2 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 08:21:41 ID:PxwTC2YU0
えーと コピペです 木戸・・・裕福な藩医の家に生まれ、不自由ない生活を無気力に過ごす。 吉田松陰に感化されて一念発起するが、カネ持ちの名門という理由で何となく長州閥の領袖に。 襲撃を受ければ乞食に身をやつして逃走し、ウンコをもらすヘタレの極み。 長年にわたる凄惨な死闘を重ねてめぼしい人材が殆ど全滅した長州の中で、名門出身のカネ持ちという理由でナンバーワンに担ぎ上げられる。 部外者に対しては秘密主義に徹する薩摩閥内部の緊張関係を誤解し、最も現実路線であった大久保の足を引っ張りつづける誤りを犯す。 最期には精神を病んで病床に果て今では2ちゃんで脱糞男として名を馳せる ・・・絵にならない。
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 08:22:11 ID:PxwTC2YU0
桂小五郎 天保4年(1833)長州(山口県)で生まれる。 池田屋事件、蛤御門の変の時、うまく逃げて逃走生活にはいる。 このことから「逃げの小五郎」と呼ばれる。 一説には小五郎が新撰組に囲まれたとき、 とっさに「うんち」をして相手をおどろかせ、その隙に逃げたという。 まさに逃げの達人である。 慶応2年(1866)薩長同盟成立の際、長州の代表に選ばれる。 明治維新に貢献して「維新の三傑」の一人に選ばれる。 明治4年(1871)海外を視察して日本の近代化に貢献。 明治10年(1877)没。享年45歳。 (;´∀`)・・・うわぁ・・・逃げの達人て・・・・
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 08:27:45 ID:PxwTC2YU0
「維新後の桂( 木戸) の毎日は、薩摩閥の首領大久保利通に対し、 長州閥の勢力を防衛することに多くの精力がさかれた」 司馬遼太郎
1、スレ立て乙!! テンプレみたいなの考えてみたけど、どうだろう。 ・sage推奨。上げレス、コピペには華麗にスルー。 ・常連の脱糞君には適度に相手をしてあげようね。 ・司馬など「小説」をソースにして此処で語ってると笑われちゃうよw ・まあとりあえず、木戸日記(全3巻)読んでこいや。
>>1 乙です
>>5 良いんじゃないだろか
ただ、最後の文がちょっと…
何があったんだ?w
まだ余裕だと思ってたら、週末がんばったな。脱糞君。
コピペは新撰組に囲まれたことになってたんだね。気付かなかった。
スレ立て感謝です>1
>>5 小説ソースでも、この小説の木戸がいいとか、悪いとかはOKでしょ。
というか書いてほしい。というか知りたい。
あと、井上馨以下、木戸の周辺の単独スレ不可な人々に脱線可、で是非。
8 :
5 :2008/10/27(月) 16:10:41 ID:AuWmFItO0
ごめん、毎度のコピペ連続を見て、ついイラっとして書きこんだ。反省してる。
>>6 自分は、木戸日記を読んで、彼の印象がガラリと変わったので、
小説のイメージしかない人には是非読んでもらいたい。
全部読めなくてもいい、雰囲気を感じてほしい。
本当は、もっとわかりやすい入門書みたいなのがあればいいが…
>>7 言葉足らずでごめん。小説の内容=史実でコピペる奴にイラっとしてたんだ。
小説やドラマを語るのはNG,という事を思ってるわけでないよ。
むしろどんどん語ってほしい。お勧めがあるなら是非聞きたい。
・sage推奨。荒らし、コピペには華麗にスルー。
・常連の脱糞君には、たまには相手をしてあげよう。
・幕末明治に関する小説、TVやドラマの話題もOK。
・木戸周辺の人たちの話題も歓迎。
・ここ見て木戸が気になった人は木戸日記を読んでみよう。大きな図書館には大抵あるよ!
他の人の意見も聞きたい。うまくまとめられる人はまとめてほしい。
一次資料またそれに比肩するもの(「醒めた炎」など)のリストなんかも あれば嬉しいが、欲張りすぎかな
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 20:05:37 ID:BLUkFLuE0
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 20:07:29 ID:BLUkFLuE0
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 20:31:55 ID:IZLB1z5j0
「人間は心が狭くてはだめである。 憚らずに申せば、木戸公は心の広いほうではなく、むしろ狭いほうで、 人を容れることができなかったために、大した仕事も成しとげられなかった。 自分は先代木戸公には容易ならぬ知遇を受けたが、 しかしその間、先代の狭量には困ったことも多かった。 そこへゆくと、大久保利通という人はまことに度量が広かった」 伊藤博文 伊藤ちゃんは正直だな〜
「俺と木戸さんに溝ができちゃったのはね、アレ俺が悪いんじゃないよ。 木戸さんがね、ちょっとまあその・・・」 という元・“軽薄才子”伊藤の言い訳っていうか湖塗だろう。 好きだけどね、伊藤も。
大した仕事も成しとげられなかった ↑これきついw
あ、ごめん
>>1 乙でした。
1行目の的確すぎる紹介フイタw
16 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 21:35:10 ID:34hajSGJ0
>>1 乙です
相変わらず賑わってるな〜
ID:BLUkFLuE0って痛いところ突かれるとちゃんと反応してるから笑える*
森に伊藤は跳ね上がり者だったし 昔は豆腐買うのもためらってたのに出世してからは 清貧の思想を忘れて贅沢になった伊藤を苦々しく思っていた 木戸は伊藤にとっては大変だったろうねw 木戸は新島襄のような堅実な人間が好きだから 彼の厚志篤実、当時軽薄浅学の徒みだりに開化を唱えるものと 異なり、余と彼交わることおのずから旧知を得たるがごとし
12がコピペってる伊藤の発言のせいで、イマイチ伊藤が好きになれない… 恩はあるんだけどね〜とか言って、言い訳して、木戸子孫に言うあたりが。 この発言だけを引用してる本を前に見たがムカつく。 木戸側の意見(伊藤は最近贅沢しすぎ、キリスト教化とか何事!とか)はスルー。 まさに死人に口なし、って思ったよ。
19 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 22:07:07 ID:A7C2O+WZ0
木戸孝允 弾道2 BEAAA 捕 キャッチャー○
20 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/27(月) 22:14:58 ID:IZLB1z5j0
京都で脱糞しながら逃げ回ってた頃が桂の人生のピークだった。 維新後、大久保の家来になってからの木戸はだつが上がらず魅力がない。
伊藤は若い頃ははねかえりだけどだてに元老じゃないよ 一応伊藤の名誉のためにカキコしとくけれど ロシアとの戦争のときには日本の国力の限界を察して 弱腰とののしられつつも山座にたいして 伊藤は弱腰だから斬ってしまわねばどうにもならんというておるそうじゃな その刀で斬ってみい。斬れるものならやってみい。 この伊藤の体がきさまごとき青二才に斬られてたまるか。 と喝破している。 伊藤も面白いよ。
追懐往時感無窮 三十三年夢寝中 顔色威容今尚記 名声輿望古誰同 蕭曹房杜忠何比 独相楠公義時通 暮畔影詩新録樹 山叫尽是血痕紅 伊藤は木戸死後にこんな詩も書いてるんだぞ 中国の偉人に例えて褒めすぎだろってぐらい褒めてる 伊藤は矛盾してるんだよ、高杉も碑文で褒めたかと思うと 「なに高杉の如きもの、今日あっては言ふに足らず」 のような発言もしてる。 気分というか、その時の立場もあるんじゃないか
23 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 00:13:33 ID:E8FEBG6r0
木戸や大久保に比べたら伊藤はだいぶ器が小さいと思われる。 プールの水の量をバケツで計っているようなもの。 いろいろ言うことも変わるさ。 大久保と木戸のどちらが優れているかは、それぞれのファンで 言い分が違うだろうね。これに西郷が加わるとさらに複雑。
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 01:26:24 ID:tNtjzCna0
幾松も木戸が大嫌いで一緒の墓に入りたくないと言ってた。 木戸はよっぽど器の小さいやな奴だったらしい。
25 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 01:31:18 ID:tNtjzCna0
>>23 情の西郷
意の大久保
鬱の木戸
昔から木戸の評価は低かった
星亮一が「会津藩の斗南への流罪は木戸孝允の仕業」などと書いていたから 会津厨が怨念を燃やしてそうだな。 実際は、一揆を恐れた会津藩家老の山川大蔵が斗南行きを選択したのだけれど。
ちなみに「情の西郷」「意の大久保」「知の木戸」だからな。 松平春獄の談話で、 智勇 大久保・智仁 木戸 って書いてあったよ。「大久保利通言行録(明治42年)」参照。
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 04:51:18 ID:xQQb5UA70
木戸は大久保を突き上げ薩摩の西郷潰しをけしかける一方、 民権派の仲間を西郷の反乱に加担させ、大久保政府の転覆を狙った。 コウモリ男だな。
29 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 04:53:11 ID:xQQb5UA70
30 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 09:57:40 ID:Dbj22VZx0
幾松は木戸公認のもと不倫し放題だったそうだね。 もしかして木戸ってインポ?
31 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 12:46:32 ID:zREf20GW0
おまいらHAPPY MANを読め。 木戸が京都を火の海にするテロをたくらんだのは、 さなこを竜馬に奪われたショックで自暴自棄となったことが原因だ。
なんか流行ってるね、ここ。何があったんだよ。。。おろおろするよ。
>>26 「木戸の仕業」じゃなくて、「木戸の仕事」の誤植だよ、それw
山川は新政府的な匂いがない?弟が洋行するでしょ?あれ、彦太郎と一緒に
許可が出てるんだよ。前に公文書館サイトのアーカイブ見ててみつけたんだけど。
でも、さっき探したらみつからなかった。蜥蜴な興味で検索じゃなくて見てて
みつけたから、どういう題だったか覚えてないんだけど。
伊藤は、時代背景とか、そのときの伊藤の立場で、ものを言ってると思うな。
そう言うことになんらかの意味があって言ってるんじゃない?
伊藤が維新前の長州から離れないといけない時代もあるし。あと、話を聞いてる人
によっても、書き方が違うだろう。徳富なのか、福地なのか、岸田なのか、
もっと後の時代の人なのか。
福地と伊藤だったら、「だよな!!」とか、冗談で言ってるってのだってあり得るしね。
宮崎知事とタカちゃんが、ビートたけしの話してるのを拾ったかも知れないでしょ。
でも、伊藤にとって木戸が鬱陶しい、っていうのもわかるんだけど。
小言が多いもの、木戸>伊藤は。井上みたいな深刻な事態にならないだけに、余計じゃない?
廃藩置県で度肝を抜かれたときは、伊藤も巻き物にされたかもしれんが。
>>28 それはそうかもしれん。
突き上げられたくらいで西郷を潰そうと思う大久保か?ってとこは疑問だけど。
Happy Manは知らんなぁ....。Crying Free Manなら知ってるんだが。
生きてればいろいろあるんだよ
おまえらだって昨日好きだった人間が今日は鬱陶しくなったりするっしょ
>>27 それは逆に大久保には仁がなく
木戸には勇がないとも捕らえられるんだがw
34 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 18:29:02 ID:oA84lfmjO
木戸孝允のエピソードでは脱糞より 火鉢投げ事件や黒田清隆簀巻き事件が、面白いと思うけど 好みの問題?
35 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/28(火) 19:31:08 ID:XVW5PpQV0
ガラッ! 土方「御用改めである!!神妙にいたせい・・・・・」 沖田「土方さん、駄目です。逃げられたようです。」 土方「待て、総司。この脱糞・・・・・・まだ暖かい!」 沖田「!! まだ近くにいるぞ。探せ!」 隊士「応!!」
とりあえず、次スレん時に、あげてるレスには総スルー。ってテンプレいれたい。
今の早さなら、10も半年後くらいには立つかもよ。
最近なんだかにぎわっていて、初心者さんはついてこれないんじゃない?w
まあ読めば、常連さんと荒らしさんの違いは分かると思うけどww
>>33 ちなみに156ページ〜ね。近代デジタル〜で読めるよん。
今気付いたんだが近代デジタルライブラリーにある「贈正二位木戸公小伝」の1ページ目に とんでもないものと思しき落書きがあるwww
>>36 概ね荒らしはスルー、でもたまに暇になると構ってみる(でもすぐ飽きるw)、
というユルさが過去スレの特徴じゃなかったか?
あんまりガチガチに縛らないほうが木戸スレっぽくていい気がする。
>>38 確かに、暇な時には相手しないとなw可哀想だからなww
松尾氏の講演、行けた人は詳細を詳しくよろ。
この人だけじゃないのか…?学者で、ちゃんと研究してるのって?
>>39 ちっくしょ〜
近所なのにその日に限って重要な用事があったりするorz
あと1週間遅ければ・・
木戸のファンスレだったのか? 語ろうだからアンチも常駐してていいじゃないか と思ってた、ぶっちゃっけマンセーだけじゃ面白くない でも木戸の簡単な功績はテンプレに欲しいかも
43 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 00:47:31 ID:s0diOvbl0
>>30 木戸は子供がいない。
インポだとすると、幾松との冷めた関係も説明できるな。
44 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 01:07:46 ID:s0diOvbl0
>>42 最近頭のおかしい木戸マンセー=脱糞君が常駐してるんだよ。
sage進行で小ネタを使ってオナニー的な自演をするのが趣味らしい。
45 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 01:15:10 ID:176kg7nj0
木戸孝允のアンチで訪問してくるのは 高杉晋作や奇兵隊のファン? 西郷隆盛ファン? 大久保利通ファン? 新撰組や徳川幕府ファン? 会津ファン? 単なる嫌がらせ趣味? その他 そのうちのどれでしょう? 出題者も答えが分からないクイズです!
46 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 03:08:58 ID:hRJKKRpL0
必死に仕切ろうとしてる木戸マンセーがキモい。 てか、木戸以上に狭量なのが笑える。 長州人をマンセーしたければ木戸じゃなく伊藤に代えた方がいい。 「人間は心が狭くてはだめである。 憚らずに申せば、木戸公は心の広いほうではなく、むしろ狭いほうで、 人を容れることができなかったために、大した仕事も成しとげられなかった。 自分は先代木戸公には容易ならぬ知遇を受けたが、 しかしその間、先代の狭量には困ったことも多かった。 そこへゆくと、大久保利通という人はまことに度量が広かった」 伊藤博文
>>46 必死にアンチしてる君も、そう言った伊藤も同じだねw
どうせなら使い古したネタじゃなくもっと新しいの持ってきてよ
48 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 20:12:07 ID:oRuC1mi70
/,,;,,,,, ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ,,,,,,,,;::::::丶 / :::::::::;;,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,;:::::::::::::::::::ヽ i゙:::;:::::||::::::,!i:::::::::::,|i::::::::::::::::::;:::::::::::::::::::::::::::::::゙i i゙::::|;;;;| |;;;;;| |::::::::::| |:::::::::::::::::||::::::::::::::::::::::::::::::::| . i゙::::::i ''''''''''' '───' |;;;;;;;;;;;;::::::::::::::::::::| .|:::::::|,-====-´ ゙ヽ,,,,,,,,,,,,,、 |:::::::::::::::::::| |;::::::::|,-──、 ~ニニ,,_` |:::::::::::::::::::| `ヽ、i (、i´ノ ´い,, ノ ' |;;;::::::::::::::/ . i ^~~~ー==─ ー'-+、 /^゙-、;;;;/ { ヽゝ '-'~ノ λ ''゙゙''-''-─、 /-'^" ヽ,_ ^~^ ( /`''丶、 , - /^l なんで木戸のおっちゃんはうんこ漏らしてしまうん?
アゲるなよ!絶対にアゲるなよ!
前スレに、たまに書き込んでくれた、すげー博識な人は最近忙しいのかな うんこ以外のネタが見たいよー
51 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/29(水) 23:49:36 ID:yO3eU+Bf0
大久保がいかに偉大であるかがよく分かるスレだな
1は「温泉好き」を忘れちゃったな。 木戸の功績その1 成破同盟 木戸の重要な行動その1 韮山に弟子入り 続けてたもれ。
その2 ラップ攘夷w
重要な行動 義弟と海外渡航計画その一 初期の頃から排他的攘夷思想じゃなかったらしいのが面白いと思う。
>>46 「追懐往時感無窮
三十三年夢寝中
顔色威容今尚記
名声輿望古誰同
蕭曹房杜忠何比
独相楠公義時通
暮畔影詩新録樹
山叫尽是血痕紅」
伊藤博文
56 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/30(木) 20:44:13 ID:RDBpX5HE0
甘く玉を我方へ抱え奉り候の御儀、千載の一大事にて、 自然万々一も彼手(幕府)に奪はれ候ては(中略)、 芝居大崩れと相成、三藩(薩長芸)の亡滅は申すに及ばず。 木戸の品川弥二郎宛の手紙より 天皇を玉と蔑み、大芝居(倒幕テロ)の道具と公言してた木戸。 売国奴だな。
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/31(金) 21:30:43 ID:MUkzuCoN0
条約は結びそこない、金は捨て、世間へ大使、なんと岩倉 木戸のせいで岩倉が世間に責められたんだよな。 岩倉かわいそす。
いや、森と伊藤のせいだと思う
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/10/31(金) 23:50:57 ID:jgS4ZekK0
あの時代、条約改正は誰がやっても無理。 革命が起こって国家としての体制が固まっていない国は 他国からしてみれば信用できない。 条約改正には国会や憲法の制定等国家として欧米の国が 認められる形を作る必要があったと思う。
まあそもそも条約改正しに行ったわけでもないしな。 あと「金は捨て」じゃなくて「金取られ」じゃね? でもって取られた金ってポケットマネーの類だったよね。
>金盗られた件 木戸、久米のことわらってんの、悪いよ。その木戸の態度に自分も笑ったが。 久米にしてみれば、人生初めての大損で目の前真っ暗なのに、 木戸にとってははした金?
62 :
IDに拍手 :2008/11/01(土) 06:35:21 ID:Ao0dXbX00
われながら、なんかいい感じのID。しかもあおだし!ばっちりだ。
63 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/01(土) 09:02:09 ID:UnMxkrd10
上げ上げ♪ やっぱり男は外見も大事だよね。 その後の人生も評価も大きく影響してくる。
64 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/01(土) 13:14:32 ID:aYwdQUiq0
>>56 君は将棋という遊技を知っているか?
将棋の「王将」の駒で「王」と書かれている駒があるが、
この字が先手と後手で「王」と「玉」と書かれ違うという事を知っているか?
そして将棋は明治や幕末に発明されたものではない。
それが解っていれば、そのような無知な書き込みはできないはずだがw
65 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/01(土) 14:57:14 ID:zgjKLGiRO
>>56 明治天皇は明治元年で16歳
海千山千の志士からみたら16の少年なんてハナ垂れ小僧扱いだろうな
>>52 中島三郎助の弟子でもあったんだっけ。
函館に行った際、函館で戦死した中島親子を悼んでまた泣いているw
そういや中島って、勝と不仲だったな。
67 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/02(日) 07:49:32 ID:fFuPzisY0
桂って結構なお金持ちのお坊ちゃまだったんだね。 連れに奢りまくってるし。
>>61 使節団、ほんと面白いよな。その狂歌作ったの身内の福地らだしw
久米の仙人てのもあったな。
アメリカで小銃の製造工場を訪問した時、分業制だけでなく、平時/戦時での生産量
切り替えが可能なあたりに注目してる理解度。昔友人が生産管理システム作ってるとき
「製造業にとって一番重要なのは計画と突発的修正、それにいかに柔軟に対応できるかだ」
と言ってたのを思い出した。
あと木戸が開会式に出席したウィーン万国博覧会だけど、明治4年新生日本国として初の
出品を決断し、準備にすごい時間と手間と資金をかけ苦労しながら
「博覧会と博物館では目的が違うのが役人には分かってない。いっぱい並べりゃいいって
もんじゃないんだよ」てなこと木戸は言ってる。そうなんだよ、要はコンセプトなんだよな!
マゲ切ったばかりなのにこいつら侮れんw
69 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/02(日) 08:57:55 ID:k2vNYEeu0
無能な岩倉使節団のなかでとりわけ無能だったのが木戸。
青木の入れ知恵っぽいなぁ〜、そのコメント!w>68 慶喜の弟の昭武が行く最初の博覧会、佐賀と薩摩は出品してるよね。 しかも薩摩は琉球の統治者で独立国、日本じゃないって触込みで、先に行ってる。 それ、結構驚いた。やるなぁ、と。薩摩もだけど、佐賀がすごいよね。 清水卯三郎もすごいんだけど。 岩倉のおつきで使節に入るときに、久米が岩倉知らなくて、大隈に、岩倉ってどーゆー人? と聞いたら、うちらの殿様を柄悪くしたような感じ、みたいなこと言ってるのも笑う。 佐賀の殿様の、新政府は便所が臭くて給金くれないっつー狂歌、大好き。 あと、久米は晩年に渋沢に間違われて泥棒に入られるのもおかしいし。 好きだなぁ。そういう偉人ぽくない話。
みなさん、はじめまして。 ボクは小学校3年生の男児です。名前は孝允といいます。 父親が木戸孝允を尊敬していて、 木戸さんのような人間になって欲しいという願いを込めて名付けたそうです。 このスレのせいで学校でウンコと呼ばれ、いじめられています。 そこで皆さんにお願いがあります。 どうか木戸さんのことをウンコ呼ばわりするのはやめて下さい。
>>71 面白かったからかまってあげる…
あれだ、父親の期待に負けないような人間になるの応援するよw
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/03(月) 08:20:02 ID:sCkRr5ZGO
名前のことで思い出したが、江戸川乱歩の小説に登場する探偵、 明智小五郎の名前の由来は、一説によると明智光秀と桂小五郎を 合わせたものだそうです。明智光秀と桂小五郎は何の縁もなさそうだけど。 明智光秀の子孫に坂本龍馬がいるとは言われているな。
>>70 そうだなw>青木 でもこれ日本にまだいた頃の話だったような。すまんうろ覚え。
しかも半分は資金不足が理由と思うよw
佐賀の殿様の狂歌ってどういうのだっけ?
しかし<妖怪>を柄悪くすると岩倉なんだwww
偉人ぽくなさなら木戸は負けないだろ。あんま威張れないがな・・・。
あ、前スレで出てた池田ツッパリ長発マイナー使節団だけど、歴史的に面白い役割。
元治元年、池田は向こうで、ベルギーのド・モンブランに「フランスもルイ14世が
封建諸侯を割拠を武力で統一した。富国強兵には日本もこれに倣うべき。
フランスが武器・兵員を提供する様にするから。」と提案を受け、その気になり
「パリ約定」を締結。(フランスの内戦介入の口実にもなりうる条項含む)。
幕府はその後慌ててこの約定を破棄・蟄居させるけど、武器購入をロッシュからに
切り替えたことでド・モンブランは失望して薩摩五代に近づき、この「陰謀」をチクッた。
(こいつ、自分が言い出したくせに・・・)
−−幕閣がフランスの軍事力を背景に大名討伐に走り出す。
幕末も押迫った慶応年間、この情報は日本を幾ばくか動かしたと思う。
んで、木戸を助けたと思うw
池田長発、何気にやってくれてる。
ごめん、鍋島の殿様のは「狂歌」ではないと思う。別に元になってる歌があるわけじゃないと思う。 はじめの方忘れたけど、意味としては、新政府に出たのはいいんだけど、そこの部屋が便所に近いんで 臭くてたまらんし、八百給金一文紅(給金を一文もくれない)というの。 それを久米(大隈かも)が解説してる記述がどっかにあるけどみつからない。 久米が新聞に連載してたやつかも。 鍋島の殿様ともあろうものが給金が出ないでむっとしてるのがおかしい。 長発はよい本がないかしら。宮永孝氏の一連の使節もの(?)にもないと思う。 岡山だから、箕作とかの関係かと思ったら特に関係ないみたいだが。 旗本が出世した殿様みたいだから、井原で大切にされてるようでもないような。。。 こういう人、埋もれるよね。出身地じゃないとこで活躍して、それも、活躍かどうかわかんなくて 子孫が特別な出世してない人。。。 木戸からそれた。すまぬ。
76 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/05(水) 12:15:37 ID:dbfMw8oP0
>>74 福沢などはフランスから兵員を雇用してでも長州を攻め滅ぼすべきと主張してた。
しかし幕閣は外国の介入を嫌い、近代兵器の内戦への投入にも及び腰で、
中途半端に長州征伐を進めるという過ちを犯す。
一方の長州はイギリスのバックアップを受け最新兵器で藩内皆武装。
幕府は長州のような無分別さが足りなかったことが敗因だな。
>>76 幕府歩兵隊は薩長と同じかそれ以上の最新兵装だったシャスポー銃じゃん。
軍艦に至っては薩長など問題にもならない。
それを有効に使用できる指揮官が居なかっただけでしょ。
富士山丸なんか、長州勢の砲積んだ小舟の奇襲なんぞにビビって後退し、
比較にならないほどの小艦で獅子奮迅の働きをしていた小倉藩が激怒してるし。
大体、フランスから借款したりフランス軍人を教官に迎えてる時点で、薩長と比べて〜なんて言われても困る。
あと、兵装の近代化に成功していた紀州藩や佐賀藩なども、当該国のバックアップを受けたというのだろうかw
武器は英国から購入しても軍事調練は自分たちでやった長州に比べたら、
寧ろ仏軍人を雇った幕府の方が
>>76 の言うような「無分別さ」があると思う。
下手したら内政干渉にもつながりかねないんじゃない?
そういえば憲政記念館で幕末の催しやってたな 暇をみつけて行ってくる
あ、自分紹介したくせに、すっかり忘れてたよ… 東京行くかなー。15日に行く人いる?
ノ 憲政記念館とハシゴする予定
行くよー。 何か最近外が賑やかで、なかなかこっちに戻ってこれないよw
俺だけだと思うんだけど桂小五郎と木戸孝允がイコールでつながりにくいんだよなw たぶん小学生くらいの頃に、桂小五郎は維新志士として小説や漫画で覚え、木戸孝允は歴史の教科書で勉強したからだろうけど・・・。 同一人物として頭では理解していても、未だに違和感が取れないw
出石で入れ替わってんだよ。桂と木戸。別人なんだと思うw。 というか、幕末と明治ってのがつながりにくくない? 一般的に幕末というと、久坂、高杉とか、坂本のイメージ。 明治というと、木戸死んだ後、つーか。 なんか、そこに作為を感じるよ、自分は。 戊辰戦争を境にして、主役級が入れ替わるんで、学者は別にして、通しで興味持ってる人って少ないような気がする。 大久保や西郷は幕末の薩摩の話には主役級として出てこないと思うし。 京都で攘夷騒ぎしてる時代が幕末だとしたら、大村とか通行人じゃない? 高崎や五代なんか、明治んなって、どこ行ったんだよ?だし。そりゃ、ちゃんといるんだけどさ。 話とぶんだが、「若き日の末松謙澄」って読んだ人います? それ、長は出てくる?
急速に近代化したからなあ… たぶん坂本とか高杉も、明治後に残ってたら何か印象違いますね、って言われた部類だろう。 木戸は幕末明治通して活躍して、しかもちょうど時代の変わり目で名前変え てっから、ある意味あの時代の変動をまるまる象徴的に背負ってる感じ
86 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/09(日) 19:14:40 ID:Jn+P3A6RO
木戸孝允幕末維新の最高の功労者の一人。上げちゃえ!
衆議院憲政記念館行って来たよ 楽しみにしている人のためにくわしくは書かないけれど 木戸日記(本物)もあったぞ! 贅沢な展示物が多かったから一見の価値ありで幕末好きにはたまらない あっ、これはこの人のだ!とかあの人のだ!とか 今ならもれなく展示物の冊子までもらえちゃうぞ!
豚切りでごめんなんだけどさ、今日霊山行ったら松子さんの墓前に骨壺置いてあったんだけど・・・。 喉仏用サイズの壺で、あの、骨壺用の袋みたいのあんじゃん? あれに入ってて、袋の口が全開で、骨壺の蓋が見える状態だった。 袋も壺もきれいで真新しかったよ。 さすがに壺の蓋開けたりはしなかったから、 中に本当にお骨が入ってたかどうかはわかんないんだけど。 ちょっとgkbrした。何だったんだろうなぁ・・・。 あと木戸の墓前に賽銭箱が出来てたよw 今年の命日に行ったときはなかったんだけどな。
>>87 マジでか!?…ちょっと東京行きの切符買ってくるわ。
>>88 なんで賽銭箱w
よくわからんが、入ってた金は木戸用の花代とかにあてるんだろうか?
(全体への募金という扱いになりそうと思うが)
骨壺は…わざわざてっぺん登ってまで悪戯する奴いるとも思えなんからな
まあ、お疲れ様。京都うらやましいよ。
>>87 木戸日記あるのか!!!
来週見に行く予定だけど今からwktkしてきた!
>>89 そうそうw<全体への募金という扱い
なんか結局龍馬関係のモノに宛てられるんじゃないかって
ツレと話してたわw
いいな〜憲政記念館。
木戸日記見たいよ。あれ、意外とハンディサイズなんだよな。
罫線の太さなんかも木戸なりにこだわりがあったのかな、とか考えると楽しい。
92 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/09(日) 23:13:56 ID:kOyK11VF0
伊藤は、木戸の息子に対し、大久保を絶賛し、木戸のような器の小さな人間になるなと訓示を垂れたそうだけど、 この逸話って史実?そもそも木戸に息子がいた?
>>83 桂、木戸と両方の名前が同じぐらい有名だからな
こんな人間は木戸以外にいないw
骨壺、こわいな。冗談でつっこむのに躊躇する。 賽銭箱は、あそこまで登ったら、むしろこっちが賽銭ほしいよ。 でも、品川んとこに置くのが筋じゃないか?てか、竜馬んとこに置いてくれた方が入るよ。 >92 木戸本人の息子といわれるのは、出石でできたという忠太郎くん。 でも、伊藤がそういうこと言ってるのは、養子でしょ。妹と来原の息子。 伊藤は来原のなんか(忘れた。家来?)だから、ってこともあるし、 父親の枠にはまっちゃいかん、という伊藤なりの親心もあるだろう。 下関の大坂屋跡のホテルの話見てたら、伊藤がハルピン行く前にふらりとそこに来て へんなじーさんだと思って放っておいたら、それが最後だった..... みたいなこと書いてあって、うるりとしてしまった。 憲政記念館情報乙。明石なんとかの情報もぜひ。
逃げの小五郎。 良い人物なわけないでしょう。何を語るの?
>>84 五代は有司専制の支持者として頑張ってるじゃないか。
大久保亡き後の最有力後継者だった大隈に裏切られてからは知らんけどw
>>80 俺が帰国する頃には終わってるんだよなぁ……
俺の分まで楽しんできてくれ。
憲政記念館のウェブ、随分詳しくなったけど、あれ、なんであんなに見にくいんだろか。 国家の陰謀か?ってくらい、HTML1.1の世界だよ。自分がフレーム外してブックマークしてるか、 公式ページじゃないの見てんのかと思う。 どんなブラウザでも対応可だからかな?国の施設とは思われんようなレイアウトだし。
>>97 多分職員の人が作ってるんだと思うよ。
一昔前はHPはあればいいっていう程度だったし・・・予算もつかないのかもしれない。
>>83 わかる。桂と木戸って分離しやすいよね。それも時代認識ごと断絶w
そもそも幕末=桂、明治=木戸って分け方がいけないような気もする。
84じゃないけど、禁門の変後の出石で分けるほうがすっきりしないか?
安政〜文久・元治元年迄の、蘭学を学び渡航を夢み松陰処刑に涙し、久坂高杉といった過激
有志と周布宍戸など藩庁の間のカナメを一人で支え、超一級志士として知られる桂小五郎から、
翌年の慶応以降の政治家木戸へ。
ちょうど出石から長州に戻った慶応元年に木戸に改名してるしさ。
木戸がトップになって始まる怒涛の藩制改革、藩論統一、奇兵隊の正規化に始まる兵制改革、
人材登用、撫育金供出、支藩外交、薩長同盟、幕府の命運を決めた四境戦争の采配等の中に
見えるのは、やっぱ明治の諸改革を進めた新時代の政治家「木戸」の姿なんだよね。
そうやって木戸期間を広げると同一人物としてしっくりくる。。かもしれない。
>>98 とりあえず、展示品に木戸日記を含めた時点で許すw
木戸が最も有能と思ったのは出石から帰国後から四境戦争あたり あんな状態の長州をよく纏めて勝ち馬に乗られたよ…… 辞表提出の効果が顕著だったのもこの頃ww
憲政記念館に来週末あたり行ってきます 木戸日記見てくる! ところで記念館の中にある霞ガーデンってレストラン(?)は 一般人でも利用できるよね?
102 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/12(水) 15:58:09 ID:joGsPVHt0
木戸は木っ端役人タイプ。 本来なら改革期のリーダーにはなりえない人物だけど、 小心で優柔不断な性質が幸いして、 血で血を洗う幕末の政争を生き抜いてしまった。
って、どの小説に書いてあるか教えれ。司馬さんぽいけど。 小心で優柔不断が要因で政戦を生き抜いた者がリーダーになれるような時代だろうか? 大政奉還後の日本というのは? 幕末ファンは明治をないがしろにし、明治ファンは幕末を野蛮と疎む。 どっちも見てから意見を言うのが正しいと思う。 自分が思うに、幕末はエキサイティング、明治は盛りだくさん。どっちも面白いよ。
明治になる前から長州の藩政握ってたよ
そして最初から長州尊攘派志士の筆頭だったよ、血で血を洗う前からなw
>>103 司馬さんもそんなこと書いてない……
一番評価がひどいのは幕末のラストあたりだと思う
それでさえ明治では役立たずだが幕末は大仕事したとある
>一番評価がひどいのは幕末のラストあたりだと思う >それでさえ明治では役立たずだが幕末は大仕事したとある これはどういう意味だ?司馬先生が書いたって意味?
高杉晋作も明治まで生きてたら 谷潜蔵とか谷春風とかになってたのかな。 イメージがやはり違う・・・
107 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/13(木) 20:47:58 ID:EFAI6ez+0
>>99 ウンコを漏らすのが桂
鬱病なのが木戸
こう覚えるとすっきり
>>107 ウンコを漏らしたのは家康だろ
嘘ばっかり付いてると星亮一になってしまうぞ。
谷春風ってなんか芸名くさいよなw 明治まで生きてたら 「え?尾去沢事件に連座した谷春風って高杉晋作なの?」 ってなってそうwww
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 00:09:45 ID:vZprj3vG0
桂太郎は木戸の血縁?
>>105 104ではないが、一行目の「幕末」は多分本のタイトルのことだと思う。
「幕末」って短編集に「逃げの小五郎」という話が入っていて、
その最後の方での明治の木戸評は確かに酷い。
「政治家としての桂は、なにほどの能力も発揮しなかった」なんて書かれてる。
でも同じ「幕末」の中だったら井上の方がもっと悲惨かな。
維新前に襲撃された時に死ぬべきったなんて、そりゃないよw
明治政府の財政どうなるの?w
司馬小説でも「翔ぶが如く」の中では
明治の木戸の政治方針って結構評価されてるんだよね。
司馬さんは本によって言ってることが変わったりして
本人が実際どう思っていたのかよくわからないよなあ。
112 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 00:15:20 ID:vZprj3vG0
桂太郎は木戸の血縁?
113 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 00:31:37 ID:y0X/5zzu0
どんな立場の人を中心に据えるかで変わってくるし、 エッセイは別として、小説中の人物描写と作者の歴史観とは別物だろうね。
名字が同じだけで血縁者だったら、木戸の縁者は落語家に多い という前スレのレスにわろたことを思い出してしまった。 小五郎の本名は和田で、桂は隣のじーさんち(養子先)の名前だから、 血縁ではないだろう。桂家同士が縁者かどうかはしらない。 司馬さんは「小説家」だから、むしろ、彼の考えが作品に反映しすぎるようでは あれだけの多作は出来ないんじゃない? 花神だと思うけど、木戸はバランス感覚があって、天秤がどっちかに傾くと そっと分銅を乗せてやる....みたいに書いてるのがあって、そっと乗せてやるかどうかは疑問だが 確かにそうかな、と思ったことがある。 どっちに転んでも動けるようにしてるとこはあるよね。 バランスを取ろうとしてるわけじゃないと思うが。 でも、小五郎時代は、高杉とか久坂とかを主人公とすると、木戸の立場を描ける人物像だと思う。
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 02:37:01 ID:LNpHMraM0
>>106 高杉が明治まで生きてたら、間違いなく、
奇兵隊と一緒に粛清・抹殺されてるよ。
木戸によって。
>>116 うそこくなww
なんて高杉が奇兵隊と一緒に反乱したきゃならないんだよ
そもそも高杉が押さえてたなら反乱など起こらん
下の見るスレの中で銀魂関係が二つもあるんだが 漫画から興味持つ人間がいるってことか?嬉しいだが… もっと木戸のいい所書こうぜー 明治初期でこの人ほど人民人民煩かった人間はいない
高杉が明治まで生きてたら木戸の寿命がもう5年ほど縮まってる気がするw
120 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 11:34:09 ID:zPaHPEV60
>>117 そもそも奇兵隊は高杉がつくった賤民の反乱部隊。
幕府への恐怖のためしかたなく利用したけど、
戊辰戦争終結後はその存在が邪魔になった。
高杉が木戸に代わって奇兵隊の大粛清を行えば問題ないけど、
それができなければ高杉も一緒に歴史のゴミ箱行きだ。
>>111 ああなるほど。解説ありがとう。
しかし井上…w命懸けて奔走したのに酷い言われようだw
奇兵隊なあ、高杉生きてたらどうなってたろう。
奴が生きてた場合、長州版西郷になってたか、井上以上の汚職してたか
それとも外国遊学してるかのどれか、ちゃっかり出家してるか。
とりあえず岩倉使節の条約改正は何か動いた気がする。
高杉には政治家は似合わないように思うのは、あそこで死んだ事実が大きいんだろうな。 生きてたら意外に奇兵隊は清く正しく殖産に努め、萩の乱もなかった、とかだったかも。 って、ありえねー、って感じしちゃうよね。 宇佐穏来彦みたいのがしっくりするけど、そうでもないようにも思うし。 版籍奉還とか廃藩置県には反対しそうにも思うし、黒田と一緒に簀巻きかも、とも思う。 15日の講演行く方、報告楽しみにしておりますぞ。
123 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/14(金) 21:36:15 ID:IvXJqKpL0
すでに、
>>39 の方が知らせてくださったように
明日、11月15日、午後2時から、
東京都中央区教育センターで
松尾正人氏の講演があります。
「木戸孝允」を執筆された方です。
詳しくは
>>39 の方が貼ったところへアクセスしてみてください。
行くことの可能な人はぜひ行きましょう。
この私は行けるかどうか微妙。
今、明治神宮でも「明治天皇と維新の群像」展やってるんだね。 木戸がらみだと、龍馬が裏書してる薩長同盟の手紙と、 自筆の都都逸が展示されてるみたい。
井上は幕末だと高杉以上に吹っ飛んでた気がする
藩侯の態度の態度とか、講和時の高杉の家老案も井上が出したものだし
その井上さえ明治では普通に官員やれてるから
高杉も案外普通に働いて日本のために尽くしてたような
>>111 104だがどうも、言葉足りなくて申し訳なかった…
藩侯の御前での態度です、逝ってくる
靖国神社でもなんかやってるよね。維新関係。 靖国神社の資料館みたいの、なまなかな気持ちで行けないから躊躇しちゃうけど。 140年だそうで、いろんなとこで維新関係の特別展みたいのやってる。 140年で記念するのがすごいが。10年後に期待だな。 いろんなとこで一斉にやるより、全国の公立博物館とか回ってくれた方がいいのに。 そしたら、どれかしら行ける。
>>120 しょーもない。反乱起こしたのは解雇組だろ。
それを鎮圧したのは藩に残った奇兵隊と長府徳山などの長州諸隊だ。
平時に無意味に大兵力維持するのはただのバカ。
>>125 高杉が武士階級の没落に対してどう反応するかが問題だろうな。
>>125 同志が死ぬと木戸泣いちゃうから、逝かずに戻って来いw
歴史にifは禁物だというが、特に高杉は、もし生きてたら・・・と想像すると楽しいよな。
適当なポストに就ければ案外それなりっていうか、
ひろく政治家一般が絶対無理!ってわけじゃないのかも、と思えるが
これが久坂だったらイメージしにくいな。
それこそ叛乱起こしちゃう気がするんだが、どうだろ。
>>129 久坂は最初から廟堂にどーんと存在してて、木戸と一緒に薩摩攻撃してくれるよw
だが何年か経つと政見違いで木戸と喧嘩しそう
木戸は久坂なら文句無いだろうし安心して隠居したりしてな
それがいいなぁ。政治は久坂と高杉と吉田稔麿にやらせて、木戸は杉や長や 野村素介と文人画の道に進む。 見たかった!そのメンバーが、余興じゃなくて真剣にやる書画の世界! 一派を築いたと思うよ。
132 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/15(土) 05:06:41 ID:18njGY+c0
>>111 >明治政府の財政どうなるの?w
汚職まみれの寄生虫がいないほうが財政上好ましいだろ。
また井上がいなければ鹿鳴館のような愚劣な売国施設も実現しなかった。
やはり維新前に死ぬべきだね。
133 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/15(土) 07:07:14 ID:GmYrHH+p0
鹿鳴館が果たした政治的役割を理解していないとは痛杉w 所詮馬鹿はそういう風にしか見ないか・・・w
>>111 司馬はぶっちゃけ明治のことには暗かった、って言ってみる。
初期作品(60年代〜)の竜馬がゆく・幕末よりは、木戸評価は
中期作品(70年代〜)の花神・翔ぶがのほうがましになってくるし。
花神での木戸評で印象深いのは「天性の優しさをもつ天秤」もそうだけど、
「桂を革命家に仕上げているのは強い正義の念とその持続性」という表現。
正義つーと何か手垢ついた言葉みたいだけど、実は深い。
で、その持続性ってあたりが鋭い。
例えば、家康晩年の豊臣家制御などを見る時、人間一時であれば激しい怒りの感情を
持てるが、一度良い噂や時間の経過などで反発をそらされるとなかなか再び怒れない。
教養人ほどそんな傾向あるかも。そういう政治的な機微を知り尽くし、なぶる様に
滅亡させていく。
木戸桂はその「誰より大きい感情の量」のせいなのか、あれだけ時勢の変転があっても、
胸の奥で怒りを維持し続ける。それがいい。奴の生涯を貫く幹になってるように思う。
幕末〜明治のことを描こうと思ったら、 桂(木戸)がからんでくる事が多いだろうから。 そのうちに司馬の中での人物像も変わったかもしれない。
136 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/15(土) 13:13:08 ID:5nP/3x/tO
「竜馬がゆく」事態、龍馬を竜馬と変えているのは フィクションとの宣言との説があるようです。 そう、考えれば木戸孝允ファンも、この小説を許せるかな。
137 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/15(土) 15:49:37 ID:PDugyqb30
井上馨といえば、勲章論という話がある。 明治になって維新の功績に対して勲章を授与すると言う話が出て、山岡鉄舟と井上との会話 山岡「あんたは維新にどんな活躍をしたんだ」 井上「国家のために必死で働いた。暴漢に襲われて、この通り傷をおったりもした」 山岡「はっはっはそりゃあんた一人の苦労で国のためとかいうもんじゃないダロ! 俺は戊辰戦争の時いろいろなことをしたが、それは職分を果たしただけだぞ」 と言われて井上は一言もなかった ……ということを勝海舟が言ってたけど、鉄舟も海舟も嫌なヤツだなーとしか思えなかった。 それに、与えられた役目だけを果たせばいいのだなんて旗本が思ってたから 徳川幕府は滅びたんだろうなとも思った。 マー自分は徳川慶喜と原市之進のファンなので、その意味でも彼らが好きにはなれないわけだが 原と桂や高杉ら長州要人って、どのくらい親交があったのかな。
138 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/15(土) 17:39:06 ID:yCNLrrmL0
井上「暴漢に襲われ、通り傷を負ったのは日本のせいニダ」 山岡「…」 井上「賠償と賄賂を要求するニダ!」 井上が自分を一方的な被害者と考えてたのは多分本当だろう。 だから確信犯的に公金を私物化できた。
それ、井上が一言もなかった、じゃなくて、笑いを取ろうとしてコケたんだよ。 国のために刺客に襲われてケガした、とか、本気で言わんだろ。 襲われたときは、実際、「日本のため」に奔走してたんだけどな。 原より、平岡のが長州と関係ありそう。
同じく笑いを取ろうとして失敗したに一票
それに井上の当時の職分はイギリス留学で知識仕入れてくること
散々な目に遭ってる長州に戻って四面楚歌になってる時点で職分越えてる
国(ほとんど長州かもしれないが)のために必死に働いてるじゃないか
>>136 木戸ファンだが司馬はかなり好き
「竜馬がゆく」で竜馬が「あんたは天下が取れる」と桂に言ってたよw
西郷の書き方も魅入られる、言葉の使い方が好きなんだ、木戸関係なく
松尾氏の講演会行ってきたよ。 けっこう50人位入ってたかな?(木戸スレ住人だけ数人・・・という状況じゃなくて良かったw) 意外と人気あるのか?と思ったら、始まる前、近くの上品な年配女性たちが 「あら、この木戸って桂なんとかと同じ人なのかしら?」 「そのようですわね、プリントの年表のところに桂家養子ってあるから。良くご存知ね。」 「最近、確かテレビで女性にもてたって見たものですからw」 って話してた... ま、そんなもんかw 聴講する人が幅広いから、こういう講演は大変だな〜と思ったが、なかなか松尾先生上手い。 まずテーマを【木戸孝允と明治維新】から【木戸孝允と文明開化】へ変更して絞った。うん、賛成。 そして基本的なことを分かり易く話しつつ、目立たぬようにちょろちょろマニア受け情報。 んで、さすがなのは講演用に配った簡単なレジュメ(B4×2枚)。。誰かうpしないかな。
>>141 トンです。
松尾氏聞きたかったなあ。
あああ行きたかった用事休んでも行けば良かった。orz
レジュメとマニア受けポイントが極めて気になるんだが。
論の展開 一、開化の視点 ・江戸遊学とペリー来航 ・文明開化への関心 二、封建体制の打倒 ・大蔵官僚を擁護 ・版籍奉還の建言 三、岩倉施設副使の見聞 ・文明開化への警鐘 ・条約改正交渉の現実 四、木戸の議会・憲法論 ・憲法制定書の作成 引用された文 @木戸日記一 明治元年4月22日 馬車に乗ったことについて A木戸日記一 明治四年8月6日 鉄道について B『保古飛呂比』佐々木孝之日記 伊藤井上大隈が木戸を押し立てていることについて C木戸孝允文書八 版籍奉還について D木戸孝允日記二 明治四年7月7日 廃藩置県について E木戸孝允日記二 明治五年3月8日 森有礼についての批判 F木戸孝允日記二 明治五年2月18日 条約改正交渉と森、伊藤への批判 G河北俊介宛書簡 明治五年2月1日 根本律法(憲法)の調査依頼 H木戸孝允日記 明治五年正月22日 五箇条のご誓文と根本律法の話 I松菊木戸公伝下巻 維新から日が浅いので天皇が民意をくんで憲法を・・・のあたりの文
大まかな話の流れ ・木戸は何故そのような見識を持ちえたのか? 江戸留学や生家が医者であることと関連付けながら ・鉄道敷設の苦労と木戸の尽力。 ・そうした木戸たちを批判的に見る佐々木 ・封建制度打倒に向けた苦労。 ・西洋文明に対する捉え方 森伊藤への批判は勿論、キリスト教の国教化。レディーファーストへの違和感。 野次が飛び交うアメリカ議会へのショック ・封建体制打倒後の目標。議会、憲法 議会だけ作っても駄目で根本律法を定めなければならない。 米英法と大陸法、五箇条のご誓文。 伊藤と帝国憲法の話が有名だが、ある意味、伊藤は木戸の考えに沿っただけとも言える。 すごく大雑把なまとめ。思ったより若い女性が多かった。 松尾先生は大きな流れを感じさせながら話を進めたのが非常に分かりやすかった。
まとめお疲れ。 本当に木戸の一番偉いところを語ってくれてる感じだな。 松尾先生も木戸のこういう漸進的開明主義に惹かれたのだろうか、 ここだけは他のどの偉人にも持ち得ないものだったと惚れ直した。
146 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/16(日) 02:50:08 ID:5FlmvcGT0
松尾先生の講演に行ってきました(最後の質問をした奴です。緊張で声が震えて恥)。 どれくらいスレ住人がいたのか気になりましたが、3〜4人くらいですかね? 結構若い人が多くて驚きました。 全体的に非常に面白く、行ってよかったと思いました。 ただ、講演を聞いていてちょっと気になったのは、木戸の憲法に対する考え方の 「有司ノ随意ヲ抑制シ」という部分を、「民意も取り入れた憲法をとりあえず作って、 それに対して反対があっても押さえ付けてやっていく」という趣旨で説明していたところ。 それまでの流れで「木戸は指導者としての立場から、反逆に対しては厳しく対処した」 という話をしていたので、先生が文脈をちょっと混同されたのではないかと思いました。 この部分は、当面は有司専制でやっていくほかないが、同時に憲法による 権力の抑制が必要だという木戸の思想を示す重要な部分だと思うので、 背景知識のない人は少しズレて理解したのではないかといささか不安です。
ここって男性いるのですか? 木戸はなんか男性ファンの割合 低そうなイメージがある。 あと久坂も。
乙乙乙<三列並んでかたじけない!!!! 開明的な方向を持ちながら、西洋の物まねに邁進すべからず、という信念を語ってくれたわけだね。 特に、伊藤、井上、大隈が木戸を押し立ててるの件、聞きたかったなぁ。 あそこって、もしかするとその三人の誰かの旧宅跡なんじゃないかね? 彼等の旧宅跡地って、公共の施設になってるとこ多いから。 松尾氏は、ここでの支持を踏まえてw、是非また木戸本をお願いしたいなぁ。 井上暗殺未遂事件は、伊藤と井上が四か国連合艦隊の交渉にあたるはずだったんだから 正真正銘に国事だよ。そこがわからない+笑いも解さない山岡にちょっとがっかり。 海舟の言い分が知りたいので、出典を是非教えて下され。 結果的に、あそこから伊藤がイギリスに急接近することを考えると、犯人は伊藤か?とも思うよね。 アリバイ的に実行犯ではない+心情的にあり得ないんだが。
149 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/16(日) 10:52:10 ID:kBFeJltC0
井上と山岡の勲章論は、松本健一「幕末の三舟」にも少し引用されてるが、 全文は河越關古「泥舟」で読めるよ。 これを読んで「よくぞ言ったり」と思うか「なんちゃって反骨サムイ」と思うかは当人の自由。 ちなみに私は後者ですが。
150 :
141 :2008/11/16(日) 10:59:49 ID:0mdKeies0
>>143-144 まとめ乙。
>>146 おお、あのイケメンさんか。
「三傑の中で最も影薄く〜」という質問、松尾氏の反論を期待したんだが...残念。
確かに憲法に関して表現がアレだった。まぁ、I帰国の船中での憲法制定意見書について、
議会制度だけじゃだめだ。このままじゃ有司が各々各国を模倣し、制度・法令が軽操に追加される様になる。
その前に早く制定を!まずは天皇独裁(後の明治憲法形式。勿論天皇名で発表って意味)でもいいから、
という木戸の焦りが、使節団での諸々から醸成されたという文脈は伝わったかなと思う。
>>142 史料については論立てに絡めながら一個ずつ意義説明付けやってくれた。
上とダブりで恐縮だが、昨夜入力したのでそのままうp。
@日記元年4月22日 兵庫で初めて伊藤と馬車に乗ったり外国人商店廻ったり:早くから抵抗感なし
A日記四年8月6日 大隈らと神奈川で蒸汽車一部開通に試乗、それ迄の苦労を回顧
B佐々木日記 政府内の木戸批判者「西洋主義・・・大隈は真に木戸の書記の如く・・・」
C文書元年2月 版籍奉還建白書:木戸の開化は目新しさ追求でなく反封建が根底。断髪や廃刀も。
D日記四年7月7日 廃藩へ西郷同意を受け今迄の苦心回顧:当初井上山縣も反対。賛成は伊藤のみ。
E日記五年3月8日 森ら軽操浮薄への怒り:米議会で隣の傍聴席の女性が突然ヤジwなどショック
F日記五年2月18日 条約改正で森伊藤への不信「我に其権を復する不能、彼に与ふるのみ」
G河北宛五年2月1日 英留学生へ憲法調査依頼:判例蓄積が必要な慣習法は日本じゃ無理。独大陸法へ。
H日記五年1月22日 御誓文に続く根本立法を自らに課し、渡航初期から書記に各国調査収集依頼
I松菊木戸公伝下 帰国中の船中での憲法制定意見書
151 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/16(日) 11:25:26 ID:IDCf9bvzO
私も昨日、講演会を拝聴できました。\(^_^)/ 帰ってから感想をカキコしようとしたらアクセス規制中で書き込めない(-o-;)。 今、携帯で書き込んでるが長文は困難。でも皆様の感想と、ほぼ一致した想いでした。 行って良かったと思います。 ついでに上の階で建物が飛び出す文明開化の本貰ってきましたo(^▽^)o。
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/16(日) 13:30:28 ID:5FlmvcGT0
>>150 確かに松尾先生の回答は、世間一般で通用している木戸像を踏襲したものだったので、
もっと違った意見を聞ければなとは思いました。
質問といえば、最初の質問者の「徳川慶喜の扱いについての木戸の考え」という部分は
完全にスルーされてましたね。
自分の質問時に突っ込もうかと思ったのですが、時間がなさそうだったのと緊張で聞けず…。
>>151 思ったよりもこのスレからの参加者が多かったみたいですね。
私も文明開化の本をもらいました。タダで配るには立派なお土産で驚きました。
6階の展示物では、日新真事誌の実物や当時の印刷機が印象深かったです。
明治10年代には既に現代とさほど見た目の変わらない活字印刷が行われていたというのが、
少し意外な感じでした。
153 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/16(日) 13:38:27 ID:5FlmvcGT0
連投ですいません。 個人的に一番ツボだったのが、木戸がアメリカ議会を傍聴して「魚河岸のようだ」 という感想を持ったというところ。 松尾先生も気に入っているのか、しきりに「魚河岸」を連発してましたw ほかにもレディファーストの習慣などを目にし、「アメリカはカカア天下の国だ」とか。 単純な西欧化に対する疑問の出発点が、こういった訪米時のショックだったというのは、 やや滑稽味があって人間臭い木戸像が伝わってきて良かったです。
154 :
146 :2008/11/16(日) 13:40:43 ID:5FlmvcGT0
152>153 は146の書き込みです。
>>146 この質問は絶対木戸スレの人だと思って心の中でニヤニヤしてたよw
>>153 講演前に憲政記念館の展示を見てきたんだけど村垣範正も魚市のセリみたいだったって書いてるんだよね
当時の人からすると非常に的確な例えだったんだろうか。
講演会行ってきたよ! この中に、どれだけ住人が〜と思って、あたりを見たけど、よくわからんかったw 自分は皆の前では質問とか出来ないチキンです。 木戸日記を読んだ人、ちょっと知ってるレベル、小説とかでしか知らない、 とか、観客のレベルに差があると思ったから、ああいう内容で仕方ないと思う。 自分は満足した。松尾教授、GJ! 憲政記念館の帰りだから時間なくて、え、なにその文明開化の本って!? 憲政記念館は混んでた。いつも貸し切り状態ばっかりしか経験したことないからビビった。 とりあえず東京近くの人は、まだ開催してるから行くべし。
結構、講演会に行った方多いですね!? 私はいつもこのスレを感心しながら眺めてるだけのチキンですが、自分も講演会行ってよかったと思います! 憲政記念館も講演会も、きっとこのスレを見てなかったら知らないままでしたね…情報くださった方に感謝です
158 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/17(月) 00:48:56 ID:HWr+A2uU0
「日本の南進の地歩を海南島、仏領インドシナに進め、 南進活動の拠点をつくった後、またその間、十分に国力を充実した後、 好機に乗じて蘭印を占領するのがよいと思う。(中略) これからの国家には石油およびゴミが必需品であることを考え、 我が国は南進の準備に着手しなければならない。」 (木戸幸一 1941年5月18日) 長州人の木戸が南進を煽った結果、 日本はアメリカとの全面戦争となりボロ負けしたんだよ。
名乗りあわないオフ会状態の講演会だったんだねw そこが2chの辛いとこだな。ここの人たちと酒飲みながら木戸の話したら 楽しいだろうなぁ〜と思うけど、できないもんなぁ。 憲政記念館は予定をねじ曲げても行くことにしたら、明石ドームはねじ曲げた日に休館でorz 飛び出す絵本はきっと特別展後も売ってると踏んだけど。 松尾氏は、ここ見て頂きたいね。 絶賛状態なので、次回作に弾みがつくと思ふ。
160 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/17(月) 03:45:32 ID:4LZ4OPWs0
>>147 男性、女性を問わず木戸ファンなんてほとんど存在しないはず。
逃げ回ってただけの卑怯者で、常に歴史の脇役だった人物ですから。
でもこのスレでは、痛々しい木戸厨が一人で必死に自演してるみたいです。
そうか? ここに女性は結構いると思うが、イケメンもいるということが既に判明しているようだ。 日本の皆さんは就寝中だろうから相手してあげるが、「木戸厨」というのはあるんだろうか。 大久保、木戸はいきなりファンになるようなとっかかりが少ない。 突然木戸が好き〜!!というのは難しいように思う。多分、周りから興味を持って、 あ、木戸んとこに資料が多い....って、深入りしていくんじゃないかね? 逆に、いきなり木戸好きになっても、周辺がわからないと好きになりどこがなくないか? 前にも言ったが、いきなり五か条のご誓文ラブとか、廃藩置県ラブはないぞ、多分。 たしかにイイ男ではあるが、他にも見た目の芳しいのはいるからなぁ。。。
高杉が生きていたら、必ず西郷が挙兵のときに 同じく挙兵しただろうよ。高杉はそういう男。
>>162 高杉の知り合いなのか?
超御長寿乙。
>>148 膾斬りの刺客は一応はっきりわかってるんじゃなかったか?
たしか井上の従弟とか周布さんの息子とかいたろ?
維新後その従弟から「あのとき実は・・・サーセンwww」て打ち明けられて
さすがに絶句したとか・・・そりゃ驚くわなw
164 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/17(月) 21:26:15 ID:qEabK58Z0
>>162 西郷が暴発するまで生きてないだろ。
高杉はもっと早く奇兵隊とともに処刑されてるよ。
それにしても奇兵隊を使い捨てにして粛清した木戸は酷い奴だ。
今だって自衛隊のタモさんが下手くそな作文発表しただけで大騒ぎになってるんだぜ 軍隊が勝手に動いたら重罪なのは当たり前
166 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/17(月) 22:56:53 ID:N2jLm3Hk0
そもそもなんで明治の奇兵隊が反乱を起こしたか考えてみろアホンダラ
>>166 うるせーなあ
百姓にやる金なんかねーんだよ
大人しく貧農に戻るか処刑されるか選んどけ
ペッペッ
>>168 原因にも諸説あるんだが。良く断言できるねぇ。
それなら大楽源太郎及びその門弟を始めとして、武士階級が反乱に加わっていた理由は何なのかね?
だから、ぜひ、そっち側からのレスをたのむ。 どうしても、木戸側でものを見てると思う。 奇兵隊ほかの騒動と前原の件は、木戸側じゃない方の意見が知りたい。 それに限らず、佐々木(土佐の)とか、木戸派に批判的な意見もぜひ。
>>169 諸説も糞もねーよ
いつの世も雑魚どもは目先の富と地位に拘り文句ばっかだ
挙げ句反乱とかwww
時代に乗り遅れた負け組どもはさっさと死ね
wikipedia見た? なんか一方的な書き方だと思うんだが
諸隊の反乱は命懸けて働いた人間への評価がないから ちょ、俺めっちゃ功あるだろうなんて今更餓死寸前w 木戸はもっと話を聞いて対策を講じるべき さっさと鎮圧して処罰も斬首がほとんどだから印象悪い
処刑どころか、逃げた兵士をその後10年にわたって全国指名手配したんでしょ? 「木戸、もうたいがいにせんか」
その後10年生きないんじゃね? でも、公な戦争目的の武器を着服したり、公式でない戦争に兵隊を使うのは、 政府から見ると重大な犯罪者だから、それに関わった者を指名手配するのは当然だろうなぁ。 木戸は首謀者断罪、それに煽られた兵隊には基本的に寛大な措置を希望してると思うが。 木戸自身が参加者は兵隊でも殺すみたいな決定を下してるんだろうか?
政府に出仕してたから直接山口の内政には関われなかったけど 除隊士たちが困窮しないような手立てを取るよう、 地元の役人に忠告したりしてたそうだね。 その後たまたま山口に帰ってきたときに反乱に遭遇してしまった訳で。
>>174 いやお前、反乱とか何時どこの国でも最高級の重罪だろjk
あと反乱に参加した奴は皆殺しって訳でもない。
というか、長州は木戸が頭で一枚岩とは行かなかった。
当時の木戸日記だか関係文書だかで、木戸が「薩摩は一枚岩で羨ましい」みたいな事を書いてた。
反乱奇兵隊の処置に関しては厳罰も止むなしとは思うが しかしそれでも処刑者一覧の年齢の若さに心が痛むね 10代や20歳そこそこの若者が多いもんなぁ 首の無い息子の死体を母が背負って帰ったというエピソードも泣ける
いつの時代でも、「兵隊」として死に駆り立てられるのはその年頃なんだよ。 特攻隊でも自爆テロでも。 そこからだけ事件なり歴史なり見ると、それは正しい像じゃないんだけど 純粋に可哀想だと思う気持ちの方が、事実を把握することより重要かも、とも思う。 年とったせいだろうけど。 木戸と関係ないけどなw
180 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/21(金) 20:38:49 ID:AkgThQ8K0
テロリストが権力を握るとき、その走狗として最前線で働いたテロ部隊は粛清されるケースが多い。 例えば突撃隊はナチスによる権力掌握の原動力だったけど、 権力の座に着いたヒトラーは、盟友であるレームと彼が率いる突撃隊を抹殺してる。 突撃隊の武力はヒトラーにとっても脅威だったし、なにより彼らは一般市民から評判が悪い。 ヒトラーを木戸、突撃隊を奇兵隊に置き換えれば、明治日本で起きたクーデタと本質は同じだ。 レームに相当するのは高杉だけど、彼は木戸の権力掌握前に死んでるから粛清されなかった。 早死にしたのは高杉にとって幸せだった。
181 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/23(日) 12:28:26 ID:/F21Vy5V0
薩摩の手先として犯罪テロ活動に従事した赤報隊も、 「偽官軍」と難癖をつけられて隊員のほとんどが処刑されてる。 薩長そのものが偽官軍なのに、オマエが言うなだよな。
>>156 憲政記念館行ってきた。やっぱり混んでて驚いたよ。
あの倒幕の密勅(慶応3年10月)まであった。。そう見るからか怪しげだw
冊子、今回もますます充実だし。ほんと紹介してくれて感謝です。
>>152 >質問といえば、最初の質問者の「徳川慶喜の扱いについての木戸の考え」という部分は
>完全にスルーされてましたね。
そうだね。これ何気に聞きたかった。自分もチキンだったんで文句いう権利ないがw
慶喜の扱いっていうと、明治元年3月20日御所会議がポイントだろな。
それまで、死一等を減ずる寛典論の岩倉春嶽・木戸と、追討強硬派の西郷・大久保
の図というのがあって、木戸による宥免画策の根回しもあったようだが。
3月13日海舟との会談迄でパークスの意向もあり寛典論に変った西郷が京へ慌しく戻り、
木戸と西郷2人の力説で、20日の御所会議の「減死一等・水戸預け」が決定。
木戸にとっては温情というより、強硬対処した場合、企図する版籍奉還・廃藩置県に
むけて旧幕諸侯への悪影響が想定されて必死だったのだろう。
岩倉らは徳川のこと、薩摩は欧州のことしか考えてないって怒ってるし。
やっぱずっと京都で慶喜と直接対決してた薩摩とは敵愾心みたいなものも違うわな。
木戸は慶喜のことを「家康の再来」なんて言ってたし、 明治四年頃には慶喜を政府に登用する!とも言ってるから 朝敵になったからといってむざむざ殺すには惜しい人材だと思った ……っていうのもあるかと思ってみたんだが、どうだろうなあ。 こういうことは木戸に直接聞いてみないとわからんw
184 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/25(火) 20:35:49 ID:kGuyIt62O
榎本武揚は福沢諭吉等のとりなしで、命が助かり、政府に入ったが、 木戸孝允は、彼のことをどう思っていたのだろうか。
>>184 なんとまともな反論、だよね?助命は黒田のが主力だが。
木戸の寛典論は、慶喜の「恭順」が条件。
慶喜の賜死でどれだけの穏健旧幕臣や諸侯が「武士の面目」で徹底抗戦に
変わるか。統一国家・版籍奉還を2月に既に建白してる木戸にとっては、
これから先が長いだけに、阻害要因は一個ずつ抑えていくのに必死。
対してあの時期、函館への内戦の継続が意味するものを考えると、
木戸が毛を逆立ててるのが見えるw
新政府はひよっこ状態だし、内乱トップの責任をしっかり印象付けたかった
思いはあるだろね。
>>183 でもそっか。明治4年頃には慶喜新政府登用って言い出してたね。
榎本は5年だし。廃藩が成り、新政府の威信が固まってきて、ぞろ人材好きの
本領発揮できる環境になったかw
そう考えると当時から惜しい人材と思ってたってことかな。
そういえば、渋沢栄一や平田東助の自宅を奇襲していたのもこの頃だろうかw
>>184 江藤新平ですら助命したいと考えていた人ですよ。
蟠りは無かったんじゃないか。
福沢諭吉の伝記読んでたら、福沢んちにも奇襲かけてて笑った。 大木喬任の家にも奇襲してるし、どんだけ奇襲好き。
憲政記念館、冊子はなくなってたよ。中学生みたいな団体のせいか?(T^T) いらんだろ、おまいらは....。お巡りさんが角ごとに立ってて、便利だったよ。 自分的には、岩倉使節の随行員までパネルに書かれていたのが驚いた。さすが国の施設。 あれでタダは信じられない。ものすごい展示品の数々。期間中に里帰りした甲斐あった。 紹介してくれた皆さん、ありがとう! しかし、国会饅頭のようなものが売っていたのも驚いたw。 木戸は明治になった頃、慶喜を外務担当にしようとしてるよね。 でも、たちどころに抑えられたような印象だけど。 慶喜自身もやりたがってたわけだし(というか、勝手にやってたというか) 徳川関係者の総隠居は勿体無い。弟のフランス経験とか、貴重だと思うが。 昭武がどっか(箱根行く途中?)で会って、前途有望な高貴な若者に弱い木戸を 魅了してたし。 江藤は、主義というか、今の感覚で言う思想的にはむしろ「仲間」だったような気もするんだが。 新政府に武力で逆らってはいけない、ということの方が重要だったんじゃないかね。 理由が何であれ。
>>189 ああ、来てたな団体一行。
それなりに人気だったのかね、あんなに人がいる憲政は初めてだった。
大久保奇襲もやった・・よな。
木戸と江藤ってどの位の仲?
洋行土産物を渡したり鰹節送られたり
する仲っていかがなものなのか?
191 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/11/27(木) 20:46:08 ID:1/DNc0X90
>でもそっか。明治4年頃には慶喜新政府登用って言い出してたね。 大久保の邪魔をするために慶喜を利用しようとしただけ。 木戸が奇兵隊を処刑したのも慶喜を登用しようとしたのも、 すべては自己の保身のためだ。
>>190 木戸と江藤は幕末〜明治初期を見ても個人として付き合いの深さが伺われるんだよな。
坂下門外変の嫌疑で友人獄死をきっかけに文久2年7月、二重鎖国佐賀を文無しで一人脱藩
した江藤は、同志的共鳴からか京都の木戸を訪ね、庇護を受けた。木戸も姉小路ら公家情報
ルートなど世話しまくり。
その後帰藩して慶応3年末迄、5年間蟄居し続けたってのが通説だったけど、近年、
元治元年7月には赦免されて、長期にわたり繰り返し藩外の調査にあたってたと判明。
んで「幕府の長州再征失敗」を予言してた。この間、木戸と会ってそうだけどな〜。どうだろ。
江藤が上京した明治元年1月は、二重鎖国佐賀に対し薩摩某より「幕府と党する佐賀を先ず討伐」
なんて建議される針のむしろ状態。その誤解解消のため、まずとりかかった江藤の
「佐賀は長崎警備があったから上洛できず。この重任を解く勅命後に上京を命じるべき」
という政治活動の最初の相談者はやっぱ木戸。
そして木戸により元年閏4月、徴子(佐賀でなく朝廷に仕える)・大総督府軍監へ推挙抜擢。
木戸談
「人難し,一旦挙人又俄に退之,於政事甚害あり,故に容易に人を抜擢するを恐る,
抜擢するときは必全任せずんは其れ益なし,其人有て抜擢するは元より公論なり,
故に能く其人を知て抜擢するは可なり,不然ときは却て国家之大害を残す」
・・・なんか木戸、江藤の評価が凄い高いんですが。むちゃ見込まれてるw
東京遷都や箱館への慶喜先鋒策だけじゃなく、主義主張の根底の部分で同調すんだろうね。
>>191 明治4年ではまだまだ大久保の権力は大きくない。
それを掣肘するためにわざわざ慶喜を登用するというのは理に合わない。
あと、諸隊脱退騒動は長州藩内部で完結してる問題でもないよ。
大楽源太郎で調べてみ。まぁ無駄な提言になるだろうが、一応。
木戸の墓に行ったら、真っ赤なバラがそなえてあった。 で、品川の墓に行けないみたいなんだけど、どうしたんだろう。 どこかで道を間違えたんだろうか。こっちの方だったと思うが。。。というところに 行ける道がない。 下におりて地図を見たら、エッシャーのだまし絵のようだしw。 パンフレットみたいなものにも出てないんだけど。 大楽は咸宜園なんだよね。日田の図書館の開架部分に大楽ものがあって、へぇ、と思った。 山口の維新室にはなかったと思う。
人 (__) ウンコー (__) (´⌒(´⌒ (・∀・ ) (´⌒(´≡ O┬O ノ` ≡≡≡(´⌒;;; ◎┴し-◎ (´⌒(´⌒;; キドキド
真っ赤なバラ…
>>197 古文書というほどの量もないのに長州藩と桂小五郎しか読めないことに愕然とした…
>>198 「長州藩
新陰流
内藤作兵衛
門人
桂小五郎」
だとオモ
>>199 おおありがと!
しかしそれでも内藤作兵衛の藤作兵あたりが認識できない…
古文書っていつかすらすら読めるようになりたいな〜と思うんだけど、どうしたらいいのか。
結局は慣れ?
201 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/02(火) 00:25:40 ID:B7BtFTOL0
202 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/02(火) 01:26:21 ID:Qbl4Ymzp0
写真を見る限り孫の幸一は顔が孝允と全然似てないね。
>>202 血筋的に見ると幸一は直接の子孫じゃなくて妹の孫だから似てない。
204 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/02(火) 05:57:39 ID:bm84eQ/00
>「日本の南進の地歩を海南島、仏領インドシナに進め、 >南進活動の拠点をつくった後、またその間、十分に国力を充実した後、 >好機に乗じて蘭印を占領するのがよいと思う。(中略) >これからの国家には石油およびゴムが必需品であることを考え、 >我が国は南進の準備に着手しなければならない。」 >(木戸幸一 1941年5月18日) >長州人の木戸が南進を煽った結果、 >日本はアメリカとの全面戦争となりボロ負けしたんだよ。 その木戸の発言の直後、近衛首相は天皇の勅命で中国撤兵を強行しようと試みるが、 内大臣の木戸は近衛の意見を天皇に上奏せず、日米和解策をことごとく妨害。 木戸が日米戦を回避する最後のチャンスを握り潰した結果、日本外交は完全に行き詰まり、 軍事的な冒険に打って出るしか打開策がなくなってしまう。 ちなみに木戸は東京裁判において共産主義者と組んで、近衛や軍に開戦責任を押し付けた。 そして、第一級の開戦責任があるにもかかわらず、木戸は処刑を免れてる。
>>200 はじめは中古〜中世ぐらいの和歌古筆切から入るのがいいんじゃないかと。
字数はもちろん、語彙も大体ワンパターンだから
読めない字も前後の文脈(?)から類推しやすい。
仮名が読めるようになったら漢字に移行。
自分は最終的には手紙文をすらすら読めるようになりたいんだが、
やっぱり難しいな・・・
>>201 なぜか紫色になっていたが、そういうのはそっとしておいてやれ。
桂小五郎ってモテまくってたから、新撰組の凶刃から逃れることことができたんだよね。 俺だったらとっくに殺されてただろうな。
208 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/03(水) 12:38:51 ID:cnBytLqi0
話が変わってすいません。桂小五郎って維新の三傑の中で唯一畳の上で 亡くなったけど死因はなんなの。梅毒性脳炎?なんて話も聞いたけど。 詳しく教えて下さい。
209 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/03(水) 12:43:17 ID:nKiNaFj6O
>>208 胃癌説が有力なようです。
他に脳腫瘍説も有るそうです。
210 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/03(水) 12:50:06 ID:cnBytLqi0
え!?そんな話初めて聞きました。彼の伝書にはどういう訳か 死因はぼかされている印象があり、恥ずかしい病気だったのかな〜と 思っていました。 40歳代で胃癌?胃がんなら若年者に多いスキルス型胃癌か? やはり逃亡生活も長く維新後も苦労されてストレスが多かったなかな。
211 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/03(水) 18:43:12 ID:mYpJ8lVP0
結論としては桂さんは優秀だったの?それともアホ?
ただのアホだったら明治になる前に死んでる。
つか、多くの旗本や志士みたくその他大勢で終わり。
>>210 脳梅だったら脳や脊髄炎症による麻痺性痴呆やら精神錯乱など併発するから、
死の二十日前まで日記を書き続けるのはまず不可能では。
しかも内容に痴呆の気は見えないし、死の2か月前までは出歩いてるから
まずその可能性は無いと思われ。
中京区烏丸御池北東に長州藩邸跡があります。桂小五郎の像が建っています。 「蛤御門の変」の時、長州人が藩邸に放火して逃亡したため、市中のたくさんの家が延焼しました。
有料になった萩の木戸宅(というか和田宅)、青木宅に行ってきた。 有料になったからか、パンフレットがもらえる。 そんで、ゆかいな仲間の三人は、前に誰か言っていたように、同じチェックのシャツだった! 自分の持ってる本に載ってるのでは微妙だったが、木戸宅写真は大きいので見えた。 で、青木んちでは、床下から、研蔵の隠した銀が発見されたというニュースがパネルで紹介されていた。 留守番(?)のおじさんと、これはやはり周蔵に取られたくないからだろうか、という話をした。 でも、おじさんは、周蔵には実業家としての手腕も素晴らしいと言っていたが、研蔵はそれを知らずに死んだと思う。 で、全然知らなかったけど、青木家は周蔵のあと、杉の息子が跡取り養子なんだって。 自分としては大発見。 その資産の基である那須の農場と別荘へは、やはり日が不足して行けなかった。 次回は絶対行く。
いいなあ、旅行いけてウラヤマシス 仕事に家族餅で遠出は無理っぽい 憲政記念館に行くのがやっとだったよw しかもタダだからと家族巻き込んで行った、 都内でも木戸の催し物とかやって欲しいんだがなかなか無いんだよねえ 身軽な若い頃にもっといろいろな史跡に行っとくべきだったなあと ちょっと後悔
そういえば王政復古の日なんだな〜。 暦が違うからアレだけど。 自分も木戸を巡る旅に出たいよw 身軽な一人者だけど金がないんだよな
あ、有料になったんだ…まあ仕方ないよな。 今調べてきたら、みんな百円なんだね。 214、レポ乙〜。萩行ってきたなんてうらやましいよー しかし研蔵さーん、周蔵がそんなに信用ならんのかww
218 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/10(水) 15:54:36 ID:SVBNdelYO
山口県は行ったことあるけど木戸孝允の生家は行けなかったな。 余談:サザエさんの作者である長谷川町子氏は、 木戸孝允生家の前で「桂小五郎の生まれた家どこ。」と 尋ねて恥をかいたそうです。
220 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/12(金) 14:49:32 ID:xJle6a2MO
>>219 朝日新聞に長谷川町子氏自身が自叙伝をマンガエッセイ風に描いた、
サザエさん打ち明け話に載っていました。
さらに余談
サザエさん打ち明け話をもとにNHKの朝の連続テレビ小説「マー姉ちゃん」が
創られました。
長谷川町子氏がモデルの役を田中裕子さん、その姉を熊谷真実さんが演じました。
家紋シールとか、キーホルダーになってる木戸の家紋、あれって、誰の家の紋なんだろ? へぇ、菊なんだ?皇室関係者?と感心したけど、木戸家なんだったら、 どさくさ紛れで検閲入ってない時代の木戸の作だよね? その由縁みたいの、どなたかご存じ? 前に話題になってた伊藤の木戸批判ぽい話って、維新風雲録(か?)じゃない? 末松謙澄の伊藤と井上との問答集みたいなやつ。 近デジにあるから仕事中にズルけて読んでんだけど、なんかむっとする。 木戸についてのとこは、更にむっとしても仕事に差し障るんで、読んでないんだけど。
木戸孝允関係文書1巻の青木周蔵78番書簡によると、 木戸の家紋って2種類あるっぽい。 ○の中に∴が入っているのと(丸に三ツ星?)、 「菊の葉ちがへ」(例の菊の家紋?)。 前のが桂家の家紋で、後のが木戸家の家紋なのか? あの菊の家紋って、紹介している本によって名前が違ってて、 どれが正しいのかわからない…。 「葉菊菱」「木戸菊菱」「菊菱に対い葉」「菊に対い葉」どれが正解?
ほんとだ。龍馬の落とした弾倉みたいな絵があるw。絵の本物見たかったね。 三ツ星は殿様の家紋(横棒がないけど)?或いは、桂か和田がその流れの家紋? そんないい家なのか? 「木戸菊菱」だと、木戸の創作なんだろうけど、いいのかね?菊使って新しい家紋なんて。 木戸の生きてる時代で、あの位置だとセーフのような気もするけど。 でも、いまの人が新しい家紋とか作っていいのかね? 全然未知の世界。この年まで生きても、知らないことってホントに大海だなぁ。
224 :
219 :2008/12/13(土) 01:05:11 ID:fCtsOSnH0
>>220 ありがとう。サザエさんの原作は、昔の東京の風俗がわかるから好きだ。
特に言葉。サザエさんとか勤め人とその家族は山の手言葉だけど、
職人さんは江戸弁遣ってて、ちゃんと書き分けられてる。
ってスレチだなすまそ。
木戸菊菱は明治になってから天皇から拝領したんじゃなかったっけか。
家紋の名称が色々なのはほかの紋でもよくあることだから、別に正しいとか
間違いとかないんじゃないかな。
あと桂家も和田家も遡ると大江氏で、毛利本家と同祖ってことに一応なってたはず。
>>221 末松謙澄の維新風雲録の伊藤談話って、木戸に関してはそんな悪くなかったと思うが。
「木戸はすこぶる寛大な人でよく人をいれる誠実な人で、江戸にくる書生や
有志家などから尊敬され、高杉久坂といった頭も兄分として仕えていた。
また、周布とか宍戸前田毛利竹内と云う如き者は木戸の先輩であるが、
これらは木戸をすこぶる愛し、かつ相談相手にするという具合であった。」
司馬談話と真逆w しかし確かに斎藤弥九郎はじめ年長者に愛されてるよな。
他にも功山寺クーデター後、馬関開港論でバラバラになり高杉も井上も藩外逃亡し、
伊藤も土蔵に隠れてた際の木戸の長州帰還は「大旱に雲霓を望むごとき有様だった」
と表現してる。大干ばつに現れた雨雲と虹かぁ。生涯忘れられない風景だったんだろ。
まず伊藤を狙ってる野々村を呼んで説教し反省・謝罪させ(←これ伊藤助かったろなw)、
高杉・井上を迎えにやらせた。ほかにも慶喜寛典論とか、全般好意的。
どの辺むっとした?海舟のあたり?
>どの辺むっとした?海舟のあたり? 実は勝、幕臣ファンなのバレましたか?w ほんとだ。木戸は全然悪く言われてないね。 むっとしてたのは、どこというよりも、末松が長の書生らしいんで、末松の本を読んでて、 それでこれも読んだんだけど、いきなり伊藤インタビューだったからw 末松は伊藤についてたことのが全然有名だよね。 末松の本にからっきし長が出てこないんだよ。。。 これは題名が題名だから、出るかと思ったらそういう趣旨の本じゃなかった。 山田と伊藤はなんか確執あんのかな?ってのが面白かったけど。 じゃ、しょーがねーと思って、別の興味ある部分を拾ってたら、それも知りたいことが書いてなかった。 塙暗殺とか、外国の艦隊がきて、宍戸刑馬ご一行に杉が加わる辺とか、慶応に長崎にいる頃の辺とか 話題はかすってんだけど。 えらい自分勝手。近デジの本て、ただなのは感涙ものだけど、読むの面倒じゃん?(大笑) やっぱ、素人が自分の関心の赴くままに盲滅法にいろんな本読むから、いかんのだよね。 余計なとこでむっとする。だから曲解するしね。 まぁ、誰に迷惑かかるわけでもないから曲解したまんまでいいんだけど。 福翁自伝なんか、あれっばかりの文庫読むのに、むかつきまくって、どんだけかかったかわからんよ。
熱心に学んだ造船技術は結局生かされたの?
>>227 明治後、中島三郎助の妻と娘の面倒をみている。
技術は生かされなかったかもしれんが、中島家は生かされた、のでは?
自分としては、江川英龍もそうだけど、そこで学んだことが直接役立ってる=技術系 ではない印象。
知識、経験として、人間的な深みと政治家としての幅になったんじゃない?
やっぱ、剣くらいじゃないのかね?直接役立ったのは。容堂の覚えがめでたいし(ほんとかどうか知らん)。
でも、そこでぼんくらだと、その後の付き合いが生じないと思うので、概ね優秀とみていいのでは。
明倫館でも塾頭なわけだから、なんか集団から抜きん出たものはあったんだろうと思う。
嫌味に思われない程度の優秀度、じゃないかね。木戸は。
>>228 木戸は自分が学びつつ、中島の斡旋で長州から急遽大工2名を呼び寄せて、
戸田でロシアから直接学ばせてあの君沢型帆船(その後主流となる日本最初の
洋式帆船、後の国産蒸気船の元)の技術を長州に伝え、幕府の次に長州が
初めて君沢型帆船を製造しこの件で木戸は藩から表彰される。
十分じゃね?
でも江川から得たものは技術なんてものではない、というのはものすご同意。
>>226 >話題はかすってんだけど
これはヒコかな?
ヒコと長崎といえば、慶応3年5月木戸と伊藤が面会に行って、ヒコの話に
感銘を受けた件、何についてなんだろ。木戸があの時点で今更議院制に驚くでもなし・・・。
ヒコが慶応元年幕府に出して見事(笑)突っ返された『国体草案』にみる立憲か、
逆に、ヒコ語るアメリカ「連邦制の苦悩」を日本への強烈な示唆とみたか。
それに木戸・龍馬・ヒコの糸がまじ船中八策につながるなら、面白いよな。
だとしたらだいぶヒコの考えも変ったんだろけど(国体草案は徳川世襲だし)。
相当ネタわれしてますな ^^; それ、憲法かな。木戸の方の言い分を見たことないんだけど、ヒコは、そのとき(1867年の6月) 「薩摩藩士」という触込みの木戸と伊藤に会って、木戸が憲法の話にいたく驚いて、 初めて聞いた、と言ったと言ってる。 (The Narrative of a Japaneseという彼の自伝。「漂流記」っていうのは前半部だけ みたい。自分がもってるのが前半だけなのかも) 憲法知るのがそんな遅いのか?!と驚いたんだけど。 国体草案は65年の阿部(多分、正外)に出てるやつだよね?その前に、殿様(一応姫路藩の人なんで、 酒井雅楽)との問答とかもあるけど。 さすがに将軍制廃止は言えないと思う。それでなくても、攘夷の人々の暗殺ターゲットだし。 外国に侵略されるか、内乱になって滅びるかだろう、というようなことは言ってるけど。 でも、米人にとって、天皇と将軍の二王制っていうのは、即座に、何それ?の世界だとは思う。 まぁ、ヒコは日本で少年までの教育を受けてるので、驚きはしないだろうけど。 ヒコはその後、ずっと井上についてるし、伊藤んちだか井上んちだかに住んでたことも あるし、伊藤も長崎でヒコんとこにいたりしてるみたいなんだけど、彼等がヒコのこと 話してるの、殆ど知らない。 ヒコは、あやしのヴァン・リードとつるんでるし、新聞のこともあるから、もっと木戸一味と関係が 深いと思うんだけどね。 ほかのスレにも書いたんだけど、グラバー、ガワーっていうのがアメリカ語(イギリス人だから、多分 グローバーとゴーワーじゃないかと)なのが、ヒコが関わってると思ってんだけど。 文久以降は、アメリカは自分とこの南北戦争があるんで、日本にアメリカ人少ない。 なんでアメリカ読みの名前なのか、長年の謎。
山口県の姉妹都市 山口県=韓国慶尚南道 山口県下関市=韓国釜山広域市 山口県山口市=韓国忠清南道公州市 山口県萩市=韓国慶尚南道蔚山市 山口県防府市=韓国江原道春川市 山口県阿武郡福栄村=韓国全羅南道霊岩郡徳津面 韓国は長州に味方ニダ
該当スレでやれ。相応しいスレなぞ幾らでもあるだろう。
>>229 木戸が最も感銘を受けたのは、「人民の、人民による、人民のための政治」の部分ではないかと妄想してみる。
井上もかなり影響受けてるだろうなぁ。
奴さんの場合は、金儲けと民主主義と、どっちの比重が重かったのか微妙だと思ってるけどw
木戸は最後らへんは燃え尽きた感じだったね やっぱり幕末で神経を使いすぎたんだろうな 大久保は生きてれば まだやりそうだったけど
幕末に使ったのは神経より体力じゃないか? 明治になってから神経すりへらしたと思う。 江藤前原西郷パンチが効いたと思う。特に江藤。
>>230 >国体草案は65年の阿部(多分、正外)に出てるやつだよね?
そうそう。合衆国憲法に斟酌した32条からなる「我国最初の憲法草案」ってやつ。
グラバー発音の件、田中彰氏の論文「新たな統一国家への模索」(1994,『幕末維新史の研究』再録)によると、
木戸や坂本との密接な交流の中で、ヒコは西南諸藩のイギリスとのパイプ役とあるから、さもありなん。
もう読んでたかな?やっぱ田中彰っていいよな。
アーネスト・サトウがやっと念願の木戸と初めて会えた慶応3年8月15日長崎領事晩餐と17日の玉川茶屋。
でも、いくら聞いても「毛利に倒幕の叛意などない」と答える木戸と、信用されてないとむっとするサトウw
で、その帰途サトウは、大政奉還の文書提出の微妙な政治状況をヒコから聞く等、かなり仲介役として活躍してる。
>>232 いや、その妄想いい!参加させてくれw
あの時点でヒコからリンカーンについて話題に出ない訳がない。デモクラシーの親玉。
他のリンカーンネタも、後の木戸の言動へ影響が想定できるものあるけど、やっぱそこかも。
西周に至る統一国家構想は色々でてきたけど、ヒコの『国体草案』が特別なのはやっぱ人民主権だわな。
百姓町人議院と大名議院が同等で、行政(徳川でも朝廷でもどっちでもいいんだろw)より優位にあるという。
おまけに議員の不逮捕特権と基本的人権規定付き。
天保よりこっちだけでも身も震えるような大飢饉やら学者の弾圧やら体制矛盾と悲劇は
噴出してた訳だけど(もちろんその中でも善政もあれば闘ってきた人もいるが)、
長い歴史の中でも時々ぱっと光が差すような日ってあると思うんだよね。
それに出会えた人々は羨ましい。
>グラバー発音の件、田中彰氏の論文「新たな統一国家への模索」(1994,『幕末維新史の研究』再録)によると、 全く存じ上げません。。。田中氏は回覧実記で知ってる程度で(恥)。 ヒコの国体というのも、あ、ほんとだ、32条だ、と思った次第で。-_-; 有名な論(?)なのですね?竜馬と関わってるのも知らなかった。ヒコの方からは出てこないと思うんで...。 サトウもそんな時期ですか!そこ読もうと思ったら、サトウの本がみつからないし -_-# リンカーンは話に出たでしょう。ヒコはリンカーンに会ってたはず。ほんの挨拶程度だったと思うけど。 それより前のブキャナンには、日本のことなんかを話してるし、確かブキャナンの命令で日本に来たと思ったけど。 (いま資料見てないので不確か情報) 木戸と伊藤(というか、林宇一)は、初めて会った時に、その憲法の話で驚いて、それからまたすぐ、 もっと話を聞かせてけろ、と訪ねてくるし、その後、ヒコは長州の長崎のagentになってるしね。 イギリスの公使に誘われるけど、ならないんだよね。その辺、アメリカ人なんだよ、ヒコは。 アメリカ人にとっての憲法って、本文より人民憲章というか、Bill of Rightsというやつ あれの方が一般的というか、重要。リンカーンに限らず。 その根本が人民に全ての権利がある、というのだから、木戸が明治になって しつこくこだわる点が、聖徳太子のようでもあり、アメリカっぽいとも思う。まぁ、もとはイギリスなわけだけど。 その後、ドイツ(プロシア)見て、青木の影響もあって、ドイツに惚れるけどw。 その聖徳太子研究に傾倒していく久米(木戸ファン)っていうのも面白いし。 ヒコのそういう仕事(?)が世に出たのは、第二次世界大戦間際なんだよね。 恐らく、その関連でヒコを調べてたアメリカ人がハマった、って感じ。もちろん、公的な仕事ではあるんだろうけど。 そういう、その時代とその後の時代の人の織り成す綾も面白い。 後の世の人も、彼等にパっとさした同じ光に照らされるんだよ。絶対そうだと思う。 長文すまそ
討幕派は愚かな下級武士層が、盲目的に右往左往してただけで、 攘夷戦争に負けた後はイギリスの言いなりとなる。 討幕派に「プラン」を与えたのは実はイギリス人。 例えば明治維新の原型を説いたサトウの英国策論は、 慶応2年の時点で日本国内で発行され討幕派の指針となった。 大君を本来の地位に引き下げて、これを大領主の一人となし、 ミカドを元首とする諸藩の連合体が、大君に代わって支配勢力となるべき。 これが私の提案である(アーネスト・サトウ 英国策論)。
238 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/18(木) 21:31:39 ID:L4foU7F80
[当時京中に配布されたテロリスト手配書] 古高俊太郎、枡屋喜右衛門と申し唱え(四条小橋を西へ入間町住居)、怪しき所行これあり。 身代不相応の武器類並びに火薬等所持候趣相聞え候につき、 この度召捕り、一通り相糺し候ところ、容易ならざる陰謀これあり、 風を待って御所向を焼き払い申すべしと相巧み、徒党数十人これあるの段申し立て候。 もっとも、同類共申し通じ候証書類もこれあり、片時も捨ておき難きにつき、 それぞれ召捕り候ところ、未だ残党もこれあり、なかには自分の姓名を偽り、 藩邸あるいは町家に潜みおり候儀も計り難く、万一怪しき体のものこれあり候わば、 各藩、または所々の役人共にて召捕り差し出すべく、 もっとも徒党一味の聞えこれあり候わば、探索の上、召捕り差し出すべく候事。
239 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/19(金) 03:59:18 ID:bR+9eUal0
木戸の奥さんは、木戸と同じ墓には入らないと言っていたらしいね。 何でそこまで木戸の事を嫌ってたのかな?
嫌ってるからじゃなくて、宗教的なものじゃないの? 神道の墓について知らないけど、あそこ、ほかの人も一人で入ってない?品川は奥さんも一緒だっけ? 木戸だけ奥さんの墓が隣なのは、松子さんも位階持ってるからなのかと思ってたけど。 同じ墓に入りたいと思っても入れないんじゃないかと思うんだけど、どうだろ。 逆に、嫌ってるくらいで選べないと思うよ。一応、神なわけじゃん?文武両道のw 松子さんが木戸嫌いだった、みたいな話の出所ってどこなの?自分は二人の仲まで知らんけど。
政府要人の夫と同じ墓に入るのは畏れ多いってことで入らなかったんじゃなかったっけ? 普通嫌いなら全然違う場所に墓をつくるでしょ
242 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/19(金) 16:23:05 ID:oVumgIT/0
木戸孝允と松子夫人は最後まで夫婦仲は良かったようですよ。 「一緒の墓に入りたくない」と言ったのは勝海舟の正妻のようです。 勝海舟は浮気ばかりで愛人が大勢いたから。 どこかで、話が曲がって木戸孝允夫妻のことになったのかもしれません。
大久保は一人だけ別格な感じで、碑の反対側に家族のお墓があるよ 山県は隣に奥さんのお墓あって並んでる。井上は妻が近くにあったか覚えてない 青木は近くに奥さんのもあるけど、奥さん外国人だからお墓の形は外国式w 今みたく、家族一緒のお墓に〜みたいな習慣があまりないか 政府要人だし、あの時代は男尊女卑なんだし、って事じゃないのかなー?
245 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/20(土) 00:21:54 ID:5LaKR/Lp0
お!うんこくん、久しぶり。話題それててごめんね。 やっぱさ、ああいう偉い人っつーか、有名人っつーかって、いろんな人に墓参り されるわけで、そのたびに、一緒に入ってるからって、ついでに参られる家族は たまらんだろ、ってこともあるんじゃない?自分だったらやだぜ。親がベートーベン とかで、一緒の墓に入ってて年中墓参り客が来るの。おちおち死んでられんだろ。 松子さんなり、海舟の奥さんはそれでしょ? 分をわきまえてもいるし、居心地悪そうな墓は勘弁、ってことだよ。 松子さんは木戸と正式に結婚してから、西洋風というか、見事にMrs. Kidoとして 旦那を助けてると思うよ。 でも、松子さんと伊藤の嫁さん(梅子?)って顔えらい似てない?
248 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/20(土) 12:14:17 ID:4KWqVzTk0
>>246 幾松の浮気は有名な話。ググれば色々でてくるはず。
元売春婦だからしょうがないところだな。
ちなみに、くだらない世間体を気にする木戸の身内は、
木戸の死後、幾松を剃髪させ僧院に隔離してる。
ぐぐれば。。。。か orz
>>236 >後の世の人も、彼等にパっとさした同じ光に照らされるんだよ。絶対そうだと思う。
・・・なんか色々考えてすぐ書き込みできんかったw いい年だったなと思ったよ。
しかし独自の発想なのか。逆に凄い。権利章典についてもいいとこついてる。
ヒコ『国体草案』の19〜21条が、修正1条(言論出版集会信教の自由)、
修正3条(軍隊の舎営に対する制限)、修正4条(不合理な捜索押収逮捕の禁止)
にあたってる。でも、修正2条(人民の武装権)は無いのなw
竜馬研究でも、ヒコとの関係については従来取り沙汰されてきてない。
慶応3年9月4日木戸から竜馬への手紙(木戸孝允文書)
「大外向之都合も何卒其御元ひこなどと極内とくと仰せ談じ置かれ(略)
之よしあしは必芝居の成否盛衰にきっと相かかわり申し候」
のひこが『坂本竜馬関係文書(一)』だと大山彦太郎即中岡慎太郎と注をつけてるが
ジョセフヒコでは?という点などから、近年取り組まれてきてる課題。
251 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/20(土) 18:36:02 ID:25qY1pqM0
「昨年より長人が来れば残忍に人を殺し放火し、長人去れば忽ち治る。 …長人は私欲で下を憐む心がない云々」これは七卿落直後の祇園町に張り出された貼札の一文。 三条らと提携し京を手中におさめようとした長州系尊攘派。 彼らは残虐な殺戮や放火によって京を恐怖の巷と化すと同時に、 張り紙や流言による煽動によってその政治目的を遂げようとしました。 そして京を火の海にして天皇を奪うという一大テロ計画が 新撰組や会藩によって潰されたのが池田屋事件で、 それに対する長州の逆恨みから生じたのが禁門の変です。
大内時代の山口県は李氏朝鮮に朝貢してたんだよな。 日本史の汚点だわ。
>>247 青山霊園とかであの時代の偉い人の墓に行くと
奥さんや子供は同じ敷地内でも違う墓、なんて結構ある気がする。
家族一人ずつ墓たててたりとか。
だから何故木戸と松子さんばかりが不仲説を言われるのか不思議で仕方が無いんだが
あの夫婦は今も昔もあらぬ噂の対象になりやすいのかね?
松子さんが死んだ時は、霊山って志士ばっかで女性の墓って無いんじゃない?
それこそ居心地の悪さだったらこの上無い場所じゃないかと思うけど
それでも隣に墓があるんだから、仲が悪いとは思えないんだよなあ。
寧ろ木戸は容堂との酒宴の席に松子さんを連れて行ったり、
井上との外遊計画でも連れて行こうと目論んでいたくらいだから仲良いと思う。
そもそも不仲説の出所はどこ?
木戸の知り合いの証言とかでそういうのは聞いたことが無い気がするんだが。
南條氏じゃないのか?
木戸関係文書3巻の手紙を読むと、仲悪い感じには見えないんだけどねー むしろ、治子と松子の仲が、かなり悪いのを感じた。当時は険悪だったんだろうな 南條氏のアレは、もう十年以上前に読んだからあやふやだけど、 一人の爺さんの話を真実として、全部それを前提として書いてるのはどうかと思う… 「小説」なのに、「事実」っぽく書いてるもんだからいつのまにか定説化? 司馬より部数が出ちゃいないし、とっくに絶版なのになあw そういや、講演会のあとの即席サイン会で、お嬢さんたちが教授に何か質問していて、 何を聞いてるのかは聞こえなかったけど「アレは南條氏の小説の…」って教授が言ってた そこしか聞こえなかったから何だかわからんかったけど…
256 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/20(土) 23:08:29 ID:RLabwWkP0
「人間は心が狭くてはだめである。 憚らずに申せば、木戸公は心の広いほうではなく、むしろ狭いほうで、 人を容れることができなかったために、大した仕事も成しとげられなかった。 自分は先代木戸公には容易ならぬ知遇を受けたが、 しかしその間、先代の狭量には困ったことも多かった。 そこへゆくと、大久保利通という人はまことに度量が広かった」 伊藤博文 木戸はネクラで陰湿で器が小さい。これが昔からの定説なんだけど?
芸者は身持ちが悪い、みたいのはなぁ...。その認識は正しくない。 芸者と女郎の違いってこともあるけど、水商売石鹸商売の人が必ずしも男好きではないし。 男女関係のみで夫婦の仲がいい、悪いを計る、という意向も、微笑ましいんだが、 時代認識としてどうか、というのもあるが、現実問題として違うだろw ただ、治子さんとの確執はわかるよね。木戸ははた目に見ても、来原家の当主でもあるから。 あんだけおにーちゃん好きな妹と、そのおにーちゃんと恋愛結婚した嫂の関係は、 青木家の母問題と共に、木戸の神経すり減ったと思うよねw また、そういうとこに神経すり減らされてると思ってないのが、木戸の魅力。
258 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/21(日) 11:24:05 ID:g4HZpvYc0
一般論として身持ちのいい芸者もいるかもしれないけど、実際の松子は男好きで身持ちが悪かった。 晩年の木戸が鬱病となったのも松子に神経すり減らされたことが一因。 遊郭で鍛えられた松子と、神経質で狭量な木戸では、勝負にならないよな。
だから根拠は?南條は知ってるからそれ以外で提示してくれれば有難い。
>>256 木戸日記や関連文書読んでれば普通に理解できるんだけど、木戸はそこまで交友関係狭くないよ。
伊藤のその発言は、「人」を「大久保」にすると容易に理解できる。
芸者は遊郭にはいないんだが。ま、いいか。元芸者の妻というのは、木戸の魅力の一つだし。
>>250 それ、ヒコであってほしいなぁ!!
その頃、伊藤が長崎にいて、手紙とかをホームヒコ宛に送ってくれみたいなことを言ってるでしょ。
ホームヒコ=ヒコんちと解釈してるわけですが。
同じ頃に、石川なにがしと会って云々という手紙があるから、
そんな紛らわしい表現をする?木戸からも「石川」でいいのでは?
単なるファンとしては、ヒコであることが証明されてほしいなぁ、それ!!
グラバーの件は、自分が本読んでて、ん?これ、グラバー?なんでそんなアメリカ音?と思ったから。
伊藤や井上はガラバと言ってるから、英語を読んでるんじゃなくて、音を聞いたんだろうな、と。
ヒコが来る前にグラバー商会があるんだろう(知らない)から、直接は関係ない
のかも知れんけど、ヒコはジェームスを知ってるよね。トーマスじゃなくて。
その時点では、まだジャーディン・マセソンにいると思うんだよ。トーマスも。
で、ヴァン・リードとは友達だし、咸臨丸のブルックも、控えめに言って知り合いでしょ。
全員日本に来る前の時点で。
五代とも仲いいし、むしろ木戸と伊藤に会うのが遅くて驚く。横浜にいるときに
井上は知ってるのかも、とも思うけど。誰が二人にヒコに会えって言ったんだろか?
やっぱ五代?
あの時代、ヒコと万次郎以上に英語わかる日本人いないんだし、どっちか(又はどっちも)
がもっと強力に直接的に関係してると思うんだけど。
なんか、元漂流民ていうだけの扱いなのが納得いかない。
って興味から木戸にハマってしまい、年中全然違うとこに関心が飛ぶので、基本的に
記憶が滅茶滅茶。こういうゴミ箱引っくり返したような、あっちいったり
こっちいったりな話だから、ここ、詳しい人が一杯いるのはすごい嬉しい。
ありがとう。
261 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/21(日) 19:43:30 ID:rO3Hi47z0
>>260 幾松がいたのは三本木遊郭。
昔の芸者は体を売ることが普通だった。
「元芸者の妻」とは旦那がその芸者を金で買ったことを意味する。
それが木戸の「魅力」となるかどうかは微妙だね。
262 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/22(月) 03:41:20 ID:18CntMAi0
>>259 >木戸はそこまで交友関係狭くないよ。
読解力がないな。
伊藤が言ってるのは交友関係のことじゃないだろ。
人としての度量のことだ。
このあげてる人あっちこっちのスレに出てるみたいだけどなんなんだろう
264 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/22(月) 20:49:16 ID:dIyqYtVm0
日本外交を危機に陥れる目的で英国公使館に放火。 長州大割拠つまり日本からの離脱をぶちあげる。 イギリスに長州を植民地にしてくれと泣きつく。 いざとなったら朝鮮へ逃げ込む手はず。 …いったい高杉って何者?
ここ、木戸スレだから、高杉の悪口貼っても反応ないよ、多分。 あげてる人は西園寺スレでもあげてくれ。 どんな話題でもカバーできるぞ、生きる近代史・西園寺公望。
266 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/22(月) 22:57:39 ID:d3GwD2200
ここ、木戸スレだから、ウンコネタを貼ると脱糞君がすぐに反応するよ
うんこときいて不肖川路が参りました うんこ投げるぞー
268 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/23(火) 10:57:16 ID:EcelZ9970
てか、脱糞君、自演乙w そっか。祭日なんだな? 脱糞君は、新たなネタを期待されてるぞ。 幾松、伊藤のコピペよりも、とりあえずオリジナルなとこを買われてるから がんばってくれ。 川路もうんこなの?どっちの川路?江戸時代と共に死ぬ方?
>>269 いんや警察父の方。
欧州視察のときに電車から投げたの日本語新聞紙にくるんで。
で佐々木辺りからクレームきてた
>>262 人としての度量ねぇ。実際にはどういう事かね?
木戸は場合によっては中々許してくれないw が、必死に謝れば許してくれるし、大久保さんみたく命までは取らんよ。
その辺りが、木戸の政治家としての限界とも言えるだろうが。
>>270 そんな事してたのか。意外だw
佐々木、駄目出し多いよなぁw
>>271 「話し合えば簡単に解決することなのに、大久保はそれをしないで謀略めいたことばかりするから事態がややこしくなる」
と知人に書いた手紙なんかもあったしね。
大久保はいつも自分優位にことを運ぼうとするから、最後は抜き差しならなくなって相手の命とるところまでいってしまうっぽい。
対して木戸は分かり合えるまでとことん話しこもうってなタイプだから、
そういうところが伊藤や後輩達にはウザったかったのかもしれない。
274 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/23(火) 15:35:03 ID:9xpJS6MD0
>>266-269 脱糞君の反応のよさにワラタ
うんこを投げた川路はやんちゃで許せる
うんこ漏らして逃げ出した木戸は人として終わってる
いや、投げる方が人として駄目だろう… 外国の列車の決まりわかりませーん、ってことなのかもしれないが そもそも、幕末と時代背景違うしw
え、川路ってそんなことしてたの? 日本人の恥や・・・
277 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/23(火) 21:11:10 ID:sPDMjRMx0
川路のうんこネタは司馬がどっかで書いてたね。 木戸の脱糞も司馬がソースだっけ?
木戸の脱糞(もういいよ、それでw)は海舟だってば 川路はやんちゃでやったの?トイレの使い方わかんなくて、窮地に立ったんじゃなく? まぁ、汽車に乗るまで使い方わかってなかったら、相当厳しいよなww 苦し紛れに新聞に包んで捨てたら、後で日本語の新聞だからバレた、だったら笑うなぁ。 保古飛呂比に出てんの?それ?
279 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/24(水) 01:29:51 ID:gjMfXl0U0
びっくりするほどクソスレ!
280 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/24(水) 12:00:21 ID:1pwWZmQYO
ウンコ大好きな人が訪問するからね。 無視した方がよいかもしれない。
連休とか、夏休みとか、盛り上がるよね、このネタ。年末年始に期待しとくよ。 川路という新キャラも登場したことだし。 飽きたら全然別の話題に行ってしまうけどな。 256その他の伊藤談って木戸の跡継ぎとかに言ってるの?先代とか言ってるし。 それだとまた、わかるね。なんか頼りないもんなぁ、木戸の跡継ぎ。 ヘタすると、親の威を着たのーがきバカになるかも知れん、という親心もあるだろう。 大久保って牧野とか利謙とか立派な子孫て感じするけど、木戸んとこはどう? 忠太郎くんがなんか、一番木戸っぽい。さすがに実子と言われるだけあって。 木戸、長生きしたら、絶対ああいうこと(達磨研究)したかったと思うんだよなぁ。
毎日放送のドラマ見てて、 「軍人は政治に介入させてはならない」と、山縣がいくら望んでも参議にしなかった木戸さんて 本当に先見の明があったんだなと思った。
若いときに、下田に行くために函館関所を友人と芸人のふりして通った という話って何の本で出てたっけ?
284 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/26(金) 02:25:09 ID:Jz2nzzh80
>>282 先見の明があるのなら「長州人は政治に介入させてはならない」と言うべき。
長州閥の維持に汲々としてた木戸をあまり美化しないほうがいい。
大久保があの調子だったからなあ
木戸が「維持しようとした長州閥」というのは誰とかのこと? 広沢、大村は閥作る間もなく死んでるし、前原は田舎帰ってしまう。 この三人が中央政府にいた時代のこと? 伊藤と山県は、まぁそれなりの位置かも知れんけど、木戸生きてる頃に閥ってほど? 山田とか三浦とか鳥尾とか更に下だし、品川は外国だし。井上もなぁ...w。 誰か重要な人、忘れてるか?あと野村靖くらい? 土方とか大木とかって長州じゃないよね?
大阪会議以来、木戸は伊藤を嫌ってたなぁ。 台湾出兵の時の対大久保妥協で井上もイギリスに行っちゃった。 山県はむしろ参議になるのを阻止されてたような。 あと木戸と縁があって重鎮になった人物というと、渋沢、陸奥がパッと思い浮かぶ所かな。 そういや平田も顔合わせてたなw
そういえば本屋で漫画の長州ファイブが新刊で出てたから おもわず買ってしまった でも木戸でてないんだよなあ、高杉は出てるのに CDも出るみたいだがきっと出てないんだろうな 木戸もでたほうが盛り上がるのに
289 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/26(金) 22:26:22 ID:Kf3T9smO0
「維新後の桂(木戸) の毎日は、薩摩閥の首領大久保利通に対し、 長州閥の勢力を防衛することに多くの精力がさかれた」 司馬遼太郎
>>288 山尾とはかなり仲良いのになあ
ファイブ最近押されてるなw
「多くの精力」って言葉にわろてしもた。なんかチオビタw 昭和の作家だな、司馬さん。
292 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/27(土) 01:12:07 ID:RqbqZP/TO
小説家の言葉は、どこまで史実でどこからフィクションかは 注意する必要が、あると思う。司馬遼太郎氏の 「竜馬がゆく」もフィクションと言うことで本名の龍馬をわざと龍馬にしたという説がある。 私自身は司馬遼太郎氏を尊敬し彼の小説も好きだが 史実とは、少し切り離した方がよいと考えている。
木戸は寧ろ閥みたいなのは嫌ってる気味があるよな。
長州とか殿とかは大好きだがw
>>290 山尾って木戸の家に住んでいたこともあるよね?
最後に松子さんを京都に行かせたのも山尾みたいだから仲は良いよなあ。
木戸家の跡取りの奥さんは山尾の娘だし。
この二人のつながりって、練兵館と密航の時に画策したの以外は何かある?
山尾のことをあまり知らないものでぱっと思いつかないんだが。
いるよね。木戸んちに。あと、松子さんと親しそうな印象ない?
自分もそれまでの関係は知らないんだけど、畠山と久米が岩倉使節直後に
大久保んちに居候してたのに近いのかな?とか、思ってる。
木戸もいろいろ知りたくて、相談相手にしてた、みたいな感じでは?と。
山尾も含め、長州ファイブって、文久時代にイギリスの公館とか火つけて回ってた
一味じゃない?大まかにいって。
だから有備館(か?江戸の)の方?山尾も萩じゃなく、山陽側だと思うんで。
>>293 そうそう。だから閥持ってるのっていつの話かな、と。
その司馬小説は誰についての話?
長州ファイブを洋行させる案て、多分、杉か伊勢煥が関わってるよね?
伊勢煥(北条源蔵)と伊勢華(青木が羨む仲の)って親戚です?同一人物?
295 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/27(土) 09:23:59 ID:WkNDgd3M0
木戸は生涯、長州閥の利権のために奔走した人物。 しかし視野が狭く陰気で猜疑心が強いから、 子飼いの伊藤からさえ見捨てられた。
だから、例を挙げなさいって。 伊藤が離れたのは認めるから。 あと、小説でいいから題名教えて?
297 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/27(土) 09:40:16 ID:YsWXCYua0
会津の妄想に付き合うだけ無駄だぞw 捏造で長州の誹謗中傷をしたいだけだろ
299 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/27(土) 14:24:39 ID:vBzz/RBCO
まめな人だよね。 よく指導者になれたな。 長州の上士で生まれなかったまったく違う人生を歩んだんだろうね
>>288 長州ファイブ、前スレで「なんか不安で映画見てない」って書き込んだんだけど
紹介されてあの後観た。良かったよ。まじ。驚いた。木戸は出ないがw
歴史もの映画ってどうしても薄っぺらくなりがちだけど、上手くやったなー。
その後の日本が突入していく近代化の光と闇までも淡々と描く。
変な高揚感は抑え気味なのもいい。
童顔の伊藤がロンドン貧民窟で女買った帰りに立ち止まるシーンや、
世話になったグラスゴー造船所を笑顔も涙もなく去る山尾。切ない。
>>293 木戸が長州閥うんぬん言われるのって何の冗談なのかと。
維新直後から木戸が誰より必死で制御し続けたのは「尾大の幣」じゃないか。
頭(新政府)より大きい尻尾(薩長)をどう抑えていくのか。
ま、長州は木戸自身がいるから別として薩摩をどうするか。新生日本はどうあるべきか。
大久保の「無能な幕臣に立ち上がった正義の薩長」というシナリオに逆らい、
有能な幕臣やら薩長以外からも人材を登用し続けたのは木戸ら。
それなのに維新当初より出身藩の枠を超えて人材を登用した大久保って
やめてくれよw あんまり誤解が広まりすぎ。
301 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/27(土) 17:31:10 ID:VCxPV0JR0
>>299 >よく指導者になれたな。
だから木戸は「指導者」じゃないってば。
木戸はバカのイメージがある西郷よりも無教養な人物。
ただ金があったから神輿に乗せられてただけ。
>>301 無教養?
まるで話題誘導の自演に見えてしまいそうだが(笑)、
それは何をさして言っておるのか?
>>302 普通に考えて木戸はアホだろ。
殖産興業の必要性を認めず大久保の邪魔ばかりしてた。
木戸に「教養」があったとするなら証拠を出してほしい。
>>300 新刊の長州ファイブの漫画のあとがきに製作者の方のコメントが
あるんだが今の日本の現状と長州ファイブの生きた時代について
述べられていた、製作者はたぶん真剣に作っているんだと感じたよ
たしかに地味な映画なんだけれど、忘れちゃいけない精神を感じさせてくれるよな
文明社会にあこがれ追いつこうとしつつ自国の精神をどう守るか
文明社会の裏の貧富の差などの矛盾点など現代にも通じる良作だね
>>261 >幾松がいたのは三本木遊郭。
三本木が遊郭ね…。
名前だけで実態を理解して無いんじゃない。
>昔の芸者は体を売ることが普通だった。
なら1844年に島原以外での遊里渡世が禁じられたのに、
三本木だけが沙汰漏れになっていたのをどう説明するの?
不夜城とまで呼ばれ賑わっていたんだから「うっかり」じゃ無いよな。
306 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/28(日) 01:35:26 ID:+JdMwZYfO
よくもわるくも 平凡な感じだよね。 欲もなさげだし 野望も理想もなさそう。 この人がなぜ三傑にはいるのか不思議 包容力と世渡りはうまそう
朝日新聞の朝刊一面に小御所の写真が載ってたんだが。 あんな所で飲んだくれたり、廊下で倒れて眠り込んだり した木戸さんは、天然にも程があると思うw
>>303 逆に、木戸がいつどうやって大久保の殖産興業路線の邪魔をしたかという証拠を出して欲しいよ。
木戸は初期の頃に西郷たちの反対にあいながらも
大隈たちの後押しをして鉄道敷設を進めたんだが?
木戸が大久保と対立していたのは三権分立とか立憲政体の樹立とか
薩摩の処遇とかであって、殖産興業の部分じゃないだろ。
板垣たちが政府転覆を図ったときは大久保と手を結んでいて
なんだかんだ大久保政権を支えてると思うが。
というか「教養があった証拠」って具体的に何を示せと言うんだ?
そんなこと史料から推し量る方が難しいだろうに。
明倫館に通ってたんだから、それなりの教育は受けたはずだろうとは思うが。
>>307 木戸が天然っていうの、大いに賛同w
何かの行事(?)にうっかり遅刻したり、忘れ物をしたり、どこか抜けたところがあるよなw
結構人を信じやすいようにも思うし。
309 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/28(日) 15:58:41 ID:+JdMwZYfO
木戸はABか?
310 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2008/12/28(日) 19:09:04 ID:/ZKKCZuf0
木戸の天然、井上に「やった覚えはない」ってものを「いや、くれた」と言われて 2度も取られてるよね。1つは刀。もう一つは忘れたけど、やらない!と言えない。 あと、やたら迷子になるのも笑う。松子さんと迷子になったり、脱退騒動のときに なんか、山の中に迷い込んで薮で傷だらけになっちゃうの笑ったよ。何してんだよ。 教養は、政治的な関係もなくはないけど、個人的に仲良しで、寄り集まっちゃ、字書いたり、 絵描いたり、詩作ったりしてたのが長三洲、杉聴雨、野村素軒、島地黙雷なんかだよ。 当時の教養人としては一流でしょ。教養のレベルが違ったら仲間に入れないと思うよ。 あと、青木周蔵や久米邦武みたいな抜群に頭のいい後輩が心酔してること。 この人らに尊敬されてる、ってだけで木戸の教養のレベルは知れると思うが。 書画、詩作(こういうのは四書五経知らんとできまい)に加えて、木戸の場合 歌も唄うし踊るし都々逸作るし、歌舞伎だか狂言だかご披露したりもしてるし。 木戸が大久保の殖産興業を邪魔したというのは、何のことなのか知りたい。 こういう専門用語知らんのでよくわからんが、工部省と内務省の管轄問題のことか? 明らかに工部省は長州系だよね。 大久保は当初、工部省の仕事に興味ありそうでもないけどなぁ。
すまん!あげてしまった!//(>_<)
>>310 >木戸の天然、井上に「やった覚えはない」ってものを「いや、くれた」と言われて
2度も取られてるよね。
加えて井上から「もらった」はずのものなのに
あとから「やっぱお金ちょうだいw」言われて怒ってたこともあった気がするwww
たしかモノは竹田の軸物だったと思うんだけど。
木戸、足元見られてるな。
あ、そうか。それだ。 しかも元の値段より高いんだよね。井上の手の内を見るようで大笑い。 あと、誰かが酔っぱらって、あれも竹田じゃないかな、画集みたいのくれて 絶対後で返せって言ってくる...とか予言して、翌日予言的中。でも井上じゃないから ばっくれられずに返してしまう。 竹田のコレクターだっつーの、木戸の教養の一部として書こうと思ったけど 教養なくても美術品の収集はするか?と思ってやめたんだけど、木戸が集めた 田能村竹田のコレクションてどうなったんだろうか。刀の柄とか、クリスタルの 花瓶とか、青木が送ってきたビールジョッキーとか、見たいよね。 木戸美術館作ってほしいよ。奥原清湖も結構持ってるよね。 木戸にどんな絵描いてたのか見たいよ。
井上ひどスw
どう考えても井上は酷いんだが、何故か伊藤より信用されてんだよなw
「近代日本の国家構想」読んでて思ったんだが、井上の一貫した民主主義指向が
最後まで木戸に信用される基になっていたのかも知れないと思う今日この頃。
しかし、どいつもこいつも曲者揃いで実に面白い人たちだ。
>>306 まぁ、世間一般の認識っちゃその程度だ罠w
維新以降征韓論派下野前の派閥の主な人物を大別すると、
外征派 …… 西郷隆盛、海軍閥
(中間) …… 黒田清隆(↓寄り)
有司専制派 …… 大久保利通、大隈重信
(中間) …… 伊藤博文(↑寄り)
民主化(憲法優先)派 …… 木戸孝允、井上馨
(中間) …… 福沢諭吉(↑寄り?)
民主化(議会優先)派 …… 板垣退助、後藤象二郎
とりあえず外征反対民主化反対竹橋事件怖い …… 山県有朋
こんな感じと言えば、ある程度の重要性は理解していただけるだろうか。
木戸本人の考えと言えば、木戸日記が一番だろうが、米欧使節団帰国後の報告書だけでも
概要はつかめると思うよ。
世渡りはむしろ下手だと思う。維新前から周りが問題児ばかりだからそう思えるのかも知れんがw
除族鳩首の江藤大先生を入れてください あと西郷って軍閥はともかく海軍だっけ 当時海軍ってあんまりぱっとしないような
軍艦といえば西郷薩摩だろう
山県わろた>315 軍艦といえば、やっぱ榎本だなぁ(笑)。 あそこで幕府のエリートがみんなして開陽丸に乗って函館に行っちゃうのは ちょ、ちょっと待ってぇぇ...というか。 戊辰戦争はよく知らないんだけど、あそこはいつかちゃんと知りたい。 慶喜が江戸に帰るとこから、榎本が函館行って、黒田が連れて帰ってくるまで。 戊辰戦争あたりって、なんか自分にとってちょっと入って行きづらいものがある。 へたな本読むとまずい、みたいな。登場人物よく知らないし。 木戸ファン的に、これはお勧めみたいな本ありますかね? 井上、大阪会議あたりも笑うよね。 大久保とか、伊藤とか、東久世とか来て、三条の手紙も来て、政府に戻ってくれ! で、そうか、戻るか?みたいな、結構木戸気分いいか?ってときに、 一緒んなって、帰ってきて!借金で首回りませんから!とか言ってんの。 なんか一人だけ違うこと言ってるのがおかしい。涙目だろ。
>>313 でも木戸も結構貢がれてたりするよな
奪ったりはしてないけど
某酒乱の北海道開拓使長官のことですね分かります。
>>316 海軍が外征派ってことね。川村純義とか西郷従道とか。
西郷どんといえば陸軍で、陸軍部内にも当然強硬派は大勢居たんだが、
山城屋事件で追い詰められながら、「こいつが居ないと陸軍が纏められない」という理由で
留保された山県有朋が外征慎重派だったので外した。
321 :
あおとかげ :2009/01/01(木) 01:41:08 ID:BAuRS5Hk0
日本はもう、新年ですな! こんな時間にネットしてないと思うのでお先に、あけおめです。
池■田大■作の本名はソン・テチャク。小泉純一郎、小沢一朗は朝鮮人。
911では小型の水爆が使用されている。
http://ri ■ch■ardkosh■im■izu.at.webry.info/
創価の保険金殺人事件。
オウム事件は、統一・創価.北朝鮮の共同犯行である。CIAが監修している。
http://www15.ocn.ne.jp/~oy ■ako■don/kok_web■site/ir■iguc■hi.htm
与党も野党もメディアも全部朝鮮人だった。
http://jb ■bs.li■vedo■or.jp/b■bs/read.cgi/news/20■92/115794■1306/
2チャン寝るは「■とう■■■一■教■■会■」が 運■■■営して「個人じョうホう」を収集してる。
駅前で「■手■■■相を見せてください」 と「カンユウ」してるのが「■とう■■■一■教■■会■」。(カ■■■ルト宗■教)
カ■■■ルト宗■教の下にいる人と、上にいる奴を分けて考えないといけない。
下にいる利用される人は上がどんなことをしてるか知らない。
ユダヤ権力の子分→2ちゃん運営=「とう★■■一■教★■★会」上層部=層化上層部=自■民党清■和会=野党の朝■鮮■人ハーフの政治家=
与党の朝■鮮■人ハーフの政治家=金■ 正■■日(キ■ム・ジ■ョンイル )=読売サンケイ=小沢十朗
ユダヤ人=ロックフェラー=ブッシュ=クリントン=ヒラリー=アドルフ・ヒトラー=オサマ・ビンラディン
毎■日■■■新聞スレを荒らしてる奴らも「■とう■■■一■教■■■会■」。
荒らしは洗脳するために「ネトウヨ」などのレッテル付けレスを何千回もする。
現実には「ネトウヨ」などは存在しない。
http://cha ■ngi.2ch.net/test/read.cgi/ms/12303■63■385/
あけおめ!
>>318 >井上、大阪会議あたりも笑うよね。
大久保「木戸さんの驥尾に従って働く覚悟です。とにかく一度拝眉の上」
伊藤「大久保さんは木戸さんの条件呑むって言ってます!だからとりあえず大坂に」
井上「大坂の女ってマジたまんねっす!来ればいいのにwww」
今日、京都市東山区の某神社でバイトしてたら、参拝客の方に何度も
「高台寺へはどう行くんですか?」と訊かれた。
そのたびに
「ああ、ここで木戸の葬儀が・・・とか誰か思って(むしろ語って)くんないかな」
と妄想してしまったんだぜw
おお、皆あけおめ。
正月に笑わしてもらった>井上
木戸と松子さんみたいに、まったりクリスタルの花瓶飾りてーw
>>315 なるほど。でも、それ何かもっと分類軸増やしたくなる。
それに期間も「維新以降〜征韓論派下野前」というのが長すぎじゃね?
板垣のいう議会も当初は武士階級のみだったり一筋縄でいかん。江藤もいるし。
・・・あれ?難しいなw
何となく「明治6年の政変」後のイメージ。
ちなみに一般的に、これ以降ばかり取り沙汰されてる印象があって、個人的には
木戸や井上の真価が認められないのはそれも原因のひとつなのではと。。
もうちょっと何とかなりますようにと年初に祈ってみる。
某芸能人死去で、久々通行量の激しいとこ行ってしまったら、自分の知ってる2ch用語が みな死語になってるということを知ったが、いま、久々に使いたい言葉を思い出した。 322逝ってよし 自分が維新後に興味あるのって、工部省と文部省だな。主な出来事は用語がわからんしw。 いま気になってるのは、海舟が、その集団下野事件(こう呼んでたw)の頃に 大木喬任と二人で政府に残ってて、することないからダベってた、みたいな話があったと 思うんだが、みつからん。最近、大木が気になってんだけど。 木戸と井上は、この手のお笑い路線でなんかいいのが作れないのかね? はぐれ雲(渡哲也の方)みたいな匂いで、例のwikiのパロディ路線ぽく笑える感じで。 大久保が懸命に禿隠すとか、その手のネタを盛り込んで、ドタバタじゃなく、 ちゃんとしてて笑っちゃうやつ。 骨董屋に騙されたり、門から入らない植木買ったりする史実ねつ造はありで。
骨董屋の詐欺、未遂ならあったよな。 たしか取手のもげた花瓶だか何だかを売りつけられそうになったってやつw しかもそんな目に遭いながらその後も同じ店に行ってるし。 何度人に裏切られても政治家をやめない木戸の姿勢は好きだが、 それを対骨董屋にまで発揮しなくてもいいと思うw
こんなとこでなんだが、ひろゆきがシンガポールの会社に2chを譲渡したらしい。 別に何も変わらないというか、多分、訴訟問題の絡みだろうけど、他の板見てない 人も多いかも知れんので、大きなお世話だが報告。 とりあえず、ひろゆきは一区切りらしいので、ありがとうとご苦労さん、と言っておきたい。 なんか寂しいが、今後の活躍を祈る。 激しく板ちがいで申し訳ない。
暇にあかせてアメリカ合衆国憲法サイトをみてた。
署名として各州代表数名ずつ40名位(法官弁護士など)がサインしていて、ああ元々木戸はこういう
民定憲法を目指してたんだろうなと思った。
だから後に日記にあえて「建国の大法はデスポチック(独裁)にこれ無くてはあい立ち申すまじく」
と欽定憲法へ切り変えたと書いたんだろうけど、これまた後世の誤解の元に(涙)。
>>327 ちょっと便乗。
去年の某騒動で他の板も少し覗いた時、不慣れな自分として印象的だったのが下記格言レス。
大袈裟だけど、2chて確かにそういう側面もあるなと思ったw
怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気を付けねばならない。
深淵を長くのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ(ニーチェ)
今、ある官庁で役職者として仕事している俺 = 維新後の木戸 orz
デスポチックの件 その発言で木戸が独裁制支持者みたいな位置になっているということ?それはひどいな。 デポスチックっていうと、「君主制」じゃなくて「独裁制」って感じするから、選語ミスじゃないか? アメリカとかドイツ(てか青木)っぽい背景があるんじゃない?反イギリス的な。 で、これは、岩倉旅行から帰って来て、馬車から落っこちた半身不随期に伊藤に言ってる、で正しいでしょうか? だとしたら、そこんとこも加味してもらわないとなぁ。。。 自分が思うに、木戸はアメリカの憲法には多大な関心を持っているけど、国体ということでは アメリカは明らかに嫌いだし、日本には無理だとわかってるよね。 木戸は秩序を重んじると思う。アメリカにはそんなもんはないからねw 国民が国の政治を云々するには、余りにも時期尚早だから、教育に傾倒するという立場じゃないかね。 木戸がヒコに憲法の話されて驚くのは、そういうものが成文化されてて、尚且国民が知ってるというところだと思う。 それが五か条のご誓文とかになるのかな?と思うと、後に久米なんかに、日本には五か条のご誓文があるでしょ? と言われて、おお、そーだそーだ、んで、どんな内容だった?とか大ボケかますから、微妙だけど。 木戸は、浅草の本願寺で地方県令?議長?みたいの集めて会議(また用語わからんがw)やるよね? あれ、嬉々としてやってると思う。なんか、いそいそしてる。 舟で行った方が早い!とか、地元出身者としては、気付くのおせーよ!とか思って嬉しいんだけど。 あれが木戸の民政観だと思う。天皇から太政官なり行政官なり各省庁なりにおふれが出て それが県令>市町村の長>人民で、その逆もちゃんと意見が通じる形態。 で、最後に天皇が判を押す、と。だから天皇も本願寺来てるし。 でも、あんなにありがたかった天皇が、ただの我儘にーちゃんみたいになってきて、こんなんじゃまずいだろ! もっとちゃんと教育しろ!みたいになるのも面白い。 結局、木戸の仲良し仲間は、そっち(天皇の教育)に残ったってとこに、木戸の意思を感じるけど。 あくまで自分比として。
>>329 木戸とイコールってそんな偉いさんなのかよwすげぇな
なんでorzしてるのかはわからんが。激務ってこと?
木戸レベルに頑張れとは言わんが、国民のことは愛してくれな、木戸のように。
体に気をつけて仕事してくれ。
>>329 どこの官庁か知らんけど応援するぞ。頑張れ!
ちなみに木戸は、政治家であって官僚じゃないと思うぞ。
官僚のトップと政治家の境目が曖昧な時代ではあるけれど。
335 :
334 :2009/01/06(火) 18:44:29 ID:2FOvujKxO
少しでも〈異なる〉意見 でした
329の言う、木戸さんとイコール、それでorzとする意味は、 女々しく愚痴ったり批評するだけで、自分で何かを為す、責任を取るということがない、 ということではないかと推察
ヨパッラってゲロってるとこだと思うんだが>329のorz
いや、御所で泥酔して廊下で爆睡してる所かも知れん
いや痔で苦労されているのかも(ry
1月14日のNHKその時歴史は動いたは岩倉使節団の特集だよ 木戸も出てるんじゃないかと思う 楽しみだなあ、ゲストが泉三郎氏じゃないのが残念だが 慶應の教授が出てる、慶應は久米の実記の現代語版を出してるから その関係かと思う、録画予約しといたw
330と340、ありがたい情報乙!だけど、見られないのがorz 330の絵も岩倉旅行中のものだよね? 現代語版は慶応から出てるんだ?久米、慶応にいたこともあるよね。あんまし関係ないだろうけど。 久米の話とか多そうかな?どういう視点なんだろか。 番組放送後の報告お待ちしちょります!!!
342 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/01/08(木) 18:45:42 ID:sN7sdwKVO
「その時歴史が動いた」は、ある一つの学説に従い歴史を説明するが それを一説と言わずはっきり分かった事実のごとく言うから注意しよう。
330の絵は、木戸の死後に写真を元にイタリア人画家が描いたもの。 和田家で所有していたが、最近修復してお茶の水大学に寄贈した。 京都市美術館コレクション展第3期「ふたつで一つ」では 山本芳翠の肖像画「木戸孝允像」と「木戸松子像」が展示されているそうだ。 こちらは1/18まで。
>>342 取り上げる人物視点で作るから、
同じ人物でも、回によっては悪人にも善人にもなるんだよね。
そういえば松尾先生の講演会後の即席サイン会で、 「NHKの『その時歴史は動いた』廃藩置県編、すごく良かったです」と伝えたら 「いや〜上手く話せなくて」と大変照れてらっしゃった。いい人そうだ・・・。 それまで他の歴史書等で「版籍奉還と異なり、廃藩置県は天皇からの一方的な命令として(略) この詔書にひれ伏す知藩事(旧藩主)を維新官僚は天皇のかたわらで冷然と見つめていた」 てな表現を見てたから、 当日の木戸日記を引用して、平伏拝聴するかつての主君の姿を見ながら 『感情胸を塞ぎ、知らずして涕涙(ているい)下る』木戸像とその背景の紹介も 意義深かったと思う。 しかし生まれて初めてサインなるものをもらったよ。こっちも照れたーw。 >330 せっかく紹介してくれたから行こうと思ってたんだが、いつも暇なのに今日に限って 急用により行けん。来月にするわ。これからも情報頼む。
346 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/01/11(日) 17:08:46 ID:vgHhfaUj0
木戸が「尾大の弊」て言ったのって、木戸孝允日記の中でだっけ?誰か教えてくれ
今日の「その時〜」はいよいよ岩倉使節団だな 今からwktkだぜ!
その時〜はどのようにかかれてるんだろうな 楽しみだ
そろそろ待機
観たどー! 新奇さはなかったけど手堅く楽しめたとおも。 しかし副使の紹介のとき、「伊藤博文をはじめ・・・」ってw 知名度か?知名度なんですか?? あとあのゲストの先生はテレビ慣れしてない感じだったなw
NHKだからーと思ってたけど、思ったよりもよく書かれてたと思う ビスマルクへの反論(食事会の後ね)はスルーと思ったのにやってくれてビックリ
今NHK見終わった。 木戸けっこう活躍してたし、文明国への希望と挫折とチャレンジ精神が うまくまとまってていいできだったと思う ラストの木戸の言葉もいい かっこいいじゃないか岩倉使節団、大変な時代だったと思うが 新時代を切り開こうという明るさが良い 閉塞感に満ちた現代にも見習うべきことも多いな
おお、もう放送され終わった頃か?と思って楽しみに覗いたら、好評だね? 現代版実記売れそうだね。結構人気あるんでしょ?その番組? 伊藤が前に出てくるのはしょうがないよね。元1000円だもの。 いい具合に長生きで、暗殺で死んでるし。 山口なんか、いまだに良く知らんもの。木戸と風呂行かないから。 日の丸演説の話はあったの? んで、そのラストの言葉を教えてくだされ!!>352
>>353 >山口なんか、いまだに良く知らんもの。木戸と風呂行かないから。
ごめん、ちょっと意味がわからないんだが。
日の丸演説はスルーだったわ。
ラストの言葉は木戸じゃなくて久米じゃなかったっけか。
なんか、西欧の発展の淵源を訪ねれば一日にして勃興した国はない、
漸進主義でいこうぜ、みたいなやつ。
まあ木戸もおんなじこと言ってるから、木戸の感想ってことでもいいのかw
ごめんラストの言葉じゃなくてラストの方の木戸の言葉ね 国は人が作るとかいう言葉で木戸が教育に大久保が殖産に 伊藤がプロイセン憲法を見いだしたってくだりね ラストの締めは久米だね けっこう木戸は今回優遇されていたなあ、良かった 苦悩する若き官僚みたいな感じでw
356 :
352 :2009/01/15(木) 05:41:54 ID:5MQ8SbNS0
>354 すまそ。山口尚芳って、いまだによく知らないな、と思って。 で、その原因は多分、木戸の話に出てこないせいだな、と。 木戸と親しくなくても、岩倉の旅で一緒に温泉行ったりしてると、記憶に残るんだが。 久米の話にもそんなに出てこないと思う。同郷なのに。 ラストのシメは久米なんだ?!ということは、実記が主人公って感じなんだね? 大久保殖産、伊藤プロイセン憲法なんだ。。。 情報ども〜(もっとおしえてくろ)
うん。かなり好意的に木戸頻出してたね。木戸スレの人には新奇さはないかもだがw 久米というより「実記」は陰の主役?ま、木戸の感想でもあるんだろが、番組だけじゃ分からんよな。 唯一、イーストエンド貧民窟で見た文明社会の裏を大久保書簡で紹介してたのがなぁ。。残念。 ビスマルクの独逸人派遣提案に対する木戸の反論、 「日本の人民も元より独逸の人民も毫も異なるものはなし」の後の 「確かに長年の鎖国で宇内の形勢に暗く、研究する余裕さえない。 今の日本は国際的に残念な状況だ。しかし願わくば、そこから自分自身の手で努力を重ね、 速やかにしかるべき地位へと進みたいと考えている」 を、彼ら各国の分析から近代化への様々な選択プランを手に入れた気概だとまとめたのが良かった。 ラスト近く、使節団の求めた新生日本の方針。 (殖産も憲法も、大久保・伊藤は木戸後の実施者じゃんという思いはあえて飲み込む) 木戸の『国は人より成り立ち候』という変らぬ信念で紹介してくれたのが嬉しかった。 んで、その後彼らに続く欧米に学んだ幾多の人材、津田梅子や中江兆民らの写真がばーっと 出てくるんだが、名前も表示してほしいw
>>356 あ、申し訳ない。ますかさんの山口だったのか。
うっかり山口県で解釈して、勝手に混乱してたw
「木戸と風呂行かない」って
>>356 が行かないって意味なのかと思って
「行かないっていうか・・・行けないよねどう考えても」
とか首ひねってたwww勘違いハズカシス
史料は割と偏りなく出してたから、実記主役とは違うかな。
まあそれでも実記が一番多かったけど。
貧民窟見学(?)の再現VTRは、ほんとに木戸と大久保が
2人きりなのがなんか笑えた。
しかも大久保が木戸の露払いみたいに見えたんだがw
カンテラ持って前歩いてたし。
すまん、人知れずあげてた。。。しかも番号まちがった! 木戸と風呂行けんよなぁw。行きたいけど。木戸ゆかりの風呂めぐり、旅行番組でやってほしい。 東京の染井の家の辺にもあるんだよ。温泉。良かったよ。きれいで。 糸米の近くにもあるし(湯田温泉も近いけど)。 貧民窟、大久保となんだっけ?フランスで西園寺と楢崎と仮面舞踏会行くのと混じってたな。 あれくらいの若い人と一緒なんだと思ってた。畠山とか松村淳蔵とか。 いないか?松村なんか?海舟の息子とアナポリス行ってた人。 二人で行ったら迷っちゃうって。木戸、迷子がちなんだし、大久保無口だし。 >木戸の『国は人より成り立ち候』という変らぬ信念で紹介してくれたのが嬉しかった。 えらい!その視点で木戸ドラマ作ってほしいね。 プロイセンの憲法は、むしろ青木じゃない?ドイツから先生来るよね?岩倉より前か? 殖産は、その言葉を使ってるのが大久保なの? まぁ、木戸は富国強兵の富国の部よりも、士族救済の意味でやってる気もするが。 教育もなぁ。。。留守中、既に動いてるんで、岩倉使節の後に着手じゃなくて 岩倉使節で調査、だとは思うんだが。。。 触れてくれないよりは大分いいし、その三人の方向性で紹介っていうのもいいね。
大久保がランプ持ってたのわからんかったw この頃は、木戸の方が位高いからねwww まあ、録画したの見なおそうっと。 ちなみに貧民街見物の同行者は 杉浦弘蔵(畠山義成)と、アレキサンダーさん(イギリス案内してる) だと思う。
西郷さんが参議兼近衛都督になってたのを木戸が叱責したのって本当の話? 出所が思い出せないんだけど「醒めた炎」にも書いてあったっけ?
近衛都督以前に元帥になった時点(明治5年7月補、木戸が知ったのが9月) でキレてたと思うが。 西郷に直接何か言ったかどうかわからんけど、とりあえず山縣には前の年から さんざん説教してたらしいことが「文書」でわかる。 当然それは西郷の耳にも入る前提で言ってはいるんじゃないかと。 ただ年齢差とか立場とか交際の程度から考えて、「叱責」することはないんじゃね?
あ、ごめんちゃんと答えてなかった。 元帥の件は『醒めた炎』にも「木戸を怒らせ」たって書いてる(下巻605頁) けど、西郷に抗議したとは書いてないな。 あと近衛都督就任(西郷の)については特に書いてない・・・かな。 見落としてたらごめん。 近衛都督に関しては、木戸は西郷が就任したときよりも、西郷が下野したあと、 後任に自分が推されたときのほうが怒ってなかったっけ? こっちは『日記』にも『文書』にも書いてるし、『醒めた炎』にもある。
いい奴だー>362
遅ればせながら
>>346 >木戸が「尾大の弊」て言ったのって、木戸孝允日記の中でだっけ?
日記じゃなく、前スレとか何度か出てきてる明治元年2月3日の
木戸の版籍奉還建白書の中で堂々と批判してる(木戸文書八。もし来てたら
>>150 のCにもw)
「七百年来の積弊を一変し、三百諸侯をしてあげてその土地人民を還納せしむべし。
しからずんば一新の名義、いづくにあるか知らず」
も凄いけど、その後に続く文も凄い。
「朝廷は自ら薩長に傾き、諸藩また概して此類の如く。
ただちに尾大の弊を能わずして、真権の帰着する所決して認むるべからず」
この時点で、しかも木戸の立場で、薩長両大藩の割拠の弊害を強調してんだよ。
鳥羽伏見直後、まだ江戸は開城されておらず、会津や函館戦のはるか前だぜ?
んでそれは廃藩置県・・・いや西南戦争まで続く。
木戸は実際すでに慶応3年12月から豊前・石見を返上し始めてるし。
木戸がいかに維新を引っ張ったか。
感傷的な言い方すれば、多くの犠牲の上に建った新国家が、雄藩の覇権争い
のみに終始するなんぞ許さんという凄みだの。
>>363 参考になりました。ありがとう。
自分でも調べてみます。
現在上野で開催されてる福澤展に家族が行ってきたんだが、 どうやら木戸日記もあるらしい。 初めて会った時のと、福澤が木戸に参議辞任を勧めた時のと。 時間できたら見に行きたい。
近衛都督はわからんけど、西郷が元帥になって怒るのは、その貧民窟ツアーの頃じゃない? イギリスにいるときと思う。 軍の最高司令官=commander in chiefっていうのは、国の長、即ち国王とか大統領がやるもんで そこは一つ先進国(とはいってないだろうけど)がえらいと思うとこ。彼等は政治と軍隊を 完全に分けてる、っていうのと、軍の最高の位置は天皇だろーが、ばかたれ、 明治維新は、そのために行ったんだろが、たとえ取り止めても、一度そういうこと をしたってことが重大な問題 orz、というようなことを言ってると思う。 軍隊に天皇でない最高命令者がいるってのは、つまり将軍制だから、ってことだと思う。 これ、木戸以外には、ここんとこがわかってないのか?!というんで、すごい驚いたとこ。 少なくとも、これ言われた山県と、それやってる西郷にはわかってないのか?と。 ってことは、彼等はどういう目的で幕府をやめさせたの?単に関ヶ原? で、関係ないけど、畠山はフィラデルフィア万博のときに死んでるんだって? 全然知らなかった。病気らしいけど、それ、どう考えても暗殺だろ。 なんかに書いてないかな、その頃のこと。 しかし、驚くほど偶然に死ぬよなぁw....この時代の人って。
連投すまそ 話戻してすまんけど、303の言ってた大久保の殖産興業の邪魔したという話、 それ、どういう話?木戸側から見ると違うんだけど、大久保側から見たらそうなんだろうから、 どこをさして言ってるのかすごい気になってるから教えてほし。 内務省、管轄多すぎるから、木戸が黙ってそんなものに就く大久保を放っておくわけない と思うが。。。どういう邪魔したか知りたい。
>>364 あれ。自分の手元にあるやつで見ると「真に尾大の弊を免る能はずして」
になってるんだが・・・。
>>367 山縣、西郷に加えて伊藤もじゃなかろうか。
「近衛都督やってもらえませんか」
って言ったメンバーに伊藤も入ってるよね。
伊藤の場合、文民統制については理解した上で敢えて理外の理に出ようとした
可能性もあると思うんだが、それにしても
「伊藤までそんなこと言い出すのか」って驚いた覚えがある。
まあ木戸はもっとびっくりしたろうがw
>>369 お、そうかも。史料手元に無かったから。ごめん。
そっちのほうが自分の記憶にも近い。反省。
371 :
370 :2009/01/20(火) 06:55:30 ID:4aRxM/yG0
反省ついでに図書館で木戸文書八見てきたw 七百年來之積弊ヲ一變シ 三百諸侯ヲシテ挙而其土地人民ヲ 還納セシムヘシ 不然ハ一新之名義不知在何 實ニ天下之大勢不在元龜天正之時 謹而竊ニ朝廷及諸藩之情勢ヲ察スルニ 只纔ニ兵力之強弱而己ヲ各自相窺ヒ 朝廷ハ自ラ薩長ニ傾キ 薩長ハ又其兵隊ニ傾キ 諸藩亦概如此類 眞ニ尾大之弊ヲ不能免シテ 眞權之所歸着決而未可認 怠けて手元にあった某プリント参照したんだが、 「眞ニ」が「直ニ」だったり脱けてたり。オカシいと思ったんだg しかし質問あげてくれる人はありがたい。改めて原文見てみる機会なんてないもんな。 「薩長は又其の兵隊に傾き」も批判に含まれてんね。 すでに慶応の藩制改革早々、奇兵隊の単独暴走を厳罰をもって処して軍紀一新したり してるし、こういう状況分析できるってのが木戸の真骨頂。
369ではないが、原文掲載ありがとう。2chだから怠けてて全然構わないんだが、えらい。 木戸孝允文書、バラで買えるうちに買うべきかね?図書館不可の身としては。。。 岩倉使節はなんで佐賀から主要メンバーが行ってないんだろう。大隈、大木、副島、それに江藤。 岩倉使節がフルベッキで、なんで副島と大隈が入ってないのか素朴に疑問。 みんな残った方にいて、留守政府の中枢だよね。 ますかさんと久米は全然おとなしい派の人だから、なんか気になる。 大久保はその時点では「政策」というか、細々とした方向性がないように思うんだけど、 木戸はこの人ら置いて行ったら何かしそうなことくらいわかる。というか、むしろ、 させようとしてたように思うんだよ。井上も置いて行ってるし。その辺の人の天国状態 になっちゃってる。西郷、山県より、こっちのが激しく気になるんだけど、その辺は やっぱ江藤関係を見るとわかるんだろうか。
>>369 木戸の先見性と、理想主義的すぎて非現実的なのとの長短所両方があらわれてる感じだな
伊藤は木戸大久保の両方の弟子だからわかっているんだろうな
入手の容易さに負けて、「歳月」読んでしまった。自分が知りたかったことは何も書かれて なかったorzだったが、伊藤が「木戸は純良なれども老婆のごとき心配性」と称しているとこがあった。 前に、伊藤がどこでそんなこと言ってたか?という話題になったのこれじゃなかったっけ? 伊藤が当世の英雄豪傑をこきおろそう、と会合で言ったといってる。 出典は、木戸も大久保もいなくて江藤がいる時期で、江藤と伊藤がいる会合にいた人の 思い出話じゃないかね? 大久保は怜悧(伊藤)されど無学、盲人に近し(江藤) 西郷は雄魁なれど肚わからず 板垣は直情なれども愚物(江藤) ってことになってる。 これじゃなかったかも知れないけど、伊藤が木戸を悪く言ってる>尊敬してないという説は、 福地あたりとしてる冗談の一つみたいなものが出典?と思ってたけど、どっちにしても、 見境なく採用しないでもらいたいなぁ、と思った。 小説だから、キャラクターを作るって意味で外せない観点だけど、それが司馬さんの人物観 ってことでもないし。 司馬は若い頃の伊藤に日吉丸を見てるな、って印象はずっとしてるんだけど。 しかし、この小説の大久保はすごいな。大久保嫌ってる人の大久保像は8割方これじゃないか? 司馬小説の影響の大きさを改めて知った。
>>372 なんか言いたいこと分かる気が>天国状態
実際大隈曰くの「鬼の留守に洗濯」の鬼って明らかに大久保(岩倉)じゃね?て点でw
それまで民部大蔵省(工部省)や改正掛・兵部省なんかの開化政策推進に対して、
大久保は組織分離して弱体化させたり人事画策したり色々やってきてるし。
当時、大隈・伊藤・井上・渋沢や大村(涙)・山田・山縣など木戸洋化派、
いわゆる築地梁山泊連中は有能ではあっても薩摩抑えられる政治力は無いもんな。
その意味では確かに木戸は彼らを「大久保から防御することに多くの精力を」
使ってはいる。
それにしても井上vs大久保はたまらんぜ。
明治4年7月廃藩後、大久保が大蔵卿になったことで渋沢が辞任しようとしたのを
井上は「ちょっと待ってろ。考えがあるから」と慰留してる。
それまで井上は大久保渡航に大反対。誰の説得も聞かなかったのに9月12日突然賛成。
−−(渡航の)御決意のほどいかにも感服致しました。
大久保も驚く日記にも書かれる豹変ぷり。
井上w分かりやすいw
地租改正・徴兵令・学制・司法整備・殖産興業など、留守政府がすすめた諸政策って
結局、使節団出発前から手つけてる<奴ら木戸洋化派の既定路線>。思うサマだな。
んで井上の推薦で江藤も司法省に登場。
・・・ま、こっからが大変だったわけだがw
そのへんを、西郷を重しに使って実現するあたりがすごいのかひどいのかなんなのか
なんか、大久保って江藤殺したあたりから、急激に存在がでかくなる気がする。 大隈だったか、当初は木戸のが偉くて、大久保が怒鳴られたりしてたとか言ってたと思う。 あの政変のときは、木戸はそれより前にばっくれちゃうんだよね? 江藤は制度局で長と同僚なんだよ。多分。時期が詳しくわかんないんだけど、制度局自体が短い命なんで 恐らく一緒にやってたと思う。地方官議会も恐らく一緒に計画してると思う。 江藤が殺される時に、木戸は、特赦はあるけど、その逆はないだろ?とか言ってたよね? 自分が思うに、木戸と江藤はかなり近い。木戸が好きなタイプじゃないんで、親しいとは思わないんだけど。 木戸も江藤追い出しに噛んでるのかな?結果としては、淘汰されてしまったことに、ベテラン政治家として 納得していくっていう立場だと思うんだけど その辺、「歳月」では全然わかんなかったよw 長のちの字も出てこないし。 井上も私利私欲の権化のようでうーん、だった。司馬さんだと思うんだけど、「自分のものと他人のものの 区別がつかない」ってのは激しく同意だけど、私利私欲ではないと思う。 でも、鍋島の殿様が、自分が思ってたよりも更に賢明だったことには感動した。
欧米から帰ってみたら、変えない言ってたのにえらい変わってるし一揆は起こってるし槇村も怒ってるし井上・渋沢は金儲けしに行きますとか言ってるとかで 漸進主義の木戸としては色々と嫌になったんじゃないかw 司馬のは、良くも悪くも大衆小説だからなぁ。いや、そのこと自体は別に悪くないんだが。 歳月にしても、大久保vs江藤という面を強調するために、その印象を薄めるような要素は省いてあると思う。 大衆小説として見れば、筋を暈したりグダグダになりそうな要素を排除するのは当然だから、 もっと深く知りたいという人には物足りないものになるのは仕方ない。
NHK「その時歴史が動いた」岩倉使節団 見れてなかったんだが、 BS2 今日放送の「アンコールサタデー」内で最後の再放送なんだね。 気が付いて良かった。(^。^;)ふう
Wikiの木戸ページ、いつのまにか少し変わってたんだな
留守政府後半の予算紛議はさ、共通の鬼がいない状態での 木戸洋化派内での対立に見える。 だから、洋行から帰ってきた木戸は怒りより先に「大溜息」なんだと思う。 天国状態ではあったけど、この後いよいよ廃藩後の「初の国家予算」誕生じゃん。 旧幕府直轄地の税収(全国3分の1)だけだったのが晴れて全国からの巨額歳入へ。 でも各藩の莫大な士族恩給費や借金も引き継ぐという大仕事。合算したら赤字・・・。 井上マジ危機感だわな。だから借金引継ぎなんて踏み倒せるものは踏み倒し。 そんな中の予算紛議。留守組同じ開化派だけど、当面の開化政策の優先順位の違いでな〜。 何でも全国規模だしな。 必ず村に不学の戸なく家に不学の人なからしめんの文部省、 人民にして官庁より不法の迫害を受くる者は進んで府県裁判所に出訴すべしの司法省。 井上・渋沢曰く、開化には 「政理上」の開化(法律政治・教育の制度を輸入し近代的統治体系を樹立)と 「民力上」の開化(近代工業を移植し産業の発達・軍事力の充実)の2つある。 今回「政理上」を重視するなら「法制益々美にして人民益々疲れ」国はかえって弱体化する。 司法(江藤)・文部(大木)の申請額は思いっきし半額に削り、兵部省(山縣)は20%ダウンのみ。 んで、ラディカル江藤が留守末期に行った井上追出し太政官粉飾は、大久保の帰る場所を失す事でもあったと。 やっぱ版籍奉還など所々で薩摩や周囲の事情に合せて妥協しながら根回ししながら進めていった木戸本人は、 思想に酔う理想主義者でなく、むしろ凄い現実主義者だと思うんだが(いや理想家は大好きだがw) そして蓋を開けたら6年黒字だもんな。何だったのかとそりゃ井上も後で溜息つくわ。
>人民にして官庁より不法の迫害を受くる者は進んで府県裁判所に出訴すべしの司法省。 ちょ、井上!?マジですか?!だったんじゃね?せめて、す巻きの黒田でも出てくるかと思ったら。 明治のはじめって、井上みたいな大博打打ちなしには、政府なんかあり得ないと思うんだよ。 自給自足で慎ましくやっていきます、って建国方針じゃないわけだから。 江藤がそんな算数も出来ないとは思えないんだよね。 尾去沢って、歳月に書かれてる内容でほぼ正解なの? あそこって秋田?秋田って、当時、島忠義が県令なんだよ。で、その後杉孫七郎。 この二人の任期中の話。尾去沢事件は関心外だったんで全然知らんけど、そこで二人が 県令続けてやってるのは気になってたから、すごい驚いたんだけど。 秋田じゃないと思ってたよ。なんかもっと、よくわからん小さい県だろうと思ってたんだが。 と思っていまwiki見たら、鹿角は南部藩なのか? 突然、尾去沢が関心内になる予感。。。戊辰戦争知らないんだよ。困ったな。 佐竹曙山しか知らんのだ、東北は。
>>382 とりあえず問いかけなのか独り言なのかわかるように書いてくれないか。
疑問点が増えたり減ったりする過程を実況するのはいいんだが、
むしろ現段階での意見なり感想なりを整理して書いてくれたほうが
わかりやすくてありがたい。
嫌なら読まなきゃいいじゃねえかと思われるかもだし、まあ実際そうなんだが
せっかく貴重な語らいの場なので、色々聞きたいんだ。
偉そうなこと言ってすまそ。
司馬さんは井上のことは悪し様に書くけど、
高杉だって公金の扱いに関しては似たようなもんだよなw
はやくしぬとわるくいわれない!ふしぎ!
384 :
383 :2009/02/01(日) 21:37:19 ID:j8sc4OWV0
ごめん酔っ払って調子こいた 今読み返して反省してるorz orz orz ちょっくら小御所の廊下で頭冷やしてくるわ・・・ チラ裏申し訳ない
風邪引かないうちに戻って来いw 書き込みって修正したい時あるよな...orz ちなみに昨日の>いや理想家は大好きだが っていうの、木戸自身は凄い現実主義者なのに理想家が大好きなとこが面白い と書こうとしてたんだ。伝わってた?そりゃ自分も大好きなんだがw
386 :
382 :2009/02/03(火) 01:20:06 ID:1eq+9UnZ0
いや、まことに申し訳ない。以後気をつけます。 自分の場合、通史みたいのを勉強したことはなく、興味を持ったことだけがカルタとりの ようにドーっと脈略なく散らばってて、あー、これもある、あれもある、みたいなことになってしまう。 で、取ったのをまとめとくんだけど、全然別のことしてるうちに、なんでまとめてあるのか わかんなくなってしまって、また散らばしてしまう、と。。。 同じ辺りに関心ある人、話を聞かせてくだされ!と思っているのだが、あっちこっち行って 申し訳ない。 木戸って理想家もすきだけど、基本的に育ちのいい人が好きじゃない?必ずしも身分のいい人 って意味ではないけど、破天荒型でなくて、若様タイプというか。
387 :
383 :2009/02/03(火) 11:57:10 ID:+2nTGMRw0
>>385 ありがとうw
小御所には行かなかったけど京都の上のほうには行ってきたノシ
>>386 >興味を持ったことだけがカルタとりの
ようにドーっと脈略なく散らばってて、あー、これもある、あれもある、みたいなことになってしまう。
わかるよ・・・とってもよくわかるよ・・・自分もそうだよごめんよorz
得た知識を体系的にまとめて、一基の塔にしていくことができない。
結局つまみ食いしただけの、カルチャースクール的教養になっちゃうんだよな・・・。
温厚な若様タイプ(決してぬるいわけじゃなくて)が好きなのに、
いつも破天荒型のお守りをする羽目になってる木戸カワイソスw
破天荒型同志たちの最後のブレーキ役になってる時点で、かれらは斃れて
自分は残るのがわかってたんじゃないか、そういう覚悟をしたんじゃないかと
思うんだけど、それって相当辛いだろうし、切ないよなー。
それなのに「女々しい」だの「女学生臭がする」だのいわれるのは可哀相だw
だいたい蘇峰も実際には会ったことないのにさー(学生の時、新聞で死亡記事を見た) 女々しいは分かるけど、女学生の匂いって何なんだろうと思う。
いや、あるよ。木戸には。女学生の匂い。お花好きだし。 植物とか自然が好きというより、お花が好きな感じするよ。 書いたものから考えると、女学生っぽい清楚な匂いじゃんw やっぱ、簀巻きにされた黒田とか、諫早とか、あの辺に語ってもらわないとな。 でも、明治に書かれてる豪傑ばなしを読むと、絵に描いたようなばかが一杯いて頭痛くなる。 自分はむしろ、木戸がそっちに書かれてないことの方に喜びを覚えるよ。
>>389 レストン。女学生っぽい清楚な匂いって言い方が、なんだかいやらしいw
明治時代の女学生だもんな、イマドキの女学生とは違うよな。
靖国の桜の事とか、歴史雑学本とかに載ったりしたらいいのにな
花好きで悪人はいないと思うんだ…政治家としてはピュアすぎて駄目かもしれないが
ちょっとお聞きしたいのだが 前原の木戸名指し攻撃の詳細って 何の本見たらわかる?
名指し攻撃してるのがあるかどうかわからんけど、自分が思う中でありそうなのは 前原一誠伝、前原一誠年譜 尊攘堂の書簡 近デジにある明治9年の暴動云々みたいな題の本>檄文は出てると思う。 マツノが復刻してる年譜の解説だけでも、前原のいろいろが出てるよ。 でも、もっと前原よりの人の書いてる本にありそうだけど。どうだろう。
>382の佐竹曙山しか知らんのだ、東北は。 というが・・・鉱山繋がりで思い出した。 「非常の人」平賀源内が曙山に招かれて秋田行ったのは、そもそも鉱山調査だったな。 秋田ではまあ成功してたけど、あんな大天才が情熱傾けても色々なとこで失敗続きで。 もしやこれで人生狂ったかもという破産寸前。各藩もあまりの費用にびびった。山は怖えー。 そう考えると鉱山事業というのは黙ってて儲かるものではなく、 井上みたいに大資本投入して、月千円近くもかかる一流外国人技術者雇って(だから焦ってんだがw)、 蒸気機関利用した最新機器導入して、鉱夫組織力と地元行政テコ入れして、 なおギャンブルという面が実際あるなと今さらながら思った。 まあ、あの木戸が近くで見てて信用し続けたってだけで、 長州の志士感覚や粗忽や傲慢・利害関係人の思惑はあったにせよ、つい井上寄りになる訳だがw
そうそう。「写楽殺人事件」の世界だけどw 佐竹ちょいなちょいな殿様は、蘭画文化の担い手なんで、あの時代にそんなこと やってる藩が、幕末明治に乗り遅れるってのは、ちょっと解せない。 西洋文明の輸入元の一つだからね。それと、久保田藩の藩邸のあったとこって、上野(寛永寺)と 浅草とか吉原とかの中間で、福井藩邸も近いし、その辺だけは地理がちゃんとわかる地元の人間 としても、常に気になってるとこ。まぁ、都心の方もそうだろうけど、地名が残ってるから、 なんか近しいものを感じるというか。 あと、あの時期でアメリカ人技師入れてるんだとヒコが絡んでるだろうな、ってのもあるし。 まだヒコが井上の部下の時期だから。 だから、島と杉の県令が気になってるんだけど。 井上は、博打打ちだよね。井上いなかったら、鉄道も通ってないし、銀行なんかできないし 明治政府は政治云々以前に、財政で倒れたと思うんだよ。 あれだけの博打打てるのは、他にいないんじゃない? 官も民もいっしょくたにして相場張ってると思う。それはもう、そういう風に生まれついた 以外の何者でもないと思うんで、感服する。そっからいくらかくすねよう、なんてセコい人間に 打てる博打じゃない。井上は明治で一番かっこいい。情けないとこも博打打ちだし。 山城屋も山県じゃなくて、井上であってほしいんだよ、自分としては。 しかし、下がりすぎでは?うんこくん、そろそろ来てあげてくれ。
395 :
391 :2009/02/06(金) 15:49:44 ID:dRfiAjPpO
木戸にしろ井上にしろ、もっと研究してガンガン本出してくれる人がいたらなあ…
井上、大隈、松方は明治財政の三本柱だな。 アリー朝エジプトやオスマン=トルコの辿った道を見れば、近代化を目指す国にとって 財政が如何に大事なものか分かる。
>396 ガンガン本出されると、へんなのが混じるから、善し悪しだけど。 偏り過ぎてるよね。龍馬の書簡集が文庫なのは、すごい羨ましい。 前原のなんかないかと検索したら、この時代でスレが異常に多いとこの作家のブログ があったんだけど、かなり新鮮に驚いた。こういう世界に入れられるのもちょっとなぁ... だから、今くらいでいいのかもしれんけど。 井上もそうだけど、大隈って評価低過ぎないか? 福沢と比べるのもどうかと思うが、スレもないもんなぁ。 大隈は、木戸に口もきいてもらえなかった何年かがあるわりに、木戸ほめてるし、 かなり好きだけど。
>>397 もっと語ってくれ!頼む。
そっか、同時期にせっかく近代化政策を採った国もその改革費や軍事費の増大で
西欧列強からの借入金や外債が激増し、財政破綻で結局は半植民地化かあ。何という示唆。
井上ってそう考えると意外に外国からの借入を嫌い、均衡(緊縮)財政志向なんだよな。健全。
しかも超短期間で黒字化してる。現代日本人から見ると己が恥しくなるなw
鉄道や鉱山を急いだのは列強や外国資本に乗り込まれない為の対処だし。
やっぱこの幕末維新て「万国と対峙できる日本の実現」が皆の根っこにあって、
ずっと列強への警戒、危機意識に貫かれてる。
明治後別人になった訳じゃなく、彼らが元々何を訴え奔走してたか考えろって話だよね。
木戸の台湾出兵反対の文言の中に見る財政への悪影響を考えての怒りってのも改めて納得。
長文スレだなと読んでみるとアンチは長州全体アンチしてるのかよ と思えば住人も長州人語ってるのか、面白いなw 木戸孝允と桂小五郎が同一人物だと知らんかったよ記念カキコ
木戸の財政感覚は、日記の最初の方で、3/5軍事費とか言ってるの、倒れたよ。井上と渋沢に感謝! あの時期の日本が列強に食い潰されなかったのは、これから株が上がるとこに外資が投入できたからじゃないか? その資本で鉄道でも製鉄でも電信でも、商売として確立して、製糸みたいに輸出できるものも築く。要するに 消費者でありサプライヤーになれるモノとシステムを作った日本は、井上なくしてあり得ないよ。 そのシステムを構築したのは井上じゃないけど、井上がいなきゃあり得ない。 でまた、それも井上が作ったわけじゃなくて、既に確立してる商売を改革、発展させてるわけだから、 外部から招聘してるCEOなわけじゃん。それもコネありありの政府要人外部CEO。 イギリスのお客さんにしかなれなかった国は、ごく一部のお客さんしかいい目を見れなかったし、 中南米なんか、そのまたお客さんとしか手を組めないから、資本主義世界に置き去られる。 三井とか鴻池とか、あの辺が外国と直接結託してたらその後の日本はない。 外国より井上さんと組んだ方がおいしい、と思わせたのがスゴいよ。 岩崎が大河ドラマになるんだったら、井上もやってくれと言いたい。 岩崎にそれができるのは、井上が既にやってるからだと思うんだよ。会社をやっていくような才覚は 井上にはないから、そこんとこは岩崎のがスゴいと思うけど。どうも、評価を得るのは岩崎側なんだよ。 俯瞰図しか見えない奴の天才よりも、その俯瞰図から細見を書く方に評価がいく。両方えらいだろ。 井上は侍なのに、きたるべき資本主義の原則が天才的に見えてる。そういう意味で、欧米と同じ目線。 井上は世界を感覚的に掴んでるし、先が見えてるだろ。 こっちはその後の展開がわかってるから大して驚かないけど、その真ん中で、見えてて、行動できるのは ものすごいことだよ。普通びびる。政治家にはできない。 倒れるのが計算に入ってない博打打ちの行動力で、賭場ごと売り買いしようってのにしかできない。 こういうのが自分の財布しか見れない奴だと国は滅びるし、自分の財布を心配させると国は先細る。 だから木戸がえらい。井上が見えてることが見えなきゃGoサイン出せないし、木戸が日本そのもの を賭場に出せるから、井上の博打が成り立つ。木戸は女房子供を質に入れて博打打つ人じゃない。 他の質草を探すし、女房子供にはちゃんと三食食わせる。ここだろ、木戸がすごいのは。日本のために。 箸の上げ下げまで小言を言ってやれるきめ細かさと尊王攘夷の方向性が支えてるわけだよ、井上の大博打を。 そういう井上が畏れ入るような人間だってとこだよ、木戸がすごいのは。 大久保は五代を手放しちゃうってとこで、この点、木戸に劣るんだよ。自分の評価では。 397氏が言わんとしてたこととは離れたと思うが。そして木戸マンセーの長文ごめんな、だが。
そういえば最近の知るを楽しむで木曜の歴史に好奇心の 野望の錬金術wで井上の銅山事件と山縣の事件を扱っていた 井上は金に汚いみたいな扱いでちょっと残念だった再放送もするよ しかも木戸がごたごたの幕引きをしたような感じで出てた あれだけ見るとかなり長州閥悪役と思いそうだが401のような 考えがあると見方もかなり変わるんだと思うよ そうそう長州ファイブの上巻のCDドラマも出たみたい 買ってくる
木戸の人材育成について書いてる論文ないか? 井上はそこまで深く考えたのか微妙と思ったが 伊藤、大隈、江藤とか、陸奥もか、最初は全部木戸が推薦した人材なんだよなー 大村を木戸が掘り出して使ってなきゃ二次征長だって負けてるかもしれんし 人材育成というより彼自身がその才能に惚れ込むのか、特攻かけるぐらいw ともかく人を見る目がすごい、そこだけは三傑随一と評価されるべし
まぁ木戸に人を見る目があったかどうかは分からんが、人材が好きだったのは確かだな。 いくら紹介されたからとはいえ、普通参議が一介の官吏の家に足運ぶなんてことはしない。 つーか、やられる方が気の毒だから止めてくださいw
平田君乙
>>401 なるほど。「経済人・岩崎の視点で龍馬を描く」という来年の大河みたいに、
経済人・井上視点での木戸ドラマもありでは?とか思うね。
脚本次第でかなり面白くなりそうだな、それ。
腕のいい脚本家に光臨願いたい。でないと・・・
「はじめは渋ってたけど結局愛刀を俺に貸してくれる素敵な木戸さん」
「俺と賭碁して二十五円スッた挙句、来月中に払うよって証文くれる素敵な木戸さん」
下手こくと経済関係ないうえに、木戸がカモられてるだけになってしまう悪寒w
>>404 >>405 平田君、あのあと布団どうしたんだろうな。
よく土を払って干せば使えるんだろうか。
ここ井上スレかと思ったわ、井上好きなんで嬉しい 大隈の伊藤井上評に表れる二人の性格がわかりやすくていいよな 八方美人の伊藤に対して、井上は頼まれれば割りの悪い役割にも甘んじて一生懸命云々って奴
木戸の人材に関する才能は、見いだすのもそうなんだけど、一緒にやってて楽しい んじゃないのかな。 団体スポーツやる人、わかると思うんだけど、同じチームにいて嬉しい人っている。 個人的に付き合いなくても、その人のチームだと嬉しい、その人いないとつまんない、みたいな。 木戸はそういう人なんじゃないかな、と思う。 高杉でも井上でも青木でも、木戸さん、そばにいて (T〜T) みたいな乞い方してるというか。 どうにかしてくれ!ってのもあるが、それより、一緒にやろうよ、というか、 いいからここにいでぐで。。。。みたいな人なんじゃないだろうか。 西郷はもっと一緒にいてほしい人なのかもしれんけど、自分にはわからん。 自分が思うに、伊藤はこの手の性質じゃないんだけど、伊藤は、勤勉じゃないけど ものぐさじゃないってとこが偉いように思う。伊藤は、どんな時代でも成功すると思う。 井上や高杉は時代違ってたら、なれるべき仕事にも就けないかも、って感じ。
伊藤がどんな時代でも成功しそうっていうの、すごくわかる気がする。 伊藤はすごくクォリティの高いゼネラリストだと思うんだよな。 だからあの藩の連中にありがちな(w 灰汁の強さみたいのをあんまり感じないし、 時代の子、とか風雲児、みたいなイメージではない。 だから高杉みたいなカリスマ性はないと思うんだけど、 逆にいうと人物そのものに博打っぽさがないから、どの時代に生まれても通用すると思う。 木戸が「一緒にいてほしい人」っていうの、自分は団体スポーツやらんから リアルな感触としてはわからないんだけど、なんかなるほどなと思った。 みんな木戸は話しやすい、寛げるみたいなこと言ってるよな。 なんせ「母」だしw カーチャンいないと寂しいのは自分にもよくわかるぞ。
伊藤は良くも悪くも周旋家だと思うな。 ただ、官・民軋轢の間を縫って民主化運動を何とか着陸させた辺りはやはり尋常じゃないが。 昔から民主化一辺倒だった井上の入れ知恵も当然あったんだろうなぁw
日記見てると、どっか行く後輩が挨拶にきて、船が出ないので延期です、とかって また訪ねてくるようなとこが結構ある。そういう慕われ方なんだな、と思うんだよね。 挨拶だから、一度顔出せば用は足してるんだけど、また来ちゃった、えへ ^^; がOKなんだな、と。 木戸を嫌いな人の意見ていうのが知りたいんだよな。具体的には土佐の佐々木が 木戸を嫌いだろうな、と思う。誰よ、あの人を岩倉使節に入れたのは?と。 なんか気の毒な感じする。伊藤や福地と一緒にいなきゃいけなかったとしたら。 どっかにないだろうか。こんなにも辛かった岩倉使節の佐々木高行、って論文。
>>412 >こんなにも辛かった岩倉使節の佐々木高行
なんかフイタw
頑固一徹の保守派、軽薄才子大嫌い、絶対譲らない一刻親父、みたいな
ありきたりなイメージしか持ってなかったけど、考えたら確かに気の毒だよな。
木戸については
「ちょっとばかし弁舌さわやかだから、実体不相応によく見える。
本当のところはお粗末なのに、後世には美化されて伝わるだろう」
とか言ってるよね。
でも今「後世」なのにあんまり木戸は良く言われてないと思うんだが
そのへん佐々木的にどうなんだろw
なんか疑問に答えられないのにレスしてごめん<論文
木戸嫌いの筆頭は前原、あと勝も評価悪いな 他と比べたら少ないほうなんじゃないか? むしろ後世のが悪く言われてるよ佐々木w
そんなことで謝るなんて。。。なんてやさしい人なんだ (T^T) >413 海舟はタイプが才子型で木戸と似てるから、似てないタイプの西郷に魅力を感じるんだと思う。 大久保には東京守ってもらった恩義があるし。長州には上野でやられたのがあって好意は持てない。 そこを差し引くと、木戸は評価高いと思うんだよ、むしろ。 機敏で(脱糞君お気に入り逸話)、粋で(どどいつ)、用心深い。海舟の自分像と似てる。 大概、聞かれて答える場合、西郷、大久保、木戸の順で出てくるけど、その時の政治の 話してるとこで「木戸や大久保はちゃんとしてた(備えが万全で慌てない、みたいな意味で)」 っていうのがあって、あ、木戸のが先に頭に浮かんだ?と思って印象にあるんだけど。 前原は木戸嫌いなのかな?木戸が山口や萩にいると結構頻繁に会いにくるよね。偵察って意味も あると思うんだけど、嫌いだと本人は会いたくないんじゃないかな。前原は木戸はわかって くれる、みたいな期待を持ってて、それが前原が期待してるような言動にならないんで 憎しみが増す、みたいな感じかな、と思ってるんだけど。前原はよく知らないんだが。 謎なのは広沢だな。なんか、距離を感じる。 木戸側の人が殺してないか?みたいに思えるんだけど。
>むしろ後世のが悪く言われてるよ佐々木w 確かに。このスレにいると何か色々錯覚しちゃうんだよなw リアル世間との差は厳しい。 民衆の軍たる奇兵隊を弾圧した絶対主義官僚か、大した仕事しなかったへたれ...orz 木戸を嫌いな人の意見は、同時代人のが知りたいんだろうけど、 現代なら民衆史&奇兵隊とかでぐぐると出てきますな。 でも広沢は・・・ 日記で、広沢暗殺の報を受けた数日後、西郷・大久保と話してる最中、ふいに胸が塞がり 言葉に詰まり、不覚にも泣いたとかってあるよね。小楠・大村ときてだいぶん参っているようだが、 薩摩人からは木戸ってどう見えてたのかは心配。
お互い信頼し合ってる仲の西郷、大久保を前にして、自分にとっての広沢もこうしていてくれるはずだった、 とか思ったのかねえ。大村らのこともあわせて思いつつ… 広沢暗殺の黒幕ってーと一番に名前の上がってくる木戸だか、そういうの聞くと少なくとも直接の関与はなかったのかと思うが… どうなんだろうな。腹芸もそこそこできる人だとは思うんだが、広沢暗殺、という発想はあまりに稚拙だと思うんだよな〜
418 :
415 :2009/02/14(土) 16:02:15 ID:C7R7u76f0
え?木戸って広沢暗殺の黒幕なの?しかも一番候補なの?全然知らんかった。orz はじめ日記読んだときは、え。。。ここで広沢死亡ですか?!で、呆然だったんだけど。 なんか、船で帰ってきた時に聞くよね。自分には衝撃的で、木戸にも衝撃的な感じだった。 だけど、何度か読んでるうちに、なんか周布とか大村と違う気がして、そんなに親しくないのか、 でなきゃ、木戸に近い人が関わってる?とかかな、と。 広沢殺しの犯人を捜してる話が、全編通して時々出てくるんだけど、妙に 気にはしてるんだけど、捜そうとしてない、みたいな感じするんだよね。 だから、木戸の計画ではなくて、木戸に近い人が木戸のためを思って殺した とか、そんなのなのかな、と。木戸が殺したっていうのは、理由がわからんから。 そこで広沢殺すくらい手早かったら、大久保殺してるだろう。5回くらい。 って、木戸を黒幕にしてる説もこの程度の感覚論だったら笑うが。
幕末さえ暗殺に関わってない人間が明治になってから暗殺は普通にありえない そもそも広沢は木戸が邪魔に思うほど大物じゃないだろう るろうに剣心という漫画があるんだがなぜか人斬りの黒幕は桂になってる 武市先生の株を奪うんじゃないと当時は思っていたw
>幕末さえ暗殺に関わってない ここは言い切っちゃうのどうかと思うぞ。実行犯はやったことなくとも そうした話に加わったり、多少なりとも積極的な発言はしてたとしてもあの時代は不思議じゃない。 つか若い頃に水戸の連中と何か密約してたの、あれは暗殺への加担じゃね?もの凄い記憶あやふやですまんが ただ基本的には暗殺という手段を使うことは避けたい、と思ってる人だとは思うな。 性質として優しいからってより、暗殺が何かの解決手段になった例って自分は知らないんだよな。 そういう愚かさみたいなのはよく分かってる人だと思う
広沢は旧藩時代は根っから官僚だったと思うんだよな。
藩内の志士的な連中とは交流なさげ。
そこが、役職付きだけどやんちゃな後輩どもともよくつき合ってる周布、桂なんとかは
距離がある印象だ、自分は。
禁門の変以降どんどん人が死んで、桂も行方不明になっちゃってから
徐々に周旋役的な仕事に狩り出されるようになったって感じだな。
維新後もまあナンバー2(長派の)ぐらいの待遇を受けてるから
時勢は見えてる人だし、仕事もできたと思うんだけど、
藩官僚時代のスタンスっていうか、激派の活動に対してどう思ってたのかよくわからん。
>>418 >そこで広沢殺すくらい手早かったら、大久保殺してるだろう。5回くらい。
だなw
>>420 坂下門外の変か
だがあれは水戸の暗殺を黙認してるんであって
どうも木戸自身が暗殺者飼って命令するというイメージはない
贔屓目すぎるんだろうか…
広沢暗殺は身内から出た裏切り者だから余計憎し、論だったと思う
なら伊藤の方が百倍憎かろうにw
ちなみに大村暗殺説もあるよな、これこそ意味不明
すまん、大村暗殺したのは木戸説、だ
意味不明にもほどがあるな 自分で自分の手足もぎとるほどマゾじゃないだろ木戸w そのトンデモ説を唱えてる人は、木戸が大村殺すことのメリットが どこらへんにあると思ってるんだろう あそこで大村を亡くすってことは、それこそあの下手・・・もとい味のある絵で説明してた、 乱立した諸勢力がてんでに威を張って ってな状況に逆戻りする危険を覚悟しなきゃならんのにな
そ、そんな説まであるのか>大村暗殺orz 廣澤も諸隊反乱処刑役で恨まれてるし、当時の不平士族の憎悪の的だろ。 木戸から見たらいつも木戸の公私にわたる留守役で、明治3年7月の民部省分離の賛否なんて小さい問題。 明治3年末の時点でやっと廃藩に賛成してくれて、廣澤やっぱ分かる奴だ!と盛り上がった直後の暗殺。 むしろ怒りや悲しみも飽和点こえたんかな?という印象。 皆忘れてもほんと死ぬまでしつこく裁判傍聴やら内偵使ったりやらやってる。 ただ、418の>なんか周布とか大村と違う気がして、木戸に近い人が関わってる? っていうの具体的な時期やひっかかった表現とか知りたいな。木戸は、 大村の時は実行犯は長州攘夷派だけど薩摩の弾正台海江田を疑ってた(ま見て見ぬふりしたしな-_-#)。 廣澤の時はひそかに渡邊昇を疑ってたらしい。 渡邊の談話で、ある日突然木戸から呼び出されて訪ねたのに、酒だけ出され木戸がなかなか何も言わず、 呼び出しといて何だと怒ったら、すまん実は赤面にたえぬ。廣澤の件ずっとおまえを疑ってたが調査結果 違うことが分かった。詫びたかった。と言われたとのこと。(史實参照木戸松菊公逸話) 明治4年1月に廣澤暗殺、7月の廃藩を経て8月渡邊と一緒にマゲ切ってるよね? 上の逸話がその前なのか後なのかでも味わいが違うが。
426 :
418 :2009/02/15(日) 13:50:06 ID:tRKCArug0
なるほど。広沢犯人探しは木戸が積極的にやっているんだね。すまん。 基本的に感覚論なので、どこがそう思わせてるか、というのは具体的に挙げられないんだけど 死ぬ頃まで広沢殺しの犯人探しについて、誰某が来たとか裁判があったとかって言ってるし、 娘(だっけ?)の結婚とか兄弟とか、いろいろしてるんだけど、大村とか周布みたいに、 思い出したりとか、高杉の子供預かるときとか、中島三郎助未亡人母子のときみたいな感情が、 広沢に関しては、自分には伝わってこない。見落としてるってことはあると思うけど。 だから、誰か木戸に近い人が関わってると思ってて、それを知りたいけど知りたくない...から 先にわかりたい、みたいな状態なのかな、と思っていた。 渡辺昇みたいな大物だとは全く思ってなかったけど。神道無念流な切り傷なのかな? もっと、文久から進化し損なった人か、安政からワープしてきたみたいな人を実行犯に 想定してて、それがわかると、その人の親分的な人がヤバい、みたいなことで、気にしてる って感じに思っていた。
さすがに渡邊自身が屋敷に忍び込んだとは思ってないと思うよw 渡邊一派って意味。 まぁあの性格と剣で色んな暗殺の犯人と噂されやすい人ではある。でもあんま同情できないw >文久から進化し損なった うーむ、海江田も渡邊も攘夷派の受け皿弾正台メンバーとしてそのケはあるような。だから疑われたんだな。 渡邊なんかは粗暴で過激で頑固で、木戸が折々に一緒にいることで辛うじて新時代に乗った感じ。 同じような奴らでこの時期さんざんなことになってるの多いもんな。
このスレの人なら知ってるかもしれないんで質問なんだが、 木戸が外遊先のイギリス?で女の子に結婚して!と迫られたって話マジなのか? 高校時代の教師がそう言ってたような気がするけど、他で全然確認できない。
過去スレ読め と言いたいところだが、木戸の話題なら体が勝手に書き込んじゃう! くやしい!でも(ry 前にその話がここででたときは、マンチェスター市長の令嬢に接待をうけた際 伊藤の誤訳でひと悶着ってほどでもないけど、 なんかちょっとあったってエピソードの訛伝じゃないか・・・ って結論になってたと思う。 詳しくは林董『後は昔の記』中の「木戸氏と令嬢」。 近デジで読めるぞよ。
430 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/18(水) 18:00:36 ID:S/9hmBpQO
家に 木戸の判子が押してある明治九年丙子三月松菊預夫書 てのがあるんだけど本物かな 本物だったら高い?
431 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/18(水) 18:04:42 ID:S/9hmBpQO
本物なら自分は欲しいけどね。木戸は、いっぱい書を残してるから、 何でも鑑定団で、絶対数が多い人は安くなるって聞いたことがある 今日、本屋に行ったら「幕末明治の肖像写真」ってのがあったから立ち読みした 木戸は二ページだけど、いっぱい写真あるからもっと載せてほしかった コレに載ってた木戸プロマイド欲しいなー。京都で売ってくれないかなー あと歴史読本も明治写真特集だったんだけど、明治中期メインだった。 青木が眼鏡してない写真なのが気になった。こんなにカッコよかったか蛇? 色々と蛇の写真見てるから別人な気がするんだが、確証がないからもやもやしてる この雑誌、見た人いる?
433 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/18(水) 22:59:08 ID:S/9hmBpQO
安いのか ありがとう
結構綺麗な字だな。 内容によっては何かの付加価値付くかも知れんぞ。
>>429 ありがとう!読んでみるよ
さすがにあの年でそれはないかw
でもちょっとだけ信じてしまってたよ
色眼鏡というか贔屓目のなせる技か
久々あがってたからびっくり。 外国でプロポーズの話、前スレでしてた?と思ったが、本の題名見たら 自分じゃないのか、それ出したの....と思った。自分の記憶力がこの頃こわい。 写真2ページ分?!見たいなぁ。新しい本?井関盛艮のやつ? 萩の木戸んちにある彦太郎くんかなんかと写ってる着流しの青い写真、ほすぃ。 この書は楷書だから、本物だったら比較的高いんじゃない? 普通、楷書のが高いよね?一杯字が書いてあるみたいだし。 ただ、印鑑占い師みたいのにつけこまれそうなハンコのような。
>>436 いや多分その記憶が正しい。
自分
>>429 で偉そうに書いたモンだけど、前スレ読んで知った口だから。
その節はありがとう&お株奪ってごめん。
暫定木戸の書、できれば全文見たいな。
漢詩だろうけど、何書いてあるんだろ。
あと「松菊『預』夫」は
>>430 の見間違いか打ち間違いだよな?
もし本当に「預」って書いてたらその時点で偽書決定しちゃうぞw
いや、それは全然かまわん。てか、すまぬ。 自分は、あー、この話前にしてたなぁ....どういう話だったっけなぁ>前スレ見るの面倒だし、 誰か思い出すだろう、と思ってたら、林ただすが出てきてたんで、ん?それ、 もしかして自分か?と思った次第!でも内容は全然覚えてない (T^T) 自分語りすまそ。。。って、最近謝ってばかりいるが。 >435 木戸は童顔(西洋人から見て)で、実際の年齢よりは相当若く見えるから 娘さんに惚れられても全然不思議はない。 使節の中で地位も高いし、人当たりいいし、いろんなとこで好かれてるよ。 大久保と木戸は背も高いし、全体的に好感度高い。山田が軍隊代表なのに小さい ってのが、結構目についているように思う。 アメリカでパーソンていう人を先生にしてて、後に日本に来るんだけど、その人は 息子にKidoって名付けてるしね。木戸は外国人受けがいいと思うよ。
439 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/19(木) 12:47:14 ID:O7JEpARQO
>>439 お、ありがとう。
藤田東湖「正気歌」だな。
木戸って実際どの程度水戸学を支持してたんだろうな。
東湖や正志斎ぐらい当然読んでただろうけど、あくまで水戸学派の
回天のエネルギーを利用したってイメージなんだが。
もし本物だったら、明治も九年になってわざわざ東湖を持ち出してくるなんて
なんだか意味深だな。
しかし楷書って誰が書いてもこんなもんなんだろうか。
整ってるけどなんか「書」ってよりはお習字みたいっていうか、
あんまり巧い字ではない気がする。
441 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/02/19(木) 22:45:48 ID:dqnm7RvP0
なんかきれい過ぎない。本物の木戸の書みたことないけど 大抵達筆すぎて読めないってのが一般的では?
なんで木戸スレには腐女子しかおらんの?
>>436 幕末明治の肖像写真/石黒 敬章(¥2,940) 2009年2月発売・角川学芸出版
天皇・公家、志士・政治家・外交官、軍人、文化人ら、450点余の肖像写真を解説。
本屋で見かけたら立ち読みどうぞ。
>>439 画像見れなかった…
某番組で鑑定の人が言ってたけど、
坂本、西郷、高杉は人気があるから書も高い、そのぶん偽物も多い、
木戸時代の書は多いから安めになる、桂時代は少なくて貴重だから高くなる、
手紙なら、受取人と内容で価値があがるかもだけど、
結局、高い安いは、市場の需要と供給もあるから仕方ない。
気になったのなら、あの番組に応募してみたら?笑
すごいな。東湖のだってわかるのが。 明治9年の3月頃だと、木戸、比較的ヒマだから、楷書でこれくらいの長いもの 書くかもしれないけど、木戸が誰かに写してもらってるってことない?それ預けてんでしょ? 実際書いた人によっちゃ、木戸本人が書いてるより高いかも。野村素軒とか。 9年じゃ野村ってことはないと思うが。最後の方、紙が足らなくなってるのが。。。 家に伝わる来歴みたいのってないの? 水戸は、成破の契約だっけ?木戸はそれ守ってるように思うんだけど。 慶喜を水戸と解釈して。違うのはわかってるから反論せんでいいぞ、だけど。 木戸って人生の最後の方、復古志向になっていくんじゃないかな。 自分が動けなくなることもあって、政府の爆走を止められない、ってこと に対する嘆きがそうさせてるんだと思うが。
俺のじいさんが戦後の混乱期に買ったらしい じいさんに鑑定団に出すように言ったんだがどうだかね
出してくれ 本物ならここの人間が買ってくれるかもww
>>444 409の「同じチームにいて嬉しい人」も前から同じこと考えてて驚いたが、
この発言も妙に嬉しい>慶喜
以下妄想爆発で申し訳ないんだが、元治元年7月禁門の変直前に
それ迄長州の過激さを警戒してた慶喜が、一時期長州の徹底的擁護に
まわる場面があるじゃん。あれ、なんか裏で桂と繋がってないか?と思えんだよね。
長州藩主と慶喜って文久3年8.18後も文通続いてるし、
周囲の水戸藩士らの影響もあるんだろうが、あの時期慶喜は朝廷で、
木戸は唯一長州藩に向けて、全く同じことを説いてる。
これで慶喜は長州への内応を疑われ、木戸は藩内から逃げの小五郎と揶揄されるんだが。
この2人はところどころシンクロする・・・。
>>443 >手紙なら、受取人と内容で価値があがるかもだけど
ほんと書簡もっと見つかってほしい。後世の談話とは比較にならないリアルタイムの当事者たちの声。
木戸の場合、日記や書簡群は色々な意味で最高だ。
前スレで話に出た木戸に珍しく好意的な「高杉晋作と奇兵隊(幕末個性7)」の著者
青山忠正は論文集「明治維新の言語と史料」の中で(2001.3)
竜馬と最も密接な関係を保った木戸の異彩をはなつ往復書簡を比較分析し、
木戸の文体は豊富な漢語の語彙を的確に使いこなし正確かつ論理的、いかにも流麗な筆跡と
あいまって十九世紀半ばの書簡モデルと言えると絶賛。
国家構想の様な抽象概念を駆使する能力は文体に現れるそうだが、木戸のはプラス人間味溢れて面白い。
「混沌とした歴史事象を論理化するものは言語であり、
それを盛る容器が史料である」By青山
だから慶喜が鳥羽伏見の前後で日記を焼いたのが惜しいんだよな〜。
450 :
444 :2009/02/20(金) 13:39:28 ID:fqXJf3NK0
自分の場合、漢文読めないので、英語読みしてるんで、違うと思うから信じなくていいぞ、だが 松菊預夫書は、松菊が夫書(その書)を預く、か、それ松菊が預く書じゃないか?と。 だとしたら、木戸本人が書いてなくても価値はあるんじゃないかな、と。高い安いじゃなくて。 藤田東湖だったら尚更。 >449 いや〜、慶喜なんか持ち出すと罵倒されそうでびびってたんだが、うれしいなぁ。 相変わらず印象論なんだけど、慶喜が将軍で大政奉還ていうのは、 まだ斉昭と斉彬が生きてる頃のシナリオなんじゃないか、と思ってて。 それで、どっと強力勢力が謹慎になって、長州の殿様が江戸城に刺さり込んでくる。 斉昭/阿部と結託してないと難しいんじゃないかな、と思うんだよ。 斉昭/阿部>江川って関係とかもあるし、成破の誓約とか、書生の戯れ言じゃないだろう、と。 明治になってからも、慶喜を外務大臣にしようとか言ってたり、会津戦のとき?その後? 慶喜を官軍の大将にしろとか言ってたように思う。木戸は昭武も気にかけてるし。 いろんな要素があるから、基本的に結果オーライだろうけど、「敵」とは思えない。 自分は池田屋の辺りで吉田稔麿と平岡円四郎が死ぬのが、すごく気になる。 あと、ヒコの奥さんて、輪王寺の家来の娘だし。 っていうカルタの札は、ばらばらなままなんだけど、他と混ぜても忘れないで取ってあるというか。 それはない、と思っても捨てきれない。 慶喜と木戸は、状況が許せばマブだちだと思うんだが。。。。
松菊頑書だったよ 預は見間違いだった…
ああ、それで「預ける」とか言ってたのか。
「夫」は「それ」とは読むけど「その」と読むことはないよ。
「そもそも」ぐらいの意味の副詞で、いわゆるこそあど言葉のような連体詞ではない。
「松菊頑夫」はよく使ってるよね。木戸。
自分
>>437 だけど、「頑夫」が「預夫」になってたとしたら
号からして間違えてるから偽書確定だな、って言ったつもりだったんだ。
伝わりにくくてすまぬ。
おお。そうか。ありがとう! thatのような意味で「夫れ」というな、と思ってた。 「夫の」で「その」って見ない気もしたが、そうは言わないというのも知らなかったし。 そういうのの手引書というか、辞書でおすすめがあったら是非教えてくだされ。 たった100年くらい前の日本語がちゃんと読めないってのは、残念すぎる。
454 :
452 :2009/02/21(土) 23:41:34 ID:Tsf78vSU0
自分は高校で習った記憶とフィーリングを頼りに読んでるかなあ。 あらためて参考書とか見たりはしてない。 だから色々あやしいもんだけど 数こなせばちゃんと読めるようになると信じてるw
最近、伊藤之雄の本を読んでいる この人の幕末史観は京大の先生だけあって資料も豊富だし 公平だから好きだ、なにより分かりやすくていい
関係文書の4は出たのか?とネットで探していたら、なんかの本のリストで、 木戸はローマ字を使用しようとした先駆みたいな意味の論文(かな?)が載ってる本 かなんかの案内(ちゃんと見なかった、すまそ)があったんだけど、これどなたか内容ご存知? ローマ字というか、英語にしようとしてたの森有礼じゃない?木戸は反対派だと 思っていたけど、それじゃない話なんだろうか?
>>456 論文は知らんけど、木戸のローマ字使用云々はこれかな。
「余五年前ボードインと一夕相話す
其時平生西洋の文字を用ひ我国語を綴り文法を構成し後来少幼をして於学校学ばしめば
他日欧米の書を読むにも亦其益不少
且諸課の学問上にも其便利必大ならんことを課す(←「議す」の間違いかな?)
彼以て大に此説を是とり(ママ)然して当時世人信用するもの甚稀少
至今日世上此説を陳するもの不少
世情の変遷又以可思見」
(木戸日記明治6年3月4日条)
明治6年だとちょうど森がローマ字国字論をとなえた時期と重なるから、
「至今日世上此説を陳するもの」の筆頭は森と考えていいんだろうな。
で、木戸は「その説のさきがけは俺なんだぜ」と書いてはいるが、
「今じゃ早まったと思う」的なことはここでは書いてない。
その後も具体的に国語ローマ字表記がいかん、みたいに書いてる日記なり、
書簡、意見書の類に自分は思い当たらないんだが、何かあったっけか。
もっとも、ローマ字表記化にむけて何か運動した形跡もないから、
その後懐疑的になったのかなという気はするが。
一連の急進派批判にそのあたりのことも含まれてるのかね。
ありがとう!日記みたらその引用のあと、英語だと"As one of my countryman would rarely do such a thing, I found it refreshing."になってる。すっかり忘れてたぜ!w かな? 5年前の時点では、木戸の方がボードウィンにsuggestしたと書いてある。 ローマ字というと、やっぱりヘップバーンと思ってしまうけど、木戸はヘップバーンとは そんなに親しくないような。もちろん、全く知らない人ではないだろうけど。 イギリスのサトウ一派は伊藤の方が親しい印象。木戸はアメリカ、ドイツの方が近しい感じ。 ドイツは青木の影響大だろうけど。 木戸と森ってどうなんだろう。あんだけ怒ってるわりには、だからって拒絶もしてないし むしろ親しいように思える。好きではなさそうだけど。 畠山の方が、その後あんまり出てこない。というか、新島に会って、そっちに惚れてしまうような。 新島と会津の山本覚馬の妹は、木戸が間に入っていそうに思うけど。 木戸って、そんだけ怒ったら嫌いにならないのか?と思う人、むしろ好いてるよね。黒田とかw フォローが行き届いてるんじゃないか、と。 自分は、その辺に木戸のリーダーとしての性格をかいま見るんだが。
英語わからんちんだけど、原文では「すっかり忘れてたぜ」じゃなくて 「国じゃすっかり忘れられてるぜ」になってるとオモ。 ちょっと今目がしぱしぱして打込みめんどいから意訳で勘弁な。 森とは個人の意志で交際してるというより、職務上しょうがないからなのでは・・・。 「森無礼の招に至る」(8年7月17日)とかいう表現に 木戸のやるせない憤りを感じるんだがw むかつく奴でも完全に切っちゃうことはできないのが木戸だよね。 自分は彼を目してお母さんだと思っている。
460 :
458 :2009/02/28(土) 15:51:27 ID:aLP1x3x50
すまん。わかったと思うが、one of countrymenね。manじゃなくて。 これ、どういう意味だろ。 日本人は、一度だめになったことを再度持ち出さない、って意味なんだろか? 森の件があって、木戸のまわりでその話が非常にビミョー、って意味だろか? なんか、ボードウィンが元気良くまたその話持ち出した、ってことに感心してるように 思えたけど。 それ、森無礼なんだ!?ぶははは。笑える!英語は普通に有に招かれてるよ。 脚注で、岩倉使節のときにむかついたのに、関係が良くなったようだ、みたいに言ってる。 だめじゃん!その英訳と脚注!! たまらんなぁ、日記にそんなこと書くそのセンス。なのに行ってるその性格。 知れてうれしい。 でも、そういうギャグを言わずにいられん仲にはなってるのかも?
木戸が健康だったら明治11年あたりの陸軍参謀本部条例あたりに 異論だしたのだろうか。 兵部、陸軍省と木戸の関係ってどうなの?
木戸は西郷が参議兼近衛都督と元帥に任命されたことに反対している 文官と武官は分けとくべきというシビリアンコントロールを早くから考えていたから 西郷に対して不信の念を抱くと共に山縣の参議への昇格を快く思わなかったと思う
>>455 それはもしや最近出た山縣有朋?今週買ったけどちゃんと読む時間とれなかった...どこまで読んだ?
ざっと見、前半は木戸との関係も丁寧に取り上げられてるみたいで楽しみ。さすが面白い。すごいね。
ただ心情や性格表現は、根拠が弱いつか矛盾すら感じるとこあるがw
山縣が明治6年10月征韓論政変時に西郷との板ばさみで積極的に木戸側につかず、木戸が怒ったんで
その後陸軍卿でありながら参議就任できなかった、1年半(明治6年10月〜明治8年3月)接触すらほとんど
なくなったとしてるが、これどうなの?山縣と木戸の最も重要なエピソードとして繰り返し出てくる。
日記の印象では6年10月以降も陸軍省内(山縣vs山田含む)問題で頻繁に会ってるし同情もしてるし、
接触無くなったのはむしろ、明治7年3月台湾出兵〜8年3月大阪会議の参議やめてる間って
感じじゃないか?
木戸は中将という軍籍を持つバリ現役軍人が参議を兼任することに大反対で、山縣もよーく知ってて
びびりながらも木戸のいない間に参議就任ってことじゃないのか?やっぱ。
ま、木戸としては山縣もいいけど、明治6年6月の幻の建白書<兵は凶器なり>の山田顕義のが
可愛いんだろな。
台湾出兵時、史上2人目の中将に昇進したばかりの西郷弟が政府の延期決定を振り切って出航した件、
これってまさに絵に描いたような文民統制の無視、軍の暴走だったのな。その視点分かってなかった(恥。
近代日本最初の海外出兵が軍人独断で実行に移され、また追認というのが何とも・・・。
従道に一番怒ったのはやっぱ木戸だとw さらりと明治初中期は一般に思うより文民統制が効いてたと書いてるが、
そうするのにどれだけ木戸が苦労したのかも描いてやってくれw
山縣の長ーい人生の終わりの1920年何故か京都の木戸の墓参りをしたってエピソードがあったけど、
分かりの遅い彼として最晩年原敬を初めとして何か理解できたものがあったんだろかね。ちょいジーンと。
ただ誰だかの言葉で「企業トップは自然その文化を作る」てのがあった。これって誤解を恐れず言うなら、
好むと好まざるとに関わらず国の政治権力者にもいえると思う。大袈裟でなく。
だから木戸らが好きだし凄いと思う一方、山縣はやっぱどーも・・・。
464 :
455 :2009/03/01(日) 00:42:14 ID:GAhND3qp0
あ、やっぱり分かった?w最近ちょっと忙しくてまだ半分くらいしか読んでないよ実は なにげに良作だから売れてほしいよこの本。 山縣は暗いんだけどただ身命をもって国に尽くすみたいな愚直さがなんかね 棒切れには棒切れなりの人生があるって感じで 一人で鯛ちり食う慎重さがいい でも国に対するビジョンとなると木戸にはとうてい及ばないと思う 内政優先させて西郷と対決する木戸の凄みとか(山縣は西郷を気にしてるだけw) そこが政治家と専門家の違いなのかもしれないね 山縣も後半政治家になるわけだけど列強の動向を強く心配していた 国を滅ぼさないよう苦心してたんだろうな、でもやり方が陰険なんだよねw
あ、やっぱり分かった?w最近ちょっと忙しくてまだ半分くらいしか読んでないよ実は なにげに良作だから売れてほしいよこの本。 山縣は暗いんだけどただ身命をもって国に尽くすみたいな愚直さがなんかね 棒切れには棒切れなりの人生があるって感じで 一人で鯛ちり食う慎重さがいい でも国に対するビジョンとなると木戸にはとうてい及ばないと思う 内政優先させて西郷と対決する木戸の凄みとか(山縣は西郷を気にしてるだけw) そこが政治家と専門家の違いなのかもしれないね 山縣も後半政治家になるわけだけど列強の動向を強く心配していた 国を滅ぼさないよう苦心してたんだろうな、でもやり方が陰険なんだよねw
すまんダブルクリックしてしまったw
自分の印象では、木戸と山県>西郷兄に用があるとき、山県が遣いに出される。 台湾出兵のときに、西郷弟が「だめだったら命を賭けて償う」みたいなこと言って ばかたれ!おめーの命なんかいらんわ!ぼけっ!っつーツッコミが好き。 価値観の相違がよくわかる。日記で、再三採算が合わないって言ってるのが、 西郷弟を値踏みしてるようでおかしいやら気の毒やら。 軍部は大村が学校から改革しようとしてたのが、大村暗殺で頓挫して薩摩系になってしまう。 ここが自分としては非常に残念なんだけど。山県と山田が残ったのが奇跡的。 結局、山県は軍人として天才なんじゃないか、と思うんだけど。関ヶ原に出てたら大名にはなった、というか。 山田は薩摩系にささり込むのが、実はすごい政治家かも、と思う。 木戸とはかなり近しいのに、木戸の死後も邪魔にはされてないってのは、山田本人に 相当な実力があるんじゃないか?と。事実上、江藤の後継だし。 どっちもよく知らないんだけど。 なんか、方向性が薩摩系にどっと動くときに、西郷弟でワンクッション置かない? とりあえず、ここで西郷弟、みたいに、いろんなとこで意外な役に就いてるような。 なんで文部卿よ?(明治11年くらい)あそこから歴史編纂が薩摩方向に行ってしまう。 そこまで長州なのもどうかとは思うが、木戸ファンとしては問題ないw 西郷弟って、好い人なのかな、と思ってしまうし、大久保も久光に殺されたのか?とも 思うところなんだけど。
468 :
467 :2009/03/01(日) 05:06:29 ID:wsSi66oZ0
それ新書なんだね!>455と463 ぜひ読んでみまする。ありがとう。 Amazonの紹介に、「陸軍と官僚を支配下において山県閥をつくり、デモクラシーに反対し、 みんなに憎まれて世を去った元老・山県有朋は云々.....」とあった。無謀に極端な紹介じゃないだろうか。 無朋とはいわれてないの?山県は?
「幕末史」半藤一利 というのどうでしょう? ご意見お聞かせくだされ。
無朋ワロタ 今うちのパソ修理中で携帯からでごめん。 一言だけ。 468の真ん中辺の山県と山田、間違えて逆にしてないか?
ここで聞いて良いのか悩むが、 山田が軍人的に天才だって、どの辺からわかるのか? 西南はなんとなくわかるが、戊辰がいまいちわからないんだよな。 わかる方いる?
どんどん長閥スレ化するカオス、まあ良いと思うがw 鳥羽伏見では少数でかなりの多数に勝ってるよ 北越戦争でも策使って勝ってる、五稜郭でも策使って落してる 負けたことないから天才なんじゃないか?
>>470 いや、逆じゃない。そのまんますぎる?
山県って、さだまさしの海は死にますか〜って映画かな?なんかあのくらいの頃の映画だか
ドラマに出てて、ああ、こんなに先の時代でも軍隊の偉い人なんだ、って思ったイメージが強い。
あまりにもバカの感想だが。
山田は、大久保が台頭してくる頃に、なんか一人でその集団に食い込んでて、その後、木戸
死んでしまって、木戸に近い人は、伊藤は除いて、どっと後退すると思うんだけど、山県、山田は残る。
山県は元々木戸とそんなに近しい人に思えないんだけど、山田は木戸にかなり近いから、自分にとって意外。
青木の手紙で、山田が司法やるのは大変だろうなぁ、みたいな話をしてるよね。そこまでは山田って
軍人だから、自分も、大変だろうなぁ、と思うんだけど、結局、憲法は山田でしょ。タッチの差で逃すけど。
自分の評価として、青木は抜群に頭いいと思う。その対局が山県だけど、その青木が案じた仕事をした
っつーのは、実は山田ってすごい人かも、と思うんだよ。特に興味あるわけじゃないんで、よく知らないんだけど。
いつか深く知りたいなぁ、と思っている人。山田も山県も。なので、その本楽しみにしてる。
自分としては有朋より篤蔵の方が興味あるんだけどもね。
半藤一利の幕末史 本屋で山積みだったけれど、幕府がわに偏っているので買ってない。この人の昭和史は持ってるけど、たしかに読みやすい。もう少し新政府の苦労もわかってくれれば良いのに。
パラっと立ち読みしたけど、木戸は日記も面白いし良い人、 っぽいこと書いてあった気がする。>幕末史 全部通しで読んでないからアレだけど、やっぱ幕府側に偏ってるのか…
情報かたじけない。 幕府側のことを主に書いてあるのだね。それは嬉しいかも。 大政奉還前後から、関心事が、長州(が大体、萩と山口と下関に分かれるし)、京都、長崎、 横浜、大坂、江戸、いろんな戦地と、地理的にあっちこっちに飛んで、関係者も入り乱れて 時間の経過もつかみ辛い。 ぱっと見てわかるような感じにまとまっててくれたらいいな、と思ったのだが。 でも、山積みに売ってるってことは、しばらくたつと安く買えそうだから、ちょっと待とう。
さっき仕事中に近デジで面白い本を読んだので、木戸は出てこないんだが、 最近このスレに登場してる人が出てるのでご紹介。 「死生の境」とかいう本で、いろんな人の危機一髪話が出てる。 で、渡辺昇の話があって、豪快だね、この人は。また、この講談調の文章がなんとも たまらん。龍馬と中岡に、あんた国へ帰った方がいいと言われて、その気になるんだけど 酒のんでるうちに楽しくなっちゃって、追ってきた新選組を待ち伏せる話とか、奇兵隊に 囲まれて、おれの首を高杉と桂に届けろと開き直って、間一髪、小男が隊長の御堀を呼びに 行って助かって、後日その話を山県と山田としてたら、その小男はあたしですぜ、と 山田が言うとか、渡辺の魅力(?)満載。 で、それを読んだら、その前の章が佐々木高行なんで、渡辺を前菜に、 これをメインで読んで頂きたい。 思わず頭が下がる思い。
長州閥化していると聞いて薩摩出身の不肖・川路が参りました うんこ投げるぞー
おお!さびしかったぞ。 んで、川路くんは脱糞くんと同一人物? せっかくだから、明治初年における川路と桐野の警察組織に関する相違などを お聞かせ願えないか。桐野がどの程度関心あったのかって知りたい。 てか、川路くんは薩摩閥なの?
長閥は仲悪そうに見えて結構馴れ合ってるよな 伊藤と山県しかり、山県と山田しかり だから閥なんだろうけどそこらへんが気持ち悪い
そりゃ決定的に合わないのは遅かれ早かれ飛び出しちゃうもの。三浦とか前原とかw
あと、状況にもよる。国難に当たっては、大久保と木戸ですら信念を脇に置いて譲歩、協力した訳で。
ところで、これには興味が湧かないかい。
岩倉具視あて書簡、多数が新史料の可能性…広島の美術館
大半は1868年〜83年に、岩倉へあてた報告書などで、送り主は三条実美429通、大久保191通、木戸孝允75通、伊藤博文68通、西郷3通など。
これまで、官軍と幕府軍が激突した戊辰戦争の鳥羽伏見の戦いで、幕府軍の荷物を差し押さえたことなどを記した
西郷の報告書や、貨幣不足で追加鋳造を決めた政府文書などが確認された。
明治新政府の基本方針「五箇条の御誓文」の草稿とみられる文書もあり、確認中という。
同美術館は8月23日から一部を公開し、2011年に調査結果を本にまとめた後、全史料を公開する予定。
(適当に略)
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090309-OYT1T00080.htm 2011年はまだか!
とんく。西郷3通がわろてしもた。 8割新資料はすごいね。まだ一杯あるんだろうなぁ、そういうの。 でも、量が多いほど売るのは躊躇するだろうね。金にならなそうだし、研究が 進むからって、だからどーした、ってとこもあるだろうし。 維新関係は恐らく、比較的、国とか公共の予算取れるジャンルなんじゃないかと思うけど 実際どうなんだろ。歴史系は科学系と比べたら半分くらい? もう、こういう時代だから、いっそ思いっきり公開して、興味ある人のボランティア に任せる方がいいんじゃないかね? 木戸関係の資料がそうなってたら、入会金2~3万でも入るけどなぁ。 学術本が高いのは、採算取れないからせめて権威は。。。みたいなことじゃないのかね。 趣味の一般人のが金出すぞ。きょうびは。 んで、関係文書の4は誰まで行きました?
すまん。なんか長州どころか薩土他藩にまでわたるカオス・・・。時代も拡散してるし。おいおい修正。
473の>そのまんますぎる?ってのはむしろ自分の方だな。
用兵神の如し軍事的天性や司法的先見性ある山田と、薩摩との繋がりを元に出てくる山縣って像。
この二人見てると、木戸お前が頑張らんからだと珍しく八つ当たりしたくなる。
どーも山田って大村と木戸と高杉の混ぜ合わせって感じがしてならない。
あ、木戸がらみに話を戻すなら、そう言えば明治6年12月14日の日記で、
「藤井八十衞廿日過より九州邊へ下る。廣澤を暗殺せしもの探索の為なり。粗思ふところあり」
っていうのがあったけど、この<大体見当ついてる>ってのが渡邊昇のことだったんかね。九州だし。
でも藤井から新情報もらったのが12月6日だから、明治4年8月の断髪時は疑ってなかったのかも。
>>480 馴れ合いっていうのはお互い耳良いことしか言わんで、国事で怒ったり対決
しなきゃならない時にも個人の関係性を優先するってことだよね?
それなら木戸は入ってないなw。やっぱオカンはふつーに怒る怒るw
大久保や山縣のがそういう面あるな。台湾出兵で独断派兵した従道も結局叱れなかったし、
西南戦争で当初の南下策を固持し田原坂等の悲惨な状況にも兵つぎ込み続けるしかない山縣になかなか指摘できない。
一方木戸・山田は別働第二旅団で熊本上陸作戦を推進。山縣はふくれただろうけどそれどこじゃねえ。
>>481 うおぉすげー!こんな大量発見まだあるんだ。湧いた湧いた。寒い中帰ってきて体温上がったよ。thx。
大久保から岩倉のが多いな。このルートだと木戸の悪口も含まれてそうだw
学者さんたちもwktkだな。幸せだろうなー。
>482おまいはなんてクールなんだorz でもその入会金なら乗った!
山県と山田が不仲になり始めの明治三年末には二人を諭したり 山田が清国に飛ばされそうになった時や背衝軍の件だって、 木戸は色々フォローしてたじゃないか。これ以上どう頑張れと… 単に山田の技量が足りないだけな気がする。山県みたいに強固な派閥とか 政略的な意味での人材育成をしてないし。 >480 公の事で私情を交える訳にはいかんだろJK しかも国家を揺るがしかねない重要な時期なら、嫌いな奴でも手を組まざるを得ない。
>>481 地元民だがローカル紙は伊藤・西郷の…って見出しで
木戸や大久保のほうが多いじゃねーか!!って吹いちゃったよw
これ、ここ以外のスレでは話題じゃないみたい? 多数決で木戸の75通から公開>出版決定だろ。需要に応えなきゃだめだ。 伊藤はまぁ、しょうがないけど、西郷の3通は多分、今日約束したけど行けません、 とかそんなんだろ?見出しになっちゃうのがすごいね。 でも、その分だと、龍馬、福沢からはない、と見ていいな?w とりあえず、需要的にも高いと思うので、三条の明治6年から出版きぼんで妥協だ。
>>485 >>481 の中見出しでも、木戸や伊藤の方が多いのに何故3通の西郷……これが知名度の壁か!と思ったよw
「五箇条の御誓文」の草稿らしきものが気になるなぁ。あの面子だと、木戸が一番関わってそうなだけに。
488 :
483 :2009/03/12(木) 07:03:48 ID:lH2br72G0
>>484 不用意に書いちゃったな...言葉足らずでごめん。
本気で木戸の力不足と思ってるわけじゃないよ。むしろ山田じゃ無理だから、怪我や病気で引退しかけてる
木戸しか頼る人がないと、ひねた愛情表現。だから<八つ当たり>の自覚あり。
歴史を見るとき無意識に、微かなものでも先の悲劇に抗する選択肢・可能性に目が行くとこあるのかな。
なにせ「世界は地獄を見た(by映像の世紀)」もんで許してくれw。年取ってもあんま変らないもんだなw。
2.26事件をモチーフにした宮部みゆき「蒲生邸事件」だったか、現代人がタイムトラベルに巻き込まれて、
トラベルの先輩から「過去に行って歴史を変えたらどうなるかという質問にだけははっきり答えられる。
過去をいくら変更しても歴史の大きな流れは変えられない」って答えるくだりがあった(うろ覚え)。
誰を暗殺してもどんなifでも変らない。こういう姿勢で歴史を眺めなあかんと思ってる。
それは逆に歴史と対極にある現在将来への各個人の効力感も示唆してるんだろうが。
つまらん話でごめん。
で、木戸が好きなのはそんなのと関係ないw
一、南奇兵隊の陣営に乱暴したるも国外に出でざるものは死一等を免じ流罪。 二、南奇兵隊の陣営に乱暴せし者に非るも国外に附随して乱暴せし者も亦同前。 三、南奇兵隊の陣営に乱暴しさらに国外に出で乱暴したるものは斬る。 これ恐ろしくないか?木戸に対する見方変わったよ… 第二奇兵隊扱ってるHPで見かけたんだが これを裁可できるなら大久保と大して変わらんと思った もし写真撮れるなら撮って幕府に振りまいてもおかしくない 裁判官が木戸の後に庇いまくる槙村だし
倉敷浅尾騒動か。 あれはまず時期が最悪。 交渉役が命を賭してギリギリまで時間を稼ぎ、長州が藩を挙げて戦備を整えてた時だ。余りにも情勢が読めて無かった。 成功しても主戦線には全くと言っていいほど影響が無いし、最悪これを口実に幕府が宣戦を前倒しする危険性すらあった。 他に暴走しそうな連中を牽制する為にも、当然苛烈な処置が必要。 しかも事件を起こしたのは第2奇兵隊から脱走した連中だから、軍紀の面でも処断以外に選択肢はないし、 そうなると自然、回復すべき名誉も無い。 天誅組とは根本的な問題が違うし、七卿の沢宣嘉が参加した生野の変とも違う。 むしろ、ここで変な温情示してたら、政治家としても軍指揮官としても失格だろう。 戦争が目前だからこそ、軍令違反、軍紀の乱れは絶対に許されない。 悲劇性を認めるとすれば、恐惰の上での脱走ではなかった点だろうか。
怖いかな?当然という気がする。大久保の江藤も、歳月の描き方はコワいけど そうだろうな、と思うしなぁ。写真持って歩いてたっつーのはコワいけど。 基本的にこの時代はいろんなことがありすぎて、この事件なり、粛清される奇兵隊その他 に注目して考えたことがないんで、この事件があてはまるかどうかは知らないが、 兵隊が脱走するとか、本隊と別行動を取ろうっていうのはとんでもない罪悪。 断罪以外にない。クーデターにならない保証もないし、一揆とか蜂起とは違う。 軍隊には指示系統の徹底しかない。上官が死ねといえば死ぬ。 あの山の頂上に上れといわれたら、死んでも上る。だから上官からはぐれれば投降する。 上官が正しいとか正しくないとか、そんな考え自体が存在しない、それが兵隊だよ。 基本的には武士もこれだろう。武士はそういう教育を受けているけど、武士層でない 所謂諸隊にいる兵隊はその教育を受けてない。 その辺に高杉の矛盾みたいのがあるんじゃないかね。現実としては、下層民のリクルート しかないし、自分の周りの武士でない人間を使いたいってこともあるだろうし、 大村はそれを使える応用力があるわけだけど、綱渡りみたいな状態じゃないか? 統率し切れる数じゃなくなった時点で、内規としては強硬になる以外にないだろ。 なんか、自分は、「悲劇」とか言われるととりあえず引くんだよな。 失礼だろ、そういう見方、と思ってしまう。慶喜も腰抜けとか言われてるから 安心して、そうじゃない見方で考えられるんだけど、悲劇の最後の将軍、 みたいな切り口で語られた日にゃ、反射的にカンベンしてくれ!だよ。
南奇兵隊の陣営に乱暴したる、というのは脱隊した時のこと? だったら重点は倉敷代官所を襲ったことになってないんだが…… 名目上は政治的に幕府を挑発したことよりも脱隊を罰したのか >南奇兵隊の陣営に乱暴せし者に非るも国外に附随して乱暴せし者 こんなやついるかよ、何しに付いてってたんだww というかどうやって乱暴したかどうか分かるんだ?
おそらくだが、前者の”乱暴”は脱走時の上官(だっけ?)殺しについて、 後者の”乱暴”は倉敷での代官所襲撃についての事だと思う。 前者の上官殺しについて直接関与せず、でも倉敷まで付いてった連中が >南奇兵隊の陣営に乱暴せし者に非るも国外に附随して乱暴せし者 に該当するんじゃないか? 当初は、武器を供与するとか言われて付いてった連中も居るようだし。
>>493 解説さんくす、だったら妥当かもしれない。
上官殺しと代官所襲撃ならどっちも死罪と思った。
ただあの時期、誰が何をしたのかの判断は難しいだろうし、
結果的には全員殺してるよな、逃げ帰ってきた人間を。
木戸も情況が迫ればいくらでも人を殺せるということか
イメージ修正しとく
山県の本が届いた。読み出したとこだけど、やさしく書かれているね。易しい+優しいので嬉しい。 こういう本て、読んでるうちに腹立ってきたり、え、その視点?ゲロリ...だったり する場合があって、立ち読み出来ないものには辛いんだけど、折角入手した本だからと 最後まで読んでorzってことが結構ある。戊辰戦争とか、奇兵隊とか、あぶないのだな、 ということがわかってから避けてたら、なんだかわかんなくなってしまっていて、再びorz 山田と山県って仲悪いんだ?単に、お互いに接点もあんまりない(両方軍人だけど)し、 性格的に友達じゃないだろうとは思ってたけど、仲悪いというか、気まずいような関係とは 思ってなかった。 あと、兵部省が崩壊寸前だった、みたいのも驚いた。大村のときに、こんなに管轄広いのかよ?! ってたけど、結局、大村死んで、そういうプロジェクトも後継者いなかったのかね。 学校とか、印刷とか、ほかの省に行ってしまうのは、そっちがほしがったのかと思ってたけど 兵部省じゃ管轄し切れなかったってことかね。というか、木戸が兵部省に興味失ったのか? 話違うが、夫スレwに岩倉文書持っていったの誰よ?ウケた。
山田本には大抵仲悪いように書かれて 山県本には大抵山田が無視されるとかそんなものと思っていたんだが 山県本にもなんか書かれたのかww 木戸は兵部省に興味なさそう、大村にしか興味なさそうww
久米の岩倉旅行実記(正式タイトル忘れた)の英語版が出る! ちょっと前にえらい高いのが出ていたのだが、今回は抄訳版(568ページとか) で30ドル足らず。抄訳なのが残念だが、完全版の値段が高すぎるので、これで よしとしよう。 これで、久米版、現代語版と比較できて面白そう。現代語版を買う予定はないが。 と、木戸の話から遠ざかるのがこの頃の流れか?すまぬ。 って、久米の話をしてしまった!と思って思わずあやまったが、 木戸、岩倉使節の一人だったわw
>497 実際いろんな話に繋げられるから木戸はタチ悪いんだよねw でも、やっぱ人それぞれなんだなぁ。 慶応2年の脱走兵による暴動への厳罰対処・軍紀一新なんて、むしろ自分にとって木戸好きの一因だったりするもんな。 明治2年の諸隊反乱ならまだしも、そこでつっこむ人もいるんだからな・・・。 戦争開始の判断を政事堂が握れなくてどーする。いやいや彼らなりの理由があって、という温情姿勢を 暴走する軍に示すことでどれだけ後日悪影響が出るか。後世の我々はもう様々なケースで経験済みだわな。 西郷も四境戦争の最初から最後までその一貫した指導力・軍紀に感嘆。 強い文官(まぁその頃はこんな概念なかったろうが)かぁ。凄いよほんと。 そういえば木戸もどこかで「改革改革でつっぱしってきたが、自分も後世に対し 悪影響を及ぼしたこともあるんだろう」的記述あったよね。 本人は急激な近代化による伝統文化喪失とかその辺で叩かれると覚悟してたようだが。 あんまりそこは言われてないようだw もっと目立つ奴らがいるしな。
ああいう公式な行動(反乱者の鎮圧とか)は個人的な感情でやってるわけじゃないから それだけでつっこまれた場合は、うん、ごめん、とか言っておけばいいんじゃないか?>498 大楽が殺されたとき、やることが早すぎる、とかつぶやいてるよね。伊藤(だっけ?)が 言うように、残酷なことはごく嫌いな人だったと思うな。赤子拾ったり、おぼれた子供助けたり、 身寄りのなくなってしまったじーさんばーさんとかに対する情けのかけ方とか、むしろ そんなことをしてる場合か....と思う。 大久保だって、決して残忍な人なわけではないと思うし。 やっぱ、正規軍をナメんなよ、ってことは大声で言う以外のチョイスがないだろ。 江藤も、井上だの槙村だのに手出さなきゃ、木戸に助けてもらえたんじゃないかね。 どう見ても、方向性として江藤が木戸と違うとは思えない。木戸はかなり江藤を買ってたと思う。 だからあれだけ出世もしたわけだし。江藤って、そんな焦らんでいいだろ、と思う。 もっと普通に木戸と提携してほしかったというか、箕作の独り占めはやめてよ、と。 別に出世したかったわけでもないみたいなのに、なんかに魅入られてたんだろうかね。 木戸って、ほんとに政治家やりたかったのかな?とも思う。 面倒見が良くて腕力あって、妙に優しいからあてにされがちだってことで政治というか 周旋家になっちゃってるけど、明治になってから、なにかっつーと、圧倒的に反対される 案の提案者で、だからやたら愚痴るわけだけど、政治家としては根回し出来てないんじゃん とかも思う。ほんとは新聞屋とか学校とかやりたかったんじゃないのかね。 だから自分はなんか、福沢がにくい。
江藤の助命嘆願や助命工作はしてたような気がする。 でも、大久保は無視してさくっと殺ってる。 この点に関しては木戸よりも佐賀に出張してる木戸系長州人達頑張れと言いたい。 …無理だろうけど。むしろ確実に無理だけど。 根回し出来てないのは病気でままならない行動やや子飼いの伊藤の裏切りでしょ。 根回しが出来てないというより対外的な問題じゃないかな。
木戸系長州人達って山田? 山田以外に誰が行ったが分からんのだが、江藤は長州閥自体潰そうとしてるから 普通の長州人に好感持たれるのはかなり厳しいんじゃないか? そう言えば木戸は猟官行為を一回もしたことないよな幕末も明治も ただ政治はやはりあってたと思うよ 文久2、3年、四境前は本当にすごいとしか言いようがない てか、四境は木戸が帰らなかったら高杉逃亡中で大村も軍改革出来ないし どうやって戦うって言うんだ…、支藩もあんな状態だし
502 :
500 :2009/03/24(火) 11:53:17 ID:JhP373S7O
佐賀出張した長州人は山田の他に鳥尾他数名くらいいたような気がする。 出張長州人が何をしたとか木戸が指示したとかいう話はほぼ皆無だよね 専ら東京の木戸の横槍VS出張中の大久保だし。
引き留めたり嘆願ぐらいはするが 裏工作をするほど江藤を助けなかったということですねww 「司法卿江藤新平」という本ではかなり酷い言われようでしたw
言葉が足りなくてすまん。木戸が「佐賀出張中の長州人」に対してね。 木戸は江藤の助命工作をしてたよ。大久保にもきつく釘をさしてた …ってのが「実録・佐賀の乱」に書かれてた >503 酷い言われようKWSK 悪く言われるのは前原関連だけだと思ってたのに江藤関連にまで… 木戸カワイソス(´・ω・`)
>>504 >>503 じゃないけど、あの本は小野組転籍拒否事件の話で、
特に木戸が悪く書かれてた記憶はないんだけどなあ。
確かに敵方ボスなのだが、策士として描かれてたあたりが悪く書かれてた
ということなのか?まあ確かに最後で大久保に逆転されるのだがw
むしろ、江藤が空気だったのだが不満だったな
江藤のとこは、自分は木戸の立場がよくわからない。主義というか思想というか そういう言葉はないわけだけど、そういう点では、江藤と反する方がおかしい。 岩倉部隊留守時期の残留組天国状態は、江藤にかなり期待してるんじゃないか と自分はみているんだよね。だから、辛い目に遭うであろうに、佐々木を連れて っちゃってんじゃないのか、と。だから、井上アゲちゃうのが、江藤も恩知らずだなぁ、 とも思うんだけど。大隈だって井上に近いのに、この辺、江藤ってどういう人なのか よくわからない。 自分語りしてしまうが、木戸は畠山を佐賀に送ろうとしてたみたいなんだよね。 送ってないみたいなんだけど。あと、長が九州にいるんだよ。学制の視察で。 長は江藤と親しいから、連絡取ってないのかな、と思うんだけど。 木戸と長が連絡取ってないわけないし、江藤と長が連絡取ってる可能性は高いと 思うんだけど、資料がない。まぁ、旅行してるような人と連絡取れる時代じゃないけど。 なんか、もうひとひねりあるように思うけど、結局、大久保に任せるのが妥協策だったのかな と思うしかないような。
佐賀の乱が実際起こってから、鎮圧や江藤捕縛までは力尽くした木戸にとって、 衝撃だったのはやはりその裁判の内容だと思う。 これは結構シャレにならん傷を内心後々まで残したっぽい。 自分が内務卿として組してる政府が行った、当初から刑の決まってる 答弁や上訴もない<暗黒裁判>。しかも即日梟首。 乱勃発の2ヶ月前、手探りで法律を作り出そうとしてる中の木戸日記。 「余はひそかに思う。余はたとい暴客乱徒の手に死するとも、後世人民のため その(薩長土政府の)罪を糾正し、もって天下の人民に慕法思法の心を生ぜしめ、 法は結局人民を保護するとの基礎を確立せんと欲す」 そんな木戸が、その後徐々に情報がもたらされる中で何を考えたか。疑ったか。 その傷が死の間際の大久保への最後の言葉「西南戦争はきちんと裁判をして決着させてくれ」 になったと思う。 法が政府に対し人民を保護してるという感覚は、実はとても幸福なことだと思う。 木戸は本人の思惑・安寧に反し申し訳ないがw、政治あってるよ。 >なにかっつーと圧倒的に反対される案 でありながら、結局ほとんど実現してくしね。根回しも上手い。 でも廃藩と洋行を実現した明治6年秋後から病気もありマジ引退したがってる。 んで後事を託す者として、伊藤と大久保を政界に復帰させ、意識的に権力移管 してったのは木戸本人じゃね? だからこそ自分の思いと離れてく彼らに激しく苛立ち、時に絶望が深いのかと。 で、不本意ながらやっぱ認めてもいるw
>余はひそかに思う。余はたとい暴客乱徒の手に死するとも...... 感動した!(T^T) 山背大兄かと思った。 森無礼も残念だったけど、これも英語だとなんのひっかかりもなく読んでしまって、 気付いてなかった。激しく残念。 そこは決定的に江藤と違うかもしんない。江藤、よく知らないけど、フランスの法律 がんがん訳してるよね。危ないな、と思ってしまう。司法卿だけに、余計そう思う。 部下への影響とか、実際訳してる人への影響とか考えても、こわいよ。そんなに急ぐな、と。 木戸は法の精神とか読んでるじゃん。江藤も読んだかも知れんけど。 これ、いまでも日本は法が裁くために使われると思うんだよ。法は武器じゃないんだよな。 justifyする道具、手段でしかなくて、どっちかっつーと、人間の権利保証のために使うもの。 アメリカなんか、そっちが強すぎる部分もあるんだけど、木戸はそこがわかってたか。いいなぁ。 やっぱ木戸が書いた文を読みたいよなぁ。売ってないからなぁ。。。orz
>>504 同じく503じゃないが、木戸は江藤が死んだのを待っていたかのように
槙村を牢から出し役職復帰させたと書いてあったような……
三条か岩倉に無理やり納得させるだけの権力乱用っぽい感じで
江藤は本気で長閥潰すために井上追い出したのだろうか?
単純に汚職してるからだと思ってたんだが
(歳月と上の本しか読んだことない知識で)
>508 図書館を活用するんだ!木戸日記とかあるし。 そう言えば、司法系の人間は理屈っぽいという話を聞いた事がある。 よく言えば道理が通って時として急進的、悪く言えば融通が利かない 江藤はそんなタイプだと思う。佐々木や山田も司法型人間の典型的な偏見。
司法は理屈っぽい人がやっちゃいかんな。 裁判官というものは、限りなく透明に近くないと。だから目隠ししてるだろ、法の女神(?) みたいな像は。弁護士は理屈っぽくない人がやると、相当苦痛な仕事だと思うが。 でも、大久保はなんで東京に連れて来ないで、即刻殺したかね? 薩摩をはじめ、不平士族のことがあるから、政府への謀反はこういうことになる! ってメッセージなんだろうけど、桐野なんか、そんなことで行動変えたりしまいよ。 薩摩帰った時点で、新政府を認めてないと思うんだけど。逆効果じゃないのかね? 西郷には大久保の気持ちは通じてるんだろうけど、どうなんだろう。 しかし、江藤、こわくてぐぐれないよ。画像は検索せんでええ、ちゅの。
大久保による江藤の処刑は見せしめの意味と江藤自身が藩閥を揺るがすような人物だから 消そうとしたと思う。江藤を追い出さないと木戸子飼いの山田を入れられないし。 でも、木戸は江藤の助命嘆願や工作してるんだよね。 歴史にifは禁句だけど、あの形で処刑されなかったら実際はどうなってたのかね… って、江藤スレっぽくなってすまん。木戸の話題よろ↓
>510
508ではないがこの世には図書館に行っても木戸日記がないエリアも存在するんだよw ね?海外のあおさん。
>511
そうそう透明。正義ともいう。そっかあの女神目隠ししてたね。ヴェール繋がりも連想。
このスレで
>>134 書いた時省略したんだけど。
正義っつーのは一つの理解として「無知のヴェール」をかぶせられ、現在の自分の国籍・性別・財産・
職業・年齢・学歴・個人固有の嗜好や事情など一切分からなくされた状態で、何者か分からない自分に
不利益にならないように選択される原理のこと。そしたらつい弱者だった時のリスクを考えるし、
かつ強者だった時のことも考えて過激に走らない。
だからその原則に則った制度は社会安定に役立つ。相対的だしね。
でも木戸の正義って妙な優しさと関係あるかも知れん。
>508
分かってくれたか!地味だけど自分もけっこうここ感動したんだよ。
現代日本もせっかく民主化してもこの辺理解が浅い。アメリカはまたトップクラスだけどw。
以前、中国の人が今まで残念ながら法は支配層の都合で出来てて、庶民の器量とはそれをいかに
くぐりぬけるかって感じ、俺らの世代はルソーやモンテスキューに新鮮に感動してるって言ってた。
かたじけない>513 自分の木戸日記は英語なので、木戸の書いたそのままの文に触れられないという恨みがあるのだ>510 この山背大兄のようなことばは何日のとこ?もしかすると、これから江藤に起きるであろうことを 前提にして、暗に江藤に言ってるかも?そうだとしたら、ある意味、江藤は殉教者だな。 そこまでの間に、殉教者一杯いるけどね。累々と並ぶ屍の上になんとか国家を築こうとしてる時代 だから、間違いも行き過ぎもあるんだよ。。。自分がそこに並ぶ覚悟もしながら、また1つ 屍が増えるのは、そのたびに辛かったと思うよ。でまた、辛いとも言えないことも一杯あるだろ。 愚痴っぽい木戸であっても。泣ける。 で、話とんですまんが、講談社学術文庫の「明六社」に結成当時の森の手紙が載ってた。9/18鮫島宛 「.....岩倉等帰国以還模様頗ルをもしろく相成、政府官員も勉強之姿ナリ、木参(木戸参議)は 落車之怪我より病危篤ニ相成今数カ月間は出務之勢なし、大久(保)参議転任、副島参議外務 事務総裁......」 木戸が馬車から落ちるのは8/31で、9/16に今度は人力車で頭ぶつけて、半身不随になる。 そんで、なんと9/18に木戸んちに来てる。その日にこの手紙を書いている森無礼! 「....出務之勢なし」の後、wって付けてたら、てめ殺すぞ(死んでるが)、と思ったが 何をすこぶる面白がってんだ、おまいはw (-_-#) つくづく、それぞれの明治維新だ。
木戸の半身付随はとりあえず直るのか? 六年以後半身不随ならすこぶる大変というか 大久保と権力争い以前に出仕さえ無理じゃん、と思うんだが 仮病じゃないだろう岩倉さんw
すまん。半身(身体の半分)じゃなくて、左足だけらしい>不随 1/4不随をなんというのか思いつかなかった(すこぶるばか)。 どうしてそんな状態で日記が書けるのだろう。口述筆記部分もあるんだろか。
>>513 >>514 自分も「これはあおさんかな」とは思って読んでたんだが
木戸関係以外のことで、「スレ閲覧者の基礎知識」みたいなものを
古参者が作ってしまう雰囲気はないほうがいいと思うんだ
(木戸関係でも実際要らないと思うけど)。
もちろんお二方がそんなつもりじゃないのはわかってるつもりだけど。
ただ、新参者(
>>510 がそうなのかどうか知らないけど)がわからない暗黙のLRみたいのができちゃって、
そのためにその人たちの足が遠のいたら、
ロムってる側としても得られる木戸情報が減って損するかなー・・・とか・・・
なんかそういう老婆心を働かせてみた。
これこそスレチだよな、ごめん。
2chだから、自分ガタリ氏ね、なのは承知ながら、あえて失礼(とばしてくれ) 難しいところだよね。 うーん、その話題、テレビ見られない!とか、日本の本の図書館ない(TΘT) とかで orzのときに、思いやって頂いたりすると大変ありがたい。でも、自分がいちいち言うのも イヤミだし、わかる人だけわかってくれ、みたいに書いてしまうと、最近見るように なった人には、気持ち悪かったりするんだよね。 でも、正月につい挨拶しちゃうような馴染み感も捨て難いんだよなぁ。ここ。 他の人も半コテハンありにしてもらったらよいのだが。。。とも思ったりする。 オフ会しませんか?な2chにあるまじき好意を持ってしまうんだよ。 もっとその話を続けてくれ!とかいつも思うし、レスが階層式というか、江藤の件とか、 大政奉還とか、岩倉使節とか、話題別になってたらいいのにとか思っちゃうものなぁ。 でも、2chでないとこだと、出来ない論議なのかもなぁ、とも思ったり。 でも、最近見るようになった人にとって感じ悪くなってたら、それは恐らく513氏にも 青トカゲにも、すこぶる不本意なことだと思うので、もうしわけない。 もっと皆でどんどん木戸のいろんな話をしよう!というのが、513氏と青トカゲの希望であります。 >と勝手に513を巻き込んだ。すまぬ。 ということで、以下、木戸の話よろぴこ↓
同じく海外在住者で木戸日記購入したよw 関係文書も欲しいんだがいつ出るんだあの四巻目は
520 :
あお :2009/03/28(土) 06:37:17 ID:DL6V3NoD0
遅いよな。激しく期待してんだよ。4巻目は。誰までなのか知りたい。 3で「く」とかだろ?4で「は」くらいまで行かないと5で終わらないだろ。 木戸日記、英語版?3巻とも買ったの?売ってた?1売るぞ(2つある。そういう 買い方でないと揃わなかった)
521 :
513 :2009/03/28(土) 09:34:10 ID:MWQXyQo+0
>>517 おまいみたいな奴、好きだなー。2chの心得的にスルーのつもりだったんだが、
木戸日記英語版読んでる海外からの書き込みが自分が面白かったので、知らせた方が親切か?と考えた。
何か古参の自分ばっかり得してるような気がして。
ただこれ説明すんの野暮だとも思ってたんで、何か照れがある中途半端な嫌な文章に...orz
・・・それに白状すると、510読んだ後511のあおさん自身(だよね?)がやはり触れてなかったんで、
逆につい分かってる奴もいるぞと伝えたい誘惑に負けたのもある。すまん。
とりあえず518の全文字(←)同意なのでこれからも宜しくw
関係文書4については海外組と平等だよ(泣
次は小松帯刀や品川や杉孫あたりは入るだろうけど、何かどんどんずれてく気が。ちゃんと終わるのかな・・・。
522 :
510 :2009/03/28(土) 16:36:36 ID:Xl4Ls+5A0
>513 木戸関連っててっきり結構あるのだと勘違いしてた。(日記とか文書とか) ごめん。
523 :
517 :2009/03/28(土) 21:41:13 ID:9WaOgWmy0
>>518 ,
>>521 すまん昨日酔っ払って・・・
誰かみたいに廊下で眠りこけてたら平和だったのに、うっかりこのスレ開いて
偉そうなこと書いたorz ごめん。
ほかのスレなら確実に自治厨房氏ねって言われてるよな。
なんて優しいんだここの住人は。
関係文書3は久坂やら来島の爺様やら、松子さん、ハルさんもいて
盛り沢山で楽しかった覚えがあるけど、4はどんな感じになるかね。
サ行くるだろってことでふと思ったんだけど、
サトウから手紙貰うようなことはなかったんだろか。
関係文書四巻、T大出版会の二月の新刊案内に載っているが、それには 後藤、小松、西郷兄弟、三条、品川、渋沢、周布、副島、高杉 の名前が挙がってるよ。 とりあえず「た」までいくのは確実だが、最後が誰かはわからないな…… 役に立たなくてすまん。 そもそも一巻で青木だの伊藤だの井上だのが物凄いページを占めてて ほとんど進まなかったのがいけないんだよw 岩倉が二巻とか、ありえないって。
関係文書1巻は読んでて楽しかったから、買いだなwと思ったが、まだ手が出ない自分… つーか、岩倉&大久保まで1巻に収まったら買いやすいんだけどねー って、3巻の来原夫婦の手紙も楽しいからいいんだけどねー そりゃ全部ほしいけど、自分が読み取る能力あるか不安だから買うの躊躇してしまう 3巻の義理の息子からの手紙、子供が書いた漢字なしな手紙から いきなり読むの大変なような漢字メインの文体に変わったのか気になる あんなに急に成長するもんなのか?
>>520 519だが木戸日記は帰ってる間に日本語のを買ったよ
英語と印象がかなり違う、というか英語は短絡過ぎ直情過ぎ
日本語のが読解に時間かかるけど感動する、と思う
四巻目に高杉と周布が来るのかー
やばい激しく楽しみ幕末好きなんだ!渋沢との手紙も気になる…
おお。高杉まで行くってことは杉孫(杉孫七郎)は入るな?「ち」までいけ! てか、津田(真道はあるだろ。仙、出はないか?)まで行け!って、それじゃ5じゃ終わらんてのw 杉孫は、どう考えても、この人と木戸の書簡だけで3巻くらい平気で本になるぞ。 抜粋しないでみんな載せてくれ。てか、別に出版してくれ。国会図書館の杉孫文書。 品川んとこに、青木と連名のが再載されてたら許せんけどなぁ。 2月発刊予定なのに、もう4月になるじゃん。。。。 サトウは木戸とそれほど親しくないよね。伊藤のが親しい。でも、有名だからあるかも? 木戸はイギリス人よりドイツ人(青木のせいだね)とかアメリカ人のが親しい印象だな。自分は。 そうなんだよ。英語のは、木戸自身の文はわからないんだよ!それがくやしい。 森無礼になってるのがわかんないし!!でも内容を手早く掴むには便利。 江戸明治初期の日本語だと、ざっと見て何が書いてあるかなんかわからんよ、自分は。 じっくり見たって半分くらい解釈が間違ってるだろうしorz でも、ここで見ていて思ったが、法律のこととか、政治と軍事は別にする云々のとことか デスポティックのこととか、英語だと、木戸の考えが当時の日本人としては異質ということに 注意してないと気付かないんだよね。普通というか、立ち止まらないで読んでしまうんだよね。 どっからこういう考えになってるんだろう、というのがすごい興味あるよ。政府にはいないんじゃないか? 間違いなく、一つのソースは青木だと思う。井上、伊藤はわかってるかもだけど、大久保は木戸より遅い と思う。洋行の多さで西郷弟だったら、すこぶるたまげるがw
四巻、鳥尾は入るかな…でもここで入らなかったら本当に終わらないよな。 パーソンさんはどうだろう? 高杉は晋作も気になるが小忠太も気になる。 梅之助くんのこととか何か書いてないかな。 確か木戸が世話していることがあるよね? 最近の関係文書の話題を読んでいたら五巻まで気になってきたよ。 三浦とか山田とか松陰とか吉富さんとかは絶対五巻だよね。無事に収まっていればw >どっからこういう考えになってるんだろう、というのがすごい興味あるよ。 激しく同意。どうしてこの時代にあそこまで考えられるのか。 タイムマシンでも持ってたんじゃないかと疑いたくなるw 青木からの情報は絶対だよね。あとは新島とか福沢あたりかなあ。 西郷弟は少なくとも政治と軍事の問題に関しては無いだろw 台湾に勝手に乗り込んじゃったわけだし。
「西郷の命なんか要らねーよバーカ!」の西郷弟に ブレーン依頼してたらある意味すごいなw 思いっきり話逸れてごめんなんだけどさ、霊山の電子紙芝居に 新しく土方歳三バージョンが登場したらしいんだが 機関誌の紹介で見るかぎり、土方の顔が桂の顔(同じく電子紙芝居の)と あんまり変わらないんだがw 一瞬桂が寝返ったのかと思ったwww
土方と小五郎って、どっちもいい男で特徴が掴みづらいよね。 大久保とか西郷と混ぜないと、絵だけではわかんないような。 大久保と西郷は特徴つかみやすい。ヒゲ生やした後の大久保だけど。 マンガのシールかなんかの大久保と西郷がえらいカワイイ。 霊山にある土方の辞世の句(?)みたいのが、松陰の辞世の句にそっくりでたまげたけど あれって、ホントに土方の句なの? あそこって新選組博物館ぽくない?銅像とかあるし。 100年以上たってるこっちは別にいいが、山に祀られてる人たちはそれでいいんだろか。 経営別だからいいの? あの石板みたいの売る方としては、あそこに新選組の墓もほしいだろうなぁ、と思う。 てか、あのインド人(か?)も、どういう関係者なのか。 木戸の墓は行きたいけど、なんか、引くよ。あの一帯。
伝わってる土方の辞世は2種類あって、微妙に語句が違う。 一方は別に松陰先生のと似てないから、そっちがオリジナルなんじゃないかね。 新選組副長が松陰の歌パクるってのも変な話だし、 それ以前にまだ『留魂録』が出回ってない頃のはずだから。 似てるほうの歌は、後世の人間が松陰のとごっちゃにしちゃって なんか変なことになってるんじゃないかと思う。 霊山歴史館は最近新選組関係の展示品やたら増えたね。 まあある程度仕方ないんじゃないかと思うよ。多いけどねほんとw インド人はパール判事だろ。 霊山は「霊山護国神社」なんだから、太平洋戦争関係のお墓や石碑が あっても一向におかしくない。起源はもちろん維新関係だけど 護国神社として国の管理下に入った時点でプチ靖国の扱いなわけで、 まあパールの碑があったっていいわけだ (パールの証言真意云々とかいう問題は別にしてな)。 自分は別にあれらを見ても引かない。 慰霊施設なんだから、亡くなった人たちのためのものであって、 歴ヲタが満足するための観光施設じゃないと思う。
失礼。 ×パールの証言真意云々 ○パール証言の真意云々
そもそも辞世の句は後世の人間が当時の人の心情を想像して書いたものがほとんど で、松蔭のも本人作じゃないんじゃなかったっけ?
いや松陰の「身はたとひ〜」は留魂録の冒頭に乗ってるから本人作だよ。 ただ留魂録が木戸たち松陰門下や関係者の手に渡るのに時間がかかったから 処刑されてすぐの頃は知られていなかった、ていうんじゃなかった? 霊山歴史館は新選組も多いが龍馬関係も多いよな…… 龍馬の場合は墓があそこの神社にあるから、というのもあるだろうが 長州はあれだけ志士が眠っていても「その他A」って感じがする。 木戸の墓は人少ないしなあ。まあそのほうが静かで良いが。
>>533 松陰の辞世は、最後が大和魂ではなく大和言の葉というバージョンもある。
これは同獄の囚人が後に伝えたもので、留魂録に載ってるのが人口に膾炙してるやつ。
どちらにせよ、松陰の自作である点は疑う余地なしでは。
536 :
あお :2009/04/03(金) 04:29:18 ID:0x/dGJa20
うちのプロバイダー、アクセス規制にあっているらしい。(ToT) 数少ない楽しみを奪わんでくれ。。。会社からだと、落ち着いて書けないじゃないか。 (といって書くが) 話戻してすまんが、木戸の片足不随、青木が心配して対策を講じてるとこで、 動物性油脂による肥満は良くない、という主旨のことを言ってて、その斬新さに 驚いた。さすが医者だ。長与によくよく言っといたようで、心配してたんだろうね。 青木、心配のあまり帰って来るよね?このときじゃないっけ? この頃はまだ頭の怪我>身体の麻痺>やばいという考えはまだないんだろうかね? でも、運動しろ、と言っているのがこわい。 木戸がよく「ここんとこ具合が悪いので、運動をした」とかいうような、それロジックへんだろ? というか、てか寝てろよ!なことを言ってたりするのは当時の最新医学だったのだね。 この時代の人、結構命がもろいのに、無茶するよなぁ。 松陰の遺言て、同じ牢屋にいた人が品川に届けたら、品川が忙しくて、ろくなおもてなしも せずに帰してしまった云々みたいな話あったよね? 品川じゃなかったら、とんだ濡れ衣ごめそだが。
うん、確か野村靖だよ、遺品(留魂録その2とか)を受け取ったのw 木戸が運動しなきゃって言ってるの、単に運動不足で体がなまってきた気がするとか、 ちょっと太ったかもしれないとか、そういう流れか?なんて 勝手に想像してたんだが、そうだよね、無茶してるよね。 木戸って体弱いだろうに結構無茶してるよなあ。 お酒結構飲むし、夜更かしするし。
醒めた炎入手報告。 ちょっとずつ読み進めてる。長州藩の政治体制面白いなw
花神に嵌っている、司馬の論が面白すぎる点についてw マスジを拾い上げた長州すげー+桂のマスジへの執着すげー なのに=桂すげーとはならないんだよ何故かww 桂を事成す才あれど胆略なく学問乏しい と松蔭が評したのは桂の裏切りに怒っていた時だよな そこだけ抜いて書かないでくれww
>>539 完璧に三段論法が成立するとこなのに、あえて解をはずしてくるんだよなwww
自分は、藩内の過激派の連中が何かやらかすとき、天秤′jの反対煩わしさに
桂には内緒でやっちゃったりするんだけど、そういう連中の尻拭いを、
桂は何も言わずにそっとしてくれたりする、みたいな描写が好きだった。
そうだよ・・・そういう優しいお母さんなんだよ桂はw
541 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/04/11(土) 00:57:32 ID:Q+npt0PD0
木戸孝允が現代の日本に現れて政治家になるなら何党に所属するだか? 自分で政党をつくるかな?
>>540 人物を後押しするには胆略無ければ無理と勝海舟と比べて書いてるんだが
桂一人の推挙によって栄達したから周りの嫉妬を買いまくったとも書いてる
どんだけ矛盾してるんだと読みながら笑ったよw
人事握った日にさっそく当時無名なマスジを軍務大臣にしてるのに
天秤の話も面白かった。天秤は本来優しいものであるってどこの前提だよww
大河『花神』で米倉斉加年が桂やってたのは、なんか無理があるように思うんだ・・・ すぐ泣くところは、らしい感じもしたがw あれ、桂とマスジって世間的には地味な二人で大河やれたのが凄いよなwww
>>542 司馬遼太郎の本は小説としては面白いと思うけど、
話を面白くするために作られているだろう登場人物のキャラが
意図的に濃く作られている風だったり、
印象を強くするためか、強調するような表現が頻繁に使われていたりするよね。
(〜は唯一の人だろう、とか、××は○○以外なかった、とか)
多分、そういうところで矛盾を起こしてくるんじゃないか。
一般的に木戸のイメージがあまり良くないのって
やっぱりこの人の影響が大きいのかね?
鬱だの寂しいだのユーモアが無いだの書かれてるけど、
木戸の日記とか書簡とかから受ける印象とは全然違うじゃんww
でも『翔ぶが如く』では政治的な面では結構良いこと書かれてるのに
何故かそっちはあまり認識されてないんだよな……orz
司馬以外の本で、木戸が明治以降何もしてないとか
私利私欲に走ったとか書かれてるの見ると、悲しくなるよ。
風雲児たちのみなもと太郎も言ってたが、 記録がなくとも可能性があるなら、面白い方を取る。 娯楽小説や娯楽漫画としては実に正しい。作品としての完成度>>>事実であっても致し方無し。 司馬の問題は、司馬の創作の部分まで事実として通用してしまう事。 木戸の業績や思想なぞ、ちょっと調べればすぐ分かる。その点、井上馨も似たようなもんだなw むしろ、あの木戸に対してその程度の分析しか出来ない本という事が分かるので、 簡単な試金石になって良い。 司馬はアレだ。木戸を明治初期におけるフロンティアとして残してくれたんだよw 坂本竜馬みたいに、イメージだけで先行されてもそれはそれで嫌だしな。
フロンティアwwwうまいこと言うなw 司馬の創作の部分までが時に事実だと思われてるっていうのは 司馬自身にとっては勲章みたいなもんだと思うが、 問題は、司馬同様クリエイターであるべきはずのほかの作家のなかに、 司馬作品の設定を下敷きにして平気で書いちゃう奴がいることだよな。しかもけっこう多く。 新選組の土方と沖田の義兄弟的な設定なんて、みんなあんまりにもパクるから 司馬が「あれは私の創作ですよ」って苦笑してたとか何かで読んだ気が。 とにかく、今後がしがし開拓されることを祈ろうぜ。フロンティアw
アクセス禁止、さびしいぞ。。。 うちのプロバイダーは最大手の一つだと思うんだが、 プロバイダーでアクセス禁止はえぐいぞ、ひろゆき。。。 てか、シンガポールの会社。いつまで続くんだ、これ?会社で書いてる時間ねーじゃねーか!! 誰の何という小説か忘れたけど、高杉にお別れのことばを言いに馬で戻ってくる っていうやつない?あれ良いと思う。 話とびますが、田中不二麿の奥さん(須磨さん)て、なんで有名なの? なんかいろんなとこで、有名人だというのを見るのだが、なんで有名なのか不明。 どなたかご存知の方、ぜひ。
548 :
sage :2009/04/18(土) 22:04:18 ID:8rezxXOw0
田中須磨は幾松と同じ三本木の芸妓だったらしい。
タイのデモを見ていて何気なく思った。 薩長政権って、つまりタイでの赤シャツ派と黄シャツ派が一緒に協力して 政治を行いましょうってことと同じだろ? そう考えると、藩閥の情実に頭を痛めていた大久保と木戸の苦悩がかいま見える。
何か異常に忙しくて桜すらゆったり見れず終わった自分にとって、死んだら墓とか何もいらんから 桜だけがあるっていうのもいいなぁと思う今日この頃w。木戸センスいいな。 大村が明治2年6月「宗教や身分に関係なくその死を平等に祀ること」を目的として発案した招魂社は、 「九段の公園」として西洋・中国・日本の3つの庭園のある市民の憩いの場という西洋概念の先駆けでもあった。 で、花が葉より先に咲いて雲霞の如く華やかな風情の新しいソメイヨシノを、染井に別荘もってた木戸が 植木職人と仲良くなって目を付け(想像できるw)、大村暗殺後、明治3年に招魂社に植えたのが始まりとか。 その後明治初期、近代化の一つとして全国に公園を作る際「九段の公園」がモデルとされ採用。 しかもソメイヨシノって種子がないから、現在日本中に咲いてるもの全部、1本1本必ず人の手を介して 接木で増やした訳で。極論、染井の職人と木戸が植えたであろう最初の1本の桜のクローンが、日本全国を覆っている。 よっぽど木戸のが花神だw
551 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/04/25(土) 09:25:00 ID:6wdpZu9yO
木戸孝允が花神ですか。 新しい視点かな。当たっているような希ガス
そういや園芸も好きだったなこの男w 山県もそういう趣味があったな。確か。
隊中さまって本を読んだんだが深くにも感動してしまったww いまだかつてここまで誉められたことあろうかいやない 嫌なやつでも敵に恐れられる木戸がたまに見たい
山県といえば、故郷にひっこんでる木戸に帰東を促しに行って、 逆に東京の友達に使いを頼まれてたのを思い出す。 当時は友達との間で詩のやりとりが流行ってて、上の句を送られたら、 下の句をつけて返すと、そういう遊びだったらしいw 帰東説得にきた相手に下の句の推敲を頼んで、かつそれを持たせてひとり東京に帰して しまう木戸さんワロスw 帰りの汽車の中で山県どんな心境だったのかww
山県も伊藤も一応木戸の復帰を勧めてるみたいだけど どれぐらい本気だったのかね 木戸いないほうがやりやすいと思うんだよ特に山県ww 木戸が実権握ったままなら一生参議になれないじゃないか
>>555 山県も伊藤も木戸復帰は本気で望んでただろう。
なぜなら木戸の存在そのものが長州閥を体現してたから。
政府内の薩長の力関係からみても絶対木戸は必要だった。
内心ウゼエとか思ってても、木戸がいなくなって困るのは自分たち自身。
だから大坂会議でも伊藤達はあんなに必死で頑張った。
どちらが欠けてもバランスが崩れる政府の父母だな。 使節団帰国後の伊藤は凄く輝いてたw
保守だけというのも芸が無いので、木戸の夫の話でも。 大久保が西郷従道の息子に「ホルモサ」(大久保曰く「花の島」の意)と名付けようとして従道妻に阻止された話を小耳に挟みまして。 当初は、なんつーセンスだよ大久保wwwと思っていたのだが、最近以下の事を知りまして。 >台湾島には、フォルモサ(Formosa)という別称が存在し、欧米諸国を中心に >今日も使用される場合がある。 >これは、「美しい」という意味のポルトガル語が原義であり、16世紀半ばに初めて台湾沖を通航した >ポルトガル船のオランダ人航海士が、その美しさに感動して「Ilha Formosa(美しい島)」と呼んだことに >由来するといわれている。 西郷従道の長男・西郷従理が生まれたのは1875年。台湾出兵が1874年。 まさかとは思いますが厭味ですか大久保さん。意趣返しですか大久保さん。 なんか台湾出兵のせいで工業化進まないとか愚痴ってたし大久保さん。 でも正直ぶっちゃけるとこれは幾らなんでも陰けn あれ?誰か来たかな。
それ、掘猛者だったらやだな。。。 Formosaは今でもいうよ。独立したのが遅いからじゃないかね。 現在のPeople's RepublicとRepublicの差がよくわからん+台湾とタイの区別が いまひとつわからんせいだろうと思う。(欧米人にとって) すれちとは知りつつ、夫について、ここで聞いてしまう。 大久保って、例のベルギー大使館になった洋館建てる前はどこにいたの? もともとあそこ? さっき、ふと気付いたけど、この夫婦は、結局どっちも姉妹だけの一人息子じゃない? 大久保、兄弟いないよね?いた? で、両親が結構早くに死んで、姉妹に責任を持ってた、みたいな育ち方が 似てるんじゃないかね? 西郷おどどと比べると、なんか、わかるような気がする。 関係ないが、おどどの名前、ずっと「じゅんどう/よりみち」だと思ってた。 つぐみちなんだね。
おまいらに触発され、GW2泊3日で萩山口に行ってきたよ!ちょい無計画すぎたがorz
とりあえず<日本海>萩(城)→→山口→→三田尻(港)<瀬戸内海>という県を縦断する「萩往還」
(殿様の参勤交代ルートでもある。木戸らも藩外に出るのに何度も往復しただろな)
に極力沿ってみようと思ったんだが、一部遺構を見るだけに。
萩〜山口間なぞ山深い中石畳がひかれ(関ヶ原のせいだね)、峠から開かれた西の京都山口方面をはるか
見下ろすと、文久3年のドサクサ紛れで萩から山口に藩庁を移したやつらの気持ちが良く分かったよ。
そもそも山口の位置ってのは椹野川が幅広く南西に流れ、井上馨の湯田温泉や河口の新山口から
さかのぼれる終点と萩往還の交差点なんだな。この辺ほんと疎くておもろかった。
萩の木戸の生家も行ったけど間取りがシャレてて普通に楽しい。来原も住んでたよね。
子供の頃木戸はたくさん鳥を飼ってて、可愛がりすぎて世話に夢中で学校にも遅れがち。
心配した母親がある日鳥を全部逃がし、木戸が大泣きで抗議したが逆に諭された。
ってエピソードを裏庭見てたら思い出したw。鳥小屋あったのあの辺かなとか。
>>214 の青木宅のおじさん(たぶん)にも会った。曰く「木戸は女遊び含め派手に遊ぶの好きじゃなく、
松子さんとはうまく相思相愛になれて幸運だった」てなこと言ってたw
よく言われるように萩では松陰先生の話をふった時が一番皆嬉しそうだったな〜。てか自分も好きになったが。
>559みたいに誰はいつ頃どこ住んでたんだとかが凄く知りたくなったよ。
個人的には今回初めて山口に行って、本当に歴史が好きになったような気がする。
561 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/15(金) 22:33:16 ID:Me6fYcmV0
木戸ファンからしたら木戸幸一てどういう評価なの?
562 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/15(金) 23:00:38 ID:vagby+P/0
東京裁判のとき、軍人達と罪の擦り付け合いをしたという人物。
情けない人てイメージ
564 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/17(日) 01:38:57 ID:iLYAyGD70
幕末時の、桂小五郎はある種のトリックスターですかね?
565 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/17(日) 02:29:35 ID:VL87yzk+0
5月26日、松菊祭が、霊山護国神社で 開かれます。今年はなんと一般客に開放し 盛大にやるそうですよ。
566 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/17(日) 15:40:28 ID:FYzjIbUA0
>>564 トリックスターと言えば、坂本&中岡のが思い浮かぶけどな。
木戸は何と言うか……
中盤までは長州藩の外務省、後半(周布死後)は長州藩の柱石と言った感じだろうか。
大村益次郎始め改革派官僚中最大の顔だから。
高杉なんか、クーデター成功させときながら「木戸探せ」っつって速攻飛び出すしなwww
>>567 何も考えずに桂石って読んでちょっと悩んだ
あの辺の高杉は桂どこやねん!って必死さが伝わって来て楽しいんだけど
本人にしてみたら一部の人間にしか所在が知れない相手を頼らなきゃいけない
ってえっらい迷惑だったんだろうな…と思う
いや、高杉のかけた迷惑には誰も勝てないけど
569 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/17(日) 21:40:03 ID:jnv4VZHE0
木戸孝允は、幕末の頃は逃げの小五郎、明治維新後は醒めた炎と 渾名されたんでしょ。 トリックスターまではさすがにいかないか・・・ しかし、英雄性はまるでない人物だよね。子孫の木戸幸一にしたってね。w
木戸幸一は木戸孝允の孫ではない。
571 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/18(月) 02:28:16 ID:45KO/PJP0
>>565 ソースあったら是非教えてほしい
神社のHPにも載ってないし…
自分は今まで5回くらい命日行ってるんだけど、
やっぱ午前中とかに身内だけ色々やってるのなー
山尾庸三の孫だなどっちかというと<幸一
正確には義理の孫だね そういえば木戸が大河ドラマとかにならないのは 幸一がA級戦犯だからって聞いたけど本当か?
574 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/18(月) 20:33:37 ID:NVDYBKS40
>573 マジすか?! 確かに東京裁判のとき一票差でギリギリ絞首刑を免れたと聞きましたね。 あと戦後になって裁判で己が助かりたいがため戦前の宮中で権勢を揮って いたときとは掌を返したようにうって変わって軍人達に全てをなすりつけようと した人物でしょ。
>>573 その前にまず木戸がどうやって大河になれるんだよ
なっても、おかしくない思うけどな 木戸が主役に大河ドラマ見てみたい
577 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/18(月) 23:37:01 ID:m5jYftZf0
>571 神社関係の方から聞きました。 龍馬祭のように、若い方たちにたくさん きてほしい、との思いがあるようです。 午後2時〜、晴れてれば墓地内で。
>>561 木戸ファンだが義理孫の方はそこで弁明しちゃいかんだろ
苦労した事実だとしても口噤んで死ぬべき
まあ役職の立場からしてるのかもしれんが
長州でやるなら次は高杉なんじゃないか、伊藤とかもありかもしれんが
木戸は捏造できるほど無名じゃないし、人気も微妙なんだよな
579 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/19(火) 00:42:01 ID:TCPo4RAk0
維新の木戸孝允と内大臣木戸幸一とは実際には、血はつながってなかったと いうことですか。
一応繋がってはいるけど直系じゃないな。
つか、妹の子の子なんだから血統的には又甥だろう。
家系図としては、甥を養子に取ってるから幸一は義理の孫になる。
ちなみに木戸に実子は居ない。
>>576 木戸が主役のまともな小説自体稀少だから無理だろw
>>577 火曜日か……ッ!
幸一の親は、木戸の妹と来原良蔵の子、彦太郎(孝正)と、山尾庸三の娘。 元々、木戸が養子にしたのは、その弟の正二郎。正二郎が死んでしまって、 彦太郎が木戸家を継ぐんだろうけど、木戸が死んだずっと後だし、彦太郎と 木戸は、面倒見と金回りのいい叔父さんと、それに甘やかされた甥の関係。 木戸死んでからのことは知らないが、木戸生きてるうちの感想としては。 泊まりには来てるけど、木戸のもとで育ったわけじゃない。 木戸の人生を大河にするのは、西園寺の人生が大河になるのと似た懸念がある。 関わった出来事を追うだけになるんじゃないかと。 西園寺の方は100年くらいの歴史を追えるので、その1/4くらいの木戸は負けると思う。
大河、それも面白そう 木戸が狂言回し的存在で、幕末の動乱を追いつつ木戸の思想もちょいちょい混ぜたり
>>578 突っ掛かる様で申し訳ないんだが、じゃあ黙って責任とって死ねば良かったのかというと
そうすれば間違いなく昭和天皇に矛先が向けられてたわけで天皇制自体への懸念がある。
この人の戦中の行動見ても国民がそういった感情を抱かないようする為に、天皇を守る為に動いていた節があるので俺はそういった評価は取らない。
あくまで一意見だけれども、美学に酔って死なれるほうが無責任。
584 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/19(火) 11:06:29 ID:2p2hRyUh0
>>566 俺も一時期そのサイトに行ってたことがあったが…
正直、あまりいい思い出は無いな。
少しでも意見の相違があったらすぐにだんまりだし(しかも掲示板じゃなく
てゲストボックスだから、管理人がだんまりしたらこっちの意見は「無かっ
た事」にされてしまうし)、こっちがその態度を責めると逆切れするし…。
はっきりいって、共に歴史や幕末について語るには適した人じゃあないっすな。
ファンなら甘い目で見てあげることは出来るかもしれないが ファンじゃなかったら確実に木戸までとばっちりが行くだろうな と思いました(作文)
586 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/19(火) 23:04:59 ID:2p2hRyUh0
>>584 自分もレスを数日前に出したのにまだ帰ってきてない・・・
単に届いてないだけかと思ってたけど、もしかしたら自分も「無かったこと」
にされてるのだろうか。
でも、別に癇に障りそうなことを書いた覚えがないのですが・・・。
これはまた久しぶりにすごい自演w
588 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/20(水) 00:54:19 ID:tUINUn+O0
>>584 ,
>>586 俺はそこに何度か投稿したことあるけどスルーされたことない。
木戸孝允の行為に疑問を呈した投稿も載せてもらえたけどな。
私は好きなサイトですが。
個人サイト晒した上に延々と語っていいものなのかここは
>>577 情報ありがとう
関西はインフルが懸念されるが行きたいなあ
同感>589の前半 あがってるときだしな。。。でも、ここ以外にも木戸のファンているんだ?! ってのを知って、ありがとう、って感じだが。 個人サイトって行かないんだよね。怖いもの見たくなさ、というか、探すの 面倒というか。 って、結局自分も引っ張ってすまんが。。。
591 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/20(水) 04:38:10 ID:PQq9UB8c0
木戸幸一の、人間性について詳しい方いたら教えてください。
それはここじゃなくて、第二次世界大戦系統のスレで聞いた方がいいそ。 孝允のファンは、幕末明治に主に関心があるだろうから、幸一のことは それほど興味ないのが一般的ではないだろうか。 自分は、木戸幸一より、戦争の時代自体に興味がない。親が戦争時代の世代だと 戦争って時代が近すぎて明治みたいに客観的に見られない。 大久保の方だと、息子!って感じだし、孫(ロッキード事件じゃない方) も偉い学者で、そこに何らかの血統が感じられるけど、木戸はどうだろう。 木戸っぽいのは、やっぱり実子忠太郎さんじゃない? 達磨界の第一人者。木戸、長生きしたらやりたかったと思うよ、そういう研究。
忠太郎さんは養子じゃないの? 萩市議会でも問題になったらしいけど。
594 :
584 :2009/05/20(水) 14:47:17 ID:O8+IdpVe0
>>588 >俺はそこに何度か投稿したことあるけどスルーされたことない。
>木戸孝允の行為に疑問を呈した投稿も載せてもらえたけどな。
そうなのですか?俺は木戸を批判したわけでもないのにスルーされたんですが。
と言うか、マジで「無かったこと」にされるのは勘弁してほしい。
それに逆切れされても、こっちが何言ったか載せないから第三者からは俺が
一方的に悪者にされるますしね。
595 :
584 :2009/05/20(水) 14:53:22 ID:O8+IdpVe0
>>586 多分、ご愁傷様な可能性が高いと思われます、お気の毒です。
おそらく少しでも旧幕府方に肯定的な意見を書くか、長州に否定的な意見
を書くと、「佐幕派」のレッテルを張られ黙殺される可能性が大かと。
今日のヒストリア、木戸さんも出るかな
江藤か。本来なら出るはずだな。
もういい加減恥じさらすのやめろって どんだけ2ch初心者なんだ
599 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/20(水) 22:47:00 ID:Pr8h4xGb0
木戸さん出た―――――!!!!!!! なんか黒幕っぽい感じだったけど!!!!
黒幕だったよな!! 見方によっちゃあ大久保が江藤殺したのも木戸の差し金みたいな感じだった というより全体的に薩摩が出てなかった
もういいかげん木戸さんを悪く取り上げるのやめてほしい・・・ あの伊藤宛の手紙にしたって、まだ裁判というものがよくわかってない時分のものだろ。 追い詰められた子分達の言い分だけ聞いて憤慨しただけじゃん。 裁判というものを理解しだしてからは、その制度を支持してたし。 大久保が西郷を殺した背景も、裁判で明らかにしろって死ぬまで言い続けてたし。 大久保は無視したけど。
602 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/20(水) 23:20:16 ID:9pjlhGgW0
よくあんな人物が、大西郷や大久保と並ぶ 維新の三傑になかにはいったよな。
大久保より先に木戸の名前が挙がるあたり麻生への配慮かとか穿ってしまうw まあ江藤主役なんだから木戸を良く描く必要は無いし仕方ない まあ最後にちょこっと山田を出してくれたらなあとは思ったが
実況スレ見てきたんだがなんてあんなに罵られてるんだ 誰か木戸の取った行動を列挙してくれいや下さい
アク禁くらったから携帯すまそ 木戸、山城屋の件はほぼノータッチだし 井上にもあとになってから 「お前ほんとはクロだろwwwwまあ相応に責任はとっとけよw」 な手紙書いてたよな 槙村のことは一貫して庇ってるが 伊藤宛の手紙見てみたが、紹介された部分の前に 「最近佐賀連中の動きがなんか陰謀臭くね? こないだなんて佐賀出の前科者が、大隈の周旋で抜擢されてんじゃん なんだかな〜」 みたいに書いてあったよ… 勿論そのことと井上とかの不正の件は別だろ、ってのが正論だが、 しかしここを省いて伝えるのはフェアじゃない気がするんだがなー… ただ、使ってくれた写真がイケメンに写ってるやつだったし ちょっと許してやろうかな、とも思うがw
扱いが悪いのは今更なので気にしないことにしたんだぜ 写真は確かにカッコよかったし!
607 :
あお :2009/05/21(木) 04:37:44 ID:zpnK5BKa0
>605 いいなぁ、携帯アクセス。。。 アクセス禁止って、なに?なんで起きるの?同じプロバイダーの人全員の 連帯責任なの?サーバーかね?もう2ヶ月くらいになるが(ToT) なんか、ROMだけだと足が遠のく。 江藤のテレビ、内容わからんが、自分は木戸が江藤処刑の黒幕は「あり」だと思う。 あのときの大久保と木戸の協力体制というか、意見が同じっぽい、っつー感じは 尋常じゃない。 まぁ、洋行帰りで同じ時差ぼけ状態にあったということかも、だが。 で、「黒幕」というのは、どういう理由で?小野組と山城屋なの? それで木戸が黒幕じゃ、江藤かわいそうだろ。。。 木戸と大久保は、木戸が生きてるうちというか、寝込むまでは、 木戸のが立場は上だと思う。天皇の家庭訪問が木戸のが先だから。 どっちがエラいかというと、それは諸説あるだろうけど。 あの時期に、大久保の「単独断行」はあり得ないよね。
木戸は洋行から帰って速攻発病してたから…… 佐賀の乱が無ければ、内務省の面倒なんか見ずに帰りなんいざ運動してただろうw 戊辰戦争中京都でぶっ倒れて海水浴療法wやってから、木戸はもう自分は長くないと思ったのか 基本的に平時は身を引きたがってる。 大久保と大隈に初っ端嵌められて嫌気が差したのかも知れんがw そのあとで勢力的には逆転したりもしたけど、あまり嬉しそうじゃ無かったしな。 大久保が内務省掌握したころには、明確に大久保>木戸じゃないか? 大久保がありとあらゆる手を使って木戸を引き止めてただけで。これは岩倉や三條も同じだが。 個人的には、あの木戸邸行幸もその一環だと思っているw 江藤の処刑については、大久保と岩倉の間では了解が出来てたが、木戸が知っていたような書簡とかは無い。 もし木戸が了解してれば、あんな正論連ねた上奏は無かっただろうし、木戸大久保は台湾遠征や江華島事件の時とか、 政府が本当にヤバい時は主義主張は脇において協力している。 ちなみに、岩倉と木戸は余り親しくない。木戸と親しかったのは、三條実美。
木戸は井上と山県のことはほとんどほっといてる。 帰国していろんな人から話を聞いて自業自得な部分が多いと判断したんだろ。 槙村のことは、政界汚職一掃に燃える司法省による長州閥打倒のあおりをくったようなもんだから 徹底して擁護した。 木戸と大久保の違いは、 木戸→余命少ないから自分の生きてる間に後進の育成を図りたい。 実務は後輩に任せて、いけないところを補佐する立場のがいいだろ。 大久保→まだまだ自分たちが中心で政治を行わなければいけない。 自分がやる気まんまん。後進の育成はまだまだ先でいい。 こんな感じ?
>>607 誰かのやんちゃのとばっちりって切ないよなw
あと「家庭訪問」ワロタ
大久保は本宅だけど木戸は染井別邸なんだよな
「訪問」4月だし、染井吉野を叡覧に供したかったんだと勝手に想像してみた
「先生!これすごいでしょ!」的なw
>>609 大久保は外遊中には「もう俺らの時代じゃなくね?」みたいなこと言ってたよな。
あれはアレか、カルチャーショックで気力が萎えかけたとか、そんな感じなのかな。
後進の育成に手をつけてなかったってよりは、「もうあとからどんどん来てる」って
ある程度安んじてたというか、期待してたんだと自分は思ってる。
木戸が、「大久保はとにかく何でもやればいいって主義で、
仮にそれで失敗しても10年20年後には後進の連中が修整してくれる、
だから恐れるな、みたいな姿勢でいるけど、俺は納得いかんわ」
とかなんかそんなようなこと言ってた気がする。
>>593 >忠太郎さんは養子じゃないの?
萩市議会でも問題になったらしいけど。
詳しくお聞きしていいだろうか。
612 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/21(木) 22:14:31 ID:PjmltoMR0
>>595 確かに河井継ノ介について多少同情的な事は書いた記憶はありますが・・・
それで佐幕派のレッテル張りされるとはにわかに信じがたいです。
だって、長岡藩の戦いは岩村高俊の配慮も政治センスも無い態度からそも
そも起こったのは明らかじゃあないですか。
そんなことでいちいち機嫌を悪くするようなそんなケツのが小さい人がい
るとは思えませんけどねえ・・・。
名前:
E-mail: sage
内容:
>>611 萩市が出している「萩ものがたり」っていう冊子の「写真集 桂小五郎」
の中で従来、養子とされてきた忠太郎さんが説明もなく隠し子だと断定的に書かれていることが問題になった。
この後、日本史サスペンス劇場?だったかで隠し子の話が出たので影響があったんじゃないかっていう人もいる。
質問した市議さんのblog
http://blogs.yahoo.co.jp/misakacoco3/45807807.html 問題というほど大げさなものじゃないっていう人もいるかも知れないし
俺自身、購読してないのに言うのは筋違いかもしれないけど、扱いがいい感じはしない。
木戸さんが聞いたら大笑いしてくれそうだけど、やっぱり悲しい。
最近このスレで粘着されてる個人サイトさんも、そのことが事実に反する証拠を市長側に提示してるんだけど
匿名の人間に言われてもねって対応だったと記憶してる。
上のほうに余計なものが・・・失礼しました
>612 個人サイトの対応について語るなら他でやれ ここは荒らしもよく来るし、下げてもらいたいもんだが 577さん、情報ありがとう。 自分は26日に京都行くのは無理だが行った人もしいたら報告よろしく しかし時期と場所が悪いよなあ…
>>614 どうもありがとう。
何か学芸員が書いたという文章が下卑た感じだなあ、週刊誌のスキャンダルネタみたいな…
軽くイメージダウンだ。
いやそんなこと言ったって…場所も時期も移しようがないだろ……
スレチだが、関西だけ黴菌扱いは納得いかないんだぜ
というかなんのインフルエンザごとき、木戸なんか胃癌で脳出血で虫歯で痔だぜw
そういえば江藤が木戸に洋行のお土産もらって、
「ありがとうございました。直接お礼に伺わなきゃですけど
痔が痛すぎて行けません。サーセン」
な手紙を出してたように記憶してるんだが…
江藤お前もかw
あと今更だが
>>608 の「帰りなんいざ運動」にフイタw
「松菊」だもんなあ
>>617 男性の四人に一人が痔って聞いたことあるけど(ホントかどうか知らんが)
みんな苦労してるんだなw
それにしても
木戸は頭から足まで悪いとこだらけで可哀そうだ
620 :
615 :2009/05/22(金) 01:40:48 ID:JjnW9Uf70
>>617 配慮ない発言してしまってごめん
ageるイラっとしてた書いてしまった、今は反省している
家族に手術待ちの病人がいるから、京都に行きたくても行けないんだ
スレチすまそ
>>619 いいところは顔だけかもしれぬ…
621 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/22(金) 03:26:11 ID:7IG2l+1q0
幕末青春グラフティという映画で、桂小五郎役は 有名な川谷拓三さんでしたよね。 イメージ的にはなんとなくハマリだったような気が。
その本の(
>>613 )の忠太郎さんて、木戸に似てると思ってた。
中村嘉津夫(字わからん。多分、萬屋錦之介の弟)にも似てるけど。
そのブログ読むと、忠太郎は結構大問題なんだね。
正二郎くんが死んで、相続問題のときは「お忠太騒動」とかあったかも?
実子じゃない、という説があるのは知ってたけど、その込み入った内容みたいの
全然知らなかった。多分、どうでもいいことなんで忘れちゃうかもしれんが、リンクもとんく。
お忠太騒動に、浜尾新とかが絡んでるんなら興味あるけどなぁ。
自分は、実子でないにしても、木戸のそばで育った忠太郎が達磨学者になる
ってとこに興味があるんだよ。
あと、これも、真偽はどうでもいいんだけど、出石にいたときに女に手が早かったっていう
風評も、好きだけど。あのときの木戸は追い詰められて、にっちもさっちも行かなくなって
自暴自棄になったりもしてるときじゃん。とりあえず女がいてほしい、つーのわかる。
その論旨、自分としてはOK。
なんか、そんなことより知りたい問題はいっぱいあるんだが。
木戸は何をあんなに恐れて出石まで逃げたかとか。
でも、彦太郎、正二郎の留守中も忠太郎くんがずっと一緒にいるのは
木戸日記的にホントなんで、松子さんの甥を木戸が生前に東京に呼んで、
木戸が養子にしてるんだとしたら、松子さん、愛されてるなぁ、とは思う。
623 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/22(金) 09:55:29 ID:NRIcGs0N0
木戸荒淫
>>620 あ、関西だけ云々は(特に東京で感染者出る前の)
マスコミの伝え方について言ったつもりだったんだ。
んで「埋葬地は同志たちのいる京都がいい」って言ってた木戸のことだし、
どこで祭ってもいいけど、やっぱり霊山は外せないだろうぜ、
ぐらいのつもりで書きたかったんだが
今読み返すとなんか感じ悪い文章になってるなorz
こちらこそ申し訳ない。
別に関西が地元じゃないから「おらが国さを畜生ぉおぉぉ」とか思ったわけじゃないんだ。
ご家族どうぞお大事に。ご快癒を祈ってるんだぜ。
>>622 市の出資する半ば公的な機関が出版するものに、まるで事実のように書かれた、ってのが問題なんだろうぜ。
出石での一連の風評については、別に事実であっても自分も構わないが。忠太郎君が実子であったとしてもさ。
書いた人間の立場と書き方がちょっとな。
インフルは首都圏で出たとたんそっちばっか伝えるのが腹立つわー
ルート分かってるし、そんな広まらねえだろ、と大阪在住者としては荒んだ気持ちになるw
ヒストリア見て思ったが江藤新平は聖人君子みたいに扱われるのに木戸さんときたら…(´・ω・`) 船頭の呪いだな…
せっかく、使節団特集は好意的だったのになあ
大久保の「醜態笑止なり」(鹿児島では恥ずかしいの意味らしいが)
とか、大久保日記まるっとスルーされてるあたり、首相への配慮か?
あれ、江藤では外せないネタだと思うんだが
萩ものがたりだけど、
木戸嫌いな人に木戸の本を書かせたのが失敗だと思う
というか他に引き受けてくれる人がいなかったのかな…
醒めた炎の作者が生きてたら彼だったのかもしれんが。
今なら「幕末維新と個性」の松尾教授とか?
まあ、皆が好きなの取って、残ったのが木戸だったからとか言ってたしなあ…
木戸専門の研究の人とか現れてくれたらいいな…いつの日か。
ちなみに、某学芸員は晋作関係で下関ともめてた(現在も?)らしいよ
ttp://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/simonosekidehaukeirerarenaiitisakatayou.htm
> 木戸専門の研究の人とか現れてくれたらいいな…いつの日か。 同感ー。講談社学芸文庫の「大久保利通」みたいな本、 木戸さんで読みたいなあ…。
まあでも、三傑なき後、政治は長州が取ったかわりに 歴史学は薩摩系が取ったっていうから・・・。 理解はできても納得はできん。
出石のミネの明治になってからの談話で桂については 当時は私も子供で何も知らなかった、ただお世話していた ってのなかったっけ?醒めた炎かなんかで読んだ気がする… 木戸のファンは近年増えてると思う 昔は木戸好きって聞いたこともないような
修史局自体がなくなるからなぁ。。。木戸が死ぬ頃>629 後で復活するけど。 で、文部省はそれまで長州色すごい濃かったのに、いきなし西郷おどどが卿だよ。 どーゆー人選よ?それ?怒れよ、田中不二麿!っつーか。 で、その後、森無礼だよ。生き残ったのが森だけだから。(偏見) すこぶる納得できないんだ、そこ。 うちのじーさん、木戸ファンだったよ>630 だから、キドコーインってよっぽど偉い人と思ってた。 ファンだったのは戦前の話。
>>631 うちのばあさんは木戸の存在知らなかった件
西郷や大久保は知ってるのに何故…
>>631 木戸ファン戦前多かったのかな?
以前「回天」の特攻隊員をネットで調べていたら、
ある隊員の遺書に木戸の名前が出ていた。
「死を前にして京都霊山の坂本竜馬と木戸孝允の墓に行きました。
二人の墓の前で、母国のために死ぬということはどういうことか考え云々・・・」
とかいう内容だったと思う。
それを見て、戦前の人の意識ではやっぱ維新は坂本と木戸なのかなあと思った。
というか寧ろ、今が蔑ろにされ過ぎなんじゃない? 個人的には、なんとなくS馬のせいな気がする。
俺もそんな気がするw 良くも悪くも影響度でかすぎるS。
しかしS馬、木戸の資料のどこをどう読んで根暗という人物像を作り上げたんだろ。 日記とか読んでると、根暗どころか天然ぽいイメージしか浮かんでこないんだがw
根本的に長州系が嫌いだったんじゃないの 戦後すぐだし。
むしろ主役を持ち上げるにはちょうどいいポジすぎたんだよ しかし翔ぐが如くは思想面で誉めまくっている 恥ずかしくなったww
司馬作品自体に罪はない 受容する側の問題
しかしS馬作品の木戸の扱いはちょっとひどすぐる。 受容とか言われてもね
639の言う通り、S馬作品自体に罪は無いと思う。
小説なんだから多少の脚色はあっても良い。
……とは思うんだが、ああも色々な作品で根暗イメージで描かれていると
読んでいる側はそういう人物だと受け取ってしまいかねないのではとも思うよ。
しかしそれよりも問題なのは、小説じゃなくて『○○がわかる本』というような類ので
S馬小説を丸呑みにしてか、木戸は狭量だとか書いてる本じゃないかな。
そういう記述に出会ったら「ああ、この著者はちゃんと勉強してないなwww」
て思って本を閉じる。
このスレの前のほうでも似たようなことを書いている人がいたが
そういう点で木戸に関する記述は本のレベルを図る良い物差しになるよ。
>>636 には全面的に同意ww
>>641 逆に考えると、その程度の知識で書かれた本が
この世にはいっぱいあるってことか…
小説だから仕方ないけど、本当っぽく書かれてるから騙されちゃう人いっぱいいるだろうね 竜ゆく1巻、武市が書いた「龍馬が木戸準一郎と試合をして〜」という手紙をソースにして 試合の結果に土佐が盛り上がった〜とか書いてあるけど どうみても、コレはニセモノの手紙なのになあ… コレに気がつかないで書いてるあたり、S馬は木戸がどうでもよかったんだと思う
木戸より扱いがひどい人もいるよ 山田顕義とか、井上馨とか、長閥として許せんw
まぁでも個人的には、木戸が龍馬みたく人気も知名度もあったら ここまで好きにならなかった気がするよ。 後世での扱われ方も含めて、 (正しく評価されなかったり、実際とは違ったイメージを持たれたり) 一人の人間のあり方としてすごくリアルだなぁと思う。 自分はそんなところが好きだ。 …もうちょっとイメージアップしてほしい気もするけど。
うーん >639に全面的に同意w 先週の江藤、遅ればせながら見たんだが・・・。 そもそもあの時期、木戸が強力に司法の理念を実現しようとした経緯は全スルー。 江藤の敵は時の政府要人木戸。んで木戸文書の「裁判所廃止すべし」だもんな。 相変わらず可哀相な奴だ...orz 文書見てみたけど、6年9月20日の小野組転籍事件の時の伊藤宛書簡だった。 これはそんな簡単な話じゃないっしょ。 木戸の支援下、幕末の騒乱と東京遷都で衰退した京都の復興と近代化に邁進する 「友人」槇村と盲目の先覚者山本覚馬(旧会津)。 倣岸な槇村京都府と新たに設置された京都裁判所は元々前年から確執ができてたぽいが、 そこに小野組の東京移転届けの処理を滞らせた件で、意地の張り合いじゃね?という 攻防が互いに繰り広げられ、一気に政治問題化へ。 8月20日駆けつけた山本から事情を聞き、やっと開かれることになった10月の臨時裁判所について 9月20日「双方いづれが公正に審理されると思いきや、これでは裁判所側に偏向してる。大隈には 何度も言ったのに一向動かないし罪人を採用したり世間皆が不満もってる。こんなんじゃ裁判所の如き ものは廃止したほうが天下の為人民の為にもなる」って不公正是正を訴える怒りの文脈の中の一言だよ。 翌日は臨時裁判所について「京都府・京都裁判所双方に関係ない者を選んで公正の裁判とし、 今後の行政・司法間の訴訟の一モデルともなるようにしたほうがいい」的なこと書いてる。 それでも裁判所廃止論者とされるのか? しかも、笠原英彦氏の論文「明治六年小野組転籍事件の一考察(1985)」では、 この頃には江藤は司法省急進派の独走を抑えられなくなっていて、9月20日山本が直接江藤に 送った書簡(木戸書簡と同内容)について、急進派よりも「公論」として同意していた との説をとっている。 >631のじーさん、会ったら一発で好きになる自信あるよw
もうあれは番組の作り自体がな… スタジオにゲスト呼んで話聞いて、てのがなくなってアナウンサーが一人語りで進める方式だから、 『その時〜』より余計偏向編集し放題になってる気がする。 おふざけ的な要素も濃くなってて、「皆様に親しまれる番組作り」が狙いなのか知らんが NHKが下手に民放の真似すると、結局中途半端なつまらんものになるだけだと思うんだが… あの番組のスタッフ諸氏に木戸の言葉を贈りたいw 「本邦の品近来従前の形ちを変して製造す。然るに従前の形ち尤可称もの多し。 今日の様子漸々其美を捨るを歎すと語れり。 近来当世流の邪鄙なるものを製し、又は西洋等に摸するもの、 却て我自然の風のよろしきものを廃棄せり」
>>644 井上なんか、憲法優先民主化派の急先鋒だったなんて学術書読むまで知らなかったなぁw
木戸はあれだけたくさん日記や手紙を残しているから 本人は知られたくなかったかもしれないいろんなことがわかって楽しいwんだが、 逆に批判する人にはそれら史料を都合の良い部分だけ抜き出して使われるんだよな。 そういうのって、下手なでっちあげを書かれるより質悪いと思う。 本人がそれを書いた真意が全く違っていても、その文を「書いた」ことには違いないから S馬小説以上に真実だと受け取られやすい。 しかもそういう誤解を招きやすいようなことを書くからなあ……w デスポチックの件なんかも。 ところで今日は命日なわけですが、どなたか霊山に行きます? 行く人がいたら祭の報告希望。
>>649 呼んだか?ノシ
今日はこのための1時上がりだぜ!
四条新町からタクシーぶっ飛ばしてやんよ!
行って来た…よ|ω・`) 書いていいの?
聞きたい お願いします
ありがとう。書くお。 なんかやっぱり宣伝してないせいか、「たまたま来ました」組と関係者を含めて20人いなかったんじゃないかね? 一般参列者は女性のが多かったな。 関係者として直系の子孫の方がいらしてたのはまあ当然として、 料亭「幾松」の女将さんが呼ばれてたのはかなり意外だったわ。 式(?)自体は主催者側の石屋さんが「今日は晴れて良かった」的な話をして、 神主さんが酒撰と祭文上げて、子孫の方が植樹して、 あとは御子孫→関係者→一般の順に榊上げてお詣りして終わり。 墓前にわらわら群がってやるだけだから、シンプルだったよ。 自分的には祭文が色々と面白かった。 生まれてから亡くなるまでの出来事をちょい節つけて語ってくれたんだけど、 出石潜伏中のことについて、「多忙な中にも幾松との安らぎの時を得た」 みたいなこと言ってて、なんかちょっと笑えたw ほかは功績みたいな話が続いたのに、そこだけすごくプライベートwww まあ今日は松子さんも一緒に祀ったからだろうけどな。 あ、あと来年以降も祥月命日の午後2時から公開でやってくれるそうな。 ほか何か書くことあるかな。
書くの忘れたけど、直系の御子孫ていうのは木戸寛孝さんね。 幸一内府の曾孫にあたられるらしい。 丈は小柄でふくよかな方だったが、顔立ちはイケメンだったよ。
案外小規模なのかな なにはともあれお疲れ様でした いつか行ってみたいなぁ
主催者さん側としては、今後もっとたくさん来てもらって… って具合に期待してるみたいだったが。 ただ今日はみんな松子さんの墓前に立って(ちょっと空きスペースあるから)、 後ろの人が出入りするときは譲りあって…って感じだったからなあ。 人が増えたら場所替えるんだろうか。 あそこ相当足場悪いから、今のままじゃ大規模化は無理だと思うんだ。 あと献花とかも自由というか、参加者に頼ってる感じで、 「どなたか松子夫人のほうにも」って 半ば無理矢理松子さんのほうに供えさせてたよw
木戸の命日かー、とりあえず合掌しとく
羨ましいぞ。命日祭(?)参加、及び、週末に書き込めるみなさん。。。(ToT) でも木戸墓周辺は厳しいね。ちょっと参加者増えたらたまらん、というか、周りの墓の人に迷惑というか。 報告ありがと〜でした。 >江藤のテレビ(見られないので蒸し返して申し訳ない) 結局、木戸黒幕=槇村と井上を守るために江藤を処刑という主旨? 自分は、江藤処刑は大久保の独断ではない(木戸も賛成)と思うんだけど、理由がわからん。 江藤死んでも、槇村ずっと裁判だし、井上は結局国外逃亡(?)だし、いずれにしても、 その二人は全然守られてないと思うが。江藤殺すと、大久保や木戸にどういう得があるんだろか? 江藤があそこで殺されたから聖人みたいな見方も、ちょっと引く。あんな短期間にいろんなこと 岩倉組が頼んで行ったとは思うけど、やりすぎてない?江藤って?穴だらけというか。 槇村と小野組は、その場所にいないとわかんない感じがする。5年たったら、もうわかんない みたいな事件じゃない?尾去沢の方がわかりやすい。 木戸、あの後、井上を司法卿にしようとしてるよね。伊藤>え"....やめなよ...だけど。 司馬さんって、多分、当初は、当時日の当たってない人(竜馬とか、河井とか)に日を 当てたかったんだと思う。戦時中までは、いわゆる明治の元勲てすごい偉い人でしょ。 だから、「戦後」に「元新聞記者」が「明治の元勲褒める」はあり得ないんじゃないかね。 「翔ぶが如く」くらいになると、「戦後」に一区切りつくんだと思う。「歳月」がいつの作品か わからんので、話矛盾してるかも知れんが、松陰を書くときに、すごい抵抗あったという話あるでしょ。 こんなとこで司馬論すまそ、だが、次いつ書けるかわからんので、なんでも書いとく。
660 :
653 :2009/05/27(水) 13:47:46 ID:CWGusAyuO
しつこく書きにやって来て申し訳ない。しかも携帯から。 ちょっとこれだけ思い出したから… いい加減うざかったらスルーしてくれ。 松菊祭、岐阜から来たって女の子3人組がいたぞw 公開のことは知らなくて、命日に合わせて来たら たまたま…だったそうだが。 木戸の地元の新聞社に、「木戸公のどこが好きですか」 とか取材されて困ってたw 江藤のはアレだ、別に木戸が梟首望んだとかは言ってなかったんだけど、 それまで散々『木戸が山縣、井上、槙村を不正に庇い立てしました。 藩閥の既得権益を保守するためですよー汚いでしゅねー』 みたいな方向性で番組進行させてたから、 そこで江藤がああいう形でやられたとなると、観てるほうとしては 「木戸の差し金か」って考えるのが自然な流れになってたんだ。 加えて大久保が全然出てこなかったからね。 何人か書いてくれてたけど、「討伐のため佐賀出張したよ」ぐらいで、 「江藤醜態笑止ナリ」とか内務卿執務室のオカルトインテリアの件とか いっこも触れてなかった。 もうどうしちゃったんだろうな本当にw
661 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/27(水) 13:56:30 ID:cGtF/8kl0
>>660 オカルトインテリアにワロタwwwwww
うちのじーちゃんがさっきの再放送を観て、
江藤はヒーローで木戸は駄目だ的なことを言ってるから
なんとか誤解解こうと色々説得してみたけど
人の話聞いちゃいねぇorz
しかし…マジで不自然なほどに大久保卿はスルーなんですねw
いつも役立たないとか下野に追い込まれたとか 心狭いから後輩にも嫌われたとかwww 散々言われてるからなー たまにこういう悪の親玉的な扱いだと嬉しいんだがwww
俺は大久保を庇ってるというよりは、テレビは相変わらず心底から長州閥が嫌いなんだなぁと思ったw まぁテレビに限った話じゃないが。 まぁ木戸が誤解されるのは悲しいが、下手に人気出て坂本みたいな本人聞いたら苦笑しそうな評価受けるよりは、 知識人と一部のマニア受けしてる方がいいかもしれないとは思うw ID:Gtbcg2NJO氏報告乙。平日じゃ無かったら行けたんだがなぁ。
>ID:Gtbcg2NJO 霊山の木村さんや中村武生は出席してないの?
666 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/28(木) 01:00:01 ID:PGq4N9/O0
どうでもいい話なのだが、木戸ファンとしては銀魂の桂小太郎はどうなのだろう。 まあ、仮想幕末で木戸本人じゃない、と言われればそこまでなのだが。 ちなみにオレは結構ヅラ(桂)はいい味出してると思うのだが。 作者の空知は土方や新撰組のファンらしいけど、意外と長州系の扱いは悪く ないと思う…っつてもヅラの他はめぼしいトコでは高杉と吉田くらいしか出 てねーんだが。
653さん、霊山レポありがとう!! 自分も来年は行ってみたいな… ヒストリアの再放送を見てみた。ホント、ラスボスみたいな扱いだなww オカルトインテリアはさすがに放送するの無理でも、 佐賀まで行った当時の内務卿スルーはおかしすぎるだろw 649に本当同意だわ…
>>665 見えてなかったはず。
歴史館と護国神社は別個に活動しているせいだろうか。
自分、歴史館の友の会会員だが、神社関係の案内は
全然送られて来ないし、管轄違いなんだと思われ。
やっぱり松菊祭にしても、霊山社中の催しとしてやってますよ、
ってことなんだろう。
何せ司会は石材屋さんだったからなw
>>666 あっちの桂は人気だがこっちの桂は…
あの漫画から木戸孝允を好きになる人間がいるのだろーか
好きになったぞ 今はこっちの桂の方が好き
>>670 まさに銀魂から木戸ファンになった人間がここに
最初はキャラのトリビア扱いで元ネタの人は痔だとか調べてたんだけど
キャラよりも元ネタの方がネタ満載だと気づき、徐々に史実にシフト
大久保、伊藤、青木等、銀魂に出てこない人たちとのエピソードにはまり
いつしか銀魂は桂っていうか久坂じゃね?と友人達に主張するような人間に
銀魂好きに長州のネタ話を面白可笑しく語ったら、数人史実に興味を示した
史実高杉にorz
あいつもネタ満載だからな…
>>671 、
>>672 おっ、意外といるんだね
しかも史実のほうが好きになるとはw
話変わるがこのスレの人たちは萩とか京都によく行くのかな?
萩はあまり行かないけど、京都は墓参りによく行くよ。 自宅が近いってこともあるがw 史実はやっぱ大久保との絡みだろ。 腐女子じゃなくても、あの二人の関係はとても楽しいw
>>674 腐女子か…
最初ネタを探してる時は明治政府の父と母とか何の冗談かと思ったな
友人に話して微妙な顔で「木戸さん…頑張ったんだね…」と言われた黒歴史
しかもそれを書いた作家が教科書に載ってた事に二度びっくり
しかしもう慣れてしまって大久保=木戸の夫に何の違和感も無くなってる自分の脳orz
蘇峰先生のことか! 自分的には、大久保絡みのエピソードは (というか明治は全体的に) 木戸さんがかわいそうで見てらんなくなるわ。 木戸関係の小説読んでても、最後の方なんかもうorz みんなもうちょっと木戸さんを大事にしてあげて!って言いたくなる。
父母言ったのは、蘇峰じゃなく松平春嶽だった気がするんだが・・
蘇峰は夫婦、春嶽は父母って言ってた気がする 「ジャンプ」という凄い部数の雑誌に連載されてるのも大きいが (よくわからんが、やっぱり今でも一番部数多い気がするのだが) パラレル世界のキャラとはいえ、メイン系にしてもらえてよかったよ 漫画から興味持ってくれる人が少しでもいることは嬉しい あとは来年の大河で、少しでも扱いがいいことを祈る、全く期待はしてないが まあ変に人気者になっても困るんだが…w
>>666 木戸オタで銀魂見たよ、まあ扱いは悪くないと思った
全く木戸の性格とは違うんだがww
>>674 京都にすんでるのか、いいなぁ
うちは広島と山口の県境だから毛利関係の史跡は行きやすいけどね
>>679 だがどちらも重度の天然な辺りは、何かこう神の導きの様なものを感じた。
>>672 高杉も「妾と暮らしてたら妻が乗り込んで来ちゃったよどうしよう」だからな。やむを得ん。
木戸も高杉も関わって無いが、薩長鴻門の会とか、先代からして奴らのネタっぷりは神すぎる。
あ、鴻門の会には大久保が思いっきり関わってたなw
>>681 必殺「畳回し」だねw
木戸の天然で一番好きな逸話は、名前忘れたけど友人に
「知り合いの奴らが辞書作ったんだけど全く売れなくて困ってるから買ってやってくれ」
と頼まれて2000冊も買わされたことw
辞書作った奴らは、余った紙とその金で新聞刷ったらしい。
それが読売新聞の始まりだった、とか。
2000冊って、どんだけ性格いいのかバカなのかw
ちょww どんだけ金浪費してるんだ 松子さんに怒られろ!! 日々も確か木戸が福痴に金預けて作らせた新聞だっけ 新聞の父とか呼ばれてもいいのにな、ネタ的に
山縣篤蔵に作らせた曙新聞(旧名『新聞雑誌』)…とごっちゃにしてないか。 福地は日日創刊者じゃないよん。
>>682 木戸さんいいカモじゃねーかwwwwww
結構節約家のくせになにやってんだwwww
木戸生きてる頃の福地は記者でしょ。西南戦争の実況レポート。日日かな? 新聞社作ったっけ?幕府にいた頃の話?
新聞の父良いなぁ。っていうか何とかの「父」っていう当たり前の異名が羨ましい 木戸の他に何とかの母って呼ばれてる男いたっけ?
早稲田の母とか
木戸、そんなに尽力してやってるのに、萩の乱のとき読売と曙に 「首謀者は首を斬ってしまえって木戸公が仰せだそうですよ」 とか書かれて怒ってるんだよなw 「言ってねぇよ!誰だ!!」みたいに日記に書いてたが気の毒すぐるwww
690 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/05/30(土) 12:03:09 ID:QvBFsznM0
>>681 木戸って天然…なのか?
それはともかく、銀魂での桂はもはやギャグ要員なんですが。しかも出番が
最近はほとんど無いし。鳳仙編直後に少し出たっきりだし。もっと出番を、
出来ればシリアスな所で増やして欲しいもんだ。
>>690 そんなことここで書かれても。
木戸日記読めば天然な理由わかるだろ。ageるヤツは同じ人か?
ヤフオクで直筆の掛け軸がだされているね なんて書いてあるんだろうか
本物だよね? いいなぁ欲しいなぁ〜
>>684 ごっちゃにしてた…
しかも何故か福地と桜痴もごっちゃにしてる
どうせ近いから木戸の墓前で謝ってくるよ
>>689 連続スマソ
きっとまた何か誤解されやすいような
あるいはどっちとも取れるような言動したんだろうなと思った
もう一挙一動が注目される立場に居るんだからさ
もっと慎重に文句言えばいいものをwwとりあえず自重しろ色々とww
だがそこがいい
>>695 >>696 そうなんだよなw
首斬っちまえ!とは言ってないが、
「首謀者は助けようがないわな」みたいなことは言ってるわけだし。
「誰が書いたか見つけ出して訂正記事書かせてやんよ!」
と息まいてたが、結局どうなったのかね。
ここで必殺Zan☆bou☆ritsuを使わないあたりが
やっぱり木戸だと思ったw
>>695 (694か)はわざわざ謝りに行くのかいw
今ちょうど、木戸が正二郎くんに出した
「この程度の手紙も仮名なしで読めないようじゃふじこ!」
な手紙に「生きててサーセン」してた自分と一緒に行くか?www
ザンボウリツとは何か全く知らんかった自分も謝りてぇww 讒謗律で新聞、風刺画等により官吏等当時の為政者を批判することを防ぐ為に 公布されたのか、しかも明治八年に!実際逮捕されてるやつもいるのか… しまった今木戸の優しさつからしさにもろ涙したwwwwwwwwww
699 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/03(水) 08:26:22 ID:Ln4g4g18O
入口が「田原坂」なので木戸のイメージは風間杜夫なんだよね。 明治時代の大久保との関係は隙あらば家出する「妻」を「夫」が「子供達」や「親戚一同」を使って連れ戻すの図としか思えない。
その図自分も面白くて好きなんだが、結果が妻の衰弱死だと思うと笑えない物がある あの時代の医学じゃしょうがないのかもしれないけども 夫はさ、あの時忠告を受けて素直に護衛をつけてればもっと長生きしたはずだよね? じゃあ妻の場合、どこでどんな選択をしたら長生き出来たんだろうとifルートを探している
強いて言えば馬車から落ちなければ少しは寿命延びたかも でも数年ももたないんじゃないか つか例えとしては確かに面白いが、妻だのなんだのと強調されると気持ち悪いな
最後の症状から察して癌の可能性が一番大きいんだよな なら現代の医学でもどうしようもない気が… 廃藩置県をやり遂げた辺りで十分すごいしもう良いんじゃないか
>>701 ごめん。感覚が麻痺してた。木戸は数々のイケメン伝説を持つナイスガイだ
>>702 確かにそうなんだけど、じゃあ早めに引退して穏やかな余生過ごせんかったのかと
政治以外にも色々アンテナはってある人だから、それなりにやることあったろうに
体調悪いから引退して田舎でのんびりしたいとかいう言葉見るたびに悲しくなるんだ
木戸孝允関係文書4巻でたね。 収録されてるのはこ〜と。 一番多いのが三条実美で132通。次が杉孫七郎で100通。 杉は解説で「あけすけな下半身談が多い」と書かれてるんだけど、 青木周蔵の二の舞になってないか、心配でたまらない。
すwwwwぎwwwwwww 自分は周布さんが楽しみでたまらない。あと魔王パパの「どうか孫を東京に置いてやって!」コールが読めると期待している。
杉の下半身手紙読みたいなぁ〜。 青木のもまだ読めてないけど、図書館に置いてないから困る。 まったくこれだから田舎は…。
うそ!杉と下半身ネタは意外だな。あの二人は、どうしてそんなに親しいかが実は 結構探ったがわからんでいるが、下ネタだったのか。。。 青木と同じ系統だと、そこ、青木が杉の息子に青木家(本家の床下隠し財産除く) 相続させちゃうこともあり、そのへんのが妻とか夫とか言われそうなものを秘めているのか。。。 杉と木戸は異常な数の手紙が往復してる(ほぼ毎日でしょ)ので、選んだ人にも 問題あるんじゃないのか。。。 「と」までなら長も入ったな!やった。買いだ。 出張中につき、アクセス可で万歳!情報ありがとおお!!!
むしろ二人以上の後輩と下ネタ論説する木戸が気になってきたんだが なんなんだこいつwww
待て待て。 あの人間ATMとも下ネタやりとりしてるから、 最低3人は確実だぞw しかしたとえば薩の大久保に宛てて、後輩が 「小生の残念なポークビッツ、今度お風呂で見せて差し上げますよ」(c:青木) とか書いたりしたらどうなっちゃうんだろうなwww
現代だったら間違えてメールしちゃった(テヘッ とか普通にありそうだから困るwww
長州だから冗談になるけど薩摩ならガチに…
今後こんな後輩が続々明らかになったらどうしよう…ww 優秀人間のおバカな面を引きずり出しまくる木戸恐るべしww でも木戸が上司だと気兼なく何でも話せて愉しいだろうな〜 正直青木がうらやましい ≫709 ATMってだれのこと? 思い浮かばない…orz
709じゃないが、普通に井上って思ったんだが…あってる? あああ、もうポークビッツ食う時に思い出しちゃうだろw
井上は確か大阪会議時、一人木戸への誘い文句が女関係だったんだよな それで木戸が決心したらどうしようと一瞬心配したぞwww
715 :
709 :2009/06/06(土) 12:20:26 ID:t58CA6XJO
>>713 そうそう、井上のつもりだったw
木戸も色んな連中から金づるにされてるけど、
木戸はおサイフ、井上はATMだと思うんだ。
ATM、無尽蔵に金出てくるけど、
別にATM自身の金じゃないからなwww
なんかうまいこといったwww
だがATMはあくまで幕末で(引き出してるのも高杉が多いだろうし) 明治になってからさすがにそれはないと思うんだがどうだろう お財布は金あるけど煩いってか?なんかうまいこと言ったwww
>>713 >>715 そういうことか!ありがとう!
イニシャルとかと思いこんで井上を考慮から外してしまってた
>>717 明治になってからは「清盛」的な意味合では
言われてるほどATM活動してないと信じてるが
やっぱり天性の、現金自動預かりっぱあんまり払わない機だと思うんだぜw
お財布からも色々巻き上げてるしな…
刀とか竹田の代金とか賭碁の賭金(25円)とか
しまった
>>715 と
>>719 が思いっ切り矛盾してる…or2
払うんだか払わないんだか。
明治になってから、今のATMと一緒で大口取引が停止されて、
その代わり個人顧客相手のお預かり専門になった気がするw
連投スマンカッタ
伊藤や井上がえらいのは、丈夫だ、ってことだな。 特に伊藤。普通、あれだけ働かせられたら、木戸前後に死んでると思う。 あの時代の人は、え。。。。と思うような儚さで死んでしまうのに、終始元気なのがすごい。 下ネタの杉と青木も長生きなので、やはりその辺りに生きる力の秘密があるかもしれん。 だから、木戸は、後輩とその手の話するのは好きだけど、実際の興味はそれほどじゃないのかも。 木戸は、女好き、というより、女に好かれる人という印象。 グリフィスの資料を見ていたら、青木が外務大臣になるときの紹介文があった。 青木ファンの人にコピーあげたいと思ったが、それができないのが2chの辛いとこだ。。。
いや木戸も相当女好きだろうww 好子の母親が全く手がかり無いんだよな確か 忠太郎より好子について研究しろよと思うんだ萩市
723 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/07(日) 01:04:44 ID:VXVYJqpnO
たしか井上に「白物(白人)と相手するのは大変だからやめとけ」というような内容の手紙を出していたはず。 経験があったんか、木戸さん。洋行中ずっと禁欲してたわけないし当然か。 奥原晴湖とも噂があったらしいし。
晴湖は家に泊まって行ったりしてるからなぁ。 で、自分はそんな日記の記述に出くわしたとき、 「ハイハイ、やっぱり長州男児長州男児www」 とか思ったんだが、あとになってどっかで晴湖の写真見て、 やっぱり清い仲だったんじゃないかなぁ…と思ったw 木戸は基本面食いだと思うんだ。
こんな流れからあれなんだが 「三千世界の鴉を〜」は、結構女好きな木戸作説とカリスマ人気高杉作説は どっちが信憑性あるんだ? もともとあった説もあるみたいなんだが 三千世界は高杉作が定着しすぎだろ・・と思ったり・・ これも司馬影響?
二人の合作とかだったら面白いのに
奥原晴湖は自分が男になりたかった人だからなぁ。。。 むしろ、相手は松子さんじゃないのか、とも思っているのだが。 木戸みたいになりたかったのに、女の晴湖と、 芸術家になりたかったのに、政治家の木戸っていう図だと思う。 男女だと恋愛ってことにされちゃうのが、自分はちょっと不満。 奥原晴湖の南画って、好きだけど。 人間とか動物が、雑にかわいく描けてるとこがいい。
たとえ政治家を辞められたとしても、 木戸の夢は来世にとっといたほうが良さそうだなw まあしかし絵はともかくとしても、 戯作や漢文以外の散文文学が成長した時代に生まれてたら、 評論とかエッセイでそこそこ評価されたかもしれないとは思う。 本人真面目に書いてるのに、エンタメ系で賞取っちゃったり 爆笑エッセイとして紹介されちゃったりとかなw
×成長 ○成熟 すまそ
ひどいぞみんなwwwwww 妻忠そっくりだな!
桂の一番親しい長州の志士は誰になるんですか?
時期によって全然違うんだよ… 一番傍に居たのって、ひょっとしなくても伊藤か? 友人的な意味なら来原に一票、義弟になったし
親しい人>それはやはりお揃いシャツの。。。
あと、伊勢華、野村素介、宍戸環とか、青木あたりと自分は思っている。
山尾も忘れたくないな。それと、晩年にあたるんだろうけど、杉山孝敏。
奥平(前原の乱の)の兄が、ちょっと微妙。
有名どこで「親しい」のは井上、高杉じゃないかね?
>>723 「白物」じゃなくて、「白開」って言ってなかった?をい!そんなことこんな本に
載せていいのか!!と思った記憶が.....。
お揃いシャツって誰?!
日曜日のお父さんみたいなチェックのあれか…w
>>733 「白開」って書いたのは井上で、
木戸は「白物」でとどめてた気がする。
仲のいいのは広沢か
マスジも時々でいいから思い出してくださいww
マスジとは豆腐愛好仲間だよなw しっかしアク禁なげーな畜生
739 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/11(木) 23:06:13 ID:XhT0gGbnO
結構、天パだよね。 大久保は写真でも肖像画でもたいして変わらないのに…ずいぶん違うよね。 威厳はあまりなかったのかなあ。
740 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/11(木) 23:31:44 ID:ZiF9M1sG0
木戸は威厳は出さないで友達みたいに周辺の人と接したように思うけど。 違うかな?
741 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/12(金) 00:33:22 ID:oyGZ7BeNO
一応元勲だからね。 死んだ後、写真が発売されたぐらいだから当時の政府の中では「絵」になる人だったのでしょうけどね。
日本初プロマイド 笑うネタじゃないかもしれんがこいつだと異様に笑いを誘うww 誤解しないでくれ一応ファンだ、しかし脱糞くん見かけないなー
長州って威厳ある人が少ないような気がする、外見だけの話だが そうせい公はどっしりした感じだけど
>738 自分はもう2ヶ月になるぞ。。。でも、どういう効果があるんだろうか。 プロバイダーごとのアクセス禁止って。同じプロバイダー使ってる人 なんか知らんよ。。。 >734 お揃いシャツは、木戸と長三洲と下ネタの杉。木戸生家にある写真より。 最近、メンバーが増えてるような気がするので蛇足ながら。
人増えるのは喜ばしいけど下げてもらいたいもんだ。
>>743 みんないい年になっていいポジションについても
自分でちょろちょろ動きたがるからなw
「まぁお前にまかせっから良きにはからえ」
っていうんじゃなくて。
そういうところが顔に出てるんじゃないか、
とか思ったりしてみた。
そうせい公はやっぱり丸投げ体質なだけに、
鷹揚などっしり感が出てるんじゃないかと思うんだ。
携帯野郎が連投すまそ。
>>739 あれは天パじゃなくてコテあててんだろ。
ストレートの写真もいっぱいあるぞ?
きっとそんな日は明け方まで酔っ払ってどっかの廊下で寝てて、
朝、巻く時間がなかったんだぜ…
本物の天パはあいつだ、前原。
前にこのスレの誰かが
「前原は断髪が許せなくて蹶起しちゃったんだろ、
天パ的に考えて」
みたいなこと言っててクソワロタwwwww
前原カワイソスwww というか木戸は今風に言うと毎朝ドライヤーかけてるのかよ、おい!
748 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/13(土) 02:12:32 ID:bsX/TKfGO
おしゃれさんだね。 てか、セットがうまくいかないから出仕しない〜てやりそうだ、この人は。
下げろっつってんだろうがよ…
750 :
SAGE :2009/06/13(土) 07:11:33 ID:/gV2cKeEO
アーネストサトウって本名なんだな 日系人かと思った
メール欄にsageって入れろ。メール欄に。
>>743 へいジョニー、プロペラ髭をお忘れのようだな?
そして児玉源太郎はどう見ても威厳があると言うより可愛い系。
なんか初心者(2も歴史も)の人が連投してるのかな? 自分は749じゃないけど、基本、下げてほしい。頼む。
何で下げるのが良いの?
荒らしがわくからとか??
>>744 ちょっと待て。まだアク禁なのか?てっきり復活したんかと思った・・・。
他にもいるんだな。自分は最初やられた時知識なくてすごい悩んだよw
>>732 ほんと時期によって親しい奴違うよな。
大村はすぐ死んじゃうんでイマイチ日記の登場頻度が少ないのが残念なんだが
9年12月下旬頃の記述で
「益ニ郎は余の親友にして不幸の落命 余常に不堪悲嘆なり・・・(略)以下欠」
「山田顕義の宅にて亡友大村益ニ郎の祭事を営めり・・・(略)以下十二行欠」
っていう空白に、そんなに書きたいことがあってかつ書けないのか・・・と思ったことある。
木戸日記って728言うような筆力wもあるんだが、逆に書かれてない心情を想像させるとこないか?
明治7年5月台湾出兵反対で辞任となった時、連日山のような友人知人と挨拶だ、閑談小酌だ
舟遊で近来の一興のとまで書き、いよいよ皆と別れ横浜出発。其の時だよね、容堂公の掛け軸に涙したの。
んで翌日はさらりと、宿泊先で慶喜の短冊をよんでる。
その胸に去来するものは何だったのか、ここ無性に切なくなったの覚えてる。
木戸日記の実物を見たことない人間に教えてくれ! 以下欠、空白というのはそのままの意味で何行か空きがあって その遥か下段に同日の別の話題が書いてあったりするだろうか? だとしたら感極まって筆が動かなくなり 後で埋めようとして、結局書けなかったのかとか想像してしまう 728のようなことがあったら木戸は怒っていそうだ 本人あくまで悲嘆して書いてるつもりなら余計にwww
757 :
744 :2009/06/14(日) 01:48:00 ID:14hsDi9HO
>>755 まーだアク禁中なんだこれが。長いし多いし参る。
今住んでるマンションで契約してるから、
プロバイダ替えることもできないしなー…orz
木戸日記は、使ってる紙というか帳面が罫線入なんだよ。
だから「○行欠」は本当に○行分だけ空けてある、ということ。
あとで書こうとして忘れたか、
場合によっちゃ感極まって書けなかったんだろうな…。
ほんとに“行間を読む”じゃないけど、空白に余韻を感じるね。
あと空白になってなくても、いつもは日記でも長々弁じたてる木戸が
意外なところであっさりしてると、読む側としては
却って色んなこと詮索してしまう。
江藤が処刑されたときとかさ。何かもっと言いそうなのに、
憚るところがあったのか、色々思うことがありすぎて書けなかったのか
どうしたんだろうな〜って。
本当にいろんな意味で面白いものを残してくれたよ、木戸は。
ごめん間違えた!!
自分
>>745 だったわ…。同じく長ーいアク禁中なもんで
咄嗟に自分のことかと思った。
騙りすまそorz
玉野世履に裁かれてくるor2or2
759 :
755 :2009/06/14(日) 09:27:43 ID:+zHWXjbbQ
いやいや、おまいにも言いたい!今見直したらずっと携帯じょないか…。5月からずっとか。 そっちはとっくに解除と思い込んでた。すまん。 そして早速世履の裁きが下ったw また今朝からアク禁だ(+_+)
760 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/14(日) 19:43:29 ID:TXvfYs820
木戸は井上馨や山県有朋のような俗物な後輩についてどう指導してたんだろうかなー。 後々の奴らを見る限り、きちんと教育したようには見えんが・・・。
髭生やしたいいおっさん相手に 「指導」や「教育」の義務があるとは思えんのだが。 特に山縣とは個人的に親しいわけでもないことだし。 井上に対しては「責任は自分で取れよ」な“助言”はしてる。 それ以上の容喙を要求するとしたら、 それこそガチガチの藩閥を形成した上での話になるだろ。
指導だとか教育だとか相手を格下に見ることはないよな みんな同士だと思ってるだろ、木戸って
指導・教育は薩摩だよ。 長州は好き勝手にやってるイメージ。
井上も山県も「俗物」じゃないと思うんだが。 というか、そういうありがちなくくりで人物を見ると、理解を誤るんじゃないだろうか。 海舟がほら吹きとか、慶喜が卑怯とか、会津の殿様があふぉとか、竜馬が先進的とか 木戸が優柔不断とか、心配性とか、山県が愚直とか.... 一言でいうのは、作家がキャラクターを作るためだと思うんだよ。 彼らについて語ったりする場合は、このスレみたいに、もっと踏み込んでる方が面白い。 しかし、福沢の「ワキガで口が臭い」という評価(?)は、事実無根(だろ?)ながら、 反論できないものがあるw
765 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/16(火) 12:36:38 ID:OaIdtloJ0
>>764 山県が愚直、なんて一般的イメージは聞いたことがないが・・・。どちらか
と言うと「愚直」は会津の殿様のイメージだと思うのだが。
一般的にどうなのかは自分も知らんが、 しかし多分本人は「愚直」イメージで売りたかったんじゃないか。 「一介の武弁」とか言ってるし。 何にせよ一言でまとめると確かにわかったような気になるんだよな。
井上が俗物とか酷すぎるwww あんだけ財政とか財政とか民主化とか貢献してんのになんてことだ
「俗物」ってことは、世の中に一杯似たような人がいるってことだろうけど 井上みたいのは、世界の歴史でもそんなにいないと思うんだが。 金銭的に問題がある、強欲、みたいな意味だろうか。 清廉潔白というのは、政治家にとっての褒め言葉じゃないな。 アク禁て、プロバイダーが反応しないとだめらしいじゃん。。。 海外のプロバイダーがそんなものに対応しねーよ!! (ToT) どっかに引っ越さないか、みんな.... てか、ないかね、ほかに。木戸とその周辺について語れる掲示板。 誰か作らん? 会社から書くの結構大変でさびし。。。orz
たしかに井上だらけの世の中って壮観だわなw 自分はアク禁解けないままネット処女地(実家)に 移住してしまったから、当分携帯だよ…orz 不便は不便だけど、2chのこの雰囲気って好きなんだよなー。 どこの誰だか知らない、詮索もしない、 ただ話題(スレタイ)だけでつながってる、っていうの。
井上は幕末時代で何があるとすぐ腹切る!とか喚いてたんだよな なのに明治になると長州に勝手に帰るわ引き篭るわで 誰だっけ、木戸が長州閥辞職好きの始祖とか言ってた学者…
井上に魅力ないなら、渋沢や益田がついてかんだろー
>>770 あれだ、「伊藤博文の情報戦略」書いた人
木戸スレで聞くのもなんだけど、 井上を経済・財政面から論じた本ってない? 読みたいんだが見つからない…
おまいらレスが止まるなんて可哀相じゃないかww だが本当に知らないんだすまん
うん、自分も考えてるんだがごめんなw たしか吉川弘文館から出てる研究論文集のどれかに入ってたと思うんだよ。 書名は明治政府の政策とナントカっていうんだった気がするが うろ覚えだし、論文題目と著者名に至ってははさっぱり思い出せんorz なんかな、井上は私利私欲のためにATMしてたんじゃなくて、 個人消費の増大が国家経済の発展につながるという考えをもってたんだよ! な内容だった。はず。 自分それ読んでコピーも取ったから そのコピーを見りゃ一発なんだが、生憎今実家でな…。 不確かなこと書いてもアレだと思って放置してた。 てことで誰かこの論文知らないか?www
775 :
774 :2009/06/22(月) 01:54:54 ID:8x07qeTBO
連投すまそ。
『明治国家の政策と思想』だったわ。
「明治前期の井上馨の政治構想」って論文が入ってる。
あとCinii先生に訊いたら、それらしいのがちらほらあるようだが…
>>772 の求めてる感じとは違うのかい?
「本」てことだから論文じゃなくて一冊まるごと井上づくしがいいのかな。
だとしたらわからん。ごめんな放置した挙句にwww
776 :
722 :2009/06/22(月) 22:15:48 ID:TOTc0GIE0
>>773-775 レスありがとう
それとスレチ話題でレス止めてすまんかった
本でなくても井上の経済思想が分かるものであればよかったので助かったよ
井上がこのスレで前から高評価受けてるのを見て、
自分でも勉強したいと思ったんだが、本が見つからず困ってたもんで…
これから論文あさってみるよ!
経済というか、財務というか、そこを語らずに何について書いてあるんだろうか?井上の本というのは? 大昔の偉人伝みたいの以外は、どんなのがあるのかどうかさえも知らないんだが。 大蔵省が井上から大隈に代わる辺りが非常に興味深いけど。。。 って、大隈も大蔵卿だった頃のことはそんなに話題じゃないかも? 話違うが、例の林ただすの近デジ本を読んでいたら、廃藩置県というのは、それで 薩長が徳川と同じ立場になったから公平だ、という趣旨で認めてたので、なんか ほほぉ。。。と思った。幕臣の林から見て、そう見えてたというのが、目からうろこ。 (林は函館行った組) あの頃、幕臣を再登用せざるを得ない状況なわけだけど、廃藩置県はその傾向にも対策してたんだね。 幕臣側から言ってるのを読むと、なんか景色が変わる感じ。これが面白い。 だから回顧録とか日記とか書簡とか、好きだ。
自分も勉強中で全く人に教えられる立場ではないし(むしろ教えてほしいw)、
井上メインの本て読んだことなくてスルーしてたw
個人的には、
http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/imes/mes01.htm 大森徹氏の論文「明治初期の財政構造改革・累積債務処理とその影響」と
その問題点を指摘した齊藤壽彦氏の「大森論文に対するコメント」とかが
面白かった。
井上・渋沢の名前はタイトルにも、本文中にすらあんまり出てこないが(すまん)、
この二人が実は堂々たる主役だと思うw
で、この論文中でも明治6年7月からの地租改正だけは、T期(井上)との
からみが書かれてなくて残念。
明治4〜5年に全国に先駆けまず山口で、疲弊した農民層へも地主層へも配慮しながら
改租事業のモデルケースとして成功させた原動力は、井上とそれを支えた木戸だと思う。
地租改正と秩禄処分と累積債務処理といった歴史的なドラスティックな大改革を
健全な財政意識と政治社会環境の整備をしつつ進めたリーダーシップには素直に脱帽。
>769
ほんと2chって不思議な空間だよな。
でも京都や海外、山口あたりの事件事故のニュース見るとドキッとする自分w あほや・・・
なんつーかちょい切ないもんだな。
暦が違うのでアレだが、誕生日だな。 おめっとー。
779に便乗して。 おめでとー!
同じく おめでとう
その切なくも礼節を知る2chあたり(このスレはな)が、イジメの裏サイト的な 役割を果たしてるというニュースを読んだ。>778 もっと、専門的なアングラサイトとかがあるんだと思ってたから驚いた。 木戸と関係ないことを言ってしまったので、小五郎さん、176才(か?)おめでとう。 (旧暦なんで、厳密には違いますが) 176才と書くと、なんか、若いじゃん!と思ったのはなぜだろうw
はっぴーばーすでー木戸さんんん!!!
おめでとう木戸さん! 確かに176才、と見るとより最近に感じる 同じ年に生まれた大鳥だと今から100年前にまだ生きてたんだもんなあ
おおとりけいすけは、昭和の時代まで生き残り漫才師になりした。
桂小五郎よ、藩費失くて唖然とかネタ本でも発売すればいいのにな とりあえず祝っておくおめでとうww
>>785 お前おっさんだろwww
176歳ってたしかに最近の人だよな。
1ワセダとちょっとじゃん。
木戸もな、125歳とはいわないまでもせめてもうちょっとな…。
鯨海酔侯と飲み仲間な時点でもうダメだがw
ほすあげ
小野組転籍事件で気になっているんだが 白虎隊の山本覚馬と京都府大参事で京都発展に尽力した山本覚馬は同じ人? ネットで調べた限り分からなかった、どなたかご教授を
新島先生の仲人をしたのは槇村だったのかよ 木戸が一所懸命庇った人は良いことしてるんだなwwwww
>確かに176才、と見るとより最近に感じる 後世からみたら大きなくくりでは今現在も「近代」で、 自分らが所属してる時代は木戸らがスタートを切ったんだ、 ある意味同時代人なんだって思えたりもするな。 近代ってさ、まだ日本では未完成なんじゃって気がしてならないw 例えば木戸や青木は「憲法」が権力抑制用として最優先で必要って理解してる。 民意の向背を問はない「有司之随意」権力者による私政を憲法で禁じなければ、 ついに人民の反乱が起き外国の介入を招き亡国に至る、ことを西欧の歴史から学んでる。 『憲法対論』より要約 憲法の背後には統治権力がきわめて恐ろしいものだという発想がある。 ホッブスがリヴァイアサンと表現したもの。 「国家がリヴァイアサンだ、統治権力は危険だ」という発想を 国民が持ってないのは先進国では日本だけで、その点近代国家ではなく 立憲政治が成熟してない。儒教的影響から憲法に従うのは統治権力だけだ ということが理解できず、市民が従う最高原則を憲法だと思ってしまったりする。 法律は統治権力からの市民への命令で、市民にとっての義務規定だが、 憲法は市民からの統治権力への命令で、統治権力にとっての義務規定。 憲法が法律に勝るとは、市民から統治権力への命令が許容する範囲内でのみ、 統治権力が市民に命令できるという意味。 統治権力が市民からの命令(憲法)に服するとの約束、 それが市民革命によってなされた「社会契約」だ。 −−何というか、憲法を見直した(←つかこの時点で負けてるなw)
木戸、アメリカで憲法教えてもらったのに、司法と立法の関係というか、 議会と裁判所の関係というか、理解してないのか?当時はしてたけど、いま してない、という意味?(すまん、日本人の憲法理解がわからんくなってしまった) 自分は、rightとprivilegeの区別がおかしいと思う。 久米が特許局のことを褒巧院と訳していたので、ん?と思ったんだけど、特許 ってことばも、何お上に伺い立ててんの?と思って、改めて驚いた。 別に許してもらうものじゃない。公式にするって意味しかないはずのものに、なんか 日本だと、そこになにかとエラそー光線がまじる。 もっと書きたいんだが、時間がない。。。いい加減にしろアク禁。。。
794 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/08(水) 00:51:47 ID:f/E1Oyf/0
木戸孝允はアメリカの憲法については深く理解していたと思う。 しかし、当時の日本人の意識や時代状勢を考え急進的な改革は無理、 かえって日本の国によくないと考えて漸進的な改革を行おうとしたものと考える。
誰かー木戸の書いたらしい例のアレを翻訳してくれ。 木戸の官能小説家としての才能を知りたいんだ。
あれってどれだwww 分からん俺はもうココにいる資格ないんかwww
ふすまの下張りから出てきたアレだなw 漢文なんだが色々とアレでソレな内容のために、 「ああやっぱりこの人伊藤博文の先輩なんだな」 と実感させられる代物。 自分は冨ナントカさんの本に掲載されてたやつのコピーを 昔取ったんだが、あいにく今手元にないや。
×下張り ○下貼り すまそ
>>797 それそれ。
手元にあるんだがその部分だけここに書き込んでいいもの?
漢文の素養がないんで雰囲気しかわからん。
知りたいような知りたくないようなwwwww
よかよか。ぜひ、ご紹介くだされ。 2chだから、犯罪行為をそそのかすようなものでないんだし、OKでしょ。 まずければ、誰かが削除申請するんでないか? というか、江戸時代(明治?)の文章が、現在のどういう法に触れるかというのも 興味深いし。 例えば現在の放送禁止語と全く同じ語句があれば、伏字にすれば問題ないと思う のだが、どうだろう。 話ずれるが、その頃の記述って、エッチものより、現在使えない差別表現が てんこもりで驚くよね。語句そのものだけでなくて、考え方というか。
伏字にする必要なしぜひ書き込んでくれ 伊藤博文の先輩としての実力かなり知りたいってw
その漢詩、手元にある本だと最初の四句しか載ってなくて ググってみても出てこないから(むしろ出てきても困るがwww) 是非続きが知りたい。
804 :
792 :2009/07/11(土) 01:09:40 ID:v/IkYEEB0
>793、>794 ごめんごめん。 当時の木戸も分かってたことが、現代でも理解が浅くて自省って話ね>憲法 中江兆民を元老院に抜擢し、法の精神翻訳の序文を漢文で書いた木戸。 その時期と意味を考えると驚嘆。 ・・・と思いきや、その同じ漢文でアレ書いてるんだからな(萩時代だが)w エロの才能より客観的ユーモアにフイタ記憶。 手の上の何ちゃらってやつだよね?違う? 歴史上の人物なのにあんな<生身>を感じさせるものがあろうかw?
じゃあそのまま投下。見た限りでは放送禁止語とかはないと思う・・・。 カッコつけてるのはそれで一字。?はどうしても変換できなかった字。無知でごめんよ。知ってる人いたら補足よろしく。 太極上杯歌贈浜野箕山 太極上何所有、我昔聞諸亡溲、大極上本無極、無極無名無籍口、是生両儀初有名、乃日有名萬物母」 此母及笄字日坤、以従乾父結新婚、至哉坤母妙陰門、両間萬物資生元、衆妙玄牝元不二、伯陽並取称斯門」 含美有中外異状、門内誰窺秘蜜蔵、唯見夜深龍戦(酉斗)、其血玄黄草野漲、括?却得房中誉、所謂陰門太極上」 四徳亦称牝馬貞、含光弘大物咸亨、俯察山嶽江海大、仰観日月星辰明、人則堯舜同孔聖、物則麟鳳亀龍霊、其他英雄豪傑士、無一不自此門生、此理雖裁義父志、無窮変化難思議、我且空言体喋々、欲浮大白呼一酔、恰有故人寄尺書、附到奇妙稀代器」 其器維何焼磁杯、内緑外白質如瑰中題行昼三白字、日太極上亦奇哉、引満傾倒撫其底、宛然更横陰門来」 掌上一塊腰下肉、摩(才+妙)冷去滴芳醇、発酵饅頭温猶軟、含潮老(虫+牟)割初開、想見東家相思女、騒興感春十分催、亦是陰門太極上、不辞満酌舐(虫+牟)胎」 且舐且酌飲過度、既酔放君莫怒、古来豪傑出陰門、還入陰門迷出路、夏桀殷紂固勿論、秦皇漢武皆失歩、就中才子与文人、多情最為此門誤、司馬長郷杜牧之、古今此輩不知数」 嗚呼故人筆力萬夫雄、堂々文陣歌軍立、正奇百変縦馳突、八面難当三寸鋒、抜山之刀蓋世気、千人披麾叱咤風、己与頃籍同気象、豈無美人秘帳中、為恐英雄咳下泣、一敗不保勝功、今也割愛寄此器、虞兮何復誤重瞳」 我性難狂不好色、唯酒維配常伐徳、獲贈頃来三百杯、酔歌衝口詬相識、酖酒我与好色君、不知孰失又孰得、酒固伐徳并七身、色亦傾城且傾国、酒色至竟罪同科、自今与君誓不惑、大極上々々我捧此杯返無極。」
乙!これ打ち込み大変だったろ。 しかし何度読んでも自分も雰囲気でしかわからんわorz 多分だけど、浜野箕山の作で女色に耽る様を歌った詩か何かあるんだろうか。 じゃなきゃ伊藤博文的なことで有名だったのかね、箕山。 箕山に贈るとあるけど、萩時代の(しかも少年の)桂と交流ないよなぁ。 そんでわからないなりに読んだんだが、 …バカの桀紂はもとより、英雄豪傑もみんな陰門から生まれ、 長じては陰門に迷う。才子文人は多情多感だからなおのことで、 これはもうしょうがないっすよねフヒヒw 箕山先生も達文の人だから、やっぱりその道のほうもそれは、ね☆ ところで私は色のほうは別に興味ないんですけど、 酒がやめられなくていけません。 酒飲みとスケベってどっちもどっちっすよねwwwろくでなし的な意味で。 つことで自分、ここに誓ってもう酒に惑いませんwwwwwww な内容かな〜と(すごく大雑把だが)思ったんだが、 合ってる? 「色を好まず」とか言いながら前半の長いポルノ描写は何なんだとか、 結局酒もやめてねえじゃねーかとか、 色々突っ込みどころは多い気がするがw あと真ん中あたりで、なんか焼き物の器が女のソレに化けて ナニかしてる気がするんだが、これは読んでる自分の頭がおかしいの?
808 :
792 :2009/07/12(日) 01:48:17 ID:ogaqYL3v0
投下乙。ありがとう。 萩時代って勘違いだった気がしてきた>807 同じく雰囲気読みが何だが、そのまとめの出来の良さ、 木戸に見せてやりたいと思ったw これ、単に酒色を諌めるのに、 太極の宇宙の成り立ち「無」から語って両儀四象八卦、 中国古典『易経』の「至哉坤元 万物資生」までパロって、 深い造詣に支えられた壮大なアホエロ世界観を繰り広げた後、 ラストの〆が、この杯をまた「無」に戻す、とな。 なんという教養の無駄遣いw ちなみに真ん中あたりは木戸の頭が酔っ払ってるのだと思うw でも(且舐且酌飲過度)飲みすぎたんで(既酔放君莫怒)許してくれ だと。※一文字足りないか?
激しく乙wwwww 木戸はかなり陽気な一面があるんだなとよくわかった
漢字変換めんどくせーから竜馬でいいじゃん、とか言っている自分は、 ここにいる資格ないなorz しかも句読点(というのか?)つきで、乙乙乙>806 これ、太極では、というのと太/大が極上というのと、かけてるよね?違うかな? どういう前後関係で書いているのだろうか。 よくはわからんが、はじめ、なんか、じじくさい達観に思えたのだけど 何度か見ていたら、子供の知ったかぶりか?という気もしてきた。 虞や虞やなんじは今何時?な三国志だし、必要以上に故事成句のパロディーっぽいというか。 饅頭云々とか、なでると身体があったまって云々とか、その手の指南書の表現っぽいんで 木戸自身の経験から出ている言葉ではない、と見たがどうだろうか。 わかめざけの話?とも思えるがw で、はつばちをわっちゃってる老虫牟というものは何?牛の形の虫で、なめくじ?とか思ったけど 武器を持ってる虫で、クワガタとかカマキリとかかね? とりあえず、こぴぺ永久保存させて頂いて、長く楽しみます。乙乙
え?掛けてる…か? 太極は要するに男女陰陽の成り立ちってことで出てきてんじゃね? 老虫牟はなんか貝的なものかなと思うんだが 大漢和引かなきゃ駄目たなこりゃ。
とりあえずエロイことがよく分かった 禁書レベルってこともよく分かった おい木戸ww 外国産のエロ本が暴露された山田といい長州人ってww
813 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/15(水) 00:55:02 ID:Th5ba9uvO
木戸や山田は長州の中では真面目系統扱いなのに。 でも、二人共、外にしっかり子供を作っていたし。
なんとなくタモリ倶楽部的なアホさを感じた。 たまにある、教養番組を装ったエロ特集の時の感じ。 山田五郎が出演してるような回の。 酒が入ると楽しくなるタイプだったのかな。
教えてチャソでスマソ 山田の暴露ってなんだ?
行李いっぱいにエロ本所蔵してたってやつじゃね?
>木戸や山田は長州の中では真面目系統扱い 不真面目系統扱いって誰なの?伊藤=女好き、とかそういう感じ? 系統分けされるほど長州の人が団体として取り沙汰されているというのに 激しく興味あるなぁ。 誰がどっちとか、他にも系統あるんだったら知りたい。 山田、外国からエロ本行李に一杯持って帰ってきたの?そうじゃなくて 別々の話?行李一杯の外国のエロ本だったら、見たいなぁ。 どっかの秘法館で公開してくれ。 どこで仕入れたんだろ。ステレオグラフのヌード写真とか、高く売れるぞ。 山田が外国で一人でそんなもの集められるわけないんだから、間に入ってる人 いるわけだろ。知りてぇ〜〜、それについての青木/山田書簡!
伊藤や山県を批判する時に木戸や山田を出して、 前者に比べ後者は先進的でリベラルだった〜と 長州閥良心的存在扱いされている時があるけど そりゃ違うでしょと。 山田は内務卿時代には言論弾圧してるし。 議会開設についても不安だったようで(この点は山県とは共鳴してたらい)。
なんてそこで青木 エロ本仕入れ人の認識かよ青木w
司馬が長州は金で薩摩が女と書いたけど、長州は金と女だろ。
>>820 それ自分も思ってたwww
そして薩摩が女ってのもなんか違和感。
子作りチェスト松方の事例とか考えるに嫌いでないことは確かだと思うが、
それを前面に出すような奴だと、軟派だとか言われて
仲間うちから排斥されそうな気がするんだが、あの連中の場合。
ていうかどうも女より稚児のイメージが強いんだよなぁ…
伊藤はアラビア馬の先頭だと思うが。木戸、大久保の生きてる時代だけど。 山田って、人気あるのかな?いろんなとこでチラチラ名を見るが、なんでだろ。 自分の知らない間にドラマになったとかかね? 憲法出来てから山田死ぬまでの間って、新説みたいのとかあるんだろか? >なんてそこで青木 ドイツ青木、おふらんす西園寺、イギリス中井(いないか?)、アメリカ岩倉具定 と予想しる
山田のは、エロ本というか「色っぽい小説」だとどこかで読んだ気がする。 それもフランス語のね。 山田が使節団の時に欧州で一番滞在していたのは仏だろうし。 長州は金、って一部の人しか当てはまらないんじゃない? 木戸も伊藤も金はそんな興味ないと思うんだが。 幕末期に若い連中が金を勝手に使っちゃった☆ていうのも女のために、じゃない? だからどちらかというと女>金というような。 商業がさかんだったから、当時の武士の感覚としては 金が好きなように見えたのかもしれんが。
長州は女遊びが激しくても子供は少なくて、薩摩はするとなったら子供がゴロゴロ誕生ってイマゲ 白い崖〜を読んだ人はわかると思うが、木戸にしても洋行中の松子さんの手紙とか現代人からすれば普通にひくよな。 昔に読んだから曖昧だが「14歳の美人を新しく召使に雇いました。帰国したらお楽しみになってください。」って 「お楽しみ」ってそういう意味じゃなくても妻の立場でそれをいうかってか、自分の世話してる女中はダメでそっちはいいって基準が最早わからん。 実権を握らなかったおかげでリベラルイメージがつく木戸山田に比べ中枢でバリバリだった伊藤はやはり叩かれやすいと思う。 長生きのせいで典型的な偉くてエロい爺化したからエロイメージが異常に強化されてる気も。エロイのは事実だが。 随分前の日テレで伊藤と梅子さんの話やってたけど、女好きの部分をはしょって出会い、妻への手紙、妻についてのインタビューだけ放送すると伊藤がまるで良き夫になっててふいたよw どっちも本当の一面だと思う
山田人気は秋山センセの影響なのかね? 読んだことないけど。 伊藤、死んだときまで影が「女」の字になってるポンチ絵描かれてたもんなw 生前新聞記者かなんかのインタビューに答えて 「贅沢も蓄財もあんま興味ないわ。 俺芸者遊び以外に趣味ないから(`・ω・´)」 とか言い切ってたのが実に清々しかった。
長州は女遊び好きの割には妻一人妾なしが多い 薩摩は比べてみんな置いてる西郷も大久保も置いてる まあ長州のやつらはみんな恋愛結婚してるからだろうが そこらへん先進的すぎるww
話とばしてすまんが、誰か外務省の資料館(?)でやってる日英関係の展覧会(?) 行った人いる?ミーハー質問ですまんが、下ネタのすぎまごの写真あった? webで見るとないみたいなんだが。なんか特別資料売ったりしてるのかな。 9月までやってるようだから、誰か行ったら、どんな展示か教えて下され。
828 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/18(土) 15:52:54 ID:de7yxJT30
伊藤の女好きについては、アンサイクロペィアでも揶揄されたからなあ。 実際、「伊藤誠氏ねの先祖は伊藤博文だったんだー!!」 「なんだってぇぇぇ!?」 って言われても嘘っぱちなのはわかっちゃいるが違和感はない。
名前の元ネタだしな>誠死ねと伊藤 誠は死ね!って思うけど伊藤は相手も割り切ってるのが多いだろうから許せる あ、でも入江妹を考えるとやっぱり伊藤も氏ね
新橋か深川の落ち目芸者をつまみ食いしてみたけど 一回きりでその後知らん顔してたらその姐さんにキレられて、 「どういうつもりなんですよ」って宴席で絡まれた …って話がなかったっけ、伊藤。 伊藤が困って逃げ回るのが面白くて、落ち目だったその姐さんは 一躍売れっ子になったとか何とか。 芸者宛の手紙が弾正台に高額買取されたお陰で その芸者さんが借金きれいにできたっていう木戸といい、 長州勢のその手の行いは、たま〜に陰徳積んでると思うんだw しかし入江妹はほんと気の毒だよな。 舅姑にきちんと挨拶して、仏壇に手合わせてから去ったっていうのが、また… それが作法とはいえ泣かせるわ。
なんとなく流れが滞っとるw ifルートはなんだろう。 外国から帰ってきて、断固隠居生活で温泉めぐりとかしてたら もしかしたらもうちょっと長生きしてたかもしれん。 そうなった後の国はどうなるかわからんが、隠居しててもいろんなことが 気になって気になって結局胃が荒れてそう。 いいルートないものか…
但馬城崎から帰らずにずっと隠れてたら寿命は延びたかも そのかわり日本の寿命は尽きる
ここは伊藤氏ねスレかw 伊藤の女関連は詳しくは知らないけど、なんで離縁までしちゃったんだろうな 妾として置いておくとか考えなかったのか 身分的にだめだったとか? 木戸スレだから木戸に話を戻すと木戸も最初の妻とは離縁してんだよなぁ 入江妹は伊藤と山縣が取り合った末、結局伊藤の嫁になったってのを聞いた気がするんだがマジなんだろうか 山縣の方にいってたら違ったかもなぁ 木戸山田に長州の良心的イメージがあるのも大久保伊藤山縣と対立した人って印象があるからだよな 岩倉大久保伊藤山縣は嫌われやすいから なんにせよここらの時代はifを語りたいとこが多すぎる
時々でいいから最初の妻と離縁しただけじゃなくて 中井の嫁を寝取った井上も忘れないであげてくださいね!!!11 …といっても、武子夫人は離縁されてたから余り問題はないけど。 むしろ子供を外から作ってきた挙句、邪魔だから里子に出したのに 血縁が途絶えそうになったら金積んで連れ戻した山田氏ねだと…。 この頃はもう死んでるけど。 伊藤のことを弁護するつもりは無いけど、実子が生まれても 嫡男は井上の兄の子供から貰った養子にしてるし、筋は通してるんだよ。 だから梅子夫人の事も正妻にしたんだと思う。 夫婦仲もよかったみたいだし、伊藤はちゃんと正妻を立ててるしな。 入江妹と山県と伊藤は小松緑の「伊藤公と山県公」ってやつじゃないかな。 その本に確かそんな記述があった筈。で、南條氏が脚色した感じ。 どの道、入江妹は山県のところに嫁いでもだめだったと思う。 最初の嫁って大抵離縁されてるし。 あ、木戸は逃げられたんだっけ。ごめんごめんw
木戸と一緒にすんな、木戸は離縁してない ただ離縁されたんだよwww 木戸のあの時の実家の密度は逃げたくなるのもわかるが
木戸の家ってなんか常に女どうしギスギスしてるイメージがあるんだがw 姉さんとおハルさんとか、おハルさんと松子さんとか。 あと松子さんとおこのちゃんもなwww
醒めた炎の著者って戸塚ヨットスクール支援してたんだね ちょっとショック 自分の子供には一切手を上げず激甘で他人の子供は半殺しにしたり死ぬまで追い詰める教育者なんて木戸は嫌いそうだがな
838 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/22(水) 00:44:37 ID:b7mwS5RgO
木戸修は元気か?w
木戸に関するifで、自分がひたすら思うのは、 洋行から戻った後、人力や馬車から落ちない。 全ての元凶はここにあると思う。 だから、逆に、それらは暗殺未遂ではなかったか!とも思う。 あと、岩倉使節期から明治8年に至る西郷弟の留学。
木戸周りの人死にが少なければ、多少は気の持ちようも違ったかもなぁ。
江川吉田中島親子、周布敬親公に来島のじっさま、坂本中慎大村そして村塾の連中。
まぁあの時代じゃ無理な面はあるが……
敬親公は畳の上で死んでるけど、53歳はまだ若いよなぁ。
>>824 松子さんは、職業柄もあるかもしれないが、何よりも自分が子を産めなかったのが
申し訳なかったんじゃないか?
江戸の気風の中で育った人だし、それなりに名家の姓だし、参議まで務めた家が……と。
まぁ養子貰ってっからいいっちゃいいんだけどw
その辺りは、現代の感覚では測れないと思う。
841 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/24(金) 00:13:22 ID:bzVa7vXt0
木戸の実家である和田家は思いっ切り元をたどれば、戦国一の謀将、毛利元就 だった事を知り驚いた。驚きつつも、元就の英才が数百年を経て木戸に受け継 がれた事にある意味納得したな。
>>840 >木戸周りの人死にが少なければ
なんかわかるなあ、それ。
明治になると特に木戸が頼れる年上がいない気がするんだよ。
敬親公が最後、ていうところかな。
木戸って、年下の面倒見るのも好きだが年上も好きじゃない?年上受けも良いし。
周布さんあたり、誰か残っていたらなあ、と。
そうしたら多分その人が長州のトップで木戸は二番手になっていたんだろうけど
もしかしたらその方が木戸の精神的には良かったのかもしれん、と思う。
両親早く亡くしてるせいか、年上コンプレックスみたいなとこあるよな。 妙にジジ懐こいしw 後進は庇ってやりつつ、上からもまだ指導仰ぎたい、という感じがする。 基本的にオカンだから人の話聞くの好きなのかなと。 で、その話ってのが年下からの威勢のいい書生論や 「助けて」「お金貸して」っていうのばかりじゃ疲れちゃう。 年上の余裕のある意見や、たまにお小言なんかも もらったりしたかったんだろうな、と。 明治政府の主だった連中で年上っていうと 残りの2傑と岩倉あたりだろうが、 みんな木戸の「おとうさん」するのは無理すぎるからなw お互いやりたくもないだろうしwww
そういえば、誰だかに叱られて喜んでたことがあったような。
>>841 途中で養子とか入ってるだろうし血が繋がっていると断言は出来ないだろうけどね>元就〜和田家
手紙魔だったり身内にやたら口煩さかったり、(大河だけど)ぼやきまくりなのを見ると
確かに長州人の祖だなあと改めて思う
来原が生きてたら木戸も随分助かったんじゃないかな、
この二人は年齢差とか伊藤井上コンビみたいなイメージがある
周布、殿様、容堂、名前忘れたけど、萩の先生、この辺の人の死は、相当こたえてるよね。 木戸のお父さん的存在は伊勢華でしょ。 東京でも京都でも、ほかのことは放り投げて、おもてなしに余念がない。 山口/萩でも入り浸ってるが。 あと高杉父とか。 でも、お父さん的な人より、他人の母親と仲良くない?青木(仲いいわけではないか?) の義母とか、伊藤とか、井上とか、なんか、よそのお母さんによく会ってる印象。 来原生きてたら、伊藤はあんなに出世できなかったと思うが。。。
伊藤と井上の母さんって…… どこでそんな話読めるのかぜひ教えてくれ! 木戸うんぬんよりあの二人を生んだ存在が気になるwww
御神酒母'sとの仲良し話、自分も激しく知りたいw あんまり関係ないけど、明治何年だったか妹に宛てた手紙に 「俊輔も出世したことだから、あれの両親への挨拶は 今後それ相応のものに変えるようにね」 みたいに書いてたの思い出した。 さすが「母」は注意が細かいなぁと思ったもんだが、 仲良かったてのは、やっぱり「母」気質が 他人のオカンとも呼び合ってしまうんだろうかwww
仲いいという話があるかどうかは知らんのだが、日記とか手紙とか見てると、 かーちゃんに会ってくれたようで、どもね とかあったり、なんでこんなとこにいる?ってとこで(どこか忘れた)、 伊藤のかーちゃんに会ってたりしてたように思った。勘違いか思い込みかもしれんが。 でも伊藤のかみさんとは仲いいと思う。 この頃って、伊藤いないだろ。。。ってときに、訪ねて行ってるでしょ。 行ってみていない、ってのじゃなくて、東京に伊藤いないだろ、ってとき。 戌の日に腹帯するのとか、男が行くものかね?親戚のおばさんか?と思った。 伊藤と井上って、よくカップリングされてるけど、仲いいのかね?悪くはないだろうけど、 伊藤と井上が一緒にいるっていうの、じーさんになってからはさておき、 木戸の生きてるうちまでは、イギリスに一緒に往復した以外に、何か一緒にやってる? 自分としては、井上は藩のことをかなりやってるけど、伊藤は殆どしてない(というか 多分出来ないんだと思うが)、伊藤は純粋な政治家、井上はむしろ実業家、という感じで、 そんなに接点ないように思うんだが。 やっぱ、じーさんになってからの印象なんだろうか。同じ長州藩出身だし。 出身が同じで、ある程度長生きだと、親しいような感じになるっつーか、そゆこと?
膝枕してアイス食わせてなかったけ? 若い頃は船で井上が伊藤の腹痛の面倒見てやったじゃん 年取った後は伊藤が井上の病床で糞尿の始末した そーいうイメージw
井上が尿毒症になった時か。その後の完治パーティでお互い 泣きながら喜びあったという後日談もあるな。 それと伊藤の弔辞は確か井上だったよね。井上が泣きながら棺から 離れなかったエピソードもあるし、本当に仲良かったんだな。 出身が同じである程度長生きでも山県と伊藤は…。おっと、誰か来た。
>>851 が三宅坂からの刺客にロックオンされたようだぞwww
井上全快パーチーでの伊藤のスピーチはなかなか泣けると思うんだ。
あの二人の仲の良さは特別だが、
山縣の嫌われっぷりもまた尋常じゃないよな。
よく知ってる同郷人からも、新聞でしか知らない国民からも、
どっちも相当嫌われてるw
もういっそ無朋に改名しても違和感ないと思うんだ。
あれ?今日はやけに隣の犬が吠えるなぁ…
それでも山県の本性は伊藤よりよっぽど友達甲斐がある と思っている人間が通りますよw
854 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/07/26(日) 13:35:15 ID:DIW0YvYPO
奴
桂は、松陰とは全く政見が違うんだが なぜどこもかしこも松陰の弟子と強調するのか分からん 師匠ならまず斉藤先生じゃないだろうかね
弟子じゃないよね。でも師弟関係ではある(明倫館など)。 関係が薄いことになると、松陰の「弟子」の高杉とか久坂との関係の説明が面倒だからじゃないか? 松陰の弟子ということになっているのだとすれば。 自分は、実際に松陰と小五郎は、師弟の礼をもって、親しい関係と思ってるけど。 小五郎の方が江戸に詳しいし、学者以外の人脈は斉藤道場にいた小五郎の方が大きいし。 でも、松陰のことは「師」として遇してるし、語ってると思う。 政見というとどうなんだろう。松陰と接触ある時代の小五郎の政見というのは。 江戸に出てからは水戸の影響が大きいだろうと思うんだが。 松陰はむしろ象山で、水戸系じゃなくない?会沢正志齋っぽいかな? 自分は木戸時代の方に主に興味があるので、なんか、松陰のいる小五郎時代って、 ものすごく遠いことのように思える。 そう思うと、激動の時代の波に乗った木戸の凄さがわかるんだけど、やっぱ、一時代 だけを担った人の方が、小説なんかには描きやすいってことはあるよね。
小、中の先生でも師として遇するよ 大して教わって無くても、気持ちの上では師だから間違ってはいない 木戸はそういうとこ律儀な人なんだと思う。 萩時代の剣術師匠も東京に来たとき 馬車に乗せて自分は歩いて案内したとか逸話あるじゃんw
858 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/01(土) 11:27:32 ID:T5VvOwbGO
木戸クラッチ
>>856 松蔭自身は水戸とは一線を引いてるつもりだったみたいだな。
アメリカへの密航を企てた前後の書簡を見ると基本的に永井雅楽と同じような富国強兵を考えていたのは明らかだし。
同じ長州の永井が江戸で雄藩の偉いさん相手に演説かまして、それがかなり浸透して支持を集めてたっていうのも松蔭の思想にかなり影響してると思う。
860 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/05(水) 10:40:20 ID:Zuh8TJ38O
木戸修
木戸の場合江戸留学初期の日記が 意訳:どうすればいいか分からんただ勉学のみ だから松陰の影響はほぼないようなもん
「週刊ポスト」に桂小五郎の名前が。
どんな記事?
旅館「幾松」の事。たいした記事じゃなかった。
>856 松陰はむしろ象山で、 松陰像って後世で解釈される用途wに会わせて色々変わってきたけど、 うん、根っこは象山ぽいと思うな。 安政元年密航失敗で野山獄に収容されてたころ、あの優しい梅太郎兄さんは 『幽囚録』を送られ「最初の三分の一はすばらしい。でも残りの三分の二は 西洋臭いことの大嫌いな叔父上(玉木文之進)は眉をひそめられるだろう」 と返事して佐久間象山の影響を示唆。 で、松陰の返事は 「西洋臭きか。身についた糞はくそうない、あはははは」だそうで^^; 後期水戸攘夷は当然のベースとして、象山松陰、江川川路斎藤や小楠一翁とか 木戸をキーに流入した諸先生?の思想体系化って面白そうだ。 >857 馬車に乗せて自分は歩いて案内したとか逸話あるじゃんw 木戸ってほんと恩師好き。先生をゆうせんせい!・・・すまん。あははははw
アンサイクロペディアの木戸のページ、後半がごっそり変えられてる… 批判自体は仕方ないけど、ネタもなく捻りも笑わせる要素もなくただしょうもない内容 前の記述が秀逸だっただけに余計がっかり
>>866 今見てきたけど…なにこのがっかりクオリティ。
前の記述好きだったのに…保存しとけばよかったorz
あとこれ書いたやつ、
たんにアンチしたいだけだろくそがと思ってしまった自分が大人気ないw
868 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/11(火) 23:02:36 ID:/YJx18mE0
>>866 木戸の記事もそうだけど、アンサイクロペディアの長州藩と毛利敬親の記事
も何のひねりもない、って言うよりネタも笑いもほとんど無くてウィキと大
して変わらん。
もっと、面白く捻ったのにして欲しいな、と。
え!ここで絶賛された前のアンサイ作者、ここにいたじゃん。 まだ見てないけど、笑いのセンスがないものだったら、あそこに書いておく意味ないよね。 木戸本人が見ても喜びそうな内容だったのに。 >865 江川川路斎藤の斎藤は弥九郎(久か?)だよね? というか、その全てのサークルに海舟がいるぞ、と思って驚いた。 適塾とか咸宜園は、その流れと違う、と考えると、むしろ松陰が異質なんだと思う。 松下村塾は、政治結社的な性格を持っていた学校というか。 尤も、その時点では誰も松下村塾を適塾や咸宜園と並べてた人はいないんで、 後から無理無理3つにしないでいい、って感じもするが、松下村塾から見ると、あの 辺りの歴史は、却ってわかり辛いように思うのは自分だけだろうか。 なんというか、逸話的なものでしかないというか、全体像が見えないというか。 やっぱ、当たり前だけど山県伊藤山田あたりの影響なのだろうかね。 自分は品川であってほしいけど。
871 :
867 :2009/08/12(水) 21:39:24 ID:stjBNNE00
>>870 おおおおさんくす!!!
やっぱこの記事うまいなー好きだ。
これ書いた人と870に感謝。
872 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/13(木) 22:06:11 ID:dSMjdlG+0
>>870 こっちの方が格段に面白いですね。
ファンかアンチかどっちの目線に立った記事にするにしろ、アンサイクロペディアなんだから面白くないと意味がない。
反対側の意見の人も思わず笑うような記事こそあそこの真骨頂。
873 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/13(木) 23:20:56 ID:4BEMbCJV0
維新後になってつけられたあだ名 醒めた炎ってどういう意味なんですか?
何であだ名? 小説の題名だと思うんだが…
>>870 ありがとう!PDFで保存した!
そして現在の惨状に涙。面白くないよー。
木戸さんの渾名は婆さんだよ
>>870 いい奴だな・・・(感涙。前スレであのURL載せた者としては、関係ないとは思うが
ちょい焦った。全般的にその辺の判断いまだにすごく迷う自分...orz
>>864 こっちも大した記事じゃないけど先週の「週刊朝日」司馬連載『坂の上の雲の世界』
の中で木戸の話がちろっとでてた。
明治元年生まれの秋山真之が中学一年の終わり頃
「母さん、あし(わし)歌を習いたいが」とせがんで、男子の末っ子に一番
甘かった母親が苦しい家計の中薦めたのが井出正雄という歌人。
井出は松山藩士時代は利け者として知られ、修羅場もくぐった。
第二次長州征伐の時、松山藩も幕軍の一手として出陣したが、そのとき、
海港三田尻で長州の代表者木戸孝允と談判したことがある。
幕府が瓦解してから、
−−−あの木戸らが出る世になったか。
とひとことだけ言って時勢に対する批評をいっさい断ち、
短歌結社をおこしてその主催者となった。とな。
なかなか想像させるではないか。
その短歌結社は、真之だけでなく子規や松山の歌人ほとんどが属するほど賑わったようだが、
後年それら古今新古今風の形式短歌に対し、子規が革命をおこして現代短歌をつくる。
やっぱ司馬って面白いわ。
>>869 斎藤は弥九郎のつもりで書いた。
海舟は、その、どうも思想って言葉とそぐわないんだw
878 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/17(月) 00:35:29 ID:8OlVEWa4O
脇固め
879 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/17(月) 23:24:24 ID:CNzGVYPn0
前々から思ってたんだが… 戊辰戦争での会津藩への処置には長州藩の意向(私怨も大分入ってるけど)があったのは間違いないのだろうが、 木戸自身は会津への処置はどうしよう、と考えてたのだろうかな。 蝦夷地に飛ばそうとしたのを薩摩に反対されて断念したと言う話がある反面、後に困窮する会津藩士に対 「何かあったら言ってくれ、いつでも相談に乗るぜー」なんて言ってたてな話もあるし… 一体どっちが正しいんだろうか。 でも、仮に後者の感情だったとしたら長州の他の連中に押し切られたって事か?木戸ほどの立場ならある 程度自分の意見を通せると思うのだが、どうなんだろう。
私怨を持ち込めるほど長州つーか新政府に余裕は無いと思うが。 埋葬云々のデマは今だに有名だけど、そもそも戦後処置を行った人々の中に薩長出身は居ないんだよな。 その後の処置にしても、旧領にいても良いんだからかなりの温情をかけている。 前と同じ石高で蝦夷に、てのは藩士が困窮しないように、て事じゃないのか? その会津藩士への気遣いと全く矛盾してない。
日記だと、殿様の処分は厳しくしろ、藩士は殺すなと言ってると思った。 木戸が個人的に思ってたかどうかは知らないが、新政府の方針としては、 猪苗代に行ってほしかったんじゃないだろうか。 結局、その後、他の藩の士族が入植するわけだから、会津にそれやって ほしかったんだと思う。でも青森の果てに行ってしまったようだが。 で、木戸、何の私怨が会津にあるの?池田屋とか、その辺のこと? 山本覚馬とか、広沢安任とか、むしろ仲良くない? 覚馬妹と新島は、木戸が間に入ってる気がして仕方ないけど。 自分は、木戸はかなり会津と近しいと思うが。 自分が、木戸は好きじゃないんだろうな....と思うのって、佐賀の殿様と薩摩の久光。 まぁ、よその殿様まで好いても困るが。
日記で思いっきり呼び捨てにしてたもんな、久光w 容堂公に対する扱いとえらい違いだ。 閑叟のことを何か言ってたかは記憶にないんだが、 佐賀のことは気に入らん風に書いてたよな。 維新に際して一功もないくせに何たら、とか。 でもそれをいうなら土佐だって日和見な気がするんだが…。 下っ端連中がフリーで成した「功」はでかいけど、 容堂はあくまで尊皇敬幕だし、なんか煮えきらんとこあったよね? (自分は容堂好きだが) そのへん木戸的にどうなんだろ。 あれか、「酒呑みに悪人なし!」の理屈なのかw
883 :
879 :2009/08/18(火) 10:53:50 ID:8wvsnwvP0
なるほど、やっぱりどちらかと言うと会津への過酷な仕打ちは木戸の本意じゃ
ないけど、他の強硬派連中に押し切られたって事か。
>>880 >そもそも戦後処置を行った人々の中に薩長出身は居ないんだよな。
戦後処置を行った人々の中にいなくても圧力をかけるのは可能じゃないかな。
「会津にぬるい処置しやがったら…お察し下さい」てな感じで。
>前と同じ石高で蝦夷に、てのは藩士が困窮しないように、て事じゃないのか?
同じ石高、ってのはこの場合はあり得ないと思う。やるな斗南みたく大幅減封で
やるでしょう。その場合、実質石高は斗南よりさらに低くなり、より悲惨な事
になってたかもしれませんな。
>>880 >木戸、何の私怨が会津にあるの?池田屋とか、その辺のこと?
木戸はともかく、他の「尊王攘夷」だった長州の連中は根に持ってたんじゃないかな。
>新政府の方針としては、 猪苗代に行ってほしかったんじゃないだろうか。
邪推かも知れませんが、猪苗代か斗南と言う選択肢がどうもひっかかります。
疑心暗鬼に陥っていた会津が「ここで猪苗代なんて言い出したらまた薩長の
連中が因縁ふかっけるのでは」と思っても不思議ではない。邪推だけど新政
府はそれを狙ってこんな二択にしたような気がする。
本当に悪意がないのなら、別に斗南でなくても越後あたりに持ってた飛び地
でも良かったのでは?
884 :
879 :2009/08/18(火) 10:55:34 ID:8wvsnwvP0
885 :
880 :2009/08/18(火) 12:49:33 ID:y/jgfWPjO
>>883 木戸は同じ石高で蝦夷に、って言ってたんじゃなかったっけ。
南西出身より寒い地域に慣れてるから開拓も期待できるし。
つかこれって会津藩士救済の為の建白だろ。
この時期に、長州のトップ2である木戸と広沢を押し切れる人(団体にしても)は長州にいるかなあ
広沢って木戸以上に穏健派だよね、会津へも早くから擁護してるし。
886 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/18(火) 21:25:52 ID:mZovk1Yh0
木戸の会津処分案(木戸文書によれば)は、東北(猪苗代か斗南)に三万石。 それに上乗せする形で、蝦夷の開拓をするならば蝦夷地の内で十二万石を与えて開拓させるだった。 これが実現していれば、斗南藩は総計十四万石になるはず。 ただし、蝦夷地の開発は国家の一大事業として扱われて開拓省が置かれた。 その関係で、永久に斗南藩に与えるのではなく、有限の期間としたかった用だが、なぜかポシャッた。
>>883 越後では結構無茶やって庄内藩にまで迷惑及んでるから、それも微妙なのでは。
失敬、庄内藩ではなく米沢藩だった。
木戸の蝦夷プランはロシア対策では?山川弘ってロシア行ってたでしょ。 毛布巻き黒田、榎本、山川だったら、なんか、おおお!って感じ。 みんな立派な顔!つーか、会津軍強そうだし。 会津って、若松コロニーは士族ではないの? >882 佐賀の殿様の件は、あくまで憶測だが 木戸は個々の佐賀藩士とはかなり親しい(江藤、大隈、久米など) でも佐賀藩に対して視線が厳しい-----ので、殿様だと思うんだよ、批判の対象は。 閑叟って、木戸が好みそうな要素を持ってるのに、好かれてないと思うし。 なんかあるんじゃないかね?便所の匂いが臭い以外に。
890 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/20(木) 18:16:31 ID:Be9vzyQC0
ふむ、斗南+12万石って事か。 確かに斗南だけよりはましだな。 もっとも斗南3万石の実質石高が1万石足らずだった事を考えたら、12万石 の実質石高もあまり期待できないだろうが。 …まあ、それでも会津にとっては相当助かるだろうけど。
そういえば木戸文書の伊藤宛書簡に、 「さっき、紹介したしつこい会津藩士のこと色々言ったけど、アレなしな! 生活し苦しいらしいし、良くしてやってね。よろしく!」 みたいな内容のがあった気がする。
892 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/20(木) 23:57:30 ID:+MHuN9u+0
>>890 いっておくが、蝦夷地12万石は「12万石取れるであろう土地を開拓しろ」という意味だよ。
斗南だって「三万石相当の土地をあげるから開拓しろ」だった。
会津人は何を勘違いしたのか「斗南はすでに三万石の米が取れる」と勘違いしていた。
開拓も何もしなければ、三万石になるはずもなく一万石以下なのは当たり前だw。
ちなみに、徳川家は70万石の駿河に移住したが、膨大な家臣を食べさせる事は不可能で、
血の滲む努力をして荒れ地だった牧ノ原台地(先日の地震で崩れた所な)を一面茶畑にした。
名産静岡の茶は彼らの血と汗の結晶。
会津人の斗南貧乏は怠けた結果だよ。
893 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/21(金) 00:01:06 ID:+MHuN9u+0
さらに言えば、斗南は「岩海苔」が名産で、斗南藩が出来た頃にはその栽培生産も軌道に乗っていた。 しかし、斗南藩はこの岩海苔に目を付ける事は無く、地元民が儲けていた裏で会津武士は貧乏に喘いでいた。 この事実を見ても解るだろw
藩が貧しい=藩の全員が貧しいじゃないからな 藩財政が破綻していく江戸中期以降大名より資産を持っている廻船業者とか商品作物生産者が出始めてるし。 坂本龍馬の海援隊が薩摩や土佐の出資を受けれたのは、密貿易・運送業でリターン受けられる可能性が高かったのも理由の一つ。 土佐藩は運送業が儲かるのが分かってからは岩崎弥太郎、後藤、土方を次々長崎に送って密貿易の段取りしはじめてる。 大阪、京都の藩邸にもこのための事務を担当する藩幹部送りこんで、密貿易の元締めである薩摩と急接近している。 この辺の商売気質や立ち回りは土佐の地理的要件と薩摩とのパイプがあったからこそ。 比較的近い条件を持っていた宇和島がそこまでやらなかったのは、藩首脳の志向とセンスの差かな。
>>890 892の言う通り幕末の藩は皆N万石相当の土地を持っているだったよ
そんで上手くやり繰りした藩(薩摩とか長州な)はそれ以上を実質取れた
失敗したか怠った藩は貧困に喘いだ、そんなもんだろ
うん。木戸の蝦夷プランは
>>885 会津藩士救済+
>>889 ロシア対策ってことだよね。
木戸と大村はすでに明治元年末から会津藩士の蝦夷移住を「百年の見込」として周旋してる。
要衝の地における魯人対策としても、「勤王の士」会津藩士一万余人を基礎とした全島を一覧する
開拓と日月を期しての軍務を期待し、成功の上は当然開拓使へ属す、としてる。
本件、図書館で木戸文書みてきた(なんかいい加減買いたくなってきたw)
2年8月15日伊藤宛書簡が有名?だけど、他の書簡でも「公私の為」にもこの上無き良策で
兎に角早く!という言葉が繰り返され、木戸の心情と当時の会津藩士の苦境とが滲みでてる気がする。
一面、新政府内での木戸の調整挫折ぶりも伺われるがw。
明治3年1月に会津へは北海道四郡開拓担う者には、米作不可の土地ゆえか
3月以降は現米2万石(来年1.5万石、再来年1万石)の食い扶持支給などの達が出た。
が結局、猪苗代派(町野)vs陸奥派(山川広沢永岡)となり、昔現地を視察したことのある広沢
の今日の急は糊口の路を開くにありの主張がとおって斗南藩発足。
この辺は、封建の世崩壊後における個々の「選択」の重さを感じて身につまされるし、
当時の役人一般の賊軍に対する「首の無い者が贅沢言うな」的底意地悪い怖さもあったと思う。
明治3年5月〜明治4年7月廃藩で殿様が知事を解かれ、分解するまでの約1年間。
すでに明治2年6月には版籍奉還して郡県制を目指し武士の身分制廃止を画策する木戸と、
お家再興を目指す武士の差異が鮮明に出た時期かなと。。
>>892 そりゃ同じ賊軍でも、仙台藩は逆に蝦夷開拓を自ら出願して伊達市の基礎を築いたし、
庄内藩は松ヶ岡開墾場で水田はただの一枚も作らず生糸産業をおこした。徳川しかり。
広沢も後に洋式牧場開牧社を開設し牛馬王といわれる。
でもどちらにせよ彼らの苦闘をみるとき、その後家禄廃止で窮乏する武士階級、
ひいては新たに産業革命後の資本主義という化け物(c:司馬)と直面していく
近代日本の原点と思えたりもする。
897 :
896 :2009/08/28(金) 07:07:45 ID:rnKopmnE0
ちょ、長文すぎたΣ(--;)今更だがw
もうヤケで連投w
>>889 そうなんだよね>閑叟。つか閑叟も木戸警戒してる感じ?
自分とこの藩士がいつになく言うこと聞かない=長州がらみ
って感じなのかね。
新政府では岩倉−閑叟のラインもあるからかな。妖怪コンビw
今週の文春に歴史に学ぶ?とかで長州閥や伊藤の悪口が書かれていた 田舎モノということや金権体質を批判してたけど ならその田舎モノがなぜ総理までなれたのかとかは考えないんだよな たしかに伊藤は好色だったけどわきまえは持ってたと思うが あまりにも一方的な見方で萎えた
899 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/08/28(金) 23:04:48 ID:9igPOZmS0
日本テレビドラマ白虎隊で会津贔屓が増えて現在に至っているからね。 薩長の特に長州の悪口書いておけば、一番売れる記事になる。 それで記事を書くライターも儲けている。 その記事を書いたライター自身が金権体質なのさw もっとも、政治家で金権体質ではない人間はいないけどな とある政治家は言う。 「選挙には金が掛かるのだ」と 貧乏人が政治の資質があっても政治家になれないのと同じだな
伊藤は木戸に豆腐一丁買うのにもためらっていたのに 高価な葉巻をすぱすぱ吸うとぐちられているから 確かに驕りはあったのかもしれんが英国からとんぼ返りした 国を思う気持ちは本物だし明日死ぬかもしれん生活を送って どんちゃんやりたくなる伊藤を人間臭く思ってしまう
そこは木戸の人間としての大きさを敬慕すべき 三傑とそれ以外を分ける線は案外そういうところにある 一身の快楽を求めるかどうかだよ
902 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう :2009/08/30(日) 19:57:57 ID:YK/8CEBs0
木戸は、自分にとって親友と呼べるのは、久坂玄瑞と高杉晋作のふたりだった と、たしか述懐している。 伊藤や山縣では、肝胆相照らすといった間柄にはとてもなれないし、薩摩の連中は には強い違和感と嫌悪の念があった。 明治以後の木戸は、孤独だったと思う。
903 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう :2009/08/30(日) 20:05:21 ID:BhP+guMTO
桂くんってセックステクがなかったみたいだけど本当かね〜
岩倉使節団でも11歳年下の山田とつるんでるぐらいだから・・・。 久坂でも生き残ってくれたら木戸も楽だったろうし、 もう少し長生きできたろうに。
久坂が生きてたら西郷ポジションだったのかな、高杉は違う感じだし でも倒幕までの人、というイメージがあるなあ やっぱり大村広沢江藤が大きいと思う
あと、やっぱ周布と殿様だよね。 久坂、高杉が親友と言ってるのっていつ頃の話? 久坂、高杉とは違うけど、自分としては、彼ら以外にも親しい友人はいたと思ってるが。 江藤って、誰かと似てると思ってたけど、そうか、大村か。すごい納得。 その二人は似てると思う。 で、>903 こごろーみたいにモテる男には、テクはいらんだろ。 テクがあってモテるというのはあるが、ないからモテない、というのはあんましない。 ロックスターとか、スポーツ選手とかには、テクはいらん。 てか、そのソースなに?そんな詳しい情報、知りて。
周布って小松帯刀とイメージ被る。 若手の登用や支援者的な。 でも木戸とは4,5歳しか年離れてないだよね。 久坂は医者の家の出出身で相当勉強できたからスゲーインテリなイメージがある。 東大の学生運動家のリーダーみたいな感じ。 西郷は工業高校の伝説の不良みたいなイメージだから全然違うw
周布さんとは10歳違いじゃなかったかな? でも仲良いよね。 よく一緒に飲みに行ったって、日記にも書いてるし。 「酔人之目」だとか変な絵まで共同製作してるしw 今回の選挙、比例でも入れなかった北海道11区のあのひと見てたら、 周布さん思い出したw
自分は黒田を連想してた>(酒) 北海道とか、酒のせいで大久保の子孫の足を引っ張ったりとか
ヤフーニュースで「週刊マンガ日本史」創刊とか出てたから 公式サイト見てみたら、36号で木戸メインの漫画くるんだな 漫画とはいえどういう風に描かれるのかちょっと気になる それはそうと先日萩博物館にいったんだけど、 萩の旧い町並みを再現した模型に、京都の人形師が作ったという かなり精巧な人形(3センチぐらい)がいくつも置かれて当時の暮らしを再現してあるやつがあって、 その中には松陰や高杉晋作ら萩出身の人物をモデルにつくられたものもあるんだが 残念ながら桂小五郎モデルはない。 博物館のおっちゃんが言うには 「本当はあったんだけど、物凄い桂小五郎好きな人が勝手に持って帰ってしまった」とか。 そんなけしからんことをするファンがいるとはな・・・。
実にけしからんな(2ちゃん的な意味じゃなくて)。 怪談でよくあるけど、お人形さんに悪さすると祟られるんだぞ。 そいつ今頃痔と虫歯と胃炎になってるぞ。 これから一生わがままな後輩たちに悩まされるぞ。知らんからな。
それ、博物館の人は、犯人に目星ついてるような言い方だねw 知らん間になくなってたんじゃなく、すごいファンの人が持って行ったというんじゃ。 希望的見解なんだろうか。子供が持って行っちゃった、とかじゃないわけだよね。 以前、木戸の墓参り行ったときに、真っ赤なバラが両側に供えられてて、え?!と思ったんだけど そういう、なんというか、熱烈ファンがいる、というの、ほんとに?!と思う。 自分の想像力が欠落してるのかも知れんが、やっぱ、よくここで言われているように、 「維新の(参加有名人の)母」だなぁ。木戸は。人形盗んだり、バラ供える イメージじゃないんだよなぁ。。。 ジョージ秋山の浮浪雲(たけしよりは渡哲也だけど、基本的にマンガの)なんだけど。 自分にとっては。 漫画、36号というと、3年後ということか? 歴史上人物の一般に知られてないことを独自に調べてサイトに載せてる人は、 木戸に限らず要注意だね。ネタ盗まれる可能性大だと思うよ。 このスレのシリーズなんか危ないだろ、絶対。
>漫画、36号というと、3年後ということか? 「週刊」だから、だいたい9ヶ月後くらいじゃないか?w 公式サイト見てきたけど、明治天皇とドッキングみたいだった。 なのに分類は「明治」じゃなくて「幕末・維新」ww 木戸は、龍馬みたいにファンがいっぱいいるわけではないけど 好きになる人は物凄く好きになる、ていう傾向なんじゃないかと思ってる。 なんか昔から、青木とか妻木とか、妙な熱烈ファンwがいる気がするんだよ。
変な人に好かれ易いということですね、わかります。 …でも、木戸も個性的な人間が好きだよね。
真っ赤なバラって・・・腐っぽいけど。 木戸の場合は手頃な小説は、ほとんどネガティブに描かれているから、 本当の木戸のすごさや面白さは日記等の1次資料を読まないとわからない わけだ。 その資料も高いは手に入れにくいし読みにくい。 それでも手に入れて読もうとするんだから熱烈なファンでもなきゃで きないよ。
日記とか書簡とか見ると、真っ赤なバラと人形盗むイメージから離れんか? 青木や妻木(わろた)が熱烈ファンになるのはわかるんだが。 週刊なんだね。すげー。陸奥と小村っつーのが、やっぱ、最近、明治後半から 戦争に焦点が行ってるんだな、って感じした。 あと、田中正造と、板垣/大隈のカップリングが意外かな。 自分としては、このメンバーで土方歳三が入ってるのが。。。
これは題材人物よりも執筆陣がメインだよな、木戸のは誰が描くんだろう 何にしろ朝日なので内容は期待出来ない
919 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/09/20(日) 10:32:14 ID:XzhGMPHrO
読売や産経よりマシかもしれない
土方がピンで木戸はカップリングは納得いかないあ。 歴史に対して建設的な役割を土方は果たしている?? 土方は幕末に咲いた徒花のイメージしかない (でも函館の土方は好き。) やっぱ人気の差かなあ・・・。
函館なら榎本でしょ。なんで土方よ? 新撰組が人気あるのはいいけど、「歴史」的には、源頼朝とか、空海と一緒にしてもらっちゃ困るが。 里中満智子しか知らないような人間は黙ってろ、だとは思うが。 谷岡ヤスジ、黒鉄ヒロシは入ってるべきでは。。。 西郷、大久保ってカップリングより、木戸と大久保、西郷と大村とか、いい加減 もう少しひねれ、と言いたいが、天皇と木戸は、どーゆーカップリングよ?w
木戸と高杉、もしくは松陰と教え子たち、みたいに分かりやすいのでいいのに 木戸孝允と明治天皇よりも木戸幸一と昭和天皇の方がよっぽどコンビらしいよな …いやこれこそアサヒに監修されたら酷いことになるか
>>915 スレも最後にミもフタも無いこと言ってるなw
歴史てのはやっぱ何かモヤモヤっとしたものなんだと思う。
んで膨大なもんだから、なんも知らないのに真面目に勉強したりすると
大概の人間は死ぬ−−退屈で。と言ったのは橋本治。
だからまず各歴史家の解釈する「大体の流れ」を知るのがいいと。
その後そのスカスカに自分という各論:興味持ったカルタを詰めてけと。
「日本史の流れが見えてくる」漫画人物シリーズてことだが、
つっても、その流れになかなか木戸が思うような扱いで描かれてこない
(であろう)このもどかしさw。天皇と木戸か。うーむ。
「歴史の忘却」ってあるじゃん?
その辺は学者さんの主戦場なんだろうけど、日記や書簡が多く残されてる
木戸は、ファンにとってさえ都合のいい偶像化抽象化がしづらいハズだしw、
当時の様々な社会階層の人と交流あるし、ジュニアに良質な「流れ」を
見せるのにも一役かえると思うんだがなぁ。まぁそろそろ注目されるだろ。
しかし安彦良和(虹色のトロツキー)が勝海舟描くのか。
木戸担当が誰になるか分からないけど羨ましい。
んで、今更だが>912の覚悟にワロタw
1 名前:生搾りφ ★[] 投稿日:2009/09/13(日) 18:59:38 ID:???0
ラル欠如…騒音に抗議 住民が大便落とす−北京市
京市朝陽区にある飲食店とその真上に住む男性との間で騒音などを巡ってトラブルに発展している。
住民は安息を妨害されたと激怒し、同店の前に大便を落下させるという手段に訴え出た。
地元の街道弁公室では「この男性の手段は不適当だ」と指摘している。9月9日付で京華時報が伝えた。
同紙によると、トラブルに巻き込まれたのは同区内にある飲食店。
同店では食事客が午前2時から午前3時頃まで居座ることがあるという。
真上に住む男性は「安息が妨害されている」と激怒。
同店の経営者とこれまでに何度も話し合いを行ってきたがいずれも物別れに終わっていた。
さらに排煙管が男性の部屋の窓から5メートルに満たないところにあり、これもトラブルの一因という。
このため男性は約1カ月前から抗議として大便のほかゴミを落とすようになった。
同店の従業員は「すんでのところで客に当たりそうになったことがある。
こちらとしてはどうしようもない」と述べた。
これに対して地元の街道弁公室では「この男性の手段は不適当だ」と指摘し
問題解決に乗り出す意向を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090911-00000000-scn-cn
925 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/09/23(水) 17:03:47 ID:0jj/mKL+0
木戸孝允宅のそばに捨て子が捨てられてそれを拾ってミルクを与えたと 言われていますが、その子はその後どうなったのかな? 木戸孝允の優しさを伝えるエピソードだと思うけど。
926 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/09/24(木) 14:11:28 ID:6rzfh5Pa0
アンサイクロペディアの木戸の記事が(完全にとはいかないが)元に戻ってるね。 ついでに長州藩の記事もちょっとだけアンサイクロペディアらしくなってた。
自分が無知だっただけだと思うんだけど、エトー処刑のときの内務卿が木戸だった って聞いてマジでびびった。 たった3ヶ月に満たないのにクリティカルでヒットしてるなんて…
>>927 ショックを受けたあとで悪いがあの時の政府全権は佐賀にいらっしゃるぜ
…てわけでもないの?あれってただの兼任だろ?
>>927 つかエトー処刑する為に木戸に形だけ内務卿を押し付けて行ったんじゃない?
木戸や岩倉はまさかそこまでやるとは思ってなかったろうけど。
起こってない乱への対処とか日記の記述や写真の逸話を見ると最初から殺る気だよな
木戸が内務卿になってから佐賀の乱が起きたわけじゃない 佐賀の乱が起きたから大久保の留守を預かる形で 文部卿・内務卿兼務しただけ
やふおくに出てる都々逸掛け軸、ほすぃ。 字が弱々しいので、死ぬ頃こんなもんかいてたのか?(ToT) と思ったが、 そーじゃなく、多分。酔っ払ってんだと思うんだが、どうだろう。 字は木戸の字だと思うけど。
大久保が木戸に内務卿兼任させたのは、江藤助命を考えてた木戸をとりあえず納得させるため。 大久保は乱鎮圧のための全権は任されていたが、首謀者を処刑させる最後の権限までは認められてなかった。 処刑を命じることができるのはあくまでも内務卿だから、木戸も最後の砦になろうと兼任を引き受けた。 しかし江藤を殺す気満々だった大久保は、処刑の命令を木戸ではなく三条に請うた。 三条は驚いて「内務卿(木戸)に伺うように」と返事を送ったが、大久保はここぞとばかりに、 「内務卿は俺じゃん」ってことで勝手に江藤を処刑してしまった。 それ以来木戸は生理的に大久保を嫌うようになった。 ・・・て感じだとなんかの本で読んだ気がする。
>>932 詳細な説明ありがとう
もうなんかいろいろすげえな大久保wと言うしかないww
それで木戸は辞表押し付けたわけか・・
週間朝日の「今こそ、幕末・維新に学べ!」に西郷とか土方や徳川慶喜出てるけど 今の日本に必要なのは「井上馨」じゃないか?? 本屋で「乙女の日本史」を立ち読みした。 長州の扱いがひどい。出てきているのが四天王+桂 そして伊藤だけ。 生き残った元勲達を伊藤でひとまとめにして全否定。 伊藤より篤姫えらい!! あげくに明治維新は「詐欺」あつかい(当時の世界情勢を知っていたらそんな 表現できないはず)。 調子のいい生き残りが日清・日露を勝って調子に乗って・・・太平洋戦争に なんて描かれていた(真に受けて無謀な戦争に突入したのは長州のせいという やつがまた湧き出てくるんだろうね) 史実を基本にしたといってるが浅すぎてドンデモ本だわこれ。
>出てきているのが四天王+桂 篤姫と伊藤比べるような無謀な読み物なのに、入江とか吉田稔麿が語られているのか? それもすごいな。。。
>>931 なんじゃこのヨレヨレw 確かに木戸っぽい。
これ、勝海舟の氷川清話の木戸を語ってたとこで出てたよね。
「あの男が下関で兵士を鎮撫していた時分に、ある人に送った清元がある。
きのふ二上りけふ三下り、調子揃わぬ糸すじの
ほそひ世渡り日渡りも、そこでなぶられこゝではせかれ
主の心に誠があらば、つらい勤めも厭(いと)やせぬ
こういうのだが、どうだ、寓意が分るかね」
この挑発w 解読しようとする時点で駄目駄目だが。
下関で兵士鎮撫っていうと、文久3年10月前後かな?
8.18後、眞木和泉の率兵上京策に沸く兵士・強硬派を、
周布高杉らと尚早論で抑えようと四苦八苦中だ。
−−国難の日紙に清元文句をしるし福井の友人に送る 松菊夜生
と原本だとこの後続く。
この頃福井は遠い京都で春嶽始め藩士は長州処分の寛大化に動いてる。
下関で、二上り三下り相手に合わせて調子を変えて「三味線を弾く」
木戸の苦労(分かる人には分かる)は続く訳だけど、
その最中こんなメッセージ送ってんだもんな。←決め付け
主の心に誠があらば、のヌシって福井の友人さんおまいだよね。
でだ。この最後の「主の心に〜」の後が書かれてない掛け軸、
ただの酔っ払いなのか、何重の寓意かけてるのか。・・・いいね、ほすぃ。
>>921 明治天皇を主軸に、晩年の木戸の熱心な帝王教育について詳しく……
ねーなwwwww
938 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/10/25(日) 20:17:23 ID:wqSZWhaW0
>>932 木戸と容堂公は親密
板垣や大隈らもこっちよりで
卑怯な手段を使う大久保と西郷を嫌ってた
結果的に大久保は暗殺、西郷は逆賊として自害
木戸・容堂公・板垣・大隈らは天寿を全う
天誅だな
それはどうかなぁ。 初期に大隈や五代らが木戸にくっついてたのは、 やはり木戸が改革派の領袖だったからではないかな。大久保は意外と保守派だったし。 洋行後、漸進改革派になった木戸から離れて、 改革派になった大久保に接近したのもその辺が原因では。 まぁ、大久保死後、早々に有司専制派裏切って、 五代から思いっ切り皮肉られてる辺り、大隈もよく分からんがw 板垣は民権派枠なんだろうけど、 薩閥追い落としての長土二頭体制案を木戸に蹴られて出奔する辺り何と言うか・・・・・・ 木戸も激怒してたよね。 呼び込んだの木戸だけどw
>>934 確かに今の日本には井上だね必要なの。今となっては汚職なんて誰でもするし。最初だから有名なだけでね。
そういうの抜きにすればあの財政能力には脱帽。
幕末期、どうやって金を作っていたのか・・・。
それに財政ってある程度以上、世の中の流れが見えていないとできないよね。
流れを読む能力に長けていたってことかな。(ごめんなさい木戸スレなのに。)
木戸には総理になってほしいよ。あれだけ人民人民と、足元の見えたことを唱えてくれる総理居ないもんな。
>>937 木戸と大久保を軸に江藤とかも少し出して、
『国家主義と人民主義の妥協点を探り国、政府のあるべき姿を探す』とかしたら面白いのにね。
名将の決断、板垣退助だったんだが毎号の女性コーナーが松子さんだった。 この雑誌って買う価値あるかな。 薄いわりに割高感あるが。 600円くらいだけどさ。
くわしい人、教えてくだされ 木戸の文書、関係文書を店頭で売っている本屋、東京にあるでしょうか? 文書は新刊ではもう売ってないもの?バラで買えれば古本でもいいが。 ドル安につき、Amazonとかでなく、店頭で買えるとこを探しております。
>>943 新宿の紀伊国屋書店とブックファースト、池袋のジュンク堂書店、
神田の三省堂書店あたりなら関係文書が置いてあるのをみたことある。
紀伊国屋、ジュンク堂、三省堂はネットで在庫検索ができるから、
現在の在庫状況は調べられると思う。
三省堂はネットでの取り置きもできたはず。
>944 ありがとう!早速在庫状況検索してみます。 感謝。
今ドラマでやってる仁ってやつ、 あれに桂くんは出ないかね?誰か知らない?
原作では長州は出てなかったと思う。 薩摩や新撰組は出てくる。 長州に近い人だとシーボルトイネさんが出てくるはず
年代的に始まりが七卿落ちの前年、 しかも江戸から大阪行くまで数年だから出ようがない罠w 原作はいま龍馬暗殺ぐらいだから、出るとしてもまだしばらく掛かる。
>>947-948 そうかーでも薩摩辺りも出るんだ
丁寧にありがとん!いずれ出たらいいなぁ
来年大河は谷原章介がやるみたい
京都にある桂小五郎の銅像付近は車止めるとこありますか?
ホテルの駐車場か あとは市営の地下駐車場になるんじゃないのかね たしか御池通から入るやつ
地下鉄のが便利と思うが>951
阿部寛、石黒、良純、と並べると最近の中では一番合ってるな谷原 しかし伊東のイメージが強い
>951 すぐそばにコインパークが山ほどある。
木戸日記買ってしまった…
妬まもとい羨ましい・・・・・・
960 :
959 :2009/11/07(土) 08:05:36 ID:JjFLVH5oO
ラスト、htmが抜けてた
>>959 1段目左から、木戸孝允・後藤象二郎・西郷隆盛・板垣退助・江藤新平
2段目左から、副島種臣・黒田清隆・山県有朋・河野広中・大久保利通
3段目左から、井上毅・片岡健吉・伊藤博文・植木枝盛・井上馨
4段目左から、松方正義・渋沢栄一・大隈重信・谷干城・福沢諭吉
憲政記念館でもらえるチラシに全部名前載ってた。
962 :
959 :2009/11/10(火) 23:39:03 ID:xdb6srhDO
ありがとう!凄い嬉しい。 写真によって顔随分変わるのな。後藤すら・・・。 木戸もたいがいだが。
963 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/11/11(水) 10:45:24 ID:A8TFDSax0
木戸孝允 西郷従道? 西郷隆盛 板垣退助 江藤新平 寺島宗則 黒田清隆 山縣有朋 誰? 大久保利通 井上毅 誰? 伊藤博文 植木枝盛 井上馨 松方正義 渋沢栄一 大隈重信 誰? 一万円
ニュース二軍にて新たに木戸書簡発見とのこと 本物だったらすごく嬉しいが
>>964 >当時の情勢を狂言になぞらえて表現しているユニークな書簡で、存在のみが知られていたという。
読みたい……読みたいぞ!w
憲政記念館の特別展に去年行ったなあ もうちょっと会期延ばしてくれるとありがたい 今年は行けないだろうな・・・東京にいる妹に頼んで目録だけでももらって来てもらおうか
967 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/11/24(火) 02:34:51 ID:CPqIBK9YO
いまさらだが、憲政に木戸日記展示されてるよ。しかも、一番最後のページ。
漢方薬が健康保険適用外になるかも知れないので、反対の署名を、 と言われたので、ひとまず用紙をダウンロードして眺めていたら、 発起人の中にご子孫がいたよ。顔の雰囲気がちょっと似てた。
最近、この人のことを調べるようになったけど、マジすごいな 調べれば調べるほどその見識に驚かされるというか ますます木戸孝允と桂小五郎がイコールで結びつかなくなってきた この二つの名前から連想するイメージが違いすぎて困る
>>969 桂小五郎から連想するイメージって、剣客とか逃げの小五郎とかっていうの?
目の前のことだけでなくて、その先その先まで考えているあたりは
桂時代も木戸になってからもあまり変わらないと、自分は思うなあ。
名前は変わっても、当たり前だけど根っこは変わらないというか。
まあでも、桂=幕末の志士、木戸=明治政府首脳、という風に
違う時代で違う立場の人のイメージになりやすいんだよね。
だから余計知名度が低くなっちゃうんだろうなあ……。
けど最近調べるようになった、っていう人がいるのは
木戸好きの一人として嬉しい。
971 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/12/02(水) 01:26:16 ID:z0hqZ0zd0
逃げの小五郎は他人を傷つけずにことを収め用とする彼の智慧でしょう。 池田屋事件の時に桂がいなかったのは、他の人の考えにあまり共感を しておらず、一緒にやる気がなくて避けていたらこうなったのかもしれない。
池田屋に居たのは雑魚(一人を除く)ばかり。 by司馬遼太郎
>>967 輪をかけて今更なんだがw、先週憲政特別展見てきたよ。
木戸日記最後のページは冊子のほんと途中だったんで、
かすれた筆使いと突然の途切れた感、残りのページの厚みがリアルで・・・寂しかった。
木戸はパネル紹介文はイマイチだけど、展示物が一々良かったw
大阪会議時木戸が書いた三権分立政府改革図案(明治8年)は周りの立派な資料群の中、悪目立ちしてたw
http://www.ndl.go.jp/modern/img_r/013/013-001r.html 地方官会議の絵画では、中央が木戸、杉孫が天皇の後ろにさりげにいたり。
大きくはT.三傑の終焉(〜明治10年)U.憲法誕生と自由民権運動(〜明治22年)の二部構成だけど
木戸はUも豊富。Uは多くの私擬憲法(年表でヒコが一番上だった)や民権家で賑やかで、
まとめとしてやっぱこの時期の主役は伊藤って感じだったかな。
その激動のU期最後の展示は明治22年2月の憲法発布時の「大日本帝国憲法御署名原本(複製)」が〆で
良く出来た構成だが、この大隈署名は本物だよねw?
http://jpimg.digital.archives.go.jp/jpg_prg/jgmWeb.dll?TmpFileDisp4?si=2&md=0&ql=10&env= jpeg2k_images/document/goshomeigenpon/teikokukenpo/teikokukenpo_003.env&l=7&cy=3363&cx=4126&dy=600&dx=800&i=lossy/kouseisai/document/goshomeigenpon/teikokukenpo/teikokukenpo_003.jp2&file=temp_kenpo.html
自分も憲政暇だったんで二回行ってきたよ〜 映像中に出てきた資料を細かく観察できて面白かった 改革図案含めてww あれ、ビデオで出た時もちょっと浮いてたなw しかしやっぱり、木戸日記は見ててしんみりしてしまった… 大隈の直筆?書の周囲に、行った二度とも人がたかってたのには笑ったけどw スレチすまん
杉孫見逃したw!!orz あれに出てた木戸の肖像画って、例の修復したとかいうやつだよね? あの三権分立は、日記の中でも言ってるよね。 あれって、あの時代にはわかってない人のが多い。だから木戸の地方官議会が浮いちゃう。 伊藤もわかってないと思うんだよね、あの時点では。 憲法作る時代になってみて、理解したような気がする。 江藤とかも「司法は政治と離れる」という意味を誤解してると思うし。 立法とお上のおふれの違いがわかってたのだけでも、少ないと思うんだけど、どうだろう。
木戸孝允旧宅に飾られてるらしい幾松の洋装の写真って別人って話も聞くがどうなの? 実際にみたことないんだがもうなおされてるんだろうか。
そもそも松子さんって、洋服着たのかな? 木戸と井上の間で洋行計画が練られていた時に 松子さんも一緒に連れて行くなら洋服を調達しないといけない、 というような話があるけど、あれって一体どうなったかね? 木戸は確か、行けなくなるかもしれないけどとりあえず準備はしておくように 手紙で言っていた気がするんだが。 それ以前だと、鹿鳴館時代ならともかく、この時期にはまだ 政府要人の婦人方までが洋服を着ないといけない必要性はなさそうだから、 この洋行計画の時に購入していなければ ひょっとして松子さんは洋服を着なかった可能性もある?と思ったんだが、 誰か知ってます?
>>976 あれは大山捨松さんだと思ったけどな、自分は
あと松子さん洋装写真あるよ、忠太郎くんと写ってるやつ
いつか行って見ようと思って調べてたら 写真について松子さんだって言ってる人と別人なんですが・・・・と言ってる人と両方いたもんで・・・。 このスレの住民的には別人でFAなんですかね。 というか勘違いで展示し続けてるなら問題なような気も・・・。 案外そこらへんって曖昧なもんですかね。実は別人だったなんてよくある話ですが。
980 :
977 :2009/12/08(火) 22:49:35 ID:nsXYTGi50
>>976 情報ありがとう!今度その写真探してみるよ。
そういえば歴史読本か何かで、青木として載せられている写真が実はやじだった!
なんていうのもあったよなwww
写真の間違いはよくあるものなんだろうか。
大山捨松さんじゃなく、伊藤夫人の梅子さんじゃないかな? 大山捨松さんにも良く似てるけど、眉毛のカーブや二重の幅の広さ、鼻や顎の形が微妙に違う。 顎の細さや長さ、眉毛が逆八の字に上がった感じ、目の表情など伊藤梅子さんの方が似てる。 関係ないけど山咲千里にも似てる。
自分も伊藤のかみさん?と思った。あれが松子さんだとしたら、松と梅は相当似ている。 松子さんのちゃんと顔のわかる写真て知らないけど、井上の服の用意とかの話、泣くよ! もう死んでんだよ、その手紙届く頃は (ToT) 木戸のちょんまげ切るにの、松子さんが反対してて、だから渡辺引っ張って行った みたいな話なかった?古風な人だったのかも。
パっと見梅子さんだと思ったなー 松子さんや捨松さんはもっと輪郭が丸いイメージ 松子さんはあの着物の不鮮明な写真しか見てないけど
どうでも良いけど、木戸伊藤井上の嫁の名前合わせれば松竹梅なんねえ
986 :
名無しさん@お腹いっぱい。 :
2009/12/10(木) 14:46:48 ID:JeIMiUh1O