なんなんだ、いったい。どうしてこんなことになっちまったんだ。
明日美は、汚れた床に膝をついた塔矢名人の腕の中に抱かれている。
ついさっきまで興奮して泣き叫んでいたのに、今はすっかりおとなしくなっていた。
僕が今まで見たことがないくらい、幸せそうな顔をしている。
ほんの十分ほど前のことだ。
明日美は、何もかもを告白してしまった。
椿や緒方に何をされたのか、自分が今まで何をしてきたか、すべてを。
そして、緒方名人への想いも……。
「ここにいる全員に、処分が必要なようだな……」
どのくらいかの時間が過ぎたころ、ようやく塔矢名人が沈黙を破った。
名人に言われるままに緒方と椿は立ち去り、明日美と塔矢名人だけが残った。
「申し訳……ありません」
明日美が、消え入りそうに小さな声で言う。
あまりにも異常な事態に、さしもの名人もかける言葉を見つけられないでいた。
「もう、これ以上……、ご迷惑は、おかけ、しません……」
そう言って明日美は、弾かれたように部屋の隅に駆け出した。
その先にあるのは、ちっぽけなカッターナイフ。
緒方が明日美の制服を切り裂くのに使ったものだった。
明日美の意図に気づいた塔矢名人が止めようとしたが、遅かった。
塔矢名人の指先が明日美に届くよりも先に、鈍く光る薄っぺらい刃は、
明日美の咽に差し込まれた。
その細い首から噴きだす真っ赤な血は、何もかもを洗い流すかのようだった。
そして今、部屋の中央で明日美は塔矢名人の腕の中にいる。
二人とも明日美の血で血まみれだった。
塔矢名人は何も言わず、何もできずにただ、明日美を抱いている。
明日美は、とびきりの笑顔で眠っていた。
僕の小さな頭の中で、明日美の最期の言葉が繰り返される。
『せんせぇ……、わたし、いま……幸せ……で、す……』
――了