私は目を固く閉じ、祐巳ちゃんの動きに身を任せていた。
押さえつけられていることより祐巳ちゃんとの繋がりだけに意識が集中してしまう。
時折身体の奥が暴れ出す瞬間があって、子宮なのか膣なのか下半身の温度が上がる感じがする。
その時は祐巳ちゃんとの感触が滑らかになるから、軽くイってしまって愛液を垂れ流したのだとわかる。
祐巳ちゃんも何度か声が裏返りリズムが乱れ、感触が滑らかになる。
きっと感じやすくて多いのだろう、その度祐巳ちゃんの愛液も熱さが私のお尻どころか背中までしたたり落ちる。
そして私達にとって丁度だった早さが急に速度を増し、祐巳ちゃんの声が嬌声から絶叫へと。
私もそんな祐巳ちゃんに強制的に絶頂へと引き摺り上げられる。
「イイっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!」
「祐巳ちゃっ、祐巳ちっ、祐巳っ、ゆみっ、ゆみっ、ゆっ、ゆっゆみぃぃぃぃっ!!」
一瞬身体が熱量だけの存在になって重力から解き放たれる。
「妬けましてよお姉さま」
祥子の一言が私を現実に引き戻す。
「ゆみ、ゆみ、ってはしたない口調で何度も何度もだなんて」
祥子はプリーツの左右をたくし上げてショーツを脱ぎながら、そんな軽口を叩く。
「それに祐巳も祐巳よ。あんなに何度もイくなんてはしたなくてよ」
「はっはぁぁっ、すみません、でした、お姉さま・・・」
すかさず生徒達から声が挙がる。
「ロサキネンシスと祐巳さん、本当にお綺麗でした!もう一生忘れません」
「祐巳さんも素敵でした!祐巳さんって分かり易いから私もつい一緒にきゅって…」
「ロサキネンシスも私達のことを忘れられて祐巳さんと二人っきりみたいな表情で・・・ドキドキしました」
真っ赤になり目を白黒させる祐巳ちゃん。
またプリーツをたくし、ショーツの代りに何かを身につけながら、祥子は続ける。
「だからこそ妬けるの。祐巳、早速罰を与えるわ」
『皆様、ここでみんなでロサキネンシスの蜜をいただくというのはどうでしょうか』
そうして微笑みながら祐巳ちゃんに視線を変え。
「私の妹の蜜も混ざっていてもよろしければ、ですが」
場違いな黄色い歓声が上がる。
「へっ。わわわっ!お姉さまやめてください、恥ずかしいですー」
「だ、め、よ」
生徒達はかわるがわる私の下半身に舌を這わせ出した。
クリトリスや内陰唇を舐め回すもの。
膣口から汲み出そうと舌を入れてくるもの。
内腿に張付いたオリモノをすするものや、身体をつたって白く乾いた愛液をナメクジの様に舌で舐め取るもの。 みんなはわざと音を立てて、私の被虐感を高めようとしている。
それがわかっていてもその下品な音のせいで私は愛液を止めることが出来ず悔しい。
そして手足を押さえていたもの達が上手く交代して参加するその手際に、私は逃げられないのだと絶望する。
私以外から湿った音が聞こえ始め、目をやると…祥子にかしずき頭を前後する祐巳ちゃんがいた。
祥子は制服を脱ぎ上半身はタンクトップだけ、下半身は股間に張付く黒いベルト、そして…張り型。
「ひッ」
「見つかってしまいましたか。私はこのペニスバンドでお姉さまへの思いを遂げたいと思っていますの」
「やめて、、、やめて祥子、、、そんなの、、そんなの!」
「祐巳、もっと濡らしてちょうだい」
その言葉の返事を目で返す祐巳ちゃん。
祐巳ちゃんの唇から見え隠れする張り型は案外太くない…と思っていたが。
もういいわ、と言われ祐巳ちゃんが口から出したそれは、ずるずる、ずるずるとまるで手品のように途切れない。
「あ、あ、ああ…そんな…そんな……」
「ッぷはぁっ、はぁっ、はぁっ、お姉さま、これきっと食道まで届いてましたよ、はぁっ、はぁっ」
「初めてでも気持ちよくなっていただきたいので太さよりも長さをと思いまして。これなら子宮まで届きますわ」
だがその股間にあるものが近づくと、自分でもまだこんな力が残っていたかと思うほど私は抵抗した。
祥子が私を「お見苦しいですわよ!」と恫喝しても、抵抗を続けた。
しかし先端が膣口にあてがわれズッと挿入を始められると、もう身体を硬直させることしかできない。
「だめ、入れないで、そんなの入れなっあぁっあぁぁぁあぁぁぁぁっ、いっいやぁぁぁぁぁ!」
妹によってこじ開けられた感触に痛みと寒気が走る。
同時に嗚咽が漏れ、涙が溢れる。
「あ、お姉さま…」
「なに、祐巳」
「…ロサキネンシス……出血されてません」
祐巳ちゃんの言葉に場が騒然とし凍り付く。
痛みよりもその空気の急変に私は恐怖する。
「どういう事ですの、お姉さま」
祥子の口調は静かだったが、目は端正な顔が崩れるかと思うほどつり上がっている。
「知ら…な…い…」
「大事なことですのよお姉さま、妹の私にならお話しいただけますよね」
「知らないわ…知らない……」
「嘘をおっしゃい!」
祥子の激高し手を振り上げる形相に心を潰され、私は思わず目を閉じる。
しかし、手は振り下ろされなかった。
祐巳ちゃんが祥子の腕を抱くようにして止めてくれていた。
「ロサキネンシスにそんなことをされてはいけません…」
「……ありがとう、祐巳、私ったらお姉さまを傷つけてしまうところだったわ」
祐巳ちゃんは私と祥子に割り込み、脇から私の上半身を抱きしめてくれた。
お互い裸だから触れあったところは冷たかったが、すぐ暖かくなった。
さらさらの肌に包まれた薄い胸が私の胸に重なる。
頬と頬が重ねられ祐巳ちゃんの高い体温が伝わってくる。
「ロサキネンシス…」
「祐巳ちゃん……」
顔を上げにっこりとやさしく祐巳ちゃんが微笑む。
「…『始めて』ってどうされたのか、教えていただけますよね……」
絶望が私を包む。ここには私を助けてくれるものは一人もいない。
祐巳ちゃんは放心し無言になった私の胸をわしづかみにし始める。
爪が乳房に食い込み非道く痛い。
「いっ痛いっ!止めてーーっ!祐巳ちゃん、お願い、痛いーーーっ」
「…教えていただけますよね……」
手を弛め笑顔で聞き直す祐巳ちゃんが恐ろしくて、また言いよどんでしまう。
私の小さな胸は掴みにくかったのか、今度は細い指で乳首と乳輪をぎゅうと挟み、上下左右に引きちぎろうとする。
「あっあぁっ痛い痛い痛いっちぎっ千切れちゃうっ止めて止めてやめてぇぇぇっ!!」
祐巳ちゃんの指は容赦なく、引っ張る方向が変わる度に私はわめくしかなかった。
それでも祐巳ちゃんは笑みを絶やさぬまま私の胸を蹂躙し続け、私の声が弱まり哀願に変わるまで止まらなかった。
「…さぁお話しいただけますね、ロサキネンシス」
みんなに取り囲まれながら恥ずかしい告白をさせられる。
もう『あの痛みに苛まれるぐらいならなんでもする』ところまで追い込まれている。
どんどん、追い込まれている。
「オナ、オナニーしていて……」
「オナニーですか」
「そう…中等部の時、ちょっと激しくしてしまって……」
「何か入れておられたんですか」
「いえ、指だったけれど、ほんの少し出血があって…多分そのとき……」
「オナニーは初等部の頃からされていたんですか」
「小学生の時から…中学受験でいらいらしていて…」
「だから出血が少なかったのかも知れませんね。男性経験はいかがですか」
「いえ、無い…誰ともそんなことしてない……信じて…祐巳ちゃん信じて……」
祐巳ちゃんは『信じますよ』という微笑みを浮かべ、そして身体を起こし祥子の方へと振り返る。
祥子も先ほどとはうってかわった、まるで花のような笑顔で私を迎える。
亀裂の入った私の心を包み込むように、微笑む。
お姉さま
私はお姉さまから沢山愛していただきました
そして沢山のものを受け取りました
でも私からお姉さまに差し上げたものはあったでしょうか
受け取っていただけたものはあったでしょうか
お姉さまの愛を沢山受け取って、私の心はもう破裂してしまいそう
でも私をそうさせたお姉さまの心の中には私はどれだけあるのでしょうか
リリアンを去ってしまわれるお姉さまの心の中に私はどれだけあるのでしょうか
お姉さまからの愛はわずかほども疑ってはおりません
でもお姉さまの中にいるはずの私は
お姉さまにとって私はどれだけの存在だったのでしょうか
だからお姉さまがリリアンを去ってしまわれる前に
お姉さまの心に私を刻みつけなければならないのです
お姉さまの純潔をえぐり取り元に戻らぬ傷を与えるのは私でなければならないのです。
出血こそ無かったが始めて異物を押し込まれた痛みと不快感は耐え難かった。
そして祥子の言葉は私に、私がどんなに願いすがっても無駄であることを思い知らせた。
だから私にはもう泣きじゃくるしかなかった。
ぼろぼろ涙をこぼし、わぁわぁとだらしなく泣くことしか。
それでも祥子の動きに合わせて泣き声が大小し、その滑稽さがまた私を惨めにさせた。
そんな顔をぐしゃぐしゃにして身体を強ばらせる私に祥子は裏返しのやさしさをみせる。
「祐巳、ロサキネンシスが痛くないように時々ローションを補充してね」
「承知しましたお姉さま」
「お姉さま少し我慢下さいね、まだまだこれからなのですから」
その言葉通りだった。
入って、出て、来て、戻る。押し込まれ、引き抜かれる。
その度にほんの少しずつ深く、張り型は私の中に入ってきた。
じりじりとこじ開けられ引き裂かれていく恐怖が高まってくる。
時々ひやりとするのは祐巳ちゃんがローションを垂らしているのだろう。
その様子が頭に浮かぶ。
両手を押さえつけられ膝を割られて全てを丸出しにしている私。
私に覆い被さり長い長い張り型で私の内臓まで犯そうとする祥子。
その結合部に顔を寄せローションを垂らしながら観察している祐巳ちゃん。
そのときの祐巳ちゃんは。
祐巳ちゃんの表情は。
さっきの祐巳ちゃんの表情・・・私の胸を引きちぎろうとしたときの表情・・・
にっこりと笑いながら、でも容赦なかった祐巳ちゃんの。
つり上がった唇から除く白い歯。瞳の中の、暗闇。
恐怖が沸点に達し、その瞬間また絶叫をあげ身体が暴れ出してしまう。
しかし突然で祥子も驚いたのか、押さえつけよう覆い被さろうとして。
私も腰を突き上げるようにしてしまい。
そのはずみで私は一気に深く貫かれる。
「あひぃぃっ!っがはっあぁああああぁーーーーーーっ!!!」
目の前が再び真っ白になった。
お腹の中の鈍痛と熱さに意識が戻ってくると、祥子の心配そうな表情がみえた。
祥子、どうしたの。そんな顔をしないで。何があったの。祐巳ちゃんと何かあったの……。
あ、笑みが浮かんだ。よかった、祥子、よかった。
「よかった、お姉さま、気を失って、おられたん、ですよ、」
祥子の言葉の強弱に合わせて身体がきしみ灼熱の波が押し寄せてくる。
今の私の憐憫は何だったのだと、再び涙と嗚咽が止まらなくなる。
私が失神しても祥子は容赦なく私を犯し続けていたのだ、そんな祥子に私は。私は。
「でももう安心ですわ。ねっ祐巳」
「なにが、何が安心なのヨォォォーー!アァァァーーー!」
「ロサキネンシスはもうご自分の愛液ですっかり潤っておられるんですよ」
「私が突き上げる度にお姉さまが反応され始めたときは本当にうれしくなりましたわ」
その通り…であることに愕然とする。
いつの間にか私は身体は張り型の大きさに慣らされ、祥子の動きに合わせてあえぎ、腰を振っていた。
浅く、浅く、深く。浅く、浅く、深く。浅く、浅く、深く。
浅く突かれるごとにむず痒いような快感が生まれる。
深く子宮を突かれると身体中に痺れるような衝撃が生まれる。
それが幾度も繰り返され、快感も幾重にも折り重なっていって少しずつ私を押し上げてゆく。
祥子は私の高まりに合わせて周期を早め、動きも激しくなってくる。
祥子にイキそうなことを見透かされ恥ずかしい、しかしそんな思いとは逆に身体がはじけそうになってゆく。
イキそう、イキそう、あ、あ、あ、ああああああぁぁぁイク、イク、イクイクイクイクイクイクイクイク……
そんな時、急に祥子の動きが止まる。
「祐巳」
「へっ。は、はいお姉さま、何でしょうか」
「…私の動きに合わせて歌うのはおよしなさい」
「そっそんなことしてませんけど…」
「ブツブツと聞こえたわよ、こんな時に『マリア様の心』を口ずさむなんてまったく」
「わっわっわっすみません!」
どっと笑いが起こる。
その笑いは絶頂の寸前で止められ、必死に腰を振って続きをせがむ私を嘲笑するように聞こえる。
そうだ。その時私はそんな姿を晒してでも祥子の張り型に突き上げられたくて仕方がなかったのだ。
惨めさがつのる。
祥子の動きはまたゆっくりしたものに戻り、私は歯を食いしばろうとした。
そうでなければこの煮えたぎるような疼きに耐えられそうもない、そう思った。
こんな目に遭わされながら尻を振って欲しがる女だと思われたくない。
だがもうあごに力が入らず、あう、あう、とうめくことしかできない。
それでも何とか口を閉じようとしていると、今度は腰をくねらすことを押さえきれない。
だめだ、私はまだ人だ。まだ、まだ人間でいたい。
おおげさかもしれないが、私はまだ大真面目にそんなことを考えていた。
祥子はそんな私の葛藤を承知の上で、張り型の動きを早めようとしない。
「あぁっうっううっ!」
お尻に何か、入って来る!
「んっんんっんんん〜〜〜っ!」」
「お姉さま、ど、どうかなさいましたか!?」
「…すみませんお姉さま、わたしのせいです。ロサキネンシスのお尻、てらてら濡れてひくひくしていたので…」
「つい指を入れてしまった……ということね」
「申し訳ありません……」
「良いわよ、祐巳。そのまま手伝ってちょうだい」
「はっはい!頑張りますお姉さま!」
祐巳ちゃんはそのまま私のお尻を蹂躙する。
祥子も負けじとお腹の奥まで突き上げ始めた。
祐巳ちゃんの指使いは祥子の動きと同時だったり、段々同期がずれて交互になったり。
前と後ろが奏でる祥子と祐巳ちゃんによるハーモニーは私を夢中にさせてくれた。
私はひいひいよだれを垂らしながらあえぎ、祥子と祐巳ちゃんの名を何度も叫び、イク、イク、と声が裏返るまで連呼し続けた。
ありがたかった。
私は祐巳ちゃんのおかげで、一瞬でもこの現実から離れることが出来たのだから。
イクゥ〜と、肺の中が空になるまで絶叫しながら、意識が遠ざかっていった。
異臭で目が覚めた。
なにか体中にまとわりいてとても重い。
顔になにか熱いものがべちゃりと張付いていて不快になる。
何か最初はわからなかったが、顔を背けながら横目で見ると、それはぱっくりと開いた女性器。
「ロサキネンシス、お目覚めになったんですね」
遠くからそんな声と、それから歓声が聞こえる。
「私の…舐めていただきますね」
そんな声と共にぐしゃぐしゃのそれを口に押しつけられる。そうか、これの臭いだったのね……。
多分さっきから顔の上に座わり擦りつけていたのだろう、私は舌を這わしてその動きに答える。
「あああぁあぁっ、うれしい、ロサキネンシス、ずっと夢見てきたんです、あなたと、あなたとぉぉっ」
すすり泣く声、その告白は歓喜に満ちていた。
私の身体は床に敷いたマットに降ろされ、全裸の少女達が群がっていた。
両腕にも腿にも臑にも少女達は性器を押しつけ激しく擦りつけている。
手の指も足の指もべたべたに舐められ、彼女達のクリトリスや膣の中、肛門の中にまで導かれている。
もう身体を動かす力は残っていないけれどせめてと思い指を動かしてあげると、途端に喜びの声があがる。
私の膣や肛門も誰かが弄んでいて、私をまた絶頂に押し上げ、そのまま昂ぶらせ続ける。
馬鹿になってしまうぐらい気持ちよかったけれど、お返しは出来ないから、ひたすら顔の上の性器をしゃぶった。
少女達は絶頂を迎える度に何度も何度も入れ替わり、常に私の全身に愛液を塗り込み続けている。
時折何人かが嬌声を合わせて同時に絶頂に至り、崩れそうな姿勢を抱き合って支えたりする。
そんな時の彼女達は美しかった。
だから、次から次へと私の顔に押しつけられる性器もすべて愛おしいと思った。
舌で恥毛をかき分け、包皮をねぶりクリトリスをほじってぐるぐる舐め回し。
尿道を吸い舌を使って膣から愛液をすすり出して。
途渡りにねっとりと唇を這わし肛門に舌をねじ込んであげる。
あ、このほくろは…さっきも舐めてあげた子だわ……いいわ、何度でも舐めてあげる。
何度でも何度でもイって、イって、イってちょうだいっ
その代り私を、イ、イ、イかせてッ、もっと、もっと、イカせてッ、イッ、イカセテッ、イカセテッ、えぇぇ……
マットの上に一人横たわる私。
あごが痛い。
全身がひりひり熱い。
少し動こうとすると顔や身体から乾燥した愛液がパサパサと粉末になって剥がれて落ちる。
ところどころぬるぬるするのは漏らした小水で愛液がもとの粘液に戻ったせいか。
「お姉さま」
祥子は私の横たわるマットのすぐ側でひざまづいていた。
そのとなりには祐巳ちゃん。
そして私達を取り囲むように、みんながいた。
「さようなら……ロサキネンシス」
お姉さまはいつでも私達みんなのお姉さまでした
でもふとした折りに垣間見えたお姉さまの伏し目がちな表情
お姉さまは本当は
本当はロサキネンシスであるご自身がたまらなく厭だったのではありませんか?
もうご卒業なさるお姉さま
私達は今日いただいた思い出を心にしまって、
この思いを断ち切ります
もう『薔薇様』でなく『蓉子さま』にお戻り下さい
そしてもしお許しいただけるなら
お姉さまの重荷にならぬように、また
『お姉さま』、『蓉子さま』と呼ばせて下さい
さようなら、ロサキネンシス
みな目には涙を溜めていたが、表情は明るかった。
祥子にも祐巳ちゃんにもさっきまでの影はひとかけらもなかった。
また目を閉じる。
あんな目にあったのに、なぜか多幸感に包まれてゆく。
暖かくなってゆく。
卒業式当日。
それでも、またやってしまった。
病欠の卒業生の分の白いコサージュを二年生から預かる。
それをてのひらに乗せて、なかなか変われないものだなとと思う。
脱皮したてのように、まだ身体がギシギシきしむ。
だがそれをつらいとは思わない。
廊下に整列する時間だと、クラス委員が呼びかけ始めた。
さぁ、卒業式が始まる。
いつからか、わたしたちはキスをするようになった。
わたしたちのお姉さまはどちらも優秀だけどもろいところもある、そんな方々だから。
妹としていたらぬために支えになれないことも多くて、悲しくなって。
でもご負担にはなりたくないから、誰もいないところで落ち込んで涙を流してたりしてたら。
お互いそんなときはすぐわかっちゃうから、そっと寄り添って。
気持ちのキャッチボールをするんだ。
話したりうなずいたりしているうちに、そんな気持ちは。
乾いていって、ぼろぼろになって、どんどん小さくなっていって。
気持ちが小さくなってもちゃんと受け止めるために、わたしたちはもっと寄り添っていって。
近づいていって
どんどん近くなって。
そしてもう目と鼻の先にいて。
目をとじて、顔を少しかしげて、唇をかさねて。
また失敗してしまった。
お姉さまから言い付かっていた、申請書の回収が集めきれなかった。
サークル別の申請書を明日までに取りまとめて学園に申請しなければならない。
今日中に回収できなかった分は明日のお昼も使わなければまとめきれないだろう。
締め切りが守れなければ他のサークルにも迷惑がかかってしまう、大事な仕事だということ。
知らないはずはないわよね、とおっしゃって。
今日はこれ以上仕事が出来ないから失礼するわ、と帰ってしまわれた。
わたしに沢山の雑事を申しつけて。
もちろんお姉さまはご承知だ。
申請書を忘れたり、書き途中だったり、漏れがあったり。
提出できなかったサークルの責任者が悪いんだってこと。
でも生徒たちがお互いに秩序を守ってきたからこそ今のリリアンがある。
わたしは山百合会の威厳でも何でも使って回収すべきだった。
お姉さまはわたしを誰もが認める薔薇様となれるようご指導して下さっている。
お姉さまの気持ちがわかっているから、こんな自分がふがいなくてなさけなくて。
みんなが帰って静かになった館で、そんなことを思って頭の中がぐるぐるしてきたとき。
ゆっくり扉が開く音がして。
帰ったはず、、なのに。
「教室で時間をつぶしていたの」
「、、ありがとう」
ゴム底の内履きのキュキュって音が近づくたびに。
頭の中の熱が粒のように散ってどこかに行ってしまう。
「大丈夫?」
「もう終わったよ、あとは片付けだけだよ」
「仕事じゃなくて気持ちのことよ」
すぐ目の前のまっすぐな瞳に自分が映っているのが、なぜか恥ずかしくて目を閉じる。
でもついちょっと首を傾げて、ほおに触れてくるのを待つ。
外から来たばかりだから唇が冷たいのは当たり前、でも私のほおですぐ暖かくやわらかくなる。
だからあやまらなくていいよ。欲しかったのはわたしなんだから。
「ごめんね」
「いいんだ。ほっぺも暖めさせて」
お互いにほおずりしてると面白い。
ほおの感触って本当に不思議。
同じところでもさらさらしてたりふわふわしてたり。
急にぴとってくっついちゃったり。
不意にくすぐったくなって逃げちゃいたくなったり。
そんなことを不思議に思っているのはわたしたちだけなのかな。
目を閉じて待ってる、誘ってる。
気持ちがぽーんってゆっくり放物線をえがいてこっちへ飛んでくる。
わたしは胸をはって、両手をひらいて、全身で受け止める。
わたしの腰にまわされた手があたたかい。
唇も、すごくあたたかい。
からだの芯も、あたたかい。
ぱささっぱさっ
集められた申請書は沢山じゃなかったけれど。
おちた時に空気を切って滑空していって、けっこうちらばってしまった。
落としてしまわれたお姉さまは、悲しそうだった。
わたしの代りにお姉さまが集めてくださった申請書。
こんな時間になったのは、きっと一枚一枚せかしたりなだめすかしたりして集めたのだろう。
その骨折りはきっと山百合会のためでなく。
笑顔のわたしと一緒に帰るために。
とうに私から離れた唇は扉に向かい。
「わたしが誘いました」
って一言残し。
足早に外へ。
床をみていた。
お姉さまの顔が見られないから。
キュキュて内履きの音が近づく。
でもさっきとちがう。ぜんぜんちがう。
私は立ちつくす。
どんどん近づく。
逃げるなんてしちゃいけない。
でもぶつかってくるような早さに、つい一歩下がってしまった。
とたんにどんってつきとばされて。
床に当たったせなかがいたい。
お姉さまの重みにおなかがいたい。
すぐ目の前のお姉さまの視線がいたい。
初めての、お姉さまの唇。
でもその唇はつめたい。
ひざから這い上がる指もつめたい。
わたしの手首を掴む左手もつめたい。
ショーツにかかる指が腰にふれて、とてもつめたい。
申し訳なかったからか、こわかったからかはわからない。
わたしは抵抗しなかった。
身をゆだねたのではなくて、抵抗しなかっただけ。
お姉さまの唇がわたしに垂らす蜜も。
今まで知らなかった舌の感触も。
初めて受け入れる指も。
胎内を蠢くおぞましい感覚も。
全部なんだかわからずにいて。
でも声を抑えることができなくて。
涙を抑えることができなくて。
お姉さまがハンケチで指を拭きながら、ぎこちなく私に言葉を掛ける。
「帰りましょうか」
その言葉に従って、ぎこちなく身支度をつくろい。
ぎこちなくスクールコートを羽織り。
ぎこちなく、ぎこちなく。
正門への並木道を二人で、伏し目がちにして歩く。
姉妹、友情、仲間、恋、裏切り。
また、ぐるぐるしてくる。
途切れ途切れの嬌声。押し殺した喘ぎ。
私より豊かに、美しく膨らんだ乳房は、揉みしだくと指が沈み込むような感触がある。
ああ、祐巳。祐巳。
喘ぎながら悶えながらお姉さまは私の名を呼ぶ。
いつもの凛とした声音とのギャップが微笑ましくて、私は尚更目の前の肢体をいじめる。
背中につつぅ……と指を走らせれば、お姉さまは「ひゃうっ」と悲鳴を上げて仰け反る。
桜色の乳首を甘噛みすれば、さらなる刺激を求めるように私の頭を抱き締める。
太股に垂れるほどに濡れた秘襞をかき分けるように指を入れれば、感極まったように痙攣する。
陰核をきつくひねり上げると、高い高い声を上げて絶頂に達した。
――ああ、お姉さま。
もっともっと。
もっともっともっと。
もっともっともっともっと、はしたない姿を見せて下さい。
失禁したって構いません。私はそれすら愛しましょう。
失神してもいいですよ。意識があろうがなかろうが、私のやることは変わりません。
耳元でそう囁くと、お姉さまは怯えたような、けれども淫らな期待に濡れた表情を浮かべてくる。
お姉さま、大好きです。
私はにっこり笑っていつもの言葉を囁き、前と後ろの二つの穴に指を差し込んで、敏感な個所を力任せに掻き回した。
声にならない絶叫を最後に、じょろじょろと尿を垂れ流して意識を失ったお姉さまの姿を、私は美しいと思った。
暦は五月。
梅雨の気配が近づいたこの時期、長袖では汗がこもり、半袖では肌寒いという中途半端な大気が街を満たしている。
夕陽はいつしか姿を消し、灰色の空が窓から望めた。
もちろん下校時刻はとうに回っている。
私は反省する。
思いもかけず熱中してしまった。
失神してしまったお姉さま、意識のないその肢体をまさぐるのが楽しくて、ついつい時間を忘れてしまったのだ。
でも、仕方ないとは思う。
意識があろうがなかろうが、お姉さまの体はひどく敏感で、感じやすいのだ。
糸の切れた人形のように倒れ伏した肢体が、そのお尻の穴を舐め上げる度にびくりと震え、陰核をつつく度に足を突っ張らせ、
胸を揉みしだく度に身をよじらせるのだ。
膣に指を三本突っ込んでかき回すと、混濁していた意識が一瞬だけ覚醒し、絶頂に引き上げられた後、また失神してしまう。
その反応が楽しくて、ちょっとやり過ぎてしまった。
意識がない間だけで、お姉さまは七、八回は達してしまっているだろう。失禁は三回していた。
薔薇の館、その二階の会議室――
私たち山百合会の巣穴ともいうべきこの部屋の床は、汗と体液と尿とでべとべとに濡れていた。
念入りに掃除しなければ匂いが残ることになるだろう。
まあ、それこそ今更だ。
私は苦笑した。
この館に出入りするようになってから半年ほど。
何人もの人たちと、私はここで肌を合わせた。
現山百合会――お姉さま、令さま、志摩子さん、由乃さん、乃梨子ちゃんはいうに及ばず。
少し前までは先代の薔薇さま方とも。
特に聖さまと愛し合うことが多かった。
あの方は寂しがり屋だったので、一時は連日のように体を重ねていなければ不安だったらしい。
意外というべきか、蓉子さまとも機会は多かった。
単に免疫がなかっただけなのかも知れないが、私の味を教えたら、一度ではまってしまったのだ。
あの方の愛撫は未熟だが初々しくて、私も嫌いではなかった。
あの二人に比べれば、江利子さまはかなり淡白な方だった。
たまのセックスも、体を使ったゲームのような感覚であったように思う。
より深く、より強い快感を探求するための、愉しいゲーム。
あの方はどちらかというと、髪を撫でたりとかキスをしたりとか、そうした何気ない触れ合いこそ価値を置いていたようだ。
蓉子さまとは対極的だが、それはそれで私には心地よかった。
今でも先代の薔薇さま方とは時に連絡を取り合い、外で会って体を重ねたりしている。
私はお姉さまも、聖さまも、蓉子さまも、江利子さまも、
由乃さんも志摩子さんも令さまも乃梨子ちゃんも桂さんも静さまも瞳子ちゃんも祐麒も――
皆々、大好きだった。
火照った体を冷気で覚ましていると、傍らでお姉さまが身じろぎする気配があった。
うめくような声を上げながら、ぼんやりと目を開いている。
ねぼすけの子供のような――あどけない子供のような、無垢な表情。
おそらくは清子小母さまも見たことがないのだろう、私だけが見ることのできるその表情。
私に抱かれた者は、個人差こそあれ、皆同じような顔を見せてくれる。
すべて、私のものだ。
彼女たちのこうした表情を。肢体を。心を。
見るのも汚すのも愛すのも、すべてはこの世でただ一人、福沢祐巳だけに許された特権なのだ。
ねえ、お姉さま?
私は私の所有物に呼びかける。
もう校門は閉まってしまいました。
携帯電話はお持ちですか? なければ私のを使って下さい。
おうちに電話して、そう……令さまの家に泊まるとでも。
夜はまだまだ続きます。
もっともっと、朝までずっと。
壊れるくらいに愉しませてさし上げます。
――どうして、こんな事になっているのだろう。
冷房の効いた部屋。飾り気のない書棚に並ぶのは様々な時代小説。
思わず文机とでも呼んでしまいそうな、飾り気のない机の上には筆入れ代わりのマグカップにノート、辞書の類。
そしてシンプルなデスクランプ。
部屋の一角を占めるベッドのシーツや枕カバーなどは、それでも女の子らしい雰囲気ではあるけれど、
質実剛健と言う言葉がよく似合う部屋の構成は、部屋の主である方の内面を知っている私からしてみたら、
確かに納得行く事だ。
けれど外見的なイメージからしてみたら、寧ろその方よりもその方のお姉さまがより一層似合うだろうと思う。
飽く迄、単なるファンに過ぎない人達から見ただけの、外見的イメージからすれば、の話だが。
内面が部屋のイメージにぴったり合う先輩である由乃さまは、
ベッドに腰を下ろし床にクッションを敷いて座っている客分である私達に向かって笑っている。
そして外見的に見て部屋のイメージに即した人、由乃さまのお姉さまであり、
現在リリアンで黄薔薇さまと呼ばれ高等部全生徒に慕われている方は。
「ねぇ、由乃。何で私こんな格好で……」
下着姿で、ベッドに寝かされていた。
黄薔薇さまの大切な箇所を包む白地にピンク色の水玉模様のある下着の上下はとても可愛らしくて、
けれど普段の凛々しい姿からすると少しイメージからずれている様にも見えて、そのアンバランスさ加減が、
悲鳴とも言える訴えと相俟って何処かいやらしい。
その声を聞いた黄薔薇さまの妹である由乃さまは、きっ、と効果音でも挿入しなければ
申し訳ないくらいと言う勢いで振り返り寝転がされている黄薔薇さまを見ると、強く言ってのけた。
「もう、令ちゃんッたら往生際の悪い。学校からここに来るまでもちゃんと説明したでしょ!」
「それは聞いたけれど、でも叔母さん達もいつ帰ってくるか分からないし……」
「令ちゃん忘れたの?それとも惚けているだけ?
うちの両親と令ちゃんちの伯父さん伯母さん、二組で今夜は出掛けて来ると聞いたわよ?」
「……それは、うちでも聞いたけれどさ。晩御飯も二人で食べておいてとも。
でも、何かあってすぐに帰ってきたら」
「明日は土曜日なんだし、きっとのんびり飲んで帰ってくるわよ」
由乃さまの言葉に、黄薔薇さまは口を噤んでしまった。
いや、口を噤んでいるのは黄薔薇さまだけではなかった。
部屋の真ん中に据えられたシックな木目の丸テーブルには、
氷を伴っている薄茶色の液体で満ちた五つのグラスが汗を掻きながら並んでいる。
そしてテーブルの周りには、クッションを敷き床に腰を下ろしている人間が私を含めて三人いた。
由乃さまの剣幕に思わず慄きつつグラスに手を伸ばした白薔薇さまであり私の姉である志摩子さんと、
所在無げにベッドを見つつ、けれど黄薔薇さまを直視できず頬を赤らめている紅薔薇のつぼみである祐巳さま。
共に由乃さまの事も黄薔薇さまの事も良く知っているお二人ではあるけれど、
流石にこんなシチュエーションは想定外のものだったらしい。
そもそも想定外と言えば、この集い自体がそうなのだけれど。
紅薔薇さまである祥子さまが早退した後、由乃さまの言葉であれよあれよと言う間にここまで来てしまったが、
本来祐巳さまに対しての講釈を由乃さまがされると言うだけであって、
志摩子さんや私までが付いてくる必要は無かった訳なのだけれど。
付いてくる必要は無かった訳だけれど、正直私は、興味深々だった。
姉妹となってまだ二ヶ月程。男女関わらずそう言った行為は、知ってはいたけれど全く興味が無かった。
興味が無かったどころか、寧ろ汚らわしいとまで思う程だった。
ただ、志摩子さんと知り合って紆余曲折ありながらも大切な時を過ごしている内に、
私の中にこれまでとは違う何かが生まれてきている事を感じ始めていた。
胸の高鳴り。息苦しさ。それが何なのかを薄々感じていながら、
けれど誰にも何も言えないまま過ごして来た時間の流れ。ただ流れるだけのそれに身を任せる事に、
愈々苦痛を感じ出したのはいつだったのだろう。
けれど他の誰に言えたとしても、志摩子さんだけには言える筈は無かった。
こんな汚らわしい思い、こんな独り善がりな思いが受け入れられるなんて思わなかったからだ。
話を聞く限りでは、昨年卒業された志摩子さんのお姉さまは、
きっと心の深いところで志摩子さんと繋がっていたのだろう。
だから深く確かめ合う必要が無かったんじゃないだろうか。
私はそんな関係に憧れを覚えはすれど、嫉妬を覚える事は無かった。
何故ならそう言う関係を築く事が私には無理だからだ。
そんな中だった。由乃さまの言葉が、私の心を突き動かしたのは。
そしてそれは、志摩子さんにとってもそうだったのに違いない。
頬を赤らめ私の方を見た数時間前の志摩子さんの顔、今でもはっきりと瞼の裏で再生が出来る。
「……乃梨子、どうしたの?」
その言葉に、漸く私は我に帰る事が出来た。
声のした方を向くと、志摩子さんが怪訝そうな顔をして此方を見ている。
頬が赤らんでいるのは、きっと黄薔薇さまの格好の所為だろう。
もしかしたらそうじゃないかも知れないが、そう思っておく事にした。
「お、お姉さま。いえ。何も」
「そう?……ごめんなさいね、乃梨子。私の我侭で」
「ええっ、何言ってるんですか。……わ、私だって」
「乃梨子……」
「お姉さま……」
「はい、カーット!」
思わず入り込みそうになっていた二人の世界を邪魔したもとい元の世界に戻してくれたのは、
ベッドの上にいた由乃さまの一声だった。
「お二人さん熱いのはいいけれど、今夜はたっぷり時間があるから」
そう言って笑う由乃さまの声に、私は頬が熱くなるのを感じた。志摩子さんの頬も、真っ赤に染まっている。
由乃さまの言葉は尤もだった。今日は黄薔薇さま以下、全員由乃さまの家に泊まる事になっているのだ。
そしてそれに参加しようと言い出したのは、私ではなくて志摩子さんの方だったのだ。
薔薇の館で由乃さまが愛の講習合宿をすると言い出した時、私は是非とも参加したいと思っていた。
もとより由乃さまは私達も参加するものと決め付けている様子ではあったのだけれど、
私が気になっていたのは志摩子さんの事だった。
志摩子さんに汚らわしいと思われる事が嫌だった私は、それを言いだす事が出来ずにいた。
言い出そうにも言い出せない、このまま由乃さまに強引に引っ張られていくと言うのも手かも知れない。
けれどそうしたら志摩子さんは果たして一緒に行ってくれるのだろうか、
私だけ嬉々として付いて行って、志摩子さんに嫌われやしないだろうか。
そんな事を考えていた私の顔を覗き込んでいたのは志摩子さんだったけれど、
私は一瞬それと気付く事が出来なかった。日が翳ったな、
などとぐるぐると思考の回る隙間で考えてはたと気付いた時には
志摩子さんのほんのりと耳まで赤らんだ顔が目の前にあった。
思わず慌てふためく私に向かって志摩子さんは、小さな小さな、蚊が啼くよりも小さな声で呟いた。
「……乃梨子、もし嫌じゃなかったら」
その声を聞き気付かれない様に周りを見ると、由乃さまも黄薔薇さまも、
あたふたと言う状態を顔一杯に表現している祐巳さまとじゃれ合っている。
此方の様子を気付かれる事はないだろう。
だから私も、出来る限り小さな声で志摩子さんの言葉に答えた。
「志摩子さんの誘いに、嫌な事なんて何もないよ」
「そう、良かった。私、乃梨子に嫌われたら如何し様かと」
耳まで真っ赤に染めて俯きがちに上目遣いでそんな風に志摩子さんが言うものだから、
私の返事のボリュームが大きくなる事は、致し方のない事だ。そうだ、そうに違いない。
「私が志摩子さんの事を嫌う訳がないじゃない!」
だからそんな私の声に振り向いた由乃さま、黄薔薇さま、
それに祐巳さまの顔が怪訝そうなものだったとしても、私は何も恥じる事はない。
ただ、白くて透き通る様な肌の志摩子さんが全身真っ赤に染まりながら、
人差し指を口に当てて目を潤ませながらこちらを見たその姿は、とてもとても恥ずかしそうだった。
そんな事を思い出しながら内心で鼻の下を伸ばしていた私は、由乃さまの言葉で我に帰った。
「さて、お集まりの皆様。これより黄薔薇姉妹による、愛情作法講習を行いたいと思います……。
さ、拍手拍手」
小声でそう言った由乃さまの言葉に、ベッド下の特等席に座った私達は釣られて拍手をした。
ベッドの上にいる黄薔薇さまは精気が抜けたと表現するしかない様な表情で虚空を見上げていた。
そんな黄薔薇さまを見た由乃さまは、強い口調で、けれど少しトーンは押さえ気味に言った。
「令ちゃん、しゃんとしてしゃんと。黄薔薇さまとしての威厳と言うものを見せなきゃ駄目なんだから!」
「こんな格好でどうやって威厳を見せろって言うのよ」
そんな黄薔薇さまの言葉は一々尤もだと思ったが、それを言い出しては話が続かないと思い、私は黙っていた。
普段そう言う突込みを入れない志摩子さんは兎も角、
顔を見る限りでは祐巳さまもどうやら同じ様な事を考えているらしい。
きっといつもの様に由乃さまが何かを言って話を進めてくれるだろう、そう思いながら静観していた。
けれど由乃さまは予想外に、黄薔薇さまに向かって何も言いはしなかった。
「由……ん、んん……んん……」
いきなりスカートを翻し寝転がる黄薔薇さまに覆い被さった由乃さまは、
自らの唇を黄薔薇さまの唇に重ね合わせたのだった。
いきなりの様子に、ベッド下にいる私達は呆気にとられていた。
唇が吸い付く音。唾液が絡む音。誰かが唾を飲み込んで鳴った喉の音。
私は思わず、テーブルに手を突いて食い入る様に見てしまった。
たっぷり一分程の口付けを終えると、由乃さまは身を起こした。
唇が離れる時、透明な唾液が糸を作っている。
由乃さまは唇に付いたそれを舌をぺろりと出して舐め取ると、にっこりと微笑んだ。
「レッスン、ワン。熱いキスは全ての始まり。
強情な心すら蕩かす程のキスは、幾千万に亘る説得の言葉に勝る」
由乃さまは一気にそう言うと隣に寝転んでいる黄薔薇さまを見た。
私達も視線に釣られて黄薔薇さまに目をやると、先程までの厳しい非難の眼差しはどこへやら、
先輩に対して失礼ながらすっかり骨抜きになった、もとい棘が抜け落ちた黄薔薇さまがいた。
伏し目がちにシーツの皺を数えている黄薔薇さまを満足げに見下ろした由乃さまは、
ベッド下で唐突に始まったこの成り行きをただ見守るしかない私達に向かって、大きく三度頷くと口を開いた。
「改めてレッスン開始よ。まずはキスの仕方から。唇、それに口の中はとても刺激に敏感なの。
だから、こうして……」
そう言うと由乃さまは寝転んだままの黄薔薇さまの腕を取り、引っ張った。
先程のキスが余程効いたのだろうか、黄薔薇さまはいとも容易く身を起こすと、
黄薔薇姉妹は私達が見易い様に互いに横を向き、唇を重ね始めた。
瞼を閉じた由乃さまと、元より目を伏せたままの黄薔薇さまは、互いに唇を幾度となく付けては離れ、
と言う繰り返しを行っていた。途中から重なる度にちゅ、ちゅと言う音が聞こえ始め、
十数度それを繰り返した後に二人の唇は長く長く重なった。
長く長く唇を重ねて固まった二人の姿は、何処か滑稽ではあるけれど何処か美しくて。
喉の渇きを感じ始めながらも私は、吸い付いて離れない唇から、もう目を離す事が出来なくなっていた。
長い長いキス、一つのオブジェとなっていた黄薔薇姉妹の中で、動き出したのはやはり由乃さまだった。
黄薔薇さまの口の中で何かが蠢いている様に見える。
それが舌である事が分かったのは、微かに唇の隙間から、ピンク色のものがちろちろと見えたからだった。
黄薔薇さまの口から吐息が漏れ出したのは、由乃さまの唇が黄薔薇さまの下唇を軽く吸った時だった。
熱い吐息と共に下着しか身に付けていない引き締まっていながらも女性らしい豊かな肢体が揺れた。
由乃さまは黄薔薇さまの唇を口の中を唇と舌で弄びながら、
これまでの数ヶ月の内で聞いた事も無い様な艶っぽい声を上げた。
「こうして、相手の様子を見ながら唇と舌先を使って、しっかりと愛撫してあげるの。
恥ずかしいと臆しちゃ駄目、照れは何も生み出さないわ」
「ン……由乃、吐息が掛かって……くすぐったい……」
「どうしたの、令ちゃん。くすぐったいのが、いいんでしょ?」
「ん……由乃ぉ」
そう言葉を交し合うと、また黄薔薇姉妹は自分達の世界へと戻って行ってしまった。
喉の渇きは一層酷くなり、私はテーブルの上にある麦茶の入ったグラスを手に取り、口を付けた。
グラス越しに志摩子さんの横顔が見える。
耳まで赤いそれを見て、たった今喉を潤したにも拘らず、私の喉の渇きは一層酷さを増した。
そうこうして私がグラスをテーブルの上に置いた時には、目の前では次の展開に移っていた。
由乃さまは黄薔薇さまの唇から離れ、頬や耳たぶ、首筋にキスを繰り返していた。
かと思えば首筋やうなじに舌を這わせている。
ちろりちろりと動く舌はまるで意思を持ったエロティックな生き物の様で、
舌先に注目している内にまるで、私まで舐められている様な錯覚を覚え、思わず身体が震えた。
「レッスンツー。十分キスをして相手をその気にさせたら、じっくりと相手の身体に触れていくの」
由乃さまはぐったりとしてしまった黄薔薇さまの背中を抱えうなじに舌を這わせながら、そう言った。
吐息がうなじに掛かるのだろう、黄薔薇さまはぴくぴくと身体を震わせながら、
熱い吐息だけを吐きながら由乃さまに身を任せている様に見える。上下するブラに包まれたたわわな胸に、
思わず目が奪われてしまう。
由乃さまは黄薔薇さまの髪に触れ、耳を噛み、鎖骨に唾液を垂らし、脇腹に手を回した。
その指の動き一つ一つがしなやかで、思わず見蕩れてしまう。
黄薔薇さまは由乃さまの動き一つ一つに過敏に反応し、熱を吐息と共に送り出す度、
私の身体まで熱くなってしまう。
「優しく、優しく触れてあげてね。相手の緊張を解きほぐす様に。相手の心を、焦らす様に」
そう言うと由乃さまは、黄薔薇さまの首筋にキスをした。
そこがきっと黄薔薇さまの弱点なのだろう、大きく溜息を吐いた黄薔薇さまは、
瞳を潤ませながら小刻みに震えている。
「由乃……やン、やめて……」
「こうして相手がやめてと言ってきた時は、気持ちがいいと言う証拠よ。もっと激しく攻めてあげて」
「ああ、や、やめて……由乃ぉ」
由乃さまは容赦なく首筋を攻め立て、黄薔薇さまは首筋を身を腰を悶えさせている。
首筋を攻めながら、するりするりと黄薔薇さまの腰にあった手を動かした由乃さまは、
黄薔薇さまの可愛らしいブラの肩紐に手を掛けた。その一瞬身を強張らせた黄薔薇さまも、
由乃さまが首筋に軽く噛み付くとへなへなと身をくねらせてしまっていた。
両の肩紐を外して二の腕に垂らすと、由乃さまは黄薔薇さまの顎に左手を添え、
後ろを向けさせて唇にキスをした。濃厚な、舌の絡まるキス。
黄薔薇さまの舌の動きも、先程とは違ってとても積極的だった。
「ああ……」
黄薔薇さまがそう呟いた時、黄薔薇さまのブラは垂れ下げられた両腕に引っかかり、
形の良い乳房が顕わになっていた。恥ずかしさが身を焦がしているのだろうか、
黄薔薇さまの頬から胸に掛けて、鮮やかな紅に染まっていた。
「レッスン、スリーよ。胸は女性の証よ。それを優しく、優しく攻めてあげるの。
乳房も乳首も、全てが気持ち良くなる様に。……さぁ、令ちゃん……寝て」
そう言うと由乃さまは、優しく黄薔薇さまの肩を抱いてベッドに横たわらせた。
その際に引っ掛かったままのブラを取り去る、その自然な手の動きは私には職人の域にすら思えた。
身を倒した黄薔薇さまの胸は、枷を失った喜びを表す様にたぷん、と揺れた。
思わずじっとその様を見ていると乳首が突き出ている事に気付いてしまい、胸が熱くなってくる。
ふと目を志摩子さんの横顔に向けた時、頬染めた志摩子さんの顔が此方を向いている事に気付いた。
けれど目が合ったか合わないかと言う一瞬の間に、
志摩子さんは目を逸らしてベッドの上に視線を戻してしまった。
そんな志摩子さんの仕草に、また胸が熱くなった。
「知っての通り、乳房も乳首もとても敏感だから、まずは優しく掌で胸を優しく包んで、
ゆっくりと揉んで上げて。そうしながら掌の真ん中で、乳首にも優しく刺激を与えてあげるといいわ」
そう言いながら由乃さまは、黄薔薇さまの豊かな左胸に右手を添え、円を描く様に優しく力を加えていた。
まるで自分が触れられているかの様に感じてしまい、ブラに触れている胸がうずいているように思える。
そんな自分自身に気付いた私は、急に恥ずかしくなってしまい顔中に血が集まってしまったかの様に熱くなった。
けれどそんな中にありながらも、ベッドの上の情景から目をそむける事が出来ずにいた。
「そうして刺激を十分受けて乳首がこう言う風に硬くなったら、こうして乳首にキスをしてあげて……」
そう言い終るや由乃さまは、黄薔薇さまのピンク色の乳首に口付けをし、そのまま咥え込んだ。
「ああっ……由乃、いや……」
熱い吐息が絶えない黄薔薇さまの口から、悲鳴と言うには弱弱しくそれでいて熱っぽい声が零れる。
そんな声を聞きながら由乃さまは、黄薔薇さまの乳首に吸い付き、舌先で転がし、
そして舌を乳房に這わせたり乳房にキスをしたりと、忙しげに口を動かしていた。
かと思うと、不意に由乃さまが顔を上げた。そしてベッド下にいる一人に視線を合わせると、口を開いた。
「祐巳さん、ここからは実践レッスンをしてみない?勿論初めてのキスは、祥子さまに取っておくとして」
声が向けられた方に目を遣ると、顔を赤らめ目くるめく世界に今にもダウンしてしまいそうだった所に
いきなり話を振られた祐巳さまは、文字通り目を白黒させて瞼をぱちぱちと痙攣させながら
由乃さまを見上げていた。
「え、え、え、え、え、何、何言ってるのよ、由乃さん」
「今日の目的の一つは、祐巳さんが如何に祥子さまとの初めてを迎えられるか、と言う事なの。
けれど見ているだけじゃ分からない事は多いわ、だったら実践した方がいいの」
「でも、でも令さまは」
「令ちゃんが相手だと言うのがいや?それとも恥ずかしいの?気にしなくていいのよ、
ここにいるのはマネキンだと思って」
「そ、そんな無茶な……令さまぁ」
由乃さまの一方的な論法に閉口した祐巳さまは、無防備に寝転がっている黄薔薇さまに目を向けた。
けれど黄薔薇さまは何も言わず、ただ熱っぽい視線を祐巳さまに向けて投げ掛けている。
まんざらじゃないのだろうか。それとも寧ろ、祐巳さまにされる事を望んでいるのだろうか。
黄薔薇さまにこんな一面があったなんて、きっと誰に言っても信じて貰えないだろう。
黄薔薇さまが頼りにならない事を悟った祐巳さまは、もう一度由乃さまの方へと目を向けた。
すると由乃さまは、それを待っていたかの様に微笑を浮かべると、口を開いた。
「祥子さまのためよ、祐巳さん」
その言葉は祐巳さまにとって、まさに殺し文句だった。
祐巳さまはのろのろと立ち上がると、ベッドへと近づいた。それを待っていたかの様に黄薔薇さまは呟いた。
「祐巳ちゃん……」
「さぁ祐巳さん、私と同じ様にするといいわ」
黄薔薇さまの呟きを満足そうに聞いた由乃さまは、祐巳さまの右手を取りそれを黄薔薇さまの右胸に触れさせた。
びくん、と固まったのは祐巳さまと黄薔薇さまだった。
顔を一層火照らせながら、黄薔薇さまは吐息を熱くしている。
おっかなびっくりぎこちなく手を動かす祐巳さまの顔も真っ赤だ。
そんな様子を見ていた由乃さまは、徐にベッド下に残った私達の方を向き、口を開いた。
「白薔薇のご両人も、ぜひ実践レッスンをしていいのよ?
身体を重ねなければ、相手の事を全て知る事は出来ないわよ」
そう言ってウィンクをした由乃さまは、ぎこちなく手を動かし口を動かす祐巳さまに向かって、指導を始めた。
私はその時、志摩子さんと互いに赤らめた顔を向け合い、固まってしまっていた。
期末テストの試験休みが明けた何もない日。
生徒指導室でのことを思うと母親の小言の待つ自宅へ帰る気がしない。
かといって厭な顔に遭うかも考えると学園内をうろつくこともできない。
温室もには近づくことすら。
結局薔薇の館に足が向いていた。
でも今の私にはお姉さまの前に立つことすら辛い。
だから窓明かりの無いことを確認してから館の中に進んだ。
しかしビスケット扉を開けたとき私は最悪の選択をしたことを知った。
薄暗い部屋のテーブルに一人。蓉子がいた。
蓉子はほおづえをつく姿勢で、でも顔をこちらに向け驚いている。
そう、ここで立ち去ることも出来たかも知れない。
でも私は蓉子の表情に少し笑みが浮かんだのを見てしまった。
私は意地を張った。
「ごきげんよう」と声を掛けて水回りに向かうと、ポットの電気はまだ入ったままだった。
「おかわり、いる?」
「カップにまだあるから」
「アイスティーの季節じゃないでしょ」
返事を待たずにカップをもうひとつ出してポットと共に白湯で温め始める。
湯気が上がる。しかしよっぽど腹が立ったのかその温かさでもこの苛立ちは和らぐことはなかった。
それはもちろん紅茶の香りが立ち上ってもだ。
両手でカップだけを持ち蓉子の前にひとつ。離れた席に私のをひとつ。
蓉子は少し頬に赤みを差しながら、そして一口飲んで感謝の言葉を口にした。
私は無言で飲んだ。これは意地、だったから。
蓉子も何か話したい素振りだったがもう何も話さず、刻が過ぎた。
「入れてもらったから私が片付けるわ」
アイスティーの入ったカップと空なのに湯気の残るカップと。
ふたつのカップを持ちながら流し台に向かう蓉子。
でも私はまだ一人で居たかったから。蓉子にさっさと出て行ってもらいたかったから。
「私が片付ける。蓉子は帰っていいよ」
その言葉に蓉子はまた笑った。
その唇の端の形に。
私の怒りは沸点に達した。
私が苛立っていることに気付いているくせに、笑みを返してくるなんて。
なんて言ったのか自分でもわからない。
大声で何かをわめき散らして出て行こうとした私を蓉子は腕を取って止めようとした。
触った。
私を触った。
私が知る中でもっとも嫌悪する俗物が、この私を。
だから咄嗟に立てかけられていたフローリング用のホウキを掴み、打ち据えてやった。
一度打てばあとは何度でも同じ。
二の腕を打って、身体を捻ったところで背中を打つ。
そして反らされた胸を、腰を、かばおうとした手を。
不格好な舞を踊る蓉子は面白かった。
特にモモは痛そうな悲鳴をあげるので繰り返してやった。
そのうち背中を丸めしゃがみこんだので胸に一突きしてやる。
蓉子は「ギャッ」と呻きながら床に仰向けになったので、今度は馬乗りになり頬を張る。
何か言いかけたのでもう一発。
抵抗したのでまた一発。
何度か平手打ちをしてやると大人しくなってきた。
いい気味だ。
本にあったことを片っ端から試す度に蓉子は顔を歪め苦悶の声を漏らす。
あの蓉子がこんな無様な醜態を晒すなんてお笑いだ。
だが。
いつの間にか私の笑い声は止まっていた。
可笑しい筈なのに声が出ない。
頬が熱い。目頭が熱い。
蓉子の身体に水滴が撒き散らされて、傷に沿って留まる。
解っている、蓉子は暴力を恐れているんじゃない。
解っている、蓉子は私のために必死で耐えていること。
でも蓉子。
でもあなたに何がわかる。あなたに何が。
蓉子の想いは私には伝わらない。
そんなものは知らない。
例えホウキの柄を沈め込んだ時の絶叫が耳を覆いたくなるものであっても。
そんなものではまだ、私の叫びをかき消すことは出来ない。
数日の後、蓉子は再び登校してきた。
顔の腫れはなかったが、体育を見学したらしいからまだ身体は痣だらけなのだろう。
親に顔を見られないように部屋に引きこもって氷でも当てていたのか。
普段と変わらぬ様は私への意地だろうか、相変わらずの努力家だ。
でも私には何の感慨も与えない。
そうして終業式の日を迎える。
生涯忘れえぬクリスマスイブを。
「志摩子さんっ!」
息を切らせてドアを開けた乃梨子を、私は笑顔で迎え入れた。
「良かった……来てくれたのね」
「あったりまえよ。だってこんな横暴、許せないもの!」
アメリカから文字通り飛んできてくれた可愛い妹は、ぽんぽん威勢の良い口調で飛ばした。
私はほっとして、少し目の前がぼやけた。このところずっと気の張り通しだったのだ。
「ねえ、乃梨子。どうすればいいの、私……。修道院が無くなっちゃうなんて」
つぶやくと、乃梨子はそっと私の手に触れた。
「志摩子さん、大丈夫」
「でも……」
自分が身を捧げなければ神の家が無くなるのだ。
耐えに耐えて男との結婚生活を送っていても、万が一、男の機嫌を損ねるようなことが
あれば、一瞬にして修道院は無味乾燥な駐車場に姿を変えるだろう。一生、我慢し続ける
ことが自分に出来るかどうか、自信がなかった。
「どうにかして、取り戻してみせるから!」
「……そんなこと、出来るの?」
「腕利き弁護士に任せてよ。私はまだ力不足かもしれないけど、水野先輩に頼めばきっと!」
乃梨子は言った。
「水野先輩、って、蓉子さま?」
「うん。同じ事務所なの。バッジ取ってまだ間もないうちからずっと負け知らずなんだから」
まるで自分のことのように乃梨子は誇らしげだった。私は小さく笑んだ。
「頼りにしてるわ」
「任せといて、志摩子さん。はい、お守り」
乃梨子は私の首にロザリオをかけた。
「これ……」
「懐かしいでしょ。とっておいたの」
乃梨子はそう言って笑むと、部屋から慌ただしく出て行った。
取り残された私はしばらくぽつんと座っていた。
ため息ばかりが部屋にこもる。
「……着替えないと」
傍らには豪奢なウェディングドレスがマネキンに着せられて飾ってあった。一生着るこ
とは無いだろうと思っていたのに、こんな風に着るようになるなんて。何十回ため息をつ
いても、つききれない気がした。
控え室のドアを小さく開けて、手伝いの人を呼んだ。組の関係者なのだろう。黒いスー
ツを着た、がっちりした体格の女性は、まるで睨み付けるような顔で、着替えを手伝ってくれた。
私が礼を言うと、真四角の顔のまま彼女はうなずき、部屋の外へ出て行った。
純白のドレス。肘までの長手袋。確かにきれいではあった。
自分の姿を鏡で見て、小さく首を横に振った。ひどく憂鬱な気分のままでいた。
神様は見ておられる。神様はすぐそばにいらっしゃる。
それを私はいつでも感じている。
それなら何故救ってはくれないのか。
神様の妻が一人で寂しく座っているのに。
これもまた神の思し召しなのかもしれない。
祈りの為に己を捧げる覚悟を試しておられるのかもしれない。
それならば私は耐えよう。
そう思いながらも、ため息は絶えない。
ぼうっと胸元のロザリオを見やった。
窓からの光に輝いている。
神々しく、美しく、梅雨の合間の日の光にまぶしいほどだった。
光を見るごとに、心の内がざわめいて仕方がない。
私は、神様を裏切っているのかもしれない。
自分がつとめてきた神の家に固執せず、他の修道院へ移って、神との結婚を続けるべき
なのかもしれない。
そんな考えも出来るかもしれないけれど、私にはそれを信じ込むことが出来なかった。
神の教えを一人でも多くの人に広めるのが、神様の望んだことだ。
それなら、私はこの教会を潰すわけにはいかない。
この教会を守るために、神様と結婚していることは出来ない。
だから今、神様とさよならの交わりをしようと思った。
自分の肩へ腕を絡めた。冷房のせいか、ひどく冷えていた。
ため息をついて暖めた。ほっ、と手袋に熱い息を吹き込む。
あいた胸元へぬくもった手を当てた。やはり首筋から鎖骨にかけて、氷のように冷え切っていた。
鎖骨に、手袋のレースが触れた。
かすかにざらりとしたレースの感触は、普段、自分が身体に触れるときの感覚とは違っていた。
身体の内にひどく、違和感がある。
小さく唾を飲んだ。手袋のままの右手を胸元でかすかに動かす。
はっ、と熱い息がひとりでに漏れた。
鎖骨のくぼみに沿って、少しずつ、少しずつ焦らすように撫でていく。
ほんの指一本分の長さを動かすのに、たっぷり三十秒はかけてなぞっていく。
これは、かみさまの、手だ。
頭の片隅で、そう思った。目を閉じて自分の指先に集中する。
人差し指を首筋から鎖骨にかけて、往復させる。
ほとんど触れるか触れないかのぎりぎりで、皮膚をなぞり、そのたびに身体の熱がこもっていく。
「……っ、」
息を吐いて、止める。自分の中の熱を全て解き放つように、熱い熱い息を吐く。
「かみさま、」
小さな声で、愛するものの名をつぶやいた。
右手で、首筋を左上へたどっていく。どうどうと音を立てて流れていく血流を指先で感
じた。やがて冷たい金属に触れた。左耳のイヤリングだった。大きくごてごてとしていて、
ずいぶん悪趣味だとプレゼントされたとき感じたのを覚えている。
それをかいくぐって、自分の耳の後ろへ指先を向ける。つるつるした手のひらの布地が
おとがいにするりと触れて、それだけで熱が高まった。
「ん、っ」
耳朶から親指を這わせ、奥へそっと触れた。穴の中へ一瞬爪の先が触れただけで、吐息
が漏れ、肩が小さく震えた。
腕の下で、心臓がとくとくと鳴っている。
熱い。胸の奥がひどく熱い。
右手で小さく耳をもてあそびながら、左手で心臓を服の上から押さえる。
むりやり強調された胸の谷間へ、中指の先だけが触れた。
そこからじわりとドレスの間へ手を差し入れていく。ふんだんに使われたレースはまる
で茨の棘のように、ちくちくと私の肌を刺し、それがかすかな痒みを伴って、私の肌をい
やらしく灼いていく。
「かみ、さま……」
柔らかな右の乳房を神様の手に捧げた。小さく凝った先端を手袋の先で愛撫する。
そっと擦るだけで、快感が芽吹いていく。
もどかしければもどかしいほどに、自分の中で渦巻く何かが大きくなっていく。
膝から少しずつ力が抜けていく。指先を動かすばかりで、他の全てが失われてしまいそうだ。
「ん、ぁ、っは……」
水の中で息を継ぐように、顔を上げて息を吸って、こみあげる声を殺す。ずるずると壁
にもたれた。
右手を耳朶から離す。代わりに何段にも重なったレースの上から、下腹部をそっとなぜた。
そこは、待ちこがれるように、蠢動していた。
耐えきれず、床にへたりこんだ。ひどく冷たいフローリングの床の上に、ふんわりとド
レスの裾が広がった。
本当に、このドレスはきれいだ。
頭の片隅が、ぼんやりそんなことを考えている。
「ん、ぁ、かみさま、か、み、さ、ま……」
うわごとのように、名前を呼ぶ。呼びながら手は独りでにドレスをたくし上げていた。
昨晩、組の経営するエステで丁寧に磨き上げられた脚が、冷たい外気にさらされていた。
じゅんじゅんとしみ出て、下着を濡らし、床を濡らしていく愛液を、手袋に塗りつけた。
しみ込まずにてろてろと光っているそれを、まんべんなく花弁へ回す。
ひどくもどかしい。いつまでも神様に届かない気がする。
「いゃ……」
下着を足首まで下ろした。愛液が流れ出て、きれいなドレスを汚してしまうかもしれない。
それでも神様へ届きたかった。
左手も下へまわした。花弁を広げて、芯をあらわにする。べっとりとした滴が手袋を滑
りやすくする。こするほどに大きくなる芯へ、突き出すように腰が動いていた。
「っふぁ……」
つるりと花弁が逃げた。それだけでひどく恋しい。
思い切り広げて、指先を入れた。十分に濡れそぼったそこは、簡単に受け入れていた。
「んぅ……ふっ」
一本では足りない。二本でも届かない。三本でも、まだ。
激しく動かして、腰を振って、それでもどこへも届かない。
神様は遠い。
「ぁ、ああっ、ふぁああっ」
声を出して、自分を駆り立てた。
嬌声は祈りの声。狂おしいほどの祈祷を叫んだ。
無意識のうちに胸元のロザリオの鎖を引き千切っていた。ばらばらと玉が散る。
手にしたその十字架へ、花弁を捧げた。
奥へ、奥へ、届く限りの芯の奥の奥へ突き入れた。自らの重みを使って、貫かれて血を
流すまで自分自身を突いた。何度も、限りなく何度も。
かみさまに、わたしを、捧げた。
「んっ、ぁ、かみ、さま、あっ、うぁん、やっ……ぁっ!」
小さく腰がはぜ、私は達した。
荒い息を少しずつ納め、小さく目を開けた。
そこに、聖が、お姉さまが立っていた。
にこりと笑んで、立っていた。
「きれいだね、志摩子のそこ」
私は、硬直したまま動けなかった。だらしなく広がったままのドレスの裾をかき集める
ことさえ出来なかった。
どうして、ここに。
そんな疑問さえ口に出せなかった。
「来て良かったわ。いいもの拝ませてもらったし」
静かに笑んだまま、お姉さまはかつかつとヒールの音を響かせて歩いた。目の前で立ち
止まって右手を伸ばす。
「立てる?」
「え……あっ!」
私はあわてて乱れたドレスを直し、立ち上がろうとした。
が、長い裾を踏んで、かくりと膝を折る。
「慌てなくてもいいよ」
苦笑するお姉さまの手を借りようとして、あわてて引っ込めた。
手袋は、それと分かるほどに汚れていた。
「す、すみません……」
「謝る必要なんて、無いわ」
お姉さまは迷ったままの私の右手をつかんだ。
自分でもぬるりとそれが滑るのに気付いて、恥ずかしさでいっぱいになった。
「だって、まだこれは続くもの」
「え」
目を見開いたままの私を、お姉さまは抱き寄せ、口づけた。
ぺたん、と子供のように私はまた床に座り込んでいた。
「訳が分からないという顔をしてるね、志摩子」
お姉さまはさもおかしそうに、私のそばへかがみ込むと、いい子いい子をするように髪
をなぜた。
私が少しだけぴくりとしたのをお姉さまは見逃さなかった。
「感じる?」
「……何を、ですか」
問い返しながらもまだかすかに高鳴ったままの熱い心臓を自覚する。答えは明白だった。
お姉さまは答えない。私の右手をつかんだまま離さずにいる。私は羞恥のあまりに、床
を見つめていた。
「これが、神様の右手?」
やがてお姉さまが問うた。
私も答えない。これもまた明らかだった。
「きれいね」
「そんな、ことは」
「きれいだと思うな、私は」
お姉さまは言うなり、汚れたままの手袋にまるで騎士のようにうやうやしく口づけをした。
「っ!」
私は振り解こうとして、できなかった。
「思い出すわね、文化祭の劇のこと。演目はシンデレラで、舞踏会のシーンがあったでし
ょう? 私が隣国の王子様で、あなたが花嫁候補。組んで踊ったわ。そのときも、手の甲
にキスを」
お姉さまはゆったりと思い出を語る。
私はそれどころではなかった。
「今日はどんな用で……っ!?」
いいさした私にまた、口づけが降りた。
深く深く舌先が私の中を踏みにじって、甘苦い唾液を送り込む。痺れるような甘噛みに
混じって、ちりちりと官能が脳髄を刺した。
息が荒くなっていく。体中が熱く、何かに触れただけではじけ飛んでしまいそうだ。
相手の唇から、とろりと何か、唾液に混じって冷たいものが流れ込んできた。
かすかに目を開けて抗議するが、強く吸い付けられた舌は離れられなかった。
氷のように冷たい錠剤が、口の中で溶けていくごとに甘苦い味が広がった。
じんわりと疼痛のように、脳髄が痺れていく。口の中がひどく熱いのに、溶けていく錠
剤だけが異様なほどの冷たさで、けれどそれも少しずつ小さくなっていく。
やがて熱だけが私の身体を占める。荒くはき出した息がお姉さまの頬に当たって跳ね返
って、自分の熱を自覚させる。
冷房の効きすぎた部屋はさっきまで凍えるようだったのに、いつの間にか私は上気して
何かを待ち望むように、太ももをこすり合わせていた。
ふっ、とお姉さまは鼻で笑った。
笑われても当然だと私は思った。
口づけたまま、お姉さまは私の背中に手を伸ばす。まるで薔薇のつぼみが開くようなゆ
っくりさで、私の背を人差し指だけで撫でる。純白のドレスのファスナに沿って、計算し
たような微かさで爪を浅く立てる。
どれぐらいの強さでどれぐらいの速さで私に触れれば良いのかを、お姉さまはしっかり
覚えている。十年近く前にあった秘め事の些細な癖を、覚えていてくれる。
唇がふさがれていて、本当に良かった。
呼吸が苦しくて、その苦しさに紛れて、お姉さまにすがりつくことが出来る。
かみさま、これは、仕方のないことなのです。
心の中だけで祈る。
腕を絡め返して、身体を押しつける。触れて欲しいところ全てを強く強く押しつける。
ただ触れるだけで駆り立てられてしまう焦燥感を全て、お姉さまに預ける。吸われ、もて
あそばれるばかりだった口づけは、こちらからも浅く舌を返すようになる。柔らかく濡れ
た舌先が唇だけで甘く噛まれ、解かされていく。
と、お姉さまが口づけを外した。
「志摩子、変わらないね」
笑んで、言った。
「お、ねえ、さま、こそ」
息もたえだえに私は返した。すぐにでも口づけを再開したかった。少し息をするだけで、
喉が渇いて、足りなかった。身体全体が渇いて、飢えて、耐えきれなかった。
「私は本気では誰かを愛せない。昔、そう言ったよね」
お姉さまはどこか寂しげに笑んだ。
「……ええ」
お姉さまのお姉さまが、残した言葉。まるで呪いのように刻み込まれている。
いつだって私を抱くときはまるで何かのついでのように抱いていたことを思い出す。
わざと礼拝堂で。わざと薔薇の館で。わざとたくさんの女の子と一緒に。
何かに対する冒涜のようにしか、私はお姉さまに抱かれなかった。それでも大人しく抱
かれていた。それだけで何かを得たような気分になっていた。
今日という日は、あの日々の続きだ。
「だから、本気で浮気をしに来たよ。志摩子」
口ではふざけたことを言っているのに、お姉さまはひどく真剣な目をしていた。
その目を見ていたくなかった。目を閉じて、こちらから口づけた。
その目はずっと昔から同じだ。
かつて本気で愛したひとのことを考えている時の目。
どうして、わざとそんなことをするのだろう。ひどく悲しくなった。
目を閉じた暗闇の中、誰かの手が私の身体を燃やしていった。
背中から肩胛骨、うなじへゆっくりと手を伸ばし、長く伸ばしたままの髪の毛を撫でて
いく。胸でもなく、下腹部でもなく、身体全体をゆっくり愛おしげに微かに触れていく。
ただそれだけのことで私の身体はひどく熱くなる。口に含まされた媚薬のせいばかりでは
なく、私の身体に染みついた習性。
ああ、きっとこれも神様の手だ。
私の身体に触れる手は、神様以外にはありえないのだから。
神様にこの身体を捧げる。神様に、べったりと染みのついた手袋で触れる。見えない神
様の頬を私の身から流れ出た滴で濡らす。神様は私の指に吸い付く。強く、神様の唾液で
私は濡れていく。神様は私の指を噛みしめる。
「っ……」
痛みに少し顔をしかめてしまった。
「ごめん、痛い?」
神様は、ひどくきれいで澄んだ声をしていた。
私は小さくかぶりを振ってそれに答える。
私は身体で、神様を受け止めている。熱を帯びた身体を神様は同じ熱さの指先でまさぐ
る。じゅんじゅんと、さっきから収縮を繰り返している花弁は、待ちきれないもどかしさ
を堪え切れずに少しずつ何かを流し出している。
「ん、」
背中のファスナが外される。胸元が緩められて私は大きく息をついた。
襟ぐりから下着越しに胸の突起を触れられる。十分すぎるほど硬くなっている。
耳元を通り過ぎる吐息が甘い。
「志摩子、成長したね」
「んっ……ふっ」
「私の手に余ってる」
返事らしい返事が返せなかった。吐息をつくだけで精一杯だ。
「自分で、育てた? それとも誰か、他の人?」
くすくすと笑いながら、私の下着をゆっくり緩めていった。あいた隙間へ暖かな吐息が近づいていく。
「ぁ……み、さま、が」
「え?」
「かみさっ……ま、が、なさいました」
言ってすぐ、強く強く乳房を吸われた。
「あっ!」
堪えられずに私は声を上げた。
「なんだか嫉妬しちゃうね、神様に」
その声に、ゆっくり目を開けた。
神様ではないその人は、ひどく傷ついた顔をしていた。
「すみま……ふ、ぅんっ!」
謝ろうとした時、またさらに強く突起を噛まれた。
私はしっかりとお姉さまの頭を抱え込んだ。その人は、まるで子供が泣くように震えていた。
「私は、神様、嫌いなんだ。昔からずっと恋敵だからさ」
冗談めいた口調でそう言う。柔らかい乳房の間に頭を埋めたまま、今にも死にそうな顔をして。
「だから、ね、志摩子。今日は神様のことを忘れて、浮気してよ」
軽い言葉の裏側に、隠しきれない必死さが混ざっていた。
私は、ただ、うなずくしかなかった。
スカートがまた、たくし上げられる。けれど下着を下ろす手間はすでに省かれている。
滴り落ちるしずくで自分の太ももは冷たく濡れていた。それをかき集めるように、すっと
彼女の手が内側をさぐる。ぬるりと滑っていくごとに、また新しい液体がにじみ出ていく。
「っふ、っく、んっ……!」
するりと入り込んだ指に、吐息の激しさを隠せない。耐えきれない。
「声、出してよ」
言われても出すつもりの無かった声が、ひとりでにほとばしっていく。
「っふっ、あっ、やっ……」
嬌声が祈りならば、これは誰に捧げられた祈りだろう。
神様のためでないことだけは、確かだった。
「すみま……ふ、ぅんっ!」
謝ろうとした時、またさらに強く突起を噛まれた。
私はしっかりとお姉さまの頭を抱え込んだ。その人は、まるで子供が泣くように震えていた。
「私は、神様、嫌いなんだ。昔からずっと恋敵だからさ」
冗談めいた口調でそう言う。柔らかい乳房の間に頭を埋めたまま、今にも死にそうな顔をして。
「だから、ね、志摩子。今日は神様のことを忘れて、浮気してよ」
軽い言葉の裏側に、隠しきれない必死さが混ざっていた。
私は、ただ、うなずくしかなかった。
スカートがまた、たくし上げられる。けれど下着を下ろす手間はすでに省かれている。
滴り落ちるしずくで自分の太ももは冷たく濡れていた。それをかき集めるように、すっと
彼女の手が内側をさぐる。ぬるりと滑っていくごとに、また新しい液体がにじみ出ていく。
「っふ、っく、んっ……!」
するりと入り込んだ指に、吐息の激しさを隠せない。耐えきれない。
「声、出してよ」
言われても出すつもりの無かった声が、ひとりでにほとばしっていく。
「っふっ、あっ、やっ……」
嬌声が祈りならば、これは誰に捧げられた祈りだろう。
神様のためでないことだけは、確かだった。
「あ、あぁっ、はっ、い、いい……」
「……彼女には確か、」
激しくかき混ぜられる合間、私の声に混じって、言葉が紛れ込んだ。
「……マリアさまがみているから」
「んぁぁ、っか、はっ、や、やぁっ……」
「……って言われたっけ」
私の代わりに、囁かれた言葉がまるで祈りのように聞こえた。
「あ、っ、あぁ、はっ、んっくぁ、ぅ……あ、あぁぁっっっっ!」
言葉をかき消すような声を上げて、私はその日二度目の絶頂を迎えた。
エアコンの効いた部屋のフローリングに、私は身体を横たえている。純白のドレスは見
るかげもなく汚れてしまっていた。私は不思議とそのことにぼんやりした感情しか覚えて
いなかった。ひどく空虚で、だるかった。指先一本動かすのさえ、つらい。
「浮気、しちゃったね」
お姉さまはそう言うと、そっと私の手を取った。暖かで、汚れた手。
「これって、罪、なのかな」
ひどく深刻な顔をしていた。私はその真剣さを崩すように、わざと笑んだ。
「私なんて、浮気現場をずっと見られてますわ。神様はお空から見ていらっしゃいますもの」
「ふふ、三年目の浮気、か。許してくれるような神様だといいね」
しかし我ながら古すぎるけどね、と言って笑んだ。そのまま口づけが降りてくる。それ
を避ける気力も無かった。
全てを失う感じというのは、こんな感じなんだろうか。
この姿を見たら男はきっと激怒し、修道院は無くなるだろう。裏切った私を神様は許さ
ないだろう。お姉さまとのことはどうせ浮気。きっと明日には何もかも無くなるだろう。
体中が空っぽで、大切にしていたものがなくなってしまうのなら、それはもう、いっそ
すがすがしいように思えた。
唐突に扉が開いた。
身体がほとんど動かなくて、ごろりと首だけ動かした。
すらりとしたパンツスーツの足が二組並んで見える。
「志摩子さ……」
片方は乃梨子。名前を呼びかけて、私のあられもない姿を見て、立ちすくんでいた。
「聖。どういうことか説明してちょうだい」
もう片方は蓉子さまだった。凍り付いたような顔でこちらを見下ろしている。
「はは、蓉子。いい顔してるね」
私と同じように転がったままのお姉さまは、大きな声を立てて笑った。
言われた蓉子さまはひるまずに、冷たい目で見下ろしていた。
「ああ、しかし……まだうまく動けないな。もう少し経ってから来てくれればよかったのに」
「これでもずいぶん待ったのよ。馬鹿らしい話だけれど」
吐き捨てるように蓉子さまは言った。
「それって、のぞき見してたってこと? やーいデバガメすけべー」
お姉さまは子供のように茶化したが、蓉子さまは完全に無視した。
「あなた、大岡組の頭とどういう関係?」
「そんなの、言わなくても分かってるくせにね」
お姉さまはゆっくり手を天井へ向けて伸ばした。手を広げたり閉じたりしてしびれを確認している。
「それとも、知り合い、とでも言えば満足なわけ?」
「ただの知り合いは、夜中の四時に事務所を訪れたりしないわ。徹夜で飲み明かしたりも
しない。金庫番に名前と顔覚えられて、愚痴の種になったりもしないでしょう」
「じゃあ、愛人、とかかな?」
お姉さまの口調はあくまでおもしろがっているばかりだった。
「馬鹿いってんじゃないわ、聖。いいから権利書を返しなさい」
「うっわ、怖いなぁ、蓉子。すごい迫力だよ。さすが百戦負け知らず」
お姉さまはヤケになったように、笑い続けている。
「百回も法廷踏んでないわ」
「ものの例えよ」
ふっと、笑いがとぎれる。
気まずい沈黙が部屋を埋めた。
「志摩子を神様から奪うにはこれしかなかったんだ」
静けさの中に言葉が降りていく。
「彼とはmixイベントで知り合ってね。恋愛相談受けてる内に、友達になった」
相手も男っていうだいぶ特殊な恋愛相談なんだけど。お姉さまはそう付け加えた。
「彼の相手も熱心なクリスチャンでね。まあ、そっちはどうでもいいんだけどさ」
お姉さまはゆっくり身体を起こした。まだ少しだるそうだったが、薬はある程度抜けて
きているようだった。
「もう誰かを神様に取られるのは嫌だ、そう言ったら彼は共感してくれた。そこから先は
本当に簡単だったよ」
(私は、神様、嫌いなんだ)
ぼんやり霧のかかったような頭の中で、さきほどの言葉が回っていた。
たぶん、私は初めから全部理解していた。お姉さまが本当は誰のことが好きで、誰のこ
とを考えながら私を抱いたのか。
十年も前の思い出が、まだお姉さまを縛り付けている。私と同じように熱心なカトリッ
ク教徒で、シスターになったという彼女のことは話にしか聞いていないけれど、多分、簡
単に忘れられるようなものではないのだと、気付いていた。
だから、私は抱かれたのだと思う。
お互いに浮気だから。
だから、仕方のないことだと、神様に言い訳までして。
「犯人の告白、というわけ? 似合わないわ、聖」
「本当にね。どうしてこんな風にべらべら喋ってるんだろう」
心から不思議で仕方がない、というようにお姉さまは言った。
「神様が見てるからかな。懺悔? 分からないけど」
「ここは別に礼拝堂じゃないでしょう。ただの控え室」
蓉子さまがそう言うと、お姉さまはまた、笑い始めた。
「そうやって笑うの止めて。腹が立つわ」
「あはは、そうやって怒ってる蓉子がおかしい」
お姉さまは何かが壊れたように、笑い続けている。
楽しげなのに、ひどく、不安をあおる笑い声だった。
「あの!」
思わぬところから声がした。
「こんな……こんなひどいことをして、どうして笑っていられるんですか」
乃梨子だった。
立ちつくして、足がすくんで、なすすべもなくそこに居るのだと思っていた。一歩も動
けずに萎縮して、ただ状況を理解せずに居るのだと思っていた。
けれど、いつの間にか私の衣服を直してくれていた。私の傍らにひざまずいたまま、凛
として、お姉さまを見据えている。
そんな乃梨子がひどく輝いて見えた。その様は、さきほど引きちぎってしまったロザリ
オに似ていた。神様のことなどほとんど考えたことも無いだろう彼女が、誰よりも神々し
く見えた。
「笑うしか、ないよ。だって、そうでしょう?」
お姉さまはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
よろり、よろめきながら、今にも消えゆく火のように立っていた。
「さあ、どうしようか、志摩子。どちらを選ぶ?」
お姉さまは手をこちらへ差し出した。
暖かく、汚れていて、優しくて、私の何もかもを知っているその手を。
「私? それとも神様?」
状況は何も変わっていない。身も知らぬ男が、お姉さまに変わっただけだ。断れば修道
院はどうなるか分からない。
それにお姉さまに抱かれることは、嫌ではなかった。悲しいことはたくさんあるけれど、
割り切ってしまえばいつか慣れるのかもしれない。まるで母校と同じように居心地の良か
った修道院が無くなってしまうのはとても寂しい。
それでも、
浮気は浮気。本気には到底かなわないのだ。
お姉さまだって、それを知っているはずだった。
このまま受け入れるわけにはいかない、ということを。
私はゆっくりと身体を起こした。乃梨子が私の開いたままの背中を支えてくれた。身体
はまだ痺れていて、その手に対する感覚は無かった。
「神様を、私は選びます」
そう断言した私に、お姉さまは静かに問い直す。
「神様が許してくれると思う?」
「それでも、神様は私と共におります」
「なるほどね」
お姉さまは長い長いため息をついた。
その瞬間に、その火は消えたのだと思った。
あやうく声をかけそうになるほどの、切なげなため息だった。
「私は一生、神様には勝てないのかもしれないわね」
ぼやくようにつぶやいて、ポケットから携帯電話を取り出した。どこかへダイヤルする。
誰もが固唾を呑んで見守った。
「あ、もしもし、オータロー? 私だけど。プロジェクトGは失敗しました。直ちに撤退
ねがいまーす。はい、はい。え、あ、うん。えー、でも」
ちらっとこちらを見た。そして手招きする。
私は乃梨子に支えられて、どうにか立ち上がった。まだ足がふらついていた。
「オータロー、あんま怖くしないでよ。純真無垢なシスター藤堂なんだからさ」
お姉さまは、にやりとしてこちらへ電話を手渡した。
「もしもし?」
『あ、初めまして。大岡央太郎です』
清潔感のある声の男性が電話口に出た。ヤクザというよりは銀行員や公務員と言っても
通じるだろう。想像していたよりも若そうな声だった。
『このたびは、いろいろとご迷惑おかけしました。聖さんにはオレも頭が上がんなくて。
いろいろ説得はしたんですけど……結局、聞くような人じゃなかったし』
お姉さまとは言っていることがだいぶ違う。どうやらお互いに認識のズレがあるようだった。
『なんていうか、ヤケっぱちで。オレも振られたし、聖さんも振られたばっかで。なんか
もう、神様なんて居ないって、そんな気分だったから』
こうして声を聞いていると、ひどく朴訥そうな青年だと感じた。
『いや、でも、なんていうか、ふざけてたわけじゃないですよ。真剣、だったんです。だ
から、こんな賭を』
「え?」
賭なんて、初耳だった。
『どんな困難にも負けずに、神様のことをちゃんと信じてるような人がこの世にいるんだ
ったら、潔く諦めようって。諦めて相手のこと、ちゃんと見守ろうって決めたんです』
その言葉を聞いた途端に足の力が抜けた。乃梨子が慌てて支えてくれなかったら、また
へたりこんでしまうところだった。
『権利書は水野さんにお渡ししてます。オレ、こんなことになりそうな気がしてたし』
思い出すように、はあああ、と深いため息が電話越しに聞こえた。
『最近の女のひとって怖いっすねぇ……。オレ、ゲイで良かったなぁ』
彼のそんな言葉に顔がほころんだ。
礼を言ってから電話を切る。お姉さまに返した。微笑したままのお姉さまは、どうして
も私の目を見ようとはしなかった。
「じゃ、私は帰るわ」
私に背を向けて、ひらひら手を振った。
その寂しげな背中に、かけられるような言葉は見つからなかった。
私には黙って、見送るしか出来ないのだと思った。お姉さまが卒業してしまったときに、
何も出来なかったのと同じように。
ゆらゆらとかげろうのように、お姉さまが消えていこうとした瞬間。
「ちょっと待って」
そう言って、お姉さまの首根っこをつかんだのは、蓉子さまだった。
「な、何?」
まったく予想外だったのだろう。あっけに取られた顔で、お姉さまは言った。
「あのね、あれだけのことをして、大騒ぎして、謝罪の一言もないわけ、聖? リリアン
伝統の美しく清い魂をどこにおいてきたのよ」
「そんなの初めからないよ。あったらこんなことしてない!」
身も蓋もないことを叫んでいるお姉さまを見て、乃梨子がぼそっと言った。
「異様なほどの説得力がありますね」
私たちが呆然と見守っているうちに、ずるずるとお姉さまは部屋の外へ連れ出されかけ
ていた。普段ならしんと静まりかえっている廊下を、ドップラー効果のかかった悲鳴が通
り過ぎていく。
「両手をついてあやまったって、許してあげない」
「浮気ぐらい大目に見てよ」
「ぜっっったい、許してあげない!」
「大目に見てよーーーーー!」