否、ボクはかぶりを振った。あのことは「取り返しのつかない過ち」などではない。
彼に告げたように、熱に浮かされたようなあの時間を、後悔するつもりはなかった。
ボクは彼を愛しているし、彼を手に入れるためにどんなことでもするつもりだったのだ。
…でも、それでも、緒方さんの視線に囚われると動けなくなるボクがいる。
進藤の狭い中に感嘆しながらも、緒方さんを求めるボクがいるのもまた事実なのだ。
「今朝進藤に会ったよ」
緒方さんは痩身の彼によく似合う白いスーツを着ている。多分棋院からの帰りなのだろう。
ネクタイの結び目をゆるめながら緒方さんがボクのベッドに腰を下ろした。
「……そうですか」
緒方さんはボクが進藤を意識していることを知っていた。だからよく進藤の話を持ち出して
ボクの反応を楽しんでいるようなことがあるのだが…、ボクは震えだしそうになる足を、手を、
無理矢理動かしてハンガーを壁に吊るした。
「カワイソウに、フラフラしてたぜ?」
「………っ!」
頭上から低い声が降ってくると同時に右手首を掴まれ、ボクは息を呑んだ。
――緒方さんは、知ってる。
「どうせキミのことだ、後先考えずガンガン突っ走っていったんだろう。ダメじゃないか」
ボクを後ろから抱きしめるように立ち、緒方さんは耳元で囁く。相変わらず抑揚のない喋り方で、
ボクは緒方さんがどういう表情をしているのか見当もつかなかった。
背中を冷たい汗が伝う嫌な感触はいつまでも消えてくれない。
「……オレがキミを抱くように、そんな風にしなきゃな」
緒方さんの綺麗な形をした左の指が、ゆっくりとボクのパジャマのボタンに伸びてきた。