける。が、彼の部屋からその着信音が漏れてきた。携帯も持たずに出て行ったということになる。 「こんな時間に、どこに行くっていうんだ…携帯も何も持たないで…」 「どしたの…?」 風呂から上がった郁が不思議そうな顔で皆に訊ねる。嶺亜がいなくなったことを知ると郁はまた泣き始めた。 「俺があんなこと言ったからだ!うええええええええええん」 泣き叫ぶ郁を颯が慰め、落ち着かせようと試みる。その間も岸くんは右往左往した。完全にパニックになってしまって思考が働かず、体が動かない。 「嶺亜が行きそうなとことか…友達の家とか心当たりは…?」 「高校は共通の友達少なねえからな…とりあえず中学ん時の友達に電話してみる」 「僕も当たってみる」 勇太と挙武は携帯電話を持ち、可能性のある子に片っ端から電話をかけ始めた。 「おい!!どこ行くんだ、龍一!!」 恵の怒鳴り声で、龍一が玄関から出て行こうとするのが見える。 「兄ちゃんを探さなきゃ…」 「どこ探しに行くっつんだよ!見当もつけずに行ったらお前まで行方不明になりかねねえじゃねえか!!」 恵の叱責に、龍一は「でも…」と躊躇い気味にドアを開ける。だがそこから強い雨風がさしこんできた。 「雨だ…」 外は激しい雨が降っていた。嶺亜は傘なんてきっと持って行っていない。どこか雨がしのげる場所にいればいいのだが、いかんせんどこに行ったのか分からない状態ではより一層の不安が付きまとう。 頼むから、誰か友達のところにでもいてくれ…岸くんは祈るような気持ちだった。所在さえ分かればすぐにでも駆け付ける。だから、どこにいるのかだけでも… 30分後、全ての心当たりに電話をかけ終わった勇太と挙武は苦々しい顔で首を横に振った。
283 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:14:39.18 O
「ごめんなさい、急にお邪魔してぇ…」 雨に濡れた頭を、岩橋の貸したタオルで拭きながら嶺亜は申し訳なさそうに頭を下げる。岩橋は「ううん」と首を横に振る。 雨は激しさを増している。嶺亜は何も持っておらず、このままではずぶ濡れになると判断して岩橋は自分の暮らすワンルームマンションに彼を一時避難させたのである。 「傘貸そうか?バス代ある?」 岩橋の家から嶺亜の家まではバスで20分ほどの距離だ。だが雨が激しい上にこの時間になると本数はぐっと減る。 「…」 嶺亜は目を伏せている。傍目にも元気がないことは一目瞭然で何かあったのかもしれない。でなければこんな時間にこんな場所を何も持たずウロウロしているわけがない。岩橋はなんとなく思った。 「何かあったの…?」 岩橋の問いに、嶺亜は答えない。今にも泣きだしてしまいそうで岩橋はおろおろとした。 そうだ、こんな時は… 岩橋は携帯電話を手に取った。だが… 「パパには連絡しないで」 すがるように、嶺亜は言った。その眼には涙が溢れている。岩橋も何故か泣きそうになる。他人の感情に敏感なあまりすぐにそれをもらってしまう悪い癖が働いている。 「どうして岸くんには連絡したくないの?絶対心配してるよ…。友達の大事な人を預かっておいて連絡もしないなんてことは僕には…できないよ」 「僕のせいで…」 嶺亜の目からついに涙が零れおちた。そして喘ぐように嶺亜は吐き出す。 「みんなにぃ…迷惑がかかってぇ…僕がこんなだから…パパだって僕のことぉ…」 涙で声にならず、嶺亜はしゃくりあげている。痛いくらいにその辛さだけは伝わってきたから岩橋は岸くんに連絡することを躊躇った。したらきっと嶺亜はここを出て行ってしまうだろう。そうしたら本当に取り返しのつかないことになりそうな気がして動けなかった。
284 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:16:06.99 O
「どうして…僕はこんななんだろぉって…もっと…普通の男の子に生まれてたらぁ…こんな思いしなくてもすむのに…どうしてぇ…」 「嶺亜くん…」 岩橋には嶺亜の気持ちは良く分かる。自身もナイーブすぎる性格が原因で中学生になった頃から周りの変化に対応できなくなってきた。それと重なる。 何か言われたら、必要以上に傷ついてふさぎこんで、どこにも誰にも吐き出せなくて全て自分の内に溜め込んだ。大丈夫って思ってたはずなのに、体が言うことを聞かなくて学校に行くことができなかった。 どうして自分はこんな性格なんだろう…と何度も何度も考えた。他の子みたいに冗談っぽくうけて返して、そこから人間関係を築いていく、そういう当たり前のことが自分にはできない。それはいつしか劣等感となってこびりついた。 「でも僕は変われない…僕なんか…生まれてこなきゃ…良かったんだぁ…」 それは岩橋がつい数年前まで抱いていたものと寸分違わぬものだった。 こんな、集団生活に適応できない自分なんか生まれて来なければ良かった。家族は自分を恥に思うだろう。そんなことないって言ってくれてももう自分自身がそうとしか思えなくなっている。だからどこにも救いがない、そう頑なに思いこんでいたのだ。 だけど今は違う。 ではどう違うのか?自分は変わったのか? 答えは否だ。今も昔も自分はそう変わっていない。相変わらず人とのコミュニケーションは上手く取れないし、何かプレッシャーがあるとすぐにお腹が痛くなる。女の子どころか同年代の男の子ですら目を合わせて話すことも難しい。ちっとも変わってなどいないのだ。 だからこそ、岩橋には言える言葉が、かける言葉があった。それは自分と嶺亜が少し重なって見えるから。そう、似たような悩みを抱えるからこそそこに寄り添うことができる。 「あのね…嶺亜くん…」 それから岩橋は嶺亜に語った。小さい頃から気弱でよく泣いていたこと、中学に馴染めなくて不登校になったこと、高校でもそうなりがちだったこと…
285 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:17:54.77 O
「でもね、高二の時…教室の隅にいた僕に、皆にするのと変わらない口調で話しかけてくれる人がいたんだ」 その時のことは鮮明に覚えている。本当に何気ない言葉だった。「ごめん、消しゴム貸して。ペンケースに入れてたはずなのになんでかなくなっちゃった」…彼は笑いながらそう言った。 「それが岸くんだよ。その時は何も言わず消しゴムを渡しただけだけど…席が隣同士だったから何かと話しかけてくれて、笑ってくれて、僕の話も聞いてくれて…。それが僕にとってすごく嬉しかったんだ。 岸くんといると笑ってられる。だから僕は学校に行くのが苦じゃなくなった」 「パパが…?」 「そう。岸くんの明るい性格と僕の性格は正反対で、上手くいくわけないと最初は思ってた。すぐに離れていくだろうって。でも…そうじゃなかった。岸くんは僕と一緒にいてくれて皆と同じように接してくれたんだ。そこで僕は気付くことができた」 外の雨は激しさを増す一方で、自分の頼りない声が掻き消されてしまいそうだった。だが岩橋は続けた。 「自分が変われなくても、こんな自分でもいいと思ってくれる人がいるんだってことに。無理して変わろうとしなくても、ありのままの僕を受け入れてくれて「友達」として接してくれる人が世の中にはいるんだってことに気付いた時、初めて自分に自信が持てた。だから…」 岩橋は嶺亜の目をじっと見つめた。濡れた瞳に自分が映っているのがぼんやりと意識できる。 「だから嶺亜くんのこと、そのままでも大切にしてくれる人はいると思うんだ。ていうか、家族みんながそうだと思う。こないだ家にお邪魔した時に思ったよ。 兄弟みんな嶺亜くんを頼りにしてるし、守ってくれるし、皆が皆を支え合っている。そう思ったよ。そして、岸くんも…嶺亜くんのことを大切に思っているよ」 嶺亜はしばらく沈黙した。しかしややあって小さく頷く。 「なんて…偉そうに言っちゃったけど、僕だって悩むこととか落ち込むことはしょっちゅうだし、嫌なことがあったりするとすぐに自己否定しちゃうからね。嶺亜くんはきっと僕よりずっとしっかりしてると思うし…何か嫌なことが重なったからだよね?」 「うん…」 嶺亜はそれから少しずついきさつを語ってくれた。岸くんとのことで不安定になっている時に弟が自分のせいで問題を起こしたこと、一番言われたくない言葉を岸くんの口から聞いてしまったこと、末っ子に当たってしまったこと… 全て話し終えると嶺亜は少し穏やかな表情になっていた。 「岸くんに連絡させてもらってもいい?絶対心配してるし、もしかしたらこの雨の中捜索してるかもしれないから早く安心させてあげたいんだ」 「はぁい…」 嶺亜は素直に頷く。岩橋は岸くんに電話をかけた。
286 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:18:59.11 O
「どこへ行ったんだ、嶺亜…こんなこと今までなかったのに…」 挙武が悲痛な面持ちで呟く。依然として嶺亜の行方の手掛かりはゼロだった。 「パパ、一応警察にだけは行った方がいいんじゃね?どっかで補導されてたらすぐうちに連絡してもらえるように…もうそれしかねえ」 勇太が岸くんに提案した。だが岸くんは動けない。 全身から体温が失われて行く。立っているのがやっとで、指が震えていた。 「嶺亜…」 熱にうかされたように岸くんはその名を呟く。だがうまく発音できない。 「おいパパ、しっかりしろよ!」 勇太が肩を揺さぶるが、岸くんには聞こえないのか、まるで独り言のように岸くんは呟く。 「嶺亜まで…いなくなったら…俺は…俺は…」 「アホかてめえ!!!れいあはいなくなんかならねえよ!!」 恵は物凄い剣幕で岸くんの胸倉を掴んだ。そして大声でまくしたてる。 「アホなこと考えてる暇があったら皆で手分けしてれいあ探すんだよ!!てめーがやんねえなら俺が行ってくる!!そこで待っとけ!!」 雨は激しさを増し、時折ゴロゴロと雷のような音が鳴っている。激しい雷雨になりそうだった。こんな中で嶺亜が一人でいると思うと胸が張り裂けそうになる。 嶺奈を失ったのは不慮の事故で突然だった。 だが、嶺亜は…。 嶺亜はまだ探しに行ける。今度こそ、失わないようにできることがある。いや、やらなければいけない。 岸くんはそこに行きつくと、ようやく体が動いた。 恵と共に外に出ようと靴を履いていると、ポケットの中の携帯電話が鳴る。 岩橋からだった。
287 :
ユーは名無しネ :2013/03/17(日) 14:21:24.16 O
「もしもし?」 「あ、岸くん…あのね、嶺亜くんのことなんだけど…」 「嶺亜が!?どうしたの!?」 岸くんはぎゅっと胃が収縮した。 「落ち着いて。嶺亜くんね、うちにいるんだ。家庭教師のバイトの帰りにうちの近くで歩いてるところにばったり会って、雨も降って来たからとりあえず雨宿りしてもらったんだけど…嶺亜くんから話は聞いた」 「嶺亜が…岩橋の家に…?」 「大丈夫だよ、岸くん。嶺亜くんは無事だから。迎えに来てやってくれるよね…?」 「ありがとう!!今すぐ行くから!!」 岸くんは電話を切った。後ろを振り向くと兄弟が全員いた。話の内容を聞いていたらしく安堵の色が皆に見える。 「嶺亜は岩橋の家にいるって。今から迎えに行ってくる。バスはもうないかもしれないけど、歩いても行けるから」 「おう。頼んだぞパパ」 恵に言われて、岸くんは頷く。と、そこで大きく雷鳴が轟いた。 「え」 視界が暗転する。いきなりの真っ暗闇に岸くんはじめ皆驚き、ざわついた。 「いまので…もしかしたら停電になったのか…?」 「やべ…ブレーカー落ちてる?」 おたおたとしていると、龍一が暗闇でぼそっと呟いた。 「この停電…ここいら一帯でなってるとしたら…。あの岩橋って人確か暗くなると人格が変わるんじゃなかったっけ…?嶺亜兄ちゃんが…」 一瞬の沈黙。そして… 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 最悪だ。最悪の展開だ。全員絶叫した。 「どーすんだよオイ!!れいあの力じゃ多分かなわねーぞ!!パパおめーでもかなわないんだろ岩橋のデーモン化バージョンにはよ!!」恵が叫ぶ 「ちょ、シャレんなんねーぞ!!嶺亜ただでさえ精神状態良くねーのに泣きっ面に蜂じゃねーかよ!!」勇太が喚く 「嶺亜くんが…嶺亜くんがあああああああああああ」颯は暗闇で回り始めた 「うわあああああああああ俺のせいだああああああああああ」龍一は錯乱している 「嶺亜兄ちゃんごべんなざいいいいいいいうえええええええええあああああああ」郁は泣きじゃくる 「パパ早く嶺亜のところに…!!ちょっと待ってくれ、確か玄関の靴箱のなかにあったはず…これだ!!」 挙武は暗闇の中で何かを探りだし、そしてそれを岸くんに手渡した。非常用の大きな懐中電灯だ。ボタンを押すとぱっとあたりが明るく照らされる。高性能である。 岸くんは傘も差さずに飛び出した。神はまだ見捨ててはいない、大きな道路に出るとタクシーが走っておりすぐつかまった。 「すいません!!急いでここまで行って下さい!息子の…嶺亜の貞操がかかってるんですうううううう!!!」 運転手は岸くんの勢いに圧倒されてアクセルべた踏みで制限速度ギリギリで飛ばしてくれた。 その3につづく
作者さん乙乙乙乙乙乙です! お話がぐいぐい加速してきた感じですごく楽しい!!
また続いちゃったよひっぱるねえええ 気になって気になってもうはやく続きを… とりあえず作者さん今回も乙です 素晴らしいものをありがとう
作者さんいつも乙です 毎回なにげない伏線を次の話で回収してるのが本当にすごい 感心したり笑ったり泣いたり萌えたり… 続き楽しみにしてます!!
作者さんおつです なんかクライマックスって感じで続きを読みたいような寂しいような… 嶺亜と嶺奈の口調がほぼ同じだけど微妙に違うとことか本当上手い!
今岸くんは株式会社衝撃って会社で働いてるようにすら思えてきた… 東京ド-ム公演、シンメがばらばらだったり色々言いたいこともあったけど皆頑張ってたよ
株式会社衝撃www 隠しきれないブラック臭がするよぉ…
294 :
連載リレー小説 岸家の人々 :2013/03/19(火) 12:13:02.50 O
第十話 その3 「お釣りいりませんから!!」 岸くんは千円札を運転手に投げ付け、飛び出した。 「おきゃっさん、足りないよ…!!ああもういいよくそ…!!」 何か言っている声が聞こえたが最早躊躇している余裕はない。一秒でも早く岩橋のデーモン化を解除しなくては… 停電は続いている。街はまるで黙祷しているかのように真っ暗闇だ。 岸くんは岩橋のワンルームマンションの階段を駆け上がった。彼の部屋は206だ。何度か訪れたことがあるからすぐに分かった。 「岩橋!!岩橋!!開けて!!俺だよ、岸優太!!早くうううううううううう」 しかしドアは開かない。沈黙したままである。 「くそ…!!」 考えてみれば、デーモン状態の岩橋が「やあ岸くんいらっしゃい。早かったね」なんて笑顔で迎え入れるわけがない。玄関から入ろうなんてのがそもそも間違いだ。 岸くんは裏手に回った。二階のベランダ。1、2、3…6番目の部屋に狙いを定め、まず一階のフェンスによじのぼる。ここで空き巣か何かと一階の住人に間違えられたらもう目も当てられない。素早い動作で二階のベランダの柵に捕まった。 雨で滑りやすくなっているが気力を振り絞ってどうにかベランダに到達する。次にガラス戸に手をかけた。ここの鍵が閉まっていたら…もうこの高性能懐中電灯で叩き割るしかない…そう思いながらガラス戸に手をかけた。 それはするすると滑った。鍵はかかっていなかった。岸くんは叫びながら中に入る。 「嶺亜!!!」 暗闇に目が慣れているおかげでそれはすぐに視界に捕えることができた。 「やめ…やめてぇ…」 「大丈夫…優しくしてあげる…」 岩橋が嶺亜に覆いかぶさっている。岸くんは瞬間的に自分の頭に血が昇るのを自覚した。 「岩橋…ごめん!!!!!」 岸くんはありったけの力で岩橋に殴りかかり、嶺亜から離すことに成功すると、懐中電灯をつけた。 「…パパぁ…?」 嶺亜は目を見開いている。少し離れたところで岩橋は呻いていた。懐中電灯を当てると眩しそうに目を細め、そして… 「岸くん…?」 いつもの岩橋に戻っていた。
295 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:13:56.12 O
「ごめん岩橋…恩を仇で返すようなことしちゃって…」 「岸くん…?よく分からないけど…ずぶ濡れ出し風邪ひくよ。…いてて、なんで右頬がこんなに痛むんだろう…暗闇でどこかぶつけたかな…」 記憶のない岩橋は腫れた頬をさすりながら首を捻った。 停電はすぐに復旧した。ブレーカーを上げると灯りが灯る。嶺亜の戸惑い気味の表情が照らされていた。 「パパ…ごめんなさい…」 嶺亜は顎を引く。そして眉根を寄せて辛そうな顔をした。 「取り乱しちゃってぇ…皆に迷惑かけてぇ…心配かけてぇ…ごめんなさい。僕…」 「嶺亜、帰ろう…」 岸くんは嶺亜の言葉を遮って言った。手を握るとそれがひどく冷たいことに気付く。小さい手。岸くんは自分の大きな手でそれを包みこんだ。 「パパ?」 「嶺亜がいなくなった時…」 岸くんは自分が泣いていることに気付く。 「怖かった…。嶺奈を失って…嶺亜までいなくなったら俺はもう生きていけない…お願いだから、嶺亜…」 岸くんは嶺亜を抱き締めた。 「ずっと側にいて。もう絶対に傷つけるようなこと言わないから…。俺には…」 嶺亜を見つめて、岸くんは言った。 「俺には、嶺亜が必要なんだ…」 「パパ…」 「嶺亜くん、良かったね」 岩橋の穏やかな声が後ろで響いた。 「岸くんは嶺亜くんの全部を受け留めてくれてるよ。何も心配することなんてなかったんだ。…なんかちょっぴり妬けるけどね」
296 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:15:04.28 O
岩橋から借りた傘に二人で入って、岸くんと嶺亜は帰宅した。皆がばたばたと玄関に集まる。 「ただいま」 岸くんが言うと、安堵の溜息が漏れた。 「ったく、心配かけんじゃねーよ嶺亜」勇太は鼻をすする 「とんだお騒がせだ。おかげで勉強の時間が大幅に削られた。明日はハンバーグで頼む」挙武は浅い溜息をつき、微笑む 「嶺亜くん、パパ。おかえりなさい」颯はにっこり笑った 「うえええええええええ嶺亜兄ちゃんごめんなさいいいいいいいいい」 郁は嶺亜に抱きついた。そしてわんわん泣く。 「もうあんなこと言わねえから!!嶺亜兄ちゃんがいなきゃやだよ!!」 「郁ぅ…お兄ちゃんこそごめんねぇ」 嶺亜は郁の頭を撫でながら龍一を見た。 「龍一もごめんね…」 龍一は片手で顔を覆う。颯とはまた違った意味であまり感情を表に出さない龍一が声をあげて泣くのは母の葬儀以来だ。そこから彼がどれだけ不安だったかと、今安堵しているかが窺い知れる。颯が龍一の肩を抱いた。 「れいあ」 それまで一番後ろにいた恵が嶺亜と岸くんの前に踊り出る。 「恵ちゃん…」 「あんま心配かけんじゃねーよ」 恵にしてはぶっきらぼうな言い方だった。皆は静かにそれを見守る。 「ごめんね恵ちゃん…心配かけてぇ…」 恵はうつむく嶺亜の頭にぽんと手を置いた。そしてにっこりと笑う。 「良かったじゃねーかよれいあ、お前の夢叶ってよ」
297 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:16:18.10 O
「僕の…夢ぇ…?」 恵は頷いた。そして岸くんをちらりと見やる 「パパが叶えてくれたんだろ。お前が「ママ」になりたいって夢を。だよな、パパ?」 「え…?」 岸くんは嶺亜の顔を見る。嶺亜はうーんと考える仕草をした後「あ」と口を開けた。 「忘れてたぁ…そんなことぉ…恵ちゃん、覚えててくれたのぉ…?保育園の時の話だよぉ」 「あたりめーだろ!!俺がれいあが言ったこと忘れるとでも思ってんのかよ!!記憶力にゃ自信ねーけどこれだけは自信あるぜ!!」 恵は誇らしく胸を張った。 「そーいや嶺亜はそんなこと言ってたっけな。俺はなんつったっけな…『世界中の美女を嫁にしてハーレム作りたい』だったっけな」 勇太が考える。挙武はそれを呆れ顔で見ながら 「ああ思い出したよ…それで保育園の先生が「ゆうた君真面目に考えなさい!!」って怒ったんだっけな。僕は確か総理大臣って言ったような記憶がある」 「でも、嶺亜くんはずっと前から俺らのママみたいなもんだよ。うちにはママが二人いるみたいだったもん。ね、龍一?」 颯が龍一に同意を求めるとようやく泣きやんだ龍一は目を擦りながら頷く。 「うん…。でも嶺亜兄ちゃんはママより怖いけど…」 「嶺亜兄ちゃんのご飯はママよりおいしいしな!」 郁は腹を叩いた。 恵は岸くんの目の前に立つ。 「恵…俺…」 岸くんが何か言おうとする前に、恵は岸くんの心臓に拳を当てた。 「俺もちっとは大人んなるからもうパパも思ってもねーこと口にすんなよ。れいあ幸せにしねーと庭の枇杷の木の下に埋めっからな!!いいな、パパ!!?」 ああ、恵には何もかも分かってるんだな…と岸くんは思う。案外、兄弟じゃなかったらこの二人は…なんてことが脳裏を掠めたが慌ててそれを振り払い、岸くんは答えた。 「うん。約束する」
298 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:17:42.28 O
「嶺奈、俺さ…お前が死んで、もう誰のことも好きにならないと思ってたし、なれないと思ってた。嶺亜のことも、似てるけど違う人間だしそういう風に見ることに抵抗もあった。だけど…」 岸くんは亡き妻の遺影に語りかける。不思議と心は穏やかだ。 「嶺奈ごと嶺亜をもらうよ。なんか、上手く言えないけど他人であって他人じゃないような…神様が俺にもう一度だけチャンスをくれたような気がしてさ。…言い訳に聞こえるかもしれないけど」 もし嶺奈が生きていて、兄弟達と一緒に暮らしていたら…どんな風になっていただろうか。岸くんは仮定してみた。だが想像力は働かない。それより今を生きなくてはならない。自分は意外に現実主義なのかもしれない。 「俺が死んだら…あの世で責められるかもな。そん時は全力で謝らせてもらうよ、嶺奈…」 「その時は僕も一緒に謝ってあげるねぇ、パパぁ」 声がして、岸くんは後ろを振り向く。嶺亜が立っていた。 「れ、嶺亜…いつからそこにいたの…?」 「最初からぁ」 岸くんはどぎまぎとする。だが嶺亜の表情は柔らかかった。 「僕ねぇ、ママに口喧嘩で負けたまんまだったのぉ。それも悔しいしぃ、それに…ママの言ってたことがほんとだったんだぁって謝りたいからぁ。一緒にママのところに連れていってねぇ」 嶺亜は岸くんの手を握ってくる。柔らかくて小さなその手には体温が戻っていた。 「喧嘩したの、嶺奈と…?」 「うん。でもしょっちゅうだったよぉ。僕はママに口喧嘩で負けたことなかったけどぉ、初めてその日負けたのぉ。パパのこと、ママが「嶺亜のことを絶対傷つけたりしない人だ。例え傷つけてもそれ以上のものを与えてくれる」ってぇ…」 そんなことを嶺奈が…岸くんは少し照れ臭かった。
299 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:18:56.08 O
岸くんが胸にくすぐったいものを走らせていると、嶺亜はベッドの上にちょこんと正座をする。そして三つ指をそっと置き、 「ふつつかものですがぁ…よろしくお願いしますぅ」 と頭を下げた。その意味を岸くんは噛みしめる。 「こ、ここここちらこそ…」 さあ、いよいよだ。寸止めされること数えきれず、いざという時には役立たずの自分、だけどそれらは今日この瞬間への前奏曲にすぎない。岸くんは緊張と興奮を交互に交えつつ、嶺亜の正面に向き直り自分自身も正座をする。 「パパ…」 嶺亜は目を閉じた。 「嶺亜…」 岸くんは嶺亜の肩に手を置き、自分も目を閉じて一直線にそこまで唇を持って行く。よし… 「あ、待ってぇ、パパぁ」 あと1ミリ、というところで嶺亜が岸くんの口を手で塞いだ。そして… つかつかとクロゼットへ行き、それを乱暴に開く。 「何やってんのぉこんなとこでぇ」 嶺亜の冷たい声とともに人間が次々になだれてきた。恵、勇太、挙武、颯、龍一、郁…なんと岸家オールスターズだ。この狭いクロゼットの中に6人もスシ詰めになっていた。全く気付かなかった。 「いや〜…何ってそりゃよ…俺にはちゃんと見届ける責任があっからよ。痛くしやがったらパパのこと締めあげねーとなって…」恵は苦笑いだ 「嶺亜お前ほんと今からって時になんなんだよ!!気付いてたとしてもかまわずやれよ!!男だろ!!」勇太は下半身全開で逆ギレだ 「勉強ばかりしていると精神的に良くないんでな…息抜きだ」挙武は開き直っている 「ごめんなさい!!お詫びに回…」颯の回転は恵のとび蹴りで止められた 「俺は嫌だって言ったのに皆が無理矢理…」龍一は指を動かして言い訳をしている 「瑞稀とする時の参考にしようと思ってさー」郁はトッポをかじりながら無邪気に呟く。 「ちょ…皆、いい加減にしろ…そこに全員座りなさいいいいいいいいいいいいいい」 岸くんは絶叫して息子達に説教をした。それは彼がここに来て最も父親らしい一面を見せた夜でもあった。
300 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:20:27.95 O
Epilogue 岸家の朝は賑やかだ。まず一番早く起きるのが颯で、暗いうちから外に走りこみに行く。その次が嶺亜で欠伸をしながら洗濯機を回して中学生組の弁当を作り始める。次に郁と龍一が起きてくる。 郁は朝からトースト3枚とハムエッグ、納豆、バナナ、ウインナー、そして弁当のおかずをつまむ。龍一は郁に食べられないように必死に自分の朝食を死守しなければならない。 恵と勇太と挙武は嶺亜が起こしに行ってやっと起きる。三人とも寝ぼけながら朝食を食べ、最後に岸くんが起きてくる。 「あ、パパぁネクタイ曲がってるよぉ」 嶺亜がそう言って岸くんのネクタイを締めてくれた。岸くんは顔が緩む。 「あ、嶺亜もちょっと曲がってる」 いいムードを作って二人で手を繋いで家を出る。まさに幸せの時。岸くんはこの後朝のブレックファストを岩橋とする。嶺亜も昨日のお詫びとお礼がしたい、と借りた傘を持ってモスバーガーを訪れた。 「ごめん待たせて。あ、嶺亜くん」 岩橋は駆け足で店に入って来た。嶺亜を見てにっこり笑う。 「昨日はご迷惑おかけしましたぁ」 丁寧にお辞儀をして嶺亜は岩橋に謝る。岩橋は「ううん」と首を振った。 「元気になってくれて良かった。なんだか最後は記憶がなくて…停電で怖くなって我を忘れちゃったのかな?気付いたら岸くんがいたし…僕の方こそごめんね、なんか…」 「玄樹くんって優しいぃ…」 嶺亜がうっとりとした眼つきで岩橋を見ると彼は頬を赤くした。これはいかん。岸くんは思わず間に割って入った。
301 :
ユーは名無しネ :2013/03/19(火) 12:22:49.12 O
「岩橋、ごめんねほんと。せっかく嶺亜を保護して連絡してくれたっていうのにベランダから土足であがってしかも殴っちゃって…。お詫びはするからね」 「殴る…?まあいいや。あ、そうだ。今度ね、また試合に出ることになったんだ。良かったら…」 「はぁい喜んで行きますぅ」 嶺亜がノリノリで手を上げる。 ちょっと待って、昨日愛を確かめ合ったってのに何これ?岸くんは納得いかない。 「け、検討しとくね。さ、嶺亜早く行かないと遅刻しちゃうよ!岩橋ではまた来週!!」 岸くんは嶺亜の腕を引っ張ってモスバーガーを後にした。 「ちょっとパパぁ、まだ時間あるのにぃ」 「なんで岩橋にあんなにデレデレすんの?ここにちゃんとした相手がいるでしょーが」 「えぇ…デレデレなんかしてないよぉ。パパ考えすぎぃ。でもぉ…」 嶺亜は人差し指を頬に当てて考える仕草をした。 「パパより先にぃ…玄樹くんに会ってたら、もしかしたら玄樹くんのこと好きになってたかもぉ」 「ちょ…!」 岸くんが奈落に落ちかけていると、嶺亜は舌をぺろっと出した。 「冗談だよぉ。そうだぁ一回みんなで家族旅行に行きたいねぇ。僕達7人兄弟でしょ?一回もそういうの行ったことないからぁ…どっか行きたいなぁ」 嶺亜はるんるんとスキップをして前を行く。岸くんも小走りでそれを追った。 「そうだなぁ…みんな好みうるさそうだから意見まとまらなさそうだけど…帰ったら相談してみよっか」 「うん」 そして岸くんは嶺亜と手を繋いだ。 第一部 END
お疲れ様!久しぶりに毎日スレを覗きにきてたよ! ほっこりするいいお話でした
「第一部 END」 に心がおどるよぉぉぉぉ!!
うう…良かったね良かったねれあたん(と岸くん達)作者さん乙でした 第一部ENDなんて思わせぶりな書き方して全くもうww ………もちろん第二部も超期待してます!よろしくお願いします!!!!!!
素晴らしい物語乙でした! よかったまだ一部なんだね 二部に期待してますよ お願いしますううううう
それまではどんなに良いムードでも岸くんは「れ…!」だったけど 1stシーズンの最後で「嶺亜」ってきちんと名前を呼んでくれてキュンとしたよー まさに幸せの絶頂なのに2ndシーズンは一体どうなってしまうの…!!
307 :
ユーは名無しネ :2013/03/20(水) 02:09:30.51 0
うわあああああああああ作者さん乙!ありがとう! れあたんと岸くん幸せそうでよかったよおおおおおおおお! 次のシーズンが早くも気になりますぜ
二日しか経ってないのに続きが気になって気になってワクワクしっぱなし! 作者さんアイデア練ってるところなのかな?ワクワク…ワクワク…
れあたんって魔法つかえるの? ちょっぴりぶりっこな魔法使いれあたん。 魔法の国からジャニーズジュニア界に修行にやってきました。 お世話係になったアパート「セクバ荘」はちょっと面倒な住人ばかり。 さてさて、ちゃんと一人前の魔法使いになれるかな? 「みなさーん、ボクに注目!れあたんはパンチラを見せることで消したい記憶を消すことができるのだー」 ってどうよ?
310 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/03/23(土) 14:44:33.63 O
第一話「岸家温泉に行く」その1 すっかり吹きすさぶ風が冷たくなったこの季節、嶺亜と郁は商店街に買い物に来ていた。挙武が「今日は商店街のポイント3倍デーだ。安売りしてあるものをここにピックアップしてある」と細かくメモにして渡してくれたのだ。 「寒くなってきたねぇ…あったかいお鍋とかにしようかぁ、郁ぅ」 郁は目を輝かせた。 「俺カニ鍋がいい!!すき焼きでもいい!!あ、フグもいいなー!!」 郁の無邪気な叫びに嶺亜は溜息をついた。 「うちにそんなお金ないよぉ…郁が規格外に食べるからエンゲル係数ものすごいんだからぁ…。いくら恵ちゃんがお肉もらってきてくれるって言っても限界あるしぃ挙武が一生懸命節約術考えてくれてるんだよぉ」 「んだよー。しみったれたこと言うなよーたまにはゴージャスにいこうよ」 「安くて栄養があってお腹いっぱい食べられれば文句ないでしょぉ?挙武のメモによるとぉ今日は鶏肉が安いみたいだからぁ鶏鍋にしよっかぁ」 「やっほー!!鶏ナベ鶏ナベー!!」 その時安いものを晩の献立にし、保存がきいて安売りしているものを沢山買い込んでおく。これが節約の鉄則であるという挙武の教えを元に嶺亜と郁は買い物に勤しむ。 恵がバイトをしている肉屋に行くと店主がいつものようにちょっとおまけをしてくれて、紙キレを数枚渡してきた。 「これね、商店街の福引券。あっちでやってっから。本来1000円につき一枚だけどおまけね!」 そういえば八百屋と魚屋でも同じようなものを渡された。郁が枚数を数える。 「1,2,3…5枚あるぜー。景品なんだろ!?行こうぜ嶺亜兄ちゃん!!」 わくわくしながら福引会場に行くと大きな看板に景品が表示してある。 「郁ぅ、3等賞カニだよぉ。当てたらカニ鍋できるかもぉ」 「よっしゃ!!あ、5等のお菓子詰め合わせもいいな!!むしろこっち狙いでもいいか!」 「じゃあ郁任せたよぉ」 嶺亜は郁の肩をぽん、と叩いた。 「え、俺がやんの?」 「うん。だって郁ってなんか運がいい時あるじゃん。アイスの当たりつき棒とか良く当ててたしぃ」 「よーし…」 荷物を降ろし、郁は腕まくりをしてガラガラに挑んだ。 郁はそろりと回す。まず一回目…白玉が出た。 「白玉は残念賞…ティッシュでーす」 おばちゃんが快活な声を上げる。2回、3回…と白玉が続く。と共に郁の表情が真剣味を増して行った。 「これで最後…頼む!!!」 郁は天を仰いだ。 「郁ぅがんばってぇ」 嶺亜が高い声を出して応援する。そして… 5回目…赤玉がコロコロと滑り落ちてきた。
311 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:46:21.28 O
岸くんはココイチにいる。いつも昼休みは嶺亜の作ってくれた弁当を食べるのだが今日は友人と待ち合わせをしているから外食だった。ロースカツカレーを注文した頃、待ち合わせの相手が現れる。 「ごめんね岸くん待たせて」 待ち合わせの相手、岩橋玄樹は手袋を外しながら席に座った。彼はハンバーグカレーを注文した。 「どう?最近は。息子さん達元気?」 「すこぶる元気だよ。嶺亜は可愛いし恵は相変わらず授業態度が悪くて時々俺が呼び出されるし勇太はAV借りてこい借りてこいってうるさいし… 挙武は期末テストの期間中一度キレてドアを破壊しかけたし颯は最近変な一発芸を覚えたみたいで…。龍一は変わらず暗いんだけど期末テストが学年で一番になったとか言ってたっけ…郁は益々食欲が増してきて冬籠りの準備万端って感じだね」 「そっか…嶺亜くんとは順調?」 「いやぁ…それを言われると惚気だらけになっちゃうから自重しとくよ…。一晩に一回だけって決められちゃったんだけどなかなか抑えがきかなくて…」 岸くんが顔を緩ませると岩橋はやれやれと浅い溜息をつく。 「いいなあ…僕なんか目下のところ女性と話すこともなく毎日が寂しく過ぎていくし…年末は家に帰ろうかと思ってるんだけどなんだかそれも億劫でさ…」 「俺には実家とかないけど…なんか高校時代が懐かしいな…。みんな元気かなあ。修学旅行楽しかったよな」 「うん…そういや何故か僕には高校の修学旅行の記憶が一部欠けてるんだけど…同窓会はまだ先かなあ」 「そうだな…。俺が7人の父親になったって聞いたらみんな驚くだろうなあ…あと16歳の男の嫁をもらったってのも…」 「あはは。それは驚くだろうね。みんなに噴水芸させるのも面白そうだね」 二人して笑う。その後も雑談に花が咲いた。 「でね、一度さ、家族旅行に行こうって話になったんだけど意見纏まんなくて流れちゃったんだよね。ホント皆言うことバラバラで…」 「どんな?」 岸くんが完食した頃、岩橋はまだ半分も食べきっていなかった。 「俺と嶺亜は沖縄なんかいいんじゃないかって言ったんだけど恵はテーマパークかゲーセンがいいなんて言うし、勇太は京都で舞妓はんが見たいっていうし、挙武はビバリーヒルズがいいって言うし… 颯はヘッドスピンで世界一周って言うし龍一は乗り物が怖いって言うし、郁は旅行よりバイキングに連れてけっていうし……」 「それは…見事にバラバラだね」 「そうそう。旅行とかまだまだ夢かなあ…。そういや今日鍋にするとか言ってたな。どう?岩橋。久しぶりにうちで食べる?」 「え、いいの?じゃあぜひ」 岩橋は顔が綻ぶ。人見知りの彼が大人数での食事に乗り気なのはやはり息子達の遠慮のない接し方のおかげだろうか。 だが岸くんは一応釘を刺しておくことにした。 「一応言っとくけど、嶺亜にはほどほどに…ね?」
312 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:48:19.14 O
「まじかよ!!すっげーじゃん!!温泉行けんの!?」 鶏鍋を囲みながら岸家はおおはしゃぎだった。商店街の福引で郁が4等賞を当てた。4等賞は「温泉バスツアー半額招待券」である。 「どれどれ…10名様まで半額、温泉バスツアーご招待…か。上手いこと考えるな。過疎ツアーに少しでも客を集めようという目論みか。どうせなら無料にしてくれればいいのに…」 挙武がチケットを見ながら呟く。 「でもさ、半額で行けるんだよ?お得じゃん。行こうよ!家族旅行なんてうち行ったことないしこないだは意見纏まんなかったし」 颯はノリノリである。だが龍一はバスが怖いとしりごみをしていた。 「温泉といえば卓球でしょ?龍一、卓球部なんだからさ、腕の見せどころじゃん!」 「幽霊部員なんだけど…」 「温泉といえば混浴だよな!!それと浴衣美女!!美人女将に美人仲居!!うおお燃えてきたー!!」 勇太は張り切っている。乗り物に怯える龍一以外は乗り気だった。岸くんも温泉は大好きである。ここんとこ色々激動の人生ですっかりゆっくりすることもなかったから久しぶりにゆっくり浸かりたい。 「玄樹くんお豆腐どうですかぁ?」 「あ…どうもありがとう」 嶺亜から豆腐をついでもらった岩橋は切なげな視線を虚空に向けた。
313 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:49:45.83 O
「いいなあ…家族みんなで温泉旅行かあ…うらやましいな…」 そして岩橋は龍一より暗くなってこうぼそぼそ呟き始める。 「僕の両親は小さい頃から忙しくて…家族旅行なんてあまり行ったことがないしこの年になると尚更…数少ない友達を誘っても何故か「泊まりは…」と難色を示すし…誰も僕なんかと行きたくないよね…」 「…」 岸家一同は妙ないたたまれなさとおかしな罪悪感に包まれる。 「旅行なんて…僕にはきっと一生無理なんだ…一人旅行ぐらいしか…はあ…」 これは決してあてつけではない。岩橋にそんな駆け引きっぽいことはできない。純粋に暗くなってるだけである。 だがここでこの呟きを無視してしまったらまるでハブにしているかのような後味の悪さが付き纏いかねない。皆は顔を見合わせる。しばし無言の会議をすると岸くんが代表して岩橋に言った。 「岩橋…良かったら一緒に来る?10人まで半額らしいから」 「え…そんな…そんなあつかましいことできるわけが…あ、そういえば昨日家庭教師のバイト代が入ったばかりでお金に余裕がある…さらに僕のスケジュールは今月真っ白だし…なんだか色々都合がいいよ…これはすごい偶然」 岩橋は満更でもなさそうな顔をする。皆「…」と見守ったが岸くんは一つだけ条件を出した。 「就寝時は灯りをつけるからね。決して電気消しちゃだめだよ?」 「いいけど…岸くんちは灯りをつけて寝る習慣があるの?」 皆が苦笑いしながら鍋の続きが再開された。かくして岸家に岩橋を加えての9人で温泉バスツアー参加が決定した。
314 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:52:10.11 O
「龍一、もうすぐだから。がんばるんだよ!諦めるな!!」 颯が某元テニスプレーヤーの物真似を交えつつバス酔いでフラフラの龍一を励ましながら温泉宿を目指す。恵と勇太と郁はバカ騒ぎをしてバスの同乗者に若干迷惑がられていた。挙武は他人のフリをしてウォークマンを聞いている。 「玄樹くん、大丈夫ぅ?お水飲むぅ?」 岩橋も酔い始めた。腹痛とのダブルパンチで顔色が真っ青である。嶺亜がかいがいしく介抱しているが嫁を取られた岸くんは若干拗ねながら外の景色を見る。 龍一と岩橋がリバース一歩手前まで来た頃、ようやくバスは目的地に到着した。うっすらと雪の積もる風流な温泉宿だ。 「えー…9名の岸様、お部屋割はこちらになっています。フロントで鍵をお受け取り下さい。夕飯の時間は…」 ツアーガイドから一通りの説明を受け、部屋に向かった。 「わぁ〜修学旅行とか自然学校以外でお泊りなんか初めてぇ」嶺亜は目を輝かせている 「温泉って泳げんのか!!?俺クロール得意だぜギャハハハハハ!!」恵は大声で廊下を練り歩く 「混浴―!!女将―!!仲居―!!」勇太は興奮しきっている 「まあ値段に見合った施設だな…」挙武は辛口評価だ 「温泉でヘッドスピンしたらどうなるかな!!渦潮みたいになる!?」颯は意味不明なことを喚いている 「その前に溺死するだろ…」龍一は口元を押さえながらツッコミを入れる 「腹減ったー!!飯まだー!!?」郁は叫ぶがまだ4時である 「岸くん…ごめんね…せっかく連れて来てもらったのに…」岩橋はお腹をおさえている 「気にすんなよ…それより吐く時は一声かけてね」 岸くんが岩橋の背中をさすろうとした時、曲がり角で団体とぶつかりそうになった。 「おっと…すみませ…」 言いかけて、おや、と岸くんは気付く。すると相手も同じように気付いたのか声をあげた。 「おい…岸くんか!?」 「…閑也!?」 ばったり出会ったのは高校時代の同級生の吉澤閑也だった。彼の後からぞろぞろと4人の少年が続く。
315 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:54:36.26 O
「何立ち止まってんの閑兄、早く行こうよ」目のぱっちりした長身美形の少年が言った 「この子達誰?閑兄の知り合い?」ワイルドな雰囲気の少年が片眉を上げる 「あーお腹すいたな。早く晩ご飯にならないかな」ぽっちゃりして背の高い少年が腹を押さえる 「ちょっとちょっと後がつかえてんだけど!」色白でちょっとウケ口の少年が快活に叫ぶ 「お前ら先行ってろ。こいつは兄ちゃんの高校ん時の友達だ。…あれ、岩橋もいる?」 「あ…閑也くん。久しぶり。こんなとこで会うなんて…」 岸くんは偶然にも高校の同級生にばったり出くわした。どうやら同じ旅館に泊まっているらしい。 「びっくりした…友達と?」 「いや、これ皆俺の弟。5人兄弟なんだよ。三つ子の高一と末っ子の中三」 閑也は少年達を指差した。三つ子を擁する5人兄弟とはまたなかなか稀有な例だ。岸くん家ほどではないが… 「パパぁ、お友達ぃ?」 嶺亜がひょこっと顔を出して岸くんに訊ねる。閑也が「パパ?」と怪訝な表情をしたが嶺亜をじろじろと見て、 「可愛いなぁ…」 と呟いた。嶺亜はにっこり笑顔で返す。いかん。これはいかん。岸くんは反射的に嶺亜を隠した。 「あ、とりあえず部屋に荷物置いてくるから…またあとでね!」 ばたばたと通り過ぎようとすると、嶺亜が持っていた旅程表がはらりと落ちる。それをスマートな動作で拾ったのは目のぱっちりとした喉元にホクロのある長身美形だ。 「あ…落としたよ。はい」 手渡された嶺亜はほうっと溜息をつきながら少年を憧れの眼つきで見つめた。 「かっこいい…」 「い…?」 岸くんはぎょっとする。ここに夫(内縁)がいるというのにどうして他の男の子に目移りなんか… 「恵…俺、前からちらっと思ってたんだけど…もしかして嶺亜って…」 「おい今頃気づいたのかよパパ。嶺亜は面食いのイケメン好きだぞ。だからパパは大丈夫だと思ったんだけどよーギャハハハハハ!!」 納得のいかない思いを押し殺しつつ岸くんは息子達、そして岩橋と部屋に入った。
316 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:56:36.79 O
部屋は9人でも充分な広さのある広間だった。畳に荷物をおろすと早速動き始めたのは勇太である。 「おい、恵!挙武!のんびりしてんじゃねえ!!露天風呂および女風呂のチェック、そして仲居と女将のビジュアルチェックに行くぞ!!」 勇太はメモ帳片手に恵と挙武を散策に誘う 「おめー何アホなこと考えてんだよ!でも面白そうだから付き合ってやるよギャハハハハハ!!」 「興味はないけどまあ暇だし付き合ってやらんこともない。社会見学のつもりでな」 勇太と恵と挙武は探検に出かけて行った。 「龍一、卓球あるかもしんないよ。ロビーに行こう!」 すでに疲労感いっぱいの龍一をぴんぴんしている颯が誘う。龍一はしぶしぶ付き合った。 「売店でお菓子買ってくるからお金ちょーだい」 「郁あげたらあげた分だけ使うからぁ…お兄ちゃんがちゃんと管理しますぅ」 郁と嶺亜が一緒に売店へ向かう。部屋は岸くんと岩橋だけになった。 「びっくりしたね。閑也くん達とこんなとこで会うなんて…」 「そうだなあ。あいつ地元の大学行ったんだっけ?相変わらずガタイ良くて…。腕相撲チャンピオンだったよなうちの高校の」 懐かしい想いから岸くんと岩橋はロビーで閑也と落ち合った。ちょうどひとっ風呂浴びた後らしく兄弟達を岸くん達に紹介してくれた。 「こいつが二男の海人。通称うみんちゅだ。アニメ好きの大食いオタク」 「どーもー」海人と呼ばれた背の高いぽっちゃり少年が頭を下げる。手には焼きイカがあった。なんとなくイメージが郁と被る。 「こいつは三男の顕嵐。俺ほどじゃないけどイケメンだろ?」 「こんにちは」顕嵐と呼ばれたイケメンが紳士的に挨拶をした。成程これはイケメンだ。嶺亜が気に入りそうな…と考えて慌てて岸くんはそれを払拭した 「こっちは四男の海斗。お調子モンで物真似や一発芸が得意」 「どもこんにちは!」海斗と呼ばれた色白小柄な少年がおどけて挨拶をする。 「ん?ちょっと待って…たしかこの子も「カイト」…」 岩橋が指摘すると閑也は笑いながら答えた。
317 :
ユーは名無しネ :2013/03/23(土) 14:58:20.54 O
「うちの両親ちょっとイカれててさ。三つ子なのにおんなじ名前つけやがったんだよ。さすがに漢字は違うけどな。で、便宜上「うみんちゅ」と「かいと」に分けてる」 世の中には変わった親がいるもんだなあ…と岸くんと岩橋は感心した。 「で、こいつが末っ子の朝日。老けてるけど中三だ」 「中三!?」 岸くんと岩橋は同時に声を挙げた。てっきり付添いのおじさんかと思ったら… 「うちの颯と龍一も年の割に大人びて見えるけど…これも相当…」 「ところで岸くん達は一体なんの集まり?確か岸くんは天涯孤独の一人っ子で岩橋も兄弟一人か二人じゃなかったっけ?家族旅行ってわけでもなさそうだけど友達同士にしては年がバラバラっぽいしな…」 どう説明したものか岸くんは迷った。まず嶺奈との馴れ初めから始めるべきだろうか…いやいや話し終わる頃には日付けが変わっている…。それに16歳の男の嫁と7人兄弟の紹介はさらにややこしい。 岸くんが悩んでいると岩橋が補助した。 「野球サークルで知り合った子達だよ。彼らは岸くんのこと「パパ」ってアダ名つけて慕っててね…。サークルの慰労会みたいなもんで今回ここに…」 「ふーん。なんだそっか。岸くん野球中学で辞めたっつってたけどまた始めたんだな。俺は相変わらず大学でもバスケだ」 そして岸くん達は思い出話と近況報告に花を咲かせる。閑也の4人の弟たちは勝手に散って行った。 その2に続く
トラジャきたぁぁぁぁぁぁ! 作者さんありがとうございますぅぅぅ
いつもの作者さん乙ー!!! 嫁れあたんかいがいしいなぁ…と思ったらまさかのあらん登場! そしてしずやもときめいてる! トラジャとどうなるか楽しみだ…!
作者さん待ってたよー!乙です!続き楽しみです!
というかさりげなく「一晩に一回だけ」とか全くけしからんもっとやれ!
>>309 こwじwはwるww死ぬほどくだらなそうな…ww
続き乙です! この後にはトラジャの弟たちと岸家の子供たちの絡みが見れるのかな… 岸くんはあらんにれあたんを取られないように頑張ってほしいなwwwww
322 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/03/25(月) 16:39:51.12 O
第一話 その2 「ここに昇ればちょっとぐらいは…くそっこの木が邪魔だな…双眼鏡持ってくりゃよかったぜ…」 なんとかして露天風呂を覗けやしないかと勇太は試行錯誤する。恵と挙武に手伝ってもらって屋根に昇ったものの状況は芳しくない。 「おい寒いからとりあえず中に入ろう。それに目立ちすぎる」 「勇太おめーよ、女装して堂々と入りゃいいんじゃね?その方が確実に覗けんぞ!ギャハハハハハハ!」 「しー!!恵お前は声がでけーんだよ!うわ!」 バランスを崩して勇太は落ちる。植え込みがあって事なきを得たがこんなことでは諦められない。 「くそ…ここは仲居さんにシフトチェンジした方がいいのか…?浴衣美人と2ショットぐらいは撮っておかねえとな…」 「君達何やってんの?」 お菓子の袋を持ってぼりぼり食べながら、長身ぽっちゃりの少年が勇太達に問いかける。 「何っておめーこれが天体観測や地質調査に見えっかよ。覗きスポット検索してんだよ!!」 勇太が開き直ってキレ気味に説明すると挙武は肩をすくめた。 「まあ張り切ってるのは専らこのエロイムエッサイムだけだ。僕らは暇潰しの付添いだ」 「ふーん…覗きねえ。三次元より二次元の女の子の方が可愛いのにー」 「あ?ジゲン?ジゲンっておめールパンのあれか?おめーそーいうのが趣味なのか?」 恵が「じげん」を勘違いしているとぽっちゃり少年は目を輝かせた。 「ルパンは傑作だよね!ふ〜じこちゃ〜ん、なんつってさー。こんなとこでルパン愛好家に出会えるとは思ってなかった。友好の印に俺がさっきなんとなく発見した良覗きスポット教えてあげるよ」 「何!?それは本当か!?」 勇太は身を乗り出した。ぽっちゃり少年は海人と名乗った。通称「うみんちゅ」らしい。 「うみんちゅ!!俺達とお前は心の友だぜ!!」 勇太達はすっかり海人と意気投合した。
323 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:41:28.30 O
「はちみつソフト食べたい!!嶺亜兄ちゃんはちみつソフト!!」 売店にはご当地ソフトクリームが売られていた。郁が目を輝かせてねだる。 「こんなに寒いのにアイスぅ?もう仕方ないなあ…」 ソフトクリームと塩せんべいを買ってもらいご機嫌な郁と嶺亜は部屋にもどろうとする。と、その時… 「おっと」 郁が躓いた。その拍子にソフトクリームが手からするりと抜け落ちる。そして無残に地面に叩きつけられた。 「ああー!!俺のソフトー!!!」 絶叫し、郁は絶望のあまりハチノコになった。ブンブン震えていると誰かが通りかかり、郁にソフトクリームを差し出した。 「あ、もし良かったらこれ」 「あ…!」 嶺亜は目を輝かせた。さっき廊下ですれ違ったイケメンがソフトクリームを両手に持っておりそのうちの一つを郁にくれたのだ。イケメンは言った 「うみん…兄貴に買っといてって言われたんだけどどっかに行っちゃったみたいで。溶けるしもったいないからどうぞ」 「まじで!!!いいのかよ!!!やったー!!」 郁はハチノコから生還してうさぎのようにぴょんこぴょんこ跳ねた。 「良かったら君も…」 「いいんですかぁ…?ありがとうございますぅ。かっこいいだけじゃなくて優しいんですねぇ…」 「いやそんな…」 イケメンは照れる。 「この優しさは惚れるね!俺が女の子だったら惚れてるね!!ナイスガイだね!!」 郁も絶賛である。嶺亜がぶりっこモード全開でイケメンに名前を訊ねると彼は顕嵐と名乗った。なかなか風変わりな名前である。 「あらん君っていうんですかぁ…僕、嶺亜ですぅ。この子は郁ぅ。よろしくお願いしますぅ」 嶺亜が桃色視線を投げかけると顕嵐は顔を赤らめ始める。うん、ちょろいよぉ…と嶺亜が思っていると横から待ったが入った。 「ちょっとちょっとうちの兄貴に色目使ってもらっちゃ困るな!」 振り向くと色が白く外国人みたいな顔をしたウケ口の少年が立っていた。 「顕嵐ダメだろ!いくら「見た目はイケメン、中身はラノベ好きのオタク」だとしてもさー。男に色目を使われて顔を赤くするなんざ弟として許せないね!」 「海斗…お前何言ってんの?俺は別に…。話していて和むなぁってちょっと思っただけで観覧車一緒に乗りたいだとか無人島に連れて行って一緒に釣りがしたいとか同じブランドのバッグ薦めたりとかしようなんて思ってないって」 海斗と呼ばれた色白少年はしかし首を振った。 「いかんぞいかん!なんかよく分からないけどそれもう半分くらい浸食されてるぞ。弟として大事な兄貴をむざむざ奪われるわけにはいかん!」 「良く分かんないけどぉ…海斗くん?はそこで一発芸やってりゃいいと思うよぉ。なんなら僕が足技かけてもいいしぃ」 嶺亜は冷やかに言い放った。郁はソフトクリームを舐めながら傍観している。 岸くんの預かり知らぬところでちょいとややこしいことになっていた。
324 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:42:52.34 O
「すいませーん、卓球ありませんかー」 受付に颯が遠慮なしに訊ねると受付は「ビリヤードならありますが」と答えた。 「う〜ん、ビリヤードも卓球も同じテーブルで玉を転がす競技だしね!この際いいよね龍一!」 「なんだその分からないこじつけは…俺ビリヤードなんかやったことないよ」 「成せば成る!成せねばならぬ何事も!!さあレッツトライ!!」 龍一はこの温度差についていけなかった。颯はいつも変なテンションだが初めての家族旅行に少々浮かれ過ぎだ。辟易しながら従うと、ビリヤードコーナーに浴衣を着たおじさんが入って来た。 「お前は…!?」 おじさんは颯を見て驚いている。眉毛も顔も濃い褐色の肌に白い歯が映える昭和時代のイケメンのような男だ。 その男は颯を指差して、 「お前は神七中学の颯(はやて)のFU!!こんなところで会うとは…!!」 「まさか…!!」 颯も身構える。そして男を指差した。 「虎比須中のサンライズ超特急の朝日…!!なんでこんなとこに…!?」 中?中学?中学の先生か誰かだろうか…龍一は展開に付いていけない。 「ここで会ったが百年目…夏の総体のケリを今着けようじゃねーか。ワイルドなこの俺の走りをビリヤードに変えて!」 「望むところだ…!!」 二人の間にバチバチと火花が放たれる。 「ちょ、ちょっと待って、颯…。誰この人?」 龍一は颯に問い質す。自分だけ置いてきぼりになるのは不安だ。というよりこの独特の世界観には付いていけない。 颯は説明を始めた。 「陸上の大会で三年間ライバルだったんだ。夏の総体はお互い不本意な結果に終わってその決着が付けられなかったんだよ。まさかこんなところで会うなんて思ってなかった」 「総体…?てことはまさかこの人中学生…?」 龍一が呟くと朝日は「何おぅ!」と突っかかって来た。 「誰が老け顔だって!?誰が昭和顔だって!?お前こそ市役所の窓口の後ろとか銀行の奥から出てきそうな感じするじゃねえか。くたびれたネクタイ下げて缶コーヒー片手に午後の公園のベンチで溜息ついてるサラリーマン臭がぷんぷんするわ!!」 「ちょ…あんまりだ…」 悲しくなった龍一は自我修復に勤しむ。その間颯と朝日は少年バトル漫画みたいなやりとりを展開しながら初心者ビリヤードで決着を着けようとしていた。
325 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:44:21.48 O
「お、もうこんな時間か。夕飯の時間だな。宴会場に行かないと」 岸くんはロビーの時計を見た。岩橋と閑也と共に宴会場に着くとすでに食事は始まっており一種異様な光景が目に飛び込んでくる。 「よーしうみんちゅ、飲め!食え!これは俺達の友情の証だ!!」 「あ、いいの悪いねー。じゃあマグロとイカもらうねー。天ぷらもいただこっかなー」 「僕のメロンに手を出したらうみんちゅじゃなくて海坊主にするから気をつけるように。あ、この激辛キムチは君にやる」 「ギャハハハハハ!!後でゲームコーナー行こうぜ!!」 勇太と挙武と恵が海人と仲良くなっていて大盛り上がりだった。その隣では… 「顕嵐くん、お酌しますねぇ。はいどうぞぉ」 「おいちょっと待て!顕嵐の飲み物は俺が注ぐと生まれた時から決まってんだ!昨日今日出会ったばかりの小娘がさしでがましいぞ!」 「落ち着けよ海斗…女性にはもっと紳士的に…ってあれ?女性じゃないか…でも可愛いからいっか…」 「やりー!!カニ鍋―!カニ鍋―!!」 嶺亜が顕嵐の隣を陣取ってかいがいしくお酌をしようとするのを海斗が止め、顕嵐は満更でもない様子だ。その横で郁はカニ鍋に沸き立っている。 また一方では… 「ビリヤードでは決着が着かなかったが…今度はこの牛乳早飲み競争で勝負だ!!ワイルド朝日は小学校で一度もこの牛乳早飲みで負けたことがない!!」 「受けてたとう!!龍一、コールお願い!!岸家の名にかけて負けるわけにはいかないよ!!」 「静かに食べさせてくれ…。あ、にんじん嫌いだからよろしく…」 朝日と颯は牛乳早飲み競争を始める。その横で龍一がしぶしぶそれに付き合っていたが、むせた颯が牛乳を龍一の顔の前で吹いた。 宴会場は大騒ぎである。他の客が若干引きながら若い衆を見やっていた。 「これは…一体…」 岸くん、岩橋、閑也の三人は唖然とし、立ち尽くした。 「何やってんだあいつら…わが弟達ながら恥ずかしい…」閑也は溜息をついた。 「…他人の振りをしておこう、岸くん。連れて来てもらってなんだけどこんな羞恥プレイ僕には耐えられない…あ、お腹が…」岩橋は腹を押さえた。 「嶺亜…ここにちゃんとした夫がいるというのに…」岸くんは泣きそうだ。 どんちゃん騒ぎはそれからしばらく続き、岸くんは涙目でカニをほじくった。
326 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:45:26.02 O
「パパぁ。いつまで拗ねてんのぉ。大人気ないよぉ」 岸くんは不貞腐れて部屋でゴロ寝しながら野球を見ていた。ふんだ、いいよ、どうせ俺なんか…完全にスネスネモードに入っていて死んだ目をしている岸くんに、嶺亜はこう囁いた。 「露天風呂行こうよぉ。背中流してあげるぅ」 「そんな誘惑で俺が許すと思ってんの!?だいたいここに決まった相手がいるというのに他の男に色目を使うなんてどういう神経してんだよ!パパは嶺亜をそんな小悪魔アゲハ淫乱浮気性に育てた覚えはないぞ!!今日はもう口きかないからな!!反省しろ!!」 …と厳然たる態度で言い放つつもりだったのに気がつけば岸くんは露天風呂にいた。無意識って怖い。そんでもってなんかとある一部分がすでに凄いやる気マンマンモードになっちゃってるし…しかもなんかあつらえたように全く人がいなかった。 これはもう…これはもうやるしか… 「わぁひろ〜い」 岸くんがエネルギーをチャージしていると嶺亜ははしゃぎながら露天風呂に入って行った。 「ねぇパパぁ。星が見えるよぉ。ロマンチックだねぇ」 湯に浸かりながら嶺亜が夜空を指す。だが岸くんにはロマンチック浮かれモードに浸る余裕は残されていなかった。湯けむりにぼんやりと浮かぶ嶺亜の白い肌が岸くんの理性のセキュリティを壊してゆく… 「あっちょっとパパぁ」 「嶺亜…!俺は…俺はもう…!」 「駄目だよぉパパぁここ公共スペースなんだからぁ。抑えて抑えてぇ。どうどう」 今朝からもうストレス溜まりっぱなしだったしここまでおあずけを喰らって抑えろというのは無理な話である。岸くんは温泉が大好きだがゆっくり浸かるのはやることやってからでいい。まずはこのたぎる情熱を放出しないことには始まらない。 「もうパパ…しょうがないなぁ…一回だけだよぉ?」 嶺亜が折れて、岸くんは免罪符を勝ち取った。そうときまれば話は早い。この一回に全てを注ぎこむ。それはもうそれはもうたっぷりと濃厚かつ凝縮されにされた愛のエキスをお届けしましょう。 恵はゲームコーナーに入り浸ってたし勇太はうみなんとか君と肩を組んでどっかに行った。挙武はもう寝たし颯は龍一を巻きこんで夕日…じゃなくて朝日と十番勝負の最中だし郁は今夜食中だ。岩橋は巨人阪神戦に夢中である。邪魔する者はいない。
327 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:46:55.10 O
「では…いただきます!!」 「パパ…どっからでもどうぞぉ」 あああああよっしゃいくぞおおおおおおおおお!!!!!!! 岸くんは己のアクセルを全開にふかした。このまま一直線に突っ走れ!!やれ!!岸優太!!なんぴとたりともこの俺の情熱のDNAを止めることなどできない。 お星様見ててね。トゥインクルトゥインクル岸優太。How I wonder what you are! とそこで恵とはまた違った種類の皺枯れ声が響いた。 「おー!!やっぱ温泉は露天風呂に限るのー!!」 「まったくじゃ!!最近腰がいとーてのー。ちっとは良くなってくれるといいんじゃがのー!!」 「めしゃーまだかのー!!」 あと一歩というところで爺さんの団体がぞろぞろと入りこんできた。そして抱き合う岸くんと嶺亜をじろじろと目を瞬かせて見た爺さん達は… 「おー!!若いニイちゃんとネエちゃんがコトにおよんどる最中じゃったかすまんのー!!」 「わしらにかまわず続けんしゃい!!ほれほれ、そこでちゅーじゃ!!わしも若い頃は婆さんと…」 「眼鏡どこかのー!!良く見えんわい!!」 爺さん達は煽って来た。そしてやれやれコールで合唱し始める。もうムードも何もかもぶち壊しだった。さらに… 「よし今度は『どっちがより長く息を止めてられるか!』勝負だ!これで決着を着ける!!いいな朝日!」 「望むところだFU!!まあワイルドな俺には余裕だ。小学生の時のアダ名がブラックサブマリン朝日だったこの俺にとって朝メシ前!!」 次いで颯と朝日がどかどかと入りこんできた。龍一がうなだれながらそれに付き添っている。 「ゆっくり浸かりたい…」 「あ、パパ!それに嶺亜くん!ちょうど良かったここで因縁の対決に幕を下ろそうと思うんだ。だから俺のこと応援してて!!」 「颯がんばってぇ。お兄ちゃん応援してるよぉ」 嶺亜は颯の応援を始めた。爺さん達もやいのやいのガヤりだし、颯vs朝日の潜水対決が露天風呂で繰り広げられる。勝負はなかなかつかず、そのうちにのぼせはじめた爺さん達は退散し嶺亜も「あついよぉ」と引きあげだしたので岸くんも仕方なくあがった。 そして龍一はタイミングを見失ったためにのぼせてぶっ倒れた。勝敗の行方は不明である。
328 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:48:18.74 O
「我が人生に悔いなし…!」 翌日、妙に晴れやかな表情の勇太を筆頭に岸家はチェックアウトをする。デーモン化対策で灯りをつけて就寝態勢をとった甲斐あって岩橋が暴れることはなかった。 龍一は颯の十番勝負に最後まで付き合わされて死んだように眠っておりあわや忘れて帰られるところであった。 「じゃーな岸くん、岩橋。今度三人で飯でも食いに行こうぜ。あ、あっちの可愛い子も是非一緒に」 閑也は嶺亜を指差した。岸くんは苦笑いしながら答える。 「うん…。三人でね。また連絡する」 「じゃあね。閑也くん。バスケがんばって」 その嶺亜は顕嵐にきゃぴきゃぴと紅茶パックを差し出していた。 「昨日の御礼ですぅ。僕だと思って飲んで下さぁい」 「あ、これはどうも。なんだかおいしくいただけそう…」 「ちょっと待て顕嵐!知らない人からものをもらっちゃいかんと両親が小さい頃教えてくれただろ。何が入ってるか分からんぞそれ」 海斗が止めに入った。そして嶺亜と火花を散らせる。 「なんにも入ってないよぉ。あえて言えばぁ僕の感謝の気持ちぃ」 「いや、なんか飲んだら最後「んんんんんれあたんんん」とかになっちゃいそうな気がする!危険だ」 そこに恵が割って入った。 「おめー何言ってんだ!嶺亜がんなことするわきゃねーだろ!!でもこんな奴にあげるこたねーよ嶺亜!これは帰って俺が飲むからよ!」 「それがいい!顕嵐の紅茶は俺が淹れると生まれた時から決まっているからね!」 「もぉ恵ちゃんやきもちやきだねぇ」 「海斗、ほどほどにしとけよ…」 恵と嶺亜、海斗と顕嵐のやりとりを見ながら挙武がやれやれと肩をすくめた。 「こんなとこでブラコン対決か。やれやれだな。おや、旅の記念にはちみつソフトでも食っとくか」 挙武がソフトクリームを舐めながら記念写真を撮る横で勇太ががっちりと海人と肩を組んでいた。 「お前のことは忘れないぜうみんちゅ。素晴らしい旅の思い出をありがとう!」 「礼には及ばないよー。ありがとねこんないっぱいお菓子買ってもらっちゃって」 「いいってことよ…フッ…この勇太、ちゃんと受けた恩は返す主義でな」 「あーいいなー!!勇太兄ちゃん俺にも買ってくれよ!!」 郁がうらやましがる横では颯と朝日がわずかな時間を惜しんで対決の続きをしていた。
329 :
ユーは名無しネ :2013/03/25(月) 16:49:37.87 O
「いいか、この、庭の小石をより高く積んだ方が勝ちだ!俺は小さい時からワイルド小石積みで負けたことはない!」 朝日がドヤ顔で言い放つのを颯は静かな闘志を燃やした目で受けとめる。 「岸家の名誉にかけて負けるわけにはいかない!!龍一、審判お願い!!」 「もういい加減にしろよお前ら…俺が負けってことでいいよもう…ゆっくりさせてくれ…」 龍一はフラフラになりながら「いちま〜い、にま〜い…」とカウントをする。 かくして色んな思いを乗せてバスが発車した。 「え〜皆さま、今回のバスツアーお楽しみいただけましたでしょうか…」 ツアーコンダクターが問いかけると、勇太が勢いよく挙手をする。彼は大変に満足したようだった。その理由を誰も問い質そうとはしない。 「結局ヤれなかった…てなわけで家に帰ったらその分…って嶺亜何してるの?誰とメール!?」 岸くんが夜のおねだりを嶺亜にしようとすると彼は携帯電話を熱心にいじっていた。 「ん、あらん君とぉ」 「ちょっと待って!いつの間に交換したの!?パパは納得いきませんよ!?許しませんよ!?」 岸くんが全力で嶺亜にお説教をするその後ろでは岩橋がご機嫌な勇太にからまれていた。 「おい岩橋!!俺は最高に機嫌がいい!帰りに一緒にツタヤでAV借りて帰ろうぜ!!温泉湯けむり浴衣モノな!!お前18歳だし借りれるよな!?」 「え…そんな卑猥なものを僕に借りろと…?これはなんのたかりいじめ…?お腹が…」 岩橋が早くも腹痛を発症させているその後ろで恵と郁が取っ組み合いの喧嘩を始めた。 「あー!!恵兄ちゃんそれ俺の塩せんべいだぞー!!返せよー!!」 「うるへー!!おめーは食い過ぎなんだよ!!俺はもっと太らなきゃいけねーくらいだから食ってやってんだ文句言うな!!」 「うわあああああああああああああんひどいよひどいよおおおおおおおおおお」 泣き叫ぶ郁の声を若干迷惑に感じながらも龍一は疲労感いっぱいでぐったりとシートにうなだれた。その横で颯が十番勝負の続きを考えていた。 「やっぱりここは日本昔話対決…どっちがより多くの話を知っているか…龍一どう思う!?」 「頼むから寝かせてくれ…なんだか俺、今回こんなことばっかり言ってる気がする…」 龍一は指をいじいじして克服しようとする。が、力尽きて深い眠りに堕ちた。 「まったく騒がしい一家だな…。もっとこう…落ち着けないものか…。やはり早く自分で稼ぐようになってロスかバリか太平洋クルーズにでも行きたいな」 挙武は他人の振りをしながら温泉まんじゅうを食べつつほうじ茶をすすった。 つづく
作者さん乙です! >うん、ちょろいよぉ… んんんんんれあたんんんんんんんん
続き乙です これは…岸くんとれあたんは結局最後まで辿り着けないパターンwww ブラコン宮近がけなげで泣けるな…郁のハチノコ化わろたw
作者さん乙乙すばらしき家族旅行! 颯くんと梶山の対決の愛らしさに心なごんだよw そして岸くんは安定の不憫ww
作者さんんんんん乙乙乙! 神7とトラジャが絡むとなぜこうも面白くなるのかwwwww 悪女れあたんいけない子ぉ! 岸くんという旦那がありながらあらんを誘惑し あまつさえ誘惑する気ないしずやまで虜に… ブラコン宮近可愛いよ宮近…! 「生まれたときからあらんの○○は」の決まり文句ハマったwwwwww 神七中の颯のFUとサンライズ超特急の朝日wwwwwww いいコンビだよ可愛いよ青春だよおおおおお!!! うみんちゅがまさかのwwwww トラジャ兄弟が岸くんとれあたんが夫婦と知ったときの反応が気になる!!!
334 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/03/28(木) 21:09:17.65 O
第二話 その1 「恵ちゃん遅いよぉ…」 腕時計を見ながら、嶺亜はソワソワして待つ。約束の時間を10分過ぎていた。嶺亜は時間にはうるさいのである。恵がやって来たのはそれから10分後で、20分の遅刻だ。 「恵ちゃん、おそぉい」 「わり、れいあー。掃除サボろうとして出たら見つかっちゃってしぼられちった」 「もぉ…そんなことするからだよぉ。僕20分も待ったんだよぉ」 頬を膨らませると恵は平身低頭で謝ってくる。 「わりーわりー。お詫びになんか奢る。腹減ってない?」 「たいやき食べたい!あ、でも…用事が済んでからねぇ」 恵と嶺亜は近くの大型ショッピング街に学校帰りに来ていた。中三の颯と龍一が私立校受験が近いこともあり二人のために合格祈願グッズを買ってやることにした。四つ子で二組に分かれ、嶺亜と恵は合格グッズを、挙武と勇太は神社にお守りを、と分担したのだ。 「どんなのがいいかなぁ〜。あんまり邪魔にならないものとかぁ…」 合格祈願グッズの店に入り、嶺亜と恵は色々物色する。 「やっぱよ、無難に合格鉛筆とか良くね?これ」 「う〜ん…いいけどぉ。これだけだとちょっと心もとないから…こっちのダルマはぁ?」 「ダルマとか国会議員みてえだなー。食いもんでもいいかもしんねーぞ。キットカットとかだるまサイダーとかよ」 「郁が全部食べちゃいそうだよぉ。そしたら縁起悪いことこの上ないよぉ」 あーだこーだと試行錯誤し、結局合格鉛筆とダルマとふくろうに落ち着き、店を出て挙武と勇太と落ち合ったのはもう6時過ぎだ。 「帰ったら7時になるな…」 「れいあ、夕飯の用意大丈夫?郁がうるせーからなー」 「大丈夫ぅ。昨日の残りのカレーがまだ大量にあるしぃご飯はタイマーにしたしぃサラダ用の野菜も切って入れてあるから勝手に食べてくれるよぉ」 「んじゃちょっとぐらい遅くなっても大丈夫だな!たい焼きあっちで売ってるぜ!食おーぜ」 おりしもバレンタインデー間近ということで、軒を連ねる店にはチョコレート製品をバラエティ豊かに揃えてある。だが嶺亜にとってバレンタインデーは苦い思い出がある。あまり意識したくない時期である。それらを素通りしてたい焼き屋に向かった。
335 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:10:24.96 O
勇太と挙武と落ち合い、四人でたい焼きを食べていると恵が声をかけられる。どうやら同じ高校の友人らしい。工業高校らしいノリで話しかけてくる。 「お、これがお前の愛しの兄貴?ほんとだ可愛いーな。肌真っ白け〜。んでこっちが弟達?似てねーなー」 「今日掃除サボってこってりやられてたろ。なんか急いでると思ったらそういうことか。兄弟4人でデートかよ」 「俺ら今から中学の同級とカラオケ。上手くいけば合コン。お前らも来る?お、来た来た。こっち〜」 向こうから彼らの中学の同級生とおぼしきグループがやってくる。3人組の、それぞれ違った高校の制服を着た男子高校生だ。 「え…」 その中の一人を見て、嶺亜は言葉を失う。恵達も同様だった。 「嘘だろ…」「これは…」「まじで…?」 「こんなとこにいたのかよ。あれ?誰こいつら。友達?」 嶺亜たちを交互に見据えながら男子高校生らは問う。 「こいつは俺らと同じ高校のダチ。こっちの子らはこいつの兄弟だって。偶然会ったから話してるだけ。どう?お前らも」 「いや…俺らはいいや…わりーね、また誘って…」 恵がなんとかそれだけを絞り出す。嶺亜は硬直状態だ。その嶺亜に、その中の一人が顔を覗きこんでくる。 「なんか顔色悪くない?色が白いだけか…」 「…」 嶺亜の眼は大きく見開かれる。というのもその人物は嶺亜と恵達が忘れようとしても忘れられない人物に瓜二つで、まるで生きうつしだったからだ。そう、嶺奈と嶺亜のように… 「大丈夫?」 「大丈夫だよ!!ご心配なく!!んじゃ俺ら帰るね!!バイバーイ!!」 恵が嶺亜の手を引いて、四人は一目散に退散した。全員心臓がおかしな打ち方をしてしまって軽いパニック状態である。だが家に着く頃には若干冷静さを取り戻していた。それは嶺亜も同じで、家の前までくるとようやく口を開いた。 「びっくりしたぁ…そっくりだったからぁ…」 「俺も…びびった…でもよー世の中には5人は自分と瓜二つの人間がいるって言うぜ…3人だったかな…」 「他人のそら似にしては…似すぎている…」 「やっべーなあれ…」 背中に汗をかきながら帰宅するともう全員揃っていてカレーを食べていた。
336 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:11:40.22 O
「嶺亜兄ちゃん食わねーの!?全然進んでないぜー。カレー」 郁がもの欲しそうに嶺亜のカレー皿を見つめてくる。 「ほんとだ。いつもゆっくり食べるけど今日はまた一段とスピードが遅いね嶺亜。具合悪い?」 岸くんが心配して嶺亜の額に手を当てた。だが平熱のようである。 「うん。大丈夫ぅ…」 しかし嶺亜は魂が抜けたようになってしまって、カレーに醤油をどぼどぼかけ始めた。郁が勿体なさそうに見ている。 「おかしい…ねえ一体どうしたの?恵、なんか知ってる?」 「あ?」 その恵はカレーが見えなくなるくらいマヨネーズをかけていた。一本まるまる消費である。 「恵兄ちゃん…勿体ないよ…」 龍一がおもわずぽろっとこぼした。やばい。「うっせーてめー!!」からの蹴りが飛んでくる。龍一は身構えた。だが… 「おう…すまん…」 「…!!」 龍一は顎が外れるくらい大口を開けて唖然とした。恵が龍一に素直に詫びるなんて…。そして… 「挙武くんやめなよ!!カレーにキムチとか混ぜんの!だいたい辛い物大嫌いなのになんでこんな…」 颯がカレーにキムチを混ぜてぐちゅぐちゅかきまぜている挙武をたしなめる。食事のマナーにうるさい挙武らしからぬ行動である。そして勇太はというと… 「あーやべ、まじやべー。あれはドッペルゲンガーってヤツか?でもなー…」 なんかぶつぶつ言いながらひたすらに黒豆だけを食していた。 「なーんか変だね、嶺亜。ぽや〜っとして。恵と勇太と挙武もだけど。そういや今日四人で颯と龍一のために合格祈願のグッズ買いに行ってくれてたんだよね。そこでなんかあったの?」 岸くんがベッドに横たわりながら訊ねると嶺亜は蒲団の中でうつむいていた。やはり様子がおかしい。岸くんはだんだん気になりだした。 「ねえ、何かあったんならちゃんと話してよ。俺と嶺亜の間には隠し事はなしだよ」 目を見つめると、嶺亜に生気が戻る。弾かれたように岸くんに抱きつき、甘えるようにこう囁いた。 「パパぁ…なんかぁ…ちょっと不安になっちゃって落ち着かないからぁ…」 「不安?不安って何?やっぱなんかあっ…」 問い質そうとすると嶺亜は岸くんの唇を塞いできた。ここんとこ専ら岸くんが迫るだけだったが久々に嶺亜はやる気になっているようだ。求め方が激しい。 そうと分かれば話は早い。岸くんの疑問はあっさりと性欲に上塗りされてしまった。 「嶺亜…!!」 「パパぁ…」 翌日が土曜日だったこともあり、岸くんは心ゆくまで嶺亜と行為に耽った。そして翌朝… いつものように恵と勇太はバイトに行き、郁は友達のところへ遊びに、そして龍一と颯は私立受験への最後の追い込みをするべく部屋に籠って勉強をしていた。 嶺亜は一週間の献立を挙武と共に相談し、岸くんは遊びに来た岩橋とリビングで野球中継を見ていた。そこへインターホンが鳴る。 「はいはぁい。今出ますぅ」 嶺亜がぱたぱたと小走りで玄関に向かった。そしてドアを開ける。
337 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:13:01.39 O
「はぁい?」 「あの、今日から向かいに越してきた者ですが…あ」 「あ…!!」 嶺亜は腰を抜かしそうになった。菓子折りの箱を手に持ち、礼儀正しく挨拶をしてやってきたその少年は… 「嶺亜?どうした?」 リビングからひょっこりと顔を出した挙武も言葉を失う。 「君は…!」 嶺亜が茫然とし、挙武が驚愕の表情をするので少年は若干訝しんでいる様子だったが菓子折を差し出すと嶺亜に言った。 「昨日会ったよね?確かあいつらの友達の…。あ、俺森本慎太郎って言います。よろしく」 少年は爽やかに自己紹介をすると嶺亜と挙武の名前を聞いて「じゃあ」と言って出て行った。嶺亜はその瞬間その場にへたりこんだ。 「嶺亜、しっかりしろ。あまりにも似すぎているけど全くの別人だ。名前だって違うし年だって確実に違うじゃないか」 「でも…でもぉ…怖いくらい似てるよぉ…しかも向かいに越してきたってぇ…」 嶺亜はパニック状態である。 「どしたの?」 トイレに行こうとした岸くんが通りかかり、嶺亜と挙武に訊ねた。嶺亜はふるふると首を振るが、挙武が「大丈夫。パパにはちゃんと話しとこう」と嶺亜の肩を掴んだ。嶺亜はややあって小さく頷く。 リビングに戻ると挙武は岸くんに語り始めた。 「昨日、僕達が颯と龍一の合格祈願のものを買いに行った時…恵の高校の同級生に会ったんだ。そこでそいつらの中学の同級生も通りかかって…その中の一人がさっき訊ねてきた向かいに越してきたっていう人だった。そいつが…」 挙武はそこで言葉を切り、ソファに小さく体育座りをした嶺亜が呟いた。 「…そっくりだったのぉ…」 「そっくり?誰に?」 岸くんが尋ねると、嶺亜は更に声のトーンを落とし、視線を床に落として答えた。 「…僕の、初恋の人ぉ…」 「な…ななななななななななななぬなぬなぬなぬなになになになに…!!!!!!!!」 岸くんは目ん玉が飛びだしそうになった。もしかしたら本当に飛び出していたかもしれない。そこで挙武がフォローした。 「だけど完全に別人であることは間違いない。僕らが小四の頃そいつはもう大人だったし…ママと年が近いだろうから今高校生であることは絶対にない。息子…でもないと思う。名字も違う」 「親子じゃないのに似てるなんてすごいね…嶺亜くんと嶺奈さんは親子だから不思議じゃないけど。そんなに似てたの?」 岩橋が問いかけると嶺亜はぽや〜っとした表情で頷く。 「声まで似てるのぉ…もう6年も前のことだけどぉ…なんか鮮明に覚えてるんだぁ…」 「ちょっと…嶺亜、気を確かに…!!」 岸くんが慌てて嶺亜の肩を揺すり、正気に戻そうと試みる。すると嶺亜は苦笑いをして 「大丈夫だよぉパパぁ。昔のことだしぃ。僕にはパパがいるからぁ。そんな心配しないでよぉ」 「嶺亜…」 岸くんはホッと胸を撫で下ろす。 「ちょっとびっくりしただけぇ。あ、お茶淹れるねぇみんなコーヒーでいい?」 そして嶺亜はいそいそと台所に立ち、岸くん達にコーヒーを淹れてくれた。 だがそのコーヒーには砂糖ではなく塩が入っていた。
338 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:14:43.53 O
「えっとぉ…ネギと人参と白菜とぉ…お味噌と豆腐、バナナにヨーグルト、それと牛乳と卵も買わなきゃだよぉ。やっぱり郁にも来てもらえば良かったかなぁ…でもお菓子買えっていうしぃ…」 学校の帰りに買い物リストを確認しながら嶺亜は商店街を歩く。全て済ませると両手に買い物袋になりずっしりと重い。重労働だ。溜息をつきながら商店街を出ると冷たいものが頬に当たった。 「うっそぉ…」 雨が降ってきた。天気予報では降るなんて言ってなかったから嶺亜は傘を持っていない。第一、あったとしても両手が塞がってしまっている。 走って帰るにはこの荷物では厳しい。ああもう最悪ぅ…と思っているとふいに冷たさが消滅した。 「?」 不思議に思って上を見ると、傘がさしてある。 「よ」 嶺亜は腰を抜かしそうになる。傘をさして横に立っていたのは慎太郎だった。 「そこ歩いてくの見えたから。傘ないの?入れよ」 「…」 嶺亜が動揺していると、慎太郎は嶺亜の持つ買い物袋をさっと持った。 「重いだろ。持ってやるよ」 視界が揺れる。数年前の記憶が嶺亜の脳裏にフラッシュバックした。優しくて、かっこいいあの人が… 「どうしたの?」 慎太郎が顔を覗きこんでくる。嶺亜は心臓がありえないくらいに早く打っているのを自覚した。足に力が入らない。 「ううん、なんでもなぁい…」 なんとかそれだけ答えて、早く自宅に着くよう願った。そうでないと心臓が持たない。岸くんではないが、汗をかき始めた。思い出したくないのに、否が応にも記憶が呼び起こされる。封印したはずの記憶が、気持ちが、こじ開けられてしまう…それが怖い。 「土曜日びっくりしたよ。まさかその前の日にあった人らが向かいの家の人だなんてさ」 「…うん…そうだねぇ…」 「一緒にいた子らは兄弟なんだって?4つ子なんて珍しいなー」 「…うん…よく言われるぅ…」 嶺亜は気付いてしまった。慎太郎の傘は折りたたみタイプで、二人が入るには小さすぎる。だが彼は嶺亜が濡れないよう傘をその頭上に合わせてくれている。おかげで慎太郎の片方の肩はずぶ濡れになっている。 優しいとこまで同じ… 嶺亜が息も絶え絶えになった頃、ようやく家が見え始める。安堵がやってきて嶺亜は慎太郎に頭を下げた。 「ありがとぉ。ここまで来たらもう大丈夫だからぁ…」 「あのさ、ちょっとお願いがあんだけど」 「え?」 「新しい家の鍵がまだ俺の分なくてさ、両親共働きで夜まで帰ってこないし、鍵持ってる兄貴があと一時間ぐらいしないと帰って来ないんだ。その間だけ家入れてくれるとありがたいんだけど…」 家になんか入れたら、みんなが…そして自分が… だけど断ることができなかった。
339 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:16:05.79 O
「悪いね。会ったばっかなのにこんな図々しいことお願いして。でもさ…」 傘を閉じながら、慎太郎は笑った。 「なんか初めて会ったって気がしねえや。ずっと前からの知り合いみたいな感じ、嶺亜って」 嶺亜は泣きそうになる。その笑顔は大好きだったあの人と全く同じで、感情が大きく揺れてしまう。お願いだから、思い出させないで…祈るような気持ちで自分の部屋に慎太郎を案内しようとすると、二階から降りてきた郁とすれ違う。 「嶺亜兄ちゃん友達?…なんかどっかで見たよーな…」 幼かった郁は覚えていないのだろう。そのまま通り過ぎて行った。嶺亜は安堵する。誰にも見られずに帰ってほしい…そう、特に岸くんには… 「綺麗な部屋だな。ちゃんと片付いてて…男の部屋って感じがしない」 「そっかなぁ…あ、そのへん適当に座ってぇ…」 とりあえず一時間耐えればいい。嶺亜は自分に言い聞かせた。できるだけ、目を合わせず、返事もおざなりに…そうしたら慎太郎はきっとつまらないと感じてすぐ帰ってくれるだろうし声をかけてくることもないだろう。そう考えたのだが… 「そっかN高か。友達何人か行ってるから今度嶺亜のこと訊いとく。俺はB高。通称バカ高。今度同系列のお嬢様女子高と合併なんて噂あるけどさ…」 楽しげに、慎太郎は話してくる。この話やすさも似てる…と考えかけて嶺亜は慌ててそれを拭った。考えちゃいけない、思い出しちゃいけない…冷静に…気を確かに… 「嶺亜?」 慎太郎は顔を近づけて覗きこんできた。凛々しい瞳も何もかも似すぎてて、もうやめてぇ…と嶺亜は泣きそうになる。 (これ…きっと罰が当たったんだぁ…パパのこと…ママに自分がそっくりだって分かってて誘惑したからぁ…その時の罰がぁ…) パパごめんなさい、その説はお風呂場やベッドやセーラー服やその他もろもろ誘惑しかけて汗だくにさせて申し訳ありませんでした。反省してます。 でももう二人は結ばれたんだから償いはしてるよぉ…だから許してぇ…それともこれは自分の男を寝とられたママの怨念か何かが働いてるのかなぁ…もうわけがわからない。嶺亜の頭の中は混濁した。 「あ、ごめんねぇ…お茶も淹れないでぇ…今持ってくるからぁ」 嶺亜は一時避難を試みた。温かいお茶でも飲んで気持ちを落ち着かせよう。そうしよぉ…と立とうとすると足が痺れていてよろめいた。 「おっと。大丈夫?」 もたれかかった嶺亜を慎太郎は抱き締めるように受け留めた。がっしりとした体格が衣服越しに伝わり、嶺亜は目眩がする。そこで… 「れいあー!友達来てんの?誰ー?」 恵が入ってきて、慎太郎を見た瞬間顔色を変えた。 「お前…!!」 「恵ちゃん違うのこれはねあのね商店街で会って傘貸してくれて家の鍵がないから一時間だけ入れてあげただけで全然何もやましいことも後ろめたいこともないからほんとだから今お茶淹れようとして足痺れてそれでそれで…」 普段のおっとり語尾伸ばし口調は彼方に飛んで行き、嶺亜は早口で状況説明をした。だが恵には分かる。嶺亜がこの早口になるのは動揺が頂点に達している時である。だから恵は言った。 「そっか。んじゃ早く淹れてやれよ。俺が支えててやっから。歩けんだろ?」 努めて冷静に恵は言った。まずは嶺亜を落ち着かせなくては。自分が驚いている場合ではない。こうした時の恵の感情の切り替えはスムーズである。 恵が間に入って、それから30分程度で慎太郎は帰って行った。だが嶺亜の動揺は収まらなかった。
340 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:18:09.87 O
恵から事情を聞いて、嶺亜のただならぬ様子に岸くんはもうひたすらうろたえた。 「ちょっと待って…嶺亜、料理も何もできないくらいに動揺しちゃってるの…?そんなに…?」 嶺亜がまともに料理ができる状態ではないので急きょ出前を取ることになった。郁はどっちみち胃袋が満たされればいいので喜んで出前の坦坦麺をすすっている。 「…無理もない…。瓜二つな上に傘に入れてくれてしかも自分はほとんどずぶ濡れになってまで嶺亜を濡らすまいとする上に買い物袋まで持ってあげるなんてナイスガイすぎる…例え初恋の人に激似でなくとも惚れてまうやろー、ってやつだな…」 挙武が五目汁そばをすすりながら呟いた。 「悔しいけどよー…オーラがあんだよ…。なんか貫録あるっつうか…。あれは女なら惚れるな。あ、でもよ…」 餃子を口にしながら勇太が何かを思いついたらしく、箸を置いた。 「あんだけイケメンナイスガイなら当然彼女いんだろ。あいつらあの後合コンとか言ってなかった?慎太郎が女といるとこでも見りゃ嶺亜も冷静さ取り戻すんじゃね?」 「それは効果があるかもな…」挙武はシューマイを口に放り込む 「それもいいけどよ。やっぱ一番大事なのはパパおめーがちゃんと嶺亜の気持ち繋ぎとめとくことだぜ。おめーもなんか男らしいとこ見せろよ嶺亜に。そんな涙目になってねーでよ」 恵の言うことは最もである。岸くんとて愛する嫁をこのまま奪われるようなことは絶対にさせたくない。 「パパがんばって!俺はパパの味方だから!なんなら回るし!」颯は肉まんをかじりながら岸くんにエールを送った 「早いとこなんとかしてくれないと…嶺亜兄ちゃんの精神状態がおかしいとこの家の家事が一切回らなくなるし何かやらかしたら今度こそ俺消されるかも…」龍一はチャーシューメンの汁を飲みながら呟いた。 「おい誰だよ俺の春巻き食ったの!!最後の楽しみに取っておいたのに!!!」 郁がチャーハンを口から飛ばしながら怒鳴り、皆は溜息をついた。
341 :
ユーは名無しネ :2013/03/28(木) 21:20:28.24 O
「嶺奈…俺どうしたらいいの?嶺亜が初恋の人に激似の子に心が揺れてるって…あ、でもそれって嶺奈の元カレ似ってことだよね…。もしつきあってた時にそいつが嶺奈とヨリを戻そうって現れてたら…どうなってたのかな」 岸くんは亡き妻の遺影に問いかける。だが答えは返ってこない。よもやこんな事態が訪れようとは夢にも思わない。そりゃあ嶺亜は面食いのイケメン好きでイケメンの前では自動的にぶりっこモードが発動されるが今回は全く別問題のようである。 「俺がしっかり嶺亜の気持ち繋ぎとめなくちゃってことは分かってるんだけど…どうしたらいいのやら…」 溜息をついていると、ドアが開く。嶺亜がテンピュール枕を抱き締めて入って来た。 「パパぁ…」 不安と迷いを滲ませた表情の嶺亜が入ってきた。ベッドの上にちょこん、と座ると申し訳なさそうに岸くんの手を握ってくる。 「ごめんねパパぁ…今日なんにもしないでぇ…。明日はちゃんとするからぁ」 「ん…無理しなくていいよ」 岸くんは嶺亜の頭を撫でた。情けないが、かけるべき言葉が分からない。「俺以外の奴に見向きするな」とでもいえばいいのだろうか、それとも「俺が嶺亜の気持ちちゃんと繋ぎとめるから大丈夫」と言えばいいのか…なんだか色々考えてしまって纏まらない。 「ありがとぉパパぁ」 そう言って嶺亜はすやすやと眠ってしまった。その天使のような寝顔を、岸くんは複雑な想いで見つめながら自分も眠りについた。 その2につづく
作者さん乙おっつー! しんたろおおおおおおおお!! これは惚れてまうやろおおおおおおおおお!! れあたん揺れる乙女心おおおおおおおお!! これからどうなるのか気になる…!
なんかもう誰を応援すればいいのかわからないよおぉぉ! れあたん日替わりでどぉどぉ?ねえどうなのぉぉぉ?!
344 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/03/29(金) 21:42:30.26 O
第二話 その2 「彼女はいない、だってよ…」 恵が共通の友人を通し、得た情報によると件の森本慎太郎には今現在付き合っている恋人はいない。カラオケ後の合コンには参加せずに帰ったそうである。 「なんかよー、そいつらの話じゃあ慎太郎って見た目もさることながら性格も謙虚で爽やかで頼れる兄貴分って感じで誰に聞いても悪い印象が返ってこねー相当なナイスガイだってよ。もちろん女子からの人気は絶大」 「けどよ、若くて健康な高一男子ならこの俺みたくエロ動画見ーのオ○ニーしーのの思春期ライフ満喫だろ?この家呼んで一緒にAV観賞会とかどうよ?嶺亜の奴下ネタ嫌いだしAV鑑賞とか汚物見るような眼で見てくるし効果絶大じゃね?」 「悪くはないと思うがうちには高校受験を間近に控えている双子がいるからな…。あいつらが必死に勉強している中でリビングで大音量で「あは〜ん」だの「いや〜ん」だの流すのは非人道的行為のように思える」 「でもよ、そもそもママの恋人のあいつもそうだけど普通の一般男子は男に興味ねえし慎太郎だってそうだろ。いくられいあが可愛いとはいえ二人がどうにかなるなんてことはねーんじゃねーか?パパみたいな特殊な奴はそういねーぞ」 「それもそうだな…」 恵と勇太と挙武がそう結論付けていた頃、嶺亜は魂の奥で悲鳴をあげていた。 (なんでなのぉ…なんでこんなとこで会っちゃうのぉ…?) 学校帰りに高校の近くの本屋に寄ったら、そこになんと慎太郎がいた。身を翻した時にはもう遅かった。声をかけられ、更に… 「そうだ、昨日雨宿りさせてくれたお礼にさ、今日はうちに寄ってくれよ。田舎からりんごが大量に届いてご近所さんに配れって言われててさ。家族多いんだろ?りんご好き?」 郁が箱ごと食べてくれるよぉ…と答えようとしたが声が出なかった。そしてあれよあれよという間に部屋に通される。 「昨日必死に片付けたんだよ。嶺亜の部屋に比べたらそれでも汚えけど。あ、座って。今なんか持ってくる」 「おかまいなくぅ…」 お茶菓子をちまちま食べながら、嶺亜は必死に自分を落ち着かせようと試みた。 慎太郎はあの人とは全くの別人だ。だからこうして意識しすぎるのは馬鹿げている。もう自分には岸くんがいるし何も気にすることなんてない。過去はふっきるべきだよぉと自分に言い聞かせた。それに… 今こうして好意的に話してくれる慎太郎も、自分が「こういう男の子」だと分かればきっと気持ち悪いと思うだろう。むしろそうしてくれたら目が覚めるかもしれない。以前なら考えられないことだが今の自分には岸くんがいるから大丈夫だ。
345 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:43:39.75 O
「なんかすげえお上品な食べ方だな。男と思えない」 慎太郎は笑う。ちょうどいい、と嶺亜は答えた。 「よく言われるんだぁ。女みたいで気持ち悪いってぇ。しゃべり方もこんなだしぃ仕草もナヨナヨしてるみたいだしぃ小さい頃からそれはもう何万回とぉ…」 「全然気持ち悪くなんかなくね?見た目どおり可愛いな〜って俺は思うけど。おっとりしたしゃべり方も和むし」 第一弾は見事に撃沈された。それならこうだよぉ…と嶺亜は切り口を掘り下げた。 「いくら見た目が女の子っぽいとは言ってもやっぱり男だしぃ…昔ね、バレンタインに男の人にチョコレートあげようとしたらぁ気持ち悪いって言われたことあってぇ…やっぱり僕って気持ち悪いんだなあって思ってぇ」 こんなことが正気で話せるようになったのはやはり岸くんのおかげかもしれない。パパ、僕大丈夫だからねぇ自分で克服してみせるよぉ…と嶺亜は誓った。 だが慎太郎は真剣な眼差しになり、 「そんなこと言われたのか?…なんかそいつ許せねーな。嶺亜の気持ちをそんな風にしか言えないなんて。俺だったら喜んでもらうけどな…って催促してるわけじゃないからな?」 「…」 これはかなりの強敵だよぉ…嶺亜は慄いた。あの人と同じ顔でこんなこと言われたら…だがしかし嶺亜は足掻く。 「そんなこと言ってぇ…実際男の子に「好き」とか言われたら引くでしょぉさすがにぃ…。僕が慎太郎くんのこと好きって言ったらどうするぅ?やでしょぉ?気持ち悪いでしょぉ?」 慎太郎は視線を上に向けて考えるような仕草をした。そしてややあってこう答える。 「嫌じゃないかも」 「…え?」 「嶺亜だったら嫌じゃないな。いや、むしろ嬉しい」 嶺亜は持っていた羊羹の爪楊枝を落とした。
346 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:44:48.06 O
「あれっ」 岸くんは退勤時間になり、帰ろうとしてコートを着こもうとするとボタンが外れた。 「帰ったら嶺亜につけてもらおう…」 ボタンを握りしめて会社を出るといきなり黒ネコに出くわした。巨大な図体をして低い声で唸っている。なんだか縁起が悪い。そして電車が人身事故で遅れた。さらに渡ろうとする信号は全て赤だった。なんなんだ一体これは… 「ただいま」 くたびれながらリビングのドアを開けるとまたしても中華料理屋の出前と何故か大量のりんごが広げられていた。 「え、どうしたの。嶺亜は…?」 お通夜状態の食卓で、恵がニラレバを自動的な動作で口に入れながら答える。 「…部屋にいる」 「部屋?」 皆黙々と食事をしていた。なんか様子がおかしい。全員、昨日にはなかった痣や傷跡が顔や腕に見える。 「行かない方がいいぞパパ。命が惜しかったらな」 「え…どういうこと?」 挙武の忠告を気にしながらも岸くんは嶺亜の部屋のドアを開ける。そこで腰を抜かしそうになった。 部屋はめちゃくちゃに荒れていた。その部屋の隅で生気を失った嶺亜が爪を噛みながら岸くんが入って来たことにも気付かないで何かブツブツ言っている。 「れ、嶺亜…?」 岸くんが近づくと嶺亜の呟きの内容が聞き取れる。彼はお経のようにこう唱えていた。 「ごめんなさいママ僕がパパのこと取っちゃったからこうして今僕のこと苦しめてるんだね死んでお詫びするからもう許してごめんなさいごめんなさいごめんなさ…」 「嶺亜!!しっかりして!!嶺亜!!」 岸くんが嶺亜の肩を激しく揺さぶったが嶺亜は虚ろな表情で同じことを繰り返すだけである。 一体何が…何があったんだと岸くんが問いかけ続けると何回目かで嶺亜の視線は岸くんに合った。 「パパぁ…」 「嶺亜、どうしたの!?何があったの!?」 「ごめんなさいパパぁ…僕もうママのとこに行くねぇ…」 「ちょっと何言ってんの嶺亜!?気を確かに!!これ何本?」 岸くんはうろたえながら嶺亜の目の前に指を一本立てた。が… 「ぎゃあああああああああああ!!!!」 いきなりその指に噛みつかれた。錯乱状態の嶺亜はそこらへんにあるものを岸くんや天井や壁に向かって叫びながら投げ付ける。恵と勇太が入ってきて岸くんを避難させ、ドアを閉めた。
347 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:46:10.92 O
「パパ入るなっつっただろ!今の嶺亜には何言ってもまともに返ってきやしねえ」 勇太が岸くんに怒鳴る。訳が分からない。一体ぜんたい何があったというのだろう… 「りんごの箱を慎太郎って人が持ってきて…嶺亜くんも一緒だったんだ。それで帰るなり嶺亜くん部屋に閉じこもって荒れだして…みんなが落ち着かせようとしたんだけどもうとにかく錯乱状態で手のつけようがないんだ」 颯が負傷した岸くんの指に包帯を巻きながら説明した。 「叫んでた内容を要約すると、どうやら慎太郎くんに「嶺亜に好きって言われたら嬉しい」みたいな感じのことを言われてそっからなんかいいムードになってしまったらしく…それに対する罪悪感やら何やらでもうプッツンしてしまったのかと…」 挙武が補足説明をした。彼もおでこに痣を作っていた。 「多分…自分が許せねーんだと思う。パパと結ばれてようやく初恋の痛みを克服できたと思ったら今度は瓜二つの奴に満更でもないみたいな態度取られて、それで揺れてしまう自分が…」 「パパとも重なるんだろうな。自分がママに似ていて、パパが揺れると分かっていて誘惑したことがあるから…」 四つ子が分析する中で龍一がゴマ団子をもくもくと口に入れながらこう呟いた。 「嶺亜兄ちゃんのことも心配だけど…早くなんとかしてくれないとこの家ゴミ屋敷になってしまう…」 リビングは悲惨な状態だった。洗濯物がそこらじゅうに積まれているしゴミも散乱している。挙武は綺麗好きだが基本自分の部屋しか掃除をしない。他の皆は論外である。 「明日もお弁当なかったら自分たちで作るしかないよ。ただでさえエンゲル係数高いのにこれ以上出前やらコンビニ弁当やら買うわけにはいかないし」 颯が天津丼をたいらげると溜息をつき、呟いた。 「パパーなんとかしてくれよー。パパしかいねーよ嶺亜兄ちゃん正気に戻せるの」 ももまんじゅうを口いっぱいに頬張りながら郁が岸くんの肩に手を置く。皆頷いた。 「パパおめーよ、一家の主だろ?そんでもって嶺亜の父親兼恋人なんだろ。俺と約束したよな?嶺亜幸せにするってよ。これでどーにかできねーようじゃ枇杷の木の下に自ら埋まってもらうぞ」恵がすごんでくる 「よしパパ!これはもうエッチしかねえ!!パパの超絶絶倫テクで嶺亜アンアンいわしてやれ!!そしたら嶺亜も「やっぱりパパが一番だよぉ」ってなるはずだ!!レッツトライ!!任せろ俺がちゃんと見守ってやるからよ!!」勇太は目を輝かせて岸くんの両肩に手を置いた。 「ここは一つ男らしいところを見せるしかないな。嶺亜がパパに惚れ直すような一言をガツンと…嶺亜を呪縛から解き放ってやってくれパパ」挙武は岸くんの手を両の手で握った。 「パパ頑張って!!パパならできるよ!!だって俺のパパだもん!!」颯は眩しい瞳を向けてくる。 「お願いしますパパ…岸家の平和のために」龍一は岸くんを拝んだ。 「よ、よし…」 岸くんは自分を奮い立たせた。このままでは嶺奈にも顔向けができない。嶺亜を幸せにするのは俺の役目だ。でないとあのハッピーエンドが嘘になってしまう。 雷雨の中嶺亜のために二階のベランダよじのぼってデーモン岩橋を正気に戻したあの日の俺返ってこい!!岸くんは念じた。 岸くんが嶺亜の部屋に向かおうとリビングを出るとインターホンが鳴る。
348 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:47:09.94 O
「はい?」 玄関のドアを開けると精悍な顔つきをしたガタイのいい青年が立っていた。 「あ、向かいの森本です。あのこれ…嶺亜が俺の部屋に忘れて行って…今気付いたんで持ってきました」 これが…森本慎太郎…嶺亜の初恋の人に瓜二つの…岸くんは唾を飲んだ。 「ど、ども…」 岸くんは慎太郎から嶺亜の手袋を受け取った。慎太郎は礼儀正しく挨拶をして、 「嶺亜のお兄さんですか?」 と岸くんに訊ねてくる。どう説明したものか…岸くんが答えあぐねていると慎太郎は少し心配そうな口調になり 「嶺亜、ちょっと様子が変というか…帰る時ぼ〜っとしてたから、風邪でもひいてやしないかと思って。大丈夫でした?」 「うん…大丈夫…ご心配なく…」 「良かった。じゃあまた明日って伝えといて下さい。失礼します」 去り際まで見事だった。これは…これは想像以上のイケメンナイスガイ…高一のはずなのになんかもう精神的にも肉体的にも成熟しきっていて包容力が半端ない。女なら、女の心を持っているなら惚れてまうやろ…。岸くんは白目を剥いた。 「パパぁ…?」 階段の上から嶺亜の声がする。次いで、リビングから他の皆も玄関にやってきた。 「誰だったんだよパパ?あれ、それれいあの手袋じゃね?」 恵が指摘すると、嶺亜が虚ろな表情からはっとした表情になる。 「慎太郎くんが届けに来たのぉ…?」 岸くんが白目を剥いた状態で頷くと、恵がばしっと岸くんの背中を叩いた。 「おいパパしっかりしろよ!!今ここでちゃんとれいあに言うんだよ!!ビシっと!!」 「そうだぜパパ!!そっからのエッチ突入だ!!俺ちゃんと準備して待ってっかんな!!」勇太は下駄箱の上のティッシュを掴んだ 「ここは一つ男を見せないとな、パパ」挙武は食べかけの中華ちまきを口に入れた 「パパがんばって!!回りながら応援してるから!!」颯は玄関で回り始めた 「いて…颯、当たってるってば…いて、いてて…」龍一は迷惑そうだった 「早いとこ王子様のキスで目覚めさせてやれよー」マンゴープリンをつるんと一気飲みしつつ郁は棒読みした 「パパ?」 「嶺亜…!」
349 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:48:16.25 O
岸くんは嶺亜の目の前に立った。大分混乱は鎮まったようではあるが慎太郎の名前が出たことでいつ再びそうならないとも限らない。岸くんは嶺亜の肩を掴んだ。 皆が階下から固唾を飲んで見守った。いつもへらへら汗だく涙目の頼りない18歳の父親が、息子達にその背中で語る。父親とは、男とはこうあるべきであると。その逞しくも勇ましい姿に己の生きざまを記して… 岸くんは息を吸い込む。 「お…」 そして岸くんは魂の叫びを吐きだした。 「俺を捨てないでええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」 その叫びは家中に轟いた。 時が止まる。 沈黙が流れる。 皆、目が点に、そしてあんぐりと口を開けた。 「おいパパ…おめーいっぺん枇杷の木の下に埋まってこいよ…」恵が言った 「いいからもうここでヤれパパ…」勇太が言った 「パパ…いや、もう何も言うまい…」挙武が言った 「パパ…ドンマイ…ファイト…」颯が言った 「一緒に自我修復しようパパ…」龍一が言った 「明日も出前かなー」郁が言った。 そして嶺亜は… 「…」 ぽかん、と口を開け、そして… 「あはははははははははははははははははははははははは!!!!」 ひとしきり爆笑した。気がふれたのではないかと思うほどに… 「嶺亜…?」 「あー笑ったらお腹すいちゃったぁ…僕の分のご飯残ってるぅ?」 「嶺亜…もう俺達はおしまいなの…?」 岸くんはガチの涙目になった。BGMにはオフコースの「さよなら」が流れている。もう、終わりだね…君が小さく見える…さよならーさよならーさよならーああー… 「パパ…」 嶺亜は岸くんを憐れむように見つめた。ああ、もう愛想をつかされたのかな…これで第二部・完になるのかな…まだ二話目なのに…
350 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:49:13.09 O
岸くんが意識を遠くに飛ばしかけると嶺亜は浅い溜息をついた。 「やっとふっきれたよぉ…こんなパパのこと残して僕死ねないよぉ…僕が死んだら誰がパパのお世話するのぉ。ママにも笑われちゃうしぃ…そんなの絶対やだしぃ…」 「え…?」 「僕は死ぬまでパパの側にいるしかないよぉ。なんかぁ…さっきのパパの情けない顔見たらそれしかないって思えてきてぇそしたらなんか憑きものが落ちた感じぃ。初恋なんて所詮青春の1ページだよねぇ」 「嶺亜ああああああああああああ…」 岸くんの目から安堵の涙が零れおちる。情けないくらいに岸くんが泣くと嶺亜はよしよしとまるで子どもを宥めるようにハンカチで涙を拭いた。父親の威厳も彼氏の風格もカケラも今の岸くんにはなかったが不思議とそれが嶺亜の心を繋ぎとめたようである。 「まーよ、パパに慎太郎みたいなもん求める方が間違ってるよな。俺らがアホだったわ」恵は洗濯ものを畳み始めた 「よしパパも嶺亜も今日は絆がより深まったってことで公開エッチしようぜ!!」勇太はまだ諦めていない 「時間を無駄にした…さ、風呂に入ってこよう」挙武はタオルを持って浴室に向かった 「パパ良かったね!!俺も回った甲斐があった!!」颯は晴れやかな表情だ 「良かった…これでごみ屋敷で暮らさずにすむ…」龍一はほっと胸を撫で下ろした 「嶺亜兄ちゃん明日コロッケがいいな!!あとりんご大量にあるからアップルパイが食いたい!!」郁は早速メニューのリクエストである。 岸家に、そして岸くんと嶺亜の間に平和が戻った。その夜は二人は一段と盛り上がり勇太の希望による公開はなかったがそれでも燃え上がった。 そして翌日…
351 :
ユーは名無しネ :2013/03/29(金) 21:50:38.24 O
「あ、これさ、うちの母親が昨日作りすぎて。嶺亜ん家家族多いみたいだしお裾わけ」 慎太郎が岸家に佃煮を持ってきた。嶺亜が玄関に出て、岸くんも偶然通りかかる。 「あ」 渡そうとして、手と手が触れて、嶺亜は頬を赤らめた。慎太郎も照れている。 岸くんは慌てて間に割って入った。 「ちょ…ちょっと待った、慎太郎くん、この子は婿入り前の大事な息子だから、気安く触ってもらっちゃ困る!ていうか俺のだし!くぁwせdrftgyふじこlp;!!!!」 最後は古代インカ帝国の呪文みたいになってまくしたてると、慎太郎は面食らったような表情をした後、笑って 「嶺亜のお兄さん面白いね。この汗だく具合がまたいい味出してる」 「でしょぉ?お兄ちゃんねぇよく面白い人って言われるのぉ。汗でプール埋めれるのが特技でぇ」 二人で笑いあって、何故か岸くんはこの家の長男ということになってしまって誤解されたまま慎太郎は「じゃ、また」と爽やかに手を降って帰って行った。岸くんは嶺亜に向き直る。 「お兄ちゃんじゃなくてパパであり彼氏でしょうが!!なんでそこ誤解させたまんまなの!!」 「どっちでもいいじゃんパパぁ…慎太郎くんの手、逞しいなぁ…体もムキムキなんだろぉなぁ…」 なんだか夢見る乙女のようにうっとりした眼をして嶺亜はキッチンに戻って行く。岸くんは納得がいかない。 「ちょっと待ちなさい嶺亜!いいからパパの話を聞きなさい!嘘はいけない。パパは嶺亜をそんな子に育てた覚えはありませんよ!?ちょっとそこ座りなさい!」 岸くんのお説教は虚しく谺するばかりだった。 つづく
作者さんいつも乙です かっこわるすぎる岸くんとかっこよすぎる慎太郎くんw れあたんと慎太郎の恋っぽいものの行方が気になりすぎるー
作者さん乙!! 更新されてると嬉しくてニコニコしてしまうよ!!! 岸くんしっかりしろwww
菩薩れあたん!
慎太郎がれあたんと岸の怪しいシーンを目撃してれあたんを助けてあげなきゃと奮闘するような展開に期待。
両親を亡くして兄弟の面倒を見ている健気なれあたん そんなれあたんの貞操を奪おうと狙っている血のつながらない兄岸くん …とうストーリーが慎太郎の脳内で出来上がってそうで期待いや心配
実際パパと息子の禁断の愛だからな 慎太郎がんばれwww
359 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:00:19.84 O
天使に捧ぐ 「行ってきまぁす」 靴ひもを締めて、嶺亜は家を出る。春の陽光が眩しい。今年は桜の開花が早まったおかげで目に見える景色の中にその薄い桃色が気持ちを穏やかにしてくれた。 4月2日。今日は16歳の誕生日。去年はJrの仲間とハワイにいて時差の関係で二度誕生日が迎えられて稀有な体験をしたなぁ…と当時を振り返る。 今年はそんな浮かれモードには浸っていられない。2日後に控えたSexy Zoneの名古屋公演の最終リハで頭がいっぱいである。誕生日といえど気を引き締めて挑まなくてはならない。 16歳になっていきなり何かが変わるというわけではないけれど、確実に自分は変わってきている、と嶺亜は思う。12歳でJrになって約3年半…当たり前だが色々あった。嬉しいことも、そうでないことも…。 「嶺亜、行くよ」 そう言われて母親と共に出かけたあの日、人生が大きく変わって行った。 誰が履歴書を送ったのか今となってはよく分からない。ただ、その返事が一週間後にFAXで来てオーディションを受けにどこかのスタジオに連れて行かれた。 そこには大勢の男の子たちがいた。高校生ぐらいに見える人もいれば自分より小さな子もいる。「ジャニーズ」になるためにオーディションを受けに来た子たちだ。もちろん自分もそのうちの一人である。 「じゃあ見本の人を見ながら踊って下さい」 踊って、と言われてもそう簡単にできるもんじゃない。12歳の嶺亜にはダンスの経験もなく、ついていくどころかばたばたと手足を動かすことしかできず、とてもではないがダンスと呼べるようなものではないことは自分でも分かった。 だからオーディション中は必死だったものの、その審査が終わるとすごく落ち込んだ。 できない、ということが情けなくて悔しくてたまらない。小さい子たちもいるのにその中で自分が一番ダメなんじゃないかと思えてきた。 だけど落ち込んでいる暇はなかった。次は大人たちの前で「特技を披露」しなくてはならず、嶺亜は気持ちを切り替えた。
360 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:01:29.94 O
「中村嶺亜です。12歳、小学六年生です。特技はスノボとスケボーで…スケボーします」 持ってきたスケボーで、とりあえずできる技をやった。拍手なんて起こらず、皆淡々とした眼つきで見ていてそれが凄く怖かったのを覚えている。終わるとそのまま面接で、言われたことに答えてオーディションが終わった。 「どうだった?」 母親に訊かれて、嶺亜は目を伏せた。ダンス審査の出来の悪さを告げると、母親は「まあダンスはやったことないからね」と頭を撫でてくれた。泣きたくなったがそれをこらえて、不安な時間を過ごす。一体どれくらい待ったのか分からないが結果が出た。 「…あった…」 自分に渡された番号札と、合格者の番号が書かれた掲示板を何度も交互に見た。信じられないが自分は受かっていた。ふと隣をみると、小さな男の子が「あった」と呟いていた。目のぱっちりとした可愛い子だ。 合格したことが嬉しくて、笑顔で母親に告げると一緒に喜んでくれた。だが… 「ジャニーズやるなら、水泳やめなくちゃいけないね。レッスンの日と水泳が一緒だから」 それまで習っていた水泳を辞めなくてはならなくなった。スケボーの大会にも出ることが難しくなる。嶺亜は習い事をこの時たくさんしていたからそれらを全て辞めなくてはならなくなった。 「どうする?」 親に問われて、嶺亜は迷った末にJrになることを取った。未知の世界への興味もあったがあの時…ダンス審査で抱いた惨めな気持ちを塗り替えたいと思ったのである。 「You達今日からスノープリンス合唱団だよ」 レッスンが始まって一か月もしない頃、そう告げられた。まだほとんど名前も覚えていないし話したこともない子ばかりだったがその中に一人だけ知っている子がいた。一緒に受かった小さい子だ。
361 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:02:34.02 O
「れいあ?れいあって名前なのお前?なんか女みてーギャハハハハハハハ!!」 可愛い顔をして凄い声の子は栗田恵。女みたいな名前はお互い様だよぉと思ったが口には出さなかった。 「6年生なんだ。小さいし4年生くらいかと思ってた」 自分より顔半分ほど大きくてしっかりした口調で話すのは森本慎太郎。中学生だと思っていたが同い年。嶺亜は学年で一番早く誕生日が来るから厳密には自分の方が年上なのである。 「…」 おとなしく真面目に大人の指示に従っているのは井上瑞稀。オーディションを一緒に合格した子で小学三年生。3つも年下で妹よりも年下だ。 スノープリンス合唱団としてテレビやイベントに出るのは楽しかった。少しずつ皆と打ち解けて、新しい体験もできて、親や小さな妹達も喜んでくれていた。 だけどやっぱりレッスンは厳しかった。特にダンスはそんなに簡単にマスターできなかった。周りの皆はあっという間に振り付けや立ち位置を覚えて行く。それに付いていけないと脱落していく。過酷な世界だった。 「慎太郎、ここでお前はこっちに来て次に…」 「はい」 嶺亜には、同い年の慎太郎が自分より遥か先にいることが否が応にも分かる。自分が振り付けを覚えるのに必死であたふたしている間に彼は一人で大勢の前で歌ったり踊ったりのパフォーマンスを間違いもなく見事にこなす。その差が大きすぎて、悔しいとすら思えなかった。 「大塚、栗田、堀之内、岸本。お前らはここでこう来てこうする。いいな?」 そう、悔しいと思うことといえばこれである。 何故か自分は6年生なのに、同じ6年生の栗田達とではなく、年下の井上達と一緒に踊ることになっていた。言われなくても分かる。「お前はまだあいつらのレベルには達していない」と。 入所したのは彼らの方が少し前である。だがそれは言い訳にはならなかった。
362 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:03:33.25 O
「どうだ?ジャニーズは?楽しいか?」 珍しく早く帰って来た父親に訊かれて、嶺亜は首を縦に振った。楽しくないわけではない。辛いことも悔しいこともあるけど楽しいことだってあるからだ。だから嘘ではない。 だけど父親は嶺亜の気持ちを見透かしているかのようにこう言った。 「最初からできる子なんていないんだからな。お前がスノボ始めた時、板にのることすらできなかっただろ。でも何度もやるうちにターンやジャンプもできるようになった。スケボーでも順位を上げた。 だから上手くできないからって諦めるんじゃないぞ。地道にコツコツやってれば必ずできるようになる」 嶺亜は思い出す。幼稚園児の頃、当時インストラクターをしていた父親にスノボを教えてもらってその練習をした日々を。 その頃は練習がしんどくてスノボがあまり好きではなかった。だけど続けていくうちに練習が苦でなくなり楽しさを覚えて行った。 なんでもそうだ。水泳も、油絵も、ピアノも…。最初は下手でも続けて行くうちに上手くなっていく。それは嶺亜の中に確かに育っているものだ。 「うん」 それから、言われたことはきちんと忠実にこなして、理解して、何度も反復して覚えて行った。そして… 「Sexy Zone?何それ」 激的に変わった、といえばそこかもしれない。Jrとして活動してきた中のターニング・ポイントである。 新しくデビューするメンバーが決まった。そこには自分より後に入って来たメンバーもいた。 悔しくないといえば嘘になる。それは選ばれなかった全員に言えることだ。だが悔しいと思っている暇はなかった。
363 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:04:58.14 O
「岸、颯、神宮寺、倉本、羽生田、嶺亜。お前らはここだ」 色の違う衣装を渡され、メインメンバーのすぐ後ろで踊る6人に選ばれた。その直前までシンメを組んでいた栗田や同じような位置で踊っていた谷村、高橋凛は外れた。 岸くん以外のメンバーは自分より後に入って来た子達でセクシーゾーンのデビューメンバーと同じ位置にいた子達だ。 スノプリ6年生の中で一人だけ外されたあの頃と違い、今度はフロントメンバーに選ばれた。そのことが嶺亜の中で大きな自信に繋がった。歩みをとめず歩いて行くと必ず追いつける。それが証明されたのである。 このメンバーでいるのは楽しかった。個性は強いが自分もそのうちの一人。自分を偽ることなく自然体でいられる。 スノプリの時もそうだったがあの頃と違っていることといえば「やらされている」状態から「自ら学んで行く」と意識が変わったことだろうか。慣れというのはこのことかもしれない。 楽しかったが、やはり厳しいこともある。山あり谷ありがこの世界ではめまぐるしく変わる。 「中村嶺亜です!よろしくおねがいします!」 Sexy Zoneのコンサートでマイクを持たせてもらって自己紹介をさせてもらった。そのこと自体はチャンスを与えられて嬉しかった。だが… 「…」 分かっていたことではあるが、実際に体験してみて思い知らされる。 自分に歓声をあげてくれるファンはほとんどいなかった。観客の興味のなさそうな顔や視線すら向いていない現実を目の当たりにして嶺亜は足が震えた。 Sexy Zoneのコンサートなのだから、客席には彼らのファンがほとんどである。だからこれは当たり前…と思いたかった。だがそうではなかった。
364 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:06:32.87 O
「神宮寺勇太です!今日は楽しんでいこうぜ〜!!」 「倉本郁です!!今日は最後までみんなと楽しみたいで〜す!!」 神宮寺や倉本には大きな歓声があがる。自分とは雲泥の差だった。 これにはさすがに落ち込んだ。今まで一緒にやってきて、レッスン中だって彼らにそう劣っていると感じさせられることもない。むしろ、振り付けに関しては自分の方が覚えが早いくらいである。 それなのに、この差はなんだろう… 何が足りないのか、どうすればその差が埋められるのか。 考える、が分からない。いや、分かっているけどその結論を出すにはあまりにも酷だ。 努力でどうこうできないことがある。 それを認めてしまうのは14歳の許容量を超えている。それに、それが答えとも限らないのだ。出口のない迷路に迷い込んだようでその日はどうやって帰ったのか、何をして眠りについたのか思い出せない。 だけど不思議と「辞めたい」とは思わなかった。その選択は自分の中にないように思える。 「いいか嶺亜、あの子はお前より格上だ。だから盗めるだけその技術を盗め。よく見るんだぞ。で、イメージするんだ」 ぼんやりと、何年か前の父親の言葉を思い出した。スケボーの大会で嶺亜が初心者クラスにいた頃、チャンピオンの子を指して言った言葉が… 相手をよく見ること。自分にはまだないものを持っている子の、その光り輝く何かを… それを盗んで自分のものにする。もしくはそこからヒントを得る。 しいていうならばそれが答えだろう、と嶺亜は結論づけた。迷いが吹っ切れたわけではないが真っ暗闇の状態から回復を見せ、そして中学三年生に進級し勉強と仕事の両立にも慣れて来た頃のことである。
365 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:07:48.46 O
「Sexy Boyz集合!!!」 神宮寺、羽生田、倉本と共に嶺亜は「Sexy Boyz」というユニットの一員に選ばれた。名称からしてSexy Zoneがからんでいることは明白で、松島とマリウスと共に楽曲に参加する。いきなりレコーディングに呼ばれ「これ歌って」と言われたことは記憶に新しい。 サマリーでその初舞台を踏んだ。夏休みがまるまる潰れるほどの長丁場。遊んだり勉強したりは満足にできなかったがそれでも経験値がかなり上がったように思う。 苦手なMCでも少しだけ周りを気にする余裕が生まれたし、歓声も少しずつ大きくなってきて自分の名前の団扇を持って応援してくれるファンが少しずつ増えてきて、進む方向が間違いではないことを実感できた。 「これアルバムに入る曲だから。各自練習してくるように」 アルバム参加で「Don’t Stop Sexy Boyz!」という楽曲のレッスンが始まった。年明けのコンサートで披露予定である。 何が起こるか今は考えていられない 目の前の扉を開けて 誰にもある夢叶うと信じて 覚悟決めて何が起きても諦めないで 前向きな詩の中で特に印象に残ったフレーズである。 不安定なJrの世界。何が巣食っているのか想像もつかない世界。分かって来たようで全然分かっていない自分。 ある日突然襲ってくる残酷な展開にも、無慈悲な現実にも、理不尽な未来にも立ち向かっていかなくてはならないという覚悟。後悔のないよう今に全力を尽くすという決意をこの曲は持たせてくれたような気がする。 意識一つで世界は変わる。 4年前、この世界に入ることなんて想像だにしなかった自分がいたように、4年後、今の自分では全く予期していなかった現実にいるだろう。 そんな時、この曲を思い出すことがあれば…その「今」の自分がどうであれ受けとめられる気がする。
366 :
ユーは名無しネ :2013/04/02(火) 00:09:02.45 O
16歳の誕生日を前に、小さな変化が自分の周りで渦巻いていた。 岩橋が同じラインに加入してきたこと、岸くんが舞台出演でツアーに不在だということ、栗田と谷村と同じ舞台で活動することがなくなってきたこと、Sexy Boyzの括りが変わって来たこと… そしてこの春、自分は高校生になるということ。 絶えず流れて行く人生の中で、山もあり谷もあり、辛い現実もあり、歓喜する瞬間もあり…先のことなど分かるはずもなくとにかく今を生きる。 笑っていられたらいいな、と嶺亜は思う。 誰といようが、どんな環境であろうが、自分がそこで幸せに笑っていられたら… それでも願わずにはいられなかった。 まだ彼らと一緒にいたいな、と。 そしてその願いは自分だけでなく、大勢の願いであるといいなと嶺亜は思いながら、リハーサル会場へと一歩足を踏み入れた。 誕生日おめでとう 天使に出会えた偶然という名の奇跡に感謝しながら、何があろうともその輝く未来まで全力で応援することをここに誓う END
れあたんはぴばー ぶりっこ路線で頑張ってるれあたんだけどいつだって真剣勝負だよね これからも岸ラインを支えてください
新作きてた! れあたんおめ
369 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/04/04(木) 19:48:10.92 O
>>355 >>357 面白い!どっかで入れさせてもらいまっさ
第三話 その1
「もぉ!!いい加減にしてよぉ勇太!!こんな汚らわしいもの放置して、郁や颯が見たらどうすんのぉ!!さっさと片付けてぇ!!」
朝から嶺亜の怒号が響く。起きてきたばかりの勇太はかったるそうに首をさすりながらおざなりに返事をした。
「っせーな…。いいだろ別に…皆健康な男子なんだからよ…ふぁ…」
勇太は欠伸をする。だが嶺亜の怒りは収まらない。
「あとオナった後のティッシュはちゃんとビニールにくるんで密封して自分の部屋のゴミ箱に入れてって言ったでしょぉ!!イカ臭いからこの寒いのにずっと窓開けなくちゃいけないんだからぁ!!」
「キーキーうるせぇな…これだから女は…」
ぶつぶつ言いながら渋々勇太は片付け始める。友達が新作AVを貸してくれたから昨晩はリビングで大観賞会だった。恵は最初は付き合っていたがそのうちに眠くなりひきあげていった。
しかし勇太は夜通し楽しんでたのである。そして読み古したビニ本も一通り読んだからリビングに散乱していた。
「今度同じことしたら去勢してもらうからねぇ!!」
ぷんぷん怒って嶺亜はキッチンに立ち、朝ご飯の支度を始めた。程なくしてジョギングに行っていた颯が返ってきて、他の皆も起き始める。
「まーまー嶺亜、抑えて抑えて…。勇太のこういうのは今に始まったことじゃないじゃん」
岸くんがトーストにバターを塗りながら勇太のフォローに入る。
「さっすがパパは良く分かってるぜ!!今日は一緒にWゆうたで大観賞会だな!!」
上機嫌な勇太が岸くんの肩を抱く。だが嶺亜が睨むと岸くんは無言でトーストをかじった。
「んだよ、お前ら二人AVも真っ青なくらいいかがわしい行為毎晩毎晩ヤってんだろ!?俺がAV見るのなんか可愛いもんじゃねーか。壁越しにアンアン言われる方がよっぽど悪影響だよな!?颯、龍一?」
勇太が問いかけると颯と龍一は顔を見合わせて
「俺に振らないでよ勇太くん…」
「同じく…」
370 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:49:13.49 O
「お前らの部屋、パパの部屋の隣だしぶっちゃけ聞こえてくんだろ?あ?」 「き…聞こえないよそんな…嶺亜くんが『もぉパパと僕の体力全然違うんだしぃ…パパのペースには合わせらんないよぉ…』とかぼやいてるのなんて知らないし。ね、龍一?」 「う、うん…パパがそれを受けて『お願いします!お願いですからあと一回だけやらして下さい!今度こそ本当にこれでフィニッシュにするから!』って拝み倒してる声なんて聞こえてこないよ…」 嶺亜の絶対零度の視線を受けて双子は気まずそうにコーンスープをすする。 「恵、お前もなんか言ってやれよ!!お前は俺の仲間だろ!!昨日満員電車痴漢モノで二人で大興奮だったもんな!あれはヒットだったよなー!!」 「恵ちゃんそんなの見てたのぉ…?」 嶺亜が汚物を見るような視線を恵に投げかけると恵は目を逸らした。 「や、別にー」 「おい!!裏切んなよ!!『次はスカ○ロにも挑戦してみっか!?』って語り合ったじゃねーかよてめー!!あーヤダヤダこれだからブラコンは!!おい挙武、お前もたまには勉強の息抜きが必要だろ?一人で勉強机でシコってんじゃねーだろーな」 「悪いけど僕にはそんなことをしてる余裕はないんでね。今度公開模試があるからAVを見るならヘッドホンつけてくれよ。でないとデッキごと破壊するからな」 試験が近づき、ピリピリしている挙武にはタブーの話題である。勇太は最後の砦、ウインナーを頬張る末っ子に向き直った。 「おい郁、お前もそろそろ思春期デビューしとくのもいいかもしんねーな。勇太兄ちゃんが色々教えてやっから今夜は大人の階段一つ昇るぞ!」 「お菓子くれるんなら付き合ってやってもいいけどー」 「お菓子プレイか!!そういうのもいいな!!探しといてやんよ!!任しとけ!!」 そこで嶺亜の堪忍袋の緒が切れた。
371 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:50:18.58 O
「もぉいい加減にしてよぉ!!朝から下ネタばっか!!!そんなに見たければ自分の部屋だけで見てよぉ!!」 「嶺亜落ち着いて…DVDデッキは他に皆も使うしテレビも一台しかないし…実際問題皆で譲り合って使うしか…」 岸くんが落ち着かせようと試みたが、嶺亜の怒りは収まらない。 「そんなことないよぉ!ポータブルDVD買えばいいじゃん!バイト増やしてさぁ!」 「ナイスアイディア!!」 勇太は指を鳴らした。 「それいいな!いつでもどこでも好きな時に見られるもんな!防水加工の買やあフロでも見れるしな!よっしゃ、俺は働くぜーーーーーーー!!」 俄然勤労意欲の増した勇太は朝食もそこそこにバイトに出かけて行った。
372 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:52:09.86 O
「…てなことがあって、それから嶺亜しばらく自分の部屋で寝るっつってもう2日もやらしてくんないんだよね…。嶺亜の部屋は郁の隣だからそこでするわけにもいかないし、そろそろきつくなってきた…」 定例のファストフード店での岩橋との朝ご飯時に岸くんは彼に愚痴る。ポテトを口に入れながら溜息をついた。 「それはなかなか厳しいね…おあずけをくらった犬みたいな状態…かな…」 岩橋は岸くんに深い同情の意を示した。 「そんで一回『お風呂では…?』って提案してみたんだけど即却下で…。ご近所さんに聞かれたらもう表歩けないって…風呂で誘惑してきたこともあったのにさ…懐かしいなあの頃が…」 「でもさ、勇太くんが晴れてポータブルDVDを手に入れて嶺亜くんの気が収まったらまたさせてくれるんじゃないかな?どれぐらいするものなのか、どれだけお金が貯まってるのかは知らないけど」 「勇太は性欲もさることながら物欲も凄いからな…衝動買いも多いし、かなり先になりそう…」 「元気出して、岸くん。もしどうしても…って時にはこれを」 岩橋が何を手渡してくるのか岸くんにはなんとなく分かった。案の定、胃腸薬を渡され丁重にお断りして岸くんは出勤した。
373 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:53:56.27 O
家電店に寄り、ポータブルDVDプレーヤーの品定めを済ませると勇太はるんるんとバイト先のファミレスに向かった。平日も入りたいと申し出ると、人手不足だからか即OKが出た。更衣室で着替えを済ませ、張り切って業務をこなす。 「勇太くん張り切ってんねー。平日も入るんだ?」 同じホール係の女子大生が尋ねてくる。ここでは勇太は可愛い皆の弟扱いである。 「ポータブルDVD買いたいんすよ!うちテレビ一台しかなくて四つ子の兄貴がAV見ると何かとうるさくて。だから自分の部屋で思う存分見ようと思って」 あけすけな勇太の返しにホール係の女子達は笑う。 「若いよね〜勇太くん。AV見たくてバイトとか面白すぎ!」 「やだもーAVとかさー。そこは嘘でも映画見たくて、とか言ってよもー」 「こういう包み隠さないとこがなんか可愛いわ〜。勇太くんがんばってね〜」 きゃっきゃと厨房裏ではしゃぐ女子ホール係のみなさんはしかし、次の瞬間勇太から視線を移動させた。 「あ、ジェシーくん!北斗くん!やだ一緒に来たの〜?」 「おっはよー。やだやだ二人で同伴出勤?ごくろーさまでーす」 「あ、これかっこいー。どこで売ってたの〜?」 女子達の眼の色が変わる。入って来たのは身長180センチ近い美少年二人組である。モデルばりの体型と顔はまるでスクリーンから飛び出して来たようでお姉さん方は必死に自分アピール合戦だ。
374 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:55:41.79 O
「…誰?」 勇太は近くにいたバイト仲間の男子大学生に訊ねた。彼は「ああ…」と興味なさそうに呟いて、 「勇太くん土日しか入ってないから知らないかもしんないけど彼ら二人、先月からホールでバイトしてるジェシーくんと松村北斗くんだよ。彼らは平日しか入ってないからね。見てのとおり、女子のみなさんから大人気で客も彼ら目当てに来る女の子多いよ」 言われてみれば確かに客席には女子高生や女子大生が多かった。皆何かを待っているようにも見える。 「ジェシーくん…北斗くん…」 「ちなみにあっちの栗色がかった髪の方がジェシーくんで高校二年生、髪が黒くてガタイがいい方が北斗くんで大学一年生だよ」 「…てことはパパと同い年かよ…」 勇太はジェシーと北斗を見比べる。どっちもタイプは違えど非の打ちどころのない美形だ。見とれていると客がベルを鳴らす。勇太は慌てて注文を聞きに走った。
375 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:57:08.79 O
休憩中、パンをかじりながらポータブルDVDのパンフレットを眺めていると、休憩室に誰かが入って来た。 「あれ…一人?」 北斗だった。勇太は頷く。それからすぐに同じホール係のフリーターの20代の女性が休憩にやってくる。三人で話しているうち、北斗の身の上が少しずつ分かる。 「俺は静岡から大学進学を機に上京してさ、何もかも親頼りで暮らしてたから最初キツくて。でも仕送りばかりにも頼ってらんないし少しは自分で稼ごうかなって。だんだん家事もできるようになってきて最近じゃ弁当も作れるようになったよ」 「北斗くん偉いわぁ…」 女性はうっとりした表情で北斗を見つめる。そして勇太に向き直り、 「でも勇太くんも兄弟が多いから家計支えるためにバイトしてるのよね。あ、ポータブルDVD買うんだっけ?そのために平日も入ることにしたのよね」 「へえ…7人兄弟?そりゃ凄い。俺は兄貴しかいないからな…。ポータブルDVD買って何見んの?好きなアーティストとか映画とかあんの?」 勇太は何故か「AVっす!夜通し見るため、またフロでも見るために防水加工のいいやつ買いたいんっす!」とは言えなかった。女の子相手にはおおっぴらに言えるのに、何故かこんな見た目も中身もイケメンの前では非常に恥ずかしいことのように思えた。 「あ、な、なんで北斗くん休日はバイト入んないんすか?女の子達なんか残念そうで…もしかしてデートとかっすか?」 「いや…。休日はさ、買い物とか男友達と遊んだり勉強したり…。あと俺芝居が好きだからさ、それ観に行ったり…観るだけじゃなくて自分でもやってみたいから大学行きながら入れる養成学校みたいなとこ探してみたくて。 だからバイトは平日だけにしてんだ。ま、女の子とか彼女とかはやることちゃんとやれるようになってからだな」 勇太はぽかん、と口を開けた。世の中には色んな18歳がいるもんだ。汗だく涙目で7人の父親やってる奴もいれば、夢に勉強に遊びにオシャレに何事にも手を抜かない360度イケメンまで… 「…かっけぇ…」 勇太は自然とそう口にした。
376 :
ユーは名無しネ :2013/04/04(木) 19:58:37.66 O
そしてバイトあがりに更衣室で着替えをしていると… 「あれ、お前もアガり?えっと…勇太だっけ?」 ジェシーもあがりで、着替えにやってきた。すらりとのびる長い手足。167センチの勇太でも少し見上げなくてはならない長身…それだけでオーラがある。 帰り道が一緒だったこともあり、勇太はジェシーと話しながら帰った。 「すごいっすね…女の子達みんなジェシーくんと北斗くんのこと憧れの眼で見てましたよ。やっぱ当然彼女とかいますよね?どんな子っすか?」 勇太が尋ねると、ジェシーは首にかけたヘッドホンをいじりながら、 「んー彼女とかはいないよ。俺はみんなと仲良くしたいから」 チャラい感じで答えが返ってくる。こういうノリは勇太は得意だ。 「んなこと言ってー。渇く暇ないっしょ?実際。うらやましいなー。俺なんか一人でAV鑑賞するためにバイトのシフト増やしてポータブルDVD買おうとしてんのにー」 「いいんじゃない?興味のあることに向かって努力すんの、俺嫌いじゃないよ。俺さ、最近体鍛えようと思って休日はジム通ってんの。つーのもさ、妹にはこれまで余裕な感じでふざけあいとかできてたんだけど最近強くなってきて。兄貴だし弱いとこ見せたくねーし」 「あ、妹いるんすか…?」 「まあね。ちょっと年離れてるけど可愛くてさ。バイトで稼いだ金もなんだかんだ妹のために消えてくこと多いんだよね。今度誕生日だしちょっと奮発してやろうと思ってな。ま、今んとこ妹が俺の彼女ってとこだな。 いつまでも妹の前では「かっこいい兄貴」でいたいし」 そうしてジェシーの乗るバスがやってきて勇太に「じゃな」と手をふると長い手足で颯爽と彼はバスへかけていく。その後ろ姿をみながら勇太は思わず呟いた。 「…かっけぇ…」 その2につづく
作者さん乙ですすすすす!!!!!! 最近ここを覗くのが密かな楽しみになってきてる 今回はバカレア組が出てくるのかな? トラジャ兄組が出てきたら良いなぁ(ボソッ
中学生になって、ジャニーズも勉強もがんばってね!!
すまん、誤爆だ〜… ちび8にも期待だけど、瑞稀くんもう出てるね
380 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/04/05(金) 19:40:18.53 O
第三話 その2 「あれ、おいれいあ、これはヤバくね?勇太が大事にしてるビニ本と水着写真集とエロDVDじゃん。そこまでしなくてもいいんじゃね?」 玄関に古新聞と一緒に積まれているエロ本関連の束を見ながら恵が言ったのだが、嶺亜は首を振る。 「え、僕知らないよぉ。いくらなんでもそんなことしたら勇太怒るしぃ人のもの勝手に捨てたりなんかしないよぉ」 「え、じゃ、これ誰が…」 ざわざわと恵と嶺亜が話していると勇太が制服を着こみながら通りすがりに言った。 「あ、それ捨ててくれていいぞ。俺にはもう必要ないしな」 「え?」 恵と嶺亜は顔を見合わせた。さらに… 「おい郁、バイト代入ったらなんか買ってやるから欲しいもん言えよ。颯と龍一も」 郁と颯と龍一はあんぐりと口を開けた。今、誰か何か言った…?空耳?それを疑ったがどうやらそれは勇太の口から発せられたらしい。 「まじかよー!!んじゃ俺一度ホールケーキまるごと食ってみたかったからそれよろしく!!あと焼き肉食べ放題に連れてって!」 郁は無邪気にそうねだったが颯と龍一は顔を見合わせ、 「勇太くん、熱でもあるんじゃ…この時期インフルエンザも流行るし、早いとこ病院に行った方がいいよ…」 「何か悪いものでも食べたかオ○ニーのやり過ぎでおかしくなったんじゃあ…」 と恐れ慄いていた。だが勇太はちっちと指を振る。 「オ○ニーとか子どものすることだぜ。俺はもう卒業した。女なんて後から付いてくる。そんなことより俺は家族や自分の夢のことを考えて生きていきたい」 勇太は病院に連れて行かれた。
381 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:41:39.10 O
「だからなんともねーっつっただろ!!俺は至って正常!通常営業だよ失礼な。あーあ、遅刻だぜ…」 心外な、とでもいいたげに勇太は病院を出る。岸家総出で連れて行ったからみんなどっちみち遅刻である。だがこれは一大事だ。岸くんは勇太の肩を掴んだ。 「勇太…悩み事があるんならみんなに言えよ。家族みんなで乗り切っていこうよ…あんまり思いつめるな…」 「あ?」 「勇太ぁ…僕言いすぎたよぉ。三日に一回くらいならAV観散らかしてもティッシュ放置しても怒らないからぁ」嶺亜は涙ぐむ 「悪かったよ裏切ってよ!今度スカ○ロ一緒に観てやっから許せよ」恵は素直に頭を下げた 「気分転換も時には必要だ…僕も付き合ってやるから…でもス○トロ以外で頼む」挙武は勇太の背中を叩いた 「勇太くん、俺と一緒に回ろうよ!回れば嫌なことなんて忘れるって!」颯は拳を握った 「落ち込んだ時は指をこうやるといいよ勇太兄ちゃん…」龍一のアドバイスは無視された 「腹減ったー。お菓子買って勇太兄ちゃん」郁だけはまだ純粋に勇太の言葉を真に受けていた。 「あのなあ、お前ら…」 勇太は片手で顔を覆う。「Oh!Jesus…」といった風に。 「俺は悩みも何もねーよ。ちょっと大人んなって見た目も中身もイケメン勇太になろうと一歩踏み出しただけだ。そうすりゃこないだの妊娠騒動ん時みたくいらん誤解生まずにすむだろうからな。 やれオ○ニーだのエロ動画だのAVだの言ってた頃がなんか恥ずかしいぜ…。これからは家族の皆が胸張って紹介できるような人間になってやっからよ。そこんとこよろしく頼むぜ」 「てことは…」 岸くんが呟くと勇太は頷いた。 「もち、オナ禁だ!あの太陽に誓う!!」 勇太は人差し指を高く掲げた。 かくして勇太の禁欲生活が始まったのである。
382 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:42:42.43 O
勇太のオナ禁仙人生活はけっこうだがそうすると問題が一つ岸くんには浮上した。 「あの勇太がオナ禁してるのにぃ僕達がいかがわしいことするわけにいかないよねぇ…」 「ちょ…ちょっと待って、嶺亜…もうこれで4日目だよ…?いい加減俺も限界に…」 岸くんは泣きそうになる。なんだって息子の禁欲生活に付き合わされなくてはならないのか…それとこれとは話が別である。 「パパぁ。がんばってぇ。ここで勇太に負けたらパパ父親としての威厳損なわれちゃうよぉ?それでもいいのぉ?」 嶺亜はそう諭してくるが岸くんはもう無理だった。これ以上おあずけを喰らったら死ぬ。精神崩壊する。岸くんは答えた。 「いい!!」 「…もぉ…パパぁ…」 呆れた表情で嶺亜は溜息をついたがこれは折れかけている証拠だ。もう一押し。 「1日1回でも正直足りないのにもう4日させてもらってないから俺もうとっくに限界だし颯と龍一はもう寝てるから声を聞かれることもない。これでやらなくていつやるの?…今でしょ!!」 どっかで聞いたセリフを放って岸くんは嶺亜を押し倒した。さあ、4日間おあずけを喰らった分元取りまくってやる!と張り切って上着を脱いだ。 が… バン!とドアが開く。そこには血走った眼をした勇太が立っていた。 「ゆ…勇太…?」 「パパよお…」 勇太は座った眼をして呟く。心なしか顔が土気色をしている。正気の様相ではない。 「は…はい…すみません…だって俺ももうかれこれ4日間おあずけ喰らってていい加減限界っていうか餓死寸前で目の前にサーロインステーキ置かれた狼みたいな状態で… 勇太には申し訳ないけどこっちも死活問題なんです…。健康な18歳の男子が愛する嫁を目の前にして何もしないというのはミジンコが大気圏突入するぐらい不可能なことでしてそのあの…」
383 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:43:46.88 O
「俺を縛ってくれ」 岸くんの言い訳には耳を貸さず勇太はロープを目の前に差し出した。岸くんは目が点になる。 「ゆ、勇太…?俺にはそんな趣味…どっちかっていうと俺は縛られる側の人間…って何を言ってんだ俺は」 「いいから縛ってくれ。後ろ手に。気がついたら下半身に手が伸びてんだ。このままじゃ無意識にオナっちまう…だから頼む…」 「へ?」 岸くんはとりあえず言われるがままに勇太の両手を縛った。 「サンキュ…」 勇太はゾンビのような動きで部屋に戻って行った。 「…」 「大丈夫かなぁ…勇太ぁ…勇太からオ○ニー取りあげたら干からびたフナみたいになるかもぉ…」 嶺亜の心配は的中する。勇太はそれからみるみるうちに衰弱していった。 「勇太おめー大丈夫かよ!?眼が死んでんぞオイ!」 「精神科に連れて行った方がいいか…?」 恵と挙武がパクパクとフナのように口を動かして横たわる勇太を見据えながら呟く。 「土台無理なんだよ勇太がオ○ニーやめるとかエロ関連全部撤廃するとかよ!息すんなって言ってるのと同じだぜ!」 「郁の食欲と勇太の性欲だけは抑えようとするとこの世の秩序が崩壊しかねんからな…なんとかせねば…」 恵と挙武は二人で頭を捻った。
384 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:44:58.32 O
勇太がバイトのシフトを入れていない日、学校帰りに待ち合わせて恵と挙武は勇太をレンタルビデオ店に連れて行った。 「勇太、中休みが必要だぜオナ禁には!今日だけは解禁でパーっと行こうぜ!!ギャハハハハ!」 「心配するな、パパから会員カードを借りて来てある。制服を着ていても高三なら18歳だから問題ない」 そして勇太をアダルトコーナーに連れて行き、選ばそうとすると、その手前の映画コーナーから男が二人出てきた。 「あれ…勇太じゃん?」 「あ…ジェシーくん、北斗くん…」 「今日お前シフト入ってないんだってな。俺らはこれ借りて行く予定。バイト終わったらジェシーの家で見ようってな。字幕なしの洋画に挑戦だ。ま、ジェシーは余裕だろうけどな」 颯爽と去るその後ろ姿に、それまでフラフラとアダルトコーナーに導かれていた勇太は正気を取り戻した。 「やっぱここで誘惑に負けるわけにゃいかねえ!こんなんじゃ北斗くんとジェシーくんに追いつけっこねえよ。おい恵、挙武、俺も洋画を借りて帰るぞ!何がいいかな…」 ははあなるほどそういうことか…。恵と挙武は合点がいった。 「つまり…男としての魅力に満ち溢れたあの二人に影響されてその背中を追おうとしているのか勇太は…」 「なーんかなー。勇太にああなれっつっても無理だと思うけどよー」 「僕もそう思うが本人ががんばってるんだからなんともな…」 恵と挙武は浅い溜息をつく。恵もそうだが勇太は岸家のムードメーカーだ。火が消えたようにおとなしくなり、やつれていく様はなんとも痛々しい。 「…」 食事時でも勇太は自動的な作業でパスタを口にしていた。まるでロボットのような動きであり、人間味が失われつつあった。 「テ、テレビでもつけよう。そうしよう」 明るい笑い声で少しでもまぎらわそうと岸くんはテレビをつけた。思いっきり笑えるバラエティ番組がいい。チャンネルを選んでしばし皆でその内容について盛り上がった。
385 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:46:02.24 O
「こちらカリブのオリエント・ビーチで−す!なんとここは…」 リポーターのタレントが快活にリゾート地を紹介する。青い海、白い砂浜、輝く太陽…まさに楽園だ 「綺麗な海だねぇ…行ってみたいねぇ」 「太平洋クルーズもいいがカリブもいいもんだな…」 パスタを口にしながら皆で見入っていると、タレントの女性がこう叫んだ。 「なんとここは世界有数のヌーディスト・ビーチなんです!!ご覧下さい!!みんな裸です!!」 画面にはモザイクありでビーチで全裸で練り歩く人々が紹介された。その瞬間、 ガシャン!!と皿が大きく揺れる。見ると、勇太の眼が凄まじい大きさに見開かれて小刻みに震えていた。 「ア…アアア…」 口の端に泡ができており、尋常ならざる状態である。 「禁断症状だ…」 龍一がどん引きで呟く。急いで電源を切ると、挙武は勇太の肩を揺さぶった。 「しっかりしろ勇太!!気を確かに持て!!」 「だ…誰か、お祓い!お祓いを!!」 岸くんがうろたえていると恵が蹴りを入れてくる。 「アホかてめー!霊の仕業とかじゃねーんだから無駄だろ!塩蒔くんだよこういう時は!!」 「恵ちゃん、ナメクジじゃないんだからぁ…」 「回ろう!!みんな回ろう!!回って悪い気を吹き飛ばすんだ!!」颯は回り始めた 「うるせーなもー。飯くらいゆっくり食わせろよー」 郁は自分のパスタ皿を持って避難した。 勇太をベッドに括りつけてそれを囲み、皆で子守唄を歌って落ち着かせようとしたが勇太は依然として唸り声をあげて呻いていた。 「勇太…」 皆が憐れみの眼を向けている。その視線を受けて、勇太の眼から一筋の涙がこぼれ落ちた。 「俺には無理なのかな…」 彼はそう呟いた。憧れの男性像に少しでも近づきたい少年らしい心…だが理想どおりにはなれない現実…その葛藤に勇太は苦しんでいるようだった。 岸くんにもその気持ちは分かる。こんな風になりたい、大人ぶりたいと思うことは多々あった。だが実際はそこから大きく遠ざかっているように思うし、なかなかに現実は厳しい。だが岸くんは言った。 「勇太…俺はさ、お前のこと好きだよ。なんていうか、お前の魅力っていつでもどこでも自分を偽らない潔さみたいなものがあって、皆が自然でいられるしさ。それに、なんだかんだお前はかっこいいよ」 皆は頷く。
386 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:48:32.16 O
「下ネタは嫌だけどぉ…勇太の前向きなとことか皆から頼りにされるとことか慕われてるとことか凄いと思ってるよぉ」嶺亜は言う 「まーなー。この家で一緒にバカやれるのはおめーぐらいだしよ。おめーがそんなんじゃ俺誰とバカやったらいいのか困るしよ。なんだかんだ俺そういうおめーのこと好きだぜ勇太」恵は言う 「この流れで言うのも癪だが…まあほんの少しだけお前のことは尊敬している。少しだけな」挙武は言う 「勇太くんは優しいもんね。俺が訳分かんないこと言ってもちゃんと反応してくれるし。頼りになるお兄ちゃんだよ」颯は言う 「その…勉強だけでは分からないことを…勇太兄ちゃんには教えてほしいなって俺は思ってるから…」龍一は言う 「兄ちゃんたちの中で実際一番優しいとこあるしなー。ケーキ期待してるぜ勇太兄ちゃん」郁は言う 「だからさ…勇太、還ってこいよ。みんな元のお前が好きなんだよ。そりゃ、憧れは持っててほしいけどさ」 岸くんが纏めると、勇太は少しの間沈黙する。そしてややあってこう答えた。 「今夜一晩考えたいから…とりあえず一人にしてくれ」 翌朝、勇太はやはり覇気がない感じで朝食もほとんど取らずに登校して行った。結論は出なかったのかもしれない。 「これ以上はあいつ自身の問題だし…俺達がこれ以上干渉すると逆に苦しめるだけだからそっとしとこう。皆自然に接するのが勇太にとって一番いい」 岸くんが珍しく父親らしい一言を放つと皆頷いた。そしてそれぞれ自分の生活を送る。 勇太はバイトの日だった。彼ぬきで夕飯を食べ、その二時間後に勇太は帰宅した。そこで… 「みんなただいまー!!勇太様が帰って来たぞーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 家中に響き渡る大声を張り上げて、威風堂々、意気揚々、天上天下唯我独尊的オーラを放って勇太は帰宅した。 「…勇太…?」 岸くんが目を丸めると、まるで水を得た魚のようにぴんぴんして跳びはねながら階段を昇って行った。 「ついに気がふれたのか…?」
387 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 19:51:29.68 O
皆が恐る恐る彼の部屋へ向かおうとするとしかしすぐに勇太は部屋着に着替えて部屋から出てきた。何か袋を抱えている。岸くんが尋ねると、勇太はもったいぶりながらドラムロールを口ずさみ、 「じゃっじゃーん!!!本場洋モノのAVどぇーーーーーーーーっす!!!!」 皆、目が点になった。 「ジェシーくんがさ!!貸してくれたんだよ!『お前は俺の弟みたいなもんだからな』なーんつってさ!!あとこれ!!北斗くんオススメの女教師モノ!!! やっぱよーデキる男は下半身もデキんだよなー!!俺も見習わなくっちゃよー!!今夜はこれでパーリナイのオールナイだな!!」 「…」 単純な男である。憧れの男がAVもたしなんでるんだったらじゃあ俺も…といったところだろうか。なんでオナ禁までしてたのかその初期設定すら勇太はもう吹っ飛ばしてしまったようである。人間、都合のいいことには簡単に宣言も撤回されるようだ。 「オナ禁した後のオ○ニーはそりゃあもう格別だって言うしな!!5日間我慢した分もう飛ばしまくるぜ!!おい恵、挙武…いや、今日は家族全員でAVオールナイトだ!! 嶺亜、お前も一応男なんだからたしなんどけ!!パパとする時の参考にしろよ。な、パパ!?今度ジェシーくんに頼んで本場アメリカのゲイビデオも借りてきてやっからよ!!おい中学生達、今夜は寝かさねーぞ!!お兄ちゃんがお前らに必殺テク伝授してやっからな!!」 心なしか以前より重度になっているような気がしたが、ようやく自分らしさを取り戻した勇太に岸くんはホっとする。やっぱり勇太はこうでないと…これでこそ勇太だ。 「おめーほんとアホだな勇太!!まーいーや!復活祝いに付き合ってやるよギャハハハハハハ!!」 「正直僕はこういうの興味はないんだが…まあ勇太がそこまで言うんならな…」 恵と挙武は鑑賞態勢に入った。 「それではお言葉に甘えまして…」 岸くんがテレビの前で正座をすると、嶺亜は「頭痛がする」と言って部屋にひっこんでしまった。 その夜、岸くんは勇太と共にWゆうたで大フィーバーした。恵と挙武も途中までは参加したが二人は睡魔には勝てずそれぞれの部屋で眠りにつく。中学生組は嶺亜の教育的指導により翌朝まで部屋を出ることを禁じられた。 充実した夜を明かした岸くんだが、怒った嶺亜にそれからさらに三日間させてもらえず最後は「お願いします!やらせてくれなかったら枇杷の木の下に埋まって死ぬ!だからお願いします!」と三跪九叩して許しを請うこととなった。 END
388 :
ユーは名無しネ :2013/04/05(金) 20:16:57.77 0
作者さん乙です! 更新されてるか気になりすぎて毎日のぞきにきてる!
福岡へ長期出張へ行くことになった岸くん
390 :
ユーは名無しネ :2013/04/08(月) 00:22:47.36 0
作者さんうまいなぁ! 続きが楽しみで仕方ない。
391 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/04/09(火) 20:10:54.63 O
第三話 その1 「ふぁ…」 岸くんは目覚める。土曜日だから多少寝坊しても大丈夫という気の緩みからもう9時近かった。だるい体を起こしつつ、リビングに降りるともうみんな朝食を食べ終わっていた。それになんだか少し慌ただしい。 「こっちの方が体型隠せるか?いや、でも色がよー。なんかだせーな。じゃこっちにしてみっか」 「俺のジーパン貸してやってもいいけど足が余るなギャハハハハ!!」 「郁ぅ門限は7時だからねぇ。お夕飯までには帰ってくるんだよぉあと危険なとこには行っちゃダメだからねぇ龍一みたいに迷子になるからぁ」 郁を囲んで何やらみんなやいやい言っている。岸くんは牛乳を飲みながら何事?と尋ねる。郁は頬を紅潮させながらハイテンション気味に答えた。 「みんなで遊びに行くんだよ!!ボーリングとかカラオケとか…瑞稀もいるんだ!!」 「ははあ…グループデートか…」 いいなあそういうの…岸くんは自分の中学時代を思い出す。丸刈りで野球ボールばっかり追ってたあの頃…こういう甘酸っぱい思い出がほしかったなぁと郁をうらやましく思う。 「男だったらよ!途中ではぐれたフリして二人っきりのシチュエーションぐらい作れよな。そっからの再度告白の初めてのちゅーからの童貞喪失だ!いいな郁!」 勇太は郁をたきつけるが嶺亜にたしなめられる。 「もう変なこと言わないでよ勇太ぁ…。郁、焦る必要ないからぁまずはたくさんしゃべって自分をアピールして好感度上げるんだよぉ」 「がんばれよ郁。少しでも距離縮めろよ」 嶺亜と岸くんにエールをもらい、勇太に私服コーディネートをしてもらって郁は上機嫌で家を出た。
392 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:12:00.18 O
「おせーよ郁、10分遅刻―!」 待ち合わせに10分遅刻で郁は到着した。瑞稀はもちろんのことそこにはクラスメイトの橋本涼、羽場友紀、林蓮音、金田耀生がもうすでに来ていた。 「わりー。でがけに兄ちゃん達がわらわら寄ってきてよー…ほんとあいつら過保護だからさー」 愚痴ると、歩きながら彼らは郁の兄達について話し始めた。 「郁7人兄弟だもんなー。そんでパパが18歳だっけ?漫画みてーな人生歩んでんなオイ」橋本が言った。 「えー、じゃあ5歳の時に郁を生んだって計算になるよねー」羽場が目を丸くする 「郁の一番上のお姉…お兄ちゃん優しくて好き―」林がはしゃぐ 「三年の暗い方のお兄ちゃんちょっと怖いけどね…」金田が呟く 「郁のパパ優しそうじゃん。なんだか頼りになりそうだし」 瑞稀が言うと、郁はちっちと指を振る。 「頼りになんかなんねーよ。いつも汗だくで涙目でなにかっていやあ大騒ぎしてよ。嶺亜兄ちゃんに頭あがんないし完全尻にしかれてるし精神年齢は勇太兄ちゃんといい勝負だね」 「えー。でもずっと前に会った時は優しくて話も聞いてくれていいお兄さ…パパだと思ったけど」 「なんだよ。瑞稀ああいうのがタイプなのかよ」 若干ぶーたれながら呟くと周りが冷やかし始める。 「瑞稀ダメだろー郁の前で男褒めちゃ!男心が分かってねーなー」 「はしもっちゃんの言う通り。瑞稀、口を慎んでー」 「ひゅーひゅー、やきもちやきもちー」 「うっせーなお前ら!バス来たぞ!早くしねーと乗り遅れるぞ!!」 照れ隠しに郁は前方からやってくるバスを指さし、バス停まで駆けて行った。
393 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:13:26.33 O
岸家の休日は穏やかに過ぎつつある。うるさい恵と勇太がバイトで、郁はグループデート中だ。中三の二人は受験に本腰を入れ始めて朝から勉強をしているし、挙武も実力テストに向けて勉学に勤しんでいる。 岸くんは岩橋を家に呼び、嶺亜と共に映画のDVDを観たりお茶をしたりしてまったり楽しんでいた。 「あれ…ここにあった僕のメロンゼリーはどこに行った?」 休憩をしに来た挙武が冷蔵庫を開けて呟く。 「俺のメロンパンもないよ。今日食べようと思ってたのに…」 颯もぼやき、龍一も「俺のプリンもない…」と涙目になっていた。 「郁が朝食べてたよぉそういえば。三人ともすぐに勉強しに上に上がったからぁ僕も三人のだとは知らなくって声かけなかったんだけどぉ」 嶺亜の答えに挙武達は溜息をつく。 「あのブラックホールめ…帰ってきたらジャーマンスープレックスだな…」 挙武は怒りに燃えている。郁ほどではないが彼は食べ物に対する執着は人一倍である。 「ひどいよ郁…お気に入りのメロンパンだったのに。挙武くん、二人でパイルドライバーとかいいかもね」 温厚な颯もさすがに空腹と受験のストレスで精神的にピリピリきているようだ。 「よし…俺もたまには兄ちゃんらしく郁にガツンと…いつも食いもの取られる情けない兄貴は卒業しなくては…」 龍一も珍しく感情を表に出した。 「まあまあ三人とも、そんなに怒らなくても…。あいつは食欲の権化だからしょうがない。嶺亜、じゃあ夕飯は三人の好きなものにしてあげたらどう?」 「パパ優しいねぇ…あ」 インターホンが鳴り、嶺亜が玄関に出る。何故か虫の知らせが働き、岸くんも玄関にでると… 「田舎から大量にじゃがいも送って来たんだ。うちじゃ食べきれないから一箱お裾わけしようと思って」 岸くんの予感はこういう時かなりの確率で当たる。やってきたのは慎太郎である。 「ありがとぉ…郁喜ぶよぉ。今夜はコロッケにしよっかなぁ…」 「嶺亜がいつも作ってんだ?偉いよな。俺なんかインスタントラーメンぐらいしか作れないのに」 「えぇ…そんなことぉ…」 嶺亜はうっとりした表情で慎太郎を見つめている。岸くんは可及的速やかに対応を迫られた。 「慎太郎くんありがとう!今夜はポテトサラダだね嶺亜。それではまた。ごきげんよう」 箱を受け取ると嶺亜の背中を押してリビングに戻す。一部始終を見ていた岩橋は可笑しそうに笑った。 「もうパパはぁ…やきもちやきすぎぃ」 「嶺亜こそデレデレしすぎぃ。パパは許しませんよ!」 「夕飯の支度しよぉっと。玄樹くんも食べて行ってねぇ」 嶺亜はしれっと台所に立ち、準備を始めた。岩橋や颯達がそれを可笑しそうに見ていたが挙武はメロンゼリーの恨みを晴らすべく思案を始めた。
394 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:14:41.26 O
「まずカラオケ?いや、ボーリングかな。ゲーセンも行きたいなー」 バスの中でどう回って行くかを相談し合う。郁は遊びもいいがまずは腹ごしらえをしたい!と申し出ると瑞稀に笑われた。 「郁食べることしか頭にないじゃん。まだお昼ご飯には早いよ」 「なんだよー。たくさん食べる郁が好きっつってたじゃんよ瑞稀」 「あの…そういうこと、みんなの前で言わないでくれる?」 瑞稀に睨まれるが郁はその理由が分からない。そして周りがまた冷やかす。バスの中で中学一年生達は大盛り上がりだったがそこに怒号が轟いた。 「てめえら黙りやがれえええええええええ!!!!!」 突然、一番前の席に座っていた若い男が叫んで立ちあがった。騒ぎすぎたかな、と反省し謝ろうとしたがそうではなかった。 「このバスはたった今俺がジャックした!!運転手!!今から俺の言う通りに走行しろおおおおおお!!!!」 男は奇声気味にそう叫んだ。 「…これ何のロケ?」 郁達は顔を見合わせる。しかしどこにもカメラはなかった。 「おおおおお俺は本気だぞおおおおおお!!!てめえら余計な真似してみやがれ!!こいつがまた血を吸うぜえええええええ!!!!!」 男は文化包丁を舐めまわした。その舌が震えている。 「え、これってマジ?」 顔を見合わせ、検証をしている間にバスは猛スピードで本来のコースを外れて走りだした。
395 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:17:17.34 O
「どーもありがとーございまーす。あ、こっちのミンチカツいかがっすか?さっき揚げたばっかで美味いっすよ」 「あらそう?恵ちゃんが薦めるんなら買っちゃおっかなー。じゃあ3つね」 「まいどどうもー」 肉屋のバイトはわりと忙しい。そんなに流行っているわけではないのに土日は客が多いのである。恵はいつもどおり自然体のぶっきらぼう気味の接客だったが何故かそれを喜ぶ客は多かった。 「やっぱ恵ちゃんが店頭に立つと違うわ。俺がいくら薦めてもみんな必要以上の買い物してくんねえもんなー」 店主が肉をさばきながら恵に話しかけた。「そっすか?」と恵は返す。 「しっかし恵ちゃんはあれだね、ちゃんと食ってる?足なんかよーポッキーみてーにほせーじゃん。もっと食わなきゃ。ミンチカツ今日多めに揚げとくから持って帰んなよ」 「あざーっす。でももらってもみんな郁が食っちまうからなー」 「あー郁ちゃんね。育ち盛りだかんねー。見る度大きくなってない?こないだまで嶺亜ちゃんよりちょっと小さかったのにもう抜く勢いだよねー。どんぐらい食うの?」 「カレーの日はうちの炊飯器8合までしか炊けねーからあいつ用にレトルトご飯買ってあるんすよ。一人で二合食べる勢いっす。お菓子なんか放置してたらまずあいつが食うし。今朝も誰かが買っといたゼリーとかプリンとかメロンパンとか食ってたかな」 「凄いねー。最終的にどこまで大きくなるんだろうねー。案外兄弟で一番大きくなったりして」 「まーでもあいつが巨大になろうと俺は負ける気しねーし!!ギャハハハハ!!」 笑っているとまた客が来る。恵は接客に戻った。
396 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:18:37.59 O
バスジャックは依然として続いていた。 「いいか運転手!!北海道だ!!北海道まで突っ走れ!!北の大地でこの俺の名を歴史に刻んでやるううううううううう!!!!」 バスジャック野郎は口から泡を吹きながら運転手に包丁を突き付けてそうまくしたてた。緊迫した雰囲気が車内に走る。 「あれ多分一発キめてるな…」橋本が横目に呟く。 「普通じゃないもんな…あードラッグってこえー。クスリ、ダメ、絶対」金田も小声で呟いた。 「どーしよー北海道なんか行ったらさー…今日の『世界不思議発見』見れないじゃん…」羽場がぼやく 「ほんとだよー。今日はともかく明日朝早くから家族で出かけるのにー」林も不満を漏らす 「北海道って行ったことないからちょっと気になるかも」瑞稀はちょっぴり期待をしている 「北海道って何が美味いのかな…やっぱ魚介類かな…この季節カニもうめーかもな。無難に札幌ラーメンとかかな…」 郁が北海道名産について考え始めるとバスジャックはこちらを向いて怒鳴る。 「おい何ブツブツ言ってやがんだコラァ!!!今の季節襟裳沖で取れるバフンウニがうめーぞコラァ!!!」 聴覚がひどく鋭敏になっているようである。郁達は最後列に座っていたのだがしっかり聞きとられているようだ。 バスは走り続ける。高速道路に乗ったようで景色が矢のように流れ始めた。 このまま北海道まで連れて行かれるのだろうか…そんなことより懸念すべきことが郁にはあった。 「おい…この状況で昼飯とかいつ食えるんだよ…?」
397 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:20:05.56 O
休日のファミレスはそれなりに混んでいる。勇太も接客に忙しく走り回っていた。 「いらっしゃいま…お!?」 見知った顔が入ってくる。その人物も勇太に気付いた。 「あ。こないだの。え〜っと勇太くん?」 「お前は心の友うみんちゅじゃねーか!何しに来たんだよ元気か!?」 海人は兄弟達とやってきた。兄弟水いらずでランチのようである。 「ああ岸くんの野球サークルの…あの可愛い子は?」閑也はどうやら嶺亜を探している 「その説はどうも。うみんちゅがお土産いっぱいもらったようで」顕嵐が紳士的に頭を下げた 「顕嵐、ハンバーグとオムライス半分ずつ分けっこしようぜ!」海斗は張り切っている 「FUめ…今度会う時は高校のフィールドだな」朝日は雪辱に燃えている。 吉澤家を席に案内し、勇太は注文を取る。海人は「とりあえずハンバーグとオムライスとビーフシチューとフライドポテトとシュリンプサラダとマカロンパフェとそれから季節のアイスクリームと牧場生搾りソフト」とさらっと言ってのける。 「うみんちゅお前の胃袋どうなってんだ?うちの郁並みだな」 勇太が感心していると海人は郁の名前に反応した。 「あーあのぽっちゃりした目のくりっとした子!気になってたんだよねー。今度回転寿司で大食い勝負してみたいなー」 「まーあいつは目下のとこ順調に成長してっけどよ、今日デートっつってたからその結果次第によってはまた無意味なダイエット始めるかもしんねーからな」 「え、そうなの?好きな子とかいるんだー。アニメの女の子の方が可愛いのにね!顕嵐!!」 海人が顕嵐に同意を求めると彼は少し迷惑そうに眉をひそめた。 「一緒にするなよ…俺が好きなのはラノベであってアニメはそこまで…」 「あー、アニメを馬鹿にすると許さんぞ!こないだDVD見せてやったら喜んで観てたじゃん、だいたい顕嵐はねー」 兄弟の小競り合いが始まり、勇太はさっさと業務に戻った。
398 :
ユーは名無しネ :2013/04/09(火) 20:21:58.41 O
「おい鹿沼を過ぎたぞ…どんどん目的地から遠ざかってんじゃん」 高速道路に似つかわしくない市営バスが突っ走り始めて早3時間。そろそろジャックされたことに気づいても良さそうなもんだが…。 「そろそろ検問じゃない?バス会社も日本の警察もそこまでボンクラじゃないでしょー」 林の呟きに金田は頷きながら、 「どうする?ボーリングやめて日光観光とかにする?見ザル言わザル聞かザルとか見てさー」 「んなことより俺腹減ったよ。早くパーキングエリア入ってくんねーかな」 郁の願いも虚しくパーキングエリアもどんどん過ぎて行く。そろそろ福島近くになってきた。 「福島って何があるー?会津若松の白虎隊とか?」 「雪降ってっから雪合戦とかで良くね?」 「喜多方ラーメン食いたいなー」 福島観光に切り替えようとするとしかしバスは急に停まった。 「お?もう終わり?」 そうではなかった。依然としておかしなテンションのバスジャック野郎はこう喚き散らす。 「ちょっとションベンすっから待っとけ!!おいドア開けろ!!」 運転手に包丁を突き付け、引き摺りおろしながらバスジャック野郎は用を足そうとし始めた。 「とりあえず家には連絡しとくか。帰んの遅くなりそうだし」 郁は携帯電話を持たされていた。岸家では中学生組には携帯電話は持たされていないが龍一の迷子事件を受けて一台だけ子どもケータイが用意され、外出する時はこれを持たされる。 電話していることがバレると危ないため、他の5人が上手く郁を隠して郁は家に電話をした。 その2につづく
作者さん乙です! 今回登場人物多くて続きが気になりますな
作者さん乙乙! 新作投下が本気で楽しみな今日この頃 バスジャックされてるのにのんきすぎるちっちゃい子達…ww
401 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :2013/04/11(木) 19:13:41.56 O
第三話 その2 「あ、もうパパぁパン粉つけすぎだよぉ。もうちょっと落としてぇ」 「え、こう?」 「そうそう、でないと足りなくなっちゃうからぁ…あ、玄樹くんもありがとぉ。いい感じにじゃがいも潰れてきたぁマヨネーズで和えてぇ」 岸くんと岩橋が嶺亜の手伝いをしていると、電話が鳴る。三人とも手が汚れているから受話器が持てない。ちょうど休憩していた挙武が電話を取った。 「もしもし…なんだ郁か。貴様よくも僕のメロンゼリーを食べてくれたな。この罪は万死に値する。帰ってきたら覚えてろよ。あん?なんだって?福島?そんな冗談を言っている余裕があったら帰りにメロンゼリーを買って来い!!」 挙武は受話器を叩きつけた。 「全く…どこで育て方を間違ったんだか…あの意地汚さはもうそろそろ矯正せねば…」 「挙武ぅ誰?郁?」 嶺亜が訊ねると、挙武はいらつきながら答えた。 「ああ。フクシマにいるからどうのこうの…フクシマなんて店どこにあるのか何屋なのか知らないが人様のゼリーを食べておいて反省の色をこれっぽっちも見せない。なんという非人道的稚児だ。一体誰があんな風にした」 ぼやく挙武の横でまた電話が鳴る。挙武は放棄した。ちょうど通りかかった颯が出るように促される。 「もしもし?あ、郁か…。ダメだろ人のメロンパンを黙って…あれは俺がコンビニで最後の一つをようやくゲットした大人気新作メロンパンなのに… え?帰りが遅くなる?そんなのダメだよ。いいから夕飯までには帰ってきなよ。もう怒ってないから。鎖骨さわさわの刑ぐらいにしといてやるからね。あ、龍一も言いたいことあるみたいだよ?」 龍一が呼ばれ、受話器を渡される。 「郁…ひどいじゃないか俺のプリン…おかげで自我修復に時間がかかって勉強があんまり進まなくて…え?なんだって?福島名物?そんなの知らないよ…なんでも人に訊くんじゃなくて自分で調べ…」 言いかけて、龍一は眉間に皺をよせて受話器を睨んだ。 「…切られた…」
402 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:15:16.41 O
ジャック犯が戻って来てしまい通話終了を余儀なくされ郁はしぶしぶ携帯電話をしまった。 「まったくうちの兄貴は揃いも揃って器のちっちぇー奴らだよな…ゼリーやプリンやメロンパン食べたぐらいでぐちぐち…あー腹減った」 もうとっくに昼は過ぎ3時近くになっていて郁はいい加減空腹でイライラし始めた。バスはまだ北上を続けている。 「福島の次ってどこだっけ?」 「山形?岩手?違うなーどこだったかなー俺地理苦手なんだよね」 橋本達が相談し合っていると瑞稀が答える。 「宮城でしょ。仙台とか…」 「仙台か…牛タンとかが有名だったよねー」 羽場が言うと、郁は牛タンを想像して空腹に拍車がかかる。牛タンでもなんでもいいから早く何か食べたい。でないともう背中とお腹の皮がくっついてしまう。 「くそ…こんなことならもっと朝メシ食ってりゃ良かった…」 もう我慢できない。なんでもいいから食べたい。郁が白い煙を全身から発し始めるとバスは急停車した。 「またションベン?でも俺らもそろそろ行きたくなってきたなー」 橋本が呟きながら外を見やるとぐるりと検問に囲まれていた。ようやく情報が行きわたったようである。 「くそおおおおおおおてめーらどけえええええええ俺は北海道に行くんだよおおおおおおおおおおおお」 ジャック犯は半狂乱で唾を飛ばしながら叫んでいる。警察の声がスピーカーから響いた。 「今どこ?」金田が尋ねる 「蔵王だって」羽場が外の看板を見ながら言った。 「帰るの何時になるー?これじゃ夕飯の時間間に合わないよねー。親に怒られちゃうー」林がぼやいた。 「そうだ俺ももう一回電話しとかなきゃ…俺の分の夕飯残しといてもらわねえと…」 ジャック犯が警察と言い合いをしている隙を狙って郁は再び家に連絡した。
403 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:16:43.39 O
「ちょっと作りすぎかなあ…まあでも郁が全部食べてくれるからいいよねぇ」 慎太郎からもらったじゃがいもはコロッケとポテトサラダとフライドポテトに形を変えた。恵と勇太も今日はバイトが少し短いから夕飯までには帰宅する予定である。6時前になったら揚げ始めよう、と考えているとリビングの電話が鳴った。 「もしもしぃ…あ、郁ぅ。もうダメじゃんお兄ちゃんたちのもの勝手に食べたらぁ…挙武ぷんぷんだよぉさっきの電話でも怒ってたしぃ」 「それどこじゃねーんだよ。今夜のご飯何?ちょっとさー帰り遅くなるかもしんないから俺の分ちゃんと残しといて」 郁の電話の向こうで何かガヤガヤと小うるさい音が聞こえてきた。一体どこにいるというのだろう。 「何言ってんのぉ?ちゃんと晩ご飯の時間までには帰ってきなさいって言ってるじゃん。他の子も…瑞稀ちゃんだっているんでしょぉ?女の子があんまり遅くなったら親御さんも心配するから早く帰ってきなさぁい」 「だから帰れないんだって!間に合わないの!今…どこだっけ?ざおう?ざおうだってよ。だから…」 「もぉいい加減にしなさぁいパパに怒ってもらうからぁ」 嶺亜は岸くんに事情を話して受話器を渡した。岸くんは代わって通話をする。 「もしもし郁、駄目だぞ早く帰って来い。でないとお前の分は…」 「だから帰れねーって何度言ったら分かんだよ!ジャックされてんだから無理だっつーの!」 「ジャック?ジャックってなんだよ。なんのゲーム?いいから早く帰って来い!パパはそんな不良に育てた覚えはないぞ。中学一年生なんだから夕飯までに帰ってこないと家に入れないからな!」 岸くんは受話器を置いた。たまにはガツンと言わなくては。父親の威厳を保たねば息子の思春期とは渡り合えない。 「パパぁ男らしい。僕惚れ直しちゃったぁ」 「え…そう?」 岸くんと嶺亜がイチャイチャし始めると岩橋が居心地悪そうに咳払いをし、「あ、テレビでも見よう…」とスイッチを押した。ちょうど夕方のニュースの時間である。 『…人質を取ってバスを乗っ取った犯人を今現在警察が説得中です。このバスは午前10時すぎごろにいつものコースを外れ高速に乗ったことからバス会社が不審に思い…』 「へえ…ぶっそうな事件だなあ…狭いバスの中にずっと閉じ込められたらお腹が痛くなったらどうしようもない…怖いなあ…」 岩橋はニュースを見ながら後ろでキスをしている岸くんと嶺亜を懸命に見ないフリをした。
404 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:18:21.88 O
「んだよあの汗だく野郎!!話通じねーな。これだから18歳なんて若造にパパなんて無理なんだよ!!帰ったら嶺亜兄ちゃんに内緒で勇太兄ちゃんと洋モノ裏ビデオ連続5本見たことバラしてやる!!」 郁は空腹で気が立っているのもありつい語気が荒くなるが幸いにもジャック犯は警察との押し問答で気付いていない。警察の説得に耳を貸そうとしないジャック犯は放棄して食物の要求を始めた。 「おい腹が減ったぞおおおおおおおお俺に食いものを用意しろ話はそれからだああああああああ!!!!!」 「あ、じゃあ俺にも!!」 郁が勢いよく願い出たが犯人を刺激してしまう恐れがあるため橋本達に抑えつけられた。 「んだよ何すんだよ俺腹減ってんだよ、一緒に持ってきてもらうくらいいいだろ!」 「アホかお前、今刺激したらヤバいだろ!胃袋満たしてちょっと機嫌よくなった頃に下手にでてお願いした方がいいって」 「そんな余裕ねえよ!今何時だよ。もう6時?ここ福島だろ?帰ったら9時すぎになるじゃねーかよ!それまで飲まず食わずでいろってのかよ!」 「郁落ち着いてよ。生きて帰らなきゃ飲みも食いもできないんだから」 以上のやりとりを超小声でしながら郁は耐えに耐える。ジャック犯にラーメン定食が差し出され、車内にはラーメンの匂いと美味そうにそれをすする音が聞こえてくる。郁にとってはもう地獄だ。 「うう…くそ…」 貧乏ゆすりを繰り返していると携帯電話が振動する。ジャック犯はラーメンを食べながら何かぶつぶつ言っていて注意が反れている。郁はかがんでそれを耳に当てた。
405 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:19:47.32 O
「郁ぅいい加減にしなさぁい。今どこなのぉ?もうご飯始まっちゃうよぉ。今から一時間以内に返ってこなかったら郁の分ないからねぇ」 「そーだぞおめー!!どこで不良やってやがんだ!せっかくおっちゃんがミンチカツ大量にくれたのによー!!」 「ミンチカツ…」郁は涎が垂れる 「おい郁!!ほんとおめーはしょうがねえ奴だな!!正直に言え!!瑞稀ちゃんにはもうOKもらったのか?ちゃんと避妊はしろよ!!」 「もしもし?メロンゼリーはちゃんと買ってくるように」 「郁、あんまり心配かけちゃ駄目だよ。パパが困ってるよ」 「郁…迷子になってるわけじゃないよな…まさかな…俺じゃあるまいし…」 「あ、もしもし?岩橋です。何故か僕も出ろと言われて…。えっとその、家族に心配をかけるのは良くないよ。夕飯に招いてもらってこんなことを言うのもなんだけど…。岸くんも心配してるから」 家族総出で更に岩橋まで電話に出て郁に説教を始めた。そして最後に岸くんが出る。 「郁、お前の夕飯は皆で全部食っちゃうぞ!!いいんだな!!」 空腹の向こう側で郁は答えた。 「…今日の夕飯、何?」 「夕飯?夕飯はお向かいの森本さんちからもらったじゃがいもで作ったコロッケとポテトサラダとフライドポテトと恵がもらってきたミンチカツだ。あとデザートには岩橋が持ってきてくれたロールケーキを皆で食べる」 郁はプッツンした。
406 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:21:14.82 O
「…だから郁、一刻も早く家に…あ、切れた」 岸くんは溜息をついて受話器を降ろす。 「反抗期かなあ…いつも以上に生意気でカリカリしてるし。全く…」 「ほんとしょうがない子ぉ。帰ってきたらパパうんと叱ってねぇ」 仕方なく郁抜きで食卓を囲み、テレビを見ながら箸を進めた。 「バスジャックまだ続いてるんだ…」 テレビを見ながら岩橋が呟く。本来バラエティ番組の時間だが緊急ニュースとやらで中継が放送されていた。 『えー…ただ今動きがありました!!どうやら車内の人質が抵抗している模様です!!犯人は包丁を持っており、大変危険ですが…あ』 興奮気味にまくしたてるレポーターと共に現場の様子が映し出される。 「おおおおおおおお俺を家に帰せえええええええええええ!!!!!!!!」 郁に良く似た声がどこかから聞こえてくる。外だろうか…岸くんは窓の外を見やったが外の景色に変化はない。 「なー、このジャックされてるバスよー。うちの近く走ってる市営バスに似てね?」勇太が画面を見ながら指さす。 「あ、ほんとだ。ていうかそうだねこれ。ほら、行き先がさ、駅になってるし…」颯が指摘した。 「まじかよー!!誰か知り合い乗ってたりすんのかギャハハハハハ!!」恵が笑う 「中継が宮城かららしいが…そんなとこまでよく行けたな…」挙武はたくあんをかじる。 「怖いな…やっぱり乗り物は怖い…」龍一は恐れ慄いていた。 「お。どうやら犯人捕まったみたいだぞ」 挙武が画面を指差す。犯人が投降する様子が映し出されていた。 『えー…乗客が力を合わせて…犯人を撃退した模様です。警官が犯人をパトカーに…あ、今人質のみなさんが解放されました!!』 ぞろぞろとバスから降りてくる乗客。その中の一人が暴れていた。 「早く家に帰せよお前ら警察だろ!!早くしないと俺のコロッケがなくなんだよ!!!」 どっかで聞いたような…と皆が思い始めているとそれは画面に映し出された。 「これカメラ?テレビ映ってんの?だったら言わしてくれ!!おいみんな!!俺の分のコロッケ残しとけよ!!食ってみやがれ!!一生恨むからなあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」 「かおるうううううううううううううううううう!!!!!??????」 全員ユニゾンで叫んだ。
407 :
ユーは名無しネ :2013/04/11(木) 19:22:48.99 O
発狂した郁は犯人に襲いかかった。ラーメンをすすって緊張状態が解けたジャック野郎は郁の人間離れしたアタックに一撃で落された。その後は運転手も加わって犯人を警察に突き出すことに成功するとようやく解放される。 だが正常な思考を失った郁は現場を映し出すカメラに己の魂の叫びをぶつけた。そして新幹線で帰宅したのである。 「俺のコロッケー!!ポテトサラダー!!ポテトー!!ミンチカツー!!ロールケーキー!!!!」 帰るなり郁は事情も何も説明せず一心不乱に食べ物を吸い込んだ。皆茫然とその状態に見入る。 「新幹線で駅弁もらったけどよー!!全然足んねーよ!!あー良かった残ってて。なかったら一家全員惨殺だったとこだよ俺この年で殺人犯とかになりたくないしー!!」 「郁…」 岸くんはとりあえず言いたいことのほとんどを置いといて、ちょっぴり気になることだけ訊くことにした。 「何?」 「瑞稀ちゃんとは…」 「ああー!!」 郁は今更思い出したのか「いっけね!!」と頭を小突いた。 「腹減りすぎて忘れてた…今日こそ帰りにもう一回告白してOKもらうはずだったのに…」 皆溜息をつく。 「郁の初恋が実るのは食欲を克服してからだねぇ…」嶺亜は洗い物を始めた 「ギャハハハハハ!!おめーもう多分諦めた方がいいな!!」恵は大笑いで漫画を読む 「ま、この家で最初に童貞を卒業するのはこの俺だがな…」勇太は余裕の笑みで新調したビニ本を読む 「ところでメロンゼリーはちゃんと買ってきたんだろうな?」挙武は執念深い 「やっぱ郁も回らないと!レッツトライ!」颯は回り始めた 「俺のプリン…」龍一は涙ぐむ 兄達のガヤにも全く意識を傾けることなく郁は食べた。ひたすらに食べた。ようやく胃袋が満たされた頃にはもう全員就寝していたという。 つづく
続ききてたー! 誰もくらもっさんの心配してないのがwwww
倉モッちゃんの食への執着心www ちびもかわいいし、作者さんありがとー
410 :
ユーは名無しネ :2013/04/14(日) 14:03:01.26 I
いつもおもしろいのありがとう!気づくとここへ来てしまうよ!あのー栗ちゃんの誕生日読みたいな(小声)
411 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:14:48.19 O
もう一人の天使へ捧ぐ 「恵、おめでとー。あんたももう16歳なんだからゲームばっかやってないでちゃんと勉強もしなよ」 環境の変化に対する不安や緊張なんてものは栗田恵には無縁のものだった。高校の入学式を間近に控えた今でもそれに変わりはない。 中学の入学式の時はどんなだったっけ…と思い出そうとしてすぐにそれを放棄する。昨日のことも良く覚えていない栗田には三年前のことなど思い出せるはずもない。 人生の転機、というほど大げさなもんでもないが…Jrになった時のことも良く覚えていない。ただ、母親と姉に連れられて訳のわからない大人の指示に自分の許容範囲で従って、訊かれたことに答えた。 ただぼんやりと覚えていることは「これが終わったらゲームを買ってもらえる」という期待感だけだ。 「凄いよ恵!!合格だって!!」 母と姉がはしゃいでいたが、自分にはなんのことか良く分からなかった。ただ、面倒くさいのは休みの日にわざわざ電車に乗ってまで「レッスン」に通わなくてはならないということだ。それを渋ると何かしら餌を与えられて懐柔されていた気がする。 だが「レッスン」はまあまあ楽しかった。そうでなくてはいくら「これ買ってあげるから」と言われても辞めていただろう。 栗田は学校の勉強や宿題は大嫌いでやる気もしないがダンスレッスンは難しいながらも楽しかった。ただ時々無駄に怖いおっさん…振付師に怒鳴られるのは嫌だったが。 「ギャハハハハ!!やめろよ!!まじうける!!」 自分が笑うと、何故か自然と人が寄ってくる。幼稚園の頃からそうだった。学校ではいつも友達がたくさん周りにいたし、Jrという特殊な社会においても変わりはない。 「可愛いなお前!面白い声してんな」 「この笑いっぷりがいいな」 年上のJrから栗田は可愛がられた。それまで年上といえば姉とその友達ぐらいしか接したことがなかった。だが栗田には人見知りというものもなければ遠慮というものもない。タメ口で話しても何故か許された。
412 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:17:47.07 O
「You達今日からスノープリンス合唱団だよ」 半年ほど経った頃、数人で集められてそう言われた。スノープリンス?スノープリンスってなんだ?そんなことを思いながら言われるがままに撮影に挑んだ。撮影所ではメンバーと一緒にはしゃぎまわってるうちに終わった。 入所半年で、企画ものとはいえCDデビューができるのは、大変なことだと周りは騒いでいた。 「恵みをたくさん受けられるように」との願いがこめられた自分の名前はそのまま人生に活きている。栗田はJr活動の中で常に恵まれたポジションにいた。 特別ダンスが上手いわけでも、歌が上手いわけでも、特技があるわけでもない…顔なんて個々の好みにようものが大きいから一概に決められない。 そんな取りたてて何かが秀でているわけではない自分なのに少年倶楽部や歌収録ではフロントの目立つ位置に置かれてマイクも持たせてもらえた。 それがどれだけ恵まれていることかなんて栗田には分かる由もない。努力をして這いあがってきたわけじゃない。ただただ運が良かった。 それはスノープリンスのメンバー全員に言えることだった。慎太郎だけはまだ別物ではあったが彼もまた幸運の持ち主であることは否めない。 「れいあ、ここの振り付けこうだったっけ?立ち位置こん時ここ?」 「うん。あ、でも栗ちゃんはこっちでぇ…」 自分より半年遅れて入所した嶺亜は、当初何をやっても自分より覚えが悪くおどおどしていたが一年経たない間に栗田が確認を彼にするくらいに成長していた。 ふわふわしているけど指示されたことは間違わず忠実にこなす。それが自信に繋がっているのか表情も明るくなりよく話すようになった。
413 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:19:25.99 O
「おめ間違ってんじゃねーよ!!」 先輩にも遠慮のない栗田に、後輩には尚のことである。日々新しいメンバーがオーディションで入ってきて一緒にレッスンする中でいちいち気になどしていられないが、そいつは何故か栗田の目の前にちらついてくる。 「蹴らなくても…」 「ああ!?」 谷村は、一つ年下だが見た目が大人びているから全く年下という気がしない。暗くて空気が読めなくて、頭がいいと言われているわりに振りや立ち位置の間違いが多い。 いつも栗田はイライラさせられたが不思議と嫌いではなかった。ただ、好きかと訊かれたらそれも違う気がするが…あまり認めたくはない。 その谷村とシンメを組むようになったのが一年半ほど前だ。 「れいあは誰とシンメなん?」 ずっとシンメを組んでいた嶺亜が、新しくデビューするグループのバックにつく6人に選ばれ、自分は外れた。だけど能天気な栗田には「外れた」という概念はなく、ただ単に移り変わって行くポジションのうちの一つにすぎないという認識だった。 一番最初のシンメが大塚だった。それが次に嶺亜になったように今度は谷村になっただけだ。 フロントではなかったが、それに準ずるポジションでSexy Zoneのバックダンサーとして活動していた時期は栗田のJr活動の中で楽しい時期と言えた。コンサートではマイクを持たせてもらって自己紹介したり、雑誌の撮影も多くなって忙しくなった。 ただ、楽しい中で痛みを覚えることもあった。 「滝沢歌舞伎、今日で最後。夕陽のように輝きたい」 そう言って、大塚祐哉がJrをやめたのは去年のGWの後だった。 Jrになって最初に仲良くなって、いつも一緒にいて、ふざけたり笑いあったりゲームをしたり…親友と言っても過言ではない存在が急に消えてしまったことに栗田は少なからず動揺した。 学校と違って辞めるも続けるも自由。昨日まで一緒にレッスンを受けていたのに今日はもういなくて、それが当たり前の世界…。 能天気な栗田にもこの時だけはこの世界の厳しさがなんとなく身に染みた。 大塚が辞めた理由は彼にしか分からないだろうし詮索する気もない。しても無駄だということはいくらアホでも分かる。だからいつまでも感慨に浸ってなどいられない。そんなことができるほど自分に余裕があるわけではないのだから。 だから、帰り道にちょっとだけ泣いて気持ちを整理した。
414 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:20:31.40 O
コンサートは楽しかったがファンの女の子達を喜ばせるような、所謂「ファンサービス」は苦手だった。苦手というよりは何をしたらいいのか分からないというのが正直なところである。何せ栗田は自分が何もしなくてもいつも周りに人がいて、笑って、楽しんでくれたからだ。 だけど何もしなくては誰も自分に見向きもしない、というのがこの世界の特殊な部分である。ただ手を振っているだけではファンの子達は満足しないのである。何か、印象づけるようなことをしなくてはいつまでたっても「その他大勢」から脱却できない… なんとなくそれが分かっていながらも、栗田は自然体を貫き通した。自分を良く見せようとしたり、飾ったりする機能が元々ないのだ。それがいい、と言ってくれる人もいる。それで十分だ。 充分だったが、変化は待ってくれない。 「えー、ジャニーズワールドのスケジュールを発表する」 三か月に及ぶ長丁場の舞台「ジャニーズワールド」のレッスンとが始まる。程なくして、新春に行われるSexy Zoneのコンサートのレッスンも同時進行で始まったがそのメンバーに自分の名前がなかった。代わりにジャニーズワールドのスケジュールには名前が点々と載っていた。 「…」 なんとなく虚脱感がかけめぐる横で、同じような顔をした奴がいた。 「おめーもセクゾン外れたのか?谷村?」 谷村は黙って頷いた。 栗田には落ち込んでいる暇はなかった。ジャニーズワールドのレッスンはSexy Zoneコンサートと同じかそれ以上に厳しい。後輩も多い中でミスをするのはいくら周りを気にしない、無頓着な栗田でも良くないことは分かるから必死にレッスンと舞台をこなした。 余計なことを考えている暇がないのは有り難かった。 受験勉強も、ほとんどと言っていいほどできていない。もっとも栗田は最初から勉強せずとも入れるところしか受けないつもりだった。だからこそ活動に専念もできた。 JJLの収録も入って、忙しさが増す一方で、それまで毎月参加していた「少年倶楽部」の収録メンバーからも自分の名前は消えていたことを知らされる。
415 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:22:01.21 O
「Sexy Boyz集合!!」 かつての同朋は今、Sexy Zoneのバックのフロントメンバーの位置を保っている。同学年で、誕生日も一週間違いのあいつは肩を並べて歩いていたはずなのに今はその背中しか見えなくなった。 もう、同じ舞台に立つことはないのかな… そんなことが脳裏を掠めると、大塚祐哉の顔が浮かんでくる。あいつももしかしたら今の自分と同じように… 目の前がぼんやりと霞んでいく。 辞めたら、今まで我慢してきたことも全部できるようになる。元々、この世界に執着はない。 ただ楽しかった。それだけだった。ひたすら無邪気にレッスンに明け暮れた自分は今はいない。無邪気さは、現実の厳しさによって失われつつあった。 恵まれていた頃には考えもしなかったこの悔しさ、もどかしさ…。分かっている。それは言い訳だ。本気で挑んできたわけではないから今自分はこうなんだって思いたい。そうでないと… 「辞めよっかな…」 中学時代はJr活動オンリーで、部活もろくにやってないしオンラインゲームの時間だって思う存分取れない。高校生になったら色々と視野も広まるだろうし、何もJr活動に拘らなくても楽しいことは山ほどある。 スノープリンスのメンバーで、最初に堀之内が辞めた。理由はよく知らない。 それから嶺亜と大塚と岸本と4人で慎太郎の後ろで踊ったりしていたが、やがて大塚が舞台に回ることが多くなり、その舞台が終わると同時に彼は辞めた。岸本はまだ続けているけれど、もうとっくに同じ舞台からは遠ざかっている。 残ったのは自分と嶺亜だけ…。だけど、その自分ももうここまでか…諦めに似た感情がかけめぐる。 幾重にも交錯する想いの奥で、何かが弾ける。栗田は目を一瞬だけ閉じた。 その一瞬に、結論を弾きだす。迷いはない。 そうして息を吸い込んで…
416 :
ユーは名無しネ :2013/04/15(月) 20:23:02.11 O
「ギャハハハハハハハハハ!!!なーに言ってんの俺!!!!ばっかじゃねーの!?ギャハハハハハハハ!!!!」 思いっきり笑ってみた。それが心からの笑いでなくても、あの頃のような無邪気な笑いでなくても、このモヤモヤした何かを吹き飛ばすかのように栗田は笑った。ひたすら笑った。 幸いにも周りに誰もいなくて、気のふれたように笑い続けても、誰にも何も不審がられることはなかった。 そうしてひとしきり笑い飛ばした後、栗田は伸びをした。 「さーて…れいあにメールでもすっか。あいつ今度神戸行くっつってたしなんか土産買ってきてもらわねーと。あと誕プレもまだもらってないから催促しとかないとな!ギャハハハハハ!! あ、でも岸みたく電動歯ブラシとかじゃなくてももっと違うもんがいいってちゃんと言っとかないとな!!」 16歳になったその日、ひと足先に16歳になった仲間に栗田はメールを打った。 急がなくたっていい。種を蒔く人の歩く速度で歩んでいけばいい。そうしていつしか辿り着くだろうから。 君と、君を好きな人が心から笑っていられることを願いながら END
417 :
連載リレー小説 岸家の人々2 :
2013/04/19(金) 19:59:03.84 O 第五話 その1 岸くんは買い物に来ていた。休日の繁華街は大賑わいだ。 「あ、パパ見てぇこれパパに似合いそぉ。あ、でも恵ちゃんにも似合うかなぁ」 古着屋に入って嶺亜が手に取った服を岸くんに見せてくる。 そう、今日は夫婦水いらずの時である。家の中だと誰かしらいるのでなかなかイチャイチャできないから貴重な時間だ。いやまあ夜はベッドの中でイチャイチャしてるけど… 「パパどうしたのぉ?なんかぁ凄い情けないしまりのない顔してるよぉ?」 怪訝そうな嶺亜の顔がすぐ近くにあり岸くんは顔を引き締める。が、すぐに緩んでくる。その繰り返しだ。 マックでお昼を食べて、カラオケに行って映画を見て夕飯の材料を商店街で買って帰る頃にはもう陽はとっぷりと暮れていた。 「今日は恵ちゃんと勇太がご飯いらないしぃ昨日の肉じゃがもまだ残ってたからぁ簡単で済むねぇ」 機嫌良くしゃべる嶺亜の手を岸くんはそっと握った。手を繋いで歩く…それだけで幸せを感じるからだ。嶺亜もにっこりと微笑んで握った手に力をこめてきた。 これぞ幸せ…岸くんがじぃん…とそれを噛みしめていると急に嶺亜の手がぱっと離れた。 「嶺亜じゃん。お兄さんと夕飯の買い物?」 慎太郎が前から歩いてきた。嶺亜はよそいきの声で答える。 「うん。慎太郎くんもお買いものぉ?」 「ああ。オフクロに卵が足りねえから買ってきてくれってパシられた。兄貴も妹もいるのに俺におしつけてきてさー」 「慎太郎くんが優しくて頼りになるからだよぉ。御苦労さまぁ」 「んなことねーよ。うちは兄貴が面倒くさがりだし…。その点嶺亜のお兄さんは買い物にもつきあってくれてんだ。優しくていいよな」 「そんなことないよぉ。頼りないしぃ汗だくだしぃ何かっていうと涙目になるしぃほんとどうしようもないお兄ちゃんでぇ」 さんざんな言われようであるがそれよりも嶺亜が憧れの眼差しで慎太郎を見つめるのを、岸くんは黙って見ている余裕はない。嶺亜の手を握り返すと早々に退散するべくこう言った。 「嶺亜、早く帰らないと遅くなっちゃったからまた郁が腹減らして暴れるよ。それでは慎太郎くんごきげんよう!」 嶺亜を半ば引き摺るようにして早足で歩いて帰ると岸くんは拗ねに拗ねた。