我々は
>>1が何故このようなスレッドを立てたのかという
疑問を解決するため、1の故郷である福島の寒村に向かった。
「まだ我が明治大帝の御世にこんなところがあったのか…」
思わず口に出てしまった言葉を同行した憲兵に失礼だと咎められた。
小人が住むような小さな家、ツギハギだらけの着流しを着る百姓たち、
そして村の官吏達は身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。
富国強兵だの、立身出世だの、鹿鳴館と吉原だの
で浮かれていた我々は大日本帝国の現状を噛み締めていた。
ボロ屑のような家に居たのは老いた母親一人
我々を見るなり全てを悟ったのか、涙ながらに
「息子が申し訳ありません」と我々に何度も土下座して詫びた。
我々はこの時初めて
>>1を許そうと思った。
誰が悪い訳ではない、この村の貧しさが全て悪かったのだ。
我々は母親から貰った干し柿を手に、
打ちひしがれながら帝都・東京へと帰路についた。