横浜高校Part206

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429名無しさん@実況は実況板で
俺が厨房だった2006年春横須賀に単身赴任していた親父が
ちっぽけな建売を買い、都内の下宿から大学生の兄が、俺
と母ちゃんは生駒山の麓の母ちゃんの実家からそれぞれ引
っ越してきた。
家族が再び一緒に暮らすことになった家に最初の夏が巡って
きた。ある夜、兄貴はPCで調べ物をしていた。
当時はタワー型XPが居間に一台あるきりで、それに向かう兄
貴のむこうで親父と母ちゃんがテレビを観、俺は母ちゃんの携
帯でゲームをしていた。
突然兄貴が小さく叫んだ。
台詞はたしか
「なんやこれ!こんなんいつもの自演にきまってるやん!
次々ハンネかえよって、紛らわしぃんじゃ!」
だったと思う。
一瞬家族全員が立ち上がる兄貴を見つめたが誰も声はかけな
かった。
あきらかに怒りに我を忘れた様子の兄貴はいったん二階の自
分の部屋に行き金属製のバットを片手に戻ってきた。
それは、兄貴が高校球児だった最後の夏、甲子園をかけたある
県の決勝戦、3年間でたった一度だけ出た公式戦、それもたっ
た一度だけ代打で起用されたそのときにファーストストライクを
ファーストのすぐ後ろに打ち上げてしまったときに振りぬいたバ
ットだ。
430名無しさん@実況は実況板で:2014/06/23(月) 12:31:51.38 ID:5oNNZTv20
兄貴はそのままサッシ一枚隔てた狭い芝生だけの庭にでて居
間からもれる明かりに照らされながら素振りをはじめた。
親父たちは殆ど気にかけなかったようだが、野球をやめて久しい
兄貴が素振りを始めたことに俺は不審を抱いた。
兄貴はヒットエンドランがかかっていた予選決勝のあのチャンス
でゲッツーフライを打ちあげて最後の打者となってしまったあれ
以来野球をやめてしまったはずではなかったか・・・・
実家から離れてまで甲子園を目指し頑張ったが、結局後ろ指を
差されるだけの理由となったよと一度だけ小学生だった俺にも
らしたことあったよな・・・
あの決勝戦の少しあと、母ちゃんが赴任先の親父に電話で
「インターネットが普及したせいであの子全く無関係の赤の他人
からも傷つけられるんよ。うちよう慰めん」
と泣きながら言ってたっけ。
そんなことが次々と脳裏に浮かんだ。
でも、PCに落としておいたゲームをしたくてうずうずしていた俺は
すぐに空いたPCモニタのまえの椅子に移った。
電源はつけっぱだった。
兄貴が見ていたサイトが俺の目にとびこんできた。
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/mlb/1153653364/674-679
俺は兄貴の怒りの正体を一瞬で理解した。

                               多分つづく