朝日新聞:11/04/26:文化面
アニメ監督・出崎統を悼む
氷川竜介 アニメ評論家
力石徹のアッパーが決まり、矢吹丈の身体が宙高く舞う。「あしたのジョー」の名場面だが、原作漫画を確認すると「宙に舞う絵」は存在しない。これはアニメ版が生み出したイメージなのだ。
同作を1970年に26歳の若さで監督し、以後も「ガンバの冒険」「宝島」など情熱的な作品を送り続けてきたアニメ監督の出崎統が17日、亡くなった。享年67歳。
貸本漫画家から「鉄腕アトム」(63年)でアニメ業界に入り、遺作「源氏物語千年紀 Genji」(2009年)まで半世紀近くを現役で駆け抜けた。
テレビアニメの低予算でも、実写に負けない密度と重みのある効率的な見せ方をいくつも提示し、天才と呼ばれた。
画面上方からまぶしい光が差す「入射光」、感極まった瞬間に静止したイラストに替わる「ハーモニー」、激しくカメラを繰り返し振る「3回PAN」など、業界標準になった技法も多い。影響力で言えば、アニメ史上屈指のものだ。
しかし後に続くクリエーターを引きつけたのは、常に新たな題材に挑み、夢を追い続けた出崎自身の鮮烈な生きざまだ。そのひたむきさは、どのフィルムにもくっきりと焼きつけられている。先述の技法も出崎統の情熱的な視線ありきで編み出されたものだ。
スピリットとテクニックの両者が連動し、ドラマに熱を与える映像のダイナミズムは、主人公の成長をわずか88分に凝縮した集大成的な青春映画「劇場版エースをねらえ!」の疾走感を見れば、一目瞭然だろう。
生涯好んだモチーフは「旅」で、ゴールよりもプロセスを重視した。「光と影」「静と動」の対比を多く描いたのも、「生と死」の間で揺れる「人生」を投影したものだ。
「あしたのジョー2」(80年)ラストでは、真っ白に燃えつきたジョーと、夕陽を背に旅を続ける彼の姿をカットバックしてみせた。人生という旅路を演出しつくして、出崎統監督もまた永遠の旅に出たのである。