@金ドル体制(〜1971、ブレトンウッズ体制)
A移行期(1971〜1973)
B石油ドル体制(第一期)(1973〜1985)(12年)
C移行期(プラザ合意〜ルーブル合意)
D石油ドル体制(第二期)(1987〜1999)(12年)
E移行期(ユーロ統合、イラク戦争)
米国の覇権は、ドル基軸通貨体制に支えられている
どんなに赤字でも、ドルを印刷するだけで、支払いが出来る
金ドル兌換停止(1971)後、ドルを支えるのは石油である
オイルショックはそのために起こった。
石油→ドル→米国覇権を支えるには
石油の決済通貨=ドル、という体制を死守する必要がある
「石油と世界経済」(唐沢敬、中央経済社、平成3年)
特に、第2章第1節「石油とドルの結合」体制(65頁以下)はおすすめ
キッシンジャーなどにより、いわゆるSPECIAL RELATIONSHIP
が構築され、それが金融にどのように影響したか。詳しく書かれている。
当時のイラン・サウジはじめ、殆どの中東諸国と関係強化
@石油はドルでしか売らない
Aオイルマネーの大半は、米国財務省証券の購入に当てる
B米国は各国政権を、軍事・経済・財政・科学技術・外交など
あらゆる面で支える
ちなみに、
@1913米連銀設立 →1914 第一次大戦開始(覇権が欧州→米国)
A1893年日銀の通貨発行権独占→1894 日清戦争(極東で日本が台頭)
B1999年ユーロ統合 →2001 911 2002 イラク戦争
今回の戦争は、第一次湾岸戦争とは、全く性質がちがうので
注意してほしい
今起こっていることは歴史的に見て、3つの出来事に類似する
@1913米連銀設立 → 1914第一次大戦開始(覇権が欧州→米国)
A1899〜1902南ア戦争(ボーア戦争) → パックスブリタニカ終焉、
栄光ある孤立の終了、日英同盟(1902)
B1973変動相場制移行、直後にオイルショック、
ドル安定するも高度成長は終了
今回のイラク戦争は、ドル防衛のため必要な戦争で
それなりに合目的性はあるが大義は無い。
米連銀設立で覇権が米国に移ったように、
ユーロ統合で覇権がEUに移行する可能性がある
すでに石油は40ドルだが、パイプライン爆破などによる
一時的な現象と見ないほうが良い
米英の戦費調達目的もあろうが、より根本的理由として
1973年同様、ドルを支えるため石油を吊り上げる必要がある
ちなみに、
>>54のC移行期の石油の動きを見ると
@1985年10月プラザ合意
A1986年年明け(確か1月)サウジが増産を宣言
→これにより、石油は20ドルから10ドル近くまで下落した
B1987年ルーブル合意で行過ぎたドル安を認めない宣言
→再び、石油は20ドルにもどる
石油はドル政策・通貨政策・金融政策の重要な道具である
プラザ合意直後にサウジが増産し、石油を10ドルまで下げた理由
@ドルを支える必要がなくなった(cf.1971 1973)
Aむしろ、ドルを徐々に下げる必要があった
Bドル安・輸入物価高による米国内のインフレを
原油安・ガソリン安で、相殺する必要があった
逆に日本は
@円高・輸入物価安
A石油安
のダブルパンチとなり、物価が下がる一方で
資金余剰により、土地・株高の一因となった
(もちろん、土地・株高の原因は、石油安より
さらに重要なものがいくつもある)
こんな話しもある。
キアヌリーブス、モーガンフリーマンの映画「チェイン・リアクション」
(直訳すると連鎖反応)、なにが連鎖反応なのか。
映画の最後にフリーマンがキアヌに語った。
今の金融経済は石油の上に乗っている、
夢のエネルギーもいいだろうが、それが世界に広まると
石油に乗っている経済はどうなる?
混乱し、恐慌、ついには戦争だ!!!
(石油の上にドルがのり、その上に金融経済秩序がある)
代替エネルギー →石油暴落 →ドル暴落 →恐慌 →戦争
確かにCHAIN REACTIONだ
日本経済も米国・ドルへの依存が強い
アラブのオイルダラーと同じく、
日本の外貨準備は、米国の財政赤字の穴埋めに使われる
(米国財務省証券)
日本は米国に依存しつつ、他方、支えている
サウジのドルがどのようにベクテルなどに使われてしまったか。
覇権がEUに移ったときにどうなるか。
舵取りの難しい、大変動の時代にいると感じる
>>34,36,40
ロッキードマーチン・ベクテル・ハリバートンの
稼ぎのためもあるでしょう
>>1,3,4,7
石油のためもあるでしょう
でも、石油自体よりも、石油本位制で支えられたドル、ひいては
米国の世界覇権がかかっている。
もっといえば、ドルという紙切れで支払いが出来なくなれば
覇権どころか、大赤字国家米国は、経済破綻により中南米化する
本当に米国には必要な戦争でしょうが、大義が無く、やり方もまずい。
ボーア戦争で没落した英国と似ている
66 :
国連な成しさん:04/06/27 23:21 ID:hA4elx36
思うに、勢いっていう奴だな。
9.11で、アフガン叩いて、うまくいきそうだったので、その勢いでイラクもやっちゃえっと思ったんだな。
ところが、国際世論が激しく反対し、それで攻撃をやめれば臆病者といわれた、引くに引けなくなり攻撃したんだな。
反戦運動がイラク戦争の原因なんだな。
中東の民主化のため? 大量破壊兵器?
そんなことを信じるアラブ人が何人いるか。
中東で最も民主的だったイランのモサデク政権に
1953年何が起こり、米国がその転覆にどのようにかかわったか。
イランイラク戦争で使われた化学兵器を輸出し、フセインを支えつづけた
武器輸出国はどこか。
マイケルムーアの「ボウリング・・・」をみるまでもなく
世界中で米国が支えた独裁政権(特に中南米)は少なくない。
話を
>>54にもどす。
国連管理下のイラク石油ユーロ建て開始時の状況は以下
このニュースは新聞に小さく載っただけだった
当時、ユーロは下落を続け、1ユーロ80円台にまで突入、パリでは
ユーロ安によりガソリン価格高騰に怒ったトラック運転手が、
トラックで大通りをデモをする珍事も起きていた
ところが、このニュースの直後に、ユーロは一気に10円以上跳ね上がり、
100円台を回復する。「石油ドル体制」に風穴があいた瞬間だ。
似たことが、1973年にも起きた。
変動相場制に移行し、急落を始めたドルが、オイルショックにより安定した。
オイル価格を劇的に高騰させ、これをドルとリンクさせることで、
ドルの基軸通貨としての地位が保たれた。
米国がイラク攻撃をしたのは、石油ユーロ体制を阻止し、
石油ドル体制を死守するためで、米仏対立は論理必然の結果と思う
日本人は金融が苦手かも知れないが、
今回の戦争も含めて、金融の理解無く本質を掴めないこともあるので
石油と通貨について、考えてみて欲しい