「アキラくん、…オレは優しいだろう? ん?」
片手で器用にボタンを外しながら、耳元で低く緒方さんが笑う。この人の笑い方は独特で、
喉の奥で密やかに笑うような、何か悪いことでも企んでいるような、そんな笑い方をする。
耳朶を軽く噛まれ、反射的に上がってしまった顎を軽く捉えられた。
「……ア、」
彼の指で顔を傾けて固定されると、緒方さんの端正な顔が近付いてくる。
ボクはAの発音のまま、口を僅かに開いた。
緒方さんはヘビースモーカーだ。愛用の銘柄はラーク。ボクの家ではさすがに吸わないけれど、
それ以外ではひっきりなしに煙草を口に銜えている。だからか、彼のキスは少し苦い。
彼と唇を合わせる度に舌先をピリピリと刺激されるような感触がした。
そういえば――ボクはこの間まで、緒方さんのキスしか知らなかった。
いつもドロドロに溶かされて、何が何だか判らなくなって、訳も無く泣きたくなるような、
そんな切ないキスしか。
あの夜、強引に何度も触れ合わせた進藤の唇は緒方さんのように薄くなく、やけに柔らかかった。
何の味もしない他人の唇というのは奇妙な気がして、だからこそ何度も確かめたくなったのだ。
「……?」
内心首を傾げた。いつまで経っても、緒方さんのキスは落ちてこない。
ボクは軽く伏せていた瞼を開け、焦点を緒方さんに合わせる。緒方さんも目を開けてボクを
観察していた。色素の薄い彼の瞳が、ボクを責めるように細められる。
「……誰かと比べられるのは、いい気がしないな」
「え……」