天皇って何もの?

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612天皇の戦争責任は未だ終わっていない

この日本国は、太平洋戦争による多くの国民の苦難と犠牲を教訓として、自由平等という、
原始社会の不条理な強弱序列を否定して無意味な束縛を排除する、最も人間的な社会共存を目指す筈が、
国民の苦難と犠牲にも係わらず天皇制は依然として存在しており、
天皇という、薄笑いを浮かべて手を振るしか能の無い人物を、日本国政府やマスコミは特別扱いしており、
これは日本国の権力掌握階級が、その権力を維持したいが為の不条理な序列階級制度である。

.       *** 天皇の戦争責任は未だ終わっていない ***

天皇の家系には今迄に一般からの参入があり、これは皇室がその時の権力者に積極的に迎合して、
天皇制という利権を維持しようとするからであり、一般からの人選もまた権力者達に都合のよいものである。
それでは国民は一体 “ 何を崇め奉っているのだろうか “ 。

天皇制成立の起源は、西欧の王族のように隣国からの侵略に対して “ その戦いの先頭に立つ “ といった、
民衆からの要請や契約としての社会への貢献といった、歴史上の事実が全く存在しない。
天皇制は “ 現人神 “ と称して平民から租税や年貢を騙し取るという、極めて悪質な意図による制度であり、
北朝鮮の金独裁体制に酷似した “ 特権階級と強欲の象徴 “ であって、すぐに廃止すべき忌まわしい制度である。

日本の歴史において天皇や皇族達が、国の存亡の危機に際して自らの命をかえりみずそれに対峙した、といった
事実が今迄にあっただろうか。 何をしたかといえば、日米の戦争開戦時には神である天皇の命令として
一般民衆を強制的に参戦させながら、
終戦時には国民が焼夷弾で焼け死んでいるのに、天皇と皇族どもは日本で一番安全な所へ逃げ隠れていた。
米占領軍司令官に対しては自身の命乞いと皇室の存続を交換条件として、占領軍の忠実な下僕になることを取引した。
613自決覚悟の大日本帝国軍隊は狂気の殺人集団:2011/12/22(木) 21:05:47.92 ID:ZNKs8bjB0

.          *** 自決覚悟の大日本帝国軍隊は狂気の殺人集団 ***

大日本帝国軍部の虐殺とは南京だけに限ったことではない。  大日本帝国の軍隊は当時の主要国の軍隊とは違って、
天皇を “ 神と崇拝し絶対忠誠 “ することを国から虚妄扇動されて、” 集団的異常心理 “ に陥らされてから、
前線で戦わされた。 捕虜になるなら集団自決や特攻玉砕をするという決意の軍隊は、もはや狂気の殺人集団である。

そのため負け戦になれば降伏するという、世界的な近代戦の常識が通用しない軍隊であった。 帝国政府にとっては
天皇崇拝の虚妄扇動によって、前線の兵士は死ぬことを恐れずに戦ってくれるのだから、こんな楽なことはないだろう。

虐殺は占領した中国各地で、捕虜や非戦闘員に対して些細なことを理由にして、銃剣刺殺や軍刀によって行われた。
それは戦に負ければ集団自決をするという、最終的には自分自身をも殺害するという狂気が根底にあったからだ。
それによって虐殺された中国の民間人は、中国各地で相当数に上った。

そしてこの戦争によって日本でも中国でも、多くの戦争孤児が不条理な運命を背負って生きて行くことになる。
原子爆弾で多くの国民が死んでもなお天皇は統治権にこだわった。 → http://jp.youtube.com/watch?v=50ZyQQ6yBqI
614人間を神格とする天皇制は自然に対する冒涜である:2011/12/22(木) 21:09:25.18 ID:ZNKs8bjB0

          *** 人間を神格とする天皇制は自然に対する冒涜である ***

人間がその地位に就く天皇制では、その利権の強欲的争いは必至であり、天皇制成立は宗教でもないのにいつの間にか
宗教に絡められて、民衆の素朴な信仰心を利用しながら人間神格の代々継承という、世界の宗教のどれにも類をみない
とんでもない権威維持の欺瞞が行われている。 それはあろうことかこの国の憲法条文となっている。

この点は最も重要だから再度指摘する。 一個人である人間の神格化を法として宣言してそれを代々継承することは、
自然の全存在体系の元となる根源作用が、その一個人に由来すると宣言したことであり、これは
それを許容したその国の国民全体が持つ、自然認識あるいは自然観における “ 恐ろしいまでの軽薄さ “ を表している。

古来より、" 神懸り “ となって宗教の開祖者となった人物史などでは、何らかの “ 非日常的奇跡 “ が見られたとの
記述もあるが、そのような異質な現象を認めるとしても、それは神懸りのような精神的変容を体現する人物が代理する
自然の根源作用の “ 外延 “ であり、
その非日常的異質性は決して神懸り的人物による力の具現ではない。 さらにそのような神懸り的非日常性が決定素因として、
遺伝的先天能力として継承されることなど絶対に起き得ない。 これは世界の宗教開祖者の家系をみても明らかである。
615天皇狂信崇拝による無謀な戦争が原爆投下を招いた:2011/12/22(木) 21:13:13.70 ID:ZNKs8bjB0

.        *** 天皇狂信崇拝による無謀な戦争が原爆投下を招いた ***

現代の日本において何故、天皇という一家系とその制度が憲法条文となっているのか。 それはその制度を
“ 許容する国民 “ の自然認識や思考基盤が、即物現実である唯物的自然観そのものだからである。

一個人である天皇の神格的崇拝は当にこの唯物的自然観の象徴であり、それは即物拝金となり階級制の容認となる。
そこでは依然として弱肉強食のような原始序列が固定しており、それは制度化してさらに徹底される。
一個人や一家系が自然躍動の象徴などという制度や憲法条文は、人間の強欲が作り出した大罪である。

ナチスドイツや日本の天皇制などの、” 利己的強欲な自己保存本能 “ に囚われた国家の末路
→ http://www.dailymotion.com/video/x6qngw_yyyyyyyyyyyyyyyyy_tech

.       *** 東洋人の唯物的自然観を社会規範に持ち込むと悲惨である ***

北朝鮮などテロ支援国家とその協力団体は狂信的な野望を持っており、それは天皇崇拝によって特攻玉砕を実行した、
歴史に残る大日本帝国の無謀狂気とかなり酷似しており、そのようなテロ組織はいざとなれば自爆行為すらいとわない
だろう。   この狂信自爆に至る深層心理は、どのように生じるのか。

この者達は無神論者であって、現実として世界に群在する、局在する物質状態だけが存在の全てと考えるのであり、
その独立単体でもある “ 私個人 “ の利得充足のみが、唯物的帰結としての “ 一回限りの人生 “ での最大価値となる。
そして、その狂信自爆の心理を湧きたてる精神の根本へと辿っていくとしたら、” 利己的自己保存本能 “ に至るだろう。
何故ならば、異なる思考や信条を全て排除した全体主義国家とは、その当事者一人のクローン集団であるからだ。
616天皇制は、人間として生きる努力への冒涜だ:2011/12/22(木) 21:16:46.10 ID:ZNKs8bjB0

.     *** 独裁政府は特攻玉砕を鼓舞したが、特権支配階級からの志願者は皆無だった ***

そのことを利用する全体主義独裁国家の、個人崇拝や一致団結という宣伝によって、その崇拝対象がいつの間にか
各個人の自分自身と “ 親密な同一体であるかのように “ 刷り込まれる。
それはさらに全体主義国家での、その人が抱える日常生活での生存に係わる不安や葛藤も意識下に隠されて、
それを代価するような “ 利己的自己保存本能 “ の露骨な心理に転化するのだろう。

そのような天皇絶対崇拝とか滅私忠誠などといった “ 精神画一化教育 “ を、子供のころから刷り込まれると、
あたかも周囲の他者は、” 自分の分身であるかのような “ 錯覚を植えつけられて、特攻玉砕に臨む訳だが
それは自分の命に代えて自分の分身を守るというのが正解だろう。

しかしながら独裁政府は、一般国民には特攻玉砕は美徳だと教育して喧伝していながら、
特権支配階級からは、率先して特攻玉砕に臨んだ者は誰一人としていなかったのである。

これは即物現実である唯物的自然観によるものであり、自然における独立単体のそれぞれは、相互にそれ以上の関連を
持たないと考えるのだから、相互に独立する個体の各々は、自己個体の存続と利益である “ 利己的自己保存本能 “ の
追求に終始するために、弱肉強食のような原始生存競争が、唯物観では人間社会の大原則として肯定されることになる。