新潮45 2014年2月号(2014/01/18発売)
http://www.shinchosha.co.jp/shincho45/backnumber/20140118/ 《検証 日米開戦》
機密文書が裏付ける「ルーズヴェルトの陰謀」/有馬哲夫
「アメリカは真珠湾攻撃を察知していた」「日本は開戦に誘導された」―。
対米開戦をめぐる「陰謀説」について、機密文書が明らかにした答えとは。
「ヒトラーの外交顧問」の警告
米大統領直属の諜報機関OSS(戦略情報局)の文書は、1997年に大部分が公開されたが、そのなかに機密指定を延長され、
最近まで公開されなかったものがある。駐米独大使館参事ハンス・トムゼン、ニューヨークの弁護士マルコム・ロヴェル、
COI(米情報調整局)長官ウィリアム・ドノヴァン、第32代大統領フランクリン・ルーズヴェルトの間で交わされた文書がそれだ。
米国では一定期間が過ぎれば政府関係の公文書を一般公開するが、なかには国益を害するという理由で、
例外的に長く未公開にとどめ置かれるものがある。これらの文書がそのような取扱を受けたのは、
端的にいうと「ルーズヴェルトの陰謀」説の根拠とされかねない文書だったからだ。
日付は1941年9月24日から同年12月14日(日付はいずれも米時間で日本時間より一日前にずれている。以下も同じ)までの間、
つまり、日本が対米外交に行き詰まり、ついには真珠湾攻撃に踏み切り、その後独が米に宣戦布告し、トムゼンが帰国するまでの時期だ。
そして、トムゼンはこれらの文書のなかの一つで、「望むと望まざるとにかかわらず、日本は今米国を攻撃せざるを得ない」と警告を発していた。
トムゼンはアドルフ・ヒトラーの外交顧問でもあった。戦後、その地位ゆえに戦争犯罪容疑者とされたが、米国に有益な情報を
与えたことが考慮されたのか無罪となっている。彼はまた、日本政府と駐米大使野村吉三郎との間の暗号電報が解読されていると
本国に報告した人物としても知られている。これは日本にも伝えられたが、野村は「暗号管理は厳密に行われている」として同じ暗号を使い続けた。
ドノヴァンといえば、ルーズヴェルトのコロンビア大学法学院時代の同級生で、COIがOSSとOWI(戦時情報局)に分かれたあと
OSSの長官となっている。彼は日米開戦前のこの当時から、COI長官として、来るべき対独・日との戦争に備え情報を収集していた。
そもそも、英国の諜報機関MI6の影響のもとにこの情報機関が作られたこと自体が大統領の戦争準備だった。…
そこで、この警告がどんなものかみるために以下に引用しよう。
「日本が米国と戦争するなら独はすぐに日本の後に続くだろう。米国は太平洋で効果的に戦うことはできない。
米国は大西洋をガラ空きにして太平洋に総ての海軍力をつぎ込むわけにいかないからだ。
もし、東京と横浜が爆撃されるなら、日本は必ずマニラを爆撃するだろう。
ロシアが崩壊するなら日本は北樺太を占領するだろう。これは日本の石油事情を改善するだろう。
というのも樺太からの石油供給量はかなりのもので、さらに開発することができるからだ。
日本は米国相手に時間稼ぎをしている。これは両国に関して同じで、米国もまた、これを利用して日本相手に時間稼ぎをしている。
結局、極東に関して日本が呑める条件で米国が合意しないならば、日本は今後扼殺の脅威にさらされることになる。
日本が米国による扼殺を免れるために解決を先送りすれば、日本は今よりも自由に振る舞えなくなる。
というのも今は独が大英帝国と米国の注意を引き付けているからだ。もし日本が先送りするなら、米国が日本を扼殺するのは
かなり容易になる。だから、望むと望まざるとにかかわらず、日本は今米国を攻撃せざるを得ない」(以下省略)。
この報告書はトムゼンがロヴェルに話した内容のメモで、ドノヴァンを通して大統領に提出されている。
したがって、要点だけを箇条書きにしていて、会話そのものを再現はしてはいない。
それでも、日本が米国と戦争を始めるという想定のもとに二人の会話が交わされていることは明らかだ。
トムゼンはこれより前の10月30日にロヴェルと会ったときにも「米国は新年を待たずに私たち(独)と外交関係を絶つだろう」と述べている。
そして、自分が独に帰国する日が迫っていると告げている。
引用にあたる11月9日の会話は、これを受けたものだ。…
トムゼンも大統領が「裏口から参戦」したがっていることをよく知っていて、日本が仕掛けないなら、米国のほうから動くことさえありえると思っていた。
「もし、東京と横浜が爆撃されるなら、日本は必ずマニラを爆撃するだろう」とは、例えばこのようなことをすれば日本と戦争になるという助言だろう。
日本がソ連と戦争することも考えられるが、こちらは独相手に苦戦を強いられているものの、未だ崩壊には至っていない。
日本が速やかに北樺太などの石油資源を奪取できればいいが、手間どれば、米国の干渉を招いたり、戦っているうちに石油が枯渇したりする恐れがある。
それに関東軍がノモンハンでソ連軍に大敗を喫してまだ間もない。
一方、ソ連は、日本が米国と戦争を始めても、介入したり、参戦したりする恐れはまずない。独相手の死闘を繰り広げているのでその余裕がないからだ。
やはり、日本は石油資源を得るために南進するしかなく、相手はソ連ではなく米国であり、そのときは「今」しかないと結論している。
それは以下のような状況分析から導かれている。…
…
もう一つ踏まえておくべきことは、トムゼンが本国に報告したように、米国が野村大使と日本政府の間の暗号電報を解読していたということだ。
米国はこのような外交電報に加えて日本陸軍の大使館付武官が本国に送った暗号も解読していた。…これらのことから、
大統領は日本政府が野村に日米和平の努力をさせながら、同時に戦争を準備していて、それが完了していることも知っていた。
したがって、陸軍長官ヘンリー・スティムソンが11月25日の日記にこう書いたのは不思議ではない。
「FDR(ルーズベルト)はこのように述べた。多分来週の月曜(12月1日)にわれわれは日本に攻撃されることになるだろう。
というのも日本は警告なしで攻撃するので悪名高いからだ。問題はわれわれがどうすべきか、ということだ。
問題はどうすれば、たいした犠牲を払わず、彼ら(日本人)に最初の一発を打たせるように仕向けられるかということだ」…
米国務長官コーデル・ハルが日本に対し中国からの全面撤退の要求ともとれる内容を持つ、いわゆるハル・ノートを突き付けるのは、
この発言の翌日の11月26日のことだ。大統領はこのことを織り込み済みで「来週の月曜には」と述べたのだろう。
11月29日にはベルリンの大島浩駐独大使が本国に「(ウルリヒ・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨアヒム・フォン)リッペントロップ外務大臣は
日本がアメリカと戦争に入った時は、独は直ちに参戦すると確約した」と打電したのに対し、本国から大島に「情勢はもっとも危険な段階に達し、
日本とアングロサクソン諸国との戦争は、一般の予想より早い段階に勃発するであろうと独側に伝えよ」と返電しているのが傍受され、
解読されたのち12月1日付で大統領に報告されている。大統領はとくに返電のほうの解読版のコピーを暗号解読班に命じて自分のオフィスに送付させた。…
石油禁輸措置が日本を戦争に駆り立てる措置だということを大統領が認識していたことを裏付けるエピソードがある。
日本が1941年7月に南仏印に進駐する一カ月前に、内務長官ハロルド・アイクスが大統領に日本への石油の輸出をただちに
禁止すべきだと進言したとき、大統領は「その一手が微妙なバランスを崩し、日本にロシアかオランダの東インド(インドネシアのこと)を
攻撃させることになっても、君が今の意見を変えないかどうかいってくれたまえ」と答えている。
「日本にわが国を攻撃させることになっても」とまではいっていないが、石油禁輸措置が日本を戦争に走らせる可能性が高いことを
大統領は認識していた。ということは、日本の南仏印進駐後に、アイクスの進言どおり石油禁輸措置を発動したとき、
大統領は日本が戦争に訴えることを承知していたことになる。それなのに大統領はトムゼン警告を受けながらもハル・ノートを日本に突き付けたのだ。…
(抜粋)
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