■医療費・抑制に医師会は自らを律せ
手塚和彰・てづかかずあき・千葉大学法経学部教授(社会法)
2/21/2003朝日新聞「私の視点」
日本経済の低迷が続く中で、例外的に成長を続けている「産業」がある。
医療産業である。現在30兆円を超える国民医療費は、2025年には61兆円
に達し、その半額は70歳以上の高齢者医療に充てられる見込みだ。ここで
私が、人の命と健康を守る医療をあえて「産業」と呼んだのには理由がある。
国民の健康を公的な社会保険制度の枠内で守るという本来の姿が忘れられ、
医師、とりわけ開業医のむき出しの利害が表に出てきているからだ。最近の
医師会による「医療費3割負担」への反対運動は、現役サラリーマンの重荷
を軽減するためであるかのように装っているが、その本質は、自分たちの
売り上げが減るのを拒む「産業の論理」そのものに見える。
今後も続く人口の高齢化と医療の高度化により、国民医療費は増加しても
減少することはない。
(続く)
先進国のうち、医師が自らの判断に基づいて出来高制で医療を供給し、その
対価を保険に請求できるのは日本だけである。高齢者に対する人工透析など
は「時前で」という福祉国家の本家・英国や、地域ごとの総額契約制での
医療供給が保険医に課せられている(つまり、医療供給の総額が制限されて
いる)ドイツなどとは、事情が全く異なっている。
日本の開業医が経済的に世界でもっとも恵まれていることを否定できる人
は以内のではないか。加えて日本は、試験に受かりさえすれば全ての医師が
平等に開業でき、「専門医」として自由に診療できるというふしぎな国だ。
にもかかわらず医師の側が、国民に対する責任を果たすだけの改革に取り
組んでいるとは、とても言えないだろう。
例えば、医療技術の進歩に会わせた再研修体制の強化とか、専門医には
厳しい資格認定をも受けるとかの動きは一向に見えない。
薬漬けを脱し、医療費の適正化を図るには、先進国の中で抜きんでている
入院日数の削減はもとより、どれだけの医療費がかかっているか患者が認識
出来るように、現在の「現物給付原則」から、窓口でいったん全額を支払い、
後に保険負担分の償還を受ける「費用補填原則」に切り替えることが不可欠
だ。薬品を巡る過剰規制を改め、競争を強化させることも視野に入れなければ
ならない。
同じく高齢化と医療費の高騰に直面しているドイツは、これらのハードル
をクリアしつつある。日本医師会には「その覚悟はあるのですか」と問いたい。
現役世代の医療費の自己負担を2割から3割に増額することは、昨年末、
国会で大議論の末に決まった。診療報酬を引き下げられる医師や、すでに昨年
10月から医療費の1割を負担することになった高齢者とともに、「三者で堪え
忍ぶ」(小泉首相)のではなかったのか。
それを医師会は、票の力を背景にひっくり返そうとしている。明らかに無理
押しだ。議会制民主主義は何処に行ってしまったのか。これでは「昔陸軍、
いま医師会」ではないか。
世の中には心ある医師も多いと思う。しかし、医師会批判は内部からは起き
ない。実にふしぎな組織だ。この点でも旧陸軍と同断だと思う。