【孫様は】産経の賛戦報道をチェキすれ44【救世主】
風考計
「竹島と独島」 これを「友情島」に…の夢想
(前略)(中略)
そこで思うのは、せめて日韓をかっちり固められないかということだ。
例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは
思えない。 ならば、いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する。
見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ。周辺の
漁業権を将来にわたって日本に認めることを約束、ほかの領土問題
では日本を全面的に支持する。FTA交渉も一気にまとめ、日韓連携に
弾みをつける───。
島を放棄と言えば「国賊」批判が眼に浮かぶが、いくら威勢がよくても
戦争できるわけでなく、島を取り返せる見込みはない。もともと漁業の
ほかに価値が乏しい無人島だ。元住民が返還を悲願とする北方四島や、
戦略価値が高い尖閣諸島とは違う。
やがて「併合100年」の節目がくる。ここで仰天の度量を見せ、損して
得をとる策は無いものか。いやいや、そんな芸当のできる国でなし。だから、
これは夢想に過ぎないのである。(以上)
2005年3月27日 朝日新聞 朝刊
風考計/若宮啓文(論説主幹)
「竹島と独島」 これを「友情島」に…の夢想
それは、嵐の中に飛び込むようなものだった。島根県が「竹島の日」を定めて間もない18日、日本批判が
燃えさかる韓国を訪れたのだ。
大先輩にあたる韓国のジャーナリスト・権五g(クォン オ ギ)さんとの対談で作った『韓国と日本国』(朝日
新聞社刊)が韓国語になって出版され、この日にソウルで記念の催しが行われた。そこに降ってわいたのが
この問題だった。
日の丸が焼かれる。抗議のために指を詰める。『日本人お断り』のゴルフ場が現れる。「竹島の日」に対抗
して「対馬の日」を定めようとの自治体まで出てくる。韓国政府は「断固対処」の対日新原則を発表し、やがて
盧武鉉大統領は「外交戦争」と言い出す。出版会こそ無事に終わったものの、私の心は晴れないままだ。
いつか見た光景が目にだぶる。
日本の高校の歴史教科書が「歪曲(わいきょく)」だと問題になり、「反日」旋風が吹き荒れたのは、私が
ソウルで留学生活を送っていた82年のことだ。新聞もテレビも「日本はけしからん」で明け暮れ、韓国政府は
強硬姿勢を譲らない。
「克日」の言葉が生まれ、国民の募金で独立記念感ができた。
だが、あれから23年。サッカーW杯の共催を経て、空前の韓流ブームの中にいる。今年は「日韓友情年」
とも呼ばれ、NHKの「のど自慢」も6月にソウルで開かれる。『韓国と日本国』では権さんと率直な自国批判
を語りあったが、大きな時代の変化を実感すればこそだった。それなのに、これは一体どういうことか。私も
大きな戸惑いを禁じ得ない。
韓国が独島と呼ぶこの島に、こだわりが強いのは知っていた。だが、これほどの熱狂を招くとは。
いささかあきれながらも、今回思い知ったのは島に寄せる彼らの深い情念だった。
明治政府が竹島を日本のものとして島根県に編入したのは1905年2月。その秋に韓国が日本に
強要されて保護国となり、5年後に併合されてしまう。だから、韓国にとって竹島編入は植民地支配
への第一歩と映るのだが、裏を返せば、戦後に韓国が強行した竹島占拠は、植民地開放の象徴と
いうことになる。
いや、日本が自国領と主張する島の岩肌に「韓国領」と大書し、40人の警備隊員がこれ見よがしに
駐留する姿を見ると、ひょっとして、どこかで植民地支配への報復気分を味わっているのかもしれない。
日本が独立運動を容赦なく弾圧したように、彼らも「竹島奪還」の動きには過敏に鉄槌を加える。それ
が今度の騒ぎだと言えば、意地が悪すぎようか。
それにしても、にわかに広がった日韓の深い溝は、両国の関係にとどまらない深刻さをはらんでいる。
まず、北朝鮮との関係だ。核と拉致で「日朝」が最悪になっている折、「日韓」の好転ぶりが救いだと
思っていたのに、これでは下手をすると民族と民族の対立になりかねない。
朝鮮戦争を仕掛けられ、悲惨なテロの犠牲にもなってきたはずの韓国なのに、いまは北朝鮮に寛大だ。
むしろ、拉致問題で強硬論あふれる日本に対して「日本支配時代に数千、数万倍の苦痛を受けた我が
国民の怒りを理解しなければ」と盧大統領が注文をつけるのは、南北を超えて同じ血が流れている
からに違いない。
これでは北朝鮮への包囲網どころではない。韓国にも冷静に考えて欲しいところだが、日本には今も
植民地時代の反省を忘れた議論が横行する。それが韓国を刺激し、竹島条例への誤解まで煽ると
いう不幸な構図だ。
さらに目を広げれば、日本は周辺国と摩擦ばかりを抱えている。
中国との間では首相の靖国神社参拝がノドに刺さったトゲだし、尖閣諸島や排他的経済水域の
争いも厄介だ。領土争いなら、北方四島がロシアに奪われたまま交渉は一向に進まない。そこに
竹島だ。あっちもこっちも、何とまあ「戦線」の広いことか。
そこで思うのは、せめて日韓をがっちり固められないかということだ。
例えば竹島を日韓の共同管理にできればいいが、韓国が応じるとは思えない。ならば、いっその
こと島を譲ってしまったら、と夢想する。
見返りに韓国はこの英断をたたえ、島を「友情島」と呼ぶ。周辺の漁業権を将来にわたって日本に
認める事を約束、他の領土問題では日本を全面的に支持する。FTA交渉も一気にまとめ、日韓連携
に弾みをつける――。
島を放棄と言えば「国賊」批判が目に浮かぶが、いくら威勢が良くても戦争できるわけではなく、
島を取り返せる見込みはない。もともと漁業のほかに価値が乏しい無人島だ。元住民が返還を悲願
とする北方四島や、戦略価値が高い尖閣諸島とは違う。
やがて「併合100年」の節目がくる。ここで仰天の度量を見せ、損して徳をとる策はないものか、いや
いや、そんな芸当のできる国でなし、だからこれは夢想に過ぎないのである。
(以上)