華道/いけばな/生け花/フラワーアレンジメント【5】
そうか、そんなに嬉しいか、可哀相に。
可哀相じゃない人生になるよう努力しろよw
そんなに稚拙じゃ大変だろうが。
>>951 GJ!
焼肉定食と弱肉強食だね。自分に当てはまるものを想像するんだよね。
皆から泳がされてるのがわかんなかったんだね。
>>929 横で悪いんですが、私も同じような感触を持ってましたよ。
50代以上の先生は、おっしゃるように中途半端な先生が多い気がしてる。
前レスにもあった40代くらいの先生でバリバリやってる先生が、本気というか内容も深い。
ついでに言うと、自分の流派では盛り花風になっちゃうと先生から叱られます。
やっぱ、古典でもない現代でもない型とも自由ともつかないからなのかな?と。
連投ごめんだけど。
自分の流派は古典を継承してるんだけど、明治後半から戦時中までのことは敢えて触れない方向だね。
時代背景的に難しい問題抱えてるからね。
マイナーながらも一応、歴史と格式のある流派なんで、皇室とかとの縁も深いからいろんな配慮があるんだそうな。
特に仏教系流派は廃仏毀釈とかの影響下にあったし、皇室ゆかりの方が興した流派も難しい時代だったから
後世になってその時代のことを掘り返すようなことも控える傾向にあるんじゃないかな。
庶民の流派だとそんなこと無いと思うんだけど、それなりの格式のところは暗黙の配慮してるんだよね。
だから断片的な知識や偏向した解釈では、華道の本質というのを理解するのは難しいんだよ。
近年湧いてきた流派ならそんな由緒なんて関係してこないだろうけど、脈々と受け継がれてきた流派は
大小に関係なく表に出ないいろんなことを含んでるんだよね。
でも近年創流された流派でも、草月さんなんかはそのあたりの配慮もしてると思う。
華道の情報があるかときてみれば流派のいがみ合いスレだった
久しぶりに来たらすげぇ盛り上がってんなーw
前は過疎してたのに
ところで
>デザイン2番煎じ
ってなんなの?wwwwww
久しぶりに来たらすげぇ盛り上がってんなーw
前は過疎してたのに
ところで
>デザイン2番煎じ
ってなんなの?wwwwww
↑連投スマソ
>>954 ありがとう。草月の配慮を気づいてくれてるってのは嬉しい。
>>955 別にいがみ合っては無いよ。いつものカメレオン粘着が池坊コンプでまた錯乱してるだけ。
自分も草月だけど、粘着のこじつけが目に余るから書いたこともあるし。
肝心の池坊の人たちはいつものように完璧なスルーw 専用スレでも完璧スルーw
粘着は自分の流派を認めてもらいたくて必死で、暴論、こじつけでなんとかしようと思ってるんだろうけど、
華道っていうのは自分達にとっても大切だからね。
偏った思い込みや、特定の流派を貶めようとする姿勢には毅然としていたいし
放って置くとそれこそ他の流派の発展も自分達のお陰とか言い出しかねない錯乱振りだからというのが自分の本音かな。
時々粘着が「草月マンセー」とかになってカメレオンしてるけど、皆わかってるよ。
ホント、粘着ももうちょっと勉強したら自分が言ってることが浅すぎて、本家本元さんに相手してもらえてないことがわかると思うんだ。
粘着と同じ流派の人達は、マジで気の毒だと思うよ。
まあ、今までの書き込みは証拠になるからわざとスルーされてるのかも知れないけど。
>>956 もう数年前からある有名なところのデザインと同じって事じゃないのかな?
別に同じでも良いとは思うんだけど、粘着が叩いてる流派の人の真似みたいで思いっきり2番煎じになっちゃってて
超かっこ悪いんだよ。
>>954 おや、今度はマイナー流派になりきりですか、大変ですねw
歴史を知ってて黙ってるのと、(表面的にしか)知らないのに知ったかぶりしてるのとは全然違うんだよ。
池坊の黒歴史は廃仏毀釈や皇室とは全然関係ない話。
それこそ池坊だけの恥とも言えることだから、必死に取り繕ってるんだな。
自分がカメレオンしてるから、人もそうだと思ってしまうんだろうな。
おめでたい奴だ
>>960 でも実際のところ、自分が続けてた流派が社会では評価されないという現状に直面して
嫉妬したり自棄になったりする人ってけっこう多いんだよ。
草月はある程度認知されて居場所があるからそうでもないけど、他は大変だろうなと思う。
それこそマイナーであっても古典を持ってる流派なら自分達の中にもプライドがあるから大丈夫と思うが、
「庶民の花」というのが一番中途半端で時代から取り残されていくんだろうと思う。
なるほどプライドの残骸にすがって生きるのも大変だぁ
古典の知識と素養がなければ、プライドの残骸と思えてしまうのは仕方ない。
知識と素養があっても品格に欠けるのでは仕方ない。
池坊マンセーでは限界があるとみて草月マンセーにチェンジか?
でも某流派をなんとか叩こうとするのは変わらないな。
実際見苦しい。
毎度の鸚鵡返しもそろそろマンネリw
でも実際、生き残りは大変だろうね。
自分の周りの先生達も、「自分の子どもには、どうせやらせるなら池坊をさせておく」と言う人多いんだよね。
一応池坊にしておいて、その後子どもが変わりたければ変われば良い。
だけどその逆は大変だからと言ってるもんね。
自分は今のところは草月で良かったと思うけど、しっかりと古典を学んでみたいという気持ちはある。
古流とか未生流とかが、あんなに分岐してなければ古流未生流も良いと思う。
wwwマンセー妄想病だなwww
もしかしたら自分と同じ流派の人も書き込んでるかもしれないとは想像できないわけねw
他流のフリして「池坊がいい」ってのもマンネリw
普通の先生ならわざわざ書かないものさwww
よく読んだほうがいいね。
自分は池坊がいいとは書いてないよ。
生き残ることを考えたら、他流派より安定してるんだよ。
今、存在してる沢山の流派の中で50年先にはどのくらい残ってると思う?
自分の代までは大丈夫でも、自分の子ども達が免状取得したり修行に歳月費やしたりしても
流派が残ってなかったり、実働してなかったら困ったことになるんだよ。
古流とか未生流があれほど分岐してなければ、流派としての体力が維持できて残っていくと思うんだけど、
細かく分かれすぎちゃってて体力不足が否めないんだよね。
草月の場合は古典は持ってないけど、完全に独自の活路を見出してるから
(というか、華道としての枠組みから離れつつあるから)
花産業の一環として残る道があると思う。
でも華道として残るとなると・・・・かなり厳しい。
で、デザインのことはわかったのかな?
あれは緊急事態じゃないのか?外野の自分は面白いが。
つまるところ盛花の発祥ってのはなんなの?
それと池坊の黒歴史もkwsk
>>894さん
いえ、そうではなくて、盛花は池坊家元である専正が明治時代に独自に創始したと先生に教わりました。
盛花といえば小原流が有名だけど、多数の流派に先駆けて池坊が誕生させたと、おっしゃってました。
池坊の盛花というのは小原流とは別の系譜らしいですね。
現在ではほとんどの流派で盛花が取り入れられましたが、どちらの流れを汲んだものが多いのでしょうかね?
盛花、盛花って何度も名前が登場しているけど、「盛花の定義」って何?
水盤+剣山or七宝で花材は選ばずって事か?
>>971 それは明らかに862さんの先生が間違ってます。
専正師はいろいろな業績を残していますが、
盛花を創始したことはありません。
>草月の場合は古典は持ってないけど、完全に独自の活路を見出してるから
>(というか、華道としての枠組みから離れつつあるから)
>花産業の一環として残る道があると思う。
そうですね。草月本部の生徒ですが、そんな感じの認識でいいと思います。
家元は花産業とは解釈してませんが、新たな文化発信と思っていると感じます。
それを誇りと思っていると勅使河原茜家元は言っています。
流派分岐は本当に残念ですね。
ROMしてましたが、失笑ものの意見があったので出てきました。
もちろん>969です。
流派を選ぶのに、その生き残りを考えるとは、目から鱗でした。
例え明日世界が滅ぶとも、今日私はりんごの木を植える、とちょっと違うかもしれませんが、
もし新しく生花をはじめるとして、50年後どころか10年後に滅ぶような流派であっても、好みにあったところを選びます。
生花に限らず、芸事、習い事はそんなものではないでしょうか。
流派に惚れる、作品に惚れる、人(家元、師匠)に惚れる。それが始めるきっかけだと思います。
よしんば10年後に滅んでも「私が最後の一人です」と胸を張ってれば良い訳ですし。
華道を、運転免許のような資格や、家電製品の規格とでも思っているのようですが、
そんな意見は、ここに書きこむ程度にして、口にしない方が懸命だと思います。
そういう考え方もあってもいいんだろうけど、そいつと仲良くしたくはない罠
ねんため969のことだよ
絵を買う時に、その絵を気に入って買う人もいれば、値上がりを見込んで買う人もいる。
969は後者、仲良くしたくないのは胴囲
伝統、格式、でもって奥伝などと言ってたが、今度は安定性と来たか。
頑張ってるなぁw
そのうち燃費やエコとでも言い出すんじゃなかろうかw
みんな短絡的な見方しかしてないみたいね。
私は969が言ってることは、今後の華道を考える上で重要だと思うし、誠実だと思うよ。
969は「先生たち」って言ってるでしょ。
趣味の人達とは違って、先生達は緊迫感を肌で感じるから、ただ好きなだけの人たちにはわからない部分を感じ取ってるんだと思う。
弟子をとるというのは責任があるわけだから、自分の代までは大丈夫そうでもその後が深刻になりそうだったら
それなりの判断はしておかないとと思うのは無理もないし、それが誠実なんじゃないのかしらね。
ゴルフの会員権と似たようなもので、そのゴルフ場が存続していればいいけど、
なくなっちゃったり、経営が変わったりしたら価値は半減、あるいは消滅。
家元制の華道の場合は、とても重要なことだと思うわよ。
免状取得や、稽古には時間とお金がかかるわけだから、ちゃんと先を見据えておかないと
ただ人集めてお金を出させただけになりかねない。
山登りと同じで、遭難しそうな山とか噴火しそうな山には登らせたくないでしょ。
登るなら安全な山じゃないとね。
自分の代まで・・・と思うのは、大変な覚悟だろうけどそうやって考えてくれる先生は誠実だわよ。
ゴルフ会員権・・・山登り・・・・・
どんどんトンチンカンになっていく
とどのつまり自分がどうあるかではなくて、周囲の評価や価値判断が気になるわけか・・・・・
>登るなら安全な山じゃないとね。
(・ω・)ノ 先生、安全な山なんてありません。
今はやりがいとか向き不向きではなく、寄らば大樹の陰とばかりに公務員に人気がある時代。
969みたいに考えるのも仕方ないのかもしれない。
でも就職先ならともかく、芸術文化の世界にはそぐわない考え方。
976みたく、ほれ込んだらなんとしてでも入門を志すと思う。
先生方だってそこまでの熱意を示されれば受けてくれると思う。
969や981はそこまで感じたものがなかったのかもしれないな。
自らが気に入ったものならどんなに寂れても気にならないはず。
逆に『自分が盛り上げて行く』って奮起したくなるのではないかと。
もっと深い意味で言ってるんじゃないのかな?となんとなく思った。
・・・・というか、漠然と皆が思ってる部分を含んでると思う。
雨後の筍みたいに湧いてきて、実態を伴わない流派が多いわけだから
世の常で一旦整理されたり淘汰される時代に差し掛かってるんだよ。
きちんとポリシーもって組織もしっかりしてるところは当然残るだろうし、
曖昧、中途半端、パクリになってるところは、皆も見抜いていくだろうから廃れていく。
先生達とかは自分の流派の方向性とか運営方向とかに明るいだろうから、
変な方向に行きそうな時はわかるんだと思うよ。
私の近所にいる茶道の先生とかは実践してる。
マイナー流派(というかローカル流派)の先生だけど、
「お茶が好きで、飲んで楽しむだけなら自分の所でいいけど、
茶道の世界でちゃんとやっていきたいんだったら、表か裏かに行きなさい。」と言ってるよ。
活動の場とか稽古の充実がないと、結局楽しめないからそういうものだと思うよ。
10年かかって免状取ったけど、その県には3人しか先生がいない。とかマジであるから。
自然淘汰は世の常。
増えすぎたり、似通いすぎたりしちゃって、自分達で自分達の首絞めちゃってるのが今の現状。
その点、アレンジメントは流行にあわせてホイホイ作風変えられるし、
NFDは華道ほど時間はかからないけどね。
自分がどうかというのも大切だけど、時代に対応できるというのは
芸術においては大切。
時に花に関しては大切なんじゃない?
自分で生けて、自分の家だけに飾って、自分しか観ない。というならいいけど、
花の存在価値って周囲と融合できるかどうかも重要だよ。
芸術が芸術として存在するのは、認知されてからだと思う。
周囲の評価に振り回されるわけではなく、その時代の人々の心に寄り添っていなければ
ただの自己満。
好きな人は好きな人でやればいいんだよ。自分がそれを芸術だと思うんだったら。
ただそれを世間が認めてくれるかどうかは話が別。
認めてもらえるということは、喜びが増すわけだから
その先に「頑張ってよかった」という充実感がある。
家元制でなければ、自己満足でもOKなんじゃね?
でもお金を集める以上はそれなりの責任を伴うし、入門には慎重になるべきだろうな。
ちょっといいでしょうか。
私は今のこの話は直面して実感しています。
本当に困るんです。流派があれこれ不安定になるのって。
ちょっと前に専正池坊と専心池坊の分流のことがでてましたけど、
まだ修行中の私達には降って沸いたような話で、
一体自分が何をやってるのかわからなくなりました。
独り立ちできるような段階ではないので、
自分の先生が選択したほうに行かなければ行けない状況。
それまでの研究会とかシステムとかも変わる部分も出てきて
本当に困りました。この先も不安です。
>>969さんのレスをよく読みましたが、本当に現状を表わしてると思いました。
「たとえ最後の一人になってでも」なんて、言うのは簡単でしょうが
それに引きずられる何もわからない弟子達にとってはたまらない話です。
そういう考えの人が「名乗ったら家元」って感じの人に多いんじゃないでしょうか?
無責任というか。
華道を始めるきっかけは
>>976さんが言ってるようなものばかりじゃなくて
ただお花が好きだから、ちゃんと習ってみたいな。とか、まだ作風とか流派とかわからない段階で
もっと気軽な人も多いんです。その先に「先生になれたらいいな」とか夢があったりして。
なんか取り留めないんですが、自己満足というか自分さえ良ければという感じが多くなって、
それに巻き込まれる辛さがあったので書き込みました。
「最後の一人」は確かに気概があってカッコイイが、家元制にはしちゃいかん罠。
内容、発展が見込めない状態で家元制だったら、ネ●●講と変わんないよ。
好みの部分と制度の部分は分けて考えないと
>>969が言ってることは理解できないんじゃないか?
「最後の一人」は意気込みを表現しただけで、そのまま受けとるものではないかと。
発展が見込めないと言えば、華道界全体がそうなってる。
人口減、特に若年層減で、衰退する一方だよ。
将来性を述べているようで、969は結局目先のことしか見えていない。
長く続ける、子供にも学ばせる、弟子をとって教えることを考えたら、自分が心底打ち込めるものにすべき。
制度が安定しているから好みに合わなくてもいいなんて考えなら、最初からこの世界に入るべきじゃない。
んー。。。ちょっとズレてる気が。
>>969=
>>966だと思うんだが、そんなに目先のことじゃないと思う。
>>992が考えてるような排他的なことではないと、自分は読んだけどな。
要は誰かも言ってるように、一旦自然淘汰がある時代だろうから、
広義において伝統文化としての華道を残す道、手段として先生達が感じている現状を述べているんだろう。
家元制度の経済的側面が今のように流派乱立を生み出し、結果的に華道文化の衰退を引き起こしてるということは否めない。
人口減、若年層減で衰退する過程において、一旦大きな流派に吸収されるような流派がでてきたとしても、
人が持つ芸術性は様々だろうから、今度は整理された形で新たな流派が創流される時代が訪れるのかもしれない。
その時には既存の家元制という枠組みを離れた、その時代に則したシステム運営がなされる可能性だってある。
大手流派の安定性を利用して(言い方悪いが)、華道文化を残し、そこから仕切りなおしという道もあるんじゃないかな?
現実問題として、金絡みで分流、分岐する流派が多いわけだし。
草月の「あらたな文化発信」という方向性を踏まえた発言だと思うし、極めて現状と時代性を見越した発言だと自分は評価する。
>>993 まあ、そこまで言わなくてもいいでしょ。
要は生け花という芸術に打ち込むか、趣味や資格のひとつとしてやるかの違い。
前者なら自己満足で十分でしょう。
>>986-987のように周囲に認められないと満足できないってのは情けない。
後者なら世間の評価ってやっぱり気になるのは当然。
履歴書の趣味欄に書いて「これ何?」って言われるのでは悲しいから。
セロテープアートの瀬畑亮さんって知ってますか。
子供のころから独自の発想で創作を続けてきた。
後に続くものがいるかと言えばそうでもないし、明るい展望があるわけでもない。
それでも研鑽を重ねスポンサーを探すなど努力を続けて花開いた。
周囲と融合するとか、世間が認めてくれるとか、なんかちっちゃいなと。
ただ生け花を単なる資格や履歴書の飾りに思う人はちっちゃくてもいいかな。
>>992 大きな流派はそれだけ振り幅広いから、むしろ作風が広がっていくよ。
好みの花に出会えたり、新しい可能性が広がる。
996 :
994:2010/01/26(火) 14:47:16 ID:???
>>995 流派が大きいとふり幅が広いって根拠は?
絵画や彫刻と違って、生の花は枯れてなくなるものだから、
生けたその時に、周囲からも理解し喜ばれるというのは大切。
そうでないと命ある花を扱う物としては悲しい。
同じ芸術でも、命が介在してるかどうかは区別しておいたほうが良い。
花の文化は、他の文化とは違う側面があるから。
趣味の延長で指導者になるケースがほとんどだから、確かにきちんとしてるかどうかは大切だよね。
趣味としてしか通用しないのと、気概さえあれば後進を育てて華道文化を継承していける道が開かれるかどうかの違いは大きいね。
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