1 :
瀬尾育生:
カゲロウの弱さを持つタランチュラ。あなたの眼を広場
に向けておきなさい。国教会の鐘の音が聴こえたら駆け
だすのだ。それがあなたに起こるかも知れないから。き
ょうも一日
わたしは途方にくれていた。どんな仕組みできみの手は
動くのかしら。どんな装置で
きみの髪はのびるのかしら。どんなふうに
きみの眼は。
2 :
ななしじゃにー:03/07/31 10:23 ID:Y+TSIEXz
2ゲトしてもいいんでしょうか?
とりあえず3
4 :
獣医:03/07/31 18:39 ID:bjZPRXdW
いちめんに宇宙線が降る道をわたしは外出した。動物園
のぶあつい看板をぬりつぶすと、わたしひとりの外出は
どの番いたちにも気づかれることはなかった。はるか下
方に浮かんで見えるしみ。その擦過傷からたちのぼる瘴
気が眼下にたちこめ、ここまでのはるかな標高をみえな
くしていた。その中腹に病院があり、ぶんぶんうなる救
急車がそれをめぐっていた。やがて下方の瘴気のなかか
ら湖があらわれ、UFOのようにわたしの頭上へ去って
いった。病院では、いかなる機械にも接続していない見
せ掛けだけの呼び鈴の引きづな、外部につうじていない、
空気を入れ換えない換気孔、姉の死後に生き残った双子
の妹。そしてどのドアの蝶番もこわされて、どの箱の蓋
も開閉しない。だからわたしは外出することにした。上
方の湖は水底の岩盤で反射された宇宙線の反射光に沿っ
てどこまでものびる手によっておしあげられていた。「す
べては同一だ」「すべては同一だ」とくりかえし呟きな
がらわたしが眠ると、わたしの空室に宇宙線のおびただ
しい力の量がうちこまれた。無生物と無意識はわたしの
なかの石の部分だ。限界のない機関の末端で外出装置を
製図する技師として、わたしはしばしば唐突に外出した。
わたしの第一の製図は樹木だったが、まもなくこの図の
上方に蜘蛛の巣があらわれ、その巣の中心をめざして樹
5 :
獣医:03/07/31 18:39 ID:bjZPRXdW
木がおおきく湾曲してゆく第二の製図があらわれた。蜘
蛛の巣がはられるためにはどこかにたしかな足場が必要
だ、というのはたんに理論的な問題にすぎない。宇宙蜘
蛛! わたしはおもわず叫んだものだ。そしてわたしは
外出した。寡黙だったり、ときには放心していたりもす
るこの樹木の意志の部分をひとつの空室にかえて。虚偽
の番いたちの動物園を離脱して昇格するしまうまの立派
さ(拍手)。動物園の、たんなる八百長的相互承認によ
ってたもたれる位階を拒否して異界へ自己解放するしま
うまの偉大さとけなげさ(大拍手)。ちがう。わたしは
ただ外出しただけだった。土壁に銃眼のようにうがたれ
ていた窓々。「窓枠から光をだして合図してください。
動物たちがうろつく庭を横切ってわれわれはあなたの部
屋に入ります」――全能の二人が、さきの妹にそう告げ
た。わたしはときに任意の窓から力を受容できる差込口
をもつ戦争だった。木靴の音がとおってゆくたびに、道
ばたの過剰な落書が壁となってわたしの帰り道をふさぐ
ときには、あらゆる窓は阿呆だった。窓はほとんど白痴
だった。病院で、この時間、なんと重い蝶番の音をさせ
て、金庫が開閉されることだろう。わたしは意図せずし
て、いかなる怯えによってでもなく、ここへ出てきたと
思う。
6 :
木曜日:03/08/01 02:12 ID:yECCUeri
わたしは帽子をかぶって坂道で風にびらびら靡いている
壊疽だった。
車輪がとり囲んでいる円陣のなかでゆうぐれの道がちぢ
れるように湾曲すると、わたしはすでに
か細いものとして記憶される、あのふくよかな、
なで肩の海藻をまといつかせてそこを歩く、
もう十年も前の、とある十月の、
小さな炎をあげる燃料だった。
この石だたみの表面は不思議だ。
いつもそれを思いうかべるときは、溶けるような、
本質ばかりの墨絵だったから。
わたしはまた、昨日や今日の節足動物の透明さのほかに、
形をもちながら、なおみるみる変形する、
つねに道からいくらか逸れて歩行する、
手足のついた待合室だった。
7 :
木曜日:03/08/01 02:12 ID:yECCUeri
木曜日。
この、叩く言葉でできた週の中程では、
裸子植物として群生したはずの水銀灯も、たんなる夜間
用巨大照明機械でしかなく、
円柱形の建物はわたしをわたしの体のうえにたたせ、
わたしにある種の威厳をあたえた。
あちこちで記されようとしている言語的繊毛は、
ここから見ると、やがては消えてゆくような、
曖昧な世界の誤植だった。
わたしは飽きる。
想起と根源に。
わたしは飽きる。
不易と固執に。
わたしは飽きる。
速度と強迫に。
わたしは飽きる。
わたしは飽きる。
郊外はおそろしい。なぜなら郊外は人間の体を変態させ
るからだ。巨大な開孔部の下でわたしはちいさな皿から
夕食をとった。かすかな、しかし執拗な風がわたしの体
から少しずつ熱を奪っていった。これが郊外なのではな
いかとわたしは思った。夜になると鉄塔が何百の赤い目
をもった。
きみがため息をつくと歌がはじまった。きみが口をひら
くとヴァイオリンが聴こえた。それは魔法だった。星く
ずの砂漠がきみの目のなかに駆けこみそこに巣をつくっ
た。それが魔法だった。
わたしの力と無力のまわりで「だれのせいか」を決定す
るゲームがまわっていた。わたしはそれに勝利するすべ
を知らなかった。わたしは何ものかから力をもらわなけ
ればならないのに、接続器を空白につなぐように命じら
れた戦争であった。
郊外はおそろしい。なぜなら郊外には草があるからだ。
郊外には夥しい量の草があり、草はわたしの脳髄に侵入
してわたしの脳を草にした。これから先わたしは一刻た
りとも草のことを忘れることはできないであろう。
黄金の杖も秘密の呪物もないのに不可解なことがはじま
った。きみが郊外の腕につつまれているときに。そして
きみが郊外と手をとりあって歩くとききみは不思議の国
にはいっていく。魔法なのだ、それは。いったいそれ以
外にどのように説明できよう。吊り糸もないのに中空に
浮かんでいるあれらの不可解な鉄塔たちを?
「そんなところにいると世界がおりたたまれるときその
襞のあいだにはさまって出られなくなりますよ」。だが
そのときすでにわたしは、巨大な繭となって中空の鉄塔
に差し込まれて充電する、動きのない不安な郊外に変わ
っていた。
9 :
粉砕王:03/08/01 21:15 ID:ZHYLdxr6
光る制服たちの列が歩いていった。わたしは草むらのな
かで虫たちを食べつづけた。バッタを食べゴミムシを食
べ蛾を食べ名前のわからない環形動物を食べた。わたし
は食用蛙だ。名前のわからない死体の指を食べ、ゆうべ
路上で轢き殺された仲間の内臓を食べた。
わたしは綿の花たちが頭上でささやくのを聴いた。タミ
ー、タミー、タミー、わたしの恋人。夜があたたかいと
き、やわらかくあたたかい日、あなたの触れる手がほし
かった。入江から吹いてくる風がいつまでもつぶやきつ
づけた。タミー、タミー、タミー、わたしの恋人。
光る十字団が歩いていった。あのあとに続かなければ!
家々の戸口から少年たちが走り出た。少女たちが窓から
ハンカチをふった。
「わたしたちは純粋で健康な帝国だ。わたしたちはすべ
ての人々のために出口をさがす使命をもつ種族だ。どこ
までも呆け、ほしいままに欲動する人間の塵芥溜めから
出てゆくための、時間の蝶番をさがしている」。
わたしは食用蛙だ。水溜りでようやくかわいい手足を動
かしはじめたわたしの子供たちを食べたくなるのを、わ
たしは必死におさえている。わたしは食べすぎたものを
吐き出し、そしてまた虫をさがした。
蟻たちが見つかった。
人間は性器から腐ってゆく。やわらかいものをわたしは
食べた。わたしの子供たちは水溜りのふちに小さな掌の
吸盤をならべて「踊る人形」のようだ。まるで暗号のよ
う。ゆうべ、鈍く光る薄い金属の制服を着て「速度の王
国」がやってきた。老人たちや、老人というにはまだ早
い中年の男女たちを家々からひき出してジープにのせ、
明るみはじめた地平線のほう、時の蝶番のほうへと走り
去った。
10 :
粉砕王:03/08/01 21:16 ID:ZHYLdxr6
「出口」から見ればこの世界は空洞で、巨大な洞穴の内
側にわたしたちははりついている。わたしは生き物を食
べ、咀嚼し、排泄し、すべてを土に還している。わたし
は土を産みつづける。わたしは土の母だ。
土よ血よ、あなたの内側にわたしたちは存在している。
「速度の王国」が家々から鈍重な人々を狩りたててゆく
夜には、少年たちの夢も血を流しながら競いあって地平
のほうへ、「出口」のほうへ飛んでゆく。「出てゆくんだ。
ぼくこそ第一の粉砕王になるんだ」。競いあい加速しあ
う鼠たちのように。
わたしは死んだドブ鼠を食べた。猫も食べようとしない
くらい腐敗していた。
恋人がわたしにちかづいて来るとき、わたしの胸がどん
なにふるえるかあの人は知っているかしら。年とったフ
クロウが水辺のアヒルたちに話している。タミー、タミ
ー、タミー、わたしの恋人。もしもあなたがわたしの腕
のなかにいたら、わたしはヴァイオリンのように歌うだ
ろうに!
かつてたがいに殺戮をくりかえしていた赤色僧団、疾患
羅列同盟、知的強迫委員会はもうこの世から姿を消して、
わたしたちと同じ内側の存在に変わったのだ。
わたしもいってその隊列に加わらなければ。
月がこんなに低い夜には地上の重力が減少して、植物た
ちはまるで異様な獣の触手のように空に向かってのびあ
がり、地上の動物たちは一夜のうちに二倍にもふくれあ
がる。こんなに宇宙線が降る夜には地上のあらゆる存在
におびただしい突然変異がおこるのだ。
11 :
粉砕王:03/08/01 21:16 ID:ZHYLdxr6
わたしは下水道をめぐり歩いてこの世の汚物を食いつく
す食用蛙だ。知をもたぬものはそれ自体汚物にすぎない、
とあの人はいった。おまえたちもきっといつか汚物のよ
うにぎらぎら輝くことができるだろうとあの人はいった。
知によって羽をつけられて少年たちが飛んでゆく、そこ
に「出口」があるのだ、とあの人はいった。
女たちの髪がなびく。男たちの僧服がなびく。声がいち
めんに吹いている。タミー、タミー、タミー、わたしの
恋人。
わたしは鱗につつまれた軟体だ。わたしは固い存在だ。わ
たしは硬い甲殻につつまれるのだ。
わたしは粉砕王だ。わたしは体長七メートル。鋼鉄でで
きている。わたしは巨大な足裏をもつ。宇宙がめくられ
るとき土と血のひだにつつまれてわたしは鋼鉄の機械に
なる。わたしはヒンデンブルグ号のように君臨する。こ
の世のあらゆる委員会がわたしのなかに棲んでいる。
世界銀行がわたしのなかに棲んでいる。もう三つの氷河
期を過ぎた。わたしは三つの月が落下するのを見た。ア
トランティスからチベットまで、わたしの調査隊が派遣
された。
わたしはただの一歩で昆虫愛護者を踏み潰した。ただひ
とつかみで愚者処理班の陰謀を解体した。
すべての委員会がわたしのなかに棲んでいる。わたしは
委員会の決定に無条件にしたがう。わたしは頭脳の委員
会の肉にすぎない。わたしは世界銀行の硬い肉、「速度
の王国」の金属の肉だ。
ツリガネ草もカッコーも糸トンボも、堤防の上で声をそ
ろえてうたっている。タミー、タミー、タミー、わたし
の恋人。わたしのほんとうの欲望が何なのか、あの人だ
けが知っているから。わたしもいつかそれを知りたい。
12 :
粉砕王:03/08/01 21:17 ID:ZHYLdxr6
ちいさな虫の口でわたしはうたう。タミー、タミー、タ
ミー、わたしの恋人。
蟻。蛾。微細な、食べられるべき虫となってわたしは。
あの夜、異様に低く降りてきた月を見ようと戸外へ出て
きた人々は致命的な量の宇宙線を身にうけたに相違ない。
見えない鋭利な雨のようなものが、あの人たちの染色体
に、あの夜、否認しようのない宇宙からの情報を打ち込
んだにちがいない、とわたしは思う。
?
板違いでは?
14 :
菌類:03/08/03 03:09 ID:4UwqlEr4
夜、郊外でめざめたとき、わたしはすでに道ばたで生ゴ
ミなどの間に生える一種のキノコでした。
わたしはようやく、そのような様式を理解し把握するに
いたりました。
菌類のテンポで語られる絶対的真理は、ゴミ箱を深夜に
あさりにくる犬のテンポにとってはたんなるエピソード
でしかない。
それゆえにわたしは犬として、朝から何も食べず空腹で
あるということを発語のための唯一の理由として「都市
を包む光の包帯は美しい」といいました。すると「都市
を包む光の包帯は美しい」は路上を躓くように二、三歩
あるいてゆき、舗道の縁にたちどまりました。
たったひとりで。わたしの助けもあてにできず、どのよ
うな都市にも光にも包帯にも見放された、生まれながら
の盲目のままで。
15 :
映画:03/08/04 13:59 ID:TW2gne73
それはある虚構の水準における路面上の出来事だった。
登場し、肉感のなかでたち迷い、吹きぬけの空間のなか
で我を忘れ、夜のビル打つ波をよけ、辿りつけないまま
にいちばん暗い坂まで歩こうとする人形たちが
階段状になった路上を一列にならんで降りてきて、繰り
返し靴裏を路面に押し当てて痕跡をつくっていた。前へ
ススメ。ここはもう異国だ。
下半身は溶解し、路面からの見えない手によって操られ
ながら「空を一面に魚が泳ぐ夜は」と人形たちはいちば
ん暗い坂の路面に書きつけた。
「空を一面に魚が泳ぐ夜は苦しげに鰓をおし開いて坂を
登り降りし」と人形たちは、三色の回転灯のある三つ辻
から坂を登る、すべりどめ模様の路面に書きつけた。
そこを通り過ぎると人形たちは阿呆になって愚直な路面
をめくって貧乏な地霊にであい、やがて次の、別の路面
へむかってすべっていった。
惜しい人たちをなくしました。
足で路面を歩いてきた人形たちが手で人形たちを組み立
て虚構の路上を歩ませる。路上を歩まされる人形たちは
よかったり、よくなかったりした。
人形たち。まのぬけた町をそぞろ歩き。ときに白い紙を
ひろげる。棒の形をしたペンを持つ。憎しみもなくエロ
スを変形して白色の路上を歩む足にした。ひとりは食事
16 :
映画:03/08/04 13:59 ID:TW2gne73
をつくる。ひとりは罪人をさがしにゆく。ひとりは自涜。
ひとりは女に殺される。
北方の夜空に不審な光が見えます。ユーホーだと思われ
ます。そこからとおくのびる光線によって、いちばん暗
い坂道が照らし出されていますが人にはそれは見えませ
ん。
北方に微光が見え人を狂わせる霊波が送られております。
その霊波はきみに集中しております。
できるならシナリオのなかに帰り、雨のように降る微光
に支配され路面がわずかずつ溶けだしてちいさく波打っ
ているような路地から路地へとつたい歩き、大量のみか
んをかかえて坂を登ってくる人を迎えにゆきたいものだ。
たんに主観的なだけの光を浴びて。
気づくと人形たちは投げ出されて死んでいました。それ
がいままで生きていたとは信じられないくらいだ。
惜しい人たちをなくしました。
虚構の路面につぎつぎと文字があらわれて移動していっ
た。眼の奥が痛かった。頭のなかにぼんやりしたいくつ
かの像が行きかった。
立ち上がって歩くと床にほんものの足跡がついた。ドア
を押して外へでると一帯を冷気が支配している。ここは
もう異国だ。前へススメ。
何のスレなんですか?
18 :
リリー:03/08/06 02:55 ID:ic+sh5n7
何年ぶりかで踊る人形の小屋へ行った。だが小屋の前で
きみの脳の中に打ち込まれたのは、人形たちではなく空
とぶ虫たちのイメージだった。虫たちの甲殻を奥歯でカ
リカリと噛みながら、きみは人形たちの力を、カーニバ
ルから空に向かって逃がしてやろうと思った。
「あのころリリーが恋したのは踊る人形たちだったけれ
ど、そのうしろから四本の手と四つの声で彼らをあやつ
っていたのは、優しい怒り屋さんだった」。その人はいま、
無線機をつかってきみの脳の中に虫を送りこむ。すると
紙の上に無数の虫が打ち出されてくる。
打ち出されるとおりにきみは虫を考える。
きみは人形たちとともに生き、 人形たちと「 おともだ
ち」だった。
だが今はちがう。きみは虫たちと「なかよし」だ。きみ
はまた、きみと虫たちがどこまで「なかよし」であるの
かを告げることを義務づけられている一種の虫でもある。
紙の上にきみは踊る人形たちを描いた。
それはたくさんの効果と力をもった単純な絵だった。
だが今はちがう。きみは変態し、ディスプレイに打ち出
される虫たちの王だ。
「リリー、きみがいなくなるのがとても淋しいよ。ぼくた
ちもつれてっておくれ」。
踊る人形たちのなつかしい愛についてきみは考える。き
みは「わたしは考える」と考える。だが真実がわからな
くなるときみの体が開いた。
体じゅうが窓のように開いて無数の虫たちが出入りする、
出入口の人形になった。
飼育人は微動もしなかった。階上にはこんなに慌ただし
く人間がゆき交うというのに。階下で。きみの姿を失っ
て溶けるように眠っている。鱗ばかり光らせて。
ハイリリー、ハイロー。わたしがうたう恋の唄は悲しい
唄。錯乱が連続する宿舎で。迷い歩く快楽を廊下に塗り
つけて。きみの好きな虫や蛙を呼び出して。
「わたしにとって、それは魔法の宮殿とも思えた。通路
はうねうねと曲がりくねって果てしもなく、際限もなく
わかれて、今この建物の何階にいるのか、まるで雲をつ
かむようだった」。
世界単一飼育委員会。迷い歩く獣。われわれの演説が、
きみの力を得るために
ハイリリー、ハイリリー、ハイロー。わたしがうたう恋
の唄は呪いの唄。窓辺に立ってわたしは今日も、降りし
きる軟体動物を見ていた。いつかわたしがまた恋をする
ことがあるだろうかしら。
飼育人は眠る。メトロポリスで。水銀灯のしたで。人工
の勾配を上下する人々は、そこここで路面と性交する。
数歩のうちに、体が変わってしまうのに。「ひとつの 部
屋から他の部屋へゆこう と すると、いつも階段を三、
四段昇り降りしなければならないし、通路は無数に横へ
横へとわかれていたから。この建物について考えること
は、もうほとんど無限について考えることと大差なかっ
た」。
ハイリリー・ハイロー。機械にはあなたの心をかくして
おきなさい。夜になったら、あなたの夢をロックするの
だ。それがあなたに起こるかも知れないから。複眼の上
できみの触覚がささやく。きみの耳奥で総統の小さな声
が聴こえる。皇帝は影であったから。秘密結社は影であ
ったから。
ボルシェビストは影であったから。帝国主義者は影であ
ったから。すべての飼育人は影であったから。移動遊園
地で観覧車が回る。手回しオルガンが回る日。ホテルの
カフェの回転扉が回る。きみにもっと先験的な悪を。は、
は。
前方に混沌を作りながら、そのあちこちに足場をかけ、
蜘蛛は巣をつくっている。同心円の中のタランチュラ。
その中心をめざして鉄とガラスが生い立つ。おお、純粋
の昇騰。おお、オルフォイスは歌う。
「われわれの戦列に加わっていない 何百万の飼育人にと
っては、政治的な力の大芝居としか見えないであろうこ
とが、われわれ何十万の飼育人にとっては無限のもので
あった。すなわち古き飼育人とその戦友との個人的、精
神的邂逅である。
おそらく諸君のうち多くの者が、わが戦列の偉容にも拘
らず、かつて世界単一飼育委員会の一員であることが困
難であったあの時代を、憂鬱な気分で思い起こしている
であろう(喚声)。
わが世界単一飼育委員会は、まだ七人の同士しかいなか
ったときから、すでに二つの大原則を打ち出していた。
第一に、われわれは真の世界観の上に立つ唯一の飼育委
員会であり、第二に、妥協のない、世界の現在における
唯一の力たらんとした(喚声)」。
ハイリリー、ハイリリー、ハイロー。星を呼んではいけ
ない。あなたは意味に躓いてしまうから。だれかがため
息をこぼしただけで、あなたは転んでしまうから。道を
歩くとき、きみのむこうを歩いているもう一人のきみの
肉体はだれだろう。博士に眠りをさまされて、もう一つ
の眠りのなかへ入ってゆくチェザーレのように。
眠りの中で幾重にも眠り。像の中で幾重にも像を敵と呼
び。疲れて眠るときにはウロコにうっすらと黴さえ生や
す。まわし者。
カゲロウの弱さを持つタランチュラ。あなたの眼を広場
に向けておきなさい。国教会の鐘の音が聴こえたら駆け
だすのだ。それがあなたに起こるかも知れないから。き
ょうも一日
わたしは途方にくれていた。どんな仕組みできみの手は
動くのかしら。どんな装置で
きみの髪はのびるのかしら。どんなふうに
きみの眼は。