WHOメディカルオフィサー進藤ナホーコ

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40名無しさん@お腹いっぱい。
日本経済新聞 2009年8月18日(火曜日)夕刊
丸の内キャリア塾 Marunouchi Career Academy Lecture86 より

世界保健機関(WHO)メディカル・オフィサー 進藤奈邦子さん
 1963年生まれ。東京慈恵会医科大学卒。英国での臨床研修を経て、大学病院の
脳外科医に。30歳を目前に内科医に転じ、感染症を専門とする。98年、国立感染症
研究所感染情報センター勤務。2000年、同センターの主任研究官。02年、世界保健
機関(WHO)に派遣され、05年から正規職員になる。エボラ出血熱や新型インフルエンザ、
SARSなどの世界的大流行(パンデミック)を食い止める医療専門職のリーダーとして活躍中。

[キャリアアップ│インタビュー]
「高すぎる壁も 回り道すれば越えられる」
 エボラ出血熱、新型インフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS=サーズ)など、
次々と発生する未知の感染症。その流行を最小限に食い止めようと闘う世界保健機関
(WHO)メディカル・オフィサーの進藤奈邦子さんに、さまざまな専門家たちが活躍する国際
協力の現場とご自身のキャリアについて聞いた。
41名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/19(水) 00:42:57 ID:SQLT6Mt7
《多様な専門職が活躍する国際協力の現場》
 ── WHOのメディカル・オフィサーというお仕事について教えてください。
 進藤 メディカル・オフィサーとは、医師の資格を持つ専門職です。WHOにはほかにテクニカル・
オフィサー(技術支援)、メディア・オフィサー(メディア対応)、セキュリティ・オフィサー(安全確保)
などさまざまな専門職がいて、プロジェクトごとにチームをつくって動きます。専門職のポストは、
最も低いP1から最高のP6まであり、私は現在P5のポジションです。それより上のP6は、退職
した大学教授などが就く別格のポストなので、専門職としてはほぼ最上位にあるといえます。
 ── P5になると、どのような責任や権限を伴うのでしょうか。
 進藤 プロジェクトを立ち上げて遂行するだけではなく、資金管理も任せられます。部下も
十数人持ちますから、そのマネジメントもしなければなりません。それと、WHOは国連の一機関
ですから、加盟国と円滑にお付き合いしていくのも重要な仕事の一部です。その一方で、自由
に国境を移動できたり、現地で税金を免除されたりするなどの外交官特権も与えられています。
 ── 新型インフルエンザなどが発生した場合には、その発生地にも赴くことがあるとお聞きして
います。具体的にはどのようなタイミングで出動することになるのでしょうか。
 進藤 加盟国から依頼があれば出動するという形です。加盟国にはそれぞれ「国オフィス」が
ありますので、現地で対応できる場合は現地で対応しますし、地域全体に拡大する恐れがある
場合は「地域オフィス」で対応します。それでもなお抑えきれないような場合に私たちに依頼が
来るという順番です。
 新型インフルエンザに関してはこれまで、100カ国以上で10万人以上の感染患者が確認されて
います。地域によって流行のタイミングがずれていたり、患者の重症度や広がり具合に差があったり
しますので、まだまだ拡大が続いている地域もあります。現在も患者が増え続けているのがアメリカ
大陸。実はこの7月にもアルゼンチンで重症の新型インフルエンザの患者が出たという情報があり、
現地政府の依頼で調査と指導に行く予定でした。しかし選挙で担当の保健大臣が代わってしまい、
スタンバイ状態のままになっています。
42名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/19(水) 00:43:49 ID:SQLT6Mt7
 ── 発生地では、どのように動くのでしょうか。
 進藤 地元の保健担当局や非営利組織(NPO)、非政府組織(NGO)などと一緒に混成チームを
つくって活動します。国連には、ロジスティシャンと呼ばれる後方支援部隊もいて、どんなジャングルの
奥地でもテントを張り、食料や水を調達してきてくれます。彼らが依頼した現地の女性たちが毎朝
60人くらい列をなして、頭の上に水がめを載せてテントに水を運んできてくれることもありますね。
途上国では水は貴重な資源ですから、例えば1日12リットルと決めて、お風呂も髪を洗うのも、
トイレの水を流すのも、その範囲内で済ませます。
 ── 紛争地帯に行かれることもあるのですね。
 進藤 はい。国連の車には必ず無線とラジオが付いていますし、訓練を受けたセキュリティ・オフィサー
がチームに同行します。民俗信仰が残っている地域もありますので、民俗学者や文化人類学者の
助けを借りることもありますね。
 ── 民俗学者?
 進藤 「悪魔は白装束でやってくる」と信じている村に白衣を着て出向いては、村人たちを驚かせて
しまいます。そういう場合は、あえて平服で入り、村の長に許可をもらってから村人たちが見ている前で
ブルーの医療用ガウンに着替えます。また、消毒液を「魔法の水」と説明したり、文字が読めない人たちに
感染対策を知ってもらうために紙芝居を作ったり……。現地に合わせて、説明の仕方も工夫します。
 アフリカでエボラ出血熱の対策キャンペーンを行ったときは、現地の人気歌手に頼んで『エボラ出血熱の歌』
を作ってもらい、それを選挙カーのように流しながら村中を回りました。歌にすると、子どもたちが歌詞を覚えて
口ずさんでくれるので、非常に効果が高いのです。
43名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/19(水) 00:45:53 ID:SQLT6Mt7
《キラリと光る専門性 そして人間性が試される》
 ── 脳外科医だった進藤さんが、感染症に興味を持たれるきっかけは何だったのでしょう。
 進藤 大学病院の外科という職場は、勤務がとても過酷で女性は男性の3倍以上働かないと認められない
職場でした。一時は救命救急を担当するなどしていましたが、学生時代から微生物学には興味があり、
ちょうど感染制御が注目されていた時期でもあったので、思い切って内科医に転向したのです。
 その後に勤務した国立感染症研究所では、さまざまな国際プロジェクトにもかかわり、アジア各国の研究者・
政策担当者とのネットワークもできました。振り返ると、回り道したすべての経験が血肉となって、現在の私が
あるのだと思います。というのも、実は臨床経験のあるメディカル・オフィサーはWHO内でも貴重な存在ですし、
研究所時代のネットワークがあったからこそ、国際機関でも実績を上げることができました。目の前に自分の
力では越えられない壁があって、少し戻ってウロウロしていたら、いろんな人が「こんな道もあるよ」と扉を開いて
くれて、思わぬ道が見つかった感じです。
 ── 国際機関で働きたい女性にアドバイスをお願いします。
 進藤 自分の強みをしっかり持たないと、勤め続けるのは難しい職場です。半面、本当の意味でのダイバー
シティーを実感できるのはやはり国際機関ならではの醍醐味(だいごみ)だと思います。国際機関というと、
競争意識や自己主張の強い人ばかりが出世していくのか思いがちですが、実はそうでもありません。
人種や地域、宗教などが異なる人たちをまとめてリードしていくマネジャーはやはり人の意見をよく聞く、辛抱
強い人が多いと感じます。
 私も最初のころはきついくらい明確にモノを言わないと、国際社会では通用しないのだ思い込んでいて、
上司に「もっと相手を尊重しろ」と、しかられたことがあります。組織ですから聖人君子ばかりではないし、
足の引っ張り合いが起こることもあります。けれども他人を蹴落としてでも成果を上げようという人は結局、
誰にも信頼されませんから、大きな仕事を成し遂げることもできません。国際社会で働くことは実は、人間
性が試される場でもあるのです。