横浜高校Part206

兄貴が最後の打者になった次の日、家族4人でドライブを楽し
んだ。
レンタカーの後部席で聞いたGSの女店員が親父に言ってた愛
想話がやけに鮮明に記憶に残っている。
「東北の空がこんなに青いのは今の季節だけですよ」
俺の横で兄貴が台詞につられて空の見えるほうへ首を傾けて
いた。
兄貴の最後のみちのくの夏は前日終わった。
それでもその空は残酷なまでに青く輝いていた。

野球なんてもうやらん！兄貴みたいにはならへん！
こんなこと言って電話の向こうの親父を怒らせたのは次の夏の
始まる前、中学上がった年の５月だったなぁ。
おまえが野球やめんのはええ
けどあんちゃんのことはいうたらあかん
あんちゃんもう誰も恨んどらんし勉強して次の道進んどるやん
後ろから指さすような卑怯な奴おってもそれはそいつの問題や！
きっとそいつら頭おかしいんやで！
インターネットでかいとる奴はもっとおかしい奴や！
だいたい外人ゆうんも別の意味やろ

大阪で家族が一緒に暮らしていた頃兄貴がピッチャー親父が
キャッチャ俺がバッター、そんなんしてよく遊んだよなあ。
公園いくとき母ちゃん必ずお結びと麦茶作ってくれた。
ほんまあの頃楽しかったよ。
家族だけで生きてくんやったら誰も悩まんでよかったのになあ
その頃俺の黒い瞳を無遠慮に覗き込むことの多かった兄貴。
何度聞いても教えてくれなかったその理由をこないだの３回忌
の法事のときに知ったよ。
どちらかといえば父方の祖父の血は俺より兄貴に多く流れてた
な。そのゲルマン特有の彫りの濃さと少し青みがかった瞳が悩
みの種だったんだってな？うつむき加減に写ってる写真を遺影
に選んだ理由を尋ねたとき母ちゃんから聞いたよ。

でも兄貴なんでなんだよ。
あの決勝戦のときは立ち直ったのに
せっかく機関士になれたっていうのに
俺まだ信じられないよ。
双極 I 型障害なんかに負けたって本当なのか？
本当に薬の副作用なのか？
なんで自分で逝っちまったんだよ？？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　忘れなければつづく