高橋:
〜そして、宮崎さんが何を言ったかというと
「アニメは僕で終わりです」って
今、宮崎さんがやろうとしてるのは
葬儀、埋葬、アニメを自分と共に
終わらせるって事だと仰ってました。
宮崎さんは、ある意味現代を拒否してるでしょ。
携帯も使わないし、パソコンも持っていない。
車にエアコンが入ってない。
「暑かったら窓を開けろ」って(笑)。
もう徹底してる。
でも、アニメーターだから共同作業で
若い人を使わなきゃいけない。
でも、後継者を育てる事に失敗しました。
何故かというと「今はもう技術がない」。
アニメを描く時って、セルに色をのせる。
色は塗るんじゃなく「のせる」っていうんですね。
これが美大を出た子は、1年間やっても出来ない。
とうとう辞めちゃった。
「そんな簡単な事も出来ない」っていう話になった。
それでアニメの技術の伝承をどうしようかと思っていたら
デジタルが出来たでしょ?
つまりアニメの技術が無い人でも
アニメを作れるようになったの。
宮崎さんはデジタルは基本的にやりたくないそうです。
あれはアニメじゃ無い、色が違うと。
でももう技術を持ってる人は居ないからやらざるを得ない。
宮崎さんは今年70歳なんです。1941年生まれ。
宮崎さんにとって50歳ぐらいの人が作ってるのはアニメじゃない。
アニメに似た何かに過ぎない。
それは私の考えるアニメではないので関係ない。
そういう考え。で、アニメはとは何かという話になった。
今の若いアニメーターは炎を描けないだって。
いくら言っても描けないんで
よく訊いたら見た事がないって言ったって。
本物の炎じゃなくアニメの炎を描いてる訳。
宮崎さんのアトリエには巨大な薪ストーブがあるんです。
どうも「この火を見ろ」と言う事らしい(笑)。
宮崎さんが言うには
「火とか水とか風とか音とかを再現するのがアニメなんです。
それを知らない人間は
そもそも再現出来ないのでもう不可能です」と。
「そういう文化もう有りません!」。
何故なら自分が最初で最後のアニメーターかというと
手塚治虫の『新宝島』を読んだからだと。
『新宝島』って1947年の作品なんです。
だから宮崎さんが6歳の時なんだよね。
6歳や7歳で『新宝島』を読んだ人が作るのがアニメ!。
で、日本で最初のアニメらしいアニメって
東映の『白蛇伝』なんだよね。
あれが1958年だから宮崎さんは17歳で観たんですね。
つまりそういう経験がある人間が作るのが「アニメ」で
最後に仰ったのは
「ひとつのジャンルは50年で終わります」という事。
つまり『新宝島』に50年足すと1997年。
『白蛇伝』に50年足すと2007年。
ひとつのジャンルは50年保たない。
真似で似たような物を作っていくことは出来るけど
何かのジャンルが生まれて生成される事は別問題だから
それはただ延命させてるだけで。〜