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615ドラ ◆GZDF/XXc6o
できた。

『境界線』

僕はヘリコプターの中で24の誕生日を迎えた。
白い朝だった。法律的には昨日、既に年齢が加算されているらしいが
どちらにせよ、それでも僕はケーキの蝋燭を吹いてるような場にはいなかった。
気付けば蠅のようなヘリの中で、似合わないパイロットジャンパーで身を包み
凍えながら目を覚まし、朝日を見ていた。
よくこの五月蝿い乗り物の中で寝れたものだと、感心した。
明る過ぎる太陽が営業スマイルで誉めてくれてる気がした。

ヘリの中では仕事の同僚とピーナッツについて話した。
きっかけはそいつが、僕に「誕生日おめでとう」と告げながら
1人でピーナッツの殻を剥き、それを口に放り込んでそっぽを向きながら
ポリポリと食べていたからだ。実際にはプロペラの回る音で
かき消されていたと思うのだけど、今思い出すとどうしてもピーナッツの香ばしい
音が聞こえてくる。声だって聞き取りづらいというのに。
それにしても考えれば考えるほど溜め息の出る話だ。
2と4という数字は凄く好きで、歳を食うのはいつも嫌だけど
この歳だけは早くなってみたいと思っていた。
極めて個人的な感情ではあるけど外を見ながら…
しかもピーナッツを食べながら、人の誕生日を祝うなんて。
なんだかケーキの蝋燭を勝手に吹き消された気分だ。
文面では「些細な事」と思えるかもしれないし、それが彼のスキンシップだったんじゃないか
とも思われそうだ。しかしそれが違う事は、彼の口調と目付きで分かる。
そして、少なくとも相手に対し"激励"といった要素があってこそ祝福と言える。
相手の目も見ずにそれを言うのは、果たして祝福と言えるだろうか。
街でよく勝手に幸せを願ってくる、似非宗教家の方がまだ心暖かい。
616ドラ ◆GZDF/XXc6o :04/04/20 19:22 ID:uaPv1GJL
ヘリの中では仕事の同僚とピーナッツについて話した。
きっかけはそいつが、僕に「誕生日おめでとう」と告げながら
1人でピーナッツの殻を剥き、それを口に放り込んでそっぽを向きながら
ポリポリと食べていたからだ。実際にはプロペラの回る音で
かき消されていたと思うのだけど、今思い出すとどうしてもピーナッツの香ばしい
音が聞こえてくる。声だって聞き取りづらいというのに。
それにしても考えれば考えるほど溜め息の出る話だ。
2と4という数字は凄く好きで、歳を食うのはいつも嫌だけど
この歳だけは早くなってみたいと思っていた。
極めて個人的な感情ではあるけど外を見ながら…
しかもピーナッツを食べながら、人の誕生日を祝うなんて。
なんだかケーキの蝋燭を勝手に吹き消された気分だ。
文面では「些細な事」と思えるかもしれないし、それが彼のスキンシップだったんじゃないか
とも思われそうだ。しかしそれが違う事は、彼の口調と目付きで分かる。
そして、少なくとも相手に対し"激励"といった要素があってこそ祝福と言える。
相手の目も見ずにそれを言うのは、果たして祝福と言えるだろうか。
街でよく勝手に幸せを願ってくる、似非宗教家の方がまだ心暖かい。

誕生日を覚えていてくれる知人というのは少なくとも大切にすべきだが
これに関しては別だ。僕がヘリに乗る前、ジープの中であまりに暇だったので
そいつに「明日、24の誕生日だ…寒いヘリの中で迎える事になりそうだよ」と
話していたからだ。容易く誕生日の話をした事を激しく後悔した。
こういった類の事(自分にとっては神聖ではあるが他人にとっては
そうでも無さそうな事)は乗り物の中で素性もよく分からない人間に対し
テキトーに話すのは間違ってる。そこには誰の罪も無い摩擦が生まれる可能性が
あるからだ。ゾウに跨って穏やかな旅をしているなら別だけど。
617ドラ ◆GZDF/XXc6o :04/04/20 19:23 ID:uaPv1GJL
ともかく、自分の誕生日が音をたてて食われてる気がした。
微かに不快になったので、それをもみ消すように冗談を発してみた。
いわば自分の為に、口に出して言いたかっただけだ。
完全に自己満足的な、自分しか面白いと思えない、しかも無意識的なジョークだ。
だけど彼も自己満足的に、無意識的に祝福を口から放ったのだし
この雰囲気においてもはや"空気"という限定された場の
人間関係的な小さなモラルが欠如したように思えた。
こういう、くだらな過ぎるジョークを発するのは恥ずかしいけど
呪いのピーナッツの音を掻き消したいが為に、僕は放った。
「仏舎利って齧ったらピーナッツみたいかな。それともカシューナッツかな」
噛み砕かれたピーナッツの入った彼の口からはこう返って来た。
「誕生日って虚しいよな。ピーナッツの乾いた音によく似てる」
お前に言われたくは無い。誰が好き好んでこの狭い缶詰の中で君に中身の無い
祝福を受けてると思ってる。一瞬、自分のつまらないジョークが恥ずかしく思えたが
どうでも良くなった。互いにその後の会話の発展を好ましくなかったのはお互いの顔に書いてあった。
そして僕らの目は白い風の流れる風景へと目をやっていた。

長い沈黙。延々と続くプロペラの音。どこまでも白い風景。
白過ぎて目が痛くなりそうだ。宇宙が白黒反転したらこんな感じなんだろう。
それより、今、どこを飛んでるんだろう。
ちゃんと向かうべき方向へ向かってるんだろうか?
そういえば、操縦者はどんな顔してるんだっけ?
そいつの後姿はマネキンを思わせた。
何をしに行くんだったか。何を考えるべきだったろう。
マネキンに連れ去られた哀れな僕ら。
知らないうちに僕らもマネキンになりつつある。彼の後姿はむしろ自然だった。
618ドラ ◆GZDF/XXc6o :04/04/20 19:24 ID:uaPv1GJL
どこへ向かってるのかも、どうでも良くなった。風景に食われて知らずの間に
白い虚無感に消化されていた。僕は透明な排泄物。
地球がどこまでも白いんじゃないかと錯覚する。
その白くて丸い物体は責任者が誰か分からないような
巨大な何かの無機質な工場になって僕はその機械の一部になった気分になった。
実際、そんなところだろう。工場では何が作られてる?無機質な複合体によって
単純過ぎる複合物が作られて、文化や地球を侵略をするのだろう。
名前も付けがたい、単純な侵略だ。
それだけは確信があった。人類の歴史は爪痕のようなものだ。
皆必死にもがいて、自分の爪痕を付ける。
気付けば後ろで無数の爪の音がコダマしてる。
こういった類の"単純"は単純でありながら、記号化しようとすると
逆に混乱してしまう。今言える事は、悲しくも自分はその歯車であり
気付けば自分の爪先からも血が出ているという事だ。

隣に座ってる奴は相変わらず反抗期の少年のような目で外を見ている。
足元にはピーナッツの殻が散乱していた。耳を傾ければ
悲鳴が聞こえてきそうなくらい悲惨な殻たちだった。
そこには僕の"誕生日"も粉々になって横たわっていただろう。

この空気を一層冷やすような溜め息が出た。実際に寒い事も忘れていたので
その息が白い事に意外性を感じ、また妙な夢遊感になりそうだった。
ともかく、先が思いやられる。
短い"先"も長い目で見た"先"も、盲目的な視野に襲われてしまった。
誰の爪痕か知らないが、傷だらけの氷のようなフィルターが
目の前に何枚も重なってるのだ。

知らないうちに、こないだ読んだ構築主義の本について考えていた。
本当に嫌な誕生日を迎えたものだ。

おわり。