解散風あおってあおられ 永田町神経戦
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050721-00000000-san-pol 挨拶は「ポスター作った?」/事務所用地確保
郵政民営化法案をめぐる攻防が続く中、多くの衆院議員は解散・総選挙に向け
半信半疑ながら走り出した。小泉純一郎首相は不成立なら解散に踏み切る構えを
示すが、参院では反対派揺さぶりの「解散カード」が効きにくく、成立のメドがなお
たたないからだ。こうした中、青木幹雄参院議員会長は反対派の急先鋒(せんぽう)
・綿貫民輔前衆院議長と二十日夜、会談し、互いの腹を探り合った。「吹き始めたら
止まらない」解散風は強まるのか。
「選挙用ポスターの写真、撮った?」
これが、最近の永田町のあいさつになった。自民党のある若手議員は「今月中に
新聞にチラシを入れる」、閣僚経験者も「選挙事務所用地をおさえた」と語る。
渋っていた与謝野馨政調会長も党本部でポスター用の写真を撮り、党幹部の一人
は後援会向けパンフレットを大量発注した。
「(解散の)声が大きくなると不安で準備をしかける。そうすると『もういいかげんに
やってくれ』という気持ちになりかねない」
野中広務元自民党幹事長は十七日の民放テレビで、「解散風」をこう解説した。
一人が準備を始めると、他の議員も浮足立って動きは加速する。ポスターもチラシも
選挙事務所もかなりの出費となるから、「カネがもたないから、早く解散してくれ」と
なりやすい。
「解散風」は、郵政法案が五日の衆院本会議で五票差で可決されてから吹き始めた。
ストッパー役の公明党も「首相が決断したら止められない」とあおった。
自民党の武部勤幹事長は、次期総選挙のマニフェスト(政権公約)づくりを指示。
三百選挙区のうち、二百六十四で公認予定者が決まり、さらに約二十の選挙区で
擁立を目指す。
問題は、造反議員の選挙区に新たな候補者を擁立できるかどうか。八月十三日
の会期末直前の衆院解散では、九月十一日投票が有力で、間に合わない。そこで、
いったん国会を閉幕し、改めて秋に臨時国会を開いて冒頭で解散、十月以降に
投票日を設定するという奇策もとりざたされる。
解散風をあおった形になった公明党も都議選に全力をあげたばかりで、本音は
反対だ。神崎武法代表は二十日、「自民党内の解散回避の動きを見守りたい」
としつつ、各党の動きに「気にならないことはない」と本音を漏らした。「公明党が
選挙準備を始めたら解散ムードが止まらなくなる」と警戒、本格準備に入れずに
いるからだ。ただ、東京21区の高木陽介氏ら新たに擁立を内定した選挙区候補
についてはゴーサインを出した。
一方、民主党にとっては政権交代のチャンス。だが、民主党は「廃案になれば
内閣総辞職が筋」(岡田克也代表)と、声高な解散要求は控えている。解散風を
あおると、自民党の反対派を萎縮(いしゅく)させかねないとの懸念があるためで、
総合選対本部の設置に二の足を踏んでいる。
しかし、実態は違う。執行部は、七−九月を選挙準備の集中行動期間と位置付け、
国会議員や公認予定者らにポスター張りや、企業・団体訪問を精力的に行うよう
文書で指示。既に二百五十八選挙区で公認予定者を内定、八月末までに残りの
選挙区を埋める方針。八月一日には公認予定者を対象に研修会を開く。
共産党は、七十選挙区で公認予定者を決定。全選挙区で候補を擁立した方針を
見直し、事実上の「野党共闘」も視野に置く。社民党も「衆院選闘争本部」を設置した。
解散風が吹く中、注目されたのが二十日夜の青木、綿貫両氏の会談だ。
綿貫氏は「過ぎたことは言わない。これからはあんたの番だ。頑張りなさい」と
エールを送ったが、青木氏が「参院は衆院に手を突っ込むことはしなかった」と
牽制(けんせい)すると、「私はいろいろ聞かれても『参院のことは分からない』と
言っている」と応じた。
「解散」をめぐる神経戦は採決ギリギリまで続きそうだ。
◇
《衆院の解散》憲法七条の「内閣の助言と承認」に基づき「天皇の国事行為」と
して行われるものと、内閣不信任決議案可決の際、「十日以内に衆議院が解散
されない限り、総辞職をしなければならない」との憲法六九条の規定に基づくものの
2種類ある。政府は19日、衆院解散について「新たに民意を問うことの要否を考慮
して、内閣がその政治的責任において決すべきもの」との見解を示した。民主党議員
の質問主意書に答えたものだが、「七条解散」は、内閣の政治的判断で断行できる
ことを正当化したものだ。
「七条解散」は現行憲法下で15回実施されているが、「天皇の政治利用に当たる」
との違憲論もあるほか、参院での法案否決を理由にした衆院解散には、「解散権の
乱用」との批判が与党内からも出たため、政府見解で正当性を強調、「伝家の宝刀」
を抜きやすくしたものとみられる。
(産経新聞) - 7月21日2時54分更新
901 :
国連な成しさん:05/07/22 07:24 ID:LkgVbetc
>>898-
>>900 いい記事ではないか。それだけに、産経を読む醍醐味は味わえないな。
参議院での郵政民営化は可決が確定的
政府に好意的なマスコミにはリーク済み
反政府の産経だけが蚊帳の外ってことですな。
基地外民主党は「幻の解散」になけなしの金使って自滅するわけだ
あと50年は自民党安定政権が続く。
皆様、おめでとうございます。
>>896 国民の命よりお家騒動収拾の方が大事だったと言ってるようにしか見えん。
904 :
国連な成しさん:05/07/22 11:03 ID:VY3wrMzs
荒らしのカキコミのぞいたら30スレもいってないような気がするけどどうだろう?
>>903 日本国や日本政府の悪口さえ言えれば
アスベストだろうが狂牛病だろうがなんでもありなのが
この新聞の特徴だな。
憲法を改正して、公共の利益のために発行禁止が
出来るようになった方がよい。
戻ってくる足音も、嬉しい報せには為り得ない。隠していた、いちばん弱い部分に触れられた。
自尊心の強い蓉子にとってこれほど大きな屈辱は外にないだろう。
私は張り詰めた糸を洋琴みたいに強く叩いてしまったのだから、それなりの結果は覚悟しなければならない。
硬い音を伴ってドアが開く。蓉子はさっきより少しだけ冷静に見えた。
微かに息を切らしている。どこかで泣いていたのだろうと思うのは、楽観的に過ぎる。
「…ごめん」
傍に寄るなり私の頬を張った。もう痛くない。それがあまりに悲しい。
お互い眼を逸らして初対面のように向き合って、時間が戻ることを願ってはみたけれど。詮無いこと。
「聖は被害者ではなかったの?」
平静を装っている。付き合いの長いせいで裏の表情も少しは読めた。
読んだくせに間違った答えを択ぶから私は馬鹿なのだろう。だから私は――
「蓉子を傷つけている」 「笑わせるわね」
「お願い、これを解いて。抵抗しないって約束する」
いまなら認められる。親友を救うためなら、一所に堕ちてもいい。
勘違いで非道いことをしたのだから、このくらいの償いは。
「関係ないわ。私は、あなたの傷つけ方を知っている」
「蓉子のことは嫌いじゃない」
「今更ね。けれど、それもどうでもいいことだわ」
眼の奥が冷たい。少なくとも親友を見る温度ではない。
「どうせ、すべて徒労に終わったもの」
生きている人間の温度でさえ、なかった。日が沈んで室内は色を落とした。
真っ暗な中で不安も感じないほどに。
「だから、残りを片付けて私の恋愛は終わりにするのよ」
蓉子は諦めていた。私は棄てられていた。恋愛……ああ、やっぱり。なのに、「もう遅い」と、それだけ。
「誰かが薔薇の館に入ってきたみたいね」
「蓉子! はやく、解いて…」
慌てた様子に噴き出す。何が可笑しいのか。
「あら、その格好も素敵よ?」
こんなところを見られたら私たちは戻れなくなってしまう。
それを疑繰る気もない。いまの状態は普通じゃないのだから。
「もう、止められないのよ」
階段を上る足音は確実に近づいてくる。足場なんてないのにちゃんと音は聞こえた。
「何を言って――」 息も続かない。
「入ってきたの、誰だと思う?」
…志摩子。
気づいているのに問った。自分がすべきこと。せずには居られないこと。
他人に傷つけられる前に自虐する蓉子は私よりも狡猾で、臆病だ。
だから最終的に傷つくのも棄てられるのも私のほうになる。
過去に戻れるかもしれないなんて幽かな希みは枷にしかならない。
「どういうこと…?」
「私はあなたを徹底的に傷つけたいだけ」
それが愛だと勘違いでもしたかのような言い分じゃないか。
「は…。この…っ」
言葉の代わりに視線を遣って私たちは疎通する。手に負えないのは自分も同じだった。
止められない。ようやく知るころには何もかも過去形になっている。蓉子が言ったことだ。
「失礼します」 「志摩子、入ってこないで」
「…お姉さま?」
声を追って扉のこちら側に来てしまった。
たとえ性的な匂いを知らなくても、察知くらいはできる。そこに間違いなく蓉子が付け入るだろう。
私にできるのは演じること。それと、騙すことくらい。
「あら、ここに志摩子を呼んだのは白薔薇さまではなくて?」
そういうことか、卑怯者。少なくとも私は罪悪感を持っていたのに。
「じゃあ私に会いに来たんだよね。見なかったことにして帰りなさい」
「その格好でお姉さまの振る舞いもないものだわ」
志摩子は私と蓉子を交互に見て理解を急いでいる。こんな矛盾をどう理解するのか興味深い。
自分の姉が縛られている状況で、信頼できるはずの二人から聴こえるのは朦朧とした齟齬。
「何の、冗談でしょう…?」
「冗談に見える? だとしたら大したのんびり屋さんね」
寧ろ私と蓉子に余裕が足りないんじゃないかと思う。
「出ていって。あなたは関わらないで」 「聖は面白いわね」
本当、正気なのはどちらなのか判らないほど。笑えない冗句だ。
「ごめんなさい、お姉さま。それは…できません」
「志摩子!」
怒鳴っても聞きはしなかった。私より融通が利かない。
「紅薔薇さま、これはどういうことでしょうか。白薔薇さまをすぐに解放なさってください」
そんなこと、頼んでいない。嬉しくなんかない。
「そうね。じゃあ、あなたと遊びましょうか」
逃げてって言ったのに。
「蓉子、やめて。志摩子は何もしていない」
「何もしていない、ということはないのよ。忘れられない限りはね」
それに忘れられなくしたのはあなたでしょう? と、蔑む。
蓉子が近づいても志摩子は退かない。この後に続くことくらい予想できるはずなのに。
解決できる鍵は今ここにはないから、犠牲者にもなれず被害者になるだけ。
「…言ったわよ? すべて徒労だって」
「無駄なことなんて、ない」
実際、私は悪しきものであれ蓉子に関わる感情を持つことができた。
無関心でなくなったのだから無駄じゃなかったということだ。
「だからといって、そのために無理を通そうとしなくてもいいものだわ」
「私より非日本人的だね」
効率ばかり求めて何になるのか。いっそ非人間的でさえある。
「疲れるのよ。誰だって苦しいのは厭なのではなくて?」
「生きることは苦しいことだって佛教が言ってたよ」
基督教も大して変わらない。
「あなたらしくない物言いね」
「蓉子が振ったんでしょ。…ああ、それとも逆だった?」
「……」
「叩いてくれればいいのに」
「悦ばせる気はないもの」
「…愛がない」 「愛しているわ」
「それが真実なら、私も愛を捧げるよ」
志摩子を前に、よく言えたものだ。
自分たちの言葉遊びに呆れている私を見て蓉子も笑みを消す。
「嘘は要らないの。あなたが愛しているのは志摩子でしょう?」
だから、ここに呼んだのか…。
「聖、どうしてほしい?」
そんなこと、訊かなくても解るだろう。
「…志摩子には何もしないで。ぜんぶ私が引き受ける」
「親切で訊いてあげているのよ」
正解のない問いだった。どう答えても大同小異。そのまま私の傷になって増幅する。
いちばん痛みが少ないのは、私が志摩子を傷つけるという選択、だろうか。
いまの蓉子は私以外を傷つける気はないはず。
はず…?
私は嘲った。酷い猿芝居だ。ただ諦めるという、それだけのための。
「…見られたからには、黙らせる」 「どうやって?」
だから暫定の正解はこうなる。
「私が、祥子にしたように」
「紅薔薇さまっ…!? 何を――」
小柄な志摩子が腕力で敵うはずもなく、いとも容易く羽交い絞めにされた。
「どうして、こんな…」
「お姉さまは黙殺するそうよ。可哀想にね」
私に発言権はない。たとえ何を言ったところで蓉子の享楽を手伝うことにしかならない。
いちばん大切な人を、私の分身を巻き込んでしまった。それを後悔するだけ。
「お姉さま!」
眼を背向けた。現実は怖い。
「いやっ!! お姉さま!」
助けを求める志摩子の視線から逃げる。
「お姉さま……」
感覚を殺して人形になって、その悲痛な出来事を窓枠に嵌め込む。
「そうね。『抵抗したらあなたのお姉さまが傷つくことになるわよ?』とでも言っておくわ」
「……」 馬鹿馬鹿しい。
「それとも『あなたのお姉さまが、あなたの辱められる姿を見たいそうよ』にする?」
志摩子は蓉子の腕に絡め取られて動かない。
「二人とも、いい顔をしているわね」
絶望の表情と、離人神経症の似せ物と。見比べて童女のように無邪気に笑った。
「どちらが似合っているかしら」
わざとらしく、こちらを見て合図する。
志摩子の身に降りかかる苦痛を考えると、蓉子の興を削ぐ言動はできない。
ならばせめて、私への希望を絶って憎悪に任せるほうが良い。
そうすることで志摩子を護れるのなら、裏切ることの罪くらい引き受けてやる。
「…志摩子、服を脱いで」
私からの命令に、祈るように眼を閉じた。神様なんてこの世界にはいない。
顔を覗き込む蓉子。佐藤聖という器はそれをどんな表情で見ているのだろうか。
「私は、お姉さまを信じます」
タイを解いて胸元を開けた。すぐ前の、闇の中で燦然と白い肌。
「そうだわ」
何に気づいたのか蓉子はぽんと手を叩く。
「ロザリオは?」
襟を引いてそこに無いことに気づいて尋ねた。
安直で、核心を衝いている。優等生はこういうところが器用で嫌らしい。
「答えないつもり?」
無論、志摩子は答えない。だからそれを見越して問いは私へと向かう。
「……」
接触した。いくら悔しがっても、ごまかしの延長上。
「…手首に」
それは、私と志摩子だけが共有していた過去だった。
「っ…!?」
悲鳴のように。応えても声なきものの声は届かない。
蓉子は茶番を眺めて冷笑を続ける。袖を捲っても、二人の絆を知ることもなく。
ロザリオを奪って…こともあろうに、姉妹の契りを交わす仕方で私の首にかけた。
「蓉子っ――!!」
「言っておあげなさいな」
そう囁いて私の肩に手をかける。救いを求める志摩子と視線が交わった。
どうすればいい? 枷を嵌められた私に何ができる?
すべての気分が萎えていく。立ち向かうことなんて出来はしないのだ。
これは夢から覚めるための儀式なのだから。
「お姉さま! お姉さまは私を捨てるんですか…!?」
志摩子!
私は、どう考えていいのかさえ、わからない。
「はっきりと、『あなたのことなんか好きじゃなかった』と、教えてあげるのよ」
咎のある私と出逢ってしまったから。分不相応なものを求めてしまったから。
そうしてただ蓉子の癒しだけが、他の誰も傷つけずに済む救いだったんじゃないか。
そんな嘘を信じて夢との境界が曖昧になる。厭だな…。
「妹になんて、しなければよかった」
自分でそう言ったのか言わなかったのかも記憶できなかった。
志摩子は表情を失くして自分から袖に手をかける。
制服を典雅に脱ぎ去る様相は、本来なら別の誰かの、たとえば祥子のものだった。
どこか霊的な舞のように魂を抜いてしまっている。
着ていたものを床に落として言いなりになっているのに気づいていないとも見えた。
「聖、あなたは志摩子とこういうことをしていたの?」
絶対に答えない。
「…そう。構わないけど」
下着姿に見惚れていることを隠そうとしても眼を離せなかった。
綺麗だ。蓉子に穢せるはずのない領域。
ただ私の言葉以外を受け容れないという信頼があるから。
背負うには重過ぎる。距離を誤ったら台無しになるのはわかっていた。
「子供っぽいわね」
志摩子への嘲笑にむしろ私のほうがカッとなる。
誰かに見せるためのものではない。私だけのものなのに。と、
蓉子の感覚と同期してしまって気が滅入る。罰って、そういうものだ。
「貧相だわ」
「っっ!!」
「あら、どうしてあなたが怒るの」
馬鹿な、逆上してどうするのか。私が怒っても喜ばせるだけだ。
「…べつに」
蓉子は志摩子と、唇を重ねることだけはしなかった。私はなるべく考えないようにしたかった。
「知っていて? あなたのお姉さまと祥子のこと」
乱れた呼吸は誰のものか、ふたつ。
胸をまさぐる蓉子の手に不快感を露わにする。それは、志摩子を苛んでいるということに直接する。
「……」
膝が震えていた。気持ちいいのだろうか。
繊細な指が下着の上から掠るように蠢いている。
二人の感覚が忌忌しい。蓉子の胸は背中に当たっているのだと思う。
「顔が赤いわ。お姉さまに見られるのはそんなに恥ずかしい?」
腰を引いて逃れようとしている志摩子の様子が、下腹部にお尻を押し付けて誘っているようにも見えた。
私を仲間外れにして眼の前で秘密を作っていることに焦燥を感じる。
躰が反応してしまうのは仕方ないと割り切ってもいい。それでも声を出さないのは意地なのだろう。
私なんかよりずっと強い子だから。辛辣な蓉子の指遣いにも頑なに耐えている。
それがどうしようもなく居た堪れない。
「こんなに濡らすなんて、思ったほど無垢ではないのね」
私を乱す嘘だということは解っていても目一杯突き刺さる。
「ほら、聖…よく見なさい。あなたの幻想なんて在りはしないのよ」
志摩子は眼を潤ませて私に縋った。どうにかしてあげたいけど、そんな力はない。
せいぜい気を紛らすくらいしか。
「…蓉子に対して、そう思うよ」
「……。手折ってしまおうかしら」
ぎゅっと強く摘んだ。反応してしまうことへの恥じらいに眼を逸らして返した。
蓉子は余裕綽綽で私を促す。志摩子を腕の中に抱いて、止まることなく指を進めていく。
「んっ…」
どうしようもない。
「……志摩子、我慢しなくていいよ。わかっているから」
だから私はもう一方の頬も差し出したのだ。
せめて右の頬を打たれても、何もせずにいられる程度には強くありたかったのに。
それでも妹だけは助けたかったからと、言い訳して。
「お姉さまっ……」
もう志摩子は耐えられそうになかった。執拗な愛撫から逃れられず、勝手に上り詰めてしまっていた。
私も顔を歪めた。
「志摩子!」
黙っているなんてできない。だって私と志摩子は人形じゃない、矛盾しているのが普通なんだから。
強く叫ぶ。たとえ失敗に終わったとしても。
「聖、あなたの声は届かないわ。距離が遠いもの」
どこまでも自嘲的に笑う。下着の中の指にぐっと力を入れたように見えた。
「あっ!?」
小さく短い悲鳴。躰の震えが止まらなくて、それでも蓉子は手を離してくれなくて、
私は置いていかれた。
「んんっっ!」
髪を振り乱して、爪先まで緊張させている。そのまま永く刻を止めたように動かない。
伝う涙を見た転瞬、私は合わせて虚脱感に漂った。
粗相したみたいに濡れていく内腿と白濁した蓉子の指先がひどく現実的で、
それは志摩子の生みたいなものを強く感じさせた。そんな幻想は懐いていなかったはずなのに、
すごく、厭だった。興醒めだと思った私の記憶を消したくなるくらい。
「ぅ…」
だから、志摩子を穢したのは私でしかなかった。
こんな感情を懐くなんて、どうかしている。妹に対してでもなければ、それ以上でもない。
「…はぁ……はぁ……」
振ら振らと喘がせながら、罪を受け容れた眼で私を見る。なのに悲鳴を上げることもできない。
見蕩れてしまって逃げられなかった。眼を見られたくなかったし、感情移入してほしくもなかった。
けれど志摩子はきっと私の心を読んでしまっただろう。
「お姉、さま………」
「…っ!」
顔を伏せた。何もかもが遅い。すべてが済んでいる。
悟られた。私が屈したことも棄てられたことも、それに纏わる情動も。
お姉さまなどと、呼ばせなければよかったのに。
「志摩子、いまでも聖のことが好き?」
「……」
「馬鹿ね」
蓉子は口の端を上げて志摩子の胸の先を捻った。
「ん…!!」
「物分かりの悪い子だわ。揃いも揃って、白というのは蛍光灯の白かしら?」
「蓉子、もういい……」
終わりにしてほしい。
「答えなさい」
「好きです…。大好きです! 私は…それでも私は、佐藤聖さまの妹ですから!」
涙でぐちゃぐちゃになって、声を絞り出すようにして言った。
「お姉さまと私だけが――」
駄駄をこねる子供の仕種は鏡像のように、普段は見えない自分を映す。
やめてほしい。こんな茶番は見たくない。
「っ…」
もういいから…志摩子……
それでも蓉子は感情を隠すことなく微笑んでいる。
嗚咽が已むまで、その微笑を眺めていた。ひとつの言葉もなかった。
「服を着て、帰っていいわ」
「……」
志摩子は床に落ちた服を拾い集めて、制服のポケットに手を入れた。
髪に隠れて表情が見えない。時折ぐすっと洟をすする音と
事後の乾いて湿った音。自分が生きていることを思い知らされて
私と同じように惨めさを感じている。そんなの解りたくなかった。
「ポケットティッシュが足りなければ貸してあげるけれど?」
追い討ちは届かない。それほど志摩子は遠くにいた。
後ろを向いて下着をつける。決して私を見たりしない。責めてもくれない。
リリアンの制服を纏って、せめて表面だけは無風に、覚束ない足どりが離れていった。
それきり何も残らない。
「…これで、満足した……?」
「ふふ、そうね。あなたの泣き顔を久しぶりに見られたもの」
「どうせ…嘘泣きだ」
誰にも伝わらないのだから、本当のことには幾許の意味もない。
「聖。殺したいくらい私が憎い?」
どうでもいい。色色のことが億劫で考えるのも倦んでいる。
意識にさえ、上らなかったのだから。――この枷を、簡単に解くことができるなんて。
「気が乗らない」
そうしてでも止めてくれると思っていたのに。と呟いて蓉子は泣いたように見えた。
私は聞かずにそこを離れた。
剣道部に入部はしたものの、すっかり孤立してしまっている。
ちさとさんとはお互いみっともないところを晒し合った間柄。だからそれなりには良い関係ではあるけれど、彼女が時々のため息を吐いているのは仕方ないだろう。
それでもそのため息はわたしにではなく、この状況に対してのようなので不安とか負い目は感じずに済んでいる。
はしたないとわかっているから誰も口にしないが、「支倉令」を剣道部への入部理由を挙げる部員は多いはずだ。剣道部以外の全てをわたしに向けている令ちゃんがわたし以外の生徒と親しくする唯一の場といえる剣道部。
そこにまでわたしが乗り込んできたのだから、硬く言えば既得権益の侵害、ぶっちゃけ言えば嫉妬。きついことで有名な剣道部に入部までする令ちゃんファンにそう思われるのは理不尽ではあるが仕方がない。
と、わたしは考えていた。
わたしが入部後、はじめて令ちゃんが部活に来た日までは。
部室兼更衣室でみんなは道着、わたしはジャージに着替えようとしていた。
剣道部は実績があり部員も多いので部室も広い。ベンチに真新しいスポーツバッグを置き、中からジャージを取り出そうとすると、令ちゃんがやってきた。
声をかけようかと思ったが今朝あんなことがあったし他の部員に対して示しがつかないだろうからと会釈だけすると、令ちゃんも目を閉じるだけの会釈を返してきた。
ちょっとだけ安心する。
令ちゃんはいまわたしがいるところからはちょっと離れた場所が定位置のよう。まあ今は近くに寄らないほうが良いだろう。
タイをゆるめてごそごそと制服を脱ぐ。ワンピースはこういうときちょっと大変だから頭が抜けると「ふぅっ」て声が出た。
でもその声は静寂に満ちた部室に違和感を響かせ、わたしを驚かせた。
そう、静寂。
制服というトンネルを抜けると、そこは異次元だった。
さっきまでの雑然とした空気は消えなにか張りつめたものがある。
その中心にいたのは同じように制服を脱ぎ下着姿になった令ちゃんだった。
勿論わたしは令ちゃんの下着姿なんてよく知ってる。お出かけの前とかコーディネイトを合わせるために一緒に着替えたりするし、家族旅行で温泉にいけばオールヌードだって見てる。
でも周りのみんなの反応。ほぼ全員何事もなく着替える振りをしながらチラチラ令ちゃんを見ている。
ちょっと待って。みんな間違ってる。
令ちゃんファンが多いのはわかる。でもここは女子高だ。いまさら同性の着替えを見てどうしようというのだ。
と思った次の瞬間。
令ちゃんはブラを取った。
長身のスレンダーな身体に不釣り合いな乳房。
張りがあってでも柔らかそうなそれはブラをたたみ制服の上に置く所為に合わせてふるふると揺れる。
誰か、でも一人ではないため息が上がる。
ぱんつ一枚でバッグにしゃがみ込む姿。そのなだらかな背中の線や膝でひしゃぐ胸の形。まるで少女が沐浴する印象派の絵画を思わせる。
ハッと気付くとみんな令ちゃんに釘付けになっている。
ちょっと待ってよ令ちゃん、そりゃ練習後にシャワーも使うし下着も替えるのは当たり前でしょうけど、ちょっとは隠すでしょ!それじゃ幼稚舎の子供と変わらないじゃない!
飛んでいって「見るなーっ!」とかしそうになったが、距離もあったし既にそのタイミングは逸していた。
何も隠そうとしないまま、令ちゃんは(今どき!)サラシを取り出し部長さんに声をかけた。部長さんはちらっと申し訳なさそうにわたしを見たが、令ちゃんにサラシを巻く手伝いをはじめた。
乳房の形を整えようと持ち上げると薄いピンク色の乳首がちょっとつんとする。その途端今度はゴクリッと息を飲む音が聞こえる。
部長さんが巻きはじめるとやはりきつめにするものなのか令ちゃんの苦しそうな吐息が漏れ、それに合わせ空気がざわつく。
でも令ちゃんはというと、そんな雰囲気に全く気づいていなかった。
サラシが胸を変形させながら覆い隠したところで部室を見回すと、頬を赤らめるもの、呼吸の荒いもの、肩を震わすもの、はては内股気味に両膝を付けて座り込むものまでいた。
その中心で令ちゃんは少女とも少年ともつかない美しい存在として立っていた。
そういえば道着に着替える令ちゃんを見たのは久しぶりだった。
剣道部では応援するだけだし、令ちゃんちでは自室で着替えているし。
そうかぁ。そういうことかぁ。
納得した。
憧れの黄薔薇様の裸体が見られサラシを巻くなんてショーを毎日観せられたら。
きついことで知られる剣道部員が多い理由はここにあったのだ。
妹の知らないところで天真爛漫な姉を視姦?で輪姦?していたことのうしろめたさ。そのことを妹に知られることでもう観られなくなるかも知れない無念さ。
わたしに対する感情、それは嫉妬とはまた違う感情だったのだ。
それにしても今までずっとみんなからそんな目で見られているのに!全然気づかないなんてもう、令ちゃんのバカ!
それなのに令ちゃんは道着と袴を身に付け、微笑みながら「みんな!遅いよ!」と激を飛ばしている。
まさに天然。わたしは少し目眩がした。
練習が終わるとやっぱりサラシ脱ぎショーとしゃわーショーがとり行われ、わたしはその日以来「そんなの姉妹の間では当たり前」とふるまうしかなくなってしまった。
といってもその後、わたしもついつい令ちゃんに目を奪われてしまい、最近では困ったことに部員達となま暖かい連帯感すら生まれつつある気がする。
しかし意地でも剣道部は辞められない。辞められない理由ができた。
少なくても、いつかわたしがサラシを巻く手伝いをする、その日まで。
それは三学期も半ばを過ぎ、三人の一年生達との新しい関係・・姉妹としての関係が充分深まった頃。
しばらくぶりに令様とお姉さまが薔薇の館にいらっしゃった。
窓からの日差しは久しぶりに暖かく、まるでお姉さま達が春を連れてきてくれた様な気がした。
そんな光の中での久しぶりのお茶会の時間。
仲睦まじくいるわたし達・・つぼみと妹達を見回して、お姉さまたちはにっこりと微笑まれ、後で私に倉庫からとある箱を持ってくるようにと言われた。
ガチャンっとカップとソーサーがぶつかる音がして、振りかえる。
志摩子さんが少し青ざめて、お姉さまを見つめていた。
その様子はこの場にはあまりに不釣り合いで、どうしたの、とかたずねることができなかった。
一年生達がカップを片付けている間に二階に持ってきた段ボール箱。
箱にかかれた日付は、、三年前。まだお姉さまが高等部に進まれる前のこと。
お姉さまはその日付を指でなぞられ、
「お姉さまがまだ一年生の頃の字なのね」
と微笑まれた。
そうして一年生達を一列に並ばせ、問われた。
「お姉さまが好き?」
「お姉さまの言われることに従える?」
「お姉さまの命なら何でも耐えられる?」
始めは不安げに、でも質問が重ねられる度頷きは力強くなる。目にも光が宿る。
そんな一年生達にお姉さまは満足そうに頷きを返し令様に視線を投げる。
令様は優しく微笑まれ、宣言される。
「江利子様達以来になるけれど、アンブゥトンプティスールの儀式を執り行います」
あの段ボール箱から取り出されたのはホーローびきの小判形の器が三つ。よく見るとそれぞれに紅黄白の薔薇が描かれている。
令様がそれをテーブルの上に間隔を置いて並べると、お姉さまはわたし達に間接的な命令をされた。
この儀式は二年生と一年生が三人づつ揃ったときに行われるもの。
縦割りになりがちな三色の薔薇を一つの花瓶に生けるためのもの。
プティスールは靴を脱ぎ、テーブルに上がり、それぞれの薔薇の器に用を足しなさい。
志摩子。祐巳。由乃。あなた達から妹達に命じるのです。
そんなこと命令できる筈がない。そんなことはありっこない。
でも、、志摩子さんが一歩前に歩んだ。そして乃梨子ちゃんにそのまま、命令した。
乃梨子ちゃんはそんな志摩子さんを見つめ返して、しばしその瞳に色んな光を浮かべたけれど。
微動だにしない志摩子さんから視線をはずし。
靴を脱いで椅子を踏み台にし。
テーブルの上に上がって白薔薇の器の上で。
スカートをたくし上げ膝まで下着をおろし。
両手で顔を覆って、しゃがんだ。
もうわたしと由乃さんには命令する必要はなかった。
残る二人は乃梨子さんのそんな姿を見て、お互いを見て、意を決した。
二人も同じようにテーブルに上がり、それぞれの薔薇の器の上にしゃがんだ。
気丈な二人は顔は隠さなかったが視線は誰とも合わせなかった。
「三人ともが出終わるまで終わらない。一人が出しても、残りの二人が出し終わるまでそのままよ。」
「そう、だからできるだけ恥ずかしくないように済ませたかったら三人同時にするといいよ。」
お姉さま達は妹達の正面に椅子を並べ、その特等席に座りながらそんな話をし出した。
わたし達も取り囲むように椅子を並べる。
ふと志摩子さんをみると、明らかに後悔の念を浮かべていたけれど、視線をそらそうとはしなかった。
そのうちわたしの妹が身体を震わせ始め、そのときが近づいていることがわかる。黄薔薇方も近い。
乃梨子ちゃんはもっと前から近づいていたみたいだったが、必死でこらえている。
「祐巳、回り込んで見てちょうだい」
「はい、、、三人とも、、ひくひくさせています。もうそろそろだと、、思います」
それを聞いて乃梨子ちゃんは手を顔から離し、となりの同級生の手を握った。
それを受けてまたとなりへと手は繋がれていって、三人も気持ちは一つとなった。
そして、ちょっと細かく刻まれた呼吸が続いて、誰かのあぁっという声がした後。
三人は同時に、異音と異臭と共に器を汚し始めた。
それはとても長い時間。
終わったかと思うとまだ続きをひり出し、その度にため息ともつかぬ声が漏れる。
いつも間にか、わたしもその一員でいるかのようにぎゅっと手を握りしめていた。
一年生を取り囲み、でお互いどんなものを晒したかわかるように、二年生が色やかたちを事細かに評価した。
令様がちり紙を手渡すとみんなでその拭き方まで評価し、テーブルから降りた一年生にも器の中身を確認させた。
そうして儀式は終わった。
「後始末はわたし達がしておくから、つぼみは妹達を。みんなよく頑張ってくれたわ」
そういってお姉さまと令様は器を持って階下へ降りてゆかれた。
窓は開け放たれ、まだ冷たい風が吹き込む。
そんな風から守るかのように、わたし達はそれぞれの妹を抱きしめる。
妹達は何も言わず、わたし達にただすがりついていた。
吹奏楽コンクールが近づいてる。
リリアンはお嬢さま学校なので楽器をたしなむ生徒もたくさん。
ということは吹奏楽についても生徒層が厚いということで、毎年上位入賞を果たしてる。
それに今年の部長はなかなかやり手ということで。
いつもの様にWHO's who。いつものデジカメを持って音楽堂に向かう。
既に合奏が始まっていてインタビューはできなかったけれど、練習の様子を蔦子さんが撮影していた。
この前のこともあって話しかけるのは恥ずかしいけれど、写真の提供をお願いしてみよう、なんて思っていると。
蔦子さんからこっちにやってきた。
「ごきげんよう。取材?」
「ごきげんよう。コンクールのことを部長さんにインタビューしたくて」
ちょっと蔦子さんの瞳が曇る。
「どうしたの」
「部長さんのとなりの子、見える?」
「あの同じフルートの子?部長さんのスール?」
「違うわ、一年生。ちなみに部長さんには妹はいらっしゃらない」
「部長さんって指導力ありそうなタイプなのに」
「きびし過ぎて妹のなり手がいなかったらしいわ。あの子もかなりしごかれてる」
楽器のことだからよくわからないけれどね、そういって蔦子さんは撮影を再開した。
一年生の真剣な表情。わたしも自分のデジカメで一枚撮ってみると、小さな電子音が響いて慌てて隠したりなんかして。
翌日の放課後。
新聞部に向かうと入り口には見覚えのある生徒、、あの一年生だ。
そしてわたしを見つけると、まっすぐ向かってきて、そして。
「昨日練習に来ておられましたが、すっ吹奏楽にご興味あるんですか!?」
「えっわたし?あ、昨日は取材でお邪魔したんだけど。うん、素敵だったよ」
「うっうれしいです!すすみませんがご一緒いただけませんか!?」
そういってわたしの腕を取ってどこかに連れて行こうとする。
ちょっと待って、何かご用?と聞いてみる、と。
「せっ先輩に対し大変失礼な事とわかっていますが、、私を『妹候補』にしてくれませんか?」
学年が異なる生徒が交わる機会といえばやっぱり部活動。だから同じ部に所属したことがきっかけになる姉妹が一番多いだだろう。
しかしそうでない姉妹も勿論いる。
しかし、新聞部と吹奏楽部。
片や一日中校内を歩き回るか部室にこもりっきり。
片や曜日を問わず長時間の練習か、演奏のため校外へ。
わたしのことが好きだけれど、新聞もすごく愛読しているけれど、でもそのことでずっと迷ってきたのだという。
でも昨日の練習中にわたしをみて決心したのだという。
部活動と妹、両立できるかどうか。
だから『妹候補』なんだって。
「おしかけちゃん、今日もやっぱりいないのね〜」
「お姉さま、おしかけちゃんなんてニックネームやめて下さい」
「じゃあ妹にするのね、するのね、するのね、」
「そんなのまだわかりませんよ。でもいい子です」
「私も練習を見てきたけれど真面目でいいじゃない〜もう一人のフルーティスト、部長さんでしょう?
「音楽に対して真剣な方だそうで、、、」
「うん、練習してた曲、二人だけのパートがあったけど、あのシゴきに耐えてるなんて偉いわぁ〜」
「あの子、部長さんの演奏が好きで尊敬しているんですって。指導はすごく厳しいけれど、緊張するけれど、あんな風に吹けたらって」
「そして『それに練習が厳しくてもその後お姉さまに会えれば平気です!』とか口説かれてるんでしょ〜」
「えっ、やっ、そっ、そんなことは!」
「じっくりと考えなさい、どちらにとっても大事なことだから」
突然ぼそっと。お姉さまは下目使いにわたしを見ながら言った。
そろそろ部長さんにインタビューをさせていただこうと今日は私も吹奏楽部へ向かう。
練習が終わる頃がアポイントの時間。そのちょっと前に部室をノックすると、待っていたのはあの一年生だけだった。
部長さんはちょっとご用があるとかで、しばらく二人で待つことにした。
でも「ちょっと探してきます」って一年生は出て行ってしばらくして戻ってくるとメモを一枚。
「申し訳ありませんが急用で帰ります」って。ご自分と一年生と私の机にそんなメモを残されていたそう。
あぁ、残念、って席を立ったそのとき。
すぐ後ろでガシャン、ガタガタって大きな音がして。
大小の楽器ケースが、崩れて落ちた。
わたしが、、大事な楽器を落としてしまった?
ちょっと呆然としたけれど、すぐにその場にいる部員(一年生)に謝って、壊れたものがないか確認する。
殆どの楽器はケースの中で大丈夫だったけれど、落ちた弾みで一つだけ開いてしまったものがあって。
それは、部長さんの大切なフルート。
そして、それはいくつかキーが壊れていた。
一年生の顔色が青ざめている。
すぐ部長さんに事情を説明して謝りたいといったけれど、一年生はフルートをケースにしまいながら時間が時間なので私から電話してみますと言い。
明日改めて謝罪することにした。
翌朝、部長さんの教室に向かい謝罪しようとしたけれど。
部長さんは私に取り合おうとせず、冷ややかに私を見て言った。
「昨日は失礼したわ。今日の練習後、〜時に音楽堂に来てちょうだい。」
もう殆どの生徒が帰宅した頃。
ひっそりとした音楽堂に入る。
既にステージ前に部長さんが来ておられる。
そちらの方に向かうと、最前列の席の向こう。扉の位置からは見えないところに。
あの一年生がいた。
壊れたフルートを前にして。
一糸まとわぬ姿で。
額を床にこすりつけるようにして。
土下座させられていた。
「何をさせているんです!」
「この子が大切な楽器達を粗末に扱ったので指導しているだけよ」
「それは私が席を立ったはずみで、、」
「この子は自分でやったって言ってるわ」
高価で大切な楽器のある部室を部外者だけにし、その部外者によって引き起こされたこの不始末。
しかもコンクールを直前に控えたこの時期、フルートの修理はどうせもう間に合わない。
この子の軽率さはもうどうしようもない。
そういって一年生の側にたたまれた制服などを蹴飛ばした。
「だからもう合奏のパートは止めましょう」
「っ、それだけは!一緒に演奏させてください!」
「あなたはわたし達の信頼を傷つけたのよ!それでもそんなことが言えるの!」
部長さんは一年生の頭を靴で踏みつけ始めたが、一年生の口からは謝罪の言葉が続くだけ。
そして駆け寄ろうとしたわたしを部長さんは目で制した。
「この子あなたの妹候補ですってね。あなたはこの子のために何かできるの?同じ様に土下座できるの?出なければこの子を見捨ててすぐここから出て行きなさい!」
そう言って部長さんは今度は革のベルトを手にした。
「どうするの?」
「ムチャクチャです!」
その瞬間、鞭の音と悲鳴、そして一年生の背中から腰に赤い線が走った。
「止めてください!」
「だってこの子は私とのパートを演奏したいって言ってるのよ。そのためには贖罪が必要でしょう」
「だからといってこんなこと!」
「これに耐えられないような子とは組めないわ」
そして、悲鳴。今度はお尻に赤い線ができる。
「まだいるつもり?あなたはこの子の姉なの?姉ならどうやって償うつもり?どうするの、どうするの?」
三度目の悲鳴。
「止めてください!」
「そう、もう止めた方が良いわね」
部長さんでも一年生でもわたしでもない声が響く。それはステージ横の入り口に立つお姉さまの声。
「お姉さま!」
「余り痛そうなのは苦手なのよね。おしかけちゃんはどうか知らないけど、私の妹にはそんなことはして欲しくないし」
「えっ、、わたし?おしかけちゃん、って?」
「部長さんの目標はあなた、そしてその先にいる私。部長さん、あなたが欲しかったのはこれでしょう?」
そう言ってお姉さまは伝票のコピーの束を取り出した。学園の出入業者の社名が読み取れる。
最初からわかっていました。ぜんぶわかっていて部長の言いなりになっていたんです。
フルートへの想いなら誰にも負けないということ。
そして・・・こんな風にしか人を愛せないということ。
私はそれでも、部長にならどんなことも許します、なんでもできます。部長のことが好きなんです。
三奈子様、お許し下さい。部長を許して下さい。
「部長、あなたの思いはちゃんと届いていたのよ。せめて卒業までの間、ちゃんと『お姉さま』て呼ばせてあげなさい」
それと償いはちゃんとできるわよね、ってお姉さまは一年生を部長の元へぽんと送り出されて、またステージ横から出てゆかれた。
わたしも、部長が一年生を抱きしめる横をすり抜けて、後に続く。
「でも、修理費の架空請求とか、あのままで良かったんでしょうか」
「ずいぶん前に園長に報告済み。でも、実は私も部長のフルートに惚れ込んでいたから。」
一年生の頃、木立のなかでお一人で練習されているのを聴いて以来だという。
だから処分を待っていただいてたのよ、とおっしゃった。
「それに調達したお金は新しい楽器を買うためだったしね」
吹奏楽ってね、人数が必要な上に楽器のメンテナンスにとってもお金がかかる。だから活動が優秀でも部員が増えた分の楽器を調達するのは難しい。
「自前で買う生徒もいるんじゃ、、」
「お嬢様のお稽古事には向かない楽器もあるしね。でもそういうパートもいるからこそ我が校の吹奏楽部はすばらしいのよ」
その言葉はまるでリリアンのなかのお姉さまのことのように思えた。
「ところで部長さんって、いじめたり、とかそういう、、人だったんですね」
「フルートとか会計操作とか上手いのに愛し方はね。でも好きになったのが一年生だなんて不器用にもなっちゃうかも。」
誰だって好きな人には不器用なところがあるものよ
ほらわたしも〜わたしも〜ぶきようなの〜
そういって抱きついてくるお姉さま。そして耳元で。
ごめんね。また、私の過去のことに巻き込んでしまって、ごめんね。
コンクールでの二人のパートは素晴らしかった。
その演奏中のツーショットが一面を飾ったことはいうまでもない。
祐巳とみきが向かうのは小さな社。
普通に授業が行われているはずの平日。
二人は学園を遠く離れた山梨の山中を歩いている。
振り返ればまだ木々の間から二人で乗ってきた車が見える。
国道の何もないところで路肩に停めてここまで上がってきたのだ。
毎年のことだが、祐巳にとって今年は特に憂鬱だ。
「お母さん、今年は取りやめるってことはできないよね」
「体調、悪いの?」
「そんなことはないけれど」
「巳年じゃないからそんなに畏まらなくていいから。生理とか大丈夫なんでしょ」
ちょっと前に終わったところって何度も言ってるのに。
でも始まってまだ周期が不順な頃。
初等部にいながら敢て産婦人科でピルを処方してもらったことすらある。
みきはごめんねと何度も謝って、それでも服用を続けさせた。
無言でもう少し山道を登ると今年も同じ光景が二人を迎えた。
小さな社。しかし外観も中も綺麗に掃除されている。
それはこの日のためだけでなく普段からきちんと管理されている証。
岩壁からわき出す清水が手水の代り。
手を洗い口を濯ぎ少しばかり頭と身体にも飛ばすように濡らす。
髪とコートでころころと光を浴びた水滴が転がる。
そうして身を清めてから社に入る。
社に入り二人は全ての着衣を脱ぐ。
「あ、ロザリオをかけたままだった」
大丈夫かなと母の方へふりむくと、すぐ側にもう母の白い肌があって驚く。
「大丈夫。それより今年もリボンをはずすの忘れているわよ」
薄暗い社、幼い裸体に寄り添うやわらかな大人の裸体。
祐巳の髪はおろされてゆく。
既に儀式を施した装束に着替える。
真っ白な衣に緋色の袴。
糊は利かせていないがよく火のしされている。
街中の神社で正月にみるようなものよりもっと質素な印象を受ける。
そうして二人は祭壇に向かい正座する。
それは小さな社にしても余りに簡素な祭壇。
なにせ白木の台の上に神鏡と神楽鈴があるだけ。
みきはその鈴を手にし後ろに下がる。
強く、弱く。強く、弱く。小気味よく鳴らし始める。
そのうちに鈴の音に日本語であるようでないようなつぶやきが混ざり始める。
祝部の家だけに伝わる祝詞。
口伝ではあるが毎年聞かされているうち祐巳も途中までは覚えてしまっている。
いつの間にか祐巳の体温が上がり肌が総毛立っている。
身体が火照りだし、祭事の始まりを知る。
膝を開き、袴の脇から手を股間へと差し込む。
膣口に指が届く前に粘液が溢れている感触が伝わる。
その粘液を人差し指、中指、薬指で掬って陰核に塗り込めながら身体を後ろに倒してゆく。
視界にはないが頭上斜め上からみきの祝詞が聞こえる。
母の見ている前でと思いながらもう我慢はできず包皮と陰核をこすり始める。
神を乙女に降ろしその身体を奉納する。自涜ではない。
毎年この時期に繰り返される神事はこうして始まる。
母から語られたことはないがおそらく赤ん坊の時からなんだろう。
少なくとも物心ついた頃にはもう行っていた。
幼い頃は母に背中から抱きしめられながら、母の指で。
その頃は繰り返される祝詞がなんだか恐ろしくて、でもものすごく気持ちよくて。
そのうち自意識が成立し出す頃に祝部の役目を教わり。
一人で、自分の指でするようになった。
いつの間にか仰向けだった姿勢はうつぶせになっていた。
頬は床に着け、涎で汚れている。
尻を持ち上げ、両手は袴の中に。
右手の指で陰核を擦りながら左手の指で膣口を弄ぶ。
膣口の指を激しく動かすたび、袴越しなのにびちゃびちゃと音をたてる。
その音は、毎年のことなんだ、と開き直るには恥ずかしすぎる。
粘液の量と濃さを増しているようだ。
みきの声も震えがちになる。
祝詞はみきの身体にも耐え難い影響を与えている。
みきももう袴の上まで愛液が浸みてくるほど濡れている。
祐巳が生まれるまではみきが巫であったし今では男との愉悦も知っている。
しかし詠唱を止めるわけにもいかないし、処女以外が身体を奉納するわけにはいかない。
我が子の狂乱を前に自らの中の淫蛇を必死で押さえ込む。
これは、マズイ。
意識を失いそうなほどの快楽の中で祐巳は動揺を覚える。
いつも神に身を任せ、母の前であることすら忘れて、ひたすら悦楽に浸る。
それはぽっかりと白く何もない無限大の空間のような快楽。
白い光が毛穴に至るまで穴という穴全てに入り込みみたされてゆくような感覚。
しかし今年は・・・どうしても祥子という具体的な対象が現れてしまうのだ。
白い光のようなものがいつのまにか祥子の姿にすり変わってしまう。
このままでは神事はどうなってしまうのか、祐巳には予想も付かない。
焦りの中で指使いが激しさを増してしまう。嬌声が大きくなる。
指をもっと沈めてしまいそうにそうになる。
そんなにしてもなお、祥子の存在がふくれあがってゆく。
マズイ、マズイ、マズイ!
今までになかった快感と未体験の恐怖が同時に押し寄せてくる。
ダメだ、ちゃんと神様が降りてこられないよぉっ!
!
みきの裂帛。
同時に祐巳は甲高い声と共に絶頂を迎え、意識は白い世界に飛んだ。
祐巳が意識を取り戻すと涙と鼻水が止まらなくてぐずぐずになっていた。
失禁もしてしおり袴が愛液と小水でぐしゃぐしゃだった。
まだ股間に火照りがあるのを感じながら半身を起こす。
みきは神鏡を手に祐巳を守るように寄り添っていた。
「そうだ!お母さん!」
「大丈夫。強い力がかかる巳年だったらダメだったかもしれないけれど」
「・・・よかった、、どうなるかと思った、、」
「御神鏡が常世の国との間のフィルターになってくれたから。ほら見て」
神鏡の曇りを示す。
何かをかたどっているように見える。
「この影、祐巳の部屋に飾ってあるお姉様の影に見えない?」
「そそそそそんなことない、ない!」
必死で否定する祐巳から視線をはずし、みきはもう一度神鏡の曇りを見て思う。
来年のためになにかしなきゃいけないかしら。
それにしても。
親子だと、、好みも似てくるのかしら。
「はやく襲ってくれないかなぁ」
お茶を飲むタイミングでそんなことをいうからむせてしまった。
薔薇の館二階。今日はまだわたしと由乃さんの二人きり。
咳が止まらない私の背中をさすりながら、でも話は終わらなかった。
「当選おめでとうってえっちするのは変だし、でもバレンタインには絶対だと思ったのにな」
「よ、由乃さん、わたしたちまだ高こ…」
「だって手術していつでも受け止められる身体になったのに。このままだと卒業式の準備が始まって春休みになっちゃうわ」
由乃さんの話はどんどんエスカレートしていって。
要は令さまと由乃さんの間ではなんとなく同意ができているけれど、やはり令さまが身体を気遣ってお手を付けられない、ということらしい。
でもこれは由乃さんの希望的観測、それは令さまが由乃さんのことをプラトニックに愛されているのだからこそ。
でもまだ由乃さんの話はまだ終わらない。
それどころか次第に内容が犯罪めいてきた…しかもわたしを共犯者にしようとしている…これはヤバい。
と同時にひとつアイデアが浮かぶ。
「由乃さん、ストップストップ」
「なによ、今更おじけついたのっ」
今更…あわわ
「わたしそんなことは出来ないよ、でも縁結びならできるかも」
「もうその段階は終わったんだ!」
「それ違う違う。とにかく今度のお休み、由乃さんのお部屋とかに令さまをお誘いできるかな」
『もちろん、ご家族のいない時、だよ』
今年の儀式は不安が的中してしまい、ついお姉さまを思い浮かべて失敗するところだった。
その反省もあってあの祝詞について祐巳なりに調べていたところだった。
内容や音韻を分析し実際に自分だけでも試しても見た。
あの祭事は神鏡を通して常世の国から神の一部だけ巫の身体に降ろし、慰めるもの。
そのために富士から流れる力が強く澱む場所に社を建て神鏡を置き一年間その力を蓄積する。
全てが揃わなければ、祝詞だけでは神は呼べない。
逆に言えば、祝詞だけ唱えても問題はない可能性が高い。
ただえっちな気持ちになるのを除けば。
次のお休み、令さまの部屋。
しばし三人でこたつにあたりお話ししながらぬくぬくする。
やっぱり令さまのお菓子とお茶はおいしい。
と思ってもうひとつクッキーを取ろうとすると、つり目になった由乃さんと目が合う。
(祐巳さん、なにやってるのよ〜)
(う〜ん、ではそろそろ)
ごそごそしていると令さまが「おや」って。
「懐かしいね、幼稚舎の時のものだよね?」
それは鈴。納屋から探してきた、プラスチックの輪っかに鈴が八つついたもの。
マジックで『ふくざわゆみ』って書いてある。
私の時と同じ型だね、合奏とかお遊戯とかしたよね、って令さまは懐かしそうにされて。
(なんなのよいったい〜)って由乃さんはつり目+ふくれ顔になって。
わたしはこたつを出て、目を閉じ、二人に鈴を鳴らし始める。
強く、弱く。強く、弱く。
二人は何が始まったかわからずとまどっていたけれど。
口の中だけで含むように詠唱を始めると、途端に動きが止まってしまった。
二人は愛し合っている。
それならちょっとお互いの背を押してあげればいい。
その気持ちを解放すればよい。
由乃さんが令さまを襲っちゃうかもしれないけれど。
まぁそれはそれでいいや。
薄目を開けると、二人は耳まで真っ赤にしながら腰をもじもじしている。
感じ始めているんだ…よしもう一押し。
鈴にいっそう気を配ながら詠唱を続ける。
ぱたっばさっておこたのふとんの音。続いてがさがさって衣擦れの音がステレオで聞こえてくる。
は、始まるのかな、遂に。
いつの間にかわたしも身体が熱くなって来ている。
そろそろおいとましなきゃ、でもなんだか見てみたい気もする…どうしよう…。
突然急に両手首に感触があって、同時にカーペットに押し倒される。
びっくりして見回すと逆光のなかに二人の優しい微笑みがあった。
右手首を押さえているのは下着姿の由乃さん。
左手首を押さえているのはショーツだけになられた令さま。
「令ちゃん、好きよ」
「私も由乃のことが好き」
「でも、祐巳さんってかわいい」
「かわいいね」
「一緒だったら浮気じゃないよね」
そんなことない!ない!だめだめ!
「そうだね、由乃。ふたりでなら浮気じゃないよね」
きゃ〜〜!だめ〜〜!
力が入らなくなっているわたしは易々と令さまに組み伏せられて。
お互いのファーストキスだからって唇へのキスだけは必死に拒んだけれど、耳や胸や首や脇、感じてしまうところは全て愛されてしまう。
上半身は令さまになら下半身は由乃さん。
内ももにたっぷりと舌を這わされ焦らされた挙げ句、舌がちろちろと動かされる。
そのうちに舌の動きを止めないまま鼻でクリトリスまで刺激され始める。
祝詞によって発現した二人の思いはお互いにでなく巫体質のわたしに向かってしまったのだった。
それどころかふたりの深い絆は共同戦線となりわたしを責め苛む方向へと。
そんな、そんな、そんなぁ〜
何度目かの絶頂の後気がつくと、わたしにからみついているのは由乃さんだけになっていた。
わたしの耳を甘かみしながら指で乳首を転がしている。
何か令さまと話しているけれど、令さまの声は由乃さんの耳元でささやくような声にかき消されて。
「…祐巳ちゃんに…」
「うん、賛成」
「…由乃にするときの練習……」
「えへへ、そのときはわたしも、令ちゃんに、、」
「…そのときは、よろし…」
そして場違いなモーター音がし始めて、クリトリスに衝撃が起こる。
「あぁっあーーーっ!」
「えへへーー祐巳さん、びっくりした?」
「いつか由乃に使おうって思って色々おもちゃを買ってあるんだ」
「わたしこわいから先に祐巳さんで試させてね」
「もちろん絶対傷つけるようなことはしないからね」
令さまのコレクションはたくさんあって。
由乃さんのことをどれだけ愛しているかわかるぐらい、本当にたくさんあって。
そのことを二人は延々わたしの身体で確認しあったのだった。
『由乃さんのことをプラトニックに愛されているのだから』なんて。
そう思ってたのに、そう信じてたのに…。
令さまっ、とっ、由乃さっんっ、の、バカーーーーー!
そうして薔薇の館。
わたしの正面にはお姉さま。
左右には…ベンチシートの様に椅子をくっ付けて、令さまと由乃さんが座っている。
令さまはほおづえをつきながら書類を書くわたしの手と頬とうなじをかわるがわる眺めている。
そして由乃さんはわたしの肩にほおを乗せるようにして寄り添っている。
この異様な雰囲気に志摩子さんは離れたところに座って。
こちらを見ないようにして書類を広げている。
人間相手では強すぎたらしい…力が地脈に還るまで、もう少しかかりそうだなぁ…。
ピシッと音がして、恐る恐る正面Wを見てみると。
お姉さまの手の中のボールペンが握りつぶされていた。
「『少女くノ一忍法帖』」
「へっ」
「それじゃ『淫乱女忍者祐巳』」
「ひっひどいよ由乃さん、それじゃゲドマガだよ。まだ山田風太郎の方が。」
「とにかくまた、しゃんしゃんしゃんってすればいいじゃないの、祐巳さん」
どうも由乃さんはあの祝詞を忍法+密教とか+立川流とか考えているらしいけど。
でも儀式のことを話すのは恥ずかしいから否定しないでおく。
ロサギガンティアと志摩子さん。
卒業の日はどんどん近づいて来るのに、あの二人を見ていると歯がゆくて、切なくて。
特殊な姉妹だってわかっているけれど、このままでいいなんて思えない。
例えば、最後に志摩子さんから妹らしく甘えられて来たら、きっとロサギガンティアも安心なさるに違いない。
二人にはたくさん優しくしていただいて、助けていただいたから。
だから由乃さんに相談したのにこんな話に。
「『ロサギガンティアにはもっとお姉さまらしいことをしていただいて』って祥子様もおっしゃっていたでしょ」
「ああいうことは普通の姉妹がすることじゃないよ」
「言ってくれたわね。でもロサギガンティアも普通じゃないでしょ」
「なおさらだよ。あのセクハラが何倍にもなってこの身に返ってくるかと思うと…」
思わず涙目になる
「大丈夫よ、私達がついてる」
「今涙目なのはあの時由乃さん達にされたことを思い出したからだよ!」
「まぁまぁ」
そういって由乃さんは鍵を一つ差し出した。
由乃さんの作戦。
薔薇の館二階に二人を呼び出して、扉に鍵をかけて閉じ込めてしまう。
そして廊下から忍法(違う)をかけて仲良く(違う)させて、疲れて静かになったら鍵を開けて逃げる。
ロサギガンティアと志摩子さんの本意ではないかもしれないけれど。
でも由乃さんの言うと折り、私に出来ることといえばこれぐらいしかない。
マリア様、お許しください。
「令ちゃんと一緒に手伝おうか?」
「わたしが逃げられなくなるからいい」
チッと舌打ち、おいおい。
実行前に白薔薇姉妹の他がちゃんと帰宅したことを確認しとかなきゃ。
そして実行予定の日。
由乃さんはヒジョ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜に残念そうだったけれど、人払いを手伝ってくれた。
薔薇の館は三人きり。
そして二階会議室に残るは白薔薇姉妹のみ。
わたしはその扉の外。
抱きつきを必死に剥がして、何とか理由をつけてひとりで出てきた。
鍵と鈴を取り出し、一度深呼吸してから、鍵をかける。
古い鍵だからガチャリという音は結構大きく響いて。
扉の内側から、祐巳ちゃん?って問いかけがあったけれど。
答えず、鈴を鳴らし始める。
強く、弱く。強く、弱く。
わたしが何かやってるみたいって二人の会話が小さく聞こえて、そしてこちらへ向かう足音が続く。
詠唱を開始する。
会話と足音が同時に止まる。
黄薔薇姉妹での失敗は繰り返さない。
扉の向こうは見えないからその分どんな気配も逃さぬよう感覚を研ぎ澄ます。
わたしを求めて、複数の引きずるような音が扉に近づいてくる。
でもわたしは鍵のかかった扉の向こう。
その扉の前でわたしを得られない二人はお互いを求め合うだろう。
もう下着が濡れてむずがゆい。
この状態で、麗しいロサギガンティアと美しいブゥトンの囁きと睦言を聞かされて。
敬愛している先輩と親友のこれからの行為を扉一枚隔てて、最後まで見守ることなんてわたしに出来るの?
ドン!と扉に体を預ける音、そして……鍵穴に何か入る音。
慌ててわたしは階段を駆け降りる。
予想していなかった訳じゃない。
薔薇様なら合い鍵を持っていてもおかしくないから、そんなときはすぐ逃げる。
だけど、丁度踊り場まで来たところで。
それは始まった。
うろるろろろろぉぉぉ、、、、
人でも獣でもない声。
断じて音ではなくて有機的な存在が放つ声。
その声の含むもの悲しさと優しさ。同時に含む暴力と恐怖。
足が動かない。怖い。
鍵を開けようとする音に混ざって、待ちきれずにドン!ドン!ドン!と何度も扉をたたく音がする。
何とか階段を降りようと手摺りにつかまった瞬間、扉が開け放たれた音がして。
もの凄い早さで、黒い固まりが二階から館の出口まで飛び降りた。
ごふ、ごふ、ごふ、ごふ、、、
うぉ、うぉぉろろろろぉぉぉ、、、、
最初にみせた跳躍にふさわしくない、いびつな歩みをでもってわたしの方へ近づいてくる。
そうか、四足歩行に適さない身体で四つ足で歩こうとするから…。
背中から抱きしめられる。
ロサギガンティアだ。
「志摩子はね、とても欲張りなんだ。」
得られないなら、失ってしまうなら最初から欲しがらない、我慢して押さえ込んでしまうんだ。
何か才能もあったのかそうしているうちに、いつの間にか身体の中にこんな獣を飼っていた。
私しか知らない志摩子の獣を、どうやったのか祐巳ちゃんが引きずり出した。
祐巳ちゃん……祥子のためにも、ファーストキスと処女だけは守ってあげる。
しばらく我慢してね。
ロサギガンティアは背中から伸ばした手でわたしのタイをほどいた。
志摩子さんはもうわたしの足下にいる。
前足は手に戻って制服をたくし上げ始める。
ふと顔を挙げ私と目が合うと、やさしい目、やさしい微笑みを浮かべたのでちょっと安堵する。
でも唇が開いて、そこから細くて長くて濡れて光る舌がだらんと下がって。
バッとわたしのスカートに頭を突っ込み、下着の中、そして身体の中に何かが潜り込み始める。
それが膣だと気付いたときにわたしは絶叫を押さえられなかった。
しかしそれは躊躇などせず、入っては戻りを繰り返しながらもっと深いところを目指す。
指も入れたことがなかったところにみっしりと入りこみ、まるで外とおなかの中がつながったように感じる。
そのおなかの中をかき回されて声が止まらなくなる。
そのうちそれはずるずると引き出され、その間中声が裏返ってしまう。
でもその声は今度は尿道に入ってくる感触に失われ、ただ息をパクパクとするしかなくなる。
そうして食道も、鼻も、内耳も。
いっそ気を失ってしまえばと思っても、ロサギガンティアのぬくもりと愛撫がそれを許さない。
そのうち舌はお尻の窄まりをこじ開けて侵入し、奥から入り口までの全てを同時に蹂躙されて。
その感触に意識は混濁してゆく。
目を覚ますと、何も着ていなくて、体中べとべとしたものにおおわれていたけれど。
ぬくもりに包まれていて、あんまり寒くなかった。
わたしは…まだロサギガンティアの腕の中にいた。
「なんとかどっちも守ったからね」
「ありがとう、ございます」
「いや、私もつい祐巳ちゃんに色々しちゃったし」
「え、あ、あ…」
「それに、あんな志摩子も見れたしね」
ありがとう、祐巳ちゃん。
正に天使の様に。志摩子さんは安らかに眠っていた。
「ねぇれいたん」
令は動じる様子もなく、会計報告のチェックを続ける。
だが呼びかけは止まず、仕方なく視線を親友に向ける。
「う〜んれいたん、れいたんってばぁ」
「なにかあったの、ちーたん」
「さすがね、れいたん。」
祥子は本当に感心した表情をしていた。
「さーたんとかさっちーとか色々予想していたけれど、『さ』を取って『ちーたん』とはね」
さすがれいたんね、メモメモ、とか言いながら手帳に書き込む姿に令は呆れ返る。
「どうしたのさ祥k、、ちーたん?」
「れいたんは由乃ちゃんに『お姉さま』よりも『令ちゃん』って呼ばれることが多いみたいね」
「その事情はちーたんも良く知ってるじゃない」
「私も『祥子さま』『お姉さま』と呼ばれて来たけれど、れいたんみたいに呼ばれてみたいな…なんて」
「そういうことはわたしじゃなく祐巳ちゃんに言ってよ」
「もし由乃ちゃんが『令ちゃん』じゃなくて『れいたんっ』て甘えてきたらどうかしら」
「あのね、ちーた…」
「『れいたん』」(伊藤美紀のロリ声で)
ぐっ……。
「れいたん、よちのね、れいたんのことが、いっちばんすきだぉ?」(なおも伊藤美紀のウィスパーロリ声で)
これは…これはイイ!ちーたんイイ!
令は思わず右手を握りしめ親指を立てる。GJ!
「じゃ、、れいたん今度は私に………」
「えーっと、『ちーたん』?」
「……よちのとかゆーみんになった感じでお願いしたいわ」
「『ちーたん』?」
「少しずつ、心を込めていってね…」
「『ちーたん』」
「ちーたん」
ちーたん、、
令が繰り返す度二人は接近していき、いつの間にかもう手が届くところに。
二人は目を閉じる。
祥「れいたん、うれしいよ、よちの、うれしいよ」
令「ちーたんがうれしいとゆみゅもうれしい」
『ゆみゅ』とは。言いにくいがかわいい感じがする。
さすがれいたんね、と感心しながら祥子は続ける。
祥「きょうはね、よちの、れいたんにいっぱいあまえたい。そんなきもちなの」
令「ちーたんうれしい、ゆみゅも、ゆみゅもいっぱいあまえたいな」
祥「うふふしってるよ、れいたんあまえんぼうさんなんだってよーくしってるんだから」
令「えー、ちーたんしってたんだぁ、ゆみゅはずかしいよう」
祥「いつもいつもよちのはれいたんといっしょだったんだもの。それに」
手を握りしめてくる祥子の温かさに、令は気持ちが蕩けてしまう。
祥「これからもれいたんといっしょだもの」
令「ちーたんだってゆみゅにいーっぱいいーっぱいあまえてね」
祥「れいたんやさしいにゃあ、よちのうれしい」
令「ゆみゅだってちーたんすきすきだぉ」
祥「よちの、れいたん、ちゅき」
令「ゆみゅもちーたん、ちゅき」
祥「よちの、ちゅき」
令「ゆみゅ、ちゅき………」
不意の物音に二人は同時に目を開き、視線はビスケット扉へ。
いつも間にか開け放たれた扉。
無表情でその向こうに立つ、祐巳と由乃。
何か言おうとして、口をぱくぱくさせる祥子と令。
見つめ合う顔と顔。
しばらくの沈黙の後。
「かえろ、ユミユミ」
「そうだね、よっしー」
そうして姉を放ったまま、妹達は手を繋いで薔薇の館をあとにする。
へたれ崩れる令を見下ろしながら祥子は思う。
ユミユミ&よっしーだなんて、あの二人………ぜ〜んぜんダメね。
卒業を控えて、祥子と薔薇の館で二人きりのお茶会。
何気ない会話の中にも以前とは違う祥子を感じる。
祐巳ちゃんから良い影響を受けている祥子。
私も安心してこのリリアンを去ることが出来そう。
と、窓の外から話し声が聞こえて来た。
五六人、いやもっと多くの生徒がやって来たみたい。
一団は薔薇の館のなかに入ったようで、今度は一階が騒がしくなる。
「せっ整列してくださ〜い」ってちょっと慌てた祐巳ちゃんの声もする。
「何の騒ぎかしら」
「祐巳が来たようですね」
「…何が始まるのかしら?祥子」
「きっとびっくりなさいますよ」
トントントンと階段を上る音は祐巳ちゃんのだけれど。
すぐにたくさんの足音でかき消されてしまう。
ノックの後、開かれた扉からは祐巳ちゃんとたくさんの見知った顔、顔。
「ごきげんようお姉さま、皆さん勢揃いされました」
それは十名を優に超える、中等部高等部を通じて親しかった生徒達。
同級生だったり、後輩だったり。
バレンタインにチョコをくれた子や親衛隊を自称していた子達。
「ありがとう、祐巳」
「いえ、それはロサキネンシスをお慕いしている皆さんにおっしゃって下さい」
祥子の言葉に慌てて手を振る祐巳ちゃん。
そしてその中から一人歩み出て。
「祥子さん、祐巳さんありがとうございます」
「そしてロサキネンシス、申し訳ありませんが今日はよろしくお願いいたします」
何かわたしのことで始まるようだけれど、なにがあるのかわからない。
妹達に何が始まるのか目線で問いただしても、二人はにっこりするだけ。
そして祥子がみんなに話しかける。
「では、始めることにいたしましょう」
その瞬間、みんなが私にわっと群がってきた。
「やめなさい!やめなさい!…やめて!!」
たくさんの中で私だけがパニックを起こす。
しかしじっくり計画されたに違いない、みんなの動きは計算されすぎていた。
手と肘、足と膝、腰をそれぞれに一人ずつ。
頭を振って抵抗しても誰にも当たらないのに、絡みつく手、手、手。
そんな私に祥子が諭すように言う。
「卒業式を控えられておられるのに、そんな身体に痕を残されるような振る舞いはいけませんわ」
『おとなしくなさってください、もう逃れられないのですから』
その言葉は私に抵抗する力を弱らせる。
ろくにあらがうこともできないまま一枚ずつ、一枚ずつ全て剥がされてしまう。
いつの間にかテーブルの上のティーセットが片付けられており、代りに私が持ち上げられ、横たわらせられる。
歓声が沸き、次に溜息が広がる。
四肢を開くように押さえつけられて何も隠すことが出来ない私。
密かにコンプレックスだった控えめの胸と薄い恥毛を晒されて目を閉じそうになる。
周りをぐるりと囲むたくさんの顔は照明から逆光となって表情が読み取れない。
ただギラギラと光る眼だけはわかる。
「やめて……いや、やめて…」
私の嗚咽混じりの声だけが繰り返される。
すぅっと輪の一部が開いて、祥子と祐巳ちゃんが現れる。
「では最初は紅薔薇姉妹からお願いします」
祥子の今まで見たことのない笑顔。
「私にたくさんの愛情を注いでくださったお姉様に感謝を込めて。」
祥子の唇が私の唇へと近付き、思わずそれを避けようと右を向こうとした。
しかし新たな手が私の顔を押さえつけ、別の手があごを押さえ唇を開かせる。
祥子の唇の感触は柔らかくあたたかくて、こんな時なのに少しだけ安堵してしまう。
しかしだんだん祥子の舌が私の口を犯し始める。
舌を絡ませ、歯の裏側をなぞり、上あごをこそぐ。
唾液を飲み干されては送り返してくる。
そうされるうちに身体を這い回る感触に気付く。
「ロサキネンシス……」
声の方に黒目だけを向けると祐巳ちゃんが私に身体を合わせてきていた。
控えめな胸、薄い体毛、祐巳ちゃんも何も身につけていない。
でもそれは大人の身体になってしまった私と違い、少女らしいみずみずしさに満ちている。
こんななかでも祐巳ちゃんの肌の感触に感情の一部が抗えなくなる。
「ロサキネンシスたらあなたを見つめていてよ」
「恥ずかしい、ですけど、、うれしいです」
この狂った宴にあってこんな会話をする二人に気が遠くなる。
しかし膝を曲げながら押し広げられ、完全に陰部を晒されようとすれば再び心が抗い始める。
「やめなさい!やめて!ダメ!ダメー!」
「こんなに潤っておられるなんて。ロサキネンシスもこうなるんですね」
「祐巳にとっては好都合ね。頑張るのよ」
祐巳ちゃんは、はい!と張り切った返事を返して、私に片足を絡める様にしながら陰部同士を合わせ始める。
「ダメよ祐巳ちゃん、ダメ、ダメ、や、いやぁー!!」
「今日のために剃毛してきたんです。『貝合わせ』、させていただきますね」
ぴちゃり、ぐち、ぬち、ぐち、ぬち、ぐち………
湿った淫猥な音が周期的に、そしてどんどん早くなってゆく。
見知った生徒達の前でこんなことを、そう思ってこらえようとしても、いつの間にか声が止まらなくなっている。
狂信者達取り囲む祭壇で行われる、魔女と生け贄による饗宴。そうだこれはサバトなのだ。
「ロサキネンシス、みんなロサキネンシスが大好きなんです」
荒い呼吸の中で祐巳ちゃんが恐ろしい呪文を口にする。
美しく凛々しくお優しいロサキネンシス
わたしもお姉様もみんなみんなロサキネンシスをお慕い申しておりました
でも、ロサキネンシスは卒業なさるだけでなく
外部の大学を選ばれてリリアンからいなくなっておしまいになる
わたし達を置いてリリアンを去ってしまわれる
それならば、ロサキネンシス
せめて私たちに良き思い出を
そしてロサキネンシスにも
一生涯消し去ることの出来ぬ、思い出を。
いつも通り、薔薇の館にみんなが集う。
でも、いつもと違う今日の祥子さま。
仕事をするわけでなくほおづえをついたまま。
心ここにあらず、視線は遙か遠くをといった感じ。
他の住人は気になって、ついついひそひそ話。
「祥子さま、ぼーっとしてない?」って由乃さん。
「というより物憂げという感じかな」と令さま。
なにか仕事のことでしょうか、と志摩子さんは考え始めてる。
「悩み事かな、、祐巳さん何か知ってる?」と由乃さんは聞くけれど。
祐巳さんはぶるぶる首を横に振るだけ。
「でもほおづえというより口元を手で覆っている感じ」って志摩子さん。
「こっそりおやつ食べてるのかな」なんて祐巳さんのピントはずれの答えは無視。
「ロサフェティダみたいに虫歯かな」って由乃さん。
「でもそれなら頬を押さえるよ」って令さまが。
「口というより鼻でしょうか?」志摩子さんが気付いて。
「祥子さまって花粉症だったけ」と由乃は考える。
「今日は杉花粉は飛ばないでしょう」祐巳さんは花粉症のクラスメートを思い出しながら。
「杉花粉アレルギーとは限らないけどね」確かに令さまの言うとおり。
祐巳さんはもう一度祥子さまを見つめる。
鼻をスンスンさせてる……スンスン?
突然祐巳さんは席を立ち、お茶の準備を始める。
カップを並べる間に再沸騰された電気ポットから湯気がたち始める。
トレイにティーポットとみんなのカップを乗せて、それぞれに配る。
最後のカップは祥子さまの前。
温かなカップを扱ったせいか、祐巳さんの頬は薔薇の色。
そのカップはきっと祥子さまも暖めてくれるだろう。
やわらかに射す光のなかで、そっと姉にお給仕する妹。
紅薔薇姉妹のツーショット。
「お姉さま」
小さな小さな声。
「なあに、祐巳」
負けないくらいの小さな声。
「手を洗ってきてください」
「イヤよ」
「だって恥ずかしいんです」
「誰にもわからないわよ」
今日、薔薇の館に一番乗りしたのはその紅薔薇姉妹。
そして窓の外から誰かが見えるまで、ずっと。
祐巳さんは祥子さまのたおやかな指で。
花心から蜜が溢れ出してもなお。
激しくやさしく。
「それより百面相する方がバレるわよ、祐巳」
そう言って祥子は指に残る祐巳の香りを楽しみ続ける。
ほおづえをついたまま、くんくん、くんくん。
や、やめてー。
私は目を固く閉じ、祐巳ちゃんの動きに身を任せていた。
押さえつけられていることより祐巳ちゃんとの繋がりだけに意識が集中してしまう。
時折身体の奥が暴れ出す瞬間があって、子宮なのか膣なのか下半身の温度が上がる感じがする。
その時は祐巳ちゃんとの感触が滑らかになるから、軽くイってしまって愛液を垂れ流したのだとわかる。
祐巳ちゃんも何度か声が裏返りリズムが乱れ、感触が滑らかになる。
きっと感じやすくて多いのだろう、その度祐巳ちゃんの愛液も熱さが私のお尻どころか背中までしたたり落ちる。
そして私達にとって丁度だった早さが急に速度を増し、祐巳ちゃんの声が嬌声から絶叫へと。
私もそんな祐巳ちゃんに強制的に絶頂へと引き摺り上げられる。
「イイっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!イっちゃう!」
「祐巳ちゃっ、祐巳ちっ、祐巳っ、ゆみっ、ゆみっ、ゆっ、ゆっゆみぃぃぃぃっ!!」
一瞬身体が熱量だけの存在になって重力から解き放たれる。
「妬けましてよお姉さま」
祥子の一言が私を現実に引き戻す。
「ゆみ、ゆみ、ってはしたない口調で何度も何度もだなんて」
祥子はプリーツの左右をたくし上げてショーツを脱ぎながら、そんな軽口を叩く。
「それに祐巳も祐巳よ。あんなに何度もイくなんてはしたなくてよ」
「はっはぁぁっ、すみません、でした、お姉さま・・・」
すかさず生徒達から声が挙がる。
「ロサキネンシスと祐巳さん、本当にお綺麗でした!もう一生忘れません」
「祐巳さんも素敵でした!祐巳さんって分かり易いから私もつい一緒にきゅって…」
「ロサキネンシスも私達のことを忘れられて祐巳さんと二人っきりみたいな表情で・・・ドキドキしました」
真っ赤になり目を白黒させる祐巳ちゃん。
またプリーツをたくし、ショーツの代りに何かを身につけながら、祥子は続ける。
「だからこそ妬けるの。祐巳、早速罰を与えるわ」
『皆様、ここでみんなでロサキネンシスの蜜をいただくというのはどうでしょうか』
そうして微笑みながら祐巳ちゃんに視線を変え。
「私の妹の蜜も混ざっていてもよろしければ、ですが」
場違いな黄色い歓声が上がる。
「へっ。わわわっ!お姉さまやめてください、恥ずかしいですー」
「だ、め、よ」
生徒達はかわるがわる私の下半身に舌を這わせ出した。
クリトリスや内陰唇を舐め回すもの。
膣口から汲み出そうと舌を入れてくるもの。
内腿に張付いたオリモノをすするものや、身体をつたって白く乾いた愛液をナメクジの様に舌で舐め取るもの。 みんなはわざと音を立てて、私の被虐感を高めようとしている。
それがわかっていてもその下品な音のせいで私は愛液を止めることが出来ず悔しい。
そして手足を押さえていたもの達が上手く交代して参加するその手際に、私は逃げられないのだと絶望する。
私以外から湿った音が聞こえ始め、目をやると…祥子にかしずき頭を前後する祐巳ちゃんがいた。
祥子は制服を脱ぎ上半身はタンクトップだけ、下半身は股間に張付く黒いベルト、そして…張り型。
「ひッ」
「見つかってしまいましたか。私はこのペニスバンドでお姉さまへの思いを遂げたいと思っていますの」
「やめて、、、やめて祥子、、、そんなの、、そんなの!」
「祐巳、もっと濡らしてちょうだい」
その言葉の返事を目で返す祐巳ちゃん。
祐巳ちゃんの唇から見え隠れする張り型は案外太くない…と思っていたが。
もういいわ、と言われ祐巳ちゃんが口から出したそれは、ずるずる、ずるずるとまるで手品のように途切れない。
「あ、あ、ああ…そんな…そんな……」
「ッぷはぁっ、はぁっ、はぁっ、お姉さま、これきっと食道まで届いてましたよ、はぁっ、はぁっ」
「初めてでも気持ちよくなっていただきたいので太さよりも長さをと思いまして。これなら子宮まで届きますわ」
だがその股間にあるものが近づくと、自分でもまだこんな力が残っていたかと思うほど私は抵抗した。
祥子が私を「お見苦しいですわよ!」と恫喝しても、抵抗を続けた。
しかし先端が膣口にあてがわれズッと挿入を始められると、もう身体を硬直させることしかできない。
「だめ、入れないで、そんなの入れなっあぁっあぁぁぁあぁぁぁぁっ、いっいやぁぁぁぁぁ!」
妹によってこじ開けられた感触に痛みと寒気が走る。
同時に嗚咽が漏れ、涙が溢れる。
「あ、お姉さま…」
「なに、祐巳」
「…ロサキネンシス……出血されてません」
祐巳ちゃんの言葉に場が騒然とし凍り付く。
痛みよりもその空気の急変に私は恐怖する。
「どういう事ですの、お姉さま」
祥子の口調は静かだったが、目は端正な顔が崩れるかと思うほどつり上がっている。
「知ら…な…い…」
「大事なことですのよお姉さま、妹の私にならお話しいただけますよね」
「知らないわ…知らない……」
「嘘をおっしゃい!」
祥子の激高し手を振り上げる形相に心を潰され、私は思わず目を閉じる。
しかし、手は振り下ろされなかった。
祐巳ちゃんが祥子の腕を抱くようにして止めてくれていた。
「ロサキネンシスにそんなことをされてはいけません…」
「……ありがとう、祐巳、私ったらお姉さまを傷つけてしまうところだったわ」
祐巳ちゃんは私と祥子に割り込み、脇から私の上半身を抱きしめてくれた。
お互い裸だから触れあったところは冷たかったが、すぐ暖かくなった。
さらさらの肌に包まれた薄い胸が私の胸に重なる。
頬と頬が重ねられ祐巳ちゃんの高い体温が伝わってくる。
「ロサキネンシス…」
「祐巳ちゃん……」
顔を上げにっこりとやさしく祐巳ちゃんが微笑む。
「…『始めて』ってどうされたのか、教えていただけますよね……」
絶望が私を包む。ここには私を助けてくれるものは一人もいない。
祐巳ちゃんは放心し無言になった私の胸をわしづかみにし始める。
爪が乳房に食い込み非道く痛い。
「いっ痛いっ!止めてーーっ!祐巳ちゃん、お願い、痛いーーーっ」
「…教えていただけますよね……」
手を弛め笑顔で聞き直す祐巳ちゃんが恐ろしくて、また言いよどんでしまう。
私の小さな胸は掴みにくかったのか、今度は細い指で乳首と乳輪をぎゅうと挟み、上下左右に引きちぎろうとする。
「あっあぁっ痛い痛い痛いっちぎっ千切れちゃうっ止めて止めてやめてぇぇぇっ!!」
祐巳ちゃんの指は容赦なく、引っ張る方向が変わる度に私はわめくしかなかった。
それでも祐巳ちゃんは笑みを絶やさぬまま私の胸を蹂躙し続け、私の声が弱まり哀願に変わるまで止まらなかった。
「…さぁお話しいただけますね、ロサキネンシス」
みんなに取り囲まれながら恥ずかしい告白をさせられる。
もう『あの痛みに苛まれるぐらいならなんでもする』ところまで追い込まれている。
どんどん、追い込まれている。
「オナ、オナニーしていて……」
「オナニーですか」
「そう…中等部の時、ちょっと激しくしてしまって……」
「何か入れておられたんですか」
「いえ、指だったけれど、ほんの少し出血があって…多分そのとき……」
「オナニーは初等部の頃からされていたんですか」
「小学生の時から…中学受験でいらいらしていて…」
「だから出血が少なかったのかも知れませんね。男性経験はいかがですか」
「いえ、無い…誰ともそんなことしてない……信じて…祐巳ちゃん信じて……」
祐巳ちゃんは『信じますよ』という微笑みを浮かべ、そして身体を起こし祥子の方へと振り返る。
祥子も先ほどとはうってかわった、まるで花のような笑顔で私を迎える。
亀裂の入った私の心を包み込むように、微笑む。
お姉さま
私はお姉さまから沢山愛していただきました
そして沢山のものを受け取りました
でも私からお姉さまに差し上げたものはあったでしょうか
受け取っていただけたものはあったでしょうか
お姉さまの愛を沢山受け取って、私の心はもう破裂してしまいそう
でも私をそうさせたお姉さまの心の中には私はどれだけあるのでしょうか
リリアンを去ってしまわれるお姉さまの心の中に私はどれだけあるのでしょうか
お姉さまからの愛はわずかほども疑ってはおりません
でもお姉さまの中にいるはずの私は
お姉さまにとって私はどれだけの存在だったのでしょうか
だからお姉さまがリリアンを去ってしまわれる前に
お姉さまの心に私を刻みつけなければならないのです
お姉さまの純潔をえぐり取り元に戻らぬ傷を与えるのは私でなければならないのです。
出血こそ無かったが始めて異物を押し込まれた痛みと不快感は耐え難かった。
そして祥子の言葉は私に、私がどんなに願いすがっても無駄であることを思い知らせた。
だから私にはもう泣きじゃくるしかなかった。
ぼろぼろ涙をこぼし、わぁわぁとだらしなく泣くことしか。
それでも祥子の動きに合わせて泣き声が大小し、その滑稽さがまた私を惨めにさせた。
そんな顔をぐしゃぐしゃにして身体を強ばらせる私に祥子は裏返しのやさしさをみせる。
「祐巳、ロサキネンシスが痛くないように時々ローションを補充してね」
「承知しましたお姉さま」
「お姉さま少し我慢下さいね、まだまだこれからなのですから」
その言葉通りだった。
入って、出て、来て、戻る。押し込まれ、引き抜かれる。
その度にほんの少しずつ深く、張り型は私の中に入ってきた。
じりじりとこじ開けられ引き裂かれていく恐怖が高まってくる。
時々ひやりとするのは祐巳ちゃんがローションを垂らしているのだろう。
その様子が頭に浮かぶ。
両手を押さえつけられ膝を割られて全てを丸出しにしている私。
私に覆い被さり長い長い張り型で私の内臓まで犯そうとする祥子。
その結合部に顔を寄せローションを垂らしながら観察している祐巳ちゃん。
そのときの祐巳ちゃんは。
祐巳ちゃんの表情は。
さっきの祐巳ちゃんの表情・・・私の胸を引きちぎろうとしたときの表情・・・
にっこりと笑いながら、でも容赦なかった祐巳ちゃんの。
つり上がった唇から除く白い歯。瞳の中の、暗闇。
恐怖が沸点に達し、その瞬間また絶叫をあげ身体が暴れ出してしまう。
しかし突然で祥子も驚いたのか、押さえつけよう覆い被さろうとして。
私も腰を突き上げるようにしてしまい。
そのはずみで私は一気に深く貫かれる。
「あひぃぃっ!っがはっあぁああああぁーーーーーーっ!!!」
目の前が再び真っ白になった。
お腹の中の鈍痛と熱さに意識が戻ってくると、祥子の心配そうな表情がみえた。
祥子、どうしたの。そんな顔をしないで。何があったの。祐巳ちゃんと何かあったの……。
あ、笑みが浮かんだ。よかった、祥子、よかった。
「よかった、お姉さま、気を失って、おられたん、ですよ、」
祥子の言葉の強弱に合わせて身体がきしみ灼熱の波が押し寄せてくる。
今の私の憐憫は何だったのだと、再び涙と嗚咽が止まらなくなる。
私が失神しても祥子は容赦なく私を犯し続けていたのだ、そんな祥子に私は。私は。
「でももう安心ですわ。ねっ祐巳」
「なにが、何が安心なのヨォォォーー!アァァァーーー!」
「ロサキネンシスはもうご自分の愛液ですっかり潤っておられるんですよ」
「私が突き上げる度にお姉さまが反応され始めたときは本当にうれしくなりましたわ」
その通り…であることに愕然とする。
いつの間にか私は身体は張り型の大きさに慣らされ、祥子の動きに合わせてあえぎ、腰を振っていた。
浅く、浅く、深く。浅く、浅く、深く。浅く、浅く、深く。
浅く突かれるごとにむず痒いような快感が生まれる。
深く子宮を突かれると身体中に痺れるような衝撃が生まれる。
それが幾度も繰り返され、快感も幾重にも折り重なっていって少しずつ私を押し上げてゆく。
祥子は私の高まりに合わせて周期を早め、動きも激しくなってくる。
祥子にイキそうなことを見透かされ恥ずかしい、しかしそんな思いとは逆に身体がはじけそうになってゆく。
イキそう、イキそう、あ、あ、あ、ああああああぁぁぁイク、イク、イクイクイクイクイクイクイクイク……
そんな時、急に祥子の動きが止まる。
「祐巳」
「へっ。は、はいお姉さま、何でしょうか」
「…私の動きに合わせて歌うのはおよしなさい」
「そっそんなことしてませんけど…」
「ブツブツと聞こえたわよ、こんな時に『マリア様の心』を口ずさむなんてまったく」
「わっわっわっすみません!」
どっと笑いが起こる。
その笑いは絶頂の寸前で止められ、必死に腰を振って続きをせがむ私を嘲笑するように聞こえる。
そうだ。その時私はそんな姿を晒してでも祥子の張り型に突き上げられたくて仕方がなかったのだ。
惨めさがつのる。
祥子の動きはまたゆっくりしたものに戻り、私は歯を食いしばろうとした。
そうでなければこの煮えたぎるような疼きに耐えられそうもない、そう思った。
こんな目に遭わされながら尻を振って欲しがる女だと思われたくない。
だがもうあごに力が入らず、あう、あう、とうめくことしかできない。
それでも何とか口を閉じようとしていると、今度は腰をくねらすことを押さえきれない。
だめだ、私はまだ人だ。まだ、まだ人間でいたい。
おおげさかもしれないが、私はまだ大真面目にそんなことを考えていた。
祥子はそんな私の葛藤を承知の上で、張り型の動きを早めようとしない。
「あぁっうっううっ!」
お尻に何か、入って来る!
「んっんんっんんん〜〜〜っ!」」
「お姉さま、ど、どうかなさいましたか!?」
「…すみませんお姉さま、わたしのせいです。ロサキネンシスのお尻、てらてら濡れてひくひくしていたので…」
「つい指を入れてしまった……ということね」
「申し訳ありません……」
「良いわよ、祐巳。そのまま手伝ってちょうだい」
「はっはい!頑張りますお姉さま!」
祐巳ちゃんはそのまま私のお尻を蹂躙する。
祥子も負けじとお腹の奥まで突き上げ始めた。
祐巳ちゃんの指使いは祥子の動きと同時だったり、段々同期がずれて交互になったり。
前と後ろが奏でる祥子と祐巳ちゃんによるハーモニーは私を夢中にさせてくれた。
私はひいひいよだれを垂らしながらあえぎ、祥子と祐巳ちゃんの名を何度も叫び、イク、イク、と声が裏返るまで連呼し続けた。
ありがたかった。
私は祐巳ちゃんのおかげで、一瞬でもこの現実から離れることが出来たのだから。
イクゥ〜と、肺の中が空になるまで絶叫しながら、意識が遠ざかっていった。
異臭で目が覚めた。
なにか体中にまとわりいてとても重い。
顔になにか熱いものがべちゃりと張付いていて不快になる。
何か最初はわからなかったが、顔を背けながら横目で見ると、それはぱっくりと開いた女性器。
「ロサキネンシス、お目覚めになったんですね」
遠くからそんな声と、それから歓声が聞こえる。
「私の…舐めていただきますね」
そんな声と共にぐしゃぐしゃのそれを口に押しつけられる。そうか、これの臭いだったのね……。
多分さっきから顔の上に座わり擦りつけていたのだろう、私は舌を這わしてその動きに答える。
「あああぁあぁっ、うれしい、ロサキネンシス、ずっと夢見てきたんです、あなたと、あなたとぉぉっ」
すすり泣く声、その告白は歓喜に満ちていた。
私の身体は床に敷いたマットに降ろされ、全裸の少女達が群がっていた。
両腕にも腿にも臑にも少女達は性器を押しつけ激しく擦りつけている。
手の指も足の指もべたべたに舐められ、彼女達のクリトリスや膣の中、肛門の中にまで導かれている。
もう身体を動かす力は残っていないけれどせめてと思い指を動かしてあげると、途端に喜びの声があがる。
私の膣や肛門も誰かが弄んでいて、私をまた絶頂に押し上げ、そのまま昂ぶらせ続ける。
馬鹿になってしまうぐらい気持ちよかったけれど、お返しは出来ないから、ひたすら顔の上の性器をしゃぶった。
少女達は絶頂を迎える度に何度も何度も入れ替わり、常に私の全身に愛液を塗り込み続けている。
時折何人かが嬌声を合わせて同時に絶頂に至り、崩れそうな姿勢を抱き合って支えたりする。
そんな時の彼女達は美しかった。
だから、次から次へと私の顔に押しつけられる性器もすべて愛おしいと思った。
舌で恥毛をかき分け、包皮をねぶりクリトリスをほじってぐるぐる舐め回し。
尿道を吸い舌を使って膣から愛液をすすり出して。
途渡りにねっとりと唇を這わし肛門に舌をねじ込んであげる。
あ、このほくろは…さっきも舐めてあげた子だわ……いいわ、何度でも舐めてあげる。
何度でも何度でもイって、イって、イってちょうだいっ
その代り私を、イ、イ、イかせてッ、もっと、もっと、イカせてッ、イッ、イカセテッ、イカセテッ、えぇぇ……
マットの上に一人横たわる私。
あごが痛い。
全身がひりひり熱い。
少し動こうとすると顔や身体から乾燥した愛液がパサパサと粉末になって剥がれて落ちる。
ところどころぬるぬるするのは漏らした小水で愛液がもとの粘液に戻ったせいか。
「お姉さま」
祥子は私の横たわるマットのすぐ側でひざまづいていた。
そのとなりには祐巳ちゃん。
そして私達を取り囲むように、みんながいた。
「さようなら……ロサキネンシス」
お姉さまはいつでも私達みんなのお姉さまでした
でもふとした折りに垣間見えたお姉さまの伏し目がちな表情
お姉さまは本当は
本当はロサキネンシスであるご自身がたまらなく厭だったのではありませんか?
もうご卒業なさるお姉さま
私達は今日いただいた思い出を心にしまって、
この思いを断ち切ります
もう『薔薇様』でなく『蓉子さま』にお戻り下さい
そしてもしお許しいただけるなら
お姉さまの重荷にならぬように、また
『お姉さま』、『蓉子さま』と呼ばせて下さい
さようなら、ロサキネンシス
みな目には涙を溜めていたが、表情は明るかった。
祥子にも祐巳ちゃんにもさっきまでの影はひとかけらもなかった。
また目を閉じる。
あんな目にあったのに、なぜか多幸感に包まれてゆく。
暖かくなってゆく。
卒業式当日。
それでも、またやってしまった。
病欠の卒業生の分の白いコサージュを二年生から預かる。
それをてのひらに乗せて、なかなか変われないものだなとと思う。
脱皮したてのように、まだ身体がギシギシきしむ。
だがそれをつらいとは思わない。
廊下に整列する時間だと、クラス委員が呼びかけ始めた。
さぁ、卒業式が始まる。
いつからか、わたしたちはキスをするようになった。
わたしたちのお姉さまはどちらも優秀だけどもろいところもある、そんな方々だから。
妹としていたらぬために支えになれないことも多くて、悲しくなって。
でもご負担にはなりたくないから、誰もいないところで落ち込んで涙を流してたりしてたら。
お互いそんなときはすぐわかっちゃうから、そっと寄り添って。
気持ちのキャッチボールをするんだ。
話したりうなずいたりしているうちに、そんな気持ちは。
乾いていって、ぼろぼろになって、どんどん小さくなっていって。
気持ちが小さくなってもちゃんと受け止めるために、わたしたちはもっと寄り添っていって。
近づいていって
どんどん近くなって。
そしてもう目と鼻の先にいて。
目をとじて、顔を少しかしげて、唇をかさねて。
また失敗してしまった。
お姉さまから言い付かっていた、申請書の回収が集めきれなかった。
サークル別の申請書を明日までに取りまとめて学園に申請しなければならない。
今日中に回収できなかった分は明日のお昼も使わなければまとめきれないだろう。
締め切りが守れなければ他のサークルにも迷惑がかかってしまう、大事な仕事だということ。
知らないはずはないわよね、とおっしゃって。
今日はこれ以上仕事が出来ないから失礼するわ、と帰ってしまわれた。
わたしに沢山の雑事を申しつけて。
もちろんお姉さまはご承知だ。
申請書を忘れたり、書き途中だったり、漏れがあったり。
提出できなかったサークルの責任者が悪いんだってこと。
でも生徒たちがお互いに秩序を守ってきたからこそ今のリリアンがある。
わたしは山百合会の威厳でも何でも使って回収すべきだった。
お姉さまはわたしを誰もが認める薔薇様となれるようご指導して下さっている。
お姉さまの気持ちがわかっているから、こんな自分がふがいなくてなさけなくて。
みんなが帰って静かになった館で、そんなことを思って頭の中がぐるぐるしてきたとき。
ゆっくり扉が開く音がして。
帰ったはず、、なのに。
「教室で時間をつぶしていたの」
「、、ありがとう」
ゴム底の内履きのキュキュって音が近づくたびに。
頭の中の熱が粒のように散ってどこかに行ってしまう。
「大丈夫?」
「もう終わったよ、あとは片付けだけだよ」
「仕事じゃなくて気持ちのことよ」
すぐ目の前のまっすぐな瞳に自分が映っているのが、なぜか恥ずかしくて目を閉じる。
でもついちょっと首を傾げて、ほおに触れてくるのを待つ。
外から来たばかりだから唇が冷たいのは当たり前、でも私のほおですぐ暖かくやわらかくなる。
だからあやまらなくていいよ。欲しかったのはわたしなんだから。
「ごめんね」
「いいんだ。ほっぺも暖めさせて」
お互いにほおずりしてると面白い。
ほおの感触って本当に不思議。
同じところでもさらさらしてたりふわふわしてたり。
急にぴとってくっついちゃったり。
不意にくすぐったくなって逃げちゃいたくなったり。
そんなことを不思議に思っているのはわたしたちだけなのかな。
目を閉じて待ってる、誘ってる。
気持ちがぽーんってゆっくり放物線をえがいてこっちへ飛んでくる。
わたしは胸をはって、両手をひらいて、全身で受け止める。
わたしの腰にまわされた手があたたかい。
唇も、すごくあたたかい。
からだの芯も、あたたかい。
ぱささっぱさっ
集められた申請書は沢山じゃなかったけれど。
おちた時に空気を切って滑空していって、けっこうちらばってしまった。
落としてしまわれたお姉さまは、悲しそうだった。
わたしの代りにお姉さまが集めてくださった申請書。
こんな時間になったのは、きっと一枚一枚せかしたりなだめすかしたりして集めたのだろう。
その骨折りはきっと山百合会のためでなく。
笑顔のわたしと一緒に帰るために。
とうに私から離れた唇は扉に向かい。
「わたしが誘いました」
って一言残し。
足早に外へ。
床をみていた。
お姉さまの顔が見られないから。
キュキュて内履きの音が近づく。
でもさっきとちがう。ぜんぜんちがう。
私は立ちつくす。
どんどん近づく。
逃げるなんてしちゃいけない。
でもぶつかってくるような早さに、つい一歩下がってしまった。
とたんにどんってつきとばされて。
床に当たったせなかがいたい。
お姉さまの重みにおなかがいたい。
すぐ目の前のお姉さまの視線がいたい。
初めての、お姉さまの唇。
でもその唇はつめたい。
ひざから這い上がる指もつめたい。
わたしの手首を掴む左手もつめたい。
ショーツにかかる指が腰にふれて、とてもつめたい。
申し訳なかったからか、こわかったからかはわからない。
わたしは抵抗しなかった。
身をゆだねたのではなくて、抵抗しなかっただけ。
お姉さまの唇がわたしに垂らす蜜も。
今まで知らなかった舌の感触も。
初めて受け入れる指も。
胎内を蠢くおぞましい感覚も。
全部なんだかわからずにいて。
でも声を抑えることができなくて。
涙を抑えることができなくて。
お姉さまがハンケチで指を拭きながら、ぎこちなく私に言葉を掛ける。
「帰りましょうか」
その言葉に従って、ぎこちなく身支度をつくろい。
ぎこちなくスクールコートを羽織り。
ぎこちなく、ぎこちなく。
正門への並木道を二人で、伏し目がちにして歩く。
姉妹、友情、仲間、恋、裏切り。
また、ぐるぐるしてくる。
途切れ途切れの嬌声。押し殺した喘ぎ。
私より豊かに、美しく膨らんだ乳房は、揉みしだくと指が沈み込むような感触がある。
ああ、祐巳。祐巳。
喘ぎながら悶えながらお姉さまは私の名を呼ぶ。
いつもの凛とした声音とのギャップが微笑ましくて、私は尚更目の前の肢体をいじめる。
背中につつぅ……と指を走らせれば、お姉さまは「ひゃうっ」と悲鳴を上げて仰け反る。
桜色の乳首を甘噛みすれば、さらなる刺激を求めるように私の頭を抱き締める。
太股に垂れるほどに濡れた秘襞をかき分けるように指を入れれば、感極まったように痙攣する。
陰核をきつくひねり上げると、高い高い声を上げて絶頂に達した。
――ああ、お姉さま。
もっともっと。
もっともっともっと。
もっともっともっともっと、はしたない姿を見せて下さい。
失禁したって構いません。私はそれすら愛しましょう。
失神してもいいですよ。意識があろうがなかろうが、私のやることは変わりません。
耳元でそう囁くと、お姉さまは怯えたような、けれども淫らな期待に濡れた表情を浮かべてくる。
お姉さま、大好きです。
私はにっこり笑っていつもの言葉を囁き、前と後ろの二つの穴に指を差し込んで、敏感な個所を力任せに掻き回した。
声にならない絶叫を最後に、じょろじょろと尿を垂れ流して意識を失ったお姉さまの姿を、私は美しいと思った。
暦は五月。
梅雨の気配が近づいたこの時期、長袖では汗がこもり、半袖では肌寒いという中途半端な大気が街を満たしている。
夕陽はいつしか姿を消し、灰色の空が窓から望めた。
もちろん下校時刻はとうに回っている。
私は反省する。
思いもかけず熱中してしまった。
失神してしまったお姉さま、意識のないその肢体をまさぐるのが楽しくて、ついつい時間を忘れてしまったのだ。
でも、仕方ないとは思う。
意識があろうがなかろうが、お姉さまの体はひどく敏感で、感じやすいのだ。
糸の切れた人形のように倒れ伏した肢体が、そのお尻の穴を舐め上げる度にびくりと震え、陰核をつつく度に足を突っ張らせ、
胸を揉みしだく度に身をよじらせるのだ。
膣に指を三本突っ込んでかき回すと、混濁していた意識が一瞬だけ覚醒し、絶頂に引き上げられた後、また失神してしまう。
その反応が楽しくて、ちょっとやり過ぎてしまった。
意識がない間だけで、お姉さまは七、八回は達してしまっているだろう。失禁は三回していた。
薔薇の館、その二階の会議室――
私たち山百合会の巣穴ともいうべきこの部屋の床は、汗と体液と尿とでべとべとに濡れていた。
念入りに掃除しなければ匂いが残ることになるだろう。
まあ、それこそ今更だ。
私は苦笑した。
この館に出入りするようになってから半年ほど。
何人もの人たちと、私はここで肌を合わせた。
現山百合会――お姉さま、令さま、志摩子さん、由乃さん、乃梨子ちゃんはいうに及ばず。
少し前までは先代の薔薇さま方とも。
特に聖さまと愛し合うことが多かった。
あの方は寂しがり屋だったので、一時は連日のように体を重ねていなければ不安だったらしい。
意外というべきか、蓉子さまとも機会は多かった。
単に免疫がなかっただけなのかも知れないが、私の味を教えたら、一度ではまってしまったのだ。
あの方の愛撫は未熟だが初々しくて、私も嫌いではなかった。
あの二人に比べれば、江利子さまはかなり淡白な方だった。
たまのセックスも、体を使ったゲームのような感覚であったように思う。
より深く、より強い快感を探求するための、愉しいゲーム。
あの方はどちらかというと、髪を撫でたりとかキスをしたりとか、そうした何気ない触れ合いこそ価値を置いていたようだ。
蓉子さまとは対極的だが、それはそれで私には心地よかった。
今でも先代の薔薇さま方とは時に連絡を取り合い、外で会って体を重ねたりしている。
私はお姉さまも、聖さまも、蓉子さまも、江利子さまも、
由乃さんも志摩子さんも令さまも乃梨子ちゃんも桂さんも静さまも瞳子ちゃんも祐麒も――
皆々、大好きだった。
火照った体を冷気で覚ましていると、傍らでお姉さまが身じろぎする気配があった。
うめくような声を上げながら、ぼんやりと目を開いている。
ねぼすけの子供のような――あどけない子供のような、無垢な表情。
おそらくは清子小母さまも見たことがないのだろう、私だけが見ることのできるその表情。
私に抱かれた者は、個人差こそあれ、皆同じような顔を見せてくれる。
すべて、私のものだ。
彼女たちのこうした表情を。肢体を。心を。
見るのも汚すのも愛すのも、すべてはこの世でただ一人、福沢祐巳だけに許された特権なのだ。
ねえ、お姉さま?
私は私の所有物に呼びかける。
もう校門は閉まってしまいました。
携帯電話はお持ちですか? なければ私のを使って下さい。
おうちに電話して、そう……令さまの家に泊まるとでも。
夜はまだまだ続きます。
もっともっと、朝までずっと。
壊れるくらいに愉しませてさし上げます。
――どうして、こんな事になっているのだろう。
冷房の効いた部屋。飾り気のない書棚に並ぶのは様々な時代小説。
思わず文机とでも呼んでしまいそうな、飾り気のない机の上には筆入れ代わりのマグカップにノート、辞書の類。
そしてシンプルなデスクランプ。
部屋の一角を占めるベッドのシーツや枕カバーなどは、それでも女の子らしい雰囲気ではあるけれど、
質実剛健と言う言葉がよく似合う部屋の構成は、部屋の主である方の内面を知っている私からしてみたら、
確かに納得行く事だ。
けれど外見的なイメージからしてみたら、寧ろその方よりもその方のお姉さまがより一層似合うだろうと思う。
飽く迄、単なるファンに過ぎない人達から見ただけの、外見的イメージからすれば、の話だが。
内面が部屋のイメージにぴったり合う先輩である由乃さまは、
ベッドに腰を下ろし床にクッションを敷いて座っている客分である私達に向かって笑っている。
そして外見的に見て部屋のイメージに即した人、由乃さまのお姉さまであり、
現在リリアンで黄薔薇さまと呼ばれ高等部全生徒に慕われている方は。
「ねぇ、由乃。何で私こんな格好で……」
下着姿で、ベッドに寝かされていた。
黄薔薇さまの大切な箇所を包む白地にピンク色の水玉模様のある下着の上下はとても可愛らしくて、
けれど普段の凛々しい姿からすると少しイメージからずれている様にも見えて、そのアンバランスさ加減が、
悲鳴とも言える訴えと相俟って何処かいやらしい。
その声を聞いた黄薔薇さまの妹である由乃さまは、きっ、と効果音でも挿入しなければ
申し訳ないくらいと言う勢いで振り返り寝転がされている黄薔薇さまを見ると、強く言ってのけた。
「もう、令ちゃんッたら往生際の悪い。学校からここに来るまでもちゃんと説明したでしょ!」
「それは聞いたけれど、でも叔母さん達もいつ帰ってくるか分からないし……」
「令ちゃん忘れたの?それとも惚けているだけ?
うちの両親と令ちゃんちの伯父さん伯母さん、二組で今夜は出掛けて来ると聞いたわよ?」
「……それは、うちでも聞いたけれどさ。晩御飯も二人で食べておいてとも。
でも、何かあってすぐに帰ってきたら」
「明日は土曜日なんだし、きっとのんびり飲んで帰ってくるわよ」
由乃さまの言葉に、黄薔薇さまは口を噤んでしまった。
いや、口を噤んでいるのは黄薔薇さまだけではなかった。
部屋の真ん中に据えられたシックな木目の丸テーブルには、
氷を伴っている薄茶色の液体で満ちた五つのグラスが汗を掻きながら並んでいる。
そしてテーブルの周りには、クッションを敷き床に腰を下ろしている人間が私を含めて三人いた。
由乃さまの剣幕に思わず慄きつつグラスに手を伸ばした白薔薇さまであり私の姉である志摩子さんと、
所在無げにベッドを見つつ、けれど黄薔薇さまを直視できず頬を赤らめている紅薔薇のつぼみである祐巳さま。
共に由乃さまの事も黄薔薇さまの事も良く知っているお二人ではあるけれど、
流石にこんなシチュエーションは想定外のものだったらしい。
そもそも想定外と言えば、この集い自体がそうなのだけれど。
紅薔薇さまである祥子さまが早退した後、由乃さまの言葉であれよあれよと言う間にここまで来てしまったが、
本来祐巳さまに対しての講釈を由乃さまがされると言うだけであって、
志摩子さんや私までが付いてくる必要は無かった訳なのだけれど。
付いてくる必要は無かった訳だけれど、正直私は、興味深々だった。
姉妹となってまだ二ヶ月程。男女関わらずそう言った行為は、知ってはいたけれど全く興味が無かった。
興味が無かったどころか、寧ろ汚らわしいとまで思う程だった。
ただ、志摩子さんと知り合って紆余曲折ありながらも大切な時を過ごしている内に、
私の中にこれまでとは違う何かが生まれてきている事を感じ始めていた。
胸の高鳴り。息苦しさ。それが何なのかを薄々感じていながら、
けれど誰にも何も言えないまま過ごして来た時間の流れ。ただ流れるだけのそれに身を任せる事に、
愈々苦痛を感じ出したのはいつだったのだろう。
けれど他の誰に言えたとしても、志摩子さんだけには言える筈は無かった。
こんな汚らわしい思い、こんな独り善がりな思いが受け入れられるなんて思わなかったからだ。
話を聞く限りでは、昨年卒業された志摩子さんのお姉さまは、
きっと心の深いところで志摩子さんと繋がっていたのだろう。
だから深く確かめ合う必要が無かったんじゃないだろうか。
私はそんな関係に憧れを覚えはすれど、嫉妬を覚える事は無かった。
何故ならそう言う関係を築く事が私には無理だからだ。
そんな中だった。由乃さまの言葉が、私の心を突き動かしたのは。
そしてそれは、志摩子さんにとってもそうだったのに違いない。
頬を赤らめ私の方を見た数時間前の志摩子さんの顔、今でもはっきりと瞼の裏で再生が出来る。
「……乃梨子、どうしたの?」
その言葉に、漸く私は我に帰る事が出来た。
声のした方を向くと、志摩子さんが怪訝そうな顔をして此方を見ている。
頬が赤らんでいるのは、きっと黄薔薇さまの格好の所為だろう。
もしかしたらそうじゃないかも知れないが、そう思っておく事にした。
「お、お姉さま。いえ。何も」
「そう?……ごめんなさいね、乃梨子。私の我侭で」
「ええっ、何言ってるんですか。……わ、私だって」
「乃梨子……」
「お姉さま……」
「はい、カーット!」
思わず入り込みそうになっていた二人の世界を邪魔したもとい元の世界に戻してくれたのは、
ベッドの上にいた由乃さまの一声だった。
「お二人さん熱いのはいいけれど、今夜はたっぷり時間があるから」
そう言って笑う由乃さまの声に、私は頬が熱くなるのを感じた。志摩子さんの頬も、真っ赤に染まっている。
由乃さまの言葉は尤もだった。今日は黄薔薇さま以下、全員由乃さまの家に泊まる事になっているのだ。
そしてそれに参加しようと言い出したのは、私ではなくて志摩子さんの方だったのだ。
薔薇の館で由乃さまが愛の講習合宿をすると言い出した時、私は是非とも参加したいと思っていた。
もとより由乃さまは私達も参加するものと決め付けている様子ではあったのだけれど、
私が気になっていたのは志摩子さんの事だった。
志摩子さんに汚らわしいと思われる事が嫌だった私は、それを言いだす事が出来ずにいた。
言い出そうにも言い出せない、このまま由乃さまに強引に引っ張られていくと言うのも手かも知れない。
けれどそうしたら志摩子さんは果たして一緒に行ってくれるのだろうか、
私だけ嬉々として付いて行って、志摩子さんに嫌われやしないだろうか。
そんな事を考えていた私の顔を覗き込んでいたのは志摩子さんだったけれど、
私は一瞬それと気付く事が出来なかった。日が翳ったな、
などとぐるぐると思考の回る隙間で考えてはたと気付いた時には
志摩子さんのほんのりと耳まで赤らんだ顔が目の前にあった。
思わず慌てふためく私に向かって志摩子さんは、小さな小さな、蚊が啼くよりも小さな声で呟いた。
「……乃梨子、もし嫌じゃなかったら」
その声を聞き気付かれない様に周りを見ると、由乃さまも黄薔薇さまも、
あたふたと言う状態を顔一杯に表現している祐巳さまとじゃれ合っている。
此方の様子を気付かれる事はないだろう。
だから私も、出来る限り小さな声で志摩子さんの言葉に答えた。
「志摩子さんの誘いに、嫌な事なんて何もないよ」
「そう、良かった。私、乃梨子に嫌われたら如何し様かと」
耳まで真っ赤に染めて俯きがちに上目遣いでそんな風に志摩子さんが言うものだから、
私の返事のボリュームが大きくなる事は、致し方のない事だ。そうだ、そうに違いない。
「私が志摩子さんの事を嫌う訳がないじゃない!」
だからそんな私の声に振り向いた由乃さま、黄薔薇さま、
それに祐巳さまの顔が怪訝そうなものだったとしても、私は何も恥じる事はない。
ただ、白くて透き通る様な肌の志摩子さんが全身真っ赤に染まりながら、
人差し指を口に当てて目を潤ませながらこちらを見たその姿は、とてもとても恥ずかしそうだった。
そんな事を思い出しながら内心で鼻の下を伸ばしていた私は、由乃さまの言葉で我に帰った。
「さて、お集まりの皆様。これより黄薔薇姉妹による、愛情作法講習を行いたいと思います……。
さ、拍手拍手」
小声でそう言った由乃さまの言葉に、ベッド下の特等席に座った私達は釣られて拍手をした。
ベッドの上にいる黄薔薇さまは精気が抜けたと表現するしかない様な表情で虚空を見上げていた。
そんな黄薔薇さまを見た由乃さまは、強い口調で、けれど少しトーンは押さえ気味に言った。
「令ちゃん、しゃんとしてしゃんと。黄薔薇さまとしての威厳と言うものを見せなきゃ駄目なんだから!」
「こんな格好でどうやって威厳を見せろって言うのよ」
そんな黄薔薇さまの言葉は一々尤もだと思ったが、それを言い出しては話が続かないと思い、私は黙っていた。
普段そう言う突込みを入れない志摩子さんは兎も角、
顔を見る限りでは祐巳さまもどうやら同じ様な事を考えているらしい。
きっといつもの様に由乃さまが何かを言って話を進めてくれるだろう、そう思いながら静観していた。
けれど由乃さまは予想外に、黄薔薇さまに向かって何も言いはしなかった。
「由……ん、んん……んん……」
いきなりスカートを翻し寝転がる黄薔薇さまに覆い被さった由乃さまは、
自らの唇を黄薔薇さまの唇に重ね合わせたのだった。
いきなりの様子に、ベッド下にいる私達は呆気にとられていた。
唇が吸い付く音。唾液が絡む音。誰かが唾を飲み込んで鳴った喉の音。
私は思わず、テーブルに手を突いて食い入る様に見てしまった。
たっぷり一分程の口付けを終えると、由乃さまは身を起こした。
唇が離れる時、透明な唾液が糸を作っている。
由乃さまは唇に付いたそれを舌をぺろりと出して舐め取ると、にっこりと微笑んだ。
「レッスン、ワン。熱いキスは全ての始まり。
強情な心すら蕩かす程のキスは、幾千万に亘る説得の言葉に勝る」
由乃さまは一気にそう言うと隣に寝転んでいる黄薔薇さまを見た。
私達も視線に釣られて黄薔薇さまに目をやると、先程までの厳しい非難の眼差しはどこへやら、
先輩に対して失礼ながらすっかり骨抜きになった、もとい棘が抜け落ちた黄薔薇さまがいた。
伏し目がちにシーツの皺を数えている黄薔薇さまを満足げに見下ろした由乃さまは、
ベッド下で唐突に始まったこの成り行きをただ見守るしかない私達に向かって、大きく三度頷くと口を開いた。
「改めてレッスン開始よ。まずはキスの仕方から。唇、それに口の中はとても刺激に敏感なの。
だから、こうして……」
そう言うと由乃さまは寝転んだままの黄薔薇さまの腕を取り、引っ張った。
先程のキスが余程効いたのだろうか、黄薔薇さまはいとも容易く身を起こすと、
黄薔薇姉妹は私達が見易い様に互いに横を向き、唇を重ね始めた。
瞼を閉じた由乃さまと、元より目を伏せたままの黄薔薇さまは、互いに唇を幾度となく付けては離れ、
と言う繰り返しを行っていた。途中から重なる度にちゅ、ちゅと言う音が聞こえ始め、
十数度それを繰り返した後に二人の唇は長く長く重なった。
長く長く唇を重ねて固まった二人の姿は、何処か滑稽ではあるけれど何処か美しくて。
喉の渇きを感じ始めながらも私は、吸い付いて離れない唇から、もう目を離す事が出来なくなっていた。
長い長いキス、一つのオブジェとなっていた黄薔薇姉妹の中で、動き出したのはやはり由乃さまだった。
黄薔薇さまの口の中で何かが蠢いている様に見える。
それが舌である事が分かったのは、微かに唇の隙間から、ピンク色のものがちろちろと見えたからだった。
黄薔薇さまの口から吐息が漏れ出したのは、由乃さまの唇が黄薔薇さまの下唇を軽く吸った時だった。
熱い吐息と共に下着しか身に付けていない引き締まっていながらも女性らしい豊かな肢体が揺れた。
由乃さまは黄薔薇さまの唇を口の中を唇と舌で弄びながら、
これまでの数ヶ月の内で聞いた事も無い様な艶っぽい声を上げた。
「こうして、相手の様子を見ながら唇と舌先を使って、しっかりと愛撫してあげるの。
恥ずかしいと臆しちゃ駄目、照れは何も生み出さないわ」
「ン……由乃、吐息が掛かって……くすぐったい……」
「どうしたの、令ちゃん。くすぐったいのが、いいんでしょ?」
「ん……由乃ぉ」
そう言葉を交し合うと、また黄薔薇姉妹は自分達の世界へと戻って行ってしまった。
喉の渇きは一層酷くなり、私はテーブルの上にある麦茶の入ったグラスを手に取り、口を付けた。
グラス越しに志摩子さんの横顔が見える。
耳まで赤いそれを見て、たった今喉を潤したにも拘らず、私の喉の渇きは一層酷さを増した。
そうこうして私がグラスをテーブルの上に置いた時には、目の前では次の展開に移っていた。
由乃さまは黄薔薇さまの唇から離れ、頬や耳たぶ、首筋にキスを繰り返していた。
かと思えば首筋やうなじに舌を這わせている。
ちろりちろりと動く舌はまるで意思を持ったエロティックな生き物の様で、
舌先に注目している内にまるで、私まで舐められている様な錯覚を覚え、思わず身体が震えた。
「レッスンツー。十分キスをして相手をその気にさせたら、じっくりと相手の身体に触れていくの」
由乃さまはぐったりとしてしまった黄薔薇さまの背中を抱えうなじに舌を這わせながら、そう言った。
吐息がうなじに掛かるのだろう、黄薔薇さまはぴくぴくと身体を震わせながら、
熱い吐息だけを吐きながら由乃さまに身を任せている様に見える。上下するブラに包まれたたわわな胸に、
思わず目が奪われてしまう。
由乃さまは黄薔薇さまの髪に触れ、耳を噛み、鎖骨に唾液を垂らし、脇腹に手を回した。
その指の動き一つ一つがしなやかで、思わず見蕩れてしまう。
黄薔薇さまは由乃さまの動き一つ一つに過敏に反応し、熱を吐息と共に送り出す度、
私の身体まで熱くなってしまう。
「優しく、優しく触れてあげてね。相手の緊張を解きほぐす様に。相手の心を、焦らす様に」
そう言うと由乃さまは、黄薔薇さまの首筋にキスをした。
そこがきっと黄薔薇さまの弱点なのだろう、大きく溜息を吐いた黄薔薇さまは、
瞳を潤ませながら小刻みに震えている。
「由乃……やン、やめて……」
「こうして相手がやめてと言ってきた時は、気持ちがいいと言う証拠よ。もっと激しく攻めてあげて」
「ああ、や、やめて……由乃ぉ」
由乃さまは容赦なく首筋を攻め立て、黄薔薇さまは首筋を身を腰を悶えさせている。
首筋を攻めながら、するりするりと黄薔薇さまの腰にあった手を動かした由乃さまは、
黄薔薇さまの可愛らしいブラの肩紐に手を掛けた。その一瞬身を強張らせた黄薔薇さまも、
由乃さまが首筋に軽く噛み付くとへなへなと身をくねらせてしまっていた。
両の肩紐を外して二の腕に垂らすと、由乃さまは黄薔薇さまの顎に左手を添え、
後ろを向けさせて唇にキスをした。濃厚な、舌の絡まるキス。
黄薔薇さまの舌の動きも、先程とは違ってとても積極的だった。
「ああ……」
黄薔薇さまがそう呟いた時、黄薔薇さまのブラは垂れ下げられた両腕に引っかかり、
形の良い乳房が顕わになっていた。恥ずかしさが身を焦がしているのだろうか、
黄薔薇さまの頬から胸に掛けて、鮮やかな紅に染まっていた。
「レッスン、スリーよ。胸は女性の証よ。それを優しく、優しく攻めてあげるの。
乳房も乳首も、全てが気持ち良くなる様に。……さぁ、令ちゃん……寝て」
そう言うと由乃さまは、優しく黄薔薇さまの肩を抱いてベッドに横たわらせた。
その際に引っ掛かったままのブラを取り去る、その自然な手の動きは私には職人の域にすら思えた。
身を倒した黄薔薇さまの胸は、枷を失った喜びを表す様にたぷん、と揺れた。
思わずじっとその様を見ていると乳首が突き出ている事に気付いてしまい、胸が熱くなってくる。
ふと目を志摩子さんの横顔に向けた時、頬染めた志摩子さんの顔が此方を向いている事に気付いた。
けれど目が合ったか合わないかと言う一瞬の間に、
志摩子さんは目を逸らしてベッドの上に視線を戻してしまった。
そんな志摩子さんの仕草に、また胸が熱くなった。
「知っての通り、乳房も乳首もとても敏感だから、まずは優しく掌で胸を優しく包んで、
ゆっくりと揉んで上げて。そうしながら掌の真ん中で、乳首にも優しく刺激を与えてあげるといいわ」
そう言いながら由乃さまは、黄薔薇さまの豊かな左胸に右手を添え、円を描く様に優しく力を加えていた。
まるで自分が触れられているかの様に感じてしまい、ブラに触れている胸がうずいているように思える。
そんな自分自身に気付いた私は、急に恥ずかしくなってしまい顔中に血が集まってしまったかの様に熱くなった。
けれどそんな中にありながらも、ベッドの上の情景から目をそむける事が出来ずにいた。
「そうして刺激を十分受けて乳首がこう言う風に硬くなったら、こうして乳首にキスをしてあげて……」
そう言い終るや由乃さまは、黄薔薇さまのピンク色の乳首に口付けをし、そのまま咥え込んだ。
「ああっ……由乃、いや……」
熱い吐息が絶えない黄薔薇さまの口から、悲鳴と言うには弱弱しくそれでいて熱っぽい声が零れる。
そんな声を聞きながら由乃さまは、黄薔薇さまの乳首に吸い付き、舌先で転がし、
そして舌を乳房に這わせたり乳房にキスをしたりと、忙しげに口を動かしていた。
かと思うと、不意に由乃さまが顔を上げた。そしてベッド下にいる一人に視線を合わせると、口を開いた。
「祐巳さん、ここからは実践レッスンをしてみない?勿論初めてのキスは、祥子さまに取っておくとして」
声が向けられた方に目を遣ると、顔を赤らめ目くるめく世界に今にもダウンしてしまいそうだった所に
いきなり話を振られた祐巳さまは、文字通り目を白黒させて瞼をぱちぱちと痙攣させながら
由乃さまを見上げていた。
「え、え、え、え、え、何、何言ってるのよ、由乃さん」
「今日の目的の一つは、祐巳さんが如何に祥子さまとの初めてを迎えられるか、と言う事なの。
けれど見ているだけじゃ分からない事は多いわ、だったら実践した方がいいの」
「でも、でも令さまは」
「令ちゃんが相手だと言うのがいや?それとも恥ずかしいの?気にしなくていいのよ、
ここにいるのはマネキンだと思って」
「そ、そんな無茶な……令さまぁ」
由乃さまの一方的な論法に閉口した祐巳さまは、無防備に寝転がっている黄薔薇さまに目を向けた。
けれど黄薔薇さまは何も言わず、ただ熱っぽい視線を祐巳さまに向けて投げ掛けている。
まんざらじゃないのだろうか。それとも寧ろ、祐巳さまにされる事を望んでいるのだろうか。
黄薔薇さまにこんな一面があったなんて、きっと誰に言っても信じて貰えないだろう。
黄薔薇さまが頼りにならない事を悟った祐巳さまは、もう一度由乃さまの方へと目を向けた。
すると由乃さまは、それを待っていたかの様に微笑を浮かべると、口を開いた。
「祥子さまのためよ、祐巳さん」
その言葉は祐巳さまにとって、まさに殺し文句だった。
祐巳さまはのろのろと立ち上がると、ベッドへと近づいた。それを待っていたかの様に黄薔薇さまは呟いた。
「祐巳ちゃん……」
「さぁ祐巳さん、私と同じ様にするといいわ」
黄薔薇さまの呟きを満足そうに聞いた由乃さまは、祐巳さまの右手を取りそれを黄薔薇さまの右胸に触れさせた。
びくん、と固まったのは祐巳さまと黄薔薇さまだった。
顔を一層火照らせながら、黄薔薇さまは吐息を熱くしている。
おっかなびっくりぎこちなく手を動かす祐巳さまの顔も真っ赤だ。
そんな様子を見ていた由乃さまは、徐にベッド下に残った私達の方を向き、口を開いた。
「白薔薇のご両人も、ぜひ実践レッスンをしていいのよ?
身体を重ねなければ、相手の事を全て知る事は出来ないわよ」
そう言ってウィンクをした由乃さまは、ぎこちなく手を動かし口を動かす祐巳さまに向かって、指導を始めた。
私はその時、志摩子さんと互いに赤らめた顔を向け合い、固まってしまっていた。
期末テストの試験休みが明けた何もない日。
生徒指導室でのことを思うと母親の小言の待つ自宅へ帰る気がしない。
かといって厭な顔に遭うかも考えると学園内をうろつくこともできない。
温室もには近づくことすら。
結局薔薇の館に足が向いていた。
でも今の私にはお姉さまの前に立つことすら辛い。
だから窓明かりの無いことを確認してから館の中に進んだ。
しかしビスケット扉を開けたとき私は最悪の選択をしたことを知った。
薄暗い部屋のテーブルに一人。蓉子がいた。
蓉子はほおづえをつく姿勢で、でも顔をこちらに向け驚いている。
そう、ここで立ち去ることも出来たかも知れない。
でも私は蓉子の表情に少し笑みが浮かんだのを見てしまった。
私は意地を張った。
「ごきげんよう」と声を掛けて水回りに向かうと、ポットの電気はまだ入ったままだった。
「おかわり、いる?」
「カップにまだあるから」
「アイスティーの季節じゃないでしょ」
返事を待たずにカップをもうひとつ出してポットと共に白湯で温め始める。
湯気が上がる。しかしよっぽど腹が立ったのかその温かさでもこの苛立ちは和らぐことはなかった。
それはもちろん紅茶の香りが立ち上ってもだ。
両手でカップだけを持ち蓉子の前にひとつ。離れた席に私のをひとつ。
蓉子は少し頬に赤みを差しながら、そして一口飲んで感謝の言葉を口にした。
私は無言で飲んだ。これは意地、だったから。
蓉子も何か話したい素振りだったがもう何も話さず、刻が過ぎた。
「入れてもらったから私が片付けるわ」
アイスティーの入ったカップと空なのに湯気の残るカップと。
ふたつのカップを持ちながら流し台に向かう蓉子。
でも私はまだ一人で居たかったから。蓉子にさっさと出て行ってもらいたかったから。
「私が片付ける。蓉子は帰っていいよ」
その言葉に蓉子はまた笑った。
その唇の端の形に。
私の怒りは沸点に達した。
私が苛立っていることに気付いているくせに、笑みを返してくるなんて。
なんて言ったのか自分でもわからない。
大声で何かをわめき散らして出て行こうとした私を蓉子は腕を取って止めようとした。
触った。
私を触った。
私が知る中でもっとも嫌悪する俗物が、この私を。
だから咄嗟に立てかけられていたフローリング用のホウキを掴み、打ち据えてやった。
一度打てばあとは何度でも同じ。
二の腕を打って、身体を捻ったところで背中を打つ。
そして反らされた胸を、腰を、かばおうとした手を。
不格好な舞を踊る蓉子は面白かった。
特にモモは痛そうな悲鳴をあげるので繰り返してやった。
そのうち背中を丸めしゃがみこんだので胸に一突きしてやる。
蓉子は「ギャッ」と呻きながら床に仰向けになったので、今度は馬乗りになり頬を張る。
何か言いかけたのでもう一発。
抵抗したのでまた一発。
何度か平手打ちをしてやると大人しくなってきた。
いい気味だ。
本にあったことを片っ端から試す度に蓉子は顔を歪め苦悶の声を漏らす。
あの蓉子がこんな無様な醜態を晒すなんてお笑いだ。
だが。
いつの間にか私の笑い声は止まっていた。
可笑しい筈なのに声が出ない。
頬が熱い。目頭が熱い。
蓉子の身体に水滴が撒き散らされて、傷に沿って留まる。
解っている、蓉子は暴力を恐れているんじゃない。
解っている、蓉子は私のために必死で耐えていること。
でも蓉子。
でもあなたに何がわかる。あなたに何が。
蓉子の想いは私には伝わらない。
そんなものは知らない。
例えホウキの柄を沈め込んだ時の絶叫が耳を覆いたくなるものであっても。
そんなものではまだ、私の叫びをかき消すことは出来ない。
数日の後、蓉子は再び登校してきた。
顔の腫れはなかったが、体育を見学したらしいからまだ身体は痣だらけなのだろう。
親に顔を見られないように部屋に引きこもって氷でも当てていたのか。
普段と変わらぬ様は私への意地だろうか、相変わらずの努力家だ。
でも私には何の感慨も与えない。
そうして終業式の日を迎える。
生涯忘れえぬクリスマスイブを。
「志摩子さんっ!」
息を切らせてドアを開けた乃梨子を、私は笑顔で迎え入れた。
「良かった……来てくれたのね」
「あったりまえよ。だってこんな横暴、許せないもの!」
アメリカから文字通り飛んできてくれた可愛い妹は、ぽんぽん威勢の良い口調で飛ばした。
私はほっとして、少し目の前がぼやけた。このところずっと気の張り通しだったのだ。
「ねえ、乃梨子。どうすればいいの、私……。修道院が無くなっちゃうなんて」
つぶやくと、乃梨子はそっと私の手に触れた。
「志摩子さん、大丈夫」
「でも……」
自分が身を捧げなければ神の家が無くなるのだ。
耐えに耐えて男との結婚生活を送っていても、万が一、男の機嫌を損ねるようなことが
あれば、一瞬にして修道院は無味乾燥な駐車場に姿を変えるだろう。一生、我慢し続ける
ことが自分に出来るかどうか、自信がなかった。
「どうにかして、取り戻してみせるから!」
「……そんなこと、出来るの?」
「腕利き弁護士に任せてよ。私はまだ力不足かもしれないけど、水野先輩に頼めばきっと!」
乃梨子は言った。
「水野先輩、って、蓉子さま?」
「うん。同じ事務所なの。バッジ取ってまだ間もないうちからずっと負け知らずなんだから」
まるで自分のことのように乃梨子は誇らしげだった。私は小さく笑んだ。
「頼りにしてるわ」
「任せといて、志摩子さん。はい、お守り」
乃梨子は私の首にロザリオをかけた。
「これ……」
「懐かしいでしょ。とっておいたの」
乃梨子はそう言って笑むと、部屋から慌ただしく出て行った。
取り残された私はしばらくぽつんと座っていた。
ため息ばかりが部屋にこもる。
「……着替えないと」
傍らには豪奢なウェディングドレスがマネキンに着せられて飾ってあった。一生着るこ
とは無いだろうと思っていたのに、こんな風に着るようになるなんて。何十回ため息をつ
いても、つききれない気がした。
控え室のドアを小さく開けて、手伝いの人を呼んだ。組の関係者なのだろう。黒いスー
ツを着た、がっちりした体格の女性は、まるで睨み付けるような顔で、着替えを手伝ってくれた。
私が礼を言うと、真四角の顔のまま彼女はうなずき、部屋の外へ出て行った。
純白のドレス。肘までの長手袋。確かにきれいではあった。
自分の姿を鏡で見て、小さく首を横に振った。ひどく憂鬱な気分のままでいた。
神様は見ておられる。神様はすぐそばにいらっしゃる。
それを私はいつでも感じている。
それなら何故救ってはくれないのか。
神様の妻が一人で寂しく座っているのに。
これもまた神の思し召しなのかもしれない。
祈りの為に己を捧げる覚悟を試しておられるのかもしれない。
それならば私は耐えよう。
そう思いながらも、ため息は絶えない。
ぼうっと胸元のロザリオを見やった。
窓からの光に輝いている。
神々しく、美しく、梅雨の合間の日の光にまぶしいほどだった。
光を見るごとに、心の内がざわめいて仕方がない。
私は、神様を裏切っているのかもしれない。
自分がつとめてきた神の家に固執せず、他の修道院へ移って、神との結婚を続けるべき
なのかもしれない。
そんな考えも出来るかもしれないけれど、私にはそれを信じ込むことが出来なかった。
神の教えを一人でも多くの人に広めるのが、神様の望んだことだ。
それなら、私はこの教会を潰すわけにはいかない。
この教会を守るために、神様と結婚していることは出来ない。
だから今、神様とさよならの交わりをしようと思った。
自分の肩へ腕を絡めた。冷房のせいか、ひどく冷えていた。
ため息をついて暖めた。ほっ、と手袋に熱い息を吹き込む。
あいた胸元へぬくもった手を当てた。やはり首筋から鎖骨にかけて、氷のように冷え切っていた。
鎖骨に、手袋のレースが触れた。
かすかにざらりとしたレースの感触は、普段、自分が身体に触れるときの感覚とは違っていた。
身体の内にひどく、違和感がある。
小さく唾を飲んだ。手袋のままの右手を胸元でかすかに動かす。
はっ、と熱い息がひとりでに漏れた。
鎖骨のくぼみに沿って、少しずつ、少しずつ焦らすように撫でていく。
ほんの指一本分の長さを動かすのに、たっぷり三十秒はかけてなぞっていく。
これは、かみさまの、手だ。
頭の片隅で、そう思った。目を閉じて自分の指先に集中する。
人差し指を首筋から鎖骨にかけて、往復させる。
ほとんど触れるか触れないかのぎりぎりで、皮膚をなぞり、そのたびに身体の熱がこもっていく。
「……っ、」
息を吐いて、止める。自分の中の熱を全て解き放つように、熱い熱い息を吐く。
「かみさま、」
小さな声で、愛するものの名をつぶやいた。
右手で、首筋を左上へたどっていく。どうどうと音を立てて流れていく血流を指先で感
じた。やがて冷たい金属に触れた。左耳のイヤリングだった。大きくごてごてとしていて、
ずいぶん悪趣味だとプレゼントされたとき感じたのを覚えている。
それをかいくぐって、自分の耳の後ろへ指先を向ける。つるつるした手のひらの布地が
おとがいにするりと触れて、それだけで熱が高まった。
「ん、っ」
耳朶から親指を這わせ、奥へそっと触れた。穴の中へ一瞬爪の先が触れただけで、吐息
が漏れ、肩が小さく震えた。
腕の下で、心臓がとくとくと鳴っている。
熱い。胸の奥がひどく熱い。
右手で小さく耳をもてあそびながら、左手で心臓を服の上から押さえる。
むりやり強調された胸の谷間へ、中指の先だけが触れた。
そこからじわりとドレスの間へ手を差し入れていく。ふんだんに使われたレースはまる
で茨の棘のように、ちくちくと私の肌を刺し、それがかすかな痒みを伴って、私の肌をい
やらしく灼いていく。
「かみ、さま……」
柔らかな右の乳房を神様の手に捧げた。小さく凝った先端を手袋の先で愛撫する。
そっと擦るだけで、快感が芽吹いていく。
もどかしければもどかしいほどに、自分の中で渦巻く何かが大きくなっていく。
膝から少しずつ力が抜けていく。指先を動かすばかりで、他の全てが失われてしまいそうだ。
「ん、ぁ、っは……」
水の中で息を継ぐように、顔を上げて息を吸って、こみあげる声を殺す。ずるずると壁
にもたれた。
右手を耳朶から離す。代わりに何段にも重なったレースの上から、下腹部をそっとなぜた。
そこは、待ちこがれるように、蠢動していた。
耐えきれず、床にへたりこんだ。ひどく冷たいフローリングの床の上に、ふんわりとド
レスの裾が広がった。
本当に、このドレスはきれいだ。
頭の片隅が、ぼんやりそんなことを考えている。
「ん、ぁ、かみさま、か、み、さ、ま……」
うわごとのように、名前を呼ぶ。呼びながら手は独りでにドレスをたくし上げていた。
昨晩、組の経営するエステで丁寧に磨き上げられた脚が、冷たい外気にさらされていた。
じゅんじゅんとしみ出て、下着を濡らし、床を濡らしていく愛液を、手袋に塗りつけた。
しみ込まずにてろてろと光っているそれを、まんべんなく花弁へ回す。
ひどくもどかしい。いつまでも神様に届かない気がする。
「いゃ……」
下着を足首まで下ろした。愛液が流れ出て、きれいなドレスを汚してしまうかもしれない。
それでも神様へ届きたかった。
左手も下へまわした。花弁を広げて、芯をあらわにする。べっとりとした滴が手袋を滑
りやすくする。こするほどに大きくなる芯へ、突き出すように腰が動いていた。
「っふぁ……」
つるりと花弁が逃げた。それだけでひどく恋しい。
思い切り広げて、指先を入れた。十分に濡れそぼったそこは、簡単に受け入れていた。
「んぅ……ふっ」
一本では足りない。二本でも届かない。三本でも、まだ。
激しく動かして、腰を振って、それでもどこへも届かない。
神様は遠い。
「ぁ、ああっ、ふぁああっ」
声を出して、自分を駆り立てた。
嬌声は祈りの声。狂おしいほどの祈祷を叫んだ。
無意識のうちに胸元のロザリオの鎖を引き千切っていた。ばらばらと玉が散る。
手にしたその十字架へ、花弁を捧げた。
奥へ、奥へ、届く限りの芯の奥の奥へ突き入れた。自らの重みを使って、貫かれて血を
流すまで自分自身を突いた。何度も、限りなく何度も。
かみさまに、わたしを、捧げた。
「んっ、ぁ、かみ、さま、あっ、うぁん、やっ……ぁっ!」
小さく腰がはぜ、私は達した。
荒い息を少しずつ納め、小さく目を開けた。
そこに、聖が、お姉さまが立っていた。
にこりと笑んで、立っていた。
「きれいだね、志摩子のそこ」
私は、硬直したまま動けなかった。だらしなく広がったままのドレスの裾をかき集める
ことさえ出来なかった。
どうして、ここに。
そんな疑問さえ口に出せなかった。
「来て良かったわ。いいもの拝ませてもらったし」
静かに笑んだまま、お姉さまはかつかつとヒールの音を響かせて歩いた。目の前で立ち
止まって右手を伸ばす。
「立てる?」
「え……あっ!」
私はあわてて乱れたドレスを直し、立ち上がろうとした。
が、長い裾を踏んで、かくりと膝を折る。
「慌てなくてもいいよ」
苦笑するお姉さまの手を借りようとして、あわてて引っ込めた。
手袋は、それと分かるほどに汚れていた。
「す、すみません……」
「謝る必要なんて、無いわ」
お姉さまは迷ったままの私の右手をつかんだ。
自分でもぬるりとそれが滑るのに気付いて、恥ずかしさでいっぱいになった。
「だって、まだこれは続くもの」
「え」
目を見開いたままの私を、お姉さまは抱き寄せ、口づけた。
ぺたん、と子供のように私はまた床に座り込んでいた。
「訳が分からないという顔をしてるね、志摩子」
お姉さまはさもおかしそうに、私のそばへかがみ込むと、いい子いい子をするように髪
をなぜた。
私が少しだけぴくりとしたのをお姉さまは見逃さなかった。
「感じる?」
「……何を、ですか」
問い返しながらもまだかすかに高鳴ったままの熱い心臓を自覚する。答えは明白だった。
お姉さまは答えない。私の右手をつかんだまま離さずにいる。私は羞恥のあまりに、床
を見つめていた。
「これが、神様の右手?」
やがてお姉さまが問うた。
私も答えない。これもまた明らかだった。
「きれいね」
「そんな、ことは」
「きれいだと思うな、私は」
お姉さまは言うなり、汚れたままの手袋にまるで騎士のようにうやうやしく口づけをした。
「っ!」
私は振り解こうとして、できなかった。
「思い出すわね、文化祭の劇のこと。演目はシンデレラで、舞踏会のシーンがあったでし
ょう? 私が隣国の王子様で、あなたが花嫁候補。組んで踊ったわ。そのときも、手の甲
にキスを」
お姉さまはゆったりと思い出を語る。
私はそれどころではなかった。
「今日はどんな用で……っ!?」
いいさした私にまた、口づけが降りた。
深く深く舌先が私の中を踏みにじって、甘苦い唾液を送り込む。痺れるような甘噛みに
混じって、ちりちりと官能が脳髄を刺した。
息が荒くなっていく。体中が熱く、何かに触れただけではじけ飛んでしまいそうだ。
相手の唇から、とろりと何か、唾液に混じって冷たいものが流れ込んできた。
かすかに目を開けて抗議するが、強く吸い付けられた舌は離れられなかった。
氷のように冷たい錠剤が、口の中で溶けていくごとに甘苦い味が広がった。
じんわりと疼痛のように、脳髄が痺れていく。口の中がひどく熱いのに、溶けていく錠
剤だけが異様なほどの冷たさで、けれどそれも少しずつ小さくなっていく。
やがて熱だけが私の身体を占める。荒くはき出した息がお姉さまの頬に当たって跳ね返
って、自分の熱を自覚させる。
冷房の効きすぎた部屋はさっきまで凍えるようだったのに、いつの間にか私は上気して
何かを待ち望むように、太ももをこすり合わせていた。
ふっ、とお姉さまは鼻で笑った。
笑われても当然だと私は思った。
口づけたまま、お姉さまは私の背中に手を伸ばす。まるで薔薇のつぼみが開くようなゆ
っくりさで、私の背を人差し指だけで撫でる。純白のドレスのファスナに沿って、計算し
たような微かさで爪を浅く立てる。
どれぐらいの強さでどれぐらいの速さで私に触れれば良いのかを、お姉さまはしっかり
覚えている。十年近く前にあった秘め事の些細な癖を、覚えていてくれる。
唇がふさがれていて、本当に良かった。
呼吸が苦しくて、その苦しさに紛れて、お姉さまにすがりつくことが出来る。
かみさま、これは、仕方のないことなのです。
心の中だけで祈る。
腕を絡め返して、身体を押しつける。触れて欲しいところ全てを強く強く押しつける。
ただ触れるだけで駆り立てられてしまう焦燥感を全て、お姉さまに預ける。吸われ、もて
あそばれるばかりだった口づけは、こちらからも浅く舌を返すようになる。柔らかく濡れ
た舌先が唇だけで甘く噛まれ、解かされていく。
と、お姉さまが口づけを外した。
「志摩子、変わらないね」
笑んで、言った。
「お、ねえ、さま、こそ」
息もたえだえに私は返した。すぐにでも口づけを再開したかった。少し息をするだけで、
喉が渇いて、足りなかった。身体全体が渇いて、飢えて、耐えきれなかった。
「私は本気では誰かを愛せない。昔、そう言ったよね」
お姉さまはどこか寂しげに笑んだ。
「……ええ」
お姉さまのお姉さまが、残した言葉。まるで呪いのように刻み込まれている。
いつだって私を抱くときはまるで何かのついでのように抱いていたことを思い出す。
わざと礼拝堂で。わざと薔薇の館で。わざとたくさんの女の子と一緒に。
何かに対する冒涜のようにしか、私はお姉さまに抱かれなかった。それでも大人しく抱
かれていた。それだけで何かを得たような気分になっていた。
今日という日は、あの日々の続きだ。
「だから、本気で浮気をしに来たよ。志摩子」
口ではふざけたことを言っているのに、お姉さまはひどく真剣な目をしていた。
その目を見ていたくなかった。目を閉じて、こちらから口づけた。
その目はずっと昔から同じだ。
かつて本気で愛したひとのことを考えている時の目。
どうして、わざとそんなことをするのだろう。ひどく悲しくなった。
目を閉じた暗闇の中、誰かの手が私の身体を燃やしていった。
背中から肩胛骨、うなじへゆっくりと手を伸ばし、長く伸ばしたままの髪の毛を撫でて
いく。胸でもなく、下腹部でもなく、身体全体をゆっくり愛おしげに微かに触れていく。
ただそれだけのことで私の身体はひどく熱くなる。口に含まされた媚薬のせいばかりでは
なく、私の身体に染みついた習性。
ああ、きっとこれも神様の手だ。
私の身体に触れる手は、神様以外にはありえないのだから。
神様にこの身体を捧げる。神様に、べったりと染みのついた手袋で触れる。見えない神
様の頬を私の身から流れ出た滴で濡らす。神様は私の指に吸い付く。強く、神様の唾液で
私は濡れていく。神様は私の指を噛みしめる。
「っ……」
痛みに少し顔をしかめてしまった。
「ごめん、痛い?」
神様は、ひどくきれいで澄んだ声をしていた。
私は小さくかぶりを振ってそれに答える。
私は身体で、神様を受け止めている。熱を帯びた身体を神様は同じ熱さの指先でまさぐ
る。じゅんじゅんと、さっきから収縮を繰り返している花弁は、待ちきれないもどかしさ
を堪え切れずに少しずつ何かを流し出している。
「ん、」
背中のファスナが外される。胸元が緩められて私は大きく息をついた。
襟ぐりから下着越しに胸の突起を触れられる。十分すぎるほど硬くなっている。
耳元を通り過ぎる吐息が甘い。
「志摩子、成長したね」
「んっ……ふっ」
「私の手に余ってる」
返事らしい返事が返せなかった。吐息をつくだけで精一杯だ。
「自分で、育てた? それとも誰か、他の人?」
くすくすと笑いながら、私の下着をゆっくり緩めていった。あいた隙間へ暖かな吐息が近づいていく。
「ぁ……み、さま、が」
「え?」
「かみさっ……ま、が、なさいました」
言ってすぐ、強く強く乳房を吸われた。
「あっ!」
堪えられずに私は声を上げた。
「なんだか嫉妬しちゃうね、神様に」
その声に、ゆっくり目を開けた。
神様ではないその人は、ひどく傷ついた顔をしていた。
「すみま……ふ、ぅんっ!」
謝ろうとした時、またさらに強く突起を噛まれた。
私はしっかりとお姉さまの頭を抱え込んだ。その人は、まるで子供が泣くように震えていた。
「私は、神様、嫌いなんだ。昔からずっと恋敵だからさ」
冗談めいた口調でそう言う。柔らかい乳房の間に頭を埋めたまま、今にも死にそうな顔をして。
「だから、ね、志摩子。今日は神様のことを忘れて、浮気してよ」
軽い言葉の裏側に、隠しきれない必死さが混ざっていた。
私は、ただ、うなずくしかなかった。
スカートがまた、たくし上げられる。けれど下着を下ろす手間はすでに省かれている。
滴り落ちるしずくで自分の太ももは冷たく濡れていた。それをかき集めるように、すっと
彼女の手が内側をさぐる。ぬるりと滑っていくごとに、また新しい液体がにじみ出ていく。
「っふ、っく、んっ……!」
するりと入り込んだ指に、吐息の激しさを隠せない。耐えきれない。
「声、出してよ」
言われても出すつもりの無かった声が、ひとりでにほとばしっていく。
「っふっ、あっ、やっ……」
嬌声が祈りならば、これは誰に捧げられた祈りだろう。
神様のためでないことだけは、確かだった。
「すみま……ふ、ぅんっ!」
謝ろうとした時、またさらに強く突起を噛まれた。
私はしっかりとお姉さまの頭を抱え込んだ。その人は、まるで子供が泣くように震えていた。
「私は、神様、嫌いなんだ。昔からずっと恋敵だからさ」
冗談めいた口調でそう言う。柔らかい乳房の間に頭を埋めたまま、今にも死にそうな顔をして。
「だから、ね、志摩子。今日は神様のことを忘れて、浮気してよ」
軽い言葉の裏側に、隠しきれない必死さが混ざっていた。
私は、ただ、うなずくしかなかった。
スカートがまた、たくし上げられる。けれど下着を下ろす手間はすでに省かれている。
滴り落ちるしずくで自分の太ももは冷たく濡れていた。それをかき集めるように、すっと
彼女の手が内側をさぐる。ぬるりと滑っていくごとに、また新しい液体がにじみ出ていく。
「っふ、っく、んっ……!」
するりと入り込んだ指に、吐息の激しさを隠せない。耐えきれない。
「声、出してよ」
言われても出すつもりの無かった声が、ひとりでにほとばしっていく。
「っふっ、あっ、やっ……」
嬌声が祈りならば、これは誰に捧げられた祈りだろう。
神様のためでないことだけは、確かだった。
「あ、あぁっ、はっ、い、いい……」
「……彼女には確か、」
激しくかき混ぜられる合間、私の声に混じって、言葉が紛れ込んだ。
「……マリアさまがみているから」
「んぁぁ、っか、はっ、や、やぁっ……」
「……って言われたっけ」
私の代わりに、囁かれた言葉がまるで祈りのように聞こえた。
「あ、っ、あぁ、はっ、んっくぁ、ぅ……あ、あぁぁっっっっ!」
言葉をかき消すような声を上げて、私はその日二度目の絶頂を迎えた。
エアコンの効いた部屋のフローリングに、私は身体を横たえている。純白のドレスは見
るかげもなく汚れてしまっていた。私は不思議とそのことにぼんやりした感情しか覚えて
いなかった。ひどく空虚で、だるかった。指先一本動かすのさえ、つらい。
「浮気、しちゃったね」
お姉さまはそう言うと、そっと私の手を取った。暖かで、汚れた手。
「これって、罪、なのかな」
ひどく深刻な顔をしていた。私はその真剣さを崩すように、わざと笑んだ。
「私なんて、浮気現場をずっと見られてますわ。神様はお空から見ていらっしゃいますもの」
「ふふ、三年目の浮気、か。許してくれるような神様だといいね」
しかし我ながら古すぎるけどね、と言って笑んだ。そのまま口づけが降りてくる。それ
を避ける気力も無かった。
全てを失う感じというのは、こんな感じなんだろうか。
この姿を見たら男はきっと激怒し、修道院は無くなるだろう。裏切った私を神様は許さ
ないだろう。お姉さまとのことはどうせ浮気。きっと明日には何もかも無くなるだろう。
体中が空っぽで、大切にしていたものがなくなってしまうのなら、それはもう、いっそ
すがすがしいように思えた。
唐突に扉が開いた。
身体がほとんど動かなくて、ごろりと首だけ動かした。
すらりとしたパンツスーツの足が二組並んで見える。
「志摩子さ……」
片方は乃梨子。名前を呼びかけて、私のあられもない姿を見て、立ちすくんでいた。
「聖。どういうことか説明してちょうだい」
もう片方は蓉子さまだった。凍り付いたような顔でこちらを見下ろしている。
「はは、蓉子。いい顔してるね」
私と同じように転がったままのお姉さまは、大きな声を立てて笑った。
言われた蓉子さまはひるまずに、冷たい目で見下ろしていた。
「ああ、しかし……まだうまく動けないな。もう少し経ってから来てくれればよかったのに」
「これでもずいぶん待ったのよ。馬鹿らしい話だけれど」
吐き捨てるように蓉子さまは言った。
「それって、のぞき見してたってこと? やーいデバガメすけべー」
お姉さまは子供のように茶化したが、蓉子さまは完全に無視した。
「あなた、大岡組の頭とどういう関係?」
「そんなの、言わなくても分かってるくせにね」
お姉さまはゆっくり手を天井へ向けて伸ばした。手を広げたり閉じたりしてしびれを確認している。
「それとも、知り合い、とでも言えば満足なわけ?」
「ただの知り合いは、夜中の四時に事務所を訪れたりしないわ。徹夜で飲み明かしたりも
しない。金庫番に名前と顔覚えられて、愚痴の種になったりもしないでしょう」
「じゃあ、愛人、とかかな?」
お姉さまの口調はあくまでおもしろがっているばかりだった。
「馬鹿いってんじゃないわ、聖。いいから権利書を返しなさい」
「うっわ、怖いなぁ、蓉子。すごい迫力だよ。さすが百戦負け知らず」
お姉さまはヤケになったように、笑い続けている。
「百回も法廷踏んでないわ」
「ものの例えよ」
ふっと、笑いがとぎれる。
気まずい沈黙が部屋を埋めた。
「志摩子を神様から奪うにはこれしかなかったんだ」
静けさの中に言葉が降りていく。
「彼とはmixイベントで知り合ってね。恋愛相談受けてる内に、友達になった」
相手も男っていうだいぶ特殊な恋愛相談なんだけど。お姉さまはそう付け加えた。
「彼の相手も熱心なクリスチャンでね。まあ、そっちはどうでもいいんだけどさ」
お姉さまはゆっくり身体を起こした。まだ少しだるそうだったが、薬はある程度抜けて
きているようだった。
「もう誰かを神様に取られるのは嫌だ、そう言ったら彼は共感してくれた。そこから先は
本当に簡単だったよ」
(私は、神様、嫌いなんだ)
ぼんやり霧のかかったような頭の中で、さきほどの言葉が回っていた。
たぶん、私は初めから全部理解していた。お姉さまが本当は誰のことが好きで、誰のこ
とを考えながら私を抱いたのか。
十年も前の思い出が、まだお姉さまを縛り付けている。私と同じように熱心なカトリッ
ク教徒で、シスターになったという彼女のことは話にしか聞いていないけれど、多分、簡
単に忘れられるようなものではないのだと、気付いていた。
だから、私は抱かれたのだと思う。
お互いに浮気だから。
だから、仕方のないことだと、神様に言い訳までして。
「犯人の告白、というわけ? 似合わないわ、聖」
「本当にね。どうしてこんな風にべらべら喋ってるんだろう」
心から不思議で仕方がない、というようにお姉さまは言った。
「神様が見てるからかな。懺悔? 分からないけど」
「ここは別に礼拝堂じゃないでしょう。ただの控え室」
蓉子さまがそう言うと、お姉さまはまた、笑い始めた。
「そうやって笑うの止めて。腹が立つわ」
「あはは、そうやって怒ってる蓉子がおかしい」
お姉さまは何かが壊れたように、笑い続けている。
楽しげなのに、ひどく、不安をあおる笑い声だった。
「あの!」
思わぬところから声がした。
「こんな……こんなひどいことをして、どうして笑っていられるんですか」
乃梨子だった。
立ちつくして、足がすくんで、なすすべもなくそこに居るのだと思っていた。一歩も動
けずに萎縮して、ただ状況を理解せずに居るのだと思っていた。
けれど、いつの間にか私の衣服を直してくれていた。私の傍らにひざまずいたまま、凛
として、お姉さまを見据えている。
そんな乃梨子がひどく輝いて見えた。その様は、さきほど引きちぎってしまったロザリ
オに似ていた。神様のことなどほとんど考えたことも無いだろう彼女が、誰よりも神々し
く見えた。
「笑うしか、ないよ。だって、そうでしょう?」
お姉さまはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
よろり、よろめきながら、今にも消えゆく火のように立っていた。
「さあ、どうしようか、志摩子。どちらを選ぶ?」
お姉さまは手をこちらへ差し出した。
暖かく、汚れていて、優しくて、私の何もかもを知っているその手を。
「私? それとも神様?」
状況は何も変わっていない。身も知らぬ男が、お姉さまに変わっただけだ。断れば修道
院はどうなるか分からない。
それにお姉さまに抱かれることは、嫌ではなかった。悲しいことはたくさんあるけれど、
割り切ってしまえばいつか慣れるのかもしれない。まるで母校と同じように居心地の良か
った修道院が無くなってしまうのはとても寂しい。
それでも、
浮気は浮気。本気には到底かなわないのだ。
お姉さまだって、それを知っているはずだった。
このまま受け入れるわけにはいかない、ということを。
私はゆっくりと身体を起こした。乃梨子が私の開いたままの背中を支えてくれた。身体
はまだ痺れていて、その手に対する感覚は無かった。
「神様を、私は選びます」
そう断言した私に、お姉さまは静かに問い直す。
「神様が許してくれると思う?」
「それでも、神様は私と共におります」
「なるほどね」
お姉さまは長い長いため息をついた。
その瞬間に、その火は消えたのだと思った。
あやうく声をかけそうになるほどの、切なげなため息だった。
「私は一生、神様には勝てないのかもしれないわね」
ぼやくようにつぶやいて、ポケットから携帯電話を取り出した。どこかへダイヤルする。
誰もが固唾を呑んで見守った。
「あ、もしもし、オータロー? 私だけど。プロジェクトGは失敗しました。直ちに撤退
ねがいまーす。はい、はい。え、あ、うん。えー、でも」
ちらっとこちらを見た。そして手招きする。
私は乃梨子に支えられて、どうにか立ち上がった。まだ足がふらついていた。
「オータロー、あんま怖くしないでよ。純真無垢なシスター藤堂なんだからさ」
お姉さまは、にやりとしてこちらへ電話を手渡した。
「もしもし?」
『あ、初めまして。大岡央太郎です』
清潔感のある声の男性が電話口に出た。ヤクザというよりは銀行員や公務員と言っても
通じるだろう。想像していたよりも若そうな声だった。
『このたびは、いろいろとご迷惑おかけしました。聖さんにはオレも頭が上がんなくて。
いろいろ説得はしたんですけど……結局、聞くような人じゃなかったし』
お姉さまとは言っていることがだいぶ違う。どうやらお互いに認識のズレがあるようだった。
『なんていうか、ヤケっぱちで。オレも振られたし、聖さんも振られたばっかで。なんか
もう、神様なんて居ないって、そんな気分だったから』
こうして声を聞いていると、ひどく朴訥そうな青年だと感じた。
『いや、でも、なんていうか、ふざけてたわけじゃないですよ。真剣、だったんです。だ
から、こんな賭を』
「え?」
賭なんて、初耳だった。
『どんな困難にも負けずに、神様のことをちゃんと信じてるような人がこの世にいるんだ
ったら、潔く諦めようって。諦めて相手のこと、ちゃんと見守ろうって決めたんです』
その言葉を聞いた途端に足の力が抜けた。乃梨子が慌てて支えてくれなかったら、また
へたりこんでしまうところだった。
『権利書は水野さんにお渡ししてます。オレ、こんなことになりそうな気がしてたし』
思い出すように、はあああ、と深いため息が電話越しに聞こえた。
『最近の女のひとって怖いっすねぇ……。オレ、ゲイで良かったなぁ』
彼のそんな言葉に顔がほころんだ。
礼を言ってから電話を切る。お姉さまに返した。微笑したままのお姉さまは、どうして
も私の目を見ようとはしなかった。
「じゃ、私は帰るわ」
私に背を向けて、ひらひら手を振った。
その寂しげな背中に、かけられるような言葉は見つからなかった。
私には黙って、見送るしか出来ないのだと思った。お姉さまが卒業してしまったときに、
何も出来なかったのと同じように。
ゆらゆらとかげろうのように、お姉さまが消えていこうとした瞬間。
「ちょっと待って」
そう言って、お姉さまの首根っこをつかんだのは、蓉子さまだった。
「な、何?」
まったく予想外だったのだろう。あっけに取られた顔で、お姉さまは言った。
「あのね、あれだけのことをして、大騒ぎして、謝罪の一言もないわけ、聖? リリアン
伝統の美しく清い魂をどこにおいてきたのよ」
「そんなの初めからないよ。あったらこんなことしてない!」
身も蓋もないことを叫んでいるお姉さまを見て、乃梨子がぼそっと言った。
「異様なほどの説得力がありますね」
私たちが呆然と見守っているうちに、ずるずるとお姉さまは部屋の外へ連れ出されかけ
ていた。普段ならしんと静まりかえっている廊下を、ドップラー効果のかかった悲鳴が通
り過ぎていく。
「両手をついてあやまったって、許してあげない」
「浮気ぐらい大目に見てよ」
「ぜっっったい、許してあげない!」
「大目に見てよーーーーー!」