医師の職業倫理指針
http://www.med.or.jp/nichikara/syokurin.pdf から
(8)応招義務 上記ファイル11ページ
現行医師法では「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由が
なければ、これを拒んではならない」とし、いわゆる「応招義務」を定めている(第19条)。
「診療に従事する医師」とは「自宅開業の医師、病院勤務の医師等公衆又は特定多数人に
対して診療に従事することを明示している医師」をいうとされており、「応招義務」は、診療
場所とは密接に関係するが、医師身分に付随する義務ではない。
医師は診療可能な場合、特に緊急性のある場合には、できるだけ診療を引き受けることが
必要である。しかし、「正当な事由」があれば拒むこともできる。これには、専門外診療、
時間外診療、過去の診療報酬不払いなどが考えられるが、その状況はそれぞれ異なるので、
医師は良識に基づき適宜判断しなければならない。
【解説】
診療拒否の「正当な事由」にあたるか否かが問題になる事例として、「専門外診療」「時間外診療」
「過去の診療報酬不払い」などがある。
前二者はしばしば同時に発生する。ある医療施設(医師)が、診療時間中であればもちろんのこと、
診療時間外でも診療可能な場合には、できるだけ診療を引き受けることが相当である。これに対して、
専門医が不在で緊急性のない場合には、専門医のいる施設への受診を勧めるべきである。しかし、患者
の状態が緊急性のある場合には、できる限り診療に応じ、専門医不在の折でも、求められれば専門医
不在である旨を十分告げたうえで、救急処置をするべきである。
「過去の診療報酬不払い」については、一般論としては拒否すべきではないと解されている。しかし
ながら、支払い能力があるにもかかわらず常習的に不払いを重ねる患者については、緊急性がない限り
診療拒否が許される場合もありうる。
現在の医師法の規定は明治7年の「医制」中に萌芽があり、明治13年制定の旧刑法第427条9号、
昭和17年の国民医療法第9条を経て今日に至っている。応招義務に関しては旧刑法以来、拘留、
科料などの罰則規定がおかれていた。しかるに昭和23年の医師法制定の際には、このような義務
を法定すべきではないとの意見があったが、医師職務の公共性よりみて応招義務は残しておく
べきとする意見が大勢を占めて、今のような形で残された。しかし、罰則規定は削除され、医師
の良心に委ねられることになったといわれる。
アメリカ医師会の考え方は、日本の医師法とは対極的である。アメリカ医師会倫理綱領は「医師
には患者を選ぶ権利がある。しかし救急処置が決定的な意味をもつ緊急時には、能力の最善を尽く
さなければならない。また医師は、一旦引き受けた患者を遺棄してはならない」「医師は、患者関
係に入るか否かを選択する職業上の特権を有し、それに従って患者に治療を提供する責務を果たし
続けなければならない」としている。
現在では、わが国でも医師・医療機関と患者間の基本的な関係を民法上の契約関係としてとらえる
ことが、法律上はもちろん、社会的にも常識化してきている。また一方において、昭和23年からでも
半世紀余が、明治初年からは実に1世紀有余が経過し、この間に交通手段・交通網が縦横に発達し、
医療の専門分化・供給体制が進み救急体制が質的に変化していることを考えると、医師法の見直しも
検討すべきかもしれない。