大東亜戦争議論スレ

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282名無しさん@お腹いっぱい。

★モハメッド・ナチール インドネシア元首相

「大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。(中略)
オランダは有言不実行だったが、日本軍は有言実行でした。その第一は植民地政治の粉砕です。
第二は、ペタ(祖国防衛義勇軍)を組織したこと、すなわち軍事訓練です。第三は、
インドネシア語の普及です。第四は、イスラム団結を計ったことです。第五は、
スカルノやハッタをはじめとして行政官の猛訓練です。第六は、稲作および工業技術の向上
です」


モハメッド・ナチールの証言内容に、事実と反するような矛盾も捏造もない。
当然である。ナチールが嘘をつく理由などどこにもないからだ。
インドネシアの初代首相は、日本軍政のメリットを高く評価していた。
馬鹿は認めないが。


283名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 21:56:50 ID:bNLjQMAm0

日本軍政のメリットを認めないのは、現在日本に住んでいて、大東亜戦争も
インドネシア独立戦争も経験していない、自虐史観に毒されたクソ豚だけである

このクズ共の狂った妄想体験では、「大東亜戦争は侵略戦争ニダ、インドネシア
は日本軍政に虐げられただけで、何一つ得るものはなかったニダ」という、真実と
大きく食い違ったインチキで満たされているのである。

284名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 22:03:27 ID:bNLjQMAm0
日本軍政がインドネシアにもたらしたものは多い。
中でも、インドネシア語の普及と、精神面での鍛錬は高く評価され、教科書にも記載されている。

<再掲>
☆インドネシア『歴史教科書』中学3年用

「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼすような利点を残した。第一に、オランダ語と英語が
禁止されたので、インドネシア語が成長し、使用が広まった。日本軍政の3年半に培われた
インドネシア語は驚異的発展をとげた。
第二に、日本は青年達に軍事教練を課して、竹槍、木銃によるものだったとはいえ、きびしい
規律を教え込み、勇敢に戦うことや耐え忍ぶことを訓練した。第三に、職場からオランダ人が
すべていなくなり、日本はインドネシア人に高い地位を与えて、われわれに高い能力や大きい
責任を要求する、重要な仕事をまかせた…」


モハメッド・ナチールも地方の要職を任され、独立に向けて希望に燃える日々を送っていたのだ。
当時、ナチールは33歳であり、独立後、議院内閣制インドネシアの初代首相に就任する。

「モハメッド・ナチールなど、検索してもヒットしないから、架空の人物ニダ。だから、この
証言はすべて名越の捏造ニダ、と言い張っていた負け犬君は発狂してしまい、ゴキブリ以下の
唾棄すべきスレ荒らしになりましたとさ。」


285名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 22:11:03 ID:bNLjQMAm0

★アリフィン・ベイ(インドネシア、ナショナル大学日本研究センター所長・政治学博士)

「日本に占領された国々にとって、第二次世界大戦とは、ある面では日本の軍事的南進という形をとり、
他面では近代化した日本の精神的、技術的面との出会いであった。日本が戦争に負けて日本の軍隊が
引き上げた後、アジアに残っていたのは外ならぬ日本の精神的、技術的遺産であった。

この遺産が第二次大戦後に新しく起こった東南アジアの民族独立運動にとって、どれだけ多くの貢献を
したかを認めなければならない。

日本が敗戦国になったとはいえ、その精神的遺産は、アジア諸国に高く評価されているのである。
その一つに、東南アジアの教育に与えた影響があげられる。(中略) (日本は)目標達成のために
どれほど必死にやらなければならないかということを我々に教えたのであった。この必死の訓練が、
後のインドネシア独立戦争の時に役立ったのである。」

(「魂を失った日本」未央社、57〜65ページ)


この記述は、>>284のインドネシアの教科書に簡潔にまとめられている。要するに、
大東亜戦争のおかげでインドネシアが独立できたのは紛れもない事実なのである。
それは、インドネシア自身が認めるところであり、自虐に染まったマゾヒストである
ごく一部の馬鹿日本人が否定することは出来ない。

われわれ日本人は、西欧植民地主義を終焉させた大東亜戦争の本当の意義を知るべきである。
大東亜戦争は、植民地解放戦争に他ならなかったのだ。


286名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/16(金) 22:18:09 ID:bNLjQMAm0

★ブン・トモ(インドネシア、元情報・宣伝相)

「我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが、全部失敗した。
インドネシアの場合は、三百五十年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で
徹底的に打ちのめしてくれた。」

「我々は白人の弱体と醜態ぶりをみて、アジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は
決して崩壊しない。日本が敗北したとき、”これからの独立は自力で遂行しなければならない。独力でやれば
五十年はかかる”と思っていたが、独立は意外にも早く勝ち取ることができた。」


大東亜戦争が、インドネシア人に「独立を勝ち取る自信」を与えたのは紛れも無い事実なのである。
初代大統領であるスカルノも、その点ははっきり認めているのだ。

大東亜戦争は、植民地解放戦争であった、というのが世界の評価なのである。