ばったの後ろ足2本だけちぎって逃がしてみた

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149:||‐ 〜 さん
夏休みの課題の一つに昆虫採集して標本作るのがあった。
大好きなクワガタやカブトムシを殺すのは嫌だし、スズメバチには
とても勝ち目はない。セミは長い間、暗い土の中で暮らして、
残り少ない命を地上で燃やし尽くすと聞いていたので、とても
捕まえることはできない。かといってゴキブリやハエなんか提出したら担任の性格上、
確実に逆上して俺の首を締め上げてくるだろう。

考え抜いた末、俺は赤や緑のカナブンの標本を作ることにした。当時は幾らでも
簡単に捕まえることができた。
150:||‐ 〜 さん:2006/01/30(月) 01:01:54 ID:OmMRQnl7
虫かごには生贄となる5匹のカナブンがいた。
机の上には有隣堂で買ってもらった昆虫採集キットが置いてある。
注射器、虫殺剤、軟化剤、それに虫ピンが入っている。
ひどく心が痛んだが、親友の丸刈り君と一緒にさっそくオペを開始することにした。
「(手の甲を相手に向け両手を挙げつつ)丸刈り君、これより標本化の手術を開始する」
「ハイ、先生♪」
「丸刈り君、注射器と殺虫剤!」
「ハイ♪」
助手から手渡された注射器と虫殺薬の冷たい感触は今でも忘れられない。
残酷だった小学校低学年の頃ならいざ知らず、既に小学校高学年。命の尊さぐらい
とうに知る年代である。俺と丸刈りの表情は実に暗かった、と思う。
151:||‐ 〜 さん:2006/01/30(月) 01:07:52 ID:OmMRQnl7
注射器に虫殺薬が充填される。
まずは緑色の一番大きな個体を取り出し、俺はカナブンの背中のあたり(?)に
針を突き刺し、そして毒液を送り込んだ。
「ゴクッ」
部屋に丸刈りの唾を飲み込む音がした。
「…………」
俺は無言でカナブンを見つめた。間もなくこの何の罪もないカナブンは、
子供たちの馬鹿げた宿題のために命を落とすことになるのだ。
本当ならどこかのクヌギかコナラの木で甘い蜜を舐めているはずだった
カナブンは、安楽死させられてしまうのである。
なんという無情! そして非情! 薄情!
152:||‐ 〜 さん:2006/01/30(月) 01:13:05 ID:OmMRQnl7
俺と丸刈りは母親が持って来てくれたメロンシロップをかけたかき氷を食べ、
カルピスを飲み干した。だが……
「先生、この患者さん一向に死にませんねえ」
丸刈りが小さなプラスチックケースの中で何事もなかったかのように
動き回るカナブンを見て言った。
そうなのだ。既に15分以上は立っているはずだが、カナブンは実に元気
だったのである。
俺は虫殺薬の成分を見てみた。「エタノール」と書いてあった。むろん
当時の俺にはそれが何なのか知る由もない。ただカタカナで書かれた
薬物の名から、得体の知れぬ毒薬のような印象を受けて背筋に冷たい
ものを感じるばかりだったのである。
153:||‐ 〜 さん:2006/01/30(月) 01:20:08 ID:OmMRQnl7
俺は幾度となくカナブンに対し、エタノールの注射を繰り返した。
助手の丸刈りも忌々しげにしぶといカナブンを睨みつけていた。
「先生、カナブンが逃げないよう固定します」
「うむ」
丸刈りは虫ピンを使って、動き回るカナブンを発砲スチロールの箱の上に
固定した。背中(?)や羽根の付け根あたりに合計3本の虫ピンが突き刺さる
という格好になった。
他にもエタノールの注射の跡が、腹だの脇腹だのその他いろいろな場所にあいている。
「仕方あるまい。こうなったら最後の手段だ」
「ま、まさか先生!?」
助手の悲痛な声が乾いた部屋に響き渡った。
154:||‐ 〜 さん :2006/01/30(月) 01:36:56 ID:OmMRQnl7
なんのことはない。せっかくだから、もう1本の薬液である軟化剤を注射してみようか
というだけのことである。この軟化剤は、どうやら古くなった標本を柔らかくするための
薬だということなのだが、はたして……。
「えいやぁッ!」
「ほらはぁッ!」
俺たちは息がピッタリだった。
気合いを込めて、訳の分からない掛け声と共に、カナブンに軟化剤を注射した。
「ぬわあああああぁぁぁぁぁッ!?」
「ぎょえええええぇぇぇぇぇッ!?」
次の瞬間、俺たちの悲鳴に近い叫び声が響き渡った。
なんとカナブンの穴という穴、注射の跡という跡、虫ピンを刺されている箇所から
一斉に白い泡がブクブクと、ブ〜クブク♪と噴き出したのである。
俺は激しい怒りに駆られた。なんで俺たちがこんな目に遭わないといけないんだ?
一体全体、夏休みの宿題とやらはそんなに大切なものなのか、と。

今でもあの夏を思い出すと、哀れなカナブンの姿が脳裏をよぎって涙がこぼれる。
飲み会で白いビールの泡を見ると、あの惨状が目蓋に浮かんで心から楽しむことができない。