あきらめたくない

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1マジレスさん
28の男です。
かなり読みづらい長文ですが
僕という存在がどうなっているのか知りたく
知ってもらうには情報は多いほうがいいだろうと
書いているうちにこうなりました

自分の性格のことで悩んでいます
僕はどうやら幼いころから虚勢を張り続けて生きてきたようです
その虚勢という装備が最近はがれてしまいとてもつらいです
たとえば町を歩いていてもどう歩いていいかわからない。緊張してしまって
歩きがぎこちない。歩き方さえ忘れてしまったのです。
無意識でやっていたことができないです。
中学のころいじめを受け、自分のちょっとしたしぐさや行動に
ケチをつけられたのが根本的な原因かも知れません。
それ以来だんだんと自分のしぐさや性格に不必要なほどに
自分で注目していってしまったのかもしれません。
(誰もいない道をあるいているときはまあ問題ないのですが
たとえば前方からひとが歩いてきた場合、どちらに避けようか
考えこんでしまう。で、考えすぎた結果、相手と接触しそうになり
さらに気分は落ち込んでいく)
今考えればたしかに僕は高飛車で性格は悪かったのかもしれないのです
幼いときから自分は天才だと思っていましたし、協調性も少ない
でしょうし、人見知りというか、自分が合わない友達は
「こいつとは合わない、自分が人見知りなのではなく、こいつの
性格が問題なのだ」というようにいつも原因を他人になすりつけ
自分を正当化し続けてきました。
でも、さいきんさすがに自分の思考は無理があるということが
明白になってきて虚勢がはがれてしまったというわけです
2マジレスさん:2009/12/31(木) 16:07:23 ID:gUP+o2+s
自分は父に似ているなと思いました
あれだけ性格に明白な欠陥のある父に似ていたのでした。
父は一途とも思うほどに僕を肯定し、僕の友達を否定してきました。
親ばかというわくはとうに超え精神病的なほどなのだと思います
頭のいい僕の友達をよくバカにしていました
そういった友達が大企業なりに入り結婚したいまになっても
「あんなのはすぐ離婚する」だのと言ってきます。
こう書き込んでいるとたしかにキチガイじみているのだと思います
僕はそういう父の台詞に「うん、そうだよね」と心から同意し
慰められてきました。28にもなって遅いかもしれませんが
父の学歴コンプレックスなどがひきおこした幼い思考法だと気づいて
しまったのです。
父はまだ妄想というか虚勢のなかで生きているので見た目は
元気で、歩き方に迷うこともないでしょう。
虚勢に気づけた僕が正しいのか、盲目であり続ける父が正しいのか
わかりません。僕がこの問題に打ち勝ち自立した自我を獲得した
なら僕がただしかったといえるでしょう。しかしいまのままでは
虚勢を張っている父よりも自分は弱弱しい。虚勢から抜け切れて
いない中途半端な精神状態です。ほぼ自動的に他人を卑下する
思考が出てくることが多い。
ただし父は意識的に盲目になっているのではない。虚勢というのは
一度でもあからさまに気づいてしまったらもう忘れることはできない
性質なのだと思う。しかし、父の一貫性の乏しい会話法を聞いていると
盲目になれる天才なのかとも思う。現実逃避の天才なのです。
3マジレスさん:2009/12/31(木) 16:08:36 ID:gUP+o2+s
*父の会話法の例
僕「りんごは赤いよね」
父「いや青いのもあるじゃん」
僕「いや、一般的に赤いでしょ、って意味」
父「うん、でも青いのもなかなか捨てたもんじゃないと思う」
or
父「でも青いのもうまいよ」
or
父「海は青いけどね」
例えばの話なのでうまく再現できないがいきなり別の話をはじめるため
驚いて何を言っているのかわからないし、頭が痛くなってくる。
ここまでは言いたくないがなんらかの障害がある
僕の文体にもその気があるかもしれない
しかし父にはかなわないというか次元がちがうことは明白で
健康的な妹も父との議論に関しては僕と同じ意見です


どの状態が本来の自分なのかわからない。
保育園のころ一番の仲良しだった子と無意識で流れるように会話していた
時、突然、自分がどうやって会話していたのかわからなくなった
無意識に湧き出ていた話題は急になくなり、僕は沈黙し、相手も沈黙してしま

った。なにか嫌な予感がした。もう会話の仕方が思い出せないのではという予

感だ。まあ自然に思い出すだろうとそのときはおもったが、小学生のときでさ

えそのレベルの深い会話はなかったと思う。いまだにありありと覚えているの

はなにか強烈な性質だったからなのかもしれない。
もともと自閉的な性質をもっているのかもしれない
4マジレスさん:2009/12/31(木) 16:09:21 ID:gUP+o2+s
いままで実行力をともなった向上心をもったことがほとんどなかった
生まれた段階で人間は完成なのだと幼いとき考えた
努力なんて完成されてない人間のすることだと思った
生まれた段階であらゆる面で認められた存在でないのなら
存在する価値がないのではと考えた
虚勢だったのかもしれないが精神は安定していて
その考えを肯定するにも問題なかった
僕は自然に学者になりスポーツヒーローになると考えていた。
今でもなんとなく信じている
信頼する両親も僕を調子に乗らせてくれる育て方をしたのだと思う

僕は27にもなってやっと世界が少し見えてきた。
努力しないと、向上心をもたないと、楽しもうとしないといけない
ということに。精神年齢でいえば小学生低学年あたりだろうか。
僕は最近筋トレなどを始め、夏にはプールにも通った。
顔は焼け健康的にもなった。漠然と勝とうと思ったこともある。
とんでもなく出遅れたからこそ勝とう。なにかひとつ感情を出そうと。
いままでテレビゲームやネットゲームばかりしてきた人生だった。
最近はパソコンでも複式法だの自律神経法だの社会的成功者のコメント
だのをみるようになった。
いままでただ暑いだけで苦痛だった夏が好きになった
しかし夏が終わったからかまた前に戻ったような感じだ
職場でも誰かが自然に楽しそうに会話する横で
胸が重いかんじになったり、銀行でちょっとした初めての手続きを
するときに低学年のようにあたふたしたりとほんとうに打ち勝てるの
だろうか?と疑問が生じてしまった
専門家でないと無理なのだろうか。催眠術かなにかでばっちり洗脳して
性格をぶち壊さないかぎりこの性格はついてまわってくるのではないか
と考えたのだ。本当にそうなのか意見が聞きたいのだ。
5マジレスさん:2009/12/31(木) 16:43:03 ID:ZWXzVz20
>>4

いやーそんなに突き詰めて考えなくてもいいさ。
自分自身に気が付いた事はよかったと思う。
ただ、気がつくだけなら高校生だってできるさ。
要は、気がついたから何なんだって話。
実行するのかしないのかって事さ。

気がついても何十年も何もしない奴もいれば、
中学生くらいから行動する奴もいる。
今の貴方は、例えば、
「野球選手になる為には打たなきゃダメだ。よし素振りをしよう」
と思っただけよ。
実際、毎日毎日素振りをしなくちゃwww

頑張れよ。
6マジレスさん:2009/12/31(木) 17:25:11 ID:gUP+o2+s
>>5
素振りやりますありがとう

つづき
女性と付き合ったこともないですし、友達もいません。
しゃべりが退化してしまって家族からも最近声が小さくてなに
しゃべってるかわからないといわれることが多くなりました
父も母も友達らしきものはいません
妹は友達は多いほうですし社交性もあります
同じ両親でなぜ妹は健康的かと思いますが
それは生物の多様性のひとことですむかもしれません

長い文をまとめると、精神状態が悪化したのはいじめかもしれない
でもそのいじめが発生したのは自分の性格に問題があったのかも
しれない。根本的な性格も問題があったのかもしれなく、両親の
性格や育て方もそれを後押ししたのかもしれない。
その過保護から抜け出せず大人まできてしまったのかもしれない
ということなのだろう

どんなに性格が悪かったり悪党だったりしても、自己がないというか
崩壊してしまっている僕のような奴よりかはずいぶんと
立派にみえるし、生物としてふさわしいと思う
僕の生き方はたえず他人の目を気にし、町を歩くときでさえ
まるで大勢の観客の前で大役を演じているかのような緊張感、
人に僕がどう反応するかではなく、ひとりひとりこのひとには
どういう反応が適切なのかと細かいしぐさのひとつという単位で考えてしまう
相手がひとりならまだ会話はできる。でも二人以上、つまり僕を入れて
三人以上になるともうできない。できたとしても二言三言。
AさんとBさんに対する僕のキャラがちがうから矛盾がうまれ
対ひとりよりもキャラ設定が難しくなる。
7マジレスさん:2009/12/31(木) 17:26:20 ID:gUP+o2+s
極端にいえば対ひとりなら、優しくてすこし頭の切れる自分、
対ふたりなら優しく頭が切れ、なおかつたまに冗談もいうし、
やる気のない面も出せる自分を演じなくてはいけない
ときにフレンドリーな内気という相反したキャラを演じないといけない
ときもあるだろう
大勢の飲み会などは、もう行く前は不安だ。そういう場合内気じみた
キャラを演じることが多い。絶えずこのひとはいまの僕の
発言どう思ったかなどということをしぐさなどもふくめほぼ
人数分考えている。
それは人間なら誰しもやったことがあるし、普通だよと誰かは
いうかもしれない。でも僕の場合それが苦痛で仕方ない
段階まできており、しっかり演じられていないどころか
自分を第三者から見たらどれほど取り乱した接し方になっているのかと
ビデオに撮ってみたいほど心配なのだ。
たしかに無意識のように潤滑するように
していた時期もあった。しかし、なんだかこの生き方はやけに
疲れるし問題があるし、いずれ崩壊するというか計算がおいつかなる
と思った。小学生のころにすでにそう思った記憶がある。
その頃は、たしかに対ひとりではかなり面白い話もできたし、親友に近い
段階まで行ったこともある。でもなにか違う。その親友が離れて
いったら消滅してしまうような、とてももろいその親友だけの僕というか、
とても応用力にかける人格だ。

好きなタイプの人間がいる。それは演じるという概念持っていないような、
他人を天性的に評価しない人間だ。こんな人間と対一人の場合は気が休まる。
かといって友達にしたいかといえば、また問題がでてくる。
母と妹との食事での会話はまったく疲れなく、面白い会話もできる。
そのふたりはとてつもなく深く知った仲だからなのかもしれない
終始黙っていてもいいしキチガイみたいなことを発しても言いし
とにかく僕に対する評価が確定してしまっているので、もうどう思われても
いい段階というか親友の段階なのかもしれない。
8マジレスさん:2009/12/31(木) 17:28:34 ID:gUP+o2+s
実際「うんち」だのといきなり言ってみることもあるし
変なしぐさや行動をして笑わすというかあきれさすこともある
しかしこの母と妹という強固な要塞さえも最近崩れてきており
会話などに疲れることがあるし、笑わす行動もうまくできなく
なってきたしなんだか恥ずかしく思うようになった・・・。
さらには眠る前のベッドの上でさえ緊張しているしまつ
それはおそらく眠ることを自分に期待しているから
期待には緊張がともなう
今日は深く寝るぞ とか さあ寝るぞ とか
寝る気もなく座っているときに限って、近所がうるさくても
ウトウトとするものだ。
眠りにつく行為など意識的に行うものじゃないのだ
プールでもそうだ。初心者がくらげみたいにふわふわと癒されながら
泳ぎたいと願っても息が苦しくなるいっぽうだ
必死に泳いでいるうちに「あれ、今気持ちよくないか?」と気づき
不思議に息もほとんどしてないようなものなのに苦しくなかった
息も意識してはだめだ
呼吸とはすべて吐き出したくさん吸うという固定観念があるから苦しくなる
実際陸上ではすごくか細い呼吸をしているもので水泳でも思ったより
酸素は必要なかった
思い出したくないが唾がたまってしまう病気というか精神病があるとネットで
読んだ、次の日、その病気になったときは心の中で苦笑もできなかった
普段無意識でやっている唾ののみこみ、これにいったん集中を向けると
とたんにどうやって飲み込むのかわからなくなる
静かな教室でそばに誰かがいるとつらいなどという体験談の
ほとんどを味わうことになった
これを書いている今でさえもう唾液がたまり始めている
精神病の体験談は僕にとって危険だ
それをどう解決したかといえば、唾液の存在を忘れたのだ
存在を忘れようとするのは、存在を強めるだけなので
向上心をもつようにするしかないのだろう
9ウシオニ:2009/12/31(木) 17:28:40 ID:W9mCuJdu
1さん
自分は 人とすこし仕草が ちがえど大丈夫だと思います
それに おそらくいじめたひとたちは 何でもかんでもけちつけよう
と たいしたことないことでも
とってつけたように 言った ただそれだけです
歩くことなんて 歩ければそれでいいんです
バッティングだって打てれば フォームなんて少々人と違ってあたりまえ
それとおんなじ だとおもいますよ
10マジレスさん:2009/12/31(木) 18:01:40 ID:IfL04dAu
こういう意識の問題ってのは本当に難しいと思う。
一言で言ってしまえば「そんなこと気にするな」で済んでしまう。
でも本人にとってはそんな簡単なことじゃない。
何か問題があるわけじゃないのに、上手くできない。
他人と上手く接せない自分は、異質な存在なのだと思い込んでしまう。

今のあなたはおそらく、客観的になりすぎている。自分を大勢の人間の一人として捉えている。

難しいことですが、自分を肯定してあげてください。理由なんていりません。
11マジレスさん:2009/12/31(木) 21:07:47 ID:gUP+o2+s
>>9
>>10
ありがとうございます

つづき
向上心をもつようにするしかないのだろう
でも思い出しただけでまた今、発症したということは根本的には
直ってないのだろう。唾液だって歩行だって同じなのだろう
一度、その精神病的思考を理解したらもうアウト。
根本的に直るのは難しいので、向上心をもって、そういう精神病的な
ネガティブな思考の波長を、まったく別の熱い夏的な波長で
打ち消していくしかないと思っている。
唾について書こうと思っただけでは症状はでなかった
実際にそれについて数行説明すれば症状は出てくるだろうと思った
とっさに唾の存在を忘れようとしたが、あえて書いたのは
最近出し始めた夏的な波長のおかげだ。

友達が切実に欲しいけれども、友達が欲しくない理由もかなりあるため
精神は安定しないのかもしれない。なぜか友達にするなら
わりとかっこよく、気を使わず、面白い人というような願望がある。
恋人も美人がいいというか、顔が悪いひととは喋りたくもないし
喋っていて苦痛だ。こういう願望は不思議なもので、あたりまえと
いえばあたりまえの願望だが、表に出すと醜い感じがする。
男に顔まで要求するようになったのは最近だろう。
まず自分がしっかりしていないと友達という形成ができないのではないか
という不安。
相手が程度の低い人間なら友達作りも徒労に終わりそうなこと。
そもそも友達という存在に期待しすぎていて崇拝していないか
がんばっても母・妹の間柄まではいける気がしないのと
いっても母・妹の段階を持っている僕が病んでいるのだから
いっても無駄ではないか。
12ミラクル ◆8x8z91r9YM :2009/12/31(木) 21:10:27 ID:Kl3AjgYs
それらは全て逃避行動だと思う。
>>1はかなり力入れて自分のこと書いてるけど、それとは別に、もっと大きい問題とか不安があって(それを自覚しているかどうかは別)、それから逃避するために、そういうノイローゼっぽい行動に走ってるんじゃないかな。

自分の経験からそう思う。
13マジレスさん:2009/12/31(木) 21:13:07 ID:gUP+o2+s
とにかくやってみることが大切だ。現実はゲームやアニメのようには
いかないから落胆するかもしれないし、女にはよくみればにきびなど
があったりファンデーションの断層があったりとても見れたもの
じゃないかもしれないが、あの性を強調されたゲームやアニメの
ようにはいかないのだ。現実は画像じゃないから血をみるかもしれない。
どんなに幼稚な判断でもいいから、自分だけで決めた考えなら
尊重してあげなくてはいけない。僕はなにか判断を要することが
あるとすぐに掲示板などで聞いてきた。ネット初心者だったときに
誰かの質問文を読み、そんなこと他人に聞いて回答だしてもらって
どうするんだと思ったが、僕はそれになっていた。
判断能力や自立性がほとんどなく生まれたばかりの赤ちゃんの状態。
赤ちゃんは経験値がゼロかもしれないが、僕はマイナスかもしれない
やたらよけいな雑念が多い状態からのスタートで、歳もくってる。
はたして苦痛は癒されるときはくるだろうか

東京は人と物理的に近いけど心は遠いって聞いたことがあります
なんの悩みも無い人が東京に来て「東京の人がなんで自殺するのか
わかった」と言ったそうです。

いつもなにもかもうまくいかせようとしていると気づいた
寺で夕日みてたら感動とかをすることを自分に期待してその期待の重圧
というかプレッシャーにつぶされていることに気づいた
僕は自分に期待しすぎている 僕はもっともっとか弱くて出力がなくて
悲しい生き物・・・それを自覚できればちょっとだけ成長できる
僕という物体にふりそそぐすべての事柄に僕はただただ僕としての
反応が現れるのを見届ければいい。感情はだすものじゃなくて
勝手ににじみでるものだっていう人間としての最後の誇りさえ半壊してた
感動するときなにか頭に力をこめるかんじで感動している
感動なんて動作じゃないのに
力をこめて感動を増幅させようとしているのだ      一応 ●おわり●